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提言「21世紀における矯正運営及び更生保護の在り方について」

平成12年11月28日

(目次)

はじめに

第1章 矯正及び更生保護をめぐる諸情勢の動向

  1 戦後の歩みと犯罪動向

  2 21世紀に向けた諸情勢の動向

第2章 21世紀における矯正運営の在り方について

 第1節 21世紀における矯正処遇の基本理念
 第2節 成人矯正の在り方

 第3節 少年矯正の在り方

 第4節 法制度整備への取組

 第5節 社会との連携の促進

 第6節 質の高い矯正処遇のための基盤整備

第3章 21世紀における更生保護の在り方について

 第1節 21世紀における更生保護の基本理念

 第2節 効果的な保護観察処遇の推進

 第3節 仮釈放制度の適正な運用

 第4節 更生保護官署における人材確保と育成

 第5節 保護司制度の充実強化

 第6節 更生保護施設の充実強化

 第7節 社会との連携の推進

 第8節 法制度整備への取組

おわりに

 

はじめに

 当審議会は,昭和42年に発足し,第1回総会における法務大臣からの「犯罪者の社会復帰をはかるため,もっとも適切な方策如何」との諮問事項を受けて以来,その時々の矯正及び更生保護の制度の運営に関する重要事項について調査審議を重ね,これまで一部答申を2回,建議を6回行ってきたところである。

 しかし,時代の変革期にあり,各種の施策が見直しの対象となっている今,当審議会に求められていることは,施設内処遇と社会内処遇を一貫した犯罪者処遇の過程としてとらえ,種々の具体的施策を総合的な視点から見直した上,中・長期的な展望に立つ矯正及び更生保護制度の方向性を示すことであると考える。

 以上のような考えに基づき,昨年度から21世紀における矯正行政及び更生保護行政の在り方をテーマに審議を重ねてきた。本提言はこれらの審議結果を取りまとめたものである。

 本提言は,第1章で矯正及び更生保護をめぐる諸情勢の動向を概括した上,第2章において,矯正運営における基本理念や具体的施策の方向性を提示し,第3章において,更生保護における基本理念や具体的施策の方向性を提示する構成となっている。また,矯正及び更生保護の連携を前提とする施策については,できる限りその趣旨を示した上で,第2章及び第3章の中に盛り込んでいるほか,「おわりに」の部分においても総括的に取り上げている。ただし,両制度は密接に関連するものの,対象者,業務内容,基本的な処遇の在り方,職員の勤務条件,民間協力団体等において,それぞれ独自の領域を持つことから,各章の構成には若干の差異があることをあらかじめ御承知おき願いたい。本提言が21世紀における両制度の充実に寄与するならば,喜ばしい限りである。

 なお,当審議会は,平成13年1月6日をもって廃止されることとなり,33年に及ぶ歴史の幕を閉じる。当審議会は,矯正及び更生保護の運営上の重要問題を審議することによって,どちらかと言えば国民にあまり知られていない行政分野に国民の声を反映させるという役割を担ってきた。本来ならば,法務大臣から諮問がなされている以上,これに対する答申が適当であろうが,何分にも諮問全般に及ぶものとして網羅し得たと断言し得るものではなく,かつ,時間的制約もあったことから提言という形でまとめることとした。

 

第1章 矯正及び更生保護をめぐる諸情勢の動向

 

1 戦後の歩みと犯罪動向

 戦後の我が国は,社会,経済,文化などあらゆる面においてかつてないほどの大きな変動を経験している。国民生活の基盤となる日本経済を概観すると,昭和20年代半ばまでの戦後の混乱と経済的困窮,これに続く30年代の経済復興,40年代後半から石油危機やドルショックによる一時的な低成長とその後の安定成長,平成に入ってからのバブル経済とその後のバブル崩壊による景気の低迷という経過をたどっており,現在,日本経済再生のための様々な努力が行われている。

 このような変化は,この間の犯罪動向に大きな影響を及ぼしてきた。すなわち,20年代前半の経済的困窮・混乱期には,我が国がかつて経験したことがないほど凶悪犯や財産犯などの犯罪が増加している。30年代の経済復興期に入り,社会全般が落ち着きを取り戻したが犯罪は減少せず,その質においても凶悪化していった。40年代以降,驚異的な経済成長を背景に,国民生活は急速に豊かになったが,豊かさに伴う自動車交通の発達は交通事故による業務上過失致死傷事件を激増させ,また,貧困を原因としない物質欲,出来心からの窃盗も増加した。さらに,規範意識の低下や享楽的風潮の拡大を背景に,覚せい剤等の薬物事犯が増加した。一方,凶悪犯・粗暴犯は減少傾向にあり,昭和の終わりから平成の初めには,諸外国から最も安全な国の一つとの評価がなされるまでになったが,国際化の進展に伴って来日外国人による犯罪が増加し,また,近年に至っては,オウム真理教によるとされる未曾有の無差別大量殺人事件が発生するなど,社会の動向に呼応して犯罪も変化しつつある。

 少年非行に目を転じると,我が国は,昭和26年,39年及び58年をピークとする3つの大きな波を経験してきた。第1の波である昭和20年代の非行の増加は,敗戦による社会秩序の乱れ,経済的困窮等の社会的な混乱を背景とするものであり,特に窃盗及び強盗の増加傾向は著しいものがあった。第2の波である30年代から40年代の非行の増加は,少年人口の増加や我が国経済の高度成長期における工業化,都市化等の急激な社会変動に伴う社会的葛藤の増大等を背景とするものであり,殺人,強盗といった凶悪犯罪,暴行,傷害といった暴力犯罪の増加にその特徴を見出すことができる。第3の波である50年代以降の非行の増加は,豊かな社会における価値観の多様化,家庭や地域社会における保護的,教育的機能の低下,犯罪の機会の増大などの社会的諸条件の変化を背景にしており,非行の低年齢化,窃盗,横領等財産犯の占める割合や薬物事犯の増加がその特徴として挙げられる。そして,豊かな社会における問題が,一層昂進した結果,第4の波にあると言われる現在を迎えるに至っている。

 

2 21世紀に向けた諸情勢の動向

 21世紀を間近に控えた現在,経済面においては,様々な改革の試みが行われているものの,景気の低迷から完全に脱却しておらず,失業率も過去最高を記録し,社会面においては,少子高齢化,グローバル化,IT革命など,これまでにない大きな変化に直面している。このような社会経済状況の変化に対応するため,肥大化した硬直的な行政からスリム化した透明性のある行政へ,事前規制と協調の社会から競争と自己責任の社会へ,組織帰属から個の尊重へと,新たな国作りに向けた各種の改革が推し進められている。

 一方,今日の犯罪や非行の動向に目を転じれば,凶悪重大な犯罪あるいは特異な犯罪,暴力団による犯罪,覚せい剤乱用等の薬物犯罪が依然として後を絶たないほか,外国人犯罪,高齢者による犯罪も増加しつつあり,また,犯罪や非行にスリルを感じ,あるいはこれを好奇心の対象とするいわゆる遊び型,規範意識に乏しい甘え型非行とともに,罪の意識に乏しい衝動的な少年非行も高い水準にある。

 これらの犯罪,非行の背景として,急激な社会変化に伴う不適応者の増大,競争からの脱落者の出現など,今日の社会変動に伴い新たに生じた問題があげられる一方,戦後の我が国が,物質的な豊かさに向けて邁進し,消費社会を実現させる過程で生じた様々な問題があることも忘れてはならない。例えば,先にも触れたが,戦後の社会が形成される過程で,産業構造の変化,人口の都市集中が進み,相互扶助と濃密な人間関係に基づく伝統的な地域共同社会が徐々に崩壊し,家族や地域社会における人間関係が希薄化している。人間関係の希薄化は,青少年にとって,大人になっていくために必要な自立心や社会性,規範意識や耐性等が十分に育まれないという事態を引き起こしており,家庭,学校,地域における教育機能を低下させ,次代を担う青少年の健全な育成に深刻な影響を与えるとともに,生命の尊厳を軽視する風潮が生じる要因ともなっている。

正確な予測は困難であるが,以上のように,犯罪,非行の発生を助長する諸要因を見ると楽観できる状況にはなく,現在の犯罪,非行の動向は今後も続くものと思われるのみならず,サイバーテロなど科学技術の進歩に伴う新たな犯罪,さらに,近年の情報環境の激しい変化のもとに,従来見られなかった新しいタイプの若者や,価値観,規範意識が混乱し,心のゆがんだ少年少女たちによる,特異重大な犯罪,非行の発生も懸念される。

このような情勢の下,矯正の分野においては,矯正施設における高率収容や処遇困難者の増加傾向が続くものと思われるが,その中でも,外国人被収容者,高齢受刑者,精神的な問題を有する被収容者の増加が一層深刻になってくることが予測される。また,更生保護の分野においては,保護観察新受件数の増加,中でも処遇に特別な配慮や工夫を必要とする事件の増加が予測される上,地域社会における人間関係の希薄化等により地域の理解と協力を得ることがますます難しくなると思われる。

 さらに,近年,少年非行の現状等を背景として矯正や更生保護を含む刑事司法への社会的関心と期待が高まり,また,犯罪による被害者への配慮とその保護を求める声も大きくなっている一方,行財政改革の推進に伴いより少ないコストでより高い効果を発揮することが求められるのであり,21世紀における矯正運営や更生保護は,こうした諸情勢を踏まえ,効果的な犯罪者処遇に取り組む必要がある。

 

第2章 21世紀における矯正運営の在り方について

 

第1節 21世紀における矯正処遇の基本理念

 

 欧米先進国における成人矯正の分野においては,いわゆる「公正モデル」等といわれる反社会復帰思想,すなわち,「犯罪者に対し単に応報として,あるいは社会からの隔離の手段として刑罰を科すべきである」との思想について議論され,本思想に基づく制度を取り入れた国々もあったが,我が国においては,これまで一貫して社会復帰思想を基本理念とする実務運営がなされており,これが国民にも受け入れられてきた。

 このことを踏まえると,21世紀における我が国の矯正は,引き続き社会復帰思想を維持し,被収容者の人権を尊重しつつ,収容の性質に応じた適切な処遇を行うこと,すなわち,

 i 受刑者にあっては,刑務作業と教育活動との調和を図りつつ,その者の資質及び環境に応じ,その自覚に訴え,改善更生意欲の喚起及び社会生活に適応する能力の育成を図ることを旨とする処遇を行うこと,

 ii 未決勾留者にあっては,逃亡及び罪証の隠滅を防止するとともに,その防御権を尊重しつつ,未決拘禁に付された者としての法的地位に応じた適正な収容生活を確保するような処遇を行うこと,

 iii 少年院送致となった非行少年にあっては,個々の少年の特質や問題性を考慮し,その教育上の必要性に対応する処遇類型を設け,個別化した処遇を行うこと,

 iv 少年鑑別所においては,身柄の保全のみにとどまらず,観護処遇の副次的な効果である健全育成に資する機能にも着目した処遇を行うこと,

さらに,これらを一歩進め,

 v 社会復帰後の自立を促進するため,人間尊重と社会連帯を基本とした処遇を実践すること,

 vi 被害者の立場に配慮するとの視点に立った処遇を行うこと,

を積極的に推進し,矯正に与えられた使命を全うしなければならない。

 前章に示したとおり,来るべき21世紀における成人矯正及び少年矯正をめぐる諸情勢には決して楽観を許さないものがある。しかし,矯正は,いかなる状況にあっても,この基本理念の下,時代の動きに即応した創造的な施策を実現するとともに,国際社会の中で指導者たる地位を確立し,必要な国際貢献を行っていくことが期待されている。

 21世紀における成人矯正及び少年矯正においてその実現を目指すべき事項を挙示すると以下のとおりである。

 

第2節 成人矯正の在り方

 

1 受刑者処遇の原則

 成人矯正において,社会復帰思想の下に処遇を実施していくためには,「処遇の個別化の推進」及び「分類制度の充実」を図ることを基本施策として,以下のような各種処遇を展開するとともに,受刑者個々の有する問題性に応じた矯正処遇を実施していくことが必要である。

(1) 処遇の個別化の推進

 成人矯正施設においては,受刑者の一部を対象に「個別的処遇計画」が策定され少年院に類した処遇が実践されているものの,その他の多くの受刑者については,現在のところ,分類制度とそれを補うような形で充実が図られている「処遇類型別指導(問題性に応じて集団を編成し行う指導)」の中で個別化が進められるに留まっている。

 この背景には,「個別的処遇計画」の策定に当たるべき心理学,教育学等の専門知識を有する職員が絶対的に不足しているという問題があるが,個々の受刑者が有する問題性を的確に把握し,それぞれのニーズに応じた処遇を実施するための「個別的処遇計画」を策定することは,成人矯正施設における処遇の個別化を推進するための出発点であることから,問題点を早急に整理した上,その導入に向けての検討を進めることが必要である。

なお,計画の有効性を担保するためには,受刑者個人の達成度を評価するだけではなく,計画自体の見直しのための評価を科学的な知見に基づいて適宜実施していくことが必要である。

(2) 分類制度の充実

ア 分類精度の向上

 適切な処遇決定を行うためには,対象者の全人格を正しく認識することが必要である。このため,矯正においては,近年,最新の行動科学の研究成果等を踏まえ,法務省式人格目録,法務省式態度検査,法務省式運転態度検査の改正・開発作業を行っているほか,新たな心理検査の開発に着手するなど,分類精度の向上に努めているが,今後は,行動科学上の研究成果だけでなく,各種の科学的な知見を取り入れ,また,脳診断をはじめとする最新の医療診断技術等も活用して,分類精度の向上に努めることが必要である。

イ 処遇の個別化に対応した分類

 現行の受刑者処遇は,個々の受刑者の持つ問題点を明らかにするための科学的調査,その結果に基づいて立てられる処遇計画,その計画を効率的に実施するための適切な集団編成及び各集団に応じた適切な処遇の実施という基本構造を有する。

 本制度を充実させることは,今後矯正が目指すべき「個別的処遇計画」に基づく処遇の個別化の前提となるが,現在のところ,生活指導を重点的に実施すべきとする処遇分類級(G級)に大半の受刑者が分類されており,必ずしも適正な集団編成が行われているとは言えない状況にある。

 したがって,「G級」など処遇の重点目標に応じて設定されている処遇分類級を多様化するなどの観点から,現行の分類制度を見直し,教育や治療を十分に行い得る適正規模の集団編成を実現していくことが必要である。

 なお,成人矯正施設では,多数の被収容者を少数の職員で適正に管理する必要があり,各被収容者を一集団として公平かつ公正に扱う集団管理的な側面があることは否めない。ただし,分類制度の見直しにより適正規模の集団編成を行えば,各類型ごとの集団管理の在り方についてより細かな気配りが可能となり,ひいてはそれが処遇の個別化の推進に寄与するものと考えられる。したがって,今後,集団管理の在り方に関する観点からも処遇の個別化について検討することが必要となる。

