性犯罪に関する刑事法検討会 (第8回) 第1 日 時  令和2年11月10日(火)  自 午前10時00分                        至 午後 0時44分 第2 場 所  東京地検302会議室(オンライン会議システムを使用) 第3 議 題  1 暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件の在り方について         2 地位・関係性を利用した犯罪類型の在り方について         3 その他 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○岡田参事官 それでは,ただ今から性犯罪に関する刑事法検討会の第8回会合を開催させていただきます。 ○井田座長 本日は,御多用中のところ御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   初めに,お配りしている資料について,事務当局から確認をお願いします。 ○岡田参事官 本日,議事次第及び一巡目の検討における委員の皆様の御意見を整理した「意見要旨集(第5回会議分まで)」のほか,小島委員からの提出資料をお配りしております。また,配布資料12「検討すべき論点」も再度お配りしております。   それでは,お配りしました意見要旨集について御説明いたします。   この意見要旨集は,座長の御指示により,各論点に関する法的な検討課題,論点相互の関連性について認識を共有することや,重複を避けつつ充実した議論を行うことに資するよう,一巡目の検討における委員の皆様の御意見を整理して記載したものであり,検討すべき論点のうち,第1の「1」から「4」までに関する御意見をそれぞれ記載したものを一まとめにしたものです。   この意見要旨集の作成に当たっては,委員の皆様から第1回会合前に書面で御提出いただいた御意見と,本検討会の会合で述べられた御意見の中から,各論点に関する御意見をなるべく重複することのないように抽出した上で,その内容に応じて分類・整理し,それぞれの御意見の趣旨が明確になるよう,その要旨を簡潔に記載しました。もとより,これによって議論を方向付けたり,制限する趣旨のものではございませんが,各論点の一巡目の検討において,どのような観点から,どのような御意見が述べられたかが分かるものとなっておりますので,議論を深める際に御活用いただければと思います。   御説明は以上でございます。 ○井田座長 それでは,議事に入りたいと思います。   前回会合でも申し上げましたとおり,本日からは,二巡目の検討に入ることとし,まず,「暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件の在り方」について,その後,「地位・関係性を利用した犯罪類型の在り方」について,議論することとしたいと思います。   一巡目の検討は,本検討会において検討すべき論点を記載した資料12に沿って,各論点について一通りの御意見を頂く方法で進めてまいりました。二巡目の検討も,基本的には資料12の論点・項目の順番に進めたいと考えておりますが,二巡目の検討では,議論を更に深めていく必要がありますので,一巡目での検討で頂いた御意見を土台としつつ,より突っ込んだ議論を積み上げていきたいと考えております。   本日配布いたしました意見要旨集は,各論点・項目の下に小見出しを付けておりまして,これまでの御意見を議論の際の観点ごとに整理したものとなっております。このような観点を意識して議論することにより,一巡目よりも更に突っ込んだ議論をかみ合う形で行うことができると思いますので,本日の議論は,この意見要旨集に沿って進めることにしたいと考えております。   もちろん,議論のための観点は,今回の意見要旨集に記載したものが全てではないと思いますし,異なる観点ないしは違った角度からの御意見も頂けますと,議論が更に深まることになると思います。   限られた時間の中で,できるだけ多くの委員の方に御発言いただけるようにしたいと思います。これまでの議論でも,すぐ時間切れになってしまって,思うように意見を述べられなかったという御不満をお持ちの委員もいらっしゃるかもしれません。そういう意味で,過去の議論との重複を避けるためにも,また,なるべく各委員の御意見をコンパクトに御発言いただく,あるいは,まとめて御発言いただくためにも,意見要旨集を手元に置いて,必要に応じてこれを引用するなどして御発言いただくことをお願いしたいと思います。   早速,一つ目の大きなテーマであります「暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件の在り方」についての検討に入ります。この論点については,まず,意見要旨集第1の2の「(1)」,すなわち,「暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件を撤廃し,被害者が性交等に同意していないことを構成要件とすべきか」という項目につき議論することとしたいと思います。   この項目については,一巡目の検討で,この意見要旨集の「① 保護法益」,「② 処罰すべき性交等の範囲についての基本的考え方」,「③ 暴行・脅迫等の要件の撤廃や「不同意」を要件とすることの要否・当否」という観点から御意見を頂いております。これらと同じ観点について別の御意見や反対する御意見がある場合は,例えば,「③について」などと,どの観点からの御意見であるのかを明示していただき,また,これまでに述べられていない観点からの御意見や,他の論点と関連するような御意見の場合には,そのことを明示して御発言いただければと考えます。   それでは,御意見のある方は,御発言をお願いしたいと思います。 ○山本委員 まず,「① 保護法益」についてなのですけれども,性犯罪は心身の境界線の侵害であり,身体の統合性を破壊する行為であるという意見を入れてくださり,ありがとうございます。   次の「○」の「性犯罪の保護法益は,性的自由・性的統合性であり,これを侵害すれば犯罪が成立すると考えるべき」についてなのですが,保護法益は,何を保護するのかということを考える非常に重要な概念だと思っています。性的統合性という言葉を初めて聞きましたので,こちらは,小島委員から出た発言だと思いますけれども,どのような定義であるのか,何を含んでいるのかということをお伺いできればと思います。   看護師なので医療職としてお伝えしますと,医療の場では,全体は部分の総和ではないというふうに言われます。心臓などの内臓や骨や筋肉を集めても,それで心身が機能するわけではなく,生命システムを働かせるための神経系の統合が重要であるという理解です。性暴力のような外傷的出来事を察知すると,より古い神経回路の働きが優位になり,新しい脳機能等の統合性を失うということから,国連では身体の統合性と性的自己決定権の侵害を性暴力として定めております。   そのような身体の概念が,こちらの性的統合性の保護法益の中に取り入れられているのかも,併せて伺えればと思っておりますが,いかがでしょうか。 ○井田座長 保護法益の内実について,一巡目の議論では,身体の統合性,あるいは,性的統合性というものを考えるべきだという御発言があり,今,山本委員からは,身体の統合性ということについて御説明いただきました。統合性というのは,インテグリティーということですかね。   小島委員は性的統合性という言葉をお使いになっているということで,その趣旨について少し御説明いただきたいということでしたが,小島委員,よろしいでしょうか。 ○小島委員 性的統合性というのは,スウェーデン法やカナダ法などで,保護法益として言われていることでございまして,性的自由や性的自己決定権より少し広い概念として捉えられています。各法制について,専門の先生方から教えていただきたいのですけれども,性的自由より広い概念で,被害者の尊厳とか自律とかまで含んだ概念として考えております。   身体の統合性について入っているかどうかということですが,もちろんその中に含まれているという理解でおります。 ○橋爪委員 もしよろしければ,私からも小島委員にお伺いしたいのですが,通説は,性的自由や性的自己決定権を性犯罪の保護法益として理解してきました。性的自由や性的自己決定権という理解と性的統合性という理解とで,どのような相違が生じるかにつきまして,具体的に御説明を頂けますと幸いです。 ○井田座長 小島委員は,先ほど,性的統合性は,性的自由や自己決定より広い概念であるとおっしゃいました。例えば,こういう事例だと,性的自由や自己決定の観点からは説明がしにくいけれども,性的統合性という概念であれば説明できるのだというような,何か具体的事例を幾つか挙げられて内容を御説明いただけると,とても有り難いですが,小島委員,いかがですか。 ○小島委員 過失犯の処罰等を考えるときは,性的統合性の方が考えやすいのかなと思いました。 ○井田座長 過失犯処罰というのは,同意に関する過失責任を問うということですか。 ○小島委員 相手方に対して性的な行為をするときに必ず同意を取らなくてはいけない義務を課すというようなことを考えたときには,性的自己決定というよりは,もう少し広い概念で捉えた方が,保護法益として説明がしやすいのではないかと思います。 ○橋爪委員 ありがとうございます。多分,通説の立場からも,性的自由や性的自己決定権を保護法益とする以上,意思に反する性行為は違法であって法益侵害と評価されるはずです。したがいまして,過失犯を処罰するか否かという問題と,保護法益をどのように解するかということは,私の理解では直結しないような印象を持っておりましたが,この点については更に勉強したいと思います。 ○木村委員 私も,どちらかというと,尊厳のようなものも保護法益に含むべきではないかと思うのですけれども,そのときに,自己決定とどこが違うかということなのですが,実は,前回の改正の際,地位・関係利用類型の主体を「現に監護する者」に限るという議論のときに,自己決定を強調することにより,やはり圧倒的に生活を支配していて,子供の自由を奪うようなものでなければ,きちんとした法改正ができないというような議論があったのですね。自己決定といいますと,暴行・脅迫などもどうしても強いもの,自己決定を凌駕するようなものでなくてはいけないということになるので,どうしてもその要件の要否や程度の問題と関連してくるような気がします。ですから,別に過失までいかなくても,暴行・脅迫要件をより弱いものでもいいというふうに議論するのであれば,尊厳のようなものも含めて考えた方がいいと思います。   それと,少し先走りますけれども,例えば,先ほど申し上げた親以外の者も含むかというときにも,やはり尊厳のような議論をした方が,広げやすいのではないかというふうに思いました。 ○和田委員 私も,性的自由が保護法益であるという考え方はもうやめて,人格的統合性とか性的尊厳というものが保護法益であると考える方が望ましいと思っています。理由は幾つかあるのですが,今日この先で扱う他の論点や,今日扱わない論点に関係するところもありますので,それぞれの部分で触れたいとは思いますけれども,一つは,やはり,性犯罪がどのような犯罪であるのかを考えるときに,性的自由ということだけ言うと,単に被害者の意思に反することを行った犯罪にすぎないというイメージになってしまい,それは避けるべきだということです。より重大なものを害する犯罪であることを,保護法益の表現の中に含めた方が望ましいだろうと考えています。   なぜ,保護法益を性的自由と捉えるよりも,人格的統合性といったようなもので捉えた方が,より重大な犯罪として性犯罪を理解することにつながるのかを考えてみますと,性的自由として捉えるときには,性的行為それ自体はニュートラルなものであるけれども,それに対する被害者の同意がないときに,初めて違法性・侵害性が生じるという考え方になり,それが一般的な理解になってしまっているかもしれませんが,そうではないだろうと思います。   この検討会が始まる前に出した意見書にも書いたことですが,本来,性的行為というのは,対等な人格的存在として相互に承認し合いながら人格的交流を行うべきものであるのに対して,一方が上に立ち,他方を下に見て,相手が自分に対して性的利益を提供して当然であるという考え方に基づいて,その上下関係を利用して性的利益を奪い取るというところに,性犯罪の本質があり,つまり,そのように性的利益の単なる入れ物として相手を扱うということに本質があり,そのように扱われて身体的侵襲を受けると,人格的統合性が害されるということなのではないかと理解しています。   そうしますと,客観的に一定の上下関係に基づいて行う性的行為それ自体に,既に侵害性があり,それに対する同意の有無を考えるという構造で理解すべきではないかと思います。つまり,被害者の同意も,単に性的行為に対する同意ではなくて,上下関係に基づいて性的利益を奪われることについての同意がない限りは,同意は不存在であるとして扱うべきだと思います。   その意味で,今回見ていこうとしている要件の改正の話は,どのような上下関係を,それ自体,客観的に侵害性あるものとして処罰対象にするのかという観点から,従来の要件を,ぎりぎりどこまで広げられるかを検討する議論だと理解しているところです。 ○齋藤委員 法的な言葉がよく分からないので,法的な言葉は他の委員の方に考えていただきたいのですけれども,先ほど和田委員もおっしゃっていたことではありますが,その人の意思や感情に反する性行為というのは,対等な人間であるというのが認められないことにより,その人の尊厳とか,その人が人であるということ自体を踏みにじることだと思うのです。そういったニュアンスが入っているような保護法益ということで是非考えていただきたいというふうに思いますし,自己決定といったときに,小さい子供の被害などをどうやって捉えるのかということがありまして,山本委員や小島委員が言っていたような,身体の境界線の侵襲であるとかというようなニュアンスが入っていると,心理としては,とても実際に近くなるのではないかということを考えました。 ○池田委員 先ほど和田委員の御指摘の中で,同意の対象というお話が出たことに関連して,「②」の「処罰すべき性交等の範囲についての基本的考え方」について,意見を申し上げたいと思います。   この点については,同意を得ていない性交等を対象とすべきであるという御意見が,冒頭にも示されているとおりですけれども,他方で,この部分でいいますと,四つ目の「○」の御意見にもあるように,同意のないこと,ないしは不同意という言葉自体が,かなり幅のある概念であって,その中には処罰すべきかどうかについて意見の分かれ得るものも含まれてくるように思います。特に,この御意見にも示されておりますけれども,結婚すると偽ってだまして性交した場合などのように,錯誤に陥って同意をしたような場合にまで,同意がないとして処罰するのは適当ではないという考え方もあり得るところではないかと思います。   