法制審議会国際裁判管轄法制部会           第13回会議 議事録 第1 日 時  平成21年10月30日(金)  自 午後1時30分                         至 午後4時44分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  国際裁判管轄法制の整備について 第4 議 事 (次のとおり)               議 事 ○髙橋部会長 定刻が参りました。法制審議会国際裁判管轄法制部会第13回会議を開催いたします。   最初に,配布資料の説明から入ります。 ○佐藤幹事 配布資料は,部会資料23を事前に配布させていただいているところでございます。 ○髙橋部会長 それでは,論点1の「消費者契約及び労働関係に関する訴えの管轄権」の審議をお願いいたします。   まず説明からお願いいたします。 ○北村関係官 それでは,論点1の「消費者契約及び労働関係に関する訴えの管轄権」についてまとめて御説明させていただきます。   まず,「消費者契約に関する訴えの管轄権」についてでございますけれども,本文①は,前回の部会での御議論を踏まえまして,消費者が事業者に対して訴えを提起する場合には,消費者契約締結時及び訴え提起時の消費者の住所がある国の裁判所に訴えを提起することができるとするもので,今回は従来の部会資料の甲案のみを提示させていただいております。   本文②につきましては,従前の部会資料から内容的な変更はございません。   本文③は,イについて,従前の部会資料では甲案,乙案,丙案を提案させていただいておりましたけれども,前回の部会では乙案については余り賛同がなかったところでございますし,丙案,すなわち合意が効力を有する場合をアとウの場合に限定する立場を支持する御意見もいただいておりましたけれども,甲案を支持する御意見が優勢であったという理解でございましたので,今回の部会資料としましては甲案のみを提示させていただいております。   その他につきましては,内容的には変更はございません。   なお,本文③のイの括弧内の規定振りですけれども,前回いただいた御意見を踏まえて法制的に検討した修正案を次回提示させていただく予定としており,今回は変更を加えておりません。   次に,「労働関係に関する訴えの管轄権」について御説明いたします。   本文①につきましては,前回の部会資料から変更はしておりません。もっとも,前回の部会において,労務の提供地に加えて,雇入れ事業所の所在地が日本にある場合には,労務の提供地を特定することができない場合に限定せずに,日本の裁判所に訴えを提起することができるようにすべきであるとの御意見をいただきました。特に,日本で雇い入れられたけれども労務の提供地は外国で,その後,雇入れ事業所も含め事業所等が日本から完全撤退したような場合に日本で訴えることができるようにすべきではないかという理由であったと理解しております。このような考えにつきましては,4ページの第2段落以降に,その考えを支持する理由と反対する理由としてそれぞれ考えられるものを記載いたしました。そこで,今回は,労務の提供地に加えて,労務の提供地が特定できない場合に限定せずに,雇入れ事業所の所在地が日本にある場合には日本の裁判所に訴えを提起することができるようにすべきであるとの考え方について御議論いただければと思い,問題提起をさせていただいております。   本文②につきましては,内容的には従前の部会資料から変更はございません。   本文③ですが,従前の議論の状況につきましては,資料4ページの3(1)に記載させていただいておりますが,管轄権に関する合意が効力を有する場合として,本文③のアとイのほかに,認めるか否かについて御意見が分かれておりました。もっとも,前回の部会では,合意が効力を有する範囲を一部拡大するという考え方と,この規律の対象となる紛争を限定するとの考えについても御示唆をいただいたところでございます。そこで,今回改めて事務当局としてそれぞれの考え方について検討したものが5ページ以降に記載しております。   まず,管轄権に関する合意が有効となる場合を一部拡大する考えが問題となるのは,主として,労働者が労働契約終了後に住所を移転する場合であると考えられます。そこで,管轄権に関する合意が有効となる場合を一部拡大する案について,まず別案1として,5ページのアの2段落目,(ⅰ)労働契約終了後に訴えを提起する場合に限定した上で,(ⅱ)契約終了時の労働者の住所地のある国,これは通常最後の労務提供地のある国と一致すると思われますが,その国の裁判所に訴えを提起することができる旨の合意をした場合で,(ⅲ)その合意が付加的な合意である場合,には管轄権に関する合意の効力を認めることができるとするものです。例えば,日本で勤務していた日本人の労働者が,労働契約終了後,外国の事業主の雇用されて外国に住所を移した場合などでは,事業主は日本の裁判所に訴えを提起することができることになろうと思われます。   そのほか,別案2としまして,労働契約終了時に競業禁止に関する覚書等を交わすことも少なくないという実務的な慣行もあるということでございますので,このような実務を踏まえ,労働契約終了時の合意において管轄権に関する合意をする場合に限定してその効力を認めるという案も提案させていただいております。   なお,前回の部会で,日本人の労働者が調査研究のため,外国の事業主に雇用され,数年間外国において調査研究に従事した後,帰国したところ,労働契約上の秘密保持義務違反であるなどとして,巨額の損害賠償を求める訴えが外国の裁判所に提起される例もあるとの御指摘をいただきました。通常,この種の労働契約においては,外国の裁判所を管轄裁判所とする合意がされているとのことで,別案1のような形ですと我が国においても外国裁判所の確定判決を承認することになってしまうとの懸念が示されましたけれども,この点についても,どのように考えるのか,御意見をいただければと思っております。   次に,労働関係に関する訴えの管轄権の対象を限定する案としまして,6ページのイのところで検討しております。その結果を6ページのイに書かせていただいておりますけれども,この部会で問題とされているような事案を個別的・網羅的に除外して適切に規律することはなかなか難しいのではないかと事務当局としては現在考えているところでございます。   御説明は以上でございます。御検討をよろしくお願いいたします。 ○佐藤幹事 1点だけ補足させていただきますと,別案1,別案2については,まだ詳細なところは練れていないのですけれども,別案1は労働契約時の合意,別案2は労働契約終了時の合意ということで,では別案2の場合にどこの裁判所に訴えを提起することを認めるかという点につきましては,特に限定することなく当事者の合意した国の裁判所とするという考え方もあり得ると思いますし,契約終了時の労働者の住所地に訴えを提起することが合意の内容である場合のみ効力を有するものとするというような考え方もいろいろあろうかと思います。そこは様々な考え方があろうかということで,特に今回の補足資料の中では特定しておりませんので,その点も含めて御議論をいただければと考えているところでございます。 ○髙橋部会長 それでは,まず消費者契約だけに限って御議論をお願いいたします。前回の議論を踏まえて,このようにまとめてはどうかということですが,いかがでしょうか。 ○古田幹事 本文③の管轄合意が効力を有する場合の規律についての質問があります。以前にも確認したと思いますが,この規律は国際裁判管轄としての有効性を問題にしているのであって,国内管轄としての有効性はここでは規律しないという前提でよろしいのでしょうか。 ○北村関係官 その趣旨です。 ○古田幹事 前々回ぐらいの部会で,今回の立法は民事訴訟法の一部改正という形で進める方向だと伺ったのですけれども,実際に条文ではどのように書き分けをするのでしょうか。 ○北村関係官 まだこれからのところもございますけれども,国際裁判管轄を規律する部分を規定して,その中に管轄権に関する合意の部分も規律するという形で考えております。消費者契約に関する管轄権に関する合意であるとか労働の管轄権の合意もそこで規律することを考えています。 ○古田幹事 国内土地管轄の合意と国際裁判管轄の合意というのは何を基準に区別するのだろうかという疑問がございます。例えば,事業者と消費者との間で契約をしたときに,東京地方裁判所を管轄裁判所とする合意をした場合に,事業者が東京,消費者が札幌に所在している場合であれば,それは国内土地管轄の合意なのでしょうが,その後,事業者が外国に移転してしまったとか,あるいは消費者が外国に移転してしまいますと,そのときには国際裁判管轄の合意ということになりそうです。その合意の有効性が,例えば締結当時は有効だけれども,ある時点で無効になったり,逆に,締結当時は無効だけれども,ある時点で国内土地管轄の合意になって有効になったりすることがあり得るとすると,それはやや違和感があります。そこはどのように整理するのだろうかという疑問を持っております。 ○佐藤幹事 そこは前も同じような御説明をさせていただいたと思うのですが,結局,契約締結時に,それは国際的な管轄,どこの国の裁判所で起こすかという管轄まで含んでいるものという認定ができるのか,あくまでそれは国内土地管轄の合意であると見るのかというところの認定にかかってくるので,後でその時点の合意が国際的な裁判管轄の合意と認められるかどうかという認定の問題なのかなと思っております。 ○古田幹事 そのときには管轄合意の解釈の問題として処理するということですね。 ○佐藤幹事 ええ。 ○髙橋部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○古田幹事 これは日弁連のパブリック・コメントの意見書でも指摘されている点ですけれども,本文③について,前回,甲案か乙案かという議論がありました。日弁連は,単に消費者の住所というだけではなくて,それ以外に何らか管轄原因がある場合,その両方があって初めて管轄合意が有効になるという案を支持しております。その方が消費者保護になるだろうということだったのです。今回は甲案ということで整理されていますが,その場合でもなお特別の事情による調整の余地はあるという前提での甲案ということでよろしいのでしょうか。 ○北村関係官 それはそういう前提であるという理解をしております。 ○髙橋部会長 それでは,最初の説明にもありましたが,2ページの一番上の括弧のあたりは,若干表現の修正はあるかもしれませんが,消費者契約に関しては大体こういうあたりでまとまったということでよろしゅうございましょうか。   それでは,労働関係の方に移ります。御審議をお願いいたします。 ○長谷川委員 今般,別案1と別案2が提起されているのですが,別案1だと,前回もアメリカに行く研究者の話をしたと思うのですけれども,資料にも書いてありますように,外国裁判所の確定判決を承認することになるということですよね。この点については,研究者の皆さんの御意見も伺いたいと思います。   別案2ですが,労働者が労働契約を締結するときに,よく行われているのですけれども,競業禁止義務に違反した場合には退職金の減額又は不支給とする旨の誓約書を提出することがあるのです。そのような,違反をした場合には退職金を払わないとか減額するということが誓約書の中に入っていると,労働契約終了時であっても,本当に労働者と使用者が対等な合意をできるのかどうか,と思うのです。このような問題への対策案があるのかどうなのか。結局,今まで議論してきたのは,契約時の管轄合意は駄目で,紛争が起きた後の合意はよいということで,今回の提案はその真ん中の時点の話だと思うのです。ただ,そうは言っても労働関係の紛争の中では,誓約書に違反した場合に退職金を支給しないとか減額するというの事例はあります。労働者にとっては,やはり退職金は欲しいという気持ちもあると思うのですけれども,この辺の問題はどのように考えればよろしいのでしょうか。 ○山本(弘)委員 その誓約書の意味というのは,在職中に守秘義務違反で他企業に情報を漏らしたとか,そういうことをしたら退職金を払わないという趣旨の合意なのではないでしょうか。だから,そこでもう首を切る,切らないの話になるので。ここで問題になっているのは,在職中は全然そういうことは顕在化していなくて,しかし,やめた後何年間は競業しないでくださいよという合意を結ぶということなので,退職金減額などという就職時の合意がある種のブラフというか脅しになるというか,どういう場合を想定しておっしゃっておられるのか,ちょっと理解できないのですが。 ○長谷川委員 競業避止義務を守りますという誓約書を契約時に入れますよね。その中に,もし違反した場合には退職金を減額するとか不払いするというのが入っているのがあるのですね。就業規則でやっているときもありますし。 ○松木委員 退職金は退職時に払うわけですよね。 ○長谷川委員 退職時に払うのですけれども,今回の別案というのは,労働契約終了時ですからやめるときですよね。そのときに,アメリカだったらアメリカでやりますとか,日本でやりますとか,住所地でやりますとか,労務提供地でやりますとか,合意を結ぶときに,そのような誓約書が入っているとそのことが弊害にならないでしょうか。 ○松木委員 状況は分かるのですが,ただ,そうすると,それは前に義務違反をしていて,その義務違反についての争いがその管轄合意になってしまうので,その管轄合意をするのが嫌であると。合意をしなくてはいけないということではないわけですので,義務違反をしていれば,そこで合意をしなければいいという対応もできますし。 ○山本(弘)委員 ただ,退職金を出さないぞと言われたら,もちろん今までの分の退職金はもらいたいけれども,退職金をもらうためにはやめた後もこういう義務を負いますということをもう一回約束しなければいけないことになるというようなことかなと,長谷川委員のおっしゃっていることを忖度すると,そういうことを懸念しておられるのかなという気がいたしましたが。 ○長谷川委員 今回,この別案2が新しく出されて,何が問題になるかという議論をしたときに,そういうことではないかということになりました。そのようなことはないということであれば,私どももまた別案1とか別案2について検討はしなければいけないと思いますけれども。 ○古田幹事 今,長谷川委員がおっしゃったような事例は,実務的には時々ございます。従業員が退職するときに,会社の規定に従った退職金はもちろん即時に支払うのですけれども,退職後も一定の期間競業しないことを条件に上積みの退職金を支払ったりすることがあります。この上積み退職金については,例えば,向こう2年間の分割で払う,その期間中どこかで競業行為をすればそれ以降は払わないというような合意をすることはあります。ですので,そういう退職時の合意について管轄条項を決めるということはあり得ることだろうと思います。このように,退職時に使用者と話合いをして,合意退職をする従業員については別案2で十分に対応できますが,会社の秘密情報を不正に取得して,退職合意をせずに一方的に退職してしまう従業員が仮にいたとして,そういう従業員が海外に行ってしまった場合,日本で裁判ができるかという問題は残ります。