ウ 情報の共有化

 成人矯正施設においては,被収容者の収容に関する情報を一冊にまとめた帳簿を施設間で引き継ぐことにより,情報伝達を行っているほか,以前の受刑時の同様の情報もすべて引き継がれ,また,必要に応じて,少年時の非行の記録である「少年簿」も活用されている。これらはいわば個人のデータベースとして貴重なものであり,分類精度の向上にも大きく寄与しているものと考えられる。

しかし,これらの情報が伝達される範囲は,矯正部内のみに留まっており,また,分類調査に寄与すると考えられる公判段階における各種の資料がすべて,検察庁等から送られてくるわけではない。コピーの低価格化,情報の電子化が進んでいる現状においてでさえ,関係機関間ですべての情報がもれなくやりとりされていないという現状が見受けられる。

今後は,個人情報の保護に配慮しつつ,分類制度,ひいては受刑者処遇全般の一層の充実のため,これらの情報の流れを良くし,必要に応じて対象者個人の情報データベースを共有化していくことが望まれる。

 

2 教育的働き掛けの多様化

 成人矯正施設における各種の教育活動は,受刑者の改善更生及び社会復帰にとって重要な役割を果たしているが,処遇の「個別化」を推進するためには,それぞれの受刑者に最も妥当な処遇を適用することができるよう,教育的働き掛けを多様化させる必要がある。

(1) 処遇類型別指導を中核とした教育プログラムの拡充

 成人矯正施設においては,個々の被収容者が抱える問題性に応じた集団を編成した上で,各種の指導を行う処遇類型別指導が実施されている。種別としては,覚せい剤乱用防止教育,酒害教育など,矯正局指導の下に充実が図られているもののほか,各施設が受刑者の特性に応じて独自に設定,試行しているものがあり,それぞれについて,指導内容充実のための調査研究が進められているところである。

 本指導については,相応の成果が認められることから,今後とも,処遇類型別指導を教育プログラムの中核として位置付け,その内容の充実に努めるとともに,受刑者の質的変化やニーズの多様化に即応できるよう,教育プログラムの拡充を図るよう努力することが必要である。

(2) 処遇形態の多様化

 現行の処遇は,施設内における職員の監視下での処遇を前提としているが,処遇の個別化を推進するに当たっては,個々の受刑者のニーズに応じた処遇形態について検討することが必要である。例えば,家族や雇用主との関係が保持されており,犯罪傾向が進んでいない受刑者の場合であれば,職員の監視下に置かず,直接社会の実情に触れさせ,また,自らの主体的な努力によって釈放後の社会生活に必要な条件整備を行わせることも有効であると考えられる。

 現行監獄法下では,外出,外泊,外部通勤など,処遇の場を職員の監視のない社会内に置き,自主的に行動させるといった処遇は実施できないが,今後は,このような実情を視野に置いた上,受刑者の処遇形態について多様化が図られていくよう,監獄法の改正を念頭に置きつつ検討を進めていくことが必要である。

(3) 犯罪被害者やその家族の視点を取り入れた教育の実施

 現在,犯罪被害者の救済が社会の中で大きく取り上げられているが,被収容者にとって,自らの犯罪の被害者やその家族が受けた苦痛,直面している困難などについて知ることは,社会復帰への第一歩であると考えられる。しかし,現実の処遇場面においては,受刑者の心情安定に配慮するあまり,被害者等の心情や自らの犯罪がもたらした被害について考えさせるための働き掛けが十分ではないように見受けられる。

 したがって,今後は,犯罪被害者やその家族の視点を取り入れ,一部の施設で実施されている犯罪の重大性や罪責を認識させる指導を発展させていくとともに,命日供養をはじめ,被害者等の了解が得られた場合の手紙の発信,作業賞与金や領置金の送付等,具体的な慰謝につながるような行動を組み込んだ新たな教育プログラムを開発・実施していくことが必要である。

 

3 刑務作業における職業訓練の充実

 安定した就労は,一般の社会生活のみならず,受刑者の改善更生及び社会復帰にとっても不可欠であることから,今後も引き続き就業の確保に努め,刑務作業を適正に維持していくことが必要である。分けても職業訓練は,受刑者自身のために職業的知識及び技能を付与するという性質を有しており,21世紀に向けて積極的に展開すべき施策の一つであると言える。

 しかし,近年,高齢受刑者等の増加により訓練適格者が減少し,また,訓練適格者や受講希望者であっても,残刑期の関係で訓練の応募基準を満たすことができず,結果的に訓練を受けられないまま出所する受刑者が大半を占めている。

 このような状況にかんがみ,より多くの受刑者に職業訓練を受講させるため,短期間に技術を身に付けさせ,出所後の社会復帰に役立たせる就職支援コース科を開設するなど,事態打開に向けての新たな取組が進められていることは評価できる。今後は,さらに,以下の諸点に留意し,職業訓練の一層の効率的,合理的な運営に努めることが必要である。

 i 訓練を施設内だけで完結させようとするのではなく,社会内での継続訓練の実施も視野に入れた訓練方法の導入を検討する。

 ii 訓練種目については,常に社会に目を向けつつその見直しを行い,労働需要及び訓練対象者に応じた種目への刷新を図る。

 iii 高齢受刑者などこれまで訓練対象とならなかった者も対象とするなど,訓練種目の新設とともに,職業訓練対象者の拡充を検討する。

 iv 刑務作業を実施する中で行う訓練や社会的需要の高い作業種目に関する短期導入訓練など,刑務作業を活用した訓練を実施し,併せて刑務作業の充実を図る。

 v 社会復帰後,就労を安定させることが最も重要な課題となると考えられることから,コミュニケーションスキル向上のためのプログラムなど,職場定着と就労維持を目的とした処遇を準備し,その充実を図る。

 

4 保安警備体制の充実・強化

 各被収容者の収容目的に応じて拘禁を確保することは,矯正に求められた基本的な使命であり,また,適正な身柄の確保があってはじめて,改善更生及び社会復帰のための処遇が可能となる。以下に保安警備に関する施策の方向性について述べていくこととする。

(1) 血の通った処遇と機械化との調和

 我が国の成人矯正施設においては,各工場を担当する職員が受持ち受刑者を適時に個別指導をしながら集団を管理する「工場担当制」を採用し,職員と受刑者の人間関係を基盤にした適切な指導,管理体制が確立されている。一方では,監視用カメラ,非常通報装置,無線機,侵入防止センサー等の警備機器を連動させ,一括管理する監視体制の構築,その他最新保安警備機器の導入など,保安警備の機械化による直接的かつ有効な保安対策が講じられている。その結果,定員超過や多数の処遇困難者の収容など種々困難な問題に直面しているにもかかわらず,各施設ともおおむね平穏な状況で推移している。

 したがって,今後とも保安警備の機械化を図って,現在の保安警備体制を一層確実なものにする一方,その中で,「工場担当制」に見られる心情把握機能や相談的機能を生かしていくことにより,血の通った処遇と機械化による調和の取れた保安警備の推進に努めるべきであるが,その際,警備は第一義的に人が行うものであることを念頭に置き,機器を過信することなく,保安警備に当たることが必要であることを忘れてはならない。

(2) 過剰拘禁への備え

 不安定な社会情勢が持続する中で,現在,被収容者は増加し続けており,今後とも比較的高い収容率のまま推移することが予想される。一方では,行政のスリム化が進み,政府全体の計画に基づいた公務員定数や予算の削減が実施されており,施設の新設や職員の増員は望めない状況にある。

 現在のところ,矯正においては,収容区分及び管区外移送区分を見直すことにより,各施設の収容人員を調整して,過剰拘禁を解消するとともに,各施設における処遇の質的低下を防止しているが,大都市圏の定員超過を解消するために行った収容調整によって,地方の施設においても収容率が高水準で推移するようになり,本方策は限界に達しつつある。

 今後は,各施設の共通業務を集中処理することによる処遇関係部署への人員の振り分け,職員の錬成度向上による警備力の増強などによって,処遇の質的低下を防止する努力を行う一方,職員の増員及び施設の機能維持のための増築を行うことができるよう関係官庁等への働き掛けを並行して行う必要がある。

 なお,自宅監視システム(例えば,発信器を内蔵したブレスレッドを手首等に装着させてその居所を電子的に明らかにすることにより,刑務所等の施設に収容することなく,刑の執行を受けさせるための監視システム)が,諸外国では著しい過剰拘禁を緩和する方策として導入されているので,その導入状況についての調査・研究を行い,将来の変化に備えることも必要であろう。

 

5 特別な配慮を要する受刑者処遇の充実

 現在,成人矯正施設内においても高齢化や外国人の増加が進んでいるほか,精神障害者が出所後再犯に至ることも少なからずあるように見受けられる。また,長期間受刑生活を送った者はいわゆる指示待ち人間になり,社会への再適応が困難になりがちである。したがって,これらの受刑者に対しては,改善更生及び社会復帰のための処遇を実施するに当たって,特別の配慮が必要である。

(1) 高齢受刑者

 高齢者に対しては,現在のところ,個々の健康状態に応じて健康診断の検査項目を増やしたり,給食内容の変更を行うなど,健康管理を中心とした指導がなされている。

 今後も高齢者の増加が予想されることから,現時点において,一箇所に集めて拘禁することの是非,収容居房の在り方,疾病の早期発見,早期治療,介護の在り方,高齢者福祉に対する知識の付与,生きがいを持たせる教育など,高齢受刑者の処遇に関し多角的な検討を行っておくことが必要である。

 特に,高齢受刑者の釈放には種々の困難を有する事例が多く,引受人がいない場合のいわゆる「受け皿」の開拓に苦慮している状況が見受けられるので,社会福祉制度の中で高齢受刑者の社会復帰をどう位置付けるのか,関係機関との協力関係をどうするのかなど,社会復帰後の処遇の在り方について検討を深めるべきである。

(2) 外国人受刑者

 外国人受刑者は多国籍化しており,それに伴い言語,習慣,生活様式等も多様化している現状にあるが,「処遇の個別化の推進」を図る以上,これらの受刑者についても個々の人権に配慮しつつ,改善更生及び社会復帰を目的とした個別的,教育的処遇の推進に努めることが必要である。

 しかし,我が国の受刑者処遇の基本は,「工場担当制」に見られるとおり,職員と受刑者との十分な意思疎通に基づく信頼関係の構築にあると言っても過言ではなく,その上に,各種の働き掛けが実施されているため,日本語を解さない者の処遇には限界がある。

 現在,外国人受刑者については,刑務所内での意思疎通が図られるよう,可能な範囲において日本語教育が実施されている。しかし,その後の改善更生及び社会復帰に向けた教育的働き掛けを実施するに当たり,出所後多くの者が国外退去強制になることを考慮すると,各人のニーズだけではなく,各国の事情も考慮する必要がある。したがって,今後は,退去強制後を見据えた教育的な働き掛けについて,大使館等関係機関との連携の中で検討していくことが必要になると考えられる。

(3) 精神障害を有する受刑者

 近年,成人矯正施設の新収容者に占める精神障害者の割合は,約4パーセントで推移している。これら精神障害者については,適切なスクリーニングと,受刑者個々に応じた治療を実施する体制の整備が必要である。

 現在,矯正においては,医療機能の集約化・高度化・専門化を図る「医療センター」を整備するための検討作業が進められているほか,精神科医の配置推進への努力が行われているが,これらの施策が軌道に乗れば,矯正施設内の精神障害者に対する医療は一層充実することであろう。

 しかし,矯正施設内においてある程度回復してはいるが,治療の途中で満期出所する者の場合,社会内において治療を継続しなければ,症状が悪化して再犯に至ることも予測できる。治療継続のためには,「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」による通報制度等,社会内における治療及び精神障害者社会復帰に関わる制度を積極的に活用することが必要である。

 なお,今後,精神障害を有する受刑者の処遇を一層充実させていくためには,高齢受刑者の場合と同様,社会福祉制度全般における位置付け,関係機関との協力体制の在り方等について検討していくことが重要である。

(4) 長期受刑者

 成人矯正施設では,規律秩序を維持するための集団処遇が受刑生活の重要な部分を占めているため,被収容者は指示を待つ場面が多くなりがちであるが,矯正施設からいったん出所すれば,自らの人生を自ら切り開いていく立場に立たされる。その際,自主性がかん養されていなければ,社会適応がおぼつかず,生活を容易に破綻させてしまうことが危ぐされる。特に,社会情勢の目まぐるしい変化や科学の発達に伴う日常生活への新たな機器の導入状況を考慮すると,今後はこのような傾向が一層促進されるであろう。

したがって,更生保護との連携を強化して円滑な社会復帰を促すとともに,長期受刑者の資質等を勘案しつつ,以下により施設内生活を社会生活に近づけていくことが適当である。

 i 処遇の個別化を推進する中で,特に処遇段階に応じて行動規制を緩和する仕組みを導入し,自主的に判断,行動する場面を増やす。

 ii 外部,特に帰住予定地周辺に関する情報について,施設の規律秩序の維持に支障が生じない限り提供するよう努める。

 iii 施設内では各種の電子機器等を取り扱わせるなどして,出所後の社会生活に支障を来さないように配慮する。

 iv 収容場所の分隔又は分界は当然必要であるが,異性の職員が就労している場面を見せることなどを通して,施設内が完全に男性社会又は女性社会にならないよう留意する。

 

6 各種処遇に係る効果の検証

 処遇の個別化を推進した場合,各人各様の計画に基づく多彩な処遇が実施されることになるが,これらを発展させ,より有効性の高いものとするためには,個別的処遇計画の適否だけではなく,個々の処遇種目の効果を検証していくことが必要である。現在のところ,分類再調査において受刑者の変化は総合的,継続的に確認されているが,今後は,本調査に留まらず,各種処遇を実践する中で,科学的な視点からその効果について調査,研究を行うほか,再入者に関する調査を行うことにより,その実効性を高めていくことが必要である。

 また,処遇効果の検証のための調査,研究に当たっては,矯正と更生保護が一体となって実施することが望ましい。

 

第3節 少年矯正の在り方

 

1 少年院における処遇の充実

 少年院では,非行少年の社会復帰を図るため,分類処遇制度を基盤として,個々の少年に対する具体的,実践的な教育計画である「個別的処遇計画」が策定され,個々の少年の必要性や特性に応じた多彩な教育が実施できるよう配慮されている。

 しかし,社会の変化を背景として少年非行は深刻化している現状にあり,少年院内では,年齢相応の共感性や対人関係の結び方が身に付いていない,いわゆる未熟な少年たちが増え,担当する教官との信頼関係を築いたり,自己の問題に目を向けたりすることができないため,処遇に困難が生じるケースも少なくない等の変化が生じている。

 少年矯正においては,これまでも社会復帰思想の下に処遇を実施してきたところであるが,その時々の少年の変化に適切に対応し,精神的,社会的成長を促していくためには,以下の諸点に配意しつつより一層少年個々の有する問題性に即応したきめの細かい矯正教育が実施できる体制を整えていくことが必要である。

