性犯罪に関する刑事法検討会 (第12回) 第1 日 時  令和3年2月16日(火)  自 午前9時59分                       至 午後0時31分 第2 場 所  法務省共用会議室(オンライン会議システムを使用) 第3 議 題  1 一定の年齢未満の者を被害者とする罰則の在り方について         2 障害者を被害者とする罰則の在り方について         3 地位・関係性を利用する罰則の在り方について         4 暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件の在り方について         5 その他 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○浅沼刑事法制企画官 ただ今から性犯罪に関する刑事法検討会の第12回会合を開催させていただきます。 ○井田座長 おはようございます。御参加の皆様には,御多用中のところ御出席くださり,誠にありがとうございます。本日もよろしくお願いいたします。   本日,小島委員におかれては,御事情により欠席されています。   お配りしている資料について事務当局から確認をお願いします。 ○浅沼刑事法制企画官 本日,議事次第,「意見要旨集(第9回会議分まで)」,横断的な議論のための「補助資料」をお配りしております。   今回の意見要旨集は,本日御議論いただく論点についての二巡目までの検討における委員の皆様の御意見を整理して記載したものを一まとめにしたものであり,二巡目の議論の際にお配りした意見要旨集に二巡目の議論で述べられた御意見を追加して整理しております。   また,補助資料は,意見要旨集に記載されている御意見を本日の議論のテーマに沿って抽出した上,分類・整理したものです。   これらのほかに,山本委員からの提出資料,前回配布後に新たに団体から法務省に寄せられた要望書をお配りしております。 ○井田座長 それでは,議事に入りたいと思います。  前回会合でも申し上げたとおり,本日からは三巡目の検討に入ることとし,意見要旨集3ページの「2 暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件の在り方」,9ページの「3 地位・関係性を利用した犯罪類型の在り方」,15ページの「4 いわゆる性交同意年齢の在り方」という三つの論点について,論点相互の関連性を踏まえつつ,更に検討を深めることとしたいと考えております。   三巡目の検討ですので,最終的な取りまとめを意識しつつ,改正を要するとの立場から御意見を表明されるときには,法律上の要件をなるべく具体的にお示しいただき,要件の具体化に当たっての課題にどう対応するのかについても御意見をお聞かせいただきたく存じます。刑罰法規を実際に適用するのは警察であり,検察官であり,裁判所ですので,捜査・裁判の実務で混乱なく適用できるような具体的な規定の内容,その規定ぶり・文言とはいかなるものであるべきか,そこに焦点を当てた議論を行っていただくことをお願いしたいと思います。   これまで,現行法の規定では処罰できない行為があるという御指摘は随分頂いてきましたけれども,それでは,処罰すべき行為を処罰の対象とし,しかし,処罰すべきでない行為を処罰の対象外とし得るような規定の具体的文言がどのようなものかということについては,まだ検討が十分でないと思われます。この点に委員の皆様のお力を注いでいただきたいと思います。   これまでの議論を踏まえますと,この三つの論点の検討に当たっては,前回会議の最後でも申し上げ,また,補助資料にもありますように,これまでとは議論の切り口を少し変えて,まず,被害者の特性に注目し,「一定の年齢未満の者を被害者とする罰則の在り方」,そして,「障害者を被害者とする罰則の在り方」という観点から,言わば論点横断的な議論を行い,次いで,それ以外の,例えば会社の上司と部下の間における性的行為といったような,地位・関係性などが利用された場合に性的行為を拒絶することが困難となり得る場合を念頭に置いて,広く,「地位・関係性を利用する罰則の在り方」という観点から,更に論点横断的な議論を行うことが有益ではないかと思います。その上で,それらの観点では捉え切れない事柄もあろうかと思いますので,最後に,より一般的・包括的な観点から,「暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件の在り方」について議論を行いたいと思います。   こうした整理を基に議論することによって,論点相互の関連性を意識しつつ,法的課題について,より具体的な議論ができると思いますので,本日の議論は,補助資料に沿って進めることにしたいと思います。その際,補助資料の11ページから16ページまでに記載しているテーマ4に関する意見は,テーマ1から3までの議論にも大いに関係すると思いますので,必要に応じて御参照いただければと思います。   なお,本日の進行における時間の目安ですけれども,「テーマ1 一定の年齢未満の者を被害者とする罰則の在り方」について40分程度,「テーマ2 障害者を被害者とする罰則の在り方」について20分程度,それぞれ御議論いただいた後,午前11時15分頃から10分程度,休憩を取りたいと考えております。そして,休憩後,「テーマ3 地位・関係性を利用する罰則の在り方」について20分程度,「テーマ4 暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件の在り方」について30分程度,それぞれ御議論いただくことを予定しております。予定している時間についてはその都度申し上げますので,御協力をお願いいたします。   早速,「テーマ1 一定の年齢未満の者を被害者とする罰則の在り方」についての検討に入ります。このテーマについて,私の方で論点整理を試みることをお許しいただきたいと思います。   これまでの議論においては,補助資料の1ページから6ページまでにありますように,例えば,少なくとも義務教育を受けている者については保護の必要があるので,いわゆる性交同意年齢を引き上げ,16歳未満の者に対する性的行為を処罰できるようにすべきであるといった意見が述べられている一方で,被害者が一定の年齢未満であることだけを犯罪成立要件とすることについては,同年代同士の行為が処罰されることになってしまうこと,また,被害者の年齢が相応に高い場合には,被害者側から相手方に強く働きかけることがあり,立場の逆転が生じ得ること,さらに,刑事責任年齢が14歳とされていることを踏まえた検討の必要があるのではないかといった指摘がなされており,このような問題意識から,被害者が一定の年齢未満であること以外の付加的な要件を設けることの必要性についても御意見が述べられております。   そうしますと,このテーマについてのこれまでの議論においては,一定の年齢未満の者の中にも,少なくとも二つの年齢層があることが前提とされてきたように思われます。より低い年齢層と,少し高めの中間的な年齢層の二つです。すなわち,より低い年齢層とは,被害者が一定の年齢未満であることだけを犯罪成立要件とし,暴行・脅迫を用いた場合と同じ法定刑とする,そのような類型の被害者であり,その年齢を何歳とすべきかが問題となります。一方,少し高めの年齢層とは,年齢が高めであるとはいっても,大人と同じ扱いとすることは適当でないということで,被害者の年齢に加えて別の付加的な事情も犯罪成立要件とする類型の被害者であって,そうした中間的な年齢層の類型に当たる被害者の年齢を何歳とすべきかが問題となります。   つまり,現在の13歳未満という年齢を前提として,同様の保護を行うべき年齢は現状のままでよいか,それとも引き上げるべきか,そして,その少し上に位置する中間層の年齢,つまり,一定の付加的要件を付して保護すべき年齢は何歳であるべきか,大きくこの二つについて解決を示すことが求められているのではないかと思われます。そして,その中間的な年齢層の類型については,被害者の同意の有無を問わずに処罰することとすべきかどうかが検討される必要がありますし,それとの関係で,被害者の年齢以外にどのような付加的な要件を設けるかについて検討する必要があると思われます。   具体的にどのような犯罪成立要件を付加的に要求するかについては,これまでの議論を踏まえますと,補助資料の1ページから6ページまで及び11ページから16ページまでにありますように,例えば,行為者の年齢,行為者と被害者との年齢差,あるいは,行為者と被害者との間の一定の地位・関係性に関する要件を設けるということが考えられますし,それに代えて,あるいはそれに加えて,手段,行為態様,被害者の状態に関する要件を設けることも考えられるかと思われます。   また,この中間的な年齢層の類型についての議論を行うに当たっては,現行の強制性交等罪との関係で法定刑をどのように考えるかということについても検討が必要になると思われます。   問題を更に明確化するために申し上げると,この中間年齢層について,年齢以外の付加的な要件を緩やかな要件にすればするほど,年齢のみで保護する類型の年齢層の保護の在り方に近付いていくと思われます。その結果,13歳という年齢をそこまで引き上げるのとほとんど変わらない規定になることもあり得ると思われます。他方で,中間年齢層の類型について,被害者の年齢に加えて少し厳しい要件を更に付加するとすれば,法定刑を引き下げる必要はないということになるかと思います。ただ,その下の年齢層と比べると,付加的要件がありますので,それだけ保護の対象外となる場合も出てくるということになろうかと思います。   こうしたことを踏まえ,御発言をお願いしたいと思います。40分程度の時間を予定しております。 ○上谷委員 まず,「いわゆる性交同意年齢」というふうにいわれていますけれども,私はこれまで便宜的に「性的同意年齢」という言葉を使っております。その意図は,性交に限るべきではないと,つまり,強制性交等だけではなくて,強制わいせつについても同様に考えるべきという趣旨で,そのような言葉を使ってきました。また,この同意年齢というのが法律用語でもないのに独り歩きしていて,そのために,13歳で同意能力があるのか,ないのかとか,中には真摯な同意があるのではないかとか,そうすると若年者の性的自由は保護しなければいけないという議論になっていて,若年者の性的搾取をどのように防いでいくかというところがちょっと希薄になっている気がしているので,私は,ネーミングとして,「性的保護年齢」と言い換えるのが適切ではないのかなと考えています。私は,この性的保護年齢は16歳未満,つまり,少なくとも義務教育の期間は絶対保護されるようにしなければならないと考えております。   若年者の性行為がいろいろ妊娠や病気などで危険があるということは,既にこれまでに出ていることですけれども,一つ,もう少し前の段階についても問題意識を持っていただきたいなと思いますので,その点について少しお時間を頂きたいと思います。13歳から15歳までの子供たちが自ら望んで性行為をしたということがあっても,それは自己加害の側面が非常に強いと思います。13歳同士とか14歳同士というのは一体どこで性交渉をしているのかということです。ラブホテルに行くようなお金は普通持っていない。自宅で行っているのであれば,親が不在でネグレクトが疑われる。親がいるのに,別にセックスして構わないよと容認しているのであれば,成育環境に相当問題があると言わざるを得ません。また,自宅以外で考えられるのは,非行のたまり場になっている場所で行われているというケースで,いずれも保護の対象として児童相談所などが介入すべき事案かと思います。   また,現在,学習指導要領で小学校でも中学校でも妊娠の過程は取り扱わないとされていて,多くの子供たちが性に関する正しい知識がないのと同様に,また,多くの人がそういう教育を受けて大人になっているので,大人も基本的な知識は乏しいというのがこの国の現状かと思っています。私自身も,弁護士になって性被害に関わる仕事をするまで,性的な知識はとても貧しかったです。知識がないまま妊娠して,それに気付かずに中絶できる期間を経過して,誰にも言えずに出産して放置し,保護責任者遺棄致死罪や殺人罪に問われるケースもあります。その年齢で出産して,誰が責任を持って育てるのかということについては,今一つ考えていただきたいと思います。   また,前回,性交やキスを経験する年齢が若年化傾向にあるのではという指摘もありましたけれども,それが性暴力を含まない数字といえるのかという問題があります。初体験が性暴力であったという話は性虐待の被害者相談で多く聞かされています。そういったこともありまして,私は16歳にしていただきたいと思っているところです。   ただ,16歳以上18歳未満のいわゆる中間層といわれるところですけれども,ここについては,結婚年齢ももうすぐ18歳になるということで,悩ましいところでもありますが,私は,ここのところは,優越的地位を利用した罪のところに取り込んでフォローできたらいいのではないかと思っています。16歳未満の子供たちをどう保護するのかというと,青少年育成条例の免責条項が参考になるのではないかと考えています。その条例の在り方については,例えば,免責条項と見るのかというような,法律的な立て付けについては諸説あるようですけれども,現在,47都道府県の中で43都道府県について,青少年には適用しないという免責条項があって,その条項のない条例が四つの県にあるそうですけれども,事実上,青少年には適用していないと聞いています。ですので,そういった条文を参考にして,16歳未満というのは,同意があるかどうかという議論ではなくて,とにかく保護の対象なのだという視点から議論をしていけばいいのかなと考えています。 ○齋藤委員 最初に結論から申しますと,強制性交等について,16歳未満の子供たちは同意の有無を問わずに保護する必要があるのではないかと考えておりまして,ただ,強制わいせつについて,例えば13歳以上16歳未満の子供たちは,加害者との年齢差の要件を設けた上で保護することが考えられるのではないかと思いました。そして,16歳以上18歳未満の未成年者は別途の要件で保護するというように,段階的に考える必要があるのではないかと考えています。   