法制審議会民法(債権関係)部会 第3回会議 議事録 第1 日 時  平成22年1月26日(火)  自 午後1時30分                        至 午後5時54分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)               議 事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会の第3回会議を開会いたします。本日は,御多忙の中を御出席いただきまして誠にありがとうございます。   最初に,今回初めて出席された関係官がいらっしゃいますので,この点について,まず事務当局から説明をお願いします。 ○筒井幹事 この部会のメンバーとして,委員・幹事のほかに関係官というカテゴリーがあり,この関係官としては,事務当局のスタッフのほか関係省庁にも参加していただくことを想定しております。もっとも,関係省庁につきましては,第1回会議の際に御説明いたしましたとおり,関係する省庁の数が大変に多いことと会場のキャパシティーとの関係で,そのすべてに常時御出席いただくことが困難ですので,各回の会議ごとに審議予定の事項を考慮して適宜出席していただくことを考えております。このような考慮のもとで,今回の会議から消費者庁と経済産業省に関係官として御参加いただくことといたしました。この点について,まず御報告し,御了解いただきますようお願いいたします。    (関係官の自己紹介につき省略) ○鎌田部会長 本日の審議に入ります前に配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 お手元の資料について確認をさせていただきます。まず,事前送付の資料として部会資料5−1及び5−2を送付させていただきました。その趣旨や内容につきましては,後ほど審議の中で関係官の大畑から説明させていただきます。   次に,本日,部会資料6「民法(債権関係)の改正の必要性と留意点(第1回・第2回会議における意見の概要)」を机上にて配付させていただきました。これは,前回の第2回会議で改正の必要性等について議論していただいた際の御意見を,前回会議で配付いたしました部会資料3に加筆する形で反映させたものであります。この資料の作成に当たりましては,事前に委員・幹事の皆様に御覧いただいた上で,御指摘をいただいた点を反映するという手順をとりましたけれども,最終的には事務当局の責任においてまとめたものであります。この資料は,通常の部会資料と同様に,近々法務省ホームページにて公表いたします。事務当局といたしましては,このような資料を作成したことが改正の必要性等についての関係各界の理解をより一層深めていただく一助となりますことを切に願っているところであります。   次に,委員等提供資料として,深山幹事の所属されている第二東京弁護士会の民法改正問題検討プロジェクトチームから「民法(債権法)改正に関する意見書」をお届けいただきましたので,この資料も本日机上にて配付させていただきました。この部会における検討の初期の段階におきまして,このような充実した意見書を提出していただきましたことは,とりわけ事務当局における今後の準備作業にとって大変有益であります。誠にありがとうございました。   配付資料に関する説明は以上です。 ○鎌田部会長 配布資料のうち,ただいま説明がありました第二東京弁護士会の意見書について,関係する委員・幹事から何か御発言ありますでしょうか。 ○深山幹事 特にはございませんが,前々回,大阪弁護士会の意見書が出て,前回,東弁一弁の関係で資料が出て,本当は前回間に合わせたかったのですが,間に合いませんでしたので,本日お出しした次第です。参考にしていただければと思います。よろしくどうぞ。 ○鎌田部会長 それでは,本日の審議に入りたいと思います。   まず,本日の議題,「民法(債権関係)の改正に関する検討事項(1)」については,今回と次回の2回にかけて御審議いただく予定です。議事次第に〔前半〕とありますのもその趣旨でございます。   そこで,本日の審議の進行予定でございますが,本日の審議の関係で事前に配布されております部会資料5−1「民法(債権関係)の改正に関する検討事項(1)」を御覧ください。本日は,部会資料5−1の1ページ目から始まります「第1 履行の請求」と,3ページ目から始まります「第2 債務不履行による損害賠償」について御審議いただきたいと考えております。さらに,具体的な進行予定としましては,第1と第2を大まかに四つの固まりに分けて御審議いただくことを予定しております。   まず一つ目が,「第1 履行の請求」,これは1ページから3ページの上3分の1ぐらいまででございます。   次に,二つ目が,「第2 債務不履行による損害賠償」のうち,「1 総論」と「2 「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化」,これは3ページから5ページにかけてでございます。   三つ目が,5ページ目の真ん中辺にあります3の「「債務者の責めに帰すべき事由」について」でございます。   四つ目が,6ページの頭からでございますけれども,4の「損害賠償の範囲」から,10ページにあります7の「金銭債務の特則」までを第4のグループにしたいと考えております。   具体的な審議の進め方につきましては,ただいま申し上げました固まりごとに御審議いただくことになりますが,それぞれ最初に事務当局から部会資料の説明をしてもらい,その後,説明がありました部分について,必要な場合には適宜その範囲を区切りながら御意見をお伺いしたいと思います。   それでは,「第1 履行の請求」について御審議いただきます。本日の審議の関係では,部会資料5−1及び部会資料5−2「民法(債権関係)の改正に関する検討事項(1)詳細版」と題するものでございますが,この二つが事前に配布されておりますので,まず事務当局からこれらの資料の説明をしてもらいます。 ○大畑関係官 それでは,まず,部会資料5−1と5−2の関係について簡単に御説明いたします。この二つの資料のうち,主たる部会資料は5−1であり,基本的には5−1に沿って御議論いただきたいと考えております。部会資料5−2は,5−1の内容を再び記載した上で詳細な説明を付け加えた補助的資料という位置づけになりますので,ここでも主に5−1に沿って説明させていただきます。   それでは,「第1 履行の請求」について御説明いたします。   まず最初に,「履行の請求」を検討していただく理由ですが,部会資料5では,主に債務の履行がされなかった場合の一般的な法律関係を取り上げています。この分野で実務的に重要と考えられるのは,「履行の請求」,「損害賠償請求」,「解除」と思われますので,まずはその中の「履行の請求」を検討していただくことにしました。   また,資料を御覧いただきますと,「第1 履行の請求」の中には「1 総論」と2以降の個別論点があります。このうち2以降の個別論点は,これまでの会議で配布させていただきました参考資料等の最近の様々な立法提案に関する御論考などを参考にし,検討する必要があるのではないかと考えて取り上げた論点ですが,検討対象をこれらの論点だけに限定するという趣旨ではありません。むしろ,これらの個別論点以外に検討すべき論点がありましたら是非御意見をいただきたいと考えており,その観点から「1 総論」を設けました。   また,「1 総論」では,履行の請求の見直し全般に関して留意すべき点や,また,見直しの方針等々お気付きの点につきまして幅広く御議論をいただきたいと考えております。   次に,第1の2の「履行の請求(強制)」ですが,現行民法上,履行の請求あるいは強制に関する条文は第414条しかありませんが,その条文からは,債権者が債務者に対して債務の履行を請求することができるという,現行法上当然のこととして認められている原則を読み取りづらいため,これを明らかにする条文を置くべきだという指摘があります。つまり,民法を分かりやすくするという観点から,現行法上当然に認められている原理原則を明文化すべきという提案でありまして,必ずしも現行法の実質的なルールの変更を意図するものではありません。このような考え方につきまして御意見をいただきたいと思います。   次に,2の(関連論点)ですが,履行請求権の明文規定を置くに当たりましては,現行民法第414条との関係をどのように整理するかが問題となります。同条各項の規定をどのように扱うことが民法の分かりやすさにつながるのかという点だけでなく,特に資料に記載しました各案を採用することで,民事執行法との関係に何か影響を与えないかという点や,執行実務に与える影響等につきましても御意見をいただければと思います。   次に,3の「追完請求権」ですが,これにつきましても,現行法上,債権者が不完全な履行をした場合に一般的に追完請求権が認められること自体に争いはありませんが,その旨の条文がありません。民法を分かりやすくするという観点から,追完請求権が認められることを条文上明らかにすることが望ましいという考え方がありますが,この考え方について御意見をいただきたいと思います。   なお,追完請求権の成立範囲につきましては,ほかの制度との関係を整理する必要があり得ます。すなわち,特定物債権の追完請求権につきましては,瑕疵担保責任に関する法定責任説に立てば,一般的には認められないということにもなろうかと思います。また,不特定物債権の追完請求権につきましても,民法第401条第2項の,いわゆる調達義務との関係を整理する必要などがあります。また,このほか,追完請求権の規定を置く場合,不完全な履行という要件を明確化する必要も生じます。   このような留意点も含めまして,追完請求権一般の明文の根拠規定の要否について御意見をいただきたいと思います。   次に「4 履行請求権の限界」です。現行法上,履行請求権は,その履行が不能になった場合等には行使できないと解釈されていますが,その旨の明文規定はありません。この履行請求権の限界につきましても,分かりやすさの観点から,明文規定を置くことが望ましいという考え方がありますが,この考え方について御意見をいただきたいと思います。   そして,(関連論点)の1ですが,履行請求権の限界についての規定を置く場合,具体的な限界事由をどのように設定するかについて検討する必要があります。現在の判例は,「不能」の具体的な中身として,物理的な履行不能だけでなく,法律的に履行が不能となった場合や社会的に見て履行が不能になったと評価できる場合なども含めているとされています。このような判例の傾向を踏まえまして,どのような限界事由を設定すべきかについて御意見をいただきたいと思います。   なお,判例の具体例につきましては,部会資料5−2の13ページに記載がありますので,参考にしていただければと思います。   また,同じページには,外国法等における履行請求権の限界事由についても一部記載があります。これらの中には日本の判例にはまだ明確にはあらわれていない事由も含まれていますので,日本民法においても同様の限界事由が必要であると考えられる場合,その旨の御意見をいただければと思います。   次に(関連論点)の2ですが,この問題は,履行請求権の限界事由を設定するに当たって,不能という概念を維持するかという問題です。つまり,判例が「不能」の範囲を拡大することにより,本来客観的にできない,ということを意味する「不能」という概念を維持する意味が薄れてきているとして,契約の趣旨に照らして履行請求権の限界を判断できるような要件設定をすることが望ましいという考え方があるということです。この点は,今回の見直しに当たり,契約の拘束力にどの程度力点を置くかという問題と関連するところでもありまして,今後も繰り返し話題になるものとも思います。この点は,後ほど御議論いただく第2,3「(2)「債務者の責めに帰すべき事由」の意味・規定の在り方」という論点,部会資料5−1で言いますと5ページに記載のある論点ですが,この論点においてより鮮明にあらわれるものと思いますので,主としてその際に御議論いただくのが適当であると考えております。   最後に(関連論点)の3としまして,追完請求権の限界事由についての記載があります。これは,仮に追完請求権一般の根拠規定を置くことにした場合,それに対応する限界事由の規定も必要となる可能性があると考え,追完請求権の限界事由に関する現在の議論を紹介したものです。例としてA案とB案を記載しましたが,一般的にはA案が有力であるなどとも言われているところです。この点につきましても,何か御意見がございましたらいただきたいと思っております。   「第1 履行の請求」についての説明は以上です。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明がありました「第1 履行の請求」のうち,まず「1 総論」について御意見をお伺いしたいと思います。―よろしいですか。   特に御発言がないようでしたら2以下の個別の論点に進みたいと思いますけれども,先ほどの事務当局からの説明によりますと,個別論点以外に検討すべき論点があったら是非御意見をいただきたいという趣旨でこの総論が設けられたということでございましたので,2以下の論点について御審議いただく過程で何かお気付きの点がありましたら,また御発言を付け加えていただければと思います。そのようなことで,次に進めさせていただいてよろしいでしょうか。―ありがとうございました。   では,続きまして,第1の「2 履行の請求」,「3 追完請求権」,「4 履行請求権の限界」に関する御意見をお伺いしたいと思います。この部分は特に項目ごとに区切ることなしに一括して御意見をお伺いしたいと思いますので,どの箇所からでも御自由に御発言をいただければと思います。 ○山本(和)幹事 2の「履行の請求」の部分についてでございます。全体的には,ここに書かれています実体法と手続法の機能分担という観点について御配慮をいただきたいということです。現行民法が制定されたときと比較して,現在は民事執行法という単行法が強制執行について基本的には簡潔的な形で規律するような法律として存在しております。そういうところからすれば,手続的な規定については,基本的にはその手続法,民事執行法の中で規定を置いていく,実体的な部分について,必要なものについて民法に規定を置いていただくということが,法律相互の関係から明確性を持ち,また,分かりやすいものになるのではないかという印象を持っております。   あと,各論的に,(関連論点)について,そういう観点から幾つかのコメントをさせていただくとすれば,1の点につきましては,これが仮に手続法上の裁判所に対する公法的な請求権を規定している規定であるとすれば,今のような趣旨からすれば,もし規定を置くのであれば,民事執行法の方に置くべき規定ではなかろうかという感じがします。それに対して,(補足説明)では実体法上の執行力等を定める規定という説明がされておりますが,そういう内容のものであれば,それはもちろん民法の方に置かれるべきものであるということで,いずれにしても,この規律の趣旨が,文言でどのようにあらわされるのか分かりませんが,趣旨を明確にして,実体法上のものだということであれば,これは民法の方に置かれるという議論になるかなという印象を持っております。   それから,2の点につきましては,基本的には強制履行請求権というものが仮に実体法上認められるとして,しかしそれをどのような形で実現するかというのは,やはりこれは基本的には手続法的な,技術的な問題なのかなと思っております。債権者の観点からすれば,その実効性をどのように確保するか,債務者の側に対してはどのような形で不当な不利益を与えないでそれを実現していくかという手続法的な配慮に基づく規律になっていくとすれば,基本的には手続法の方で規定していくことが相当かなという印象を持っております。とりわけ,C案の補足説明にありますような,強制執行の具体的な方法,種類やその要件等を一覧できるような規定を民法の中に置くことについては,もちろんその規定の置き方によるところではありますけれども,やや懸念するところがあります。その要件について,例えば平成15年及び平成16年の民事執行法の改正の中では,間接強制の補充性を緩和する改正をしているわけでありますけれども,直接請求権あるいは金銭債務についても一部間接強制が利用できるようにしたわけでありますが,そういうような手続法的な債権者の権利の実効性を確保するという観点からされた改正について,それがいちいち民法の一覧的な規定を改正しないとできないというような事態になるということは,私自身は必ずしも望ましくないことなのかなという印象を持っています。もしどうしてもこういう一覧的な規定が必要なのであれば,それは民事執行法の方に置くということは考えられるように思いますけれども,民法の中であえてこういう執行方法についての一覧的な規定を設けるというまでの必要性があるのかなというのは,私自身はやや疑問に思っておりまして,ここは慎重に御検討いただければと思っておる次第です。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。関連して何か御意見ございますでしょうか。 ○野村委員 言葉の問題なのかと思うのですけれども,資料には,履行の請求で括弧して(強制)とあります。しかし,債務の中には,請求はできるけれども強制的な実現はできない場合も,主として親族法が中心かと思いますけれども,財産法でもないわけではないので,もし強制的実現の規定を民法の中に置くとすると,その辺の区別についての配慮が必要なのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。 ○岡(正)委員 違う論点でよろしいですか。 ○鎌田部会長 結構です。 ○岡(正)委員 追完請求権のことと,履行請求権及び追完請求権の限界の二つの点について発言させていただきます。   まず,追完請求権のところですが,部会資料5−2の7ページの真ん中あたりにも書いていますとおり,本当に千差万別でございます。実務で今たまたま相談を受けている製品の瑕疵について,納めた製品に瑕疵があった場合に謝りに行って,代物と交換せよと言われるのに対して,いやいや,これは品質にそう問題がありませんからそのままでお願いしますと言って受けてくれる人もいますし,一部代金を減額して納得してくれる人もいますし,補強工事をして納得してくれる人もいますし,本当にいろいろな対応をして処理しているのが現状だろうと思います。ですから,ここにある,不完全な履行をした場合に債権者が何か請求できるのはそのとおりだと思うのですが,どう規定するのが実務の邪魔にならないし,膨らみがあることになるのか。先ほどの話ですと,本当に直す場合もあるし,追加,補強工事をする場合もありますし,瑕疵は顕現化しないと思いますが万一顕現化したときは弁償しますという保証約束で満足していただけるときもありますし,損害賠償のようなもので処理する場合もありまして,規定があるのは有益だと思いますが,その規定の仕方が,ここにあるような修理,代物等々ではない,かなり膨らみがあるということを前提にしていただければと思います。   それから,履行請求権及び追完請求権の限界の話ですが,部会資料5−2の13ページに履行請求権の限界として,真ん中あたりのUに「履行の経済的不合理性」というのがございます。これも実務の中で,瑕疵があるのだから代物に取り替えろという話が原則的に来たときに,そこまでする瑕疵ではないので,先ほどのような補償文言で勘弁してくださいとか,修理するとか補強工事するとか,そういうことで満足してくださいという交渉を一生懸命しております。それが完全履行請求権を行使すべき場合ではなくて,もっとほかの救済手段,損害賠償だとかほかの追完手段で満足してくださいという交渉をしてまとめていこうとする実務をよくやっております。それが損害軽減義務という話にいって,信義則上の履行請求権の限界というのを交渉ではよく使っております。損害軽減義務と言ったり信義則上の義務があるのだから,そこまではしなくて,こっちの救済手段で我慢してくださいと,そういう場合に履行請求権の限界があると言えるのか言えないのか,交渉ではいいけれども条文にそこまで言うのは不相当なのか,まだ考えはまとまっておりませんけれども,履行請求あるいは追完請求ができない事由として信義則上のものがあるのではないかということを,これを見て考えました。 ○木村委員 「総論」のところからなのですけれども,債権というものが一体どういう効力を持っているのだとか,効果を持っているのだとか,そういったことが今の民法に何も書かれていない。突然,債権の効力のところで履行期と履行遅滞から始まって,非常に分かりにくいというのはよく分かりまして,部会資料5−2にも書いてありますように,請求力だとか,あるいは訴求力だとか強制力だとか,そういったものは債権であるが故に認められる基本的権能であるということを明示するということは,それはそれなりに意義があることという感じがしています。   債権に関する基本的な法律関係について明文規定を置くことが望ましいという問題点の指摘ということにおいては,確かにそうなのかなという感じがするのですけれども,そうしますと,そもそもこの論点の始まりが「履行の請求」なのですが,債権の成立みたいな最も基本的なところというのは論点として出てこないのかどうか,その辺がまずそもそもの問題としてあるのかなという感じが1点しております。   それから,次の「履行の請求」についての,いわゆる第414条の強制力の関係なのですけれども,ここにつきましては,やはり強制力というのは具体的にこういうことであるということを明らかにするという意味においても,やはり分かりやすい民法という意味においては意義があるという感じがします。ただ,先ほどお話がありましたように,民事執行法が強制力を実際に行使するときの手続としてあるものですから,そことの整合性をとっていかなければならないのだろうということもありまして,我々,実務の世界で,一体これを定めることが本当にいいのかどうか,我々自身もまだ不勉強なところがありまして,この辺についての意見はまだ保留させていただきたいと思います。   追完請求権につきましては,部会資料にも書いてありますように,請負契約における瑕疵修補請求権というのが認められており,そういう意味で追完請求権というのは履行の請求力として存在しているのだということで,明らかにするというのも意味はあると思います。