法制審議会国際裁判管轄法制部会 第14回会議 議事録 第1 日 時  平成21年11月20日(金)  自 午後1時31分                         至 午後4時53分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  国際裁判管轄法制の整備について 第4 議 事 (次のとおり)               議 事 ○髙橋部会長 それでは,国際裁判管轄法制部会第14回会議を開催いたします。   冒頭,配布資料等の説明を事務局にお願いします。 ○佐藤幹事 本日は,部会資料24を事前に配布させていただきました。部会資料24には要綱案の1次案ということで提示させていただいておりますけれども,議論の順番としては,前回に引き続き,まず労働関係の訴えを先に御議論いただきまして,それから訴訟競合,さらに管轄合意の関係を少し御議論いただいて,その後で,国内の土地管轄の問題と第9の「その他の論点」を御議論いただければと思っております。その後,第1次案の第1から順に議論していただければと考えているところでございます。よろしくお願いいたします。 ○髙橋部会長 よろしいでしょうか。   それでは,最初に資料7ページ,13の「労働関係に関する訴えの管轄権」について説明からお願いします。 ○北村関係官 それでは,13の「労働関係に関する訴えの管轄権」について御説明いたします。   本文①につきましては,前回の部会で,雇入れ事業所,労務の提供地が特定できない場合に限定せずに国際裁判管轄の原因とすべきではないかとの御意見が出されたところですけれども,前回の部会での状況を踏まえて,従前の案のとおりでどうかとの提案をさせていただいております。   本文②につきましては,実質的な内容は従前の案とは変わっておりません。形式的な部分で変えたところは,前のページの消費者のところの本文②の説明を御覧ください。   本文③につきましては,まず形式的な点としまして,従前のイを二つに分けておりますけれども,規律しようとする内容は変わっておりません。内容につきましては,前回も御議論いただきましたけれども,管轄権に関する合意が効力を有する場合として,今回の案ですとアからウまで,従前だとアとイ以外に認めるかどうかというところにつきまして,今回も御議論いただきたいと思います。前回の部会では,紛争の対象,規律の対象から問題となり得る類型のみを除外するのは難しいということで,従前の本文③に加えて合意が効力を有する場合を認めるか否かについて御議論いただきました。前回の部会での御議論を踏まえて,今回,別案1,別案2を提示させていただいております。   別案1は,労働契約終了後に訴えを提起する場合であって,最後の労務提供地がある国の裁判所を合意していた場合で,付加的合意である場合には,管轄権に関する合意が効力を有するとの考え方で,前回の部会資料の別案1とおおむね同じでございます。異なる点は,労務提供地か住所地かというところですけれども,これは基本的には同じ国にあることが多いと思われます。規律の具体的なイメージとしては,アの第2パラグラフに記載しているとおりでございます。別案1に対しては,合意をする時期が限定されないため,労働契約締結時の労働者と事業主との力関係を考慮すると,労働契約締結時の合意を認めることによって本文②の例外を認めることになりますけれども,それは慎重であるべきだとの批判があり得るところでございます。   別案2は,前回の部会資料の別案2を参考に,労働契約終了時の合意であり,最後の労務提供地がある国の裁判所を合意していた場合で,付加的合意である場合には,管轄権に関する合意は効力を有するとするものでございます。別案1の合意ができる時期を労働契約終了時に限定したものということにもなります。規律の具体的なイメージとしては,イの第2パラグラフに記載しております。別案2に対しては,労働者が労働契約終了時に管轄権に関する合意に応じずに海外に住所を移転する場合も考えられますけれども,その場合には日本の事業主は日本の裁判所に訴えを提起することができなくなるので,管轄権の合意が効力を有する範囲としては狭過ぎるのではないかとの意見もあり得るところだと思います。   本文③の規律につきまして改めて御議論いただければと思います。   以上でございます。 ○髙橋部会長 別案1,別案2が大きな論点ですが,それにこだわらず,どこからでも,どなたからでも御意見を。 ○長谷川委員 議論してまいりましたので,私の意見を述べたいと思います。   ③についてです。国際裁判管轄合意について,ア,イ,ウに規定を加えることには賛成できないという基本的な考え方を述べておきたいと思います。   この間,何度もこの審議会で申し上げてきましたけれども,仲裁合意のときの議論等を振り返ってみますと,その当時も,労使の力関係は対等ではなく,紛争発生前の管轄合意は労働者が援用する場合を除いては認めるべきではないという原則的な考え方を重視すべきであると思います。   別案1ですけれども,後段に書かれているように,労働者と使用者の力関係を考えれば,特に労働契約の締結時点では使用者と対等に管轄を決定することは困難であるというのは事実であります。たとえ最後の労務供給地の管轄合意に限定されているとしても,管轄合意は認めるべきではないと思います。   次に,別案2でありますけれども,労働契約終了時は,確かに労働契約の締結時に比べれば労働者と使用者の非対称性は少し緩和されるかもしれませんが,将来どのような紛争が発生するのか予測することは困難でありますし,労働者は余り深く考えずに管轄合意するおそれがあると思います。今回,事前の管轄合意を認めることとなれば,ごくごく小さな針の穴をあけたつもりが実は大きな穴をあけることになって,本文②による原則的な規定が空文化してしまい,労働者にとって不利益が生ずることが懸念されます。私は,絹針のような穴であったとしても,それが千枚通しのような穴になってしまうのではないかということを危惧しております。   また,これまで間接管轄については主に研究者を念頭に置いて議論されてきましたが,海外で働く日本人というのは研究者だけではなくて,解体事業や製造業の技術者だとか,サービス業のホテル業などの日本人労働者は,今後も増加するだろうと言われております。そのような労働者を念頭に置いても間接管轄は割り切るしかないと言えるのだろうかということで,私は疑問であります。   このことについては,私が審議会委員をしていることもあり,いろいろな方々から私どもに多くの意見が寄せられました。管轄合意に関しては私が述べたような意見がいろいろ言われているわけですが,議論の最終場面になってからこういう別案の検討をするということはいかがなものかと思っています。これだけもめるようなものについてはきっちりとパブリック・コメントに付すべきではなかったのかという意見も私どもに寄せられております。そういう指摘も私はいろいろな方からいただいております。   そういう意味では,③については別案を追加することには賛成できないということを述べておきたいと思います。 ○古田幹事 長谷川委員がおっしゃるように,労働者と使用者の力関係は一般的には使用者の方が強いことの方が多いので,労働者保護という観点はやはり必要なのだろうと思います。けれども,全く管轄合意の有効性を認めないことになりますと,例えば日本の中小企業が外国人の技術者を雇用した場合に不都合が生じる可能性があります。例えば,会社の知的財産に接するような職務に就いていた労働者が,会社を退職する際に,会社の知的財産を不正に持ち出して海外に帰ってしまったような場合,大企業であれば海外で訴訟を提起することも可能かもしれませんけれども,中小企業ですとそういう資力もないことが多いでしょう。そういう場合には,ある一定の限度で,日本で裁判をする道も残しておく必要があるのではないかなと思います。   今回,別案1,別案2が事務局から提案されていますが,これは前回の部会でも話が出たように,必ずしも択一という関係ではなく,場合によっては別案1プラス別案2ということもあり得るのだろうと思います。私の経験から言うと,労働者の退職時に会社と労働者が退職合意をすることもありますが,そうでないことも事例としては結構あります。したがって,別案1の方向で行くか,別案2の方向で行くかと言われれば,別案1の方向で行っておいた方がよいのではないかと思います。もちろん,使用者の側が,強い交渉力を背景にして,労働者に非常に不利な管轄合意をする可能性も否定できません。けれども,管轄合意の有効性については一般に公序による制限がかかっておりますので,明らかに使用者の側が不当な管轄合意を押しつけたような場合については,その管轄合意自体を公序に反するという理由で無効にすればよいわけです。不当な管轄合意は公序によって無効とする安全弁もありますので,私の意見としては,別案1ぐらいの限度で,管轄合意の有効性は認めるべきではないかなと考えております。 ○髙橋部会長 いかがでしょうか。 ○山本(和)幹事 私自身は,この二つの別案であれば,別案2の方がいいかなと思っています。   そもそも労働関係の場合に管轄合意を制限する理由としては,今までの議論でも出てきましたが,私も二つぐらいのことがあると思っています。一つは,今,長谷川委員からも御指摘がありましたけれども,労働契約が継続している間の労働者の従属性というか,あるいは交渉力の格差ということがあると思います。もう一つは,これも何度か出てきましたけれども,労務提供地を基準にする場合に,労務提供地というのは実質的に使用者の意思によって決まる場合があるとすれば,労務提供地を基準にすることは必ずしも労働者の保護にはならないのではないかという点があったかと思います。   そういうことがこの労働問題についての管轄合意を制限する根拠であるとすれば,別案1ではその点に十分対応できていないような気がいたします。労働契約の締結時とか,あるいは労働契約期間中というのは,正に第1のような労働者の従属性が如実に出るだろうと思いますし,その後,使用者の意思によって労務提供地が変えられる可能性もあるということになるのだろうと思います。   それに対して,別案2は今のような点をかなりの程度クリアできているのではないかと思います。最終的な労働契約の終了の時点の合意であれば,労働契約が継続している間に比べれば労働者の従属性は相当程度緩和されていると思われるところです。長谷川委員から,労働者は退職時にも深く考えずに合意をしてしまうおそれがあるのではないかという御指摘がございまして,それを根拠にする制限というのは消費者契約の場合と同じようなことになるのだろうと思うのですが,消費者契約の場合も,消費者の住所地での合意であれば消費者にとってそれほど不利益ではないということで合意の余地を認めているわけですので,労働者についても,最後の労務提供地,実質合意をする時点での労務提供地を合意するのであれば,相対的には不利益は小さいように思われまして,無思慮による合意という問題はそれなりにクリアできるかなと思います。それから,以前,やはり長谷川委員から,退職金の問題等があって契約終了時でも必ずしも従属性から脱却できないのではないかという御指摘もあったかと思います。それは確かにそういう場合もなくはないと思うのですけれども,それがかなり例外的な場合だとすれば,それは合意の真意性とか特段の事情とかで対処するということで何とかなるのではないかと思います。そういう意味では,使用者側の予測可能性に一定程度配慮すべきである一方で,労働関係の合意についての問題をクリアするには,別案2は魅力的かなと感じております。 ○髙橋部会長 意見が三つに分かれましたが,ほかの方の御意見もいかがでしょうか。 ○山本(弘)委員 前にも意見申しましたように,労働契約終了後に訴えを提起する場合よりももう少し紛争類型が限定できればいいかなと思っておりますけれども,それは無理ということは分かりました。私個人としては,別案1程度の余裕を残しておいた方がよろしいのではないかなと思っております。別案2で一番懸念するのは,手塚委員,古田幹事あるいは経済界の方々が懸念されているようなケースというのは,やめる側がある意味開き直っているというか,確信犯的というか,そういう人がいるということを想定しなければいけないので,そうすると,労働契約終了時に本当に合意がとれるのかということは私は危惧を抱いているところでございます。もしとれなかった場合の副作用的な問題というのは,前回,山本克己委員が言われたようなことでありまして,長谷川委員から,研究者だけを念頭に置いていると御批判がありましたけれども,これは研究者だけではなくて,技術労働者,特に高度な技術にかかわる労働者には共通して言えることだと思いますので,やはりそういうことも考えておかなければいけないということで,今のところ,私は別案1を残しておいた方がいいと思っている次第です。 ○髙橋部会長 こちらから呼び水で恐縮ですが,今,経済界という言葉もありましたし,あるいは裁判所関係も,御意見がおありであれば,是非お願いいたします。 ○松木委員 私としては,この別案を御提案いただいたのですけれども,非常にバランスのとれた案を考案していただいているのではないかなと考えております。経済界としては,別案1の方がより望ましいとは考えておりますけれども,別案2でも十分受け入れられると考えております。労働関係の場合は対等な立場かどうかということが常に問題になるのですけれども,我々が懸念していますのは,立場ということではかなり対等な立場にある人が何か起こしたときのことになりますので,そういう場合には,その対等な立場で交わされた合意については尊重されるような仕組みがつくられて,そのように運用されていくということを期待したいと思っております。 ○山本(克)委員 別案1でも同じ問題がございますけれども,別案2は終了後に生じた紛争に関する訴えを対象とするということでよろしいのでしょうか。つまり,例えば退職後に横領行為が発覚して,その横領に係る損害賠償を労働契約終了後に訴訟をもって追及するというような場合もこの合意の射程に入るのか入らないのか,それで少しイメージが変わってくると思いますので,その辺どのようなことをお考えなのか。つまり将来の紛争に関する合意なのかどうかということに係るのですが。 ○北村関係官 御指摘のありました既に横領行為等が発生していて紛争が生じている場合は,既に生じた個別労働関係民事紛争にされた合意ということで,そこはカバーできるのではないかと思います。 ○山本(克)委員 個々の現に発生している紛争に関する管轄合意というのは,発覚していないと,合意の中で特定性がないと駄目だと思うのです。そこを特定していないで,単に,将来訴えを起こす場合には例えばカリフォルニア州の裁判所で起こすというようなことが書いてある,そういう場合はどうなのか。 ○佐藤幹事 個別労働関係に入っているものであれば,その事由自体が契約終了前であろうと後であろうと一応含まれるという前提で考えております。 ○山本(克)委員 分かりました。 ○髙橋部会長 その意味では将来も含まれますが,横領ですとね。前回もどなたか不法行為もあるかとおっしゃったので,その辺は解釈問題でしょうかね。   