それというのも,強制性交等と強制わいせつは,被害者の心理的なダメージが明確に違うということではありませんが,身体的な境界線を深刻に侵害しているかどうかが異なっており,同意に必要な能力というのは異なるのではないかと考えています。補助資料4ページの「⑥」の二つ目の「○」に,「14歳や15歳の者については,性的行為について適切に理解して同意する能力が一応あるが」と書かれているのですけれども,意に反した性交という心身の境界線を侵害する行為というのは,自他の体とか精神に深刻な傷つきを残す可能性がありますし,妊娠,感染症のリスクはもちろんですが,自傷行為とか自殺企図など,人生や命を脅かされる可能性があるということをその年齢の子供たちが時間的展望を持って理解し,同意しているとは考えにくいと思います。一方,境界線を侵害しないキスとかペッティングなどに関して同意するに当たっては,そこまでの理解は求められてはいないのではないかと思います。   なお,補助資料の6ページ「③」の三つ目の「○」ですとか,3ページ「⑤」の二つ目の「○」だと,中学生と高校生を一緒に語っておりますが,やはり10代は心理的,あるいは認知的能力の成長が著しいので,中学生と高校生を同列に語るというのは大変難しいことではないかと考えています。   この前提に立った上で,ただ,強制わいせつに該当する行為に対して子供たちの同意の能力があったとしても,16歳未満の子供というのは理解が脆弱ですし,大人に容易に利用されて搾取されるので,年齢差要件を設けるということが考えられるのではないかと思います。16歳以上18歳未満の未成年者の別途の保護の要件につきましては,これまでも述べているとおり,一定年齢以上の者から働きかけられた場合とか,一種の優越的な地位の利用が生じた場合に理解力の差を利用される可能性があるので,年齢差の要件,あるいは地位・関係性の要件を設ける必要があると考えております。地位・関係性の要件としては,兄弟とか祖父母等の親族,同居者といった一定の類型は記載した上で,そのほか子供に対して一定の優越的地位があると考えられる者とか,その辺りは法律の専門家の委員の方々に御検討いただけますと有り難いなと思います。   なお,補助資料4ページの「⑥」の三つ目の「○」ですけれども,立法事実として教師からの被害や脆弱性を利用された被害が挙げられると述べられておりますが,少なくとも16歳未満の子供の場合に,先ほど上谷委員もおっしゃっていたように,同級生など一見対等に見える関係性であっても,いじめなど脆弱性が利用されることがあるということがありまして,16歳未満の子供について,少なくとも地位・関係性利用など別途要件を限定すべきではないというふうに考えております。 ○井田座長 ありがとうございます。幾つかの大変貴重な御指摘があったと思われます。   一つは,中間層といっても更に二つに分かれるということを御指摘され,また,性交等とその他のわいせつ行為といいますか,それを区別することが考えられるのではないかという御指摘もあって,いずれも重要な論点だと思います。 ○山本委員 年齢と一定の地位・関係性のところで,補助資料1ページの「②」と,15ページの五つ目の「○」の18歳になる前から監護者に性交を強要されていた場合に関係してくるのですけれども,18歳になったからといって抵抗できるようになるわけではないということは共通の認識が得られているのかなと思います。監護者性交等罪は,現在,被害者が18歳未満の場合が対象で,18歳以降の強制的な性交等には別の規定を用いる必要があると考えます。しかし,幼い年齢,若い年齢から被害を受ければ,その後の健全な成長発達は阻害され,その年齢に達したからといってすぐに抵抗したり,訴えることができるわけではありません。ですので,監護者性交等罪の年齢の定めの中に,18歳未満から被害が始まっている場合にはこの限りではないとするような規定を入れていただけると,そのような人たちを救えるような規定になるのかなと思います。 ○橋爪委員 ただ今,齋藤委員から,性交等とわいせつ行為とで同意年齢を異にすべきとの御提言がありましたので,まずこの点について意見を申し上げた上で,その後,児童の性的保護一般について,私なりの理解を申し上げたいと存じます。   確かに,わいせつ行為と性交等では,その法的侵害性や心身に対する影響が異なりますので,両者で同意年齢を区別することは理論的には可能だろうと思います。もっとも,例えばキスと性交だけを単純に比べますと,両者では侵害性に大きな違いがあるわけですが,わいせつ行為は,現行法上,きわめて幅のある概念です。挿入を伴う行為の取扱いについては,ここでは措くとしましても,性器の外部に接触する行為や女性の胸を触る行為など,性交にかなり接近した行為もわいせつ行為に該当します。このような意味において,両者は実際には連続的な概念であるように思われますので,両者を完全に切り離して同意年齢を設定することが適切といえるのかについては,若干の違和感を覚えます。また,この点は身体の一部や異物の挿入を伴うわいせつ行為の処理とも関わってまいりますが,先日の会議の議論では,身体の一部や異物の挿入を伴うわいせつ行為については中間的な構成要件として規定すべきという御提案もございました。仮にこのような御提案の方向で検討する場合には,三つの類型ごとに同意年齢を区別して設定することが必要になりかねず,それもまた現実的ではないような印象を持っております。   続きまして,児童の性的保護一般について,私見を申し上げたいと存じます。児童への性的暴行につきましては,これまでの議論におきましても,特に一定の地位・関係性にある年長者などが児童の判断能力の脆弱さに付け込んで性的行為に及ぶような行為について,処罰の必要性が強く指摘されてまいりました。このようなケースについては,これまで児童福祉法で対応がなされてきたわけですが,刑法典において一定の対応を講ずる必要があるという点については,この検討会においても基本的に見解の一致があると考えております。   それでは,どのようにして児童の性的保護を図るべきかという点ですが,この点につきましては,先ほど井田座長からも御指摘がございましたように,絶対的な保護と相対的な保護の方法があり得るところ,両者を併用しながら十分な保護を実現する必要があると思います。前者の絶対的保護とは,一定の年齢未満の児童との性行為については,その関係性や経緯を個別に判断することなく,形式的に一律に処罰するものであり,後者の相対的保護というのは,性行為を一律に処罰するのではなく,一定の年齢層の青少年の脆弱性を踏まえ,当事者間の関係性や行為態様などを評価対象にした上で,言わば性的搾取としての性行為か否かを実質的に判断した上で処罰対象にするものです。児童の性的保護を十分に実現するためには,このような絶対的保護と相対的保護を適切に組み合わせることが重要であると考えます。   言うまでもなく,いわゆる性交同意年齢の問題は,前者の絶対的保護をいかなる範囲で設定するかという問題ですが,今申しましたように,児童の性的保護を絶対的保護と相対的保護の組合せの問題として理解する場合には,性交同意年齢をそもそも,また,どこまで引き上げるべきかという問題は,裏を返しますと,相対的保護としていかなる範囲の性行為までを処罰できるかという問題に依存します。仮に相対的保護として児童の性的搾取を適切かつ実効的に処罰できるのであれば,性交同意年齢を引き上げる必然性はその分だけ低下いたしますが,逆に,相対的な保護としての罰則を制定することが困難であったり,処罰の間隙が生ずるような場合であれば,その分,性交同意年齢を引き上げる必要性が高く働きます。   このように性交同意年齢の引上げの問題は,正に児童に対する性的保護全体の文脈の中で検討する必要があり,これのみを取り上げて独立に検討することは困難ではありますが,あえて現時点における私見を申し上げるならば,私は,児童の性的保護については実質的・相対的保護を中心として望ましい罰則を検討するべきだと考えており,いわゆる性交同意年齢につきましては,これを引き上げるとしても,例えば1年,2年程度の若干の引上げにとどめることが適当であると考えております。   このように考える理由が二点ございます。第一点ですが,意見要旨を拝見しておりますと,検討会における問題関心は,児童同士の性的行為を禁止して性の低年齢化を回避しようという方向ではなく,むしろ,年長者が児童の未成熟さに付け込み,その人格を害し,健全育成を阻害する性行為を行うことを適切に処罰する点に向けられておりました。これは,正に相対的保護としての処罰の強化によって実現されるべき課題であると理解しております。   第二点でありますが,仮に,いわゆる性交同意年齢を例えば16歳まで引き上げた場合,以前も申し上げましたが,交際関係にある15歳同士の性行為が犯罪を構成することになり,両当事者が共に処罰されることになりかねず,問題が生じます。これを回避する観点から,例えば一定の年齢差を要求したり,あるいは行為者が一定の年齢以上であることを処罰の要件とする提案がなされており,私も何らかの対応が必要であると考えておりました。   しかし,改めて考えますと,どのような年齢差,年齢要件を設定するかについて理論的に明確な根拠を提示することは極めて困難です。また,具体的に考えましても,交際相手の誕生日が数日異なるだけで交際相手との性行為が適法行為から犯罪行為に転ずるというのは,やはり合理的な根拠が乏しいように思われます。   これらの点に鑑みますと,私としましては,児童に対する相対的保護の方法として,性的行為について十分な判断能力を有する年齢に達していない児童について,誘惑的・欺罔的な手段を用いたり,力関係や地位・関係性の利用等によってその脆弱さに付け込み,不当に性的関係を持つ行為を罰する規定を設けることを強く提案したいと思います。そして,このような法改正が十分に実効性を有するならば,性交同意年齢を大幅に引き上げる必要性は相対的に乏しくなると考えております。 ○佐藤委員 先ほど委員の方々から発言があった年齢差要件などに関することなのですけれども,まず問題になるのは,およそ誰に対しても性的行為に同意できず,性的行為の相手方は誰であろうと常に処罰される絶対的保護の対象年齢は幾つかという話だと思います。現在は13歳未満ですが,これを例えば15歳未満や16歳未満に引き上げたとすると,やはり問題になるのは,先ほど委員の方々からお話があった同年齢同士の場合だと思います。例えば,いじめの場合というのは,むしろ刑法177条や178条の方で処罰すべきだと思います。ですので,いじめ等の悪質な場合を除いて考えると,もちろん私は責任が取れないような若年層の性的行為を奨励しているわけでは決してなく,15歳未満の者や16歳未満の者は当然保護されるべきであり,性的行為はできるだけ控えるべきだと思っていますが,しかし,例えば15歳未満の者を保護するための規定で,結果的に彼らを処罰することになるのが適切なのかと考えると,やはりちゅうちょしてしまうというのが実際のところでございます。   5回目の会議のときの資料30(青少年の性行動に関する調査結果)に,中学生や高校生の性的経験があるかどうかという資料がありましたが,その中で,ある程度の割合の者が経験があると答えていて,その相手方も同い年という答えが多くなっていました。また,高校生に対する質問ではありますが,どうして性的接触をしたかという動機に関する問いについては,愛しているからだとか,好きだからだとか,好奇心からとか,そういう回答が一定程度あったかと思います。おそらく動機の面においては,中学生だからといって劇的に変わるような状況にはないかと思っております。それを踏まえて考えてみると,15歳未満の者や16歳未満の者たちがお互い好きで付き合って,その上で性的行為に至ったときに,もちろんその行為自体は適切なことではありませんが,その者たちが皆刑罰に値するのかと考えると,それはやはりちょっと違うのではないかと思います。つまり,データで出てきたような,一定の性行動経験を有する15歳未満や16歳未満の男女を広範囲で処罰することになり得る改正には手放しで賛成できないということです。   もちろん,今の段階では犯罪ではないので,彼らが実際に処罰されることはないですが,逆に,現段階で処罰することにちゅうちょを覚えるものを,条文を作って,これから処罰できるようにするのは,それはそれで,その処罰は適正なのかということを考えなければいけないと思っております。   そうすると,改めて一律に性交同意について無能力といえる年齢がどれぐらいなのかということを考えると,その年齢を15歳未満,16歳未満に引き上げて,近い年齢同士の行為も男女問わず皆処罰するという形で対応するのがよいとは思えないですし,検察官が適切に運用してくれるだろうという期待があるにしても,検察官がうまく運用しないと適正処罰が維持できないというような条文は,不出来な条文だと思います。この意味で,どちらが被害者でどちらが加害者か分からないとか,あるいは,どちらがどちらを搾取しているのか分からないというような関係性が処罰対象に紛れ込まないようにしておく必要があると思っています。   ただ,明らかにしておきたいのは,16歳未満あるいは18歳未満の未成年者については,刑法177条,178条の枠を越えた特別な保護が要るというのは,これは私もかなり同意をしているところでございます。では,この中間層,16歳未満,18歳未満はどうするのかと考えたときには,先ほど,例えば,橋爪委員がおっしゃっていた誘惑というような非常に緩やかな手段を要件とすることも考えられますし,あるいは,ただ1日の誕生日の差で処罰されたりされなくなったりするのはおかしいとおっしゃるのは,それはそのとおりなのですが,ただ,やはり,性的行為によって今後の成長に悪影響が生じる年齢層というのがあるという前提に立てば,年齢差や,あるいは年齢差に基づく脆弱性の利用とか,そういう要件の処罰規定を定めることができるのではないかと思っております。   