ただ,その具体的中身のことを考えると,先ほど岡委員からお話がありましたように,それぞれの契約内容によって追完請求権の具体的な中身というのは随分変わってくるのではないかという感じがします。そうしますと,抽象的な追完請求権があるのだということを言っても,だからどうというのだという話になる可能性もあり,むしろ具体的に個々の契約,典型契約みたいな中でこういう場合はこういうことができるのだみたいなことを規定する方法もあるのではないかという気もします。その辺につきましては,追完請求権という抽象的な権利をわざわざここで明記するということの意味合いといいますか,そんなところも含めて慎重に議論していく必要があるという感じがしています。   履行請求権の限界ですけれども,これもどういう場合に限界があるのだということを明示していく基準というようなものを設けることについては意味があるのではないでしょうか。したがって,その辺を議論していくという,論点としては定めていくことについては問題ないと思います。ただ,ここの中で,履行不能の判断基準として,「社会通念上」という判断によるのか,「契約の趣旨に照らして」によるのかという二者択一みたいな関連論点が挙がっているのですけれども,これは現実には社会通念も契約の趣旨もあわせて総合的に考えているのではないかと思います。例えば,民法の中に既に定期行為の履行遅滞による契約の解除権という条文がありまして,その中では,いわゆる当事者の意思ももちろんありますけれども,社会通念上これは,もうこの時点を過ぎたら履行不能といいますか,意味がないと,だから履行遅滞でも直ちに契約解除だという権利が発生するというように,トータルとして基本的には今の民法も考えているわけなので,これを二つに分けるという意味がよく分からないという感じがします。また,「契約の趣旨に照らして」というようなことを前面に出してくると,ではその契約の趣旨は何なのだとなり,いかに明らかにするかというところで契約に相当いろいろなことを書き込んでいくようなことになってくるので,これは結構契約実務が煩雑になるという意見もありまして,この辺もいろいろと慎重に議論をしていく必要があると思います。   ちょっと雑ぱくでございますけれども,履行請求の限界までにつきましては,そういうような意見でございます。 ○鎌田部会長 ただいまの御発言の中に幾つか御質問があって,事務当局でお答えになった方がいいようなものもあるような気がしたのですが,成立の問題は飛ばして請求からというのですけれども,これはここでの議論の進め方として,履行の請求をめぐる問題が一番基本的な問題なので先に議論するということで,全体の中では債権の成立に関しての議論というのはまた別の機会に議論の対象にする予定でございますので,その際に債権の成立原因の一覧性のある規定を設けた方がいいかどうかということはまた御意見をいただければと思います。 ○木村委員 分かりました。 ○中井委員 議論が広くなっていますが,最初の山本和彦幹事のおっしゃったことに対して,ほかの民法の,実体法の研究者の方から是非御意見をお伺いしたいとは思っております。   その前に私自身の意見を申し上げますと,現在,民法には第414条があって,幾つかの規定が設けられています。確かにこの規定については,民事執行法との関係でいろいろ議論があるようですが,第1回,第2回での民法改正の目的が「分かりやすさ」というところにもあるのだとすれば,今せっかくある第414条に関連する規定を,執行法に全部持っていくという考え方についてはいかがなものかと思います。できることなら,第414条にあるように,債権が最終的に国家機関に対して何を求めることができるのか,直接請求として直接強制ができる,間接強制ができる,代替執行ができる,意思表示についてはこうするのだ,不作為についてはこういう救済手段がある,具体的に何ができるかをある程度並べること自体は意義のあることではないかと思っています。実体法上の位置づけが可能であるなら,是非残す形で,整理する形で検討いただけないかと思っています。   あわせて,この論点について,現行民法では債権の効力のところで規定されていますが,同じ問題は物権的請求権や法定債権についても生じるわけですから,民法に残すとしても,その位置については議論をすべき事柄ではないのかと思います。「民法改正 国民・法曹・学界有志案」の10月案では,今,山本和彦幹事がおっしゃったように民法から削除されているようですが,前の仮案のときには民法総則に位置づけ整理されていたかと思います。そうすると,民事実体法の研究者の方々の中でも意見が分かれているのだとすれば,この機会に是非それぞれの立場からの意見を聞かせていただくのが今後の審議に資するのではないか,是非御意見を賜りたいと思います。 ○鎌田部会長 どうぞ御意見をいただければと思います。 ○深山幹事 学者の方々の前に発言させていただきますが,強制執行に関する規定は基本的には民事執行法にという山本幹事の考え方は,基本的に私もそうかなと思っているのですが,その点の前提として,執行を考える前に,まず実体上の請求権として何が請求できるのか。つまり,弁護士らしく言えば,裁判としてどういう請求の趣旨を掲げた訴状が書けるのかということが気になります。とりわけ気になるのが追完請求権のところでありまして,先ほどの木村委員,岡委員も言及されましたけれども,正に実務では追完の求め方,在り方というのは千差万別です。観念的に追完請求できるという考え方自体はもちろんそのとおりだと思うのですが,ではそれは具体的な権利として何が請求できるのか。追完を請求できるとか,瑕疵修補が請求できるということを,例えば文字どおりそういう主文をもらっても,何をどうするのかということになろうかと思うのです。それこそ執行できないのではないかなというぐらいに思うわけです。そうなると,結局,実体上の権利として請求できる権利を瑕疵修補のような場面で条文化するというのは難しいのではないかな,あるいはそれを直ちに執行する手段に結びつけるような形で規定するのは難しいのではないかなという気がいたします。そうすると,実務的にはいろいろな形で和解的な解決をする場面が多いとは思いますが,残念ながら和解ができなかったときに,裁判所に何が求められるのかと考えると,一つの独立した請求権として追完請求権なるものを実体上位置づけるというのは難しいのではないかなと思っております。もし妙案があれば是非お聞かせいただきたいと思います。 ○鎌田部会長 具体的な提案の細部をここで確定しなければいけないというよりも,今後の議論の対象として,どういうところについて議論を集中させていく必要があるかという,ある意味での頭出し的な役割が第1クールの役割だと思いますけれども,そういう意味では大変有益な御意見ではあると思います。   ほかに,先ほど中井委員からお求めがありました点につきまして―潮見幹事,どうぞ。 ○潮見幹事 先ほど深山幹事から追完請求の話が出ましたが,これについては,後で,言いたいことがあれば言わせていただくということで,また,履行請求権,追完請求権の限界についても,岡委員がおっしゃったことについては若干コメントしたいこともありますが,それも今回は措いて,先ほど中井委員がおっしゃった点に関して,私個人のざっくりとした感触を含めて申し上げさせていただきます。   まず,債権には請求力があるのだということを第414条と別途にルールとして定めるということには大きな意味があるのではないかと感じているところです。恐らく木村委員がおっしゃったこともそれに通ずるところがあるのではないかと思います。それとは別に,第414条の現在の規定は,債権には実体的に強制力があることを表明している規定であるというように理解すれば,これは先ほどの山本和彦幹事が言われた一つの見方でございますけれども,現在の第414条第1項のような規定はあった方がいい。第4項のようなものもあった方がいい。問題は第2項と第3項でして,これらが強制力の具体的な内容を書いたものなのか,それとも債権の強制力を手続的にどのような形で実現していくかという手続ルールを定めたのかというところについては意見が分かれようと思います。とりわけ,第414条第3項については,部会資料5−2にもB案のところに書かれていますように,特に不作為債務の場合に,作為というものが債務の内容に入り得るということを実体的な意味から拡張していくという意味ではこのような規定があってもよいと思います。ただ,第2項については,先生方御案内のとおり,いろいろな議論がございますので,いろいろな観点から検討した上で,これを残すか残さないかということをお決めいただければいいのかなと思っているところです。 ○鎌田部会長 山本和彦幹事のおっしゃったことも,民法の中で実体法上債権に請求力がある,強制力があるという規定を設けるのは好ましくないという御趣旨ではありませんよね。その強制力を具体的にどういう手法で実現していくかという,その細部については手続的配慮が必要だということであって,オール・オア・ナッシングの議論ではここではないと私は理解しております。それから,潮見幹事に補充的にお伺いしたいのですけれども,債権に強制力があるというふうなことを定めるべきかということと,物権的請求権でも現実的履行の強制的なことができるというのはかなり性格が違う議論だと思うのですけれども,そのようなことはないですか。 ○潮見幹事 私はそのように思います。それとは違う御意見があれば,お出しになっていただければよいと思います。 ○鎌田部会長 それから,追完請求権については,追完請求をして,結果的にどういうふうにするかの解決の仕方は実務的に非常に多種多様だということで,交渉で御苦労されているということでしたが,それは,交渉の手法の問題なのか,そもそも履行請求権自体が非常に多種多様にしか存在し得ないという趣旨でおっしゃっているのか,どちらでしょうか。この資料では,瑕疵があるというのは,債務の本旨に従った履行がないのだとしたら,一部未履行であるのなら履行請求はそのままできていくはずだ,ただし,どのような場合でも必ずできるというのはおかしいので限界を定める,そういう仕組みになっていると思うのですが,そういう発想とは全く違う形で制度設計されなければいけないという趣旨の御意見なのでしょうか。 ○岡(正)委員 いいえ。「履行請求権の限界」という言葉に入るのかどうかはよく分かりませんが,追完請求権の中身がいっぱいある,それで,ぱっと追完請求と言うと代物請求が原則で,新品のものに交換しなさいというのがどんと出てきそうですけれども,交渉ではいろいろなものがある,法律上の権利としてもいろいろなものがあるのではないか。そのいろいろなものを選ぶときに信義則上の義務とか損害軽減義務とか,そういうもので,その代物請求は法律的には認められませんよというものがあるのかないのかという議論をしたかっただけでございます。 ○岡田委員 消費者相談の中で,追完請求権というのが,私たちも苦労するのが新車の売買契約の場合です。ほとんど車体交換とかそういうのはなくて,大方修理ということになりますが,その辺が消費者は納得できません。客観的に見ると,このぐらいの不具合で新品というのはおかしいと私たちが思う場合もあれば,または消費者の不安を考えると,車体交換をするべきではないかと思うような場合もあります。このような場合に追完請求権及びその基準が明確であれば事業者の対応も平均化し,消費者の理解も得られるように思います。 ○松岡委員 2点発言させていただきます。   まず,第1点として,先ほど中井委員から御質問があり,潮見幹事がお答えになったことについてです。すなわち,物権的請求権あるいは契約外債権,さらには,身分法上の権利についても同じく権利の強制ないし実現方法という意味で共通性があるとすれば,民法総則に規定を置くことも考えられるがどうか,という御質問でした。確かにそういう見方は可能ですし,民法改正研究会の最初の案では,そういう提案をしていました。ただ,この審議会の審議対象との関係で,そういうふうに総則にまとめて規定を置くという議論をそもそもここでしてよいのかどうかも含めてよく分からないところがあります。個人的には,先ほど鎌田部会長が示唆的におっしゃったように,共通するところはあるものの,他方で,それぞれの権利が発生する原因において少し異なるものもあるのではないかという感触を持っておりまして,必要なところで債権の実現方法の規定を準用する規定を設ける方がよいのではないかと考えております。   それから,第2点は,ひょっとしたら履行不能のところでもう少し本格的に議論されることになるかもしれませんが,先ほど木村委員から,履行不能の判断基準が二者択一的になるのはおかしいのではないか,定期行為の解除は現に複合的な基準となっているし,「契約の趣旨に照らし」という基準をあまり前に出すと契約実務の煩雑化を招かないか,こういう趣旨の御発言があったと思います。御発言の前半,つまり社会通念によるのか契約趣旨に照らしての判断なのかについては,私も必ずしも二者択一的ではないと考えております。しかし,御発言の後半については,私は少し違う意見を持っています。契約に何も定めなければ,標準として,社会通念上の不能の有無で判断すればよろしいのですが,契約の趣旨が,普通は社会通念上不能と思われるケースでもなお努力をするということを特別に約束しているのであれば,そちらを優先すればよいわけです。基準を決めておけば,むしろ逆に契約でそれと違うことを定めたい場合はそう定めればよく,そう定める必要がなければいちいち細かいことを合意しなくても,標準が定まっているから安定した法律関係の形成ができる,そういうふうに考えればいいのではないかと思います。 ○筒井幹事 松岡委員が編別構成のことについて触れられましたので,前回も若干話題になりましたが,改めてその点についてコメントいたします。基本的には,現在の全5編という構成を大きく変えるような見直しは,今回の諮問事項との関係では想定しにくいのではないかと考えております。しかし,そのことを金科玉条として,より良いものが仮にあったとしても変えてはならないとまで,今の段階で申し上げるつもりはありません。あくまで基本はそうだということです。しかし,それは,個々の規定をどの編の中におさめるかという議論を否定する趣旨ではありませんので,そういったことは,個別の規定についての見直しの議論をしていただいた上で,その後に全体を見渡して,規定の並べ方というのでしょうか,そういったところについても御議論をいただくことは,それはそれで結構なことではないかと考えております。 ○鹿野幹事 追完請求権の点についてですが,私も総論的なところに追完請求権を置くべきだと考えております。これに対しては,先ほど,そのような抽象的な規定を置いても,具体的な内容が明らかにならないのではないか,あるいは契約によっていろいろと違うのではないかという御意見がありましたが,もし個々の具体的な契約類型のところだけに置きますと,典型契約のいずれにも該当しないような新たな契約が出てきたときにどうなるのかという問題もありますし,やはりこれは総論的なところに置くべきだと思います。その上で,個々の契約について特別の規定を設ける必要がある部分についてはその各箇所に置けばよいと考えております。   それから,例えば売買の場合をとっても,追完の請求として,瑕疵の修補と代物請求とがあるように,複数の方法が存在する場合があると思いますが,そのような場合に,その選択権をだれが持つのかということについても問題となろうかと思います。これも,総論的なところに設けるのか,あるいは各論的なところに設けるのか,その規定の置き場所については検討の余地があるかもしれませんが,いずれにしても,追完の方法が複数あるときに,その選択権をだれが持つのかということについても規律が必要なのではないかと考えております。   もう1点,「履行請求権の限界」について申し上げたいと思います。まず,私も,履行請求権があるということと同時に,履行請求権の限界についても規定を置く方が,明確性という点からよろしいのではないかと思います。そして,限界の判断基準について,資料にはA案とB案が書かれていますが,A案の「社会通念上」という基準とB案の「契約の趣旨に照らして」という基準は二者択一ではないのではないかという先の御意見につき,私もそのとおりだと思います。私は基本的には,履行請求権の限界も当該具体的な契約に照らして判断されるべきだとは思うのですが,従来,「社会通念上」という概念が使われた場合,そこでは何も契約から離れておよそ客観的に社会通念というものが観念されていたわけではなくて,当該契約の性質あるいは内容に照らした規範的な評価をもって社会通念上と言われてきたのではないかと思うのです。もしそうであれば,「社会通念」という表現を使っていても,そこには「契約の趣旨に照らして」という意味合いは既に盛り込まれていたのであるし,あるいは盛り込んで解釈し得るのではないかと思います。そういう意味で,私はこの二つを二者択一の基準ではないと思うのです。ただ,具体的にその趣旨をうまく表現するためにいかなる概念を用いるのがよいかという観点から検討する必要はあると思います。 ○大村幹事 現行の民法414条で定められている事柄の取扱いにつきまして,基本的には潮見幹事や松岡委員がおっしゃったことに賛成ですけれども,幾つか補足させていただきたいと思います。   3点ございますが,まず一つ目は,これは潮見幹事もおっしゃったことですけれども,履行の強制以前に,履行の請求ができるという規定を分けておくということが望ましいのではないかと考えております。これは野村委員も御指摘になったことですけれども,債権には強制力を持つものと持たないものがあるということが,二つの規定が置かれることによって説明がしやすくなるということがあるのではないかと思います。   2番目は,山本和彦幹事御指摘の点にかかわりますけれども,基本的な考え方は,山本幹事がおっしゃったこと,潮見幹事がおっしゃったことと同じでありまして,実体的な効力を定めるものを民法に置き,そうでないものを訴訟法に置くという仕分けでよいのだろうと思っております。ただ,潮見幹事も御指摘になりましたけれども,グレーの部分というのがどうしても残らざるを得ないだろうと思います。そこのところをどうするかというときに,グレーの部分の決着をつけないとどうにもならないということでは必ずしもなかろうと思っています。訴訟法で細かなことを定めるのに障害にならないような,いわば連絡的な,訴訟法への架橋となるような規定を大まかな形で民法に置くということは選択肢としてあってよいのではないかと思っております。   3点目でございますけれども,414条が債権にかかわるものだけではないのではないかということが問題として挙がっておりました。それはそうなのかもしれません。ただ,これも物権との関係については様々な議論があり得るところでございます。現行414条のところに規定を置いたといたしまして,物権のところにはそれとは若干違う規定を置くことも考えられるのではないかと思います。もしかすると総則にも規定が要るかもしれない。しかし,それは債権と物権に規定を置いたとして,更にその上に総則に,抽象的な一般的な規定を置いて権利の実現ということについての考え方を示す,そういう仕分けでよろしいのではないかと思っております。 ○松本委員 2点申し上げたいのですが,一つは民法第414条に関して,授業をやるとき,あるいは教科書を書くときにいつも面倒くさいなと思うのは,民法の用語はこうだけれども,民事執行法の用語ではこうであってと,いろいろ翻訳をしなければならない。ごちゃごちゃしているというところが大変やりにくいし,非生産的であるということです。今までの議論でも中身については全然対立はなくて,どういうルールをどちらの法律に,どういうふうに分担して書くのがいいかという話だと思います。そういう意味では,授業がやりやすいように,教科書が書きやすいように言葉の調整等をやり,実体法的なものはこちら,執行法的なものはこちらというふうにきちんと分けた上で,余分な翻訳作業が要らないようにしていただければ,それで結構です。   もう一つは,鹿野幹事がおっしゃった,追完が複数の方法で可能な場合ですが,どうも議論を聞いていますと,確かに追完というのは様々なやり方が実務的にも考えられるのだ,当事者の意向もそれぞれあるのだということで,かなり重要な問題かなと思います。そこも契約の趣旨とか社会通念とかに全部任せてしまって,最終的には裁判所にえいやと判断してもらうというのも一つかもしれないのですが,そこで,鹿野幹事がおっしゃった,だれが選択をできるのかという点はかなり重要な論点になってくるのではないか。それが後で,論点として挙がっていますが,追完権の問題と恐らく密接に関係してくるのだろう。どのような方法で追完するのがいいのかについて,選択できるのはどちらかという点で,債務者側は選択できないのだとなると,追完権とは言いながら実は追完権でないということにもなりかねないので,そことあわせて議論していただいた方がいいかと思います。 ○山本(敬)幹事 2点意見を述べさせていただきます。   1点は,今お話がありました追完請求権についてです。これは,既に何度かご指摘がありましたように,具体的な請求の内容をあらかじめ一義的に確定できない性質を持った権利ではないかと私も思います。具体的な請求の内容は,どのような瑕疵があるかによって大きく左右されますし,今もお話がありましたように,仮に瑕疵が特定されたとしても,それを契約の趣旨にかなうようにするためには複数の方法が考えられる場合が実際には幾らでも出てきます。そうすると,そこには選択の余地が出てきて,実際にどの方法によるかということが問題とならざるを得ない。そういう性質を持った権利だろうと私も思います。だから,抽象的には権利としてあるとしても,具体的な権利として観念できないのではないか,だから規定として定めることができないとなるかといいますと,それはまた別問題ではないかと思います。とりわけ売買では,従来の法定責任説のように,完全履行請求権を観念できないという考え方が支配的であったところで,何も規定をせずにそのままにしておきますと,従来と同じではないかということになりかねません。したがって,これについては,やはりそれ自体としては抽象的な権利であって,具体化が必要ではあるけれども,そのような権利として認められることをはっきりさせる必要があると思います。