そこで,不同意の性交として処罰すべきものを,どのようなものとして考えるべきか,何についての同意が欠けることが問題なのかということについて,特に不同意の性交を処罰すべきとの御意見をお示しになられている委員からの御意見も伺いながら,議論していく必要があるのではないかと思っております。   その上で,処罰すべき範囲を念頭に置きながら,それを的確に表現する処罰規定の在り方として,どのような要件を規定するべきかということを考えることになるのではないかと思います。 ○井田座長 保護法益につきましては,幾つか非常に示唆に富む御発言をいただいたわけですが,非常に抽象的なレベルでの議論でもありますので,今後,具体的な論点を考えるときに,それぞれのお考えがどういうふうにそこに反映してくるのかということについて,具体的な形でもって議論を展開していただけますと大変有り難いと考えております。それぞれの保護法益論の理解により,このように考えるからこそ,こういう結論になるという形で御発言いただけると,それぞれの見解の趣旨が明確になるかと思います。   池田委員からは,不同意という場合の不同意の内容がいま一つ明らかでない面があるので,それを明らかにしていただきたいという御発言がありました。 ○齋藤委員 今お話のありました「②」の四つ目の「○」に関してですけれども,例えば,私が考えるものとしては,一定の関係を有する相手の要求に対して,対等に話し合った上で,あるいは,関係を深めた上で性行為に同意した場合には,同意があると思います。ただ,対等ではない関係性の中で,逃げられない状況で説得されて受けざるを得なくなったならば,それは同意がない行為ではないかと思います。   また,結婚すると偽ってだまして性交した場合とありますけれども,例えば,13歳の子供に対し,成人した人間が結婚すると偽ってだまして性交した場合には,処罰されるべきだと思います。この場合,性行為に対する同意について,理解力の差であるとか,力関係の差を利用しているというふうに考えられるためです。   一方,成人同士であり,性行為の理解力や力関係の差がなく,結婚すると偽って性交した場合は,深刻な裏切りで,被害者は大きく傷つくので,もちろん臨床心理としては,心理のケアの対象となりますけれども,それは,先ほど述べたような理解力の差や力関係の差というのを利用したものとは,少し違うのかなというふうに考えております。 ○小西委員 今の論点に付け加えてということですが,私も法律用語が分からないので,その辺は理解していただければと思います。   実は,問題になっていることは,大きく分けて二つ違う類型があって,一つは,自己決定ができないところまでパワーで追い込まれて,抵抗ができなかったり,あるいは,不同意だということが言えなかったりしているようなケース,例えば,今でしたら,性的虐待の子供のケースとか,あるいは,突然の行為に対する生物学的な反応で抵抗ができない,こういう場合は,自己決定という概念に全然当てはまらない状況であるのに,拾えていないということがあると思います。   もう一つは,今おっしゃった同意・不同意ということが表に出てきて,問題になる場合なのですけれども,そこでの同意・不同意の問題と,自己決定そのものが侵される場合というのが,私たちがうまく拾えていないものがあって,それを上手に拾っていただけるような改正がなされればいいと思っております。 ○渡邊委員 実際に法を適用する立場から,感想を申し上げたいと思います。   「③」で暴行・脅迫要件を撤廃することについての御意見がございますけれども,以前にもお話ししたように,実際に,被害者の方が同意していないということは,被害者からお話を伺って,あるいは,客観的な行動等を私どもが確認させていただくことで,確信に至るということはできるわけですけれども,被告人自身が,被害者が同意していると思ったという弁解をしているときに,その被告人の認識を明らかにするためには,暴行,脅迫,薬物,飲酒といった客観的な要素が非常に重要になってまいります。先ほど齋藤委員の言われた年齢差,これも客観的な状況でございまして,被告人の認識を明らかにする重要なよすがになるわけでございます。   さらに,裁判所にそれを理解してもらうということも非常に大変です。検察官は,立証責任を全て負っておりますので,非常にハードルが高いわけでございます。不同意だけを要件とするということになりますと,例えば,欺罔ですとか様々な不同意があるというお話もございましたけれども,立証の対象が特定しにくいというのが,正直な感想でございます。   むしろ,私どもは,小西委員の御講義を数年前から伺ったりしていろいろと勉強してまいりましたけれども,そういったことで法曹関係者が被害者の方の心理を理解し,性犯罪における暴行・脅迫の意義を再構築していくことによって,裁判所にも御理解を頂いていくというようなことを進めてきたところでございまして,そういう意味では,立証という観点からしますと,今申し上げたような客観的なよすががある方が,結論的に問題のある御判断を頂くことにならないで済むのではないかというふうに思っております。 ○山本委員 Springのアンケート調査でも,自分が性被害を受けたことを認識できなかった人が,挿入を伴う被害を受けた人の半数近くいました。臨床現場でも,やはり数年間,あるいは10年,20年たって,自分が被害を受けたということが認識できるようになったという人は多いわけです。それは,やはり,今の日本の刑法の性犯罪の中での扱われ方が,非常に対等でなく,意思に反していて,強制性があるという,そういう性暴力の本質と離れたところに,このルールとしての定めがあるからではないかというふうに思っています。   ですので,どのような文言にするかというのは,これから議論されると思いますけれども,不同意の徴表というふうに言われるのであれば,やはり同意がないということ,意思に反しているということを前面に出して,それを,被害者も加害者もお互いに認識できるようにならないと,実務上の問題で,加害者が故意がないと言って,それが認められれば犯罪にならないという状況は解決しないのではないかなと思います。 ○井田座長 これまでの議論の中で,特に池田委員と渡邊委員の御意見の中に,一つのポイントになるべき重要な御指摘があったように思われます。この検討会の課題は,不同意性交のいろいろな形を過不足なく捉えて文言化した規定の提案を行うということであり,それが我々に求められているところだと思うのですけれども,ただ単に,同意を得ずにとか,不同意であるという言葉を裸で条文に書くと,結婚すると偽って,あるいは,お金を払うと偽って関係を持ち,後にその望みをかなえなかったという欺罔類型のケースのように,現在だと177条の文言により排除されているものが入ってきてしまう可能性がある。そこで,そうした類型の事例が入らないような文言にするためには,同意を得ずとか不同意とかと条文に書くのでは適切でない,こういう問題提起であったと思います。この点は,とても大事なポイントだと思いますので,御意見を頂ければと思うのですけれども,いかがでしょうか。 ○小島委員 加害者の行為の側からではなく,被害者に生じている法益侵害の側から性犯罪を考えると,暴行・脅迫を手段とする行為に限定する理由はないという従来とは異なる考え方に立って不同意性交を処罰するということを,条文上明らかにする必要があると考えております。   暴行・脅迫要件は撤廃して,意に反する性交を構成要件とするような刑法改正が必要です。   一方で,不同意については,内心の要素にとどまらず,それを徴表する具体的な行為や状況との関連で判断するアプローチを取らなければなりません。構成要件の中に客観的な要素を盛り込む必要があります。禁止される行為を明確にするという趣旨です。不同意となり得る客観的な要素,手段とか状況について,何を盛り込むかは議論があると思いますけれども,例えば,威迫,不意打ち,驚愕,欺罔,監禁等の手段や,飲酒,障害による影響などの状況など,具体的な,客観的な要素を構成要件に書き込むこと,典型例を構成要件に明示することが必要であると考えます。   故意の問題もあります。行為者において,被害者の不同意について故意を有する必要があります。構成要件的錯誤は理由の相当性を問うことなく故意を阻却してしまうので,不同意性交罪を設けても機能しないおそれがあります。これを回避する法技術として,構成要件に客観的要素を盛り込むという手段が有効です。   本日,日弁連の犯罪被害者支援委員会が作成した被害者代理人のアンケート調査を資料(小島委員提出の「改正刑法(性犯罪関係)に関する被害者代理人アンケート調査」と題する資料)として提出しました。暴行・脅迫要件がネックとなって無罪となった事案ないし事件化できなかった事案が40件ほどあり,弁護士が支援しても,なお約3割あったということで,12ページから14ページに具体的な事例が掲載されております。改正への意見としても,不同意性交罪を制定すべきだという意見が多数寄せられておりますので,御覧になっていただければと存じます。   また,日本学術会議の提案も,同意の有無を中核とする犯罪を規定するべきだと,同意なき性交は犯罪になるということを明示してもらいたいと提言しています。 ○齋藤委員 同意の有無について言及していただきたいのはなぜかといえば,セックスとレイプを分けるものが同意の有無であり,性行為それ自体は犯罪行為ではないことはもちろんなのですけれども,同意のない性行為は,性行為ではなく暴力だということが理解されていないからです。理解されていないために,被害者も自分が深刻な傷を負っているにもかかわらず暴力だと認識できず,加害者も自分の行為が相手を死に至らしめる可能性さえあるかもしれないということを認識できていないということは,問題ではないかと思います。   もちろん,どこまでを処罰すべきかという点について踏み込んだ議論が必要だということには賛同いたします。諸外国でも,対等な関係性で暴力を伴わない言語的な強制といったときには,同意についてどう考えるかというのは,いまだ議論されているところです。しかし,それは,だから同意の有無を構成要件とすべきではないということではなくて,同意の有無が重要であるということを明記した上で,加害者の用いる手段であるとか,被害者の状態や加害者と被害者との関係性といったことによって,どのようにそれが示されるかということを検討するということの方が,重要なのではないかと思っております。 ○木村委員 確かに,現状では,暴行・脅迫要件だけでは狭過ぎるというのは,そのとおりだと思います。では,どう広げるかということなのですけれども,先ほどから御議論があるように,同意がない場合の全てを入れてしまうと,実は,かなり大変なことになるのではないかというふうに思います。   先ほど,渡邊委員から御発言があったように,安定的な法適用が難しくなるというふうに思います。ですので,不同意というのを正面から書くのは結構難しいのかなというふうに思っています。ただ,暴行・脅迫だけでは狭いのはそのとおりなので,例えば,抵抗が困難な状態のようなことは入れてもいいのかと思います。   そうしますと,事実上,178条の一部も取り込むことになるのかもしれないのですけれども,薬物の使用なども入れてもいいのかもしれません。ですから,暴行・脅迫,あるいは薬物等を用いてなどというふうにある程度具体化する必要があるのかなというふうに思います。   欺罔まで入れるのはどうかというような議論が先ほどありましたけれども,一般に178条で欺罔が問題になるような場合というのは,霊感治療みたいなものがあると思うのですけれども,それは,事実上脅迫に近いようなものなので,脅迫をすごく狭いものとして捉えない限りは,ある程度拾えるのではないかというふうに思います。 ○井田座長 現行法でも,そうした欺罔の類型というのは,ほかの事情とあいまって,抗拒不能という要件に当たるという解釈がなされていると思われますので,そこでカバーするということは可能だと思われます。 ○小西委員 暴行・脅迫要件が狭過ぎるということは,間違いなくそうだと思っています。その要件をどういうふうに具体化するかというところは,かなり議論していただく必要があり,今までの法的なモデルで被害のことを考えると,現状からかなり離れてしまいます。今,実際に被害者の実情を知る者の発言が相次いでいるのは,こういうモデルを使って話していただくと,すごく現実から離れていく印象があって,とても危惧を覚えるのですね。だから,どうしてもこういうことを言いたくなるのだということは,御理解ください。   例えば,暴行・脅迫だけでは非常に問題があるということの典型的な例は,前に少しお話ししましたが,バイオロジカルの反応で人は抵抗しないということが,実際に,本当に珍しくなくよく起こっているということですね。全く動けなくなるとか,感情や感覚がなくなるとか,こういうことの基盤に生物学的・進化学的な反応があるということは,もう広く専門家に受け入れられている事実です。そういうときの行動として,人は意思と行動が一致するだろうと考えるのは,非常に実態と反したモデルであり,実態に沿って考えるというのであれば,危機,特に性暴力の被害のときには,そういうふうに動くものであるということを取り入れていただかないといけないと思います。今までの議論は,非常に常識的ではないことをただ言っているだけなのかもしれませんけれども,だからこそ,うまく拾えていないのだということを,やはり少しお話ししておきたいと思います。   抵抗したかどうかだけで,本人の意思を図ることはできないということは,繰り返しお話ししておきたいと思いました。 ○宮田委員 要件の検討の前提となる部分についての意見です。解釈の不統一が起きている,これは,条文の使い勝手が悪い,あるいは,裁判所や検察官の偏見があるからだという見方は確かにあるかと思います。しかしながら,この暴行・脅迫要件や心神喪失・抗拒不能の要件,あるいは地位・関係性の要件について考える議論の前提として,性犯罪についての裁判所の考え方が共有できていないという非常に大きな問題を共通認識にしていただかなければならないと思っています。   性犯罪の裁判例は,裁判所のデータベースには掲載されません。最高裁のホームページに掲載される裁判例については,平成13年の最高裁の広報課長の事務連絡では,プライバシーに高度の注意を要するとともに,掲載によって被害者感情を著しく害するものなどについて考慮するようにとされました。この頃から,性犯罪の裁判例の掲載例が非常に減ったように思われますけれども,平成29年の「下級裁判所判例集に掲載する裁判例の選別基準等について」という事務連絡では,明確に性犯罪について,掲載は原則としてしないと記載されています。すなわち,性犯罪,起訴した罪名は性犯罪でなくても実質的に性犯罪と同視できる事件を含む事件については,被害者などに大きな精神的な被害を与えるおそれがあるから,判決書を公開しないことになっています。   一方で,民間のデータベースである判例秘書とかレックス(LEX)などがありますけれども,これは,関係者からの情報提供で判決が掲載されます。