実は,今日はこれだけでも1日使っていいから決着はつけたいと思っておりまして,まだ少し早いかもしれませんが,整理させていただきますと,1か2かという案はまだこれから詰めますが,何も規定を置かない方がいいという御意見もございましたが,ほかの御意見は規定を探るべきではないかという御意見でした。置く方向で検討するということで議事を整理させていただいてよろしいでしょうか。もちろん,検討した結果やはり無理だということであればもとに戻りますが。まだ中間的なものですから。ただ,一応議事を整理させていただきますと,別案1の方が望ましいという声もありますし,別案2の方が望ましい,あるいは別案2でも足りるという御意見もございましたが,そのあたりをもう少し。 ○長谷川委員 私の意見は先ほど述べたようなことなのですけれども,規定を置くということであれば,経営者の方からも別案2でもというお話であるので,別案2で検討するのであればやむを得ないかなとは思います。ただ,つくり方によっては置かない方がいいかなと思います。この間ずっと議論してきましたので,そういう意味では,別案2を軸にしたものであればいいかなとは思います。 ○髙橋部会長 学者は,教室説例といいまして極端な事例を念頭に置いて学生に考えさせるのですが,別案2でいきますと,本当に強力な外資に引き抜かれた人は,今更日本企業の退職金なんか要らない,それは外資の方が補償してくれる,ですから,退職願を出せば2週間で自動的に退職になり,合意を結ばないという懸念もあるわけですが,それは正に学者の教室説例であって,実務的には何とか耐えられるだろうというのが経済界のお話と承りましたが,弁護士業務から見るとそれはそうですか。 ○古田幹事 別案2をとった場合に懸念されるのは,退職時に退職合意をせずに,一方的に退職届を出して退職される方をどうするかということだと思います。使用者が一方的に退職した元従業員を訴える局面としては,例えば会社の営業秘密を不正に持ち出したという場合が有り得ます。営業秘密の不正取得であれば,それは労働契約に違反するでしょうし,別途不法行為にもなり得ます。日本国内から持ち出したのであれば,不法行為地が日本にあるということになりますから,不法行為地に基づく国際裁判管轄があるとして,日本の中小企業が日本で裁判をするということも可能なのだろうと思います。これに対して,例えば,労働契約に基づいて競業避止義務を負っている外国人従業員が,退職後に本国に帰国して,本国で競業行為をしているような場合,会社在職中に修得した会社のいろいろなノウハウが頭の中に入っているような場合には,不法行為地が日本にあるというのは困難であり,不法行為地に基づく国際裁判管轄を認めるのは難しいかもしれないのです。そうすると,別案2をとった場合には,労働契約違反行為の態様によって,日本に国際裁判管轄があったりなかったりすることになります。それがバランスを欠くと思うのか,思わないかのかというところは,政策判断なのだと思いますが,私の意見は,最初に申し上げたように,別案1をとっておいて,その上で労働者にとって酷な案件は合意自体の有効性を公序の観点から厳しく検証するという形で処理をした方が,実務的にはいろいろな案件に対応しやすいのではないかと考えます。 ○髙橋部会長 先ほど別案2の方がいいと言われた山本和彦幹事などは,そこはやむを得ないということなのでしょうか。 ○山本(和)幹事 そうですね。結局,この問題を考えるとき,ほぼ労使対等のような契約のケースを考えるのか,従属性が大きいようなケースを考えるのかということなのかなと思っています。労働契約についてそういう制約をしようという基本的な考え方は,そこに何らかの従属性,普通の契約とは違う特殊なものがあるから制限していこうということだと思いますので,やはりそちらのようなケースを主として念頭に置くというのが規律をしていく筋なのではないかと思っています。そういう意味では,今の不法行為とかで拾えない場合があるという古田幹事の御指摘は誠にごもっともとは思うのですけれども,そこはやむを得ないところかなと思っているということです。 ○松下幹事 結論から申しますと,何も置かないのではなく,置くのであれば別案2がよろしいのではないかなと考えております。これはいろいろなケースがあるということは今まで指摘されているとおりで,何か規定を置いたときにあらまほしい姿にぴったりする規定をつくるというのはなかなか難しくて,どちらにしても公序なり特段の事情なりで調整をどこかでしなければいけない。だとすれば,その調整はあらかじめ余り大きな調整を最初から想定しない規律,つまりあらまほしい姿になるべく近いもの,近似値をとるということになるのだろうと思うのですけれども,これまで出てきた議論との重複を避けて考えているところを述べますと,別案1ですと,どうなるか分からないわけですよね。労働契約締結時ですと,最後の労務提供地がどこになるか分からない状態で合意をしなければいけないというのは,やはり労働者にとっては予見可能性を欠くことになるのではないかなということを懸念します。確かに別案2だと,この資料にあるとおり,腹をくくってというか,けつをまくってというか,そういう場面の退職に対応できない。そして何か調整をして合意の効力を広げるという方はできない。狭くする方はできますけれども。ですから狭くなってしまうのは確かなのですけれども,先ほど申し上げたような,あるいは既にここで指摘されているような1をとる副作用の方が大きいのではないかなという気がしまして,決定的な決め手はなかなかないような気がするのですけれども,およそ③のア,イ,ウ以外に合意の余地を否定する,そういう意味で訴えられない人をつくるというのはどうかとも思いますし,さりとて1だと広過ぎるということで,なかなか割り切れない話で申し訳ないですが,私は別案2あたりが穏当ではないかなと思っております。 ○髙橋部会長 別の教室説例ですが,間接管轄の問題もあります。私も大学人なものですからそこが気になるのですが,前回申しましたように,アメリカでは研究者も教授に雇用されるというような形で若い人が行くことが多いのですが,契約締結時に合意することになりまして,そこで管轄合意もある。それがアメリカの研究者倫理風土上問題なことを起こして日本に帰ってきて,アメリカで訴訟が起きて,その判決の日本での承認という問題が生ずる。そのときには別案2ですと終了時の合意でないということになってしまって,ここからは学問分野によりますが,ある分野では,日本人はもう雇用しないということになってしまうかもしれない。その懸念はあるのですが,そこはどうでしょうかね。契約終了時にも競業避止義務なり守秘義務なりを確認したということであれば,合意があったのに準ずるというぐらいの解釈はできるのかもしれません。やめるときに,この成果物を持っていってはいけないとか,いろいろやり取りはありますから,その中で改めて合意があったのだというのはできないことはないのかもしれません。   別案2ですと穴があきますが,山本和彦幹事が言われましたように,もともと労働関係の管轄合意は労働者に不利にならないようにということであるとすると,別案1はちょっとそこに懸念がある。契約締結時に最後の労務地がどこか遠い国であると言われれば,それはそういう前提として結ぶか結ばないか,最後は海外に派遣されるのだなと思ってというのは労働契約の中身の方の問題で,それは言われるでしょうから。むしろ懸念されるとすると,勤務地が変わるごとに契約を結び直させられる。そこまでコストをかけるかというところもありますが,やられかねないという,そこは確かにあるでしょうね。まだ勤めていたいというときであれば。3年後にはおまえの最後の労務提供地はここだと,と言われ続けることになります。これも教室説例かもしれませんが,やや広いかもしれない。   御意見はそういうあたりだと思いますが,更に別の観点からでも結構です。逆に,別案1でも,ひどい場合には公序に反して無効とかいろいろな緩衝材もあるだろうという議論ももちろんありますが。 ○古田幹事 1点付け加えますと,別案1をとった場合に,実務的にどういう管轄合意をするかといえば,恐らく東京地方裁判所を管轄裁判所とするとか,特定の裁判所を指定して管轄合意を知ることが多いのだろうと思います。実際に日本の企業が外国人労働者を雇入れた場合に,その労働者の労務提供地を各国転々と変えるということはむしろ稀で,通常は恐らく日本国内で,例えば東京なら東京を労務提供地として,場合によっては名古屋の支店にも行ってくださいという程度の異動のことが圧倒的に多いのだろうと思うのです。別案1をとった場合に,使用者の都合で労務提供地を別の国に変えておいて,管轄合意では,あらかじめ特定の国の裁判所を指定するのではなくて,最後の労務提供地の国の裁判所を指定するという事例は,理論的にはあり得ますけれども,そのような合意を前提に使用者の都合で他の国に異動させたような場合には,管轄合意が無効なのだという処理をすれば足りると思います。したがって,別案1をとったとしても,そういった懸念は実務的に対応可能なのだろうと思います。 ○髙橋部会長 指名して恐縮ですが,長谷川委員は,別案1は今のようにいろいろ救済の道はあるということではあるのですが,やはり広過ぎるとお考えですか。 ○長谷川委員 広過ぎるのと,使用者と労働者の力関係は圧倒的に使用者が強い。これはどんなに考えても使用者の方が強いし,そこで働きたいと思う労働者は必ず契約時とか継続しているときには使用者の言うことを聞く。使用者の言うことを聞かないで,こんな合意なんかできませんよなんて言う労働者がいたらお目にかかりたいと思います。まずそういう人はいない,よほど自信がなければいないと思うので,やはり別案1は広いと思います。   譲って譲ってどうしてもということであれば,別案2のように,退職するときに,使用者と労働者でいろいろなことについて協議したり確認書をとったりするわけですから,そのときに合意することができるのではないかと思います。使用者の人たちのためのテキストとか何かにも,競業避止のときの覚書の書き方とか,一札の取り方とかというのも出ていますので,そういう意味では,私は,現場では耐え得るのではないかと思います。 ○髙橋部会長 もともと幹部労働者といいますか強い労働者を想定して例外をつくれないかということだったのですが,事件類型では限定できませんので,そうすると別案1はやや広くなり過ぎてしまうのかもしれません。   また指名して恐縮ですが,この問題を最初に提起された手塚委員は,別案1はとりたくないという意見も強いのですけれども,いかがでしょう。 ○手塚委員 もともとの日弁連のパブリック・コメントでの意見は別案1ともちょっと違っていて,契約締結時の労働者の住所地国,これはそのままだったらだれも文句のない管轄ですよね。プラス,義務履行地とかほかの特別裁判籍もある,かつ雇用者側の事情によらず国外に異動してしまった,つまり転勤でアメリカに行った人をわざわざ日本で訴えるというのは認めないけれども,引き抜かれた場合ですね,そういう合わせ技一本みたいなことを言っていたのですけれども,これは支持を得られなかった。それで,その場合に別案1と2とどちらなのかと。もちろん,別案1も2もあれば経営者側から見れば安心でしょうけれども,そういう情勢でもない。   別案2については,私から見ると二つ問題があると思います。   一つは,開き直った人が一番得するような規定になるので,協力的なというか誠実な人よりもバッドフェイスな人が規定を逃れるというのはちょっとどうかなというのはございますが,仮に別案の中では別案2が大勢の場合,私としては,そういう開き直った人について不法行為が成立するのであれば,それもある。   それから,いわゆる積極的債権侵害というのでしょうか,アメリカなんかですと人の債権を故意に侵害するというのは普通に不法行為になるのですが,日本の場合は,公序良俗的に許されないとか,そういうある程度強い債権侵害でないと,なかなか債務の不履行を助長するような行為そのものが不法行為にならないかもしれませんが,そこは実体法の問題で,競業避止義務があるのを知りながらあえてそれをブリーチさせたような人,企業については日本で一種の債権侵害だということで訴えるということもあるかもしれませんし,開き直った人が保護されるのはどうかなという懸念はありますが,別案2で本当に駄目かというと,それはそれなりに対処可能な面はある。   ただ,別案2の場合は,長谷川委員がおっしゃっていたように退職時にいろいろな確認書を交わすことが多いのですけれども,実務的には,もっときちんと交わしておけばいいのになと思うことがよくあるのです。ですから,別案2をとったら,今度,経営者側はきちんとそういう退職時のパッケージというのでしょうか,アメリカの企業なんかはそこら辺は非常に厳密にやっているところが多いと思うのですけれども,そこをきちんとやってもらうことが必要になるだろうし,逆に労働者側は,退職金を払ってもらうのにこういう書類にサインしなければいけないんだよと言われて,内容を確認せずに判をつくようなことは望ましくなくて,きちんと教育というか,そこはお互いにやってもらうという方向に実務を展開していかなければいけないという手間暇がかかるのですけれども,私は,最終的には,どうしても別案1が大勢として難しい場合,別案2をとってそういう実務で対応していくというのはありかなというふうに,言い出しっぺとしては今は感じております。 ○髙橋部会長 相当程度見えてきたような気がしますけれども,まだ御意見をいただければ。 ○長谷川委員 退職するとき,よほどの人だったら,退職金も要らない,健康保険も要らない,社会保険も要らない,何も要らないともいうかもしれませんが,そのような人にはお目にかかりたいなと思います。退職するときには様々な手続があり,退職金だけではなくて,年金や社会保険など様々であります。書類を読んでサインしたり,提出しなければいけないものがあるわけですから,私は百歩譲って言うのですけれども,その退職時に,管轄の合意というのはできると思います。そのように法律が変わっていけば,退職時における様々な書類の準備などについては使用者だってこれから注意を払っていくだろうし,労働者も退職時に黙って印鑑を押すのではなくて,一つ一つ確認しながら印鑑を押していくということがこれからは必要だと思います。この点について長い長い議論をしてきましたので,どうしても管轄合意が欲しいということであれば別案2なのかなと思います。全然何もしないで,夜逃げするような形で労働者がやめるということはまずないと思います。 ○髙橋部会長 できれば今日決めたいと思っておりますので,御意見があれば。   そういう目で見ますと,半分よりやや多いぐらいかもしれませんが,別案2が,多少漏れはあるかもしれないけれども,今回の立法としてはこのあたりではないかという御意見の方が少し強いように思いますが,別案2でいくということでいかがでしょうか。御不満の方はもちろんいらっしゃると思いますが,また立法論として学説を出していただければと思います。   では,労働関係でほかに何かお気づきの点,いかがでしょうか。 ○古田幹事 部会資料24の8ページの一番下に別案2の規律の案文が出ておりまして,専属的な管轄合意であるときには付加的な管轄合意とみなすということになっています。