(1) 個々の少年に応じた処遇の充実

ア 各種資料の有効活用

 少年院では,審判の過程における各種の資料,少年鑑別所から送付される少年簿,保護者照会による情報などを基に「個別的処遇計画」の策定に当たっている。また,近年,新入時アンケートの標準化作業が進められるなど,少年院独自の資料収集方策について検討が始められているほか,「個別的処遇計画充実化研修」が実施されるなど,少年個々の問題に応じた処遇を推進するための努力が払われている。

今後とも,各種資料を有効に活用することにより,少年の持つ人格上の問題,社会生活上の問題等を総合的かつ的確に把握して計画を策定するとともに,少年院の処遇の中で得られた情報を基に,計画を弾力的に見直し,常に有効な個別的処遇を推進していくことが必要である。

 なお,作成された資料については,家庭裁判所,少年鑑別所,少年院,保護観察所の間で的確に引き継ぐことにより,十分に活用されるようにする必要がある。

イ 収容期間の弾力化

 少年院の収容期間は,少年院長が少年に対する矯正教育の必要性に応じ柔軟に運用できることとなっているが,今後とも少年個々の非行性の除去,問題点の解消の程度等を見極めながら,一層の弾力化を図っていくことが必要である。

 なお,収容期間を弾力化するためには,個別的処遇計画をより柔軟に見直すことができる体制を整えること,教育課程及び基本的処遇計画を収容期間の弾力化の観点から見直し,少年個々の問題性に見合った期間設定によって,個々の教育的働き掛けが実施できる体制を整えることなど,必要な見直を行っていくことが必要である。

ウ 効果的な処遇の組合せ

 少年院では,「個別的処遇計画」に基づき,在院者と教官個対個の関係を重視して個別に働き掛ける処遇と,社会関係等を学ばせるために集団で実施する処遇とを組み合わせ,処遇を展開している。

 今後とも,個々の少年の問題性に応じ,これらの処遇を適切に組み合わせていくことが,処遇の充実に寄与すると思われるので,より効果的な組み合わせの在り方について検討を進めることが必要である。

(2) 教育の多様化

ア 各種処遇技法の導入

 少年院では,社会的スキルを学ばせ,行動のレパートリーを広げさせるための訓練プログラムとして,SST(社会適応訓練)を積極的に実施しているほか,カウンセリングや感受性訓練などの心理療法をその処遇の中に導入し,相応の成果をあげている。

今後とも,既に導入されている処遇技法に関する研究及び研修を実施するとともに,精神医学,病院臨床等の現場で導入されている処遇技法のうち,少年院において活用可能と認められるものについては,実情に応じたアレンジを行った上,カリキュラムに取り入れ,教育の有効性を高めていくことが必要である。

イ 犯罪被害者やその家族との関係修復に向けた処遇

 少年院においては以前から犯罪被害者の視点で自らの非行を見つめさせたり,犯罪被害者の問題を一般化して考えさせたりする指導を行っているが,最近では,被害者及びその家族等に謝罪する気持ちを育てることを主眼に置いたしょく罪教育を組織的,系統的に展開するなど,被害者を念頭に置いた教育に積極的に取り組んでいるところである。

 しかし,少年院被収容少年の場合,比較的短期間の収容の後仮退院し,非行を行った地域において社会内処遇に移行する場合が多いので,被害者と直接接する機会が生じやすい。また,非行少年の中には,被害者との関係を修復させた後に,立ち直りに向けた教育を受けていきたいとの気持ちを有する者もいると思われる。

したがって,少年院においては,少年の側に被害者への罪責感が生まれた段階で,被害者に対する手紙を書かせるといった少年の主体的で積極的な関係回復への行動を援助するための処遇を行っていくことが必要である。

 ただし,その前提として,被害者に無用の負担を与えることのないよう,被害者の側の思いや感情を考慮することが必要であり,保護関係機関をはじめ,少年事件の処理に携わる諸機関との協議を重ね,より効果的な処遇の在り方について検討した上で実施に移すことが適当である。

ウ 人生設計を念頭に置いたプログラムの導入

 少年院においては,具体的な生活資源や本人の進路希望等を踏まえた上,出院後の生活設計の策定に焦点を当てた教材を開発して,将来的な展望を持たせる指導を実践している。今後は,それを一歩進め,個々の少年が自発的に構築した人生設計に基づき,治療・快復プログラムを設計,実践することを検討すべきである。

エ 保護者に対する働き掛けの充実

 従来,保護者に対する働き掛けは,保護者会,各種行事への保護者の参加,家庭寮を活用しての保護者面会等の場において行われてきたが,保護者の協力を前提にしなければ働き掛けることができないため,十分に実施されていたとは言い難い。

 しかし,少年にとって出院後の家族の在り方は自らの改善更生及び社会復帰に大きな影響を与えるものであり,また,少年院への収容は保護者と少年とがお互いに関係を見つめ直す良い機会であることから,今後は,家族参加型の処遇を一層推進する中で,保護者等の家族に対し積極的に働き掛けていくことが必要である。

それとともに,一方では少年の自立を促す働き掛けを行うことも必要であり,保護者に対する働き掛けを行う際には,家族全体の個別的事情を考慮した上で,家族共助型の処遇を行うのか,自立型の処遇を行うのか,十分に検討することが必要である。

(3) 処遇効果の検証

 少年院においては,これまでの枠組みに従い,今後とも各少年院において策定されている「教育課程(カリキュラム)」に沿って,処遇課程等ごとに処遇内容の特色,教育目標等をまとめた「基本的処遇計画」を立案するほか,「個別的処遇計画」あるいは指導案を作成することが基本になると考えられる。

 現状において,「教育課程」は,編成,実施,評価,再編成というサイクルで運用され,その有効性が高められているが,今後とも改善に向けての努力を継続していくことが必要である。さらに,教育課程に取り入れられた個々の処遇技法等については,どのような対象者にどのような働き掛けが有効であるかなど,その処遇を実践する中で得られた各種の情報を科学的に分析,研究することにより,有効性を高めていくことが必要である。また,再入者に関する調査については,矯正において処遇効果を検証するには有効な手段の一つであるので,併せて実施することが適当である。

 なお,処遇効果の検証のための調査,研究に当たっては,矯正と保護が一体となって実施することが望ましい。

 

2 少年鑑別所における鑑別及び観護処遇の充実

 最近の少年非行について見ると,凶悪・重大事件が続発し,少年個々の問題が複雑・多様化するなど,過去に例を見ないほどの急激な変化が生じている。

 このような情勢を踏まえ,少年鑑別所が与えられた使命を全うするためには,鑑別精度を向上させるための不断の努力を行うこと,非行少年の健全育成の観点から積極的な観護処遇を推進していくことが必要である。また,少年院における個別的処遇を一層実効あるものとしていくために,少年鑑別所の有する鑑別機能,処遇指針立案機能,処遇効果の検証機能を充実させ,適当な援助を行っていくことが必要である。

 以下に配意すべき諸点について具体的に列挙することとする。

(1) 鑑別精度の向上及び処遇に資する鑑別の実施

ア 科学化の推進

 成人矯正施設における分類精度の向上の部分で述べたとおり,矯正においては,従来の法務省式テストを改訂し,また,新たなテストの開発作業を行うなど,鑑別精度の向上に努めている。今後とも,成人矯正施設における場合と同様に,これらの作業を進めるとともに,最新の医療診断技術や各種の科学的な知見の導入を検討し,鑑別における一層の科学化を推進していくことが必要である。

イ 非行事実調査の充実

 非行性認定の信頼性,妥当性を向上させ,少年個々に対する処遇決定を適正に行うためには,非行事実を的確に把握することが必要であることは言うまでもない。また,近年,非行事実を争う事例等が増加していることに伴い,少年法改正論議では,審判における事実認定手続の一層の適正化が大きな論点となっていることから,今後は,少年鑑別所における非行事実に係る調査の在り方が問われることになろう。

 現在,少年鑑別所においては,家庭裁判所調査官と担当事例について検討を行っているほか,必要に応じて少年保護事件記録を閲覧し,非行事実の的確な把握に努めているが,今後は,より円滑な情報収集を行うことができるようその制度化についても検討することが必要であると考えられる。

ウ 意図的行動観察の充実

 意図的行動観察は,ロールプレイング,集団討議など意図的・操作的に設定された場面において行う行動観察であるが,面接や心理検査では把握が困難な具体的な行動様式や自己表現を見極める上で有効な手段であるとされており,特に,鑑別精度の向上だけではなく,処遇に寄与するという面でも注目できるものである。

 矯正においては,行動観察に関する執務マニュアルがすでに作成されており,各施設はこれを参考にしながら個々の施設事情に応じた意図的行動観察の充実に努めているが,今後とも,実施方法やその評価の在り方について創意工夫を凝らし,鑑別やその後の処遇に資する意図的行動観察を実施していくことが必要である。

エ 収容鑑別の結果の検証

 収容鑑別の結果の検証は,主に少年院に送致された少年の再鑑別の機会を利用して行われているところであるが,定期的,継続的な再鑑別の制度が確立されていないため,鑑別の妥当性や処遇効果の検証が十分に行われているとは言えない状況にある。

 今後は,少年院との連携体制の強化に努め,再鑑別を計画的に実施すること,個別的処遇計画の作成及び見直しへの支援に積極的に取り組むことなどにより,少年院での処遇状況を適切に把握するとともに,処遇効果を検証していくことが必要である。

 なお,検証結果を実務にフィードバックすることにより,鑑別の妥当性及び信頼性の向上を図ることが併せて必要になると考えられる。

(2) 観護処遇の充実

ア 自己を省みさせる処遇の実施

 少年鑑別所では,被収容少年の身柄を適正に確保し,これを保護するとの観護処遇の目的に沿って,少年がこれまでの自分を省み,保護的な働き掛けを受け入れようとする環境を醸成するための各種の処遇が行われている。したがって,職員の働き掛け等が,少年の健全育成に資する副次的効果を生む場合もあり,この機能に着目した上,個々の少年に対して自己を省みさせる処遇を実施することは有意義なことである。

 ただし,被収容少年が審判前の身分である以上,積極的に働き掛けることが適当でない場面もあり得るので,その働き掛けの在り方については,検討を重ねる必要がある。

イ 学習機会の付与等

 現在,少年鑑別所では,義務教育就学年齢の少年に対し保護者や学校からの教科書等の差し入れを許可し,自習方式で学習させているほか,必要に応じて観護教官による助言・指導が行われている。また,義務教育就学年齢を超えた少年に対しても同様の配慮が行われているところである。

 しかし,施設として見た場合,学習教材は必ずしも十分に整備されておらず,各種教員免許を有する職員や部外の協力者による教育体制も整えられているとは言い難い。また,半数近くの少年は保護観察処分により少年鑑別所から直接社会内へ出て生活していくことになるが,進路選択に関する情報の提供は十分に行われていないことがうかがえる。

 折しも少年法改正議論の中で一部の少年については,観護措置期間の延長が考慮されているところであり,今後は,個々の少年の希望に沿って学習機会を付与し,あるいは進路選択に関する各種の情報を提供することができるよう,便宜供与体制を強化しておくことが必要である。

(3) 心理分析センターとしての役割

 今後,矯正施設においては,「個別的処遇計画」に基づく処遇の個別化が推進されるべきであるが,そこで求められるのは,分類機能及び評価機能の強化であろう。この個別的処遇計画の作成に当たっては心理技官が重要な役割を果たすことが考えられるが,各処遇施設すべてに,心理技官を配置することは困難である。

 したがって,今後は,矯正施設において,より充実した分類,評価を実施するため,その地域に設置されている少年鑑別所に心理分析センターとしての機能を付与し,他の矯正施設との共助体制を強化していくことが必要である。

 なお,成人矯正施設との分類共助を積極的に実施することにより,担当者である心理技官は,非行少年だけでなく,成人犯罪者への理解を深めていくことができることから,本施策の推進により,本来の業務である少年の資質の鑑別の質的向上も図られるものと考えられる。

 

第4節 法制度整備への取組

 

1 新たな成人矯正法制の整備

 成人矯正は,監獄法を基本法として,関連省令,訓令,通達等から構成された法体系の中で運営されているが,21世紀に向け,すでに時代遅れとなった監獄法や関係する省令等の改正を行うべきであり,また,受刑者移送といった新たな制度の導入について検討することも必要となろう。

 以下にその具体的な内容について述べていくこととしたい。

(1) 監獄法の改正

 現行監獄法は,明治41年に制定されて以来,実質的な改正が一度もなされていないため,その内容,形式ともに時代に適合しなくなっていることから,法務省では,新たな監獄運営の基本法である刑事施設法案を昭和57年を皮切りに3度にわたり国会に上程したが,いずれも廃案となり,その後目立った進展は見られないままであった。本年度になり,新たな動きとして受刑者処遇に議題を絞った形で,日本弁護士連合会との意見交換を始めていることは評価できるが,現時点においては,具体的な改正作業に向けての話し合いを行う段階には至っていない。

 ところで,本刑事施設法案には,被収容者の権利保障の拡大,権利義務範囲及び制限根拠等の明確化,生活水準の保障,医療等の施策の充実,刑務官の職務上の権限の明確化など,被収容者の人権に関する基本事項のほか,自発性・自主性の尊重を基本原則とした社会復帰・改善更生のための受刑者処遇の在り方についても定められている。

 我が国の被収容者処遇は,すでに国際的な水準に達していると認められるが,被収容者の人権に関する事項を基本的な法律に明確に定めておくことは,国際社会だけではなく我が国国民から,矯正に対する信頼を勝ち得るための条件である。

 したがって,現在の刑事施設法案の趣旨に添った監獄法の改正が是非とも待たれるところであり,今後も以下の諸点に留意しつつ改正問題に取り組んでいくことが必要である。

 i 現在行われている日本弁護士連合会との勉強会の場を活用するなどし,今後の受刑者処遇の在るべき方向等について検討を深めていく。

 ii 刑事施設法案成立のためには,同法案の将来性や方向性を国民に示し,その理解を得つつ,世論を盛り上げていくことが必要であり,広報活動の活発化を図る。

 iii 21世紀の処遇を実現するためには,監獄法の改正が必要不可欠であり,刑事施設法案の成立に向けて,再度内容の見直しを図るとともに,関係機関との協議を踏まえつつ,今後の法案の取扱いについて検討を進めていく。

 なお,監獄法改正までの間は,現在行っている省令・訓令・通達等の発出により法律の不備を埋め,本提言の内容の実現に向けた最大限の努力を行っていくことが適当である。

(2) 行刑累進処遇令の改正

 累進処遇制度は,受刑者を各自の努力と成績に応じて順次上位の階級に引き上げ,優遇を拡大するとともに責任を付与していく制度であり,その目的は,受刑者の改悛を促し,自力更生する意欲を持たせて,徐々に社会生活に適応させていくことにある。

