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文書提出命令制度研究会(第5回)議事要旨

平成9年5月13日
担当:法務省民事局

1 日  時  平成9年5月13日(火) 13:30~16:40
2 場  所  法務省第1会議室
3 出 席 者  座 長  竹下
        研究員  秋山,阿部,宇賀,菅野,熊谷,坂本,長野,萩本,長谷部,平山,深谷,山下
        ゲスト<順不同>
          (前半)
           トヨタ自動車株式会社法務部東京グループ主査  高 瀬 由紀夫 氏
           東京電力株式会社総務部文書課長        工 藤 健 二 氏
          (後半)
           全国一般労働組合書記次長           田 島 恵 一 氏
           ゼンセン同盟常任中央執行委員         逢 見 直 人 氏
4 議  題  文書提出命令制度の在り方に関するヒアリング(3)・(4)
5 会議経過 
(1)  社団法人経済団体連合会の推薦者から,文書提出命令制度の在り方に関するヒアリングを行った。その概要は,質疑応答を含め,次のとおりである。
 (高瀬氏)  この問題については,行政機関の保有する文書(行政文書)は本来国民の共有財産であるという観点から提出義務を広く認めるべきであるとの意見もある。しかし,行政文書の中には,法令あるいは行政上のニーズに基づいて企業が提供した情報が多く含まれており,これらの情報が例外なく提出義務の対象になるとすると,自己責任の下での企業活動の遂行に支障を来すおそれがある。他方,このような支障を避けるために,企業が自己防衛として行政機関への情報提供を躊躇することになると,行政の遂行に支障を来すおそれがある。したがって,このような事態が生ずることがないように,行政文書の提出義務の検討に当たっては,民事訴訟における真実発見のニーズ,特に行政機関の保有情報を開示すべきニーズと,企業情報を必要とする行政上のニーズ,さらには情報を保護しなければならない企業のニーズとを総合的に勘案して,合理的にバランスのとれた制度となるような立法上の配慮が是非とも必要であると考える。
 まず,第1に,企業情報を保護する必要性,すなわち私文書の提出義務との整合性という観点から,企業が所持している場合に提出義務の対象外とされる私文書(技術又は職業の秘密に関する文書及び自己使用文書)については,これをたまたま行政機関が保持し,行政文書となっていることをもって提出対象となることがないようにしてもらいたい。そうしなければ,これらの私文書について提出義務を免除して秘密保護を図っている趣旨が失われてしまうからである。
 企業は,行政上のニーズに基づく各種の情報提供依頼に対しては,法令上の直接の根拠の有無にかかわらず,第三者に開示しないことを前提として情報を提供しており,行政機関に情報を提供したからといってその秘密性を放棄したわけではない。すなわち,情報の提供は,法令上の根拠に基づく場合であっても,法令上の根拠はなく,単に行政上のニーズに基づいて要請された場合であっても,提供した情報が明示された特定の目的にのみ利用されることを前提として行っている。その中には,私文書としては提出義務を免除されているものもあるし,必ずしも提出義務が免除されているわけではないが,企業としてはできる限り第三者には開示したくない文書もある。例えば,賃金台帳のように,公務員の給与を検討する際の基礎資料として,任意に,しかも極秘に提供しているものもある。賃金台帳については,自己使用文書ではないとして企業に対して提出を命じた裁判例もあるが,性格上,第三者には極力開示したくない文書であることに変わりはない。行政文書にはこのような文書も含まれているので,行政文書に関する文書提出命令制度において,情報提供者が情報提供時に抱いていた情報保護に対する信頼が守られないということになると,あくまでケースバイケースではあるが,リスクを減らすために任意の情報提供依頼には応じないということにもなりかねない。
 第2に,情報公開法の不開示情報との整合性という観点から,情報提供者である企業にとって,どのような情報は第三者に開示される可能性があり,どのような情報であれば不開示とされるかについて,情報提供時に合理的に予見できる制度としてもらいたい。情報公開法と民事訴訟法とでは,法律の目的の差異等から,異なる判断基準を採用せざるを得ない部分があるかもしれない。しかし,行政機関に情報を提供する側にとっては,いかなる法律(根拠)に基づいて開示されるかは問題ではなく,どのような情報がどの程度開示される可能性があるかが重要である。例えば,情報公開法要綱案では,企業秘密には含まれない情報についても,非公開特約が締結され,この特約が合理的と認められるものは開示されず,しかも,行政機関が例外的に開示する場合には情報提供者から意見を聴取する仕組みが採用されている。このような制度の下では,非公開を望む情報については,情報提供に際して非公開とすべき合理的な理由を明らかにした上で非公開特約を締結することにより,企業としては,少なくとも全く知らない間に当該情報が第三者に公開されるという事態を回避することができると考えている。仮に,情報公開法で不開示とされる非公開特約付きの任意提供情報が行政文書に関する文書提出命令によって民事訴訟において開示されるということになると,情報提供者としては,情報提供時に開示可能性を合理的に予見することができなくなってしまい,事実上,非公開特約を締結する意味がなくなってしまう。このように,情報公開法を念頭に置いて非公開特約を締結した上で提供した情報が民事訴訟法の文書提出命令ではどのように扱われるのか等について,両制度が整合性を有し,情報提供者が開示可能性について合理的に予見できる制度としてもらいたい。具体的には,情報公開法要綱案の不開示情報(非公開特約を締結して行政に提供した情報)については,民事訴訟法でも提出義務の対象とはならないという保護を与えてもらいたい。
 第3に,手続面について,情報公開法の第三者保護手続との整合性という観点から,意見聴取の機会の必要性を強調しておきたい。行政文書について文書提出命令が申し立てられた場合,文書の所持者として審尋を受けるのは行政機関であるが,提出を拒絶すべきかどうか,すなわち,文書情報が第三者に開示されても企業活動に支障を来すことがないかどうかは,情報の提供者である企業でなければ判断することはできない。情報公開法要綱案において,開示によって企業の正当な利益を害するおそれがある情報及び非公開特約が締結されている任意提供情報を開示する場合について,当該企業からの意見聴取を行う制度が設けられているのも,このような事情を考慮した結果であると考えられる。
