法制審議会民法(債権関係)部会           第15回会議 議事録 第1 日 時  平成22年9月28日(火) 自 午後1時00分                       至 午後6時20分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)                議     事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会の第15回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   では,配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 事前送付資料としては,部会資料16−1及び16−2をお届けしております。また,本日は前回会議用に配布済みの部会資料15−1及び15−2も使わせていただきます。これらの資料の内容は,後ほど関係官の川嶋,亀井,大畑から順次説明いたします。 ○鎌田部会長 それでは,本日の審議に入りたいと存じます。   本日は部会資料16−1のほかに,前回,積み残しとなりました部会資料15−1の残りの部分について御審議いただく予定です。具体的な進行予定といたしましては,休憩前に,まず,部会資料16−1の「第1 消費貸借」から,「第2 賃貸借」の「2 総則関係」までを御審議いただくことを予定いたしております。その後,休憩を挟みまして引き続き「第2 賃貸借」の残りを御審議いただき,その後に部会資料15−1の「第6 贈与」,その次に部会資料16−1の「第3 使用貸借」をそれぞれ御審議いただきたいと思います。   それでは,まず,部会資料16−1の1ページから4ページまでの「第1 消費貸借」について御審議いただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○川嶋関係官 まず,部会資料16−1と16−2との関係や,各項目の冒頭に記載された「1 総論」の位置付けはこれまでと同様です。「1 総論」においては,留意すべき点について幅広く御議論いただくとともに,この資料で取り上げられていない論点についても,御指摘をいただきたいと思っております。   それでは,「第1 消費貸借」について,2以下の個別論点の御説明をいたします。   まず,「2 消費貸借の成立――要物性の見直し」は,借主が貸主から金銭その他の物を受け取ることによって初めて成立する,要物契約とされている消費貸借を諾成契約として規定する方向で見直すことの当否について御審議いただくものです。金銭消費貸借の実務においては,金銭が交付される前に公正証書の作成や抵当権の設定がされることも珍しくありませんが,消費貸借を要物契約として規定していると,このような公正証書や抵当権の効力に疑義が生じかねないことが指摘されています。こうしたことを受けて,消費貸借契約を諾成契約として規定する方向で見直すべきであるとの考え方が示されているわけですが,もっとも,無利息消費貸借については,合意のみによって契約の拘束力を正当化できるかどうかに疑問が示されていますので,利息付消費貸借とは異なる取扱いを設ける必要性も指摘されているところです。   この論点については,三つの関連論点を掲げました。このうち,「1 目的物の交付前における消費者借主の解除権」は,貸主が事業者であり借主が消費者である場合に,貸主が目的物を借主に交付するまでは,借主は消費貸借を解除することができるとする考え方に対する御意見をいただくものです。「事業者」,「消費者」等の文言を用いて規定の適用範囲を画することの当否については,個別的課題の検討が一巡した後に,改めて全体を振り返りながら行うことを予定しておりますので,ここでは,主に,ここに示された考え方の当否について御議論いただけたらと思います。   続いて,「3 利息に関する規律の明確化」では,利息の発生をめぐる法律関係を明確にするために,利息を支払うべき旨の合意がある場合に限って借主は利息の支払義務を負うことを条文上も明らかにするべきであるとの考え方に対する御意見を,「4 目的物に瑕疵があった場合の貸主の担保責任」では,利息付消費貸借における貸主の担保責任の規律は売買における売主の担保責任の規律に対応するものに改め,無利息消費貸借における貸主の担保責任の規律は贈与における贈与者の担保責任の規律に対応するものに改めるべきであるとの考え方に対する御意見を,「5 消費貸借の終了」では,返還時期の定めのある利息付消費貸借においても期限前弁済することができ,その場合には,借主は貸主に生ずる損害を賠償しなければならないことを条文上も明らかにすべきであると考え方に対する御意見を,それぞれいただけたらと思います。これらの論点は,いずれも規定の明確化や整理を主眼とするものです。   最後に,「6 抗弁の接続」は,消費貸借の規定の見直しに関連して,消費者が物品若しくは権利を購入する契約又は有償で役務の提供を受ける契約を締結する際に,これらの供給者とは異なる事業者との間で消費貸借契約を締結して信用供与を受けた場合に,一定の要件の下で,借主である消費者が供給者に対して生じている事由をもって貸主である事業者に対抗することができるとの規定を新設するべきであるとの考え方が示されていることから,これについて御議論いただくものです。ここでは,一定の取引類型については割賦販売法において抗弁の接続の規定が設けられているところ,抗弁の接続に関する一般的な規定を民法に置くことの当否が問題となります。割賦販売法の規定については,部会資料16−2の14ページ以下にその概要をまとめましたので,御参照いただけたらと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ただいま説明がありました部分のうち,まず,「1 総論」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○中井委員 本日の消費貸借のところでは,消費者に関する特則の提案が幾つか示されています。今後,12月までの会議日程の中で,消費者概念もしくは消費者契約に関する特則等について議論があるのだろうと思いますが,本日のこの消費貸借を議論するに当たっては,事業者,消費者概念を民法の中に取り込むことに関して,全体的な議論もできればお聞かせいただきたいと思っていますので,最初に要望として申し上げておきたいと思います。 ○鎌田部会長 全体的な議論を聞かせていただきたいというのは,委員,幹事からの意見をということでございましょうか。御指摘のありましたように,事業者や消費者概念全体については各論的な議論を済ませた後に,全体を通じてどういうふうな考え方で対応していくのが一番適切なのかというまとまった議論をしたほうが,適切ではないかと考えているところでございますけれども,事務当局から何か。 ○松本委員 今の御説明の趣旨が少し分かりにくいのは,民法の中にどういう規範を盛り込むべきかという議論をここでやる,しかし,消費者の定義については後回しにするという話なのか,それとも,民法に入れるか,特別法に入れるかは別にして,一方が消費者で他方が事業者の場合はこういう民事ルールが必要だというレベルの議論をやった上で,民法にどの部分を振り分け,特別法にどの部分を振り分けるかというのは,また,後でやりましょうということなのか,この二つのうちの今はどちらを言っておられるんですか,事務局としては。 ○筒井幹事 今,松本委員からお尋ねがありました点については,両方ということになろうかと思います。と申しますのは,この部会の第2回会議で,消費者や事業者といった概念を使って適用範囲の画された規範を民法の中に設けるのかどうかについては,一読の最後に全体を通じての問題を議論をする際に取り上げるけれども,差し当たりの約束事として,そういう議論を排除しないで進めていこうという提案をいたしました。   その理由は,この部会での検討対象はやはり民法の改正ですので,民法に規定を置く可能性が全くないということであれば,そもそもこの部会の議題ではなくなるわけですけれども,しかし,具体的な規定のイメージを共有しないまま抽象的にどうするべきかを最初に議論しようとすると,おそらく議論がかみ合わない。そこで,差し当たりは規定の置き場所が民法となる可能性があるものとして議論してみよう。しかし,最終的にそういう規定を民法に置くのかどうか,あるいは,置くとしても消費者や事業者という概念をどうようなものとするのか,この二つのことについては,いずれも最後に全体を見ながら議論してみようということで,先ほど申し上げたような発言をしたわけです。   もっとも,これまでに審議対象とされてきた分野でも,消費者や事業者といった概念を使った一定のルールを民法に設けるという立法提案が具体的に示されているところが何か所かあったのですが,事務局からはそれらの提案を積極的には資料に取り上げないで,ここまで進めてきておりましたので,今回の資料に消費者の特則が載ったというのは,やや一貫しないと受け止められたかもしれません。ただ,個別的な立法提案をすべて後回しにしていくと,議論の効率性を損なうという心配もあったので,今回の資料では,そういった論点も盛り込んでみました。   ですから,お尋ねがありました議論の仕方としては,松本委員から御指摘があったように,規定の置き場所が民法かどうかということはひとまず置いておいて,提案されているルールが適当かどうかを御議論いただくのでも構いませんけれども,ただ,民法にそういう規定を置く可能性があると仮定して,その当否については後でまとめて御議論いただくこととして,この資料についての議論をしていただければと考えております。 ○松本委員 ただ,その場合,ちょっとトリッキーなことになりかねないという危惧があります。というのは,民法に限定した議論をしている人と,そうではなくて特別法でもいいんだ,こういうルールは必要なんだと,むしろ特別法で必要なんだと思っている人が,どこに配置するかという議論を抜きにして,結論の部分だけを言ってしまうと,民法にこういう条文を入れるべきだという賛成意見に最終的にまとめられてしまうというおそれがあるんですね。これはまとめ方の問題であるのと,それぞれの発言者がどういう趣旨で言っているのかということを明確にすればいいんだけれども,毎回毎回,そんなことを言うのも大変ですから,余り気にしないで言うことも多分,多いと思うんです。そういう点でちょっと今のような整理をされると,意図しない賛成意見としてカウントされるという危惧が出てくるのではないかなという感じです。 ○鎌田部会長 その点は,そういった危惧が現実化しないように最大限,配慮するつもりでおります。多分,事務当局もそこについては細心の注意を払ってくれると考えております。できれば御発言に際しましても,可能な範囲内でその点を意識的に付言していただければと思っております。いずれにしましても,中井委員が提起されましたように,少しそういった問題についてどう対応するかということを背景にしないと,発言しにくい部分もあろうかと思いますけれども,正面から,今日,この場でその議論を始めますと,消費貸借の議論あるいは賃貸借の議論というのがなかなか進まなくなりますので,後にまとめて議論するということを前提にして,それを意識した御発言をいただければと考えておりますけれども,そういうことでよろしいでしょうか。   ほかに御発言がないようでしたら,2以下の個別論点の議題に進ませていただきたいと思いますが,これまでの御審議と同様に何かお気づきの点がありましたら,そのときに総論的な課題につきましても御発言いただければと思います。それでは,「2 消費貸借の成立――要物性の見直し」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○大島委員 商工会議所には,消費貸借を諾成契約として規定する場合は,契約の成立時期を明確にしておかなければならないのではないかという声がございました。具体的には,事業者が金融機関と借入れについて交渉し,金融機関の担当者が了承した後に,それにより好条件の融資をほかの金融機関から受けることが可能になったため,当該金融機関からの借入れの必要がなくなったという事例がございます。こうしたケースでは,利息付消費貸借契約が成立していたとして,前の契約に拘束を受け,借り手側が融資を受ける前に解除権を行使することができなくなるのではないかということも考えられます。したがいまして,合意の成立時期は明確にしておく必要があるのではないかと思います。 ○岡本委員 消費貸借を諾成契約とするということにつきましては,諾成的消費貸借契約について既に判例・学説上で認められていると言ってもいいような状況にあるのではないかと思われまして,そういう意味では,特に反対まではしないと考えております。ただし,諾成的消費貸借によりまして,貸主に目的物の交付義務が発生するということになると思いますけれども,目的物の引渡義務が債務だということになるといたしますと,引渡債務に係る債権,これが原則として譲渡可能ということになるのか,それとも,性質上,譲渡できない債権ということになるのか,その点について疑問を持っております。   事業資金の融資などにおきましては,融資金を借主が事業に使って,事業の収益でもって弁済するといったことが予定されていることが一般的だと思うんですけれども,そういったことを考えますと,性質上,譲渡することができない債権であると考えるとか,あるいは譲渡するに当たっては,貸主の承諾を要する債権であるとするのが妥当ではないかと考えておりまして,その点について明確化していただきたいと考えております。   仮に原則として譲渡可能だということになりますと,譲渡禁止特約を付すということが考えられますけれども,譲渡禁止特約ということですと,譲受人が善意無重過失の場合に有効になって対抗できないということがありますし,更に差押えや転付に対抗できないといった問題がありますから,譲渡禁止特約を付せば足りるというわけではないのだろうと思います。   ついでに申し上げますけれども,譲渡禁止特約につきましては債権者,債務者間で契約されるわけですから,契約自由の原則で当事者間で有効だというのは当然といたしまして,更に第三者との関係につきましても,当事者間の契約の第三者効という考え方以外にも,契約自由の原則からして債権者と債務者の契約によって債権自体の譲渡性を奪う,そういう両者間で性質上,譲渡できない債権をつくるといった考え方もできていいのではないかということも意見としてございましたので,付け加えさせていただきたいと思います。こういうふうな考え方によるときでも,当事者間で差押禁止債権をつくることはできないということからいたしますと,差押えには負けるということにはなるのかもしれないですけれども,その点,ちょっと御検討いただければと思いました。 ○岡田委員 消費者の場合,金銭消費貸借契約が重要であると思いますが,クレジット,いわゆる三者間とか四者間になると,諾成的契約になっているように思いますが,貸金業の契約は二者間で要物性というのを私たちはよりどころとしているものですから,これがなくなってしまうと不利益を被る消費者がでてくると心配している相談員が少なくありません。 ○奈須野関係官 要物性を改めるということなんですけれども,実際のビジネスではもはや消費貸借が要物契約であるということを前提としてビジネスが行われているので,実務に影響があるのではないかと懸念があります。また,消費貸借の予約は予約自体として,例えばコミットメントラインを設定する契約として,それ自身が独立のサービスになっているということでありまして,かかる消費貸借の予約を消費貸借自体が諾成契約になったからということで統合してしまうと,実際のビジネスに大きな影響があるのではないかと考えております。   例えば先ほど岡本委員から要物性を見直した結果,譲渡可能になるのかという論点が提起されましたけれども,商社からは別の論点として,相殺可能かという論点も提起されております。例えば,合弁事業を行うときに,AさんとBさんで,通常,出資だけでなくて融資の合意もするわけですけれども,諾成ということで,借主が,Aさん,Bさんに対して債権を有する場合に相殺していいのかという論点もあり得ることなります。これに対して事業者としては,当然,相殺禁止特約を設けたくなるわけですけれども,このような相殺禁止や譲渡禁止の特約が広まると諾成契約に改めた効果を没却することになるかもしれない。そうだとすると,果たしてわざわざ要物性を改めるだけの実益があるのでしょうかということであります。   もう一つは,いただいた資料の1ページ目の簡略版のほうの最後から4行目を見ますと,消費者借主の解除権の話として,「契約成立後に金銭を必要としなくなった借主は,この解除権を行使することにより,利息の支払の負担から解放されることになる」と書いてありますが,消費者が借主である場合で,かつ消費貸借が諾成契約になった場合には,合意のときから金利が発生するかのように読めるんですけれども,消費者は金銭の引渡しがないと金利は発生しないと考えるのが通常であるので,先ほど岡田委員が懸念されたように,要物性を改めた場合に消費者にどのような影響が生じるのかということについても,慎重な見極めが必要かと思っております。   それから,同じ論点で消費者借主の解除権ということについては,通常,貸す側は貸す前にコストを掛けて信用調査を行って貸すというのが通常でございますので,引渡しの前に解除権があるということになりますと,ビジネス上にはちょっと影響があって,そのようなリスクのある相手方,例えば,消費者や中小零細事業者に対する融資に対して,より慎重になるのではないか,あるいは,遺失コストを回収するために,金利が高くなるというような影響も懸念されるのではないのか,と思っております。   それから,先ほど消費者という概念を設けるや否やということについての論点提起もございましたけれども,1ページ目の最後に挙げている中小零細事業者ということについても,こういった概念を民法に取り込むということについては,民法の一般性ということと中小零細事業者というものの定義というものが,時代によって変わり得るということから消極的に考えております。 ○油布関係官 金融業界と意見交換をしていますと,諾成契約化そのものについては比較的,抵抗は少ないかなと思っております。ただ,詳しいほうの資料の補足説明のところにも若干触れてありますけれども,やはり差押えや譲渡については一定の制約を付すべきではないかと思われる節もあると思います。  差押えの場合や譲渡の場合でも,借りる権利の譲渡というのでしょうか,これは単にキャッシュフロー権だけを移転させるということなので,もともとの債務者が引き続き弁済義務を多分,負うんだということだと思うんです。ですから,基本的には,ものの性質上譲渡不可であるとやったり,一律に差押えの対象外にしたりするということには,ややためらいがあるわけです。実際にも例えば実例を挙げて申し上げますと,何か事業者が金融機関から融資を受けて原材料の仕入れをしたいという場合,金融機関と融資契約書を取り交わした後,実際に入金されるまでは数日以上のラグがありますので,その短期間の間でも有効に活用したいということで,直接,これを仕入れ先に譲渡したりして,一刻も早く仕入れをしたいとか,そういう実益も多少あるだろうなという気がしますので,一律禁止みたいなものにはややためらいがあるんですけれども,では一般の債権と同じように特段の制約を付さずに,同列に扱っていいのかと言われると,そこはどうかなと。例えばキャッシュフローの移転に過ぎないというのは,「もともとの借り手がきちんと返してくれるから,キャッシュフローの移転に過ぎない」という場合であって,もともとの借り手の人から返ってこないと思われるような場合は,キャッシュフローを移転するということは非常に致命的な意味を持つと思われます。   典型的には差押えがそうだと思うんですけれども,差押えを借り手が受けたような場合は,常識的に考えれば,その人からお金を返してもらえるとは思えないケースのほうが非常に多いと思われるんですね。こういう状態のときにまで,あえて「契約済みだから」ということで差押えに応じて,資金を入金しなければいけないのかと。この点についてはやはり例えば一種の不安の抗弁権みたいなものを,あるいはこれに類似のもので相手方の,つまり,本来の借り手の信用状態に不安があるような場合には,抗弁できるような仕組みを構成しておく必要があるように思われます。   それから,差押えほどではないとは思いますが,債権譲渡についてもやはり同じような問題がありまして,例えばもし諾成契約化して,かつ基本的に譲渡も自由だということで,民法上,特段の手を打たないということにしますと,貸し手,特に金融機関側は恐らく譲渡禁止特約を付すことで防御措置を講じるだろうと思われます。ただ,これだと善意かつ無重過失の譲受人には対抗できないということになるんですが,そういう状況はどういう状況かということをよく考えてみるべきだと思います。本来の借り手の立場に立ってみると,本来の借り手は債権譲渡禁止特約があるのを知っていて,あえて,これを破って譲渡するというふうな状況なんですね。非常に特殊な状況に置かれているというのが恐らく通例ではないかと思われます。例えばほかの貸し手から借金をしていて,かなり追い込みをかけられていて,やむを得ず,キャッシュフローの権利を譲渡するような場合とか,あるいは反社会的な勢力につけ込まれているような場合なのではないかと。全部がそうだとは言いませんけれども,通常,そういうやや特殊な状態にあって,特に相手が金融機関の場合ですと,今後,そこから融資は受けられない,取引はしてもらえないだろうということをある程度覚悟しつつ,あえて債権譲渡禁止特約を破って,そういう人に譲渡するわけですね。そういう場合にも,譲渡を受けた方は善意無重過失だということで対抗できるというんですけれども,ちょっとやや,その構成で本当にいいのだろうかと。やはりちらっと先ほど岡本委員がおっしゃいましたけれども,例えば一つの仕組みとして,一般的に譲渡の禁止まではしないけれども,貸し手の承諾を要するといったような何か民法上の手当てを講じておくことが現実的ではないかなという気がいたしております。 ○道垣内幹事 岡本委員と油布関係官がおっしゃったのは,誠にもっともだと思うんですが,そのような事態を防ぐ方法というのは,恐らく三つあるんじゃないかと思うんですね。まず,岡本委員がおっしゃったところですが,当該諾成的消費貸借契約から発生する権利の性質を考えるというものであり,これが第一の方法ですよね。次に,油布関係官がおっしゃったようところですが,不安の抗弁権という一般理論に落とし込むというものでして,これが第二の方法であろうと思います。しかし,私は第三の方法が考えられるべきではないかという気がしております。   と申しますのは,消費貸借における返還の時期について,今回,591条1項については,資料においては,別段,改正の要否を問うということにはなっていなかったと思いますけれども,現行法では,返還の時期を定めなかったときには,相当な期間を定めて返還の催告をすることができるということになっているわけです。しかしながら,一般の消費貸借契約においては様々な期限の利益喪失条項というのがあるわけです。例えば,岡本委員がおっしゃったような事業資金というものに対して貸すということになると,使途制限条項というものが付いていて,使途制限条項に違反ということになると弁済期が到来することになる。そして,債権譲渡をするというのは,正に使途制限条項違反だと思うんですね。また,差押えも多くの場合には,期限の利益の喪失の事由になっているのだと思います。   さて,そうなりますと,貸す前に期限が到来しているという状態が発生するわけでして,現実に金銭を交付する前に,返済期限が到来しているという状態になるのですが,私はこの場合にはそもそも貸す義務が生じないと考えるべきだろうと思います。つまり,一瞬,1億を貸して,その1秒後に1億を返せという話をわざわざ認めるというのも変な話で,それを認めるということになると,一般債権者の中に自分を取り込まれるようにすることを貸主に強制することになるわけですから,それはおかしいだろうと思います。したがって,諾成的消費貸借契約を認めるとしても,返済期限が到来しているときには,もはや貸す義務というものの履行というものはしなくてよいと考えるべきではないか,そして,そういう方法で,今まで出てきましたような問題点というのを解消すべきではないかと思います。   他方,そうしますと使途制限条項が付いていなかった場合にどうなるのかという話が出てくるんですが,そうなりますと,1億円を貸した途端にその1億円を別のところに回したといったときに,それでも弁済期が到来しないというわけでして,そうであるならば,そういうリスクは貸主が負っているとしか言いようがないような気がします。したがって,そういう条項が付いていなければ,それはそれまでなのではないかと思います。 ○中井委員 弁護士会の意見を御紹介しておきますと,まず,一つは法律論として,公正証書や抵当権の設定との関係で効力をきちっと説明できるように,諾成的消費貸借契約を基本とするという考え方があり,また,現実の実務においても,借主のほうで例えば段階的に事業資金が要る一定のプロジェクトを遂行するに当たって,事前に金融機関と合意をして,段階に応じて金銭の借入れを行っていく,そのようなときに事業を行いながら,借入れができなかったら困るわけですから,実務的にも諾成的な合意によって,債務を発生させてほしいという実情はあることから,諾成的消費貸借契について理解を示す弁護士会が多くございました。   反面,諾成的消費貸借契約をあえて,ここで要物契約から変更してまで認めなければならないのかということに対して,強い疑念を示す弁護士会もございました。その理由を申し上げますと,一つはこれまで議論がありましたように,諾成的消費貸借契約が成立してから貸付実行までの間に債権譲渡が行われ,また,差押えが行われたときに,どのような説明をするのか。今,お聞きしていて幾つかの防ぎ方はあるのかもしれませんけれども,そのような防ぎ方を考え,それを条文化するのか,理論化するのか,説明の概念として用意しなければならない。その問題がまず第一にある。   第二に,最初に大島委員から御発言がありましたけれども,契約を締結してから借入れ実行までの日にそれなりの期間はあるわけですが,その間に例えば資金需要がなくなった,もしくは先ほど例のように他からより安価な形で借入れができるようになった場合に,当該借入人が諾成的消費貸借契約に基づいて借入れをする義務があるとすると,借入人の立場から見ても,いささか酷ではないか。現実に本日の検討事項の中では,消費者が借入人の場合には,目的物交付までは解除を認めるという一つの考え方が示されております。この消費者概念を少し膨らますのかどうかはともかく,弱小の中小企業者についても,同じ規律を適用してはどうかという考え方も提示されているかと思います。   この考え方は,結局は諾成的消費貸借契約を認めながらも,借主側からは常にフリーな解除権を認めるわけですから,結局,要物的な考え方に帰着しているのではないかと思われるわけです。先ほどの中小企業者を更に広げて,仮にこれを事業者一般となりましたら,原則,借入人側は諾成的消費貸借契約を結んでも借入れ実行まではいつでも解除できるという構成になる。そうしてくると,どういう場面で本当に諾成的消費貸借契約が必要になるのかというと,かなり限定された場面になってくるのではないか。   更に,もう一つ,検討事項の中で破産の場合が例示されています。破産の場合に失効するのはいいとして,これが再建型倒産手続の場合にはどうなるのか。これを仮に双方未履行の双務契約だと考えたときに,そう考えていいのかどうかは,先ほどから性質論も併せて考えなければいけないのかもしれませんけれども,再建型法的倒産手続が開始しても管財人側もしくは再生債務者側で履行の選択をすれば,金融機関は貸さなければならないのか。   これは恐らく金融機関の感覚には合わないだろうと。それを先ほども不安の抗弁権という形で調整することが考えられるのかもしれませんが,何らからの信用不安が債務者側,借り手側に起こったときに,貸さなくてもよい規律を考えていかなければならないのではないか。そうこう幾つかの問題を考えていったときに,原則を諾成的消費貸借契約にすることまで必要なのか。現在でも原則は要物契約で,無名契約としてかもしれませんけれども,諾成的消費貸借契約を認めている。それで現実の実務は動くのではないか。   その中では,先ほどの資金需要があって必ず貸してもらわなければいけないときには,双方,金融機関としかるべき事業者の間で,恐らくそれなりに詳細な契約が締結されて,金融機関も当然,貸さなければならない,事業者側もしかるべき時期に契約に基づいて借り入れることができる。様々懸念されるものは,当事者間の契約の中で特約を締結するなりして解消していく。そうこう考えれば,ここで要物契約から原則を大転換するという本当の必要性があるのかということについて,疑問を呈する意見がございましたので御紹介しておきます。 ○木村委員 経済界でも議論しましたが,従来から諾成的消費貸借契約が認められているという中で,要物契約から諾成契約にするということについては,あり得るのではないかという意見も確かにありました。   しかし,先ほど奈須野関係官が言っておられた,いわゆる合弁契約の中での相殺可能性,具体的にいいますと,合弁契約において出資者が融資の約束をする一方で,出資者自身が合弁事業に対して取引債権を持っている場合に,融資契約による貸す債務と取引債権を相殺することが可能となり,資金調達して合弁事業を推進しようとしているときに,目的が達成できなくなってしまうということがあります。契約上,相殺禁止特約を結べばいいではないかという話もあると思いますが,そのような特約は結びづらい面もあるという意見があり,諾成契約とすることには,そういった実務上のマイナス面もあることから,慎重に検討していただきたいというような意見がございました。   それから,関連論点にありますいわゆる交付前における消費者借主の解除権の問題,これは消費貸借の終了における論点にも関係してくるのですが,契約を結んでおきながら交付前だからといって,消費者あるいは中小零細事業者が,自由に解除権を行使できるとする必要性が,実際にどれだけあるのでしょうか。契約を結んでおきながらその拘束力を弱めるような制度になりますので,必要性というものを十分に吟味する必要があるのではないでしょうか。   それと同時に,こういったことを一般法である民法の中に条文化するのかどうかという問題も出てくるため,相当慎重に議論していただきたいと思います。   また,その際,消費貸借を行うため資金調達のような言わば準備行為をしている場面もあるわけですので,その場合の損害は,誰が負担すべきなのかという問題があります。消費者である借主が解除権を行使したときには,損害賠償を認めるというのであればまだ分かるのですが,そうでないならば,資金調達コストを社会全体で持つことになりますので,このような制度を設ける場合には損害の負担制度といったものを,整備していく必要があるといった意見もございました。 ○村上委員 消費貸借を諾成契約として規定するということになりますと,検討しておくべき問題が幾つかあるだろうと思います。まず,諾成契約としての消費貸借契約を締結しまして,貸す債務が発生したにもかかわらず,目的物を交付しないという場合には貸す債務の不履行ですから,債務不履行に基づく損害賠償請求ができるということになるわけでしょうけれども,これについて民法419条が適用されるのかという問題があろうかと思います。   419条は金銭の給付を目的とする債務不履行については,その損害賠償の額は法定利率によって定めると,こう規定しているわけですけれども,貸す約束はできたが金銭の交付は受けられなかったという場合には,そのために倒産するということもあり得るでしょうし,交付されるはずの金銭で支払うことを予定していた債務を支払うことができなくなったために例えば違約金の負担が掛かってくるというケースもあると思います。このような場合は,419条が適用されるかどうかによって,金額にかなり大きな差異が生ずる可能性はあるだろうと思います。   それから,貸す契約を締結したけれども,まだ目的物を交付していないという段階で利息請求権が発生するのかどうかという問題があります。また,交付されない状態のまま弁済期が到来してしまった場合に,貸す債務は存続しているのか,それとも消滅するのかという問題などがあることは,先ほどから御指摘のとおりかと思います。   もう一つ,無利息の消費貸借についても,貸す債務を認めるのが適当なのかどうかという問題もあろうかと思います。お金をかすとかそういう話をして,何年もたってから,あのとき貸すという約束をしたではないかというような話になって,紛争の原因になるということがないかどうかが気にはなります。書面によるものを除いて,目的物交付前の解除権を認めるという考え方も提示されていますけれども,これについては貸す債務の消滅期間と解除権の消滅期間というのをどのように定めるかということも,検討しておく必要があるのではないかと思います。 ○松本委員 今の御意見の一部と重なるんですけれども,私も利息付消費貸借で諾成契約を言わばデフォルトルールにすると,利息の発生時期というのが一体いつなのかというのが大変気になります。先ほどの議論の中で,交付がなければ利息は発生しないではないか,というようなことを誰かがおっしゃった気がするんですけれども,賃貸借であれば,何月何日から借りますと約束した以上は,実際に入居していなくても賃料支払い義務が発生するということで,誰も疑問に思わないと思うんですね。   その点,金銭消費貸借であれば,実際に交付がない限り,利息が発生しないというのは何かちょっとおかしいのではないか。つまり,交付の時期を決めている,あるいは決めないで直ちに交付すべき義務が発生している場合の両方があり得るでしょうけれども,どちらにしろ,履行期が来ていて履行の提供をしているのに,借り手が受領しない限りは反対債務が発生しないのか。返還すべき債務は恐らく発生しないと思うんですね,論理的に考えて。しかし,利息は発生するというのが賃貸借との並びからいくと普通ではないかと思います。   賃貸借の場合は実際に入居していなくても,家主側は賃貸物件を使えないという負担を帯びているけれども,金銭消費貸借の場合にそれと同じだと評価できるかどうか。つまり,金銭というのは融通性が極めて高いものですから,別の人にさっと貸せば,それで無駄にはなっていないではないかという要素があるので,そこを突き詰めていくと,交付がない限り利息は発生しないという理屈も少しは擁護できると思うんですが,そういう特殊な貸し手というのは非常に限られていて,貸金を業とするような人や金融機関であれば,そういうことがあるかもしれないというところでしょう。   そのこととの関係で,借り手が消費者,貸し手が事業者の場合に特別のルールをという議論がありますが,金銭消費貸借に関しては,むしろ利息制限法の平成18年改正で入った営業的金銭消費貸借という概念のほうがより適切なのではないかと考えます。金銭の貸付を業としている人が貸し手である場合に,借り手側が消費者であろうが中小企業であろうが,ほとんど変わりはないというのが利息制限法の考え方ですから,そういう属性に基づいて特別のルール,営業的金銭消費貸借の場合についてはどうこうというようなルールを考えるのはあり得るかなと思います。ただ,それを民法に入れるのがいいのか,あるいは利息制限法をもうちょっと拡張して,単なる利息の制限だけではなくて,それ以外の営業的金銭消費貸借についての民事ルールも入れていくという形のほうがいいのかは,また,別の議論かと思います。 ○松岡委員 今の関連で一点と,もう一点別のことも申し上げたいと思います。   松本委員から,金銭については交付がないと利息が発生しないのではないかという意見に対して,賃貸借の場合と不均衡であるから,営業的な消費貸借というような別の観点で正当化するしかないのではないかとの御意見がありましたが,私はちょっと違うのではないかという気がしております。   賃貸借の場合は目的物は物ですから,実際の占有を取得する前であっても使用可能性が抽象的にあり,その供与に対して対価を払う約束は十分意味があります。これに対して,通常の金銭消費貸借の場合には,金銭について「占有=所有」理論がどこまで妥当するかについてはいろいろ議論はありますが,実際に金銭の交付を受けるまでは使用可能性は現実化しない,あるいは抽象的にもないと考えられます。それゆえ,使用可能性の供与がない限り,それに対して利息を払うのはやはりおかしいと思います。諾成的消費貸借を認めるかどうかにかかわりなく,実際に金銭の交付がある前に利息が当然に発生すると考えるのはおかしく,それを前提にした解除権構成も,説明としてはおかしいと感じます。   二点目は,先ほど村上委員が御発言になったところとも関係があります。諾成的消費貸借を認めるかや,予約をどう扱うかという問題との関係で,従来から消費貸借については,利息付の場合と無利息の場合は相当性質を異にし,規律の適用も分けるべきではないかという議論があります。一般的に諾成的消費貸借を認めるのではなく,無利息の場合と利息付の場合は分けて,利息付消費貸借についてのみ,諾成的消費貸借や予約の効力を認める規律にする方がいいのではないかと思います。 ○深山幹事 諾成的な消費貸借について従来勉強したころは,典型契約としての消費貸借というのは要物契約なんだけれども,諾成的な消費貸借というものもあるんだと教わり,素直にそのとおり,理解をしておったところです。しかし,今,いろいろ議論が出ていますように,正面から諾成的な消費貸借を認めた場合に,先ほど来御発言のあります債権譲渡の問題,差押えの問題,更には相殺の問題,あるいは利息の発生の問題等々,問題がこのように噴出するということを考えますと,果たしてそうまでして,諾成的な消費貸借というのを正面に据える必要があるのかなと思います。   翻って考えますと,実務的にどう考えているかというと,そういう問題が顕在化しなかったのは,やはり現在,典型契約である要物契約としての消費貸借というものを意識して,理屈の上では諾成的な消費貸借もあるということ自体は,一般的に言われているところですが,実務的にはそういうことを前提に動いてこなかったんだろうと思うんです。資料の中でも登記の問題,それから,公正証書作成のところで疑義が生じると指摘されていますが,確かに机上の議論としてはそのとおり,疑義が生じるんですけれども,実務的に疑義が生じているかというと,少なくとも現実に問題になったという話は聞いておりません。あるのかもしれませんが,現実的にそれで困っているとか,トラブルになっているということは余り聞かないところであります。ということは,そういう意味で,今,実務上,問題があるから変えなければならないという状況では少なくともないのではないかと思います。   諾成的な消費貸借が実務的に問題になるケースというのは,典型的にはやはり当事者間,貸主,借主となる当事者間で貸しますよという約束をしていながら,いざ,実行しようと思った段階でやはり貸さないといったときに,それは困ると,貸すと言ったではないかという,そういったトラブルというのはあろうかと思います。それを救済する理屈としては,諾成的な消費貸借契約が成立していたのだから,貸さないというのは債務不履行なんだということで損害賠償等を認めると,こういう議論なり,実務的な事象というのはあるんだと思います。   その点の手当てをすることは必要だと思うんですが,必ずしも諾成的消費貸借を正面から典型契約にする必要はなくて,何らかの救済の手当てを考えるということで足りるのではないかと思います。契約成立前であっても,契約締結上の過失の議論というのもありますが,それに類似したような理屈で一定の貸主となろうとしている者,あるいは借主となろうとする者との間での一定の拘束力を認めて,救済措置なり,損害賠償を認めるということは,理屈の上では可能ではないかなという気がしますので,今,出ているようないろいろな問題を何とかクリアする苦労をしてまで諾成的な消費貸借を結ばなければならない実務的なニーズといいますか,実質的なニーズはないのではないかと考えております。 ○大村幹事 今の直前の深山幹事の御発言とある部分で重なりますが,今,おっしゃったことを見方を変えて申しますと,諾成的消費貸借は今まで講学上もあると言われていたし,現に行われていることもあるのだろうと思います。これについては民法の規定が要物契約だということになっていたので,正面に取り出されることがなくて,その取扱いがどうなるかよく分からないというのが,これまでの状況だろうと思います。それでは困ることもあるので,今,おっしゃったような形での特別な対応をしてきたのではないでしょうか。   ここで,今,議論の俎上に上がっているように,これを原則として考えたらどうなるのだろうか。規定の仕方の問題についてはいろいろ議論がありうるとしても,実質として諾成的消費貸借と言われていたものを正面から見直そうかということでは,共通しているのではないかと思います。どう規定をしていくのかはその後の問題になるのではないかと思います。ですから,検討すること自体には意味があると考えます。   ただ,仮にここで言われているように,消費貸借は原則としては諾成主義ということになりますと,簡単に消費貸借の成立が認定されることになりはしまいかという危惧があるのだろうと思います。岡田委員を初めとして消費者関係の委員の方々がおっしゃるのは,そこのところであろうかと思います。関連論点で出されているのは,そういう危惧に対処するためには,解除権の規定を置いたらどうかということなのではないかという位置付けで考えております。   こうして例外を抜いていくときに,消費者あるいは中小零細業者として抜くのがいいのか,あるいは松本委員がおっしゃったように別の形で規律していくのがいいのかは,これも選択肢としては両様あり得ることだろうと思います。ただ,規定をどこに置くのかということを別にして考えますと,松本委員がおっしゃっていることと,ここで言われていることとの間に,それほど大きな差があるのかについては,少し考えてみたいと思います。 ○山野目幹事 二点,申し上げさせていただきます。二点と申しますのは,消費貸借を要物的に構成することのプラスの面とマイナスの面ということになるのかもしれませんけれども,まず,問題点のほうから申し上げさせていただきますと,部会資料でも御紹介がありますし,中井委員が弁護士会の御意見で御紹介いただいた前半のところでも御指摘のあったところでありますが,やはり目的物の貸渡しより時間的に先行してされる公正証書の作成や,あるいは消費貸借に基づく目的物返還請求権を担保する担保権の登記の効力について,技巧的な説明を要するということがありましたし,とりわけ権利に関する登記の申請におきましては,登記原因を証する情報の提供を必要なものとする制度を導入した2004年の不動産登記法改正この方,登記原因証明情報の作成において極めて現実的な悩ましい問題を実務上,抱え込んでいるわけでございます。そうしたことに割かれるエネルギーというのは,決して有意義なものであると認めることはできませんから,今般,見直しにおいて,有償の消費貸借の原則的な成立形態としては,諾成的な成立という仕方で見直していただくのが相当ではないかと考えます。   もう一点でございますが,既に委員,幹事,関係官から御指摘がありましたように,諾成的な消費貸借の成立が原則的形態であるというふうな規律を設ける場合に,目的物の貸渡し前の貸主,借主の権利・義務関係について,様々の公職的あるいは錯綜した問題が生じ,また,債権譲渡,差押え,相殺などとの関係で問題が起こるのではないかと,るる御指摘があったことは,一つ一つそれぞれそのとおりであると感じますけれども,しかしながら,それは要物的な成立という構成に依存して解決されなければいけないことなのかというと,必ずしもそうではないであろうと考えます。しばらく前に道垣内幹事が三つほど処方箋が考えられるとおっしゃったし,これも道垣内幹事自身がおっしゃいましたが,私もおっしゃったうちの三つ目の処方箋を育てていくような方向で,今後,所要の方策が検討されるべきであると考えます。それから,目的物の交付前の利息の発生関係については,これも少し前に松岡委員がおっしゃった御意見に同調します。 ○中田委員 ただいまの大村幹事,山野目幹事とほぼ同じ意見でございますが,三,四点,申し上げたいと思います。   諾成的消費貸借を原則とすることについて,実務は回っているのだから,わざわざそう変えることはないのではないか,かえっていろいろな問題があるのではないかということでございますけれども,既に出たことですが,今,山野目幹事の御指摘を初めとしまして,実際にこれまで問題になってきたからこそ,そのような判例が出ているのだと思います。   それから,何より大きいのは要物契約がいいんだということは,要物契約における法律関係が安定しているという御理解,御説明かと思うのですが,そうではないのではないでしょうか。要物契約を前提としても諾成的な消費貸借を認める,あるいは予約を認める。そうすると,合意から金銭の交付までの間,どういう関係になっているのかということがはっきりしない。そこで,例えば契約締結上の過失というような一般ルールを持ってくるということになりますが,それは分かりやすい民法ということからいうと,そうではないのではないかという気がいたします。むしろ,大村幹事もおっしゃったことですけれども,こうやって議論をして問題点を出してみる。その結果,いろいろな問題点を先ほどのように御指摘いただきまして,それを一個一個つぶしていく,そのためにもやはり構成を諾成的契約を前提として考えていくというのが素直ではないかと思います。   それでは,具体的な問題点をどう解決したらいいかですが,まず,差押えや債権譲渡,相殺の御指摘がありましたけれども,どなたかがおっしゃったんですが,貸す債務の移転と返還義務とは分かれるという前提で多分,考えるんだと思います。もともとの借主である債務者が依然として返すことになるのだと思います。そうやって問題を整理していくとさほど難しくはないし,実際上も対応できるのではないかと思います。   私も,道垣内・山野目両幹事がおっしゃったような処方箋というのが結論的は魅力的だなと思いますが,ちょっとだけ違いますのは,返還義務が金銭交付前でもあることを前提にするのであるとすると,そこは私は違います。やはり金銭の交付があってから返還義務が発生すると考えたほうがいいのではないかと思いますが,具体的な処方箋としては同じようなところにたどり着くかもしれません。   それから,合意後,引渡前について解除を認める,無利息消費貸借について解除を認めるということに対して,松岡委員からは別の解決のほうがいいのではないかという御指摘があって,それは利息が発生しないこととの関係での御指摘であったと思います。利息は引渡時から発生するというのは,私はそこは同じなんですけれども,貸す債務をいつまでも残しておきますと,利息うんぬんというよりも受領義務の問題ですとか,あるいは貸主の資金の準備の問題ですとかという法律関係が残ったままになりますので,やはりそこは解除によって清算するということが考えられていいかなと思います。   それから,利息付消費貸借について消費者からの解除を認めるということに対しては,貸主のほうで資金調達のコストが必要であることを考慮すべきだという御指摘がありました。一般論としてはそのとおりだと思いますし,だからこそ,原則としては解除ができない,むしろ,それは期限前返済との関係を考えていくべきだと思います。ただ,現在の実務で例えば銀行ローンの申し込みをして,結果的に消費者が借りなかったというときに,ペナルティを課しているのかどうかというのは,私はよく分からないんですけれども,そのあたりの現在の実務との関係をお教えいただければと思います。   それから,最後に村上委員がおっしゃった419条との関係なんですけれども,これは419条自体をどうするかという問題があると思います。その上で,貸す債務というのを金銭債権と見るのかどうかという問題もあり,二種類の問題が入っていると思います。 ○松本委員 一つは諾成的契約にした場合の利息の発生時期がいつなのかということについて,多くの委員,幹事の方はたとえ交付の時期が決まっていたとしても,実際に交付がなされない限り,利息は発生しないんだという立場に立っておられるようなんですが,本当にそれでいいのかということです。また戻りますけれども,賃貸借であればそうはならない。金銭消費貸借であれば引渡しの時期,交付の時期が決まっていても利息は発生しないんだ,対価は発生しないんだということがきちんと合理的に説明できているのかどうか。   先ほど木村委員でしたかね,貸し手側も資金調達のためにいろいろ努力しているんだとおっしゃっていました。そういったことは一切無視してしまっていいんですかと。ほかの人に貸さないでキープしているわけですよね。契約相手方が借りたいといってやってきた場合に,貸さなければ貸し手側の債務不履行になりますから,といった部分を一切無視していいんですかと。そうであれば,結局,借り手側が借りたくないと思って実際に交付を受けなければ返還義務も発生しないし,利息も発生しないわけだから,片面的要物契約というか,借り手が一方的に解除権を行使したのと似たようなことになってしまうわけですよね。   他方で,受領遅滞という理論が通るのか通らないのか,普通の議論でいえば受領遅滞になると一定のサンクションが発生する可能性があるわけです。それで損害賠償だというような議論になってくると,約定利息どおり,結局,払わなければならないということになるかもしれないという感じがしますので,そうすると,普通のロジックからいけばやはり交付時期を決めた上で,一方的に借り手が受け取らないという場合に利息が発生しないというのは,少し納得できないところがあります。よほど金銭の特殊性ということを言わない限りは難しいのではないか。   もう一点,諾成的な消費貸借理論をとれば,公正証書の問題と抵当権設定の問題がクリアになるということですが,返す債務がいつ発生するかという議論が詳細版の4ページのところに書かれていて,スイス債務法のような目的物の交付を停止条件として返す債務が発生するんだとすれば,いいのではないかということが書かれています。抵当権の設定の場合に,こういう停止条件付きの債務を被担保債務として抵当権設定登記ができるのであれば,これでいいんでしょうけれども,こういう場合に仮登記しかできないということであれば,結局,現在の実務と齟齬することになるわけです。このあたり,ちょっと私は今,頭が混乱していて分からないんですが,本登記がこういう条件付きの返還債務の場合でも全く問題ないということであれば,これでそこはすっきりするかと思います。   もう一点,返す債務と貸す債務でもって相殺してしまえば,結局,それで解除したと同じことになるのではないかというような議論が昔から笑い話としてあるわけですが,借りてもいないのに返す債務が発生していないから,そんな相殺はあり得ないということで説明をしています。条件付きだということであれば,相殺の対象にならないんだということでいいかと思います。 ○岡本委員 既に各委員あるいは幹事さんのほうから出ている意見の繰り返しになる部分もありますけれども,ちょっと重要なところですので,お話しさせていただければと思うんですけれども,まず最初は,貸す債務がまだ履行されていない場面での借主側からの消費貸借の解除というところでございますけれども,貸主としてはあらかじめ引き渡すべき目的物を準備しておくという必要があるわけでございまして,一方的に解除されたのでは準備に要したコスト,これについて損害をこうむるということになりますので,そういったコストについて賠償がされるのでなければ,一方的な解除については認めるべきでないという意見でございます。このことにつきましては,利息の発生時期との関係で引渡後に初めて利息が発生するという場合であっても,借主としては将来の利息を免れるという点でいきますと,確かに解除するニーズというのは発生し得ることだと思いますけれども,その場合でもやはり貸主に発生したコストの賠償,これはなされてしかるべきだと考えております。   先ほど中田委員のほうから,銀行の実務についてどうなのかというお話がありましたけれども,それぞれの銀行によっても違うところだと思いますし,それからローンの形態,一般の住宅ローンとか消費者ローンとか,そういった形態と事業者向けのローンとで,これまた違うところはあると思いますけれども,特に銀行が大口の貸出しを行う場合に,貸出しするために市場から調達してきた上で貸すといった場合には,市場から調達してきたものをまた返さなければいけないという,反対向きの取引を行わなければいけないという場面が解除された場合には生ずるわけですけれども,その場合に実際にコストというのは現実化することがございます。これはやはり約束をたがえて一方的な解除をされるわけですから,賠償されてしかるべきだと考えております。   前に契約交渉を不当に破棄した者に損害賠償責任を認めるという裁判例がありますし,それを明文化する立法提案もされていたわけですけれども,契約成立前の契約交渉の不当破棄について,事業者,消費者の区別なく損害賠償責任を認めるとしながら,契約成立後の借主による一方的解除を認めるというのは,ちょっと整合的でないというか,つり合いがとれていない,そういった印象も持ちました。仮にこういった解除権が借主に認められるということになりますと,金融機関としては融資を行いにくくなるとか,あるいは少なくとも解除によって生ずるコスト,これが一般の貸付利率に転嫁されていって,一般の借主にとってかえって不利益になるといったおそれもあるのではないかと考えております。   それからあと,関連論点の2番目のところの目的物引渡前の当事者の一方についての破産手続の開始,これについてですけれども,借主となるべき者につきましては,破産手続の開始決定があった場合に限らず,財産状態が悪化したときには予約の効力が失われる,あるいは諾成的消費貸借契約上の目的物の引渡義務を貸主は免れるといった形でないと,なかなか安心して契約ができないといったことがあるかと思います。   先ほど不安の抗弁権の話も出てきていたところですけれども,今回のこの部会でも,不安の抗弁権の明文化の立法提案というのもあるのかもしれないんですけれども,双務契約に関して不安の抗弁権というのが言われているわけですけれども,本件,消費貸借契約につきましては諾成契約とされた場合でも,恐らく双務契約とはならないんでしょうけれども,そうだといたしましても,一種,貸主の保護という観点から不安の抗弁権に相当するような,そういった権利が認められてよいのではないかという議論がございました。   先ほどの道垣内幹事のほうから,貸す債務に係る債権の債権譲渡に対する関係で,使途制限条項を設ければいいではないかと,使途制限条項を設けていなかったときには,貸主がリスクを負うという整理でいいのではないかというふうなお話がございましたけれども,貸主としては恐らく貸付をするかどうかの判断に当たって,単に弁済資力というだけでなくて,きちんとした使い方をしてくれる先なのかどうか,こういったところも併せて判断しているんだと思うんですね。そういったところを考え合わせますと,たまたま使途制限条項を置かなかったからといって,一般的に債権の譲渡が認められていいのだろうか。ここはちょっと疑問に思うところでございます。   それから,最後に私自身,よく分からないところでもし差し支えなれば教えていただきたいところがあるんですけれども,消費貸借の要物性,それから諾成的消費貸借といったときに,消費貸借は要物契約なのか,諾成契約なのか,そのどっちかでしかないというふうな形で考えるのか,それとも両方が併存し得るようなものなのか,そこら辺がちょっとよく分からないので,もし教えていただければ有り難いなと思いました。 ○岡委員 一点だけ手短に申し上げます。先ほどから出ているように交付前でも貸す債務が観念されるとなると,コミットメントライン契約のように貸す債務の対価の授受が行われるようになることを危惧しております。事業者間同士で合理的な金額が授受されるのであれば,そう大きな問題はないと思いますけれども,それを利息と呼ぶのか,消費貸借とは別の契約の対価と考えるのか,そういう性質決定の問題が出るんではないかと思います。コミットメントライン契約のときにイニシャルフィーが利息制限法の利息に当たるのかどうか,随分,議論されたと聞いておりますけれども,そこの整理が一つ必要になると思います。もう一つは,消費者の保護あるいは営業的金銭消費貸借の場合の規制でいいのかもしれませんけれども,余り大きなそういう金額の授受がなされないような消費者の保護規定がその場合に必要になるのではないかと思います。 ○高須幹事 手短に申し上げます。消費貸借契約,特に金銭消費貸借契約というのは,今,議論に出ているように銀行取引等の基本になっている,この社会の中で実は物すごく大きな比重を占めているというのが一方であるのだろうと思います。他方では,無利息消費貸借契約のように古典的なというか,貸してあげるみたいな,こういう類型がある。それが全部同じ規律で今はなされているというところが,やはりちょっと今の状況はノーマルではないのではないかと思います。   売買契約でも何でも,諾成契約のほうに持っていっており,そこでは債権譲渡も相殺も生じうるわけですけれども,そのこと自体は余り問題にしていなくて,この消費貸借契約だけ何か要物契約のほうがいいかのような議論になっているようにちょっと聞こえておるのですが,それはやはりおばあちゃんが孫娘に,すみません,長くなってしまいますから例え話はやめますが,要するにごく本当に古典的な貸してあげるような契約のときは,要物契約でうまく処理しておけばいいというのがあったんでしょうけれども,銀行が企業に10億,20億を毎日のように貸しているという類型似ついては,いつまでも要物契約というような形で処理していていいのかなという疑問を持っております。   やはり銀行は貸して利息を取る権利を持っているし,借りるほうは利息は払うけれども,貸してもらう権利を持っている。