そういう意味では,別案2よりは別案1の枠組みで考えて,ただ合意管轄の場所については,例えば従業員の住所地とか労務の提供地とかいう形で限定しておくという方向性の方がよいのではないかと考えます。 ○山本(弘)委員 今,古田幹事がおっしゃったことで私も疑念を持っていて,実務的なところをお聞かせいただきたいのですが,労働契約締結時の合意ということは圧倒的に労働者と使用者の強弱関係ははっきりしているわけですが,円満にやめるというときに正に退職金の上積みうんぬんのネゴシエーションをするときというのはそれほど労働者と使用者の力の差といったものはなくて,非常に任意の,十分な情報を与えられた上での自発的な合意が締結されるし,また締結されることが実態として通常であると理解していいのでしょうか。 ○古田幹事 どうでしょう。力関係という意味ではやはり使用者の方が強いということは一般的に言えるのだろうと思います。採用時と退職時とを比較したときに,どちらがより力関係の差が大きいかというと,それはむしろ労働者がどれぐらい能力を持っているかということに左右されるところが大きいので,採用時か退職時かということよりは,どれぐらい会社にとって必要不可欠な人材だったかということの方が,より大きな要素ではないかと思います。 ○山本(弘)委員 それから,現実にやめるときに改めて退職後の競業避止に関するネゴシエーションをするということが一般的なのでしょうか。無能な従業員だったからこそそういう交渉をするのかもしれませんし。 ○古田幹事 一般的と言えるかどうかは分かりませんが,それほど珍しいことではないです。そういう御相談を弁護士が依頼者から受けたとしても,珍しい相談だとは思わない程度にはある出来事だと思います。 ○松木委員 お話を聞いた感じでは,やはりそういったケースはあるということで,そういうときに合意が全く認められないことになってしまうことには違和感を感じるというのは,ほかの会社さんでも聞いたのですけれども。 ○長谷川委員 退職から大体1年とか2年ですよね。 ○松木委員 期間は余り長くはできないですから。 ○長谷川委員 長いのはできないので,大体1年から2年ぐらいだと思います。 ○山本(弘)委員 古田幹事の御意見は,全くそういう円満な合意が成立する場合だけではなくて,会社から見ればそれほど期待していない労働者だったのが隠し持っていて,やめた後でというようなことも想定すると,それだけでは十分ではないということですか。 ○古田幹事 はい。私はそういう趣旨で,別案2の方向よりは別案1の方向性の方がよいのではないかと思います。 ○長谷川委員 私どもも別案1や別案2に対する評価は決めかねているのですが,別案1とか別案2について検討する余地はあるとは思っております。   あと,イはやはり無理ではないかと思っています。弁護士の方と私たちが言う労働者像とは少し違いがあり,議論になってきたのはこの競業避止の話なのですけれども,ではそういうものに限ってというのは難しいと思います。そういう意味では,別案1も別案2も検討しなければいけないのかなとは思っていますけれども,まだ今日時点では結論は出せません。 ○髙橋部会長 そうですね。イの方は条文化はほとんど無理だと。条文の解釈論で限定解釈する余地がゼロではありませんが,ここで審議する立法案としては書きにくい。アの方は立法としてもまだ書けそうだということなのですが。ですから,アの方に審議を集中していただいた方が有り難いと思います。 ○古田幹事 仮に別案1の方向をとるとなった場合に,経過措置はどうなるのでしょうか。こういう法律ができたとして,その時点で既に再雇用されている従業員というのは大勢いるわけです。もちろん,中には雇用契約締結時に管轄条項を含む契約書を交わしている場合もあるのでしょうけれども,そうでない場合の方が実際上は多いのだろうと思います。そういう黙示の雇用契約といいますか,書面でない雇用契約で現に就労している方々について,今回この法律ができると,その時点で改めて何らか契約を交わさないと,使用者が訴える場合に,合意管轄の条項を使えないのか,あるいはそこは何らか経過措置があり得るのか,その点,特に事務局の方で何かお考えがあればお聞かせ下さい。 ○佐藤幹事 まだ経過措置を十分に検討しているわけではないのですが,従前の民訴法の改正の経過措置などを見ていますと,合意管轄については手当てがされているものもありますので,少なくとも経過措置が必要かどうかを検討することが必要になろうと考えております。 ○古田幹事 もう一つ別の論点ですが,例えば,日本の中小企業が人を雇い入れるときには,書面を交わさないことの方が実務的に多いのだろうと思います。例えば,非常に特殊なノウハウを持っている町工場が技術者を雇っていたのだけれども,その技術者が突然会社のノウハウを持って海外に行ってしまったような場合に,現在の規律ですと,雇用契約に何らかの管轄合意がないと日本では裁判ができないことになってしまいます。果たしてそれでいいのかどうかというところが少し疑問です。一つの考え方としては,雇用契約上の競業避止義務違反ということであれば,それは雇用契約に関する紛争だけれども,それを更に超えて,不法行為を構成するような違法行為があった場合には,不法行為地が日本国内にある場合には,不法行為地に基づく国際裁判管轄が肯定されるという考え方でいいのかどうか,あるいは他の管轄原因に基づく国際裁判管轄をも否定するような労働契約の規律を考えておられるのか,そこはどちらなのでしょうか。 ○佐藤幹事 ここで言う個別労働関係民事紛争というのがどこまで外延があるのかというところは,最終的には解釈になると思いますが,外延を明確に引くほどの裁判例あるいは学説の蓄積等がまだないように思われますので,不法行為として行為の性質等にもかんがみて決めることになるのではないかなと考えております。 ○手塚委員 今の点ですが,労働契約の存否その他の労働関係に関する事項についてということなので,私の今までの理解は,例えば労働者が退職後に雇用者の所有する特許権を侵害する行為を日本で行っていたけれども海外にいるとか,そういうのは別に,たまたまその人は労働者としていろいろな知識を持っていてそういうことができやすかったということはあるかもしれないけれども,普通の特許裁判の管轄でいいし,不正競争防止法に違反するような行為であって,契約があろうとなかろうとというか,要するに一種の不法行為的なものについて,労働関係に関しているかもしれませんけれども,それはだれがやっても違法ではないかと。雇用契約上の競争禁止は先ほどの別案1ぐらいの形でバランスをとっていただくのがよろしいのではないかと思うのですが,そういうものについて,それは契約上のものだから認めるとしても,別案1の限度でしか管轄を認めないという方がまだよろしいと思うのです。何か不法行為的なものについて,労働関係に関しているからということで,不法行為というのは合意管轄となじまないかもしれませんけれども,不法行為管轄も否定するかのように読めてしまうのは問題の種を残さないのかなと。そこら辺は余り解釈にゆだねるよりは,労働関係に関する事項についての民事紛争はどこまでなのかというのをある程度立法で明らかにしておいた方がいいのではないかと私は考えております。 ○道垣内委員 同じく別案について,私は別案1の方がいいと思うのですが,やや分からないところがございます。三つ要件がある中の2番目ですけれども,これを事前に合意するときに書こうと思うと,最後の勤務地は分からないかもしれないという点です。たとえば,日本で勤務していた人が将来,ニューヨーク勤務になったときにやめてしまうかもしれないわけです。そうすると,ドラフトをするときにこの要件に合致するようにする方法はあり得るのかどうか。もしこれを採用したときに,特定国を書かないで,当該労働者の最後の住所地国でも訴えることができると書くということはあり得るのか。それでは駄目だとすれば,もう少し実務上使える要件にしないと対応できないのではないかと思います。   もう1点,3番目の要件ですが,これは消費者契約の方にもありますけれども,そちらの議論でどうだったか覚えていないのですが,こう書かなくても,付加的な合意であるとみなすと書けばそれで済む話なのではないでしょうか。 ○佐藤幹事 今いただいた御意見のうち,最初の点につきましては,まず実質をどうするかというところを御議論いただいて,その後,どう法制化するかという点について考えていく必要があろうと思います。   2番目の点につきましては,恐らく,今,道垣内委員から御示唆があったような形での規律を次回提示させていただくことになろうかと思いますが,現時点ではそういう予定であるということだけ申し上げたいと思います。 ○山本(克)委員 別案1と別案2の関係ですが,これはどちらかをとるということではなくて,両方ということも十分あり得るということでよろしいのでしょうか。 ○髙橋部会長 ええ,いろいろ組み合わせてみて。 ○山本(克)委員 先ほどの退職時に新たに競業避止義務を負わすような合意というのは別案1では対応しにくいかもしれませんので,別案2というものもあってよかろうかと思いますので,二つの合意があった場合の関係をどうするかという問題はありますけれども,両方とも採用するということはあり得るのかなという気がします。   それと,私も,別案1の(ⅱ)の部分をどうするかというのは,労務提供地の方がいいのかなという気もしなくはないのですけれども,別案1は採用した方がよろしいのではないかという感覚を持っています。というのは,これは日本の優秀な人材が海外で活躍する前提として,別案1のような合意の有効性を認めていないと海外で受け入れてもらえないというようなことがあり得るわけです。とりわけ,大学の研究者が―私ども文系の学者は大体個人営業ですので余り関係ないのですが,理系の研究者というのはやはり共同で研究活動を行う。そこで当然何らかの秘密を保持してしまう。それで帰ってきて使わないという約束はしておかないと受け入れてもらえないという状況があると思われます。仮に別案1のような管轄合意さえ認めないという立場を日本法がとっていますと,日本の研究者が海外で共同研究活動に入ろうとしても,先方が,あなたは秘密保持義務違反を犯しても国に帰ってしまったら追及できない人だから受け入れないというようなことが懸念されるところです。自分の大学のことを言って恐縮ですが,山中教授というのはiPS細胞で有名な方で,アメリカで勉強してきて,日本でその成果を花開かせておられるのですが,ああいう方というのはアメリカで共同研究した結果で非常に伸びていかれた方ですので,そういう日本の研究者の国際的活躍という点では,諸刃の刃になる可能性もあるのですが,一定程度のリスクは引き受けた上で行っていただく。そうした方が向こうで受け入れやすいという状況があるのではないかという気がしておりますので,別案1は是非採用していただければと考えます。 ○山本(弘)委員 私もどちらかというと別案1だと思っておりました。というのは,先ほど契約終了時のバーゲニングパワーうんぬんという質問をしたのは,縛りたくても縛れないケースが恐らく出てくるのではないかという気がするのです。相手がうんと言ってくれなければどうしようもないので。今,山本克己委員が諸刃の刃と言われたのですけれども,最初から契約締結の時点で押さえておかないとこういう問題に対して有効に機能しない可能性があるかなと思っておりますので,基本的には別案で,ただ,契約終了時に改めてそういう合意がなされたとしたら,その合意の効力を排除する必要は特にないだろうという意味では,両方あっていいけれども,原則は別案1かなというのが私の感触でございます。 ○高田委員 別案1と別案2の関係について両山本委員からお話があったのですが,確認ですけれども,別案1は別に契約時でなくてもいいという御了解でよろしいですね。 ○山本(弘)委員 はい,そうです。 ○高田委員 そうすると,別案1と別案2の規律が違った場合,すなわち,別案2で,例えば最後の時点での住所地以外でも合意の効力を認める場合には別案2を改めて立てる理由があるという理解になろうかと思いますので,一言申し上げます。 ○山本(克)委員 労働契約締結から終了に至るまでの間だと別案1でいけるという理解だろうと思います。先ほど古田幹事がおっしゃったのは労働契約時以外は許されないということを前提とされていたような気がしていたのですけれども,そうではないということで,労働契約締結後,数年経過後も,別案1を採用する場合には当然有効ということだろうと思いますので,現時点でうんぬんということはそれほど気にしなくても大丈夫なのではないかなという気がいたします。 ○古田幹事 私が申し上げたのは,労働契約締結時でなければならないという趣旨ではなく,実務的には,労働契約締結時に合意をするか退職時に合意をするかのどちらかで,その中間で合意するということは余り見かけないという趣旨で申し上げました。 ○髙橋部会長 今,別案1は検討に値するという御議論が多いわけです。若干細かいことに入りますが,3番目の要件はいいとして,2番目の要件,住所でいくか,労務提供地でいくか,そして道垣内委員が言われましたように分からないかもしれない。そのときはそれはあきらめてもらうと。手塚委員が最初に設定された問題は,国内事件が国際化するのですね。日本国内で日本人同士がやっていて外国に抜かれてしまったということですから,これで十分押さえられる。初めから渉外的なものはちょっと難しいでしょう。あきらめてはいけないかもしれませんが。このあたりはいかがなのが適当なのでしょうかね。山本克己委員からは労務提供地の方がいいのかなということでしたが。でも,それも契約終了時の労務提供地だと分からないということになるのですかね。契約時の労務提供地ですかね。 ○山本(和)幹事 私もそういうことかなと思います。契約終了時ということになると分からないわけですよね。どこか分からないところを合意するというのは,BtoBとかであれば,あるいはオウンリスクでということもあり得るかもしれませんが,労働者との関係で,その時点では決まっていないところの裁判所を合意するというのを有効だと認めるのはなかなか難しい感じがして,そうするとやはり契約の時点ということになるのではないかという感じはするのですが。 ○山本(克)委員 契約の時点ということであれば,やはり労務提供地にして,勤務場所が変わる度に合意が結べるものなら合意を結ぶというような形にするということでないと。住所ですと,ベネルクスあたりですと,どこの国からでも,複数の国から通えますから。そういうところを考えると,住所地というのは余り実効性がないような気がしますので,契約時ということにするのであったら,労務提供地でないとうまく機能しないのではないでしょうか。 ○手塚委員 もともと日弁連の意見では,契約時の労働者の住所地で,かつそれが特別裁判籍になるようなところというような二重の合わせ技一本みたいなことで考えていて,消費者と違って労働者の場合は,使用者の方であなたはこっちに移りなさいと住所地なり労務提供地なり変えることを指示できるので,労働者側の都合で退職してどこかへ行ったのではなく,使用者側の都合でアメリカに移しておきながら,契約締結時の住所が日本にあるというときに日本で訴えられるというのはフェアではない,そこが消費者と違って,労働者側の事情によらずに移った場合は除くみたいな発想でいたのです。