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文書提出命令制度研究会(第7回)議事要旨

平成9年7月8日
担当:法務省民事局

1 日  時  平成9年7月8日(火)13:30~16:40
2 場  所  法務省第1会議室
3 出 席 者  座 長  竹下
        研究員  秋山,阿部,伊藤,宇賀,熊谷,古閑,小早川,坂本,長野,萩本,長谷部,花村,平山,深山,山下,山本
4 議  題  諸外国の法制に関するヒアリング(2)
        (1) アメリカの文書提出命令制度について
          説明: 伊藤研究員
        (2) フランスの文書提出命令制度について
          説明: 山本研究員
5 会議経過
 (1)  伊藤研究員から, 「アメリカ合衆国における行政文書の提出義務及び提出手続」というテーマで調査報告がされた。その概要は,質疑応答を含め,次のとおりである。
   ○ アメリカの証拠法
      アメリカの証拠法の法源には,大きく分けて連邦法と州法とがあるが,両者とも統一証拠規則(Uniform Evidence Rule)が原型となっているため,今回のテーマに関しては,双方の差異は小さい。この報告では連邦法を対象とし,その内容は1996年におけるものを基準とする。
   ○ プリトライアル及びトライアルにおける秘匿特権
      アメリカの民事訴訟は,争点整理としてのプリトライアルの段階と証拠調べとしてのトライアルの段階とに分けられる。プリトライアルにおいては,連邦民事訴訟規則26条(b)(1)が,秘匿特権の対象となるものを除いて,いかなる事項についても開示を求められると定めている(相沢光江=佐藤恭一「アメリカのディスカヴァリー制度」東京弁護士会・法律実務研究6号91,93頁参照)。トライアルにおいては,連邦証拠規則402条,501条が,秘匿特権の対象となるものを除いて,関連性を有するすべての証拠は,トライアルにおいてこれを証拠として使用することができると定めている。基本的には,行政文書の提出の要否も秘匿特権の対象になるか否かで規律される。すなわち,大陸法や日本法では,証言の場合と文書の場合とで異なる規律をしているが,アメリカ法では,証言も文書も規律の仕方は同じであり,証拠方法によって区別されない。
   ○ 秘匿特権の範囲
      秘匿特権の範囲は,「理性と経験に照らして連邦裁判所によって解釈されるコモン・ローの諸原則によって規律される」ことになっている(連邦証拠規則501条)。同条ただし書は,連邦事件においても,州の証拠規則が適用される場合についてのものである。現在の連邦証拠規則501条がこのような抽象的な規定になっているのは,同規則の原案の段階では個々に秘匿特権の類型(申告書ないし報告書(returns),弁護士と依頼者,精神科医と患者,夫婦及び牧師等の宗教家と信者の間の通信,投票,営業秘密,通報者の特定等)を挙げて規定していたが,民事事件・刑事事件双方に適用される証拠規則に対する社会的関心が高く,原案について連邦議会で承認が得られず,抽象的に規定せざるを得なかったことによる。
 もっとも,コモン・ローの諸原則による秘匿特権の具体的類型は,連邦最高裁判所準則(Supreme Court Standard)で定められている。この準則及び州の証拠規則はともに,統一証拠規則の定める秘匿特権の類型を,ほとんどそのまま採用したため,先に述べたように,連邦法と州法との間での差異が小さい。
 連邦最高裁判所準則で定める秘匿特権のうち,今回のテーマに関連するのは,国家機密及びその他の公の情報(連邦最高裁判所準則509条)並びに行政機関への報告書等(同準則502条)である。秘匿特権と公の情報との関係は,連邦最高裁判所準則509条(a)(2)(C)において規定されている。509条の訳は,以下のとおりである(訳は,報告者による仮訳である。)。
      (国家機密及びその他の公の情報(secrets of state and other official information))
       509条
       (a) 定義
        (1) 国家機密
           国家機密とは,合衆国の国防又は国際関係に関連する連邦政府の秘密をいう。
        (2) 公の情報
           公の情報とは,連邦政府の担当部局が保管又は管理し,その開示が公益に反することが示され,かつ,その内容が以下のいずれかの情報を含むものをいう。(A)政策決定又は形成のための資料として提出される連邦政府各部門間の意見又は勧告,(B)連邦法典第18章第3500条(報告者注 刑事訴訟における連邦政府作成文書等についての被告人の提出申立権に関する規定)に基づいて法の執行のために作成される捜査上の資料であって,他の目的に用いられないもの,又は(C)連邦政府の担当部局が保管又は管理する情報であって,担当部局自身の作成によるものか,その権限によって第三者から取得されたものであるかを問わず,連邦法典第5章第552条(Freedom of Information Act ― FOIA)によって一般の利用に供されるものではないもの。
       (b) 秘匿特権の一般原則
          連邦政府は,当該証拠が前項にいう国家機密及び公の情報を明らかにする合理的なおそれがあることを示して,自ら証拠の提出を拒絶し,また何人に対しても証拠の提出を拒絶させる秘匿特権を有する。
       (c) 手続
          国家機密に関する秘匿特権は,当該機密が関わる事項を所管する連邦政府の担当部局の長のみがこれを行使することができる。ただし,公の情報に関する秘匿特権については,連邦政府を代理する弁護士もこれを行使することができる。
 秘匿特権に関する主張・立証(required showing)の全部又は一部は,陳述書面(written statement)によることができる。裁判官は,秘匿特権についての争いを裁判官室で聴聞することができる。ただし,国家機密の場合を除いて,すべての当事者の代理人は,秘匿特権の主張及び立証に立ち会い,意見を述べる機会を与えられなければならない。
 国家機密については,裁判官は,政府の申立てに基づき,秘匿特権に関する主張及び立証をイン・カメラ手続によって行うことを許すことができる。イン・カメラ手続における主張及び立証に基づいて裁判官が秘匿特権を認める場合には,連邦政府の陳述を記載した書面は密封され,控訴のために裁判所の記録に編綴される。
 公の情報に関する秘匿特権については,裁判所は,情報自体(information itself)のイン・カメラ手続による検査を求めることができる。裁判官は,連邦政府の利益を保護し,正義を実現するためにいかなる保護手段を執ることもできる。