 この点を理解するには,企業が提供する情報の中に,一見して企業秘密とみなされるコストデータや将来の事業計画のほか,一見したところではとても秘密とは思えない情報でありながら,秘密として扱わなければ困るものがあることを理解する必要がある。例えば,国土庁による土地の取得状況調査への回答は,ある企業の土地の取得状況を報告したものにすぎず,秘密とは無関係と思われるかもしれない。しかし,ある企業がある特定地域で広範囲に土地を取得していることが分かると,新しい工場を建設しようとしているのではないか等,その企業の事業計画を推測する資料となり得るし,必要な土地の取得が完了していないということになると,売り惜しみ等が発生し,土地の取得や事業計画の遂行に支障を来すおそれもある。実際にも,新しいテストコースの建設について,地元との調整が終わる前に建設計画がリークされたため,土地を取得することができなくなり,計画そのものを断念したケースがある。もっとも,このケースで既に事業計画を公表していたり,必要な土地を取得し終わっていたとしたら,公表されても問題はなかったと思われるから,同一の情報についても,公表による支障の有無は,公表時期によっても左右され得るということができる。このように,文書情報が第三者に開示されても企業活動に支障を来すことがないかどうかは,当該企業でなければ判断することはできない。また,できる限り文書を開示しなければならないという要請を満たすために文書を部分的に開示する必要が生じた場合にも,当該企業であれば,当該文書に記載されている情報の重要性,証拠としての必要性等に応じてマスキングを施した上で,部分的な開示をすることも可能であるが,当該企業でなければ,どの部分をマスキングすればよいのかという判断はできないであろう(企業が文書を所持している場合には,審尋の機会が与えられるので,その際にこのような判断をすることが可能である。)。このような点を考慮すると,企業に対する意見聴取の機会を設けてはじめて適切な運用が可能になると考える。したがって,行政文書に関する文書提出命令についても,情報公開法要綱案と同様の意見聴取の機会を制度的に保障してもらいたい。
 以上のとおり,行政文書の提出義務の検討に当たっては,(1)提出義務の範囲について私文書の提出義務及び情報公開法による開示の範囲との整合性を図ること,(2)文書提出命令を発令する際の情報提供者からの意見聴取について,私文書の文書提出命令における審尋手続及び情報公開法における第三者保護手続との整合性を図ることの2点を特に要望したい。
 (工藤氏)  行政文書に関する文書提出命令については,高瀬氏の意見と重複する点も多いことを予めお断りしておきたい(なお,弊社の特徴としては,電力事業という公益事業を行っている関係から,監督官庁の指導等を受けることが多く,法令に基づく提出文書はもとより,行政からの依頼に基づく任意の提供文書まで,多数の文書を行政機関に提出していること,また,原子力発電に反対する市民運動の立場からの訴訟を多く抱えていることを挙げることができる。)。
 企業から行政に提供された情報については,民事訴訟法においても,情報公開法要綱案と同レベルの保護をお願いしたい。企業は,行政に対し,一般には公開していない多くの内部情報を任意に提供している。このため,情報公開法要綱案を審議してきた行政改革委員会に対しても,企業情報の保護という観点から,「情報公開の流れは十分に理解できるが,行政が所持する企業情報が安易に公開されることがないように一定の保護を図るべきである」旨の主張をしてきたところである。
 これとは異なる意見,すなわち,情報公開法と民事訴訟法とでは目的が異なり,前者は一般的な情報開示の範囲を定めたものであるのに対し,後者は特定の利害関係を巡る争いの存在を前提として文書提出の可否を問題とするものであるから,両者は必ずしも同一である必要はないとの意見(これは,文書提出命令の対象範囲が情報公開法による開示の範囲よりも広くてしかるべきであるという意見であろう。)も,一般論・抽象論としては理解することができる。
 しかし,行政が所持している情報のうち,少なくとも企業から提供された情報については,以下に述べるような理由から,文書提出命令の対象の範囲を情報公開法による開示レベルよりも広げるべきではないと考えている。
 まず,第1に,情報公開法による開示のレベルは相当高いものであり,企業情報について,民事訴訟でこのレベルを引き上げるのは行き過ぎである。情報公開法要綱案では,企業情報について,法人の競争上の地位,財産権その他正当な利益を害するおそれがあるもの及び公にしないとの約束の下に,任意に提供されたもので,当該約束の締結が合理的であると認められるものが不開示とされているが,他方,人の生命,身体若しくは健康への危害又は財産若しくは生活の侵害から保護するために開示することがより必要であると認められるものの必要的な開示や,公益上の理由による裁量的な開示が認められているから,二重に大きな例外が設けられているということができる。これらの規定が具体的にどのように適用されるかは,実際の適用事例の集積を待つほかないと思われるが,最近の情報公開条例の運用を見ると,接待の相手方の氏名まで公開するケースも現れてきており,情報公開に対するこのような社会的な意識の変化を前提に考えると,情報公開法の運用においても不開示情報の範囲は相当に絞られることになるのではないか。例えば,原子力発電関係の情報などは,それだけで直接あるいは間接に人の生命・身体の安全にかかわるとか,公益上の理由がある等の理由により,比較的容易に開示が認められることになる可能性も否定できないように思われる。
 第2に,民事訴訟法の文書提出命令の規定は,民事訴訟だけでなく行政訴訟にも適用されるが,民事訴訟や行政訴訟の中には,個人の現実的な権利侵害を前提として提起される訴訟のほかに,現実的な権利侵害を離れて,市民運動の一環として自らの主義・主張を実現させるために提起される訴訟もあるように思われる。このような傾向は,行政訴訟において特に顕著である。この種の民事訴訟や行政訴訟の原告による文書提出命令の申立ては,個人の利害関係を巡る争いを解決するためのものというよりは,むしろ自らの主義・主張を実現するためのものであり,実質的には情報公開法に基づく開示請求に等しいということができるのではないか。例えば,原子力発電に反対する市民運動の立場から提起される訴訟には,大別して原子炉の設置許可の取消しを求める訴訟と人格権や環境権等に基づいて原子炉の運転の差止めを求める訴訟とがあるが,いずれについても,市民運動の立場から,訴訟の場を利用して裁判官の訴訟指揮や文書提出命令を引き出すことにより,原子力発電に関する情報の収集を図るという側面があることは否定できないように思われる。