そういうことからとらえていったときには,やはり契約したら貸してもらえますよという,お金が動いてから初めて出発点ですみたいなことではない,通常,我々が諾成と理解している部分をもう少し大事にしたほうがいいのではないか。そういう意味では,やはりいろいろな困難はあるのかもしれないけれども,消費貸借契約の性質を見直すということに一定の合理性があるのではないか。先ほど深山幹事から,そういう場合の救済方法は別途考えられるという発言があり,私もそうは思っているのですが,救済方法というよりはむしろ正面から借りる権利みたいなものを考えたほうがいいのではないか。そのためには諾成というのも魅力的な考え方ではないかと,このように思っております。 ○中田委員 岡本委員と岡委員から問題をいただきましたので,それぞれ個人的な意見を申します。   岡本委員から,要物契約と諾成的消費貸借契約と併存することの可否という問題提起をいただいたのですが,これは立法において併存させるという御趣旨でしょうか。もしそうだとすると,かえって複雑にならないだろうかという気がいたします。つまり,要物契約を認めた場合に,要物契約の予約とか合意とかというものと諾成的消費貸借の関係などが出てまいりまして,わざわざそうすることもないのではないかなという気がいたします。仮にそうではなくて,諾成的消費貸借を原則としながら,合意によって要物的な消費貸借を認めるということですと,やはりその合意は一体何なのかという問題が出てきまして,複雑になるのかなと思いました。   それから,岡委員から,貸す債務についての対価の授受がプラクティスとして生じることが懸念されるという御指摘がございました。これは幾つかの問題があって,一つは利息制限法で対処できる問題もあるだろうと思います。次にオプションの対価を認めることが可能かどうかについては,これは一般的には認め得るのではないかと思います。最後に,借りなかったことに対する違約金を認めるかどうかについては,違約金を一般にどのように評価するのかという問題になるかと思います。 ○中井委員 先ほど,弁護士会の中でも意見が分かれていることを申し上げましたけれども,消費者保護委員から強く言われていることを申し上げておきたいと思います。諾成的消費貸借契約について議論をすること自体について,異論があるわけではありませんけれども,仮にこれを入れるとしたときの利息の発生について,先ほどから松本委員からも御発言がありますけれども,これはあくまで現実の金銭交付のあったときから利息は発生するもので,仮に諾成的契約の日,松本委員は諾成的契約において定めた日からという御発言もありますけれども,いずれにしろ,金銭交付前に利息が発生することを想定した諾成的消費貸借の承認だとすれば,これは容認できないというのが消費者保護委員会から相当強く出ております。   これは恐らくイメージしている消費貸借の中身が違うのかもしれません。大きな企業と銀行が日々,事業を行うために資金を借り入れしているというイメージと,一般消費者が消費者金融業者から借り入れている中でイメージしていることとの違いがあるのかもしれません。一点は今の利息のことです。   二点目は,そのイメージがそのままつながるのだろうと思いますが,諾成的消費貸借契約を認めたときの交付前解除について,それが損害賠償と連動するなら,それも到底容認できないという意見です。先ほどから大きな金額であれば,岡本委員もしくは木村委員がおっしゃったように,事前にそれなりに市場から調達金利を払って資金を用意して,それを交付する。それを勝手に解除されたら,当然,それらのコストが掛かるので賠償してもらう。これは理解できるかもしれませんが,少額の一般消費者金融を考えたときに,消費者がもう要らなくなったから借りないといったときに利息が発生する,もしくは損害賠償が必要になる,となればこれは到底容認できないというものです。 ○松本委員 諾成的な金銭消費貸借の議論と,それから,コミットメントライン契約の議論は相当区別してやったほうが生産的かという気がいたします。というのは,どちらも貸し手の側から見れば,貸す義務を負わされるという点では共通ですが,借り手の側から見れば,コミットメントライン契約の場合は借りなくても構わないわけですよね。あらかじめフィーを払っているんだけれども,借りる義務はない一方的な,言わば一方の予約に近いようなタイプのものです。そうでない単発型の諾成的金銭消費貸借を考えた場合に,貸し手の側には貸す義務があるんだというのはコミットメントライン契約と共通で,そこを明確にしたいからそういう議論になるんでしょうが,借り手の側は借りなくてもいいんだということで,皆さん,考えているのかどうか。   そうであれば,結局,現在の諾成契約と要物契約の中間的な言わば片面的な意味で一方にのみ義務を負わせて,一方には自由を与えるというタイプの契約をデフォルトにしようということになるわけです。そうであれば,多くの人は反対しないかもしれないんだけれども,借り手の側にも一定の義務が発生する,それを借りる義務と呼ぶのか,それとも,一定時期以降は利息を約束どおり払わなければならない義務だというのか,表現の仕方はいろいろあるかもしれないんですが,借り手側がどういう義務を負うものとして考えるのかによって,議論が相当違ってくるのではないかという印象です。   私がイメージしているのは,正に借りる側にも一定の義務が当然発生するタイプの諾成的な金銭消費貸借契約を民法にデフォルトとして置くということを想定していますから,ほかの方がそうではないタイプを想定しておられるのだとすれば,恐らく議論はすれ違っているのでしょう。金銭の現実の交付まで利息は発生しないという議論は,言わば貸し手にのみ片面的に義務を負わせるというタイプが念頭に置かれているんだと思いますから,そういうタイプの消費貸借を典型契約として置くということであれば,それはそれで一つ意味があるかと思います。 ○鎌田部会長 分かりました。 ○岡本委員 先ほど中井委員のほうから,大きな金額の場合については引渡前の借主の解除の場合に,損害賠償をするのは分からんではないけれども,もっと小さな金額の場合には必ずしもそうではないというふうなお話がありましたけれども,確かに1対1で銀行が市場からお金を引っ張ってくるというのは,よほど大きな金額でないとまずないんだろうと思うんですけれども,ただ,銀行としては少額の場合でも,ポートフォリオのような形で貸出しを行っているということで考えてみますと,一方的にそうやって解約,解除されますと,ポートフォリオのポジションが悪くなるといった形はありまして,一方で,1対1で市場からとってくるのか,それとも手持ちのお金で貸すのかというのは,それほど明確に区分できるような話ではないんだろうと思うんですね。そういうことからしますと,約定に反して借りなかったといった借主から損害賠償を受けるのがいいのか,それとも,それ以外の一般の借主の利息がその分,高くなるといった不利益をこうむるのがいいのか,そういったところの問題になってくるのだろうと思います。 ○中井委員 一言だけ。今の問題は要物契約の現行法でも出ているはずですね。要物契約で損害賠償請求しなくて,なぜ急に変わるのか,ここなんですね。 ○鎌田部会長 大変多くの意見を出していただきまして,消費貸借が全部終わる予定の時間にそろそろ来ています。重要な契約ですので,十分に意見を出していただくということでよろしいと思うんですが,金銭交付前の法律関係についてどのような問題があるかという点は,十分に御指摘をいただいたと思っております。諾成的消費貸借は先ほど大村幹事からも御指摘がありましたように,現行法上も,無名契約と言われているのかもしれませんけれども,存在しているわけで,その法律関係が実は意外と不明確だというふうなことの反映かもしれませんので,この点については十分に検討すること自体に意義があるんだろうと思います。その上で,デフォルトをどういう形で作っていくのが,最も現代の状況に合致するのかということを決めていくという意味で,今後ともこの点については更に検討を続けさせていただきたいと思っています。ただ,今回,事務当局から問題提起した中で,589条の関連について,倒産法の御専門の方からの発言が余りないんですが,何かございましたら,この機会にお伺いしておきたいと思います。 ○山本(和)幹事 ここに記載されている2のような規律を設けること自体は,恐らく当然のことになるのではないかと理解しております。ただ,中井委員等が言われた民事再生とか会社更生のときにどうなるのかと。そもそも,だから,平場で双方未履行の双務契約になるのかどうかというのは,今,御議論を伺っていて果たしてそもそも双務契約なのか,双務契約だとすればどの債務とどの債務が双務なのか,あるいは双務だとして両方の債務に対価関係があるのかどうかということによって,双方未履行双務契約の規律が適用されるかどうかが決まってくるということになると思いますので,そのあたりの実体法上の性質が,今,伺っていた感じでは,私の理解ではまだ十分固まっていないようにお伺いしましたので,それが固まった後の問題かなと。しかも,それが固まって規律するにしても,民法に置くのかどうかというのはまた別問題で,倒産法として議論していくということになるかもしれないしと,ですので,そういうぐらいの意見です。 ○鎌田部会長 畑幹事は何かございますか。 ○畑幹事 特に付け加えることはありません。既に出ているように不安の抗弁権一般の問題とも関連付けて議論する必要があるだろうということでございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   よろしければ,続きまして「3 利息に関する規律の明確化」から「5 消費貸借の終了」までについて,御意見をお伺いしたいと思います。 ○中井委員 先ほどの発言に一言補充を。諾成的契約になるから交付前解除について損害賠償という議論に進むのだとすれば,なぜ要物契約から諾成的契約に変えるのかということの根本を改めて問い直してほしいと思います。   それから,利息に関する規律の明確化については,合意があれば利息請求ができるという規律はいいんですけれども,その発生時期は元本交付,金銭交付を始期とするということを明確化すべきではないか,とりわけ諾成的消費貸借契約を導入するのであれば,明確にすべきではないかと考えております。   もう一点,検討事項では記載されていませんが,1回目か2回目の部会で申し上げましたように,利息制限法をどう考えるのか,民法の中に取り込むことは考えないのか。別途,検討する必要があるのではないかと思っております。 ○岡本委員 消費貸借の終了の関連論点のところの,借主が貸主に生じる損害を賠償することなく期限前弁済をすることができるという,そういう特則を消費者について置くといったところでございますけれども,中井委員が御指摘の点につきましては,まず,引渡前解除権のほう,こちらについては要物契約だとした場合には,そもそも引渡前解除権というのは問題にならないんだろうと思いますので,これは諾成契約とした場合に発生する固有の問題なのかなと思っております。   一方で,期限前弁済のほう,こちらは要物契約であろうが,諾成契約であろうが,いずれも同じなのではないかと思いますけれども,借主が期限前弁済をした場合に,貸主としては期限までの得べかりし利息と,それから,残存期間について再運用した場合に得ることができる利息,この差額について損害をこうむるということになるわけですけれども,借主が期限前弁済によって貸主に生じるこういった損害を賠償するということは,約定と異なる弁済を借主に許容するということに伴う当然の代償と考えまして,それについては借主が負担してやむを得ないのではないかと思っておりまして,このことは事業者,消費者の交渉力とか情報の格差,これに関係することではありませんので,こういった立法提案については反対したいなと考えます。   先ほどの繰り返しのようになりますけれども,仮にこれが認められるとすると貸主としては期限前弁済がされる確率を見込むことによりまして,それによって生ずるコストを貸付一般の利息に転嫁していくということになりかねないと。その場合に一般の借主にも不利益が及ぶおそれがあるのではないかと思いますので,そうなるよりも約定に反して期限前弁済した借主にコストを負担いただくといったほうが,かえって公平なのではないかとも思います。 ○鎌田部会長 前者の問題について,中井委員の御質問の趣旨は,諾成契約にするから解除という構成になるけれども,要物契約だと契約成立前に不成立で終わるという構成になる。そうした構成上の違いはあるけれど,実質的には同じリスクが現在でも存在しているので,そのコストの負担を諾成契約化に伴って,借主側に転嫁させるという新たな事態を生じさせることになるのではないかという,そういう趣旨の御質問のように理解いたしますけれども。 ○岡本委員 その点につきましては,最初にもちょっと申し上げましたけれども,必ずしもどの銀行もそうかどうかは分かりませんけれども,少なくとも私どもとしては,現状でも諾成的消費貸借は既に認められている部分というのがあると思いまして,そういうことから現に既に行われている取引でも,銀行によっては貸出しがいつ幾日,貸します,借ります,こういった合意が成立したときに,一方的に借主のほうからやめますと言われたときには,それなりの手数料なり,違約金なりを取っているところがあると。貸出しの形態にもよりますけれども,そういったことは聞いております。 ○松本委員 今の繰上弁済の件ですが,先ほどの論点と絡んでくると思うんですね。すなわち,利息付きの諾成的金銭消費貸借契約で,交付の期限が来たのに借り手が受領を拒否した。そういう場合は現実の利用をしていないのだから,利息は発生しないんだという主張がかなりこの中でされたわけですが,実際に利用したことの対価としてしか利息は発生しないんだということであれば,今の繰上弁済に関しても,繰上弁済してもう利用していないんだから,今後の利息はそもそも発生しないんだという理屈にストレートにつながるわけです。交付の問題もそれでいいんだ,繰上弁済の問題もそれでいいんだというのは,一つの政策判断としては十分あり得ると思うんですが,民法レベルの理論から見ると,どちらもちょっとおかしいのではないかなと思います。   政策判断的にやるのであれば,ここでも先ほど言いましたような営業的金銭消費貸借という範疇を持ってきて,貸金を業としている者の場合であれば,不利益を最小限に抑えられるはずなんだから,それで甘んじろということになるのかなと。つまり,住宅ローンだと繰上弁済というのは当然のように認められているわけです。これは約款レベルなのかもしれないですが,高利の融資を早く返済をして低利の融資に借り換えましょうということが普通に行われているわけなので,そういう現状を見れば,繰上弁済は一切認めないというのは少しおかしいというか,通らないのではないかと。ただ,民法のレベルでそれが当然だというのは,今度は逆におかしいのかなと思います。 ○深山幹事 今の終了の関係,とりわけ繰上弁済の関係なんですけれども,繰上弁済を認め,ただし,借主は貸主に生ずる損害を賠償しなければならないという考え方,これ自体についてはそのとおりだと思うんですが,問題はそのときの損害が何なのかということです。   先ほど金融機関におられる岡本さんは,もともとの金利と,返してもらった後,次に貸し出すときの金利との差額だという,これまたごもっともなことをおっしゃって,そうであればなるほどごもっともな話なんです。あるいは,それに限らずいわゆる実損といいますか,実際に何らかの損害があったときに,それを立証して早く返されたことによって,こういう損害を蒙りましたというのは分かるんですけれども,補足説明を拝見すると,通説の考え方として,もともとの約定の返済期限までの利息相当額を払えば,期限前弁済ができるというようなことが紹介されていたり,その後に判例も引用されていますが,ここではもともとの期限までの利息全額を払わなければならないという判断が紹介されていて,それを受けて立法提案として,「以上の状況を踏まえ」と,こうつながっていて,あたかも賠償すべき損害というのが本来の満期までの利息全額とも読めるのですが,それはやはり違うのではないかなと思います。   実際問題,早く返してもらったお金をほかに貸せば,それでまた収益が,たとえ金利が下がるにしろ,あるわけで,言わば二重取りのようなことにもなる。それから,他方で,今,松本先生も御指摘になった住宅ローン等では実務的には一定の手数料みたいなものを取られますけれども,期限前弁済を認めるときに満期までの利息はもちろん取らないということで,実務的には動いています。この点は単に権利者が権利を放棄したにすぎないということで説明はできるんでしょうけれども,実態に即しているかというと疑問であり,期限の利益を放棄したことによって,本来,利息が取れなくなったということが丸々損害になるというのは,ちょっと行き過ぎなのではないかなという気がいたします。 ○鎌田部会長 それは,資料16−2に引用されている大審院の判決がそういう言い方をしているので,検討事項の提示の中でも括弧書きで同じような表現がされているんですけれども,立法提案としてもそうでなければいけないというわけではないので,その点は御指摘を受けて検討させていただければと思います。 ○道垣内幹事 私の話は,実は深山幹事と全く同じ話でございます。「損害」については,5の5行目のところに,「損害(約定の返還時期までの利息相当額)」と書いてありますが,そうではないだろうという気がします。そして,ここの部分では結構,利息制限法との関係が出てまいりまして,例えば30年間,非常に低利で貸すという契約を結んで1年間で終わったというときに,30年分の利息が取れるということになりますと,1年間でとんでもない利息を取るということになってしまうわけでありまして,それを利息制限法との関係でどう考えるのかという問題もございます。その問題はさしあたっては措くとしましても,その前提の問題として当然に約定返済時期までの利息相当額を取れるとするのはおかしくて,やはり生じた損害ということになるのではないかと思います。 ○野村委員 今の問題について一言発言します。今,消費貸借について議論していますが,この議論は恐らく賃貸借契約とか,あるいは委任契約などで期間に応じて対価が決められている契約の全部に影響してくると思うのです。岡本さんの意見が消費貸借だけに限定されている話なのか,そうではないのか,ちょっとよく分かりませんけれども,この問題について,僕は個人的には今までいろいろ出ているように,期限前に弁済されても,残りの分を全部取れるのはちょっと強引ではないかなと思います。いずれにせよ,ほかのところにもちょっと波及するのではないかと思いまして一言申し上げました。 ○鎌田部会長 とりわけ金銭の場合には現実的に利用可能性があったかどうかを余り重視しないで,収益可能性が常にあるものという前提をとっているのが民法ですから,そういう意味では差額的な発想のほうがずっと合理的だというふうな気がしますので,この点についても,検討を続けさせていただければと思います。 ○岡委員 今の点に関係しますけれども,ここだけに期限前弁済することができるという条文を置く意味なんですが,金銭消費貸借を念頭に置くと,金銭の融通性だとか,自由に再利用できるということがあるから,賃貸借とか,ほかと違って期限前弁済を許すことになるのだと思います。債務不履行かもしれないけれども,契約で排除しても,これができるという強行規定までの意味を持つのかどうかよく分かりませんけれども,金銭消費貸借の債務不履行を法律で許すという条文を置く意味は,ここにあるのだと思います。そうしますと,損害賠償の損害の算定についても一般の債務不履行と違って,金銭の特殊性に応じた普通の債務不履行の損害賠償ではない,もう少し限定されたといいますか,そういう損害についても何らかの特則を置いていただいたほうが安定感が出るのではないかと思います。   弁護士会の議論では,やはり消費者サイドからは非常に強い危惧が出ておりますので,営業的金銭消費貸借で,一定の金額以下で借主が消費者の場合には損害はゼロとする,そういう保護的な立法が民法では無理かもしれませんけれども,消費者関係の保護立法が必要になると思います。是非,そういう立法をしていただきたいという希望が弁護士会にございます。 ○松本委員 今の議論は債権総論レベルの弁済,つまり期限前弁済ができるか,できないかというところで行われているわけですが,これは,契約法的には,継続的契約であるところの金銭消費貸借のいわゆる中途解約を借り手側が一方的にできるかという話だと思うのです。そうすると,金銭消費貸借あるいは消費貸借一般に片面的な中途解約権を入れるか,入れないかという観点からの議論が必要になってきて,その場合に委任の規定等にありますように,こういう場合には中途解約によって相手方に生じた損害を賠償する,こういう場合には賠償は要らないとかいう感じの書き振りになるのであって,期限前弁済という債権総論的なところだけで考えていると,ちょっとよくないのではないかと思います。 ○中田委員 別のことなんですけれども,利息についての規定を明確化するという点に関しまして,商人あるいは事業者間の金銭消費貸借における利息について,商法513条1項のような規律を取り込むかどうかということも論点になるのではないかと思います。今回,消費者,事業者の問題が出ておりますので,そうだとすると,やはり同じように商法513条をここで検討するかどうかも論点にしてはどうかと思いました。 ○鎌田部会長 もしよろしければ,6の「抗弁の接続」についての御意見も,併せてお伺いしたいと思います。 ○奈須野関係官 抗弁の接続についての規定を民法に設けるや否やということについては,関係業界からは反対という意見が出されております。現行法では,抗弁の接続については割賦販売法で規定がされているわけですけれども,法律上,少額の取引(政令に具体的な金額規定あり。),短期間の与信の取引及び不動産販売に係る取引については,割販法の適用除外ということとなっておりまして,仮に抗弁の接続を認めると,様々な問題が生じるおそれがあるということです。   例えば少額の取引,通常の取引ですと政令で4万円,リボ取引ですと3万8000円というのが少額取引になっているんですけれども,こういったものについても抗弁の接続を認めるということになりますと,仮にリボ取引で最少額の3万8000円の取引を1か月やった場合には,費用が570円という料金を取ることになりますが,570円を取る見返りとして3万8000円の抗弁の接続を受けるリスクがあるということになりますと,容易にこういったビジネスは成り立たなくなることが想定されます。   同じように翌月一回払いの取引についても,ほぼ現金決済と似ているということで除外になっているわけですけれども,こういったものについても抗弁の接続を主張されますと,短期間で取引をするという物事の性質上,様々な混乱が生じます。例えば,最近は,JRの駅やスーパーマーケットでもクレジットカードが使えるようになっております。また,電子マネーについても基本的には少額のお金をクレジットカードの口座から決済するという仕組みになっているわけですが,こういった消費者の日々の生活に必要な資金について,クレジットカードが利用できなくなることが想定されております。   いただいた資料によりますと,諸外国におきましても,こういった少額の取引あるいは短期間の取引については,抗弁の接続を認めないというような立法にしているようでして,我が国のみが抗弁の接続を広く認めるということになりますと,諸外国の同種の業者からも,日本は相手にされなくなるということも懸念されます。   また,不動産ローンにつきましては,そもそも取引額が非常に大きいにもかかわらず,抗弁の接続の行使を受けると,与信を与えている側の事業者に対する負担が非常に大きく,このことによって,不動産ローンについてより慎重になるということで,経済に与える影響が大きく,国民が住宅,マンションを購入することもできなくなるのではないかという懸念も寄せられているところです。   なぜ不動産ローンについて抗弁の接続を認めていないかというと,法律上,書いてあるのですが,不動産については建築基準法に基づく実体規制が課せられており,また不動産販売については宅地建物取引業法という別の法律により販売業者に対する規制が課せられているということで,相当程度,消費者の保護が図られているので,あえて政策的な趣旨から抗弁の接続を除外しております。   このように,どのようなものについて,どのような条件で抗弁の接続を認めるか,あるいは認めないかということは,すぐれて政策的な判断に依存するところですので,それは同時に法律を執行する行政庁の判断とも密接にかかわるわけです。こういったものについて行政庁の制度というものを飛び越えて,民法の中に規定するということについては,強い違和感を覚えております。 ○岡田委員 割賦販売法の中で,抗弁の接続が条文化するまでには,かなりの時間がかかりました。当時の通産省の標準約款における指導も効を奏したと思います。私たちからすると,もともと基本契約である売買契約に問題があるにもかかわらず,クレジット契約に関して抗弁できないということ自体がおかしいと思いますし,何でそういうことに甘んじなければならないのかというのが一般人の考え方だったと思います。それを三者契約であって確かに契約関係は別々だけれども,それは事業者間には継続的提携関係があることで一体的にとらえられるとできるということで割販法の中で接続になったのです。今や当然みたいに思っている相談現場ですが,まだまだ商品や販売方法の制限など不十分です。いろいろな意味でもっと広く使われてもいいのではないかと思います。そう考えますと,これは消費者に限ったことではなくて,第三者与信型の契約と売買契約など基本的な契約が連携関係にあるものについては,一般的に認めていいのではないかと思います。特に零細な事業者に関しては消費者と全く同じように考えていいと思っております。 ○岡本委員 抗弁の接続につきましては,先ほど奈須野関係官がおっしゃったところと重複するので,余り詳しくは申し上げませんけれども,現行法でも割賦販売法に規定する要件に該当するときには抗弁の接続が認められておりますし,その要件に該当しないときでも信義則上,抗弁の接続が認められるということはあり得ることだろうと思いますので,殊さら民法に屋上屋を架すといったら言い過ぎかもしれないですけれども,あえて一般的な抗弁の接続の規定を置く必要まではないのではないかと考えます。 ○加納関係官 抗弁の接続規定に関しまして,ある意味,政策的色彩が強いのではないかと思われるかもしれませんけれども,もともと割賦販売法の規定ができる前には,下級審裁判例で,取引の一体性であるとか,当事者の一体性であるとか,そういった取引実態に着目をして抗弁の接続を認めたというような蓄積がありますので,こういった規定を民法に設けることについても,十分,検討の価値はあると。先ほど割賦販売法の適用という話がありましたが,適用の範囲には必ずしも十分でないところがあるのではないかと認識しておりまして,典型的にはマンスリークリア方式におけるトラブルのようなものが,最近の苦情相談事例においても散見されるところでありますので,こういう規定を一般法として民法に入れることについては,十分,検討の価値があると思っております。 ○鹿野幹事 私も,抗弁の接続については,一般的なルールとして民法に入れることについて検討する価値があるのではないかと考えます。先ほど加納関係官も言及されましたように,割賦販売法においては,かなり細かな要件の下で抗弁の接続を認める規定があるわけですが,その直接の要件を充たさない適用対象外の場合でも,裁判例には信義則の適用を通して抗弁接続の可能性を認めるものがございます。そこで,このような裁判例を通して,抗弁の接続が認められるべき要件を適切に抽出し,一般ルールとして民法に設けることを検討するべきだと思います。   さらに,その要件について若干申し上げたいと思います。資料の詳細版の16ページから17ページあたりに,立法提案が紹介されているのですが,少なくともここに掲げられている要件については疑問がございます。まず,供給契約と消費貸借契約を一体として行うことについての合意が存在したことを要件とする旨の提案の紹介がございますが,合意をここで要件とすることについては疑問を感じます。むしろ,この要件においては,二つの契約の密接関連性,あるいは一体性というほうが適切かもしれませんが,その二つの契約の関係に対する客観的・規範的な評価が問題になるのではないかと思います。もちろん,当事者間でどういう契約上の合意があるのかということも,重要な一つの要素として考慮されるべきだとは思いますが,一体とすることについての合意が存在しないと,抗弁の接続が認められないというのは,要件として厳格過ぎるのではないかと思います。   それから,もう一つ要件に関して申しますと,消費貸借だけを対象とすることにも疑問があります。消費貸借という形をとらない場合でも,例えばリース契約なども含め,他の契約形態をとった第三者与信の場合でも同じような問題が生ずることがありますので,それらまでカバーできるような形で規定を置くべきだと思います。第三に,消費者契約に限るのが妥当なのかという点についても疑問があります。