そうすると,弁護人は,無罪事件について,これは成果だから載せてくれと言い,被害者側からは,これは不当だから知らしめてくれと言う。そうすると,性犯罪については,事実が認められた事件,特に被告人が自白して,淡々と事件が進んで事実関係が認められてしまった事件については,データベース上に裁判例が載りません。   今回の検討会で,非公開資料とはなりましたけれども,裁判例を幾つか挙げていただきました。検察官が公訴事実の構成や立証に工夫を凝らし,また,裁判所も積極的に認定をしたような事例は,少なからずあった。しかしながら,このようなデータベースの扱いによって,こういう前例があるから適用するべきだと具体例を挙げられない,あるいは,裁判所が,過去のそういう例を見つけて積極的に認定をすることができなかった,そういう事態があったことは,共通認識にしていただきたいと思います。   また,解釈の統一という意味では,裁判所の研究機関である司法研修所の司法研究という論文とか,あるいは,判例タイムズなどの雑誌に,裁判官がこのように事実認定が行われてきたという形で論文を発表することが解釈の統一に非常に大きな役割を果たしています。そして,そういうものが発表されることによって,学界からフィードバックがされることがあるわけですけれども,性犯罪に関しては,裁判所側からの研究成果が出されていなかったという問題があります。   つまり,性犯罪について,裁判例の紹介がされずに,そして,裁判官などの法律実務家が研究して発表することが,言わばタブーになってきた。それが,解釈の不統一を招く一つの原因になってきたのではないか。これは,共通認識にされるべきことではないかと考えています。   その上で,この暴行・脅迫要件の撤廃の部分についてですが,保護法益をどう捉えるかは別として,性的な行為というのは,人間のコミュニケーションの一つの手段です。そして,実際に性行為をするまでのコミュニケーションの在り方というのも様々です。そういう中で,するべきではない行為としてもいい行為の間には,様々なグラデーションがあり,例えば,民事の損害賠償の対象となる事件,あるいはセクハラなどで懲戒解雇をすべき事件があり,刑罰をもって対処するというのは,言わば最終手段であることを忘れてはならないと思います。   国家が人に対して刑罰権を行使するという強烈な制裁を行う以上は,正当化できるだけの当罰性がある行為を考える必要があるわけですが,この処罰すべき範囲,「③」の一番上の「○」の「Yes means Yes」型が妥当ではないかという考え方ですけれども,性行為について,やります,どうぞというやり取りはほぼない。ノンバーバルなコミュニケーションの中で,相手はやってもいいと思っているのだと思って性行為をするということは,よく起こることで,そういうときに,一方は嫌だった,しかしながら,一方はそうとは思わなかったという,ボタンの掛け違いはどうしても起きてしまう。それを全て処罰の対象と見るべきかといえば,そうではないのではないかと思います。   そして,同意なき性交について,同意がなかったという供述では足りないということについては,渡邊委員から客観的要件がなければ無理だというお話が,小島委員から客観的要件を考えていくべきだというお話がありましたけれども,要は,被害者の言っていることについて,客観的な証拠があるかどうかというのが,非常に重要な問題になってくるわけです。   被害者からは被害者の抵抗を求めたとして批判の多い平成21年4月14日,平成23年7月25日の最高裁判決ですけれども,この判決は,客観的な事実や他の客観的な証拠とのそごがあるかどうかによって,被告人の言い分が正しいのか,被害者の供述が正しいのかを判断すべきだとした判決です。この判決がいうように,同意なき性交罪ができたとしても,証拠法上,被害者の言い分を裏付けるような証拠があるかどうかということは,極めて重要であって,そうすると,その点について,証拠がなかった事件については,同意なき性交罪を作ったとしても,救済はされない可能性があるということです。   そして,同意なき性交罪について,各国の法制を見てみると,こういう場合に同意がないだろうという間接事実を例示列挙しているという形になりますが,例示には必ず漏れが出てくると思います。その漏れがあったときには,例えば,こういう行為があった場合には,被害者が畏怖していたものとして処罰するというような形で,何かその例示の外枠を画するためのものが必要であり,そういう意味で,暴行・脅迫とか抗拒不能といった抽象概念が必要になるのだと思っています。   そして,間接事実の例示による立法の場合には,間接事実の有無が争点になるので,この事実があったか,この事実がなかったか,この事実に対応する別のこんな事実もあるぞという形で,争点が拡散していく危険もあるのではないかと考えています。   また,この議論の前提として,刑をどのように考えるのかということを考えなければならないと思っています。同意なき性交罪という構成要件を置いている各国の罰則は,非常に軽いということです。ドイツの場合は2年以上の自由刑,スウェーデンでは過失だと4年以下の拘禁刑,故意であっても2年以上6年以下の拘禁刑とされています。たとえ軽い処罰であっても,広く罰して,このような行為はいけないのだということを示すことが重要なのか,あるいは,狭くてもいいから重く処罰することが重要なのかというような考え方の整理も,必要なのではないかと思います。 ○井田座長 今の御発言の中には,むしろ,次の論点のところでお話しいただくべき御指摘もあったかと思いました。   さて,第1の2の「(1)」についてはいろいろと御意見を頂きましたけれども,あえてまとめるとすると,暴行・脅迫要件,あるいは心神喪失・抗拒不能の要件を撤廃するかどうかは別にして,いずれにしても処罰すべき不同意性交を過不足なく捉えられるような,より良い文言を考えるべきなのではないかという点では,多くの委員の御意見は一致しているのではないかというふうにお聞きしました。   そこで,もう次の論点に入っているわけですけれども,第1の2の「(1)」についての議論はこのぐらいにして,第1の2の「(2)」,すなわち,「暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件について,判例上必要とされる「被害者の抗拒を著しく困難にさせる程度」を緩和した要件とすべきか」という点についての議論に移らせていただきたいと思います。   一巡目では,「① 「抗拒を著しく困難にさせる程度」を緩和することの要否・当否」,さらには,「② 法定刑のより軽い類型を創設することの要否・当否」という観点から御意見を頂いております。   先ほどと同様に,どのような観点からの御意見であるかを明示して,御意見を頂きたいと思います。それでは,御意見のある方は,御発言をお願いします。 ○上谷委員 先ほどの「(1)」の「③」とも関連した形になるかと思うのですけれども,私は,今の暴行・脅迫要件とか心神喪失・抗拒不能要件だけというのは,非常に狭過ぎると思っています。現状ですと,暴行・脅迫要件や心神喪失・抗拒不能要件に当たれば懲役5年以上,当たらなければ不起訴ということになっていて,極端過ぎるのですよね。   被害者の方によく言われて,もっともだなと思うのは,不起訴になった場合,「あれだけひどいことをしたのに,私がされたことは痴漢以下なのでしょうか」ということです。「痴漢でも公判は行われているのに,私の被害は裁判さえ行われていない」というのはそのとおりで,性犯罪は明らかに類型が少な過ぎると思うのですね。やはり,その原因としては,今の暴行・脅迫要件の文言と判例解釈にあると思っています。   ただ,私は,今の177条の基本的な枠組みは維持した方がいいのではないかと思っていて,3年前に刑法を改正したばかりで,その改正点は,それなりの評価を受けて,今定着しつつあると思っています。その部分については,実態に即したものとして機能しているのではないかと思います。ただ,判例が示した抗拒を著しく困難にさせる程度という文言の解釈について,検察官によって当てはめの差が大き過ぎると思います。今,起訴独占主義が採られている中で,検察官の一存でそこまで当てはめが異なると,こちらとしてはもうどうにもならないという事態に,私はいつも直面しているわけです。   そのときに,177条に暴行・脅迫要件より広い何かを書き込んでほしいなと思っています。ただ,今判例で使われている抗拒を著しく困難にさせるというような言葉だと,やはり抵抗を前提としているようなイメージがあるので,別の言葉を考えるべきではないかと。やはり,被害者の抵抗ありきというのは,もうあり得ないという発想からスタートしていただけたらと思っています。   ですので,177条の基本的枠組みを維持しつつ,暴行・脅迫要件に何か今の実情に合うような文言を書き入れると。その177条以外に,例えば,不意打ちですとか威迫とか,そういった文言を列挙したり,法定刑の下限が3年以上というような少し軽めの類型を新しく作ったり,別途地位・関係性の類型を作っていくというような柱で考えていくのが,実態に即しているのではないかと思っています。 ○井田座長 私からお尋ねしたいのですけれども,例えば,暴行,脅迫,威迫,不意打ち等々の手段,それから,それによって起こされた被害者側の状態というのが,今までは抗拒を著しく困難にさせる程度という言葉で表現されてきたが,それでは適切でないとなったときに,何か代わりになる言葉として,こういう言葉がいいのだという対案のようなものをお持ちですか。 ○上谷委員 今,一生懸命考えています。 ○井田座長 是非よろしくお願いいたします。 ○山本委員 抗拒不能は狭過ぎるというのは,もちろんそうなのですけれども,小西委員が言われたように,性暴力の実態からこの要件を考えていただければと思います。Springが実施したアンケートでも,挿入被害1,274件のうち,起訴されたのは9件です。先ほどなかなか判例が表に出てこないというお話もありましたけれども,ほとんどの被害者が裁判にたどり着けていない。その中で,自分の被害は被害でないという認識をして苦しんでいます。   先ほどのお話を伺っていて思ったのですけれども,やはり,こういう性暴力の実態が司法の現場で共有されていないので,同意についての認識が非常にばらばらなのではないかというふうに感じました。   法体系は違いますけれども,イギリスの2003年の性犯罪法に関して横山潔先生が出されていた本の中で,同意について記載されていたところがあります。第74条で,ある者が選択によって同意した場合において,当該選択を行う自由と能力を有していたときは,本章の適用上,この者は同意したものとするという記載があります。不同意を,自由と能力が侵害された場合というふうに定めています。この「自由」が問題となるのが,暴行・脅迫や地位・関係性の利用,家庭の構成員間における被害の場合であり,「能力」が問題となるのが,相手方の年齢や薬物や障害,その他疾患を利用した被害の場合という考え方です。「自由」が暴行・脅迫,「能力」が抗拒不能・心神喪失に対応するものであると考えられるので,やはりこの「能力」が奪われている状態というのを,幅広く定義していただきたいと思っています。 ○井田座長 例えば,条文に「自由な能力を奪われた状態にして」というような文言を規定するというのはいかがですか。 ○山本委員 自由と能力を有していた場合には,同意したものとする,つまり,自由と能力は別で,どちらかを有していない場合は,同意ができる状態ではないというと理解しています。   ですから,先ほどの結婚の話のように,結婚をすると偽ってだましたというときも,その人が,成人で対等な関係であり,自由な選択ができる場合には,これは性暴力には当たらないのではないかというような理解ができる。ただ,やはり,成人と13歳で差がある場合は,同意できる能力がないという考えができるのではないかと思います。 ○井田座長 更に質問させていただくと,抗拒の著しく困難な類型の下に,刑の軽い別の類型を設けるという御趣旨ですか,それとも,類型を広げてそこに含ませ,法的には同じ処罰をすべきだということでしょうか。 ○山本委員 もともとは,この抗拒不能は,暴行・脅迫ではない被害者の状況を表しているというふうにされているわけですよね。そして,その抗拒不能によって,暴行・脅迫が用いられた場合以外の様々な性犯罪をきちんと拾えているという理解だったと思います。しかし,なかなか拾えていないという現場からの意見や支援者の意見もあります。例えば,薬物を用いた場合が認められにくいとか,障害の場合が認められにくいという場合があります。   しかし,そのような場合でも,被害の実態としては,抗拒不能と変わりないわけですから,その抗拒不能について,例えば,要件として,障害がある,酩酊であるというような形で,きちんと明文化するということで表に出すのですから,法定刑は同じでいいのではないかと思っています。 ○井田座長 軽い類型を作るというのではなくて,重い類型に含ませてということでしょうか。 ○山本委員 はい,そうです。 ○井田座長 よく分かりました。 ○宮田委員 この抗拒不能という概念に対して,いろいろ誤解もあるように思われてならないのです。   抗拒不能の概念は,被害者が抵抗できるわけがない状態に置かれたということです。抗拒不能という言葉は,客観的にこのような状況があれば,あるいは,被害者の主観がこういうものであれば,抵抗することなく性的行為を受け入れるような状況であるという趣旨であり,規範的概念という難しい言い方をしますけれども,言ってみれば,その人がどう感じているか,どう思っているかということではなくて,普通,そのような立場に置かれた人であれば,どのような行動を取るのか,どう認識するのか,あるいは,普通こういう行動をしたときに,刑罰として非難を与えるべきなのかどうかという法律的な概念であって,生の事件における事実自体を示すのではないということです。   このような考え方を採っていけば,暴行・脅迫の177条には当たらないけれども,178条には当たるという形で,177条の起訴に対して,178条を予備的訴因として追加することも考えられますけれども,強気で177条だけで起訴して無罪というような事案も,あるようにも思います。   現在,検察官が178条のこの抗拒不能の要件をうまく使い切れているのかどうかという問題があり,先ほど指摘しましたように,うまく使っている裁判例を共有化していく努力の方が,私は先ではないかと思います。   ただ,問題だと考えますのは,この抗拒不能についても下限が5年です。過去において,178条では,相当緩和されたような事実についても抗拒不能に当たると認められていましたけれども,最近の解釈が,前回の改正の際の検討会のときよりも,少し低調に見えるのは,やはり,この下限5年という重い刑罰を科すことになり,抗拒不能の要件について,暴行・脅迫に比肩するほどの抵抗困難な状況を作り出しているかどうかというような判断の慎重さを招いていることもあるのではないかと思います。   