 第3に,民事訴訟の文書提出命令の場合には,情報公開法に基づく開示請求と異なり,立証の必要性があることが要件とされ,これが申立ての濫用に対する一定の歯止めになることは確かであるが,例えば原子力発電関係の訴訟では,当事者間の契約内容とか不法行為の内容等が問題となるわけではなく,原子力発電が安全かどうかという大きな問題が主要な争点となるので,原子力発電の安全性に関係があると認められさえすれば,相当に広範囲の文書について立証の必要性が肯定されることになってしまう。このように,この種の訴訟においては立証の必要性からの歯止めはかかりにくいので,提出義務の要件そのものの中に,申立ての濫用に対する何らかの歯止めが欲しい。このような観点からも,文書提出命令の対象の範囲をむやみに広げるのは適当でない。
 第4に,情報公開法要綱案を巡っても大議論になった点であるが,行政が企業から入手した情報を一定の範囲で保護しないと,企業が情報の提供に消極的となり,その結果,行政が情報をスムーズに入手することが困難となり,ひいては行政の円滑な推進に支障を来すことになるという問題意識がある。この問題意識は,民事訴訟法の文書提出命令についても同様に当てはまると思われる。すなわち,情報公開法で保護される企業情報が訴訟を提起しさえすれば入手することができるということになれば,情報公開法による企業情報の保護は実質的に骨抜きとなってしまい,情報公開法要綱案の策定過程において,行政が保有する企業情報の取扱いを巡って戦わされた議論は一体何であったのかということになるのではないか。企業としては,保護されるべき企業情報が情報公開法又は民事訴訟法のいずれかによって行政外部に開示される可能性があるということになれば,行政への情報提供には慎重にならざるを得ない。
 以上のとおり,行政に提供された企業情報については,民事訴訟法においても,情報公開法と同レベルの保護を与えるべきである。具体的には,例えば,公務員が所持する文書で職務上の秘密に当たるものを提出義務の対象から除外することとし,除外される文書の範囲を情報公開法の不開示情報の範囲とイコールととらえるといった方向が考えられるのではないか。なお,昨年の国会で政府提出法案が批判された理由の一つは,監督官庁の裁量一つで提出義務を負うか否かが決まってしまうという印象を与えたからではないかという感想を抱いているが,公務員の職務上の秘密については,これを保護すべき必要性があり,しかも証人尋問の場面では監督官庁の秘密性に関する判断が尊重されているのであるから,この点との整合性にも留意する必要があると思われる。
 このほか,文書提出命令を発令する際の手続として,民事訴訟法は,第三者に文書の提出を命ずる場合にその者の審尋を義務付けているにすぎないが,情報公開法要綱案は,開示請求の対象に企業情報が含まれる場合には企業の意見を聴取するものとして,企業情報の保護に配慮している。行政文書について提出命令を発令する場合,審尋の対象となるのは行政機関であり,たとえ当該文書が企業から行政に提供された文書であっても,当該企業を審尋しなければならないという解釈にはならないと思われる。そこで,文書提出命令の対象文書が企業から提供された文書である場合等については,当該企業に審尋を受ける機会を与えるものとする等,情報公開法要綱案と同様に企業の意見を聴くための手続を設けてもらいたい。
 なお,民事訴訟法については,新法によってかなり広範な改正がされたので,企業の法務担当として,訴訟の運営がどのように変わるかという視点から勉強をしている。文書提出命令については,行政が保有する企業情報がどの程度保護されるかという点と併せて,3号文書及び4号文書を巡る解釈の行方にも大きな関心を持っている。例えば,従来,利益文書又は法律関係文書に該当する場合でも,職業の秘密が記載されているときは,証言拒絶事由の規定が類推適用され,当該文書を提出しなくてもよいと解釈されていたし,また,消費者訴訟やPL訴訟において証拠の偏在が指摘されるにつれ,法律関係文書の概念が拡大解釈される傾向にあったが,内部文書という概念がこの拡大解釈の限界を画する概念として用いられていたように思われる。新法により4号が新設され,提出義務から除外される文書として職業の秘密が記載された文書や自己使用文書が明示されたが,これらの文書が従来の解釈で提出義務の対象外とされてきた文書と同じかどうか,また,3号の利益文書又は法律関係文書に該当する場合でも職業の秘密が記載されているときは従来と同様に提出しなくてもよいと解釈されることになるかどうかといった点に関心がある。さらに,自己使用文書については,当初は企業の内部だけで使用するつもりで作成したが,その後,行政からの特別の要請に基づいて,任意に,かつ,外部には一切開示しないとの約束の下に提供した文書があったとした場合,行政に提供した途端に自己使用文書でなくなってしまうのか,それとも,所持者が複数であっても互いに外部に公表しないとの約束の下に所持している文書についてはなお自己使用文書としての性格を失わないと考えてよいのかといった点にも関心がある。最後の点に関連して,仮に,自己使用文書であったものが行政からの要請に基づいて提供した途端に自己使用文書でなくなるとすると,行政文書に対する文書提出命令の場面で企業情報の保護が図られたとしても,企業を相手方とする文書提出命令の申立てがされた場合には,企業は当該文書を提出せざるを得なくなるという不合理な結論になるのではないかという指摘をする者もいる。
    (質疑応答)
      ○  インカメラ手続について
      ・  一般論としては,裁判官が提出義務の存否を判断するに当たり,当事者双方の主張だけから判断するよりも,当事者双方の主張を聞いた上で文書を直接に見て判断する方が,それだけ裁判官の判断材料が増えることになるから,より的確な判断を期待することができるように思われる。また,少なくとも企業情報については,裁判官にすら見せられないというような情報は,それほど多くはないと思われる。むしろ,裁判官には文書をしっかりと見てもらった上で,どれだけ大切な秘密であるかを正しく理解してもらうことが適正な判断に結びつくのではないか。もっとも,行政文書一般ということになると,その中には極めて秘密性の高いものもあると思われるので,裁判官にすら見せることがはばかられる場合があるという考え方も理解することができる。