今回,別案1が出てきて,私はこれは多くの場合に機能するように思うのですけれども,確かに言われてみると,契約終了時の住所地というのは,例えばやめさせようと思っている人を移しておいて契約を切ったとか,そういう場合にそのままでいいのかというような問題点があることは事実ですので,少しチューンアップをしなければいけないと思いますし,住所地あるいは労務提供地のどちらにするのかというのはまだ私も考えがまとまらないのですけれども,基本は,雇用者側の事情で動かしておいて,それに基づいて管轄合意が有効だというのは排除するというところがうまくきけばよろしいのではないかと思っています。 ○佐藤幹事 別案1の考え方というのは,労働契約が継続している間については労務提供地に営業所もあるでしょうし,会社としてはある意味訴えやすい環境にもあるので,そこは合意の効力を認めないと。そこで,労働契約が終了した後で住所が変わった場合にどうするかということに焦点を当てた規定としているのですが,労働契約の締結時の住所となりますと,締結時からいろいろな国を動いている可能性があるわけです。最後の住所であれば紛争から一番近い時点だと思うのですが,契約時の住所地で合意した場合に,それで労働者側として果たして便宜がいいのかという点を考える必要があろうかと思います。終了時が直近の労働者の住所なり労務地ですので,その地であればいいという形での合意にしてはどうかと考えたものです。契約時にしてしまいますと,過去の住所地で訴えられることを認めることになってしまうようにも感じたのですが,そのあたりはいかがでしょうか。 ○山本(弘)委員 むしろこれは労働契約終了後に紛争が発生して訴えが提起される場合を想定しているわけですから,労働者にとって防御の便宜が一番いい土地はどこかというと,私は,最後の雇用関係があったところがより紛争に密接で,防御にも便利なのではないかなと思います。住所地か労務提供地かは微妙にずれる場合があるかもしれませんけれども,こちらの方がよくて,最初に雇用されたときの住所というのは違和感があります。 ○山本(和)幹事 手塚委員が先ほど言われた疑問だと思うのですが,確かにそういう場合も多いのかと思うのですが,例えばずっとアメリカで雇われていて,アメリカでずっと働いていたのだけれども,しばらくケニアに行ってくれないかと言われてケニアに行って,ところが1年ぐらいたって紛争が起こって,それで契約が終了して日本に帰ってきたような場合に,たまたま最後だったからケニアが一番かというと,それは違うような気がするのです。そこがうまく,先ほど山本克己委員が言われたようにその度ごとに契約するというあれなのかもしれませんが,それでうまくいくのかなと。どこで勤務するかというのはかなり使用者が決められるということになると,やはり労働者にとっては酷な感じがして,そこは割り切れないところなのですが。 ○長谷川委員 使用者はどちらも使えるのです。わざと転勤させることもあるし,そうでない場合もあります。今言われたように,どんどん動いていくと,最初の契約地でもないし,労務提供地でもなくなって,そうすると,労働者から見たら自分の住所地が一番いいわけです。でも,それはなかなか難しいというのであれば,どこがいいのかというのは,別案1にしても,別案2にしても,もう少し検討が必要なのではないかと思います。 ○古田幹事 恐らく労務の提供地と住所というのは一致することが多いのでしょうけれども,食い違う場合もあると思うのです。例えば,商社マンがアフリカの各国の駐在員事務所を半年ごとに転勤するけれども,自宅はずっと横浜にあって,家族はそこに住んでいるという場合があり得ます。そういう意味では,労働者の側の防御の便宜という観点からすると,労務提供地よりは住所地を基準にする方がより防御しやすいのではないかと思います。労務提供地は,紛争が発生した時点に直近の住所地でなければ労働者の保護になりませんので,そういう意味では,労働契約終了時の住所地を管轄合意有効性の要件にするのが合理的なのだろうと思います。それが採用時の住所と違うことがあり得るわけですけれども,そこは管轄条項の書き方の問題です。退職時の住所地を管轄裁判所と定める書き方もあるでしょうし,あるいは,従業員の住所変更は使用者も把握できるわけですから,住所が変わるごとに管轄合意についてだけ改めて書面を交わすという実務を今後するのだという整理の仕方もあるのかなと思います。 ○長谷川委員 管轄合意だけ別に結ぶなんていうことはまず考えられないと思うのです。それから,異動する度に管轄合意だけをやるというのも普通ではないと思うのです。ですから,普通の労働契約の中でどのようにするのが一番いいのかというのは,是非皆さんのお知恵をかしていただければと思います。 ○道垣内委員 今までの議論で分からないところがあるのですが,この別案1の場合は両方が訴えることができるわけですよね。使用者側が訴える場合には,この規定はなくても,最後の住所地から労働者が動いていない限りにおいては普通裁判籍があるわけで,動いたときだけ問題になるわけですね。ただ,使用者が訴えを提起するのは雇用関係の終了後ですから,事例としては少なく,企業にとってバランスをとっているとおっしゃいますけれども,これだと使用者側はそれほどうれしくない規定ではないかと思います。 ○古田幹事 問題にしているのは,例えば日本の企業が従業員を雇用して,労働契約終了時には日本に住所があるけれども,その後,労働者が海外に移転してしまって,海外で競業行為をしているような場合に日本で裁判ができないのは問題ではないかということなので,そういう意味では,労働契約終了時の住所地の管轄合意が有効だとしてもらうことは使用者にとってもそれなりに意味はあるのだろうと思います。 ○道垣内委員 それは労働者の普通裁判籍ではないのですか。 ○古田幹事 訴えを提起する時点では労働者は海外に転出してしまっている場合を想定しているので。 ○道垣内委員 ああ,雇用契約終了後に国境を越えて転居している場合が問題だとの御指摘でしたね。分かりました。 ○髙橋部会長 松下幹事,手を挙げられていましたか。 ○松下幹事 今,皆さんが御指摘になったのと同じで,ここで念頭に置いているのは労働契約の終了に伴って住所が動く場合で,手が届かなくなってしまう場合の話をしているのだということを言おうとしただけです。 ○道垣内委員 もう一つ。前提は,先ほど私が申し上げたように,最後の勤務地の裁判所を指定すると条文のとおり書くような合意は駄目だという前提なのですね。 ○髙橋部会長 難しいのではないでしょうか。本当にひどいときには,余り使ってはいけないのですが,特段の事情もかぶりますからね。でも,特定されているのかどうか。 ○手塚委員 私の理解では,古田幹事がおっしゃっていたように,この別案1のような規定があることで,使用者側が一番心配しているような,引き抜かれて競業禁止をやっているときにはもう海外にいるというのが全然手当てできなくなることは一応防げる。   2番目に,日本国内の使用者から見ると,契約終了時の労働者の住所地を管轄しますとは普通は書かなくて,日本に管轄があると書いて,たまたま契約終了時も日本にいたのだったら日本の裁判所が直接管轄を行使できるというだけの話で,間接管轄でどうなるのかというのは,日本の裁判所から見るとすぐに問題になるわけではなくて,こういう規定があって,例えばアメリカで似たようなことが起きたときに,日本の裁判所としては,アメリカの企業の従業員,もしかしたらその方は日本人かもしれませんけれども,その方が日本に移られて,アメリカで出た判決をどこまで承認・執行するかというときに,契約終了時にはアメリカに住所があって,その後日本に来たと。本来だったら日本が普通裁判籍ですけれども,アメリカで合意管轄に基づいて訴えたというときに,それは契約終了時の住所で合意したのだから執行してあげましょうというのはそれほどおかしくないと思うのです。だから,実効性という意味では,この範囲であればいいのかなと思います。   ただ,先ほど申し上げたように,使用者側の都合でねじ曲げたようなときまでこれでいいのかというところは本当は考えなければいけないと思いましたし,日弁連はそこを懸念していたのですけれども,これだけでもそれなりにバランスはとれているし,実効性もあるかなと。狭いように見えるけれども,一番ここはあった方がいいなというところはきちんとカバーされているような気がするのです。実務的には,日本を管轄とすると書いてあればこの規定に乗っかってくるので。日本の裁判所から見ると,直接管轄のところで最後の住所地がスイスとかアメリカだったらどうかというのは余り関係ないと思うのです。それは日本に管轄がないというだけのことですから。 ○髙橋部会長 つまり,この契約を結んでしまった以上,企業としては,首を切ろうとしている人の最後の勤務地をどこかに回すということができなくなる。してもいいのですけれども,した場合にはこの管轄合意が使えなくなるというリスクも負う。そういう圧力があるから変なことは起きないだろうということですかね。 ○道垣内委員 日本に戻すという手はあるのかなと思います。   (ⅱ)の要件で,最後の労務提供地と書いた場合には,企業としては,自己の事業所のある場所,それが日本とイギリスとフランスであれば,三つ書いておいて,最後の労務提供地にならなければそれは無効で,どこか一つは生き残るというドラフティングは可能でしょうか。それなら対応できると思うのです。要するに,使える規定を提供するのでないとバランスをとる道具にならないので。そこを伺いたいのですが。 ○佐藤幹事 具体的にどう書くかというところまで考えていなかったので,また考えてみたいと思います。   この別案が前提にしていますのは,使用者がその立場を利用して,管轄を作出するだけのために最後の労務提供地に異動させるという場合は恐らく特段の事情が働く余地がある。特段の事情の中にも一応合意管轄が入ると考えますと,BtoBの場合の特段の事情の働き方と,労働関係が問題になっている場合の特段の事情の働き方というのは若干違う面もあって,先ほど申し上げたような例や,先ほどケニアで最後になったというところ,それで事業者がケニアで訴えるかどうかは別にして,そういう例外的な場合には特段の事情を使って労働者の住所地にするということはあり得るのではないかなとは考えておりました。もちろん,そういう特段の事情の使い方がいいのかというところは従前からの御議論があることは承知しております。 ○山本(克)委員 今,佐藤幹事が最後におっしゃった点が正に私が懸念しているところで,管轄合意について特段の事情による例外を認めると,何のために管轄合意をしたか分からなくなるおそれがあるのではないでしょうか。管轄合意については特段の事情の適用はないという仕切りにしていただいた方がいいと思っています。ただ,今想定されているような場合は合意の濫用的事例だということで,むしろ合意の効力が当該事件には及ばないというような処理の方が望ましいのではないかと思いますので,特段の事情を特に出さなくても対応可能な場合ではないかと思います。 ○山本(和)幹事 特段の事情のところはおっしゃるとおりというか,意図的に飛ばしたのは多分濫用で消えると思うのですが,別に濫用するために使ったのではなくて,本当にケニアに仕事に行ってもらったのだけれども1年ぐらいで紛争が起こった場合は,濫用とはなかなか言い難いのかなと思います。   それから,先ほどの道垣内委員の問題提起ですが,営業所があるところを三つ四つ書いておいて,どこかが最後になるだろうというのは難しいのではないかと思っていて,先ほど申し上げたことですが,契約を締結する時点で労働者の労務提供地か住所地があった場所で,結果としてそこが契約終了時の労働者の住所地の国になったような場合は認めてもいいのかなという感じがするのですが,その限度ではないかなという感じはします。 ○松下幹事 山本克己委員から,特段の事情と合意管轄についての御発言があったのですけれども,一般論としてはそれは非常によく分かるのですが,特段の事情による調整を合意管轄の場合に重ねるというのは,一般論としては,合意するときに,対等な当事者だから,ちゃんと決めたのだからそのとおりやりましょうということで,それ以外の事情による調整を排除するということだと思うのですけれども,その前提が余りきいてこないというのがここの文脈なのではないかという気もします。ですから,特段の事情による調整が狭くなることはあっても,それを排除してしまうというのはどうかなというのが私の印象です。   合意の効力の問題として調整すればいいではないかという御提案もあったのですが,効力の問題として調整すると,結局効力があるかないかというオール・オア・ナッシングの解決しかできないので,きめの細かい調整がしにくいのではないかなという気もしまして,そういう懸念が残るものですから,特段の事情による調整と合意管轄については,特段の事情の適用の余地を残す方向で検討した方がいいのではないかなというのが私の印象です。 ○道垣内委員 つまらないことですが,労働契約の終了を争っているような場合にもこの終了時は特定できている,それは訴え提起の時点であるということですよね。そう読まないと使えないですから。 ○髙橋部会長 基本的にはそうですね。 ○道垣内委員 それはこう書いておけばそう読めるのかどうか。 ○髙橋部会長 実体的に有効な本当の終了ではなくて,仮定的なものでも。民訴はそう考えますよね。 ○道垣内委員 そうすると,訴え提起の後に移住してしまっても,それは関係がないということになりますね。 ○髙橋部会長 最後は解釈論ですけれども,それはそうですね。 ○手塚委員 日弁連の中の議論で,非常にはっきりみんなが感じていることとして,合意管轄について特段の事情論で切るよりは,チサダネ号事件判決の言い方でいいかどうかはともかくとして,合意管轄の限界という形で別立てにすべきではないかと。せっかく合意したのに,特段の事情というかなり幅広いところでそれが否定されるということになると,日本を合意管轄にしたらどうなるのか分からないみたいな逆のインセンティブが働かないかということもありますし,もう一つは,今回,合意管轄の条約の方はとりあえず議論の枠外かと思いますが,仮に合意管轄条約を締結した場合,そこには管轄合意について,甚だしく不合理とか何か,そういう例外条件がありますが,その例外条件そのものには当てはまらない場合において,その条約を締結したら,条約を批准した以上はエンフォースする国際法的な義務があるのではないかと思うので,条約締結国との関係で,甚だしく不合理とまではいえない,つまり条約の例外には当たらないけれども,特段の事情で却下するのだというような形になってしまっていいのか。あるいは,私もよく分からないのですが,その条約を仮に批准した場合,締約国との関係では合意管轄には特段の事情論はないけれども,非締約国との関係では特段の事情論でやるのだというのは,いかにもおさまりが悪いような気がしています。