この案文は,労働者が管轄合意を援用する場合についても,専属的管轄合意は付加的管轄合意とみなすという趣旨でしょうか。例えば,日本の韓国系企業が韓国人を雇入れして,日本で労務提供していたような場合に,退職合意において韓国の裁判所を専属的な合意管轄裁判所と定めたとします。その退職した韓国人が日本に住んでいるという前提ですけれども,日本で訴訟を提起された場合に,元従業員が,自分は韓国の裁判所で裁判をするという前提でこの日本の会社を退職した,韓国の裁判所の方が韓国語で手続ができるし,韓国の弁護士の知り合いが多いので,退職合意の専属管轄合意に基づいて日本の訴えは却下してくださいと求めたような場合であっても,その専属管轄合意は付加的合意とみなされているので,日本の裁判所は訴えを却下しないということになるという理解でよいのでしょうか。 ○佐藤幹事 基本的には付加的合意ですので,労働者が訴える場合に,その合意した地以外…… ○古田幹事 使用者が訴える場合です。労働者は日本に住んでいて,普通裁判籍は日本にあります。 ○佐藤幹事 それは日本の普通裁判籍で訴えることはもちろん妨げられないように思いますが。 ○古田幹事 韓国の裁判所を専属裁判所とする合意があった場合でもでしょうか。被告になった労働者の方が専属的管轄合意を援用して管轄抗弁を出したような場合でも,事務局の御提案ですとそれは付加的合意とみなされていますので,日本の訴えは,少なくとも専属管轄合意に反するからという理由では却下されないということになるのですが。 ○山本(和)幹事 それは本文③のウではないですか。 ○古田幹事 管轄合意の有効性のところで,そもそも専属管轄合意は付加的とみなすという形になっているので,本文③のウが使えないのではないかというのが私の問題意識です。 ○山本(和)幹事 本文③のア,イ,ウと並ぶ形で今回のやつを入れるという御提案ではないのかと私は理解していたのですが。それで本文③を全体に管轄合意のところに移すというか,そこで規律するということですよね。 ○古田幹事 そうすると,事務局のお考えとしては,使用者が援用する場合には専属合意であっても付加的とみなすけれども,労働者が専属管轄合意として援用する場合には専属的な効力を認めるということでしょうか。条文の書き方はともかく,アイデアとしてはそういうアイデアだということでよろしいのでしょうか。 ○佐藤幹事 十分理解できているか分からないのですが,ウの場合というのは,一回労働者が援用した以上,後にその合意を無効としてはならないということですね。今の古田幹事が言われているのはそういう事例ではなくて,単純に,日本に普通裁判籍がある場合に,韓国に専属管轄があるじゃないかと言われて,その専属管轄の効力を認めるかどうか,こういう理解でよろしいですか。 ○古田幹事 労働者が専属管轄合意を援用して,日本の訴訟の却下を求めることができるのかどうか。 ○佐藤幹事 その場合,前提としているのは,その場合も任意管轄とみなされることになりますので,日本の管轄があるということになることを前提にはしておりました。   ウで想定されているのは,恐らく,一回援用して,再度援用して無効を主張する場合ですので,今,古田幹事が言われた例からすると…… ○古田幹事 ウの場合ではなくて,正に佐藤幹事がおっしゃったように,日本に普通裁判籍のある労働者が,元使用者から日本で訴えられたときに,労働契約上の専属管轄合意が外国の裁判所を指定しているという理由で,日本の訴えを却下してくれと言えるかどうかということです。今の佐藤幹事の御説明ですと,それは付加的管轄とみなされているので言えないという御趣旨だということは理解しました。 ○山本(和)幹事 しかし,ウというのは,管轄合意が事業主が訴えを提起した裁判所を排除している管轄合意であるということを前提にしているように思われて,それはつまり付加的ではなくて専属的管轄合意のことではないのでしょうか。それを有効であるということを前提にした規律振りのように思われるのですけれども。 ○古田幹事 山本幹事がおっしゃっているのは,今回別案2をとって,ただ専属管轄合意を付加的とみなすという規律にすると,本文③のウが使われる局面はなくなってしまうのではないかと。 ○山本(和)幹事 無意味な規定になってしまいますよね。 ○山本(克)委員 別案2をとった場合には,労働契約終了前の合意についてはウがかかってきますので,何も無意味にはならないのではないですか。別案1をとった場合に非常に難しい問題が生ずるというのは今のお話で分かりましたけれども。 ○山本(和)幹事 そうすると,終了前は労働者の側からそれは専属的管轄合意だと言えるけれども,終了時の合意は付加的合意としか言えない。 ○山本(克)委員 このままだったらそうなるということです。 ○山本(和)幹事 それは不合理な規律のようにも思いますが。 ○山本(克)委員 だから,偏面的に付加的管轄合意だという規律をするというのは一つ考えられますね。労働者が訴えを提起する場合には付加的管轄合意とみなすという形で偏面的な専属性を認めるかどうか。そうすれば今のような問題は解消できるのではないでしょうか。解消すべきかどうかそれ自体問題だと思いますけれども,普通裁判籍で訴えられたときにそこまで保護してやるのかどうかというのは問題ですね。 ○髙橋部会長 次回は別案2が入った形のものを出すわけですから,そのときに解釈の方も,それが妥当かどうかはともかく,提案の考え方は整理してお話しできると思います。 ○佐藤幹事 今日の議論を踏まえて,御指摘の点も踏まえて検討して,次回またお諮りしたいと思います。 ○古田幹事 私もどちらがいいかというのがあるわけではなくて,ただ問題としてちょっとバランスが悪くなるのではないかという気がしましたので。 ○佐藤幹事 そこもリンクして検討しないといけないと思いますので,検討させていただきます。 ○髙橋部会長 ほかに労働関係でよろしいでしょうか。  そういたしますと,順番が今度は訴訟競合ですが,11ページの第7になります。では,まず説明からお願いします。 ○小島関係官 国際訴訟競合につきましては,今日の部会資料に示させていただいた規律につきましては前回の部会資料と変わっておらず,乙案,丙案を提示させていただいています。これまで何度も御議論いただいたところですが,引き続き本日も乙案,丙案を中心に御議論いただければと思います。 ○髙橋部会長 ここは,実務で今後どうなるかはともあれ,条文としては何も規定しないという乙案と,こういう形で規定する丙案とが提示してありますが,丙案に関しましては,こういう条文を置くことの意味合いがやや弱いのではないかと。メッセージ性のようなものは出てまいりますけれども,そのためだけに条文を置くのかというようなことも出てまいります。あるいは,これが置かれると,普通の事件でも中止してくれというような濫用に手をかすといいますか手掛かりを与えるようなところもあって,メリットよりもデメリットの方が大きいのではないか等々の御意見が前回も出てきたところですが,これは相当程度議論が煮詰まっておりますので,可能であればこれも今日決めていただきたいと思っております。御審議をお願いいたします。 ○古田幹事 これは前回も申し上げましたけれども,4か月だけ手続を止めるということであれば手続を止める実質的な実益がないと思いますし,逆に4か月間の中止を何度も更新して,その結果1年,2年と手続が止まるということになりますと,その間不服申立ての手段がないというのは原告の権利保護の観点から問題だと思います。そうしますと,やはり今回は乙案で,特段の規律を置かないということに落ち着くのかなという気が個人的にはしております。 ○髙橋部会長 ここもほぼ議論は熟していると思います。理論的にはそれなりの意味のある規定だと思いますが,理論のために条文をつくるというよりも,実務家の皆さんがほぼこぞって乙案ということであれば,乙案になるのだろうと思います。国際裁判管轄で立法をつくって訴訟競合の規定がないというのは,研究者としては寂しい限りでありますけれども,議論の大きな方向は乙案かと思います。いかがでしょうか。   それでは,次回は乙案で出させていただきまして,また全体を見たときに御意見はいただきます。   次に,10ページ,第4の「管轄権に関する合意等」にまいります。   ここは日弁連の方で御意見があると伺っておりますので,日弁連から御説明いただければと思います。 ○手塚委員 日弁連は,今回,相当数の弁護士がかなりの回数集まって,管轄検討会議ということで議論してきたわけですが,管轄合意について,二つの事項,すなわち,チサダネ号事件の定めるような管轄合意が無効とされる要件について,この度の立法で,果たしてそれが生き残るのか生き残らなかったのかが不明な状態をつくるべきはなく,むしろ生きているのだということをはっきりさせる,基本的にはチサダネ号事件に基づいて蓄積されてきた実務をひっくり返すのではなくて継承すべきだと。その際,チサダネ号事件の言い振りは判決の言い回しですので,法制化する際にそのままではしっくりこないということがもしあれば,そこは若干の明確化というのはいいけれども,スタンダードを変えることは望ましくないし,チサダネ号事件が果たして残ったのかどうかが将来争いになることは是非避けるべきだという考え方でございます。その面で,今の書き振りですと,管轄権に関する合意第4の1のところにチサダネ号事件がどうなったというところが書かれていないのは問題であると考えております。これはほぼ全員一致した意見でございます。   もう一つ,これも検討会議では全員一致の意見と思いますが,特段の事情による却下という一般的規律,これは第5の規律ですが,これを管轄合意のところにかぶせるのはよろしくないということで,これはパブリック・コメントでも明確に申し上げているところでございます。今の書き振りは,第4の1にチサダネ号事件の合意要件が書いていないので,何となく第5のところでカバーしているような外観でございますが,説明によれば,合意がその国の公序に反するものは無効だということは残るのだということでございますので,それを前提にすると,二段構えの却下するかどうかの審理になるということだと思うのですが,一つは管轄合意条約との整合性という問題があります。   この部会は管轄条約の問題を考える場ではないということは承知しておりますが,私が見るところでは,管轄合意条約第5条においては,その第1項で,その国の法律によりその合意が無効である場合はこの限りではないと,合意の無効という形で管轄合意が否定されることを認めつつも,第2項では,前項の規定により裁判管轄権を有する裁判所はその紛争が他の国の裁判所で裁判されるべきであるとの理由によって裁判管轄権の行使を控えてはならないということでございますから,フォーラム・ノン・コンビニエンスであるとか,あるいはどちらがベターフォーラムだというようなことで,有効な管轄合意に基づく管轄があるにもかかわらず管轄権を行使しないということは許されていないわけです。   管轄合意条約との関係で言いますと,今のような第5の一般的規律を管轄合意にかぶせたまま国内法を作った場合,仮に管轄合意条約を批准することになると,管轄合意の問題について条約と国内法とで審査の基準が全然違ってしまうという不整合が生じるであろうと思うのです。私が知る限りにおいても,管轄合意の効力を,合意の無効とか,場合によっては権利濫用だとか何とかというごく一般的な信義則的なものという考え方もあるかもしれませんが,少なくとも日本の裁判所が,国内管轄の規定しかないので一応それに基づく考え方をするけれども,外国が絡む国際訴訟にそのまま当てはめたのでは問題だということで制限する法理として発達させてきたところの特段の事情で管轄合意を更に絞るということをやっている国が本当にあるのだろうかと。つまり,国際的な潮流は,管轄合意条約に書いてあるように合意の無効・有効のところで勝負をつけるのではないかと思います。仮に専属的な管轄合意について有効である,つまり公序に反するものではないけれども当事者の衡平だとか証人所在地だとかそういういろいろなものを考えて,日本でやるべきでないということで却下してしまいますと,日本の裁判所から見ればより便利な国の裁判所は,専属的な管轄合意の効力が有効であるのに,日本の裁判所で却下されたからといって受け付けてくれるのかというと,その保証はないわけで,有効な合意であるから尊重するということになってしまうと,どこでも裁判を受けられなくなるということで,裁判を受ける権利を侵害する結果にもなりかねない。   もう一つ,実務的には,この二重のスタンダードをやることで,第2段階のところのどちらが便利なフォーラムかというようなこと,つまり訴訟制度の比較だとか証拠の所在地だとか,そういう一般的なところが審理されることになりますと,管轄問題といういわば入り口の問題で訴訟遅延を招く。   それから,特段の事情というのは,先ほど申し上げたように,国内の土地管轄規定をそのまま使ったのでは問題だというときの制約の法理だと思うのですけれども,管轄合意にそれを使うとなると,恐らく非常に狭いものとして特段の事情を考えることになると思うのですが,特段の事情が管轄合意については非常に狭く,あるいは財産所在地についてはもうちょっと広くというように変幻自在に,とにかく具体的衡平を保とうということで自由に適用するようなことになりますと,特段の事情という概念の相対化,希釈化,希薄化を招くのではないか。つまり予測可能性を害するのではないか。管轄合意というのは,具体的な事実関係に基づいて管轄があるとかないとか,どこの国が一番便利だとか,そういうことの争いをとりあえず防ぐためにやっておりますので,そういう管轄の合意をする趣旨を損なうのではないか。   最後に,もともとこの第5というのは,特段の事情説というのが最高裁では認められているものの,管轄合意でも適用されるかどうかというのは,私の理解では,そこを直接判断した最高裁判例はないのですが,ないから本来この特段の事情の例外は管轄合意でも適用されるという考え方と,そうではなくて,一回もそういうのは使われたことがない以上は今回立法するのは新しい立法だと見るのか,考えは分かれると思うのですが,実務的にはチサダネ号事件の基準で管轄合意を認めるかどうかというのはずっと争われてきていて,それに加えて特段の事情で争うということはやってきていないと思うので,今の実務を変えるまでの必要があるのかと言われると,それはないと私どもは考えています。   結論的には,チサダネ号事件のような基準を管轄合意の有効・無効の問題として入れて,かつ第5については管轄合意を外すというのが望ましいと考えております。 ○佐藤幹事 内容的なものはここで御審議いただければと思っておりますけれども,管轄合意条約とは少し切り離して議論をする必要があると思っております。今,御指摘がありましたけれども,別の条項の中には,例えば特定の裁判所を選択する管轄合意というのは専属的なものとみなすという規定が管轄合意条約にはありますが,それは実務に反するということで,この部会では支持されませんでした。さらに,管轄合意条約には承認・執行に関する規律も入ってきていますので,将来的に入るかどうかというところは各規律を検討してからということになってくると思います。そういう意味では,条約に入ることを前提に御議論いただくのではなくて,実質論について御議論いただければと考えております。 ○髙橋部会長 チサダネ号事件との平仄,あるいはその判例が残るのか,関連して特段の事情がどうなるのかということですが,いかがでしょうか。 ○山本(克)委員 手塚委員に質問です。仮に旧来の最高裁判例の立場を条文化するとしたら,どういう文言をお考えになっておられるのでしょうか。 ○手塚委員 弁護士会のパブリック・コメントでは一応御提案していまして,これも管轄合意条約から引っ張ってきているようなものなのですけれども,管轄合意条約は,「その合意を認めることが明らかな不正義をもたらすか,又は受訴裁判所所属国の公序の基本的原則に明らかに反する結果となる場合」に効力を否定できるという条件にしておりまして,日弁連としては,例えばということで,「管轄の合意が著しく不合理で公序に反することとなる場合または管轄合意の効力を認めることが明らかな不正義をもたらす場合」,この前段部分がチサダネ号事件,後段は管轄合意条約を踏まえて,日本法的にはかなり厳しい,狭い例外ということで御提案しております。 ○山本(克)委員 正義に反するというのが日本で条文にできるかどうかというのはすごく難しいなと直感的に思うのですが,それはともかくとして,前半の部分ですが,それは民法第90条よりも無効になる範囲が狭いという趣旨を明らかにするということに意味があるのでしょうか。つまり,私は管轄合意についても民法第90条の適用があると考えておりますので,公序良俗違反であれば無効であると。ところが,著しくうんぬんという形容詞がつくということは,無効になる範囲をそれよりも狭めるという趣旨にも聞こえるのですが,それはいずれなのでしょうか。 ○古田幹事 契約の中に管轄条項を入れる場合に,契約自体の準拠法が日本法であれば日本の民法の問題になるかと思うのですけれども,契約自体の準拠法が外国法のときに,管轄合意の効力の準拠法が果たして何法なのかというのは議論があるところだろうと思います。ですから,事案によっては,もしかしたら日本の民法第90条の規律が及ばない場合があり得るかもしれないので,そういった場合に訴訟法で独自に管轄合意の有効性の手当てをしておく意味はあるのだろうと思います。 ○手塚委員 日弁連での一つの提案は,日本の民法の公序良俗よりも狭くする趣旨というよりは,公序良俗に反して無効なものは無効,例えば脅迫した場合などは無効だと思うのですけれども,内容的に見て,公序良俗に反するかどうかというのは,管轄合意をした以上は,労働者とか消費者みたいなものを除けば,基本的には,これは不合理だというぐらいでは公序違反にはならないという気持ちをあらわしているのだと。つまり,かなり不合理でないと,それを公序違反ということで管轄が認められないというような争いになることを予防する趣旨といいますか,原理原則的には公序違反だったら無効,でもこの種のものについての公序違反というのは,普通の不合理ですよというだけでは足りないのではないかという趣旨です。 ○道垣内委員 出発点は,古田幹事がおっしゃったように,外国法も準拠法になることがあるので,いきなり民法というわけにはいかないと思います。管轄合意条約をつくるときも随分その点は議論があったところで,まずは合意自体が有効かどうかは,各国の国際私法に委ね,準拠法によって決めるということになっています。ただ,非常に離れた国を指定する合意であるとか,指定された国が戦争状態になっているとか,いろいろな状況があり得るので,その合意が仮に私人間の合意としては準拠法上有効であっても,管轄合意としては不合理であるということもあり得るとされ,それをどう定めるかについていろいろな案があって,最後に今のような条文になっています。したがって,私人間の合意としての有効性とそれを前提として訴訟法上どのように評価するかという二段階に分けて考えた方がいいのではないかと思います。ですから,規定するとすれば,管轄合意が無効であるか,又は有効であってもそのとおりに訴訟法上の効果を与えることが不合理な結果をもたらす場合とか,そこは上手に書かなければいけないと思いますが,両者を一緒にしてしまうと話が分かりにくくなってくると思います。 ○山本(克)委員 私は法廷地法説なものですから,先ほどそのように申し上げましたけれども,仮に準拠法が外国法である場合も認めたとしても,民法第90条の趣旨に反すると。何が民法第90条に反するのかというのは,管轄合意の特殊性を考えなければいけないというのは当然だと思いますけれども,仮に反するとすれば,それが特別連結されて合意の効力に影響を及ぼすと考えれば足り得るのではないでしょうか。 ○道垣内委員 日本が入っている条約の中で,仲裁に関するニューヨーク条約にも似たような規定があります。そこでは,合意が無効であるか,失効しているか,又は履行不能である場合と規定されておりまして,無効・失効は準拠法で決めることになるのに対し,履行不能というのは,合意が有効であっても訴訟法的にみて履行するのは無理だという場合ですので,両者は完全に同じ土俵で考えなければいけないかどうか,必ずしもそうは言えないように思います。 ○髙橋部会長 細かい解釈適用のところでは考え方によって多少違いが出てくることはあり得るかもしれませんが,条文に現在書いていないわけですけれども,書いていないからそういうものがないという考えの方は恐らくいない。公序に反したときにですね。日弁連の御提案も,チサダネ号事件とどうなのかということですが,これは条文自身の解釈とチサダネ号判決をどう見るかの二つの不確定要素みたいなのがありますから。今までは,少なくとも条文に書くまでのことではないだろうという頭で参りましたけれども,そこを変えるかどうかということですかね。 ○手塚委員 チサダネ号事件判決も,よく見ると「等」と入ってしまっているので,実務上は「等」に入るはずだといっていろいろな争いがあったのです。一つは,管轄合意条約にも書いてある戦争で公正な裁判が期待できないとか,そういうのは入るだろうと思いますし,日弁連の提案の中の「または」以下,「管轄合意の効力を認めることが明らかな不正義」と書いてありまして,これは書き方はいろいろあると思うのですが,そういう合意の効力そのものと関係ないような部分も入り得るものとして提案しておりますが,私から見ると,放っておいた場合に,チサダネ号事件判決が生きているかどうかという議論が出てくるのに加えて,「等」とは何かというところがそのまま積み残しというのがちょっと気持ち悪い。せっかく管轄合意条約では,後から起きた事情も含めて,公正な裁判,あるいは裁判を受ける権利が損なわれるような場合だとか,不正義というのは恐らく単なる不合理よりもっと狭い概念だと思いますが,そういうものが今回立法可能な文言として入るのであれば,例外については基本は狭いものだという理解です。今までは,「等」があるために,本来狭そうなのだけれどもいろいろなことが主張されて,「等」で認めた判例は余りないと私は理解しているのですけれども,立法するのであればそこを少しすっきりさせたいと思います。 ○道垣内委員 議論の順番なのですけれども,第5の一般的な規律を管轄合意の規定にも適用するのか,しないのかというところがはっきりしないとなかなか議論がしにくいように思います。一般的な規律を適用しないという前提であれば,管轄合意のところに何も書かないわけにもいくまいということになりそうです。前にも申しましたが,すべてをあいまいにしてしまうのはいかがなものかと思っておりまして,この第4のところは一般的な規律に関する規定の適用はないこととする方がいいのではないかと思いますので,そういう前提であれば,管轄合意の規定に何か少し書くという先ほどの手塚委員の意見に賛成いたします。 ○山本(和)幹事 今の問題は,これも私が前に申し上げたことだと思って,繰り返しになってしまうのですが,第5の現在の要件は,「当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げる」ということで,管轄合意の場合には恐らく,前段,つまり「当事者間の衡平を害」すると考えられることはほとんどないだろうと。国内管轄と違って消費者とか労働は絞っていますので,そういう前提であれば,当事者間の衡平というのは,合意している以上は害されない場合が多いと思います。しかし,後段の「適正かつ迅速な審理の実現」というのはそれとは別の問題で,これはやはり当事者では処分できないような問題,幾ら当事者が合意していても,日本で行うと適正かつ迅速な審理が困難になるということ,もちろん程度はあるのだろうと思いますけれども,そういうことが非常に困難であると認められるような特別の事情がある場合には,やはり却下の余地が残されている今の規律になっていると思いますし,そのこと自体は私は相当なのかなと思っておりますので,第5から外すのはいかがなものかという意見を持っております。 ○古田幹事 少なくとも専属管轄合意で日本の裁判所を指定している場合には,特別の事情の規律から外すべきであろうと思います。その場合に,なおそれでも日本の裁判所で審理をすることが適正・迅速な審理の実現を妨げる場合があり得るのではないかという御指摘については,確かに理論的に全くないということは断言できないのですが,当事者が是非とも日本の裁判所で審理判断して欲しいと決めたにもかかわらず,なお日本の公益的側面から日本で裁判することを否定すべき場合というのは,それは外国の法定専属管轄事項として整理されているはずの訴訟類型だと思います。例えば,この後また議論になるかもしれませんが,登記・登録に関する訴えですとか,知的財産権の効力に関する訴えというのは,各国の専属管轄だと決めてしまっているわけです。そういった専属管轄事項をすべて除いていった後で,国際裁判管轄の管轄原因としては,法定専属管轄にはしていないのだけれども,なお当事者間でされた専属管轄合意を否定しなければいけない公益性があるようなものがあるかというと,なかなか考えにくいのではないかなと思います。逆に,日本の裁判所を専属管轄裁判所として指定していても,なお日本の裁判所は本案審理をしない可能性があるのだという立法をしますと,国際取引の観点から見ますと,日本の裁判所を専属管轄合意で指定することには非常にリスクがあるということになってきます。その結果,国際的な経済活動の中で日本というマーケットの魅力が阻害されるおそれもありますし,日本法の透明性という観点からも問題があるのではないかなと恐れます。そういうことを考えていきますと,特に専属管轄合意をしている場合については,その管轄合意の有効性はもちろん公序の観点から検討しますけれども,その管轄合意が有効である以上は日本の裁判所で本案審理がされるということを立法上も保障しておくことが必要なのではないかと思います。 ○手塚委員 もともと専属管轄合意の有効・無効の問題というのは,日本で言えば,外国を専属管轄地と定めた場合に,それでも日本の裁判所で裁判ができるかというときに一番問題になるわけで,日本を専属管轄に定めているものについて専属管轄の合意が有効かどうかというのは余り問題にならないと思うのです。第5の規律は,私の理解ですと,例えば間接管轄を考える場合に,財産所在地だとかそういうのの限度では,財産はあったけれどもそれを認めるのは余りにひどいというときは日本での承認執行を認めないというように,間接管轄についても,第5の規律で本来却下すべきものは間接管轄を認めないことができるというように読めるような気がするのですが,この間の議論ですと,管轄合意に適用されるところの第5の一般的規律というのは,およそ日本の裁判所が日本を管轄地として定める合意があっても却下するというときには関連するけれども,海外の裁判所が管轄合意を認めたときに,本来それは日本でやる方が当事者の衡平にかなうし,迅速だったのだというような理由で間接管轄を否定するツールにはなり得ないような議論だったのではないかと思うのです。そういう意味で,第5は間接管轄のところでは働いてくるのか,それとも片面的に日本の訴訟を却下するだけであって,第5の規律によって本来だったら却下すべき類型のもの,それは管轄合意に限りませんが,それについての外国判決を日本で承認執行するときにはこの部分は一切関係ないということなのか,そこはどうなっているのでしょうか。 ○髙橋部会長 提案はどういう趣旨かというと,どうなのでしょうね。およそあり得ないとまでは考えていない。でも,まずないだろうぐらいは考えているのですか。およそあり得ないという条文であれば,もうちょっと書くべきでしょうね。理屈の上では一応かぶってはいるけれどもということでしょう。 ○佐藤幹事 間接管轄において特段の事情のようなものがどう働くかというのは,それぞれ皆さん考えも違いますし,判例はありますけれども,その判例がどれほどの幅があるものか,判例自体の解釈もいろいろあり得ると思います。この点についてはいろいろなお考えがあるということはこれまでの部会でも顕れているのかなと思います。   ただ,それぞれのお考えはあると思いますけれども,管轄合意と管轄合意以外のもので分けて考えるというような御意見は今までの部会では出ていないのかなと感じております。 ○道垣内委員 今,間接管轄とおっしゃったのは,外国判決の承認・執行要件としての管轄という意味の間接管轄ですね。 ○佐藤幹事 そういう御質問だと思いましたが。 ○道垣内委員 管轄合意の場合には,それ以外に,管轄合意で日本の裁判所は指定されておらず,まだ外国判決は出ていない段階で,日本に提訴された訴えをどう扱うという局面でも問題となります。たとえば,ニューヨークの裁判所が指定された管轄合意が存在するにもかかわらず,日本で提訴された場合です。この局面において,この第5の一般的な規律は働くのでしょうか。この場合でもニューヨークで裁判をするのはおかしいではないかということが言えるような条文が必要か否かは問題であり,手塚委員の御質問はそういう趣旨かなと思って聞いていたのですが,そうでないのであれば私の方から質問します。日本が選択されなかったときに,外国裁判所を指定する専属管轄の合意が,合意としては有効であっても,日本から評価して,おかしいということが言える条文が必要なのではないでしょうか。 ○手塚委員 私の趣旨は,第5みたいなものが専属管轄もカバーしてしまっていると,まず一つは,間接管轄のときにそれがどうきいてくるのかということもよく分からなくなるし,道垣内委員がおっしゃったように,日本の裁判所が,海外に専属管轄があるのだけれどもそれを否定するかどうかというときに,チサダネ号事件のようなアプローチだけでなく,第5の規律,そっちの方で何か。 ○道垣内委員 それに代わる条文が必要だということでしょうか。 ○手塚委員 つまり,日本における管轄合意の効力を却下する条文のように見えますけれども,それが実は,そこで言っているような衡平だとか何とかという趣旨からして,間接管轄も認めないようなところでやるのだったらむしろ日本でやりましょうみたいなところの基準としてもまた生きてくるということになると,第5を第4にかぶせることの意味は,その二つの側面ですね。間接管轄の問題と,日本の裁判所が外国の裁判所の管轄合意をどういう要件で無視するのかというところにもかぶってくると思うのです。私は,すべてそれは,チサダネ号事件ではないですけれども,管轄合意の有効性のところでやる。