そうすると,以前,山本委員がおっしゃっていた大阪地裁平成20年6月27日判決の,前日のナンパで知り合った14歳の少女と24歳の男性の行為については,中間年齢層用の条文で処罰できることになりますし,14歳の少女が普通に付き合っている14歳の恋人と性交した場合には,14歳の少女も,14歳のパートナーも処罰されないということになるので,ある程度抑制的で,しかし未成年者の保護に資する条文になるのではないかと思っております。   さらに,年齢差だけで処罰できるようにしてしまうと,地位・関係性利用の条文は要らないのではないかという指摘が出てくるかと思いますけれども,例えば,年齢差だけを理由に処罰する規定で16歳未満までを保護して,地位・関係性利用は18歳未満まで保護するとか,あるいは,地位・関係性利用の条文は地位を絞り込んで法定刑を高めに,具体的には強制性交等などと同じぐらいにして,年齢差要件の条文は法定刑を低めにして処罰範囲を広くするとか,そういう形でどちらも規定するというパターンもあり得るのではないかと考えております。 ○井田座長 ありがとうございます。非常に具体的な御提案を頂いたと思います。   ちなみに,先ほど上谷委員から,青少年保護育成条例の中に行為者自身も青少年の場合には免責するという規定があって,それはいかがであろうかというような指摘がありました。そういったものについても御検討いただければと思います。 ○和田委員 ここまでいろいろ新たな御提案も出てきて,そのいずれかが実現すると,多くが消えてしまう話になるのかもしれませんけれども,中間年齢層に対する相対的保護についてです。中間年齢層について,特に教員という地位を利用した類型を新たに設けるべきか否かということに関する意見になりますが,特に中学生を念頭に置いたときに,教員が生徒に対して行う性的行為について,現行法でカバーされない部分に処罰範囲を広げる必要性があるということは確かだと思います。   問題は,どのように広げるか,その具体的な要件の定め方,どのような性質の犯罪として設けるのかであり,それを検討する必要があるわけですけれども,教員と一口に言ってもいろいろなタイプがあり,あるいは,教員と生徒との関係にも様々なものがあります。関係性の程度が強いものから見れば,担任の教員というのは毎日生徒と顔を合わせるわけですし,部活の顧問である教員というのもそれなりに強い関係があるかと思いますが,週に一度だけ教える教員というのもいるでしょうし,具体的に教える関係のない,ただ同じ学校に在籍している教員という関係もあり得ます。さらに,部活動を指導するために外部から呼ばれている指導者というのもあるでしょうし,さらには教育実習生というような教員に類似した立場の者もいるわけです。教員又は教員に類似する立場・関係性といっても,生徒との関係性,生徒に与える影響の強さにはいろいろなものがあるわけで,それらの具体的な事情を一切見ることなく,教員であるということプラス被害者が中間年齢層であるということだけに基づいて処罰することが正当化できるかということを考えてみますと,もちろん処罰の必要性ということだけを考えれば,中間年齢層に対して教員が行う性的行為の中には処罰すべきものがかなりあることは間違いないと思いますが,一律に処罰することとしたときに,処罰すべきでないものが入ってきてしまうということを考えないといけません。   刑事法の専門家の特性かもしれませんが,処罰の必要性があり,新たな処罰規定を設けるときに,新たな処罰規定を設けることで処罰すべきでないものを処罰してしまうことになると,それで具体的な処罰がなされれば直ちに憲法違反の問題が生じる一方で,そこで処罰を諦めて,処罰すべきものが処罰対象にならなくても,具体的に直ちに憲法違反の問題は生じないと,そういう非対称性がありますので,どうしても処罰に慎重になるという方向に傾いてしまいます。それはもう,分野の特性上,しようがないことなので,そこは御理解いただきたいと思うのですけれども,その上でどこまでぎりぎり処罰すべきものを処罰できるのか,それを考えていく必要があるだろうと思います。   そのように考えたときに,やはり一律処罰ということをすると,個人的法益に対する罪として性犯罪は位置付けられているわけですので,その性質にそぐわない処罰というものが出てきてしまう。現在の刑法典の性犯罪に対する理解を前提にすると,やはり教員の中でも個別の事案ごとに,どのような関係があって,具体的にどのような影響力に基づいて,どのような強制力をもって生徒に対して性的行為を行ったのかということを,具体的に実質判断して処罰するという内容の規定にするほかないのではないかと思います。   基本的にはそのように考えており,つまり,中間年齢層に対する教員という立場に基づいた一律処罰というのは難しいのではないかというのが基本的な考え方であるのですけれども,しかし,やはり一般的なメッセージとしては,教員という立場にある者はそういう行為を行うべきでないというメッセージを発するということに意味があることも確かだと思いますので,そのことを刑法理論とぎりぎり整合性を持つような形で,何とか新たな犯罪類型を設ける形で実現できないかということを考えてみますと,中間年齢層についても,そのうち更に低年齢の場合,具体的には14歳,15歳ぐらいについては,性的同意無能力ではないけれども,やはり能力が限定されているというような評価はできるだろうと,そうだとすると,中学生ぐらいの年齢層については,本人の同意があっても,その法的効果は制限的である,したがって,その中学生に対する性的行為というのは実質的に見ると違法ではあるけれども,現在は様々な政策的理由から処罰対象から外されていて構成要件が設けられていないと考えた上で,ただ,一定の身分がある者,ここでは教育の職にある者という身分を考えたときに,その身分がある場合には,その責任に着目して,その部分だけ取り出して新たに軽い犯罪類型を設けるというような,一応,違法であることと,特定の責任に着目した特別の犯罪類型を設けるということもあり得なくはないかなと思っていますが,この点については,まだ思い付いただけの段階ですので,もう少し自分の中でも検討が必要なところです。 ○宮田委員 橋爪委員,佐藤委員,和田委員の御意見と重なるところがあるのですけれども,私は,絶対的な処罰対象となる13歳未満という性交同意年齢が低過ぎることはないと考えています。また,この未成年の中間的な類型については非常に難しい問題があると感じております。この類型について厳しい規定を置くことによって,青少年に対してパターナリスティックになり過ぎる場合があり得るということです。同世代という切り口もあり得るわけですけれども,例えば,大学生と中学生や高校生が真剣に恋愛をすることもあり得ます。これは以前にも指摘したところです。私には,中学生のときに恋愛して,卒業してすぐに結婚した友人もいるのですが,結婚だと年齢差は問題にならないけれども,性交だと年齢差があるといけないのですか,いきなり結婚するのではなくて,助走期間が必要なのではないですか,真剣に結婚を考えた付き合いであっても駄目なのですかということが出てきます。   これは遊びのサイトなのでどう評価すべきかという疑問はありますが,ヤフーに「ゼット・ソウケン(Z総研)」,いわゆるゼット世代の女の子たちのことを書いたサイトがあります。ゼット世代,10代から20代の前半までの女の子たちのアンケートで,恋愛の対象になる人は6歳以上年上の人がいいと言っている子が3分の1いるというのです。自分が熱狂的なファンである,今,若い子たちは「推し」といいますけれども,そういう芸能人と自分との年齢差を考えているような,ファンタジーの部分ももちろんあると思うのです。10歳以上がよいという子も随分数がいるものですから。ただ,年齢差のあるリアルな恋愛もあり得るところで,本人が真剣に交際していれば犯罪にならないからいいじゃないかとも考えられるかもしれませんが,親は法定代理人ですから,告訴権者です。年齢差のある交際に親が反対する場合は多い。親が告訴すれば捜査機関が動かざるを得ない。被害者とされる未成年者本人が親を忖度して,自分の恋愛関係という真実を言えない場合も出てくるのではないか。そうすると,加害者とされた人は犯罪者として処罰される可能性がある。この年齢差の要件というのはかなり微妙なものを持っているように思われるのです。   今までも,刑法178条の中で地位・関係性を利用したようなもの,欺罔,例えば年上の人が,モデルになれるとだましたような事例なども,日本では他国に比べて厳しく処罰をしてきている実情がございます。未成年への欺罔の例,殊更その地位・関係性を利用しているような例などを,私は刑法178条で拾えると思っていますし,あとは児童福祉法の児童の心身の健全な育成を阻害するという概念,つまり,同意することについての知識が十分でないと考えられる人について,健全な教育に資するかどうかという,第三者の目から見て,その関係を認めるべきなのかどうかという判断から処罰を考えていけばいいのではないか。   柔軟な解釈がされているという前提で,刑法177条,178条,179条で処罰できるもの以外のところで,特にどうしても処罰が必要なものというのがそれほど多くあるのだろうかと感じられますし,児童福祉法の児童に淫行をさせる行為の法定刑は長期10年です。これは軽いと考えられるかもしれませんけれども,10年目一杯言い渡せば,決して軽くはない。8年以上だったら,処遇の分類はロング,「L級」として処遇されます。仮に刑法の中で定めるにしても,現行の児童福祉法の範囲内での処罰で考えればよいのではないかと考えます。   また,青少年への性教育が十分ではない,被害者を保護しなければならないのだということであれば,10代同士の加害についても同様の配慮が必要です。ここの議論ではない話をして申し訳ないのですけれども,少年法改正について,現在検討されている案だと,強制性交等罪といった性犯罪については原則逆送の対象犯罪となっているのです。ここで強制性交等罪等について処罰範囲を広げてしまうと,教育ができていない未成年の加害者が原則逆送により刑事裁判で裁かれることになりかねず,そういうことができるだけ起こらないような配慮も必要なのではないか。特に,未成年同士の類型,あるいは未成年者が好奇心から相手と同意の下で行為をしたような場合については,性犯罪というより,ぐ犯的な位置付けにして,原則逆送から外れるような方策を考えていかなければならないのではないかと思います。 ○池田委員 私からも中間層に対する相対的保護,あるいは中間層の関与する性的行為の処罰の在り方について,意見を申し上げます。   年齢の設定については様々な御意見がありますが,いずれにしても,いまだ成長の途上にあるという意味での中間層は存在し,そうした層の者は,地位・関係性に優劣がある場合,上位の者によって言わば意思決定が操作されて性的行為に対する同意に及んでしまう危険があるとみることは可能であろうと思います。そのような場合における性的行為について,これまでの指摘に出ておりますように,そうした危険の下になされたことを実質的に示す一定の要件を定めて処罰の対象とすることが考えられます。   他方で,中間的な年齢層の者は,それより下の年齢の者とは異なりまして,先ほどは限定無能力という御意見も出ましたけれども,性的行為に及ぶか否かの判断能力がおよそないというわけではなく,脆弱,発達途上とはいえ,一定程度は備わっているのであり,それを上下関係の下で操作されるものとみるとしても,その場合の性交等が自己の意思におよそ基づかない,強制性交等と同様のものとみることも難しいのではないかと思われます。そうであるとすると,そのような行為を処罰するとしても,それは行為態様等の定め方にもよるものではありますけれども,相対的に軽い法定刑の罪とすることが考えられます。 ○金杉委員 以前から申し上げているとおり,刑事責任年齢を超えた性交同意年齢にするということは,やはり整合しないと思います。犯罪を行った場合に責任を問われ得る年齢であるにもかかわらず,性的自由に対する,性的意思決定の能力が全くないとすることは,やはり矛盾があると思います。積極的に上げるべきという意見ではありませんけれども,上げるとすれば,刑法176条及び177条を14歳以上の者に対し,というように変えることが整合的であろうかと思います。   他方で,中間層に対する保護という観点からは,私は,児童福祉法という児童福祉に関する保護法益に特化した特別法があるわけですから,基本的にそれで足りるという考えですが,もしそれが淫行等,性交や性交類似行為に限られており,わいせつ行為が入らないということであれば,児童福祉法の改正ということも考えられると思います。また,各地の淫行処罰条例等もあるところです。仮に,青少年保護という観点をより強く打ち出して,社会に対するメッセージとして刑法典を改定するということであれば,やはり限定的であるべきと考えます。   例えば,成人が未成年者に対し,淫行に関する昭和60年の最高裁判例にいうような,例えば,誘惑し,威迫し,欺罔し,又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により性交等を行った者は,10年以下の懲役に処するといったような規定の在り方が考えられるかと思います。刑法典にそういった例示列挙のような規定を設けるのはどうなのか,ということも少し考えますけれども,刑法248条に準詐欺があります。その条文では,未成年者の知慮浅薄に乗じてという形の規定をしていますので,成人が未成年者に対し,未成年者の知慮浅薄に乗じて性交等を行った場合に10年以下の懲役というような規定とすることも考えられると思います。その場合,同じような条文で,未成年者に対し,知慮浅薄に乗じてわいせつな行為をした場合に5年以下の懲役に処するといった方法で,ある程度法定刑に差異を設けるということも考えられると思います。 ○木村委員 先ほど,刑法178条でかなり拾える部分があるのではないかというお話があったので,その点,少しお話しさせていただきます。私もずっとそのことは主張していたのですけれども,実際にはなかなか刑法178条がうまく機能していないという現実があるように思います。欺罔行為を用いたような場合で,刑法178条で拾っている判例もあるのですけれども,それはかなり限定的であるように思います。そうしますと,実際に実務で使われていないというか,使い勝手が悪い条文だということになれば,やはり別類型を立てる必要があるのではないかと思います。   