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文書提出命令制度研究会(第4回)議事要旨

平成9年4月8日
担当:法務省民事局

1 日  時  平成9年4月8日(火)13:30~16:45
2 場  所  法務省第1会議室
3 出 席 者  座 長  竹下
        研究員  秋山,阿部,伊藤,宇賀,菅野,熊谷,坂本,長野,萩本,長谷部,花村,平山,深山,山下,山本
        その他  柳田審議官(民事局担当)
        ゲスト<順不同>
         (前半)
          朝日新聞東京本社社会部        久保谷   洋 氏
          毎日新聞東京本社論説委員       坪 井 明 典 氏
          読売新聞社解説部次長         鶴 岡 憲 一 氏
          東京新聞編集委員           飯 室 勝 彦 氏
          共同通信社法務室長          宮 崎   正 氏
          日本放送協会報道局解説委員      若 林 誠 一 氏
          日本テレビ放送網報道局社会部長    北 澤 和 基 氏
          フジテレビジョン報道局解説委員長   船 田 宗 男 氏
         (後半)
          主婦連合会事務局長          吉 岡 初 子 氏
          消費科学連合会事務局次長       原   早 苗 氏
          日本消費者連盟運営委員長       富 山 洋 子 氏
          遺伝毒性を考える集い代表       亘   昌 子 氏
          情報公開法を求める市民運動事務局長  奥 津 茂 樹 氏
          東京HIV訴訟原告弁護団事務局次長  清 水   勉 氏
          全国消費者団体連絡会事務局長     太 田 吉 泰 氏
              同    事務局次長     小 澤 重 久 氏

4 議  題  文書提出命令制度の在り方に関するヒアリング(1)・(2)
5 会議経過
 (1)  マスコミ関係者から,文書提出命令制度の在り方に関するヒアリングを行った。その概要は,質疑応答を含め,次のとおりである。
 (久保谷氏)  各種の公害訴訟や行政訴訟など,一個人が大企業,国及び地方公共団体を相手に裁判を起こす際に大きな困難を伴うことは,ジャーナリズムの世界でも繰り返し報道されてきた。これは,証拠となる情報が国や一部の企業に集中し,個人の側にはほとんどないケースが多かったからである。このような証拠の構造的偏在といわれる現象の下では,一個人が国や企業に対して訴えを提起することは,竹槍で飛行機と戦うようなものである。その意味で,新民訴法が文書提出の一般義務規定をおいた点は,一記者として積極的に評価したい。
 しかし,昨年の政府原案の第220条第4号ロは,率直に言って,全く理解できない。「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出について当該監督官庁が承認をしないもの」という同条の文言を素直に読むと,提出するか否かの判断は全く官庁に委ねられているとしか解釈できない。仮に何らかの形で裁判所の審査が及ぶと解釈したとしても,官庁の一次的な判断権が過度に重視されるおそれが強い。文書提出の是非について官庁に判断を委ねてはならない理由は,法律の問題ではなく,事実の問題である。日本のように秘密に傾く官僚文化の下では,官庁に判断を委ねるということは,現状においては文書は全く出てこないことを意味するに等しいからである。
 一例を挙げると,政府は91年12月に「行政情報公開基準」を閣議決定した。これは政府の自主的な基準による情報公開制度を目指したもので,不開示情報の類型はそれなりによく練られていた。しかし,この5年間に,この制度によって実りのある情報が開示されたという話は聞いたことがない。その最大の理由は,基準を運用する最終的な判断を行政庁に委ね,不服審査等の規定を置かなかったからである。この基準によれば,訓令・通達及び法令疑義照会・回答書は原則として公開されるはずであるが,法務省は外国人登録原票の本人開示問題に関する通知を不開示としている。しかも,この種の通知を不開示とする根拠となっている法令疑義照会の回答書自体も不開示とし,秘密の根拠もまた秘密としている。回答書は,その後,自治体の情報公開条例により公開されたが,その内容は,なぜ秘密にする必要があるのか理解に苦しむような単純なものであった。
 文書提出命令に関する国会の附帯決議を見ると,当初の政府原案が復活するとは思わないが,いかなるレベルにおいても,文書提出の要件として官庁の判断を介在させることに強く反対する。判断の「ふるい」を2つ設ける意義があるのは,第1のふるいである程度の情報が出た上で,第2のふるいで更に必要な情報が出る場合である。第1のふるいでほとんど情報が出ないのであれば,2つのふるいを設ける実益はないはずである。そこで,まず第1に,官庁保有文書の提出命令についていかなる要件を設けるにしても,その審査は裁判所が行うということを出発点とすべきである。
 情報公開法との関係についていえば,行政改革委員会が昨年末に橋本首相に意見具申した情報公開法要綱案は,行政文書は原則公開との基本的枠組みを提示した。例外となる6つの不開示情報の類型に該当しない場合には,行政機関の長には行政文書を開示する義務がある。情報公開法は憲法の付属法典ともいうべき情報公開の一般法であり,このような法律が制定される以上,民訴法の文書提出命令規定もこれに沿った内容とすべきである。
 情報公開法の開示請求権は何人にも保障されたものであり,請求者はその利害,目的を問わず,情報にアクセスできる点に特色がある。他方,文書提出命令の申立人は,その情報について利害を持つ当事者である。一般的に,利害関係人への情報公開の範囲は,利害関係を持たない者への開示範囲より広くなるべきである。民訴法と情報公開法は,その趣旨,目的を異にしているが,仮に民訴法の文書提出命令の規定で提出されなかった行政文書が,何人にも請求可能な情報公開法に基づいて開示される事態となるならば,文書提出命令の規定は,珍妙な,役に立たない規定という烙印を押されるであろう。したがって,民訴法の文書提出命令は,情報公開法で公開される行政文書は当然に対象とした上で,利害関係人であるが故のプラスアルファの情報が提出されるような規定にすべきである。
 このプラスアルファの情報として,まず最初に思い浮かぶのが個人情報の本人開示の問題である。行政文書の中にある個人情報がたとえ請求者本人の情報であっても,現在の情報公開法要綱案の規定からすると,特定の個人が識別されるような情報は開示されない可能性が極めて高いと思われる。確かに情報公開法に基づく情報の開示は何人に対しても行われるのが前提であるから,本人であるからといって特別扱いすべきではないという説明には一応納得がいく。しかし,この場合には,情報を本人に開示しても実質的にプライバシーを侵害するおそれはないのであるから,利害関係人を申立人とする民訴法の文書提出命令では提出命令の対象としてよいのではないか。
 一般的に文書提出命令でプラスアルファを認める方法としては,二つの方法が考えられる。第1は,情報公開法要綱案第7が規定する公益が優越する場合の裁量開示を,文書提出命令では義務付ける方法であり,第2は,情報公開法要綱案第6が掲げる不開示情報の審査基準を,文書提出命令ではやや厳しくする方法である。具体的には昨年3月に公表された日弁連の緊急意見書が参考になる。これは,「公務員の職務上の秘密に関する文書で当該文書の提出により公共の重大な利益が害されることになるもの」としており,不開示情報の審査基準を「公共の重大な利益」の侵害としてより厳しくしたものであるから,上記第2のタイプに属するといえる。