むしろ,二つあるいは複数の契約の密接関連性ないし一体性というところをきちんと押さえるのであれば,借主が消費者か否かに関わらず適用されるべきルールとして検討され得るのではないかと思います。   以上,抗弁接続の要件について三点ほど申しましたが,いずれにしても複数契約の関係ということにつきましては,例えば複数契約のうち一方が無効のときに他方がどうなるのかとか,あるいは一方につき債務不履行があり解除できる場合に他方まで解除できるのかなど,いくつか関連する問題もあります。もちろんこれらと第三者与信における抗弁の接続との間には違いもありますが,その違いも含め,関連する問題もにらみながら,整合的に要件等を立てることが必要だと思います。 ○松本委員 今の鹿野幹事の一部の御主張と重なるんですが,抗弁の対抗を今の割賦販売法よりも広げたほうがいいという点については賛成です。しかし,なぜ金銭消費貸借のところにだけ限定して,こういう特則を置くのかというのがちょっと理解しかねます。すなわち,割賦販売法は,以前は金銭消費貸借型の場合は適用されないかのような文言になっていたわけですけれども,現行法は括弧書きのところで,金銭消費貸借であって,いったん,借主の口座に入金されたのを借主がそこから引き出してきて支払いに充てたとしても,割賦販売法は適用されるんだということを明文で規定しているわけなので,金銭消費貸借という性質決定がされたとしても,割賦販売法が適用されるわけです。   ただ,先ほど加納関係官が言われたようなマンスリークリアには適用できないとか,あるいは奈須野関係官が言われたような指定商品制をとっているから,外れるものには適用できないという限界があります。そこを民法の消費貸借のところに入れれば,その二つの限界についてはカバーできるんだけれども,立替払いという法形式でもって同じようなことが行われた場合に,割賦販売法が適用されない商品についての立替払いである,あるいはそれのマンスリークリアであれば,適用できないかもしれないということになってくるわけで,法律上の性質決定がどっちになるかによって,現実的にはざるになるような立法は余り適切ではないと思います。   そういう意味で鹿野幹事のおっしゃったように,第三者与信型の契約という中二階型の類型をつくって,そこに抗弁の接続の規定を置くのであれば,積極的な意義がもっとあるんだろうと思いますし,抗弁の接続だけに限らないで,二つの契約相互間についての一般的なルールが置ければ,今後の民法の発展には相当プラスになるのだろうと思います。結論的には,金銭消費貸借のところだけに限ってこれを置くのは,マイナスの影響もかなりあるのではないかという気がします。 ○中田委員 私も民法に抗弁の接続についての一般的なルールを置くということについては賛成です。ただ,何人かの方からご発言のありました,今回の資料16−2にあるのは狭過ぎるので,もっと広くすべきだという点につきましては,その方向性といいますか,お気持ちには共感するところが多いのですけれども,ただ,そうしますと特別法との関係が非常に難しくなってくるように思います。政策目的を考慮しつつ特別法を置いているのに対して,すべてについてもっと広いものを民法に置くということになると,かえって特別法が実効性を失う可能性もなくはない。   そうしますと,余り欲張らないで割と限定的に要件を絞って,例えば割販法でカバーされない部分について対象となるんだけれども,しかし,民法の規定は民法の規定で別の要件がかぶさっている,それは恐らく信義則によって認めている判例から抽出するというようなものになると思うのですけれども,そういうことで特別法と民法の一般ルールとの関係をほどよく調整していくというのが現実的かなと思っております。もちろん,複合契約の規律一般について,松本委員のおっしゃるようなものが置ければよろしいのですけれども,実際に考えてみますと非常に難しい問題でありまして,やはり限定的にせよ,まず手掛かりを設けてみるというあたりがいいかなと思います。 ○大村幹事 中田委員と同意見です。 ○鹿野幹事 中田委員のご発言の一部に対する反対意見を申し上げたいと思います。確かにこの問題に関しては特別法があって,もし民法に一般的なルールをかなり広い形で設けると,特別法との関係はどうなるのかという問題が出てくるかもしれません。しかし,中田委員のご意見が,特別法に遠慮して民法の規定を控えめに設けなければならないというご趣旨であるとするなら,それは少なくともこの場面では違うのではないかという気がいたします。先に申しましたように,既に特別法の外でも民法の一般条項である信義則などを通して抗弁の接続を認めた裁判例があり,そこで形成されてきたルールを抽出するということが検討されるべきだと思います。そして,その結果として現在特別法にある一定の規定が要らなくなるということがあれば,それは,適宜,削除するということでよいと思います。あるいは特別法によって,その一般的ルールを具体的な場面に即してより明確に確認する規定を置き,あるいは立証責任の転換等の意味を持つものとして規定を置き,あるいは一定の政策目的からさらに広げた規定を置くというのであれば,それはそれでよいと思います。ですが,現在特別法があるから,それと抵触しないようにというのは,この問題に関しては本末転倒のような気がいたしまして,その限りでは中田委員のご意見に反対です。 ○大村幹事 私は先ほど中田委員の御意見に賛成と申し上げましたが,賛成の部分は,ここに置かれるべき規定が信義則を具体化した規定として置かれるという点です。今,消費貸借のところで考えられているわけですけれども,ここに規定を置いて,他の問題は全く別に考えるというわけではない。ここに規定を一つ置いたことを手掛かりにして,あとは解釈論で処理できるような,そういう規定を置きましょうという考え方に賛成ということです。鹿野さんが今おっしゃったように特別法との関係については,別の考え方があるのではないかと思っておりますけれども,それとは別にこのような規定を置いて,これを使っていくという考え方は成り立ち得るのではないかと思います。 ○松本委員 ちょっと一点,言い忘れていたことなんですが,割賦販売法は前回の大改正で抗弁の接続をはるかに乗り越えて,いわゆる個別信用購入あっせん契約,昔の個品割賦購入あっせんですが,これについては販売業者と与信業者のいわゆる共同責任というところまで踏み込んでいます。そういう特別法の発展というのも考えて,民法に一般ルールとして入れるのであれば,そういう共同責任的なものまで踏み込んで入れるというのも示していただくほうがいいのではないか。あえて抗弁の接続というかなり遅れたところにとどめないで,もっとレベルを上げたほうがいいのではないかと思います。   もう一つは,割販法は実は,書面交付義務とか行為規制がいっぱいあるわけなので,民法と割販法の関係をどう整理するのか,特に資料で書かれている「一定の要件の下で」という点が一番難しいところです。一定の要件というのはどのレベルで,どう書くかという点が曖昧なままでいいですねといっても,次の段階で意見がまとまらないということになるかもしれない。そういう曖昧な要件論のままでよいということであれば,一定の要件で共同責任も認めるという議論が入ってもおかしくないのではないかと思います。 ○深山幹事 今の松本先生のお考えの延長のような話なんですけれども,私も民法の中で抗弁の接続の考え方を入れることについては,積極的に考えるべきではないかと思っております。そういう意味でいいますと,要件のところで紹介されている,一体として行うことについて合意がある場合という要件については,これを要件にしてしまうと,ある意味,当たり前のことであって,今でも三者で合意すればそういう規律になるんでしょうから,これでは広げることにもならない,民法に取り込む実質的な意味も,極めて薄くなるのではないかなと思います。   ただ,どんどん緩やかにすればいいかというと,それはそれでやはり問題で,先ほど不動産の住宅ローンのことなども出ましたけれども,そういうことを考えると,買う側の立場からすると,抗弁の接続ができるということは,一面において,非常に保護に厚いように思えるわけですけれども,しかしそうなると与信そのものについて非常に審査が厳しくなって,結局,貸してもらえないということにつながるのだとしたら,回り回って,結局,買い手といいますか,借り手といいますかの保護にはならない面もあります。   先ほど岡本さんは,屋上屋を重ねることはないのではないかという非常に消極的なというか,マイルドな言い方をされて,私はもっと金融界というのはこぞって反対をするのかなと思っていたのでちょっと意外だったんですが,やはり与信の在り方が随分変わってくるんだと思うんですね。売買であれば不動産を買う場合では,その不動産がどういうものかという品質までチェックしないと貸せないということになって,それは結局,先ほど言いましたように与信が厳しくなるという形になって現れるのだとしたら,それはかえって入れないほうがよかったということになってしまうので,やはり正にどういう要件で絞るかということが重要で,私も答えを持っているわけではないんですが,やはり絞りはどこかでかけておかないと,結局,プラスにならないのではないかと,こんなふうに思っております。 ○岡委員 弁護士会の意見の御紹介でございますが,まず,抗弁の接続の規定を充実したいと,してほしいと。これは弁護士会全員が思っているところでございます。その先,どうするかというところで消費者法の一般法化あるいは統合の議論のところと同じ議論が昨日のバックアップ委員会でもなされまして,下手な民法の規定が入ると,せっかくできている消費者保護の規定がゆがんでしまうので,下手な民法ルールはやめていただきたいと。何が下手な立法なのかはよく分からないんですが,中田先生のおっしゃったような消費者だけではなくて,中小零細企業者も一般人も入るような基本ルールのような規定がうまく入って,中小零細企業者にも第三者与信型にも発展していくようなよい民法規定を是非作っていただきたいと,これが弁護士会の意見でございます。かなりの弁護士が変に民法に入れてしまうと,消費者法が萎縮してしまうのではないか。そこを気をつけて作ってほしいと,これが弁護士会の意見でございました。 ○岡本委員 先ほど私のほうからの反対意見が割と弱かったというような話がございましたけれども,奈須野関係官から大分言っていただいたこともありまして,重複するとあれかなと思っただけでございまして,反対意見としては強いものを持っております。 ○鎌田部会長 それぞれの立場からの御意見の内容は相互に理解できたと思いますが,御指摘のように,これを前向きに検討していく場合には,「一定の要件」をどう構成していくかというのが一番重要なポイントになろうかと思いますので,その辺の中身につきましても具体的な御提案があれば,積極的に出していっていただければと思います。 ○奈須野関係官 これまでの議論をお伺いして,何人かの方より,割販法の守備範囲が狭いので,民法を足掛かりにして,これを突破していくというような議論を展開されている方がおられました。   経済産業省としての立場を離れて,これに対する私の個人的な感想を言えば,そういう言い方をしていると,とても成案は得られないだろうと思います。割販法の守備範囲をどうすべきかということを議論する場は別途あるのですから,あえてそこを無視していくスタンスだと,関係者の合意を得るのは難しいのではないでしょうか。   仮にその議論に乗って,ここで割販法の守備範囲が狭いという問題を御指摘されるのだとすると,具体的にどこが足りないのかを明示していただければ,所管官庁がしかるべく対応するということでございますので,雰囲気だけで狭い,狭いと言われても,何をどう担当部署に伝えればよいのか,ちょっと困ります。   先ほど松本先生から,割販法の大改正が行われてというご指摘がございましたけれども,個別信用購入あっせんという新しい仕組みができまして,こちらについては販売業者による保証の有無を問わずに個別信用購入あっせんに該当するということで,抗弁の接続を設けているということですので,そういう新しい仕組みがうまく機能しているのか,していないのかと,といったことについてもコメントいただければと考えております。 ○岡田委員 先ほど松本先生がおっしゃった個別信用購入あっせん契約に関しては,確かにこんなに厳しくしていいのかなと思うぐらい厳しくなっていますが,その結果,個別信用購入あっせん契約自体はほとんど利用されなくなっている一方で,マンスリークリア契約等包括信用購入契約のトラブルが増加しています。また先ほど奈須野関係官のほうから出ましたが,コンビニ等でもカード決済ができる点に関してもトラブルが増えています。現場としましては,そういう基本となる契約と支払というものが関連しているという部分に関しては,基本となるものに納得できないとか,話が違うとか,こんなはずではなかったといった場合は支払に関しても当然,拒否できるというのは当然考えていただきたいと思います。   それから,割賦販売法があるからという意見はあるかと思いますが,基本的視点が民法に入っていればより効果的な割賦販売法ができるのではないかと思いますので,その意味で,民法の中に基本ルールを入れていただきたいと思います。それを踏まえて,関係官庁には頑張っていただきたいなと思います。 ○加納関係官 割賦販売法があるからというふうなことについてどう考えるかというのは確かに重要な観点かと思いまして,必要以上に規制につながってはいけないというところ,そういう御懸念も理解できるところではありますけれども,例えば適用範囲について不動産についてのお話などもありますが,例えばマンスリークリア方式であれば,そもそも割賦販売という考え方になじむのかというような問題点もあろうかと思いますし,やはり割賦販売法自体は,割賦販売という形態に着目した規制,行政規制に始まり,更にそれに民事ルールがどんどん入ってきたと,こういう発展をたどってきているのではないかと思われるところでありますが,むしろ,今回の議論というのは,第三者与信というところで,契約当事者は形式的には違うけれども,一体的に見えるような場合に,民法のルールとしてどういうものがあり得るかという,正に現代的な取引の発展に即した民法のルールの在り方の考え方をどうするかということではないかと思われますので,割賦販売規制の在り方とは別途,民法のルールの在り方としてベーシックなところで,こういうところを検討していくというのは,高く積極的に評価されるべきことではないかと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それぞれの立場からちょうだいした御意見を踏まえて,更に検討を深めさせていただきたいと思います。当初の心積もりと比べると相当遅れておりますが,ここでいったん休憩をとらせていただきます。再開後は賃貸借,贈与,使用貸借という順で審議をお願いいたします。           (休     憩) ○鎌田部会長 それでは,再開をさせていただきます。   部会資料16−1の5ページから12ページまで少し長くなりますけれども,「第2 賃貸借」について御審議をいただきます。まず,事務当局から説明をしていただきます。 ○亀井関係官 それでは,「第2 賃貸借」について御説明いたします。   まず,「1 総論」では関連論点として,賃貸借終了時における目的物の返還義務を明示することについて取り上げました。贈与のところで取り上げている冒頭規定の在り方という関連論点がまだ審議未了ですが,いずれにしても賃貸借という契約の性質を明らかにする趣旨で,目的物の返還義務を明示するべきではないかとの提案がありますので,御意見をいただけたらと思います。   続きまして,「2 総則関係」の(1)では,短期賃貸借の規定が適用される主体のうち,「処分につき行為能力の制限を受けた者」との文言は不要ではないかとの指摘を取り上げました。また,(2)では20年を上限とする賃貸借の期間制限についても,制限の要否について問題提起がされていますので,論点として取り上げております。御意見をいただけたらと思います。   「3 賃貸借の効力」では,大きく四つのテーマについて御審議いただきたいと考えております。   一つ目のテーマとしては,賃貸借契約の当事者と第三者との関係に関して,これまで判例や通説で認められてきた関係を条文として明確化すべきでないかとの提案を中心に取り上げました。具体的には,まず,アでは対抗要件を備えた不動産賃貸借を対抗できる相手として「物権を取得した者」だけでなく,ほかに賃借権の設定を受けた者なども含まれることを条文上も明らかにすべきではないかとの提案を取り上げました。次に,イとウでは不動産の賃貸借において目的物の所有権が移転した場合に,賃貸人たる地位や敷金返還債務が新所有者に承継されることなど,新所有者,旧所有者,賃借人の関係をこれまでの判例を踏まえて整理し,明確化すべきとの提案を取り上げました。これらに付随する幾つかの問題を関連論点として取り上げましたので,こちらについても御意見をいただけたらと思います。さらに,エでは賃貸借の目的物を不当に占有する第三者との関係について,学説や判例で認められてきた賃借権に基づく妨害排除請求権を明文化すべきではないかとの提案を取り上げました。   二つ目のテーマとして,賃貸人の義務に関するアからウまでの論点を取り上げております。賃貸人の修繕義務に関して,賃借物が修繕を要する場合には,賃借人は賃貸人に通知をしなければならないと規定されておりますが,この義務に違反した場合の取扱いは特に定められておりません。そこで通知義務に違反した場合の取扱いを明確化すべきでないかとの提案があります。このほか賃借人が自ら必要な修繕をする権利があることを明確化すべきとの提案や,売主の担保責任に関する期間制限は,賃貸借に継続的な性質にかんがみ,準用されないことを明確化すべきであるとの提案がありますので,御意見をいただきたいと思います。   三つ目のテーマは,賃借人の義務に関する論点です。ここでは賃借人の義務の中心である賃料支払い義務について,アで契約締結後の事情の変更によって,賃料の額を変更する仕組みを設けるべきではないかとの提案を取り上げ,イで目的物の一部が利用できない場合には,賃料は当然に減額されることとすべきではないかとの提案を取り上げました。また,イの関連論点においては,賃借物が利用できない場合の賃借人の解除権についても取り上げております。   四つ目のテーマは,賃借権の譲渡及び転貸に関する論点です。ここでは賃借権の譲渡・転貸がされた場合の賃貸人と賃借人,転借人の関係等の論点について,判例を明文化することなどが提案されておりますので,御意見をいただきたいと思います。   次に,「4 賃貸借の終了」について御説明します。   まず,(1)では賃借物の全部が滅失した場合などには,賃貸借契約は終了するとの解釈論を明文化すべきとの提案がありますので,御意見をいただきたいと思います。次に,(2)では賃貸借契約が終了した場合の原状回復に関して,賃借人には原状回復義務と収去権があるとされていますが,民法の規定は両者の関係や原状回復の内容,程度が分かりにくく,これらを明確化すべきとの提案を取り上げました。このうち通常の使用によって生じる目的物の損耗は,原状回復義務の範囲には含まれないものとするという考え方は,最高裁判例の明文化を提案するものです。また,(3)では用法違反をした賃借人に対する損害賠償請求権や,費用を投じた賃借人の費用償還請求権の行使期間に関する問題を取り上げました。この点について民法は目的物の返還から1年以内という制限を設けておりますが,この制限には合理性がないとして削除すべきとの提案などがありますので,御審議いただけたらと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明のありましたもののうち,まず最初に「1 総論」及び「2 総則関係」について御審議いただきます。御自由に御発言ください。 ○木村委員 総論についてですが,賃貸借に関するいろいろな改正提案や,確立された判例を取り入れてはどうかという意見を見ておりますと,多くは不動産における賃貸借に関連するものが多いと思います。   これを前提として,賃貸借における規定の整備の在り方を考えた場合,賃貸借の規定の中に,不動産に関するもの,動産に関するもの,そして動産,不動産に共通のルールといったものが混在するような形になるのは,非常に分かりにくい。   また,不動産の中でも借地借家や農地といった,不動産の用途に沿った特別なルールが,民法の中にばらばらと出てくるというような点も分かりにくい面がございます。   したがって,規定の在り方として,「不動産,動産の賃貸借に共通の規定」,「不動産賃貸借に固有の規定」,「動産賃貸借に固有の規定」というような形で整備し,更に,不動産については借地借家との関係,あるいは農地法との関係といったものも念頭に置いて,ルールを整備していくことを考えたほうがいいのではないでしょうか。分かりやすい民法という意味で,意見として申し上げておきたいと思います。 ○奈須野関係官 総論的な話から始めますと,賃貸借の現代的な意義が非常に高まっているということです。エネルギーや環境問題が高まっている中で,すべての人が自分のものを現実に所有して,その所有権に基づいて,それを用益に供するということは,実際には非常に難しくなってきております。だれかが資源を持っていて,それを他人に使わせてもいいというのであれば,そういったものを必要な人が借りて容易に使えるようにしていくということが,21世紀の債権法に求められていることだと思っております。   同様に,企業の事業展開においても,自社の経営資源だけに依存していくと,アジア新興国などを中心とした国際競争の激化に十分に機動的に対応できないということになりますので,やはり他社の経営資源を積極的に活用していくということを前提とした法整備というものが期待されるのではないかと思っております。   そういう意味で,特に今後,賃貸借で重視すべきものは,やはり,その利便性を高めていくということと,それから賃借人,それから使用貸借も同じなんですが,借主の保護を充実していくということではないかと思っております。   また,後でも述べますが,通常の賃借目的物の譲渡に当たっては,譲渡人が表明保証を行って,譲渡目的物に賃借権が付着していないということを保証するという仕組みがもはや慣行として成立しておりますので,そういったビジネスの実態に合わせた制度設計を期待したいと思っております。   それから,総論でもう一つ,小さな論点ではあるのですが,賃借人の基本的な義務の一つとして目的物返還義務を規定したらどうかという御提案もあって,これは積極的に反対するものでもないのですが,通常,(リースを賃貸借と一緒に規定するか,また,別途のものと考えるかという論点はあるのですが,)リースの場合は別に返還しませんので,ここで賃借人の最も基本的な義務の一つであるという力を込めるような話でもないのではないか。別に規定していけないわけでもないのですが,結局は特約で排除するということになりますので,さほど力を込めるような話なのかという疑問を持っております。   もう一つ賃借権の20年制限の話なのですが,技術進歩により大型のプロジェクトでは20年を超える賃借も一般に行われるようになっていて,特に海外ではプラントや重機のリースでは,20年を超えるというのが通常になっております。日本の民法で20年を超えてはならないということになりますと,こういったビジネスチャンスを逃してしまうということになりますので,そこは当事者の合意に委ねるという方向で,存続期間については見直したらいいのではないかと思っております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○鹿野幹事 先ほど木村委員がおっしゃったこととも関連しますが,不動産の賃貸借というものは賃貸借の中でも非常に重要な意味を持っていると思うのですが,これに関し現在は,民法とは別に特別法である借地借家法においてかなり重要な規定が置かれています。これは民法典をどういうものとしてとらえるのかとも関連してきますが,もし,一方で例えば消費者契約法の規定を民法に取り入れるということを考えるのであれば,もう一方で,借地借家法などについてもその重要な規定の内容を民法に取り入れるということが検討されてよいと思いますし,また,先ほど木村委員がおっしゃったように,賃貸借の節を,目的物に応じて適宜整理して,規定の配置を見直すということも検討されてよいのではないかと思います。   もちろん,借地借家法には債権だけではなくて物権にかかわる規定も入っており,対象も物権である地上権まで入っていますので,債権編の賃貸借の節の中に,そっくりそのまま入れるというわけにはいかないと思いますし,ほかにも考えなければいけない点があるとは思いますが,賃貸借に関する極めて重要な規律が民法の外に置いてあって,特別法を見ないと分からないという状態は,見通しのよい民法という観点からは,望ましくないのではないかと思います。   ついでにもう一点だけ申し上げますと,今の点とも多少は関連しますが,賃貸借については,特に物権との関連が深いところも多くございますので,その検討は,物権法との関連を見据えながら行うべきだと思います。 ○松岡委員 私も存続期間について意見を述べたいと思います。先ほど奈須野関係官から大型プロジェクトでは20年を超えるものがあると御紹介がありましたが,従来から例えば建物のサブリース契約についても20年という制限があるために,プランとしては20年で区切らざるを得ませんでした。この点は,借地借家法29条2項に緩和する規定が新設されましたが,そもそも民法で20年という制限を置くのは,特に建物については必ずしも合理的ではないと思います。   確かに,土地について申しますと,地上権,永小作権その他,物権的利用権との機能分担をどう考えるかという点で,長期の存続保証を必要とするものはむしろ物権として整理をし,賃貸借契約についてはそれほど長いものにしないとするのがあり得る考え方であります。しかし,この理由は物権的な利用権がない建物については当てはまりません。20年を単純撤廃でもおかしいし,逆に単純墨守でもおかしい。先ほど木村委員がおっしゃったように,目的物の性質とか用法その他によって,規律を必ずしも統一的なものにする必要はないのではないかと思います。期間の問題もそうではないかと感じています。 ○山野目幹事 ただいま松岡委員が問題にされた現民法604条の問題について,恐らくニュアンス全体としては,松岡委員がおっしゃったことと同趣旨の意見を述べることになると考えますが,この20年の制限について奈須野関係官のお話は理解することができました。が,少なくとも今日までとりたてて積極的に何か不都合が指摘されてきたというものではなく,また,不都合が感ぜられる領域については,特別法による適用除外がされているものでありますから,その規律の変更につきましては慎重であっていただきたいと考えます。皆様御存知のように,極めて長期にわたる賃貸借は,目的物の所有権にとって負荷になるということが指摘されてまいりましたし,賃貸借は賃貸人に使用収益させる義務という積極的な義務を課すものでありますから,そのような状態が長期にわたり続くということの問題もあると考えます。   申し添えますと,事は単にここの賃貸借の期間に限らず,我が国の民法典がいわゆる永久契約というものについて,どういう態度をとるのかということが問われている部分があると感じます。契約で定めさえすれば,幾ら長期であっても相手方を拘束することができるという姿が市民社会として健全であるとは考えられません。無期限の役務提供を義務付けることができないというフランス民法典1,780条という規定は,著名な規定でございますが,日本の民法典も,この種の問題について敏感な思想的見識を一般論としては含むものであってほしいと願うものでありますので,併せて申し添えます。 ○中田委員 ただ今の山野目幹事と似たような方向ですけれども,ちょっとニュアンスが違うかもしれませんが,まず,契約自由というのがあって,それをどういう理由で制限するのかという,その理由を洗っていく必要があるのではないかと思っております。その理由に応じて,例えば目的物によってルールを変えるかとか,あるいは中間的に一定期間経過後は解約権を認めるとかいうような折衷的な解決ができるかどうかということだと思います。恐らく,今,ここでやっていることは中間論点の整理ですので,できるだけ多くその理由を検討して,それに適合したルールを考えていくことがよいと思います。   その理由については,山野目幹事が御指摘になられたことでほぼ尽きていると思うのですけれども,長期だと目的物が劣化するとか,債務者を永久に債務に拘束することの問題ですとか,長期間の賃貸借と賃料の包括譲渡とを組み合わせることによって空っぽの所有権が発生する,しかも,それが十分な公示がないということをどう考えるのかとか,賃料の改定の手続を置いていないと長期間にわたって賃料が固定する,もちろん,一般ルールを設ければいいかもしれませんけれども,あるいは賃貸借に即したルールを設けることが考えられますけれども,その問題もある。