       (d) 連邦政府に対する通知
          秘匿特権の主張がなされるべき正当な事情が存在するにも関わらず,誤って(because of oversight or lack of knowledge)その主張がなされないときには,裁判官は,秘匿特権を主張すべき連邦政府職員に対して通知をなし,又は通知をなさしめ,秘匿特権の主張をなすに足る十分な期間の間,訴訟手続を中止しなければならない。
       (e) 秘匿特権行使の効果
          連邦政府が当事者である訴訟においてその秘匿特権の主張が認められ,かつ,そのために相手方当事者が重要な証拠の提出を妨げられたと認められる場合には,裁判官は,正義のために,証人の証言を採用しないこと,審理無効を宣言すること,当該証拠が関わる争点について連邦政府に不利な事実を認定すること,訴えを却下することなどを含めて,いかなる命令をもなすことができる。
      連邦最高裁判所準則509条(a)は国家機密と公の情報を定義し,同条(b)は秘匿特権の一般原則,同条(c)は秘匿特権を主張する手続(誰がどのような手続で主張・立証するか)について規定している。これによると,裁判官は,秘匿特権に関する争いを裁判官室で聴聞することができ,当事者の代理人は,国家機密の場合を除き,公の情報の場合には秘匿特権の主張・立証に立ち会い,意見を述べることができる。国家機密については,政府の申立てに基づき,裁判官は秘匿特権に関する主張・立証をイン・カメラ手続(以下に述べるように,裁判官室での聴聞とは区別される。)によって行うことを許すことができる。公の情報についての主張・立証においては,裁判所は情報自体のイン・カメラ手続による検査を求め,文書を閲読して判断することができる。同条(e)は秘匿特権行使の効果について定めており,連邦政府を当事者とする訴訟では,秘匿特権が認められたとしても,連邦政府に不利な事実を認定することができる。この規定は奇異に思われるが,国家機密や公の情報に関する秘匿特権の特別の性質に基づくものであると説明されている。
 公の情報は,行政機関が管理する情報一般ではなく,情報自由法による公開の対象となるものが除外されており,捜査情報についても特別に規定されている。また,わが国でいわれる内部文書一般ではなく,政策形成過程における部門間の意見又は勧告のみが対象外とされている。政策形成過程における部門間の意見又は勧告が秘匿特権の対象にされたのは,政策形成過程における部門間の自由な意見交換を尊重する趣旨による(Carl Zeiss Stiftung v. V.E.B. Carl Zeiss,Jena, 40 F.R.D. 318 (D.D.C. 1966))。したがって,内部文書であっても,客観的事実を報告するに過ぎないもの,政策決定後に作成された文書はこれに含まれない。また,1通の文書にこれらの文書が混在することがあるから,秘匿特権の判断のためには,文書自体を閲読するイン・カメラ手続が必要になることが多い。
 秘匿特権の要件としての証拠提出による公益の侵害とは,訴訟における真実の発見という訴訟上の公益と秘密にすることにより守られる行政上の公益とを比較し,後者が前者を上回ることをいうと解されている。訴訟上の公益には,証拠としての重要性,当事者の地位,事件の性質等の要素が含まれる。また,情報自由法による開示から除外されている情報についても,開示することによる公益の侵害の要件が必要である。そのため,秘匿特権の範囲は情報自由法による開示から除外されている範囲よりも狭くなる。すなわち,情報自由法で開示から除外されていても,訴訟上の公益を侵害しない場合には,秘匿特権の対象にならないことになり,非開示の範囲は狭くなる。
 秘匿特権に関する判断の手続において,国家機密か公の情報かを問わず,政府は,特定の文書ごとに,その主張を根拠づける立証をする必要がある(Black v. Sheraton Corp., 371 F. Supp. 97 (D.D.C. 1974), Resident Advisory Bd. v. Rizzo, 97 F.R.D. 749 (E.D.Pa. 1983))。裁判所は,秘匿特権の対象となりうるものかどうかを最終的に判断する権限を有する。政府が秘匿特権を主張・立証する方法にはいろいろなものがあり,ヴォーン・インデックスもその方法の一つである。
 秘匿特権の審理では,国家機密と公の情報とで手続が区別されている。国家機密の場合には,当事者・代理人をも排除した裁判官のみによるイン・カメラ手続で審理される。この手続において,裁判官による文書の閲読が行われるかどうかは別の問題であり,イン・カメラ手続だからといって当然に文書を閲読できることにはならない。公の情報の場合には,秘匿特権の審理は裁判官室において(非公開で)行われ,当事者の代理人の立会いが認められる。裁判官が文書を閲読しなければ判断できないとした場合,イン・カメラ手続によることとし,文書の提出を求め,閲読することができる。文書を閲読するイン・カメラ手続を開くかどうかを判断するに当たって裁判所が考慮すべき要素は,国家機密か一般の公の情報か,証拠としての必要性・重要性,連邦政府が原告となっている刑事事件又は被告となっている民事事件であるかなどである(ALR402)。イン・カメラ手続における文書の閲読は,陪審審理の場合には,裁判官が行うが,非陪審審理の場合には,心証に対する影響をさけるためマスター(補助裁判官)を利用することができる(MANUAL FOR COMPLEX LITIGATION 55 (2d ed. 1985))。
 イン・カメラ手続は,広い意味では裁判官室内(in chamber)で行う審理一般を指すが,その中で当事者代理人の立会権があるかどうか,文書の閲読ができるかどうかによって更に狭義の狭イン・カメラ手続と区別される。
 秘匿特権が認められた場合にも,連邦政府に不利な事実を認定し得る効果が発生する理論的根拠について詳しく論じた文献は見当たらなかったが,秘匿される情報の内容というよりも,秘匿特権を主張する当事者が政府であることによるのではないかと思われる。
 秘密行政文書の秘匿特権に対する判断権は裁判所にあるとするのがアメリカの考え方であるが,イギリス法以来の考え方では,裁判所の判断権を否定する説と肯定する説とがあった。否定説の論拠は,裁判所が情報の内容を適切に判断するための専門的知識を有しないこと,行政庁が正当な理由なく情報を秘匿するおそれは少ないこと,裁判所に判断させると秘密漏洩のおそれがあることなどである。肯定説の論拠は,これと正反対に,裁判所が情報の内容を適切に判断するための専門的知識を有すること,行政庁には情報を秘匿する傾向があること,裁判官の見識と資質からみて秘密漏洩のおそれはないこと,裁判所は秘匿特権について,より客観的に判断できること,手続を工夫することによって秘密漏洩の危険を減少させられることなどである。現在のアメリカでは,肯定説を採り,手続の工夫を行っている。