なお,山本委員がイギリス法についての言及をしておられたのですけれども,不同意性交罪については,イギリスでは,その不同意の立証が非常に難しいということで,起訴されない,あるいは,無罪となってしまうというような事例もあるというふうに聞いております。私はこの辺は専門ではないので,木村委員が御専門だと思うのですけれども,その辺について教えていただければ有り難いと思っています。 ○橋爪委員 私の方からは,「(2)」の「① 「抗拒を著しく困難にさせる程度」を緩和することの要否・当否」と「② 法定刑のより軽い類型を創設することの要否・当否」について意見を申し上げたいと思います。   まず,「①」について,議論の前提から申し上げますが,仮に不同意性交それ自体を要件として処罰するのであれば,そもそも行為態様によって限定する必要がありませんので,行為態様に一定の程度を要するかという論点が生じません。もっとも,この点につきましては,先ほど議論がありましたように,「不同意」という文言のみでは,同意の有無を明確に判断することが困難な場合があることから,処罰の実態を不同意性交に求めるとしても,処罰規定としては,不同意を合理的に推認するような行為態様や被害者の状態を要件とするほうが適切であると考えております。   そして,このように不同意を根拠付ける事情として,行為態様や被害者側の事情を規定する場合,その程度・内容として,現在の判例が要求していると解される程度,すなわち,「被害者の抗拒を著しく困難にさせる程度」を同様に要求すべきか,あるいは,これを緩和した要件を設けるべきかが問題となります。   この点につきまして,先ほど御指摘がございましたが,抗拒を著しく困難という表現が,かなり限定的な印象を与えることから,処罰範囲が不当に限定されるような懸念が生ずることは,そのとおりだと思います。現行法における裁判実務においても,表現ぶりについては,是非御検討をお願いしたいと思いますし,また,法改正によって何らかの文言を導入する場合にもその点の配慮は不可欠だと考えております。   ただ,裁判実務においては,一般に,不同意の性交自体が処罰対象であるという認識の下,暴行・脅迫要件や心神喪失・抗拒不能要件の下において,被害者の自由な意思決定が阻害されており,不同意の性交であることが合理的に推認し得るか否かを問題にしているものと解されます。すなわち,行為態様や被害者の状態から,同意の不存在を一義的に推認する必要があるからこそ,その程度としては,被害者の自由な意思決定を阻害するに足る程度か否かを問題にする必要があり,判例の立場も,このような理解を前提としたものと解されます。   そして,このように理解した場合には,やはり行為態様や被害者側の状態については,現在の判例実務と同様の観点から,被害者の自由な意思決定を阻害する程度のものといえるかを問題にする必要があると考えます。これを大幅に緩和した場合,不同意の性交であることが明らかではないものまでが,処罰対象に取り込まれるおそれがあり,結論において問題が生ずるように思います。   このような前提から,さらに,「②」についても意見を申し上げます。   これも繰り返しになりますけれども,現在の実務において,被害者の抗拒を著しく困難にさせる程度の暴行・脅迫という要件は,行為態様という外形的・客観的な判断基準から,被害者の不同意を合理的に推認するための要件と解されます。したがって,この要件を満たしていない場合というのは,単に暴行・脅迫がないというだけではなくて,被害者が不同意であったか否かが必ずしも明確ではない場合,あるいは,被害者が困惑したり,悩みながらも最終的には性行為を受け入れた場合のように,同意・不同意のグレーゾーンに位置する事例が含まれてきます。したがって,「②」のように法定刑の軽い類型を設けるか否かについては,場合によってはグレーゾーンの事例についても処罰することの要否という観点から,検討する必要があると思われます。   また,更に申しますと,今申し上げたような事例についても,同意がないとして処罰をするのであるならば,同じ不同意でありながら,刑を軽くする根拠があるかについても,更に理論的な検討が必要と考えます。 ○金杉委員 この点に関しては,先ほど上谷委員からも指摘がありましたように,現状の177条が5年以上の有期懲役となっていて重過ぎる上に,177条に当たるか当たらないかで極端な違いがある,つまり,オンかオフかになってしまっているという問題意識があります。   刑事弁護の観点からは,一たび性犯罪で有罪とされた場合に,本人が身体を拘束され,社会との接続が切られたり,断絶されてしまったりすることだけではなくて,加害者の家族に与える影響等についても,一家離散したりであったりとか,自宅を売却したりであったりとか,そういった影響が非常に大きいという現状を見ています。今のように懲役5年以上しかないというのは,弁護人としては,非常に重過ぎるという問題意識を持っています。   確かに,中には,明確な暴行・脅迫がない,反抗が著しく困難な程度に至っていたかどうかの立証が難しいということで,被害者の支援の方から見ると,処罰されるべき者が逃れているという視点もあるのだと思います。ただ,他方で,本来であれば,当罰性が高いのかどうか,暴行・脅迫が強度といえるのかが微妙なもの,すなわち,従前から例に挙がっているような,服を脱がせるであるとか,腕を押さえるであるとか,性交に通常伴うような暴行・脅迫であったとしても,その地位や被害者との関係性等を考慮して,抵抗を著しく困難にさせる程度の暴行であるとして177条の処罰の対象になっているという事例もあるように思います。   そうであるならば,それより軽い類型を創設し,かつ,それは単に同意に反してというものではなくて,行為規範として,行為者に,それは禁止されている行為なのだということが,外形上明白になるような形での何らかの要件を規定することが必要ではないかと思います。   例えば,威力又は威迫を用いて,被害者の,「被害者の」と入れるかどうかは別として,明確な意思に反して性交等を行った場合というような類型について,10年以下の懲役等の一段軽い刑を科すといったようなことが考えられるかなと思っています。 ○井田座長 「①」の論点については,これを緩和するというかどうかについて,それぞれのお立場がありそうですけれども,暴行・脅迫という文言,心神喪失・抗拒不能という文言に引きずられて,余りに厳しく運用されてしまっており,またばらつきも生じているのではないか,こういうような御意見もあり,いずれにしても,これをより良い文言に置き換えるべきではないかという御意見が多かったかと思われます。   また,「②」については,軽い類型を設けるべきだという御意見と,いや,それには問題があるという御意見の両方があったと思われました。 ○山本委員 先ほど,加害者の処罰が重過ぎるという御意見もありましたけれども,性暴力加害について理解して考えた方がよいと思っています。性加害者は認知のゆがみを持っていて,自分で悩まず,人を悩ます。その過程で性犯罪,加害行為を合目的に行っているわけですね。自分自身の利益や欲求,依存心や支配欲を満たすために行っているので,彼らや彼女らの考えが変わらず,治療教育の効果が得られなければ,再犯を繰り返していくという特性があると思っています。   彼らや彼女らにとって大事なことは,二度と性被害者を出さないような人生を生きることです。しかし,自分自身でそのことを行うのが非常に難しいという問題が一つと,被害者感情として,5年も十数年もトラウマに苦しみ,ついには自死に至るような,そういう被害を出す重い犯罪だということも踏まえた理解をしていただく必要があると思っています。   そして,その抗拒不能というのが,その文言上,やはり加害者が加害をしたと認識しづらい一つの理由になってしまっているのかなというふうに思います。ですから,繰り返しになりますけれども,何が不同意の性交なのかというのを表に出すためにも,要件は明確化していただき,罪としては重くてよいと思っています。 ○井田座長 軽い類型を作ることには御反対という御趣旨でしょうか。 ○山本委員 反対です。 ○井田座長 はい,分かりました。   第1の2の「(2)」についての議論はこの辺りで一区切りとさせていただき,次の項目,すなわち,「(3) 暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能に加えて,又はこれらに代えて,その手段や状態を明確化して列挙すべきか」という項目についての議論に移らせていただければと思います。   一巡目の検討では,「① 手段や状態を列挙することの要否・当否」,「② 列挙することが考えられる手段,状態」という観点から御意見がありました。それを踏まえて御意見を頂きたいと思います。 ○橋爪委員 先ほど申し上げたこととほぼ同じことになりますけれども,手段や状態は,それ自体に意味があるのではなく,被害者の不同意という心理状態を合理的に推認し,これを根拠付ける点に意義があると解されます。   したがいまして,仮に現行法の暴行・脅迫という行為態様,あるいは,心神喪失・抗拒不能という状態が,やや硬直的であり,被害者の不同意を惹起する全ての場合をカバーし切れていないのであれば,生じ得る処罰の間隙を補うために,別の行為態様を追加したり,あるいは,被害者の状態について,より具体的な内容を盛り込むといった改正は十分にあり得ると思います。   その際には,外国の立法例を参照しながら,どのような行為態様を追加すべきかについて,更に検討することが有益であると思いますが,このように行為態様を追加する検討の際に留意すべき点を2点指摘しておきたいと存じます。   第1点ですが,行為態様を更に追加して列挙したとしましても,被害者の自由意思を阻害する可能性がある手段全てを網羅的にカバーすることは,恐らく不可能です。したがって,仮に行為態様を追加するとしても,これらの行為態様は例示列挙とした上で,例えばですが,「暴行,脅迫,威力,不意打ちなど被害者の抗拒を著しく困難にさせる手段」という形で,例示された手段の意義を包括的に示すような要件が必要になるように思われます。もちろん,どのような表現が適当かについては,更に詰めて検討しなければならない,と考えております。   第2点です。行為態様を幅広く列挙した場合には,もちろんその規定方式にも依存しますが,多くの選択肢を規定すればするだけ,行為当時,被害者が不同意であったことが明確に認定できない場合までが含まれてしまう可能性が生じます。このような可能性が排斥できないのであれば,行為態様を列挙するだけでなく,さらに,被害者の心理状態を重ねて規定することも,選択肢としてはあり得るように思います。例えば,「暴行,脅迫,威力等の一定の手段によって,被害者の自由な意思決定を困難にし,その状態で性交等を行う」という形で,行為態様に加えて被害者側の心理状態を要件として要求することも,検討に値すると考えております。 ○佐藤委員 橋爪委員の御意見とほとんど同じ考え方なのですけれども,恐らく,ただ不同意というふうに書いてしまうと,成立範囲が曖昧になってしまって,逆に実務的に運用が安定しないという現在と同じような問題が起きる可能性がありますし,一生懸命作っても,明確性の原則に違反して,違憲無効となってしまい,検討に費やした時間が無駄になってしまうという可能性もございます。実際,ある程度の明確性を確保するために手段を列挙するということにつきましては,この議論においてもある程度のコンセンサスがあるのではないかというふうに考えております。   ただ,手段を列挙した場合,この点については,今後公刊される予定の「性犯罪規定の比較法研究」の34ページ以下や906ページ以下を見ていただければ分かりやすいのですが,例えば,イギリス型のように,基本的に不同意性交であり,一定の場合に不同意が推定されるというふうに規定してしまうと,やはり最終的には,不同意とは何かという話になり,裸の不同意を検討するということになってしまいます。あるいは台湾型のように,手段を列挙した上で,「その他意思に反する」という手段を書く方法もあると思うのですけれども,台湾の場合には,「その他意思に反する」というのが,列挙した手段に匹敵する程度である必要がないという解釈がなされており,そうすると,「その他意思に反する」とは何を意味するのかが,曖昧になってしまうという問題が生じるように思われます。   ですので,ただ手段を列挙するというだけでは不十分で,逆に,不同意や一定の被害者側の状態を挙げるというだけでも不十分であり,この二つのものが合わさって,明確に一つのものを導けるという構造,手段プラス状態というふうな形で規定することによって,明確性が確保できるのではないかと考えております。   また,手段と何らかの状態を明記する規定形式をとる場合には,2点考えるべきことがあると思っております。まず1点目として,これは意見要旨集の「(3)」の「②」と少し関係しているのですが,手段の中に欺罔を入れるかです。この点については,一定の絞りをかけた欺罔というふうにすれば,入れても構わないのではないかと思っております。例えば,「好きだよ」とか,「結婚しようね」などという欺罔は,未成年者の場合には別の規定でそのようなことを考慮すればいいと思うのですが,少なくとも成人を含むあらゆる人に適用可能な規定においては,これは処罰価値のない行為だと思います。他方で,行為の性的性質を欺罔しているとか,あるいは,性交の相手方の同一性を欺罔しているという場合は,諸外国においても一般的に処罰されていますし,日本の現行刑法でも処罰されている類型になりますから,こういうのは入れておかないといけないと考えます。このように,欺罔を入れるのであれば,どういう欺罔かというのをも明確にしておくということが重要ではないかと思います。   もう一点は,これはもう既に出たお話ですけれども,中間的な結果として,何らかの状態を書き込むのであれば,「抗拒を著しく困難にする」という言葉は使わない方がいいのではないかということでございます。現在の裁判例において,必死に抵抗しないと強制性交等罪が成立しないということは,これはもう絶対ないのですが,ただ,そう誤解されている状況があるというのは事実でして,これが社会的に悪影響を及ぼしているというのであれば,新しく作る法律に,わざわざそういう文言を入れる必要はないと思います。ですから,別の文言を頑張って考える必要があるのではないかというふうに考えております。 ○井田座長 今,橋爪委員,佐藤委員から,手段については言わば例示列挙で構わない,つまり,暴行,脅迫,威力,不意打ち,その他の手段を用いてというような規定でよいとする御発言があったのですが,いかがですか。罪刑法定主義が支配する刑法において,そういう例示列挙を含む規定を作ることに反対という御意見はあるでしょうか。委員の先生方の中に,いやいや,それは明確性の原則に反するのだと,例示列挙は駄目だと,こういう意見はございますか。 (一同,発言なし) ○齋藤委員 「② 列挙することが考えられる手段,状態」のところに関することなのですが,こちらに書いてあることに加えて,少し重なるかもしれないのですが,委員の皆様に検討していただきたいこととして,もちろん経済上とか学業上,人間関係そのほかの問題,秘密をばらされるかもしれない状況であるとか,あるいは,障害者が被害者であったときに,理解力や力関係の差や脆弱性を利用した場合であるとか,そういった状況を利用した場合というのを考えていただきたいです。もう一つ,例えば,性交を連続して強要される場合には,以前の性交がその後の性交への抵抗を抑圧するということがきちんと拾われるような文言を検討いただきたいと思っております。例えば,18歳以前から監護者に性交を強要されていた場合には,18歳を超えたとしても抵抗はできませんし,最初の性交が強制性交であったにもかかわらず,それが事件とはならなかった場合,その後,明確な脅しがなくとも連続して性交が行われるということがありますが,それは,最初の強制性交によって,後の脅しとかがなくても応じてしまうという状態があるので,法律上,そういったいろいろな状態を含む言葉としてどのようなものがあるのか分からないのですけれども,そういったものも手段,状態の中には含んでいただきたく思っておりました。 ○宮田委員 座長が先ほどおっしゃった例示列挙についてなのですが,例示というのはどうしても漏れが起きますし,争点の拡散が起こりがちだということだと思うのです。裁判の中で,検察官が,構成要件における例示の中のこれだといったときに,証拠を調べると,これには当たらないがこちらには当たりそうだ,ではどちらなのかという追い掛けっこのようなことが起こり得るのだろうと思っています。   ですから,統一した概念が一つあるというのは,裁判をする上で,その辺の追い掛けっこを起こりづらくする,あるいは,争点の拡散が非常に起きづらくするという役割があるのではないかと思っています。   やはり例示は,漏れがある場合があります。漏れがある場合にどうしたらいいかというところは,橋爪委員や佐藤委員が様々な技術的な御提案をなさっていましたけれども,それでも,まだ漏れがある可能性もあると思います。   現在のがちがちの構成要件だと言われているものでさえ,相当幅広に適用されています。そうすると,例示された事実について,更に解釈が広がっていく可能性はあると思います。例示をすることによって,要件を緩める効果が出てくるのではないかということになれば,刑の下限についての考え方が今のままでいいのかと疑問に思います。 ○井田座長 ありがとうございます。例示という方法の是非については,三巡目以降の議論で,更に突っ込んで検討したいと思います。 ○木村委員 今,三巡目以降というお話でしたので,簡単にします。   「(3)」の「②」の一つ目の「○」に挙げられている威迫,不意打ち,偽計,欺罔,監禁ですけれども,これは,やはり,ややいろいろなものが雑多に入り過ぎているかなという気がします。ですので,暴行・脅迫の範囲は今でも十分広いのですけれども,暴行・脅迫だけでは狭いとすると,先ほども少し申し上げましたけれども,「暴行・脅迫その他」であるとか,あるいは「正当な理由なく」と付けるであるとか,そういう形で広げていくのがいいのかなというふうに思います。   威迫や不意打ちは,今まで刑法で使っていない文言ですから,それがどのように使われるかというのは,十分に検討する必要があるというふうには思います。   欺罔に関しては,先ほど一部入れるべきだというふうに佐藤委員がおっしゃっており,なるほどというふうに思ったのですけれども,欺罔一般が入ってしまうと,やはり少し広いので,入れ方に十分注意する必要があると思います。   要は,先ほどから橋爪委員や佐藤委員がおっしゃっているように,同意がないことがはっきりすればいいので,あまり細かく書き過ぎると,それはそれで逆効果があるのかなというふうには思います。   それで,先ほど宮田委員からイギリスの法律の件で私の名前が出ましたので,少し補足しておきますけれども,確かに,不同意ということを表に出してしまうと,無罪率がかなり高くなるというのは,実態としてあるというふうには思います。ですから,やはり裸で不同意というのを出すというのは,かなり危険な状態が生ずるのではないかなと思います。   それと,もう一点だけ。「(3)」の「②」の二つ目の「○」の関係なのですけれども,「抵抗ができないような状態で」というような文言を入れてしまうと,実は,177条と178条の垣根というのはかなり低くなるというか,一部交ざり合うというようなことになるのかと思います。しかし,それはそれで構わないのかなというふうに思います。ですから,そこのところもフラットにして議論していただければと思います。 ○井田座長 とても示唆に富む御意見だったと思います。   一つお聞きしたいのですけれども,「抗拒を著しく困難な状態にして」というのは,恐らく法律専門家にとってはすんなり頭に入ってくる文言であろうかと思うのです。私も長年刑法に携わっており,従来の解釈論が身に染み込んでいるせいか,すっとそれで落ちる感じがするのですが,この文言では,どうも被害者側に抵抗を求めているようで良くないということになるのでしょうか。その点,御意見頂ければと思います。 ○上谷委員 例えば,性暴力で無罪判決が出た場合に,今は誰でも判例の内容をネット等で調べられるので,「抗拒を著しく困難にする程度」というのは,法律家でない人でもある程度目にするようになった文言だと思います。その人たちのネットでの反応等を見ていると,法律用語としてではなく,日本語そのものとしてやはりこれは抵抗を前提としていると普通に解釈しているのだろうなというのがすごく感じられていて,それが性暴力に対する意識の低さとか,被害者に対する偏見,嫌だったら一生懸命抵抗すべきだろうというような,いわゆる強姦神話みたいなものが,なかなかなくならないことにつながっているように感じています。 ○井田座長 先ほど,山本委員と橋爪委員が,自由な意思決定の能力を失わせるという表現を用いていらっしゃいましたけれども,そちらの方はよろしいですか。 ○上谷委員 なかなかそこは,その人を基準にして,その人自身はそう思ったけれども,客観的に見るとどうなのかということとか,やはり,いろいろな全体的な条件によると思うので,その言葉があるからそれでいいというのは,今,即断はできないのですけれども,検討はすべきことだと思っています。 ○齋藤委員 すごく素朴な言葉のニュアンスの感想なのですけれども,抗拒が困難な状態に陥れと言われると,被害者は陥れられたのだなというような感じがするのですけれども,抗拒不能のように,「不能」と言われてしまうと,抵抗できることが前提になっているという感覚がします。   つまり,何が言いたいかといいますと,法律の用語が分からない一般の人と法律の用語を分かっている専門家との間の言葉の受ける印象や認識や理解には,大分乖離があるのだなということを,この議論を通じて私も感じました。 ○井田座長 それでは,時間の関係もございますので,「(3)」についての議論は,この辺りで一区切りとさせていただきたいと思います。   開会からかなり時間が経過しましたので,ここで5分ほど休憩したいと思います。 (休     憩) ○井田座長 それでは,会議を再開したいと思います。   ここからは,一巡目の議論では取り上げなかった論点になります。   一つは,立証責任の転換規定や推定規定を設けるべきか,もう一つは,行為者が,被害者が性交等に同意していないことの認識を有しない場合にどのように対処すべきかであり,この二つの論点について議論を行いたいと思います。   まずは,配布資料12の「検討すべき論点」第1の「2」の四つ目の「○」,すなわち,「被害者が性交等に同意していないことについて,一定の行為や状態が認められる場合に被告人側に立証責任を転換し,又はその要件の充足を推定する規定を設けるべきか」という項目について,議論したいと思います。   この項目は,恐らく,罰則の要件をどう決めるかによって,検討すべき内容が変わってくることとなりますので,御意見のある方は,どのような罰則の要件を念頭に置いているのかを明らかにしていただいた上,御発言をお願いします。 ○山本委員 私は,法律には詳しくないので,法的なことは言えないのですけれども,この立証責任の転換は,刑法上難しいということは聞いています。   例えば,被告人に立証責任を転換しても,Noと言われなかったから同意があったと主張された場合に,被害者が抵抗したことの立証を求められ,心理学的な見地からは被害者側に無理を強いるのは同じです。ただ,同意があったということについては,このような形で相手の同意を確認しましたということは言えるとは思うので,「Yes means Yes」型になれば,このような転換も可能なのではないかという理解をしています。それが正しいのかも分かりませんけれども,もしこの理解について何か意見があれば,お伺いできればと思っています。 ○井田座長 それは,委員御自身としてもそうするべきだと,強い御意見をお持ちなのでしょうか。 ○山本委員 もし,不同意性交等罪が創設されて,「Yes means Yes」型になれば,立証責任の転換も可能なのではないかと考えます。 ○川出委員 「Yes means Yes」型にするかどうかというのは,どのような場合に同意があった又はなかったとするかという問題ですので,ここでは,そのような方式による場合も含めて,被害者が性交等に同意していないことについて挙証責任の転換規定や推定規定を設けるべきかどうかについて意見を申し上げたいと思います。   これは,論点整理のときにも申し上げたのですけれども,まず,前提として,刑事手続においては,検察官が刑事責任の存在と範囲を基礎付ける全ての事実を立証しなければならないというのが原則です。挙証責任の転換規定ですとか推定規定というのは,その例外に当たるものですから,これを設けることができるかどうかについては,その必要性と合理性の両面から検討することが必要です。   まず,必要性という点から見ますと,こうした規定を設ける必要性が出てくるのは,被害者の性交等への不同意それ自体を要件として,その立証を検察官に求める場合だということになると思います。ただ,この検討会でも何度も指摘がなされていますように,性交等には同意していないという被害者の供述をそのまま認めるのでない限り,被害者の内心を直接的に証明することは困難ですので,結局それは,外部的あるいは客観的な事実関係から認定するということにならざるを得ないと思います。そうだとすると,翻って,本日の議論の中で何度も出てきていますように,被害者が性交等に不同意であることを根拠付けるような,あるいは,不同意の徴表となるような客観的な事実を明確化し,それが充足されれば犯罪が成立するという形の構成要件を作ることが考えられます。   それができるのであれば,あえて挙証責任の転換規定や推定規定を設ける必要性は認められないということになりますので,まずは,そういった観点からも,構成要件の規定をどのようなものにするかということを検討すべきだろうと思います。   その上で,仮に構成要件の定め方を工夫したとしても,なお被害者の同意がなかったことについて立証の困難性が残るということであれば,挙証責任の転換規定や推定規定を設ける必要性はあるということになりますので,次に,その合理性が問題になります。   挙証責任の転換規定や推定規定が認められるためには,少なくとも二つのことが必要だと考えられています。その一つは,検察官が証明する事実から,被告人が挙証責任を負担する事実,あるいは推定される事実への推認が合理的であるということです。もう一つは,被告人が挙証責任を負担する事実,あるいは推定される事実を証明する資料が,通常被告人側にあって,被告人が反証することが容易であることです。   そこで,この二つの点から考えてみますと,まず,推認の合理性の観点からは,こうした規定を設けるとした場合,その内容は,通常,被害者が性交等に同意していないと推認されるような客観的な事情,資料12「検討すべき論点」では「一定の行為や状態」とされていますが,そうした事情の存在を検察官が立証した場合には,被害者の不同意が推定される,あるいは,被告人側で被害者が同意していたことを立証しなければならないというものにする必要があります。   そうした客観的な事情として具体的に何が考えられるかですが,実際に推定規定を設けているイギリスの条文を見ますと,そこでは,例えば,暴行が加えられたとか,あるいは,不法に監禁されていたといった事情が挙げられています。しかし,これを我が国の実務の運用に当てはめて考えてみますと,現在でもこうした客観的事情が認められれば,被害者が性交等に同意していないことが事実上推認され,それを否定しようとすれば,被告人側で推認を覆すような特別な事情を立証しなければならないということになるでしょうから,そうだとしますと,あえて挙証責任の転換規定ですとか推定規定を置く必要性は乏しいということになります。   逆に,通常,被害者が性交等に同意していないと推認されるとまでは言えない客観的事情がある場合にまで,こういった規定を設けようとしますと,その合理性が疑わしくなります。また,仮に,そのような場合でも合理性が認められると考えるとしても,二つ目の要件が充足される必要があります。この場合,被告人が挙証責任を負担する事実,あるいは推定される事実は,性交等への同意,不同意という被害者の内心面ということになりますので,それを証明する資料が通常被告人側にあって,被告人が反証することが容易であるとは言い難いと思います。   以上の点から,結論としては,被害者が性交等に同意していないことについて,一定の行為や状態が認められる場合に,被告人側に立証責任を転換する規定,あるいは,その要件の充足を推定する規定を設けることは難しいと思います。 ○井田座長 ありがとうございました。極めて周到な御意見といいますか,御説明だったと思われます。   山本委員の御質問の,仮に「Yes means Yes」の方式を採用したらどうなるか,また,それは今の日本社会においてはどうかということについてはいかがでしょうか。こちらから御指名することになり恐縮なのですが,これは,ぜひ橋爪委員に御説明をお願いしたいと思います。 ○橋爪委員 御指名ですので,十分にまとまっておりませんが,私なりに思うところを申し上げます。もちろん,「Yes means Yes」型といっても,いろいろな理解があると思いますし,そのニュアンスも異なると思うのですが,一般的には,被害者による明確で自発的な同意があった場合に限って,性行為に関する合意の成立を認定し,性犯罪の成立を否定するものとして,私なりに理解しております。したがって,「Yes means Yes」を徹底いたしますと,同意の有無が必ずしも明確に認定できないような場合,あるいは,実態としても,被害者が一定の葛藤や躊躇の上に性行為を受け入れた場合のように,自発性が乏しくグレーゾーンの場合についても,明確で自発的な同意を欠くとして,性犯罪として処罰される可能性があるように理解しております。   