実際,このように,具体的な請求の内容,つまりどのようなことを具体的に請求できるかがあらかじめ特定できない権利は,実はここだけで出てくるわけではありません。言うまでもなく,請負については,既に民法に明文の規定がありまして,これで実際にやっているわけですし,それ以外では,例えば差止めを求める場合についても,一定のあるべき状態を実現するために,相手方にどのような措置をとらせるかという点について,複数の可能性が考えられることが少なくありません。それでも,実務上請求の内容を特定して,認めざるを得ないわけです。したがって,このような権利が認められる以上,それをきちんとルールとして定める必要があると思います。  ただ,その際に,売買や請負,その他の契約類型等に応じて,問題になる点が違ってくる可能性もあります。ですので,これは今後の議論の進め方にかかわることですけれども,一度それぞれの問題について,どのような形で追完請求権を規定できるかということを一通り検討して,その上で,一般規定としてまとめることができる内容を詰めていくというかたちで議論を進めてみることも十分合理性があるのではないかと思います。   もう1点は,先ほどから議論になっている「履行請求権の限界」についてです。先ほどから何度か,これについては,A案,B案があって,これは二者択一ではないのではないかという御指摘がありましたが,そこで「二者択一ではない」ということの意味が問題なのだろうと思います。「二者択一ではない」と言われるときに,先ほどの議論をよく聞いていますと,契約の趣旨を抜きにして社会通念から限界が定められるというものではない,つまり,契約の趣旨の中に社会通念上という要素が組み込まれているということが指摘されていたのではないかと思います。ですので,その当否はもちろん次の問題ではありますけれども,ここで少なくとも確認しておく必要があるのは,やはり契約の趣旨がかなめであって,そこにデフォルトルールとして社会通念上の要請に相当するものが組み込まれているということではないかと思った次第です。 ○道垣内幹事 後半の不能の話は山本幹事がおっしゃったとおりだと思うのですが,前半の追完請求権について,ちょっと概念の整理について,だれかお教えいただければと思うのですけれども,自分ができれば一番いいのですが。つまり,追完請求権というものの中に当然に代物請求権というものが含まれた形で今まで議論がされてきたと思うのですけれども,正に岡田委員が出されたような,自動車を引き渡したのだけれども,それが駄目なやつだった,そこでかわりをよこせというのは,私の理解では追完ではない場面ではないかという気がするのです。つまり,追完というのは,ある種の目的物なら目的物が給付されたり役務が提供されたりしたときに,それが不完全な履行である,しかしながら履行であると認められる状態にあるということが必要であって,そのときに何らか修補なり,例えば役務ですとさらなる役務の提供というものを行うことによって完全性をもたらすことが可能である場合である。にもかかわらず,解除して全くなしにしたり,あるいは全く新たな物をよこせというふうに言うことは認められない。こういった事情があって初めて追完というものについて考える意義があるのではないかと思うのです。ただし,追完請求としての代物請求権というのはどこにも書いてある話ですので,私の理解が根本的に誤っているのかもしれないと思いますので,どなたか私の蒙を晴らしていただければと思うのですけれども。 ○鎌田部会長 ただいまのは質問でございますので,どなたかお答えを。 ○潮見幹事 追完請求権の中には,不完全な履行があった場合の代物請求,新品と代えてくれという請求も含まれているものと私は理解しております。他の委員・幹事の方々で,もし違った印象があれば御指摘いただければと思いますが,従前,「追完請求権」という言葉を使うかどうかは別として,不完全履行があった場合の履行請求権の補完ないし追完ということが言われる場合には,新品との取り替え等も含んで理解されているものというように私自身は了解しているところです。その上で,どのような場合に追完請求権が具体的に出てくるのかとか,あるいは追完の内容を,先ほど鹿野幹事がおっしゃったように,どちらの当事者に選択させるのかということが,追完請求権の限界事由を別とすれば,次の問題として重要な意味を持ってくるのではないでしょうか。 ○道垣内幹事 代物請求権を追完請求権と言い換えることに何の法技術的な意味があるのでしょうか。新品をよこせというだけですよね。それを本来的な履行請求権と考えないで,追完請求権であるというふうに名付けることにどのような意味があるのですか。 ○鎌田部会長 その点は,また本体を決めるときに,またこれは売買の瑕疵担保のところでも同じ議論が出てきますので,そこで中身は詰めていただくとして,今御指摘になったような問題点を含んでいるということで,第1クールとしては……。 ○道垣内幹事 もちろん結構なのですが,最終的には,松本委員か山本幹事がおっしゃったところ,つまり追完権と追完請求権とは分離して議論できないということに尽きるのだと思います。別に言葉にこだわるつもりはありませんけれども,その指摘はしておきたいと思います。 ○中田委員 2点あります。   1点は今の議論なのですが,私もよく分かりませんけれども,履行の請求の側から見るのか,それとも不履行に対する救済手段の側から見るのか,そういう問題があるのかなと思いました。   申し上げたいのはむしろ第2点目でして,民法第414条をどうするかについてです。これは,先ほどの大村幹事の御意見に大体賛成です。2点ほど追加,補足を申し上げたいのですけれども,一つは,もしも債権については請求力があるという規定だけを置いて,第414条を全面的に削除するとすれば,削除したこと自体が何か実質的な変化があるかのようにとられる可能性がありますので,それを検討する必要があるだろうということです。それからもう一つは,山本和彦幹事がおっしゃいました,履行請求権が認められるとすると,あとは手続法的な配慮をするかどうかだけの問題だということがございましたが,その手続法的配慮ということの中身がよく分からないのですけれども,その中にひょっとしたら実体法的な問題も含まれている可能性があるかもしれないというような印象を持ちました。 ○大島委員 履行の請求は,実際問題としては,単純な履行遅滞の場合というよりも,手抜き工事やいいかげんな履行をした場合などで問題となると思われますので,追完請求権と関係づけて規定していただくことが望ましいと考えます。   また,履行の請求の限界については,資料5−1の3ページ,先ほどから出ています3行目のB案にございますように,「契約の趣旨に照らして」という一般的な規範の方が弾力的に運用できるように思われます。 ○沖野幹事 2点補足なのですけれども,1点目は,414条関係です。既に御指摘のあったように,とりわけ大村幹事の御意見に賛成です。他法,特に手続法への架橋となる連絡的規定という意識が重要だと思っております。ここだけではなくほかにも民法と手続法で重複しており,要件の書き方などが違っているために,手続法が違うことを定めているのかどうなのかということで疑義があるような規定が散見されておりますので,そういったより普遍性を持つところもございますから,そこは特に注意すべきだろうと考えております。   それから,道垣内幹事から御指摘のあった点でございますけれども,これも既におまとめがありましたが,関連するというか,既に前提になっていることですけれども,不完全な履行というものをどういう局面でとらえるかということがあろうと思います。事務局の御説明の部会資料5−2ですと7ページあたりです。数的な不足なども含めて不完全さをとらえるとされています。ほかのところでも問題になることだと思います。法技術的な意味がどうかという問題点の御指摘はこれにも関連すると思われますので,補足として指摘をしたいと思います。 ○鎌田部会長 第1の部分について,大変様々な観点から有益な御意見をいただきましたけれども,債権の請求力,強制力についての規定は一般的にはあった方がいい,ただし民事執行法との調整については十分に留意すべきであるという御意見であったと思います。   追完請求権,履行請求権の限界の部分につきましても様々な御意見をいただきましたけれども,この資料の枠組みを根本的に組み替えるべきであるという御意見はなかったかと思いますので,この枠組みの中で,本日ちょうだいいたしました意見を踏まえて中間的な論点整理に向けて事務当局で更に検討を進めていただくということにさせていただきたいと思いますが,よろしゅうございましょうか。 ○潮見幹事 それで結構なのですが,先ほども少し留保した部分ですけれども,1点だけ事務局にお願いがあります。今日余り議論がされなかった部分ですけれども,追完請求権の限界事由についてお願いがあります。今回の資料5−1,5−2についても追完請求権というものを履行請求権の延長線上のものとしてとらえたうえで,限界事由というものを位置づけているというように私は理解をさせていただきました。ただ,先ほど道垣内幹事が言われたことが実はこちらにも絡んでくるのかもしれませんけれども,追完請求がされた場合に債務者が行う追完の内容というものは,特に代物,新品の引渡しなども含めて考えた場合には,本来の履行とは違う内容というものがそこで求められ,債務者の義務内容となっていくわけです。そのようなときに,限界事由というものを履行請求権本来のものの限界事由と同じように考えてよいのだろうか。もちろん,先ほどのA案,B案で,社会通念あるいは契約の趣旨に照らした期待可能性のところで柔軟に解釈できるからそれでもよいということであれば,そのような形で説明をしていただければよいでしょうしですし,そうではないのだということであれば,それをお示しいただければと思います。この問題は,追完請求権を救済手段ととらえるという立場に立った場合には限らず,履行請求権の延長と考えた場合でもなお残ってくる問題ではないかと思うので,一言申し上げました。   あわせて,限界事由については,もう一つ御考慮をしていただければありがたいという希望を持っているところがあります。それは,今回の整理では,A案をとりましてもB案をとりましても,債務者にとって追完の拒絶がより広く正当化されるのか,あるいは履行請求権の場合と同じようにとらえていいのかという,債務者側の観点から追完請求権の限界というものがとらえられております。こういう立場をとるというのも,私は一つの態度決定としてはあるのではないかと思いますが,他方,先ほど申し上げましたように,追完請求の内容は本来の履行と違う内容で出てまいります。また,仮に具体的な追完の内容というものが債権者の側の選択にゆだねられるような態度決定をするのであれば,債権者にとっても,まず追完請求をしなければいけないという,追完請求に対する拘束と言ったらいいのでしょうか,要するに,損害賠償ではなくて,まず追完請求をやってくださいというような形での拘束もかかるというところがあります。そして,債権者側の観点から追完の可否や追完請求権の限界というものを考えていくということであれば,履行請求権の限界とはちょっと違った観点から限界事由というものが策定される余地がないわけではない。もちろん,そのときには債務者の追完権というバックアップ・ツールが要りますけれども,こうした構成の可能性についても考えていただければよいのではないかと思います。恐らく「債権法改正の基本方針」のところでの追完請求権の限界のところのルール提案というものは後者のような意味ではなかったかと思いますので,そういう御意見もあるということは少しお含みおきをいただければということです。 ○松本委員 何回か繰り返された今の潮見幹事の発言の,追完請求は本来の履行とは違うということの趣旨がちょっとぴんとこないのですが。すなわち,代物弁済を合意するということであれば本来の履行と違うけれども,債務は弁済によって消滅する,あるいは和解というのも本来の履行と違うという形での終結かもしれないけれども,私の理解だと,追完請求というのは,本来の債務を履行してくださいということの一環として行っているのであって,正に本来の履行,本旨の弁済を求める,債務の本旨に従った履行を求めるということだと思うのですが,潮見幹事の御趣旨はどういうことなのでしょうか。 ○潮見幹事 先ほどの,新品を引き渡すだとか,あるいは,例えば不完全な履行がされた場合の修繕をどうするかといったような事柄が,当初,本来,契約が合意されたとおりに債務の内容が実現されておれば出てくる余地のなかったことですよね。新品や,代わりの物を求めるとか,あるいは本来考えられていなかったような修繕を求めるというような事柄が果たして本来の履行と同じと言えるかどうかということを私自身は疑問として思っているということです。もとより,考え方は,いろいろあろうと思います。 ○鎌田部会長 第2クールに行く前に,瑕疵担保のところでもう一度この問題はやらざるを得ない問題ですので,それまでに少し事務当局の側でもより具体的な形での論点の整理をしておいていただいて,その段階でより一層突っ込んだ議論をしていただければと思います。よろしいですか。   我々の当初の心づもりからすると既に30分以上おくれているのですけれども,一番重要な部分から始めておりますので,時間にこだわるよりも中身でしっかり議論をしていただければと思います。   恐縮ですけれども,続きまして部会資料5−1の3ページ,「第2 債務不履行による損害賠償」のうち,1の「総論」と2の「「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化」の部分につきまして御審議をいただきます。まず,事務当局に説明をしてもらいます。 ○大畑関係官 それでは,第2の1と2について御説明いたします。   ここでも最初に「1 総論」を設けておりますが,「第1 履行の請求」の「総論」と同様,2以降に記載した個別論点以外の論点や,債務不履行による損害賠償に関する規定の見直しに当たり留意すべき点又は見直しの方針等々,債務不履行による損害賠償の見直し全般について,お気付きの点を幅広く御議論いただきたいと思っております。   次に,「2 「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化」ですが,現行民法上,債務不履行による損害賠償の要件を定める規定は第415条のみであり,帰責事由を除いた要件としては,「債務の本旨に従った履行をしないとき」と「履行することができなくなったとき」という要件しかありません。そのため,具体的にどのような場面で,どのような内容の損害賠償を請求できるかが条文を読んでも分からないので,判例や解釈を参考に,その要件をできるだけ明確化することが望ましいという考え方があります。まず,この考え方について御意見をいただきたいと思います。   その具体化・明確化の具体例としまして,3ページの(1)から5ページの(6)までの論点を記載しています。   (1)は,履行不能による填補賠償の要件である「不能」の内容を,判例等を踏まえて明確化すべきという考えについて御意見をいただきたいというものです。この「不能」の具体化は,先ほど御議論いただきました,履行請求権の限界事由としての不能の具体化という論点と密接な関連を有していますが,理論的には必ずしも両者の要件を一致させなければいけないものではありません。履行請求権の限界事由よりも填補賠償の成立要件を広く設定することで,履行請求権と填補賠償請求権の併存を認めるということも可能となります。この点は,詳細版の22ページに記載があります。このような観点も踏まえまして,填補賠償の要件としての「不能」を具体化する場合,どのように具体化するのが望ましいかという点についても御意見をいただきたいと思います。   次に,(2)は,履行遅滞に基づく填補賠償の要件の具体化の問題です。現行法下の判例は,履行遅滞に基づき填補賠償を請求するためには原則として契約の解除を必要としていますが,その一方で,例外的に解除を要することなく填補賠償請求を認める判例もあります。この判例の具体例は,詳細版の23ページに記載があります。   また,学説上も,解除をせずに填補賠償を認めることに実益があるとか,解除を不要とすることで履行請求権と填補賠償請求権の併存を認めることに実益があるなどとして,解除を不要とする見解が主張されています。その具体的な実益等につきましては,詳細版の22ページの中ほどや,あるいは23ページから24ページにかけて記載があります。   このように解除を不要とすることは,現行法下の判例が前提としている債務転形論,すなわち填補賠償請求権は履行請求権が転化したものであって,両者は併存しないという考え方を採用しないということにもなりますが,そのことが実務に与える影響や問題等も含めまして御意見をいただきたいと思います。   次に(3)ですが,現行民法第412条第2項は,不確定期限付債務の付遅滞の要件として,債務者が期限到来を知ったことを要求していますが,期限到来の通知のみで足りるという見解が通説であるなどともされています。これを明確化することが望ましいという考え方がありますので,御意見をいただきたいと思います。   次の(4)は,履行拒絶による損害賠償についてです。現行法上,債務者が履行を明確に拒絶した場合の損害賠償についての規定はありません。しかし,特に履行期前の履行拒絶の場合には,履行がないことがほぼ確実であるにもかかわらず,履行期経過を待たないと損害賠償を請求できないとすることに合理性がないとして,履行拒絶による損害賠償を認めるべきという考え方があります。   また,履行期経過後の履行拒絶につきましても,履行不能や履行遅滞の要件該当性の検討にゆだねることなく,それだけで損害賠償請求できることを条文上明らかにするということが望ましいという考え方もあります。   このような考え方が実務にどのような影響を与えるかという点も踏まえまして,この考え方について御意見をいただきたいと思います。   次に(5)ですが,現行民法には追完の遅滞や追完の不能による損害賠償の条文がありません。そこで,民法を分かりやすくするという観点から,追完の遅滞や不能の場合においても,履行不能や履行遅滞の要件に準じて損害賠償が認められるということを明文化することが望ましいという考え方がありますので,この考え方について御意見をいただければと思います。   次の(6)は,損害賠償請求権の要件を具体化する場合でも,それとあわせて,現行民法第415条前段の「債務の本旨に従った履行をしないとき」のような,不履行の態様を問わない包括的要件を定める方がすべての債務不履行を規律できて望ましいため,第415条前段の要件を維持してはどうかという提案です。仮にこのような包括的要件を維持した場合,これまで御説明いたしました(1)から(5)までの個別論点が想定する規定は,その包括的要件を具体化する規定と位置づけられることになります。この点につきましても御意見をいただきたいと思います。   説明は以上です。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま御説明がありました部分について御意見をお伺いしたいと思いますが,ここではまず「総論」についての御意見をお伺いすることにしたいと思います。 ○奈須野関係官 総論ということですので,基本的な,留意していただきたいというお願いなのですけれども,ここに来られている方は大体民法についてはよくお分かりだと思うのですけれども,通常の一般市民がこの法律を読んだときに,債権者,債務者というふうにさらっと書いてあると,果たしてどちらのことなのでしょうというふうに思ってしまうわけです。例えば,売買をとらえてみれば,金銭債務と引渡債務の組合せになっておりますので,ここで債務者が何だというふうになると,どちらのことを言っているのですかというふうに,一般市民からは非常に分かりにくいということであります。そこで,お願いではあるのですけれども,こういう場合の債務者というのは引渡債務者のことを言っているのか,あるいは賠償義務者のことを言っているのか,だれのことを言っているのかというのを常に留意いただけると,普通の人が法律を理解するときの助けになるのではないかなと思います。どうしても債務者というと,通俗的には金銭債務みたいなことを連想してしまいますので,どうもかわいそうな人と,そういうふうな発想で,債権者というのは強欲な人と,そういう印象も受けてしまいますけれども,そういうわけではなくて,二面性があってなっているのだということを配慮しながら議論を進めていただければなと思います。よろしくお願いします。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。   これも先ほどと同じで,2以下の個別論点に議論を進めさせていただきますけれども,2以下の論点について御議論をしていただいている過程で,あるいはその後でまたお気付きの点がありましたら,総論的な課題についての御意見をお出しいただければと思います。   それでは,ちょっと中途半端ではございますけれども,いったん休憩に入らせていただきます。           (休     憩) ○鎌田部会長 それでは,審議を再開いたします。   休憩前の議論に引き続きまして,2の「「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化」について御意見をお伺いしたいと思います。2の冒頭の記載部分についての御意見でも結構ですし,個別論点の(1)から(6)についての御意見でも結構ですので,御自由に御発言ください。 ○岡(正)委員 詳細版の26ページの(5)の「追完の遅滞及び不能による損害賠償」の点でございます。先ほど申し上げましたように,追完ということ自体がかなり多様性があることから,こういう要件を適切に設けられればいいかなという気がしますが,非常に難しいのではないかという気がいたします。それから,別の資料を見ますと,消滅時効の起算点でありますとか書いていますけれども,果たしてそういう特別の効果を認めると実務にこんなふうに役立つよというのがイメージとして伝わってこなくて,非常に細々した規定ができて,実は使いづらいものになってしまうのではないかということを危惧しております。   それから,追完に代わる損害賠償請求というのも,本来の填補賠償とどう違うのか。