      ・  現行法の下では,裁判官は,当事者双方の主張のうちどちらに分があるかを判断すればよかったが,新法がインカメラ手続を採用した結果,新法の下では,実際に文書を見てその記載内容に基づいて判断しなければならない。したがって,裁判官にとっては相当に負担が増えることになると思われるし,文書の提出によって企業の正当な利益が害されるか否かの判断が微妙な事案において適正な判断をすることは,必ずしも容易ではないのではないか。
      ・  微妙な判断が要求される事例が全国各地で頻繁に生ずるとは思われないが,適正な判断を担保するためには,インカメラ手続を含む新しい制度について裁判官が経験を積むとともに,様々な事例についての裁判例が集積されることが望まれるといえよう。
      ○  情報提供者からの意見聴取について
      ・  この問題については,情報公開法の制定に向けた議論の中で,企業から行政に提供された文書の取扱いを巡って議論されるようになったが,従来の文書提出命令に関する議論では,申立ての対象となった文書が第三者(秘密等の利益を有する第三者)から提供された文書である場合をあまり想定していなかったように思われる。
      ・  企業情報を含む行政文書について文書提出命令が申し立てられた場合には,裁判所が直接に当該企業の意見を聞かなくても,情報提供を受けた行政庁において,当該企業の意見を十分に踏まえて文書提出命令の申立てに対処することになるのではないか。
      ・  行政文書について文書提出命令の申立てがあった場合には,まず当該文書を所持する行政庁において提出に応ずるか否かの判断をすることになると思われるが,当該文書に企業情報が含まれている場合には,まずこの段階で,当該企業の意見を聴く機会を設けてもらいたいと思っている。しかし,インカメラ手続等によって裁判所が最終的な判断をすることになるのであれば,それだけではなく,裁判所が判断する段階でも,裁判所が直接に当該企業から意見を聴く機会を設けてもらいたい。
      ○  官民格差の問題等について
      ・  個人には個人に,企業には企業に,行政には行政にそれぞれ固有のニーズ(例えば,個人のプライバシー,企業秘密,公務員の守秘義務等)があるので,これらの間の取扱いに差があること自体はおかしいとは思わない。問題は,国会の附帯決議にもあるように,その差に合理性があるといえるかどうかであると認識している。
      ・  情報公開法は国民と行政との関係を定めるものであるが,民事訴訟法においては,行政といえども一当事者であることに変わりはないから,行政であることを理由に取扱いに差を設けることは基本的には適当でなく,公益上の要請から行政と民間との間で取扱いに差を設ける場合には,個別法において手当てをすべきではないかという意見を聞いたことがある。
      ・  行政と民間との間で取扱いに差が設けられ,行政文書としては提出を求めることができないが,私文書としては提出を求めることができるという場面が生じた場合には,もっぱら企業を相手方として文書提出命令が申し立てられることになるという懸念が生ずるかもしれない。
      ・  行政と民間との間で取扱いに差があると,例えば,公害訴訟の被告企業が,原告の疾病が公害によるものではないことを立証するために,国立病院及び民間病院が所持する原告のカルテの提出を求めたような場合において,民間病院からはカルテを入手することができるが,国立病院からはカルテを入手することができないという事態が生ずることは考えられるのではないか。
      ・  ケースバイケースであろうが,例えば,原告が健康被害を受けたとして訴訟を提起した場合であれば,原告は基本的にプライバシーを放棄していると考えることができるから,原告の健康被害の有無や程度を証明するためにカルテが必要な場合には,文書提出命令によってカルテを提出させることができると考えることができるのではないか。
      ・  健康被害の事実を疫学的に証明することができる場合等,証拠としての必要性がない場合であればともかく,そうでなければ,訴訟を提起して自らの権利を主張しながら,その権利を基礎付ける事実の立証に必要な証拠の提出をプライバシーを理由に拒むのは,矛盾しているようにも思われる。
      ・  企業には,行政に情報を提供するという立場だけではなく,行政の情報を自ら利用するという立場もあるので,文書提出命令の対象となる行政文書の範囲が広がり,現在よりも行政の情報が公開されるようになることは,企業にとってもプラスに働く面があるのではないか。
      ・  行政情報の公開を進めることは,アカウンタビリティーという観点からみても,時代の流れということができるであろう。文書提出命令の対象となる行政文書の範囲をどの程度広げるべきかについて,一概に言うことは難しいが,少なくとも公害訴訟における原告のカルテのように訴訟の当事者や文書の所持者から任意に提出されてしかるべきであると考えられる文書については,広く提出義務を認めてもよいように思われる。
      ○  非公開特約について
      ・  行政庁が外部には一切公開しないという条件付きで情報の提供を求めてくることは多いが,このような場合に非公開特約を文書で取り交わすことはまずないと思われる。しかし,任意の情報提供は,ある特定の目的のために行っているものであるから,第三者に開示することは基本的に想定していないというべきであろう。もっとも,情報公開法が制定された場合には,非公開特約の存在を明らかにする方法を考えなければならないかもしれない。
      ・  情報の提供者である企業に非公開特約を締結するといった意識は全くなく,情報提供の趣旨や情報の性格に照らして,外部には公開しないことを所与の前提として情報を提供しているということができるのではないか。情報公開法ができた場合には,どのような形で非公開特約を締結するかが課題になるように思われる。
      ・  情報公開法要綱案は,原則として企業の正当な利益を害するかどうかという実質的な要件に基づいて,企業情報を不開示とするかどうかを判断するものとしている。任意提供情報については,このような実質的な基準だけで開示・不開示を決めることとすると行政の情報収集を阻害するのではないかという懸念が出されたために,非公開特約が締結された情報を不開示とすることとされたが,法令に基づいて提供義務を負う情報については,このような懸念はないから,非公開特約を問題とする余地はない。