 個人的には,職業上知り得た秘密や職業の秘密という規定の仕方をする必要はないと思っている。行政文書は本来国民共有の財産のはずであるし,情報公開法要綱案も行政文書の原則公開をうたっているから,純粋な私人や私的企業の文書とは異なった扱いをしても,別段不自然ではないからである。審査基準も,個々の領域ごとに基準を規定したり,日弁連案のように全ての領域の基準を一括して厳格にすることも可能かもしれないが,文書の提出によって得られる利益が提出しないことによって守られる利益より大きい場合には,裁判所はその文書の提出を命じることができる旨の規定を置くことで十分であり,裁判所が行う利益衡量の中で実質的判断ができるのではないかと考えている。
 最後に,裁判所の審理方法について,インカメラ審理を認めることと,ボーン・インデックスまたはこれに類似した規定を置くことを挙げたい。これは全くプラグマティックな理由から挙げるものであるが,地方自治体の情報公開審査会は原則としてインカメラ審査を行っており,そのメンバーから「行政が不開示と主張するのでどんなことが書いてあるのかと思うと,実際には,大したことはなかった。」という感想をよく聞く。確実かつ迅速に提出の可否を判断するにはインカメラが不可欠であるし,民間の文書にインカメラを認めている以上,行政文書を特別扱いにする必要はないと思う。ただ,国には外交,防衛情報など,機密性が高い情報が存在することも事実であるから,ボーン・インデックスの規定も置き,裁判所が適当と考える方法を選択する余地を残すのが相当であると考える。
  (坪井氏)  久保谷氏が網羅的に詳しく意見を述べたので,かなり重複する点もあることをお断りしておきたい。
 行政文書の文書提出義務については,2年以内に情報公開との整合性を図りつつ検討するということであるが,まず,衆・参両院の法務委員会での附帯決議が指摘している点,すなわち,提出義務の存否についての判断権,インカメラを含む審理方式について司法権を尊重するという点,民間の文書提出が一般義務化されたことを踏まえて,不合理な官民格差を生じない方向で再検討する点,拒絶事由が全く行政に委ねられている公務員の証人尋問に関しても併せて検討するという点を維持してもらいたい。政府原案が復活することはないと思うが,これは二つの点で問題がある。1つは,官民格差の問題であり,民間の文書についてはインカメラがされるのに,官庁の文書についてはインカメラがされないのか,説明がつかない。もう1つは,民訴法の改正が証拠収集の拡充という方向でスタートしたにもかかわらず,国会の参考人意見陳述等において,現行法の第312条第3号文書に当するものが新民訴法の第4号文書に該当すると行政庁の承認が必要となり,承認が得られなければ文書提出命令を出せないという趣旨の意見が述べられている点である。これでは,第4号で提出義務を一般義務化したといっても,行政文書に関しては提出命令の対象を狭めたことになるのではないか。提出義務の一般義務化という羊頭を掲げつつ,実は狗肉であったということがないようにお願いしたい。
 情報公開法との整合性については,文書提出命令と情報公開法とが目的を異にする法律であり,一方は個人が一切理由を問わず,極端にいえば自分の趣味でも請求できるものであるのに対して,他方は裁判所に真実発見のために提出させるものであることを考えてもらいたい。文書提出義務の外縁と情報公開の外縁は,前者の方が広くあるべきであり,それさえ保たれるのであれば両者の整合性は保たれることになると考える。伊藤教授の「証言供述権の研究」の中に,「公務員の保管する情報は,本来国民全体の利益のために用いられるものであり,真実発見に基づく適正な民事紛争の解決が国民全体の利益につながることを考えれば,公務員の保管する情報をできる限り広い範囲で訴訟における真実発見のために用いるべきである」旨の記載があるが,これは近時の情報公開の一般的傾向にも沿ったものであり,是非この趣旨を貫いてもらいたい。なお,情報公開法要綱案は,これ自体に対する批判も多く,今後,修正される可能性もあることから,このことも考慮に入れて検討してもらいたい。
 日弁連の意見書は,公共の重大な利益を害することが明らかな場合を提出拒絶事由として,刑事訴訟法の規定を引用しているが,私はこの考え方に賛成である。拒絶事由を厳格にしないと,行政は奇妙な判断をしがちであるからである。例えば,情報公開条例に基づく交際費・食料費の開示請求が斥けられたことに対する抗告訴訟において,知事は警備対象であるからどこの店かを明らかにすることには警備上問題があるとか,店がどのようなメニューをいくらで提供したかは企業秘密であるといった主張をしたケースがあるが,これなどは全く奇妙な主張である。エイズ等の薬害訴訟における厚生省の資料隠しを解消しなければ,文書提出命令に対する信用は得られないのではないか。
 また,厳格な拒絶事由を設けたとしても,この判断を行政側に委ねるとどのような理由を並べて提出を拒むか分からないので,拒絶事由の有無は司法審査の対象とすべきである。ボーン・インデックスで行うべきケースもあり得るので,すべてのケースでインカメラを行うべきであるとまでは言わないが,両者をミックスした審査方法を採用すべきである。
 附帯決議にもあるように,証人尋問の関係でも証言拒絶事由が行政の裁量に委ねられすぎているので,再検討してはどうか。また,文書の提出拒絶事由と証言拒絶事由との整合性という問題点が指摘されているが,両者は別概念であるから整合性にこだわる必要はないように思われる。
  (鶴岡氏)  要望したい点が主として2点ある。1つは,ここ3年ほどの間に薬害エイズ問題等で現れたように,官庁は自己に不都合な情報は徹底して隠し,きわめて公開に消極的であるということである。このことは住専問題についても,官官接待についても同様である。このような現実に即して見直しを考えてもらいたい。もう1つは,文書提出義務の検討は行政改革委員会の情報公開法要綱案との整合性を意識せずに行ってもらいたいということである。要綱案にはうなずける点もあるが,非常に後ろ向きでうなずけない点もあり,これとの整合性に対する意識が強くなりすぎると,かえって,文書提出命令についての政府原案は情報公開の流れに照らして問題があるとした国会の問題意識から外れてしまうからである。情報公開の本当の流れを押さえて改正を検討してもらいたい。情報公開法は,不特定多数の者が,目的を問わずに,公開を求めることができる制度であるのに対して,文書提出命令は,民事訴訟において,関係者に対して,紛争の真実解明のために行われるものであり,両者は大きな違いがあるから,公務秘密の取扱いは自ずと異なってしかるべきである。
 情報公開法要綱案と文書提出命令の政府原案とが深く関連していると感じるのは,要綱案の国の安全や外交,公共の秩序に関する行政情報の開示・不開示を決定する際の行政裁量の点である。この裁量の解釈について,行政情報公開部会の塩野部会長代理は,記者会見において,裁量の概念は必ずしも明確ではないが,司法などの審査において行政庁の一次的判断を尊重する趣旨であると説明していた。このように行政の一次的判断を尊重するという考え方は,文書提出命令の政府原案の公務の秘密の判断権を行政庁に与えるということと,若干オーバーラップするのではないかという点が気になる。また,塩野部会長代理は,この考え方の適用範囲を,審議検討情報や行政事務執行情報等行政の運営情報の領域まで拡大するという考え方をも示したが,ここまで拡大することについては部会内でも意見が一致していないようであり,記者会見の席上で角田部会長がこの発言に異を唱える場面もあった。このように,要綱案の考え方自体について重要な点で意見の不一致があると思われるが,行政庁の一次的判断を尊重するという点は,「情報公開法要綱案の考え方」に明記されている。したがって,文書提出命令の改正をこれと整合させるとすると,行政庁の一次的判断を尊重するということになり,公開に対して後ろ向きな方向での改正となってしまうのではないかという危惧を有している。このような方向での改正は,秘密の判断について司法権を尊重するという国会決議の方向とも違ってくることになる。なお,上記記者会見の席上で,角田部会長は,民訴法改正の際の国会審議における法務省民事局長の答弁(裁判所は,防衛のような高度の政治的問題についても秘密該当性を判断する能力がある旨の答弁)について,政府は見解を変更するのではないかと漏らした。国会での熱心な審議を経た上で民事局長の答弁がされたのであるから,それから一年も経たないうちにこのようなコメントが行われたことは,要綱案の審議がどのように行われたのか疑われる。私は,上記の民事局長答弁が政府原案削除の根拠になったと理解しているので,この答弁の内容を言い換えるようにまとめられた要綱案と整合させる形で文書提出命令についての改正が行われては困る。この答弁のとおり,裁判所が秘密を判断する能力を持っていることを前提に検討を進めてもらいたい。なお,新進党からは大臣に判断権を与える修正案が出されたが,大臣といっても,ごくまれな人を除いて,行政庁の判断に即した形で動いているのが現実であるから,大臣に判断を委ねることは不都合である。