ドイツかどこかのやつで,交換した場合には不履行状態でもらったものを返さなければいけないとか,使用利益は返さなければいけないとか,どんどん細かい話が広がっていって,追完に代わる損害賠償請求ということ自体規定が本当に必要なのかという疑問を,これを読んで感じました。 ○新谷委員 個別論点の4点目の「履行拒絶」につきまして,労働の分野で非常に大きな意味があると思われますので,発言をさせていただきます。   労働の現場で起こっている事例から御説明させていただきますと,解雇事件の場合でございます。使用者が労働者に対して首だ,明日から出てこなくていいということを申し渡して,それに対して労働者が解雇の無効を主張して賃金請求をするといった場合に,賃金請求権というのは,御承知のとおり,民法第624条で後払いということになっておりますので,賃金請求を発生させるために,労働者としては労務の提供の意思と能力があるということを示すために,工場に出てきて仕事をさせろということをするわけでございますけれども,このときに会社の方から出ていけということで,入り口で,いわゆる就労闘争というもめごとが発生するわけでございます。今回,履行拒絶を規定化するということで論点の御提起をいただけるわけでございますけれども,これの法律効果の中に,填補賠償以外に,例えば履行の義務について,先履行すべき義務をなくすということまで仮に盛り込めるということでございますと,先ほど申しましたような,就労闘争といったようなもめごとといいますか,不要な紛争も回避できるのではないかと考えているわけでございます。御承知のように,労働契約というのは継続的な性質を持つ契約でございますので,解雇事案というのはこの継続性を断ち切るということで紛争が起こるわけでございますけれども,履行拒絶という規定の整備によって,労務提供の先履行ということが仮になくなりますと,解雇をめぐる紛争に対して大きな影響を与えると考えているわけでございます。そういった観点の問題点を提起いたしまして,無用な紛争回避のためにも,是非前向きな御検討をいただければ有り難いと思っております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。 ○深山幹事 今の履行拒絶の点に関してなのですけれども,この資料では,履行拒絶をもって債務不履行責任を認めると書かれているのですが,債務不履行責任と言ったときに,損害賠償の問題なのか,解除の問題なのかというのがあろうかと思うのです。解除を認める,すなわち,契約から解き放してあげるということはそれなりに分かるのです。履行期が来る前であっても拒絶がはっきりしているときに,必ずしも履行期まで拘束しておく必要はないのではないかと思います。ただ,損害賠償まで認めるかどうかは,これはまたちょっと別なのではないかなと思います。損害賠償責任をも認めるという趣旨が入っているのだとすると,履行拒絶の規定を置くということは否定的に考えています。解除という効果に結びつける限度において認めるということであれば,それはそれでよろしいのではないかなと,こんなふうに考えております。 ○鎌田部会長 効果の拡大の御意見と制限の御意見がありましたけれども,いずれにしても効果について更に検討を詰める必要があるということだろうと思いますが,ほかに御意見いかがでしょうか。 ○木村委員 少し網羅的にお話しさせていただきますが,「履行不能による填補賠償における不履行態様の要件」という(1)の件ですけれども,債務の履行ができなくなったときの内容として,判例は,物理的な履行不能だけではなくて,法的な履行不能もあるというようなことを言ってきています。そのため,こういうものを分かるようにするということは,条文上明確化するという点で,方向性として十分あり得るのかなと思います。ただ,今の規定で何かすぐ不都合があるのかというと,余りないであろうと感じていますが,一応検討していくということは意味があると思います。   それから,「履行遅滞に陥った債務者に対する填補賠償の手続的要件」という(2)の点でございますけれども,これもいろいろと判例,学説において議論されてきているということなので,ルールを明確に定めるということについて,やはり「分かりやすい民法」という点において意味があるのではないでしょうか。論点として検討していくことについては賛成です。   その中で,契約解除が必要なのかどうかというところがございますが,詳細版にもありますけれども,実態として,例えば継続的な取引関係で,既に終わったものについては填補賠償,それから,これからはきちんとやってもらいたいというような場面だって当然あるわけなので,何も契約解除しないと駄目だというふうに決めてしまうこともないのではないかと,実務的にそういう感じがしております。   そして,「不確定期限付債務における履行遅滞の要件」で,判例,学説上確立した法理を条文化するということは理解できますので,これをどう書くのかについて議論をしていくということについてはいいのではないでしょうか。ただ,こうなると,契約関係ではないのですけれども,不法行為に基づく損害賠償債務の履行遅滞との関係というのが当然出てまいります。これは判例上,不法行為につきましては,損害の発生と同時に遅滞だと言っていますので,その辺どうするのかという議論をする必要も出てくるのではないかと思います。   あと,今お話がありました履行拒絶でございますけれども,これにつきましては,履行拒絶というのが履行不能というものではないとの意見もあるのではないでしょうか。履行不能というふうに評価するのだったら,いわゆる履行請求権が消えてしまいまして,填補賠償だけになってしまいます。填補賠償もできるし履行請求もできるのだというような選択の余地を認めた方が良い場面もあるのではないかと思います。例えばこの会社が好きではないから履行しない,嫌だといってかたくなに―履行期にまだなっていないのですけれども―拒絶しているというようなときに,確かに,賠償を求めておしまいというやり方もあるでしょうし,いやいや,強制的にしっかりとやってもらわないと困るといって履行請求していくという場面もあり得るという感じがしますので,履行拒絶によって填補賠償ももちろんできるけれども,履行請求もできるようなやり方というのは意味があるということは言えるのではないでしょうか。ただ,そもそも終局的,確定的に履行期前に履行拒絶をしているということが実際,事実としてどうやって認定するというか,条文上書いて,これはもう絶対,終局的,確定的に履行拒絶だと判断するというのは,ものすごく難しいのではないでしょうか。履行期前でございますので,世の中の変化に応じて,場合によっては急に意思を変えて履行するというような場面もないわけではないので,この辺の要件というのを法律上,条文上書くというのはすごく難しいのではないかという感じがしております。意味はあるのではないかと思いますけれども,これは十分に議論していく必要があるという感じがいたします。   また,追完の遅滞及び不能につきましては,先ほど追完請求権それ自体がいまひとつはっきりしない権利であるということでしたので,この辺についてもやはり議論することに意味があるのではないでしょうか。   それから,民法第415条前段の取扱いですけれども,これからの長い50年,100年のことを考えると,想定していないことも起こりうるので,包括的な規定を,置いておく意味はあるのかなという感じはいたします。   ざっくりでございますけれども,今のところそんな感じでございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ほかの御意見いかがでしょうか。 ○山川幹事 先ほどお話のありました労働関係と履行拒絶のかかわりですが,賃金債務の履行拒絶という観点から見ていくのか,あるいは労働義務の受領拒絶という観点から見ていくのかという二つがあり得ると思いまして,これは多分次回の検討テーマになるかと思いますが,労働義務の受領拒絶の観点から見ていきますと,例えば,提供された労務の受領拒絶の効果として危険が移転するとか,あるいは場合によっては賃貸借の判例だったと思いますが,口頭の提供も不要になるといったような議論がありまして,労務の受領拒絶に合理的理由がなければ,現在の民法第536条第2項の適用によって賃金債権が消滅しないか又は発生する。そちらの議論とどういう関係にあるのかの整理はこれからしようと思いますが,両方の面で,多分次回に検討がなされるのかなと理解しております。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○深山幹事 先ほどの少し補足をさせていただいて御意見を是非お聞きしたいのですけれども,私が先ほど損害賠償はいかがなものかと申し上げたのは,結果的に弁済期が来ていないにもかかわらず,その段階で賠償請求を求めるということは,弁済期を前倒しすることになるのではないかなと思うからです。履行請求ができるというふうに置き換えて考えればもっとそれは明白なのですけれども,そういう効果を結びつけるというのは,もともと持っていた地位以上のものを与えるような気がするので,いかがなものかと考えているところです。ちょっと私の理解が足りないのかもしれないので,いやいや,そうではなくて,意味があるのだということであれば是非御教示いただきたいと思います。 ○松本委員 今の点なのですが,履行期前の履行不能の問題について最近ちょっと議論をしたことがございます。私も当初は,今,深山幹事がおっしゃったように,履行期前に填補賠償を請求することになるから不適切ではないかなと考えたのですが,よく考えれば,反対債務がある場合にはそちらの方の期限の利益を放棄する形で調整は可能だろうと思いますし,人身損害の死亡事故の場合の将来の逸失利益の損害賠償などは,何十年先の分を現在価格に割り引いて計算しているわけです。そういう意味では,金銭に換算をして賠償という場合に,履行期前に金銭化するのだから,その分の割引ということはあり得るでしょうが,それ以上に特段のことは考えなくていいのではないかなというのが今の私の結論です。ですから,損害賠償が認められるかどうかという点については,履行不能がそうであれば履行拒絶も同じではないかなという気がいたします。   もう1点ついでに,「追完の遅滞及び不能による損害賠償」の問題は,恐らく瑕疵担保の損害賠償,瑕疵担保の問題と連動して考える必要があるのではないかなという印象を現段階では持っています。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○大島委員 債務の本旨に従った履行という概念のもとでは,判例とか学説が細かな解釈論を展開しているので,その考え方が実務界でも浸透しています。この概念については,実務上特段不都合は生じていないように思われますので,現行の包括的な要件のみを規定に置くことで足りるようには思いますが。 ○中井委員 「履行遅滞に陥った債務者に対する填補賠償の手続的要件」について,解除の要否が一つ問題提起されていますが,相手が債務不履行状態に陥っているとき,債権者側として本来の請求をする,同時に填補賠償請求をする,この並存を認めていいのではないかと基本的に思っています。債権者側に選択の便宜もありますし,債務者側にとっても,履行請求に対しては履行でこたえることもできるわけですから,自ら遅滞に陥っている以上,賠償義務を課されても不都合はないのではないか,そういう意見です。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。 ○奈須野関係官 先ほど何人かの委員がおっしゃったことの繰り返しになりますけれども,改めて申し上げると,(2)の填補賠償の手続的要件については,経済界では通常,大きな基本契約というものがあって,それに基づいて幾つかの取引関係があるということが通常多うございますので,契約の解除が必要と考える必要はないのではないかということであります。したがって,契約を解除しないで,一定の手続を経て填補賠償を要求するという仕組みを設けることに利益があると考えます。   それから,(4)の「履行拒絶」でございますけれども,これも世の中いろいろ情勢が変わって,やはりやめたということもあり得るわけでございます。そういった場合に当事者間を契約から解放する,あるいは四半期決算の世の中でございますので,損得勘定を早期に決算するということも一定のニーズがあると考えます。その結果,賠償額が,先ほどの松本委員のお話ではありませんけれども,小さくなるということもあり得るかと思いますけれども,ビジネスとしては,早期に取引関係を処理するということに実益があるのではないかと考えます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○筒井幹事 先ほど大島委員から,実務的には債務の本旨に従った履行をしないという現行法の文言で特段不都合は生じておらず,現状のままでもよいのではないかという御発言がありまして,大変もっともな御意見であると思いました。ただ,そうは言っても,やはり判例でより具体的なルールが生み出されているという現状がありますので,それがもしうまく条文化できるのであれば,条文化して民法を分かりやすくしていくということもまた重要ではないかと私は感じます。   先ほどの大島委員の御意見も,余り詳しくなり過ぎてかえって分かりにくくなることへの御懸念ではないかと思いますし,また,この部会資料5−1で幾つか項目が挙がっている点について,具体的にどのような規定ができ上がっていくのかということに対する御懸念でもあるのではないかと受け止めました。そういう意味で,御懸念は御懸念として大変よく分かりますが,もう少し議論を進めてみて,本当に分かりやすくなるのかどうかを御議論いただき,よりよいものを目指した上で,最終的にそういった規定が必要かどうかを御判断いただくという,そんな議論の進め方がいいのではないかと思っております。 ○鎌田部会長 よろしいですか。 ○大島委員 はい。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   履行拒絶に関しましては,効果の面を中心に,もう少し詰める必要があるという御意見があったかと思います。それから,追完の遅滞及び不能による損害賠償については,追完請求権自体の議論と連動するということだろうと思いますが,それ以外の点については,おおむねここに提案されているような形の論点整理に従って今後議論を進めていくということで御理解をいただけたかと思いますが,そういうことでよろしいですか。―ありがとうございました。   それでは,次に,3の「「債務者の責めに帰すべき事由」について」でございます。この点につきまして,まず事務当局に説明をしてもらいます。 ○大畑関係官 それでは,第2の3について御説明いたします。   まず,「(1)「債務者の責めに帰すべき事由」の適用範囲」ですが,現行民法第415条の文言上,帰責事由を必要とするのは履行不能だけとなっていますが,判例は,履行不能に限らず,すべての債務不履行に帰責事由が必要であるとしています。判例と条文のそごを是正するため,この判例法理を明文化することを提案するものです。   次は「(2)「債務者の責めに帰すべき事由」の意味・規定の在り方」です。帰責事由の意味について,伝統的見解は,過失責任主義に立脚し,これを「故意・過失又は信義則上これと同視すべき事由」と解してきましたが,近時,契約に拘束される当事者間には過失責任主義が前提とする行動の自由が認められない上,裁判例も帰責事由を故意・過失ととらえていないなどとして,契約の拘束力に根拠を求めるべきという考え方が主張されています。この考え方は,現在の帰責事由の内容を実質的に変えることを意図するものではありませんが,過失責任主義と結びついて解釈される「責めに帰すべき事由」という文言の不明瞭さ,理論的な問題点を克服して,条文の文言を分かりやすく変更すべきなどと主張しています。それぞれの考え方から導かれ得る条文の文言の具体例につきましては,詳細版の30ページに記載がありますが,必ずしもそこに記載した文言に限られるものではありません。これらを踏まえまして,そもそも「責めに帰すべき事由」の意味,根拠をどのようにとらえるか,そして「責めに帰すべき事由」という文言を修正する必要があるか,その場合,実務にいかなる影響があり得るかなどという点について御意見をいただきたいと思います。   次に(3)ですが,「責めに帰すべき事由」に基づく履行遅滞の後に「責めに帰すべき事由」によらない履行不能が生じた場合の債務不履行責任について,判例法理が確立しているので,これを明文化することが望ましいという考え方があります。判例法理を明文化することで民法を分かりやすくするということの一例になりますが,この考え方について御意見をいただきたいと思います。   説明は以上です。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明がありました「債務者の責めに帰すべき事由」について,民法第415条後段に関する御意見をお伺いしたいと思います。個別論点が(1),(2),(3)と区別してございますけれども,ここでも一括して御意見をいただければと思います。ここの中で一番重要な論点は(2)になるのだろうと思いますけれども,ただいまの御説明との関係でも,現在の運用がどうなのかということの理解が議論の前提として共通のものとなっている必要があると思っておりますので,現在の判例の理解はどのようなものであるのかということについて少し研究者から分かりやすい御説明をいただいた上で議論をしてはどうかと思っております。 ○中田委員 詳細版を拝見しますと,私の著作が引用されていてびっくりしたのですけれども,決して私の仕事というよりも,これまでの方々の業績を取りまとめただけのものでございます。この判例の分析にもありますけれども,帰責事由イコール故意・過失とは,判例も必ずしもそうは言っていないということでございます。例えば,29ページの一番下の米穀取引所仲買人の事件を見ますと,これは相場が成立しなかったので仲買人が取引,これは「かいうめ(買埋)」と読むのでしょうか,それをしなかった場合の帰責事由の有無について,これは委託者の注文の仕方によるのだというようなことを言っておりまして,どうも過失というのとは別の話が出てきていると思います。伝統的な学説も,債務不履行における帰責事由は普通の過失よりも広いとは言ってきているのですけれども,では,それがなぜ,どのように広いのか,それを画する基準が何かということは,十分に詰められていなかったのではないかと思います。そして,伝統的な学説が帰責事由を主観的な要件であると言って,しかも,過失というのは善良なる管理者の注意を欠いたことであるというような一般的な説明をしたことから,更に分かりにくくなったように思います。そこで,判例の方では,実務が妥当と考える結論を熟慮して出してきたというのがその足跡ではないかと思います。ですから,実務上,「責めに帰すべき事由」イコール過失というのが定着しているというのは,少なくとも判例を見る限りでは必ずしもそうではないのではないかということでございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ただいまの御解説をしんしゃくした上で御自由に御議論をいただければと思います。 ○西川関係官 議論の前提といたしまして,「「債務者の責めに帰すべき事由」の意味・規定の在り方」に関して,いわゆる昔からの過失責任主義を維持するか,あるいは新たに契約の拘束力を根拠にするのか,その辺については意見を申し上げるまでの内部的な議論の蓄積はないのですけれども,議論の前提といたしまして,いずれにしましても,消費者と企業の情報とか交渉力の非対称性があるということにかんがみまして,そういう意味では,消費者に加重な責任とかリスクの配分はするべきではないと考えているところでございます。この審議会におかれましては,どういう責任とかリスクの分配をするのかということも含めた上で制度設計をされると思うのですけれども,その際には,いわゆる企業と消費者との間の非対称性というものの存在についても十分配慮した上で制度設計をお願いしたい,前提としてお願いいたします。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ほかに。この辺は是非実務界の率直な御意見があるとよろしいかと思いますが。 ○岡(正)委員 中田委員の教科書から引用されたという30ページのD)の判例ですが,医師の債務でありますとか,取締役の会社に対する善管注意義務でありますとか,そういう,なす債務については,過失なくその行為をする,債務の内容として過失が組み込まれているものがかなりあると思います。実務家としては,その部分は過失責任主義という言葉で言おうが何を言おうが,過失があれば損害賠償責任を負う,でも,それは債務不履行を表現しているという説明で,それは納得できるところがありますが,一般的に過失責任主義の放棄だと言われますと,なす債務のところについての誤解を招きますし,現に相当,基本方針が出てから,その部分がどう変わるのだという誤解を招いている人が多いですので,過失責任主義の放棄というのは大々的に言わない方がいいのではないかという意見を持っております。   それから,物を渡す給付債務について,過失がなければ損害賠償責任は免れるということを考えている実務家はいないのではないか。給付債務について損害賠償責任が発生するときに過失は関係ないのだよと,その部分はそれほど抵抗なくみんな受け入れていると思います。そうなると,では,不可抗力等の場合に損害賠償責任が免責されるのが,理論的には確かにありますねと。それをどのような表現にしたらいいのか。過失と関係のない,不可抗力プラスアルファという表現は,実務家としては,いい表現を出してくれればそれは受け入れられる。ただ,「契約により引き受けていなかった事由」というのは相当反発があって,誤解を招いておりますので,もう少しいい,「不可抗力」等に近い表現が望ましいと思います。   それで,疑問点としては,給付する債務の不履行に基づく損害賠償責任の免責事由と,過失がビルトインされている取締役の善管注意義務の不履行,過失のある不履行のときの免責事由,過失がビルトインされている債務の損害賠償責任の免責事由と給付する債務の,過失と関係のない免責事由というのが同じなのか,その全部にわたって考えるべき免責事由をここで考えようとしているのか,そこがよく分からない。