特に,今議論になっている18歳未満の場合ですけれども,やはり立法事実として必要性が高い部分というのは拾う必要があると思います。結論から言うと,先ほどの和田委員の意見と非常に近くなるのかもしれないのですけれども,特に義務教育の場ですね,あとは施設でしょうか,障害者施設のように正に逃げ場がないというような場合には,監護者性交等罪の立法がなされたのと非常に近い状況にあるのではないかと思います。   先ほど,年齢を引き上げるべきなのか,それとも一定の地位・関係でくくり出すべきなのかというような議論がありましたけれども,確かに委員の方々がおっしゃるとおりで,一律に上げてしまうと同世代同士の問題等が生じますので,それはかなり難しいのかなと思います。そうしますと,そこで一律で上げることによって処罰しようとすると,なかなか前に進めないという状況があると思いますので,そうしますと,教員であるとか,あるいは施設の管理者や担当者についてくくり出すというのは一つの方法かと思います。   先ほど和田委員が構成要件の明確化ということをお話しされていましたけれども,確かに非常に重要な点なのですけれども,刑法の条文に全て書き出すわけにはいかないので,ある程度抽象化して書かざるを得ないのかなと思います。その場合に物すごく処罰が広がってしまうのではないかという懸念があるのは,そのとおりだと思うのですけれども,そのために違法性阻却であるとか,正当行為等も,一般規定ですけれども,いろいろな仕組みがあるわけですから,それである程度カバーできるのではないかというようには思います。 ○山本委員 法律的な議論が非常に難しいので,私としては自分の思うところを述べ,それに対する皆さんの御意見を伺えればと思っています。   いろいろな御意見を伺いましたけれども,私がはっきり聞きたいのは,成人から中学生への性交というのは一律に処罰すべきではないというように皆さんがお考えなのかどうかということです。処罰するべきものを処罰して,処罰すべきでないものは処罰しないというのは非常に重要なことだと思っています。しかし,人間の成長・発達,そして成人から未成年者への性的接触が行われるときには,一方的で,特に性的接触から始まる不意打ち的なものが多く,それから対等でない関係が続き,その人たちは性的にも搾取されているという,そういう状況があるわけです。成人と未成年者でも恋愛があって,対等な関係があるというのは幻想的なことだと私は思っています。そのように対等でない人たちが性的に搾取されているという現実を見て,それを規定することをどうして考えられないのかというように思います。韓国は,成人から16歳未満というのを規定しました。日本では,それはそんなに難しいことなのでしょうか,というのを伺いたいです。 ○井田座長 例えば,行為者は成人,被害者は中学生だとすると,年齢差を要件にする,それを言わば緩やかな要件として,被害者の年齢プラス行為者との年齢差を要件とすると,処罰の対象に入ってくる。あるいは,先ほどの和田委員の意見のように,教師であるという要件にすれば処罰の対象に入ってくる,あるいは,誘惑的な行為を要件にすれば処罰の対象に入ってくる,などといった形で,言わば搾取的な行為については処罰対象に入ってくるということで,委員の方々の御意見でも,その辺りはある程度カバーされるものと,私は議論を聞いていて思いましたけれども。 ○橋爪委員 私なりの意見を申し上げますと,児童福祉法の淫行に該当するような性行為については,これを全面的に刑法で罰することについて全く問題はないと考えています。そして,当事者間に年齢差があるという事実は,性行為が淫行に該当することを強く推認させる事実です。私が申し上げていることは,具体的な帰結においては,恐らく山本委員のお考えと大きな違いがあるわけではなくて,そこに至るアプローチとして,処罰範囲を形式的な基準によって考えるのか,それとも実質的な観点から構成するのかという違いだと理解しております。繰り返しになりますが,私は,飽くまでも性的搾取といえる性行為を具体的に切り取って処罰対象にすることが重要であると考えている次第です。 ○山本委員 とても大事なことだと思いますので,あえて申しますけれども,成人から中学生,特に16歳未満の人たちへの加害というのは,今,日本でとても多く発生していて,しかも,これからも非常に起こり続ける,そういう子供への性的搾取がインターネットなどを介して起こり得る加害だと思っているのですね。それを一律に禁止することができないという考え自体が私には理解ができない。なぜならば,成人と未成年では置かれている立場も,部屋の契約とかいろいろな,お金を稼ぐ手段とか,そういうものも明らかに差があると考えています。その明らかに差がある上の人から下の人へ行われる行為というのは,皆さんお考えの中でのそれぞれの背景があるとか,状況があるというのは,おっしゃりたいことは分かりますけれども,発達と性的な成熟と知識において,すごく差があるというように思われないですか。 ○宮田委員 年齢差を要件とした規定については,処罰される必要がないものまで処罰してしまう危険があるのではないかという意見が多かったと理解しています。我々は,年齢差がある者の間の性的行為に問題がないと言っているわけではありません。しかしながら,例えば大学生のお兄さんがいる中学生がお兄さんの友達を好きになるとか,近所のお兄さんなんかを好きになるとか,そういう恋愛はあり得る。そういうところまで処罰の対象になってしまう規定を作るのは適当ではないのではないか,そういうものがおよそ禁圧されるべきものであるということを刑法がメッセージとして発するべきなのかどうかということを問題としているのです。搾取的な関係について処罰の必要性がないとか,そういうものが社会的に認められるべきであるとか,そういう意見の人は一人もいなかったと思います。   山本委員のお気持ちはとてもよく分かります。そういう搾取があるということや,中学生の子供たちが非常に問題のある状況に置かれているということは,委員の共通認識ではあるのですが,刑法で,未成年者との性的関係を全部一律に処罰の対象にすることについて,問題はないのかという議論がされていることは御理解いただきたいと思います。 ○上谷委員 私は別に,恋心を抱くことを禁止しろと言っているわけではありません。もちろん,ここにいらっしゃる方は皆そうだと思うのですけれども,例えば今,宮田委員がおっしゃったような例で,大学生の人に恋心を抱くということについて,それは別に構わないと思います。その大学生のお兄さんがその中学生の女の子に対して恋心を抱くのも,別にそれは構わないでしょう。ただ,そこで性行為をしていいのかどうかという話をしていると思うのですよね。そのときに,それが本当の愛であるとか信じ込んでいて,その後の成長に阻害が出る場合があるということで,そこが問題になっていると思います。よく教員などについても,教員と生徒の真摯な恋愛はあるのではないかとか,必ずそういうことを言う人がいるのですけれども,本当に大事に思っているのであれば,その年齢になるまで待つべきだと思いますし,自分が大人で,大学生であっても,もう18歳以上が成人なわけですから,そこの自覚があるのであれば,16歳未満ぐらいの年齢の子にはもう手を付けてはいけないとすることに,私は特段,問題があるとは思っていません。 ○佐藤委員 非常に難しい問題ではあるかと思うのですけれども,どちらの考えももちろん,言っていることはすごくよく分かると思っております。私の立場としては,年齢で一律に切ってしまうと,14歳と17歳とで付き合い始めて,片方が18歳になった途端に処罰するということになってしまうと,それはそれで問題なので,年齢差の要件を設けることはあり得るとは思いますけれども,年齢により一律に処罰することはちょっと困るかなと思っているところがあります。   今まで刑法というのは,本人が少なくとも内心で嫌だと思っていた,あるいは,何らかの理由で嫌ではないと思い込まされていたとか,そういう性的行為に至る過程に不備があるような場合を処罰するというのが,伝統的な理解であったのではないかと思います。そうすると,年齢差で一律に処罰するとした場合には,もしかしたら,それと違うもの,とりわけ当事者も含めて,多くの人が処罰しなくてよいと思っているような類型が処罰範囲に入ってきてしまう可能性がもちろんあると思います。   それでも私が年齢差要件の処罰規定を設けてもいいのではないかと考えるのは,法益の視点を変えて,青少年の健全な発達を広範囲で保護したいと考えているからです。したがって,強制性交等罪などと比較して,法定刑が少し下がるということになるのかもしれませんけれども,いずれにせよ,今までの刑法典で規定されていたような明らかに処罰すべき,悪質な類型とは異なるものが入り込むことになると思います。それに対して,これでいいと思う人と,これはちょっと刑法としてはやり過ぎなのではないかと思う人がいて,それは多分,刑法という法律に関する価値観の対立で,すごく難しい問題なのではないかと思います。今も未成年者に対する性交等は,青少年保護育成条例で一応処罰はできますので,多分,刑法で処罰しなくていいという方も,本当に全く放置していいというお考えではなくて,条例で処罰できればいいという考え方ではあるかと思うのですけれども,そういう対立軸なのだと。これは,どちらが悪いとか,どちらが正しいとか,そういうことではなくて,これからみんなで一生懸命考えていかないといけない問題なのではないのかなと思っているところでございます。 ○山本委員 私も刑法が謙抑的なものだというのは理解できるのですけれども,それでも,その中に入らないことで救われない膨大な人たちがいるので,その狭い範囲の中でどうやって救っていくことができるのだろうかと思います。佐藤委員よりお話があったように,価値観に関わってきて,20歳の成人と中学生が対等な関係で性交に至ることはできると思っている人もいますが,私は,年齢が違い過ぎるのでできないと思っています。年齢差があって,最初は恋愛と思い込まされたけれども,最終的には一方的に性的な搾取をされたという訴えは多いですし,私が第9回の会議で紹介したグルーミングの事例も,大学生の方が中学生の人に加害をしたというものでした。私は,どちらかというと,年齢差の規定に,成人から16歳未満の未成年への性交を罪とする規定を設けてほしいと望んでいます。 ○小西委員 補足だけにします。   価値観の問題というように佐藤委員が言われたところですけれども,実態として,例えば14歳から16歳ぐらいの人たちがいかに易々と大人の言うことを聞くかということを理解していただきたいと思っています。そのせいでたくさんの人が被害に遭っていますし,それがほとんど表に出ない状況ですよね。それから,例えば,施設の職員さんからの被害とか学校の先生からの被害も,若年の指導員とか,あるいは自助グループのリーダーに当たる人とか,若い年齢でも,聞いてみると,地位・関係性による搾取が行われているというのはあります。ある程度の年齢以上の場合には行う方も含めて,恋愛とか相手の同意ということについて非常に慎重に考えるべきだということを,やはり全員が知らなくてはいけないし,刑法上でそういうことを処罰することが実現できるということに意味があるのではないかと考えています。 ○井田座長 ありがとうございます。時間も超過していますので,この論点についてはここで一区切りとさせていただいて,過不足なくまとめることができるか分かりませんけれども,若干のまとめを試みてみたいと思います。   被害者が若年であるために脆弱であるという事情があって,判断能力が十分でない,こういう被害者に対する性的行為を処罰する必要があるという点については,委員の皆様において異論はないとお見受けしました。どのような場合について,どのような方法で捕捉するかということが議論の中心であったと思われます。最もシンプルな方法としては,被害者が一定の年齢未満であることのみを要件として処罰することとする,いわゆる性交同意年齢を現行の13歳から引き上げるということが考えられるわけですが,この点をめぐっては,そもそも引上げに懐疑的な委員もいらっしゃいました。また,大きく引き上げるのは難しいのではないかという御意見もあり,他方で,16歳までは引き上げるべきではないか,あるいは14歳までであれば引き上げてもよいという御意見,こういった様々な御意見がございました。   そして,その少し上の,言わば中間年齢層につきましては,地位・関係性の利用類型として構成すべきという御意見が多かったように思います。行為者が教師など一定の立場にある場合には,その立場にあることのみをもって処罰してよいという御意見も前回までにあったと思いますし,また,今回,被害者の意思決定をゆがめるような誘惑的な手段を要件として処罰の対象にすべきだという御意見があり,さらに,中間年齢層も,高い年齢層と低い年齢層の二つの類型に分けることができ,低い年齢層については比較的緩やかな要件,例えば,教師であるというような要件で処罰してよいのではないかというような考え方があり,いずれにしても,何らかの実質的要件を含めて規定した方がよろしいのではないかといった御意見が多くの委員から表明されたと思いました。   また,刑事責任年齢が14歳であることとの関係で,性的行為の当事者双方に犯罪が成立することになる結論を回避しなければいけないという点についても,おおむね異論はなかったものと思います。回避するための方法としては,いわゆる性交同意年齢未満の者については免責すべきだという御意見,あるいは,行為者が一定の年齢以上である場合にのみ処罰することとすべき,あるいは,当事者間の年齢差を要件とすべきというような御意見がありました。年齢差の要件に対しては懐疑的な御意見もあったように思われました。いずれにしても,そういった言わば例外的な規定を設けるとして,どのような場合を例外とするか,また,それが正当化される理由がどこにあるのかということは更に検討される必要があるように思いました。   また,そもそも性交同意年齢の趣旨自体,あるいは児童福祉法との関係といったものも,まだ課題として残されているのではないかと思った次第であります。   