 判断の手続については,ボーン・インデックスとインカメラの選択が望ましい。文書の提出を拒もうとする側から見ると,インカメラがある場合とない場合とでは開示に対する態度が変わってくるから,インカメラは採用すべきである。ただし,すべての文書をインカメラで判断することにすると,文書の提出を拒絶できると判断される場合に,その理由が分かりにくく,また,アメリカではインカメラはそれほど使われていないとの調査結果もあることから,提出拒絶の理由を関係者が理解することができるようにするために,ボーン・インデックスも採用すべきである。
 証人尋問規定については,民訴法部会に所属していた人から,実務の側からいうと証人尋問に公務員を呼び出すことは少なく,文書提出命令の方が多いので,証人尋問規定についての検討がおろそかになったという話を聞いたことがある。文書提出命令についての検討は,これまでの審議でかなり蓄積があると思うので,余裕がある限り,証人尋問規定についても公務秘密文書と整合性が取れる形で検討してもらいたい。
  (飯室氏)  前の3氏からしっかりとした意見が述べられたので,これらに若干補足する形で意見を述べたい。なお,以下に述べる意見は,私の所属する東京新聞論説室の立場を離れたものであることを予めお断りしておきたい。
 インカメラ手続を日本の裁判所で導入することは現実的ではないし,これを導入すれば,今の裁判官の立場,力量からすると,プレッシャーになり,どうにもならなくなってしまうおそれがあるようにも思われる。しかし,嘘を言ってもばれるという意味で,インカメラは嘘を言わないための担保になると考えられるので,インカメラ手続を導入すべきである。その前段階の手続としてボーン・インデックスを制度として設け,通常の事件はこれで処理されていくようになるとしても,最後は嘘を言ってもばれるという手続が必要である。
 処分庁でない官庁が公文書を保管している場合のように,訴訟の相手方ではない官庁が文書を所持している場合,官庁同士が話し合って文書を提出しないのではないかという心配がある。
 情報公開法との整合性については,情報公開法で開示されるものが民事訴訟で提出されないのでは困る。民訴法の方が情報公開法より拡大すべきかどうかは事項にもよると思うが,情報公開法より狭くてはいけない。情報公開法要綱案は,秘密の種類により濃淡をつけているが,民訴法に規定を設ける場合に,これらを一つの文章でカバーしきれるのかという問題もあるように思われる。
 証言拒絶権にも手をつけないといけないと思う。この点に関しては,議院証言法に「国家の重大な利益に悪影響を及ぼす場合」という規定が,刑事訴訟法に「国の重大な利益を害する場合」という規定が,新民訴法に「公共の利益を害し又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある場合」という規定があり,他の法律に踏み込むことはこの研究会の役割ではないかもしれないが,これらの法律との関係にも留意して議論をしてもらいたい。
 他の点については,前の3氏の方が述べたことにそれほど異論はない。
  (宮崎氏)  基本的に述べたいことは前の方々が述べたことと同じであり,特に付加するようなものはないが,ここ2,3年ほど企業法務を担当している関係上,民訴法改正の影響について顧問弁護士を交えた議論をしながら,文書規程の見直しを始めている。文書を提出する側からは都合の悪いものは訴訟に出したくないが,このような立場から考えてみても,公文書は国民の共有財産であるから,この問題については民間の文書以上に最低限守らなければならないルールというものがあるように思われるので,特にその点について意見を述べたい。
 第1として,提出拒絶をすることができる範囲は,当然のことであるが,情報公開法が定める不開示範囲よりも狭く限定されなければならない。第2として,判断主体について,政府原案のように当該官庁に判断させることは,一方当事者の判断に委ねることであって,一般的にみても客観性を欠くものであるから,この客観性を担保する意味で,最終的な判断は裁判所が行うという原則を守らなければならない。第3として,行政文書は膨大なものであり,どのような文書があるかがまず分からないし,それに加えて,どの文書が,どのような理由で提出されないかも分からないまま訴訟が進められた場合には,大きな不信,不満が残る。このような事態を避けるためにはインカメラ審理等様々な方法があろうが,文書の中に重大な情報が含まれている場合には,裁判官によって前向きな人もいれば後ろ向きな人もいるので,場合によってはかえってマイナスに機能することもあり得る。したがって,裁判官の負担を軽くする意味でも,ボーン・インデックスを設ける等,選択肢を多様にして柔軟に対応していくことが現実的であると考える。
  (若林氏)  昨年を振り返ると,政府原案に接した頃と相前後して,もんじゅの事故,エイズについての厚生省の問題が起こり,また,情報公開法の作業も佳境に入ってきた。このような様々な要因がぶつかったということが直接の原因かもしれないが,政府原案には,生理的な嫌悪感というか,衆・参両院の法務委員会の附帯決議にも触れられているような不合理な官民格差を感じた。これが国民の受けた正直な印象ではないかと思う。このことが今日の事態を招き,国会が修正を加えた要因であろう。その意味では,法制審議会の審議を経て正案ができるという従来の立法手法に一定の限界を来したのが今回の出来事であり,一つの歴史的な出来事ではないかとも感じている。二度と同じ事態を招かないように,しっかりと議論してもらいたい。なお,以下は個人的見解として述べるものであり,日本放送協会としての見解ではないことをお断りしておきたい。
 情報公開法要綱案が理念として明確にうたっていることは,行政の仕事は国民のための仕事であり,国民に主権があるということである。行政機関が保有する情報は国民のもので,本来国民が見ることができるものであるが,様々な事情により開示することができないものがあるということを再確認しながら縛りをかけていくという作業を行っているものと理解している。民訴法の改正に際して新聞協会が提出した意見書では,報道機関が持っている取材メモ等について,これが本来秘密とされてしかるべきものであることを前提としつつ,これをぎりぎりのところでどこまで出させるかという観点から意見を述べた。しかし,公文書は,本来公開されるべきものであり,例外的に非公開とされるものがあるにすぎないから,このような立場からの検討をすべきである。
 秘密の要件は,厳格に絞っていくべきである。また,その判断も,最終的には司法審査によるべきである。手続的には,最後の担保として,インカメラ審理を導入すべきである。もっとも,審理の方法として,すべての場合にインカメラ審理が適当かどうかはまた別問題であり,ボーン・インデックスや理由の疎明といった方法を導入することも考えられる。これらについてまで法律で決めてしまうのか,他の方法を採る途を残す方向で立法をするか等については,知恵を絞ってもらいたい。