      ・  法令上の義務規定に基づいて提供された情報であっても,法令上の根拠があるというだけの理由で直ちに不開示とする必要がないということにはならない。法令が提供を義務付けているのは,ある特定の目的を実現するためであるから,法令上の義務規定が一般に公開することを前提としたものでない限り,むしろ提供された情報は一般には公開されないと理解されているのではないか。例えば,統計法に基づく情報提供の場合,集計結果としての統計が公開されるにすぎず,個々の企業のデータが公開されることはないと考えられているのではないか。仮に,法令上の根拠がある場合には全て公開しても構わないということになれば,罰金を課されても情報提供には応じないということにもなりかねないように思われる。
      ・  少なくとも情報公開法が存在しない現行の法制度の下では,法令が一定の場合に情報の提供を義務付けているのは,主として監督官庁による監督権限の行使のための一手段としてであるから,この義務は,情報を外部には公開しないことを前提としたものであると考えられる。
      ・  法令によって情報の提供が義務付けられているといっても,その趣旨は様々であろうから,それらをすべて一律に論ずることはできないであろう。
(2)  日本労働組合総連合会の推薦者から,文書提出命令制度の在り方に関するヒアリングを行った。その概要は,質疑応答を含め,次のとおりである。
 (田島氏)  全国一般労働組合は,100人未満の事業所で働く労働者が4分の3を占める組織であり,未組織労働者を対象とした様々な活動をしている。本日は,連合の基本方針を確認した上で,文書提出命令についての意見を述べたい。
 連合は,毎年,政策・制度要求と提言を行っているが,法務政策の課題の一つとして,「民事訴訟法等の適切な運用」について,「(1)改正民事訴訟法に基づき,公平,適正,迅速,かつ,適正な費用負担のもとに裁判が行われるよう,制度の運用と改善をすすめる。(2)労働事件に関する訴訟手続きにおいて,労使関係や訴訟の実状に十分配慮し,裁判を受ける権利や,労働者の諸権利に十分配慮する。(3)最高裁での上告不受理については,対象案件の「事案集」を適切に公表し,不受理の内容を国民,勤労者が広く検討しうるものとする。事案の内容次第では,上告不受理の再検討をおこなう。(4)証拠提出義務の強化については,対象とする「公務員の職務上の秘密」に関する規定を見直し,公正さを確保する。」等の提言を掲げている。(4)の見直しとは,提出義務を拡大すべきであるとの意見である。また,行政改革政策の課題の一つである「情報公開法の早期制定と公正・透明な行政の確立」の中で,「「情報公開法」の早期制定と情報公開条例の制定促進」について,
「(1)「情報公開法」に次の情報公開5原則を盛り込む。
 ・「知る権利」の保障を法の目的とする。
 ・すべての行政情報を公開請求の対象とする。
 ・公開を原則とし,例外は必要最小限とする。
 ・「何人」にも公開請求の権利を認め,利用しやすい制度とする。
 ・非公開となった場合のために救済機関を設け,迅速かつ公正な再審査を行う。
(2)情報公開5原則を盛り込んだ行政改革委員会・行政情報公開部会の中間報告(情報公開法要綱案)について,その枠組みの積極面を堅持しつつ,不開示情報と行政判断の範囲の絞り込みや不服審査制度の充実等をはかり速やかに法制化する。
(3)民事訴訟法改正にあたっては,「公務員の職務上の秘密」を証拠提出義務の例外とした規定を見直し,情報公開法制定への流れを阻害しないようにする。
(4)すべての自治体で情報公開条例を制定する。」
等の提言を掲げている。
 昨年11月,連合の鷲尾事務局長が行政改革委員会行政情報公開部会の最終報告に対する談話を発表したが,その中で,連合は「非公開範囲をより絞り込み,かつ,できるかぎり具体化することや国民がもっと利用しやすい制度にすることなど,よりー層の内容充実を求めてきた。今回の部会報告は,情報非公開の範囲についてまだ抽象的な部分が残されているが,一定の合理的理由によって非公開とする必要があるものを特定し,それ以外は全て公開するという原則公開の仕組みを提起している。特に,(1)行政機関が保有しているものは決裁などの手続を経たかどうかにかかわらず全て公開請求の対象,(2)情報公開法制定前の行政文書であっても行政機関が保有しているものは公開対象,(3)個人情報でも中央省庁の課長職以上の氏名は公開対象,(4)公開しない約束で国に提供された企業情報について,その約束が常識的に理解できる場合以外は公開対象,(5)国が情報公開を拒否するときは請求された文書の存否を明らかにした上で拒否するのが原則,(6)郵送による公開請求や国の地方機関への公開請求をできるようにする,などを明らかにしたことは,情報公開5原則に沿うものとして高く評価する。連合は,政府がこの報告に沿って情報公開法を速やかに策定,国会に提出し,その実現を図ることを強く求めていく。また,情報公開法が骨抜きにならないように,関係法律との調整に当たっては,行政改革委員会がその実施状況を監視・点検するよう求める」ことを明らかにしている。
   また,民事訴訟法については,文書提出義務の例外とする「公務員の職務上の秘密」を必要最小限とし,その判断の公正さを確保すること及び情報公開法を阻害しないことに留意し,法案検討の動向を踏まえ,必要な見直しを検討することを求めるとともに,刑事訴訟法などの関連法についても検討することを求めている。
   本日のヒアリングでは,基本的に連合と同じ立場(特に,情報公開法への流れを阻害してはならないという立場)から意見を述べたい。
   第1に,原則公開を明文化している情報公開法要綱案の趣旨・目的を阻害しないことを要望したい。情報公開法要綱案は,「国民主権の理念にのっとり,行政文書の開示を請求する国民の権利につき定めることにより,行政運営の公開性の向上を図」ることを目的として掲げ,国民主権の理念をうたうとともに,特定の例外的事由が認められる場合を除き,原則として公開されることを何人にも権利として保障し,行政機関に公開を義務付けている。これは,行政機関の保有する情報は,行政機関のものではなく,国民の共有財産であるという認識の重要性を示すものであると考えられる。したがって,非公開とする「特定の例外的事由」は最小限とし,行政裁量の幅を狭め,公開を原則として国民主権の理念の実現に努めるべきである。民事訴訟法による行政機関の文書提出義務規定も,このような情報公開法要綱案から後退するものであってはならない。むしろ,情報公開法では非公開情報とされるものであっても,民事訴訟の維持に欠かせないものについては,提出させるか否かの判断を行政機関に委ねることなく,インカメラ手続を採用し,最終的な判断を裁判所に委ねるべきである。