それから,先ほど御指摘のあった用益物権とのすみ分けですとか,借地借家法で対応できていることですとか,それから,最後に動産の場合にどう考えるのかというようなこともあるかと思います。ということで,中間論点の段階ではそういった考慮要素をできるだけ提示した上で,各界の意見を聞くということが重要かなと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ほかに御意見はいかがでしょうか。 ○木村委員 まず,短期賃貸借についてですが,資料に記載されている「処分につき行為能力の制限を受けた者」という文言を削除すること,また法定期間を超える部分のみが一部無効となるという下級審裁判例を明文化するといったことについては,その方向で検討していくことでいいのではないでしょうか。   そして,20年という賃貸借の存続期間についてですが,確かに借地借家法とか農地法が適用されるケースでは,20年を超えることが認められているのですが,それ以外に20年を超えて賃貸借を必要とするケースも実際にございます。例えば,ゴルフ場の敷地で,17番ホールのみ所有地ではなく借地であった場合に,20年近く経過した際,その所有地を手に入れた方が,その部分は今後利用させないとした場合,ゴルフ場は営業ができなくなるということで,トラブルになるということがないわけではないのです。したがって,20年という存続期間の上限を廃止する方向で検討することには,賛成したいという意見もございました。   ただし,上限を廃止することに伴い,一定の長期間を経過した場合,当事者はいつでも解約の申入れをすることができるというような制度にするのであれば,契約上,賃貸借の存続期間を定めた意味がなくなりかねず,法的安定性が損なわれるため,そういった制度については反対したいという意見が多かったです。 ○岡委員 弁護士会の意見を簡単に三つだけ御紹介いたします。   最初の総論のところでは,敷金の定義を検討してはどうかと,検討してほしいという意見です。敷金の問題が多い以上,それなりの判例もありますので,定義を検討すべきであるという意見がございました。   それから,短期賃貸借のところで,「処分につき行為能力の制限を受けた者」という文言を削除することに賛成意見が多かったですが,更にほかの文言もすべてそれぞれの権限のところで同じように定めたらいいのではないかと。短期賃貸借の制度がなくなった以上,ここを解体して,すべてそれぞれの権限のところに持っていくのでもいいのではないかという意見が少数ございました。   それから,賃貸借の存続期間のところにつきましては,そう深い理由が述べられたわけではございませんけれども,維持すべきであるという意見が大半でございました。 ○鎌田部会長 ほかに特に御意見がないようでしたら,「3 賃貸借の効力」のうち,「(1) 賃貸借と第三者の関係」について,御意見を伺いたいと思います。 ○大島委員 (1)のウの敷金返還債務の承継のところでございますけれども,金融機関の支店などがビルを借りる場合,25年の契約を締結するなど,賃貸借期間が長期となるものは少なくないと聞いています。その間,賃貸不動産が転々売買されることは十分あり得る話だと思いますし,実際,商工会議所にはビルの所有者がかわったけれども,敷金も引き継いでもらえるのかという借り手側の企業からの相談が寄せられております。これらを踏まえますと,敷金返還債務の承継について,民法に明文化されるのはよいことではないかと思います。   ただし,関連論点ではございますが,旧所有者が敷金返還債務について担保義務を負い続け,20年後,25年後にいきなり敷金の返還を請求されるのは,現実問題として実体経済の上からなじむのかという問題があると存じます。担保義務化されますと,自社の不動産を手放した中小企業が簿外債務を負ってしまうことになりますし,取引実務に混乱を招くのではないかという懸念もございます。他方,商工会議所の中には賃借人が着目するのは物件自体で,賃貸人の信用力はさほど重視していないのではないか,もし賃貸人の信用力を重視するのであれば,契約時に担保の特約を結べばよいのではないかという意見もございました。旧所有者の責任についての規定を民法に設けるべきかどうかについては,慎重にご検討をいただきたいと存じます。 ○山本(敬)幹事 (1)の「賃貸借と第三者との関係」のうちのアとイについて意見を述べさせていただきたいと思います。少し体系的,理論的な問題にかかわるのですが,御容赦いただければと思います。   まず,アの「不動産賃貸借の対抗力」について,部会資料では,「不動産賃貸借の対抗関係」は,現在の605条のように,目的不動産について「物権を取得した者」との間に限らず,他に賃借権の設定を受けた者等との間でも想定されるとして,その旨を条文上も明らかにすべきであるという考え方が示されています。しかし,これについては,目的不動産について「物権を取得した者」との間の問題と,他に賃借権の設定を受けた者との間,つまり二重賃借権が設定された場合の問題とは,やはり質的に問題が異なることを指摘しておきたいと思います。   これは詳細版でいいますと,42ページの「3 その他」に書かれているところと関係しています。といいますのは,現在の民法605条は,不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その後その不動産について物権を取得した者に対しても,「その効力を生ずる」という書き方をしています。これは,もともと賃借権は債権であって,その後その不動産について物権を取得した者に対して効力が生じないのが原則である。しかし,不動産の賃貸借に関しては,賃貸借の対抗要件を備える限り,物権の取得者に対しても,正にその賃貸借の効力が及ぶものとする。つまり,物権の取得者がその賃貸借の拘束を受けて,賃貸人としての権利義務を取得することを定めた規定だと見ることができます。その意味で,「その効力生ずる」という定め方は,物権と債権の関係という民法の基本的な体系を反映した文言であるということを押さえておく必要があると思います。   それに対して,二重賃貸借の場合は,例えば第一賃貸借は対抗要件を備えていなくて,第二賃貸借は対抗要件を備えているときに,この第二賃貸借の効力が第一賃貸借の賃借人に及ぶわけではありません。つまり,第一賃貸借の賃借人が第二賃貸借の賃貸人になるわけではなくて,第二賃貸借の賃借人は,自分こそが賃借人であると主張できるだけです。これは正に「対抗」という言葉が当てはまる場面にほかなりません。同じことは,部会資料で挙げられている当該不動産の差押債権者との関係についても当てはまります。   もちろん,このような本来の意味での不動産賃貸借の「対抗」について,明文の規定を設けることが望ましいということは全くそのとおりだと思いますが,しかし,それは,現在の民法605条が定めている問題とは別の問題であって,それぞれ独立して規定する必要があるということを強調しておきたいと思います。   それから,次のイの「目的不動産の所有権が移転した場合の賃貸借契約の帰すう」についても,やはり幾つかの異なる問題をきちんと整理した上で,規定を整備する必要があるということを指摘しておきたいと思います。   まず第一に,この前提として,いわゆる賃貸人たる地位の移転が問題となる場合には,二つの場合があるということを押さえておく必要があると思います。   一つは,賃貸人が目的物の賃借物の所有権を譲渡するときに,賃貸人とその譲受人,つまり新所有者との間で賃貸人たる地位を移転するという合意がされる場合,いわゆる合意承継が行われる場合,もう一つは,そのような合意はないけれども,一定の要件のもとで,法律上賃貸人たる地位が移転するものと扱われる場合,いわゆる法定承継が認められる場合です。   部会資料の太字部分で書かれているのは,このうち,法定承継の場合です。そして,正にこの法定承継を基礎付ける規定が,先ほどの民法605条です。つまり,不動産の賃貸借は,それを登記したときは,譲受人に対しても効力を生じる。要するに,譲受人が賃貸人としての権利義務を承継するわけです。その上で,部会資料のイに書かれているように,判例はこの場合に,賃借人の承諾は不要であるとした上で,この場合に譲受人が賃貸人たる地位の承継を賃借人に対して主張するための要件として,譲受人が不動産の移転登記を備えている必要があるとしているわけです。これらの点については,この移転登記の意味を理論的にどう理解するかは別として,明文で定める必要があると思います。   それに対して,もう一つの合意承継が行われる場合については,現行法では,明文で規定されていません。これは,前にやりました契約上の地位の移転一般をどう規定するかということとも関係しますが,少なくとも,賃貸人たる地位の移転について合意承継が可能であること,さらにその場合に賃借人の同意は必要ではないという理解がほぼ確立していると考えられますので,この点は明文で確認する必要があるのではないかと思います。これは,実は関連論点の2で示されていることではありますが,いずれにしても,これは法定承継とは別に規定を整備すべきだと思います。   長くなって恐縮ですが,もう一言だけ付け加えますと,イの「目的不動産の所有権が移転した場合の賃貸借契約の帰すう」については,部会資料に挙げられている問題のほかにも,幾つも難しい問題が控えています。例えば,賃借人が賃借物について必要費や有益費を出した後に,賃借物の所有権が譲渡されて,賃貸人たる地位も承継されることになる場合に,賃借人は一体だれに必要費や有益費の償還を求めることができるかという問題があります。   このうち,有益費については,恐らく賃貸借契約の終了時の賃貸人,つまり目的物の新所有者に償還請求していくことになると考えられますが,必要費は必ずしもはっきりしません。必要費を支出した時点で必要費償還請求権が発生すると考えられますので,もとの賃貸人が債務者のはずですが,学説では,実際上の考慮からだと思いますが,賃借物の新所有者に償還請求できると考えられているようです。しかし,これは規定がないと分かりませんし,理論的に本当に説明がついているのかどうかも疑義が残るところだと思います。いずれにしても,このような問題についても,検討をした上で,必要な規定を整備する必要があることを指摘しておきたいと思います。 ○高須幹事 対抗の問題,二重賃貸借のように賃借権同士の対抗の問題と,それと債権と分類されている賃借権と物権との間の優劣というか,物権の債権に対する優先効についての例外規定を設けるという問題を別にすべきだという今の山本敬三幹事の御指摘は,分かりやすさという意味では大切なことだと思います。私どももふだん仕事をしていてもこんがらかってしまうようなところがありますので,明確に意識した規定を設けるということは私も賛成でございます。   もう一点,このことをむしろ言おうと思って手を挙げたんですが,目的不動産の所有権が移転した場合の帰すうの問題で,詳細版の43ページから44ページにかけてのところの賃貸人たる地位を譲渡人に留保する場合の合意の効力に関してでございます。判例は否定したと,当事者間で留保の合意があっても否定したということで,平成11年3月25日の最高裁判例を指摘しているわけですけれども,判例自体も確かに単なる合意だけでは特段の事情はないという言い方をしておりますが,一切,例外を認めないと言っているわけでも多分ないだろうと思うんですね。   単純に留保を認めると,もととも賃借人だった者が現在の所有者と譲渡人との間のいわゆる賃借関係,それから,譲渡人と賃借人との間の転借関係というような形で,賃借人が転借人に格落ちしてしまうと。それで,中間者の賃借人が債務不履行行為を起こすと明け渡さなければなりますよと,こういうことを危惧しての判例だと思うんですが,そこはそこで別な論点として,いわゆる転貸借関係になった場合の合意解除とか,債務不履行解除の場合の転借人の保護をどう図ればいいかという問題と絡む問題だと思いますので,留保特約について一律に否定だと決め付けないで,もう少し,ここも全体の規定振りの中で慎重に考えていくことができるのではないかと思います。そういう意味では,いただいた詳細版の解説の中で,判例等が前提ならこうなるというようなニュアンスもあるんだとは思うんですが,もう少し考えてみたいと,このように考えております。 ○奈須野関係官 先ほども若干触れたところですが,賃借権の利便性を高める上では,賃借目的物が譲渡された場合の賃借権の保護ということは,非常に重要かと思っております。不動産について判例もあるということですが,ただ,それがその他の不動産以外の目的物のケースで当てはめると,すべての動産について対抗要件を具備できるかということになり,現実的には考えにくいことになりますので,そこは特段の反対の意思表示がなければ,賃借人は賃借権を主張できるというような簡便な制度でよろしいのではないかと考えております。   そのようにしても,これによって賃借目的物の取引の安全が損なわれるという側面はございますけれども,実際に取引においては,譲渡人が表明保証したり,あるいは買主の側で調べるということですので,その方が実際の賃借権の利便性を高める上では必要ではないかと思っております。   もう一つは,敷金返還債務の承継の論点ですが,イメージとしては,例えば,手形の裏書みたいに不動産賃借目的物が転々流通すると,所有者に遡求していくという仕組みなのでしょうか。仮にそうだとすると,極めて意表を突く仕組みで,それはさすがに取引の予見可能性という観点からすれば,先ほどもお話がありましたが,何十年経ってから遡求されるというのは,やはりよろしくないと思います。特に,不動産などでは,ショッピングセンターや,あるいはオフィスビルについて,所有権自身が転々流通するということは間々あることですが,その過程の人に一個一個遡求されるというのは,よろしくないのではないのかと思っております。 ○岡田委員 最近,賃貸物件の所有者がかわっったことによるトラブルが結構あるのですが,その場合に借り手側としてみれば,今までどおりそこに住み続けることができるということは当然のことだし,敷金もやはりきちんと新しい方から返してもらえると思っていますので,それが前の方から引き継いでいないとかいうことになりますと,勝手にそちらでやったことの責任をこっちにかぶせるのということになるので,是非ともこの部分に関しては,敷金は新所有者から返してもらえると明文化していただきたいと思います。それから,消費者が知らないで旧所有者に家賃を払ったというものに対しても,これもやはり認めてほしいと思います。それらの点については新所有者と旧所有者で対応していただけるようお願いしたいです。 ○道垣内幹事 敷金の話に関連して,旧所有者の責任について私には定見はございません。ただ,奈須野関係官がおっしゃったことに関連いたしまして,旧所有者からも取れるというふうな法制度をつくるというのは,敷金の契約の相手方,つまり,自分が敷金を交付した相手方に対して返還を請求できるという意味を持っているだけであって,仮にこのような法制度を入れたときも,転々譲渡されたときに,だれに対してでも遡求していけるという話なのではないのだろうと思います。つまり,賃借人としては自らの敷金契約の相手方であった者と現在の所有者に対していけるというだけで,かつ旧所有者というのも現在の所有者のかわりに払っているのであり,その人に対してだけ求償していけるということになるのだろうと思います。ただ,ずっと簿外債務が残るのがいいのかという問題につきましては,私は現在のところ,定見はありません。   もう一点だけ申しますと,山本敬三幹事がおっしゃった対抗の問題なのですが,民法の現代語化のときに605条について「不動産賃貸借の対抗力」という見出しを付けたのはよくなかったのではないかと,当時から思っておりました。これは対抗の問題ではないものが含まれているのだろうと思います。したがって,現在,見出しが「対抗力」になっているとか,あるいは農地法が「対抗」という文言になっているとかということは余り考えないで,山本さんがおっしゃったような分析を施していくべきであろうと思っております。   ただ,その際に若干気になるのは,どのような特約もすべて引き継がれるのかというのか,ということです。もちろん,それは法文に書き下すということは難しい問題であって,非常に特殊な条項については,不動産なら不動産の賃貸借契約に付随する別個の契約であるというふうな性質決定をして,引き継がれないとしなければならないのかもしれませんけれども,そういった論点があるということは指摘させていただければと思います。 ○岡本委員 敷金返還債務の承継のところで,旧所有者もその履行を担保する義務を負う旨の規定を設けるべきという考え方があるという,ここの部分なんですけれども,旧所有者が担保責任を負い続けるといたしますと,旧所有者としてはそういう不確実なリスクを負い続けるということになりますし,転々譲渡された場合にもリスクを負い続けるということを考え合わせますと,賃貸不動産の流通については著しく阻害されるのではないかという意見がございました。さらに旧所有者が敷金の返還をする際にも,未払い賃料の金額を調査して,それを返還すべき金額の計算に反映させるという手間もかかるという,そういう負担が大きいというふうな意見もございました。あと,現状の実務で敷金額を控除して,賃貸不動産の売買価格を決定しているという実務があるといたしますと,そういった実務に当たる影響も甚大なのではないかという意見もあるのではないかと思います。   それから,信託の関係から意見がありましたので,併せて御紹介させていただこうと思うんですけれども,信託を使った不動産の流動化,こういった取引があるわけですけれども,信託財産である賃貸不動産をほかに売却して,信託を終了させるということをするに当たって,受託者に担保義務が残るということになりますと,受託者としては敷金の返還をしなければならなくなるリスク,これに相当する金銭を信託財産に留保せざるを得なくなって,流動化手法の障害になるといった意見もございました。この点に関しましては,賃貸不動産を委託者や受益者に交付するという形で終わらせる信託においても,同様の問題を生じるのではないかという指摘もございましたので,併せて御紹介させていただければと思います。 ○加納関係官 対抗力の関係で,詳細版の41ページを御参照いただきたいんですけれども,ここでは動産賃貸借の対抗力についてということで補足説明をしていただいておりますが,相談事例の中には,トランクルームに関するトラブルというのがございまして,その内容といいますと,契約条項を開示してもらえないとか,不当条項が含まれているとか,そういうのが多いんですが,目的物の譲渡のようなことで業者が代わったと思われる場合に,契約関係はどうなるのかというような相談も,わずかですが,見受けられるところです。   トランクルームを不動産賃貸借のビルの空き室みたいなところでやっているところもあるんですけれども,電車の高架下みたいなところに何か物を置いてやっているというような例もありまして,そういう場合に不動産賃貸借と言えるのかどうかというのは,ちょっと悩ましいかなと思っておりまして,動産賃貸借になってしまうのではないかと。そういう場合に,結構,生活必需品のスキー用具とかゴルフバッグとか,そういうのをそこに保管しているというような使い方をしていることもあるらしくて,その契約関係はどうなるのかというので,恐らく動産賃貸借の対抗力という論点になってくるのではないかと思われるわけでして,詳細版の41ページには,積極説と消極説というか,慎重に考える説と両論を併記されておりまして,それぞれ合理的な理由に基づくものと思われるところですが,消極説だとしますと,結論はどうなるんでしょうかというのは,答えがなかなか見出しがたいところがありまして,民法に規定を設けるほどの立法事実と言えるかどうかというのは評価の余地はあると思いますので,私どもも今後,検討していきたいとは思っておりますが,もし規定を設けるとしたら民法かなという気もしないではないところでありまして,そういう問題があるということを指摘させていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 沖野幹事,次に中井委員,お願いします。 ○沖野幹事 四点をお話ししたいと思います。   一つ目は,詳細版の43ページから44ページに書かれております「2」の「賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨の合意の効力」についてで,高須幹事のお考えと意見を同じくしておりまして,このような合意に効力を認めるかどうかは,当初の賃借人が自らあずかり知らない間に転借人の地位になってしまうということに対して,その場合の転借人の地位にどのくらいの保護が与えられているのかということと関連する事項でございます。すでに詳細版にこのような合意を当然一律に無効にすることに対して反対意見,一律に無効とすべきではないという見解が記されております。その基礎づけとしては実務上の要請があり,その点は言及されていると思いますが,そのほか,理論的にもそのような当初の賃借人,その後の転借人への配慮との関係で考えていくべきで,当然に一律無効とするのは問題であろう考えますので,その点を加えさせていただきたいと思います。   それから,二点目は敷金関係でございます。詳細版の45ページに「敷金返還債務の承継」について問題提起がされております。敷金についてどこで言うべきかという点がございますけれども,総論の箇所で岡委員がおっしゃいましたように,敷金の法律関係は重要な法律関係であり,民法でも敷金に言及する規定がありますが,そこではただ「敷金」とだけあって,それが何かという定義がございません。また,倒産法でも敷金返還請求権についての規定が置かれており,そのもとで,具体的な合意がこの規律に該当するような敷金と言えるのかどうかという判断が重要になってくることがございます。にもかかわらず,その手掛かりがないというのは問題だと思われます。ですから,定義とともにできればやはり基本的な法律関係を明らかする規定を加えてはどうか,例えば充当の関係などですが,そういう規定を加えられないだろうかということを考えております。第三者との関係以前に,そもそもの敷金をめぐって基本的な法律関係を明文化することを考えてはどうかという点でございます。   三点目は,敷金の承継で既に問題となっております旧所有者の問題です。新所有者に対して請求ができるということを前提に考えております。旧所有者に対して請求できるということが当然新所有者に対しては請求できないということには結びつかないと思います。新所有者に対して請求できることで新所有者は通常有償の取得者で事実上資力があるから,賃借人への配慮,敷金返還請求権への配慮としても十分であるということが言われますけれども,事実上資力があるというのは必ずしも保障されていません。やはり自分が全く関与しないまま,いつの間にか債務者がかわってしまうということになる相手方の利益に対する配慮が法制度として必要であり,どこまで配慮すべきかを考えていくべきだと思います。確かに旧所有者に対しても請求できるとする場合の問題点が種々出されておりますので,それをふまえつつ,その調整の在り方ということを考えていく必要があると思います。具体的には例えば期間制限を設けるといったことも考えられるかと思います。比較的短期の間だけは担保責任を負うというようなことも考えられるかと思います。ですから,問題点が指摘されておりますけれども,一方で賃借人への配慮を要する調整の問題でもございますので,そのような観点からさらに検討していってはどうかと思います。それが三点目でございます。   最後は,これもどこで申し上げるべきか,賃料のところなのかは分からないのですが,権利義務の処分という観点です。先ほど中田委員から若干言及がございました賃料債権の包括的な処分の点でございます。これは債権譲渡のところで問題となった事項です。そこでは,不動産賃貸借の賃料債権の処分というのは特有の問題があって,それ自体として考えていくべきだという点についてははかなり了解を得たように思われます。また,それに基づいて意見照会などもしてくださっているところです。不動産賃貸借の賃料債権に特有の考慮という観点からしますと,その問題があるということをなお債権譲渡のところだけで扱うのがいいのか,それとも賃貸借の箇所で不動産賃貸借に関してその権利義務の処分の中で,そういう問題があるということをリマインドする記述があってもいいのではないかと思っております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○中井委員 詳細版41ページのところの動産賃貸借の対抗力に関して,弁護士会としては,このような規定を設けなくてもいいのではないかというのが多くの意見ですが,ここは先ほどからの奈須野関係官,加納関係官からの御発言から考えて,もう少し慎重に検討していいのではないかと思っております。   といいますのは,所有と利用の関係で,民法では所有がかなり強い優先的効力を持っており,基本的には売買は賃貸借を破る,救済されるのは対抗力のある不動産に限られる。それはやはり利用について阻害されるというか,利用の発展を阻害しているのではないか。先ほど奈須野関係官もおっしゃったように,社会資源の無駄もしくは有効活用ができない事態を招いているのではないか。そうだとすると,賃貸借した賃借人側の保護についてもう少し手厚い規定を置いておく,こういう方向性を更に検討していいのではないかと思っております。それは動産賃貸借であれ,いわゆる借地借家の対象でない民法賃貸借であれ,同じではないかと考えております。   詳細版41ページのところで,破産に至ったときに仮に対抗力を認めると,56条1項が適用されて解除ができなくなる。それが破産管財人もしくは倒産債務者にとってマイナスではないかというトーンで,否定的な意見の一つの資料となっているわけですけれども,果たしてそうなのか。賃貸借契約が締結されていて,現に動産にしろ,普通賃貸借による不動産を利用している賃借人が賃貸人に倒産手続が開始したからといって解除を受けて,物を返さなければならない,そのような弱い地位でいいのかということについては,やはり検討していいのではないかと思います。   これは倒産法の先般の改正のときでも,確かライセンス契約などの利用権について対抗力を備えていなかったら,倒産すれば解除されて,利用権が奪われる,そういう事態を招くことについての危惧が表明されていたかと思いますが,いずれにしろ,利用権と所有権との関係でもう少し利用権の保護を厚くするという意味で,41ページの動産賃貸借の対抗力について,更に検討していっていいのではないかと感じております。これが一点目です。   二点目ですけれども,次の43ページのところにあります所有者が移転した場合の賃貸借契約の帰すうの問題について,原則,所有権が移転すれば賃貸借契約は当然に承継される。ただし,最高裁の判例でも「特段の事情のある場合を除き」となっているわけですけれども,原則,承継されるけれども,特段の事情のある場合には旧所有者に賃貸借契約の賃貸人たる地位が残る場合があるのだろう。これは現実の実務の要請からしますと,多くのテナントのいる所有ビルについて,そのビル自体を何らかの形で流動化するとか,第三者に売却するが買い手はこういう物件の管理能力がない場合,それはファンドなり,SPCの場合もあるのでしょうが,そのときに旧所有者のほうに賃貸借契約を存続させて,物件管理,賃料管理などをさせる。   つまり,賃貸借契約は旧所有者に残して置くことが便宜な場合が間違いなくあって,現実の実務でもそのような取引が多くに行われているわけです。そうすると,その場合,先ほどから御指摘のあるように賃借人の地位は転借人の地位になって不安定さが発生する可能性,そのリスクのあることは否定できないとすれば,それをカバーするような何らかの手当てが考えられてよいのではないか。つまり,特別の事情の中に旧所有者と新所有者の間で賃貸借契約は旧所有者に残すという合意,この合意のみでは不十分ではないか。   そこで,では,どういう対策が考えられるか。そのようなときには旧所有者と新所有者の間には何らかの利用権限が付与されているはずで,その利用権限に基づいて旧所有者は各テナントとの間の賃貸借契約を継続しているわけですから,旧所有者と新所有者との間の何らかの利用権限が消滅したとしても,賃借人が新所有者に賃借権を主張できるような仕組みがあれば,転借人となった前の賃借人ですけれども,地位の保全もできるのではないか。そういう意味で,特段の事情の要素の中に,旧所有者と新所有者の合意にプラスして,今のような何らかの転借人の地位の保護を盛り込むことによって,現実の実務を進めることができるのではないかと考えております。   三点目は敷金返還債務の承継の関係について,既に皆さん述べられておりますけれども,46ページの第1問というのでしょうか,敷金返還債務は新所有者に当然に承継されるか,それとも承継を否定する立場が一応対峙されておりますので,これについては新所有者に当然に承継されるという形で決着を是非つけていただきたい。