 証言拒絶についても見直し対象とすべきである。他の関連法令については,すべての議論を尽くすことは無理であろうが,例えば刑事訴訟法について新しい民訴法との整合性が問題になれば,その段階で改めて検討すればよいのではないか。  従来の民訴法第312条の裁判例を見ると,対象文書の範囲を拡張し,秘密の範囲を絞るための論理を追求し,苦悩・苦闘している裁判官の姿がよく見えるような気がする。昨年の国会審議において,法務省は,この点は絶対に後退しないと言っているが,当初の政府原案のようなものであれば,裁判官が知恵を絞ってきたものが安易に第4号に流れかねない。このような努力の積み重ねの結果として司法がたどり着いた部分が後退することがないようにお願いしたい。
 情報公開法の制定作業についても言えることであるが,新しい制度を作る場合には,理想的なものを追求しがちである。例えば,情報公開法の制定運動をしている者は,情報公開法要綱案には問題があると言うかもしれないし,個人的にも疑問を感じる部分がないわけではない。現実を改善しようとする場合に,日本人はまず理想的な法律を作り,それに現実を近づけていこうとする手法を採る傾向にある。しかし,様々な利害がからむような場合には理想的な法律を作ることが難しいこともあり,このような場合には,むしろ積極的に現実を改善していく努力も必要になると思われる。今回の問題についても法律を理想的な姿に近づけることは難しいかもしれないが,最低限,現実を改善しようとする努力をする際の妨げとなるようなものにだけはしないでもらいたい。つまり,裁判所が世の中の前進に解釈で対応していく可能性を開くようなものにしてもらいたい。
  (北澤氏)  アメリカにおける情報自由法等を参考にした情報公開法要綱案と民訴法との整合性については,法律家の立場から見ると問題があるかもしれないが,国民や報道の立場から見ると,公の情報は国民に所有権があると言わざるを得ないから,情報公開法要綱案で採用されている公的情報の原則開示という考え方を民訴法にも取り入れてもらいたい。
 開示を拒否し得る範囲について,情報公開法要綱案は「秘密」という言葉を使用していない。ある意味で「秘密」という言葉を注意深く削除し,不開示事由を制限的に列挙している。これに対し,民訴法は「秘密」という言葉を使用しており,その解釈も曖昧である。「国の重大な利益を害する場合」と規定する刑事訴訟法との整合性の問題もあるが,「秘密」という言葉を安易に使用すること自体考え直すべきであり,不提出の事由を制限的に列挙する等,厳格な表現で規定すべきであると考える。日弁連の意見が使用しいている「公共の重要な」という言葉を使うのであれば,むしろ刑事訴訟法の規定の方が分かりやすいと思う。
 最も問題となるのは,政府原案が職務上の秘密,監督官庁の承認という情報公開法要綱案の考え方と相容れない立場に立っている点である。要綱案は,総理府の下に不服審査会を置き,最終的には訴訟で争える(なぜかインカメラの規定がないが。)こととしている。民訴法においても,最終的には裁判官に判断権を与えるべきであり,政府原案のままでは監督官庁の判断で提出・不提出が決められることになり,判断の仕方が要綱案と大きく異なることになってしまう。
 民訴法には「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」という規定があるが,所持者とは一個人をいうのか,組織をいうのかで意味が変わってくる。この点についても,要綱案は,組織全体で共有している文書(行政機関の職員が組織的に用いるもの)を対象とすることを明確にしている。要綱案が完璧であるとは思わないが,国民から見れば,相当程度進んだ内容になっていると思う。また,薬害エイズの訴訟では,日本の官庁が文書を提出しなかったため,原告側は海外調査によって資料を入手して裁判所に提出しており,このように,海外で入手することができる資料を国内の官庁からは入手することができないという状況もある。このような諸般の状況を十分に踏まえて検討を進めてもらいたい。
  (船田氏)  情報公開を充実し,国民の共有財産を公開することは大切なことであり,地方公共団体の情報公開条例とは別に,国の法律として情報公開法ができることは画期的なことである。HIV訴訟の原告弁護団作成の文献を見ると,厚生省の固有情報にアクセスするシステムが存在しないために,アメリカの情報自由法やディスカバリーを利用する等,苦労して証拠を収集したようである。証拠の収集を海外に頼らざるを得ないという状況は,日本の司法の在り方としても問題であり,文書の公開について前向きに考えるべきであろう。情報公開法要綱案にはまだ不十分な点があるし,不開示情報の判断についても行政庁の判断が大きな比重を占めているが,それでも画期的な内容であると思う。
 情報公開法によって一般に開示される文書については,民訴法の文書提出命令では当然に提出されるべきであり,むしろ,情報公開法で開示されない文書についてもプラスアルファとして開示されるようにすべきである。情報公開法を一般法とすれば,民訴法の文書提出命令は,裁判上の命令によって開示するものという意味で,一種の特別法のような形になるので,これによって開示される範囲が情報公開法のプラスアルファという形になるように拡充してもらいたい。実際には,情報公開法によって証拠収集活動ができるものについては文書提出命令を利用する必要はないので,民訴法としては,プラスアルファの部分としてどれだけの情報を入手することができるかが問題になると思われる。このような方向で検討をすれば,官民格差を解消するか,少なくとも狭めることができると思われる。
 インカメラについては,飯室氏が指摘するとおり嘘を言わないための担保としての意味も含めて,導入する必要があると考える。
  (質疑応答)
   ○  インカメラとボーン・インデックスとを併用すべきであるとの意見が強いが,両者を段階的なもの(最後はすべてインカメラにより,ボーン・インデックスはその前段階として使用する。)としてイメージしているのか,並列的なものとしてイメージしているのか。
   ・  すべてインカメラによるものとするのではなく,裁判官がボーン・インデックスでは判断しかねる場合にインカメラを使用することができるというイメージである。
   ・  対象文書が膨大になることも予想されるので,実務上,いきなりインカメラによるのは難しいのではないか。イメージとしては,ボーン・インデックスを前段階的なものと考えている。
   ・  裁判の公開原則を狭めないためにも,まずボーン・インデックスによるべきであり,どうしても関係者や裁判官が納得できない場合にインカメラを使用することとすべきではないか。
   ・  インカメラを原則とすべきではないか。運用の問題として,裁判所がボーン・インデックスを適当と考える場合にこの方法を選択することができることするのは構わないが,ボーン・インデックスを先に行い,インカメラはなお必要な場合に限って行うこととしてしまうと,防衛や外交,捜査情報等についてインカメラを行うことはできないとする立場の論拠として使われてしまうのではないかと危惧している。インカメラが原則であるが,運用上,裁判所がボーン・インデックスで足りると判断するものについてはそれでも構わないこととすべきであり,情報の種類によって区別すべきではない。
   ・  どのような情報についてもインカメラを使用することができるようにすべきであり,ある種の情報についてはボーン・インデックスのみで判断をするというように,情報の種類によって区別するのが不適当であるという点では,意見は一致しているのではないか。
   ・  立法技術として,ボーン・インデックスのようなものを法律で規定することことができるのか,それとも訴訟運営や最高裁規則の中に規定を設けるのか,という問題があるとは思うが,最終的な担保としてインカメラが欠かせないという点では意見が一致しているのではないか。