 ところで,現行の制度については,個々に異なる特性・犯罪性を有する受刑者を同一のスタート地点から出発させることによる問題が指摘され,また,制定当時の優遇差がその後の訓令等により改正されて,各階級間に優遇差がなくなっているなどの批判がなされているものの,一方,施設処遇に適応しようとする受刑者の意欲を喚起し,施設の規律秩序の維持を図る上で有効に機能しており,軽々に廃止することは得策ではないと考えられる。

 したがって,行刑累進処遇令については,今後,処遇の個別化と共存させる方向で改正を行うことが適当である。

(3) 受刑者移送制度の整備とその拡大

我が国の成人矯正施設に収容されている来日外国人受刑者については,言語,習慣,生活様式,宗教等の相違や親族との接触の欠如等により矯正処遇への適応に困難を伴うことから,成人矯正施設において本来得られるであろう処遇効果が期待できない。また,多くの受刑者は,釈放後,国籍国に退去強制されるが,受刑中に帰国後の就労先の確保その他社会復帰のために必要な環境を整備することは困難である。

 こうした問題点を解決するため,来日外国人受刑者に対する処遇の充実を図る一方,刑事政策的観点から国際的動向でもある,受刑者移送の制度を導入することが必要である。

 現在,法務省においては,欧州評議会の受刑者移送条約に加入することを前提に,国内法の整備作業が進められているが,今後とも本条約加入に向けた作業を急いでいくことが適当である。

 なお,本条約には,来日外国人受刑者の収容人員の多くを占めるアジア諸国が加入しておらず,これらの者は当面移送対象者とならないが,本条約加入後における移送の経験・実績を踏まえた上で,これらの国に対し,本条約加入による受刑者移送制度の導入を働き掛けることについても検討することが適当であろう。

 

2 少年矯正をめぐる法改正

 現行の少年法制が施行されて50年余の間,少年院及び少年鑑別所は,時々の時代の要請に応じ,与えられた責務をそれぞれ全うしてきた。しかし,近年の急激な社会変動の中で,少年非行は一層複雑・多様化しているほか,人権保障における国際的な潮流は少年矯正の分野にも押し寄せるに至っており,現行少年法制下では,今後の少年非行に適切に対応することが困難になりつつある。

 このような状況を踏まえ,先に,少年法の改正が立法の場でも議論されたが,矯正としては,本改正少年法の下,少年の健全育成という究極の目的に沿って,今後とも,少年矯正をめぐる法制度整備に取り組むことが必要である。

 以下に取り組むべき具体的事項について述べていきたい。

(1) 少年院をめぐる法改正

 現行の少年院法には,教育課程,基本的処遇計画,個別的処遇計画等,矯正教育を実施していく上で基本となる事項が規定されておらず,また,懲戒,在院期間,通信・面会等,被収容少年の権利と密接に関連する事項も行政機関内部の命令である省令,通達等に大きく依存した形で,少年院運営の適正化が図られている。今後は,被収容者の人権に関する事項や業務上の中核となる事項を法律に明確に定めるとの観点に立って,見直し作業を進めていくことが必要である。

 なお,少年院における処遇に関しては,平成10年に開催された国連児童の権利に関する委員会において,監察制度及び不服申立の手続に特段の注意を払うべきとの勧告がなされ,これを契機に,矯正局では,不服申立制度の新設についての検討が行われているところであるが,引き続き,被収容少年の法的地位等を考慮しつつ,本制度の創設に向けた検討を進めていくことが必要である。

(2) 少年鑑別所をめぐる法改正

現行の少年鑑別所の運営に関する規定は,少年院法に数箇条規定されているに留まっており,実際に行われている少年鑑別所の業務すべてに関し,必ずしも明確な法的根拠が与えられているわけではない。また,鑑別には,本来的な業務である収容鑑別のほか,社会一般からの相談に応じる一般少年鑑別,家裁係属事件についての在宅鑑別,少年院在院者に対する再鑑別,各種機関からの依頼鑑別があるが,非行問題の専門施設として,社会に貢献していく上で,一般社会や他機関を対象とした鑑別業務を一層充実させることが望まれる。さらに,今後は,観護処遇等の根拠規定や鑑別方式の多様化に関する規定を少年院法に盛り込むなどの方法により,各種業務の根拠を明確にしていくことが適当である。その際,保護処分の執行機関における処遇に関し,その調整を目的とした鑑別機能の拡充についても,法令上の規定を含めた検討の必要があろう。

 なお,少年鑑別所における不服申立制度についても,少年院と同様,その創設に向けた検討を進めていくことが必要である。

 

第5節 社会との連携の促進

 

1 連携に基づく処遇の充実

 社会復帰の一層の促進を図るとの視点から矯正処遇を充実させるため,関係機関の有する機能を積極的に活用し,また,ボランティアなど民間の力を借りることは,理に適ったことであろう。さらに,このような施策を進める中で,矯正部内にはない新たな発想が生まれ,処遇の充実が図られていくとも考えられる。

 以下にその具体的な施策について述べることとしたい。

(1) 関係機関との連携

 少年矯正施設はもとより,成人矯正施設においても処遇の個別化を重点課題として,「個別的処遇計画」を策定し,あるいは見直すことが必要であるが,そのためには,各種機関との良好な関係を築き,十分な情報を得ることが重要である。

 すでに言及したとおり,高齢者,外国人,精神障害者などの処遇困難な受刑者の社会復帰に当たっては,各関係機関との連携がその前提になり,また,被害者の立場に配慮した処遇など,社会に視点を移した処遇を実施する場合にも,関連機関からの情報は欠かせない。

 少年院では,すでに関係機関との協議会や研究会を開催するなどして,連携強化のための取組を進めているが,被収容少年の改善更生及び社会復帰には,家庭をはじめ,学校,職場,地域社会の在り方が大きく影響を及ぼすので,少年の教育に携わり,援助を行う各種機関との連携を更に深めていく必要性は非常に大きい。

したがって,今後とも,各種関係機関との連携に努めることにより,矯正施設における教育,治療等の有効性を高めるとともに,矯正施設における処遇と社会内における様々な働き掛けの連続性を確保していくことが必要である。

(2) 各種ボランティアとの連携

 社会復帰思想の一層の具現化に伴い,個々の問題性に応じた多様な教育種目を準備していくため,ボランティアとして民間の人材を積極的に受け入れていくことが必要である。

 ところで,各種ボランティアはこれまでにも矯正行政に援助を行い,貢献をしてきたが,その内容を見ると,被収容者に対する教育への直接的関与というよりは,余暇活動や行事への参加など側面支援に関するものが多い。これは,矯正処遇はいわゆる「官」によるものとの前提に立っていること,矯正施設における保安問題の発生防止,被収容者の人権への配慮など,施設の管理運営上配慮しなければならない問題があること,教育に関する計画との整合性を確保するため,ボランティア側の都合に合わせた指導形態が取れないことなどの理由のためであったと考えられる。

 今後は,個々のニーズに応じた処遇を推進していくため,これらの問題の克服方法について検討しつつ,ボランティアの受け入れを積極的に実施していくとともに,施設内における処遇の成果を社会内においても維持できるよう,酒害教育における当事者グループなど,有用と思われる民間資源を積極的に開拓していくことも必要である。

 なお,施設内における教育活動については,いずれも,個々の被収容者の必要性の観点から個別的処遇計画等に盛り込まれるべきであり,施設の側にはもちろん,ボランティアの側にも刑事政策の一翼を担うという厳密な責任性が求められることは言うまでもない。

 

2 社会への貢献

 関係機関や社会一般からの援助を得る一方で,矯正が有する情報や技能を社会に積極的に提供することが,何らかの社会貢献につながるのではなかろうか。以下に具体的事項を示したい。

(1) 少年非行問題への対応

 非行の一般化,児童生徒のいじめといじめに起因する事件の増加等が社会問題として大きく取り上げられているが,非行の特徴や背景にある問題点を明らかにするとともに,少年院において実践されている処遇のノウハウを社会に紹介することは,学校や家庭などの教育の現場で様々な困難に直面する教師,父母等にとって非常に有益である。また,少年鑑別所における一般相談機能の充実は,地域社会から強く期待されるところである。

 矯正局では,近年,少年矯正施設の現場において実際の処遇等に携わる職員の声を集め「現代の少年非行を考える」及び「家族のきずなを考える」の2冊の冊子を編集して情報提供に努めたほか,少年鑑別所においては,スクールカウンセラーの派遣,学校関係者を対象にした相談の実施など,学校を対象とした相談活動を活発化させて地域社会への貢献に努めている。

 今後とも,鑑別や少年院処遇を通じて得られた情報を適宜発信すること,少年鑑別所だけでなく少年院においても地域や施設の特質に応じた相談機能を充実させ,その能力を積極的に発揮することにより,非行問題の専門機関としての役割を適切に果たしていくことが必要である。

(2) 犯罪被害者支援への対応

 犯罪被害者支援については,被害者が加害者の出所による二次的被害の発生を心配すること等によって,社会生活上の支障を来すことがないよう対策を講じることが求められている。一方,出所情報が不用意に公表された場合,白眼視やラベル貼り等によって真摯に更生しようとしている加害者の意思を挫くことにもなりかねないとの問題もあり,改善更生及び社会復帰のための働き掛けを任務とする成人矯正施設としては,対応について慎重にならざるを得ない面もある。

 現在,法務省では,以上を踏まえ,犯罪被害者の支援と,加害者の円滑な社会復帰及び人権への配慮の要請との調和を図りつつ出所情報の提供等を行うことについて検討を進めているとのことである。今後は,本作業を急ぎ,両者に配慮した適切な制度を早期に構築することが求められる。

 なお,被害者保護の重要性が認識されるなか,少年鑑別所が一般相談に応じる中で培ってきた専門的知見を基に,地域の犯罪被害者支援ネットワークとの連携も視野に入れ,被害者に対する相談活動を展開することも考えられる。このような取組は,重要な社会貢献施策の一つであると同時に,矯正施設の専門性を社会に知らしめることになると考えられるので,積極的に取り組んでいくことが望まれる。

 

3 開かれた矯正への努力

 矯正においては,業務の重要性及び困難性,職員の職務に対する真剣な努力等に関する情報を社会に向けて積極的に発信するなど,国民の理解と協力を得るための各種活動に力を注いでいるところであり,これがひいては,犯罪者及び非行少年の社会復帰の円滑化,矯正運営に対する支援の促進等の効果に結びついている。

 しかしながら,矯正行政は,犯罪者及び非行少年の処遇をその任務とするものであり,被収容者の人権への配慮,厳正な刑の執行の確保など,門戸を開放するに当たっては,各種の制約があるため,必ずしも部外者が矯正の実態を正しく理解しているとは言い難く,無用な誤解を受けている場面も見受けられる。

したがって,以下の具体的施策の導入について検討することが必要である。

(1) 広報活動の活発化

 最近における情報通信技術の発達には目をみはるべきものがあり,新たなメディアの出現や最先端の情報機器の汎用化など,情報を発信,交換していくための手段は日々広がるとともに,その利便性を増しつつある。また,いわゆる情報公開法の施行に伴い国民に対する情報開示が原則化されることから,これまで以上に積極的な情報発信が求められることになると考えられる。

 矯正行政においても,これらの動きに取り残されないよう,各種制約との均衡を適正に保持し,また,国民感情や被害者感情に配意しつつ,以下にしたがって広報活動充実への努力を行っていくことが必要である。

 i 人権への配慮,厳正な刑の執行の確保などの観点から公開できない情報はあるが,公にできる情報は原則的に公開するとの広報姿勢で臨むことにより,国民の理解を得るように努める。

 ii さまざまなメディアや最先端の情報機器を利用した広報に努める。

(2) 施策に関する意見聴取の実施

政府は,行政への国民の参加を促すため,規制の設定又は改廃に係る施策について,意見提出手続(いわゆるパブリック・コメント手続)による意見聴取を各省庁に義務付けたが,以後,各省庁とも対象となる施策だけでなく各種施策について国民からの意見聴取を行っている。矯正行政上,本手続を義務付けられる施策は認められないが,意を尽くして国民に説明してもなお同意の得られない施策は見直すべきとの考えに立ち,各種施策に対する意見を求めていくことが今後は必要になると考えられる。

 ただし,施策の内容は高度に専門的であり,利害の及ぶ者は刑の執行等により矯正施設に収容される者に限定されるという特殊な事情があり,極端な意見ばかりが示されることも危ぐされるため,公正な意見聴取の手段については,事前に検討してから実施する必要がある。

(3) 地域社会との関係の在り方

 出所者等を円滑に社会復帰させるためには,地域住民による理解と援助を得ることが必要である。

 現在,各矯正施設では,矯正展や運動会,文化祭など施設行事に地域住民を招待すること,施設設備の利用に便宜を図ること,施設参観を実施することなど,矯正行政に対する理解を深めてもらうための広報活動が積極的に行われている。また,仮釈放直前の釈放前教育期間中などに実施される公共施設等の清掃奉仕,社会奉仕活動として実施される老人ホーム等におけるボランティア活動など,地域への貢献を視野に入れた処遇が実践されており,相応の成果を挙げているところである。

 ただし,これらはすべて矯正施設の側が地域に対し行う働き掛けばかりであり,地域社会からの人材を矯正施設の中に受け入れ,実情をありのままに見せることにより,地域社会からの理解を得るという逆の視点を欠いている。特に,矯正施設のような一般社会になじみの薄い施設については,地域の人材の受け入れが理解を得る上で有効であり,矯正施設の側からの一方的な広報活動には限界があるものと考えられる。

 したがって,今後は,被収容者のプライバシーの問題に対する配慮に万全を期した上,地域から教師等の受け入れを活発化させ,施設運営を行っていくことについて検討する必要がある。なお,教師については,矯正施設に派遣されることが,執務能力の向上につながり,また,施設の側から見ても,処遇の充実を図ることができると考えられることから,積極的に検討することが必要である。

 

4 環境保全と循環型経済社会形成への積極的参画

 矯正施設においては,生活廃棄物だけではなく,作業廃棄物も多く排出していることから,廃棄物を排出しない工夫を行うとともに,各種の方策を講じることが必要である。また,環境汚染を防止し,リサイクル型社会に積極的に参画するため,社会内で生じた廃棄物を再処理する施設としての機能を付与することについても検討することが適当である。

現在,矯正施設では,生ゴミリサイクル機器の試行を実施し,本格的導入に向けた検討作業を行っている。また,木工作業から発生する木くずについては,焼却処分から粉砕し圧縮固形化して燃料等にリサイクル設備を導入しているほか,電化製品のリサイクル作業を導入している刑務所もある。これらの取組は現在緒についたところであるが,今後は,他の行政分野に遅れを取ることなく,環境保全と循環型経済社会の形成に積極的に取り組んでいくことが必要である。