 義務報告書に関する制定法上の秘匿特権については連邦最高裁準則502条で定められている。同条の訳は以下のとおりである(訳は,報告者による仮訳である。)。
      (義務報告書に関する制定法上の秘匿特権(Required Reports Privileged by Statute))
       502条
        個人,法人又はその他の公私の団体は,法によって提出を義務付けられた報告書等(return or report)を提出した場合において,提出義務の根拠となる法の規定に従い,その開示を拒絶し,また他の者に対してその開示の拒絶を求める秘匿特権を有する。
 法の規定に基づいて報告書等の提出を受ける公務員又は公の機関は,法の規定に従って,報告書等の開示を拒絶する秘匿特権を有する。
 ただし,報告書等の虚偽記載(perjury, false statements, fraud),又は適用されるべき法の不遵守にかかわる訴訟については,秘匿特権は認められない。
 502条においては,秘匿特権(提出義務)の根拠となる制定法(連邦法と州法)とは何かが問題になる。秘匿特権の根拠となる制定法には,次の3類型がある。第1に,一般的に文書の非開示を規定するものであり,たとえば,納税申告書について,Ohio Rev. Code §5711.11は,「・・・・申告書及びその写しは公開されない・・・・」と規定している。第2に,裁判所の命令による場合以外には,開示されない旨を規定するものであり,たとえば,N.Y. Pub. Health Law §§2301,2306は,特定感染症検査記録について,「・・・・この手続に従って行われる検査等の記録は,封印される。州上級裁判所又はこの手続が行われた裁判所の裁判官(judge or magistrate)の命令による場合を除いて,いかなる者も記録の閲読等(access)を許されない。裁判所等は,検査の対象者に通知し,かつ,正当な理由が認められた場合に限って閲読等を許す命令を発することができる」と定めている。第3に,民事裁判及び刑事裁判を特定して,証拠としての提出義務を否定するものであり,たとえば,Iowa Code Ann. §321.271は,自動車事故報告書について,「事故に関与した運転者は,事故報告書を提出しなければならない。・・・・報告書は,提出を受けた当局のみの利用に供される。ただし,事故に関与した当事者,その者のための保険者,その者の代理人弁護士による求めがなされた場合には,当局は,事故に関与した者の氏名及び住所等(the identity and address)を開示しなければならない。当局は,報告書提出者の書面による求めがなされた場合には,その者の提出した報告書の写しを交付しなければならない。当局に提出された報告書は,その報告書にかかわる事実に基づく民事又は刑事の訴訟において証拠とすることは許されない。法執行官によって提出されたすべての報告書の写しは,事故の当事者,その者のための保険者,その者の代理人弁護士等の求めに応じて交付される。・・・・」と定めている。また,Kann. Stat. Ann. §44-557(b)は,雇い主による事故報告書について,「(a)雇い主は,勤務の過程で従業員について生じた事故の内容を当局の長に書面によって報告しなければならない。・・・・(b)・・・・この報告書は,当局の長による手続,行政手続,又は州のいかなる裁判所においても証拠とすることはできない。」と定めている。N.Y. Labor Law §537は,失業保険給付にかかわる申告書について,「本章の定めによって雇い主又は従業員が提出した情報は,裁定委員(commissioner)がその職務を遂行するためにのみ用いられ,公開され,又は訴訟においてこれを用いることは許されない。ただし,裁定委員が訴訟の当事者である場合にはこの限りではない。・・・・」と定めている。
 判例の全体的な動向として,第1の類型は,連邦最高裁判所準則502条の秘匿特権の根拠となる制定法には当たらないと判断している。一般的に非公開にしているからといって秘匿特権が認められるわけではないというのがその理由である。例として,KRIZAK v. W.C. BROOKS&SONS,INCORPORATED, 320 F.2d 37 (1963)は,「自動車事故について運転者が提出した事故報告書は,ヴァージニア州法(§461-400)によれば,秘匿特権の対象となるが,その内容について提出者たる運転者を尋間することは妨げられない」としている。また,STEPEHNSON v. MILLERS MUTUAL FIRE INSURANCE COMPANY, 236 F. Supp. 420 (1974)は,「自動車事故について運転者と保険会社との間に交換された文書は,アリゾナ州法(§28-673)で秘匿特権を認められる事故に関する報告書に含まれない」としている。第2の類型も,裁判所の命令があれば開示されるわけだから,502条の秘匿特権の根拠にならない。結局,第3の類型で,民事又は刑事の特定の事件において,特に証拠として使用することができないと定めている場合のみが秘匿特権の根拠になる。しかし,第3の類型でも秘匿特権を否定した事例があり,秘匿特権の根拠となる制定法の範囲については,厳格解釈の傾向がある。
   ○ 質疑応答
    ・  "in camera"とは,英語では"in chamber"と同じではないか。
 一般的用語としてはその通りだが,準則の文言では,この二つが区別されている。
    ・  特定の民事訴訟又は刑事訴訟において自動車事故証明書の使用を禁止しているアイオワ州法の立法趣旨は何か。
 自動車事故については,後の訴訟で証拠として使用することを制限し,警察行政上の見地から事故をなるべく正直に報告させるようにしたものである。
    ・  アリゾナ州法においては,同じ自動車事故関係の書類でも秘匿特権を否定している事例(STEPEHNSON v. MILLERS MUTUAL FIRE INSURANCE COMPANY, 236 F. Supp. 420 (1974))があるのはなぜか。
 この判例では,秘匿特権を認められる文書の範囲が問題になっており,行政庁に提出した文書ではなく,運転者と保険会社との間に交換された文書は,秘匿特権の対象にならないとしている。秘匿特権の範囲を厳格解釈した事例である。KRIZAK v. W.C. BROOKS&SONS,INCORPORATED, 320 F. 2d 37 (1963)も同様の解釈事例であり,文書の秘匿特権の対象になることから,証言拒絶権としての秘匿特権が認められるわけではないとしている。