   ・  新民訴法第220条第4号ハに「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」とあるが,薬害エイズの問題で取り上げられた担当課長のメモのような文書がこれに該当するかどうかがよく分からない。情報公開法要綱案の考え方によると,職員個人の段階のものではなく,組織としての共用文書としての実体を備えたものでなければならないことになるが,職員が個人的に構想等をメモして保管しているような場合には提出命令の対象にならないのか。
   ・  同条は民間文書のみを対象とした規定になっているので,行政文書についてどのように考えるかは,これからの検討課題ということになるのではないか。民間文書について同条の規定をどのように解するかについては,広く解する見解から狭く解する見解まであり,最終的には具体的な事例に即して裁判所が判断することになると思われる。
   ・  いわゆる自己使用文書は,新民訴法の下で民間文書について認められた概念であり,情報公開法にはないものである。情報公開法の議論では,意思形成過程情報や内部審議情報として議論されたものがこれに相当すると考えられるが,要綱案ではこれらについても原則公開すべきものと整理されている。
 (2)  消費者団体関係者から,文書提出命令制度の在り方に関するヒアリングを行った。その概要は,質疑応答を含め,次のとおりである。
  (太田氏)  消費者団体は,比較的最近の活動として,製造物責任法の制定に向けて協力して取り組んできたが,その活動の中で情報公開の必要性についても認識を深めてきた。1995年6月には,情報公開法の早期制定に向けて「情報公開法の制定を求める市民ネットワーク」を発足させ,より公開度の高い情報公開法の制定を求めて情報公開法9原則を定めたり,「つくろう!つかおう!情報公開-ほんとに役立つ情報公開法を」と題するリーフレットを作成したりする等,今日まで勉強や啓発活動に取り組むとともに,行政改革委員会行政情報公開部会の審議に消費者の意見を反映させるための努力をしてきた。文書提出命令の制度についても,知る権利を保障する情報公開という見地から,しっかりした制度を検討してもらいたい。本日は,行政情報に関して我々が経験した事例を報告しながら,文書提出命令制度についての意見を述べたい。事例そのものは,必ずしも文書提出命令制度に直接関係するものに限らないが,行政情報を巡る問題状況を認識する際の参考としてもらいたい。
  (清水氏)  東京HIV訴訟原告弁護団の代理人の1人として同訴訟の準備の段階から関与してきたが,同訴訟を提起するに当たって最もネックになったのは,なぜあれほど多くの血友病患者が感染をしたのか,そのいきさつが全く分からないという点であった。原告代理人として国や企業の過失を立証するためには,国や企業に回避可能性があったかどうか,国や企業がどのような認識を持っていたか等を知る必要があるが,そのための有力な資料を入手することができなかった。81~82年頃に,我が国でもエイズが問題になりそうであるというマスコミ報道があったことは分かっていたし,また,血友病の専門医らが患者の半数ないし6割が感染していると発表した85~86年頃の学会論文に接することはできたが,この間にどのような経過をたどってこの問題が拡大したかを把握することができるような資料を見つけることはできなかった。薬害エイズ訴訟は,このような状況の下で提起した訴訟であり,勝訴の高い見込みがあったわけではなく,被害者らがエイズ患者として差別されたまま次々と死亡していってよいのか,このままこの問題を闇から闇に葬り去ってしまってよいのか,といった問題意識から提起したものである。
 薬害エイズ訴訟においては,文書提出命令を利用したことはないし,国内の情報公開制度的な手段に基づいて資料を収集したこともない。原告側は,国内において文献の調査をしたり,研究者の協力を得て資料を収集したほか,同種の問題が起こっていたアメリカやフランスにおいて情報自由法を利用したり,弁護士の協力を得たりして資料の収集を行った(岸本佳浩「HIV訴訟における証拠収集」自由と正義48巻2号35頁参照)。民訴法の文書提出命令の制度は当然知っていたが,これは非常に限られた文書のみを対象とするものであり,しかも,文書提出命令の申立てをするには文書の表示,文書の趣旨,文書の所持者,証すべき事実及び文書提出の義務の原因という5つの事項を明らかにしなければならないものとされている。原告側は,厚生省や被告企業がどのような文書を所持しているかを全く知らなかったから,この制度を利用することはできなかった(裁判所に文書提出命令の発令の可否について打診したこともあるが,薬害エイズ訴訟に限って特例を認めることはできないという意見であった。)。しかし,この訴訟の初期の段階で,文書提出命令の制度が有効に機能し,厚生省の所持文書が法廷に提出されていたならば,原告側が総論立証のために数年を費やす必要はなかったであろうし,厚生省の反論が同省の所持文書そのものによって否定されることになったであろうから,早期に争点についての審理に入ることが可能となり,短期間で解決に導くことができたのではないかと思われる。昨年3月に訴訟が一応の解決を見た段階から厚生省が医療体制についての本格的な整備に着手したことを考えると,訴訟がもっと早期に解決していれば助かった患者もたくさんいたのではないかとの感が否めない。
 民訴法の改正案が国会に提出されたのは,薬害エイズ訴訟が大詰めを迎えた段階であったが,我々としては,文書提出命令について公文書が法廷に出にくくなるような改正案が提出されるなどということは全く予想外のことであった。このような改正案が決定されるに当たっては各省庁からの希望があったと聞いたので,我々は各省庁に問合せをしたが,そのような希望をしたと回答した省庁はなかった。したがって,公文書についての文書提出命令を形骸化する方向で改正案を提出させたのが誰かは,いまだに分からないままである。また,法制審議会でどのような議論がされたのか,なぜあのような改正案が通ったのかを知るために,我々は議事録の公表を求めたし,国会議員からも公表が求められたが,簡単な要旨が公表されただけで,具体的な議事は結局明らかにされなかった。このように議論の経過が明らかにされないままに,一部の官僚によって作成された改正案が提出されたことについては,薬害エイズ訴訟の弁護団として,我々の7年間の裁判の苦労を霞ヶ関の人々はどのように見ていたのかと思わざるを得ない。彼らは事実がばれてしまったことがまずかったと考え,これまで以上にフリーハンドを得ようとしているのかもしれない。しかし,薬害エイズのような悲惨な事件を二度と起こさないためにも,情報はできる限りオープンにしておくべきであるということこそ,この事件の教訓とすべきことである。
 情報公開制度については,従来の様々な法律案と比べると,行政改革委員会の要綱案がその作成過程についてもその内容についても非常に前向きなものになっていると思う。しかし,情報公開制度は,国籍を問わず誰もが開示請求をすることができるものであるのに対し,文書提出命令は,裁判の過程で,切実な問題を抱えている者がある文書をどうしても提出してもらいたいという場面の問題であるから,一般の情報公開法では出ないものでも文書提出命令では出るようにしなければならない。薬害エイズ訴訟においては,短期間のうちに判決をもらいたいというのが原告らの切実な思いであったが,最後まで「見当たらない」「存在しない」という役所の対応がまかり通ってしまった。法廷での法務省の役人の対応は,厚生省に騙されたとしか思えないほど,ひどい対応であった(騙されたのでないとすれば,法務省の役人も共犯である。)。このような対応は,文書の存在について裁判所に確認されることはないという高をくくった態度が役所にあるからできることである。したがって,ボーン・インデックスやインカメラは,当然必要である。ボーン・インデックスやインカメラの導入を積極的に考えなければ,「そのような文書はありません」という抽象的な回答で済んでしまうことになりかねないから,いくら文書提出義務の範囲を拡大し,申立てについて緩やかな方式を認めたとしても,意味のある制度にはならない。我々は,決して裁判官が全能であると思っているわけではないが,官僚が全能であるとも思っていない。どのような文書をどの範囲で提出させるかについては,裁判官が判断することができる制度にする必要がある。以上のような基本的な姿勢で,文書提出命令の制度を作ってもらいたい。