なお,施設を新たに整備するに当たっては,地域との共存が円滑に進むよう地域環境に配意するとともに,太陽熱光の利用,中水の利用,植栽等により,環境負荷を低減化する施設づくりに努めることが適当である。

 

第6節 質の高い矯正処遇のための基盤整備

 

1 施設運営の合理化,効率化

 施設の保安警備の弱体化を防止し,多様化する被収容者への効果的で質の高い矯正処遇を実現するためには,必要職員数の確保が必要である。

 しかし,中央省庁等改革基本法には,今後10年間で職員を10パーセント削減することが規定されており,矯正局としては,業務をこれまで以上に厳しく見直し,合理化する必要に迫られている。一方,収容人員の増加とともに職員の業務量も増加しており,今後は限られた財源及び人員の中で,行政を効率的に運営していかなければならない。

 このような状況下においてでさえも,矯正処遇の質的向上を実現させるためには,以下のとおり,現在の業務を見直し,重要業務に重点的に人員を配置することが必要となる。また,事前規制から事後チェック型の社会に移行した場合,法務関係の仕事は増加することが予測され,合理化,効率化による改善には限界があるものと考えられる。矯正局は,以下の施策と並行し,必要な職員や予算を確保することが必要である。

(1) 民間委託業務の拡大

 現在,成人矯正施設では,宿日直・運転業務を,少年矯正施設では,炊事・洗濯業務等を一部民間委託することにより,収容人員の増加に伴い増大した業務負担を軽減し,また,それに伴う人員配置の見直しにより矯正処遇の質的向上を図っているが,今後も,矯正に関する業務のうち,被収容者の収容管理に直接関わらない業務について,民間委託を推進することが適当である。

 ただし,施設内における受刑者の作業の一環として必要があるものについては,合理化・効率化の観点から民間委託すべきではない。

(2) 行政情報化の推進

 政府を挙げて取り組まれている行政情報化推進の流れの中,矯正においては,矯正情報ネットワークシステムを中心に,被収容者の個人データ処理等各種業務をコンピュータで処理するためのシステム開発が進められており,今後も,コンピュータによる業務処理を拡大する中で,事務の簡素化,効率化,情報共有の推進等を図ることが適当である。

なお,矯正においては,刑の執行に関する情報及び個人のプライバシーに関する情報等公開すべきではない情報を多く保有しているので,外部からの不正アクセス,情報の漏洩防止を最優先課題としてシステムを構築することが必要である。

 

2 計画的な施設整備の実施

 矯正施設に与えられた任務を適正に遂行するとともに,被収容者の処遇を実施していく上で適正な環境を確保するためには,以下のとおり,老朽化施設の整備を促進していくと同時に,収容目的や業務の態様に適った施設整備を行っていくことが必要である。

(1) 基幹成人矯正施設の整備

 各矯正管区の基幹施設と呼ばれる刑務所は,管内施設の中で収容定員及び職員定員とも最大規模の施設であり,管内施設の保安及び処遇等の指導的,先導的立場を担っているほか,収容者の増加に伴う施設間の人員調整を行うなど,大きな役割を果たしている。

 しかし,東京及び大阪を除く6管区の基幹施設は,老朽化が著しく,いずれも整備を要する時期に至っており,基幹施設としての役割を全うしていくためには,早急に改築等の抜本的な対策による施設整備を行う必要がある。

(2) 少年院の整備

 少年院においては,少年非行の動向,非行少年の特質等を考慮しつつ,社会からの要請・期待に応え得る矯正教育を実施していかねばならないが,老朽による要整備庁を多く抱えている状況にある。

 今後は,従前にも増して少年院における教育機能を最大限に活用できる寮舎構造,威圧感を和らげた開放的な雰囲気の醸成,少年固有のスペースの確保によるプライバシーの保持等に配慮していくとともに,情報通信技術の進化に柔軟に対応できるような施設づくりを推進すること,矯正教育の基本となる分類処遇の推進及び処遇の個別化の観点から,全国に53施設(うち1施設は分院)ある少年院の配置について見直すことも含め,矯正教育の充実に資する施設整備を行っていくことが必要である。

 なお,少年院の整備に当たっては,都市近郊等なるべく交通至便の場所に配置し,家族との接触,民間篤志家による教化,職業訓練等の援助の受け入れが容易になされるよう配意すべきである。

(3) 医療施設の集約化

 矯正施設の被収容者を心身ともに健全な状態で社会復帰させることは,矯正に課せられた使命である。

 現在,医療施設を医療専門施設及び医療重点施設に区分し,重点的に医療設備,機器を整備するとともに,医療スタッフの集中配置を行うことにより,医療体制の充実・強化が図られているが,被収容者の疾病構造の変化,医療技術・機器の高度化及び高額化,診療科目の専門化・細分化に対応する上で,現存施設の老朽化及び狭あい化,医療スタッフの不足等が問題となっている。

 したがって,今後は,医療専門施設の集約化,運営の合理化を検討するとともに,建物整備はもとより,技術の発展に伴う高度医療機器の整備,更新,診療科目の拡大,専門医及び他の医療スタッフの確保を進めていくことが必要である。

 なお,医療専門施設を新たに整備するに当たっては,成人医療施設と少年医療施設を別個に検討することにとどまらず,矯正施設全体の医療体制を再構築する観点に立った検討が望ましい。

 

3 職員採用,研修等の在り方

 本節1で述べたとおり,必要職員数の確保が危ぶまれる現状の中で,求める人材をいかに採用し,いかに効率的に配置していくか,また,これらをいかに育てていくかということは,矯正に与えられた大きな課題である。

 以下にその方策について述べることとする。

(1) 効果的な研修,訓練,スーパービジョンの実施

 定員事情が厳しくなる中で,今後,さらに効率的な職務の遂行が求められることになるが,最も基本となることは,これまで以上に優秀な職員を育成していくことであり,それはまず,研修等の充実によって実現されるべきである。

 研修等には,矯正研修所又はその支所において行う集合研修,各施設で行う自庁研修,訓練及びスーパービジョン,外部機関において行う研修,各機関において行う職務研究会への参加など,さまざまな形態が考えられるが,以下の諸点に留意しつつ,職域に応じた適正な研修等の在り方について考える必要がある。

 なお,社会復帰思想を基本理念とする以上,社会の動きに対する感性を養うための研修を充実させることが大切であり,また,他の職域から得られた各種の知見が,各職域ごとの研修に的確に反映され,日常の職務遂行に活用されるよう工夫を凝らしていくことについても留意すべきである。

ア 刑務官


 i 処遇の個別化が推進される中で,保安・警備に関わる職員については,矯正処遇の充実化に伴い,処遇に一層積極的に関わることの重要性を再認識させる。

 ii 組織力の低下を防ぎ,個々の職員の実務能力の向上を図るため継続的に武道訓練や警備訓練を科すなど,日常業務の中で実施することが有効な研修,訓練は,各施設で行う自庁研修を充実させることにより対応する。

イ 法務教官

 少年院においては,処遇技法の研修はもとより,集団指導技術の向上や部下職員の指導体制の確立に力点を置いた研修を実施する。

なお,自庁研修においては,同僚,仲間などから成る小集団による学習,先輩職員がリード,介入する集団による学習などを日常的に実施していくことも有効な手段となる。

ウ 心理技官


 i 高度な専門性が要求される心理技官の養成に当たっては,スーパービジョン方式による綿密な指導を行う必要性が高く,現在,東京少年鑑別所及び大阪少年鑑別所に鑑別指導官を配し,その充実が図られているが,今後とも,本方式による部下職員の指導を一層充実させる。

 ii 家庭裁判所からのニーズに応えていくためには,常に外部からの新たな知見を取り込んでいくことが必要なので,各種講習会や研究会,関係学会に積極的に参加させるほか,司法関係機関や精神保健関係機関等における委託研修の一層の充実を図る。

エ 作業技官

刑務作業が時代遅れのものとなれば,受刑者の円滑な社会復帰に結び付かないため,最新技術獲得のための外部研修に積極的に参加させる。

(2) 人材の効率的な確保

 現在,刑務官の採用については刑務官採用試験,少年施設の法務教官の採用には法務教官採用試験が実施されているほか,少年鑑別所の心理技官,成人矯正施設の作業技官等については,選考による試験を実施し,専門性に応じた人材が確保されている。また,先に述べたとおり,採用後は,各人に対し職務に応じた研修等が実施され,専門性の向上が図られている。

 今後は,さらに以下によって専門性を有する人材を効率的に確保し,「処遇の個別化の推進」を図ることが適当である。

 i 専門性の高い職員の確保が必要になった場合は,各種の専門に対応する試験制度を設置することを考慮する。

 ii 個々の職員の有する適性及び技能等に応じて,職域間の異動を活発化させ,必要な人材を確保する。

 iii 人事交流を活発化させ,民間や地方自治体から,専門的な知識を有する者を職員として迎え入れる。

   なお,この場合には,これまでにない知識等が流入してくることにより,組織の活性化も併せて図ることができよう。

iv 退職職員を積極的に登用,活用する。

なお,今後は,公務員制度の改革を視野に入れ,新たな再任用制度の導入が図られることになるが,本制度の導入は,効率性の向上だけではなく,若年職員に対し技能やノウハウを伝達するという意味でも有意義である。

(3) 矯正と保護との人事交流等の促進

 矯正行政及び更生保護行政における共通の目的は,対象となった犯罪者及び非行少年を健全な社会人として社会復帰させることにあるが,目的実現のための手法は両行政でかなり異なっている。

 ところで,現在,一部の成人矯正施設に駐在の保護観察官が配置されているほか,若手職員については年間数名単位の人事交流が行われ,両行政について相互に学ぶ機会が設けられている。しかし,いずれの制度も両行政の枠組みの中で業務を遂行するにとどまっており,この枠組みを超えてさまざまな問題点を検証し,改善していくための方策が日常的に検討される体制にはない。

 したがって,今後より一層緊密な連携関係を築き,処遇の一貫性を高めていくため,矯正及び更生保護分野において指導的立場にあり,行政運営に影響を及ぼすことのできる幹部職員の人事交流を推進していくこと,共同研究を推進するため「矯正保護研究センター(仮称)」を設置することについて検討すべきである。

(4) 管理職への女性登用の推進

 矯正施設に男女の区分があることから,職務においても男女の区分をせざるを得ないが,幹部職員については,能力主義により,女性職員も積極的に登用することが必要である。

 今後は,行政ニーズの多様化や業務の高度専門化に応じた多様な人材の登用が一層求められると予測されるので,ポジティブアクション(雇用や政治活動等の分野で不利な立場に置かれてきた女性に対して実質的な平等を保障するため,積極的に制度的優遇措置をとること。)の観点から,女性の幹部登用拡大を推進していくことが適当である。

 

第3章 21世紀における更生保護の在り方について

 

第1節 21世紀における更生保護の基本理念

 

 我が国の更生保護制度は,明治における民間篤志家の人間愛と社会奉仕の精神に基づく慈善・博愛の事業として萌芽し,次第に国の政策として法制化され,昭和24年の犯罪者予防更生法によって制度として確立し,昨年50周年を迎えた。

 この間,保護司(全国に約4万9千人),更生保護施設役職員(全国に約2千人),更生保護婦人会員(女性の立場から,犯罪予防と犯罪者の更生に協力する。全国に約20万人),BBS会員(Big
Brothers and Sisters
Movementの略。青年の立場から,非行防止活動と非行少年の立ち直りを助けることに協力する。全国に約6千人),協力雇用主(犯罪前歴のある人に職場を提供し,立ち直りに協力する民間雇用主。全国に約4千人)等約26万人に及ぶ民間篤志家の協力を得て,官民協働による更生保護を実施してきた。これは,犯罪をした者の改善更生を助けることにより,犯罪から「社会を保護し,個人及び公共の福祉を増進する」という目的を達成するために「すべて国民は,その地位と能力に応じ,それぞれ応分の寄与をするように努めなければならない。」という犯罪者予防更生法第1条の規定を実践してきたものといえる。

 犯罪や非行のない明るい社会を実現するためには,一つには,罪を犯し又は非行に陥った者であっても,社会内において立ち直ることができるとの思想に基づき,本人が自己の誤りや問題点に気付いて反省・悔悟し,自己の考えや生活態度を改め,健全な社会人として立ち直ろうとすることを援助することが必要であり,二つには,犯罪や非行の予防は,国のみで実現できるものではなく,社会全体の問題であるとの認識の下に,国民が自ら積極的に予防のための様々な活動を行うことが必要である。これが更生保護の基本理念であり,その根底には,人間尊重の精神がある。

 こうした理念は,21世紀においても堅持すべきであり,その上で,我が国の更生保護が引き続き国民の期待にこたえていくためには,

 i 官民協働による更生保護の実践という体制を維持し,効果的に推進すること

 ii 保護観察に付された者の個人的特質や問題点を踏まえた保護観察処遇を実施し,改善更生を助けることによって再犯を防止し,社会を保護すること

 iii 人間関係が希薄化し,連帯の絆が弱まった地域社会に対する働き掛けを積極的に行い,地域に根ざした犯罪予防活動の一層の充実強化を図ること

が必要である。

 以上のような考え方の下,21世紀の更生保護の在り方,今後更に充実すべき事項等を,次節以下において列挙していくこととする。

 

第2節 効果的な保護観察処遇の推進

 

1 処遇体制の充実強化

(1) 協働態勢の維持・強化

 保護観察の実施体制は,更生保護に関する専門的知識を有する保護観察官と地域に精通した民間篤志家である保護司との協働態勢を基軸としている。そして,保護観察官の処遇関与については,分類処遇制度や類型別処遇制度の拡充のほか,若手保護観察官育成のための処遇実習官制度による直接処遇の導入など,その関与の度合いは年々強化されつつあるが,保護観察官数の不足等の理由からやむを得ず日常的な処遇の大部分を保護司が担当している実情にある。

 しかし,保護観察処遇の展開の基盤である地域社会に大きな変化があり,さらに処遇困難事件が逐年増加し,保護観察の再犯防止機能が十分に発揮されにくい状況となっているなど,これまでのように保護司に日常的な処遇の大部分を期待するのは困難な状況に立ち至っていると認められる。

 そこで,特に複雑困難な問題を抱えた対象者につき,保護観察官の直接的関与を深めるなどして,保護観察処遇の基軸である協働態勢を強化し,保護観察の充実を図るため,保護観察官の大幅な人員増が強く望まれる。

 加えて,保護観察官は,犯罪者処遇の専門家としての処遇能力の向上を図ること,保護司は,地域性を生かした処遇能力の向上を図ることがそれぞれ必要である。また,保護司組織においては,協力雇用主を始めとする社会資源の開拓,関係機関との連携を推進し,個々の保護司への支援体制を強化することが望まれる。