    ・  日本のイン・カメラ手続とアメリカのイン・カメラ手続とはどこが違うか。
 アメリカでは,裁判官室で審理されるとしても,文書自体を閲読して審理することとは必ずしも同じでない。
    ・  代理人が立ち会える手続では,本人も立ち会えるのか。
 準則の文言では,counci1となっており,本人を含まない。それでは,本人訴訟のときに困るのではないかとの疑問があるが,本人訴訟は囚人による訴訟(prisoner's suit)以外にほとんど例がなく,実際上問題とならない。
    ・  政府の申立てにより,イン・カメラ手続を開始できることになっているが,政府が自ら文書を裁判官に見てもらいたいときに,イン・カメラ手続を申し立てることになるのか。裁判所が,文書を見なければ秘匿特権について判断できないと考えても,政府が文書を出さなければ,どうなるのか。
 秘匿特権の立証責任は,これを主張する側にあるから,文書の提出を裁判所が命じても,政府が出さないときには,秘匿特権を認めない心証が固まることになる。
    ・  政府が第三者の立場のとき,出さなかったらどうなるか。
 それは,ディスカヴァリー一般の問題であろう。
    ・  企業が行政庁に,公開しない約束をして提出した文書の扱いはどうなっているか。
 これが公の情報に当たれば,特に扱いに区別はない。あるいは,この約定が法律上の根拠に基づくものであれば,502条による秘匿特権が主張できるだろう。単なる約束だけでは秘匿特権は認められない。
    ・  第三者に開示しない約束で政府に提出した文書についての秘匿特権の審理で,イン・カメラ手続に立ち会う代理人に提出者の代理人を含むか。
 含まない。同手続の代理人とは,訴訟上の当事者の代理人である。この点,日本の情報公開法要綱等とは異なるようである。
 日本の文書提出命令の審理において,第三者たる文書の提出者を関与させる手続は用意されていない。
 509条(b)は,第三者が政府の情報を有している場合も規定している。これと同様の規定が営業秘密に関する規定にも設けられているかどうかを確認する必要があろう。仮に設けられていれば,企業が政府の訴訟に第三者として関与できることになろう。
    ・  秘匿特権が認められると,文書の提出義務がないことになるようだが,それでも,政府に不利な事実認定ができるのはなぜか。
 政府が当事者だからということだと思う。
 イギリスにおいても,秘匿特権が認められたにもかかわらず,政府に不利な事実認定がされるとの議論がある。証拠規則は民事事件・刑事事件に共通して適用されるが,主として,刑事事件で被告人の無罪のための証拠に秘匿特権が認められた場合に,この規定の意味がある。行政訴訟で国が被告の場合も,同様のことが認められてよいとの議論がある。
    ・  陪審による審理で,このような効果を及ぼすときにはどうするか。
 裁判官が説示の中で述べることになろう。
 (2)  山本研究員から,「フランスにおける公文書提出命令制度」について,調査報告がされた。その概要は,質疑応答を含め,次のとおりである。
   ○ 民事訴訟における文書提出命令
     (文書提出命令制度の歴史)
      フランスでは1976年から新しい民事訴訟法典が施行されているが,まず最初に,旧法時代からの歴史について簡単に触れておきたい(この点については,町村泰貴「フランスにおけるLe droit a la preuveの観念」北法38巻1号142頁以下が詳しい。)。
 最初の民事訴訟法典であるナポレオン法典(1806年法)には,強制的な文書提出について明文の規定はなく,解釈に委ねられていた。相手方当事者に対する文書提出命令については,学説上,肯定説が徐々に有力になっていったが,第三者に対する文書提出命令については否定説が圧倒的多数であった。また,判例においても,当事者間の文書提出命令について,当初は肯定するものと否定するものとが交錯していたようであるが,次第に肯定例が増加していったのに対し,第三者に強制的に文書提出を命じた例は見当たらないようである。
 フランスにおいては,抗告訴訟はもとより,国家賠償訴訟も行政訴訟として扱われている。したがって,民事訴訟では,行政は第三者であることが通例であり,当事者になることは,まれである。このため,第三者に対する文書提出命令が否定されていた旧法下においては,行政が保有する文書に対する提出命令が問題となることはほとんどなかった(問題意識すらなかった)ようである。
 もっとも,例外的に行政が通常の私人と同様に民事訴訟の当事者となる場合には,当事者間における文書提出の問題として,行政に対する文書提出命令の余地があったと考えられる。例えば,メス控訴院1869年2月25日判決(D.1869.2.95)(判例(1))は,国が村に対して村に所在する森の所有権の確認を求めた事件であるが,裁判所は,国の申立てに基づき,村の公文書館に保管されていた所有権の譲渡証書の提出を命じた。
 また,当事者を通じて行政の文書を裁判所に提出させる運用,すなわち,当事者に文書の提出を命ずることにより,当事者が行政に対して有する開示請求権を行使させ,その結果入手した文書を提出させる運用が行われていたようである。例えば,ナンテール大審裁判所準備裁判官1975年3月11日命令(D.1975.439)(判例(2))は,被告の前科記録の提出が問題となった事件であるが,裁判官は,前科記録を保管する行政庁に対して文書の提出を命ずるのではなく,被告に対し,自分についての前科記録を右行政庁から取り寄せて裁判所に提出するように命じている。
     (租税関係文書の提出命令)
      旧法下における唯一の例外として,租税関係文書については,1962年8月4日法律896号の3条により,一般的な文書提出命令が認められていた。すなわち,同条1項は,「金銭給付を目的とする訴えが提起された通常裁判権裁判所又は行政裁判権裁判所は,租税行政庁及び訴訟当事者に対して,弁論への提示のために,その提出が訴訟の解決にとって有益であるすべての租税関係文書(documents d'ordre fiscal)を裁判所に伝達するよう,命じることができる」ものとしていた(現行租税手続法にも,L143条として同趣旨の規定がある。)。
 この規定は,民事訴訟及び行政訴訟の双方を対象とするものであるが,行政訴訟においては従来から一般的な提出命令が認められていた(この点については後述する。)ので,それを確認した規定にすぎないが,民事訴訟においては提出命令は認められないと考えられていたから,創設的な規定としての意味を持つと説明されている。特徴として,適用される訴訟が金銭給付訴訟に限定されていること,提出命令は裁判所の裁量であって,義務ではないことなどが指摘されている。この規定の適用が問題となる民事事件の具体例としては,扶養料の支払請求訴訟において,被告の支払能力を明らかにする必要がある場合,商事賃貸借の終了に伴う立退料(この額は,賃借人の収益から還元して算出することになっている。)の支払請求訴訟において,賃借人の収益を明らかにする必要がある場合,損害賠償請求訴訟において,被害者の逸失利益を明らかにする必要がある場合等が挙げられている。
