経験を新しい矯正に活かす

熊本刑務所 刑務官(被害者担当)

栃木県・山口県・熊本県にある3つの刑務所で勤務。30~50名の受刑者の生活全般の指導や作業の安全衛生管理を担当する「工場担当」を13年務め、男女の受刑者処遇を知る女性刑務官。官民協働を目指した新たな刑務所(美祢社会復帰センター)立上げの際には、全国から来た職員と共に施設環境を考えた経験も。各地の施設で行われている処遇の違いに触れ、失敗しながらも支えられて成長して経験を積み、現在は、犯罪被害者等の方々から、自らが置かれている状況、受刑・在院中の加害者の生活や行動に関する意見を聞き、その意向等を踏まえて、被害者の意見を加害者に伝える「被害者担当官」を務めている。拘禁刑施行などを控え、新たな時代を迎えつつある矯正への希望を語ります。

経験を積んだ先輩に支えられて

栃木刑務所で刑務官に採用され、夜勤をしていた時、美祢社会復帰センターの立ち上げに伴う職員募集があり、すぐに転勤が決まりました。出身地の九州に近いこと、日本で初のPFI施設(官民協働による施設)であること、男女の受刑者を同一施設に収容することなど期待と不安がありましたが、周囲は私のことを優しく送り出してくれました。それから工場担当を13年務めることになるのですが、今思えばたくさんの人に支えられた13年だったと思います。
転勤当初、新採用同然で美祢社会復帰センターの立ち上げに携わったわけですが、当時はせっかちな性格もあって、スピード感ばかり求めてしまった結果、失敗の連続でした。失敗したこと自体が悔しかったこと、怒られて反発心を抱いたこと、先輩職員の優しい一言で立ち直れたことなどたくさんの感情があって、人間として成長できた時期でもありました。
経験を積んだ先輩の言葉は心に残るものです。その言葉は、自分が経験を積み重ねていくことによって指導された当時よりも深く理解できるようになり、10年も経てばその言葉の真意が分かるようになるものだと実感しています。

施設ごとの違いにびっくり!!

美祢社会復帰センターの立ち上げには、全国の施設から職員が集まってきました。集まってきた職員は、それぞれの施設でのやり方や思いを持っているので、それぞれが考える受刑者処遇を一つにまとめることが必要でした。受刑者に対する号令の掛け方も、一から決めなくてはなりません。私も受刑者への「さん付け」や職員の名札着用、男子受刑者には行進を行わせるのに、女子受刑者にはそれがないことには違和感を覚えましたが、細かなこと一つ一つについて意見が対立するのを目の当たりにし、同じ刑務所でも施設によって大きな違いがあることや、違いを乗り越えようとお互い努力することの大切さを学びました。

葛藤の末に見つけた私なりのスタイル

私が担当することになった工場では、二つの作業場に四人の担当職員を配置する「チーム担当制」が導入されることになりました。当所は、ある工場の正担当職員が別の工場の副担当職員と交代しながら勤務することにしたのですが、担当職員のカラーが出しにくいなどの問題があったため、「チーム担当制」から「一人担当制」に戻すこととなりました。改善できるところは改善しながら、私も全国から来た経験豊富な先輩職員からたくさんの知恵や知識を学ばせてもらいました。
私が憧れていた作業場の担当職員は、何とも言葉では表現しにくいのですが、とても存在感のある人でした。憧れていた先輩と同じようなスタイルをまねようとしたがうまくいかず、私のキャラクターと合わずに逆効果でした。試行錯誤する中で見つけた私のスタイルが、緩急をつけることでした。
刑務所には、様々な問題を抱えた受刑者を、たくさん収容しているため、時には厳しく指導しなければいけない場面もあります。でも、厳しく指導することよりも、指導した後の方が大切なんです。受刑者は、職員の何気ない言動に一喜一憂し、時に心情が不安定になることがあります。だから、一時的な感情に流されずに、ちゃんと向き合い、フォローすることを意識的にするようにしていました。
刑務官は、罪を犯した人であっても、同じ人間として向き合い、更生に導くことが仕事です。
でも、担当する工場に、トラブルばかり起こしてしまう処遇の難しい受刑者がいると、その人ばかりに目が向いてしまいます。そうすると、他の人に目が届かなくなり、別の人が問題を起こしてしまうという失敗もありました。こうした経験から、いつも、工場全体の雰囲気を感じながら、受刑者一人一人を観察するように心掛けてきました。

被害者担当官のあるべき姿とは

現在、私は、被害者担当官をしています。被害者と言っても、その立場や置かれている状況は本当に様々で、被害者本人やその家族、被害者でありながら支援活動にも従事されている方など様々です。
まだ少しの経験しかありませんが、これまで被害者の方と接する中で感じているのは、被害者の方はとても傷ついておられるということ。そして、私たち矯正職員のことを「加害者を支援する『加害者側の人』」だと捉えられておられるということです。
被害者の方々は、自らをつらい目に遭わせた出来事について、矯正職員に責任がないことは十分理解されているものの、御自身の感情をどこに向ければいいのか、非常に苦しんでおられるように感じます。加害者である受刑者は、温かい食事が三食用意されるなど、ある一面では、国による保護を受けながら生活しているのに、被害者の方は、犯罪被害に遭うことによって、肉体的にも、精神的にも、経済的にも厳しい状況に置かれています。そうした中で、加害者のこと、ましてや加害者の更生など考えたくないと思われるのも当然だと思います。
受刑者一人一人の特性に応じた処遇・支援を行おうとする拘禁刑の施行を控えた今、私たち職員は、どうすべきなのか、被害者担当官としてどうあるべきなのか、悩んでいるところです。

矯正の新時代を前に

それでも、私たち矯正職員は前に進むことが求められています。刑の執行段階等における被害者等の心情等の聴取・伝達制度、拘禁刑の施行といった新しい取り組みが始まり、矯正の新時代を築き上げていく必要があります。
熊本刑務所では、工場担当職員が「リフレクティング」について学ぶ研修が始まっています。リフレクティングとは、一対一の関係ではなく、第三者が加わることで、それぞれを映す鏡のように、話を聞き、心で受け止めて返すことで、会話の中に隠されているものに向き合うという対話手法です。私も研修に参加していますが、これからの受刑者処遇には必要な技術だと思います。
今後も、矯正という仕事への好奇心を持ち続けながら、新時代の矯正に関わっていきたいと思います。