(2) 執務体制の整備

 行政改革により,更生保護官署においても予算や定員面に関して今後更に厳しい状況が予想されることから,執務体制の整備は必須の課題である。そこで,事件管理の合理化,事件処理の迅速化を推進するため,個人情報の保護に配慮しつつ,情報通信技術の発達を踏まえたコンピュータによる事件管理システムを推進していくことが必要である。

 そのほか,従来の地区担当官制度を基本としつつ,必要に応じて複数の保護観察官が対象者を担当する複数主任官制,交通班,薬物班などの機能別の班を保護観察所に置くことなどについても検討することが望まれ,加えて,定期駐在を活用して対象者宅や学校訪問などのフィールドワークを積極的に行うなど,地域に密着した機動力ある保護観察を実施できる体制作りを更に推進していく必要がある。

(3) 関係機関との連携強化

 社会の変化は,保護観察対象者にも大きな影響を及ぼし,抱える問題も複雑多様化している。これらの諸問題に的確に対応するため,刑事司法機関のほか,医療,教育,福祉等の関係機関とも連携を進め,迅速かつ的確な情報交換を行うことが肝要であり,法整備を含めた相互協力体制を整えることが求められている。

 また,矯正施設における処遇や地方更生保護委員会の仮釈放準備調査結果等を反映させた一貫性のある保護観察処遇を実現するために,矯正施設,地方更生保護委員会,保護観察所間の連携を更に強化していく必要がある。

 

2 保護観察処遇の在り方

 保護観察処遇をめぐる諸状況の変化の中で,保護観察処遇を効果的に行うためには,保護観察分類処遇・保護観察類型別処遇等の施策の推進,社会参加活動等処遇方法の多様化さらには犯罪被害者に配慮した保護観察処遇の在り方の検討が必要となる。

(1) 保護観察分類処遇制度の推進

 昭和46年から交通事件対象者を除く保護観察対象者を処遇の難易という観点から2つに分類し,処遇困難が予測される対象者については,保護司による処遇に加えて,保護観察官が積極的に処遇に関与するという保護観察分類処遇制度を実施し,昭和61年にその有効性を高めるため分類基準を改め,以来今日まで,分類処遇制度は,保護観察における中核的な制度として処遇の効果的実施に寄与してきた。

 この間,当審議会においては,昭和62年2月開催の第26回矯正保護科学部会において分類処遇制度を審議し,処遇困難の概念は多義的で,時代背景にも影響されることから,常に分類基準の妥当性,相当性の検討が必要なことを指摘したところであるが,社会情勢の変化に応じて,今後とも分類基準やそれに基づいた処遇活動について妥当性,相当性の調査研究を行い,その有効性を高めることが肝要である。また,将来的には類型別処遇制度との統合も視野に入れて制度全般を見直すことも課題とすべきである。

(2) 保護観察類型別処遇制度の推進

 当審議会は,シンナー等乱用少年に対する保護観察については昭和56年3月開催の第20回矯正保護科学部会において,校内暴力少年に対する保護観察については昭和56年12月開催の第27回更生保護部会において,低年齢少年に対する保護観察については昭和57年11月開催の第28回更生保護部会において,覚せい剤事犯対象者に対する保護観察については昭和58年12月開催の第23回矯正保護科学部会において,それぞれ保護観察処遇の効果的実施の観点から審議したところである。

 この審議経過を踏まえ,平成2年4月から保護観察対象者の持つ問題性その他の特性を,その犯罪・非行の態様,環境条件等によって類型化して把握し,各類型ごとにその特性に焦点を当てた効果的な処遇を展開する保護観察類型別処遇制度が実施されている。

 この制度は,処遇困難な事案,処遇上周到な配慮を要する事案等を,シンナー等対象者,無職少年対象者,暴力組織関係対象者,精神障害対象者等の10種類に類型化して把握しようとするもので,類型該当対象者に対する有効適切な処遇方策の確立に寄与していると認められる。

 この制度導入以来10年経過し,その後の社会情勢の変化にかんがみ,昨今の状況に対応するため,外国人対象者,高齢対象者等新たな類型の策定を検討するとともに,各類型の処遇指針についても再検討することが必要である。

(3) 長期刑仮出獄者の保護観察の充実

 長期刑仮出獄者については,長期間の社会からの隔離により生活,就職,家族関係等に困難な問題を抱え,再犯があったときは,深刻な事態に至ることも少なくないことから,仮出獄の審理において特段の配慮をするとともに,仮出獄当初の一定期間更生保護施設に帰住させて社会適応訓練等を行う中間処遇制度の運用が昭和54年から実施されているところである。

 この施策は,当審議会における昭和47年12月開催の第5回矯正部会・更生保護部会合同部会及び昭和54年6月開催の第25回更生保護部会での審議を踏まえて実施されたものであり,最近では長期刑仮出獄者の大部分がこの中間処遇制度の適用を受けて円滑に社会復帰している。

 今後とも,長期刑仮出獄者は,社会復帰に相当の困難が伴うものと予想されることから,仮出獄の審理及び仮出獄後の保護観察について更なる充実を図ることが求められる。

(4) 犯罪被害者に配慮した保護観察処遇の推進

 平成12年5月,犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律等が公布され,犯罪被害者対策が講じられるともに,現在,検察庁においては犯罪被害者に対する通知が行われているなど,刑事司法各分野で犯罪被害者に配慮した各種施策が実施されている。

 保護観察処遇においても,対象者の改善更生を図る上で,地域社会及びその一員である犯罪被害者との融和は重要であり,組織体制の整備や研修の充実を含め,犯罪被害者に配慮した施策の推進を検討する必要がある。

(5) 社会参加活動の充実強化

 社会参加活動は,平成6年から実施された短期保護観察における課題指導の一つとして導入されたもので,対人関係能力や社会性の未熟さがうかがわれる対象者の社会適応を促進するための一方法として位置付けられている。

 社会参加活動に関しては,当審議会において,平成8年2月開催の第35回矯正保護科学部会及び平成11年2月開催の第38回矯正保護科学部会で審議したところであり,その有効性にかんがみ,短期保護観察以外の対象者への参加の呼び掛け,奉仕活動に加え体験型活動を加えるなど活動の種類の多様化,奉仕活動先の開拓等を図り,社会参加活動を充実強化することが必要である。

(6) 民間協力団体等との連携の強化

 保護観察対象者の抱える問題の質によっては,処遇を展開する上で民間協力団体等の協力を求めることが有効と認められる事案も少なくない。例えば,薬物依存,アルコール依存等の問題を抱える対象者に断酒会等の各種の自助グループに参加させることも考えられる。当然のことながら,自助グループへの参加は,対象者の参加意欲が前提であり,各種自助グループの枠組みと限界を承知した上で,自助グループへの参加を勧めることを,処遇の選択肢の一つとして検討することが望まれる。

 また,中学生の対象者の処遇に当たっては,スクールカウンセラー,精神状態が不安定な対象者の処遇に当たっては,精神保健関係者,心理関係者等の専門家の協力を得ることが効果的であり,保護観察対象者の問題や特性に応じてこうした専門家の援助が得られる体制の整備を図る必要がある。

 さらに,高齢対象者等就労・医療等で特別の配慮を要する対象者が増加傾向にあり,補導援護の充実強化が必要となっている。公共職業安定所,福祉事務所,社会福祉関係者等との一層の連携・協力の強化が望まれる。

(7) 処遇の場としての更生保護施設の活用

 更生保護施設は主に仮釈放者の帰住先として活用されているが,地区の保護観察対象者の生活訓練,環境調整等の必要性に応じ,更生保護施設を活用し,更生保護施設の行うSST等のプログラムを受講させるなど,更生保護施設の処遇を有効に活用することが望まれる。

(8) 保護者等に対する積極的働き掛け

 少年の保護観察対象者については,保護者の教育・しつけ機能が低下したり,保護者自身が問題を抱え,それが非行原因となっていると思われる事例も少なくないことから,家族に対する働き掛けを積極的に行い,家族療法を取り入れるなどして,少年の改善更生に望ましい家庭環境を整えることが望まれる。

 また,近年,好ましい食習慣と豊かな心を身に付けさせる「食育」が注目され,食には,必要な栄養を摂取するほかに,家族団らんの場を提供する等の機能があることなどを考えると,家族関係の改善を図り,健全な成長を助長するために,保護者に対し,少年が食生活を改善し,健全な生活習慣を獲得できるよう働き掛けることが望まれる。

(9) 適宜,適切な措置の実施

 保護観察対象者に対する処遇においては,以上のような施策の充実を図り,改善更生を助けていくことが必要であるが,中には社会内処遇の限界を超える事例,あるいは再犯に陥りやすい事例がないわけではない。こうした事例にあっては,再犯に陥る前に,遵守事項違反による仮出獄の取消し,執行猶予の取消し,戻し収容等の措置を積極的に行い,再犯を未然に防止することも肝要である。

 また,改善更生が図られた事例については,いたずらに保護観察処遇を長く継続することなく,保護観察の解除,仮解除等の良好措置を適切に行うことも大切である。

(10) 処遇効果の検証等

 行政の透明化が叫ばれ,政策評価等に対する国民の関心が高まりつつある今日,保護観察処遇においてもその有効性に対する説明責任が求められてきている。

 もとより,刑事司法の分野における評価については様々な要素が絡み,困難が伴うが,保護観察実施に伴う費用対効果のバランスには常に留意し,処遇効果や有効性の検証の在り方についても,実施体制を含む具体化のための検討を重ねる必要がある。

 

第3節 仮釈放制度の適正な運用

 

1 矯正施設収容中の者の環境調整の充実

 仮釈放を許すに当たっては,仮釈放後の帰住予定地が本人の改善更生の場にふさわしいか否かを的確に調査するとともに,その環境を整え,円滑な社会復帰を図るための措置を講ずる必要がある。そこで,保護観察所においては,本人が矯正施設に収容されているときから,保護観察官又は保護司に引受人その他の関係者と面接させるなどして,引受人及びその家庭の状況,本人の犯罪又は非行に対する社会の感情,被害者の感情及び被害弁償の状況,釈放後の生計の見込み等を調査し,必要な調整を行っている。

 矯正施設収容中の者の環境調整は,事後の保護観察の成否をも左右するものであるから,具体的な調整方針を策定し,帰住予定地について綿密かつ計画的な調査を実施するとともに,家族関係の調整や病院,福祉事務所等の関係機関や団体との連絡調整を積極的に実施することが望まれる。特に,非行の重大性等により,少年の持つ問題性が極めて複雑・深刻であるため,その矯正と社会復帰を図る上で特別の配慮を必要とする者(G3事案)や特別に被害者に配慮を要する事案などについては,保護観察官が直接環境調整を行うなどして,環境調整の充実を期すべきであり,このために組織体制の整備や研修の充実を図る必要がある。

 

2 仮釈放準備調査と仮釈放審理の充実

 仮釈放準備調査は,地方更生保護委員会の保護観察官が,矯正施設収容者について応当日(仮釈放資格取得に必要な法定収容期間)を経過する前から資料の収集,分析,受刑者との面接調査等を実施し,帰住予定地を管轄する保護観察所や矯正施設との連絡を保ち,環境調整及び仮釈放審理の充実に資すること等を目的に実施され,制度として定着している。また,地方更生保護委員会の保護観察官が成人矯正施設に駐在し,仮釈放準備調査の充実,成人矯正施設との連携強化を図っているところであるが,大規模刑務所10施設に限られており,その拡充について組織体制の整備を含めた対応が必要である。

 ところで近年,複雑,深刻な問題性を抱える受刑者や少年院在院者,外国人受刑者などが増加し,また,高齢受刑者など特別の配慮を要する事案も今後一層増加することが見込まれる。

 このような情勢の中で,仮釈放を適正に運用していくためには,これまでも仮釈放審理の中で配慮されてきたと思われるが,いわゆる矯正施設適応者としてではなく,保護観察によって真に社会に適応可能な者か否かを適切に見極めることが仮釈放審理上重要であり,審理機能の充実が一層望まれる。加えて,仮釈放審理の充実及び仮釈放後の保護観察に資する観点から,参考情報を得るため刑事訴訟確定記録をより積極的に活用することとし,さらには本人の心身の状況及び犯罪の傾向等について専門家の所見を求めるとともに,事案に応じて被害者の感情を聴取する機会を設けるなどして,必要な情報の収集に努めるべきである。 

 なお,地方委員会委員の一人当たりの面接審理件数が年間300件にも及んでいる現状にかんがみると,効率的,合理的な事件処理の在り方について検討するとともに,将来的には,人的体制の強化を図ることが望まれる。

 

3 仮出獄の適正な運用

 仮出獄の運用に当たっては,仮出獄の要件を満たす者については極力仮出獄を許して保護観察を実施し,指導監督及び補導援護を行うことによりその改善更生を図ることとし,そのために十分な処遇を行うための仮出獄期間を確保する必要がある。 このような観点から,当審議会においては,昭和58年12月開催の第29回更生保護部会において審議し,その結果を踏まえ,昭和59年以降,仮出獄の適正かつ積極的な運用の施策が行われ,仮出獄率の上昇及び仮出獄期間の伸張に相応の改善と成果を挙げて今日に至っていることがうかがわれるところである。

 仮出獄の運用に関し,将来的にも保護と矯正とが緊密に連携し,仮出獄の対象及び時期の選択について一層適正に行われるよう配意する必要がある。

  

第4節 更生保護官署における人材確保と育成

 

1 更生保護官署における必要な定員の確保

 我が国の更生保護制度は,保護司を始めとする民間更生保護関係者の力を大きく活かしながら,いわゆる官民協働の態勢により推進されてきたもので,この点に我が国の更生保護の特質が認められる。

 しかし,制度当初の事情から,極めて不十分な保護観察官定員という組織体制で発足し,それが今も十分に解消されていないため,著しく少数の保護観察官が保護司を始めとする多数の民間更生保護関係者に多くを依存しながら,保護観察業務を実施している実情にある。

 保護司等の民間更生保護関係者に多くを依存してきたことは,結果的には,地域性・民間性を活かした保護観察,犯罪予防活動等の実施が可能となり,かつ,「簡素・効率的な行政」の要請にこたえてきたという肯定的な一面はあるが,他面,保護観察官の数の少なさは,対象者に対する保護観察官による積極的処遇関与を困難なものとし,保護司の負担感を増大させている。

 このような事態を根本的に改善し,保護観察官と保護司とが本来の在るべき役割分担をして,両者の本来的な機能をいかんなく発揮していくには,保護観察官を増員し,質的に高い必要最小限の人員を確保していく必要がある。

 ところで,こうした状況について,当審議会は,既に昭和47年12月13日,「保護観察官の絶対数が不足しているため,保護観察の実施をはじめとする保護観察所事務のかなりの部分がやむなく保護司にゆだねられ,民間人に期待しうる限度を越えて,複雑,困難な部分まで処理せざるを得ない実情にある。このような事態は,更生保護行政の前進をも阻害する結果となっているので,速やかに保護観察官の大幅な増員を図り,保護司の負担を軽減するとともに,保護司の能力差によって更生保護行政に著しい不均衡を生じることのないように措置する必要がある。」旨の一部答申を行っている。その後,更生保護官署の職員定員は,1,264人(昭和48年度定員)から1,353人(平成8年度定員)まで増員されたものの,その後減員に転じ,平成12年度定員は1,341人となっており,依然として保護観察官数の大幅な不足が認められ,同答申において摘示したような問題状況は,今なお改善されたとは言い難い状況にある。