これは,現に長年,現実の実務がそうであるということにとどまらず,先ほどからこのようにすれば賃借人の地位が不安定になるのではないかという御指摘がありますけれども,賃借人としては新所有者の資力というよりは,不動産そのものを引当てとして借りているわけで,敷金というのは最終的には不動産に対する賃料との相殺,差引き計算というのでしょうか,当然充当もできるわけですから,利用している限りにおいては,一定程度,敷金は保全されている。   逆に旧所有者にしか残らないとするなら,賃借人にとっては将来,何年か後に建物を退去した後,旧所有者のみからしか回収できないわけで,それこそ回収について不安といいますか,回収の可能性が低くなるのではないか,リスクが高くなるのではないかと考えられます。また,仮にこのような構成にすれば,売買の時点で敷金の清算処理をしなければならないという事態になると思われますけれども,売買代金の中から旧所有者は敷金相当額をテナントに返す,新所有者は敷金が入っていない状態になりますので,テナントから敷金を入れてもらわなければいけない。しかし,その交渉が円滑に進むとは思われない。個別テナントの合意を得て売買を実行する,新たな敷金の差入れをしてもらう。このような実務は恐らく困難であろうと思われます。そうすると,これまでの実務で行われている敷金については新所有者が当然,承継するという考え方をやはり維持すべきであるだろうと考えています。   そして,最後に,新所有者に敷金が承継された上で,なお,旧所有者が何らかの責任を併存的に残すかということについては,これまでも何人かから御説明がありますけれども,これは不動産決済においてやはり非常な困難を来します。旧所有者はいつ発生するか分からない隠れた債務をずっと負担し続ける。これを期間制限するという御提案もありましたけれども,何らかの形で一定の期間は隠れた債務を負担することになる。それを仮に履行したとすれば,その金額,これが売買代金の残額になるのか,それとも,求償権になるのかはともかくとして,それを新所有者に求償していかなければならない。それは極めて困難ではないかと思います。そうすると,結果としては不動産の流通を阻害する可能性のある提案ではないかと思いますので,これは反対せざるを得ません。 ○岡委員 中井先生の後半二つの論点と同じ意見でございまして,少し理由を補足させていただきます。不動産の所有権が移転した場合に賃貸人たる地位が法定承継するかどうかの論点のところで,判例自体が「特段の事情のある場合を除き」と書いてあるところから,法律で例外なく法定承継すると決めることについては,危惧感を示す弁護士が多うございます。ただ先ほど中井さんもおっしゃいましたように,合意さえあれば残るというのでは不安です。新所有者と旧所有者との関係,契約がどうなっているか,それで賃借人に対して不利益はないか,そういう事情を総合して賃貸人たる地位と所有者の地位が分かれる場合を例外的に認める,そういう法制がいいのではないか。合意プラス何かの要件で残る場合は認めていいのではないかと言う意見です。。   第一東京弁護士会のある弁護士が言った意見としましては,不動産を信託譲渡して,信託譲渡を受けた所有者は,賃貸人たる業務をやる気はないと。もとの所有者が賃貸人として一切管理をしてくれればよろしいし,所有と賃貸人たる地位を分けてほしいと。今はそういうことができませんので,いったん,信託譲渡を受けた新所有者が賃貸人になって同意を取り付けた上で,転貸借関係に移しているようですが,そういう面倒くさいことをせずに,旧賃貸人のところで賃貸借契約は生き続けると,そういう希望がございました。それに対しては,所有と賃貸を制度的に分けるのはまずいのではないかという意見もありましたけれども,今後のことを考えると,一定の場合には分離を認めていいのではないかと,こういう意見がそれなりに有力にございました。その御報告でございます。   それから,敷金について旧所有者の一定の担保責任を認めるというところにつきましては,私も基本的には反対でございます。敷金の定義も踏まえた上で,それほど多額ではない何か月間かの賃料であるとすると,賃料で敷金の回収は新所有者との関係でできるはずであるし,所有権自体は新所有者がSPCであれ,所有権自体は移っているので,抵当権を付けられるとどうか分かりませんけれども,最低限の責任財産は移っていることもありますので,敷金が少額であるという前提を置けば,今まで続いてきた旧所有者は切断されると,そういう扱いを継続したほうが不動産取引の安定につながるだろうという意味で,敷金を少額にした上で今までの取扱いを継続すべきだろうと思います。 ○鎌田部会長 オフィスビルみたいなもので非常に高額な敷金が入っている場合でも余り問題はないということでしょうか。 ○岡委員 だから,それはそれこそ,そのうちの6か月分だけが敷金の性格を持つというような形にするのはどうかという考えもあります。 ○内田委員 今,鎌田部会長が御指摘になった点についてご意見をお伺いしたいと思います。敷金の承継について旧所有者の責任を認めるという提案に対して,非常に多くの反対がありました。しかし,その反対に対して素朴な疑問が二つあるのです。一つは理論的なもので,もう一つは今の実務的な観点です。理論的な点は,敷金というのは債権ですので,敷金の承継というのは債務引受です。ですから,もとの債務者が債権者の同意を得ずに第三者と債務引受けをすれば,もとの債務者も債務を負う,つまり,併存的債務引受になるというのは債務引受の原則そのものです。   ですから,旧所有者の責任というのは別に特異なことを言っているわけではなくて,債務引受の原則を言っているに過ぎないのではないかと思えるのです。それに対して,旧所有者の責任が残ると,不動産の流通を阻害するという御指摘がありましたけれども,それなら免責的債務引受をすればいいのであって,債権者の同意を得さえすれば済むことです。それが面倒であるという理由で,免責的債務引受をそんなに簡単に認めていいのかということがまず一つ,理論的な点での疑問です。   もう一つは実践的な問題で,今,鎌田部会長が御指摘の点ですが,本社ビル一棟を借りるとか,あるいは高級オフィスビルを数フロアにわたって借りておられる弁護士事務所とか会社とかがあるわけですが,そういうところではかなり高額な敷金が入っているように理解しています。もちろん,それも一定額以上は全部敷金ではないんだと定義を置いてしまえば別ですけれども,これが敷金であるとすると,賃借人の同意なくして知らないうちにビルの所有権が入れかわったときに,新所有者が必ず資力があるという想定に立って本当に実務は動くのか。やはり高額な敷金を入れている賃借人の同意が必要な場合があるのではないか,あるいはむしろそれが原則形態なのではないかとも思えるのですが,この点について実務的なところを教えていただければと思います。 ○高須幹事 弁護士会内にもいろいろな意見があるという意味で発言させていただきます。私の所属している東京弁護士会では,今,内田先生がおっしゃったような内容の意見が出てはおるんです。つまり,不動産のビジネスというのが一本調子で上っていくような産業だったときは,要するに商売に失敗した人間が競売等,あるいは競売でなくても任意売却等で次のビジネスをやる人に譲っていくと。次の人はしっかりした人でその人がビジネスを引き継いでいくと,もうかる産業だからと,こういう図式があって不動産を持っている人に敷金を引き継いでいけばいいだろうという一種の信頼が働いていたんだと思うんです。ところが,不動産ビジネスも成熟化してきて,常にもうかるとは限らないという時代になってくると,良好な貸主が撤退していくと,もちろん物件次第なのですが,ある物件については余り価値がないとするとそのような事態が生じる   そうすると,それを引き継ぐ事業者は余り資力のない事業者になっていくという場合があって,借主のほうからは見れば今の貸主だったら絶対敷金が返ってきたのに,これが引き継いだ人だと危ないかもしれないというような危惧が生じる。不動産を持っているではないかといっても山ほど抵当権に入っているという話になってきますと,なかなかそうもいかないということで,やはり賃借人の保護の観点からの承諾なくして,譲渡人が全く免責されてしまうということはどうなのかという意見はございました,実務で私の知っている限りだと,現在は当然に引き継がれているという前提で,不動産が任意に売却されるときには,多分,敷金を引き継いでいるんだと思うんですね。引き継ぐというのは売却代金の中から敷金相当額は引かれて,新所有者のほうに留保されるという形になっていると思うんですが,そこがもし免責的なものではないという形になってくると,多分,その取扱いが変わってきてしまう。   旧所有者も責任を負うということになると,必ずしも代金のうち敷金相当額を全部,新所有者に留保させるという契約にはならないと思いますので,その限りでは,確かに不動産の流通の問題では変化が起きるのかもしれないのですが,そこは私は実は新所有者と旧所有者の間は契約関係ですから,合意の中で何らかの形で処理ができるのではないか。賃借人のほうは全く蚊帳の外ですから,何の話合いもできないという状況ですから,やはり最終的にはどこかで新所有者と旧所有者の間で折り合いがついて,賃借人も保護されるというような形の法理というか,解決方法ができるのではないかと,私自身もちょっと思っているところがありまして,弁護士会の中でも少数意見ではありますが,そういう意見もあろうかと思っております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○中田委員 今の問題なんですけれども,結局,賃貸借契約が終了して敷金返還請求権が発生したときにおける新賃貸人の無資力のリスクをどちらが負担するかという問題だと思います。それについて理論的には内田委員がおっしゃったように,債務引受けのほうからいうと,当然,旧賃貸人にも残るではないかというのはそうなのだろうと思います。他方で,何人かの方から御指摘がありましたように,旧賃貸人に言わば保証人的地位を残しておくということの不安定さというのもそうだろうと思います。さらに付け加えますと,承継される敷金というのは,延滞賃料などを充当した後の分になると思うんですけれども,そうすると,旧賃貸人は延滞賃料などが幾らであったかということの証拠を保管していなければいけない,そうでないと満額の敷金が求められるかもしれない。そんな問題もありまして,そういった意味で,旧賃貸人に残らないほうがいいんだという御意見も,それはそれでそうだろうなという気もいたします。   それで,むしろどちらのルールをとったときに,実務上,どう対応されるのかということを知りたいなと思います。旧賃貸人に残るとしたときにどのように対応されるのか,残らないとしたときにどうなのかということです。実際にはどなたかがおっしゃいましたとおり,旧賃貸人と新賃貸人の合意で解決されるのがほとんどだと思いますが,問題となるのは恐らく競売などによって所有権が移転する場合に,どうなるのかというのが実際には一番大きな問題だと思いますので,それを見越した上で,それぞれのルールをとったときに,実務界でどう対応されるのかということを知りたいと思いました。今でなくても結構でございますが。 ○鎌田部会長 その点は実務にかなり大きな影響が考えられますので,事務局を通じて何らかの形で実務家の御意見を少し集めさせていただくようにしたいと思います。 ○松本委員 先ほどの議論の中で,新所有者に100%承継されて,旧所有者の債務がなくなってしまうと,資力のない新所有者から敷金を返還されなくなるリスクがあると。しかし,他方で新所有者には物件があるのだから大丈夫ではないかという議論に対して,抵当権がいっぱい付いているのだから価値がないんだという指摘もありました。他方,中井委員からは,ずっと居座れば,結局,賃料と相殺できるから,経済的にはペイするのではないかという議論もあったわけですが,立法論としては敷金の定義をきちんとした上で,敷金返還請求権について一定の先取特権を当該不動産に付けるというやり方が考えられると思うんです。   ただ,賃貸借より先に既に抵当権が設定されているような場合に,なお,敷金返還請求権のほうが抵当権より優先するというのは,ちょっとおかしいかなと思うので,そのあたりは賃貸借契約で敷金が入れられた後で抵当権が設定されたような場合には,抵当権より敷金返還請求権のための先取特権が優先するというあたりが適当かなと思うんですが,そういう立法的手当ても考えられると思います。 ○油布関係官 ちょっと手短に。先ほど内田先生がおっしゃった中で,免責的債務引受けの合意を取り付けるべきではないかと,そうすればいいではないか,というお尋ねがあったと思います。これは私も全く同じようなことをある業界の方に訊いたことがあったものですから,ちょっと申し上げますと,現状でもある程度,そういう努力というか,通常,そういうことはしているように聞いております。ただ,「それでは困る」と言っている人たちはなぜ困ると言っているかというと,民法にそういうふうに「旧所有者が敷金の担保責任を負う」と明記をされてしまうと,そういう合意を取り付けることが非常に難しくなるであろうということなんです。賃借人の側から見ると,わざわざ民法にそう書いてあるのに,なぜそんな合意をしなければいけないんですかと。やはり「何がしかの対価を欲しい」みたいな話にもなりかねないのではないかという気もいたします。そういう声がございましたので,ちょっと紹介だけさせていただきます。 ○道垣内幹事 聞くはいっときの恥と申しますのでちょっと一点だけ。中田先生がおっしゃった延滞賃料なのですが,延滞賃料がある時点で所有権の移転が生じたときには,旧所有者に払うんですか。 ○中田委員 延滞賃料を差し引いた残額の敷金返還債務が承継されると理解しておりますけれども。 ○道垣内幹事 新所有者は延滞賃料については請求できない。 ○中田委員 というか,もう延滞賃料はなくなっているわけですね。 ○鎌田部会長 敷金の範囲内にあれば。 ○道垣内幹事 だけれども,それは当然充当になって請求できないことになるのですか。 ○鎌田部会長 清算されて敷金返還債務がその分減少しているというのが……。 ○道垣内幹事 一般的な考え方ですか。 ○鎌田部会長 現在の実務の取扱いなんだと思いますけれども。 ○道垣内幹事 そうですか。それで,そのあたりの関係が私はよく分からなくて,例えば費用償還請求権みたいなものを旧所有者の段階で賃借人が取得したときに,それは新所有者には引き継がれないんですかね。分からないんですけれども,若干,整備すべき事柄が残っているような気がするものですから,すみません,単に不勉強で。 ○深山幹事 実は私も恥ずかしくて聞くのをどうしようかと思っていたら,先を越して聞いていただいたので意を強くして,同じようなところをお伺いしたいんですけれども,当然充当という判例があるわけですけれども,これは敷金返還請求権が通常は明け渡し時に当然充当されて残りで発生すると,こういう理解だと思うので,それは何の疑問もないんですが,今,議論されている譲渡がなされた場合というは,別に賃貸借契約が終了する場合ではなくて,仮に,もちろん,賃貸人のほうから積極的に相殺というか,充当するよと言えば,そうできなくはないのでしょうけれども,少なくとも当然に所有者がかわったからといって,当然充当するということが所与の前提なのかなと実は私も疑問に思っていて,これは聞いたら恥ずかしいかなと思ったんです。今,道垣内先生が言われたように,事は賃料だけではなくて費用償還も含めて,どういう債権債務関係が承継されるのかと考えていくと,それまでに旧賃貸人のもとで発生した滞納賃料がそこで当然充当するということ自体が,そういうルールをつくればそうなんでしょうけれども,当然の前提にはならないように思います。   既に沖野先生からも御指摘があったように,私も敷金の定義はもとより法律関係,もともとの賃貸人・賃借人間での法律関係について,やはり規定をつくるべきだと思っております。賃貸借契約に付随する契約ではあるけれども,一応,別の契約なんだというのが一般的な理解だと思うんですが,別ではあるけれども,やはり非常に密接に関連した敷金契約なるものが一体何なのかということがはっきりしないところに,今の私の疑問も根差すような気がいたしますので,是非,敷金契約の法律関係というものを明らかにした上で,賃貸人の移転があったときにそれがどうなるのかということを,その延長の問題として議論していただけないかなと思います。 ○中井委員 仮に旧所有者に敷金返還の責任を残したら,どういう決済,どういう実務になるだろうかということについては,是非調査していただければ有り難いと思います。繰り返しになりますが,想定だけ申し上げますと,売買時点で売買代金全額を買主から売主に払ってもらうのか,もしくはその時点での額面敷金額総額を確認して,新所有者,買主は売主に対してその金額を控除して残額だけ払っておくのか。   でも,その二つとも恐らく実務的に動きにくいと思います。まず,敷金額を控除して払っておくときは,その後,何年後かになりますけれども,テナントが出たときに新所有者に敷金を返せと言う。返してくれればそれでおしまい。でも,返さないときに旧所有者に請求が来る。その請求した金額は一体幾らなのか,不払いが幾らなのか,その数字を確定することがまずできるのか。確定したとして払わざるを得ない。払った後,旧所有者は新所有者にその部分,改めて返せと言わなければいけない。そのようなことを旧所有者がリスクをとるのか。   では,今度は全額を払っておく場合も,テナントが出たときの処理いかんで決まる。新所有者が返還すれば旧所有者に支払った売買代金の返還を求めることになる。そのような形での不動産決済が果たしてできるのか。結局は不動産流通を阻害するというのは,このような責任を残した場合に,決済時点での決済のほうが決まらないというところではないかと思います。   では,どう実務は解決するか。恐らくその時点で三者間清算をしないと,つまり,内田委員がおっしゃるように全テナントの同意をとって新所有者のみが承継するか,その時点で旧敷金を返して新所有者に敷金を新たに入れてもらうか,これが実務慣行として美しくでき上がって,当事者がそれを守ればいいんでしょうけれども,現実的にはテナントの数が多いとすれば,当然,同意をとるべきだというのが原則論かもしれませんけれども,多いとすれば難しいでしょう。また,当初は10か月分が入っていたけれども,相場が下がってきて今は5か月分となったら,新所有者に10か月分を改めて入れないでしょうから,5か月分にするのか,6か月分にするのかでまた売買時点での差入れ敷金額についてトラブルが生じる。なかなかその時点で同意を得て清算するのも難しいのではないか。実際にやってみないと分かりませんが。 ○松岡委員 出しおくれの証文みたいに遅れた発言で恐縮ですが,先ほどの道垣内幹事とか深山幹事の御質問の点については,私も昔,迷って調べたことがあるのですが,確か判例によって旧所有者の下で延滞賃料が発生すれば敷金が充当されて控除された敷金返還義務が新賃貸人に引き継がれるとされています(最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁)。ただ,それは必ずしも十分定着しているかどうか分からないので,敷金の性質を定義し,敷金をめぐる法律関係を明らかにする中では,再検討した方がいいと思います。そして,今のケースでは,敷金が一部充当されて当初敷金より減ってしまうわけですから,むしろ新所有者としては,少なくとも従来の敷金額に見合う分だけぐらいは追加で敷金を入れてくれという請求権があってもよさそうに思います。そういう問題も含めて規律を設ければどうかと思います。   それから,少し前に議論された話ですが,内田委員からビル一棟借りあるいは数フロアの賃貸借の場合,敷金はかなり高額なるので,敷金の額による処理の振り分けは難しいのではないかという趣旨の御意見があった思います。しかし,敷金が非常に高い契約では賃料自体も非常に高く,それと対応関係があります。そうしますと,敷金充当もしくは相殺が許されれば相殺は,競売申立てから買受人の登場までの平均的な長さである6か月分ぐらいであれば,額の多寡はともかく,平成14年判決の理屈では可能でしょう。それを超える額になれば問題はあるかと思いますが,それはそれほど心配する必要はないのではないでしょうか。敷金を議論するときに絶対額はあまり意味がなく,賃料額との比率ないしは何か月分というのを目安に考えればいいのではないかと思います。 ○中田委員 延滞賃料の充当の件につきましては,詳細版の46ページに判例・通説の御紹介がありまして,私はそれを前提に話していたつもりなんですが,もちろん,これを所与のものとする必要はないわけで,立法論ですから,考えればよろしいんですけれども,しかし,結論的には現在の判例の立場でいいのではないかなと私は思っております。しかし,また,改めてそれを最初から考え直すということはあり得ると思います。   それから,もう一つ,旧賃貸人も引き続き債務を負うということにしたときに,実務がどうなりますかと先ほど私からお伺いしたことにつきまして,中井委員は所有権が移転する際の合意について御発言くださったんですが,私はそれとともに競売によって移転する場合もあるので,そうすると,当初,賃貸借契約においてどのような対応をされるのかということを知りたいなと思った次第です。 ○松本委員 二点です。一つは大手弁護士事務所の賃貸のように巨額の敷金を入れている場合の保護ですが,これは恐らく抵当権か何かを付けているのではないですかね。それだけの敷金を入れていて返してくれるかどうか不安であれば,当然,そのための手当てをあらかじめしておくというのが当たり前だと思うんですけれども,というのが一つです。   それから,もう一つ,延滞賃料の件で詳細版の46ページの判決の書き振りというのは,当該賃貸不動産の売主,買主がどういう合意をしたかとは無関係に,このようになるという趣旨ですか。つまり,当事者の合意などというものはどうでもいいんだということなんですか。それで,実際の実務はこういう延滞賃料付き不動産の取引だと分かっていてやるんですか。分かっていてやる場合に,一体,どう評価をするものなんですか。 ○鎌田部会長 可能であれば調査の項目に付け加えさせていただきたいと思います。これは,先ほどの旧所有者の責任論と関連していて,完全に旧所有者との関係は切れて,新所有者との関係に全部を移行させるということと表裏一体なんだと思いますから,そこに違う原則を持ち込んだらどうなるかというのは,多分,想像の話しかないと思うんですけれども,実務の世界でどういうことが予想されるかについて,大手法律事務所よりもはるかに高額な敷金を差し入れている企業も経団連傘下にはいっぱいあると思いますので,そちらの話を伺うようにしたいと思います。   残りの時間が心配になってまいりましたので,今の(1)に必要に応じて戻っていただいて結構でございますけれども,(2)の「賃貸人の義務」,それから,(3)の「賃借人の義務」につきましても,御意見をお伺いしたいと思います。 ○奈須野関係官 (2)と(3)の前に,先ほどの内田先生の御質問については,商社から,旧所有者が不動産譲渡後も新所有者の信用状態を追跡しなければならないので,例えば転売に特約を付けて旧所有者の承諾を設けるなどの,そういう追加的な規定を設けるというのが考えられる,との回答が出ております。それから,もう一つは,敷金というのは非常に危険なものになりますので,初めから敷金なんか受け取らないということで,賃料が払われないということに対しては保険で担保していき,その結果,当然,保険の保護を受けられない借主は借りられないことになるだろうというような話がございました。   それから,(2)の賃貸人の義務のところで,賃貸物の修繕に関する賃借人の権利のところについて,私もちょっと不勉強で賃借人が自ら必要な修繕をする権限があることを前提としているということは認識していなかったのですが,これを明文化すると,どうしても紛争のネタになりやすくて,現行でも何が必要費で何が有益費だということを区別させて,賃借人に通知させているということでございますので,仮に賃借人が自ら必要な修繕をする権限を認めるというのであれば,勝手にされると困るので,あらかじめ事前に通知をするという義務を付するということが必要になるのではないかという意見がございました。   それから,(3)の事情変更による増減額請求権については,確かにこれが必要となる局面はあると思うんですけれども,こういうのを正面から認めてしまいますと,いつもの原則と例外が逆転するパターンでして,極めて賃貸人にとっては酷な事態になるということで反対の意見がございました。   それから,同じく賃借人の義務のところで,目的物の一部が利用できない場合ということなんですが,特に10ページの2の目的物が一時的に利用できない場合の賃料の減額というのがちょっとよく分からないのです。例えば,レンタルビデオ屋でレンタルビデオを借りて忙しくて見られなかった場合に,一時的に利用できなかった理由を問わず,当然に賃料の減額を認めるということ,つまり,ビデオ代を返せということになりますよね。そういうニーズは私も経験はありますが,目的物の一部が利用できない場合と,一時的に利用できない場合というものについて,ちょっと性質が違うのではないかというような感じを持っております。もちろん,立法政策でそういうのは変えるべきだということまで,絶対に反対するつもりもないのですが,どうなんでしょうねということであります。 ○大島委員 賃貸人の修繕義務に関してですけれども,賃借人の通知義務について,通知の延滞によって賃貸人に損害が生じた場合には賃借人に賠償責任が生ずることを明記してはどうかとの考え方が示されていますが,商工会議所の中にはそこまで規定する必要があるのかという意見がございました。例えば,その損害発生が賃貸人側の事情による場合,建物に瑕疵があるとか,屋根の手入れが悪くて雨漏りがするとか,シロアリ対策がなくて床が傾くなどの場合や,いずれの責めにも帰さない事情による場合,不可抗力や自然減耗や老朽化による場合には,通知義務を損害の発生について責任のない賃借人に課して,その遅滞に損害賠償責任を一律に課すというのは,賃借人にとって酷な場合があるのでないかと思います。 ○岡田委員 消費者トラブルの場合は,むしろ賃借人が修繕を要求しても応じてくれないというトラブルが圧倒的に多いのですが,一方で,やはり最近の消費者はもしかしたら通知しなければいけない,大家さんないしは宅建業者に言わなければいけないものを,我関せずで言わないというのもあるかもしれないというのがあります。かといって,通知義務まで明文化するというのはどうなんだろうかと周囲では話しています。 ○中井委員 今の問題についても,弁護士会でも大多数の意見は通知の遅滞による損害賠償義務まで明示することについては,疑問であるという意見が大多数でした。理由としては,本来的に賃貸物の修繕義務は賃貸人に帰属しているはずですから,本来的な義務は賃貸人にある。修繕を要する場合といいますけれども,どういう場合が修繕を要するかどうかという判断はまた極めてデリケートで,これを賃借人側のリスクにすることに結果的にはなることについて疑問がある,つまり,修繕を通知しなければならないのか,通知しなくともいいのかも分からない,また,我慢して使っている場合もあるわけですから,そういうことを考えると,仮に契約が終了して返した後に,通知がなかったから損害賠償だ,だから,敷金返還額を減じるとか,損害賠償を求めるとか,終了時における紛争も懸念される。このようなことを考えると,義務まで明示することについていかがなものかというのが大多数の意見でした。 ○中田委員 今,通知義務についての御意見が出たのですけれども,現行法も通知義務があるわけですよね。ただ,その効力がはっきりしていないので,効力を明らかにしようということが書いてあるのであって,それ自体はそれほどおかしいことではないのではないかなと思いました。それから,先ほど奈須野関係官が賃借人が利用しなかった場合にどうなるのかというお話がありましたけれども,賃貸人としては使用収益が可能な状態に置けばいいということですので,賃借人が自分の都合で可能であるのに利用しなかったというのは,別の問題ではないかと思います。 ○松本委員 一つは,今,中田委員のおっしゃったことと同じで,9ページの「利用できなくなった理由を問わず」という部分は,ちょっと余りにも一般化し過ぎているわけで,正に借りてきたビデオを見る暇がないなんていうのは通らないだろうし,あるいは賃貸借契約を締結して,しかし,入居しないから賃料は払わないというのも多分,通らないだろうと思います。それから,使用収益できなくなった理由を問わず,つまり借主が物件を壊したという場合でも,もう利用できなくなったんだから賃料は払わないというのは,おかしいと思うんです。損害賠償を払えば同じだということになるかもしれないけれども,というのが一つ。   もう一つは,先ほどの賃借人の通知義務とも絡むんですが,9ページのイのところで,賃貸物の修繕に関する賃借人の権限があることを明確化,明記すべきであるという考え方です。賃借人も修理をした上で費用償還請求ができるわけですけれども,賃貸人に一切通知もしないで,いきなりばばっと修理をして,何十万円ですと請求するのが適切かというと,恐らくそうではないと思うんです。   