管轄合意条約にあるようなプラスアルファがあってもいいと思うのですけれども,少なくとも第5の規律のもとにやるべきではないと考えています。 ○山本(克)委員 私も以前から,管轄合意について第5をかぶせるのはおかしいのではないかと考えていました。何のために合意したか分からない。予測可能性を確保するために合意したのに,それが実現されないということは,取引コストを上げるだけで意味のないことだろうと考えております。   その観点から,山本和彦幹事の,適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる事情がある場合に却下できるという規律は当事者に処分不可能なものではないかという御意見は,確かにそう言えばそうなのですが,純粋の内国事件において,適正かつ迅速な審理の実現は難しいからといって却下するということはないわけですね。移送はあり得ても。それは裁判制度の宿命として受けざるを得ないものだと思いますので,そこを取り上げて管轄合意の効力を弛緩させるというのは適当ではないと考えております。   それと,理屈の問題で分からなくなってきたので道垣内委員に教えていただきたいのですが,今回の資料に載っております消費者及び労働関係の管轄合意の規制というのはどういう資格で適用されることになるのでしょうか。道垣内委員のように,管轄合意の準拠法が外国法であり得る,法廷地法主義をとらない場合にはどのように説明されるのでしょうか。 ○道垣内委員 御質問の趣旨を完全に理解できたかどうか分かりませんけれども,合意そのものの準拠法は何かという点については,外国で締結された消費者契約中の管轄合意の場合は,外国法上の合意ということはあるのではないかと思います。その上で,私法上,その合意が有効だとしても,日本の訴訟法上,その管轄合意を有効と認めるためには,消費者契約・労働契約に関するこの手続法的な規制がかかってくる,そういう二段階になるのではないかと思います。 ○山本(克)委員 先ほどなぜお伺いしたかというと,公序も,公序の一つの条文化したものが消費者あるいは労働に関する管轄合意規制だと考えれば,仮に外国法が管轄合意の準拠法であっても日本の手続法上の公序則が管轄合意にはかかってくるという理屈になりはしないかと思いますので,もとに戻りまして,特に著しく不合理であって公序に反する場合というのは規定を置かなくても,今回の提案のスキーム自体がそれを前提としていると言えるのではないかと思います。変に条文を置くことはかえってマイナスになるおそれがありますので,不要であると考えます。 ○髙橋部会長 ここでいったん休憩をいただきまして,またこの管轄合意のところから再開いたします。           (休     憩) ○髙橋部会長 再開いたします。   10ページないし11ページですが,後ろの第5の方,特段の事情の方から入っていきたいと思いますが,管轄の合意のときには特段の事情を外すべきではないかという御意見がございますが,いかがでしょうか。 ○高田委員 確認ですけれども,先ほど山本和彦幹事がおっしゃったように,とりわけ消費者と労働関係を外す,管轄の合意をすることができる者を繰り出すという法制のもとでは,前半部分の「当事者の衡平」というものは,管轄の合意の無効と申しますか,合意の規制で何とかなりそうな気がしますので,実際に問題が起こり得るのは「適正かつ迅速な審理の実現を妨げる」という後半の部分ではないかという感触を持ちます。そして,前提として,日本に法定管轄がない場合において,日本に管轄を生じさせる合意の効力を想定した議論となるのだろうと思います。この規定が適用されるのはその場合だと思うのですけれども,その場合において特段の事情というのが今のように働くとしますと,そうした考え方をとった場合,「適正かつ迅速な審理の実現」という規律を,管轄の合意があることを前提に,とりわけ専属的管轄の合意と申しますか他国の管轄を排除する合意をも想定して考えますと,それが実際適用されるべき場合は非常に限定されておりまして,明らかな不正義とされる場合とほとんど変わらないような印象を持っているのですけれども,この理解でよろしいのでしょうか。 ○髙橋部会長 どうでしょうか。重なるのでしょうけれども,ちょっと切り方が…… ○高田委員 そうです。切り口が若干違うということだろうと思います。そうしますと,問題は,第5の特段の事情を使う場合は,管轄の合意に関してはそのような場合に限定されるという理解のもとにその解釈するということを前提にこの規定を用いるか,それとも,そこしか使われないということであれば,「適正かつ迅速な審理」を管轄の合意により適切な表現に変えた上で管轄の合意に関する1の方に移すかの違いではないかなという印象を持っているところです。 ○髙橋部会長 やはり関連してしまいますね。 ○古田幹事 要するに,当事者間の衡平は度外視して,しかしそれでも適正かつ迅速な審理の観点から日本の管轄を否定すべき場合があるかということなのです。例えばケニアの特許権の有効性について当事者が日本の裁判所で審理をするという専属合意をした場合には,現在の要綱案ですと,特許権の有効性に関する訴えというのは登録すべき国の専属管轄になりますので,当事者が日本で専属管轄合意をしたとしても,それは効力がないということになるのだろうと思うのです。それでは,当事者がケニアの土地所有権の帰属について日本の裁判所で本案の審理をするという専属合意をした場合はどうなるかということになると,現在の要綱案では土地所有権を巡る訴訟は専属管轄にしておりませんから,当事者間の専属管轄合意も有効であり,日本の裁判所の管轄を肯定することができます。日本の裁判所がケニアの土地所有権の帰属について審理判断をするのは非常に難しいことはそのとおりなのですけれども,だからといって日本の裁判所は審理判断を拒否するのではなくて,難しいけれども頑張って日本の裁判所で審理判断をやっていただくということが想定されるべきなのではないかと思います。当事者が専属管轄合意をする場合というのは,紛争が生じたときには,その裁判所で必ず紛争処理を行うということを契約交渉の過程で双方で合意して決めているわけです。その合意が将来何らかの理由で否定されるかもしれないという不確実性がありますと,ビジネスの観点からは非常に支障が出てくるわけです。例えば日本の法律で専属管轄になっているのだから否定されるというのは予見可能性がありますけれども,実際に訴訟を提起した後,裁判所が適正かつ迅速な審理の観点から否定するかもしれないという危険性があるということになりますと,予測可能性を重視するビジネス当事者は,だったら日本の裁判所を選択するのはやめよう,むしろほかの国の裁判所を選択しようとか,あるいは仲裁という紛争解決を選ぼうという方向に進んでいくだろうと思うのです。それがいいのかどうかという問題なのですけれども,それがいいという判断もあり得るのかもしれませんが,やはり日本の司法制度というもの,これは世界に誇る制度だと思っておりますので,それを広く使っていこうという観点からは,日本の裁判所で訴訟するという専属合意を当事者がした場合には,合意自体が無効な場合を除いては,日本の裁判所が本案審理をするのだという法制度にしておくことが望ましいと思いますし,必要であると思っております。結論としては,専属管轄合意がある場合には第5の特別の事情の規律を及ぼすべきではないと考えます。 ○山本(弘)委員 先ほどの高田委員の御発言を正しく理解しているかどうか分からないのですが,適正かつ迅速な審理の実現を著しく妨げるような内容の合意も公序による規制の対象になるという趣旨の御議論でしょうか。 ○高田委員 いえ。公序のほかに,日弁連の御提案には「明らかな不正義」という言葉があったと思いますが,そこで想定されているものはどういうものだろうかということでございまして,明らかな不正義という規律が,いわゆる公序とは別に,その国の裁判所で審理することが手続的に不正義であるということは恐らく適正かつ迅速な審理の実現を著しく妨げるということと重なっている,ないしは限りなく近づいてくるようなイメージを持たせていただきましたので,その点を確かめたくて御質問申し上げた次第です。 ○山本(弘)委員 そうだとすれば,むしろそれも公序の内容として組み込んでしまえばいいのかなという気はしますが。 ○高田委員 それはあり得ると思いますが,そうしますと第5は管轄の合意には適用しないという前提でお話しされているということでございますか。 ○山本(弘)委員 そうです。 ○高田委員 それはそれで結構かと存じます。 ○横山委員 チサダネ号事件との関連で,チサダネ号の判決は公序という言葉ではなくて,公序法という言葉を使っているはずですね。公序法というのは船主の責任制限に関する法律のはずです。それが想定されて,普通はその関連の事件だと思うので,ただ日本で専属管轄があったと。だけど,被告の住所地国である外国でもし訴えが提起されたならば,強行法規が適用されるものですから,船主はかなりの程度の責任を負わなければいけない。ところが,それでは船主にとっては不利なので,船主の責任制限が相対的に低いと見られる日本の裁判所が専属的な合意の対象になった。日本でもし管轄権を肯定すると船主が本来負うべき責任を免れてしまうというような,チサダネ号事件とは逆のシチュエーションが問題になり得るのではないかなと思うのです。そうだとすると,こういうのが基本的にチサダネ号が対象としていた公序法が問題になる類型だとすれば,第5の規律を適用しなくても,これは合意の効力の問題という形で解決ができるのではなかろうかなと。山本和彦幹事がおっしゃったように,仮に日本の裁判所に合意されたとしても,適正・迅速という観点から全く日本が不適切な法廷地であるというようなときには管轄合意があったとしても訴えを却下するのだというのは,制度として認める趣旨がかなりの程度,その可能性が常にあるのだということになると没却してしまうので,そこは強調しない方がいい。もしその可能性を何か言うのであるとすると,やはり好ましいことではないので,それを言うのだったら,管轄合意については第5は規律を及ぼさないという方が望ましい。労働者,消費者については先ほどのところで一応決着がついたということであれば,特に労働関係事件については管轄合意はあり得る,でも条件も一応絞られて,これはまた別の話だということになれば,通常の管轄合意については第5の規律を外すのが望ましいかなと思います。 ○髙橋部会長 賛成,反対,両方の御意見がありますが,管轄合意に特段の事情が頻繁に使われることはだれも想定していないわけで,しかしそれでもなお残すかということだと思います。そして,第5の規律は,管轄合意を抜かしますと,これはこれで,当事者の衡平,そして適正・迅速な審理の実現を妨げることとなる特別な事情という形で受けるのは,これは判例がきちんとこう言っているわけではありませんけれども,その趣旨を持ってきているもので,第1から第3までについてはこういう文言でいいのだろうと思います。当事者間の衡平だけというのは今までの判例の積み重ねから見ても少し弱くなり過ぎますので,特段の事情としては,微修正はあるかもしれませんが,大体こんなものであろうということになります。   それを前提にいたしますと,その上で管轄合意の場合に,まずないだろうとは思いますが,絶対にないのかということで,先ほどの古田幹事の御発言をお聞きしてふと思いついたのですが,ケニアの境界確定の訴えなど(国によっては,所有権範囲確認という通常訴訟)というのはどんなものであろうかという気がしますし,また,管轄合意を結んだときと5年10年たって前提がずれてしまっているというようなこともあり得るだろうと思います。そして,法制的にはということは,本来は余り言いたくないのですが,法制的には,「適正かつ迅速な審理の実現」という文言を入れるとすると,管轄合意ではこれを飛ばすという,その説明が難しい。こちらは入るけれども,ほとんど適用はないでしょうという説明は可能ですけれども。 ○山本(克)委員 恐らく実際に適用されるかどうかという問題ではなくて,アナウンスメント効果が生ずるというのが,古田幹事が先ほど来おっしゃっていることだろうと思うのです。つまり,どれだけ説明してもやってみなければ分からないではないかと人は思うわけでして,それによるコストの増大というのは意味がないし,そういうことをやることで日本の司法制度を広く使ってもらうことができなくなるということが問題なので,現に適用されないかもしれないということとは少し切り離して考えなければいけない問題だろうと思います。 ○山本(和)幹事 予測可能性の点は,先ほど高田委員が言われたように,合意の方も公序あるいはプラスアルファで明らかに正義に反する場合と。この明らかに正義に反する場合というのは私の感覚では非常に不明確で,かなりの程度裁判所の裁量にゆだねられてしまうような概念で,しかしそれはごく例外的にしか発令されないのだというお話だろうと思うのですが,そうすると,それほど違わない,予測可能性,第5に管轄合意を入れれば日本の司法制度に対する信頼を害するというほどの違いが生じるようには必ずしも思われないのですが。 ○手塚委員 第5は,例えば財産所在地で,傘1本とかそういうのは別にして,もう少し大きな財産でも,財産が所在しているだけでというのはちょっと行き過ぎだというときの調整機能も果たせるべく広い規定なのです,文言上は。だから,狭く適用するのだとかいろいろ言っても,広いまま入ってしまったら,先ほど言ったみたいに,この規定を使って広いものだという理解のもとに入り口のところでヘビーになってしまうおそれがありますから,どうしても適正・迅速な裁判ができないというのを入れたいのならば,別規定にすべきだと思うのです。でも,そこまでの必要は本来ない。つまり,日本でやることが本当に迅速・適正に反するというのは,これは先ほどから何度も言っているように,本来専属管轄合意の制限というのは外国の裁判所を指定するものについて日本の裁判所がどうするかというところでよく問題になるので,日本と決めているものをあえて却下するというのは今までそれほど問題になっていないはずなのです。それをパンドラの箱を開けてしまうように,最高裁が何も言っていなかったのにあえて置いて,解釈論をこれから展開させるというのは立法としてはよくないと思うし,いろいろな広い目的でも使えるものなのですけれども,管轄合意に関しては狭いんですよと幾ら言ってみたところで,書いていないものはやはり広いのですから,そういう意味ではこのままかぶせるのはおかしくて,本当に必要だったら切り分けて第4のところに入れる。でも,実務上はそこまでの必要性を感じてないと思うのです。 ○古田幹事 著しい不正義という概念も,実際にそれに該当するかどうかというのは,裁判をやらなければ分からないというのは,そのとおりだと思うのです。ただ,私は国際取引関係をよくやっていますので,海外の依頼者に対して日本の法制度を説明することがよくあるのですけれども,専属管轄合意が正義に反するから無効であるとか公序に反するから無効というのは世界的にも割と共通の認識ですので,日本がそういう制度をとったとしても,それは世界標準であり,海外の企業からも理解しやすいのです。現に管轄合意条約にはそういう規律が入っているわけです。