それでは,次の「テーマ2 障害者を被害者とする罰則の在り方」についての検討に入りたいと思います。   このテーマについて,二巡目までの議論を簡単に整理させていただきますと,補助資料7ページ,8ページ,11ページから16ページまでにありますように,例えば,刑法178条の抗拒不能の要件を明確化するために,「障害」を例示列挙すべきであるという御意見や,障害者と施設職員の関係性に着目した類型を設けるべきであるという御意見がありました。他方で,障害があること自体を犯罪成立要件とすることについては,障害の内容や程度等は様々であって,障害の有無やその具体的内容を要件として処罰の必要性のあるものとないものを切り分けることは非常に難しいといった趣旨の問題点も指摘されております。   そうしますと,このテーマについての本日の議論に当たっては,障害について,刑法178条の抗拒不能の要件の問題として考えるか,それとも,障害者の脆弱性や障害者との地位の優劣,関係性などを利用した行為を問題とする特別の類型として考えるか,あるいは,その両方の問題として理解することになるのかということについての検討が必要になりますし,また,障害には多種多様なものがあるという御指摘がありましたので,それを踏まえて,処罰範囲を適切に定めるためには具体的にどのような要件とするのがよいかということについても検討が必要になるように思われます。   さらに,先ほど木村委員の御指摘もございましたが,現行法においても,刑法178条の準強制性交等罪が成立する場合があるということを考えますと,仮に,現行の準強制性交等罪とは異なる新しい規定を作るときには,刑の重さ,法定刑をどうするのかということについても検討が必要かと思われます。   20分程度時間はありますので,遠慮なく御意見を御表明いただきたいと思います。 ○和田委員 これまでの議論で述べられた意見と,ただ今,座長がこれまでの議論のまとめとしておっしゃった内容と,かなり重なることとなりますが,障害者に関しましては,第一に,重度の身体障害あるいは知的障害に乗じて性交等を行う行為が刑法178条で処罰可能であるということは,解釈上,明らかでありますし,また,裁判例調査の結果でも,その点について実務の混乱はないと思われます。しかし,他方で刑法178条の要件については,先ほど来,話が出ていますように,実務上,不十分な点がある,あるいは適用にばらつきがあるという指摘もあるところです。そういたしますと,例えば,抗拒不能を根拠付ける事情の一つとして,重大な障害というのを条文上に例示して,重大な障害によって心神喪失あるいは抗拒不能であることに乗じるというような条文にすることが,一つの方法として考えられるかと思います。   第二に,それに加えて,障害者の脆弱性を利用する場合についての新たな処罰類型を作るということをどのように考えるかということです。この方向性も検討に値するものであるとは思いますけれども,その際に十分考慮する必要があると思われるのは,やはり障害の内容や程度というのが様々であり得るということです。そうすると,その新たに創設する規定において,障害という言葉を記載するだけでは処罰すべき行為を過不足なく示したことにはならないだろうと思われます。   先ほど議論されていた若年者については,年齢と性的行為に対する判断能力とがある程度比例する,あるいは,そのようにみなせると考えられるのに対して,障害者については,障害の内容・程度と性的行為に対する判断能力等との関係がどうなのかというところは,かなり多様なものがあると考えられますので,障害の程度だけに着目した規定というのもできないだろうと考えられます。そのように考えますと,最終的には,性的行為への対応能力がどうだったのかということも含めて,具体的事案ごとに実質判断ができるような規定にする必要があるということになって,結局,障害者の状態であるとか,あるいは障害者の意思決定をどれぐらいゆがめる働きかけを行ったのかということが判断できるような,そういう手段を条文上,明確に定める必要があろうと思います。 ○山本委員 障害の内容や程度が多様であり定義が困難と言われていますが,障害者基本法,障害者手帳の保持などで,障害者の定義と福祉の運用を行っていますので,規定できないわけではないとも考えています。また,被害者の鑑定,どのような被害の状態であるのかについても,心理検査や,能力・適性を専門家に評価してもらうことも可能であると思います。   資料21の「性犯罪に係る不起訴事件調査」には,被害者が障害を有する強制性交等罪の事件43件,準強制性交等の事件11件が,それぞれ不起訴になっているとの記載があります。障害の定義を明確にし,憲法32条の,「何人も,裁判所において裁判を受ける権利は奪はれない。」を明確にしていただければと思います。ですので,障害者の特性というのをくくり出していただければということをより強く望んでいます。例えば,生活の世話をしている人,トイレの介助をしている人,服薬をさせる側の人,そして,食事の世話をしている人,そのような人からの被害というのは,抵抗できない状況というのがより強いと思います。監護者に生活を依拠するのと同じように,そのような人に生活を依拠しているということを考えれば,その地位において,障害を知り得る立場を利用した性犯罪として規定することも考えられるのではないでしょうか。   また,発達障害,知的障害などもありますけれども,IQ75以下の方というのは小学生程度ともいわれています。そのような人たちへの加害についても,抗拒不能として,より広い類型として規定していただければと思っています。 ○羽石委員 警察の現場の立場からしますと,やはり「障害者」の定義というものは,なるべく分かりやすくあった方がよいと思っておりまして,例えば,立件対象となる事件の被害者の方が障害者施設の入所者ですとか通所者であれば,警察の現場でもある程度判断できる,簡単に判断できるのではないかと思うのですけれども,障害といいましても,精神障害,身体障害,内部障害で外見からはなかなか分からない方も中にはおられます。公的認定を既にお持ちの方であれば,取調べのときにそれをお示しいただくことで判断もできるのですけれども,現場でやり取りしているところを見ると,本当は公的認定を受けることが可能だけれども公的認定を取られていない方というのは一定数おられると理解しておりますので,やはり,先ほど和田委員からも御指摘がありましたけれども,障害の内容・程度は人によって様々なので,どこまでが射程範囲なのかということは,現場の運用を考えたときに,少し気になるところではあります。 ○井田座長 ありがとうございます。ただ今のお話は,障害について,刑法178条の抗拒不能の要件の問題として考えるか否かに関連する話ということでしょうか。 ○羽石委員 そうです。刑法178条も含めてです。 ○佐藤委員 刑法177条,178条で障害者が保護されるというのは当然だと思うのですけれども,その保護の対象に入らない人たちであっても,障害者も未成年者と同じように脆弱性を有していますから,やはり特別な保護が必要だと考えています。では,どうして特別な保護が要るのかというと,意思決定ができないというのは刑法178条で保護できますからいいとして,流されやすいとか,迎合的であるとか,あるいは,生活の世話に依存している関係性にあるので逆らえないとか,そういう理由からだと思います。   「流されやすい」のパターンでいうと,例えばナンパされて付いて行きやすいというのは,規定を設けても処罰がかなり難しいのではないかと思われます。なぜなら,そのナンパした相手がそういう条文に規定されるような障害者であるということが,なかなか分かりにくい状況にあるからです。そうすると,一番可能性としてあり得るのは,関係性で規定するという,先ほど山本委員がおっしゃっていたような施設の人との関係性とか,あるいは生活が依存しているような,介護をしている人との関係性とか,そういうようなものが最もあり得るのではないかと考えております。   ただ,そのように,例えば施設の職員と入所者というように規定してしまうと,通所者はどうするのか,週に一回介護を受けている人はどうするのかとか,あるいは,介護にもいろいろな種類がありますし,職員にもいろいろな種類があって,様々な関係性がありますので,一律に介護施設の職員と規定しても,本当にその全ての人に処罰根拠が妥当するのか,例えば,障害者に接触する機会が少ないような補助をするだけの人とかは入らないようにしておかないと駄目なのかとか,あるいは,施設としてもいろいろな種類がありますから,どういう施設にするのかとか色々な細かい疑問が生じるのではないかと思います。条文はざっくり決めて,あとは検察官,裁判官,何とかしてくださいという規定にはさすがにできませんから,少し詳しく,ちょっと突っ込んだ形で,本当に処罰に値する関係にあるのはどこなのかというのをピックアップしていき,それがしっかりと分かるような規定にしなければならないと思います。私がドイツ法の研究をしているからかもしれませんけれども,そのときには依存関係みたいなものがキーワードになり得るのではないかなと思っているところでございます。 ○池田委員 これまでの御指摘にもありましたように,重い身体障害や知的障害があってそれに乗じたという場合には,既存の刑法178条で処罰することが可能であるということが前提となると思います。その上で,今,問題となっておりますのは,そのような程度に至らない障害についても,やはり脆弱性の要因になり得ますし,地位・関係性が利用されて被害を受けることがあるので,それも処罰範囲に含めるべきだとの御指摘であり,その御指摘は理解できるところだと思っております。   これまでも御指摘がありましたように,軽い障害を有する方に対する性的行為を処罰するという規定を設けることとする場合,これも先ほどの中間層についての議論で述べたことと重なるのですけれども,そのような軽い障害を有する方には性的行為を行うことへの判断能力がおよそない,あるいは認める余地がないということではなくて,そのような判断能力はあるけれども脆弱であると位置付けられるもののように思われます。   そうであるとすると,この場合も,脆弱性に基づいて意思決定を操作されている,又は瑕疵ある同意に基づいて性交に及んでしまうということだとしても,それがおよそ自己の意思に基づかないものであるとみることは難しいのではないかと思われ,準強制性交等罪と同列に位置付けるということにはならないのではないかと考えております。 ○宮田委員 佐藤委員の御発言と重ならない部分を申し上げます。   搾取されている女性の多くは知的障害があるといわれていますが,障害認定を受けていない方の中にも,恐らくこの方の状況であれば知的障害があるだろうということが非常に多いです。日本で障害というと,どうしても障害者手帳を持っている人という解釈になりがちなので,「障害」という決め方がよいのか,それとも,意思の脆弱性に着目した方がいいのかは,迷いがあるところです。   次に,障害者の類型を立法する際,一つ注意しておいてほしいことを述べたいと思います。私も障害者の支援関係をしているので,障害者の性的被害が防止されることには期待するところがございますけれども,障害者の類型という規定を作ることによって,障害者に対するパターナリズムが強化されて,施設内で性的な行為をすることがおよそ問題行動だという形で位置付けられてしまわないように,何か注意的な文言があるといいと思っています。2004年に河合香織さんの「セックスボランティア」という本が出て,それ以来,障害者にも性の欲求がある,それに対して私たちが真摯に向き合わなくてはいけないということが認識されてきて,テレビでも取り上げられるようになってきたわけですけれども,障害者の性の問題には,未成年者と同様の,意思決定についての脆弱性への保護という問題に止まらず,障害者が性行為をして子をなすことに対するおそれというか,優生思想にも通じるものがあるようにも思われるのです。ですから,未成年者以上に,規定を作るときには慎重を要する部分があると思います。障害者の人の性的な自己決定は,かなり障害の程度が重くても,あるのではないのかという指摘も海外ではされているところです。   例えば,障害がある人の欲求に応じた場合というのはみんな犯罪になってしまっていいのでしょうか。障害者の性的なニーズは十分に調査もされていませんし,性教育について,特に障害のある方に対しては,性の意味,性交といったことに止まらず,恋愛,結婚といった,個人として当然保障されなければならない権利についてすら十分な教育がされていない面もあるわけです。   ですから,規定を作ることについては,非常にプラスの面もありますけれども,障害者に対するパターナリズムの強化にならないように我々は注意を払わなければならないのだと思います。 ○小西委員 今の宮田委員の障害者の性的自己決定権の問題は,もちろん尊重しなくてはいけない問題だと思いますが,佐藤委員,池田委員のお話にもあったように,問題となるのは,障害者手帳を持っている方や明らかに意思が表明できないというような方ではないと思います。   臨床の現場で自分の経験したケースの中で,どういう人たちが,処罰されない中間層に入ってくるかというと,一つは発達障害がある方,それから,もう一つは軽度の知的障害の方,そのような方は,やはりなかなか外から分かりにくいし,障害者手帳をお持ちでない方もいるかと思います。もう一つは,虐待などの過去の経験があって,実際に複雑性PTSDなどの状態にある人は,非常に被害に対して脆弱で,一種の精神障害だといえると思うのです。こういう方も,自由に意思決定することができるというレベルではなく,非常に脆弱であり,後でとても後悔するのだけれどもうまく対抗していけないということが,実際上あると思います。   そういうことを含めた上で考えますと,山本委員が言われたように,相手の障害を知り得る立場にある人が,そのことに乗じて行うことについては,これは罰を与えてもいいのではないかと思いますし,福祉とか医療のサービスをする側が加害者になるケースは,実はかなり多いです。その多くは警察へ行っても不起訴になってしまうし,その前で止まっているケースも多いですので,そういうところを対象にすることとして新たな規定の在り方を考えるというようにしていただけるといいかと思います。 ○齋藤委員 刑法177条,178条で捉えられているという意見が多いですが,捉えられていない事例が極めて多いので,ちゃんと捉えていっていただきたいと思っております。また,障害において,脆弱性という言い方はすごく難しいと思っています。子供は,まだ発達途上なので,脆弱性があると表現することが可能かと思いますが,障害を有している方の脆弱性というのは,それを脆弱と表現して良いのか,社会的に脆弱な立場に追いやられているということであって,能力については特性が異なるだけではないか,ということです。脆弱性という言葉を使うと,宮田委員が危惧していたようなパターナリスティックな印象というのが出てしまうようにも思います。小西委員のおっしゃっていたように,相手の障害を知り得る立場にある人が,そのことに乗じて行うということは刑罰の対象となってしかるべきではないかと思いますし,それに加えて,例えば,脆弱ということではなくて,知的障害や発達障害のような,特性を利用するというような文言の方が適切なのではないかと考えました。   また,刑事司法手続の中で被害者に障害が疑われた場合には,きちんと鑑定とか,心理検査の実施とか,主治医の意見書とかによって,被害者の特性を適切に評価して,そして,その上で特性を利用したかどうかの検討をしていくということを考えていただけると有り難いなと思っています。 ○金杉委員 非常に難しい問題だと思います。佐藤委員と共通する問題意識を持っていまして,理解はできるのですが,依存するような関係,例えば,入所している施設の職員と利用者であるとか,あるいは訪問介護・訪問看護に来ていただいているヘルパーさんと被介護者・被看護者であるとか,そのような依存する関係で,利用して,あるいは乗じてという形での犯罪を個別に規定した場合,やはり別の問題が生じ得ると思います。   というのは,そういった密接な関係にある方というのは,確かにそういう利用したり悪用したりということが支援する側から起こりやすい場面でもあるとは思うのですが,逆に,障害をお持ちの方からしても,通常の恋心というか,性的欲求を抱きやすい関係でもあると思います。   私が担当しているケースでも,障害をお持ちの方が施設の職員さんを好きになって積極的にアプローチをし,性的なことをしたという訴えがあったので,性的な被害を疑って調査をしてみたところ,全くの妄想であった,事実無根であったというようなことが実際にございました。そういった場合,悪用してとか利用してということを検察側が立証しようとしたときに,例えば,ラブホテルに入っていくところを無理やり引っ張って連れていくような状況が撮影された防犯カメラの映像といったような客観的な証拠が仮にあったとしても,それが本当に無理やりなのかということには疑問が残りますし,そういった証拠がない場合には,例えば,障害をお持ちの方からの求めに応じて性的な行為に及んだものの,やはり恋愛関係としては維持していけないと考え,通常のカップルでいうところの別れたというような状態になり,その後に,障害をお持ちの方から無理やりされたのだという被害の訴えがなされたような場合,利用してというところが本当にあったのかどうかということは難しい問題になってくると思うのです。つまり,そういった関係性に着目して規定をするということは,障害をお持ちの方からの性的なアプローチというものを受ける側が,将来的にトラブルになるからやめておこうと強く抑制的になってしまうこととなり,その結果,障害をお持ちの方の性的な自由の抑制にもつながるという問題をはらんでいると思います。   処罰すべきものを処罰すべきだという問題意識は共通なのですけれども,一定の関係性に着目すると,結局そのような関係性にあるということが立証されれば,それを利用したということが立証されたということにつながりかねない危険があると思います。現状の刑法178条によって,当罰性の高いものはもう処罰されているというように理解をしていますので,それではばらつきがあるということであれば,その中に例示的な規定を置くというような形で対応すべきかと思います。 ○井田座長 予定の時間を過ぎましたので,これでよろしいでしょうか。   簡単にまとめさせていただきますと,一定の場合には,障害を有する方に対する性的行為を処罰する必要があることについては,異論はなかったと思われました。   また,被害者が障害を有する場合については,現行の刑法178条の心神喪失・抗拒不能に乗じたとして処罰することが可能な場合があるという認識も共有されているものと思われました。ただ,この刑法178条がなかなか使いづらく,運用にばらつきがあり,また,それによって必ずしも障害者の保護が実現されていない,あるいは,保護が十分ではないという御意見もあり,そこで,被害者が障害を有する場合には刑法178条が適用され得ることを明示するために,「障害」という事由を例示として規定すべきという御意見があり,これについても特に反対の御意見はなかったように思います。   さらに,刑法178条ではなかなかうまく処罰できないということで,別途,障害を有する者に対する行為を切り出して特別の類型を作るべきだという御意見も多く出されたと思われますが,障害の内容や程度が様々であることから,類型化にはなかなか骨が折れるのではないかということについても,問題意識が共有されたものと思われました。   その上で,どのように類型化を行っていくかということが,正に検討課題ということになり,施設職員や介護者による行為など一定の場合を切り取って類型化すべきだという御意見,あるいは,そのような方法ではどうしても一律の判断になってしまうので,もう少し具体的な依存関係や脆弱性の利用関係のようなものを個別的に判断すべきだという御意見が出されたと思います。   それでは,開会からかなり時間が経過いたしましたので,ここで,5分休憩をしたいと思います。 (休     憩) ○井田座長 会議を再開いたします。   次に,「テーマ3 地位・関係性を利用する罰則の在り方」についての検討に入りたいと思います。   このテーマにつきましても,二巡目までの議論を簡単に整理させていただきますと,補助資料9ページから16ページまでにありますように,例えば,雇用主などが優越的な地位や関係性を利用した場合について,刑法178条の抗拒不能に当たるのか疑義が生ずる場合があるのではないかという御意見,それから,被害者が成人であっても,上下関係を利用・濫用して性的行為を行った場合は処罰の対象とすべきではないかという御意見などが述べられた一方で,一定の地位・関係性に基づく性的行為を処罰する類型を設けることに対しては,一定の地位・関係性があるからといって,その影響力の程度は一様ではないから,何らかの限定的な要件を設けた規定を考えるべきではないか,また,立場の低い者が積極的に働きかけて性的行為に及ぶことがあるので,処罰すべきではない行為が含まれるおそれがあるのではないか,こういった問題点も指摘されております。   こうした御意見を踏まえて御発言をお願いしたいと思います。このテーマについての議論は,20分程度で一区切りとしたいと思います。 ○渡邊委員 立証責任を負う立場から,被害者の年齢を問わない地位・関係性利用類型について一言申し上げたいと思います。   この議論は,ほかの性犯罪における暴行・脅迫ですとか抗拒不能といえるような,そういった客観的な手掛かりがない場合の処罰規定として,地位・関係性の利用と被害者の同意がないことの二点を要件とする処罰規定を設けることができないかという議論であると承知しております。そうすると,私ども立証責任を負う者としましては,そういった地位・関係性があることのほかに,被害者の同意がなかったこと,そして,被疑者自身がその同意がなかったことを認識していたことを立証する必要が生じてまいります。   被疑者と被害者とが,互いに面識がある程度でさほどの交流がなかった場合には,被疑者が被害者の同意があった,あるいは同意があると思っていたと主張をしましても,通常,被害者が同意するような関係にないことを理由にして,被疑者の弁解を排斥できることが多いのが現状です。   一方で,事件以前から被疑者と被害者との間で相応の交流があって,被疑者が被害者の同意があった,あるいは同意があると思っていたと強く主張しているような場合につきましては,実務において広く解釈されてきている刑法177条の暴行・脅迫や,あるいは抗拒不能を基礎付ける事情といった客観的な手掛かりがない中で,被疑者の弁解について合理的疑いを差し挟まない程度にあり得ないという断言ができるのか,弁解を排斥できるのかという点が焦点になってまいります。相応の交流のある被疑者がそのような弁解を維持する場合には,実際に現実の人間関係が様々であり得て,関係が発展してそのような関係に至る可能性を否定し切れないというジレンマは,立証側としては残ると思われます。   地位・関係性を利用した類型につきましては,この同意の有無ですとか,あるいは同意錯誤の有無の判断が難しいというのが実感でございまして,こういった事例について要件を設ける,別の処罰規定を設けるという場合には,その要件設定に当たって慎重な検討が必要であると考える次第でございます。 ○上谷委員 今回,山本委員がメディア関係者へのセクハラアンケートの結果というのを提出してくれていますので,少しそこに触れながら,地位・関係性についてはまだ議論が余り熱くなっていないのかなと思いますので,少し触れたいと思います。   このアンケートは,財務省の事務次官が女性記者に対してセクハラ行為をしたことをきっかけに行われたものなのですけれども,私も前職は新聞記者なので,メディアの女性が置かれている,非常に性的な暴力にさらされている現場のことはよく分かるのですが,この問題が表に出たときに,世間の反応というのは,女性記者なんかセクハラに遭うわけがない,セクハラに遭ってもそういうことを自分ではねのけるだけの力があるではないかという意見が結構あって,やはりそういうふうに思われているのだなと思ったところです。   ただ,このアンケートを見ても,被害に遭った人たちは圧倒的に20代が多く,相手の地位は圧倒的に上,相手の男性は40代,50代ということが明確であって,こういった関係性は本当に働く女性の中でとても多く見られるパターンです。   私のところにもいろいろな事件の被害者がいらっしゃるのですけれども,いわゆる世間でキャリアウーマンといわれている人たちの方が,自分はそういうことにきちんと対応できると思っているのにできなかったということや,職業の専門性自体を否定されたということで,むしろ傷つきが大きいというのもよく理解しているところです。ここのところは,本当になかなか起訴していただけないという現実がありまして,もうちょっと検察官も一歩踏み込んでいただけたらなと思うことはたくさんあるのですけれども,やはり無罪になってはいけないというストップが掛かっていると思いますので,是非,優越的な地位を利用したという罪は作っていただきたいところです。   確かに文言は難しいところで,私もいろいろ考えた中で,優越的地位を利用して抵抗が難しい状態でとか,そういった書き方になるのかなと思ったのですけれども,刑法178条にあるような抗拒不能の状態,本当に何もできない,本当に心神喪失に近いような抗拒不能って実は人間関係の中でほとんどないだろうと思うのですよね。実際その場に置かれると,その地位・関係から抵抗が非常に難しいというのは一定数あると思います。そういった文言で,ある程度開かれた構成要件にせざるを得ないのかなと思っておりまして,そこは,今後,どうしていけばいいのか,例えばこういうケースというように事例を挙げて検討していく必要があるのかもしれませんけれども,そういった文言で,例えば,これに暴行・脅迫よりも弱い手段を組み合わせるのかとか,そういったことを組み合わせて条文を作っていけたらなと考えています。 ○山本委員 メディア関係者のアンケートについての補足なのですけれども,セクハラを受けた経験があるという122件の回答中,相手との関係で最も多いのが,取材先・取引先で85件です。補助資料10ページの「② 考えられる規定の在り方」に,「学校や職場,施設など権力が支配する閉ざされた空間で」というのがあるのですけれども,相手が取材先・取引先というのが閉ざされた環境という定義に当てはまるのかということを検討していただければと思います。成人だから抵抗できるという認識は,被害者に不可能を強いるものです。この社会の性差別,女性の地位の低さ,訴えづらさ,訴えても二次被害を受ける,そういう状況がありますし,上谷委員がおっしゃったように,なかなか起訴してもらえないという状況があるわけです。ですので,この地位・関係性を利用したという規定の中に,是非この被害の実態を反映していただくことを望んでいます。 ○佐藤委員 必要性という点は,私も非常によく分かっているのですけれども,大人は難しいなと思うのは,今まで,優越的地位を利用する主体として,例えば,雇用主,上司,取引相手,それから医療関係者,福祉施設の人というのが挙げられていますけれども,未成年者や重度の障害者が客体の場合とは異なって,そのような人との対等な関係性がおよそほとんど考えられないわけではない,つまり上司と部下,医師と患者,取引先の相手同士が恋愛関係になったり,そこまで至らなくても合意的に性的関係性を持ったりということがあり得るというのが,前提にあるのだと思います。そうすると,無害な行為が処罰範囲に入ってしまうおそれがあって,最初に和田委員がおっしゃったような,処罰してはいけないものは刑法の中に入ってはいけないという強い要求がありますので,それをどう排除するのかを考えなければならず,ここに難しさがあるなと思っております。   単に地位の利用・濫用という要件にしてしまうと,例えば,お給料を上げてあげるからと言われて性行為に応じて,実際にお給料を上げてもらったというような場合も,確かに地位の利用っぽいのですけれども,これを処罰するのかと言われると,こういう利益供与型を処罰している諸外国の例が余りないので,本当にやっていいのかなという不安があります。