  (吉岡氏)  主婦連合会は,アメリカのケネディ大統領が「消費者の4つの権利」を提唱した時代から消費者の知る権利は非常に大切であるという認識(例えば,ニセ牛缶事件のように表示と中身が異なっているのはおかしいという問題も知る権利の一つであるという位置付け)に立って,情報公開法制定のためにいろいろな消費者運動を行ってきた。
 情報公開法の制定に先立っては,地方自治体にいわゆる情報公開条例の制定を促す運動をしてきたし,各地方自治体で制定された情報公開条例が本当に役に立つかどうかは実際に使ってみなければ分からないと考え,情報公開条例に基づいて実際に情報の開示を求める運動にも取り組んできた。初期の頃は,条例に基づいて情報の開示を求めると,少し待ってくれと言われ,調べたところ請求に係る公文書は存在しないから請求を受け付けても仕方がないという理由から,窓口で門前払いをされることもあった。そこで,これではいけないと思い,請求に係る公文書が存在しないことについて,公文書による回答を求めてきた。例えば,東京都の衛生局の検査によって,食品衛生法上使用が禁止されている薬品を使用して消費者を騙した肉屋が摘発された事件があった。そこで,我々は,東京都にその店の名前を尋ねたが,回答できないと言われ,また,営業停止処分の期間も尋ねたが,いつからいつまでかは決まっていないと言われた。それでは営業停止処分を受けていることは店頭に表示されるのかと尋ねたが,その義務はないとの説明であり,従業員慰安のためとか,店内改装のためといった理由で店を閉じていても構わないということであった。これはおかしいと思い,情報公開条例を利用して店名の開示を求めたが,開示請求の受付窓口で該当する公文書はないと言われた。そこで,公文書がないことについて公文書による回答を求めたところ,該当する公文書があることが判明した(結果としては不開示であったが。)という経験がある。このようにして,公文書で返事をすることになると,安易に存在しないとは答えにくいということを実感した。
 また,製造物責任法が制定される前に,製造物責任に関する訴訟にもかかわった経験がある。このケースは,自転車のハンドルがとれて転倒するという事故が同じメーカーの製品で2件続けて発生し,メーカー側との裁判外での交渉を経て,訴訟になったものである。このケースでは,訴訟前の交渉の過程において,電子顕微鏡で撮影した写真があることが分かっていたため,訴訟において,その製品に欠陥があったかどうかを立証するための証拠として,その写真の提出を求めた。ところが,メーカー側の代理人は写真の存在を否定し,しかも,民訴法では原告側に立証責任があるから原告側が証拠を提出すべきであると主張したため,我々は,手持ちの写真のコピーを証拠として提出した。その際,代理人の弁護士からは,文書提出命令という制度があり,これによれば提出を求めることができるという説明を受けたが,このケースでは,そのような手段に訴える前に我々の要求が認められた。
 以上のように,我々が納得することができる情報公開法を実現するためには,地方自治体の情報公開条例を利用した場合にどの程度の情報が開示されるかを知らなければならないと考えて,これまでこの問題に取り組んできた。95年には,その年の全国消費者大会を機に,家電製品から発煙・発火があった事故例について,全国で一斉に情報公開条例を利用した公開請求運動に取り組んだ。その結果,開示された情報の程度は自治体によってかなり差があり,文書の大部分が墨塗りされ,内容がほとんど分からなかったようなものから,個人名を除き,文書の内容がほとんど開示されたものまであった。96年にも同じ内容の公開請求を行ったが,95年には開示されなかったものが96年には開示されるといった例も見られた。製造物責任に関しては,情報公開によって製品名,製造者,購入先,契約先等が明らかになれば,原因を究明する上で大変有意義である。民訴法改正に当たっては,現在の情報公開条例で開示される程度よりも,更に開示の範囲を広げた内容にしてもらいたい。
  (富山氏)  民訴法の文書提出命令がどうあるべきかについては,清水氏が詳しく発言されたと思うので,法律的な視点からではなく,一消費者としての視点から,予防接種による被害を例にとって意見を述べたい。
 我々消費者は,多くの場合,被害者として裁判を起こしている。その一つの例が予防接種に関する裁判である。予防接種法は48年に制定され,その後,集団接種などが義務付けられてきたが,体調が悪い者等に対しても丁寧な配慮がされないまま接種が行われてきたため,かなりの被害が起こっている。MMR(新三種混合ワクチン)は,おたふくかぜ,はしか,風疹の混合ワクチンであるが,このMMRによる被害は,現在までに分かっているだけでも,死亡5名,脳性まひが1名,難聴1名等,1,800名に及ぶといわれている。MMRは,89年4月に鳴り物入りで導入されたが,その2か月後位から前橋市で無菌性髄膜炎の被害が217人に1人出たという調査結果の報告があり,また,91年には約900人に1人が無菌性髄膜炎になったという調査結果の報告もあった。これらの報告は,厚生省にも提出されたはずであるが,公にはされず,厚生省は,副作用が生ずるのは10万人か20万人に1人程度であると説明をしていた。MMRのうち,はしかのワクチンだけは緊急性のあるものとされていたが,おたふくかぜと風疹については,それぞれ必要に応じて個別に接種すれば足りるとされており,MMRによる被害は,緊急性のないおたふくかぜのワクチンによるものであるということがかなり早い時期から分かっていたにもかかわらず,厚生省がMMRを当分の間中断すると発表したのは,ようやく93年4月になってからであった(しかも,中止するとは言わなかった。)。当初の前橋市からの報告に基づいて厚生省が慎重に調査し,その結果を明らかにしていれば,このような被害は起こらなかったのではないかと思われる。
 MMRの接種による被害を巡る訴訟の中には,予防接種をするまでは健康であった子供が接種により死亡した事例で,子供の親が原告となって提起したものもある。この事例は,MMRの接種による被害として厚生省から認定されたのが最初の入院中の治療費だけであり,補償について納得のいく回答が得られなかったため,抗議をしたところ,国からは窓口は市町村であると言われ,また,市町村からは国によって決められたことであるからと言われ,さらに,都道府県からは国と市町村とのパイプ役でしかないと言われ,やむにやまれず訴訟を提起したというものであった。このほか,DPT(ジフテリア,百日ぜき,破傷風の混合ワクチン)の接種による被害についても訴訟が起きている。また,インフルエンザの接種による被害についても裁判が起きている。
 このような中で,93年6月,よりよい予防接種制度の検討と予防接種関連訴訟の支援を目的として,予防接種制度検討市民委員会が発足した。同委員会と他団体は,厚生大臣,保健医療局長及び薬務局長に対して,繰り返し申入れや要望を行っており,その交渉経過をまとめた96年10月15日付け文書及び96年11月17日付け文書を作成しているが,この文書を見れば,厚生省がいかに情報を隠そうとしているかが分かる。
 行政文書を手に入れることは,このような訴訟における重要な足がかりになると思われる。これを入手することができなければ,訴訟を提起する意味が減殺されてしまうであろうし,国を呪うであろう。勇気をもってあえて訴訟を起こしたにもかかわらず,行政文書を入手することもできず,納得のいく結果も得られなかったとすれば,国に対する信頼感を持つことはできないと思われる。法治国家であり民主国家であるために必須の要件は,主権者である一人一人の国民がいかに多くの情報を共有できるかに尽きるのではないか。情報の公開は,国民が政策決定の過程にどのようにかかわることができるかという観点から,非常に重要である。訴訟における文書提出命令がどうあるべきか以前の問題として,行政の在り方をまず問いたい。また,法治国家である以上,司法の在り方も問われているということができる。個々の裁判がいかに公正に行われるかこそが法治国家の真価を問うものであり,公正な判断が行われるということが国民の信頼を増し,国民一人一人の活力を育てる土壌になると考える。公正な裁判が行われなければ,国民一人一人の活力が失われてしまう。したがって,文書提出命令についても,裁判を提起した消費者が必要とするものをできる限り入手することができるような制度にすべきである。