 さらに,我が国は,犯罪情勢の悪化,地域社会の変貌等情勢の大きな変化に直面している。すなわち,保護観察対象者の質的な変化が顕著に認められる上,家庭や地域等の環境の変化によって,本人の更生を促すための協力を地域社会から得られにくくなっていること,都市化の進展等によって地域性を活かした保護司の活動が展開し難くなっていることなどが認められる。こうした状況下において,今後も官民協働態勢を維持していくには,従来にも増して,保護観察官の積極的な関与が求められるのであって,そのためにもまた,保護観察官の増員を図り,必要な定員を確保することが不可欠である。

 

2 職員の能力向上

 必要な定員の確保と併せて,更生保護官署組織の質的な充実を実現するには,個々の保護観察官の能力の向上を図ることが必要不可欠である。そのためには,犯罪者・非行少年処遇の専門家として求められる能力・知識を明確化した上で,人間科学・行動科学の知見を踏まえた種々の処遇技法を習得させて保護観察官の処遇能力を向上させるよう,中央研修,委託研修及び各庁の自庁研修の内容及び実施体制を強化することが必要である。また,実務においては,対象者の自宅を訪問して面接するなどのいわゆるフィールドワークを中心とした処遇活動を積極的に行わせることを通じて幅広い処遇経験を積ませるとともに,保護司を始めとする民間ボランティアとの協働態勢を深める能力や,地域の社会資源を把握し,ネットワークを広げる能力等の向上を図るために,経験の乏しい保護観察官に対する指導助言体制を強化し,その内容を充実させること,外部専門家による専門的な知見を保護観察の処遇及び保護観察官の育成に反映させること,さらには,矯正等の刑事司法各機関のみならず,教育,福祉機関等との人事交流を促進し,関係機関において多様な実務を経験させるなどの方策を推進することが重要である。

 

第5節 保護司制度の充実強化

 

 保護司は,現行の更生保護制度の発足当初から,保護観察の実行機関として,また,犯罪予防活動の推進者として我が国の更生保護を担っている。しかし,近年,核家族化等家族形態の急速な変化により,また地域社会における連帯感が失われていく中,地域社会のために献身的に奉仕しようとする人を得ることは次第に難しくなっており,特に保護司については,社会一般の理解が必ずしも十分でないこと,職務の内容,困難性等から敬遠されがちであること,職務に比較して評価・待遇が必ずしも十分ではないと思われていることなどが相まって,保護司の適任者を確保することは従前にも増して困難となることが予測される。

 当審議会は,昭和47年の「保護司制度の運用に関する諸問題についての一部答申」において適材の確保,高齢化対策について提示したところ,以後,改善措置が講じられてきたと認められ,また平成10年の「保護司制度の充実強化に関する建議」に基づいた保護司法の一部改正がなされるなど,保護司制度については相当な改善がなされているものと認められるが,近年の著しい社会情勢の変化にかんがみると,今後とも一層保護司に適任者を得るための具体的方策を実施し,また,保護司の資質の向上及び待遇の改善を図ることが緊要の課題であると思われるので,以下のとおり提言する。

 

1 国民各層から適材を得る方策

 保護局においては,昭和47年の一部答申に示された趣旨を踏まえて,保護司に適材を得るための具体的方策を講じ,例えば,“社会を明るくする運動”を始め,あらゆる機会を通じて保護司制度や保護司の活動を紹介するなどの広報に努め,また,教職退職者等専門的知識を有する者についても保護司として積極的に登用していることがうかがわれる。さらに,平成11年施行の改正保護司法においては,保護司及び保護司組織に対する地方公共団体の協力が規定されたことから,保護司適任者を得る上で地方公共団体の協力も得やすくなったものと考えられる。

 しかし,保護観察事件に占める少年の割合が増加して既に7割を超えており,若い保護司の確保が必要であるところ,保護司の平均年齢が年々上昇している現状にある。このような現状にかんがみると,若い保護司を確保することが容易ではなく,今後も,ますます難しくなるものと考えられる。

 今後とも前記の一部答申に沿った施策を更に展開する必要があるので,保護司に適材を得るための具体的方策を更に強化し,改正保護司法の趣旨を踏まえて,地方公共団体との連携を一層緊密にするとともに,保護司の選任過程の透明性をさらに高めながら,学校関係者や社会福祉関係者等幅広い分野から保護司の適任者の推薦を得るなどして,保護司候補者を確保することが特に重要である。また,改正保護司法においては,保護司の人材確保の促進に関する活動が保護司会の任務の一つとされたことから,保護司会においても保護司候補者の確保及び育成についての努力が組織的に行われるよう助言・指導に努めるべきである。

 

2 保護司研修の充実

 保護司は,更生保護の中心である保護観察の担い手であり,その資質の向上を図ることは極めて重要である。従来から,新任研修,第1次研修,第2次研修等の定例的な研修が全国で実施されており,保護司の資質の向上のために相応の成果を上げているところである。しかし,保護観察においては,その処遇についても困難さを増しているほか,犯罪予防活動等における保護司組織の役割が大きくなっていることなどから,研修の在り方になお一層の工夫が求められるところである。

 研修内容については,犯罪情勢とその背景事情,地域社会の状況,特に子どもを取り巻く環境,保護観察対象者の問題性に対応した処遇技法,保護司組織の運営,犯罪予防活動の効果的な推進方法等に関するものが望まれる。また,研修方法については,ビデオ等のビジュアルな教材を活用するほか,事例研究,討議を取り入れるなどして一層効果的な研修とするための工夫が必要である。

 

3 保護司の待遇の改善等

 重要かつ困難な職務に精励する保護司の労苦に報いるため,栄典,表彰その他その貢献が社会的に評価される方策を検討することが肝要である。

 現在,保護司には活動に要した費用の全部又は一部が実費弁償というかたちで支給されているところであるが,昭和47年の一部答申において「保護司の経済的負担を軽減すること」を指摘した。実費弁償金については,年々増額が図られており,改善の努力が認められるが,保護司が活動のために要する経済的負担は依然として大きいものであり,引き続き実費弁償金の増額に努める必要がある。

 さらに,保護司法の改正に伴い,保護司組織の役割の重要性が一層高まったことにかんがみ,地区保護司会等の事務局体制の整備に国としても相応の措置を講じる必要がある。

 

第6節 更生保護施設の充実強化

 

 更生保護施設は,更生保護の黎明期である明治時代から民間篤志家の発意によって創設され,以来,関係者のたゆまぬ努力と慈愛の精神に支えられながら,犯罪・非行をした者の更生とその社会復帰に大きく貢献するとともに,国が行う保護観察,仮釈放といった更生のための措置を円滑に実施する上で不可欠な存在として機能してきた。

 しかしその一方で,多くの施設が,経営困難,施設の老朽化等の課題を抱えながら運営されている実情にあったことから,当審議会においては,これらの諸課題に対する抜本的な対応策を提起するため,昭和60年10月に「直接保護事業を行う更生保護会の処遇体制の整備及び施設改善の促進に関する建議」を,平成5年10月に「直接保護事業を営む更生保護会の保護施設の整備の促進に関する建議」を,そして平成7年2月には「更生保護事業の充実強化に関する建議」をそれぞれ行った。これらの建議にのっとり,平成6年には更生緊急保護法の一部改正がなされ,これに応じた予算措置として「更生保護施設整備費補助金」が創設され計画的な施設整備の促進が可能になったほか,平成8年の更生保護事業法の施行により,更生保護法人制度が新たに創設され,事業主体の地位向上が図られるとともに,社会福祉法人と同等の税制その他の優遇措置が採られ,また,地方公共団体の協力が得られるなど,更生保護施設をめぐる制度面の整備については,近年急速な進展を見たところである。

 このように,いわゆるハード面の枠組みが整いつつある現在,更生保護施設は,そのソフト面,すなわち処遇機能の充実を目指す段階に入ったと考えられる。

 近時,更生保護施設は,その入所者の約7割が仮出獄者を中心とする保護観察対象者で占められていることから,効果的な保護観察処遇の場として機能することが強く求められている。さらに,高齢・病弱者,累犯者,薬物・アルコール依存者等自立更生を図るに当たって特別の配慮を要する入所者の割合も高く,このような状況のもと,多様な問題を抱えた入所者に対応した有効で幅広い処遇を提供し得る機能を備えた施設となっていくことが,刑事政策上極めて重要であるばかりか,更生保護施設が将来にわたり地域社会で確固たる信頼を得ながら存立していくためにも重要な課題となっている。

 当審議会においては,既に平成11年9月に「21世紀における更生保護の在り方について-更生保護施設における処遇機能の充実強化を図るための方策について-」審議したところである。この審議結果を踏まえ,更生保護施設の処遇機能の充実を図るための方策に関し,以下のとおり提言するものである。

 

1 更生保護施設整備の計画的推進

 更生保護施設整備費補助金が創設されて以来,同補助金によって改築又は補修を行った施設は26施設に及んでおり,老朽化した施設の計画的な改築等が進められているところである。もとより更生保護施設の整備は,単に居住環境と安全,衛生面の改善に資するだけでなく,入所者の更生意欲を高め,処遇効果の向上にもつながるものであることから,今後も国庫補助金を始めとする施設整備資金の確保に努め,中長期的な施設整備計画のもと,その着実な推進に努める必要がある。

 また,施設整備に当たっては,更生保護施設にふさわしい居住環境の確保とともに,集団処遇や地域住民との交流を可能とする集会室の設置,高齢入所者の増加に対応したバリアフリー化を進めるほか,居住の個室化を含め更生保護施設にとってよりふさわしい設備の在り方について,多角的な観点から検討することが望まれる。

 

2 更生保護施設の職員体制の整備

 更生保護施設において入所者の補導に当たる職員数は,定員20名の平均的規模の施設において予算上3名の配置であり,それ以上の職員の雇用は,経営基盤がぜい弱であるために困難であることが通例である。このような少ない職員体制のもと,更生保護施設における勤務は早朝から深夜にまで及ぶほか,宿日直が多く,休暇も満足にとれないなど,職員に過重な負担を強いており,更生保護施設職員に新たな処遇上の試みを取り入れるだけの余裕に乏しいのが実情である。一方,更生保護施設職員には,入所者の心身の状態の変化等をいち早くとらえて適切な対応を採ることや新たな処遇上の試みを取り入れることが求められ,このためにも入所者とのコミュニケーションを十分に確保できる人的体制の整備が必要である。

 このように,更生保護施設の職員体制の整備は緊急な課題であり,職員の勤務実態の的確な把握を行った上,補導に当たる職員の増配置,集団処遇補助者等の外部の処遇協力者を導入するための経費等に係る予算措置を講ずる必要がある。

 また,犯罪者の改善更生という高度に専門的な業務を担うにふさわしい施設職員を養成するために,職員研修経費について予算措置を講ずるなどして,研修の一層の充実に配慮する必要がある。

 さらに,重要かつ困難な職務に精励する施設役職員の労苦に報いるため,栄典,表彰その他その貢献が社会的に評価される方策を検討することが肝要である。

 

3 更生保護施設における処遇の充実強化

 更生保護施設は,かっては身寄りのない刑余者等に衣食住を提供することを主な役割としてきたが,現在では,委託される者の大多数が保護観察対象者となっているなど,保護観察における処遇の場として期待されるところが大きい。こうした現状にかんがみ,更生保護施設が更生緊急保護にとどまらず,保護観察を行うにふさわしい処遇機能を備えるとともに,法的にも保護観察処遇の中で利用できる施設として明確に位置付けるための措置を講ずることが急がれる。処遇機能の強化に関しては,特に以下の点に留意する必要がある。

(1) 個別処遇の充実

 入所者のうちに高齢・病弱者,累犯者等処遇に特別の配慮を要する者が増加する傾向にあることから,その特性に応じた適切かつ計画的な処遇を実施するほか,職業安定所,医療・福祉機関,協力雇用主等の関係機関・団体との連携を一層強化し,入所者に適時適切な援助を与えられるように努める必要がある。

 また,更生保護施設における処遇機能の充実を図る上で,施設職員間のコミュニケーションが重要であり,入所者の心身の状況,生活態度,問題状況等について情報交換し,職員間で活発な意見交換を行える体制づくりに,より一層配慮する必要がある。

(2) 集団処遇その他の処遇プログラムの導入促進

 入所者は,個別には様々な問題を抱えながらも,全員が自立更生という共通の目標を持ちながら集団生活を営んでいるものであり,こういった集団の持つ力を処遇に生かす技法の導入は,更生保護施設の処遇の幅を広げる意味で有効と考える。

 特に,SSTは,すでに複数の更生保護施設で導入され,高い処遇効果が認められているところであり,その全国的普及を図るべきである。その他薬害教育,断酒会等の集団処遇,医療,教育等の外部協力者を導入して行う専門的処遇など,更生保護施設において有効と考えられる処遇プログラムについては,事例を集積して全国的に紹介するなどして,その積極的な導入を促進する必要がある。

(3) 中間処遇制度の充実

 中間処遇制度は,仮出獄当初に更生保護施設において社会適応訓練を中心とした集中的な処遇を行うことにより,その後の保護観察の充実と円滑な社会復帰の促進等に資することを目的とするものであり,長期刑仮出獄者(無期刑及び執行すべき刑期が8年以上の仮出獄者)がその実施対象とされ,現在,年間100名以上の者がこの処遇を受け,相応の効果を挙げている。今後も相当数の者が本処遇を受けるものと考えられるので,一層効果的な中間処遇プログラムの開発に努め,また中間処遇対象者の拡大について検討するなどして,引き続き本制度の充実を図る必要がある。

 

4 地域社会との交流の促進

 地域社会の理解と協力は,更生保護施設の存続にとり,また,効果的処遇を提供する上でも必要不可欠な条件である。各更生保護施設においては,これまでにも,町内会の会合やサークル活動の会場として施設の集会室等を提供するなどして地域に貢献できる施設運営を進めてきた。しかし,更生保護施設の活動に対する地域社会の支持を得るためには,更に進んで,地域の人々が処遇に協力できる機会を設けたり,あるいは更生保護施設が蓄積してきた犯罪・非行に関するノウハウを地域に還元していくことが重要である。こうした観点から,既に幾つかの更生保護施設においては,地域のボランティアを集団処遇の補助者として受け入れたり,ボランティアの協力を得て地域の非行相談業務を実施するなどしているが,今後,国はこうした活動を一層推進し,更生保護施設と地域社会との交流の促進を図るべきである。

 