それを考えると,条約を批准すると決まっているわけではないというところは重々承知の上で,チサダネ号事件的なところから出発して,法制度的に受入れ可能な条文で,私はなるべく狭い例外でいいと思っているのですけれども,それで消費者とか労働とかについてはいろいろな例外というのですか,今回考えたようなものがあってもいいと思うのですが,特段の事情論そのものを合意管轄に使ってしまうのはトラブルのもとではないのかなという気がしております。 ○髙橋部会長 その点は,合意管轄全般でも次回御議論いただきます。   確認させていただきたいのですが,5ページの一番下,「以上の考え方に対しては」ということで,これは間接管轄にも響いてくるということなのですが,外国,主としてアメリカでしょうが,御承知のようにアメリカでは研究者も労働契約で雇われることが,特に若い人には多いわけですが,日本人研究者が,アメリカで判決がおりたときに,間接管轄があるとほかの要件を満たせば承認されるということへの懸念が書かれているのですが,労働者一般はともかく,研究者に関しては逆のデメリットがあるからやむを得ないというのが先ほどの山本克己委員の御発言でしたが,それは皆さん大体そういうことでよろしいでしょうか。 ○古田幹事 これは外国判例の承認・執行の要件の問題になりますけれども,例えば損害賠償額が非常に巨額であるとか,あるいは懲罰賠償を命じているような部分については,日本の公序を理由に承認を拒絶できますので,一応それがセーフハーバーになっているという整理でよいのではないかと思います。 ○横山委員 確認ですが,この問題について別案をとるかどうかということの発端は,終始一貫,手塚委員と古田幹事が最初のときからおっしゃっておられたように,研究者とか労働者というのは確かにイメージ的に分かるのですけれども,私が考えていたのは,この別案の出てくるのは,労働関係終了後に労働者が使用者の指揮命令とは無関係に,自分の自由意思で従来の住所地なり労務給付地を移動するというシチュエーションで,そのときにかつての住所地又は労務給付地で使用者も訴えを提起することができないと具合が悪いのではないかというところで,この別案の可能性が探られてきたと思うのです。だから,自由意思で移動したらどうかというのは,契約の終了後かどうかということで分かると思うのですが,要件の中に,それだったらもう端的に,契約の終了後,労働者が住所地又は労務給付地を移動させたか不明になったということをはっきり書けばよろしいので,そのときにあらかじめ合意していた地の裁判所はそのまま維持すると。そのときに初めて管轄合意の効力が生ずるとしても構わないと思うのですけれども,はっきりと,従来の合意した場所から移動するということを要件に入れて,合意できる場所というのは契約締結時の労務給付地又は住所地ということで,そうすることによってとにかく予見可能性を使用者・労働者双方に与えておくというのが,最初の議論の出発点,常に出された例の説明ではぴったり合う要件なのではないかなと思うのです。かつての住所地又は労務給付地で使用者が労働者に対して訴えを提起する余地を与えるというのがメーンなのであって,そのための手段として管轄合意という手段があるというので用いられたので,管轄合意があって―どうも考え始めるとまた論点がぼけてくるように思うのですけれども,あくまでそれは手段で,ここまでだったら使用者のみならず労働サイドでものめるというので管轄合意も当事者の合意も出てきたと思うのです。しかも合理的な範囲に限定するということで。ですから,今まで伺ってきましたけれども,シチュエーションというのはやはり移動したということ,いつもそのシチュエーションから離れていないのだったら,はっきりと,契約終了後に住所を移動させたと言った方が,あるいは労務給付地と別の国に住所を持っているというような要件を加えた方が,これまでの議論の想定した状況に最もぴったりくるのではないかなと思うのです。 ○髙橋部会長 御指摘のとおりですが,そうすると紛争発生後の事後的なものしか駄目だという,そのスキーム全体が少し動くのですが,ねらっているところはそのとおりなのです。先ほど来,国際的な企業でドイツにも台湾にも日本にも営業地があるというようなところは,それはそれとしてあるのでしょうが,我々が当初ねらっていたのは,そういう企業はもう国際的に十分対応してくださいと。手塚委員が最初に出されたのは,日本企業で日本人を雇っていて,競業するなと言っていたのがアメリカに引き抜かれたという限定されたシチュエーションのものであって,渉外的に大規模にやっている企業がこれを使えるかというと,それは使えなくとも,少なくとも手塚委員の意図は達することができるということですね。しかし,それらを含めてもう一度事務当局で練って,次回には出したいと思っております。どこまで整合的にできるかというところはなお考えてみますが。   3ページの本文①のところの雇入地に関しまして,検討はいたしましたが,条文にするとかえって行き過ぎが生ずるというのが本日の案ですけれども,これでいかがでしょうか。撤退した後でもというのは少し行き過ぎになりかねないのではないかという判断ですが。   ほかに,特段の御意見がないようですので,ここで休憩を入れることにいたします。           (休     憩) ○髙橋部会長 再開いたします。   次は論点2の「財産権上の訴えの管轄権」にまいります。   まず説明からお願いします。 ○小島関係官 まず,本文②の差押可能財産の所在地の件については,今回は丙案を落とした形で御提案させていただいています。   (補足説明)ですが,部会資料7ページの「1 本文②について」ですが,これまでずっと乙案について御議論いただいていますが,乙案の内容については部会資料に書かせていただいているとおりでありまして,イのような規律を設けて我が国の判決の効力を実質的に日本の国内の財産に限定することを意図するということでありますが,前回の部会資料22においても紹介いたしましたとおり,外国から見ると片面的で不公平な制度となりかねず,相互主義の見地から問題があるという指摘があったり,また法制上の問題も指摘されているところであります。   他方,観点の違う大きな目で見てみますと,甲案にしても乙案にしても,直接管轄としては,いずれも差押可能財産の所在地による国際裁判管轄を認めるということは共通しておりまして,過剰管轄のおそれがある場合に事案における具体的事情を考慮して訴えを却下し得るということも共通しております。ただ,差押可能財産の所在地による国際裁判管轄につきましても,ほかの管轄原因と同様に,直接管轄の規律により定めることが望ましいと考えられますので,その上で,過剰管轄となるような事案の典型は,財産の価額が著しく僅少な財産の存在を理由として差押可能財産による管轄を主張する場合であると考えられます。   そこで,今回,7ページの真ん中よりやや下に書きましたとおりの案を御提示させていただいたところであります。つまり,甲案にただし書をつけることとなっておりまして,このただし書は不法行為の規律で用いたただし書と同じようなコンセプトに基づくものでありまして,典型的に訴えを却下するような事案についてはただし書で排除するという考えに基づいております。ただし書に書いてあります被告の財産の価額という内容ですが,これはいわゆる絶対的基準でありまして,請求額の均衡とかを要求する客観的な基準ではないということで,その財産だけに注目して,それが著しく低い価額の場合には管轄は認めないという規律となっております。   なお,このただし書を設けたとしましても,第5の特別の事情の規律により訴えを却下することを妨げるものではないと考えております。   (参考)については後ほど説明いたします。   続きまして,9ページの2の「(注)について」のところです。これは前回も御議論いただきましたが,これまでの部会の議論を踏まえて,請求の担保の目的の所在地による管轄については規律を置かないとすることでいかがかということで御提案させていただきたいと思います。   私からは以上です。 ○佐藤幹事 今回の部会資料でも法制上の問題に言及させていただいているところですが,前回の部会でも,法制上の問題についての説明の要請をいただいておりましたので,私の方から若干補足をさせていただければと思います。   一口に法制面と申しましても,最終的には形式面のみならず実質面も含めて審査がされていくことになろうかと思いますので,今回,(参考)で書かせていただいた中にも実質面に当たる面が含まれておりますけれども,現時点で我々の方で法制面への課題と考えているところにつきまして,参考となる情報も含めて(参考)に書かせていただいたということでございます。こちらに記載した点につきましては,いろいろ御意見もあろうかと思いますし,今日また御意見をいただくこともあろうかと思いますので,いただいた御意見は真摯に受け止めさせていただいた上で更に検討させていただきたいと思っているところでございます。ただ,事務局といたしましては,他の管轄原因がすべて直接管轄の規律として書いてあるということで,必要であれば直接管轄としての規律に要件を付加することによって規律するものとなっておりますので,差押可能財産の所在地による管轄につきましても,他の管轄原因と同様,直接管轄の規律として直截的に規律するという方向で御審議をいただければ大変有り難いと考えているところでございます。   なお,(参考)に書きました我々が考えている課題というものは,あくまでも現時点においての私ども自身の考えということですので,今後,御議論あるいは検討によって変わっていく可能性があるということは前提としていただければと思います。   そこで,今回,直接管轄で工夫できないかということから一つのたたき台を提示させていただいたということです。御案内のようにドイツなどでは使いかけの帳簿とか果物かごとかゴム靴などに基づいて管轄が認められた例もあるということで,従前の部会の御議論を拝聴しておりますと,少なくともそういう名目的な財産で管轄を認めることは過剰管轄であろうというところは大方のコンセンサスができているのではなかろうかと思います。そこで,今回のような案を提示させていただきました。   先ほど御説明申し上げましたように,財産の価額というのは,財産所在地の管轄に特有のファクターであることから,この財産所在地の直接管轄の中で書くこともあり得るだろうということで書かせていただいて,さらに,ドイツの最高裁の判決のように,外国人同士が争って財産だけが日本にあるような場合は,被告の応訴の負担や証拠の所在など,特段の事情による調整が一般的に妥当とすることもあり得るのではないかということで,その特段の事情による調整も排除するものではないと(補足説明)に書かせていただいたところでございます。   またいろいろ御意見をいただければと考えておりますので,よろしくお願いいたします。 ○髙橋部会長 説明が付加されましたし,また,別案と申しましょうか,7ページの案も提示されたところであります。財産所在地管轄に関しまして,どこからでも結構ですので,御審議をお願いいたします。 ○古田幹事 7ページの別案ですけれども,今の事務局の御説明だと,価額が著しく低いという点は絶対的基準だということだったのですが,この点は特段の事情でも当然考慮される事項だと思います。特段の事情として考慮する際には,請求額との均衡とか,あるいは被告が個人なのか法人なのか,あるいは法人だとしてどれぐらいの規模の法人なのかということとの相関関係で財産の価額を検討することになるかと思うのですが,仮にこの条文を置いたとして,このただし書は絶対的基準ですと言ってしまうと,特別の事情での考慮と整合しないような気もします。そこはいかがでしょうか。 ○佐藤幹事 絶対的基準というのが何を意味しているのかということによりますけれども,もちろん価額との均衡等も考えることになると思うのですが,価額との均衡自体を要件としてしまうと,請求額が非常に大きい場合に,相当額の財産があるにもかかわらず価額の均衡で否定されてしまうような場合もあり得るのではないかということで,著しく低いというのはまさに名目的な財産を想定して,これであればということで記載させていただいたということです。他方,特段の事情の中でいろいろなファクターを検討できる,この価額も当然できるのであるから,こういう要件を設けることなく,特段の事情のみで検討すべきであるというような考え方も一方ではあり得るかと思います。ただ,先ほど申し上げたように,できるだけ直接管轄の中で書ける要件は書いていくというように考えたときに何が可能かということで御提示させていただいたということです。 ○髙橋部会長 スリッパでは駄目だとか,完全に落ちてしまうものがあって,その上で特段の事情がもう一回かぶってくるので,ダブるといえばダブるのですが,スリッパでは駄目だというのははっきりするということです。 ○山本(和)幹事 この別案自体は,私はこういう考え方はあり得るのだろうと思います。ただ,これまでこの部会で財産所在地管轄が過剰管轄であると言われてきたことには二つの意味があって,一つは,資料に書かれているように,先ほどのスリッパのお話が典型的なもので,名目的な財産に基づいて管轄権を行使する,これは直接管轄権の行使としても過剰なものである,濫用的なものであるいう場合ですね。恐らくこれはそれに対応しようということだと思います。   ただ,もう一つ過剰性というのが語られてきたのは,仮に被告の財産がある程度日本にあって,それに基づいて日本で判決をとったとしても,外国にある財産に対してその判決に基づいて執行するという形で使われるのが過剰なのではないかという問題点だったのではないかと思っています。この中間試案の(補足説明)でも,財産所在地の管轄を認める理由は,被告の財産が日本国内にある場合には,原告は日本で債務名義を得て,その財産に対して強制執行することができるようにするのが相当であると。つまり,日本の財産に対して強制執行をかける便宜として日本に管轄を認めるのだと。それ以外にはその請求権と日本との間には何らの関係がなくても,被告と日本の間には関係がなくても,日本にある財産に対して強制執行するには日本の裁判所で債務名義を取るのが一番便宜だろうということで管轄を認めるという説明であって,だからこそ給付訴訟に限定するとか,国内管轄に比べれば限定するということをやっているのだろうと思います。そういう説明だとすると,なぜその判決に基づいて外国で強制執行ができるのか,つまりその判決の効力が外国に及ぶのかということが説明できていないような気がして,その部分の過剰性というのが一つの問題だというのが乙案とかの問題意識だったのだろうと思います。   そういう意味では,この別案というのは,先ほどの第1の過剰性に対応するものであっても,第2の過剰性については対応していないということで,それでよいのかどうかということが問題なのだろうと思っております。私自身は,そこはなかなか説明できていないのではないかということで,何らかの形で限定すべきではないかということを申し上げて,今回,(参考)というところで詳細な御説明があるわけですけれども,今のような観点からすれば,8ページの(参考)の4とかに書かれていることも,私のような問題意識を前提とすれば,ここに書かれてある理由というのはそれぞれ少し違うのかなということです。