給付する債務の免責事由だけなのか,過失がビルトインされた債務すべての免責事由なのか,どちらを議論しようとしているのかが分からないというのが弁護士会の意見でございました。 ○鎌田部会長 今,給付する債務とおっしゃったのは,与える債務という意味ですね。 ○岡(正)委員 はい。 ○大島委員 今のとはちょっと違うのですけれども,よろしいですか。   まず,(2)の「「債務者の責めに帰すべき事由」の意味・規定の在り方」についてですけれども,現行の「債務者の責めに帰すべき事由」という概念は既に100年以上にわたって判例が積み重ねられていて,実務界にも非常になじみが深い概念になっております。この概念については実務では別段不都合が生じていないように思われます。先ほどの意見と似ていますけれども。ただ,条文上,「債務者の責めに帰すべき事由」の意味が不明確であり,文言を再考すべきという考え方もあるかと存じますが,条文が明瞭になり,広く国民の理解が促進されるのでしたら,「故意や過失又は信義則上これと同視すべき事由」などへの文言の変更を検討していただきたいと思います。   契約の拘束力に根拠を求める考え方,[B案]も一つの考え方としてあるかと思いますが,商工会議所の委員会の場などでは,中小企業から新しい考え方を導入することでかえって現場に混乱が生じないかという懸念の声を伺っております。例えば,実務の現場では,何を引き受けて何を引き受けていないのかが分かりにくいということで,引き受けていなかった事由を詳細に列記することは難しいし,逆に,引き受けていることを列記することもちょっと難しいのではないかなと考えます。現在の状況では,大企業と中小企業,特に小企業との間で契約書作成にかかるコストの格差が拡大していまして,大企業が提示する詳細な契約文書の意味や効果に気付かないまま中小企業がサインする例も多くあります。契約の拘束力に根拠を求められますと,交渉力の強い当事者によって過度な免責条項が挿入される事態を招きかねないのではないかなどといろいろな声がございます。この点を十分考慮して検討していただければと思っております。   それから,(3)の履行遅延後の履行不能についてですが,これは現実的には特異な例かもしれませんが,明文化されれば混乱は,こちらの方は生じないように思われます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。 ○新谷委員 今回,民法第415条に関しては様々な法整備の方向性が提起されておりますが,民法のユーザーとして一番気になりますのは,結果として,法律上の効果にどういう影響を与えるのかというところでございます。特に我々としては,使用者の安全配慮義務に関する影響がこの法整備の中でどういうふうに影響を受けるのかというところに関心がございます。御承知のとおり,安全配慮義務につきましては,この第415条の問題であるとか,不法行為の第709条,使用者責任の第715条という問題もございますけれども,特にこの第415条において提起されております幾つかの方向性によって,帰責事由の範囲であるとか,現在の安全配慮義務の構成の仕方というところがどのような影響があるのかということについてお尋ねをしたいと思っております。具体的な事例をお示しをしたいと思いますが,これは反物,毛皮店の宿直員が強盗に殺害されたといったようなケース,要するに第三者の犯罪によって起こった事件でございますけれども,この場合の使用者の帰責事由の有無が論点になったわけでありますけれども,こうした事例において,使用者が犯罪防止のために必要な措置を講じたかどうかということが争点になったと思います。今後,帰責事由について検討されるに当たって,従来の考え方,論理構成が影響を受けないということを念のためにお伺いをしておきたいと思います。 ○鎌田部会長 ただいまの点は御質問でもありますので,どなたか,簡単に回答をお願いします。 ○野村委員 今の問題は,安全配慮義務をどのように考えるかという問題で,それと債務不履行責任と不法行為責任をどのように考えるかという問題とはちょっと別ではないかという気がして伺っていました。ここでは債務不履行責任をどのように想定しているかということで,先ほども,与える債務となす債務の区別という点をおっしゃっておられたのですけれども,判断要素として過失的なものが債務の内容の中に組み込まれているかどうかというのは,どちらかというと,結果債務か手段債務かという区別の方でこれまで議論されてきているのかなと思うのです。日本はそういう債務の区別を必ずしも明確にとっていないので,それと「債務者の責めに帰すべき事由」との関係が明確ではなかったように思います。従来の考え方で言うと,これは債務者の方が立証していかなくてはいけないと考えられています。これに対して,債務の内容,つまり債務不履行の事実というのは,安全配慮義務も同様ですけれども,債務不履行を主張する債権者側が主張立証していかなくてはいけないとされています。その関係が必ずしもクリアではないということではないかと思うのです。ですから,その辺を改正の議論の中でクリアにしていければと思っております。 ○潮見幹事 今,野村委員がおっしゃったこととほぼ同じことを繰り返すことになることだけですが,新谷委員がおっしゃったこと,それから大島委員がおっしゃったことについての私なりのコメントをします。   新谷委員がおっしゃった判例を承知しているつもりで御発言させていただきますけれども,あの判決が実際何を問題にしているのか,あるいはそもそも安全配慮義務についての議論が一体何を問題としているのかといえば,結局そこで問題にされているのは,債務の内容は一体どういうものか,その限界をどのようにとらえていくのかという問題ではなかったかと思います。その意味では,これは契約において当事者の負う債務の内容をそれぞれの場面でどのように考えていくべきであるか,それぞれの個別的な契約あるいは契約類型ごとにどのように画していくか,あるいは一般的なルールを作るかという問題に尽きるのではないかと思っております。したがって,今おっしゃったような御懸念というものは,ここで議論になっている債務不履行の免責・帰責の枠組みをどのように組むかという問題とは直結しない問題であると承知しております。   それから,大島委員がおっしゃったことなのですけれども,若干私には分かりにくかったところがございます。それはどういうことかと申し上げますと,大島委員は帰責事由ということは一般に実務で使われていて,なじみが深いというふうなところから御発言を始められました。ところで,実務で言うところの帰責事由という中身をどういうふうにとらえるかについては,私が聞き及んでいる限り,また先ほどの中田委員の御著書あるいは御発言にもございましたように,そこに言うところの帰責事由というものは,決して過失とは考えていない。そういう実際の理解がされていたのではないかと思っております。そのうえで,どこが若干コメントを申し上げたかったのかといえば,大島委員が免責される場面の言い方としては,国民に分かりやすい単語を使うことが望ましいとおっしゃったところで,この点については私も同意見でございますが,大島委員は,そのときに,これに続けて,その例として,「故意・過失又は信義則上これと同視すべき事由」のような形で書けば分かりやすいのではないかというふうなことを御示唆されました。しかし,この表現というのは,実は帰責事由として実務で言われているような意味ではなくて,むしろ学説が,帰責事由とは何かということを表現するときに,債務者の故意・過失及び信義則上それと同視すべき事由ということで,過失責任に結びつけてとらえられてきたもの,あるいは端的に言いますと,過失に結びつけて理解されてきたものでございます。したがって,実務で行われていることを,そのような「故意・過失及び信義則上同視すべき事由」というような形で仮に条文化するということになると,従来の実務とは違ったようなことを条文で表現し,かつ,それにのっとって,仮に実務が同じことをやるとすれば,実際にやっていることと条文で書かれていることが全くそごするというような状況を招きかねないことにもなります。それゆえ,条文化をする上では,仮に実務が言っていることを条文化するということであったとしても,今の表現は避けた方がいいのではないか。逆に,そのような御発言が出るということからすると,これはいろいろな意見があろうかと思いますけれども,「責めに帰すべき事由」という言葉を条文の中に残すということが果たして適切なのかどうかという疑義にもつながります。同床異夢といったら変かもしれませんが,同じ言葉に,いろいろな方が,実はニュアンスのある内容であるにもかかわらず,自分の思うところをそこに盛り込んで考えることになる。特に,今,実務家の方がたくさん御発言をされておりますけれども,学者の意見の中には,帰責事由といったら紛れもなく過失のことだと決まっているという理解をされる方もいらっしゃいます。「帰責事由」という言葉,「責めに帰すべき事由」という言葉を仮に残した場合に,どのような意味がそこに盛り込まれ,更に将来的に展開されるのかというのを少し考えて今後御検討いただければと思います。   それとあわせて,同じように大島委員がおっしゃったことでございますが,「契約で引き受けていなかった事由」というワーディングの問題がございます。このワーディング自体はまたそれとして議論をすればよいのではないかと思うところです。過失責任の原則をとるべきではない,他の法理によって債務不履行を理由とする損害賠償の帰責を考えていくべきであるということを是とするときには,そうしたらそれに望ましい言葉は一体何なのかという点から議論をしていったらいいのです。「契約で引き受けていなかった事由」というワーディングがよくないということが,契約の拘束力という観点から債務不履行の損害賠償をとらえるのがけしからんということには,つながっていかない。直結はしないのではないかと思うところです。 ○鹿野幹事 「債務者の責めに帰すべき事由」の点ですが,確かに判例でも,従来いわゆる狭い意味での過失責任主義がとられていたわけではないということは,恐らくそのとおりだと思います。ただ,そのときに,この言葉ないし概念を捨てるべきかは別の問題です。先ほど潮見幹事が,この概念自体が今まで「故意・過失あるいはそれと同視すべき事由」というような意味合いを引きずってきたので誤解を招きやすいのだという趣旨のことをおっしゃいました。しかし,少なくとも実務では,当事者の契約を見て,つまりその具体的な取決めのほか,問題となっている契約の契約類型やその債務の性質等を勘案して,その契約ごとに柔軟に帰責事由というものが判断されてきたのではないかと思うのです。ところが仮に,これが過失責任主義という従来の理解,つまりいわゆる古典的な理解とセットになってとらえられるのでやめるべきだという御意見に従ってこの概念を捨て,それにかわるものとして,契約により引き受けていない事由あるいは引き受けている事由という概念を用いるとした場合,果たしてより理解しやすくなるのかというと,その点は非常に疑問であります。私自身は,契約を基本に据えるという考え方自体には大変共感するところなのですが,ただ,概念の問題として,契約により引き受けている事由あるいは引き受けていない事由という概念をとると,契約書で書いてあるかどうかというところだけが過度に注目されて,当該契約であれば,あるいはこの当事者の関係であれば,どこまでを当該債務者が引き受けているものと解されるべきだという規範的な評価が軽視されるような誤解を招きはしないか,そういう気がしてならないのです。もしそのような誤解を招くのであれば,むしろ「帰責事由」という言葉を維持した上で,それにつき誤解のないような理解の普及に努める方が,将来的によりよいのではないかと考えているところです。   今,契約により引き受けているか,いないかという概念を用いることが誤解を招きやすいということについて申しましたが,これは,契約書に何も書かれなかったときのデフォルトルールは何なのかが見えにくいという批判にもつながるのかもしれません。それも含めて,この新しい概念を用いることに対しては危惧を覚えている次第です。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。この資料でも帰責根拠の問題と,それをどういうワーディングで言いあらわすのがいいのかという問題を意識的に分けて作成していただいておりますので,帰責の根拠としてどういうことを考えているのかという問題と,それを表現するのにどういう文言を使えばいいかということをできるだけ切り分けて―今の御発言もそういう御指摘だったと思うのですけれども―御議論をいただければと思います。 ○鹿野幹事 今の発言は,申し上げたつもりですけれども,根拠については契約の拘束力という考え方をとることについて支持するけれども,概念については問題だということです。 ○鎌田部会長 鹿野幹事の御議論はそこをきちんと切り分けていらっしゃるので,皆さんもそれを同じようにしてくださいという趣旨でございますので,よろしくお願いします。 ○高須幹事 先ほど部会長から実務の観点からという御指摘をいただきましたので,発言させていただきます。我々は学生時代に,この帰責事由という概念は,故意・過失及び信義則上これと同視する事由である,これ以外の考え方はあり得ないと教わって司法試験に合格し,実務に入ったわけでございます。ところが,このごろ改正問題などで話を聞いていますと,そうではない。実務的には違うものとして理解されてきたと説明されるわけです。確かに判例などが指摘している「過失」という言葉は,必ずしも主観的な過失を意味するのではない,むしろ,どこまでの責任をこの契約で負うのかということを判例は意識している。このことは,逆に実務を長くやってくるとだんだん分かってきて,教わったことと少し違うのではないかというような認識を持つようになった。それが今回の議論の中でよりはっきりした形で議論されるようになった,このように考えております。その意味では,今の御指摘の,帰責の根拠という観点で言えば,学生時代に教わった,故意・過失ということではないとの指摘については,私も一定の理解といいますか共感を示すものでございます。   ただ,そこから先の問題なのですが,だから「帰責事由」という言葉はやめましょうという議論に関しましては,まだまだ考えねばならないというところがあって,実はこの「責めに帰すべき事由」というのは案外,使い勝手のよい言葉なのかなという理解があります。中身は余りないのかもしれませんが,ともかく責められることをしたら責めを負いなさい,悪いことをしたら責任をとりなさいと,これはある意味では法律の世界ではとても大事なことで,それを免れるのも限度があるのだよという,こういうことをある程度,実感として理解できるといいますか,その辺のところを非常にストレートに示していたような概念だったように思われるのです。ですから,それが今度は表現の問題として,「契約により引き受けていない事由」という,そういうような言葉ですと,今,鹿野幹事がおっしゃったように,具体的に何を決めたかですよみたいなものになってしまうのではないか。やはり,「帰責事由」という言葉が持っていた規範的な意味というか,価値というか,これを残せるような言葉を使わないと,債務不履行の規定がかえって分かりにくくなってしまうのではないかという気がしています。一言で言えば,すべき,すべきでないの「べき基準」と,いる,いないの「いる基準」ということの対比で言えば,やはり「べき基準」でなければここのところは分かりにくくなってしまうのではないか。そういう意味で,「責めに帰すべき事由」という言葉にこだわるかどうかは別としても,これからの議論の中でも,「べき基準」であることがストレートに分かるような表現をやはり使っていただきたい,このように素朴に実務家の感覚として思っております。 ○道垣内幹事 まず,「帰責事由」という言葉は使いやすかったというところから入りますと,正にそれだから無意味だったのですねという感じが,私にはします。「責めに帰すべき事情」があれば,責任を負わせる,というのはトートロジカルなことしか言っていないと思います。また,この場面で,「べき基準」というのを表に出すというのは,実は後ろに全部はね返ってくるのですね。つまり,契約で何を引き受けているかということを定める一般論として,売買契約であれ,賃貸借契約であれ,「べき基準」が出てくるわけでして,そのことは契約解釈の一般問題です。にもかかわらず,ここにおいて「べき基準」を表に出すというのは,私は必ずしも適当ではないと思います。ただ,今のは,つい一番近い発言に反応してしまったというだけでして,発言したかったのはそういうことではありません。申し上げたいのはこういうことです。すなわち,前回,前々回もそうだったような気がするのですけれども,債務不履行の要件論を変えることによって,契約書に細かく書かれる,そして契約書に細かく書く方が勝つようになるという御発言が何回か出ているように思います。しかし,私をして言わしむれば,それは今でもそうなのです。契約で細かく規定して,ここまでの責任は負いませんと書いていて,それが公序良俗とか,あるいは先ほどの「べき基準」に従った契約解釈によって,それは,そう書いてあるけれども,実はここまでの義務は負うのだというふうに解釈されないということになりますと,そういった義務は負わないということになる。これは当たり前の話だろうと思います。したがって,それは第415条の文言を変えることによって生ずる問題ではなくて,現在存在している問題で,だからこそ,消費者保護とか,あるいは強行規定とか,といった問題が出てくるのだろうと思います。しかし,御発言の御趣旨が,それにとどまらず,「責めに帰すべき事由」という文言に代えて合意を正面に押し出すことによって,実務における,とりわけ契約書を作る能力のある側の行動が今までとは変わってくるという御発言ならば理解できないわけではありません。しかしながら,それは実は寝た子を起こすなという発言であろうと思うのです。今でも書けばそうなのだけれども,今回文言が変わったので,みんな気が付いてどんどん書くようになるのではないか,そういう話に聞こえてならないわけです。私も「契約により引き受けた事由」という言葉がよいとは必ずしも思いませんで,今後検討されていくべき問題だろうと思いますけれども,「責めに帰すべき事由」という言葉を変えることによって契約書が重んじられるようになる,ないしは合意が今よりも重んじられるようになるというわけではないと私は理解します。 ○高須幹事 私は,直近に反応するわけではないのですが,今のご指摘は私の発言に関するお話だったので,引き続き発言させていただきます。道垣内幹事がおっしゃるように,結局今も同じですよというのは確かにその面はあると思っております。ただ,弁護士の感覚で言わせていただきますと,我々もあるとき突然弁護士になったわけではなくて,長い間の,本当に長い間の訓練を経て弁護士になってきておるのです。その中で債務不履行責任は「べき基準」だということが身に付いて今仕事をしている。契約書をどう書いても良いのかもしれないけれども,やはり弁護士の心のどこかには,法律は「べき基準」だから余り変なことを契約書に書いてはいけない,そういう,抽象的な話で申し訳ありませんが,やはりどこかに歯止めがかかっているような気がしておるのです。ですから,それが,今,道垣内幹事がおっしゃった最後の部分にかかわってくるのだと思いますが,「いる基準」的な表現を用いると,心の中の歯止めが解けて,本当に弁護士が目覚めてしまいますよと言いたいのです。これからは,「いる基準」で契約書を書いていいのですよというような話に割り切ってしまったときに,本当にそういうことになりはしないか。後ろめたさを感じることがなくなって,本来は「べき基準」であるはずのものを「いる基準」的に運用してしまうのではないか。ユーザーといっても弁護士はビジネスとしてというか,仕事として法律を使うという立場なものですから,その弁護士がどのようなスタンスでこの法律にかかわるかというところはすごく私個人としては気になっております。「べき基準」は捨てたくない,これからの弁護士にもそれはずっと持っていてもらいたいというところが気になっております。道垣内幹事の御趣旨はそのとおりだとは思うのですが,弁護士の仕事ぶりにかかわることですので,ここは大切な問題で,よく検討しなければならないのではないか,このように思っております。 ○鎌田部会長 今の御発言にぴったり合うのかどうか分かりませんけれども,契約により引き受けている,いないというと,やはり契約書に何を書いているかというのが重要,それがすべてであるかのような受け止め方をされる傾向が結構強いと思うのです。しかし,全く契約条項を定めていない契約であっても,類型的に何を引き受けているかというのは決まっていく,そういう意味では規範的な概念であって,書いたものを意味しているのではないということをまず議論の前提にしていただかないと,この主張をしている考え方自体の理解が狂ってきてしまうのだろうと思うのです。その後は,言葉の持つ力で,いろいろ言われたような,寝た子を起こすようなことが起きるかもしれない。しかし,それは派生的な効果に対する懸念ですね。 ○高須幹事 規範的なものだということは十分意識しておるのですが,規範的なものは規範的に書いてほしいということでございます。 ○山野目幹事 中間的な論点整理に向かっていくに当たっての作業の関係で,三つの概念を取り上げさせていただいて,3点ほど提案というか要望をさせていただきたいと考えます。   第1ですが,過失責任主義の放棄という言葉にかかわって要望を申し上げたいことがございます。少し前の岡委員の御発言で,過失責任主義の放棄という言葉を大々的に使ってくれるなという御注意がありました。御注意はごもっとものことであると考えますので,大々的に使うべきではないと考えますが,しかしながら,注意深く使うのであれば,引き続きこの考え方というか,このタームで一定の局面といいますか,考え方を今後とも補足説明等で用いるということはお許しをいただきたいと要望するものであります。なす債務とおっしゃったのですが,むしろ手段債務でしょうか,その射程について注意すべきことがあるとか,いろいろな御注意はごもっともですから,丁寧に,変にスローガンを掲げることによって誤解が生じるというのはかえってよくないということは御指摘のとおりですけれども,しかし反面,今回新しい考え方として伝えようとしているものが,過失責任主義の放棄ということで,ある一局面が明快に切り取られていることも事実でございますから,できればお許しをいただきたい。