   第2に,衆・参両院の法務委員会の附帯決議の趣旨に沿ったものとすることを要望したい。衆・参両院の法務委員会は,公文書についても,文書提出義務を一般義務化し,不合理な官民格差が生じない方向で成案を得るよう努めるべきである旨の附帯決議を付している。私文書について文書提出義務が一般義務化されている以上,行政文書についてのみ提出義務を限定するのは問題であり,行政文書についても文書提出義務を一般義務化すべきである。行政文書の中には,プライバシーの問題や国の安全保障の問題から,提出することができない文書があることは否定できないが,そのような文書の範囲は最小限に限定すべきであるし,そのような文書に該当するかどうかの判断も,行政機関に委ねることなく,司法権を尊重し,裁判所によるインカメラ手続を採り入れることとすべきである。この点の実現なくして官民格差の解消はあり得ないと考える。
   第3に,「公務員の職務上の秘密」を廃すべきであると考えている。なぜなら,今日の行政では,国民の利益や権利にかかわる事項についてまで秘密主義(とりわけ通達主義による行政)が横行しているからである。広く知れ渡っている薬害エイズ問題や,様々な場面で指摘されている官僚の腐敗等は,適切に情報公開が行われていれば生じなかったのではないかと思われる。その意味で,政府提出法案の第220条第4号ロの「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出について当該監督官庁が承認しないもの」が修正されたことを歓迎したい。
   労働行政においても,労働関係法だけでなく,通達によって業務が進められており,関連する秘密文書も「極秘」,「秘」,「部内限」,「取扱注意」に区分されている。記者発表資料等が記事解禁日まで取扱注意とされるのは分かるが,労働者の権利にかかわるものまでが秘密文書扱いとされることによって労働者の権利が侵害されている状況にあるので,その改善を強く求めたい。
   例えば,昭和57年2月22日に基発第l28号として発せられた「第三者からの文書の開示等の要請に対する取扱いについて」に付随して出された「事務処理要領」は,「部内限」の指定を受けているが,なぜ文書の取扱いを定めたにすぎない事務処理要領を秘密文書として扱わなければならないのか理解に苦しむ。労働災害が発生した場合に作成される「災害調査復命書」は,この事務処理要領によって非公開とされているため,労働災害の罹災者本人がどのような労災事故報告書が作成されているかの確認を求めても開示されず,このために罹災者の救済が遅れたり,虚偽の報告がされるという事例も発生している。災害調査復命書は,罹災者本人の救済に役立つものであるから,罹災者本人が開示を求めているにもかかわらず個人のプライバシーを拡大解釈し,プライバシー保護を理由に開示しないのは不自然であるし,その内容の適否をチェックする仕組みがないのも問題である。
   また,昭和57年2月16日の基発第110号は,未払賃金の遡及是正について,労働基準法上は2年間遡及することになっているにもかかわらず,割増賃金については3か月を限度として遡及是正の勧告を行うものとしていた。同文書も「部内限」とされていたが,その存在が明らかとなり,昭和62年7月28日の衆議院の社会労働委員会において永井孝信議員が同文書の問題を取り上げた結果,昭和63年3月16日の基発第159号「賃金不払等に係わる法違反の遡及是正について」により,基発第110号が廃止され,不当な運用が改善されたという経緯がある。このような文書まで秘密扱いとすることは,労働者からの不信を醸成するものといえる。
   さらに,情報公開の問題については,平成3年12月に情報公開問題に関する連絡会議が「情報公開基準について」の申し合わせを行ったが,労働省は,平成4年3月31日に基発第189号「行政情報公開基準の取扱いについて」を発し,公開基準によって「労働基準行政機関としての文書開示に関するこれまでの考え方が変更され,公開する文書の範囲が拡大されるものでない」とした。同文書によれば,法人の人事・労務管理情報は,法人の正当な利益を害するおそれのあるものとして非公開とすることができるものとされ,また,許認可関係文書のうち,時間外・休日労働に関する協定届,就業規則届等も,法人の不利益情報が含まれていることを理由に非公開とするものとされている。しかし,これらの文書を非公開とする必要性には疑問がある。このように,労働者の権利や労働条件に関係する文書であるにもかかわらず,なお開示されないものが存在している。
   全国一般労働組合(東京)では,本年4月から小規模の事業所でも週40時間制が実施されることに伴い,3月末にインターネット上にホームページを開設し,労働相談を始めたが,既に2,000件近くのアクセスがあり,100件近くの相談が寄せられている。その内訳は,勤務時間に関する相談が35パーセント,割増賃金の未払に関する相談が40パーセント,就業規則に関する相談が7.2パーセント等となっている。例えば,地方の障害者が不当に低い賃金で働かされているという相談があり,これを受けて全国一般労働組合(東京)が地元の労働基準監督署に問合せをしたが,最低賃金法の適用除外の許可を受けているかどうかすら明らかにしてもらえなかったこともある。また,中小企業の労働者にとっては就業規則が一つの頼りであるが,就業規則に関する相談によると,全国的にはいまだに就業規則すら見せてもらえないまま労働者が働かされている現実が見られる(事業所で就業規則の閲覧を求めると使用者ににらまれ,他方,労働基準監督署に閲覧を求めても行政文書であることを理由に開示を拒否されることが原因であると思われる。)。
   本日のヒアリングでは,労働組合の立場から労働行政にかかわる事例を指摘してきた。労働者の保護を主任務とする労働省はまだ良心的であると認識しているが,以上で述べたとおり,労働省でも非公開文書の範囲は広過ぎると思われる。行政文書の公開・非公開の問題は,単に労働行政の問題にとどまらず,行政全体の問題である。公開・非公開については,連合の情報公開5原則を徹底し,公開を原則とすることが重要であり,非公開とする場合でも,行政当局が判断するのではなく,インカメラ手続を採用し,裁判所が判断する仕組みとしてもらいたい。
 (逢見氏)  これまで行政改革の問題やボランティアの問題に取り組んできた経験を踏まえて,民事訴訟法改正の際に国会で議論になった「行政の保有する情報を公開する制度」について意見を述べたい。
   第1に,行政に無謬性を求めるのではなく,行政も誤りを犯すことを前提に,行政情報についても開示を原則とし,その判断をチェックする仕組みが必要である。第2に,衆・参両院の法務委員会の付帯決議において「司法権を尊重する立場から」という文言があることを重く受け止めるべきである。第3に,行政文書の提出命令制度を構築するに当たっては,昨年12月に公表された情報公開法要綱案の趣旨を十分に活かしたものとすべきである。以上のような意見を述べる理由は,次のとおりである。