必要な修理の内容によるわけで,電球の玉が切れたなんていうのは,恐らく賃借人の側で自分で交換しろと普通は契約書に書いてある程度のものだと思うんですが,お風呂が壊れたから修理をしてくれというような話の場合には,やはりまず賃貸人に通知をして,一定期間内に賃貸人が修繕をしない場合に,それでは賃借人がとりあえず自分の費用でもって修繕をして,それで費用償還請求をするという,一定のプロセスを踏んだ上での賃借人による修繕権限だと思います。そうすると,賃借人の賃貸人への通知というのは,言わばそのプロセスを踏むために必要なことであると位置付ける必要があるのではないかなと思います。 ○木村委員 賃貸人の修繕義務につきましては,現行法上,賃借人の通知義務が定められており,その義務違反の効果について明文化するということについては理解できるのですが,明文化せずとも,既に定められている法律上の損害賠償の規定があり,通知義務違反への対処はそれにより対応できるので,あえて明文化する必要性まではないのではないかと思います。   それから,賃借物の一部が利用できない場合の賃料の減額や賃借人の解除権,賃借物が一時的に利用できない場合の賃料の減額,さらに賃借物が滅失した場合等における賃貸借の終了として挙げられている論点は,要するに賃借物が使用収益できなくなってしまった場合に,権利義務がどうなるのかという問題だと思います。賃借物の継続的な使用収益を目的とする賃貸借契約という特殊性から見ると,確かに賃借物は一部にしろ,利用できなくなったのであれば,契約を維持する,あるいは賃料も予定どおり全部払うということが公平なのかという話になってくると思います。この点は,危険負担の問題,さらには契約解除において有責性を必要とするか否かという論点と関連してくると思います。   賃借人の義務違反とか,あるいは怠慢とか,そういうことによって一部利用ができなくなった,滅失してしまったというようなとき,当然,賃料が減額する,契約が解除できる,あるいは賃貸借が終了するとしてしまっていいのか,公平という観点から見ると問題があると思います。さらに,契約の拘束力という点からも問題があるのではないかという気がしております。もちろん,損害があれば賠償請求で対処すればいいではないかということは分かりますが,それでは実務上,極めて迂遠な手続が必要になると感じています。   当事者の公平をどのように図っていくかという点については,契約総論の問題とかかわってきますので,慎重に検討していただきたいと考えております。 ○筒井幹事 ただいま木村委員から御発言があったこと,それから,一つ前に松本委員から御発言がありました目的物の一部が利用できない場合に関する部会資料の書き方のことで,一点,補足いたします。松本委員の御指摘は,目的物の一部あるいは全部が利用できなくなった場合に「利用できなくなった理由を問わず」と書いてあるが,それはやや表現として適切ではないのではないかというものだったと思います。   御指摘は十分受け止めて,必要に応じて手直しをしていきたいと思いますけれども,ここで「利用できなくなった理由を問わず」と書いてあるのは,賃貸人の側に帰責事由がある場合や,賃借人の側に帰責事由がある場合も含めて,あらゆる場合を含むという意味であります。松本先生からは,賃借人の側に帰責事由がある場合にまでこの結論になるのは妥当かという御指摘がありました。それは御意見としてはよく分かりましたが,ここで取り上げております「利用できなくなった理由を問わず」という提案は,そういう場合も含めて,賃料債務が発生し続けるのは適当ではないというもので,それに対して松本委員は,その考え方は適当ではないという御意見をおっしゃったと受け止めました。木村委員の御発言は,正にそういう理解を前提として,適当ではないという御意見をいただいたものと思います。 ○村上委員 まず,(2)のアですけれども,通知義務違反の効果を規定する条文まで設ける必要性があるのだろうかという感じを受けているということだけ申し上げます。   次に,(3)のア,事情変更による増減額の請求権ですけれども,このような規定を設けるとしますと,同様の請求権を認めている現行の借地借家法や農地法と同程度のかなり詳細な仕組みを規定する必要があるだろうと思います。また,そのような詳細な仕組みを設けてはみたものの,実際にはほとんど利用されないという事態にならないだろうかということが心配であります。さらに,賃貸借以外にも継続的な契約関係というのはいろいろあるわけでして,そのような関係においても事情変更は起こりうると思うのですが,賃貸借の関係についてのみ,事情変更に応じて契約内容を変更させる請求権のような規定を設けることについて,どのような理論的な説明が可能なのだろうかということも気になります。   それから,(3)のイ,目的物の一部が利用できない場合の賃料の減額等ですけれども,理由を問わずということですと,場合によっては修繕義務がある場合も含まれるのではないのでしょうか。修繕義務がある場合も含まれるのだとしますと,修繕義務の不履行に基づく損害賠償請求権と賃料の当然減額との関係がどうなるのだろうかというのがよく分からないところです。当然賃料減額という考え方なんですけれども,修繕義務につきましては賃借人の側に通知義務があるわけですので,目的物の一部が利用できない状態になったということについての通知義務を課す必要があるのかないのかというところとのバランスがとれるかどうかということも,検討する必要があるかなと思いました。 ○松岡委員 先ほどの筒井幹事の御説明で,目的物の利用ができなくなった理由を問わずというのは正に文字どおりだと分かりましたが,私は他の委員・幹事の御意見と同じく,問題にすべきは両当事者のいずれにも責めに帰すべき事由がなく利用ができなくなった場合ではないでしょうか。たとえば典型的には大地震などの不可抗力によってインフラが使えなくなり,物理的には店は使えるけれども,そこで営業ができなくなったような場合を想定しているのではないかということです。木村委員の御指摘にありましたように,この問題は,解除と危険負担の関係がどうなるかと密接な関連があり,仮に帰責事由を問わず解除を認める結果,危険負担は契約総則の規定としては一般的には要らないことになりましても,特に一時的に利用ができなくなったにすぎない場合は,再度利用ができることになるので解除はされないかもしれません。ここでは,むしろ,利用できない期間についての対価的バランスの調整が必要になると思います。   そういう意味で,契約の一般的な扱い,危険負担や解除との関係も問題になります。賃貸借のような継続的契約関係については,やはりこういう特別な危険負担的なルールが必要ではないかと思います。一方,村上委員や松本委員からも御指摘がありましたように,どちらかの債務不履行になる場合まで当然にこの規律に含まれてしまいますと,法律関係がかなりややこしくなります。むしろ,債務不履行と危険負担的な処理は切り離して純化させたほうが分かりやすいのではないかと思います。 ○中田委員 問題は恐らく賃料債権というのは,何に対する対価かということになるんだと思うんです。それで,ある一定期間にわたって賃借人の使用可能な状態に置いたことに対して賃料が具体的に発生すると考えますと,そうすると,賃借人が利用できなかったというときには賃料は発生しない。およそ利用が不可能になったというときに,それでも賃貸借契約を観念的に残しておくことにするのか,それとも,およそもう利用できない以上は,賃料債務が発生しないので,当然,終了するにするかと,そういうことなのかなと思います。 ○鹿野幹事 先ほど手を挙げた後,多くの方がご発言なさいましたので,蛇足になるかもしれませんが,一言申し上げます。私も(3)のイのところで,利用できなくなった理由を問わずとされている点については疑問を感じます。たった今,中田委員からの御説明もありましたが,なお疑問です。特に,例えば賃借人がその責めに帰すべき事由によって目的物の一部を壊したというときに,一方で賃料が減額され,他方で損害賠償責任を負わせるという解決が果たして適切なのか疑問です。結論的には,危険負担における民法536条2項の基礎にある考え方がその場合にはとられるべきだと思いますし,ここに紹介された提案も,その点については大きく違いはないのかもしれません。問題は,いかなる構成を通してその結論を導くかということだと思いますが,これにつき,一方で賃料を減額し,他方でその分まで含めて損害賠償責任を賃借人に負わせるという形でその結論を導くことは,非常に迂遠で,余りよい解決方法ではないように思われます。 ○高須幹事 二点ございます。   一点は,賃料の事情変更による増減額請求権の問題でございますが,借地借家法にはもちろん,今,詳細な規定が置かれておるわけですが,従前は借地借家法の増減額請求権の規定は純粋に特別法的な規定と理解されていたのだと思います。賃料相場が上がりっ放しという前提の前提であれば,賃料減額請求権というのは余り意識されないで,増額請求権をどこまで認めるかと問題であった。その兼ね合いでいうと,賃貸人は正当事由がない限り明け渡しを求められない,それとの見合いで,賃料もそのままでは幾ら何でも貸し主に酷だよねということで,形成権としての増額請求権を認めるというような説明がよくなされたと思うんです。ところが,現在の状況では減額請求権のほうがむしろ私どもの経験としては多いような,今,状況でございますので,そうなってくると,やはり端的に継続的な契約における事情変更による一つの法理が増減額請求権なのかなという理解がでてまいります。そうであれば,民法の中にこの種の規定を置くこと自体には,それなりの合理性があるのではないかと思っておりますので,基本的には私は民法の中にこういうことを取り込むことを考えるというのは賛成でございます。   ただ,今,村上委員から言われたように詳細な規定を設けませんと,賃料を払いたくないという賃借人が,本当に減額請求権を行使したいという趣旨ではなくて,それを隠れみのにするというか,賃料を支払わない言い訳にするという濫用的なことが考えられますので,借地借家法が設けているように,とりあえずはある程度の額を払っておかないと駄目だとか,そういうような何らかの規定を設けていかないと,使われ方が悪用されるという危険があると思います。   それから,もう一点なんですが,詳細版54ページのところで下の5行のところですかね,あくまで民法上の原理としては任意規定であることも明示すべきではないか,借地借家法は強行規定というような理解もあるんだけれども,という御指摘があるんですが,実は借地借家法上の賃料増減額請求の事案でも賃料の自動増額改定条項の有効性という最高裁判例にまで至った事件がございまして,必ずしも強行法規かどうかが一定していないと思います。一方,今回,民法でこういうことを規定を設ける場合でも,事情変更に基づくものとした場合に,任意規定で本当にいいのかなという問題があります。要するに事情変更の原則の法理と任意規定の関係はどうなるのかなという,ちょっと難しい面もありまして,単純に借地借家法は強行規定で,民法は任意規定だというふうな割り切りも危険ではないかと,このように考えております。 ○中井委員 目的物の一部利用ができない場合について当然減額,危険負担との関係ですけれども,ここは対価がなくなれば他方の債務は当然に消滅する。先ほど松岡委員からは,こういう継続的契約関係の場合については,危険負担的発想をなお残しておいていいのではないか。そこで,復習的に是非教えていただきたいのは,それとの関係で物の売買のときに後発的不能で物の給付義務が消滅したときに,対価的代金債権が当然には消滅しないで,そこは解除を使う。ここの切り分けですけれども,継続的契約関係だったら危険負担的発想は残す。恐らく雇用のところでも出てくるのかと思いますけれども,他方で一回的物の給付の場合にはその考え方をとらないという,この積極的な切り分けの理由が継続的だから,もしくは単発的給付だからということでしょうか。 ○中田委員 売買の場合に法律関係を消滅させる,消滅するということは,代金を払うかどうかという話になってくると思うんですけれども,賃貸借の場合には契約はずっと存続していて,ある時期にそれが利用できなくなると,その先どうなるかの問題ですね,まず,その違いがあると思います。賃料債務というのはいつ発生しているのか,これは議論があると思うんですけれども,恐らく現在,有力な考え方というのは目的物が現に使用可能であるということに対する対価であると。それに対して売買代金のほうは契約時に既に発生しているわけですね。そういう違いがあるのではないかということです。現実論としましても,賃貸借契約において目的物を利用できないというときに,それでも賃料債務が残っているというのが実際上,適切かどうかというと,やはり,それはそうではないのではないかという実質的な問題もあります。 ○鎌田部会長 私が理解するところによりますと,賃貸借の場合の当然終了の提案は,必ずしも危険負担的発想から出ているわけではなくて,今おっしゃられたように,使用収益できないものについて使用収益の対価としての賃料債務をずっと残しておくということの意味がない。だから,そこで当然に契約関係は終了して,その原因が債務者の責めに帰すべき事由によるときには損害賠償にすればいいし,損害賠償の原因である債務不履行がなければ損害賠償は取れないというふうな形で処理したほうがいいという意味で,危険負担が一回的給付の契約関係と継続的給付の契約関係で違う取扱いをしているというのとは,ちょっと違うところから出てきている発想なのではないかと思います。こうして全部滅失だったら当然終了だという原則を採用したときに,一部滅失のときには一部終了だと考えていくと,先ほどのように,原因のいかんを問わず,滅失した部分については対価の支払い義務を消した上で,ほかの形で利害調整をしようという発想につながってくると私は理解しております。 ○山野目幹事 議事進行上のことも含めての提案ですが,今の中井委員の御発言を聞いておりますと,既に議論は4の(1)に入っていますし,それについての整理は部会長が今おっしゃったとおりであると考えますが,少し時間も心配ですから,4まで議論してよいというお許しがいただけるならば発言したいことがあります。 ○鎌田部会長 (4)も残っておりますけれども,(4)と4と全部一括して,あと,30分程度で賃貸借を終わらせていただきたい。 ○山野目幹事 それでは,お許しをいただきましたから,4の(1)について意見を述べさせていただきます。賃貸借が目的物の滅失により終了するということは,従来においてもそのように解釈されてまいりましたし,それを改めなければならない事情は見当たりません。また,理論的にも先ほど中田委員がおっしゃってくださったような観点がありますから,部会資料が示唆する方向で,そこで提示されている考え方を規律として明文化していただきたいと考えます。その上で更に申し上げたいこととして,このような規律が,すなわち当然に終了するという規律が設けられる際におきましても,併せて契約の一般原則,通則としての解除の規律が働くことは妨げられないものであると理解しております。一般論としての解除の準則が重大不履行解除の考え方を導入するかどうかは,既に御指摘があったとおり,現在,論議の途上でありますけれども,それが導入された際に,ここでなお,その規律は通則的に働くものであろうと考えているところです。   阪神・淡路大震災のような大きな災害におきましては,堅固な構造の建物が多くなった現代社会において,建物の機能に重大な欠損が生じまして,賃借人の使用収益に耐えないという状態になったとしましても,火災に巻き込まれて消えてなくなってしまった場合を除いては,多くの場合において建物をなしている構造物,それを瓦れきと見るのか,著しく機能を失ったけれども,まだ建物だと見るのかは両方,可能性があると想像しますが,そういう場合に被災現地における無用の紛争を避けるという見地からいえば,滅失概念に過度に依存することをせず,当事者に適切な法的解決を恵むという観点からは,ここで示唆されている規律と同時に,建物の機能が失われた場合に,そのことに着眼した重大不履行解除ということを考えることには意義があると感じます。10ページの関連論点の話もこれと隣接したお話であろうと認識したしますが,以上,意見を申し上げさせていただきます。 ○新谷委員 ちょっと戻って申し訳ないんですが,私の聞き間違いかもしれませんけれども,先ほどの高須幹事より継続的契約においては,一般的規定として事情変更の原則を民法に規定することは合理性があるというご指摘をいただきました。雇用契約も継続的契約であり,広く「継続的契約」に事情変更の原則を適用させるかどうかについては,慎重に取り扱う必要があるのではないかと思います。これは対等な当事者間の契約とは言いがたい面もありますので,ご配慮をいただきたいと思っております。 ○高須幹事 今の御指摘は極めて当然のことでございまして,私もちょっと口走ったかもしれませんが,民法の賃借権のところにいわゆる賃料の増減額請求権の規定を設けるということのレベルでは,今回,考慮する価値があるのではないかという趣旨です。これを一気に継続的契約はすべて事情変更の原則を明文化するといったことを考えているわけではありあません。この点はほかの利益との考慮,調整が必要だと思っておりますから,決してそこまで過激なことを考えているわけではないと思っております。十分,趣旨が伝わらなかったことをおわび申し上げます。 ○岡委員 三つ申し上げます。   第一点は,(4)のアの賃貸借の譲渡及び転貸のところでございますが,背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合には解除は認められない,この判例法理は結構だと思うんですが,その結果として適法な転貸借や賃借権の適法な譲渡がされたとみなす,これについては反対意見が弁護士会で多うございました。追い出せないという意味では全くそのとおりだと思いますけれども,譲渡の場合でもやはり譲受人との間の賃貸借契約が擬制されるというか,強制される,そんな筋合いはないのではないかと。やはり賃貸人としては賃借人との契約が残って,単に追い出せないだけと,そういう整理のほうがよいのではないか。適法なものとみなすという条文ができてしまうと,少し賃貸人の権利が弱まってしまう,そういう危惧感を言う弁護士が多くございました。   二点目のところは詳細版の62ページのところでございます。転貸借の合意解除を適法な転借人との関係では対抗できない,効力を生じないというところでございますが,合意解除をして転借人を追い出せないというのは,おっしゃるとおりで問題はないんですが,その結果としてどうなるのかということについて,一部の弁護士会ではありますけれども,この場合,現賃貸借関係は適法になくなる,転借人を追い出すことはできないので,賃貸人が望めば賃貸人と転借人との間の中抜きの賃貸借契約が発生すると,そういう解釈を認めていただけないかなと言う意見がありました。これはいろいろ諸説あるところですが,そういう意見がございました。合意解除が効力を生じないことと,対抗できないこととの意味内容の違いをこの機会ですから,検討していただきたいということでございます。   それから,三点目で内田先生の免責的債務引受けだから,敷金債務が移転するときは賃借人の合意を原則とるべきだというところについてでございますが,敷金契約は賃貸借契約と密接に結び付いていて,できるだけ一緒に扱ったほうがいいのではないかという考え方がまずあります。それから,それを受けて当然充当の法理が存在したり,倒産法でも各種条文でかなり保護をしています。さらに条件付きの債権であって,かなり先にいろいろな処理の後,発生する債務である,そういうかなり特殊で保護されている債務ですので,単純に免責的債務引受けではないかという議論をぶつけなくても,種々,保護された特殊な債務であるという見方ができるのではないかと思います。 ○山本(敬)幹事 まず,(4)の「譲渡及び転貸」のうちのイの「適法な転貸がされた場合の賃貸人と転借人の法律関係」について,意見を述べたいと思います。   まず,部会資料にありますように,現在の民法613条だけでは,賃貸人と転借人の法律関係が明らかでないというのはそのとおりでして,必要な規定を整備することに賛成したいと思います。   その上で,部会資料では幾つか問題が挙げられていまして,まず,@として,「転借人の基本的地位について,原賃貸借によって賃借人に与えられた権限の範囲内で転貸借に基づく権限を与えられ,その限度で賃貸人に対して使用収益の権限を対抗することができる」ことが学説・判例で認められているとされていますが,この点は少し留保をする必要があると思います。といいますのは,この場合に転借人は賃貸人から請求があっても,目的物を使用収益し続けることができるという結論はそのとおりだとしても,ここで本当に@として書かれているとおりに規定を定めるのは問題があるのではないかということです。   といいますのは,ここで書かれているとおりだとしますと,転借人は原賃貸借によって賃借人に与えられた権限の範囲内で転貸借に基づく権限を与えられ,その限度で,この転貸借に基づく使用収益の権限を賃貸人に対抗できることになります。しかし,転貸借に基づく権限は,あくまでも転貸人と転借人の間で締結される転貸借契約に基づく賃借権でして,転借人がこれに基づいて使用収益させろと求めることができる相手は,転貸人です。そして,適法な転貸借の場合でも,転借人は,原賃貸人に対して,目的物を使用収益させろと求める権利は認められません。これは,現在の613条が明らかにしているとおりでして,原賃貸人は転借人に対して賃借権に基づく義務を負いません。したがって,転借人が転借権を原賃貸人に対抗できるという表現をとることはやはりできないと思います。   では,どう考えるべきかといいますと,原賃貸人は,賃借人が転貸借をすることを承諾したときには,この転貸借を理由として,原賃貸人は原賃貸借契約を解除することは許されない。これは,現在の612条が定めているとおりです。これによりますと,原賃貸人は,賃借人が転貸借していても,それを受忍しなければならない以上,転借人がその転貸借に基づいて目的物を使用収益することも受忍しないければならない。したがって,転借人は,原賃貸人から請求があっても,受忍せよといえる。つまり目的物を使用収益し続けることができる。こう説明することになるのだと思います。   これを法文にあらわそうとしますと,例えば,「賃借人が適法に賃借物を転貸したときは,賃貸人は,転借人がその転貸借に基づいて賃借物を使用収益することを妨げてはならない」という趣旨の規定になるはずだと思います。少し細かいかもしれませんが,明文化に当たっては,このような転貸借の法的構造を踏まえた書き方をする必要があるということは,強調しておきたいと思います。   それから,もう一点,この関係で指摘しておきたいのは,適法な転貸借の場合に,現在の613条によりますと,転借人は,賃貸人に対して直接義務を負うことになっていますが,これだけでは,転借人が賃貸人に対して負う義務がどの義務なのか,具体的には,転借人が転貸借契約に基づいて転貸人に対して負う義務なのか,それとも,賃借人が原賃貸借契約に基づいて原賃貸人に対して負う義務なのか,少なくとも文言上は全く分からないことになっています。これはやはり問題だと思います。   この場合にどう考えるべきかといいますと,転借人がこの規定に基づいて原賃貸人に対して負う義務は,やはり転借人が転貸人,つまり,賃借人に対して転貸借契約に基づいて負う義務であるということを,やはり規定の上でも明らかにする必要があるのではないかと思います。というのは,転借人は,自分がしてもいないような原賃貸借上の義務を負わされるいわれはありません。あくまでも,自分のした転貸借契約に基づいて義務を負うだけです。ただ,その義務を履行する相手が,613条によって,原賃貸人になる可能性があるに過ぎないということだと思います。基本がそうであるということを,疑義が残らないようにする必要があるだろうと思います。   もちろん,基本はそうであっても,例えば賃料について,転貸料よりも原賃貸借の賃料のほうが安いような場合は,原賃貸人は,自分が原賃借人に請求できる以上の賃料を転借人に請求できるとするいわれはありません。このような613条の請求が認められるのは,あくまでも,原賃貸人が原賃借人対して請求できる権利を基礎にしている以上,その限度にとどまるのは当然です。   いずれにしても,このような基本的な事柄が,現在の613条でははっきり分からない書き方になっていますので,疑義を残さないように明確にする必要があるということは指摘しておきたいと思います。   賃貸借の終了についても申し上げたいことがあるのですが,許される限度で後でまたお話をさせていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 今の山本敬三幹事のお話は,613条の転借人の義務は賃料支払い義務に限らず,もっと幅広い義務でいい,賃借人の義務一般まで広くていいんだということですか。 ○山本(敬)幹事 本来は転貸借契約に基づいて義務を負う相手が原賃貸人に対しても向けられる可能性がある。現在の613条も,そのような趣旨の規定だと思うのですけれども,それが分かるような書き方をすべきではないかということですので,いずれにしても,賃料支払義務に限った話ではないという理解です。 ○深山幹事 二つ申し上げたいんですけれども,直前の山本敬三先生の御発言の関係の適法な転貸のほうから申し上げますと,今,御発言いただいたところは基本的には私もそのとおりで,直接請求といいますか,直接義務を負うということの具体化をする必要があるだろうと思っております。ただ,どの範囲内で権利行使を賃貸人ができるか,逆の言い方をすれば,転借人は義務を負うかという,その権利義務の範囲の問題もそうなんですけれども,今の現行法の前提は,どういう場合に権利行使ができるかという,言わば要件についてどこにも何も規定をしておりません。つまり,常に直接請求できると読めるわけです。   問題はそれが妥当かどうかということで,実務的には適法な転貸がなされている場合に,賃貸人が直接請求する場面というのはそう多くないと思います。全くなくはないと思うんですが,やはり現賃貸借における賃料が不払いになったような場合に,頭越しに請求するということはもちろんあるわけですけれども,逆に言えば,そういう賃借人の債務不履行等があった場合に初めて直接請求権を行使するということで,それ以上に何もないときにいきなり頭越しに請求することはめったにないと思います。それはやはり契約の秩序としてそれがもっともだからであって,そうだとすると,民法上の要件として無条件にといいますか,特段の要件を限定せずに,どの範囲かはさておき,常に直接請求ができるというのは,やや賃貸人に強過ぎる権限を与えているのではないかなと,そこまでの実務的なニーズもないのではないかなと思います。一定の事由が発生したときに,そういう権限行使ができるという程度でよいのではないかなという気がいたしております。   それから,もう一点は承諾のない無断譲渡・転貸の規律ですけれども,判例法理として背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合には,解除は認められないという法理が確立されているといえるのでしょうけれども,しかし,この法理の考え方は,原則は解除できると,例外的に特段の事情がある場合にはできないとというものです。これを明文化するといったときの明文化の仕方によっては,原則と例外が逆転するのではないかという危惧感を持っております。   つまり,一定の事情がなければ無断譲渡・転貸をしても解除できないんだというのが何かあたかも原則のようになってしまうと,これはちょっと判例法理以上のものを規定することになります。例えば個人が法人成りしたとか,そんなものを無断譲渡・転貸だというのはおかしいという場合には,もちろん,特段の事情というところで制限するということはあるんですが,全くの第三者に勝手に譲渡・転貸しても,平穏無事に転貸をして賃料も払っているのだからいいではないかというようなレベルで,特段の事情というものが認められるようなことになると,原則,無断譲渡・転貸自由で,よほど悪質な転借人が入った場合だけ解除できるというようなことになりかねないので,明文化するときにはそこは是非注意する必要があるのではないかと思います。 ○山本(敬)幹事 先ほどの途中で言われた613条の点なのですが,恐らく念頭に置いておられるのは,賃料支払義務ないし賃料請求権だと思います。ただ,先ほど鎌田部会長からも御指摘がありましたように,例えば用法遵守義務や保管義務に相当するものも,やはり直接義務を負うのではないかと思います。別に賃借人に債務不履行がなくても,原賃貸人は転借人に対して,例えば用法を遵守せよ,適切に保管せよという請求はできないとおかしいのではないでしょうか。ですから,賃料についてはおっしゃるような問題があるかもしれませんが,もう少し視野を広げて,規定を整備する必要があるのではないかと思います。 ○松本委員 賃貸借の終了について議論したいんですが,時間がなくて賃借権の譲渡・転貸という非常に重要な議論をやっている中で,4の賃貸借の終了は次回に回そうということであれば,そこで議論したいと思います。