 このような提出命令の規定が租税関係文書に限って設けられた理由については,租税関係文書による真実の発見のほかに,正確な租税の申告を促す(申告内容が将来の訴訟において逸失利益や立退料の額を算定する際の証拠として利用されることとすれば,正確な申告をするインセンティブとなる。)ことも立法趣旨の一つであると説明されている。
     (現行の文書提出命令制度の概要)
      新法下の文書提出命令制度については,新民事訴訟法典の規定が中心になるが,その前提となる規定が民法に設けられている。すなわち,民法10条(1972年7月5日法律626号による)は,1項で「すべての者は,真実の発見のために,司法に協力しなければならない」ものとして,真実発見のための協力義務を定め,2項で「前項の協力が適法に求められたにもかかわらず,正当な理由なしに右義務を免れようとする者に対しては,必要があれば,間接強制(astreinte)又は民事罰金(amende civile)の制裁により,義務の満足を強制できる。但し,損害賠償の請求はそれにより妨げられない」ものとし,協力義務の強制を定めている。第三者に文書の提出を強制することは第三者の財産権に影響するものであるが,フランスの民事訴訟法は法律ではなく,その多くの部分がデクレ(政令)として規定されているため,そのような内容をデクレで規定することについては憲法違反の疑義があった。そこで,この疑義を払拭するため,新民事訴訟法典の第三者に対する文書提出命令の規定の根拠として,民法10条が設けられたものである。
 この民法の規定を受けて,新民事訴訟法典(1972年7月20日デクレによる)は,138条~141条において第三者を相手方とする文書提出命令の規定を設け,これを142条において当事者を相手方とする文書提出命令に準用している。
 まず,138条は,「審理の過程において,一方当事者が,自己が当事者となっていないような公正証書若しくは私署証書又は第三者が所持する書証に依拠するときは,右当事者は,受訴裁判官に対して,右証書又は書証の謄本の提出又は提示を命じるよう,求めることができる」ものとし,当事者の申立権を認めている。ただし,申立てを認めて命令を発するかどうかは,裁判所の裁量に委ねられていると一般に解されている(裁量の範囲が証拠としての必要性の判断にとどまるか,それよりも広いか等については,様々な議論があるようである。)。
 139条は,1項で「前項の申立ては,無形式になされる」ことを,2項で「裁判官は,右申立てが理由のあるものと認めるときは,適当と考える条件又は保証の下に,必要があれば間接強制の制裁の下に,証書又は書証の原本,謄本又は抄本の提出又は提示を命じるものとする」ことを定めている。2項が間接強制の制裁の下に提出を命ずることができるものとしているのは,民法10条2項の規定を受けたものであると考えられる。
 141条は,第三者が提出義務を免れる場合及びその場合の手続を定めた規定であり,「紛議が発生した場合又は何らかの適法な支障(empechement legitime)が援用された場合は,提出又は提示を命じた裁判官は,無形式の申立てにより,命令を訂正又は変更できる。第三者は,新たな命令に対して,その言渡しから15日以内に控訴を提起できる」ものとしている。提出義務の障害事由とされている「適法な支障(empechement legitime)」とは,職業上の守秘義務(secret professionnel)と同義であると一般に説明されている。我が国の民事訴訟法とは異なり文書提出命令を発する場合にも第三者を審尋しないのが原則であるが,第三者は異議を申し立てることができ,異議についての判断に対しては更に控訴を提起することが認められている。
 当事者を相手方とする場合については,142条が「当事者が所持する書証の提出の申立て及びそれに対する提出命令は,138条及び139条の規定に従ってなされる」ものとしている。
     (一般公文書の提出命令)
      フランスでは,公文書の提出命令について特別の規定はない。近時,次のような判例が現れているが,行政訴訟と比べると,公文書の提出が問題となった事例は少ない。
 破毀院民事1部1987年7月21日判決(Bull.n.248)(判例(3))は,夫の不貞行為を理由とする離婚訴訟において,夫の愛人の電話番号を知っていた妻が郵便電話省に対し,当該電話番号の電話契約者の住所及び氏名が記載された文書の提出を求めた事件である。郵便電話省は,提出命令は三権分立に反する旨の主張をするとともに,当該電話契約者との間で契約内容を秘密にする旨の契約を締結していることを根拠に,守秘義務の抗弁を提出した。しかし,裁判所は,原審及び破毀院ともに,提出命令を肯定した。破毀院は,判決の中で,真実発見への協力義務は私人のみならず公法人にも適用されるから,提出命令の相手方が公法人であっても,民事裁判官は権力分立の原則を侵害することなく文書の提出を命ずることができるとの判断を示した。また,郵便電話法典によれば電話加入者の氏名は一般に公開の対象になるものとされているから,郵便電話省は守秘義務を新民事訴訟法典141条の「適法な支障」として援用することはできないとして,守秘義務の抗弁を排斥した。
 著名な民事訴訟法学者であるペロー教授は,判例(3)について,行政訴訟において一般的な提出義務を認める判例とパラレルに理解することができるものであり,民法10条の真実発見のための協力義務を権力分立の原則に優先させたものであるとして高く評価している。本件で問題となった守秘義務については,当事者間の契約上の守秘義務にすぎず,真実発見のための司法への協力義務には劣るものとして,「適法な支障」に当たらない(当事者間の合意によって訴訟への提出を回避することができる秘密の範囲を拡大することは許されない。)との見解を表明している。また,行政庁が提出命令に違反して文書を提出しなかった場合の効果について,行政訴訟では行政側が敗訴の危険を負担するという制裁があるが,行政庁が第三者にすぎない民事訴訟ではそのような制裁がないから,提出命令違反に対しては間接強制を認めるべきであると主張している。
 破毀院民事1部1988年6月21日判決(D.1988.I.R.198)(判例(4))は,医師の懲戒処分に関連して,州の医師会評議会(一種の行政裁判所として懲戒手続を行う機関)が懲戒手続中に作成した報告書の提出が問題となった事件である。原審は提出命令を肯定したが,破毀院は守秘義務の抗弁を認めて提出命令を否定した。破毀院は,一般論としては,判例(3)と同様に,真実発見のための協力義務は情報保持者の法的性質如何にかかわらずすべての者に課されるとしながらも,本件で問題となった文書は医師会評議会の構成員によって作成されたもので,評議の要素を成すものであり,評議の内容については守秘義務が定められている(1948年デクレによる)から,「適法な支障」に当たると判断した。