個別に申し上げてもいいのですが,今までの議論で大体。8ページの一番下の①は,「同一の主文の判決であっても,管轄原因によって,判決の効力が外国に及んだり,日本国内に限定される理由」と書かれていますが,先ほど説明したように,この管轄原因というのが日本国内で強制執行するために原告に便宜を与えるという趣旨で認められたものであるとすれば,その判決の効力が日本国内のものに及ぶというのはむしろ非常に自然なことであると私には思えます。②以下も同じようなことなので繰り返しませんが,そこは恐らくそういう認識,そういう意味での過剰性というものもここでの過剰ととらえるかどうかという認識の違いなのかなと思います。もちろん,部会の大勢としてはこの別案のような形での過剰性に対応すれば十分だということであれば,私も特にこれ以上は申し上げませんが,私自身は依然としてそういう意見を持っているということだけ述べさせていただきたいと思います。 ○道垣内委員 今,山本幹事が非常に的確におっしゃったので付け加えることはないのですが,一点だけ。私の方から幹事に対する質問ですけれども,8ページの4でお書きになっていることは,これまでおっしゃっていたように,法制的に外国には判決の効力は及ばないとは書けないというのとはちょっとニュアンスが違って,書けなくはないけれども,そのアイデア自体がおかしいのではないかという御趣旨であるように読めるのですが,これはそういう趣旨なのでしょうか。アイデア自体がおかしいのではないかという点については,先ほど山本幹事がおっしゃったように私はおかしくはないのではないかと思うので,そうであれば法制面の障害はないということを意味しているのかどうかだけ伺いたいのですが。 ○佐藤幹事 今までは乙案の文言でということで検討して,前回,旧破産法第3条に基づくような書き方をすることができるかということで議論になりましたので,それは旧破産法第3条のように書けないかというと,旧破産法にそういう条文がありますので,形式的に書けないことはないと現時点では思っております。ただし,なおそれでも合理的な説明ができるのかということで問題点を挙げさせていただいております。現時点ではこれでも難しいのかなという感じはしていますけれども,その源には,山本幹事が言われたような過剰性をどう考えていくのかという問題があると考えています。 ○古田幹事 山本和彦幹事がおっしゃった点ですけれども,差押可能財産を管轄原因とするのは執行の便宜だということなのですが,だからといって,本案判決をとったときに,その執行可能な範囲を国内に限るということも必然的ではなくて,いったん本案判決をとった以上は,外国で承認されれば外国でも執行できるとしても,そこは考え方の問題でよいのだろうと思います。   逆に,差押可能財産を管轄原因としたときの判決の効力は国内に限るとしてしまいますと,事務局が部会資料の8ページの①に書いておられるように,管轄原因によって判決の効力が違ってくることになります。そうしますと,例えば裁判所が管轄原因を審理するときに,どの管轄原因を認定するかによって判決効が違ってくることになりますから,裁判所として対応が難しくなるのではないかという気がいたします。また,例えば原告が義務履行地と財産所在地の両方を管轄原因で主張していた場合に,裁判所が財産所在地だけを認めて認容判決をしたときには,判決効は国内に限られてしまいますので,全部勝訴であっても原告は控訴できることになるのか,ならないのかが問題となります。個人的には全部勝訴の原告であっても控訴できることにならないとおかしいと思うのですけれども,それが果たして今の日本の民事訴訟制度と整合的かというところでいささか疑問もあります。そこは割り切りの問題かと思いますけれども,管轄原因で判決効が左右されるのは少し私は違和感があります。 ○山本(和)幹事 余り反論するつもりもないのですけれども,最後の点について言えば,日本の裁判所がそのように判断したとしても,外国の裁判所がそれを承認・執行するかどうかということを判断するときには,これの管轄もあり得たのではないかということはあっていいのだろうと思います。だから,私自身は,それだけに基づく控訴というのは認める必要はないのだろうと思っております。 ○青山委員 今の山本幹事のお考えですけれども,外国判決の承認・執行のときに,実体的な中身は再審理しませんけれども,民訴法第118条の四つの条件はもちろん審査するわけです。そのときに,管轄があるかどうかというのは,当該判決でその国で適正に管轄が認められたかどうかを審査するのであって,当該裁判所が管轄を認めた以外に別の管轄もあったかどうかまで外国の裁判所に審査を要求するというのは非常に困難だと思うのです。日本でやる場合も恐らくそういうことになると思います。判決で適正にその国の直接管轄があったかどうかを審査することになるので,今のお考えはかなり難しいことを外国裁判所に要求することになるのではないかと思います。   それで,この問題について,私は前の丙案を支持していたのですけれども,それは前回撤回いたしまして,ではどうするかということですけれども,法制上の問題ということで,間接管轄を正面に出して書くのは整合性の点から難しいということになると,直接管轄で書くとすれば,別案のような限定をつけて認める以外にないのではないだろうかと思っております。では今問題のその効力が外国に及ぶかどうかということですけれども,第2番目の過剰性は,第1番目の過剰性があったからこそ第2番目の過剰性を非常に私どもは意識して議論をしていたと思うのですが,第1番目の過剰性の方がかなり是正されるような立法になれば,第2の過剰性というのも減殺されることになると思うのです。私は,ただし書がこれでいいかどうかということはともかく,別案のような方向で直接管轄を認めて書いたらどうかと。そういうものになったら,古田幹事のおっしゃるとおりで,管轄原因で何を認めたかと判決の対外的な効力に制限があるかどうかとは別に考えないと,民事訴訟法の理論体系をかなり大幅に乱すような感じがするものですから,倒産法の場合は別にしても,ここのところは判決手続の中の理論というのは相当大事ではないだろうかという気がしております。 ○横山委員 山本和彦幹事の自己抑制論というのはよく分かるのですが,破産法の場合は,今はどうか分かりませんが,恐らく昔は各国が属地主義をとっていて,そのように属地的な効力だけを認めていくというのを大多数の国がもしとっているとしたらそれなりに国際的に調和がうまいこといくというので,意味があったのだろうと思うのですが,この財産所在地管轄というのは国際的に大多数の国がとっているわけでもないので,別に自己抑制したからといって,特にそれで規律の調和が国際的に自然発生的に起こるわけのものでも何でもない問題なので,なぜこの管轄原因についてだけ自己抑制しなければいけないのかというのが基本的に疑問なのです。 ○髙橋部会長 よく考えてみたら,今までは一応案の一つとしてはあった乙案もよくない,別案でいこうというトーン,それは読み方次第ですが,ということになってまいりました。今,横山委員が言われましたように,この部会の中でも自己抑制論は結構あったと思うのですが,だんだん詰めていくとそうでもないような議論も強くなってきたと。表面上はみっともないけれども国際裁判管轄を分かっている人が読めば乙案はそれなりに読めるのだという議論もありましたけれども,今日の(参考)の1とかを見ますと,それすら余りよくないという考え方も出てきております。それで,今日決め切る必要はありませんが,乙案か今日出てきた別案か,もう少し御議論いただきたいと思います。乙案をあきらめるということになれば,次回事務局に私がお願いしているのは,可能ならば全体の案を出してくださいということなのですが,いかがでしょう。 ○道垣内委員 判決手続その他,民訴のことはよく分からずに伺うのですけれども,その前に,どの案をもとに御質問するかというと,甲案,乙案のうち甲案,甲案と別案だと,別案の方がいいのではないかと思います。したがって,別案をもとに御質問申し上げます。これに更に加えて外国には効力は及ばないと書けるかということなのですけれども,仮に書いた場合に,主文は支払えと書くだけなのか,それとも,ただし執行は国内財産に限るとまで書くようなことがあり得るのかという点です。もしそれが書けるのであれば非常に分かりやすいのですけれども,当事者が求めていないのに,裁判所の側で管轄の規定からそう書くということになります。恐らく破産のときはそのような議論はなく,当時の法制上当然そうだったので何も書かなかったということだったと思いますが,仮に外国には及ばないという種類の判決を認めるのであれば,それは分かりやすく書くべきだろうと思うのです。それはあり得ないことなのでしょうか。 ○髙橋部会長 それは裁判所実務がどうお書きになるか。確認的な条項があって悪いということはないのでしょうが。今日は出ていませんけれども,理論的には執行力というのはもともと国内限定的なものであって,外国判決の既判力は及びますけれども,執行力が及ぶのは日本の執行判決からだという一つの考え方がありますね。それで本当にいいかとか異論がないかというのはまた別ですが,伝統的にはそのように考えてきたのでしょうから,執行力というのはもともと狭い意味の執行力なのでしょう。日本国内にしか及ばないことが前提で。外国が認めた執行判決でのみ外国に執行力が生ずるとなると理論的にも書けないということになるのでしょうが,しかし便宜上書いて悪いということはないでしょう。 ○道垣内委員 そうすると,執行力と書かないで,この判決の効力と書くということですか。国内にしか及ばないと。 ○髙橋部会長 それは裁判官が決めることなのでしょう。裁判官は独立ですから,一人の裁判官が自分の信念で書いてもいいのでしょうけれどね。書いたから違法だとは私は思いませんけれども,恐らくそういう指導はしないだろうとは思います。 ○高田委員 そろそろまとめということで,今まで発言を控えておりました者の意見を申し上げさせていただきますが,今まさに出てきたところがどうも私自身の違和感の源ではないかと思っておりまして,規定のねらいは,最初に山本幹事がおっしゃいましたように,日本国内の債権者に日本で執行させることを可能にするための管轄であり,そのために過不足ない規定は,日本の財産にのみ執行することができるという規定なのだろうと思います。それ自体は目指すべきだと思いますが,部会長がおっしゃったように,日本の財産に対して執行できることをそのまま書くのは難しそうな気がします。それを書くためにはおそらく判決の「効力」という言葉を使わざるを得ず,「効力」という言葉を使うと様々な障害が出てくるという法制上の問題があるというのは,分かるような気がいたします。そうしますと,そこをうまく突破できる法制的な組み立てができるかどうかにかかっておりまして,現時点でまだ確定的な定見ではございませんけれども,やはり効力という形で限定するのは若干無理なのかなという印象を持っているということを申し上げさせていただきたいと思います。   その上でですが,ただし書で限定するという別案ですけれども,これ自体は過剰管轄を避ける努力ということで非常に望ましい方向だと思いますが,今回の立法全体の流れとして特段の事情になるべく頼らないということがございまして,これで十分かということについてはいささか自信がないもので発言を控えていたわけですけれども,より一層,可能な限り特段の事情の負担を減少できるような案を,私自身も考えてみたいと思いますが,なお御検討いただければと存じます。 ○横山委員 今,高田委員がおっしゃったことに追加して,もう一つは,この管轄権を認めないと日本が執行のオアシスになるということです。中国の判決を日本は承認しませんから,中国の判決をもらってきた人でも日本に財産を集中させれば執行を免れることになってしまうので,日本を執行のオアシスにしないようにという配慮がもう一つあるのだろうと思うのです。それが本当にリアリティのある話なのかどうなのか,私も分かりませんけれども。ただ,こういうただし書を入れておけば,非常にわずかな額しか日本にないのだったら執行のオアシスになるわけがないので,そういう意味でもこのただし書の規定は意味があるのではないかなと思います。 ○髙橋部会長 乙案を次回落とすのは,まだ早いですか。よろしいですか。このままいきますと別案で次回出すことになろうかと思いますが。   まだ議論を蒸し返していただいて結構ですが,審議の便宜上,9ページの2,今まで(注)に置いておきました請求の担保の目的の所在地につきましては,海事債権がどうかというような議論がありましたけれども,それも何か極めて特殊な場合だろうと。それで,本当に必要かどうか,前回,古田幹事から御説明がありまして,それは分からない話ではありませんが,条文としては規律を置かないというのが今日の提案ですが,いかがでしょうか。 ○古田幹事 前回も申し上げましたが,私自身は海事関係の事件は余りやっていないので,直接の知見に基づく発言はできないのです。けれども,海事の実務に影響があるかどうかは事務局の方で御確認いただいた方がよろしいかと思います。 ○髙橋部会長 分かりました。   財産所在地管轄につきまして,方向性は次回は別案を出すということですが,ほかに御意見ございましたらお願いいたします。   それでは,論点3の国際訴訟競合に移ることにいたします。   まず説明からお願いします。 ○小島関係官 国際訴訟競合につきましては,前回,甲案の別案として御議論いただいたところですが,今回はそれを更にブラッシュアップいたしまして,前回の御議論も踏まえ,丙案として本文で提案させていただいております。   丙案のポイントにつきましては,部会資料の9ページに(ⅰ)から(ⅴ)まで書かせていただいたとおりでありまして,まず日本の裁判所と外国の裁判所の訴訟係属の先後は問わないというのが1点目。また,同一の事件ということにさせていただいて,何が同一に当たるかというのは解釈にゆだねるというのが2点目。3点目といたしましては,考慮要因といたしまして,日本及び外国の裁判所における審理の状況,外国の訴訟が確定判決に至る見込み,その確定判決の承認可能性を挙げつつ,裁判所の裁量を広く認めていること。また,その中で中止の要件の判断に当たって裁判所が当事者の意見を聴くことは妨げられないと考えております。4点目といたしまして,中止期間を4か月以内の期間と定める。5点目といたしまして,当事者の不服申立権は認めないという考えに基づいた案でございます。   丙案のような規律を置くことによりまして,日本の判決と外国判決の矛盾抵触を避けることができ,無駄な訴訟追行を避けることができるとか,国際訴訟競合が生じた場合に裁判所が中止する法的な根拠が明確になるというような利点があると考えられると思います。   他方,これまでの議論でも出てきていますが,判決の矛盾抵触を避けたりするには期日の間隔などを調整するなどして柔軟に対応すれば足りるのではないかとか,今回の丙案のような規定であっても現在の実務の運用と変わりがないのではないかという指摘があり得るところであります。   このような丙案の内容を踏まえまして,国際訴訟競合に関する規律につき本日も御議論いただきたいと思います。 ○髙橋部会長 国際訴訟競合に関しましては,乙案,丙案に絞って今日は御提示しておりますが,御審議をお願いいたします。 ○古田幹事 私は,引き続き,丙案をとるのであれば不服申立ても設けるべきだと思います。しかし,それはそれとして,丙案をとった場合に,4か月以内の期間を定めて中止することができるという規定についてですが,一度4か月間中止した場合に,更に4か月後にもう一度重ねて4か月中止すること,あるいはいったん再開して訴訟手続を進めたのだけれども,また改めて中止をすることは妨げられないという前提でよろしいのでしょうか。 ○佐藤幹事 そのとおりです。 ○道垣内委員 言葉遣いを変えられた理由をお伺いしたいのですが,「外国裁判所に係属する事件が判決によって完結してその判決が確定する見込み」と今回はなっていますが,これはこれまでの甲案の表現とちょっと違います。これはどうしてなのでしょうか。民訴法第118条には確定判決と書いてあるので,「118条の規定により効力を有することとなる可能性」の中に「確定する」ことの見込みは入っているのではないかと思うのですけれども,そこはそうではないということでしょうか。どのような理由で修正されたのでしょうか。 ○佐藤幹事 基本的な考え方は変えていませんので,もし誤解が生じるようであれば御指摘いただければと思います。基本的には,外国の判決が確定する見込みがあって,更にそれが承認される見込みがあるという二つのことを書こうと意図しているもので,その点は従前と変えていないつもりではございます。 ○髙橋部会長 考え方は変えていませんが,前回,可能ならファクターをたくさん挙げてほしいという御議論がありましたので挙げたということですが,かえって法制的におかしくなったのかもしれません。 ○山本(弘)委員 前回も高田委員あるいは山本克己委員もおっしゃったことかと思いますけれども,この問題は,国内的な訴訟競合と同じような意味で国際的な訴訟競合を消極的訴訟要件として扱うかどうかがもともとの理論的な課題だったわけで,消極的訴訟要件として扱うということであれば,国内の場合は却下ですから,当然終局判決に対する不服申立てが可能ですけれども,消極的訴訟要件ということで,本案の審理及び判決をしないという決断に対しては,中止に対しても何らかの法的な不服申立ての可能性を保障する必要があるだろうと。正にそこに意味があるのだと私も理解しておりました。ところが,その不服申立てを設けないということになると,不服申立ての余地を置かないというより,そもそも国際訴訟競合についてそれを訴訟要件として位置づけないという決断をするのであれば,それはそれ自体としては適法な訴えなわけですから,本来粛々と本案の審理及び判決をすべきなのであって,外国における訴訟係属にかこつけて,追って指定というのは今実務上行っていないと林委員もおっしゃいましたけれども,何らかの手段を使って審理を塩漬けしておくというようなことは本来認められるべきではないので,私は基本的には乙案なのだろうと思っております。乙案をとるということはそういうことだと理解しているのです。しかし,そうは言っても,裁判所が事実上いろいろな手を使って審理をしないということを阻止することはできないし,したとして,それに対する訴訟上のチェックというか不服申立ての制度を組み立てることは非常に難しい。そうだとすると,何らかの形で手続裁量に枠をはめることが望ましいということで丙案的なものが出てきているのかなと私は理解していたのです。しかし,先ほどの古田幹事からの御質問に対して,4か月の中止は1回限りではなくて,その後の進行に応じて何度でも4か月の中止の再現はあり得るということになると,手続裁量を縛って本案判決を受ける権利をある程度保障するというような意味も乏しくなっているような気もいたします。手続裁量を縛る意味で4か月1回限りの中止しか認めないのだという趣旨でこういうものを置くのならばそれなりの意味はあるのかなと思っていましたけれども,その前提も先ほどの確認で崩れてしまいまして,私としては,基本的には乙案かなと思っております。乙案というのは,本来消極的訴訟要件としないという選択をした以上は原則として審理をすべきものであるという了解のもとに乙案をとったのだと考えるのが,少なくとも訴訟法研究者としても私の良心に基づく発言であると御理解いただければと思うのですが。 ○朝倉幹事 山本弘委員が今おっしゃったことは,正に私どもがずっと言いたかったことでございます。私ども,別に理論だけの良心ではなくて,実務でも良心を持ってやっていると思っておりまして,裁判所が何らかの形で審理をしないということは,例外があるかどうか分かりませんが,今はほとんどないと思います。前回の林委員の問題意識もそうで,私もそうなのですが,むしろ丙案を置くことで審理をしないということを大っぴらにできる方法を一つ書いてしまうことになりはしないのか。言ってみれば,今,追って指定という審理はしなくなっているのに,国際訴訟競合をしたら大手を振って追って指定にしていいのだよと―追って指定という言葉ではないですけれどね―いうようなメッセージというか,メッセージではないにしても,実務上そういうことをしようとする裁判官はいないと私は信じていますけれども,多分そういう人もいるのだという御懸念だと思うのですけれども,御懸念がむしろ顕在化してしまう方に働くのではないのかというのが懸念でございます。そういう意味では乙案の方がいいのではないかと前から言い続けていて,いまだに乙案の方がいいだろうと思っております。丙案を仮に置くとすると,これは一体どういう理念で,具体的にどういう場面で裁判官に使わせようとしているのか。先ほどのお話でもそうですが,無駄な訴訟追行を省くということであるとすると早めにやらなければ意味がないと思いますが,実際に外国判決がもうそろそろ終わって確定しそうだというような話になるのは,前から手塚委員がおっしゃっていますけれども,訴訟の進行というのは国によって全然違うということがありますし,やってみなければ分からないこともありますから,少しでも早い段階でそこの見極めをつけることは個々の裁判官としては極めて難しいと言わざるを得ないと思います。アメリカでも,ディスカバリーにどのぐらい時間がかかるかは分からないわけです。そう考えてみると,実際に使える場面というのは本当に後ろの方で,そうすると何のためにつくったのかというところも結局達成できなくなってしまうのではないかと懸念しているところで,メリットは余りなくてデメリットが大きいかなというのが私の印象です。 ○青山委員 山本弘委員が良心だと言われるものですから,私はなかなか発言しにくいのですけれども,私が丙案でもいいのではないかと思っているのはこういうことなのです。事件が同一かどうかということは,国内事件だと非常によく分かるので,二重起訴の禁止がかぶってくると思うのです。ところが,外国にある訴訟の場合に事件が同一かどうかということは十分には分からない。特に最初の段階でそれが訴訟要件だと言われると,これは非常に難しいと思うのです。だから,初めはある程度緩く受け付ける,しかし,やってみると,どうも同じ―当事者は同じですから―ことが向こうでも争われているらしいというのがだんだん分かってくることがあるだろうと思うのです。そのときに,始めた以上は淡々とやるべきだということになるのか,入り口の段階での訴訟要件をクリアしたらあとは一直線に進むべきなのか,手続をとめておくという余地が全くないのだろうかというと,そうでもないのではないだろうかというのが丙案の発想だと思うのです。全然話は違いますけれども,当事者が死亡したような場合には,手続の中断があるわけです。それは手続権を保障するという意味ですけれども,手続をとめておくという訴訟手続上のテクニックをここに一つ置いてもおかしくはないような気がしておりまして,私はまだ丙案でいいのではないかと思っております。 ○阿部委員 今回の乙案,丙案について,先ほど御説明があったのですが,これは,従前から裁判所がいろいろな方法を使って審理を進めないことに対してコントロールしていこうという趣旨であると思われるのです。しかし,実は審理をしている立場からするとこれは逆であって,裁判所は通常のように進行させようとするのですが,この局面では引き延ばし工作がされるので困ってしまうということなのです。今,青山委員が御発言された訴訟物の同一性というのは,理論的に分からないということはあるのかもしれませんが,古田幹事がこれまで何回も御紹介されているように,実際の場面では,当事者は子会社を使ったり,訴訟物を加えてみたり,要するに訴訟物の同一性について議論せざるを得ないような形で競合訴訟が起こってくるのでややこしくなってしまうのです。全く同一当事者で,それが大陸法系なのか,英米法系なのかで裁判所が悩むというのとは異なり,前提が少し違うように思われます。   私どもとしては,先ほど山本弘委員が理論的な説明をされたのですが,余り理論的に説明できない事項で,ただ一つのテクニックとして審理を中止する手段を創設するというのであれば,むしろ弊害が大きいように思うのです。当事者が死亡した場合には相続放棄の熟慮期間がありますから,3か月手続が中断することは当然の制度として構築されているわけですが,政策的に審理を中止するというような制度を設けると,特に,今回,事務当局からの御説明で,これが民事訴訟法の中に規定されるとなると,裁判所がそれをそう理解するのではなくて,当事者がここにこのような規定があるではないかと言って国内訴訟にも使ってくる。使えないのですけれども,そういう主張がされてしまうということも懸念するところであります。今回,もともと甲案というのがあって,これは理論的には非常にすっきりしていたのですが,どうもパブリック・コメントでも余り支持がなかったということで丙案が検討されるという,そういう流れは十分理解できますし,せっかく議論したのだから何らかの形を残した方がいいというお気持ちも十分分かるのですが,裁判所としては,理論的な根拠あるいはポリシーというか,立法に思想がないと,解釈指針もなくなってしまい,この要件では何を求められているのかいささか迷うところでありまして,そうであるならば規定がない方がいいのではないかという感じがいたします。今回,丙案が,いわゆる承認予測説に近づけた要件設定がされて,前回のB-2案よりはそれが前面に出ているのだとは思いますが,さりとてそれだけの要件ではないものですから,これを諸外国が見たときに,日本が承認予測説に立つ立法を採用したのだという宣言的な効果もそれほどないのではないかという気もいたします。   ここからは私どもの知見ではありませんが,承認予測説に近づけて考えること自体,本当にグローバルなスタンダードに近いのかということもよく分かりません。特に最近,競合例というのは,必ずしもヨーロッパ,EUのように近似性のある司法がある国と日本ということではなくて,意外に従前から多い英米法に加えて,東アジア,東南アジア,周辺国との競合事例があるわけで,そう考えてみると,実際の場面において承認予測説が今の時点において日本で妥当するものと見ていいのかどうかもちょっと疑問があるように思うのです。   いろいろ御議論いただいて,裁判所の手続裁量に対する御批判はよく分かりましたので,それはそれとして,手続裁量の中ではむやみに理由なく審理を進行させないということはいいのでしょうが,現時点では,訴訟競合の規律について立法化するのはなかなか難しいのではないかという感想を持っております。 ○山本(和)幹事 私は青山委員の御意見に賛成です。この段階でも,やはり丙案をとるべきではないかと考えています。   丙案のメリットとして私は二つぐらい考えていまして,一つはメッセージ効果みたいなことだと思うのですけれども,外国における訴訟係属というものがあり,その外国裁判所の審理の状況を見守り,そこで確定判決が出れば日本でも承認してしかるべきだと判断するような場合には,日本はその外国の訴訟係属を決して無視するわけではなく,それを受け入れる用意があることを国際的にも明らかにすることはそれなりの意味があるのではないかと思っております。   2点目は,個々の訴訟事件における当事者に対する透明性の確保ということもあるのだろうと思っております。とりわけ外国の当事者に対して,この訴訟の手続が現在一体どのような状況にあるのかを法的に明示するという意味では,訴訟手続は,今,外国の状況を見守っている段階にあって,日本における訴訟手続は進めないのだということを当事者に明らかにするということからすれば,中止という規律があってしかるべきではないかと思っています。   10ページの一番上の行に書いてある,とりわけ(ⅰ)の丙案に対する批判というか議論ですが,「外国裁判所の審理状況を見守るのが適切な場合には,期日の間隔を調整するなどして柔軟に対応すれば足りる」という発言が確か部会でもあったと記憶しますけれども,私はこういう扱いは不透明な扱いのように思えます。山本弘委員が先ほど言われたように,淡々と訴訟を進めて,訴訟を進める以上は迅速に審理を進めることが当然だと思いますので,外国の裁判所の審理状況を見守るのだとすると,一体その期日で何をやるのか,争点整理を進めるのか,証拠調べをやってしまっていいのか,それがよく分からないので,果たしてこういう形で―対応は確かに柔軟だとは思うのですけれども,柔軟だということは,しかし他方では不透明な感じが私はします。そういう意味では,外国の審理状況を見守るのが適切なのだとすれば,それを法的にも明確化する意味で中止という手続をとってしかるべきであって,そういう余地を手続上も残しておく必要があるのではないかと思っているところです。   当事者から濫用的に用いられるという懸念が阿部委員から指摘されましたけれども,それは裁判所の方でしかるべく,国内訴訟で濫用するなんていうのはもってのほかだと思いますし,国際的にも最終的には裁判所の裁量で中止することができるという規定ですので,かつ不服申立てもありませんので,それほど濫用を懸念する必要はないのかなと思っております。個人的には私も不服申立てまで認めるべきではないかと思ってはいるのですが,学者の良心としては,そこを譲ればむしろない方がいいというお考えも分からないではないのですが,私は,今申し上げたような理由で,私自身の学者としての良心からすれば,なお丙案というのはあり得るのではないかと考えている次第です。 ○手塚委員 丙案は弁護士会では非常に評判が悪くて,最初の理解としては,4か月以内の期間を定めるというのは,1回限り,あるいは4か月以内に何か分かってくるというような状況を前提にしているという理解だったものですから,4か月で何か動くということはそれほどないですよねと。つまり,1審判決をやっているときに控訴されるかどうかも分からないのに,4か月でどうにかなるというのも分からないだろうし,今日,更新可能だというお考えだというのを聞いたのですが,そうだとすると,3回ぐらい更新すると何か見えてくるかなというときに,とりあえず4か月とめるというのはちょっと無責任で,本当に3回更新すれば必ずそのときは見えてくるというのだったら,むしろ12か月と言うべきなのに,とりあえず4か月とめてしまって,その間何もしないというのは,迅速な審理をしようと思えばできたはずなのにやらないのはおかしい。   