ここでやり切るということであれば,発言させていただきたいということで。 ○鎌田部会長 発言してください。 ○松本委員 そうですか。いいんですか。   11ページのところで,賃借物が滅失した場合は賃貸借の当然消滅であるということで,「しかし,例えば賃借人の責めに帰すべき事由により賃借物が滅失した場合には,賃借人は損害賠償債務を負担し,かつ,賃料債務を負担し続けることになるように見える」と書いてあるんですが,賃貸人として二重取りができるということはあり得ないはずなので,少なくとも損害賠償を支払えば,賠償者代位によって言わば賃借人が賃貸人の地位にも立つわけだから,賃料というのは消えてしまうということになるわけです。だから,早い段階で損害賠償で清算がされれば,賃料とか賃貸借の問題はもう起こらないだろうと思います。   これは賃貸人の側が賃借人の善管注意義務違反を理由に契約を解除して損害賠償で処理すれば,それできれいに終わるわけなんだけれども,賃貸借の解除をしないで契約を続けているという場合にどうなるのかということで,損害賠償をあえて払わないという場合に,賃料債務が自動消滅してしまうということでいいんでしょうかというのが問題として残ります。   これは完全な滅失のケースですけれども,先ほどの一部毀損して,一部使用できなくなった。その理由は何かというと,賃借人のでたらめな使い方とか,故意に壊したことにあったというケースで,それを理由として賃貸人として契約を解除して,損害賠償でけりを付ければ,それで終わってしまうわけだけれども,なお解除しないで損害分についてまずその時点で清算をしてもらって,価値の毀損した物件について賃料を低くするというのは十分理解できるんですが,損害賠償を払わないという場合に,賃貸人として,それでは,従来どおりの賃料を払ってくださいという請求はできてもいいのではないかと思うんですね。   それで,当初の賃貸借期間が終了した時点で,最終的な清算を損害賠償も含めてやるという選択肢もあってもいいのではないか。賃料が自動的に減額されて損害賠償を払わないという状態がずっと続くよりは,損害賠償を払わせるためのサンクションという意味も込めて,従来どおりの賃料をお払いくださいという言い方ができてもいいのではないかということです。 ○鎌田部会長 払わないというのは事実上の問題ですから,賃料だろうが損害賠償だろうが同じような気がします。先ほどの利息の議論のときもそうだったんですけれども,私の理解では,期限前弁済で元本債権がなくなったときや賃貸目的物が滅失したときは,利息や賃料の請求権がなくなるから,それが損害額の算定の基礎になるのということだと思います。この点について,松本委員は,利息債権または賃料債権を請求するのか,損害賠償を請求するのか,何か債権者の自由選択に任すことができるような発想で語られているような印象を受けて,そこがちょっと理解できない。 ○松本委員 違いますよ。これは賃貸目的物自体の所有権レベルの損害賠償です。 ○鎌田部会長 所有権侵害の損害賠償は当然なんですけれども,賃料相当額が取れなくなる部分というのは,滅失部分についてもそのまま賃料債権が存続すると考えると,賃料相当額の損害賠償というのは逆に成立しないですよね。 ○松本委員 いやいや,賃料相当額の損害賠償ということは言っていなくて,その物を壊したことによる損害賠償,つまり,契約が解除された場合の損害賠償ですね,簡単に言えば。 ○鎌田部会長 解除されれば解除による損害賠償ですけれども。 ○松本委員 だから,解除しなくたって,所有権侵害としての損害賠償をきちんと清算した上で,使用価値の減少した物件についての適正な賃料を払ってもらうというのは論理的にはよく分かりますが,それをしないで賃料だけが自動的に下がって,損害賠償をいつまでもしないというのが適切なのかどうかと考えると,普通の常識としては,それでは,従来どおりの賃料をお払いくださいというのがあってもいいのではないかなということです。 ○道垣内幹事 すみません,もとに戻ってしまうのですが,少し山本敬三幹事に伺いたいことがあります。山本幹事がおっしゃったことの中で,例えば用法遵守義務というのは直接に負わなければおかしいですよねという話と,適法な転貸借がなされた場合の転借人の有する権限内容の問題との関係です。例えば原賃貸借契約において商業目的で用いてはいけない,例えば商店とかをやってはいけないとなっていたところ,転貸借契約においてはそのような制限は付けないで転貸借がなされたとします。そこで,転借人がそこを喫茶店でも何でもいいんですが,何かそういう商業目的に用いたときを考えます。このときの用法遵守義務を直接負うということの意味と,権限内容が現賃貸借契約によって制約されるわけではなくて,あくまで転貸借契約によって定まるのだということとの関係が少しよく分からなかったんですが。 ○山本(敬)幹事 これは適法な転貸借のケースですので,転貸するときに原賃貸人が承諾をすることになると思います。承諾するときには,転貸借契約の内容を認識した上で承諾するでしょう。ですから,先ほどの道垣内幹事が挙げられた例では,転貸借契約上予定された用法が包括的なものでしたので,問題になりにくいかもしれませんが,転貸借契約で一定の用法に限定されているにもかかわらず,転借人がその用法を守っていないというときには,原賃貸人は転借人に対して,その用法を守れと言えないとやはりおかしいのではないかと思います。 ○道垣内幹事 分かりました。   もう一点だけ,ちょっと。612条のそもそもの信頼関係破壊の話なのですが,信頼関係破壊の法理自体が借地借家法の適用されるような事案を念頭にできてきたところ,その後,昭和41年になって,借地法に転貸に対する承諾の非訟の手続というのが置かれたわけですね。そうなったときに,なお無断転貸は解除事由にならないと言う必要はあるのかというのがよく分からなくて,一般に挙げられる判例も昭和30何年までのものが多く,たしかに,資料には平成21年の最高裁判決も挙げられていますが,これは,借地上の建物が,賃貸人の承諾とは異なる共有割合で建築されたといった特殊なものです。そうすると,もちろん,この平成21年判決の事案とか,法人成りの事案とかで,信頼関係破壊法理が存続することはあり得るのでしょうが,かつて言われたほど一般的な法原則として,とりわけ転貸の場合に存在しているのかという点については,若干疑問があるような気がします。 ○沖野幹事 613条についてです。613条が現行の規定では非常に不十分な規定であるというのは一般的な認識であると思います。この規定が何の規定かはなお分かりにくいところがありまして,既に資料にも掲げられておりますし,指摘もされたところですけれども,その機能に着目しますと可能性としては三つぐらいあるように思います。   一つは,転借人が義務を負うという形で,かつ,その義務範囲を非常に広く認めるということであるとすると,賃貸人側からもともとの賃貸借契約の履行を確保するという意味があり,原賃貸借と転貸借の重なる範囲でという限定の下で直接履行を確保していくという,そういう意味が考えられます。   もう一つは,逆に転借人の側からの機能です。義務を負うという形ではありますが,特に賃料などについて賃貸人に直接払うことができるという点です。もちろん,第三者弁済もできるわけですけれども,第三者弁済となりますと,まず,その要件の吟味が必要であり,かつ,その後,求償権と転貸借における賃料債権との相殺というような構成になり,相殺の規律などがかかってくるということがあって,それが613条を基礎とした弁済になると,直接に原賃貸借の賃料債務と転貸借の賃料・転貸料債務の双方に充当されるという関係になると思います。それも規定上は明らかではないので明確にする必要があると思います。転借人の支払は転貸借上の義務の履行だということであれば,自らのもともとの債務を履行しているだけで履行先が違うという構成も考えられますが,いずれにしても,転借人は,例えば賃借人の債務不履行を理由に原賃貸借が解除されるなどによって,自らの地位を転覆させられる可能性があることを考えると,そのような地位を与えられるというのは,転借人にとってもそれなりに意味のあるようにも思われます。   こういった機能も考えられるわけですが,従来はむしろ,この規定は直接請求権の規定だと言われてきました。義務を負うと書かれていますけれども,その内実は賃貸人が直接請求できる,そして,とりわけ賃料について意味があると言われてきたと思います。そうしますと,端的に賃料債権を確保するという機能があるということですが,その更に展開として,賃料債権の回収・満足を優先的に確保するという意味があるのだろうと思います。その場合,一体,どこまで優先的に確保できるのかということが規定からは分かりません。例えば賃貸人から賃料請求がされるともはや転貸人・賃借人には払えないとすると,そのような形で賃料債権の優先的満足を図ることになるわけですが,果たしてそうなのかということも明らかではありません。これをごく一般化してみますと,一片の通知をもって弁済禁止効を働かせ,自分のほうに払わせるという状況は,債権者代位の場合と同じ問題構造になっており,それが賃貸借の場合に正当化されるのはどのような考慮によるのか,あるいはそもそも正当化されるのかという政策判断の問題があると思われます。   また,優先的確保の内実に関する具体的なもう一つの問題に,賃借人・転貸人の倒産の場合に,直接請求というのがどこまでいけるのかという点があります。これも現行法下ではその理解が必ずしもはっきりしないということがあります。直接に義務を負っているということからしますと,破産手続によらずに端的に権利行使ができるという考え方もあれば,それはあくまで転貸人の権利の行使の実質で,破産債権を破産者の一般の財産である転貸料債権から回収するものだとすると,それは破産になるともはや駄目だという考え方もあります。ここは理論的にどう分析するかという問題とともに,政策的に賃貸人の権利にどこまでの優先的な保護を与えるのかという,その判断があり,更に優先的な保護を図るべきであるという場合にも,それを直接請求権という形で実現するのが適切なのか,違う方法,例えば特別の先取特権といった構成も選択肢としてありうるところですので,そういった手法がある中で,どのような形で,どの程度のものを認めていくのかということを考えざるを得ないと思います。   そして,このことは賃貸借だけではなくて,ほかの契約類型,たとえば請負などにもこの後,出てくることですし,売買などでも転々売買があった場合であるとか,そういった契約の連鎖がある場合について,影響があり,場面が広がる可能性がありますので,その視点を持っておく必要があると思います。そういう視点の必要を指摘すると,更にその先にどう考えるのかということがあるのですけれども,結論としてどうするか,とりわけ,政策的にどこまで保護すべきなのかということは,これもやはり実態を知って判断する必要があると思っております。 ○鎌田部会長 同時に,解釈論としての直接請求権の手掛かりは現行民法では613条しかないので,それをどう取り扱うかという観点も必要なことではないかというような気がします。 ○奈須野関係官 三点ございまして,一点目は,賃借権の譲渡及び転貸の制限のところで,信頼関係破壊の法理による解除権の制限を不動産から動産まで拡張するということになるのであれば,そこは反対であるということであります。動産の場合,不動産と異なって転貸の結果,所在が不明になりやすいということと,それから,代替品をどこからか調達するということも,不動産に比べるとそれほど困難ではないということで,無断転貸借を保護する必要性はさほど高くはないのではないかと考えております。   このような法理の動産への適用について,全くニーズがないわけではなく,例えば,ライセンス契約,これは動産かどうかという問題はあるのですが,あるいはライセンス契約に対するサブライセンス契約,これは転貸に当たるわけですけれども,こういったものについて信頼関係破壊の法理による解除権の排除というものについて,全くニーズがないとは考えておりません。ただ,実際にはこういったものについてはもともとの原ライセンス契約の中で,サブライセンス契約についても定めているというのが実態でございますので,法律で原則と例外を逆転させるかのようなことについては,かえって賃借目的物の出物が減るということで,よろしくないのではないかと考えております。   二点目は,適法な転貸借がなされた場合の転貸人と転借人との法律関係ですが,賃借人の債務不履行によって原契約が解除された場合に,転借人は目的物を使用収益する権限を失うという判例法理を規定するということには賛成であります。しかしながら,一方で,資料の詳細版の62ページにありますように,転借人に対して賃借人の債務不履行状態を解消させるチャンスを与える手続を定めるべきであるということについては,例えばショッピングモールのテナントのような場合,転借人が複数いるということが多いわけでして,このような場合に賃貸人がすべての転借人に対して確認をとるということは困難であるということです。それから,一部の転借人が賃料債務を弁済して,別の転借人が弁済しない場合にどうするのだとか,ちょっとややこしい問題も生じるので,このことについては消極的な意見がございました。   それから,最後に費用償還請求権についての期間の制限については,現行の1年の短期期間制限を維持すべきだという意見がございました。賃借人は自分が賃借中に費用を支出したということを認識しているのが通常で,何年経ってから思い出すということは考えにくいので,現行の1年で速やかに請求させるというのが適しているのではないかということでございました。 ○鹿野幹事 時間がないので手短に二つだけ申し上げたいと思います。   第一点は,本日の資料には賃借権の無断譲渡・転貸の場合についてだけ特に詳しく書いてあるのですが,それ以外の債務不履行については特別の規定を設ける必要はないのかという点です。賃貸借契約において信頼関係を重視する考え方は,無断譲渡・転貸以外の賃借人の債務不履行による解除の場合にも,信頼関係破壊の法理と呼ばれるような形で判例により展開され,一定のルールが確立してきたように思いますが,それについては特に何らかの規定を設ける必要はないのでしょうか。仮に債務不履行による契約解除に関する一般的な規定において,重大な契約違反とか,重大な不履行という要件を立てるとすれば,その要件の中で各契約類型の性質が考慮され,賃貸借における信頼関係もその考慮要素に盛り込まれるということも考えられるのかもしれません。しかし,賃貸借において,売買などとは異なる要素があるのであれば,それを賃貸借のところで規定することが,明確性に資するのではないかと思います。   次に,第二点です。少々しつこいようですが,ここで取り上げられている賃貸借の終了の問題と,先ほど賃料の減額等につき議論のあった,目的物が一時的に利用できない場合とを対比し,先ほどの発言を若干補足したいと思います。目的物が全く滅失してしまったような場合には,賃貸借契約を存続させる意味がないので,その時点で契約関係が終了するものとして取り扱うことに合理性があると私も思います。そして,その場合に,例えば目的物を滅失させたのが賃借人であったとすれば,賃借人の損害賠償責任が残るという解決で基本的にはよいと思います。一方,先ほど減額に関して議論になった場合というのは,目的物を一時的に利用できなくなったにすぎないという点で,先の場合とは異なります。つまり,賃借人が目的物を一部壊したとしても,賃貸借契約は当然に終了するのではなく,解除などがなされない限りなお存続し,修繕に要する期間につき,目的物の少なくとも一部を利用できないという状態です。この場合,目的物を壊した賃借人が,その修繕費用につき損害賠償責任を負わなければならないということは当然ですけれども,それとは別に,その修繕が完了するまでの期間,目的物を利用できなかったことによる不利益をだれが負担するのかが問題となります。私は先ほど,536条2項の考え方が妥当すると申しましたが,それは,この場合に目的物を利用できなくなったことによる不利益は,目的物を一部滅失させた賃借人が負担するべきだという趣旨でございましたし,したがってこの場合は利用できない期間についても賃借人が賃料の支払義務を負うものとするべきだとの趣旨でございました。その点,あらためて補足しておきます。 ○山本(敬)幹事 時間のないときに申し訳ありませんが,賃貸借の終了のうちの(2)と(3)について意見を述べたいと思います。   まず,(2)の「賃貸借終了時の原状回復」についてですが,部会資料に書かれていますように,収去権と区別して,原状回復義務について明確に規定すべきであるという方向性については,賛成したいと思います。問題は,それでは,原状回復についてどのように規定すべきかです。これについては,賃借物に附属物が付いている場合と,賃借物が損傷した場合とを区別する必要があると思います。   まず,賃借物に附属物が付いている場合の収去については,詳細版の68ページに書かれていますように,従来の学説では,しばしばこの問題は付合の問題と結び付けて議論されてきました。これは,賃借物に附属させたものが付合していますと,附属物の所有権は,賃借物の所有者,通常は賃貸人に帰属しますので,賃貸人は自分の物になっているわけですから,賃借人に収去しろとは言えない。あとは,必要費や有益費の償還という形で調整する。逆に,附属物が付合していなければ,附属物の所有権は賃借人に帰属する。そうすると,賃貸人の所有物である賃借物の上に賃借人の所有物である附属物があるわけですので,賃貸人は賃借人にその附属物を収去せよと求めることができる。このように,基本的には,所有権の所在を軸に原状回復の問題を構成することになります。   しかし,賃貸借契約の終了に際して原状回復が問題になるときに,このように所有権の論理で問題をとらえるのは適当とはいえないと考えられます。むしろ,賃貸借契約に基づく原状回復が問題になっているわけですので,附属物の所有権がだれに帰属するかということにかかわりなく,賃借人は,賃貸借契約に基づいて,賃借物を原状に回復する義務を負う。つまり,契約の締結後に賃借物に附属させた物は,収去するのが原則であるということから出発すべきではないかと思います。   もちろん,それが原則だとしても,附属物を分離できない場合や,分離が困難である場合は,そのような場合にまで賃借人は賃貸借契約に基づいて原状回復すべき負担を負わない。そのほか,特約で,付属物を収去せずに賃借物を返還する合意があるときなども,原状を回復する義務を負わない。単純にこのように考えて規定を整備すべきであって,付合だとか,所有権の所在は,これとは別の問題だと考えられるのではないかと思います。   以上は,賃借物に附属物が付いている場合の問題ですが,もう一つの問題は,賃借物が損傷した場合です。部会資料では,「原状回復の範囲には通常損耗の部分が含まれないことを条文上明記すべきである」とされているのは,この点にかかわるところです。   この問題について,まず,賃借物について,契約上予定されていないような損傷が生じたときは,賃貸人は,賃借人に,その原状の回復を求めることができるのが原則であることを確認する必要があります。つまり,賃貸借契約が終了したときに,最初の契約に基づいて賃借物が賃借人に引き渡された時の状態と比べて,その契約で予定された使用収益をしているだけでは生じないような賃借物の価値の減少が生じているときは,そのような価値の減少は契約では予定されていませんので,賃借人は原状に回復する義務を負う。そして,通常損耗が生じることは,契約上予定されていると言うべきですので,当然,原状回復をする必要はないということだと思います。   それでは,そうした通常損耗を超えるような損傷が生じれば,常に原状回復をする必要があるかといいますと,恐らく,賃借人にはどうしようもないような事情,例えば天災などの不可抗力によって賃借物が損傷したときには,そのような損傷の原状回復まで賃借人が負担することが契約上予定されているとは言えないでしょう。したがって,そのような場合は,賃借人は原状回復義務を免れる。このような形で規定を整備していく必要があるのではないかと思います。   長くなって申し訳ありませんが,(3)のア「用法違反による損害賠償請求権についての期間制限」については,部会資料のアの最後の段落,「また」以下の部分で,「これらの考え方を採った上で,特段の用法違反なく賃借物を返還し賃貸借関係が終了したと信じている賃借人を保護するため,賃貸人が目的物の損傷を知った場合には一定の期間内にその旨を賃借人に通知することを義務付け,通知をしない場合には損害賠償等の請求をすることができないものとすべきであるとの考え方」が示されています。これは,少し趣旨が分かりませんので,確認をさせていただければと思います。   まず,前提として,目的物に損傷がある場合に,賃貸人が賃借人に対して損害賠償の請求をするためには,賃借人に目的物の保管義務違反等があって,それに起因して損害が発生したことが必要になるはずです。つまり,賃貸人がそのような損害賠償を請求するためには,賃借人に義務違反があることと,それに起因して損害が発生したことを主張・立証しなければなりません。それができなければ,そもそも賃借人に損害賠償を請求できないはずです。   逆に言いますと,賃貸人がそのような事実を実際に主張・立証できるのであれば,賃借人は,正に自分の義務違反によって賃貸人に損害を生じさせたわけですから,当然,賠償義務を負うはずです。それにもかかわらず,賃貸人が目的物の返還を受けてから,損傷を知った後に,一定期間内に通知をしなければ,どうして損害賠償請求権を失うことになるのか。これは少し理解しにくいところです。   部会資料をよく見ますと,「特段の用法違反なく賃借物を返還し賃貸借関係が終了したと信じている賃借人」とありますが,本当に賃借人に義務違反があることを賃貸人が主張・立証できないのであれば,賃貸人の通知のいかんにかかわりなく,賃借人は責任を負ういわれはありません。その意味で,この考え方は一体何を言わんとしているのか,少し理解しにくいところがありますので,確認をさせていただいた次第です。 ○鎌田部会長 担保責任の期間制限の仕方の一つのタイプを,そのままここにも適用しているということだと思います。 ○山本(敬)幹事 ですから,それ自体が問題ではないかということです。 ○鎌田部会長 分かりました。もともとのところからの疑問ですね。 ○中田委員 今の部分の読み方についてですが,私は,特段の用法違反なく,これこれと信じているという,そこまで掛かっているという理解でして,それは賃借人の認識の問題ですので,ちょっと別の問題かなと思います。それで,普通は賃貸借契約が終わりますと,そこで損害賠償すべきような滅失毀損があったかどうかということを確認すると思うんですけども,そのとき,当初の賃貸借契約の際に確認した状態と終了時,明け渡し時の状態の差というのは比較的容易に確認できると思いますが,出ていった後で賃借人が請求されても,損傷がいつ存在したのかということの立証が極めて困難ですし,逆に賃貸人は明け渡し時にチェックするというのが通常ですから,にもかかわらず,何かあったというときはやはり通知をさせるというのがバランスからいうと,私は適当ではないかと思います。ただ,ここは意見が分かれるということだと思います。 ○山本(敬)幹事 一点だけですけれども,そのときでも,その損傷が賃借人の義務違反に起因することを立証できなければ,賃貸人は損害賠償請求できないはずです,もちろん,実際に消費者などが問題となる場面では,簡単に言いくるめられてしまうというような問題があることはわかりますけれども,建前としては,やはり義務違反を証明できなければ請求できないということをもう一度,強調しておきたいと思います。 ○村上委員 損傷とこれに対する損害賠償に関して申し上げます。賃貸人は返還を受けるときに目的物を点検するはずですから,通常はそのときに損傷の存否が分かると思います。また,返還後,別の賃借人に賃貸したり,あるいは賃貸人自身が使ったりしてもとの賃借人以外の人が一定期間利用したときには,その後損傷が発見されたとしても,それがだれに起因する損傷であるのか分からなくなるのが通常であろうと思います。そうすると,現行法の損害賠償は返還時から1年以内に請求しなければならないという規定にもそれ相応の合理性があるのではないだろうかと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○大島委員 4の(2)ですけれども,賃貸借契約終了時の原状回復義務について民法に明文化することに賛成です。実務においては,特別損耗に限らず通常損耗の部分も原状回復に含めるといった誤解が生じているのが現状です。国土交通省のガイドラインなどもございますが,原状回復の原状とはどこまでなのか,実務の混乱を避けるためには法律用語としての原状回復の内容を明確化する必要があるのではないかと思います。   また,別の観点になりますけれども,実務では多様なニーズに基づいて賃貸借契約が交わされているのが現状で,例えば,賃借人が通常損耗の部分も含めて原状回復義務を負うかわりに月々の家賃を安くしてもらうなどの契約事例があると聞いています。詳細版の68ページの補足説明には,賃貸人が事業者で賃借人が消費者である場合には,通常損耗分も賃借人の負担とする特約を無効とする旨の明文規定を設けるべきであるとの考え方が示されていますが,例えば先ほど申し上げたような賃貸借契約の場合,通常損耗の原状回復義務に関する特約の箇所のみが無効とされますと,全体契約のバランスが崩れて多様な取引ニーズに支障を来してしまうのではないかと思います。当事者の一方にのみ不利益をもたらすような条項については,消費者契約法10条によって手当てされておりますし,このような特約については民法で規制せずに,消費者契約法の規律に任せてもよいのではないかと思います。 ○岡田委員 国土交通省のガイドラインには,通常損耗に関しては賃貸人の責任であると明らかになっているのですが,実際は特約で,結局借りている側の負担になっています。ですから,民法の中でこうやってはっきりさせていただくと,随分,助かる部分があるということです。 ○鎌田部会長 不手際で大分時間を超過してしまいました。しかも,積み残しをたくさんつくっていますけれども,そろそろこれ以上引き延ばすのは皆さんに御迷惑だと思いますので,本日の審議はこの辺で一区切りとさせていただきます。賃貸借につきましては,最後のほう,時間的な制約がきつかったので,言い残したこともあるかと思いますので,次回の冒頭に賃貸借についての発言の補充というのをまとめて,短時間ですけれども,伺うようにしたいと思います。贈与と使用貸借については丸々残ってしまいましたけれども,この部分の取扱いは,事務当局において検討をさせていただければと思います。   そういうことで,次回以降にまた少し持ち越しができてしまいましたけれども,本日の審議をこの程度にさせていただきたいと思いますけれども,何か御意見はございますでしょうか。よろしいですか。   それでは,最後に次回の議事日程等について事務当局から説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 まず,次回会議ですけれども,10月19日,火曜日,午後1時から午後6時まで,場所は本日と同じ法務省20階第1会議室です。次回の議題は,当初の予定によると,雇用,請負,委任,寄託といった役務型の契約となっておりますので,この分の資料を通常どおりに事前送付させていただこうと思います。もっとも,今,部会長からも御指摘がありましたように贈与,使用貸借が積み残しとなっておりますので,それらの取扱いについて検討させていただきまして,また事前に御連絡を差し上げるようにしたいと思います。よろしくお願いいたします。   それから,もう一点,日程に関してお願いがあります。会場確保に支障があった関係で,本来の会議予定日のほかに三回分の代替日を用意していた件ですが,前回会議の際に,三回のうち二回について本来の会議日の会場が確保できたことを御報告いたしました。これによって二回分の代替日が不要になったわけですが,そのうちの一回分,10月26日,火曜日について,新たに予備日として追加することをお願いしたいと思います。本来の会議予定日である次回,10月19日の翌週で,二週連続になりますけれども,10月19日の会議までに積み残しが解消されていない場合の予備日ということで,恐らく確実に開催することになろうかと思いますが,引き続き日程の確保をお願いしたいと思います。   他方,もう一回分の代替日であった12月3日,金曜日については,会議を開催しないことにしたいと思います。もともと曜日が異なっているために,日程の確保の上で御無理を申し上げていた日ですけれども,12月3日は開催しないことで確定とさせていただきます。 ○鎌田部会長 日程が大分タイトでございますけれども,何とぞ,よろしくお願いします。   それでは,本日の審議はこれで終了といたします。   本日は熱心な御審議を賜りましてありがとうございました。また,大幅に時間を超過いたしましたことをおわび申し上げます。 −了−