 破毀院民事1部1993年12月20日判決(J.C.P.1994.Ⅳ.528)(判例(5))は,薬局の営業譲渡契約を締結した当事者間において譲渡価額の適否が争点となり,薬局の調査を定期的に行っている州の社会衛生問題局(DRASS)に対し,薬局の売上高が記載された調査調書の提出が求められた証拠保全事件である。裁判所長は,判例(3)と同様の立場に立って提出を命じたが,その際,破毀院は,間接強制の制裁を付して文書の提出を命じた原審の判断をそのまま容認した。この判決によって,行政庁に対して間接強制の制裁を付して文書の提出を命ずることができることが明らかにされた。
     (文書提出義務の阻却事由)
      以上のように,判例が散見されるにすぎないので,一般論としてどのような場合に公文書の提出義務が認められ,どのような場合にそれが阻却されるかは,必ずしも明らかでないといわざるを得ない。しかし,一般的な文書提出義務についての判例から考えてみても,民事訴訟においては,民法10条の真実発見のための司法への協力義務が強調され,文書提出義務が広く解釈される(文書提出義務の阻却事由が狭く解釈される)傾向にある。例えば,最近では,銀行の守秘義務も提出義務の阻却事由とはならない場合があると解する判例が現れている。
 公文書の提出義務について,具体的には,法定の守秘義務は提出義務の阻却事由になる(判例(2))が,合意による守秘義務は阻却事由にならない(判例(1))と思われる。判例(3)で問題となった薬局の売上高は企業秘密に該当するとも考えられるが,この判例が提出命令を認めたことから考えると,企業秘密は保護されないと解されているようである。これに対し,私生活上の秘密は阻却事由になることがあると解されている。民事訴訟の例ではないが,債権者が給料の差押えのために債務者の雇用主である国に対して債務者の住所の開示を求めた事案において,1990年11月6日の破毀院の判決は,民法10条や民事訴訟法138条以下の要請も私生活上の秘密がかかわる場合には適用されないとして,開示を否定した。
   ○ 行政訴訟における文書提出命令
     (文書提出義務の原則)
      文書の提出を強制することができるという原則を明らかにした判例として,コンセイユデタ1936年5月1日判決(Couespel du Mesnil; Rec.485)(判例(6))がある。これは,海軍軍人の退役処分の取消訴訟において,海軍省に対し,退役処分に関する記録の提出が求められた事件であり,コンセイユデタは,自己の心証を形成するために必要であり,その性質上原告の主張の真否の確認を許すようなすべての文書の提出を命ずる権限を有することを明らかにした。現在に至るまでこれと同趣旨の判例が多数現れており,確定判例といってよい。
     (文書提出命令の要件)
      コンセイユデタ1954年5月28日判決(Barel; D.1954.594)(判例(7))は,ENA(行政官僚を育成する学校)への受験を拒否された原告が受験拒否処分の取消しを求めた訴訟において,共産主義思想の故に差別されたとの主張を証明するために,受験関連記録の提出が求められた事件である。この判決は,原告が自己の主張を伝えるために全体の状況及び特定の事実を示し,それが「真剣な推定」をもたらすときは,裁判所は,行政庁に対し,自己の心証を形成し,原告の主張を検証するのに有用なすべての文書の提出を求める権限を有する旨を判示して,提出命令を肯定した。このような場合,一般的には原告側に立証責任があるとされており,この判決も行政庁側に完全に立証責任を転換したものではないが,原告側に一定の行為,すなわち「もっともらしさの主張」(立証の端緒ともいわれる。)を求め,原告が裁判官に疑問を抱かせるだけの資料を提出した場合には,行政庁側がすべての証拠を提出する義務を負うものとしている。
 「真剣な推定」の要件は,比較的緩やかに運用されているようであり,最近のコンセイユデタの判決には,「真剣な議論」という表現を用いて,原告側の主張・立証の負担を軽減するものも見られる。
     (文書提出義務違反の効果)
      行政庁が文書の提出を拒否するときは,裁判所は,その提出拒否を含めたすべての事実を考慮して原告の主張が立証されたと判断することができるものとされており(判例(7)),裁判所は行政庁を敗訴させることもできる。この文書提出義務違反の効果は,行政庁が文書を提出しない理由の如何を問わずに認められるものであり,行政庁が悪意で提出しない場合だけでなく,記録が散逸して提出することができない場合でも同様であると解されている。
     (文書提出義務の阻却事由)
      文書提出義務の阻却事由としては,一般に次の3種類が挙げられている。ただし,この3種類の事由に限定されると解されているのか,実際に問題になる事由としてこの3種類が多いということなのかは,はっきりしない。
 第1は,国防関係の情報である。
 代表例として,コンセイユデタ1955年3月11日判決(Coulon; Rec.149)(判例(8))がある。この事件は,国防省を解雇された原告が解雇は政治活動を理由とするものであるとしてその取消しを求めた事件であり,原告に関する記録の提出が問題になった。原審は,裁判官だけが見ることを条件として記録の提出を命じたが,コンセイユデタは,提出された記録は当然に当事者に伝達されるものであり,原審のような条件を付して秘密裏に提出させることは違法であると判断し,原判決を取り消した(インカメラ手続については後述する。)。提出義務については,従来の判例の立場を踏襲した上で,提出義務が阻却される唯一の例外は文書の伝達が法律(特に国防秘密の漏洩を禁ずる刑法78条)によって排除されている場合であるとするとともに,管轄行政庁が国防の要請により開示から排除されると考えるすべての文書は提出義務の例外となるとの判断を示した。これは,提出義務の除外事由の存否の判断を行政庁に委ね,行政裁判所には判断権がないとするものであるが,他方,この判例は,行政庁が提出を拒否した場合でも,裁判所はすべての必要な釈明(特に,文書の性質及び拒否の理由についての釈明)をするためにあらゆる手段を講ずることができ,行政庁がこれに応じないときは,その態度をも考慮に入れて判決をすることができるものとしている。提出義務の阻却事由が認められるにもかかわらず行政庁を敗訴させることができる理由については,国防の秘密が認められるのは万人のためであるが,万人のための秘密によって一個人を敗訴させるのは公平でないなどと説明されているようである。なお,当時の刑法78条は,「国家反逆又はスパイの意図なしに,管轄機関により公にされていないもので,その開示が明らかに国防を害するような性質の軍事情報を公衆又は無資格者に知らしめたすべてのフランス人又は外国人は,1年以上5年以下の懲役に処せられる」と定めていた(1992年に制定された新刑法典にも413-10条及び413-11条として国防秘密漏洩罪の規定がある。)。