だから,「期日の間隔を調整するなどして」というのは,例えば実務上時々あるのは,代表訴訟で,被告のうち一部の人が刑事で起訴されて,その関係で検察が洗いざらい証拠を持っていってしまって,原告はもちろん,被告も手元に何もなくなってしまっている。証人尋問だけでやるわけにもいかないので,刑事の方で検察官が証拠請求して,それを謄写できるようになるまでは動かしようがないですねというときに,だからといって中止という制度はそこには乗っかってこないのですけれども,双方の便宜のために,一応訴訟は係属しているけれども,では原告側が立証の手段がないから棄却するかというと,それは余りにアンフェアで,やはり待つしかないですねと。そしてきちんと報告をして,今こういう立証段階になっていて,この次いつぐらいになればこういう証拠が出てきますからということで待ってもらう。これは両方異議がないですから,ゆっくりやるのはしようがないと思うのです。迅速な裁判を期待する方の迅速な裁判を受ける権利を侵害していないと思いますし,その方が充実した審理,真実発見ができる。   ところが,今回の丙案でやってしまいますと,裁量的中止だといっても,申立てがあった以上は,裁判所は,まず要件があるかどうかを判断して,要件があってもとめるかどうかという裁量のところに進むので,要件の審理をしないで,あろうとなかろうと他からというのはちょっと乱暴です。それで,この要件が非常に複雑ですね。同一の事件かどうか,裁判所における審理状況,それから判決が確定する見込み,こういうものを毎回申立てがあったら全部やるというのは非常に負担が大きくて,濫用的申立ての弊害が余りに大きい。それで,現にこれでとめたいという実務上の要請は余りないと思うのです。濫用的申立てをしようという当事者以外に,これで正当な目的を達しようとすることが本当にあるのかと。それは弁護士の仕事が増えますから,業界的にはこういうのが入った方が仕事が増えると思う先生もおられるのかもしれませんが,普通の弁護士はそう考えていなくて,これは当事者のためにならないとネガティブに受け止める方の方が多いと思うので,理論的にすっきりするという意味では,日本の訴訟に近い形の先行訴訟があるからそちらの方が先だとかという考え方もあり得たと思います。ただ,それは,この間私が申し上げたみたいに,例えばインドみたいに10年ぐらいかかるのが普通だという国でちょっとぐらい先に起きたからそちらの訴訟を待ちましょうというのは,やはりおかしい。日本だったら,同じような裁判制度ですから,先に起こした方にとにかく優先だというのはいいけれども,国際的に見て,先に起きたからそちらが優先だというのもおかしいというのがあって,それは落ちた。丙案で見てみると,やはり濫用の危険の方が大きいなというのが私の感覚だし,弁護士会でも,4か月となってしまったらもう丙案はとれないよねという意見が,その関係している検討会では恐らく全員ですね。 ○古田幹事 これまでの下級審の裁判例を見ると,国際訴訟競合が生じている場合については,いわゆる承認予測説的な考え方をとったのもありますけれども,多くの下級審は,特段の事情の一要素として考慮して,外国で本案訴訟をした方がより適切だと考える場合には,日本の訴訟については国際裁判管轄なしとして却下をするという扱いをしている例が多いのです。国際訴訟競合を特段の事情の一要素として考える場合に,日本の手続の進行をとめる必要があるのは,現状では外国訴訟の方がより適切であるように思われるけれども,もう少し外国訴訟の進行を見ないと日本の訴訟を却下する勇気がでないという場合でしょう。そういう場合には,日本の訴訟を進行を事実上停止して,外国訴訟が想定通り進行するのを確認してから日本の訴えを却下するというような処理をしていたのだろうと思います。   前回までの事務局案はかなり承認予測説の傾向が強かった条文なのですけれども,今回の丙案は,外国訴訟の訴えの先後とか日本での承認可能性だけではなくて,その他の事情もいろいろ考慮することになっておりますので,これまでの下級審判例の多数に近い枠組みになってきているのだろうと思います。その中であえて中止の規定を置くことの意味ですけれども,不服申立てがあれば,それは非常に意味のあると思います。しかし,不服申立てのない中止の規定を置く意味というのは,例えば外国の裁判所に対して,日本の裁判所は向こう4か月間手続を中止しているので,この4か月間で外国の訴訟を進めてくださいね,もし外国訴訟が進まなければ日本で本案の審理を進めて証人尋問してしまいますよと,そういうメッセージを伝えるという意味はあるのだろうと思います。ただ,そのための期間としては4か月というのは非常に短いと思います。手塚委員から指摘がありましたけれども,4か月間で外国訴訟がどこまで進むかというと,それほどは進まないので,実際には1回延長して8か月とか,2回延長して1年間様子を見るということになるのだろうと思うのです。そうすれば外国訴訟はある程度進行しますから,日本の裁判所が果たして訴えを却下していいかどうかという判断する材料は集まってくるでしょう。ただ,そうなった場合には,今度は日本訴訟の原告からしてみますと,1年間手続がとまってしまって,その間不服申立ての方法がないということになりますから,日本の原告の利益保護という観点から問題が出てきます。そういう意味では,丙案というのは,いかにも中途半端な条文になるかなという印象があります。 ○山本(克)委員 先ほどの山本和彦幹事の御発言ですが,同一事件の幅はともかくとして,同一事件が外国に係属している場合において,それを見守ることは要らないというのが乙案だと私は理解しておりましたので,乙案で見守ると不透明になるというのはおかしい。それは乙案の理解が違うのだろうと思います。よほど確度があって,確定判決が間近であるような場合はともかくとして,基本的には見守らない。粛々と日本の裁判所は日本の訴訟法にのっとって,適用される実体法にのっとって審理を進めていくことが乙案にインプライされているのだと私は思いましたので,先ほどの御発言には違和感を感じた次第です。 ○山本(和)幹事 私もそれは一つのあり得る考え方だと思いますし,それは一つの割り切り,要するに外国の訴訟係属は基本的に無視して,国際的訴訟競合というようなことは基本的に考えない,日本で訴訟競合状態がないのならば,日本は淡々と通常の訴訟として進める,それは一つの考え方だと思います。私が申し上げたのは,丙案に対して(ⅰ)のような批判があり,これがあたかも乙案を採用する理由であるかのように書かれている。そして,それは別に事務局のお考えだけではなくて,実際にこの部会でそういう御発言があったと思いますので,もし乙案でそういう形でコンセンサスをとって,そういうことで丙案はやめて淡々と進めるのだということであれば,私は必ずしも賛成しませんが,それは一つの政策判断としてはあり得ると思っております。 ○阿部委員 今,山本和彦幹事が御指摘された丙案に対しては(ⅰ)で対応できるのではないかと記載されているところで,そのような発言があったというのは確かにそうなのかもしれません。これをよく読むと,外国裁判所の審理状況を見守るのが適当と認めたときは,何を行うとも定めなくて相当期間を開けて次回期日を指定し,とりあえず時間を稼ぐような運用がされるかのような反論になっているのですが,実際にこのような場面で,裁判所だけが何の意味もない次回期日を,例えば6か月後に指定するということではないのだと思うのです。恐らくこれは,両当事者も納得した上で,もう少しすれば外国の訴訟がこのように進行をする予定なので,その状況を見てから訴訟の進行を決めていただいていいのではないですかというような話があって,それに必要な何か月後という期日指定がされるというのを前提としているのではないかと思います。先ほど民事と刑事の関係を手塚委員が御紹介されていましたが,そうでなくて,一方当事者が審理の進行を求める,他方当事者が審理の中断を求めるという状況の中で,裁判所が何の理由もなく,次回期日を,その間に当事者に何の準備も求めることなく,例えば4か月後に次回期日を指定するというようなことは事実上できないですね。ここで反論としてはそのような記載がされているかも分からないのですが,むしろここは,当事者が了解の上であればそういう運用も可能であるという趣旨に理解していただきたいと思います。これは,丙案に対する完璧な反論ということではなくて,それに対してはこのような対応も可能であるという程度のものではないかと思います。また私どもも,仮に丙案が何らかの形で難しいとなって乙案になったときにも,これは幸いなことだといって当事者間に審理の進行に対立がある場合に,特に期日間の準備も検討することなく,相当期間を開けて次回期日を指定するという運用するということは多分あり得ないわけです。乙案となると,御指摘のような御懸念があるのは事実ですが,実際の場面ではそのような運用はなかなかできないし,不可能に近いと思います。 ○道垣内委員 私は丙案支持でございます。両当事者が納得して訴訟手続を調整しましょうという場合は問題ないと思うのですが,次のような極端な場合はどうでしょうか。外国で給付訴訟が起きていて,途中まで外国で手続を進めたのだけれども,どうも負けそうだということで,日本で債務存在確認請求訴訟という全く裏返しの訴訟を起こす,という場合です。その場合には明らかに利害が対立するわけで,乙案をとった場合には日本での訴訟手続を粛々と進めることになるのでしょうか。丙案であれば,そういう極端な場合には,少し待てば少なくとも一審判決は出るということであれば待ちましょうという処理が裁判所の判断でできるわけですが,今おっしゃったところでは,乙案のもとでは,合意ができなければとにかく裁判を進めておくということになるのでしょうか。 ○手塚委員 私は,そういう負けそうだから後出しで出してきたのだったら,特段の事情で堂々と却下してしまえばいい,中止するのではなくて,そんなものは認めないということで何らおかしくないのではないかなと思っています。 ○朝倉幹事 私もそう思います。下手に審理をして入り口に入れてしまって,途中までやって途中でとめるというと,前にも進めない,後ろにも行けなくなってしまいます。これは裁判官によって判断が変わりますけれども,提訴する段階で分かっている事情で,後出しじゃんけんで終わるというのだったら,一裁判官として私だったら却下します。 ○道垣内委員 それは,日本が被告の住所地国であってもけしからんという御趣旨でしょうか。 ○朝倉幹事 今,念頭に置かれているのは完全に裏返しの事件ですよね。同一事件ですよね。可能性としてはあり得るのではないでしょうか。まあ,事件を見てみないと分かりませんが。 ○道垣内委員 もちろんそうです。管轄が否定できれば問題は起きないので,問題は日本に管轄があるという場合だと思います。 ○山本(克)委員 今のは別に管轄の問題としてとらえる必要はない事案のような気がします。つまり訴権濫用的に考えるということで,別の訴訟要件の問題だと考えれば足りるのではないかと。最高裁の判例は,少なくとも消極的確認訴訟については給付訴訟より劣にあるという形で処理していますから,そういうことも考えていけばよろしいのではないかという気がします。 ○阿部委員 先ほどの道垣内委員の御発言に関してですが,被告の対応によって変わってくるように思います。被告が管轄の抗弁を出せばそれを判断しますし,山本克己委員がおっしゃったように訴権濫用の主張をすればそれを判断します。被告が何の主張もなく応訴すると,これはこの訴訟に乗るのだろうという話になるので,当事者が,日本で提訴されたことについて管轄の抗弁を出さず応訴して請求棄却を求めるということになると,それは外国に訴訟係属があっても,それを前提として,了解の上で訴訟活動をされていると見てよいと思います。職権探知事項ではあるのですが,とりあえず反対当事者がどういう出方をするのかで決まってくる。これは訴訟競合だからとして,当事者が何も抗弁も出さないのに,裁判所が先走って判断するということは実際上はないと思います。 ○髙橋部会長 御議論を伺っていますと,想定されている事案がちょっとずれているような気もしますし,過去あるいは現在の裁判実務の理解も少し違うのかもしれません。道垣内委員が出されたものは,対抗的訴訟は,これはいいのかもしれませんね。しかし,日本では現に起きていたわけで,管轄で却下はしなかったわけですね。むしろ早く日本で判決を出して,承認が公序違反になるように持っていくというようなことも―持っていたのかどうか分かりませんが,結果としてそうなったのはあるわけです。   いずれにせよ,まだ議論は両方あるということですので,今日の段階ではと申しますか,次回,また乙案,丙案,両方出して,次回にはどちらか腹を決めようと思います。   それでは,論点4,事務所・営業所管轄ですが,まず説明からお願いします。 ○日暮関係官 「論点4 事務所又は営業所を有する者に対する訴え等の管轄権」について御説明いたします。   部会資料の10ページに記載しております本文につきましては,①,②とも変更はしておりません。   (補足説明)で記載いたしましたのは,前々回の部会におきまして,いずれも解釈に属する問題であるという前提の上で御議論いただいたところをまとめて記載したものでございます。   本文①につきましては,事務所又は営業所における業務の解釈についての議論について記載しております。   本文②につきましては,継続して行われている事業と訴えに係る取引等の同一性をめぐる解釈について御議論いただいた結果を書いております。特に本日御議論いただきたいという趣旨ではなく,前々回の御議論を踏まえてこのような確認をさせていただきたいという趣旨で記載しております。 ○髙橋部会長 別にこういうものが拘束力を持つわけではありませんけれども,前回は大体こういう御議論であったということです。   私から言うのも変ですが,前回,本文②に関しまして,継続して行う事業というのは少し幅があるのだというような御議論もあったと思いますので,そこに入るものはもちろん入って,そうでなく,本当に単発なものについても日本で管轄を認めるのが多数の意見であったという整理になりますが,ここはいかがでしょうか。 ○古田幹事 本文①の方ですけれども,これは最終的には解釈の問題になると思うのですが,今回の事務局の整理のように,営業所が実際に関与したことが必要だと解釈すると,例えばマレーシア航空事件の最高裁判例との関係はどうなるのでしょうか。マレーシア航空事件は,航空券を現地で購入していて,マレーシア航空の東京の営業所は関与していない事案なのです。そうすると,最高裁判決の結論は,新しく立法されると変わってくるということになりそうなのですけれども,そういうことを前提にして今回まとめておられるという理解でよろしいでしょうか。 ○佐藤幹事 マレーシア航空の事件の理解はいろいろな理解があると思います。この事件の事実関係では,本文①では管轄が認められないかもしれませんけれども,消費者に関する管轄とか,いろいろな形で,今回多方面できめ細かく管轄を定めましたので,結論的には大差はないのかなと思っています。逆に,例えば,長年アメリカに住んでいて,アメリカで国内便のチケットを買ったけれども,たまたま日本に営業所があって,そこで同じ種類のチケットを売っていたと,そこまで管轄を広げてしまうのはちょっと行き過ぎかなという気もします。