   (亘氏)  我々は,92年11月,農薬裁判と呼んでいる訴訟(残留農薬基準の取消しを求める訴訟)を提起した。輸入農作物の急増に伴い,農薬の残留基準が新たに定められたが,この基準の中に緩やかすぎて到底容認し難いものがあると考えたからである。例えば,クロルプロファムという農薬(じゃがいもの発芽防止剤)については,国内の登録保留基準(環境庁が定めたもの)では0.05ppmとされていたが,新基準では国際基準がそのまま採用され50ppmと定められたほか,他のいくつかの農薬についても,同じように緩やかな基準が設定された。新基準が定められるまでは,残留基準が定められている農薬の種類そのものが少なかったため,我々としても,取引の国際化に伴って残留基準を新たに定めることには賛成であったが,いくら何でも0.05ppmを50ppmにするのはひどいと思い,新基準の50ppmの根拠となった試験データの開示を求めた。しかし,厚生省は企業秘密や知的財産権の保護を理由に開示を拒否したため,新基準の取消しを求めて訴訟を提起したものである。代理人の弁護士からは,行政訴訟で原告が勝訴することは滅多になく,絶望的な裁判であると聞かされていたが,訴訟は初めての経験でもあり,興味と関心,好奇心を持って臨んだので,この訴訟を通じて感じたことをお話したい。
 原告側は,この訴訟において,残留農薬の実態調査もせずに何を根拠に新基準を定めたのかと主張し,その根拠となった試験データの提出を再三にわたって求めたが,被告側は取り合わなかった。裁判長から被告側に対して提出を促す場面もあり,被告側は次回に回答する等の応答をしていたが,それでもなお提出しなかった。また,有機塩素系の農薬で残留性が高く,発ガン性があるとも言われているイマザリルについても,最新のデータの開示を求めたが,被告側は,古いデータを提出したにすぎず,最新のデータは提出できないとして,これにも応じなかった。イマザリルの発ガン性を指摘した知見が出されたのは最近のことであるから,この新しい知見を踏まえた対応が必要になると考えられるのに,その基礎となるデータを明らかにしなかったのである。
 イマザリルの関連文書については,閲覧をすることが認められたが,閲覧でも残念な思いをした。すなわち,我々は,閲覧をしながらメモを取ることができると聞いていたので,10日間ほどのローテーションを組んで,交替で厚生省に赴いた。しかし,閲覧をしている間,厚生省の担当者が始終横に張り付いて監視をしており,発ガン性との関係では特に投与量が問題となることから投与量に関するデータを書き写そうとしたところ,閲覧とは見るだけであり,全部そのまま移すのではコピーをするのと同じであるから,そこまでは認められないと注意され,お情けで見せてやっているにすぎないと言われたりした。このようなことは,職員の配置としても無駄ではないかと思わざるを得ない。
 厚生省は,この訴訟において,食品衛生法は個々の国民の健康を直接守るための法律ではなく,個々の国民は業界に対する指導によって反射的に安全と健康を得られるにすぎないから,原告には訴えの利益がないと主張している。しかし,食料を口にするのは国民一人一人であり,その国民の意見が反映されるシステムになっていなければならないし,また,必要な行政文書がきちんと提出されるようなシステムになっていなければならないと思う。
   (原氏)  製造物責任法の制定に長くかかわってきたことから,製品の安全,欠陥,損害賠償という観点から意見を述べたい。
 民訴法にかかわることはほとんどないが,製造物責任法の制定に続いて民訴法の改正がされるということは知っており,この改正について,通産省が法務省に対して企業秘密の保護を外さないようにすべきである旨の意見を提出したという報道に接したことがある。製造物責任法ができても製品の欠陥については企業秘密と衝突する場面が出てくるため,我々は,通産省の動きは問題であると考え,法務省に尋ねたところ,消費者団体にも正式に意見照会をすることを考えている旨の説明があった。その後2度にわたって意見の照会があったため,我々は,企業秘密の点に論点を絞って民訴法改正についての意見書を法務省に提出した。このため,民訴法の改正については期待を持って議論の推移を見守っていたが,残念ながら文書提出命令については結論が持ち越されて,今日に至ってしまった。
 製造物責任を問う訴訟を手掛けている弁護士からは,この種の訴訟では,企業秘密に阻まれて文書提出命令が機能することは少ないとよく聞く。行政が外部には漏らさないという前提で企業から入手した情報だけではなく,行政が調査や試験等に基づいて取得した情報についても,やはり企業秘密がかかわるため,出てきにくい。しかし,他方,公共の利益もあるのであるから,企業秘密がどこまで優先されるべきかという観点から考えてみれば,企業秘密よりも公共の利益を優先させるべき場合もあるのではないか。企業秘密にかかわるものについても,文書提出命令を拡大し,消費者にとって利用しやすいものにしてもらいたい。
 具体的な事例としては,例えば,ベビーベッド事件がある。これは,85年に和歌山で起きたもので,SGマーク(通産省の外郭団体である製品安全協会が製品の安全性を証するためにつけるマーク)のついた側面ネット式のベビーベッドで,ネットとマットレスとの間の隙間に乳児が落ち込んで窒息死したという事故であり,最終的には和解で解決した。この訴訟では,通商産業検査所でベッドの安全テストがされたことが分かっていたことから,原告は,文書提出命令を申し立て,安全テストの結果を提出するように求めたが,被告は応じなかった。このため,文書の提出・不提出を巡って訴訟が1年以上空転してしまった。
 また,車が高速道路の中央分離帯に乗り上げた自損事故について,車の欠陥ではないかということで訴訟になった。車のメーカーが事故報告書を作成し,運輸省に提出したことは分かっていたが,メーカーは,訴訟においては積極的な主張をあまりしないで,否認を続けた。この事件では,運輸省に対し,弁護士会照会を利用して報告書の有無,事故原因,裁判所への提出の可否について照会をしたが,運輸省は,回答できないということで切手代を返送してきた。裁判所からも運輸省に対して提出を促してもらったが,これに対しては電話で出せないと回答してきただけであった。この事例も,行政が集めた企業の情報が提出されにくいことを示す一例として挙げることができると思われる。
 製造物責任法の制定運動と同時期に起こった事件として,トリプトファンによる薬害がある。この事件は,日本企業が製造した薬の副作用により,死亡者も含めて1,500人ほどの被害者が出たもので,この薬は,日本ではあまり出回っていなかったが,時差ボケや頭痛に効くということからアメリカで大量に出回っていたものである。我々は,「欠陥商品110番」という電話相談を毎年やっているが,そこにもトリプトファンによる副作用ではないかと思われる鋭いしびれや痛みを訴える電話があった。そこで,厚生省に対し,トリプトファンによる被害者であると厚生省が認めた2人は誰なのか,また,個人名がプライバシーにかかわるために開示できないとしても,どのようにしてトリプトファンによる被害であると認めたのか,を尋ねたが,教えられないと言って断られた。このため,欠陥商品110番に電話があった者の症状と比較することはできなかった。この事件は訴訟にはならなかったが,訴訟になってもどこまで文書が出たかは疑問である。他方,アメリカでは,薬を製造した日本企業から資料が提出され,原因究明が進められたため,我々も,アメリカの情報自由法を利用して,日本企業から提出された資料を取り寄せることができた。このように,日本では厚生省で門前払いを受けたのに対し,アメリカでは日本とは比較にならないほど膨大な量の情報を行政から入手することができた。日本でも,情報公開を進めるとともに,訴訟における文書提出命令を拡大してもらいたい。特に,公共の利益にかかわるものについては,たとえ企業秘密であっても開示されるようにしてもらいたい。