もちろん,グレーゾーンといっても多様でしょうし,これをいかなる範囲で処罰すべきかについてはいろいろな御意見があると承知しておりますが,個人的には,グレーゾーンの全てを不同意と評価して処罰する点については,若干の違和感を持っております。   そして,グレーゾーンの全面的な処罰が適切ではないと解した上で,その処罰を回避するためには,そもそもグレーゾーンの事例が発生しないようになること,つまり性的行為に同意しているか否かを,言語や行為によって明確かつ一義的に表示することが不可欠になると思われます。個人的には,もちろん性的な意思決定について,お互いが意思を明確に示すことが,本来あるべき姿であると考えておりますが,現在の日本社会において,このような社会通念が十分に定着しているとまでは言い難いように思います。   このように「Yes means Yes」の前提となるべき社会通念が十分に形成されていない段階において,意思表示が明確でない場合を処罰する規定を導入した場合,内心においては被害者が同意していた可能性が否定できない場合まで,広く処罰対象になるおそれがないわけではなく,必ずしも適切ではない帰結になるような懸念を有しております。 ○佐藤委員 橋爪委員がおっしゃったように「Yes means Yes」については,非常に色々な形があると思います。この点については,「性犯罪規定の比較法研究」の610ページ以下や215ページなどを参照していただければいいのですが,例えば,「睡眠中の人に対する行為は同意のない行為である」という前提に立ったとしても,スウェーデン法だと,「(睡眠状態の)不適切な利用」という要件がありますから,眠っている恋人に対して急にその体に触れたという場合において,事前の同意があったのだというふうに主張する可能性は残されていて,故意も問題になり得ます。その代わりに,過失犯があるとも思うのですが。これに対して,この点については和田委員の方がお詳しいと思うのですが,カナダ法のように,同意は性行為が行われる時点で現に存在しなければならないと考えれば,寝ている恋人の体に触ったというときにも,「事前の同意がありました」と言う人に対しては,「いや,そういうときは起こして意思を確認しなさい」という形で,形式的な行為規範違反というか,およそ反証を許さない規定の方式で構成することもあり得ます。ですから,「Yes means Yes」だったら,すぐに一定の決まった形での推定規定が作れるというふうにはならないと思います。推定規定を作った場合も,例えば,イギリスのように,簡単にひっくり返せる推定規定というのもありまして,これは,実務上ほとんど意味のない推定規定だと言われているぐらい,簡単にひっくり返せるような構造になっているのですが,そういうことも考えますと,推定規定を作ったからといって,すぐに何でも解決だというわけにはいかないのではないかと考えているところでございます。 ○小西委員 今,社会通念の問題が出てきていましたので,併せて2番目の「○」の点,すなわち,行為者が,被害者が性交等に同意していないことの認識を有しない場合について,私自身どうしたらいいか分からないのですけれども,是非検討していただきたいと思って発言します。 (具体的事例を紹介)   私,以前,直接このケースに関わることがあったのですけれども,最終的には,抗拒不能であったことは認めると言いながら,加害者の方が,被害者が同意していないという認識を有していないということで,無罪となったと思います。   これは,すごくおかしいと私は思っていまして,例えば,幻覚妄想状態があるとか,知的に認識ができないということは当然あり得ると思いますけれども,そういうことも何もなく,加害者が,例えば,すごく自分中心であるとか,性的な偏見を強く持っているということが,無罪の理由になってしまうのかというふうに,素人には思えました。認識がないというときの加害者の考えていることに関して,そういうふうに解釈されるのは非常におかしいというか,不当だと思うのですね。例えば,ラブホテルに教え子を連れ込んでも相手が黙っていれば同意していると思っている,そういう認識というのは,社会の通念,あるいは平均的なものだとはとても思えませんし,そういうことについて,もう少し検討していただいて,こういう判決が出ないようにしてほしいなというのが,私の希望です。   きちんとした法律的な議論でなくて申し訳ないのですけれども,そういうふうに思っています。 ○井田座長 ありがとうございます。今の御発言は,資料12の次の「○」に関わる御発言ですので,その検討のときに,また言及していただくということにしたいと思います。 ○金杉委員 立証責任の転換についてなのですが,被告人側に立証責任を転換された場合,この「一定の行為や状態が認められる場合」というのは,既に客観的な状況等から同意がなかったであろうという状況が立証されているということだと思うのです。その段階で,被告人側に立証責任を転換された場合,具体的にどういう証明方法で同意があったことの立証ができるかと考えたとき,本当に性行為そのものの一連の経過を録音録画しておくことぐらいしか,ちょっと考えにくいのですね。被告人側が幾ら相手が同意をしていたと思っていたと供述したとしても,それを許さない客観的な状況があるのであれば,被告人の供述だけで同意が立証できるとは到底思えません。   そうすると,同意のない撮影等を,そもそも別に処罰するべきかということを検討している段階で,例えば,それが本当に処罰されるということになった場合には,同意なく撮影したという証拠を出して,別の犯罪で訴追されるという危険を冒しながら反証をしなければならないというようなことになります。また,録音録画をしなければ,こちら側の同意が立証できないというような制度,あらかじめ証拠を担保しておかないといけないというような制度になっては,そもそも性的自由に対する逆の側の抑制が過ぎるのではないかと考えますので,立証責任転換については難しいというふうに考えます。 ○井田座長 ほかに,この挙証責任の転換,あるいは推定規定について,是非これは導入すべきだという強い御意見の委員はいらっしゃいますでしょうか。 ○山本委員 同意をどのように立証するかについては,私はイギリスに視察に行った際,裁判官の方のお話を聞いたのですけれども,イギリスは不同意が性犯罪の要件であるので,例えば,お店に入っていたら,お店の人たちから,彼女と彼はどのように会話をしていたのかとか,その後移動する様子はどうであったのかとか,言語的なことや行動等というのを総体的に見て,不同意か否かを判断し,その判断ができるように3年に1回,2,3日トレーニングを受けると言われていたということをお伝えしておきたいと思います。そのような判断というのは,すごく大事なものだと思いますけれども,そのような形での判断もできるのではないかと思います。   あと,故意については,小西委員も言われていたのですけれども,とても重要なことだと思います。先ほど被害者が葛藤しながら受け入れた場合という話も出ましたが,被害者は葛藤しても,加害者は葛藤しないわけですね。加害者は相手を物として見て,自分の欲求や利益を押し付けていく。そのときに,通常は,人間であるから,相互交流をして,共同調整をして,コミュニケーションを取って,その合意に至るという反応が起こるわけです。それが全くできないときに,被害者側の神経系が阻害されて,シャットダウンとか解離とかフリーズというのを起こしてしまうことがあります。加害者が相手を認識しない,相手の意思,希望等を尊重しないというところにおいて,相手が同意していないことの認識を有しない場合に,性犯罪として認めていくのかというのは,今後また議論されることと思うのですけれども,推定が難しいとしても,無神経で,そういう人の能力,人の希望とかを尊重できない人が無罪になるというのは,是非やめていただきたいと思っています。   久留米の事件も逆転有罪判決が出ましたけれども,そのように,裁判官の判断によって分かれてしまう,同じ状況であるのに判断が変わってしまうというのも,すごく問題だと思っています。 ○和田委員 挙証責任の転換規定を置くべきだと強く考えているわけでは全くありませんが,先ほどカナダの話が若干出たので,その点に関して1点だけ指摘しておきたいと思います。   カナダでは,意識がない人に対する性的接触を,同意がない性的接触だということで,広く性的暴行罪で捉えています。   先ほど宮田委員から御指摘がありましたけれども,今回の改正では,重く処罰する要請と広く処罰する要請とが,両方出てきていると理解しています。挙証責任の転換,あるいは,故意がない場合にどうするかという話は,広く処罰することとの関係で問題になっているのだと思います。カナダのように,意識がない状態だと,自動的に法的に同意がないものとみなすという形で処理していく方法は,結局,今ここの議論で前提にしている,実態として同意があるかどうかというところに着目するのではなくて,形式的にそういう状態で性的接触をすること自体を,行為規範に違反するものとして処罰するという扱いにするものです。日本でも,挙証責任の転換だとか,あるいは,故意がない場合も広く処罰するという改正をするのだとすると,それは,実態として重い犯罪としての追及をするというよりは,形式的に性的行為を行うときの行為規範に違反しているということだけを捉えて,軽くても広く処罰するということを別途追求することになるのだと思います。そのような路線を追求することもあり得るかなとは思いますが,やはり,それは,社会における性的秩序を害する犯罪,つまり社会的法益に対する罪としての位置付けとなっていく話だと思いますので,かなり劇的な話になると思います。 ○井田座長 いろいろ御意見を頂きましたけれども,この被害者の同意の有無について,挙証責任の転換規定,あるいは,推定規定を設けるというのは,相当にハードルが高いということで,積極的に是非という強い御意見はなかったとお伺いしました。他方で,実体法の規定の要件を変えて,より明確化する,あるいは,緩和するということによって,認定もより容易になるということもあるかもしれませんので,その点も考慮した上で,この論点については,取りあえず委員の皆様の御意見を承れたということで,次の項目についての議論に移らせていただければと思います。   既に御意見が出ていますけれども,行為者が,被害者が性交等に同意していないことの認識を有しない場合にどのように対処すべきかという項目について,検討いたしたいと思います。   この場合も,罰則をどういうふうに作るかという問題を念頭に置いて議論する必要があると思いますので,それについても,併せておっしゃっていただければと思います。 ○金杉委員 被害者の同意が被害者の内心の問題であるのと同様に,被害者が性交に同意していると思っていたという被告人の認識も,また内心の問題になります。実務の運用においても,被告人が幾ら自分は同意があると思っていたと主張したとしても,客観的な状況から,いや,被害者は同意していなかったでしょうと言われるような状況が立証されれば,同意があったという認識を有していたはずだとして,故意が認められているという実情があると思います。   現状において運用上問題がないと考えていますので,この点については,特に規定を入れるべきという強い必要性はないかと考えます。 ○小島委員 暴行・脅迫要件の存否が問題になっている事案で,同意の有無が問題になっているケースが多い。第5回検討会のときも申し上げましたが,社会的に何を同意とみるかということが曖昧だということに問題があると思います。一緒に酒を飲んだ,密室に一緒にいた,泥酔していたことをもって,同意があったと思われても仕方ない,嫌と言わなかった,明確な拒絶の意思がないことイコール同意ではないことが,一般の人にも司法関係者にも理解されていないと思います。   性行為については,明確な同意を得るべきであり,これを怠った場合のリスクについては,同意を曖昧なままにして利益を得てきた者,主として男性だと思いますが,これが取るべきだと考えています。   性に関する同意の在り方については,人権保障という観点から,以上のような考え方が一般の人々にも受け入れられる社会を目指すべきではないかと思っております。スウェーデン刑法は,過失犯の処罰規定を設けています。相手の同意の有無について行為者に確認義務を課し,これを著しく怠った場合には過失レイプ罪として処罰の対象としています。過失犯を処罰するという点について,検討していただきたいと考えます。 ○井田座長 仮に過失犯の規定を設けるとしたときに,現行法は過失致死であっても法定刑は50万円以下の罰金ですね。そうすると,どのような法定刑が考えられるのでしょうか。 ○小島委員 過失犯を処罰するとなりますと,強制性交等罪と同じ法定刑というわけにはいかないと思っております。 ○齋藤委員 私も,小西委員と同じように,法律の中でどのようになると良いのかよく分からないのですけれども,小島委員がおっしゃったように,何が同意のないことの徴表となるかが,今より明確に適切に明記されれば,その明記されている状況で性行為を強要することが犯罪となるので,加害者がそんなつもりではなかったと主張することは難しくなると認識しています。 (具体的事例を紹介)   この事例については,状況として明らかに不同意であることが明白であるのに,専門家の意見書が無ければ加害者に故意が無かったことが通ってしまうかもしれない,ということ自体がおかしいのではないかと思いました。こういうことをどうしたら解決できるのか分からないのですけれども,先ほどの状況がきちんと法律上明記されるということであることに加えて,司法関係者や社会の人たち,大人から子供まで,きちんと教育・啓発がされて,そのようなことが同意であるはずがないということが前提となるような社会になることを望んでいます。 ○池田委員 行為者の認識については,イギリス法にも,行為者を処罰するための要件として,挿入に同意していると合理的に信じていなかった場合という事情が挙げられているようですけれども,日本の裁判実務でも,冒頭の議論で渡邊委員から御指摘があったように,同意がないことの認識があったか否かは,被告人の供述を踏まえながらも,確認された客観的な事実関係に基づいて,合理的に判断されているものと承知しております。   そうした状況の下で,被害者の同意があると思っていたという被告人の主張が認められることに対して持たれる疑問というものは,恐らく当該事件における客観的な状況の下で,同意があると考えるのはやむを得ないという,そうした評価の当否に対する疑問ではないかと思います。そうであるとすると,まずは,そのような評価を行う司法関係者の方々において,性的行為に対する同意の在り方について,認識・理解を深めていくことが重要ではないかと思っております。   その上で,そのような認識が共有されれば,捜査・公判実務においても,客観的な状況から適切に被告人の認識の有無が認定されるようになるのではないかと思いますし,要件を明確化する実体法の整備も,その一助となるのではないかと思います。 ○中川委員 既にもう皆さんから出ているところなのですけれども,主観的要件に関する認定手法について,裁判官の間で議論しているところも申し上げたいと思います。   現行法上,犯罪の成立には故意が必要ですので,被告人が被害者の同意があるという認識で行為に及んだ場合には,故意を欠くということになります。もっとも,法律用語で言いますと,故意の中には未必の故意も含むというふうになっておりますので,被害者は同意していないかもしれないと思っていた場合には,故意はあるということになります。   これも出ていたところですけれども,被害者が同意していたか否かや,被告人がそれを認識していたか否かというのは,内心の問題ということになりますので,直接明らかになるような証拠はありません。ですから,判断が難しいということになります。   もっとも,この点につきましては,裁判官同士でもいろいろ議論しているところでありまして,例えば,司法研修所における裁判官同士の議論では,被害者や被告人の内心自体を直接判断の対象とするよりも,池田委員もおっしゃっていましたが,客観的な事情に照らして,被害者が同意するような状況にあったか,例えば,被告人と被害者が出会ったばかりの状況であったならば,すぐに同意するような状況にはなかったのではないかというような,客観的な事情から推認すべきではないかというような議論がされています。また,周囲の状況,従前の被告人と被害者との関係性などといった客観的な状況からして,通常であれば同意しないであろうという状況を被告人が認識しているのであれば,これはもう未必的な故意も含めて故意が推認される。これに対して,被告人がいろいろと弁解するのであれば,その弁解を踏まえて,合理的な疑いを差し挟むのかどうかというような観点から,評価していくのではないかというふうに議論がされています。   ですので,被告人に認知のゆがみがあったり,独特の価値観があったり,ナンパの成功体験があったり,そういうことがあったからといって,被害者が同意していないかもしれないという認識が全て排斥されるわけではありませんで,客観的な事情に照らせば,そういう客観的な事情は被告人も認識しているのであろうということからすると,推認を妨げる特段の事情はないというふうになるのではないかという議論もされております。 ○宮田委員 先ほどの齋藤委員のお話を,被告人が犯意がないと言ったことに対して,けしからんとお考えになったと聞いたのですけれども,被告人というのは,裁判の当事者です。正に自分が罰されるかどうかというところで,自分の意見を言うのです。現行犯で逮捕されて,こんな状況で殺意がないなんてあり得ないだろうと言っても,本人が殺意を争うと言えば,弁護人は殺意を争わざるを得ません。   性犯罪については,非常に認知がゆがんでいる方が多いというのは,我々も弁護しながら認識しているところです。俺は同意があると思ったと言われて,我々が,これだけの証拠があるから通らないよという説得はします。それでも,争うと言われれば,争わざるを得ません。それは,被告人が当事者だからです。そして,被告人が,自分の認知がゆがんでいると理解するためには,裁判の段階で,そのゆがんだ認知についてあらわにして,そんなの無理でしょう,それは社会が許さないでしょうということを示すことも,被告人の認知のゆがみに対する矯正に対して意味を持つということを,御理解いただければと思います。   裁判に出ること自体,被害者にとっては非常に苦痛であるということは理解しております。しかしながら,裁判を受けて,そこで刑を言い渡されるのは被告人であり,被告人がそこを争いたいと言った場合には,そこが争点にならざるを得ないことは,指摘申し上げたいと思います。 ○齋藤委員 若干誤解があるように思ったので,一言申し添えます。被告人がその主張をしたことがけしからんという趣旨ではなくて,被告人が主張したときに,それを,心理士が専門的な見地から否定しなくても,その状況では同意があり得ないと考えられることが社会通念上当然ではないか思ったので,それを,専門的に意見書を書いて否定しなければいけないという今の司法の在り方,考え方が,どうなのだろうと思ったという趣旨です。別に被告人が主張していることがけしからんと言ったわけではありません。 ○小西委員 今の法律家の方のお話からすると,これは適切に扱えれば大丈夫なのだというふうに理解しましたが,適切に扱われていないケースが,齋藤委員のところにも,私のところにも複数ありまして,それが起きていること,それから,ここに問題として取り上げられていることというのは,やはり一つ問題なのだと。合理的な推論とは何なのか,性的な被害について何が通念なのか,そこのところが曖昧なまま,言葉だけが置かれているので,こういうことが起こってしまうのだと思うのですね。   宮田委員のおっしゃっていることはそのとおりだと思いますけれども,その合理性というのを裁判官個人に任せるとこういうことが起こるということについては,きちんと記録していただきたいし,改善していただくということが必要で,ここでの議論ではないですけれども,それだけは発言しておきたいと思います。 ○井田座長 いろいろと示唆に富む御意見を頂けたと思いますが,何らかの特別の規定を設けて対処するということにはどうもならないようだというのが,大方の御意見ではなかったかと拝聴しておりました。   時間の関係がございますので,これで,「暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件の在り方」についての二巡目の議論は一区切りとしたいと思います。   次に,今日の二つ目のテーマ,「地位・関係性を利用した犯罪類型の在り方」についての検討を行いたいと思います。   まず,意見要旨集の第1の3の「(2)」,すなわち,「被害者が一定の年齢未満である場合に,その者を「現に監護する者」には該当しないものの,被害者に対して一定の影響力を有する者が性的行為をしたときは,被害者の同意の有無を問わず,監護者性交等罪と同様に処罰する類型を創設すべきか」という項目について議論することとしたいと思います。   一巡目の検討では,意見要旨集の6ページの「(1)」にありますように,「(2)」と「(3)」に関係する総論的な御意見として,「① 地位・関係性を利用した被害の実態」,「② 監護者性交等罪では処罰されない被害」という観点から,総論的な御意見を頂いておりますほか,特にこの項目に関する事項として,6ページの「(2)」にありますように,「① 子供の被害の実態」,「② 被害者の同意の有無を問わない新たな処罰類型を設けることの要否・当否」という観点から御意見を頂いております。先ほどと同様に,このうちのどこに関連する御意見かということを明示して,御発言をしていただければと思います。 ○小島委員 意見要旨集の「(2)」の「②」の論点ですが,被害者が一定の年齢未満の者について,被害者の同意の有無を問わず監護者性交等罪と同様に処罰する犯罪類型を設けるべきだという意見を申し上げます。学校の教師やスポーツの指導者による性被害から,中学生,高校生の子どもたちを守る必要があるからです。   中高生については,親からだんだん自立を遂げていく段階であり,家庭以外での人間関係が重要になってきます。家庭以外での居場所を強く求める段階になってきます。学校やクラブ活動などでの人間関係に惹かれて,学校やクラブ活動という居場所を失うということについての恐怖が大きい。教師やスポーツの指導者などのような支配従属関係の下で,嫌と言えない関係において性的関係を強要される場合について,監護者性交等罪と同様に処罰する規定を設けるべきだと考えます。   ここで,高校卒業の資格は,子供の人生にとって重要です。高校を出ていないと,まともな仕事に就けないということが多いです。性被害を訴えると,学校やクラブ活動を辞めなければならなくなると思う子どもがいます。学校とかクラブ活動において教師やコーチの支配従属関係の下にある子供たちについて,何らかの手当てが必要であると考えます。社会的生存が脅かされるということを考えていただきたいと思います。   先ほど,日弁連の犯罪被害者の委員会のアンケートを紹介したのですけれども,そのアンケートの中で,6ページにありますけれども,監護者性交等罪で処罰できないのだけれども,どういう被害が生じているかというところで,教師からの被害に遭っているということが明らかになっています。   なお,先ほどのアンケートでございますけれども,個人情報というのが入っておりますので,委員の皆様には提供いたしましたけれども,非開示ということで,ホームページには載せない扱いにしていただきたいと存じます。 ○井田座長 小島委員,一つ,今の御意見の趣旨を確認させていただきたいと思うのですけれども,監護者性交等罪は,被害者の同意の有無を問わず処罰の対象とする犯罪なのですけれども,同じ形でカバーしていくとなると,例えば,被害者が高校生,16歳,17歳ぐらいの年齢の生徒であったとしても,同意の有無を一切問わず,処罰の対象にすべきであるという趣旨でございますでしょうか。 ○小島委員 はい,そのとおりでございます。   高校生はまだ社会的に自立していないという意味で,高校在学の子供まで対象にするべきだと思っております。 ○木村委員 私も,監護者の範囲が現状では狭過ぎると考えておりまして,前にも申し上げたように,特に教員に関しては広げるべきではないかと思っています。   最近,教員免許のことが随分問題になっていますけれども,社会的にも非常に関心が高く,やはり課題が大きく認識されるようになってきているのだと思います。ですから,教員という立場についても,親と同様に,生活をかなり支配しているという意味では,広げていいのではないかと思います。   その理由なのですけれども,先ほどから保護法益のことで性的自己決定というお話がありましたけれども,やはり子供に関しては,青少年の保護という側面も刑法で考えてもいいのではないかというふうに思います。   また,教員はボランティアではなくて,教員免許に基づいて責任を持って子供の生活を預かっているわけですから,その意味でも,やはり通常の大人一般とは全然違いますし,別扱いというのは可能ではないかと思います。それと,事実上,児童にとって,学校生活の比重は家庭に次いで大きいわけですから,その意味でも責任は大きいし影響力も大きい。しかも,継続するおそれがあるというふうに思います。ですので,そのような法益侵害の大きさを考えれば,教員という枠でくくり出すということも可能だと思います。   それと,意見要旨集には,おじとかおばということが書いてあるのですけれども,やはりそれとは責任の重さが違うというふうに思っております。   中学生までか高校生までかというのは,実は結構悩ましくて,個人的には,高校生まででもいいというふうに,小島委員と同じように思うのですけれども,かなり抵抗が大きいようであれば,中学生というふうに絞ったとしても,やはり教員は教員としての責任を負うべきだというふうに思っております。 ○宮田委員 これは,議論の前提として前回も言ったことですが,あえて申し上げますけれども,子供や知的障害のある人の事件について処罰ができない理由として,被害者の方の記憶が曖昧で,加害者や加害事実の特定ができない,だから,そもそも裁判まで至らない,あるいは有罪に至らないという場合があることは,十分に認識しておくべきだと思います。   次に,「現に監護する者」の範囲を広げるかどうかの話ですけれども,現在の監護者性交等罪を作ったときに,監護している親,それに準じるような保護者との関係では,ほぼ同意はあり得ない,そのような監護者であるという強い立場に対しては,子供は抵抗することはできない,だから,同意があり得ないと考えるのが合理的だという立法理由だったかと思います。監護者であるという特別な地位がある場合に,同意があることはほぼ考え難い。この条項が立証責任の転換ではないのだという考え方もありますけれども,事実上,監護者であるということになると,反証はほぼ難しい。   ただ,こういう事案ですら,実際には,被害者と加害者の間に同意がある案件もないわけではない。親の若い恋人と高校生ぐらいの子供が恋仲になってしまう事例も,実際にあります。また,海外の近親相姦処罰に関する例では,離れて住んでいた親子が恋愛関係になってしまい,それで,それが処罰されることについて,我々を放っておいてほしいと言った例なども報道されております。   監護者と子のような同意がないことが推定されるような案件ですら,例外があります。ですから,同意があったということの反証がほぼできないような類型を作ることは,最小限にとどめるべきではないかと,私は考えます。   しかも,教師,あるいはコーチなどといった上下関係の場合には,その地位自体に非常にグラデーションがあると思います。例えば,木村委員が,もう高校生まで含めてもいいかもしれないけれども,そこは考え方が違うかもしれないとおっしゃいました。正に,私の知っている例で,高校の先生と恋愛関係になって結婚まで至った方や,あるいは,スポーツの指導に来ていた先輩と結婚した方もいらっしゃいます。生徒が挑発して,先生と関係を持って,嫌いな先生を辞めさせた例も知っています。   小学生の場合には,性交同意年齢の規定で教師への処罰が可能です。ですから,学校の先生の問題に対する社会での関心や意識が高まっている中で,早期に加害者を発見して,先生を懲戒解雇の対象とする。そして,少なくとも教育の場には戻さないで,再被害を防ぐことの方が重要であると思います。犯罪にするよりも,被害拡大防止のためにそういう措置を採る方が大事だと思います。   悪質な例については,178条での処罰を考えることができるのです。未成年への加害が一律処罰に本当になじむのかということを,考えなければならないかと思います。そもそもこの点に関する被害についてのお話を伺っていると,この保護法益は,性的な自己決定権やそれよりも広い性的な統合性だと考えたとしても,児童の健全育成,脆弱な意思決定しかできない方の保護ということに尽きるように思います。   そうしてくると,児童の保護ということであれば,児童福祉法,あるいは児童ポルノ法があります。児童ポルノ法という呼ばれ方をしているので非常に狭い法律だと思われるかもしれませんが,正式名,児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律には,3条の2の中に,児童に対する性的な搾取や性的虐待に係る行為は禁止するという規定がありますので,ここをうまく活用して罰則を設けていく方法なども考えられると思います。   そういう意味で,児童福祉法制の中で,この問題については解決をしていくのは,一つ有効な方法ではないかと考える次第です。 ○和田委員 もうほとんど言われてしまったので,重ならないところを端的に申し上げますが,高校生と教師の組合せについて,同意の有無を全く問わずに処罰する類型を作ることには反対です。