ところが,専属管轄合意が有効であるのに,なお特別の事情で管轄権を行使しない場合が日本ではあり得るのだというのは,恐らく世界的に見るとかなり違和感のある規律です。先ほど佐藤幹事から管轄合意条約の話は一応今回は別問題だという指摘はありましたけれども,管轄合意条約では,専属合意が有効であればほかの理由で管轄権の行使を控えてはならないという規定が入っていまして,一応それが世界標準の考え方だろうと思うのです。あえて日本がそれと違う規律を今回立法でつくるというのは,世界的に見ると,日本というのは特殊な国だという印象を与えると思います。特殊な国だから投資を控えようとか取引を控えようというインセンティブが働いて,いわゆるジャパンパッシングの原因になりはしないかなというところも懸念があります。そういう観点からも,専属管轄合意がある場合に特別な事情による規律を更に課すということは,避けた方がいいだろうと考えます。 ○山本(和)幹事 先ほどの手塚委員のお話は,条文上はこの第5の規律は非常に広くて,財産所在地管轄とかはかなり広く制限するけれども管轄合意については限定しますと言っても余り信頼性がないのではないかという御趣旨のお話だったかと思いますが,私の理解では,これは民訴法の第17条にもかなり近い規定なわけですが,同条の裁判例などからすれば,当事者間の衡平を害するか,適正かつ迅速な審理の実現を妨げるかというのは,総合的な形で判断がされていると思うのです。管轄合意がなされた場合というのは,当事者間の衡平を害するかどうかというのは,先ほど申し上げたように,両当事者が真意で合意していれば,基本的にそれは当事者間の衡平に最も合致した裁判所であるという推定が普通は働くだろうと思うのです。そうだとすれば,適正かつ迅速な審理の実現を妨げるかというのは,それをオーバーライドするほどのよほどの適正・迅速性の阻害が存在しない限りはこの要件に合致しないという解釈になっていくだろうと思うのです。そういう意味では,それは条文の解釈から言っても十分説明がつく話だと思います。 ○横山委員 今,山本克己委員がおっしゃったので,やはりレベルの違う議論で,外国の人は日本の民訴法第17条の規定の移送の運用制度なんか知らないですよね。だから,幾らそれで言ったとしてもメッセージ性はないですよね。やはりはっきり第5の規律は管轄合意にはないのだと言わない限りは,幾ら17条の運用はそうだと言っても,それはメッセージ性はないのではないでしょうか。 ○山本(弘)委員 民訴法第17条は所詮国内の裁判所間の問題で,どこに行っても結局裁判はしてもらえますけれども,国際の問題ですから,却下してしまって,先ほど御発言があったように,外国で訴えられたときに日本の専属管轄合意をその外国がどう評価するかという問題が出てきてしまいますので,17条の解釈とこの問題を結びつけるのはやはり問題かなという気がいたします。 ○髙橋部会長 では,暫時,今度は第4の方,チサダネ号事件との関係ですが,これも事務当局から言うと角が立つので私から代弁いたしますが,日弁連の「明らかな不正義」とか,そういう表現は条文上は無理です。そしてチサダネ号判決の表現も恐らく無理です。そうしますと,条文を入れると,それこそチサダネ号と同じかどうかというような議論が生ずることになってしまいます。我々の真意は,解釈の幅の中を別にすれば,チサダネ号を大きく変えるつもりはないわけで,かえって御指摘の趣旨からずれていくのではないかと思いまして,先ほど来,立法者意思として公序がないとは考えていないわけです。本当に立法するのは国会ですが。そこも含んで,第4の規律にチサダネ号と合わせようとすればするほどかえって逆効果になるかもしれないということを念頭に置いて御議論いただきたいと思います。 ○佐藤幹事 1点だけお伺いしたいのですけれども,今までの御議論ですと,先ほど古田幹事からケニアの事案の御説明がありましたけれども,例えばケニアの裁判所の専属管轄になっていないような土地所有権の確認請求とか,そういう事案について外国人同士が日本の裁判所を専属管轄とする合意をし,証拠もすべてケニアにある,証人になる人もケニアにいて,当事者はほかの外国にいる場合にも,日本の裁判所は,無効にならない限りは,例外なく審理をしなければいけないという結論になる。そこはよろしいのでしょうか。例えば送達にも相当時間がかかって,証人が出てくるかも分からない,そういう状況になっても日本の裁判所は例外なく審理しなければいけないという御結論だということで。 ○古田幹事 今,佐藤幹事がおっしゃったような要素を公序の材料として考慮することはできるだろうと思いますけれども,基本的に,それが公序に反して無効というほどのものでなければ,当事者が日本の裁判所で審理判断して欲しいと言うからには,日本の裁判制度を使わせてあげるべきだと思います。それは税金の無駄遣いという批判もあるのかもしれませんけれども,私の発想で言うと,そうやって日本の司法制度を世界各国の人に使ってもらうことが,むしろ日本の国益につながると考えております。 ○佐藤幹事 この特段の事情については,当事者の衡平というのは私益的なところ,後半はむしろ公益的な観点なわけですね。そうすると,公益的な観点から見ると明らかに適正かつ迅速な審理の実現を妨げる特別な事情がある場合においてなお日本の裁判所は審理しなければならないのだという理由を合理的に説明することが必要になろうかと思います。 ○古田幹事 適正かつ迅速というのもすべてが公益的側面ではなくて,当事者が早く裁判を受けたい,あるいは適正な裁判を受けたいという側面もあると思いますから,私益的な面もあるのだろうと思うのです。いろいろな事情にもかかわらず,原告・被告がそろいもそろって日本の裁判所でやりたいと言っている場合には,それは私益的な側面は全く考慮しなくていいわけですから,あとは公益的な側面で,適正な裁判をするという公益,それから迅速な裁判をするという公益をどう考えるかということになります。適正な裁判の方は,これは基本的には私人間の争いですから,仮に日本の裁判所が間違った判断をしたとしても,結局は私人間の権利関係にかかわることにすぎないので,公益的要素はそれほど強くないと言えるのではないかと思います。迅速な裁判の方は,これは確かに日本の税金を使って運営されている裁判所の制度を使うわけで,長期未済事件がたまるということは望ましくないことだろうと思います。しかし,専属的管轄合意に第5の規定をかけなかったからケニアの所有権確認の訴えが何千件も係るということは恐らくあり得ないことだろうと思います。1件もないとは申しませんが,そういう件が例えば10年に1件あるかもしれないから,それを心配して第5の規律をかけておくというのは,第5の規律をかけておくことによって日本の司法制度というのは世界の基準とは違うのだと思われるリスクと比べると,なお第5の規律を専属的管轄合意に及ぼすリスクの方が大きいのではないかなと思います。 ○佐藤幹事 今のお話ですと,なかなか難しいのは,何千件も事件が係属するかどうかということはさておき,その1件で適正・迅速な審理は難しいという場合にどうかということがまさに問題になるのではないかと思います。「適正」の中には,証拠の収集が非常に難しいということも当然のことながら入ってきますので,証拠収集が難しい状況にありながら,手元にある証拠だけで判断しても適正といえるかどうかは問題なのかなという感じはしていたのですが,さらに御意見をうかがいながら考えたいと思います。 ○手塚委員 二つございまして,確か通則法か何かのときも,それこそ海外にいる人の後見だとか何とかを日本の裁判所でやるのはどうかということがあって,そのときに裁判所は,出てこられないような人に対してやるのは勘弁してくれというような議論はあったのですが,やはり日弁連は,海外で起こせないのだったら,時間をかけてでも,司法の正義の実現のためには日本でやるべきだということで,それはそういう方向になったと思うのです。だから,早くないかもしれないけれどもやらなければいけないという意味では,つまりどこでやっても遅いのならば,それは迅速ではないかもしれない,嘱託だとかそういうのを通じてやらなければいけないことはあると思いますが,適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなるからやってはいけないというのではなくて,それはどうやっても迅速にならない件はあって,そのときに裁判所が管轄合意があるのに断っていいのかというのは私は疑問だと思うのです。   もう一つは,先ほど日弁連の意見が無理だと断定されたのですが,この場でそれを認めるということは,管轄合意条約をそのまま批准することはできないということをおっしゃっていることになるのではないのですか。だから,この部会としてああそうですかというわけにはいかない。そのまま認められないものだったら批准する議論になり得ないのではないかと思うので,そこは私としては承服いたしかねます。批准しないということを国会で決めたのならば,それは文言は無理なのですしょうけれども,この今の御時世で,法制局が無理なものは無理だと言っていいのかどうかとかというところも結構いろいろな動きがある中で,ちょっと今の議論は乱暴ではないかと思います。 ○佐藤幹事 まず第1点ですけれども,ここで問題となっているのは,例えばケニアでも裁判が遅い状況ではなくて,普通裁判籍の所在地に証拠があって,そちらの方が早いという状況がある場合にどうかという議論だと思いますので,その点を議論する必要があると思っています。   それから,第2の管轄合意条約の批准の話は先ほど申し上げたように切り離すべき話でありまして,条約の内容を例えば国内担保法で制定する場合には,実質的な内容が国内の文言に合った形で制定するということも十分あり得る話ですので,このチサダネ号の要件をそのまま規律にしないということから即座に管轄合意条約に入れないのだということにはならないと思います。 ○手塚委員 でも,だとすると,管轄合意条約のコンセプトを法制上可能なものとして実現する方法がないかどうかというのは別の議論で,あのままでは無理ですという議論と,あそこに書いてあることを日本の法制上受け入れられるものにすることが無理だというのとは論理の飛躍があるのではないですか。 ○佐藤幹事 それはもちろんそうだと思います。管轄合意条約に書いてあることを受け入れることが法制上無理だということを言っているものではないので,文言そのものが採用できるかどうかは別の話でしょうけれども,その内容自体を将来的に必要になった場合に受け入れる,あるいは加入することが無理だということを申し上げているのではないということでございます。 ○山本(克)委員 先ほど,特に公序うんぬんというような規定は置かなくていいと申しましたけれども,それはなぜかと申しますと,私はそれは当然のことだと思っているからです。訴訟上の合意というのは別に管轄合意に限らないわけでありまして,それぞれの合意についてやはり公序という縛りがかかってくる。それは,仮に準拠法が外国法であっても,我が国の訴訟手続に関する合意である限りは我が国の手続法上の公序がかかってくるはずであって,それは当然のことだから,ここだけに書くとかえって誤解を生ずるのではないかということです。それから,先ほど部会長からもお話がありましたように,判例の文言そのものとは違う形で立法されることによって,また思わぬ波及的な効果も出てくるかもしれない。そういうことから,置かない方がいい,置かなくても公序的なものは当然考慮されるべきであると,こういう趣旨で申し上げました。ということで,法制的にうんぬんということもあるのかもしれませんが,今言いましたような理由から,置かないことはそれなりに合理的な判断だと考えております。 ○横溝幹事 佐藤幹事がおっしゃった,管轄合意が適正かつ迅速な審理の実現を妨げることになる場合という話ですけれども,先ほど道垣内委員もおっしゃったと思いますが,管轄合意が適正かつ迅速な実現を妨げることになる場合というのは,管轄合意の対象が日本を指しているときだけではなくて,管轄合意によって例えばケニアの裁判所を指定されたような場合で,しかし証拠とかはみんな日本にあって,日本でやった方が適正かつ迅速な審理ができるような場合に,妨訴抗弁としてそれが有効になってしまいますと,不適切な場合が出てくるのではないかと思います。第5の規定ではその点についてはカバーできないので,もしここにそのような配慮を入れるのであれば,今申し上げたような場合に対応するようなことについても何らかの手当てが必要になるのではないだろうかと思います。 ○道垣内委員 私としては,第5の規定の適用範囲から第4を除くということは是非実現していただきたい。そのかわりということであれば,第4のところに何か規定を置いた方がいいと先ほど申し上げた次第です。ですが,第4の①の「合意」の解釈として,無効な合意が駄目であることに加えて,訴訟法的にみて不合理な合意も駄目だということが読めるということであれば,あえて何らかの条文を付け加えなくても賄えると思います。いずれにせよ,第5の方について管轄合意は適用対象から除くようにお願いしたいと思います。 ○髙橋部会長 今日全部決めるつもりでおりましたが,次回にもう一度この点は御審議をいただくことにいたします。 ○山本(弘)委員 管轄合意について補足的な質問をさせていただきますけれども,前にこの部会の場で山本克己委員がおっしゃったことかと思うのですけれども,管轄合意の規律を設ける場合に,仲裁法第13条の6号のような,他の条項が無効であっても管轄合意は無効とならないというような規律を置くのか置かないのか,置かなくていいというお考えでこういう案を提示されておられるのか,そこだけ確認させていただけますか。 ○佐藤幹事 ここは,趣旨としては,特に規律を置かないことによって仲裁法の方の合意が否定されるとか,違う規律にしようということではなくて,むしろ解釈上そこは当然入ってくるということを前提にして,民訴法の現行法の規律なども踏まえて,そこまで置く必要はないのではないかというような趣旨です。 ○髙橋部会長 それでは,なお全体に戻る前に,12ページの後注というのでしょうか,国内土地管轄について説明をお願いします。 ○日暮関係官 (全体についての後注)ですけれども,後注に掲げました規律は,これらの規律によりまして,国際裁判管轄が認められる場合であっても,民訴法の第4条から第12条までの規定によっても管轄裁判所が定まらない場合が理論的には考えられるところでございます。しかしながら,(補足説明)にも記載いたしましたとおり,実際にはほとんどの場合において管轄裁判所は定まり,例外的にこれが定まらない場合には最高裁判所規則で定める特定の地を管轄する裁判所の管轄とするということを今回御提案するものでございます。 ○髙橋部会長 いかがでしょうか。前々からこの点はその都度メンションはしてまいりましたが,じっくり検討してみると,そう多くあるわけでもなさそうですし,こういうあたりの方向でいいのではないかというのが御提案ですが。 ○道垣内委員 質問ですけれども,「等」と付いていますけれども,これはそれ以外にもあるということを指しているのですか。特定できないということですか。例えば,第4の先ほどの管轄合意で日本の裁判所を指定した場合にはどう扱われるのかということははっきりさせた方がいいと思うのですけれども。 ○佐藤幹事 ここを「等」としているのは,前にも管轄合意の議論をしていただきましたけれども,実際受け皿がない状況が出てくるものであれば入れますけれども,そこはもう少し検討させていただければと思っております。法制的な面もありますが,どのような場合があるかは少なくとも特定はしたいと考えております。 ○山本(克)委員 以前,こういう内容のことを御提案させていただきましたので,原則論としてはこれで結構かと思いますが,そのときに議論がありましたのは,管轄裁判所を一つだけに絞ってしまうと17条移送ができなくなるのではないかという御反論をちょうだいしたと記憶しています。ですから,仮にこのような規則で管轄裁判所を定めるとしても,なお17条移送が可能になるような法整備がもし可能であれば,御検討いただければと思います。 ○古田幹事 私も同じ意見でして,これは恐らく最高裁がお決めになることだと思いますけれども,例えば東京地裁というように1か所だけを決めるのではなくて,これは以前の部会でも申し上げたと思いますが,各高裁所在地を管轄する地方裁判所というような決め方にしておいて,そうしますと,全国に8か所ありますので,あとは事案に応じてその8か所の間の移送の問題で処理する方が現実的には妥当な処理ができるのではないかなと思います。 ○山本(克)委員 私のイメージは違いまして,規則で定める管轄裁判所は一つにしてしまって,民訴法第17条は管轄裁判所にしか移送できないという枠がかかっていますけれども,それを外して,真に適正かつ迅速な裁判が可能な裁判所に移送するということで,17条とは少し違う仕組みをとってはどうかというのが私の考えているイメージです。選択肢としては両方あり得ると思いますので,どちらが適当かお考えいただければと思います。 ○髙橋部会長 御注意ありがとうございます。   規則にするとしても,ここで議論した例は幾らでもありますので,お知恵があればどんどんお出しいただければと思います。   それでは,次が「第9 その他の論点」ですが,これもまず説明をお願いします。 ○日暮関係官 第9の「その他の論点」ですけれども,こちらは,今回整備する国際裁判管轄に関する規律に違背する判決がされた場合の控訴審及び上告審における主張の可否について御審議いただくものでございます。   (補足説明)に記載いたしましたとおり,民訴法上は,国内土地管轄に関しましては専属管轄違反の場合を除いて控訴審においては主張することができないこととされ,専属管轄違反のみが上告理由とされているところでございます。国際裁判管轄に関する規律においても,任意管轄に類するものと専属管轄に類するものとがございますけれども,これらを区別して取り扱うべきかという点も含めて御議論いただければと思います。よろしくお願いいたします。 ○髙橋部会長 どうぞ,古田幹事。 ○古田幹事 国内土地管轄については,基本的には,本案判決とは別途,移送決定とその移送決定に対する不服申立てで処理されることが予想されていますので,あえて上告理由にする必要はないと思います。これに対して,国際裁判管轄については,終局判決で判断することが想定されていますし,マレーシア航空事件にしろ,平成9年の最高裁判例にしろ,いずれにしても上告理由にはなるという前提でこれまでやってまいりましたので,今回立法したとしても,国際裁判管轄に関する判断の誤りはやはり上告受理申立理由になるということは当然の前提だと思っておりました。 ○髙橋部会長 その辺を確認させていただきたいということですが。 ○佐藤幹事 受理の申立理由にはなると思うのですけれども,更に上告理由として,今,国内の専属管轄違背が挙がっているのですが,これも絶対的上告理由として挙げるかどうかというところをむしろ御議論いただければと思っています。民訴法第312条第2項第3号が専属管轄に関する規定に違反したことということで,国内土地管轄でも上告事由として挙がっている。それとの比較で言うと,国際裁判管轄違背の場合も挙げるべきか,その場合でも専属に類する場合に限定するか,あるいは上告受理のみにしておくかというあたりが選択肢かなと考えております。 ○古田幹事 そこは私は考えたことがなかったのですが,少なくとも今までの考え方は,上告理由ではなくて上告受理申立理由だという整理だったと思います。今回の立法でも,それで特段問題はないと考えます。 ○髙橋部会長 絶対的上告理由にまでしてしまうか。 ○山本(和)幹事 確かにそういう感じもしないことはないのですが,ただ,国内の専属管轄の違反が絶対的上告理由になっているので,国際裁判管轄,いろいろな議論はあるかと思いますけれども,日本で裁判ができるかという裁判権のような問題だろうと思いますので,それに反している場合は一切なりません,それで国内での管轄の分配を間違えた場合には絶対的上告理由になりますというのは,何かバランスが欠けているようにも思うのですが,そのようなことはないでしょうか。 ○髙橋部会長 いろいろお考えはあると思いますが。 ○山本(弘)委員 私も国内専属管轄違反とのアンバランスというのは気になるといえば気になるのですが,しかし一方で法令違反のうち新たに絶対的上告理由となるものをまた設けることになると,ほかとの整合性がいろいろ出てきて,例えば主権免除の問題だって,あれは要するに日本で外国を訴えられるかどうかという問題ですが,あれを別に絶対的上告理由にしてはいないので,それと比べて,公益性の度合いで専属管轄の場合がより絶対的上告理由にしなければならない必然性が高いかと言われると,それも違和感を感じてしまって,形式的に国内の土地管轄との間の違和感はもちろんあるのだけれども,これだけをくくり出して絶対的上告理由を増やすことのほかの訴訟要件との関係での違和感というものがまた別に出てきてしまうところで,上告受理事由でいいのではないかなというのが今のところの考え方でございます。 ○髙橋部会長 絶対的上告理由にすると,専属的なものに限るとか,また細かい議論になるのでしょうかね。   これは今日初めて出した問題で,条文化までは余り念頭に置いていないのですが,また次回までにいろいろ御議論いただければと思います。   それでは,最初から一応さらっと見ておきたいということで,ではお願いいたします。 ○斉藤関係官 では,第1から簡単に御説明をいたします。   第1の本文①から③については,いずれもその規律の内容に変更はございません。なお,表題と本文①につきましては,従前,「人に対する訴え」という文言がございましたが,これは用いないものとして,表現を改めさせていただいております。 ○小島関係官 続きまして第2になりますが,1の「契約上の債務に関する訴えの管轄権」につきましては,(補足説明)にも書いてありますとおり,実質的に内容に変更はありません。ただ,(補足説明)に書かせていただいたとおり,文言の一部について若干,分かりやすさ等の点から修正をしております。   2の「手形又は小切手に関する訴えの管轄権」については,中間試案から変更はありません。   3の「財産権上の訴えの管轄権」につきましては,前回まで様々な議論をいただいたところですが,前回の部会での議論を踏まえまして,従前の甲案にただし書を加えた案を規律として掲げさせていただいています。   4の「事務所又は営業所を有する者に対する訴え等の管轄権」につきましては,前回の部会資料で御議論をいただいた内容から変更はありません。   5の「社団又は財団に関する訴えの管轄権」につきましては,実質的に内容を変えているものではありませんが,①の専属管轄の規定の表現振りや,②の①の訴えの除外の文言を若干修正しております。   6の「不法行為に関する訴えの管轄権」につきましては,これまでただし書の書き振りについていろいろ御指摘をいただいたところでありまして,趣旨が明確になるように書き直したということであります。 ○北村関係官 7の「海事に関する訴えの管轄権」でございますけれども,本文②につきましては,意見照会の結果及びこの部会での議論を踏まえ,甲案を採用したものでございます。また,部会での議論の結果を踏まえ,御意見等もありましたけれども,船舶債権その他船舶を担保する債権に基づく訴えについては,現在のところ,特段の規律を置かない形で提示させていただいております。   8の「不動産に関する訴えの管轄権」につきましては,基本的に中間試案から変更はございません。   9の「登記又は登録に関する訴えの管轄権」につきましても,12回の部会で知的財産権に関する登録の訴えについての御意見等はいただいておりますけれども,部会での御議論の結果を踏まえ,変更はしておりません。   10の「相続に関する訴えの管轄権」につきましても,中間試案から実質的な変更はございません。   11の「知的財産権に関する訴えの管轄権」につきましても,第12回部会で御議論いただきました結果も踏まえて,中間試案から実質的な変更はしておりません。   12の「消費者契約に関する訴えの管轄権」につきましてですけれども,前回の部会での御議論を踏まえて,本文①及び本文③のア,従前はイでしたけれども,それにつきまして甲案を採用しております。その他については,中間試案の表現振りについて修正を加えてはございますけれども,内容については変更はございません。   13の「労働関係に関する訴えの管轄権」については,先ほど御議論をいただいたとおりでございます。 ○斉藤関係官 続きまして,第3の「併合請求における管轄権」ですが,本文①については,これまで本文③としていました請求の主観的併合をただし書にしまして,請求の併合を本文①として一つにまとめております。規律の内容に変更はございません。   本文②は,反訴の規律でございます。法制化に際しての規律のイメージについては以前の部会で御指摘等をいただいたところでございますが,本文としては変更はございません。   本文③については,従前の本文④に当たるものですけれども,これまでいただいた御審議の結果を踏まえて,請求の併合又は反訴が制限される場合を法定専属管轄に相当する場合に限定するという考え方としております。 ○日暮関係官 続いて,第4ですけれども,1の「管轄権に関する合意」につきましては,第12回の部会資料22でお示ししたものからは,本文①につきまして「第一審に限り」という文言を削除しておりますけれども,それ以外については変更しておりません。   第4の2の「応訴による管轄権」につきましては,1行目の「管轄権を有しない旨の抗弁」が「管轄権を有しないとの抗弁」となっていましたのを中間試案から変更しておりますが,それ以外については変更はございません。   第5の「国際裁判管轄に関する一般的規律」につきましては,規律の対象については今回の御議論も踏まえて次回も引き続き御検討いただくところでございますけれども,それ以外には中間試案から実質的に変更した点はございません。   なお,緊急管轄につきましては,(補足説明)の2に記載させていただきましたけれども,そこに記載いたしました理由から規律を設けないこととすることを今回御提案させていただいております。   第6は,専属的な国際裁判管轄を定める規律について,それらが優先的に適用されることを規律したものでして,管轄権の専属性を示す表現部分以外には変更はございません。 ○小島関係官 第7につきましては国際訴訟競合ですが,先ほど御議論いただいたところであります。   最後に第8の「保全命令事件に関する規律」でありますが,内容については中間試案から変更はありません。   なお,(補足説明)に書かせていただきましたとおり,「係争物の所在地」に作為・不作為をすべき地が含まれるか否かについてですが,これについては民事保全法第12条第1項の解釈の問題であると考えておりまして,国際裁判管轄の規律についてのみ特別の規定を設ける必要はないと考えております。 ○佐藤幹事 最後に補足ですけれども,4ページに戻っていただいて,海事に関する船舶債権その他船舶を担保とする債権に基づく訴えにつきまして,前回の部会でも古田幹事から御説明をいただいたところでございますけれども,海事の専門家の方にお会いして,実務上どうなっているのか,どういう場合があり得るのかということをお伺いしてきましたので,御報告をさせていただければと思います。   被告が船舶所有者でありますと財産所在地の管轄が認められることになりますが,問題になるのは裸傭船で,所有者と異なる場合です。我が国では,担保があれば債務名義なしで差押えはできるということになりますけれども,実務上は,差押えがされると交渉がされて,保険会社などが入って,保険会社が保証状を出す。その保証状を出すと,差押えの申立ては取下げになりまして,そこでその保証状を原告に渡す形になりますが,その保証状の中で管轄の合意がされることが多い。その際に,今回問題になっているような規律がありますと,一つは,交渉上日本が国際裁判管轄の場所となる可能性が高い。そういう意味では,そういう規律があると実務的には非常に有益であるというお話でした。もう一つは,そういう形になりますと船舶は解放されてあちこち行くわけですけれども,訴え提起時の船舶所在地が管轄になりますので,たまたまその船舶が日本に寄港している場合に日本に管轄が認められる可能性がある。そういう意味では意味があるのではないか。そのような御指摘でございました。   十分に明確に説明できているか分かりませんけれども,従前の古田幹事から御説明いただいた御議論と実質的には同様の内容のお話を伺ったのかなと理解しております。   もし補足すべき点があれば。 ○古田幹事 では,1点だけ。   今,佐藤幹事から御説明があったとおりなのですけれども,世界的に見ても,船舶が担保になる場合にはその船舶所在地の管轄を認めるのが趨勢で,アレストに関する条約でも同様の規定があるということですから,海事の専門家の立場としては是非この規定は設けていただきたいということを聞いております。 ○手塚委員 私は海事の専門家ではないのですが,二つあって,一つは,英米法的にはインレム・ジュリスディクションというか,要するに物的な管轄の典型例であって,世界的に一番影響の強い英米法でこういう担保目的の船舶の所在地の管轄が認められているということと,もう一つは,今回,もとの最高裁の法理ですと,国内の土地管轄規定というのが一応スタートになって,それを特段の事情で制限するということですが,部会としては,それに乗せなくてもいいようなものについて,余り国際的に類型的に認めなくていいのではないかというものについては落とすということでやってきて,そのために担保の所在地というのは落ちたと思うのです。一般的な意味では。担保一般を落とすのはいいし,人的担保も入るのかとか,いろいろな議論があり得ますので,落とした方がよかったと私も思うのですが,しかし船舶の担保まで落としてもらっては困るという意見が海事の実務家の間で強いものですから,そこだけは何とか残していただきたいという話だと思います。 ○髙橋部会長 今の点の続きでいいのですが,全体についてということで,とりあえず船舶債権はやはり規定が欲しいということですね。   海事は私もぴんと来ないのですが,いかがでしょうか。   交渉のときに有利だということですよね。 ○佐藤幹事 話を伺ったときには,PI保険が付されていて,保証状を出すときにどこの管轄裁判所にするかというのを交渉すると。