  (奥津氏)  情報公開法は広く何人でも情報開示を請求することができる制度であり,我々はこれを推進する立場であるが,これだけでは限界があり,訴訟当事者を含む当事者に対する行政情報の公開のための仕組みを作る必要がある。これには,個人情報保護法の抜本改正,行政手続法の拡充もあるが,文書提出命令もこの一つである。
 例えば,予防接種による被害認定がされずに,不認定処分の取消しを求める行政訴訟を提起した場合に,不認定処分の直接の根拠となった予防接種健康被害認定審査会の会議録や資料など,訴訟に役立つ情報を情報公開条例を利用して入手しようとすることがある。埼玉県では,たまたま情報公開条例が本人開示請求を認めていたために,開示請求が認められたことがあるが,国の場合には,個人情報保護法が不十分なままであり,本人開示が認められていないため,現在の要綱案のまま情報公開法が成立したとしても,個人が識別されるという理由で不開示になるおそれがある。したがって,少なくとも個人情報保護法が抜本的に改正されるまでの間は,訴訟に必要な情報であるにもかかわらず,情報公開法だけでは開示されないエアポケットが生じ得る。また,ある症状がインフルエンザ予防接種の副作用でないと認定されたケースについて,同じような症状でインフルエンザワクチンによる副作用と認定された例がないかどうか,情報開示の請求をしたこともあるが,地方自治体によって開示・不開示の判断は分かれている。このようなケースで問題となるのは他人の症例であるから,たとえ本人開示が認められていたとしても,情報公開制度による開示請求では不開示とされる可能性があり,不開示とされた場合にはやはり文書提出命令が必要になる。
 このように,情報公開法だけでは対応しきれないエアポケットが生じ得るので,文書提出命令の規定が昨年の政府原案のような内容のままでは,将来,情報公開法が成立した後に問題が生ずると思われる。
 まず,文書提出命令の対象については,これが広く一般に行政情報を提供する仕組みである情報公開法の対象よりも狭いのはおかしい(その逆はあり得るが。)ので,この噛み合わせに留意してもらいたい。
 また,不開示とされる範囲については,情報公開法と民訴法との関係がいわば一般法と特別法の関係にあるのであるから,何人に対しても一般に開示される情報は文書提出命令においては当然開示されるべきであり,これに加えて,情報公開法では開示義務のない不開示情報であってもなお,民事訴訟手続においては特別に開示されるようにして欲しい。特に,プライバシーの問題についてはかなり違いが出てくるはずである。例えば,情報公開法による開示請求に対しては個人名(当事者の氏名又は氏名が特定される部分)に墨塗りがされる場合であっても,当該本人が文書提出命令の申立人であれば墨塗りの必要はないと思われる。
 情報公開法要綱案には,いわゆるグローマー拒否(文書の存否について回答しないという規定)が盛り込まれたが,これとの調整も必要になるのではないか。要綱案に対しては,経済界から是非グローマー拒否を盛り込むべきであるとの意見があったと聞いている。A社がBという薬を開発しようとしているとき,A社がBという薬を開発しているかどうかを探るための探索的な請求がされるおそれがあるというのがその理由である。しかし,訴訟で文書提出命令が問題となるのは,既に製品がマーケットに出た後の段階であり,開発中の製品情報が対象とされることはないであろう。したがって,文書提出命令については,情報公開の場面とは異なり,文書の存否を答えるだけで企業の開発情報が分かってしまうという理由でグローマー拒否を導入するということにはならないのではないかという感触を持っている。
 さらに,ボーン・インデックスは是非整備してもらいたい。我々一般市民としては行政情報としてどのような情報があるかは分からないし,裁判所としても官庁がただ提出しないと主張するだけでは判断に窮するであろうから,まずインデックスが必要である。これをもとにして申立人が何を求めているかを明らかにし,その上で裁判所が判断をするなり,更にインカメラを行うなりするようにしなければ,文書提出命令は機能しないと思われる。
 また,インカメラも是非お願いしたい。これは,裁判の公正さを確保するために必要である。情報公開条例に基づく開示請求に対して,地方自治体の側は様々な不開示の理由を主張するが,請求者は当該文書を見ることができないので,その主張が本当かどうかが分からない。ときには,裁判官が実際に当該文書を見てさえいればまさかここまでは言わないであろうと思われるような主張も見受けられる。当事者双方が事実に基づいた主張をするためにも,裁判官がその事実を把握する必要があり,そのための手続を用意しなければ,適正な判断を確保することはできない。
  (質疑応答)
   ○  インカメラについては,当事者が見ていない文書を裁判官だけが見ることになるから,当該文書から裁判官がどのような認識を持つに至ったのかを当事者は知り得ないという面があるが,この点に不安はないか。
   ・  文書提出命令の発令に当たって行政庁の主張だけから判断をするのはいかがかという問題があるし,裁判官だけが見るとしても,それによって行政庁の主張に一定の抑制が働くことになるのであれば,メリットの方が大きいようにも思う。
   ・  インカメラをするまでの手続が重要である。当該文書提出命令の申立てについて何が争点になっているかを明らかにしないまま,インカメラに丸投げをする形になってしまうと,この程度なら提出させてもよいとか,これではまずいとか,漠然とした感覚で結論を出すことになるおそれがある。むしろ,開示を請求する側が争点を設定し,これに対して開示を拒む側が反論をするなどして争点を詰めた上で,裁判官がインカメラによって判断をする必要があろう。このような手続を踏まなければ,裁判所の判断に不服がある場合にも,何を理由に不服を申し立てればよいかすら分からなくなってしまう。したがって,インカメラ手続を導入するとしても,いつ実施するかを完全に裁判官の裁量にまかせるのではなく,不開示によって不利益を受ける側(主として請求者)の意向にも配慮しながら行うべきである。情報公開条例についても,不開示の理由として主張された内容と実際に公開された文書の内容との間の落差があまりにも大きく,嘘をついていたとしか思えないような場合もある。嘘の理由を主張させないためにも,最終的には裁判官が見て判断するという仕組みにしておく必要がある。
6 次回研究会の開催予定  平成9年5月13日(火)午後1時30分から(場所:法務省第1会議室)


(別紙)

文書提出命令制度研究会研究員名簿

 (座長) 竹 下 守 夫  (駿河台大・民事訴訟法)
      秋 山 幹 男  (弁護士・第二東京弁護士会)
      阿 部 一 正  (新日本製鐵株式会社知的財産部専門部長・経団連推薦者)
      伊 藤   眞  (東大・民事訴訟法)
      宇 賀 克 也  (東大・行政法)
      菅 野 雅 之  (最高裁事務総局民事局参事官)
      熊 谷 謙 一  (日本労働組合総連合会労働対策局次長・連合推薦者)
      小早川 光 郎  (東大・行政法)
      長 野 勝 也  (最高裁事務総局民事局付)
      萩 本   修  (法務省民事局付) *
      長谷部 由紀子  (成蹊大・民事訴訟法)
      花 村 良 一  (法務省民事局付) *
      平 山 正 剛  (弁護士・東京弁護士会)
      深 山 卓 也  (法務省民事局参事官) *
      山 下 孝 之  (弁護士・大阪弁護士会)
      山 本 和 彦  (一橋大・民事訴訟法)

*印は幹事役を示す。