   第1の行政の判断をチェックする仕組みについてであるが,教科書的には,わが国は三権分立とされているが,実際は行政の権限が相当に大きいということができる。日本の場合,国会への法案提出は政府提案がほとんどであり,議員立法は極めて少ない。法案の作成あるいは法律の運用に当たっては,当該法律を所管する大臣の下に諮問機関(審議会等)が設置され,その議を経るのが一般的である。しかし,この審議会は形骸化しており,行政の隠れ蓑になっているのではないかという指摘がある。中には,メンバーが数十人もいて各人が発言の機会を1回与えられるかどうかといった審議会もあるようであり,このような実態に照らすと,審議会の議を経たからといって実質的に各界各層の意見を聞いたということには必ずしもならないと思われる。また,一般国民にとっては,法律の運用に当たってどのような通達が出されているかを知ることは容易でない。つまり,法案の作成段階から,政令,省令,告示,通達,内斡など法律の運用上の具体的解釈に至るまで,行政の手の内にあるといって過言ではない。官僚OBの発言によれば,法律を作る上で大変なのは条文を書くことではなく,他省庁や政治家,業界団体との調整であるという。この調整が大変であるということは,結局,既得権益を失いたくない人間がいかに多いかということの証拠である。
   他方,行政には公正中立が求められ,守秘義務が課され,無謬性が期待されている。このため,過大な期待と間違った時のバッシングに備えて,官僚が過剰防衛ないし責任逃れになる(情報を出したがらない。)という問題がある。この悪循環を断ち切るためには,国民の行政への過度の依存を改め,行政の判断をチェックするシステムを機能させていくことが必要である。また,縦割り行政の中で谷間にある問題については,行政サイドからの積極的な対応がないまま,手を付けられずに放置され,その谷間に落ち込んだ国民が行政不在の中で民事的責任を問われることもある。例えば,ボランティアの全国研究集会のテーマとして取り上げられた問題の中に,ボランティアによる輸送サービスの問題がある。在宅サービスを受けている障害者や高齢者が車いすやベッドのまま車で移動する必要がある場合,ボランティアがガソリン代を実費として受け取って輸送サービスを行っているが,運輸省の解釈によると,このサービスは対価を受け取って輸送サービスを提供していることになり,道路運送法に違反するのに対し,厚生省は,運輸省と話が付いているから大丈夫と言っている。このため,ボランティアとしては処罰される可能性もあるのではないかという不安を抱えている。また,仮に輸送サービスの途中で交通事故に遭ったような場合,運輸省や厚生省がこの問題をどのように考えていたかが問われることもあると思われるが,この問題に関する文書を提出することはできないとか,どのような解釈をしていたかを明らかにすることはできないといった形で行政が責任逃れをし,その結果,ボランティアが損害賠償責任を負わなければならなくなる事態も懸念されている。
   民事訴訟法改正の際に政府原案が国会で修正されたのは,監督官庁が承認しない文書を提出義務の対象から除外した政府原案の考え方が官僚の過剰防衛ないし責任逃れとみなされた結果であると理解している。したがって,その具体的見直しに当たっては,公開を基本原則とすべきである。
   第2の司法権の尊重についてであるが,政府原案のように行政文書をインカメラ手続の対象から外すということは,裁判をする上で当該文書が証拠として重要かどうかについて,裁判官が判断することができないことを意味する。これは,司法が行政をチェックするという三権分立の理念から考えても問題である。したがって,衆・参両院の法務委員会の付帯決議で「司法権を尊重する立場から」と指摘されたことを重く受け止めるべきであり,司法が行政をチェックすることができる仕組みとするべきである。
   第3の情報公開法要綱案の趣旨についてであるが,行政改革委員会は,昨年12月16日に情報公開法要綱案について内閣総理大臣に意見具申し,これを受けて政府は同月25日に閣議決定をし,この要綱案を最大限尊重して早急に法律案をまとめて,1997年度中に国会に提出することとした。情報公開法については与・野党ともに必要性を認めているので,国会に法案が提出されれば,情報公開法は成立すると思われる。連合は,従来から積極推進の立場で,情報公開法の立法化を支援してきた。要綱案には様々な意見があるが,基本的には良い内容であると思っているので,こうした立場から,情報公開法要綱案に盛り込まれた事項のうち評価すべき点,本研究会でも検討すべき点等について私見を述べたい。
   まず,行政文書の対象について,要綱案は「行政機関の職員が組織的に用いるものとして,行政機関が保有しているもの」と定義し,決裁や供覧の前でも組織として用いる文書であれば対象に含まれるものとしている。「組織的に用いるもの」に個人的メモは含まれないと考えられているようであるが,組織としての共用文書の実質を備えた状態,すなわち当該行政機関の組織において業務上必要なものとして利用・保存されている状態のものは,対象文書に含まれるとされている。地方自治体の情報公開条例には決裁や供覧という文書管理規定による手続が終わったものだけを対象文書としているものがあることを考えると,要綱案は対象文書の範囲をかなり広げたものと評価することができる。この点を踏まえて,文書提出命令についても,対象文書を幅広く考えるべきである。
   次に,要綱は,不開示処分に対する不服申立てをする不服審査会を設置するものとしており,この不服審査会の審査において,インカメラ手続や,行政機関が文書ごとにその様式や記載項目,細かな拒否の理由を分類・整理して記載した書類(ボーン・インデックス)を利用する考え方が採用された。インカメラ手続は,地方自治体の情報公開条例に関して既に採用されており,そうした事実を踏まえて要綱案に盛り込まれたものと理解している。また,ボーン・インデックスは,アメリカの情報自由法等の考え方を参考にして採用されたものと聞いている。これらの考え方が採用されたことは評価できるので,文書提出命令についても,これらの考え方を採用してもらいたい。