また,ドイツでは,心理療法を受けている患者は常にメンタル的に不安定なので,その治療をしている人との関係性では,絶対に保護するというようになっているのですけれども,そうすると,逆に今度は患者側の権利が侵害されるのではないかとか,その人とはおよそ恋愛ができないということになってしまうので,それはそれでどうなのかという問題が出てくるのではないかと思います。   では,誘惑などの手段を規定するかというと,脆弱性のない大人同士では誘惑に可罰性があるとは思えませんので,適正処罰を維持する,保障するという点で,大人の場合にはかなり厳しい問題があるのではないかと思っております。   不利益を与え得ると相手が捉えるような状況の利用とか,そういうようなものも考えたのですが,そもそもこれは刑法178条で処罰できてしまうのではないかという気もします。刑法178条で処罰できない不利益を与え得ると思わせるような状況の利用としてどういうものがあるのかと言われると,まだ漠然としていて,何が処罰範囲になるのかが明確に自分の中で見えていない状況です。この点はやはりどこを処罰するかという意識をしっかりと持って,取引先とかが何か嫌がらせをしてくる場合のように,当然,処罰範囲に入っても仕方ないと思われる場合を処罰範囲の中核としつつ,外縁をしっかりと見せられるような文言というのを見いだせなければ,やはり刑法規範としては問題があるのだと思います。つまり,かなり明確で具体的な要件というのを考え出さなければいけないのではないかと思っていて,全くできないとは思っていませんけれども,困難はあるのだろうと考えているところでございます。 ○和田委員 困難があっても,ここは,現行法でうまく拾えていないけれども問題性が広く広がっている領域だということであり,何とか新しい類型を設けられるように考えていくべきだと思うのですけれども,その具体的な処罰範囲や要件の問題が解決したとした場合の法定刑についての意見です。   ここでは,優越的地位だとか関係性を利用して同意のない状態で性的行為を強要したときに,暴行・脅迫だとか抗拒不能の要件が満たされれば,もちろん刑法177条,178条で重く処罰されるということに現行法上もなるわけですけれども,それを越えて,それに至らない場合をどうするかという問題です。   具体的には,例えば,職場環境だとか取引先との関係が悪化することを考えて拒否することができなかったというような場合を拾っていこうということですが,このような場合を処罰するとして,これを暴行・脅迫が用いられた場合と比較したときに,その被害者の意思が圧迫される程度であるとか,あるいは自由意思が制約される,あるいは侵害される程度を考えると,やはりその程度は一段階落ちるのではないかと思われます。具体的な事案の中には,このような場合であっても通常の強制性交等に匹敵するような実質的な被害がある場合があり得ることはもちろんだと思いますけれども,類型的に見たときにどうかと考えてみると,やはり通常の強制性交等,準強制性交等に比べると,類型的には法益侵害性が一段下がると見るのが合理的ではないかと思われます。保護法益を性的自由と見るか,性的統合性と見るかにかかわらず,そのように違法性を一段低く評価するというのは合理的にあり得ると思われますので,そうすると,新しい犯罪類型を設けるとして,その法定刑は,やはり強制性交等罪に比べて一段軽いものとするのが合理的ではないかと思われます。   先ほど来,池田委員から,中間年齢層に対する相対的な保護の場合や,あるいは障害者との関係で新しい規定を設けることとしても,法定刑は軽くすべきではないかという御意見がありましたけれども,それと同じ話でありまして,今回,性犯罪全体について,処罰すべきもので漏れているところの処罰をより適切にできるように改正を目指していこうということを考える際に,現行法の処罰範囲を超えて新たな処罰範囲を設けようとする,そこには重い処罰の要請と広い処罰の要請と,両方あり得るわけですが,やはり,現行法上,解釈論として通常ではあり得ないぐらい無理をして処罰に値するものは拾おうという努力が裁判所において行われていて,重い処罰の方は,現行法でも裁判規範としては,かなり突き詰めて追求されていると思います。それを越えて新たな罰則を設けようとするときには,やはり重い処罰の要請よりは,広い処罰という要請の方を優先させて,刑が軽くても広く拾っていくということを目指すというのが,今回の議論においては,一つの大きな視点として重要なのではないかと考えています。 ○宮田委員 最初に渡邊委員が御指摘になった立証の難しさに関連してですけれども,監護者性交等のように,地位・関係性があればおよそ同意がないことが推認されるという類型ではない,その点にこの類型の難しさがあると思っています。もちろん被害者の側からすれば同意がないわけですけれども,加害者にしてみれば同意があったと認識し得るような状況は,相当数起こるのではないかと思います。例えば地位・関係性に乗じたというような条文を作ったときに,その地位・関係性に乗じるという行為は何なのか,例えば,この関係を拒否することによって報復的な扱いをする,そういう権限をその人が持っているのか持っていないのかという権限についての事実関係の有無,被害者が考えている権限と実際の権限,被害者の考えている加害者の権限を行為者が認識し得たのかというところなどでも,かなり難しい問題が出てくると思います。   ですから,そもそも立法をするのが難しい上,優越的な地位・関係性に乗じて,という条文を作ったとしても,今度は,事実認定の中で,その地位・関係性に乗じる行為とは何か,その乗じた行為をすること,つまり,同意がないことだけではなくて,地位・関係性に乗じてそういう行為を行っているという部分についての認識も加害者に必要になってくるのです。その辺りが,地位・関係性それぞれの個別の関係性によって,それに乗じる行為の幅も相当広く,また,それを認識し得るのかどうかという状況も個別的な事情によって違ってくるように思われます。立法の際も,立法後の事実認定の作業でも,かなり難しい問題も起きるのだろうということです。影響が一様ではないということは,地位・関係性があるということの内容自体をどう構成するかという難しさでもあるように思います。 ○齋藤委員 本当に難しいということは承知しておりまして,ただ,これまでの被害者支援の経験や調査の中で,成人の性犯罪被害で最も捉えられていない類型はここだと思いますので,それについて本当にお知恵をお借りしたいと考えています。   ここでこれを言うべきでないということは重々承知しておりまして,佐藤委員も例として持ち出しただけだということも本当に重々分かっているのですが,心理療法で患者側の権利が阻害されるという点については,倫理にも関わることなので一点だけ言わせていただきます。   心理療法で患者側がセラピストに恋愛感情を持つことは,もちろん問題ありません。しかし,セラピストと患者には圧倒的な立場の上下があり,セラピストが患者と性的行為をした場合,相手の恋愛感情に乗じたとしても,それは性的搾取となります。セラピストにとって,患者からセラピストに向けられる恋愛感情は,患者の自由意思とは到底考えられないということが通常です。セラピスト側が心理療法の間に患者に性的行為をするということが,ドイツで性犯罪として類型的に定められているというのは,心理職からすると自然なことです。例で持ち出したということは本当に分かっているのですが,日本においても実際に事件が起き,心理職の資格が剝奪されることもある行為ですので,心理職の立場から看過できず,一言言わせていただければと思いました。 ○佐藤委員 ありがとうございます。勉強になりました。 ○木村委員 私も非常に悩ましいというか,悩んでいるところなのですけれども,先ほど和田委員が軽い類型としてとおっしゃったのですが,本当にそれでいいのかというところをすごく悩んでいます。   改正刑法草案では,この類型を作って,確か5年以下の懲役だったかと思いますけれども,かなり軽い類型として作っていたと思います。恐らく,被害としては,それこそ尊厳を害されるという意味では,手段にかかわらず非常に重大な被害だというようには思っています。そうしますと,先ほどの若年者だとか,障害者だとか,保護法益自体を別に考えられるという類型に関しては一律処罰ということもあると思うのですけれども,今問題になっているような例だと,保護法益自体を大きく変えるというのは難しいのかなと思っておりまして,そうだとすると,法定刑を軽くして特別類型を作るのか,あるいは,確かに今の刑法178条が使いにくいことはそのとおりなのですけれども,刑法178条の抵抗できない状態みたいなものを広げて考えるのかという二つの方向があると思っております。   結論としては,暴行・脅迫要件をもう少し緩やかに解する可能性があるということとの絡みでいうと,それと同程度とされている刑法178条の抗拒不能をそのまま維持するのは結構難しいのかなと思っていまして,そこのところである程度カバーして,法定刑は軽くしないという道もあるのかなと思いました。 ○金杉委員 やはり地位・関係性を利用する罰則を,その地位・関係性を特別に類型化してそれを利用してという形にすることは難しいという問題意識は皆さんと共通です。   私自身もセクハラの被害者側の民事事件にたくさん携わっていますし,これは本当に許されないと思っています。ただ,刑法で犯罪として規定するということになると,やはり立証の問題ですとか,いろいろな問題が出てきて難しい。特別のそういう地位・関係性の利用・濫用,上司と部下,起こりやすい類型というのを,監護者性交等以外に類型化することも難しいと思います。かつ,意思のみに係らしめる地位・関係性の利用というところを主観的な要件だけで立証していくというのは,やはりなかなか難しいのだろうと思っています。   ですので,私の意見は,本日の四つ目のテーマの暴行・脅迫要件のところとも絡むのですけれども,現状において,暴行・脅迫や著しく抵抗を困難にしたかどうか,あるいは刑法178条の抗拒不能にしたかどうかということは,具体的な加害者と被害者の関係性ですとか,地位の上下ですとか,そういったことを考慮して,実際にはそれほど強度な有形力の行使でなかったとしても,この関係性にあっては抵抗することが著しく困難だという認定を行っていて,刑法177条,あるいは176条の暴行・脅迫の要件が柔軟に解釈されているという問題が従前から指摘されていると思います。   私は,そこと絡めてなのですけれども,一段階軽い類型としてそういう処罰の類型を作るということを考えています。具体的には,以前から申し上げていたとおり,威力または威迫を用いて,明示した意思に反して性交等を行った場合とわいせつ行為を行った場合というのを,例えば,その法定刑を性交等の場合は7年以下,わいせつ行為の場合は5年以下など,一段階軽い類型で規定するということです。   こういう軽い類型を設けた場合に,今,著しく抵抗を困難にしたとまではなかなか言いづらいけれども,例えば,先ほどの,お給料を上げるだとか,あるいは,もし応じなければ会社での立場がどうなるか分かっているのだろうねというような言動があった場合に,その具体的な関係性の中では威迫に当たるというように認定をされて,その一段軽い類型の犯罪に該当していくということはあり得るのだろうと思っています。関係性に着目するのではなくて,加害者の側からどのような威力又は威迫に該当するような具体的な行為が行われたのかということに着目して,そこに主観的な要件を絡めていくという規定の在り方の方がいいのではないかと思っています。 ○井田座長 確認ですけれども,例えば,「首にするぞ」などと言った場合は,現行法でも刑法177条,178条の問題になるのではないでしょうか。新たな類型で軽い類型となるものではないのではないですか。 ○金杉委員 今の,「首にするぞ」と言った場合は,おっしゃるとおり脅迫に当たると思いますけれども,そこまで明確で分かりやすい言動はないけれども,それを威迫的に感じるという場合はあり得るだろうと思います。 ○井田座長 もう一段ランクが下の,プレッシャーの程度が軽いということですかね。 ○金杉委員 そういうイメージです。 ○井田座長 このテーマについての予定の時間も超過しておりますので,このぐらいにさせていただきたいと思います。   ごく簡単にまとめておきますと,ここでは二つの問題があり,そもそも処罰すべき行為とはどういう行為なのかということ,それから,処罰すべき行為があるとして,どういう要件でそれを条文に規定するかということ,この両方についてそれぞれ御意見を頂いたと思います。   前者の,そもそも処罰すべき行為とはどういう行為なのかという問題については,例えば今の例で,会社の上司が部下に性交等を求め,部下がその求めに応じるつもりはないというシチュエーションで,一方の極には,仮に「断ると首にするぞ」ということを言われたような場合,もう一方の極には,応じると昇進ができる,給料が上がると思って性交等に応じたような場合があり,その二つを言わば両極とすると,「首にするぞ」と言うような場合については,現行法でも刑法177条,178条で処罰可能だということになると思われますが,他方で,昇進で有利になると思った,給料が上がると思ったという場合については,処罰の必要性について相当に疑問に感じる人も多いだろうと思われます。そうすると,その中間の場合について,どういう形でもってどこまでを処罰の対象にし,どこから先を処罰の対象外とするかということが議論の対象になります。   また,そのような中間の場合は,刑法177条,178条よりも一段階プレッシャーが軽い場合ですので,現行法の5年以上の懲役という刑で果たしていいのか,より軽い法定刑で対応すべきではないかという御意見がありました。   また,その要件については,人間関係は様々なのだから,なかなか処罰すべき場合を適切に立件することができるような要件とすることは難しいという御意見もありましたが,他方で,具体的な要件として,地位・関係性を利用し,あるいは濫用してとか,心理的なプレッシャーを与えてとか,抵抗が難しい状態にして,といった御意見が表明されており,果たしてそれで十分なのかどうか,プレッシャーの程度というのをどのように考えるかという辺りが更に課題になるだろうと思われました。   