 コンセイユデタ1962年5月11日判決(Foucher-Creteau; Rec.1962.319)(判例(9))は,戦時中のレジスタンス団体である旨の認定をめぐる事件であり,国防省に対してその認定記録の提出が求められた。国防省は,当初,記録の一部は国防秘密に属するとして提出を拒絶していたが,裁判部長が書簡を出し,国防秘密を理由に提出を拒絶することはできるが,提出がないことを前提に一定の法的な帰結を導く権限はコンセイユデタにある旨を示唆したところ,最終的には記録全部が提出された。この判決を見る限り,敗訴の可能性があるような場合には,重要な国防秘密に該当しない情報は裁判所に提出されているように思われる。
 第2は,犯罪捜査関係の情報である。
 コンセイユデタ1963年10月2日(Houhou; Rec.468)(判例(10))は,飲み屋の営業停止処分の取消訴訟において,当該処分の関係記録の提出が問題となった事件である。行政庁は,犯罪捜査等の秘密の漏洩を禁ずる刑法79条6号に該当するとして提出を拒絶したが,この判決は,判例(8)をそのまま引用し,当局の判断によって記録の提出を拒絶することはできるが,行政庁は裁判所の釈明に応ずる必要があるし,提出拒絶に基づいて敗訴する危険を負担する旨の判示をした。なお,当時の刑法79条6号は,「本法律所定の犯罪の犯人又は共犯者を発見及び逮捕するための措置,起訴若しくは予審,又は判決裁判所の弁論に関する情報を公衆又は無資格者に知らしめたすべてのフランス人又は外国人」を1年以上5年以下の懲役又は3千フラン以上8万フラン以下の罰金に処するものとしている。
 第3は,医療上の守秘義務に関する情報であり,行政庁が保有する個人の医療上の秘密については,第三者に対する提出拒絶が認められている。
 かつては,医療上の秘密は絶対的な秘密であり,患者本人にも秘密にしなければならないと考えられていたようであるが,現在の判例は,秘密の帰属主体である患者本人から医療記録の提出を求められた場合には,行政庁は医療上の守秘義務をもって本人に対抗することはできないとして,提出を命じている。提出を肯定した判例としては,労働事故による長期休暇の申請拒否処分の取消訴訟において上級医療委員会の記録の提出が問題となったコンセイユデタ1969年10月12日判決(Pasquier; Rec.494)(判例(11))や,運転免許取消処分の取消訴訟において医療委員会の記録の提出が問題となったコンセイユデタ1969年10月24日判決(Gougeon; Rec.457, JCP1970.Ⅱ.16569)(判例(12))がある。
 守秘義務については,刑法378条が「医師,外科医その他の開業医(officieir de sante),及び薬剤師,助産婦,その他,身分,職業又は永続的若しくは暫定的な職務により,秘密の保持者となる者はすべて,法律がその開示を命じるか又はそれを許可している場合を除き,右秘密を開示したときは,1月以上6月以下の懲役又は500フラン以上1万5千フラン以下の罰金に処する」と規定している(新刑法典にも226-13条とし秘密漏洩罪の規定がある。)が,このほかにも,守秘義務を定めた規定は多数存在する。しかし,医療上の守秘義務以外の守秘義務については,それに基づく提出拒絶が問題となった事例はないようである。
   ○ インカメラ手続
     (民事訴訟)
      フランスでは,民事訴訟の基本原則として対審主義が強調されており,インカメラ手続は認められていない。民事訴訟法16条2項は,「裁判官は,当事者によって援用又は提出された攻撃防御方法,主張及び文書が当事者の対席で弁論される機会があった場合に限り,それらを判決において顧慮することができる」と定めており,この例外は認められていない。
     (一般行政訴訟)
      行政訴訟においても,対審主義の原則から,インカメラ手続は認められていない(判例(8)参照)。行政訴訟では,民事訴訟よりも裁判所の職権主義が強まるから,より一層当事者の対席を重視しなければならないという説明がされることもある。
 もっとも,租税関係の訴訟においては,インカメラ的な審理が法律によって許容されている。旧租税一般法典1938条6項は,「行政裁判所は,租税庁によって提出された比較のための資料について,非公開法廷(chambre du conseil)において秘密の伝達を受けることができる」ものとしていた。chambre du conseilは,直訳すると裁判官が判決合議をするための部屋という意味であり,非公開の場で,かつ,相手方当事者を排除して審理をすることを認めたものである。比較のための資料とは,我が国の推計課税のような制度を念頭に置いたものであると思われる。また,この規定を継承したと考えられる現行租税手続法L201条2項は,「行政裁判所は,その旨を法廷で求めたときは,評議中に,自らの心証の形成のために,特定して識別された(nommement designe)企業又は個人に関するすべての文書又は書証について,非公開法廷で全面的に伝達を受けるものとする」と定めている。
     (情報公開法(1978年7月17日法)関係訴訟)
      情報公開法が施行された当初,裁判所は,当該文書を見ずに審理・判断していたようである。しかし,このような審理方法については,原告に不利な結論が導かれることが多く,対審主義を強調するあまり,かえって当事者の権利を害しているとの批判があった。このような批判を受けて,コンセイユデタは判例を変更し,インカメラ手続を認めるようになった。
 コンセイユデタ1984年11月16日判決(Mesmin; REC.376)(判例(13))は,租税関係の通達の公開が問題となった訴訟において,公開することが租税犯罪等の検挙に悪影響を及ぼすかどうかが争点となった事件である。コンセイユデタは,この事件において,合議体の構成員の1人を受命裁判官として租税庁に派遣して当該文書を閲覧させ,その裁判官が作成した報告書を対審で審査する方法を採用した。このような審理方法は,判決文中では明らかにされなかったため,必ずしも先例とはならなかったが,下級審の裁判例にはこの方法を採用したものが見受けられる。