   不開示情報について,要綱案は,個人情報のうち個人が識別され得る情報を不開示としているが,これによって本来開示されるべきものが不開示とならないように,4項目の例外開示の規定を設けている(要綱案第6(1)イ~ニ)。このうち,ハは,公務員の職に関する情報を不開示情報に当たらないものとし,公務員の氏名についても事案によっては開示することができるものとした。具体的には個別の案件で判断せざるを得ないものの,従来の考え方よりは踏み込んだ内容として評価したい。法人等に関する情報については,行政機関からの要請を受けて,公にしないとの約束の下に,任意に提供されたもので,法人等又は個人における常例として公にしないこととされているものその他の当該約束の締結が状況に照らし合理的であると認められるものが不開示とされた。この規定に対しては,濫用のおそれがあるとの指摘もある。例えば,ニューヨークで起きた大和銀行事件では,大蔵省の銀行局長が口頭で報告を受けていたにもかかわらず米国政府への通報を怠っていたことが,後に米国政府から厳しく批判されたところであり,このような内容まで不開示とすることができるかには問題があるように思われる。しかし,公にしないことを前提にした任意提供情報が後に公開されることになれば相互の信頼関係を損なう(誰も真実を語らなくなってしまう。)ので,このような規定が設けられたこと自体はやむを得ないことであり,運用において個別にインカメラ手続で判断すべきものと思う。国の安全,公共の安全等に関する情報については,要綱案は,「裁判所は,行政機関の長の第一次的な判断を尊重し,その判断が合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるかどうかを審理・判断することとするのが適当である」としている。合理性の有無は個別に判断しなければならないが,裁判所が行政機関の長の第一次的な判断を尊重すべきとの点は概ね妥当であると思う。審議・検討等に関する情報については,意思決定の中立性が損なわれる情報等を不開示としている。審議会等での自由な議論を保障する意味で,テーマによってはこれらの情報をある程度不開示とすることもやむを得ないと考える。もっとも,不開示情報を拡大してよいということではなく,誰もが不開示としてもやむを得ないと思うもの(例えば,警察の取締りの情報等)に限定すべきであり,開示によって監査,検査,取締り等の行政機関の事務又は事業の「適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」があるかどうかについては,インカメラ手続によって具体的に判断すべきものと考える。
   行政文書の存否について,要綱案は,「開示請求に対し,当該開示請求に係る行政文書が存在しているか,又は存在していないかを答えるだけで,不開示情報の規定により保護される利益が不開示情報を開示した場合と同様に害されることとなるときは,行政機関の長は,開示請求に係る行政文書の存否を明らかにしないで,請求を拒否することができる」ものとした。この規定の導入の是非を巡っては,相当な議論があったと聞いている。原則は開示すべきであると思うが,他方,この規定がなくてもよいとは言い切れないところがある。例えば,HIV感染者が感染を理由に職場を解雇されたような場合,不当解雇として労働者を保護すべきであるが,プライバシーの観点から,HIV感染の検査を受けたこと自体は秘密にする必要が出てくる(現実問題としてはHIV患者の受入病院が限られているので,ある特定の病院で検査を受けたこと自体を秘密とせざるを得ない。)。悩ましい問題ではあるが,この規定が入ったことはやむを得ないようにも思う。もっとも,この規定を認めるにしても,行政機関が文書の存否を明らかにすることができない理由を明らかにし,裁判所が最終的な判断をすべきであると思う。
   以上で述べたとおり,行政文書の提出義務の検討に当たっては,原則公開とした上で,情報公開法要綱案の趣旨にのっとり,対象文書の範囲及び不開示とすべき文書を明示するとともに,インカメラ手続を導入すべきである。
    (質疑応答)
      ○  インカメラ手続について
      ・  民事訴訟において国の安全,公共の安全等に関する情報がどのような場面で証拠として必要になるのか,今一つイメージすることができないが,これらの情報にはインカメラ手続にすらなじまないものもあるような気がする。もっとも,具体的にどの範囲の情報がなじまないかは,具体的な場面に即して考える必要があろう。例えば,北朝鮮による小学生拉致疑惑の問題について,国民の安全を守るべき義務違反があったとして国家賠償訴訟が提起された場合に,政府が北朝鮮政府との間でどのような外交交渉をしていたかを明らかにすることが適当かどうかは,極めて高度な判断が必要になるのではないか。このような場合に,インカメラ手続の対象にすることは難しいような気がする。
      ・  秘密に該当するかどうかの判断をインカメラ手続で行うものとすることは理解できるが,事務又は事業の「適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」の有無の判断は,秘密性の判断とは性格が異なる(適正かどうか,おそれがあるかどうか等は,評価の問題であり,インカメラ手続が働くのはその前提となる事実の有無が問題となる場面である。)から,「適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」の有無の判断をインカメラ手続で行うことは難しいのではないか。
      ・  捜査や取締りに関する情報を開示するかどうかが問題となった場合,その捜査や取締りが適法なものであれば,これに関する情報を保護すべきかどうかを判断しなければならないが,その捜査や取締りが違法なものであれば,情報を開示すべきこととなるから,やはり具体的な事案に即して裁判官がインカメラ手続で判断すべき事柄ではないか。
      ・  行政庁が非公開としている行政文書の中には公開しても支障がない文書が相当数あると思われる。したがって,行政庁が公開・非公開を判断するのではなく,行政庁以外の機関が公開・非公開の判断をチェックする仕組みが必要であり,そのためにはインカメラ手続の適用場面を広げる必要があるのではないか。
      ・  行政庁の傾向としては,肝心な部分を行政の内部文書に記載し,公開しない取扱いとすることが多いように思われる。そのため,これまでの訴訟では,行政行為の適否が争われた場合でも,裁判官は肝心の文書を直接に見て判断することができなかった。しかし,判断の公正性を担保するためには,裁判官がインカメラ手続で文書を直接に見ることができるものとする必要があると考える。
      ○  情報公開法との関係について
      ・  情報公開法要綱案の趣旨を踏まえるべきではあるが,民事訴訟法においては,例えば人権にかかわる情報等について,情報公開法よりも広い範囲で提出されるような内容にすべきであろう。
6 次回研究会の開催予定
   平成9年6月10日(火)午後1時30分から(場所:法務省小会議室)