確かに御懸念のこともごもっともであると感ずる部分があって,過失責任主義の放棄という言葉を聞いた人の中には,いまだに債務不履行責任の損害賠償は無過失責任になるのですねとおっしゃる方もいるくらいで,余りスローガン的に使うと弊害もあるだろうということは事実なのですが,注意深く使うということで今後お進めいただければ有り難いのではないかと思います。   2番目ですが,「債務者の責めに帰すべき事由」という概念が話題になりましたが,言葉それ自体の自由な受け止め方としては,あるいは必ずしも過失を意味しないものとして理解することができるかもしれませんけれども,損害賠償についての妥当と考えられる考え方を明確に一般に伝えていくためには,なおふさわしい言葉を探すという努力が重ねられてよいのではないかと考えます。この点も中間的な論点整理に向けて維持していただきたいと要望します。そういうことを申し上げますのは,若干細かな話になりますけれども,民法の中に実は債権法のところ以外にも,債務者についてではないですが,「責めに帰すべき事由」という概念が使われているところがございます。債権法改正でここのこの概念をやめたときに向こうは置き去りにされるのか,やめないで読み方ないし理解を変えたときに向こうの意味はどうなるのかと,進むも難,退くも難というところに我々は来ていて,いずれにしてもそちらとの調整が必要になりますので,何となく慣れてきた言葉だからいいのではないですかということでもはや審議は許されないところに来ているのだと考えますから,この言葉について引き続き問題にしていただきたいと考えます。   3点目ですけれども,債務者が引き受けていなかった事由という概念をめぐって,既に道垣内幹事と部会長から御示唆,御指示があったとおりだと思いますから重ねての指摘になりますが,何かこの言葉にものすごくこだわりがあって議論が進む場面が繰り返し出てくるのは,やや既にこの段階になっては異様だという感じすらいたします。確かにこの言葉は,引き受けるというアクションをしたかどうかが問われるような印象を伴いますので,実務的に抵抗があるのかもしれませんけれども,伝えようとしている思想はそのようなことではなくて,既に御案内のとおり,契約の履行過程で起こる様々な出来事のうち,債務者が担うべきである事由として評価され,区切られるところのものについては責任を負い,そうでないものについては責任を負わないという考え方を,部会長がおっしゃったように帰責根拠として考えるという考え方を打ち出した上で,その表現の方法について,更にこれからより広く理解を得られる言葉を更に探していきましょうという作業が続いていくのだと思いますので,この言葉だけが提案されているという前提で御議論をいただくことは全く効率的ではないと感ずるものでありますから,重ねての指摘になりますけれども,申し上げさせていただきます。 ○松本委員 幾つか申し上げたいのですが,一つは,ここでは債務不履行,損害賠償の前提としての帰責事由という概念を何かに置き換えるかという話ですが,帰責事由というのはほかにも若干出てきていて,例えば危険負担のところにも出てくるわけで,全部にわたって置き換えるという御提案なのかどうかということです。   もう一つは,もともと帰責事由という条文上の定義がない言葉がぼっとある,他方で,不可抗力という,これまた条文上定義のない言葉がぼっとあって,両者はどういう関係にあるのかという議論がかなり混乱をしているところもあります。今回の事務局の提案では,不可抗力概念についてどうするのかという部分はないのですよね。これはあえて落として,最初から抹消するというつもりだということなのか,不可抗力という用語をどうするつもりなのかという点が二つ目です。   それとの関係で,もう一つ,代替案としての契約により引き受けていない事由というような言葉が入ってくると,これは契約責任についてはそのとおりだと言えるかもしれないけれども,契約以外から発生する債務についてどうなるのか。契約以外から発生する債務は,多くの場合金銭債務だから特に考える必要は従来であればなかった。なぜなら不可抗力でも免責されないからというロジックとつながっていたから議論する余地もないということだったのでしょうが,そのあたりがどうなるのか。三つ申し上げましたが,三つがつながったような問題だと思います。 ○山下委員 商法の関連で疑問になった若干の点だけ申し上げておきます。民法の一般論としては私も全然判断能力はないので,つい自分の専門の分野に引きつけてしまうのですが,一つの問題は,最初に岡委員から御質問があった取締役の責任の問題で,これは,なす債務あるいは手段債務という概念に絡むような問題ですね。これも過失をどういうふうに位置づけるかというのは,御存じのように非常に難しい議論があります。あと,商法特有の分野として運送の規定などがございまして,ここを見ると,これは故意・過失という主観的要件を債務不履行責任の発生要件としているわけですね。これは民法の一般原則に対してそれほど特別のことを定めてきたとは考えてこなかったのではないかと思います。例えば,これを,部会資料5−2の30ページにある,文言的にいろいろな案が出ていて,その中の不可抗力的な概念で言い換えたりすると,相当今の責任の発生要件が変わってくるだろうということでございますし,運送あるいはそれに付随するような補完的な取引を考えると,やはり過失という基準で責任の有無を考える,一つこれはあり得る基準です。最近できる運送関係の条約でもやはりそれに相当する言葉が使われているものがあります。それに加えてまた不可抗力とか,天災その他いろいろまた別の免責事由を具体的に挙げるということはあると思うのですけれども,故意又は過失というものが全く無意味な概念でもないようなので,先ほどからの過失責任主義の放棄というふうに一般的に言われるその意味がどこにあるのか。過失的な要素というのは全く問題でなくなってしまうのか,いや,やはりどこかそこへ一つ責任の発生要件として意味が残るのかどうか,そこら辺が必ずしも議論を聞いていてよく分からないところなので,いろいろな機会にまた御説明をいただければと思います。 ○山川幹事 最初に問題になりました安全配慮義務ですが,いろいろ御指摘のありましたように,債務の内容と,従来の言葉で言う帰責事由の切り分けがなかなか難しいところがあるということは御指摘のとおりで,先ほどの,第三者の行為で被害が生じたという事例は,義務の内容を,例えば第三者の加害行為を防止する義務があったととらえればそちらの問題になるということだと思います。ただ,ワーディングとも関連するのですが,これまでの判例では,例えば最近の科学技術の水準からいって相当な措置をとっていたという抗弁が認められる。こうした判例を維持するとすればどういうワーディングがよいか。不可抗力と読めなくもないですし,それは契約によって引き受けていないと読めなくもないのですけれども,何か適切な用語がないかなと思っております。この点は若干,契約による引受けという根拠の話とも関連するような気がしまして,安全配慮義務は御承知のとおり手段債務で,かつ付随義務でありまして,契約でどうこう定めるということはなく,労働契約法でも「労働契約に伴い」という条文になっているので,契約関係自体から発生します。しかも,多分,契約書や就業規則で「当社は安全配慮義務を負いません」と書いたとしても多分無効ですね。ということからすると,契約により引き受けているというよりは―ただ,これは先ほどお話を聞いて得心したのですけれども―,むしろ安全配慮義務は,当該契約関係に入ったものとして規範的に引き受けるものとして根拠づけられる,そういう読み方も可能かなと思いますけれども,そのような安全配慮義務についての判例法,これは不法行為と性格づけて廃棄するとかいうことはなさそうですから,適切なワーディングがあった方がいいかなという気はしています。特に提案ではありませんが,以上です。 ○木村委員 責めに帰すべき事由の中身というよりは言葉の問題なのかもしれませんが,先ほど高須幹事が,「責めに帰すべき事由」といいますか,「責めに帰す」という言葉が非常に社会規範的なものにマッチしているのではないかということを言っておられました。私も正にそうだなという感じがしています。そして,そのことで何が効果として出てくるかというと,そういうような債務不履行みたいな事象が生じたとき,トラブルになったときにお互いに話し合って自主的にいわば解決していくという,社会の紛争の自主的解決能力といいますか,そういったところがむしろそれで維持されている面があるという感じがしています。先ほど「契約の引受け」という言葉,やはり「引受け」という能動的な言葉を使いますと,当然,それは私は引き受けていない,あなたは引き受けたはずでしょうというようなやりとりが発生することになりかねないと思います。確かに法律をきちんとやっている人たちは,いやいや,そういうことではないのだということは理解しますけれども,圧倒的多くの社会の人たちは,やはり「引受け」という言葉が出れば,契約書に書いたか書かなかったかという点に尽きる,端的に言えばそういう問題になります。そういうことを考えると,やはり契約書にたくさん書かなければいけないのではないかとか,あるいはトラブルが発生するたび裁判所に全部持ち込んで判断を仰ぐしかない,というようなことになってきて,社会における自主的な紛争解決能力みたいなものがかなり衰えていくのではないかという感じがします。法論理的には確かに契約の引受けというような,契約の中での債務者によるリスクの引受けということが意味があるのだということは確かに理屈上は分かるのですけれども,民法というのは,裁判規範だけではなくて,社会のルールとしても重要な働きをしているので,そういったところに大きな影響が出てくるのではないかという懸念があります。議論を大いにやっていくということは賛成でございます。 ○岡(健)委員 債務不履行の免責の根拠を契約の拘束力に求めるべきという考え方自体は私も理解できるところではあるのですけれども,実務上極めて頻繁に問題となる重要な規定ですので,裁判官としてもこの規定の在り方については慎重に検討していただきたいと思います。必ずしも「契約により引き受けていない事由」という一つの案についてどうこう言うという趣旨ではないのですが,もう少し広げて,仮に「リスクを担っているかどうか」というような言葉を用いたとしても,これらは,免責の根拠に関する考え方をストレートに表現しようとするアプローチかと思います。そのようなアプローチによると,その言葉の用い方はともかくとして,どうしても免責事由というよりも,債務になっているかどうか,債務の内容の確定の要件に近いという印象を受けてしまうのです。そうすると,現在の実務でも債務不履行責任を争う債務者の方から,債務の内容及び不履行,すなわち請求原因の否認なのか,免責の抗弁なのか分からないような主張が出されることが少なくなく,例えば今日も安全配慮義務の議論であったように,そこをきちんと整理していかなければいけない,そういうような事態も既にあるわけですので,免責事由のところで「引き受け」とか「担う」とか,どちらかというと債務の内容になっているかどうかというような表現を用いると,そういう議論がますます混乱する方向に行くのではないかという印象を持っております。「債務者の責めに帰すべき事由」という概念が,過失責任主義と結びつく印象があるというものの,他方,判例では必ずしもイコール過失というような状況ではないということですし,私の印象としては,債務不履行責任から解放する要件であることを端的に表現したものというふうに理解することも可能ではないかなと考えております。 ○中井委員 先ほど岡委員から手段債務に関する話があり,山野目幹事から過失責任主義の放棄という言葉も注意深く使って今後検討を進めていってはどうかというお話がありました。資料5−2の28,29ページ,損害賠償責任の根拠についてコメントさせていただきたいと思います。   確かに,通常の結果債務に関しては,ここにおっしゃるように契約の拘束力に根拠を求めて,それが不履行であれば責任を負わなければならないというところはすっと入ってくるのです。ところが,例えば労働契約の安全配慮義務や診療契約における医師の義務などの手段債務については,債務の内容を確定し,それを履行しなかったときに責任を負うのだという限りにおいて,契約の拘束力に根拠を求めるという考え方は分かるのですけれども,実質をさかのぼって責任の根拠が何なのかと考えたときに,診療契約であれば,当該医者が当該治療の過程において,予見すべきことはどういうことで,予見した結果何をしなければならないか,結果回避義務を負い,結果回避義務を怠ったこと自体は客観的な過失で,それが債務の内容として確定しているのかと思いますが,結局はその客観的な義務を怠ったこと自体が最終的には帰責の根拠になっているのではないかと思うわけです。それは同時に,同じ問題について不法行為責任が追及できるわけですけれども,不法行為責任の責任根拠は過失責任であるはずですから,契約責任のときは契約の拘束力に根拠を求めて過失責任主義ではないというものの,契約の中身,義務の中身を確定するときにはやはり客観的な注意義務違反が問われているという意味で,責任を負う,損害賠償義務を負う実質的な根拠はやはり過失ではないかという気がするのです。その点,誤解があるのかもしれませんが,実務家の感覚として申し上げておきたいと思います。   2点目は,免責事由について,どういう作り方をするかについて先ほどからいろいろ議論がありますけれども,ここはやはり実務家サイドからすれば分かりやすい基準,誤解のないような基準を是非作っていただきたい。おそらく不可抗力プラスアルファなのだろうと思いますが,このプラスアルファ部分について,是非適切なワーディングも含めて実質的な議論をしていただければ有り難いと思っています。 ○大村幹事 道垣内幹事や山野目幹事あるいは鎌田部会長が先ほどおっしゃったことを繰り返すことになるかもしれませんけれども,1点だけ少し抽象的なことを申し上げたいと思います。今話題になっている問題については,契約主義だとか合意主義だとかというようなレッテルが張られることがあるわけなのですけれども,契約にゆだねるとか,あるいは合意にゆだねるということが非常にネガティブなこととして受け止められているように思われます。契約にゆだねるということになりますと,書いたものは書いたとおりに通用するのか,あるいは書いていないものについてはどうなるのかというようなことが言われるわけですけれども,そういうことではないでしょう。私どもは,今回の改正作業にあたって,契約にゆだねるのは危険だから,それをコントロールする,縛るためのルールを作るという発想に立つのではなくて,契約にゆだねることによって,よりよい当事者の関係あるいは社会を築いていくという発想に立つべきなのではないかと思います。すでに御指摘のあるところですけれども,契約にゆだねる場合の契約とは,社会的な基準によってサポートされた契約であるということで,危惧されているもののかなりの部分はそこで対応されることになろうかと思います。その上で社会的な,一般的な基準だけで当事者を規律するのではなくて,当事者が相互に合意をして,よりよいものとして定立した,その基準を尊重しよう,よりよい契約を当事者に作り出していってもらう。そうした契約観に立って検討を進めるべきなのではないかと感じました。 ○山本(敬)幹事 私から申し上げようとしていたことがそうこうしている間にほとんどすべて言われてしまいましたが,一言付け加えさせていただければと思います。   まず,山野目幹事が最初の方におっしゃった点は,私もまったく同感です。「契約によって引き受けられた」という言葉がどうもひとり歩きしている感があって,これか,あるいは「責めに帰すべき事由」かという二者択一になってしまっているのは,どうも違和感があります。   先ほど,中井委員が,根拠はやはり義務の違反ではないのかということをおっしゃいましたけれども,やはりこういう義務が契約の内容に取り込まれているからこそ契約責任を追及できるわけです。したがって,問題はやはり,契約の内容をどう確定するかということであって,そのようにして確定された契約上なすべきことを怠ったがゆえに契約責任が追及される。最終的な中身は重なる場合があるとしても,帰責の根拠の説明としては,やはりこうなるのではないかと思います。   したがって,あとは,この考え方で本当によいと考えるかどうか,仮によいと考えるとして,それをどのような形で条文化していくかという,鎌田部会長がおっしゃったとおりの問題でして,これを今後検討していけばと思います。ただ,一言だけ加えますと,契約内容の確定と免責事由とがどうも融合してきて,うまく機能しないのではないかという御指摘に対しては,まず,契約内容として,一定のことを行う,例えば引渡しを行う,金幾らを払うといったことが確定されます。履行請求ができるのも,この内容です。ただ,こういうことをすると約束したものの,例えば一定の思わぬ事由が発生したときに,そのような事由があるときでもなお履行することまで約束したとは言えない。このような事由が生じたときまで,当該契約の趣旨から見て,債務者に履行を要求できない,ないし期待できないというのが,ここで言う免責事由ではないかと思います。「引き受けた」というのとはやはり少し違って,当該契約の趣旨からして,このような契約を行った以上は,このような事情が生じたときにまで履行することを要求できない,ないしは期待できないというのがここで言う免責事由であって,それを何とか適当な言葉で示すことができればと思うわけです。あるいは,そうした言葉で包括的に規定するだけでは不明確だというのであれば,例えば,詳細版の30ページの真ん中のAのTにあるような,「不可抗力,債権者又は第三者の行為による場合」については免責されるといった例を挙げながら,それらを統括するものとして,契約の趣旨から見て,このような場合についてまで債務者に履行を要求できない,ないしは期待できない場合を免責事由として定めることが,一つの可能性として考えられるのではないかと思います。 ○潮見幹事 ほとんど同意見ですが,資料の整理のこともございますので,御検討のお願いをさせていただきます。今,山本敬三幹事が言われたことにもかかわるのですけれども,あるいは先ほど実務家の委員の先生方がおっしゃっていた,免責事由で不可抗力プラスアルファというようなものであるというように理解されているという趣旨の御発言にもかかわりますが,仮にそのような考え方が是とされるのであればという前提も含めての発言ですが,資料5−2の31ページの真ん中あたりなのですけれども,不可抗力の整理の中にウィーン売買条約の免責の規定,具体的には第79条が挙げられております。これは不可抗力の中に一くくりにされているのですけれども,もちろん不可抗力を意味しているのだという見解も多々ございますが,第79条に書かれているものが果たして不可抗力と同一かという部分についてはまた議論がある。むしろこのウィーン売買条約79条というものは,正に先ほどから帰責の根拠は何かといった場面で問題とされていた契約の拘束力という観点から出た上での免責の枠組みという観点から,ワーディングも含めて立てられたものでございますから,その意味では,こうした79条のような規定のようなものも少し考慮に入れて御検討いただければ有り難いですし,あわせて先ほどの31ページの整理のところは若干誤解を招きかねないところもございますので,ちょっと御注意をいただけたら大変有り難いところです。 ○岡(正)委員 今,山本幹事が,こういう事由がある場合には履行請求ができないという表現をされたと思うのですが,履行請求の限界と,ここで言っているのは損害賠償請求ができない事由ですので,それはやっぱり違うもので,今議論しているのは,金で落とし前をつけろという,金を払わなくていいという議論をしているという理解でよろしいでしょうか。 ○山本(敬)幹事 おっしゃるとおり,履行請求の限界という意味ではなく,履行を要求できない,したがって履行しなかったとしても責任を追及できないという意味です。 ○岡(正)委員 履行を要求できないというのと,金払えということはできないというのは違うと思うのです。それは同じなのですか。 ○山本(敬)幹事 履行請求に対する抗弁として,この履行請求には応じる必要はない。責任を負うかどうかは別だけれども,履行請求は拒絶できるという問題とは別の問題だという理解でお話ししています。私の先ほどの発言が誤解を招いたのかもしれませんが,ここで問題にしていたのは,あくまでも損害賠償責任の免責問題です。 ○岡(正)委員 金払えとは言えない,金を払わなくていいという事由をここでは検討しているという理解でよろしいのですよね。 ○山本(敬)幹事 金を払うというか,損害賠償ということですね。 ○岡(正)委員 損害賠償というのは金ではなくて,金以外もあり得るということですか。 ○山本(敬)幹事 いいえ。表現の仕方の差ではないかと思いますが。 ○岡(正)委員 もう1点,弁護士会でいろいろ議論をしましたところ,多くの弁護士会から,先ほどから申し上げている「責めに帰すべき事由」というのがいいのではないかという意見が圧倒的に多かったことを御報告申し上げておきます。 ○新谷委員 部会資料5−2の30ページの下から3行目から31ページの中ごろまでに不可抗力を免責事由とする考え方が記載されていますが,阪神大震災のときに数多くの労災相談をした経験では,地震で工場が倒壊した事例においても,単に天変地異だけが原因だとされたのではなく,倒壊した建物が十分な耐震構造を備えていたかということも考慮されて,労災認定されたということがありました。不可抗力について検討する際には,天変地異だから直ちにこれを不可抗力だとするのではなく,不可抗力の判断要素に天変地異以外の要素も入れられるようにするという観点からも検討してほしいと思っています。 ○中井委員 先ほどの大村幹事の御発言に関しまして一言申し上げたいと思います。大村幹事の御発言は確かに正当だと思うのですが,この点について弁護士会が再三危惧を表明している理由としましては,弱者保護という観点からすると,例えば,対等だと言われる商人間の取引においてすら,契約にゆだねることによってウイン・ウインの関係が構築できることは容易に想定できず,一方がウインで片方が負けっぱなしという力関係の差があるという現実を無視できないという点にあるのです。 ○大村幹事 私もそのような側面があることは否定しません。弱者保護という観点は重要ですから,そのための公平の法理を取り込むということを前提とした上で,よりよい契約を当事者に作り出してもらうという契約観に立つべきではないかということを申し上げたのです。いまの御発言は,力点の置きどころが少し違うだけであって,目指す方向性はそう変わらないのではないかと思います。 ○高須幹事 今,お二人からお話が出ましたので,これに関連する点として,この段階で検討すべき論点の追加を提案したいと思います。順番が前後してしまいましたが,債務不履行問題の総論として1点申し上げたいことがございます。現行法には,免責条項に関する規定が置かれていませんが,今回の債権法改正にあたっては免責条項の効力を一般的に定める規定を置くことを検討してはいかがでしょうか。契約当事者の力関係の違いに基づいて一方当事者にのみ有利な免責条項が盛り込まれるような事態に対して一定の制限法理を設けるべきだと思います。例えば,ユニドロワの第7.1.6条では,免責条項の主張が著しく不公正なものである場合には,その主張はできないと規定されています。このような規定が日本の債権法でも必要ではないかという点を検討していただきたいと思います。 ○鎌田部会長 先ほど松本委員からいくつか質問をいただきましたが,不可抗力については,部会資料5−2の31ページあたりに記載されています。また,民法第419条の関連でも不可抗力免責を否定する現行法を改めるべきかという論点が記載されています。いずれにしましても,事務当局が立法案の「提案」をしているわけではありませんので,それらの箇所に関連してご意見をいただければと思います。 ○松本委員 先ほどの質問の趣旨ですが,確かに詳細版を見れば不可抗力の記載があるということは分かるのですが,部会資料5−1の方には不可抗力という概念のあいまいさについて全く言及がないので,その点でバランスを失しているのではないかということを申し上げたのです。 ○鎌田部会長 分かりました。ほかにありませんか。 ○中田委員 議論全体を通じてのことですが,帰責根拠とそのワーディングとを分けて議論すべきだというのは,私もその通りだと思います。その上で,契約の拘束力を帰責根拠とする場合でも,いわば書かれた合意からはみ出した部分をどうするのかという点の議論に何かすれ違いがあるように感じました。そのような部分をすべて契約内容の確定という作業でうまく取り込めるのかという点も含めて,更に整理が必要なのではないかと思いました。 ○鎌田部会長 幾つか注意点がありましたが,大筋では部会資料に記載された形の論点整理に従って今後議論を進めていくということでよろしいでしょうか。―ありがとうございました。   それでは,残った部分,部会資料5−1の6ページの4から10ページの7まで説明をしてください。 ○大畑関係官 まず「4 損害賠償の範囲」のうち,「(1) 損害賠償の範囲に関する規定の在り方」と「(2) 予見の主体及び時期等」についてご説明いたします。現行民法の第416条については,その理解や読み方について相当因果関係説や予見可能性ルールを意識した説など複数の見解が対立しており,必ずしも一義的なルールを読み取ることができないとして,この条文の分かりにくさを解消する必要があるという考え方があります。具体的なアプローチとしては,例えば,相当因果関係説あるいは予見可能性ルールの思考過程を可能なかぎり条文上に書き下す方法等が考えられますが,現行法の条文,特に通常損害・特別損害という概念を維持すべきという考え方もあり得ます。分かりやすさという観点から,どのような規律が望ましいかについて,実務に与える影響をも踏まえて,ご意見をいただきたいと思います。   また,第416条第2項は,特別事情についての予見の主体や時期を定めていないため,条文を読んでも損害賠償の範囲を確定するルールが分からない状況にあり,この点についても明文化により克服すべきという考え方があります。具体例としてA案からD案までを記載しましたが,このような明文化が実務に与える影響も問題になるところですので,その点も踏まえてご意見をいただきたいと思います。   また,(関連論点)に記載しましたが,予見の対象を「事実」とすべきか「損害」とすべきかという論点や,故意・重過失による債務不履行の場合の特則を設けるべきかという論点があります。いずれも応用的な問題ですので,特にご意見があればお聞かせ願いたいと思います。   次に,(3)から次のページの(5)まででは,損害額の算定ルールに関する論点を取り上げています。損害額の算定は,債務不履行における救済内容に直結するという点で実務上重要なテーマの一つと思われますが,現行法には,何ら規定がありません。そのため,古くから様々な判例が積み重ねられており,条文の外に多様なルールが作られている現状があると言われています。そのため,民法を分かりやすくし,予測可能性を高める観点から,これらの判例等の分析・検討を踏まえて,明文化できるルールについては,明文化していくことが望ましいという考え方があります。この考え方,あるいは,まずはこのような方向性で検討していくという方針について,ご意見をいただきたいと思います。   次に,やや細かくなりますが個別の論点について簡単にご説明いたします。   まず,(3)では,損害額算定ルールの原則規定を置くことが望ましいという考え方を紹介しました。この点については,様々な判例があり,それを踏まえた様々な学説が主張されています。それらの具体例については,詳細版の43ページから44ページまでに記載されたとおりですが,いずれにしても,現行法の条文からルールを読み取ることができないという問題があることに変わりはありません。そこで,損害額の算定基準時に関する原則規定を設けるべきという考え方や,仮に規定を設けるとした場合,どのような規定を設けることが望ましいかという点について,ご意見をいただければと思います。特に,判例についての知見,あるいは,取引実務や裁判実務に与える影響等を踏まえたご意見をいただければと思います。   次に,(4)では,不履行後に目的物の価格が高騰した場合の損害額の算定ルールに関する判例法理を明文化することが望ましいという考え方を紹介しました。このような考え方や,仮に規定を設けるとした場合,どのような規定を設けることが望ましいかという点について,判例についての知見,あるいは,取引実務や裁判実務に与える影響等をも踏まえて,ご意見をいただければと思います。   また,(5)では,被不履行当事者が第三者と取引関係に立っていた場合における損害額の算定ルールに関する判例法理を明文化することが望ましいという考え方を紹介しました。ここでも,このような考え方や,仮に規定を設けるとした場合,どのような規定を設けることが望ましいかという点について,判例についての知見,あるいは,取引実務や裁判実務に与える影響等をも踏まえて,ご意見をいただければと思います。   なお,(5)については,(関連論点)として,第三者との取引時期や額が不合理だった場合には,合理的な取引時期における取引額等をもって損害額とする旨の規定を置くべきかという論点や,不履行後に目的物の価格が下落し,その時点で代替取引をした場合のルールの在り方という論点があります。いずれも応用的な問題ですので,特にご意見がありましたら,お聞かせ願いたいと思います。   次に,5の(1),「過失相殺」の「要件」ですが,現行民法第418条の「債務の不履行に関して債権者に過失があったとき」という文言については,判例・学説が過失相殺の成立を認めている損害の発生・拡大に過失があった場合を包含できていないという問題点や,同一法典中で「過失」という言葉を複数の意味で用いていることの問題点が指摘されており,これを克服するために,損害軽減義務の発想を取り入れた規定に書き改めることが望ましいという考え方があります。これは,主に条文を分かりやすくする観点から主張されているものですが,特に「過失」という言葉を避けるという点については,第415条の帰責事由について過失責任主義を採用しない考え方との整合性を考慮して主張されることもあります。この点について,ご意見をいただきたいと思います。また,過失相殺に関連して,債権者が損害の発生・拡大を防止するために費用を負担した場合,その費用を債務者に請求できる旨の明文規定を置いた方が望ましいという考え方がありますが,この点についてもご意見がありましたら,お聞かせいただきたいと思います。   次に,5の(2)ですが,「過失相殺」の「効果」については,不法行為の過失相殺との均衡から,必要的減免とする現行法を任意的減軽に改めてはどうかという考え方があります。この点について,実務への影響を含めて,ご意見をいただきたいと思います。   次に,6の「損益相殺」ですが,損益相殺については裁判実務上,争いなく認められていますが,明文の規定がありません。そこで,分かりやすい民法にするという観点から,このような基本的なルールを条文に盛り込むべきという考え方がありますが,この点についてのご意見をいただきたいと思います。   7の(1)ですが,現行法が,金銭債務の不履行について不可抗力免責を否定している点を改めて,一般原則にゆだねるべきという考え方があります。この考え方が実務に与える影響等を中心に,この考え方についてご意見をいただきたいと思います。   7の(2)ですが,判例は,金銭債務の不履行について利息超過損害の賠償を認めていませんが,これを認めるべきという考え方があります。この点についても,この考え方が実務に与える影響等を中心に,ご意見をいただきたいと思います。 説明は以上です。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。まずは,部会資料5−1の6ページの「4 損害賠償の範囲」,現行416条についてですが,(1)から(5)まで,質問がございましたらお願いします。 ○岡(正)委員 損害の範囲のところは弁護士会でも両論がございます。一つの意見は,「通常生ずべき損害」というのは分かりやすいし,立証もしやすく,客観的基準で公平感があるので,通常損害,特別損害の区別を残すべきであるという意見です。一方で,通常損害と言っても結局は当事者が予見すべきだった損害とニアリーイコールなのだから,通常損害,特別損害の区別にそれほどこだわらなくてもいいのではないかという意見もありました。  もっとも,仮に予見可能性ルールを採用する場合でも,相当な範囲に限られるという相当性の枠組みを残してほしいという意見が強かったです。現在の裁判所は,民法第416条第2項の予見可能性が認められたとしても,そこに相当性の枠をかけてくれているというように認識しているのですが,それを裸の予見可能性ルールにしてしまうと困ることが出てくるのではないか,つまり,債権者が債務者に通知さえすれば債務者は予見したことになってしまい,過大な責任を負わされてしまうのではないかという危惧感が強いのです。ですから,予見可能性ルールを採る場合でも,そこに相当性の歯止めを入れるべきとの意見がかなりあることをコメントさせていただきます。 ○鎌田部会長 判例の理解について説明がありましたが,一般的には相当性判断のために予見ルールがあるという理解がされているのではないですか。 ○岡(正)委員 判例の理解については難しい問題があるのかもしれませんが,損害額が青天井にならないような歯止めが必要であるという意見です。 ○松岡委員 私はこの分野は素人ですので,詳細な分析は他の先生方に譲りたいと思いますが,第416条が読みにくいことは間違いないと思っています。第416条の読み方はたくさんありますが,第1項については「通常生ずべき損害」と書いてあるものの,これは実は相当因果関係のことを規定しており,通常生ずべき損害が賠償の対象となるという原則を宣明したものであり,それが第2項にもかかる,というのが通説の読み方ではないでしょうか。つまり,第2項は,特別損害,すなわち,予見可能な特別事情から通常生ずべき損害が損害賠償の範囲に入るということを規定していますが,第1項は通常損害,すなわち通常の事情から通常生ずべき損害を直接規定しているのではない。通常損害はどこで規定されているかというと,第416条の第1項の原則と第2項の反対解釈を加えて初めて「通常生ずべき損害」が規定されていると読める,こういう理解ではないかと思っています。しかし,この読み方が不透明で分かりづらいことは間違いありませんので,この難解さは改めるべきではないかと思っています。 ○鎌田部会長 次に移って,損害額の算定基準時について御意見をいただきたいと思います。 ○山本(敬)幹事 損害額の算定基準時に限らないことなのですが,今後の検討のために,1つ問題提起をさせていただければと思います。資料を拝見しますと,さしあたり,損害賠償の範囲の問題と損害額の算定の問題を区別した上で,論点を整理しておられますが,この両者は必ずしもそのように截然と分けられるものではないということを指摘しておきたいと思います。  これは,そもそも損害をどのようなレベルでとらえるかということと関係します。たとえば,実際に債権者が目的物を第三者に一定の金額で転売する契約をしていた場合に,その具体的な転売利益を損害としてとらえますと,その金額でその第三者と転売契約をすることが予見できたかどうかによって,その具体的な転売利益が賠償範囲に入るかどうかが判断されます。そして,仮にそれが予見可能であると判断されれば,その具体的な転売利益の額が,当然,損害額となります。つまり,この場合は,実際に賠償範囲の確定という作業とは別に,損害額の算定という作業をする必要はありません。同じことは,たとえば,債権者が第三者に目的物を転売する契約をしていた場合に,履行できないときの賠償額の予定について定めていたときにも,当てはまります。この場合は,その具体的な賠償額の予定を定めることが予見可能であると判断されれば,その予定賠償額が賠償範囲に入ると同時に,損害額とされることになります。   それに対して,損害がもっと抽象的なレベルでとらえられる場合,たとえば,その具体的な転売契約に基づく転売利益というのではなくて,一般的にその目的物を転売することにより得られるであろう利益が損害としてとらえられる場合は,目的物を転売する可能性が予見できたかどうかによって,そうした転売利益が賠償範囲に入るかどうかが判断されます。しかし,仮にそれが予見可能であって,賠償範囲に入ると判断されたとしても,では,その転売によって得られる利益がいくらになるかということは,それだけでは決まりません。この場合は,さらにその転売利益を算定する必要が出てくるわけです。そこでは,たとえばその目的物の市場価格等が手がかりとされることになります。同じことは,第三者に目的物を転売するという契約を締結したけれども,それを履行できないので,その第三者に損害賠償責任を負うことが損害としてとらえられる場合にも,当てはまります。この場合は,先ほどの予定賠償額とは違って,第三者に対して損害賠償責任を負うことが賠償されるべき損害とされたとしても,それだけでただちに,その額まで決まりません。この場合は,やはり,賠償範囲とは別に,損害額を算定する必要があるわけです。   このように,損害のレベルのとらえ方によって,賠償範囲の確定と同時に損害額も確定する場合もあれば,賠償範囲を確定した上で,次にその損害額を算定するという作業をする必要が出てくる場合もあると考えられます。これは,実際に規定を整備していく上で相当悩ましい問題なのですが,少なくとも,賠償範囲の確定によって,損害額の算定に関するルールを適用する必要がなくなる場合があることや,損害額の算定の問題として議論されている問題のうち,一部は実は賠償範囲の確定の問題に吸収される可能性があることを意識しながら検討を進める必要があると思います。 ○松本委員 先ほど履行期前の履行不能について議論したことがあると申し上げましたが,その際,履行期前の履行不能の場合の損害賠償額算定の基準時として,履行期以降の履行不能の場合の損害賠償額算定の基準時についての判例法理,すなわち,履行不能時の価格が通常生ずべき損害だという法理を当てはめると不合理な結果になるのではないかという印象を持ったことがありました。具体的には,履行期前の履行不能時には価格が契約時から下落していたが,その後履行期には契約時の価格に戻っていた場合,将来価格が再上昇することについて債務者に予見できなかったときは,履行時の価格での損害賠償を認めないのは不適当ではないか。あるいは,逆に,履行期前の履行不能時には価格が上昇していたが,履行期には契約時の価格に戻っていたような場合には,一時的上昇時の価格で損害賠償の請求ができることになってしまうというような点です。一つの場面だけを見れば成り立つロジックであっても,他の場面での複数のロジックの組み合わせによっては,不適切な結果が生じることがあり得ますので,その点も検討しなければいけないように思います。 ○鎌田部会長 それは,算定基準時の(3)の判例法理を当てはめた場合の問題ということですか。判例法理の明文化だけでは足らず,もっと様々な場面への対応が可能な原則を検討しなければいけないというご指摘でしょうか。 ○松本委員 そうです。履行期前の履行不能や履行拒絶の場合の賠償額算定ルールの問題です。履行不能にしても履行拒絶にしても,履行期前の損害賠償を認めるということであれば,損害賠償額算定のルールに留意する必要があるのではないかということです。 ○鎌田部会長 先ほど(3)の判例法理と申しましたが,(3)と(4)のルールを履行期前の賠償に適用すると不合理な結果が生じ得るということですね。 ○松本委員 そうです。 ○深山幹事 予見可能性ルールの問題は,予見の対象を何にするかという問題と切り離せないのではないかと思います。予見の対象を「事情」とするのか「損害」とするのか,また「損害」としたときに,そこに損害の額まで含むのかといった点など,予見可能性ルールを採るかどうかを検討するのに関連があると思います。また,予見の時期についても,「不履行時」か「契約締結時」かという議論如何によって,予見可能性ルールに対する評価は異なってくると思います。この部会資料を見ると,予見の対象という論点が関連論点として位置付けられているのですが,予見の対象の問題は,関連論点ではなく中心的な論点と位置付けて検討した方がいいのではないでしょうか。 ○中井委員 従来の相当因果関係説というのは,損害の範囲や額の認定を裁判所に丸投げするに等しいという面がありましたので,その点を改善してルールを明確化するということは望ましいのだろうと思います。その明確化するルールとしては,契約締結時の予見を基準に損害賠償の範囲を確定するというルールが理解しやすいように思います。しかし,問題は,契約締結後の予見をどう扱うかという点でありまして,契約締結後に予見した事情による損害まで責任を問われるということになりますと,例えば,不履行によって巨額の賠償義務を負うことを契約時に知っていればそもそも契約を締結しなかったということもあるわけですから,問題があるのではないか。契約締結後の予見を問題とする場合,そこに何らかの合理的な制約を設けるべきではないかという点について,議論を深めていただきたいと思っています。 ○山野目幹事 中間的な論点整理までに再度議論する場があるのかどうか分からないのですが,特に損害額の算定ルールについては議論が熟していないのではないかと考えます。検討されるべき問題点はいくつかあって,例えば,損害額の算定の問題は,損害の項目の問題とリンクしつつ,またそれと区別されるべきであるということを明確にすべきではないかと考えますし,また,ある局面について基準時は一つしかないのか,複数の基準時からの選択を認めるのかという基準時の多様性の許容という問題と解除の可否や履行不能の有無等の問題とのリンケージについても整理される必要があるのではないかと考えます。そこで,損害額算定の原則規定のサンプルをご提案いただきまして,再度検討してみてはいかがでしょうか。松本委員のご懸念も,この問題と関係があるように感じます。 ○道垣内幹事 損害賠償の範囲と損害額の算定基準時の問題は,これまで物の引渡債務を念頭においた議論に傾きすぎていたのではないか,と思います。そこで,それを踏まえて,そのような場面に特化したルールを明文化するだけでいいのかという点に留意した議論が必要ではないかと思います。以前,「法学教室」で信託における受託者の債務不履行責任について書こうとしたときに,例えば,受託者の義務不履行による損害賠償の範囲の問題を考えたことがあったのですが,このとき,委任契約において,受任者がすべきことをしなかった,という場合に,損害賠償額をどのようにして算定するのか,ということについては,どの文献にも記述がなくて,全く分からなかったのです。資料作成にあたっては,物の引渡債務以外の債務についても配慮が必要なように思います。 ○鎌田部会長 個人的には,同感です。ここの判例は特定不動産の引渡債務が問題となったものが多くて,学説はそこから一般的なルールを抽出しているのですが,それを本当に確定したルールと理解しなければならないかという問題はあるでしょうね。 ○岡(健)委員 民法第416条第1項と第2項の解釈には難しい問題があるということや,相当因果関係説が適当かといった点はともかく,現在の実務の判断手法は,通常損害と特別損害という枠組みで安定しているのではないかと思います。すなわち,通常損害の判断においては,契約締結時の予見可能性を中心としつつも,損害軽減義務の考え方を用いるなど価値判断的な要素を含めて判断し,また,特別損害の判断においては,債務不履行時に債務者が予見できた事情に基づく損害を判断するという枠組みで,おおむね関係者の理解を得て,安定的に運用されているのではないかということです。そうすると,このような通常損害と特別損害という枠組みによる現在の実務の運用に問題があるのか,問題があるとしたらどこを修正すべきかといった点を議論の出発点の一つとする必要があるのではないかと考えます。  もう1点は予見の主体について教えていただきたいことがあるのです。両当事者を基準とするという考え方が紹介されていますが,これは具体的には誰の予見を問題としているのでしょうか。 ○鎌田部会長 ここは,文字どおり,契約の両当事者という意味ですね。 ○大畑関係官 はい。 ○岡(健)委員 契約の両当事者とも予見しなければいけないのか,債務者又は債権者いずれかの予見だけでよいのかということによって,損害賠償の範囲の結論が随分変わってくるように思うのですが,契約の両当事者でなければいけないというのは,どのような考え方なのでしょうか。 ○鎌田部会長 なぜそうなのかについて,説明をしていただけますか。 ○内田委員 比較法的には必ずしも両当事者の予見を要求することが多いというわけではないのですが,両当事者の予見を基準にするという考え方は,いずれの当事者も契約締結時に不履行のリスクを合理的に計算した上で契約締結の可否を決めるはずであるという想定に立っていまして,債務者は不履行が生じたときにどれだけの賠償の負担を負わなければならないかを計算し,債権者は相手が不履行をしたときに自分がどのくらいの賠償を得られるかを予測して,それぞれ契約を締結するであろう,そのような両当事者の合理的な契約行動が可能になるように,いずれの当事者もが予測し得た限度で損害賠償の範囲を定めるべきだという考え方だと思います。ただ,このようなルールを採用しますと,賠償の範囲が狭くなる可能性がありますので,そのような観点からの調整が必要になるかもしれません。 ○木村委員 我々も議論したのですけれども,第416条の分かりにくさを克服した方がいいという趣旨は理解できるのですが,部会資料に記載された各案がどう違うのか分かりづらいので,判断がしにくいのです。具体的な事案に基づいて各案の違いを説明してくだされば,もう少し判断しやすくなるのではないかと思います。 ○潮見幹事 資料の分かりにくさということですが,ここでは,整理された資料の中で,責めに帰すべき事由のところでの資料整理と異なって,賠償範囲に関する説明の内容とその基礎にある基本的な考え方との関連性が出てきていないので,分かりにくくなっているのではないでしょうか。   賠償範囲に関する基本的な考え方としては,第416条のもとで展開されている相当因果関係論を別にすると,ほかにも,一方で,表現はともかくピュアな相当因果関係論,裸の相当因果関係論があり,他方では,因果関係により賠償範囲を画するのを批判する保護範囲論・契約利益説があります。このような典型的な考え方,基本モデル,理念的なものを基礎にしたときに,それぞれの考え方からはどのような賠償範囲の準則が出てくるのかという形で整理をされないと分かりにくい。たとえば,裸の相当因果関係論というものが仮にあるとして,もとより「相当因果関係」という言葉をこの場で用いられるときに,そのようなものは実務家の先生方はお考えになっていないと思いますけれども,仮にそのような理念的なものがあったとして,そういうものならどのような展開をしていくのかというようなスタンスが恐らく必要なのではないでしょうか。その部分を,できれば次の機会までに整理していただければ議論がしやすいのではないでしょうか。   それから,これは道垣内幹事が言われたことにかかわるのですが,同じことは算定基準時の個別のものについても言えるわけでありまして,多分議論がしにくいのは,それぞれの先生方がイメージしている場面というものが多分ばらばらであって,しかも,ここに規定やルールを置くという条文提案という形で出す場合,それを,基準時についてのも,とりあえず皆さんが同意できる部分についてだけ条文化しようというスタンスでいくのか,それとも,そうではないところについてまで規定をするのかあたりも含めて,方向性が若干見えにくいところがあって議論しにくいのかなという感じがいたします。後のほうは余り大事ではないかもしれませんが,特に前の方は,できればそういう観点からの整理をしていただければ有り難いと思うところでございます。 ○鎌田部会長 二つの対極的な基本的考え方のほかに,ある程度判例が基本的考え方を整理して提示しているということがあるので,三極構造になるのだろうと思いますが,ここは基本的には判例をベースにした整理ということになっているけれども,もう少し幅広に検討の素材を提出すべきであるという御意見だと理解しました。 ○鹿野幹事 全体のことについては,潮見幹事がおっしゃったので繰り返しませんが,ついでに,発言の機会をいただいたので一つ,予見の主体について述べたいと思います。この点については先ほど少しだけ議論になりましたが,「両当事者」の予見可能性を要求することは疑問です。内田委員がおっしゃったような,当事者が合理的にリスクについて考えることが想定できる契約の場面とは別に,そうでない場面も考える必要があると思います。例えば消費者契約の場合ですと,事業者は専門性を持って事態を見通しリスク計算ができるのに対し,消費者はこの契約につき,どういうリスクがあるのかはよく分からないということもあります。そのような場合に,事業者が債務の不履行をしたときには,少なくともその事業者が契約時に予見可能であった限り,責任を負わなければならないのだと思います。ですから,両当事者が対等でリスクをきちんと織り込みながら契約できる場合だけではなく,そうでもない場合も念頭に置いて考えていくべきだと思いました。 ○林委員 過失相殺のところなのですけれども,これは債務不履行の過失相殺を前提にしているので,類推適用とかそういう場面をどう想定するかということがあると思うのですが,確かに先ほど非常に議論された責任原因としての過失概念を整理していく過程の中で過失相殺をどう位置づけるかというのも議論があると思います。規定からも過失概念を取り払っていく,それを債権者側の損害軽減義務的なもので整理していくという考え方は十分あり得るかと思うのですけれども,ただ,一方,過失という言葉を使うかどうかはともかくとして,本当に過失相殺という規定が持っている機能も,不法行為ほどではないにしても,かなり損害の調整的な機能を果たしている部分があり,しかもそこに対する期待というのは結構あると思います。そうなると,損害軽減義務という,いわゆる債権者側の作為的な義務,それに基づく軽減要素というだけで現在の機能を全部消化し切れるのかどうかというところは慎重な御検討をいただければ有り難いなと思います。資料5−2の54ページに書かれている諸外国の立法例で,例えばヨーロッパ契約法原則,これは契約を前提にされていると思うのですけれども,損害の軽減という9:505条とは別に9:504条という形で,もちろんこれは債権者に帰すべきということになるのでしょうけれども,寄与した限度というような概念がありまして,恐らく債権者側だけではなくて,債権者,債務者の双方のバランシングを見ながら損害額の算定を図っていくという機能を果たす規定のニーズというのはやはり認知されているのかなという感じがします。ついでに申し上げますと,先ほどの帰責の根拠のところについても,私も過失原則と言われている,講学上言われているものが根拠ではなくて,それに代わるものが必要だと思うのですが,最終的に債務者の責任ルールで落ちるかどうかという判断をする場合に,ある程度のバランシングというのがかなり実務的には大きい意味を持っているのだろう。それをどうやって条文的に表現するかということについては今後の議論で勉強させていただきたいと思いますが,少なくとも損害の算定に直結する過失相殺の規定について,ワーディングを含めて検討する際に,そこは軽減義務だけで消化し切れるのかという点については是非御検討いただければと思っています。 ○内田委員 中身の話ではないのですが,先ほど基準時の問題について,山野目幹事から御要望があり,また,それに続いて道垣内幹事からも問題の御指摘がありましたが,私の理解するところではいずれも学界の水準を超えるといいますか,水準そのものというような高いレベルの御指摘であったように思います。内容的にはご指摘のとおりだと思いますが,問題は,そのようなご指摘を踏まえた案をだれが用意するかということで,事務局の中に起草委員グループのようなものがあるわけではありませんので,どうやってそれを作っていくかということも追い追いお考えいただければと思います。 ○鎌田部会長 御提案の委員・幹事に御協力をお願いすることがあるかもしれないという前提で……。 ○三上委員 部会資料5−1,6ページの(関連論点)の「故意・重過失による特則の要否」についてですが,ここで言う「故意」とは何なのかということで,例えばインソルベントで金が払えない人が期日を迎えて金を払わないのは「故意」なのかというと,ちょっと違う問題と思いますし,基本的にここで言う「故意」というのは,刑法で言う「事実の認識」という定義とは違い,意図的に払わずに相手の損害を拡大させるとか,それ自体が不法行為を構成するような故意を指すべきものにしないと,実務上かなり影響が出てくるのではないかと思います。そういう意味で私は,C案のように設けないか,設けるとすれば,故意という言葉ではなくて,背信的悪意とか害意とか,何かもっと厳しい表現にしないといけないのではないかという点が一点です。   もう一点,過失相殺のところで,「損害軽減義務」という形で規定された場合についての懸念を2点申し上げたいのですが,一つは,例えば株式担保なら株価の上下があるとか,外国為替の相場があるとかいったようなときに,どうしてその時期,価格で担保を処分したり,デリバティブ取引を強制解約してそんな損失額を確定させて売ってしまったのだというような問題というのは,今でもあるのですが,必ず出てき得る問題です。そういうときに,債権者の側でも損害を軽減する義務があると言われると,債権者の側が善管注意義務をもって売るべき時期を慎重に判断したということが必要になってきます。しかし,債務者の側が担保を処分したり,円価を確定したりするときというのは,それなりに事務手続とか回収の可能性の見極め,期限利益喪失のタイミング等諸般の事情を考慮して判断しているのであって,必ずしも債務者の損害を最小限にするだけを念頭に判断しているわけではない。ですから,これをいきなり義務という形で導入されるとかなり実務に影響が出てきてしまうのではないかと思います。特にこの辺は海外ですとかなり判例の蓄積があるようなのですが,国内では,判断基準ができているというほどの判例の蓄積はないのではないかという点があると思います。   もう1点は,例えばローンの返済などのときには,当該返済額以上の残高が口座になければ引落しがかからないというのが恐らく普通の銀行実務です。そういうときに,同じ金銭債務なのだから,ある分だけでも落としてくれれば損害が差額分しか発生しなかったのではないかといったようなクレームが考えられます。あるいは,金銭債務でなくても,例えば価値がなくなるもの,腐ってしまうような食品ですとか,あるいは流行がすぐ廃れてしまうようなものについて一定の不完全履行があって受領を拒否したところ,その場で売ってくれればその分損害が減ったではないか,その差額分だけ請求してくれればよかったではないかと言われる懸念も出てくるのではないかと思いますけれども,これは本旨弁済ではないとして受領を拒絶できるはずの不完全履行を事実上強制することにならないのかといったような問題も出てきます。そういう意味で,信義則上債権者の側でも損害の拡大に寄与した故意ないし重大な過失があれば,その分を過失相殺という枠組みの中で調整的に判断するという現状のような判断はあってしかるべきですし,紛争を解決する上で非常に有益な手段であるということは我々も認識しているのですが,改めて債権者の義務として規定し直すことに関しては慎重になるべきではないかと考えております。 ○鎌田部会長 ほかにいかがですか。 ○松本委員 過失相殺の問題なのですが,取引に伴う消費者被害の救済を不法行為でいく場合,それから契約責任でいく場合,両方あるわけなのですが,どちらにおいても,詐欺に近い商法であるにもかかわらず,だまされたあなたが悪い,ここで欲を出したあなたが悪いという形でかなり大幅な過失相殺が不法行為責任でも契約責任でもなされているという現状があって,これはちょっといかがなものかなと従来から考えているところです。交通事故のように,加害者と被害者のそれぞれの過失が原因となって事故が起こる場合は確かに公平の見地からというのは分かるのですが,一方がだましてやろうと思って来たところ,非常にだまされやすい人であったからということで,損害賠償額を削られるというのは,言ってみれば,欲張りであるという人間の本性を根拠にして過失相殺をしているということで,いかがなものかと思います。過失相殺について,過失という言葉を使うのか使わないのかというのは一つの大きな争点ですが,債務者の故意又は重過失による場合については過失相殺しないというような制限を入れてもいいのではないか。不法行為の世界ではこれは前から言われていることですが,債務不履行でも同じようなことを言ってもいいのではないかなと考えています。 ○岡(正)委員 三つ申し上げます。   最初は算定ルールの話のところですが,弁護士会の議論でも,細か過ぎてよく分からない,立法が国会の民主主義の場ですべての紛争をある程度念頭に置いて一つのルールを本当に見つけられるのか,これはやはり司法の場で具体的に判断するしかないのであって,予見可能の主体とか時期だとか,算定の基準のルールを法律で本当に定められるのかという疑問を出す者がおりました。イメージを持って議論すれば何か到達できるのかなという気もしますけれども,判例もかなり古いですし,道垣内幹事がおっしゃったように特定の事案の特定の解決にすぎませんので,すべての紛争に本当に共通するルールを国会というか法律の形でできるのかという疑問を出す者がおりました。それが一つでございます。   二つ目の過失相殺のところでは本当に激論が弁護士会の中でもございまして,信義則上の義務を明言する損害軽減義務というのを是非作るべきだ,債務不履行している債務者に追完権というのを認めるのであれば,そのバランス上権利者の方に義務があることを明示すべきだ,それで先ほどのちょっとした塗装の傷で車を取り替えろというような過度な追完請求を制限できるようなメリットもあるではないかという意見が一方にあります。他方,損害軽減義務が明文化されると,それを過度に義務だということで本来の権利者が制約されるのではないか,たとえば不当解雇された労働者について,雇用主が違法であっても履行拒絶する意思が明確であれば,損害軽減義務の観点から,それ以上履行請求することはあきらめてもう退職して損害を軽減すべきではないかと,そんなふうに悪用されるおそれも生じるのではないかということから反対論も根強いです。   それからもう一つ,弁護士会で問題になったのが,最後の「利息超過損害の賠償について」のところでございまして,危惧感を表明する意見が強かったです。理屈からいったら金銭債務でも損害が立証されれば実損害でいいのではないかという議論もありましたけれども,債権取立費用であるとか弁護士費用等の損害も請求できるようになると,消費者であるとか弱い者について相当な被害が出るのではないかという危惧感でございます。特に法定利率が今度5%から変動金利になって1%とか2%とか3%にもしなった場合は余計いろいろな実損を請求してくることが多くなるのではないかと。業界の話で申し訳ないのですが,取立てにかかった弁護士費用を損害できるという解釈がここに入ってしまいますと,敗訴者負担の問題にも広がって影響が大きいのではないかという危惧がかなり表明されたということを御報告申し上げておきます。 ○大島委員 部会資料5−1の10ページの7番,「金銭債務の特則」のところですけれども,「(1)要件の特則:不可抗力免責について」の2行目に書いてあるように,債務者が大震災の被害に遭った場合など,金銭債務において不可抗力免責を認めることが妥当な場面が存在するのではないかとの批判については,商工会議所の委員会でも確かにそのとおりという意見がございました。民法第419条第3項を削除して,債務不履行の一般ルールで処理することが望ましいと考えています。   「(2)効果の特則:利息超過損害の賠償について」でございますが,趣旨は理解できるのですけれども,中小企業の立場から考えますと,交渉力に大幅な差がある当事者間で利息超過損害の賠償を認めることは,弱い立場の当事者に過剰な損害責任を強いることになるおそれがございます。関係官庁の取組みにより交渉力の格差を縮める努力がなされ,成果も上がっているところではございますが,交渉の結果,弱い立場にある中小企業に過重な賠償責任が強いられることになりますと,経営が立ち行かなくなる可能性が少なくないという意見がございました。その点,十分御勘案くださいますようにお願いいたします。 ○三上委員 「金銭債務の特則」にまで入るのだったら,その点に関してどうしても言わざるを得ないのでお願いしたいのですが,一つは,不可抗力免責の範囲が広がるようであるとかなり影響が出るという点につき,金融界では危惧する声が多かったという点でございます。先ほど松本委員からご指摘がありましたように,「責めに帰すべき事由」がないということと「不可抗力」とは範囲が違うということであれば,その共通の損害賠償ルールに金銭債務が入るということは問題があるのではないか,やはり金銭債務の場合には,より抗弁の範囲を狭く解するべき必要があるのではないか。例えば,債務の履行日に雷が落ちて家が丸焼けになったとか,親が死んだとか・・・こういう例を引き合いに出すと銀行は血も涙もない業者のようにも思われても困るのですが,あくまでも講学上の限界事例だと思っていただきたいのですが,そういった場合に,それ自体で当面は弁済が遅れても不可抗力だとか,初七日が終わるまでは不可抗力だなどと言われると実務に多大なる影響が出ると思います。そうしますと,3項を丸ごと削除してしまうと問題になりまして,むしろ,例えば「不可抗力の場合だけは抗弁できる」といった趣旨の条文の形で残さざるを得ないのか,そんな考え方もあるのではないかと思います。   付け足しになりますが,法定利息というものの役割が何かということにもよりけりなのですが,例えば実際,地震や何かで不可抗力によって返済が延びた場合も,少なくとも金銭債務に関しては,例えば払うべき資金が銀行に置いてあったら預金利子がつくとか,不当利得は発生してくるのです。ですから,不可抗力の期間に得られたはずの利得をどちらの当事者に帰属させるのがよいのかという観点で見ますと,民事の法定利息の今の5%ではとんでもない話ですが,その役割の今改正での見直しいかんによっては,それ自体が損害額を立証する必要のない,不当利得としてやりとりすべき金額であるという考え方も成り立ち得るのではないかと言うようなことも考えております。少なくとも先ほどの議論からずっと出ております債務不履行一般の場合の「責めに帰すべき事由」と言いますか,その範囲が明確にならない限りにおいては,金銭債務の不履行も一般化して共通に述べてしまうのはかなり危険なのではないかという点を繰り返しておきたいと思います。ただし,金融機関全体の意見としましても,金銭債務にも不可抗力がある,あるいは利息超過損害が発生する場合があり得るということに関してはそれなりに理解できる部分であるということでございます。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。実務にはかなり影響のある課題だと思いますけれども,現時点での論点整理としてはこういうところでよろしいでしょうか。 ○中井委員 論点整理に出ていないことですが,賠償額の予定についても議論すべきではないかと思います。「基本方針」で提示されていますが,例えば賠償額の予定が過大であるとき,場合によっては減額を認めることができるものとしてはどうか。論点として取り上げる価値があると思います。御検討いただければと思います。 ○鎌田部会長 ほかの点でも結構でございますし,ただいまの御指摘のように,漏れているとか,あるいはもっと深めるべきであるという論点の御提示でも結構でございますけれども,御発言があればお願いします。 ○新谷委員 論議の中でも事務局の皆さんに大分お願いとか注文がついて,更に注文というかお願いするのは恐縮なのですけれども,今日お配りいただいた部会資料6にも,分かりやすい民法の改正が非常に重要な視点であるというふうに記載をされております。でき上がった民法自体分かりやすいというのは当然だと思うのですが,この論議過程においても分かりやすい資料をお作りいただければ有り難いと思っています。具体的には,今日いただいた資料の中でも「例えば」ということで事例を記述いただいていますと,我々素人にとっても非常に理解がしやすい部分がございます。今後,資料をお作りいただくときに,できれば「例えば」ということで事例などを記載をいただいて,共通の理解のもとで分かりやすい資料をお作りいただければと思いますので,よろしくお願いします。 ○鎌田部会長 できるだけ早く資料を作らなければいけないという要請と,できるだけ詳しく具体的に,しかも自分の考えでないものについて具体例を用意するというのはかなりリスキーではありますけれども,事務当局には可能な範囲内で御努力をいただくということをお願いするしかないかと思います。 ○筒井幹事 資料の作り方についてのリクエストをいただきまして,ありがとうございます。今回の会議が各論的な議論をする初めての機会であり,私どもとしても初めて詳しい資料を提示して議論をしていただきました。ですので,私どもといたしましても,ただ今の新谷委員の御発言のように建設的な提案をいろいろいただきながら,できることから一つずつでも是正をして,より充実した審議に役立つ資料を作ってまいりたいと思います。いろいろな形で御意見をお寄せいただければと思っております。実際に御要望とおりにできるかどうかは,なかなか心もとないところですが,是非いろいろな御指摘をいただきたいと思っております。 ○鎌田部会長 どうもありがとうございました。   予定の時間を大幅に超過いたしましたけれども,本日予定をしていた議事は以上のとおりでございます。ほかに特に御発言はございませんでしょうか。―ないようでしたら,本日の審議はこの程度にさせていただきます。   最後に,次回の議事日程等について事務局から説明してもらいます。 ○筒井幹事 どうもありがとうございました。   次回の第4回会議ですけれども,2月23日火曜日,時間は本日と同じで,会場も同じ第1会議室です。次回は,今回と同じ部会資料5−1及び5−2に基づきまして,第3の「契約の解除」のところから御審議をいただきたいと考えております。次回会議のための新たな資料等の送付は今のところ予定しておりません。よろしくお願い申し上げます。 ○鎌田部会長 不手際で時間を大幅に超過してしまいまして申し訳ありませんでした。お許しいただければと思います。   本日は御熱心な御審議を賜りまして誠にありがとうございました。 −了−