5 更生保護センター(仮称)の設置

 更生保護施設の設置は,更生保護事業法上,国,地方公共団体又は法務大臣の認可を受けて更生保護事業を営む者(更生保護法人等)が設置できるものであるが,現状においては,国又は地方公共団体が設置する更生保護施設はなく,すべて民間の施設となっている。

 しかし,更生保護事業は,刑事政策的観点から必要なものであり,国もその責務を十全に果たすことが重要である。加えて,近時,累犯者,薬物依存者等処遇に特段の配慮や専門性を必要とし,民間の施設では対応が著しく困難とされる者が増加していること,さらには更生保護施設職員に対して国が研修を行う必要性が高まっていることなどに対応するためにも,専門的処遇に関する調査研究及び更生保護施設職員の研修の機能をも備えた更生保護センター(仮称)の設置についても将来的には検討することが望まれる。

 

第7節 社会との連携の促進

 

 犯罪者の社会内処遇には地域社会の理解と協力が不可欠である。更生保護が基盤とする地域社会は,犯罪や非行を犯した者であっても,更生を決意した者に対しては人々が温かく見守り,必要な援助の手を差し伸べることができる地域社会であることが望まれる。このため,更生保護の分野においては,保護観察の実施と並んで,犯罪者や非行少年の更生を助け,犯罪のない明るい社会を築くために,世論を啓発指導し,地域環境を改善する「犯罪予防活動」が重視され,これに努めてきた。しかし,近年の社会の変化に伴い,地域における人間関係は稀薄化し,連帯感が著しく弱まるなど,更生保護の基盤である地域社会は大きく変貌を遂げている。

 こうした状況にあって,今後,更生保護が社会との連携を一層緊密にし,更に充実発展していく上で,特に以下の点に留意する必要がある。

 

1 地方公共団体との緊密な協力関係の維持・発展

 平成8年に施行された更生保護事業法及び同11年に施行された改正保護司法においては,それぞれに地方公共団体の更生保護に対する協力規定が盛り込まれ,これにより,地方行政との協力関係を一層推進することが明確化された。

 すなわち,更生保護事業法によって,更生保護施設の改築や運営に関し,地方公共団体から相当の協力が得られるようになったが,協力の度合いは地方公共団体ごとに様々であり,引き続き協力を求めていくことが肝要である。また,改正保護司法によって,地方公共団体の保護司及び保護司会に対する助成や協力に相応の改善が図られたところが多くあるものの,依然として保護司会との協力関係が不十分な市町村も少なくないので,地方公共団体の一層の理解が得られるよう引き続き協力を求めていく必要がある。

 

2 犯罪予防活動の充実強化

 変貌する地域社会にあって,更生保護に課せられた使命を十分に果たしていくためには,地域活動,特に,地域を活性化するために学校,地方公共団体等の関係機関と連携した活動に取り組むことが求められている。

 家庭や地域社会の教育力の低下が指摘される今日,「少年は地域で育む」という視点に立ち返り,家庭,地域社会,学校のネットワークを構築することが肝要であるが,更生保護においては,保護司,更生保護婦人会,BBS等の多くのボランティアが地域で活躍しているので,地域におけるネットワークを構築するに当たって,更生保護が果たすべき役割は極めて大きい。特に,保護司組織においては,平成11年の保護司法改正の趣旨を踏まえ,学校との連携を強化し,少年が健全に成長できるような環境作りに取り組む必要がある。

 次に,犯罪予防活動の中心に位置する“社会を明るくする運動”の推進に当たっては,地方公共団体等との連携が特に重要である。現在,すべての都道府県実施委員会で実施委員長に知事が就任しており,また,市町村を中心として組織されている地区実施委員会においても,年々首長が実施委員長に就任する比率が高まっているところであり,引き続き地方公共団体の協力を求めていく必要がある。

 さらに,犯罪予防活動に対する国民の理解を得て,これを推進していくためには,こうした活動についての世論調査等をして評価を行い,その結果を積極的に国民に開示することが求められる。

 

3 関係機関・団体との関係強化

 教育,福祉,医療等関係機関・団体については,従来からその連携を進めているところであるが,今後,さらに情報の共有,相互理解,相互協力といった有機的な連携が必要と考えられる。

 近年における少年非行の動向を反映し,中学生の保護観察事件が急激に増加しており,犯罪予防活動に止まらず,保護観察処遇を進めるに当たっても更生保護と学校との一層緊密な連携が求められている。現在,学校との連携の一つの方法として,各地の更生保護官署や更生保護施設において,中堅教員を対象に「教員社会貢献研修」を実施しているが,教員の更生保護に対する理解,教員の知識の習得・資質の向上等に寄与している一方で,更生保護事業関係者にとっても学校関係者を理解し,ネットワークを拡大するための機会となっている。今後もこのような有機的な連携について対象を更に広げて行く必要がある。

 

4 更生保護ボランティアの活動の支援

 更生保護においては,保護司は言うに及ばず,更生保護婦人会,BBS,協力雇用主等の多くのボランティアが協力し,保護観察及び犯罪予防に相応の貢献をしているところである。

 近年,地域住民のニーズの多様化とこれに伴う多様な地域ボランティアの生成により,更生保護におけるボランティアの活動内容も,更生保護に足場を置きながらも,各種のボランティアと協力しながら多様な活動を展開するようになっている。例えば,更生保護婦人会にあっては,従来から行われているミニ集会の実施や更生保護施設への援助活動等に加えて,「子育て支援地域活動」を展開しており,また,BBSにあっても,保護観察中の少年とのいわゆる「ともだち活動」のほかに,地域の少年の健全育成につながる活動のためにも取り組んでいる。これらの活動は,更生保護の諸活動と相まって,連帯感が希薄化する地域社会を活性化させるものであり,広い意味で犯罪や非行のない明るい地域社会作りに貢献する活動であると評価できるものである。

 今後,更生保護ボランティアが更生保護の分野に足場を置きながらも,関連する分野でも活躍できるような支援を行う必要がある。

 また,協力雇用主は,保護観察対象者及び更生緊急保護の対象者の就職を助ける上で不可欠な存在となっており,今後ともその確保に努めるとともに,組織化に向けた努力を払うべきである。

 

5 更生保護広報の効果的展開

 更生保護制度を維持・発展させていく上で,国民の理解と協力は不可欠であり,従来から政府広報やマスメディアを通じた広報活動が展開されてきた。しかし,更生保護に対する国民の理解と協力は未だ十分とは言い難いものであるので,これまで以上に広報に意を用いる必要がある。最近では,地域FM放送等のコミュニティ・メディアやインターネットなどの新しいメディアも登場しており,これらのメディアをも活用して,一層,効果的な広報の在り方,更生保護思想の普及宣伝の在り方について検討し,更生保護広報の効果的な展開を図る必要がある。

 

第8節 法制度整備への取組

 

 当審議会は,更生保護をめぐる法制度の整備に関し,i昭和45年6月23日「更生保護会の活用についての一部答申」において,更生保護会における更生保護措置の対象拡大を,ii平成7年2月22日「更生保護事業の充実強化に関する建議」において,更生保護法人の創設等を,iii平成10年2月26日「保護司制度の充実強化に関する建議」において,保護司組織の法定化と地方公共団体の保護司及び保護司組織に対する協力規定創設等をそれぞれ求めたところ,これらの趣旨は,更生保護事業法の制定(平成8年4月施行)及び保護司法の一部改正(平成11年4月施行)によりおおむね実現し,相応の成果を上げるに至ったが,今後,21世紀に向けた法制度整備への取組として,さらに,以下の点を提言するものである。

 

1 更生緊急保護の委託対象を拡大すること

 更生保護事業法の制定により更生保護事業の対象範囲を拡大した結果,労役場(罰金又は科料を完納することができない者が留置される施設。成人矯正施設に附設されている)出場者及び少年院満齢退院者等に対し,更生保護法人が保護を実施することが可能となったが,他方,犯罪者予防更生法上,更生緊急保護の対象範囲は従来のままとされており,これらの者について,国が更生保護法人に保護を委託することはできない。このことにより,本来保護を必要とする者に対して国の委託による保護をなしえない事態は看過できないので,今後,法改正を行うとともに,所要の予算措置を講ずるなどして,これらの者に対しても保護をなし得るようにする必要がある。

 また,犯罪者予防更生法上,更生緊急保護の対象期間は,釈放後6か月に限定されているが,高齢者,病弱者等自立更生や社会福祉へのバトンタッチに相当な期間を必要とする者が増加傾向にあることにかんがみれば,必要に応じてその期間を弾力的に延長し得るよう法改正を検討すべきである。

 

2 更生保護施設を保護観察処遇に利用できる施設として明確に位置付けること

 犯罪者予防更生法上,保護観察における指導監督及び補導援護は保護観察官又は保護司をして行わせるものとされ,更生保護施設自体は保護観察処遇を行う場としては位置付けられていない。しかし,更生保護施設に委託される者の多くが保護観察対象者で占められている実情にかんがみると,更生保護施設を保護観察処遇に利用できる場として法的に位置付け,その刑事政策上の役割を明確化する法改正を検討する必要がある。

 

3 更生保護事業及び更生保護法人の活性化を図ること

 更生保護事業及びその事業主体である更生保護法人の活性化を図る観点から,許認可手続の簡素化を図るなどの規制緩和を進めるほか,通所による保護事業等将来的に想定される事業形態に対応した規定,更生保護事業の質の向上に関する規定,更生保護事業に携わる職員の人材確保,養成の促進に関する規定及び事業の透明性の確保に関する規定を整備する必要があり,そのために更生保護事業法の改正を検討すべきである。

 

4 処遇における指導監督面の強化を図ること

 保護観察対象者の再犯を未然に防止することは,社会を保護する上で重要なことである。特に無期刑仮出獄者等の指導監督面の強化が求められる対象者に対しては再犯防止の観点に立ち,有効な保護観察処遇を行うことが求められている。このため,特定の者に対しては,保護観察における指導監督を強化する観点から,一定期間更生保護施設に居住を義務付けること,社会参加活動への参加や保護観察所が実施する集団処遇や講習への参加を義務付けること,覚せい剤事犯対象者に対しては尿の提出を義務付けることなどを可能にするための法整備等について本格的に検討を始める必要がある。

 また,少年保護の基本理念を踏まえつつ,近年の少年非行の凶悪化・粗暴化に対 応できる少年の保護観察の在り方等についても早急に検討を始める必要がある。

 

5 更生保護基本法の制定を検討すべきこと

 我が国の更生保護に関する法制度は,現在,基本となる法律だけでも犯罪者予防更生法,執行猶予者保護観察法,更生保護事業法,保護司法及び恩赦法の5法を数え,このほか,刑法,刑事訴訟法,監獄法,少年法,少年院法及び売春防止法等にも関連規定が設けられるなど,国民にとって,やや複雑で分かりにくいものとなっている。これら関係法律の整備・統合については,これまで,国会において,再三にわたり,決議がなされており(犯罪者予防更生法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(昭和50年3月14日衆議院法務委員会),更生緊急保護法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(平成6年6月3日衆議院法務委員会)及び更生保護事業法案及び更生保護事業法の施行及びこれに伴う関係法律の整備等に関する法律案に対する附帯決議(平成7年3月17日参議院法務委員会)),特に平成7年の附帯決議においては,「更生保護に係る法体系については,更生保護基本法制定の必要性も含めて検討し,社会,経済情勢の変化に対応し得るよう一層の整備に努めること」とされていることにもかんがみれば,21世紀の更生保護行政の推進に当たっては,これまでの法制審議会刑事法特別部会,少年法部会における審議状況等を参考にし,今後の社会情勢及び犯罪情勢の変化を踏まえつつ,緊急性を有するものについては一部改正を行いつつ,将来的には,更生保護基本法制定を視野に入れた国民に分かり易い法制度を整備していくことが必要である。

 

おわりに

 

 我が国における刑事司法の近代化は,明治期以降,欧米のシステムを学び,取り入れることによって成し遂げられていったが,現在の「改善更生を助ける」との犯罪者処遇の思想は,西欧化が進む以前の我が国にもその萌芽を見ることができる。今世紀,度重なる大きな歴史的変革にもかかわらず,この思想に基づく犯罪者処遇の在り方が維持され続けてきたのは,先人の努力もさることながら,この思想が,古来から受け継がれてきた日本人の心情にきわめて即しているからであると思われる。

 ところで,当審議会は,21世紀に向けて,矯正及び更生保護の施策を再点検し,その結果を提言として本編にまとめた。

 点検作業は,新世紀における社会の新たな潮流の中で,現在ある施策をいかに充実強化させるべきか,今後どのような施策を新たに展開していくべきか,また,これらを実現する上でどのような点に留意すべきかといった観点から行われたが,この作業は,結局のところ,これまで脈々と受け継がれてきた思想を,一つ一つの施策として結実させていくことにほかならなかった。

 いかに科学が発展しようと,社会情勢が変化しようと,矯正及び更生保護における処遇は結局のところ「人」対「人」を基本として行われる。提言にある数々の具体的な施策は,「改善更生を助ける」との思想の下,両制度に携わるすべての人が自分の持てる力を存分に発揮し,もって犯罪や非行のない明るい社会の実現に寄与すべきとの考えに基づいて記述したものであることを強調しておきたい。

 今,ここで,提言の趣旨を要約し,共通する重要な事項を掲げると,次のことが言える。

 i 犯罪者処遇の理念については,諸外国でかなりの揺れ動きがあるが,我が国では,改善更生を助けようとする理念が一貫して維持されており,処遇の基本として十分機能しているので,これを維持すべきこと。

 ii 犯罪者処遇においては,これら対象者の個人的特質や問題点を踏まえ,個人を尊重した人間的な温かみのある処遇を実施すること。

 iii 犯罪者処遇充実のため,矯正及び更生保護官署における人員の充実強化及び能力の向上を図ること。

 iv 矯正及び更生保護における処遇の一貫性を確保し,その効果を高めていくためには,施設内処遇と社会内処遇の有機的連携に留意し,人事交流,共同研究,共同施策等を一層推進すること。

 v 21世紀の犯罪者処遇の充実を期すためには,監獄法等の改正が必要であり,その実現に向けて努力するとともに,更生保護基本法制定などを視野に入れて,矯正及び更生保護全般にわたって法制度を整備していくこと。

 なお,提言中には,現行の施策を全面的に見直さねばならない事項もあるかと思うが,抜本的な変革が必要な事項の実施に当たっては,現行の施策の運用状況を十分勘案し,あるべきシステムの具体化等に関する詳細な検討を行うことも考慮されたい。

 最後に,矯正及び更生保護に携わる方々に,あらゆる努力を払い施策の充実に努めていただくようお願いするとともに,効果的な犯罪者処遇及び犯罪予防活動は国民の支持と協力なしには行い得ないものであることから,国民の理解を得ることに最大限の努力を払うべきであることに触れて,当審議会の提言を締めくくることとしたい。