したがって,事案にもよるのですが,もう少し総合的に,いろいろな管轄原因から見ていくと,マレーシア航空の事件でも同じような結論が得られるのではないかなと考えています。 ○手塚委員 外国企業が日本に進出するときに,支店形態がいいのか,それとも子会社の方がいいのかということをよく聞かれて,例えば,税務上は支店の方がいいかもしれないけれども,支店をつくってしまったら,当該支店がやった業務から生じたものだけではなく,それ以外のものについても訴えられるリスクがありますよということで今までずっとやってきているのです。だから,外国企業にしてみればそれはそれでしようがないというか,余り違和感のないところだったのですが,今回の(補足説明)にあるように,当該営業所なり支店が実際にその取引自体に関与していないのだったら,こちらの方の管轄は認められず,消費者でない限りは管轄がないというのは,今までの実務の理解をかなり変えるのではないかという気がしますし,変える必要性を余り私は認めないのです。支店だと子会社より広い管轄が認められかねないからということによって支店としての進出が妨げられていたということもそれほどないと私は思っています。例えば合意管轄条項とかで,よく,「この契約書から生じた」又は「この契約書に関連する」というような書き方で書くことがあって,「○○から生じた」というのと,「○○に関連して」というのはどちらがどう広いのかというと,「○○から生じた」というのは本当にその取引から生じているもので,「○○に関連して」というのはもう少し広いという考え方が普通だと思うのです。今回は業務に「関連するもの」ではなくて,「関するもの」という言い方なのでちょっと違うのですけれども,業務から生じた請求に限ってはいないはずですし,日本国内の土地管轄の理解と国際的なものとで違っていいのかという問題もあると思うのですけれども,今までの理解としては,業務に関連しているかどうかというのは,確かに抽象的にその事業部に属するというのは広過ぎるかもしれませんけれども,いわば日本でやっている業務に関連していればいい,全然関係していないのは駄目と,その取引から直接生じたものであるまでの必要はないという理解でずっと来ていたので,ここで何か限定してしまう必要が本当にあるのか。限定することで何を達成しようとしているのか,だれを救おうとしているのかというのが余り見えません。また,日本の裁判所の管轄をそれほど限定する必要があるのだろうか,支店まで持ってやっているわけですので,当然その覚悟があって支店形式でやっていると思わないのかなということで,ちょっとこの(補足説明)は狭いのではないかなと思います。 ○佐藤幹事 今の御説明ですが,まず事務所・営業所が直接関与していれば本文①が適用されます。関与していないけれども日本である意味ビジネスをやっている場合には本文②が適用されますので,本文②については,日本で事業を継続している,この事業はある程度広いというか,抽象的な概念としてもとらえることができると思いますけれども,ということであれば,日本における業務とみなし得るものであれば,管轄が認められるということになろうかと思います。したがって,手塚委員のおっしゃったような事案は少なくとも本文②でカバーされるのではないかと理解しております。業務というのはむしろ,個別の訴えに係る業務というようなものをイメージしておりますけれども,それが日本で行われるものであれば,日本で訴えを提起することができますので,それほど狭く限定的な管轄としては意図していないつもりです。 ○山本(克)委員 本文①と②が並列されているのですが,本文②は本文①ですくい切れないところを救おうという読み方になるのですが,本文②だけというのは意味がないのでしょうか。つまり,本文②であるのだけれども本文①ではないという場合があるということでないと並列する意味がないので,そこのあたりはどうなっているのでしょうか。 ○佐藤幹事 この点は,従前の御議論ですと,その営業所がかなり海外の支店までカバーしているような場合は本文①で読めるけれども,本文②は日本における業務ということになるので,それは読めないというような御議論だったので,それを踏まえているところでございます。 ○山本(克)委員 ただ,本文②の業務の範囲を広くすると,本文②だけでも足りるような気もするのです。ですから,そこで念のために,本文②でなくて本文①である場合があるのだということであれば置いておく意義があるのですが,本文②を緩めれば緩めるほど本文①の必要性が減じられるという関係にあると思いますので,手塚委員の御質問とも関連すると思うのですけれども,もう少し整理しないといけないかなという印象を持っています。 ○手塚委員 具体例をよろしいですか。例えば,日本に支店を置いていろいろな取引をしている証券会社がありまして,その証券会社の日本支店で販売した商品が説明不足で日本で訴えられました,これはいいと。そうではなくて,日本支店はあるのだけれども,当該取引について言うと,支店扱いではないという前提で,本店扱いで,本店の人が日本に来て営業みたいな。営業というのではないけれども,何回も来ているのではないのですね。その取引だけのために来たりして。だから,例えば契約はスイスでやったのではなくて,日本に来て説明もしたにもかかわらず,日本支店の扱いではないというようなことがあるのです。実際の事例では,そういう場合に,スイスの裁判所が専属管轄だみたいなことがあるために,その専属管轄合意の効力が争われているという案件があるのですけれども,もし専属管轄合意がなければ,恐らく今の実務は,日本で証券業務をやっていたのだったら,たまたまその取引は本店の人が日本に来てやったとしても,不法行為とかいろいろあるのかもしれませんが,それについて契約違反,説明義務違反のようなことで訴えるときに,当該営業所における業務から生じたものではないという理由で管轄を否定するのは狭過ぎて,たまたま本店扱いになっただけで,日本でも同じような商品を売ろうと思えば売れたというときには,支店を置いている以上は日本で訴えられてもしようがないというのが実務感覚なので,それをあえて狭める,むしろ本文②の方でというと,本文①を狭くして本文②を広くする意味もよく分からないなという気がいたします。 ○佐藤幹事 基本的には,少なくとも本文②で管轄は日本に認められることにはなろうかと考えております。というのは,日本国内における事業なわけですね。日本国内において証券を販売し,契約等が日本で行われていることであれば,その会社の日本における業務ということになろうかと思いますので,少なくとも本文②では管轄は認められることになろうかと思います。本文①で抽象的に認めるべきではないかという御議論もあるのかもしれないですけれども,結論的に,事務局の意図としては,今のような事案で日本の管轄を排除するものではないと考えております。 ○道垣内委員 私も今の点は本文②でいいと思います。例えば,同じ証券を同じ会社のソウルの支店がソウルのお客さんに売ったという場合,日本の支店でも同じ証券を売っているではないかということでそのソウルの顧客が日本で提訴してきたとすれば,そのような理由では日本の裁判所の管轄を認めることはできませんというのが本文①の趣旨だろうと思うのです。それでも,同じものを売っているのだから日本でも買えたはずだということで日本の裁判所に管轄を認めるという扱いをするのが抽象的な業務範囲という考え方ではないかと思っておりましたけれども,そうではないのでしょうか。 ○山本(和)幹事 私もほぼ同じことを思っていて,手塚委員にお伺いしようと思ったのですが,現在は,民訴法第4条第4項とか,普通裁判籍も仮に国際裁判管轄の方にあれするとすれば,それは当然非常に広くなるわけですね。現在の本文①というのは特別裁判籍の第5条第5号と文言は基本的に同じで,第5条第5号のような意味での国際裁判管轄を特に狭めているものではないような気がするのですが,手塚委員の先ほどの御趣旨は,もっと普通裁判籍みたいな,今,道垣内委員が言われたようなケースでも日本で認めていいのではないか,日本に支店を置いている以上やむを得ないのではないかと,そこまで含む御趣旨なのでしょうか。それとも,日本との何らかの関連性は必要であって,ただ,日本における業務に関するものとか,あるいは営業所における業務に関するものというのの解釈で,ここの(補足説明)で書かれているのがやや狭いのではないかという御趣旨なのでしょうか。 ○手塚委員 普通裁判籍は,基本的に主たる事務所が日本ですよね。特別裁判籍というのは,主たる事務所ではないだろうけれども,事務所なり支店がある。支店を登記したら,それは子会社の場合と違って,本店扱いのものであっても日本で訴えられるのはしようがない。もちろん,支店がやっていることと全く関係しないものといいますか,例えば事業部門が別だとか,支店が全然取り扱っていない商品とか,そういうのは別かもしれないけれども,たまたま支店扱いの取引ではなかったからといって,それだけの理由で,本来支店でも扱えたようなものについてまで管轄がないのだというのは通らない議論だというふうにずっと実務的にはやってきているのではないかなという気がするのです。 ○山本(和)幹事 扱っているものという趣旨は,例えば日本の支店でも…… ○手塚委員 証券業務なら証券業務として,その種のものは別に日本でも売ろうと思えば売れたし。 ○山本(和)幹事 例えば,両者の取引が完全にニューヨークで行われていて,日本の支店は何も関与していません,ただ,日本で買おうと思えばアメリカの株式も日本の支店で買えましたと,そういう場合も日本に管轄があると考えられていたということでしょうか。 ○手塚委員 全く何の関係もない場合はどうかというのはあると思うのですけれども,扱いが本店になっている。だから,例えば日本に来て説明などをするときに,多分,支店のリソースも使っていると思うのです。でも取引は本店扱いだというときに,これを見ると,取引から生じたものといいますか,本当に具体的に関与していないと駄目だと狭めてしまっていると思うのです。そこが私に言わせれば,全く関係のないものは除くけれども,何らか支店のやっている業務と関連性があれば,もうそれでいいのではないかというのが実務感覚だったように思われるので,何かそれを狭めているように感じるということです。確かに,本文②の方を広くして,そちらで拾うというのも結論的にはバランスがとれるのかもしれませんけれども,継続してする者という認定が,支店があれば継続してする者だと考えてしまっていいかどうかですね。 ○山本(弘)委員 先ほど手塚委員が挙げられたような例は本文②で賄えるというお話だったのですけれども,それは,日本において事業を継続してする者というのは,日本に事務所又は営業所を有する者であれば,そのことをもって当然に日本で事業を継続してする者になるという御理解ですか。これはもともとそういう理解ではなかった気がするのです。事務所,営業所ではないが,それと同じような拠点が日本にある場合,ネット取引であるとか子会社であるとか,そういったものも,事務所,営業所について日本に特別裁判籍が認められるのと同じ範囲で認めようというのが本文②の出発点だったのではないかと思うのです。もし佐藤幹事がおっしゃるようなことであるとすれば,本文①は要らないのではないか,本文②だけあればいいのではないかという話になりそうな気がするのです。 ○髙橋部会長 本文①では,東アジア地区全体という点が残りますけれどね。完全に同じではないのだけれども。   手塚委員が言われたことも含めて,少し整理させていただきます。   古田幹事が言われた,マレーシア航空事件判決よりちょっと狭めたことの関連ですよね。実務はマレーシア航空事件判決を前提にして外国に説明していたのが,ちょっと狭まったとするとどうなるのかということなのだろうと思います。しかし実質は変わっていないのだというのは,リーズニングが少しマレーシア航空事件と違うかもしれないけれども,結論は変わらないというのが事務当局の頭ですから,その中でどういう説明が可能なのか,この点はもう少し整理できればしますし,最終的には解釈論かもしれません。 ○古田幹事 マレーシア航空事件についても,今回の立法で結論は変わらないということですけれども,あの事件は消費者が自分で航空券を購入していますから,今回の立法があっても消費者の条項で対応できるということだと思います。しかし,例えば会社が旅行代理店を通じて航空券を購入して,従業員の出張にそれを使わせたような場合に,旅行代理店が航空会社の東京の営業所から航空券を仕入れたのか,マレーシアの現地本店から仕入れたのかによって,事故が起こったときの実際に使用した従業員の損害賠償請求の考え方が違ってくることになる可能性があるのではないかと思います。果たして今回の立法でマレーシア航空事件と同じ結論が導けることになるのかどうか,もう少し検討した方がいいのではないかという気がいたします。 ○髙橋部会長 分かりました。   条文の文言でどうこうということではないのかもしれませんが,もちろん検討するにやぶさかではないはずです。   ほかにいかがでしょうか。 ○横山委員 結局,最初から本文①と②の関係というのはとらえ方が違って,二つ出発点があって,手塚委員のおっしゃっておられるのは,本文①,②というのは基本的にドゥーイングビジネスのような発想があって,それの不合理なところを抑制的に解釈していこうという立場の人もおられると思うのです。もう一つは,民訴法第5条第5号の解釈論を国際的な局面で読み返したらどうなるかという発想で物を考えて,国際的な平面では足りないところを本文②で補っていこうというような読み方をしている。どのようにアプローチしているかで,違った考え方があるかのようになっているのではないかなと思うのです。私はドゥーイングビジネスから出発しないで,やはり民訴法第5条第5号の土地管轄の解釈論を国際的に読み替えたらどうなのかなと発想しているのです。今日の解釈論も,どちらかというと土地管轄に関する解釈論を読み替えたらどうかという発想に近いかなと気持ち的には思っているのです。ドゥーイングビジネスとどこが違うのかというようなところについて次回までに明らかにできたらいいかなと思いますけれども,協力させていただきたいと思います。 ○髙橋部会長 ほかにいかがでしょうか。   後ろがあるものですから,だんだん絞り込んでいかなければいけないことになりまして,今日も随分御議論をいただきました。言わずもがななことでございますけれども,どういう立法になろうとも委員・幹事個々人の解釈論を縛るわけではありません。しかし,この部会としては,少なくとも次回ぐらいには相当程度絞り込まなければいけない,そういう時期に来ているということでございます。   では,次回の予定を説明願います。 ○佐藤幹事 次回は,11月20日,場所は本日と同じところでございます。   次回は,これまでの議論を踏まえて,要綱案のたたき台の第1弾のようなものを提示させていただければと考えておりますので,また御審議のほど,よろしくお願いいたします。 ○髙橋部会長 それでは,本日はこれで閉会いたします。   どうも今日はありがとうございました。 -了-