
変化は大きなチャンス
川越少年刑務所 就労支援専門官

全国でも40人弱しかいない「就労支援専門官」として勤務する男性は、民間企業の人事部長としての経験もあり、また犯罪被害者家族でもあります。彼は、被害者も加害者も生まない社会であってほしいという思いとともに、組織としても個人としても、閉ざされがちな矯正のことを発信できるようにすること、そして、「変化はチャンス」と捉えて、従来の仕事の繰り返しではなく、仕事の幅を少しずつでも広げていくことが大切だと語ります。
私の仕事は「社会復帰のための支援」
民間企業では、転職しても同じような考え方や仕事の進め方で乗り越えられることが多かったのですが、民間企業から国家公務員に転職して矯正施設に馴染むのには苦労しました。特に就労支援専門官は施設に一人しか配置されていなかったため、他の職員からはなかなか認知してもらえず、何となく「余計なことをしないでほしい」といった雰囲気もありました。採用されて5年目となった今では、就労支援専門官の役割について理解してもらうことができ、他の部署との協力や連携もできるようになったと思います。ようやく、矯正の「あるある」についてもかなり理解できるようになりました。
私の仕事は「被収容者がスムーズに社会復帰するための支援」だと説明しており、刑務所の職員の中では一番社会に近い存在ではないかと思います。川越少年刑務所には3~4年で社会復帰する人が多いので、まずは、社会に出てからも通用するように「規律を守る」ことの重要性について働き掛け、それとともに、刑務所での経験が、社会復帰後にどのように役立つのかを理解させられるような指導を行うことを通じて信頼関係を構築することが大切だと思います。受刑者は、刑期が終われば社会復帰することになるので、自立と自律の両面を備えた人になって出所してくれることが理想です。そのためには、厳しさとともに愛情や思いやりも備えた対応が必要ではないでしょうか。私は、常々、中学校の先生のような存在でありたいと思っています。
犯罪被害者家族として
実は、私も犯罪被害者家族でもあります。実家が震災復興工事関係の架空請求詐欺にひっかかり、数百万円をだまし取られたことがあります。当時は犯人のことを絶対に許せないと思いましたし、犯人たちを二度と社会に戻してほしくないと思いました。また、警察には思うような捜査をしてもらえないと感じていましたし、また、被害者の救済制度はさほど整備されていない一方で、加害者は社会復帰のための準備までしてもらえると感じていました。このようなことから、犯罪被害者家族としては、矯正施設に対してあまり良いイメージは持っていませんでした。
矯正職員の中でも、被害者と関わるのはごく一部です。また、被害者と加害者という立場だけではなく、被害者の家族だったり、加害者の家族だったりと様々な立場の人が矯正施設と関わりを持ちます。そのため、私たち職員が、いろいろな立場の人たちの気持ちを十分に理解できるような関係になることが理想ではないかと思います。
私自身、56歳で採用されるまで矯正の仕事とは全く縁がありませんでした。私の周りには少年院や刑務所に収容される人はいないと思っていましたが、実は私が知らないだけで、周囲に被収容者であった人が存在していたのではないかと思うようになりました。被害者も加害者も生まない社会を構築するために、閉ざされがちな矯正の情報について、組織としても個人としても発信できるようにすることが大事ではないかと思います。
職員は社会との橋渡しも
仕事柄、被収容者を採用している企業の方とコンタクトすることが多いのですが、最近は矯正での様々な改革を知っている方も多くなってきました。我々にとってはあまりいいニュースではないかもしれませんが、マスコミに矯正のことが取り上げられる機会も増えているので、意識してくれている人も増えていると思います。
矯正には、施設の中でできる支援と社会に戻ってからお願いしたい支援があります。社会に戻った人たちを「元受刑者」というレッテルで見るのではなく、納税もするし、一緒に頑張って働いてくれる仲間であるという「社会の一員」として見てもらいたいんです。矯正と社会の関係性についてもっと身近に感じてもらうために、例えば、広報活動や施設見学などを実施して、職員一人一人が塀の中の世界と塀の外の世界の橋渡しになる。そうすること、で私たちのやっていることが認知され、職員のモチベーションの向上にもつながるのではないかと思います。
未来の矯正について
長い時間を経て出来上がってきた現在のルールが今の時代に合っているのかというと、少し疑問に感じる点もあったりします。自分で物事の是非を考えず、命令だからと安易に業務を行ったり、言っても無駄だからとあきらめながら仕事をしたりすることがあるのなら、それは改善するべきと思います。
拘禁刑の導入に伴って様々な改革が行われつつありますが、“変化のスピードは予想以上に遅い”と感じています。民間企業でも、企業理念を変えることには相当な苦労があり、5~10年かけてようやく定着するケースも多いです。そう考えると、矯正の20年後はそんなに大きくは変化していない気もします。今後、様々な改革が本格的に実施されるに従って、これまでに経験したことがないようなことも出てくるかもしれません。そんな時であっても、全職員が前向きに取り組んでいく必要があると思います。
民間企業にいる時も何度か改革を経験しましたが、人間は体験したことがないことを強制されると、できない理由をいろいろと考えます。そんな時は一度立ち止まり、「変化は大きなチャンス」だと捉えて、怖がらないことが重要だと思います。変化していく過程では、様々な問題や課題が生まれてくると思いますが、変化した先にどのようなことが待っているのかなどといった、最終的な目標が具体的であり、それを共有できていることが必要だと思います。
矯正として守っていかなければいけない点はたくさんあると思いますし、拘禁刑の導入に伴う改革によって、全てのことが振り出しに戻ることはないはずです。「変化をチャンス」と捉えて、一人一人の職員が思い切った改革を自分の仕事の中で断行していってほしいと思います。従来の仕事の繰り返しではなく、それぞれ仕事の幅を少しずつでも広げてほしいです。職員一人一人の意識の変化が、20年後の矯正を左右するのではないでしょうか。
そのとき、私は確実に矯正の世界にはいないと思いますが、「矯正は変わった」と内部からも外部からも評価してもらえる日がくることを期待しています。