 コンセイユデタ1988年12月23日判決(Huberschwiller; D.1989.SC.375)(判例(14))は,フランス銀行の労働組合が同銀行の作成に係る報告書の開示を求めた事件である。この事件で,政府委員(一定の法律事項について裁判所に助言をする者)は判例(13)の審理方法の採用を提案したが,コンセイユデタは,その方法を採用せず,当該文書を裁判所に直接伝達させた上で,原告には開示しないという方法を採用した。コンセイユデタは,判決の中で,手続の対審性がすべての文書の各当事者への伝達を要求するとしても,その要求は,文書の伝達の拒否それ自体が訴訟の対象となっているような文書には適用されないとの考え方を示した。つまり,一般行政訴訟における従来の運用が正しいとしても,文書の開示・不開示そのものが訴訟物となっている情報公開訴訟については例外が認められるとした上で,この場合には,当該文書を開示請求者に伝達することなしに裁判所に提出することを命ずることができるものとした。判例(13)の審理方法を採用しなかった理由については,判例(13)の審理方法では裁判官1人だけが文書を閲覧することになるのに対し,判例(14)の方法によれば裁判所を構成する裁判官全員が文書を閲覧することができるし,判例(13)の審理方法では裁判官が行政庁に出向くことになるから,裁判官を行政庁との対立にさらすことになって不適当である等の説明がされている。
 判例(14)が採用した審理方法は,その後のコンセイユデタの累次の判決によっても承認されており,現在では確定判例になっている。
   ○ 公務員の証言拒絶権
      フランスでは,ほとんど問題になっていないし,議論もされていない。
 新民事訴訟法典206条は,「適法に要請された者はすべて,証言をしなければならない。正当な理由(motif legitime)により正当化した者は,右証言義務を免れることができる」と定めており,行政裁判所法R175条3項にも同一の規定があるが,これ以外には公務員に関する証言拒絶権を定めた規定は存在しない。「正当な理由(motif legitime)」とは,新民事訴訟法典141条で文書の提出を拒絶する事由とされている「適法な支障(empechement legitime)」と同等のものであると一般に解されているが,判例はないし,詳しい学説も存在しない。これは,フランスの民事訴訟及び行政訴訟においては書証が重視されており,証言が証拠として持つ役割は非常に小さい(証人尋問はほとんど行われていない。)ことが理由であると考えられる。
   ○ 質疑応答
     (文書提出義務の拒絶事由について)
    ・  拒絶事由として,民法10条は「正当な理由」を挙げるのみであり,また,新民事訴訟法典141条は「適法な支障」を挙げるのみであって,具体的に何が拒絶事由となるかは,個別法が定める守秘義務によって決まることになる。
    ・  医療的守秘義務に関して,フランスの情報公開法では,医療情報を本人に開示する場合の特別のアクセスの方法が定められており,請求者が指定した医師を通じて開示するものとされている(行政文書へのアクセスに関する法律6条の2第2項)。
    ・  判例(11)及び(12)は裁判所に対して文書の提出を命じたが,1982年1月11日のコンセイユデタの判決は,相続人が被相続人の生前の病状に関する記録の提出を求めた事件について,相続人に直接伝達を求める権利はないが,相続人が指名する医師を通じて伝達を受けることができると判示しており,情報公開法と同旨の配慮が窺われる。
     (行政庁が文書の提出を拒絶した場合の取扱いについて)
    ・  国防関係の情報について,除外事由の存否の判断権は行政庁にあるから,裁判所は,行政庁の釈明が不十分であると考えても提出命令を発することはできない。しかし,本案判決で行政庁を敗訴させることはできると考えられているようである。
    ・  行政庁が文書提出義務の阻却事由があると考え,提出を拒絶した場合に,裁判所から釈明を求められたときは,裁判所に対して,文書の性質,提出を拒絶した理由等を詳しく説明した書面を提出することになり,裁判所は,この書面の内容をも踏まえて判決をすることになる。我が国の行政事件訴訟法27条による内閣総理大臣の異議のように行政庁が釈明に応じて書面を提出したこと自体に何らかの法的効果が付与されているわけではないと思われる。
    ・  裁判所は,行政庁が釈明に応じなかった場合だけでなく,釈明に応じた場合でも,行政庁を敗訴させることができると思われる。しかし,他方,行政庁が釈明に応じなかったからといって,それだけの理由で常に行政庁を敗訴させなければならないというわけではない。
    ・  行政庁が裁判所に釈明するという取扱いは,もともと刑事訴訟において,秘密漏洩罪を審理する場合に,秘密そのものを開示させるのではなく,どのような秘密であるかを行政庁から裁判所に説明させるという取扱いが行われていたのを参考にしたものであるといわれている。
     (インカメラ手続について)
    ・  我が国にはフランス新民事訴訟法典16条のような規定はないものの,我が国でも対審が原則とされていることに変わりはないと考えられる。しかし,我が国の新民事訴訟法は,文書提出義務の存否の審査について,この審査が証拠調べそのものではないことを理由として,インカメラ手続を導入した。これと同じような議論がフランスにもあるのではないか。
    ・  フランスの民事訴訟においては対審の原則が最も重要な原則と考えられており,これに反する議論は出てきにくいのかもしれない。
    ・  情報公開訴訟においては,文書の開示・不開示そのものが本案であるから,一般の訴訟においてインカメラ手続を否定しながら,この場合に当該文書のインカメラ手続による審理を認めるものとする考え方には,疑問があるようにも思う。
    ・  情報公開訴訟については,文書を見なければ訴訟物自体について盲目で判断するに等しくなるという点が強調され,対審の原則の例外にはなるが,より大きな悪を避けるためにやむを得ない「より小さな悪」であるという説明がされるようである。
    ・  我が国でも,情報公開法が制定されれば,インカメラ手続の採否が問題になると思われるが,その場合の最大のネックは,裁判の公開原則であろう。
    ・  フランスでは,行政訴訟は書面審理が原則であるし,民事訴訟は公開が原則とされているものの,憲法上の要請ではなく,当事者の合意によって非公開とすることができるものとされているので,インカメラ手続が公開原則に反するという意見は見当たらない。
    ・  民事訴訟においては,公文書の提出命令が認められたこと自体が比較的最近のことであり,判例も少なく,学説の議論も熟していない状況にある。このため,現在のところ,情報公開訴訟においてインカメラ手続が認められるようになったことを踏まえた議論はされていないようである。
6 次回研究会の開催予定  平成9年9月16日(火)午後1時30分から(場所:法務省第1会議室)