高校生ですと,上下関係が逆転することが無視できない程度に想定されますので,一律の処罰は適切でないと思います。せいぜい中学生に限定すべきだと思いますが,そうすると,性交同意年齢を引き上げる話との関係を考える必要が出てきます。それを,もし,ある程度引き上げるのであれば,この新たな類型については設ける必要性はかなり減ずるかなと思います。 ○上谷委員 私は,この問題は性的同意年齢と非常に強く関わってくるのかなと思っていまして,個人的には,性的同意年齢を16歳程度に引き上げるべきかと思っているのですけれども,そうすると,中学生については,そちらで救われるのかなと思っています。そうすると,あとは高校生をどうするかという話になってきて,そこについては,確かに多様な議論があると思うのですけれども,今の性的同意年齢である13歳というのは,中学生と高校生とかなり違うという面がありますし,成長の段階という意味からも,義務教育かどうかという問題がありますので,そこは,性的同意年齢を上げるという前提であれば,高校生をどうするかということに絞って議論できると思っています。   あと,1点ですけれども,先ほど宮田委員から,再被害を防ぐことの方が大事というお話がありまして,確かに再被害を防ぐことは非常に重要なのですけれども,今の被害者を救うことは,もっと大事だと思っておりまして,政策だけの問題ではないということを申し述べておきたいと思います。 ○池田委員 意見要旨集の7ページの「②」の二つ目の「○」のところになりますけれども,これまでの御指摘にも出ておりましたように,自由な意思決定ではない形で,地位を利用した性交が行われているという問題があることは否定されないと思う一方で,一律に同意の有無を問わない類型に含めて考えるというまでの定型性が認められるかということは,慎重に検討すべきではないかと思います。   教師やコーチ,施設の職員というのも,そのような地位があるというだけで一律に,同意の有無が問題とならないというふうにして良いのかということは,検討の観点として踏まえられるべきでしょうし,親族も,6ページの「(1)」の「②」の一つ目の「○」にあります,きょうだいや祖父母,おじ,おば,同居していない親が問題となるというのは,そのとおりだと思いますけれども,関わりの濃淡には様々なものがあります。今,指摘が出てきておりますように,被害者の年齢にも応じて,その影響力の程度は一様ではないと思いますので,これらのものを一律に同意の有無を問わない類型としてよいのかということは,今後検討すべき点とするべきだろうと思います。 ○齋藤委員 少なくとも,現行法の「現に監護する者」の範囲だけでは狭過ぎるというのは,以前も申し上げたとおりです。同意の有無を問わずという,現在の監護者性交等罪と同様に処罰する類型で,いろいろ挙げたのですけれども,きょうだい,祖父母,おじ,おばというのを挙げたのは,彼ら彼女たちは監護者の下での子供の生活に強く影響を与える人たちであって,その人たちからの要求を断ることで,監護者の下での生活に影響があるという場合に,子供たちが断ることは難しいということがあります。   義務教育における教師というのも入れていただきたいと思っておりますが,先ほどからお話が出ているとおり,性交同意年齢との関係で考えられると思いますので,地位・関係性や性交同意年齢などと併せて,適切に子供たちの受ける被害,子供たちがいかに断りにくいかを考えていただきたく,先ほど178条でということがあったのですが,子供が被害者の場合に,加害者が被害者の思考を利用するとか,思考を誘導するという形で,非常に被害がつかみにくいことがあります。ですから,子供に関して,特別にきちんと検討いただきたいと思っております。 ○井田座長 これまでの御議論の中には,どうも児童福祉法の「児童に淫行をさせる行為」の処罰規定に触れた御意見がないのですけれども,それでは処罰として十分ではないのかということについても,触れていただきたい,あるいは,御議論いただきたいと思います。 ○小西委員 結論としては,私は,やはり,せめて義務教育における教員は,専門性とか国家資格であるというようなことを踏まえて,監護者性交等罪と同じような形で含めていただくということを希望しています。   一つは,監護者と教師が違うという議論がありますけれども,被害の類型を見ますと,どちらもすごく似ているのですね。加害者が持っているパワーでコントロールされて,被害者が自分が被害を受けているかどうかも認識できないこともあることも,すごく共通していますし,地位のパワーの濫用という点で,「abuse」(濫用であり虐待である)であるといった似たところが非常に多いです。1回限りの被害より,繰り返して継続する被害の方が多いので,監護者性交等罪の場合と非常に似た心理で被害が起きている。そうなると,子供の同意というお話がありましたけれども,同意がなかなか自分で分からない,あるいは,被害を受けていると分かっていない子供が非常に多いということが言えます。   そういう点では,同じような形で扱わない限り,先ほど宮田委員ですかね,特定できないケースが多いのではないかと言われたのですかね。しかし,実際には,性交があったことが特定できるのだけれども,それに子供の同意があったかどうかということが言えないケースというのは,たくさんあるのです。   その全部を救えるわけではないけれども,少なくともそういう形の類型を作ることによって,パワーでコントロールされるために抵抗しない被害者,あるいは犯罪というのを認識することができるというふうに考えます。 ○佐藤委員 私の考えによりますと,教師というのは確かに監護者と同じような影響力を持っている場合があり得ると思うのですが,ただ,複数種類があって,関係性も複数あるというふうなことを考えますと,監護者性交等と同じように処罰しようと思った場合には,やはりそれと同じような強い影響力のある人に限るという形で,少し範囲を絞る必要があるのではないかと思います。逆に,そうではなくて,処罰範囲を広めに取っておきたいというのであれば,健全育成の視点とか,あるいは,人格的統合性とかの法益に何らかのダメージを与える危険があるというような法益侵害の危険性を根拠に,少しパターナリスティックに保護するという形で,法定刑を少し下げつつ,広めに取るというふうな可能性があるのではないかと思っております。   法定刑を下げて広めにというふうになると,それこそ児童福祉法との関係性が出てくるかと思うのですけれども,児童福祉法の方は,性交類似行為にまで至らないと,現在処罰されない状況にありますから,それに至らないわいせつ行為も拾えるというふうな形で規定することに意味はあると思いますし,あるいは,一般的に児童福祉法があまり知られていないということもありますので,刑法典に入れるということに価値があるという視点もあるのではないかと考えております。 ○橋爪委員 既に御指摘がありましたが,私も,コーチや教師は,場合によっては,親以上に影響を持つ場合があることには異存ありません。しかし,例えば教師といっても,担任の教師から同じ学校に在籍するだけの教師までおり,その関係性はケース・バイ・ケースでありまして,影響の程度に濃淡があるわけです。したがいまして,教師やコーチと児童の性行為を影響力の程度などを問わずに一律に処罰することについては疑問があり,やはり児童の年齢,あるいは地位・関係性,同意の内容等も含めて,個別具体的に処罰範囲を検討する必要があると考えております。   なお,意見要旨集の7ページの「②」の一つ目の「○」に,児童福祉法では18歳未満の者への性行為は罪であるとされているという御指摘がございますが,これが,18歳未満の者との性行為が一律に犯罪であるという趣旨であるならば,それは正確な理解ではないと思いますので,念のため,この点を補っておきたいと思います。   すなわち,児童福祉法34条1項6号は,児童に淫行をさせる行為を処罰しておりますけれども,ここでいう淫行とは,児童の心身の健全な育成を阻害するおそれがあると認められる性交又は性交類似行為と解されておりますので,例えば親公認の交際など真摯な関係性に基づく行為は,これに該当しないというのが一般的な理解です。また,淫行をさせる行為というためには,単に性交の相手方になるだけでは不十分であって,直接たると間接たるとを問わず,児童に対して事実上の影響力を及ぼして,児童が淫行をなすことを助長し促進する行為が必要であると解されています。そして,これに該当するためには,行為者と児童の関係,意思決定に対する影響の程度,淫行の内容,淫行に至る動機,経緯,児童の年齢,その他当該児童の置かれていた具体的状況を総合考慮した上で判断する必要があると解されています。   最近の判例では,高校の教師が児童と性行為に至った事件について,本罪の成立を肯定したものがありますが,これも,具体的な事実関係を一切考慮せずに処罰を肯定したわけではなく,当該教師と児童の具体的な関係性や影響力,性交に至った経緯などの事実関係を前提として,本罪の成立を肯定している点については,改めて確認しておきたいと思います。   もちろん,教師は児童に対して強い影響を持つことが多いことから,その影響力を背景にした場合には,児童の自由な意思決定を阻害するおそれがあること,また,実際に児童の自由な意思決定が阻害された場合を処罰する必要性が高いことには何の異存もありません。私が申し上げたいことは,教師であるという地位に基づいて,一律に処罰規定を設けることは,場合によっては,児童福祉法の「淫行」に該当しないような場合までを処罰対象に含むおそれがあることから相当ではなく,やはり個別の事案ごとに,その影響力,関係性などの事情に基づいて,処罰の可否を判断する必要があるという点に尽きます。   もちろん未成年者の意思決定といっても,周囲から影響を受けやすく,自由な意思決定とはいえない場合が多いでしょうし,教師の影響力を背景にした場合には,なおさら意思決定の過程に瑕疵が生ずる場合が多いでしょう。児童については,有効な同意があるか否かについて慎重な判断が必要であることは当然です。ここでは,それでもなお本人の自由な意思決定による同意があったと評価できる場合まで,処罰することは相当ではないという観点から,意見を申し上げた次第です。 ○山本委員 法律の言葉なのか,よく真摯な恋愛という言葉が出てくると思うのですけれども,平成29年の刑法改正前の検討会,法制審議会でも,親子でも真摯な恋愛があり得る可能性がないわけではないかもしれないというような議論がありました。   この真摯な恋愛というのを,皆さんはどのように考えていらっしゃるのでしょうか。性暴力の考えから言えば,同意がなく,対等性がなく,強制性がある行為が性暴力であり,同意は,年齢,成熟,発達レベル,提示されたことが何らかの性行為であるということを経験に基づいて理解していることや,提示されたことへの反応について,社会的な標準を知っていること,生じ得る結果やほかの選択肢を認識していること,同意するのもしないのも同様に尊重される前提があること,自己決定であること,精神的,知的な能力があることの全てを満たしていなければならないと,報告されています。   このような成人と未成年であって,しかも教師と生徒,それが,同じ学校の自分の担当する教員,あるいは学年主任であるとか,そのような立場の人と生徒が対等な関係と言えるのでしょうか。そして,そのような場合に,真摯な恋愛が存在することは考えられるのでしょうか。それは,やはりこの平等性というところに関して,私たちの社会が作り上げてきた固定観念に惑わされているのではないかなということも思います。一方がすごく優位であって,他方が下位であったとしても,そのような関係であっても,真摯な恋愛が成立し得るというふうに考えられてきましたけれども,被害を受けた人たち,ヒアリングの方もおっしゃっていましたけれども,下の立場に置かれていれば,そのような状況で恋愛と思いこまされるということは容易であり,だからこそ,地位・関係性の問題が指摘されているのだと思います。   加害者は,接触することも容易ですし,そのような人たちをコントロールすることも可能だということは,小西委員,齋藤委員からも指摘されているところです。ですから,この真摯な恋愛というのを深く考えていただきたいですし,対等性がない行為が性暴力であることということに基づいて,地位・関係性を議論していただければと思っています。 ○井田座長 予定された時間を過ぎておりますし,この問題との関わりで,不同意とは何なのだろうか,真摯な恋愛とは何なのだろうかというのは,またこの検討会でも必ず議論しなければいけないテーマではあると思いますので,今日はこのぐらいにさせていただきまして,次回,意見要旨集の「(3)」,つまり,「被害者の年齢を問わず,行為者が被害者の脆弱性,被害者との地位の優劣・関係性などを利用して行った行為について,当罰性が認められる場合を類型化し,新たな罪を創設すべきか」の部分から議論を行いたいと思います。   その後,同一被害者に対して継続的になされた一連の事実を一罪とすることのできる罪の創設の問題,それから,いわゆるグルーミング行為を処罰する規定の創設の問題,いわゆる性交同意年齢の在り方の問題,それから強制性交等の罪の対象となる行為の範囲,これらのテーマについての検討を行っていきたいと考えております。そういう進め方でよろしいでしょうか。 (一同了承) ○井田座長 ありがとうございます。それでは,そのように進めさせていただきます。   次回の会合で取り上げる論点に関しましても,本日と同様,一巡目の検討における委員の皆様の御意見を整理したものを,次回の会合に先立って委員の皆様にお送りして,前もって御検討いただくということができるようにしたいと思います。今日議論を行った各論点については,本日述べられた御意見や他の論点についての二巡目の検討結果を踏まえて,三巡目以降の進め方を考えたいと思っております。   これで本日の議事は終了いたしましたが,小島委員提出の資料は,個別事案における関係者のプライバシーに係る内容が含まれていることから,非公表としてほしい旨の御要望を伺っておりますので,公表しないこととさせていただきたいと思います。   また,委員の御発言の中で,特定の事案に関する御意見や御紹介もございましたので,これは,御発言なさった委員の御意向を改めて確認の上,非公表とすべき部分があれば,その部分を非公表としたいと思います。具体的にどの範囲を非公表とするか,また議事録上にどのように記載するかについては,委員の方との調整もありますので,私に御一任いただきたいと思います。そのような扱いでよろしいでしょうか。 (一同了承) ○井田座長 ありがとうございます。それでは,そのように扱わせていただきたいと思います。   では,次回の予定について,事務当局から説明をお願いいたしたいと思います。 ○岡田参事官 第9回会合は,12月8日火曜日午前10時から開催を予定しております。   次回会合の方式については,追って事務当局から御連絡申し上げます。 ○井田座長 本日はこれにて閉会といたします。   どうもありがとうございました。