それでは,今日最後のテーマになりますが,「テーマ4 暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能の要件の在り方」についての検討に入りたいと思います。   このテーマについて,二巡目までの議論では,補助資料11ページから16ページまでにあるような御意見を頂いております。本日は,これまで,一定の年齢未満の者を被害者とする場合などの特定の類型を念頭に置いて,その罰則の在り方について議論してまいりましたが,それを踏まえて,今度はもう一度,刑法177条,178条の暴行・脅迫,心神喪失・抗拒不能の要件の在り方という観点から御議論を頂きたいと考えております。御発言に当たっては,どういう観点からの御意見であるかを明示していただけると幸いです。 ○山本委員 一定の年齢未満の被害者のところでお伝えする必要があったかと思ったのですけれども,軽い類型のことが出てきたので,少し気になって,お伺いしたいと思いました。   教師・生徒については,地位・関係性利用類型の中に含まれるのか,それとも,別途作られるのか分からないのですけれども,例えば,本日,私が提出した資料の石田郁子さん作成のアンケート結果の中にありますように,若年者の場合だと,気付いたらいつの間にか被害を受けていた人が35.1%,最初に被害を受けたとき,被害だと認識できなかった人が77.9%であり,また少し違う特性があるのかなというように思います。若年者の被害認識の低さはSpringの調査とも共通するものがあります。もし軽い類型を作った場合に,海外においては,未成年者への地位・関係性を利用した行為については重く処罰するような規定を設けているところもありまして,まだ先の議論になるのかもしれないのですけれども,いわゆる性交同意年齢と,そして教師から生徒への地位・関係性が作られた場合の処罰についてお伺いできればと思いました。 ○橋爪委員 ここまでの議論においては,児童の性的保護に関係して,三つの問題が論じられているのだと思うのです。まず,いわゆる性交同意年齢をどのように設定するかという問題,次に,中間年齢層の者に対する性行為について,例えば行為態様や関係性,年齢差等の要件に基づいて,新たな罰則を設けるかという問題,そして,被害者が児童か否かを問わず,地位・関係性を利用する性行為に関する罰則を設けるかという問題の三つです。被害者がいわゆる性交同意年齢未満であれば全面的に処罰対象になりますが,それ以外の場合には,第二,第三の点がいずれも関係してくると思います。また,法定刑についても,三つの問題で法定刑をそろえる必然性はないので,それぞれの問題状況に応じて,適切な法定刑を個別に検討することができます。中間年齢層の児童に対する性行為については,複数の処罰規定が重畳的に適用される余地を認めるということも十分あり得るように思います。 ○山本委員 ありがとうございます。 ○中川委員 暴行・脅迫の要件のみに関係することではないのですけれども,意見要旨集について一言申し述べたいことがありましたので,この段階で発言させていただきたいと思います。意見要旨集の第1の「1」の総論的事項の「① 議論の前提とすべき事柄」の中で,判決の公開と裁判官の研究について触れられておりましたので,一言申し上げたいと思います。   性犯罪の裁判例については,被害者等に精神的被害を与えるおそれがありまして,被害者のプライバシーに配慮する必要があるため,裁判所のウェブサイトでは公表されていないと聞いておるわけですが,裁判官は,事件についての合議体の議論はもちろんですが,司法研修所で定期的に行われる研究会に参加したり,その結果の概要の共有を受けたり,庁内や地方裁判所,高等裁判所等の様々な勉強会において事例を共有するなどして,性犯罪に関する法律の解釈や事実認定等について意見交換をし,考えを共有する機会を持つように努めております。 ○宮田委員 裁判所内での問題共有の点については非常によく分かりました。通常,裁判所内で行われた重要な議論は,例えば司法研究等の様々な論文,報告書の形で公開され,我々法曹,あるいは,さらに法曹以外の支援者の方なども共有することができています。しかしながら,性犯罪の問題に限ってはそうなっていないということに,非常に大きな問題があると思います。つまり,法曹三者だけではなく警察官や被害者支援をする方々も含めた法律に携わる者の中で,情報共有ができていない,コンセンサスができていないということが一番問題だと思います。   そもそも,判例のデータベースなどで公開されている事件は,無罪を争うような事件が主であり,今までとは毛色の違った判決の場合には自白事件でも公開されることがあり得ますけれども,自白して争わない事件の判決はまず表には出てこない。もちろん,以前指摘した裁判所の判例データベースにも自白事件は出てこない可能性もあるわけですけれども,私は,自白して争わない事件の判決を全部見せていただき分析させていただけると非常に有り難いと考えます。配布資料7を見ると,強制性交等罪は,強姦罪も含めると1年で大体200件前後が有罪とされており,令和元年には250件くらいです。そのくらいの数のものを5年分くらい見ても,そんなに膨大なものにはならないでしょう。   私が,自白事件が重要と思っている理由は,自白してそれを認めるということは,これは悪いことだと被告人が思える行為である,つまり,ある意味で国民の常識をはかる物差しにもなり得るという面もあるからです。また,どういう構成要件で検察官が起訴しているのか,あるいは裁判所がどういう形で犯罪事実を認定しているのか,そこを見ないでおいて,裁判所の判決は非常に不当である,あるいは,判決には問題があるというような批判をすることは問題だと思いますし,判断の実態をみないままで,抽象的な議論で立法することにも疑問があります。そして,一審の判決への批判については,裁判は三審制ですし,さらには再審もあり得る。裁判は間違う可能性もあり,間違ったら,それを正すための手段もあるので,一審の判決だけでどうこう言えるものでもないというところであります。 ○山本委員 暴行・脅迫要件,抗拒不能要件,そして,不同意の問題というのは,やはり多くの人が警察に訴えることが難しく,訴えても起訴されないなど,性暴力が性犯罪として上がってこないということに非常に大きな問題があると思います。暴行・脅迫,抗拒不能は不同意の徴表というように聞かされていますが,では,その不同意というのは刑法で一体どのように捉えられているのかということについて疑問があります。   例えば,補助資料14ページの「3」の上から二つ目の「○」に,「悩みながら最終的には性行為を受け入れた場合など,同意・不同意のグレーゾーンに位置する事例が含まれる」というような意見がありますけれども,これも各々で想定する事例がかなり違うのではないかなと考えています。例として適切ではないかもしれませんけれども,例えば,訪問販売の場合,押売が居座って,断っても断っても帰ってくれず,言い負かされて契約したケースと,話を聞いているうちに,良いものだと思って契約したケースとでは,主体的な自己決定において明らかな差があると思います。   私たち支援者,そして被害者は,性的同意について明確な価値基準を持っています。それは同意の有無,対等性の有無,強制性の有無などで表すことができます。また,先ほどの訪問販売のケースでも,どちらもクーリング・オフができます。それは,本人の自由な意思に干渉があったからではないかと思います。性的同意の概念の一つに,同意するのもしないのも同様に尊重されるという前提があります。相手を尊重しない加害者の責任を追及するような不同意の規定が作られるということを私たちは望んでいます。刑法改正市民プロジェクトで不同意性交等罪を作ってくださいという署名に6万6,000人の方が賛同されました。そのように,今の日本において同意のない性交が性犯罪として認められないことによって苦しんでいるこの実態を何とか捕捉する文言を作っていただければと思っています。 ○橋爪委員 以前の会議でも申し上げた点ですが,被害者の意思に反する性行為は犯罪であり,これを罰する必要があることは当然であると思いますし,検討会においてもこの点については全く異論がなかったと考えております。飽くまでも検討会における課題は,意思に反する性行為を処罰するためにどのような規定形式が最も適切かという立法技術の問題であるということを,まず改めて確認しておきたいと存じます。そして,いかなる処罰規定を設けることが適当かを考える上では,次の3点が重要であると考えております。   第一に,被害者の意思に明確に反する性行為を取りこぼすことなく処罰対象にすること,第二に,先ほどから御指摘がありましたように,処罰すべきでないものが処罰対象に含まれないような規定ぶりを考えること,第三に,法的安定性を十分に担保できるような規定とすることです。第三の法的安定性に関して付言しますと,これは,裁判体の構成によって判断がぶれることを可及的に回避し,判断者が異なっても同一の結論が導かれるような規定が好ましいという趣旨で申し上げました。   以上三つの観点から考えますと,やはり私は,不同意自体を構成要件の要素とするのではなく,行為態様や被害者の心理状態を具体的に規定することによって,被害者に不当な影響を及ぼし,その意思決定をゆがめたと評価できる場合を捕捉する構成要件を規定することがより適切であると考えています。   このように考える理由を申し上げます。   仮に不同意のみを要件とした場合,不同意の内実を具体的に明らかにする作業が必要になりますが,これを言語化することは必ずしも容易ではないと考えています。二つ具体的な例を挙げたいと存じます。   第一に,これは前回から議論がございましたけれども,錯誤による同意の問題です。例えば,成人同士の関係において結婚すると相手をだまして性行為を行った場合であり,仮に結婚する気がないと知っていれば性行為に応じなかった,その意味では性交に関する同意がなかったといえる場合ですが,このようなケースまでを罰することが適当ではないことについては,基本的に見解の一致があると承知しています。もっとも,裁判例の事案でありますけれども,性病に感染していると被害者をだまし,治療と偽って性行為を行う必要があると信じ込ませて性行為を行った場合については,錯誤を利用する場合ではありますが,当然に性犯罪の成立を肯定すべきです。つまり,錯誤によって同意を得た場合についても,その手段や被害者側の心理状態によって結論が異なってくるわけです。   もう1点,具体的な例を挙げたいと存じます。先ほど山本委員からも御指摘がありましたが,被害者がいろいろ悩みながら最終的に性行為を受け入れたケースというのも,恐らく多様なケースがあると思うのです。先ほど,地位・関係性に関する議論でも指摘がありましたけれども,例えば,上司から性交に応じなければ解雇するなどと言われて,生活を守るためにやむを得ず性行為に応ずるような場合については,性行為は真意に反するものであり,犯罪の成立を肯定すべきです。しかし,余りいい例ではありませんけれども,ここで上司の誘いに応じておけば昇進等の見返りが期待できるかもしれないと思い,本心では上司との性行為は心底嫌だけれども,いろいろ考えた挙げ句に最終的には自分の判断として性行為を受け入れたような場合については,その意思形成過程によっては,処罰を否定すべき場合もあり得るように思われます。   ここではシンプルな例を挙げましたが,恐らく現実の事例はもっと複雑かつ多様であるように思われ,そこでは一律に判断することは困難であり,やはり個別の事案ごとに行為態様や関係性,さらに被害者の心理状態に基づく限界設定が不可欠になってきます。   私が申し上げたいのは,このように同意・不同意の限界設定は極めて微妙かつ不安定である以上,不同意それ自体を問題にするのではなく,個別の行為態様,関係性,被害者の心理状態等を具体的に規定した方が適切に限界を画し得るのではなかろうかという点に尽きます。もし仮に不同意のみを要件として刑罰法規を規定した場合,人間の意思決定や心理状態が微妙なものである点に鑑みると,裁判所による同意・不同意の認定が現行法以上にぶれてしまい,結果的に被害者に負担が生ずることも懸念されます。繰り返し申し上げますが,意思に反する性行為を処罰の根拠にするということと,これをどのような規定形式によって実現するかということは,分けて検討する必要があるという点につきまして,御理解をお願いできればと存じます。 ○井田座長 時間が来ておりますので,今日のところはひとまずここまでとさせていただいて,この論点については次回の第13回の会合において引き続き議論を行った上で,次の論点の検討に移りたいと考えております。   次回の会合では,本日のテーマ4についての議論を継続して行った上で,さらに,強制性交等の罪の対象となる行為の範囲,法定刑の在り方,配偶者間等の性的行為に関する処罰規定の在り方,性的姿態の撮影行為に対する処罰規定の在り方などについて,三巡目の検討を行いたいと考えておりますが,そのような進め方をさせていただくということでよろしいでしょうか。 (一同了承) ○井田座長 ありがとうございます。それでは,そのように進めさせていただきます。   次回の会合で取り上げる論点につきましても,本日同様,二巡目までの議論における委員の皆様の御意見を整理したものを次回会合に先立って委員の皆様にお送りして,前もって御検討いただくことにしたいと思います。   本日の議事は,これで終了いたしました。   委員の御発言の中で,山本委員提出資料のうち,「アンケート別表」については,内容が被害の具体的状況にわたるため非公開としてほしいという要望を事前に承っておりますので,プライバシー保護の観点から非公表としたいと考えております。それ以外には特に公表に適さない内容に当たるものはなかったと思われますので,発言者を明らかにした議事録を作成して公表したいと思います。そのような扱いでよろしいでしょうか。 (一同了承) ○井田座長 ありがとうございます。それでは,そのような取扱いをさせていただきます。   では,次回の予定について事務当局から説明をお願いします。 ○浅沼刑事法制企画官 第13回会合は,3月8日月曜日,午後1時30分から開催を予定しております。次回会合の方式につきましては,追って事務当局から御連絡申し上げます。 ○井田座長 本日はこれにて閉会といたします。