その際は,相互の力関係とか,船を管理しておく費用等をどう見ていくのかというあたりで交渉が行われるということのようで,実際上はその中で,ロンドンになるのか東京になるのか,そのあたりが大体は決まっていくと。その際に船舶所在地に管轄を認める規律があると交渉の一助になるというようなことを伺ったような気がいたします。 ○手塚委員 もう少し正確なところは日弁連の意見書に海事の専門家の方が書いていらっしゃっいますが,実務上は,船舶を先取特権又は仮差押えの形でアレストした上で担保を積ませて,民訴法第5条第4号又は第7号で本訴管轄をつくり出しているのだと。裸傭船の場合には民訴法第5条第4項だけでは不都合だということで,交渉のときに有利だとかというのではなくて,交渉できないときとか,原則論というのですか,原型は,アレストした上で,その解放金が担保になっているから,その担保所在地ということで日本に管轄があるという前提で物事が動き,それを前提に,だったらそのかわりにみたいな話だと私は理解しています。 ○佐藤幹事 執行自体はできないわけではないので。ただ,私の方でお伺いしたのは,実務上は,担保,差押えの解放金という形ではなくて,差し押さえた後で保証状を出す,そうすると差押えの申立て自体は取下げになって,その保証状で事実上担保していく,その中に管轄合意を入れていくということが比較的多いと伺ったのです。もし差押えがそのまま維持されるのであれば,そこは債務名義なしに維持して,執行すれば,その方が早いことは間違いないだろうと思いますが。 ○古田幹事 海事の専門家がいないところで余り議論してもという気はするのですが,佐藤幹事がおっしゃるように,日本の場合には先取特権があれば債務名義なしに執行ができるから執行してしまえばいいということは,理屈では言えるのですけれども,実際に海運実務で船舶を先取特権に基づいて競売する例があるかというと,恐らく世界的に見てもほとんどないことだと思うのです。実際は,保証状を出させて交渉で解決していくことが世界的な海事の業界プラクティスになっているようです。そのときに,世界各国には船舶担保を原因とする管轄原因があるのだけれども日本にはないのだということになると,交渉の中で日本の債権者だけが不利な立場に立つということは否定はできないと思います。今回あえてそういう立法をする必要があるのか。先ほど手塚委員がおっしゃったように,担保所在地の管轄一般については問題はあるのだと思いますけれども,船舶担保に限って言えば,そういう弊害があるという指摘もありません。そういう意味で,現実に海事事件をやっている専門家が必要だと言っているものを,あえて,ほかとの理論的整合性というのでしょうか,担保を一方は落とすのだから当然船舶担保も合わせて落とすのですという立法をするのは,やや性急に過ぎるのではないかと思います。 ○佐藤幹事 私の方で分からなかったのは,今,古田幹事のおっしゃったとおりなのですが,この規定を置いても船自体は解放されて航行できる状態になりますので,そういう意味では,実際に訴えを起こす段階になりますと,それはやはり船の所在地で起こすということになりますので,管轄合意をしない限りは,日本で訴えを提起できるのは日本に船が存在する場合で,シンガポールにいればシンガポールが管轄所在地ということになります。そうすると,規律を置く意味があるとすると,その解放された船が訴え提起の段階で日本にいる場合になろうかという理解をしています。 ○髙橋部会長 ほかの委員,幹事の方はいかがでしょう。ここも次回までにもう少し勉強するということにいたしましょう。   ほかにいかがでしょう。全体を見ていただきまして。 ○古田幹事 またかと言われるかと思いますが,登記・登録に関する訴えなのですけれども,私は専属化に反対という立場を従前からとっているのですが,理由は繰り返しませんが,これを仮に専属にしたらどういう場合に困るかというのを少し追加でお話ししておきたいと思います。   例えば,国際的に活動している企業同士が世界的な営業譲渡なり資産の譲渡契約をした場合に,その契約で外国の裁判所を専属管轄裁判所にするということはあるのです。その際,その対象財産に日本の不動産が含まれていますと,仮に譲渡契約の有効性について争いが生じて,専属管轄をされた外国の裁判所で日本の不動産について移転登記を命ずる判決が出たとしても,その外国判決は日本では承認しないという結論になってしまうわけです。私はそのような帰結に合理性がないと思っているのですけれども,それはさておき,これが不動産であれば,日本では不動産登記は対抗要件ですので,日本の不動産について譲渡が有効であることを前提に外国の裁判所で所有権確認の判決を得れば,現在の要綱案でも,その外国判決は日本でも承認してもらえるのです。ですから,所有権の帰属を確認した外国判決が承認されることを前提に日本で改めて移転登記請求の訴えを起こすということは,一応理屈としては可能かもしれません。ただ,譲渡契約で外国の裁判所を専属合意していますので,その場合に日本で改めて移転登記の本案訴訟ができるのかというところは少し問題になり得るだろうと思います。   より問題が大きいのは,特許権などのように登録によって権利が発生するものについてです。世界中の特許を包括して譲渡するという契約もしばしば見るのですが,その譲渡契約について外国の裁判所を専属管轄裁判所にした場合に,その外国裁判所が日本の特許の移転登録を命じたとしても,それは日本では承認されないということになりますし,譲渡契約が有効であることを前提に買主が特許権の帰属の確認の訴えを起こしたとしても,日本の特許法上は登録が移転の効力要件になっておりますので,今度は本案の請求原因として移転登録がされていないと所有権確認もできないということになってしまうわけです。そうしますと,日本の特許に関する限りは,譲渡契約の中で外国の裁判所を専属合意したとしても,日本で一から本案訴訟をしなければいけないことになります。それは譲渡契約の中の専属合意に違反しないかどうかという問題がまた残るわけです。ですから,特に特許のような知的財産の場合についてまで専属にするというのは,これは不動産と比べても問題が更に大きいのではないかと思います。 ○手塚委員 日弁連意見においては今のは少数説でございまして,実は日弁連の知財関係の委員会,知財センターですか,からも今の古田幹事のような御懸念が示されています。私は立法政策の問題だと思っていて,一つの意味は,多分スイスがそうだと思うのですが,知財の登録に関する訴えについては,スイスのものは外国判決の効力を認めない,スイスだけでやるという,専属なのだと思うのですけれども,そういう国はあり得るので,日本もそういう考え方をとったのだと言えばよい。世界的な営業譲渡,資産譲渡で同じような特許を世界的に譲渡したというときの移転登録の請求を日本だけでやりたいという需要は確かにあるかもしれませんが,考えてみると,例えばスイスの特許ですと,日本でそういう判決をしても,その部分についてはスイスで承認執行されないということで,裁判所がやったことはその限度では無駄になる。ですので,私としては,効力,存否,移転登録の三つは専属で,しかし,譲渡契約が無効だから代金を返してくれとか,そういうものは別に日本でやったっていいだろうし,そういう金銭的なものとか,場合によっては所有権の確認的なものについては日本国内でその判決が存在することが意味を持つことがあるわけですが,移転登録ということになると,登録国で承認執行されないことには終わりませんし,その限度では専属にしておくのは意味があることだと思うのと,存否,効力は所有権とはまた違うものだと思うのです,本来は。そういうものが知財として成立しているのかという有効・無効そのものの訴えということだと思いますので,それも専属だというのは,あくまでも立法政策的にはあり得る立場ではないかと思っております。 ○横溝幹事 確認したい点なのですけれども,11の「知的財産権に関する訴えの管轄権」で,「関する訴え」の範囲,これは随分前に確認したのかもしれませんけれども,例えば侵害訴訟などにおいて防訴抗弁として特許権の無効などが問題とされるような場合を対象に含むのでしょうか。例えば,日本の特許権が海外において侵害訴訟で争われて,被告側が防訴抗弁として特許権無効を出した,それも含めて判断が出て,その承認執行が求められた場合に,その無効に関する部分もこの確認の訴えに入るので専属管轄になるということで,管轄が当該外国裁判所にはないというような解釈,そういった場合にはどうなるのかという点について,ヨーロッパの方で実際に問題になっておりますので,改めて確認させていただければと思います。 ○佐藤幹事 今の点にお答えすると,入らないということになろうかと思います。侵害訴訟であれば不法行為に関する訴えとなるという前提で整理をしております。 ○横溝幹事 防訴抗弁において何か出てきても,それはもう関係がないということですね。 ○佐藤幹事 この11には入らないという整理です。 ○横溝幹事 分かりました。 ○古田幹事 今の点は以前にも御質問したと思うのですけれども,日本ですと訴訟物に関する判断だけに判決が生じますけれども,米国ですと,理由中の判断でも,場合によってはイシュー・プレクルージョンという形で既判力のような効力が生じることがあるのです。ですから,米国で侵害訴訟が提起されて,その中で特許無効の抗弁が出されて,裁判所がそれについて判断をした場合には,特許の有効・無効は訴訟物になっていませんけれども,米国の訴訟法上は,イシュー・プレクルージョンという既判力のようなものが発生する可能性はあるだろうと思います。その米国判決の承認が日本で求められた場合にどの範囲で効力を認めるのか,これは議論があるところで,恐らくこれは外国判決の承認制度の根幹にかかわる問題だと思うのです。日本の判決に外国判決が変容するのだと考えれば訴訟物に関する判断だけなのでしょうが,外国判決が本来持っている効力をそのまま認めるのだと考えると,理由中で判断された特許無効の抗弁に対する米国裁判所の判断についても日本で既判力を認めなければいけないかどうかという局面はあり得ると思うのです。前回伺ったときは,それはもう解釈の問題だというのが事務局の整理だというように理解しておりますが,そこは変わらないということでしょうか。 ○佐藤幹事 変わりません。 ○山本(和)幹事 別の点でよろしいでしょうか。2ページの3の財産権上の訴えのところですけれども,従来,差し押さえることができる被告の財産に基づく管轄については,財産権上の訴えのうち金銭の支払の請求を目的とするものにずっと限定してきたと思うのですが,今回これを変えられたというのは,このただし書を入れれば濫用的なものは防止できるので一般に財産権上に広げてもいいというお考えなのでしょうか。私自身は,これが差押えの便宜のための管轄だとすれば,金銭給付訴訟に限定しておく中間試案のときの考え方でいいのではないかと今でも思っているのですが。 ○佐藤幹事 基本的に考え方を変えているものではないのですが,その点はまた検討させていただきます。 ○山本(和)幹事 もう1点,12ページの第8の保全命令のところですが,このように整理されることが大勢であれば私もそれでよろしいのですが,ただ,書き方の問題で,「係争物の所在地が日本国内にあるとき」となっていますが,ほかのところはみんな「所在地」を削って,不動産のところは「不動産が日本国内にあるとき」となっている。ここだけ「所在地」が残っているのは,民事保全法第12条第1項の書き方と変えないためにわざわざ残しておられるのか,単に消し忘れておられるのかというのがよく分からなかったのですが,ここは何かお考えがあると理解していいのでしょうか。 ○佐藤幹事 ここは民事保全法に「係争物の所在地」という文言があったことから残しているということですが,御指摘の点も含めて検討したいと思います。 ○山本(和)幹事 少なくとも,民事保全法第12条第1項よりも,(補足説明)の括弧の中にとられているような解釈が難しくなるような文言にはしないで,こういう解釈が同じように残るような形にしていただければと思います。 ○朝倉幹事 12ページにある(全体についての後注)の最高裁規則の関係です。これはもちろん最高裁が決めることなのですが,とはいえ,もともとこの法律のニーズがあって私どもの方はつくらせていただくということになるものですから,これももしかしたら次回御議論になるのかもしれませんが,今日のところで御意見が分かれているようだったので,できれば一定の,それに従うかどうか分かりませんが,少なくともこの部会としてのお考えが大勢はどちらの方に行くのかというところをある程度お示しいただいた方が,私どもとしては皆様の御意向に沿った規則をつくれるのかなと考えているところなので,そこのところがまず1点目です。それに関連して,先ほど古田幹事がおっしゃった8高裁に置くようなものというのは,民訴規則第6条ですと1か所に決まっているということとの関係上,個人的になかなか難しいのではないかなと思っているところもあるものですから,それが果たして部会の大勢なのかどうかというところと,それからもう一つ,山本克己委員がおっしゃった,移送の17条の規定をちょっと変形させたらどうかという御意見については,これはやるとすると多分法の問題ではないかと。規則の問題ではないとなると,規則では例えば東京都千代田区と定めておいて法を別につくるのかなと思うものですから,そこは規則に任せられても困るかなというところがあったものですから。この後注のところの話というのは,別に今日ではなくて,次回でも結構なのでございますが,どこかの段階で少し方向性を示していただけると有り難いと思っております。 ○山本(克)委員 移送のところはもちろん民訴法内でやるという前提で申し上げておりました。一つにした方がいいというのは,複数,特に八つもやってしまいますと,しょっちゅう移送しなければいけないという事態が考えられないわけではない。多くの場合は東京に起こしてくるでしょうから余り考えなくてもいいのかもしれませんが。ですから,私は,一つで始めて,移送で後処理するというやり方が望ましいのではないのかなと考えております。そういう例は,外国倒産処理手続の承認援助法も,東京地裁に専属管轄を認めた上で他の裁判所に移送する,ただ,著しい損害や遅滞を避けるために必要があると認められる場合には住所や事務所や営業所や財産の所在地を管轄するという形で移送先がある程度限定されているわけですけれども,ここでは限定しようがないというところが少し違うので,そこが難しいところかなとは思うのですけれども,類例がないわけではないということで,民訴規則第6条のような規定を置いた上で,法で移送というのを別途定めるというのはいかがかと考えています。 ○髙橋部会長 これも次回,皆さんの御感触を伺うことになろうかと思います。   ほかの点で結構ですが。―よろしいでしょうか。   それでは,次回について御説明を。 ○佐藤幹事 次回は,12月11日金曜日になります。恐らく,要綱案の第2次案という今日の議論を踏まえたものをお示しさせていただいて,御議論をいただくことになろうかと思いますので,よろしくお願いします。 ○髙橋部会長 それでは,次回またよろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。 -了-