法制審議会 刑事法(犯罪被害者氏名等の情報保護関係)部会 第2回会議 議事録 第1 日 時  令和3年7月14日(水)   自 午後2時05分                        至 午後4時19分 第2 場 所  法務省大会議室 第3 議 題  1 刑事手続において犯罪被害者の氏名等の情報を保護するための刑事法の整備について         2 その他 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○栗木幹事 ただいまから法制審議会刑事法(犯罪被害者氏名等の情報保護関係)部会の第2回会議を開催いたします。 ○大澤部会長 本日もお忙しい中御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   本日,佐藤委員,田中委員,蛭田委員,藤本委員,村瀬委員,吉崎委員,市原幹事,今枝幹事,幹事,重松幹事,成瀬幹事は,オンライン形式により参加されております。   まず,前回の会議で御欠席されていた幹事と井上関係官から自己紹介を頂きたいと存じます。 ○幹事 内閣法制局で参事官をしておりますでございます。よろしくお願いいたします。 ○井上関係官 法務省特別顧問を務めております井上と申します。刑事訴訟法の研究者です。よろしくお願いいたします。 ○大澤部会長 ありがとうございます。   それでは,次に,本日の配布資料について,事務当局から説明してもらいます。 ○栗木幹事 資料4は,秘匿措置の対象事項に関するものでございます。内容については,後ほど御説明いたします。   また,第1回会議でお配りした資料1「諮問第115号」を参考として再度配布しております。 ○大澤部会長 それでは,早速本日の議事に入りたいと存じます。   前回の会議におきましては,諮問事項の全体について御議論いただいた後,要綱(骨子)の第一及び第二について,順に御議論いただきましたので,本日は,まず,要綱(骨子)の第三及び第四について御議論いただき,その後,二巡目の議論として,改めて,諮問事項の全体,そして要綱(骨子)の第一及び第二について御議論いただきたいと存じます。   なお,前回の会議におきまして,要綱(骨子)の第五の「その他の所要の法整備」の内容について御質問があり,事務当局から一部説明がありましたが,要綱(骨子)の第一から第四までにも,それぞれ「その他所要の規定の整備を行うこと」とありますので,要綱(骨子)の第三及び第四の審議に入ります前に,事務当局から,それらの内容につきまして,御説明いただきたいと考えております。   そのような進め方とさせていただくということでよろしいでしょうか。              (一同異議なし)   それでは,そのように進めさせていただきます。   まず,事務当局から,「その他所要の規定の整備」についての説明をお願いいたします。 ○栗木幹事 要綱(骨子)第一から第四までに記載している「その他所要の規定の整備」について,その概要を御説明します。   なお,これから御説明する内容は,飽くまで現時点で想定しているものであり,法案作成の段階では,更に法技術的な観点等を踏まえて検討することとなるため,その内容に追加・変更があり得ることを御承知おき願います。   まず,要綱(骨子)第一の五において想定している規定の整備について申し上げます。   一つ目は,刑事訴訟法第312条第3項においては,裁判所は,訴因の変更等があったときは,速やかに変更等がなされた部分を被告人に通知しなければならないこととされていますが,この通知の際に秘匿措置をとることができるよう,規定の整備を行うことです。   二つ目は,同法第49条においては,被告人に弁護人がないときは,被告人が公判調書の閲覧等をすることができることとされていますが,この閲覧の際に秘匿措置をとることができるよう,規定の整備を行うことです。   三つ目は,要綱(骨子)第一の一の5及び10,二の2並びに三の1においては,裁判所が弁護人に対して条件を付すこととしていますが,その実効性を確保するため,同法第299条の7と同様に,弁護人がこれらの条件に違反したときの処置請求に関する規定を設けることです。   次に,要綱(骨子)第二の三について申し上げます。   刑事訴訟法においては,被疑者・被告人に対し,犯罪事実の要旨や公訴事実の要旨を告知するなどの手続が定められていますが,これらの手続の際にも秘匿措置をとることができるよう,規定の整備を行うことを想定しています。   具体的には,刑事訴訟法第203条第1項及び第204条第1項に基づく弁解録取手続における被疑者に対する犯罪事実の要旨の告知,同法第84条に基づく勾留理由開示の手続における勾留理由の告知,同法第61条本文に基づく勾留手続における被告事件の告知,同法第76条第1項本文に基づく勾引手続における公訴事実の要旨の告知,同法第77条第3項に基づく逃亡した被告人を勾留した後の公訴事実の要旨の告知,同法第280条第2項に基づく逮捕中に起訴された被告人に対する被告事件の告知といった手続においても,秘匿措置をとることができるように規定を整備するというものですが,そのような規定を整備することにより,規定の対象外の場合,例えば,秘匿措置をとることができる事件以外の事件においては,個人特定事項を必ず告知しなければならないとの解釈が生じかねないという問題があるため,こうした観点から規定振りを検討することが必要であると考えています。   次に,要綱(骨子)第三の三について申し上げます。   公判前整理手続における証拠開示については,刑事訴訟法第316条の23第2項及び第3項において,同法第299条の4から第299条の7までの規定を準用することとされていますが,同法第299条の4の適用範囲を拡大する要綱(骨子)第三の二1及び2による措置や,当該措置をとった場合について,要綱(骨子)第三の二3により設ける規律についても,公判前整理手続における証拠開示に準用されるよう,規定の整備を行うことを想定しています。   次に,要綱(骨子)第四の五について申し上げます。   要綱(骨子)第四の二においては,裁判所が弁護人に対して条件を付すこととしていますが,その実効性を確保するため,刑事訴訟法第299条の7と同様に,弁護人がこの条件に違反したときの処置請求に関する規定を設けることを想定しています。   要綱(骨子)第一から第四までにおける「その他所要の規定の整備」についての御説明は以上です。 ○大澤部会長 ただいまの事務当局からの説明について,御質問等がございましたら,挙手の上,御発言をお願いいたします。 ○今枝幹事 先ほど,弁護人の条件違反があった場合の処置請求についてのお話がありましたけれども,この点については,私自身も弁護士なので,私から申し上げにくい部分もあるのですけれども,「その他所要の規定の整備」ということではなく,要綱(骨子)の中にきちんと明記した上で定めていただいた方がいいのではないかと思うのですが,その点についてはいかがでしょうか。 ○栗木幹事 御指摘を踏まえて検討したいと思います。 ○大澤部会長 ほかに御質問等おありの方,おられますでしょうか。よろしいでしょうか。   それでは,続きまして,要綱(骨子)の第三及び第四について,御議論いただきたいと存じます。   前回の会議の御議論の中で,秘匿措置の対象事項の範囲,具体的には,起訴状抄本の送達の際には秘匿措置の対象事項が被害者及び被害者以外の者の個人特定事項とされている一方で,証拠開示,訴訟書類等の閲覧・謄写,裁判書等の謄本等の交付の際には秘匿措置の対象事項が被害者の氏名・住居とされている点について,事務当局から説明がありました。   この点は,これから御議論いただきます要綱(骨子)の第三及び第四にも深く関係しますので,議論に入る前に,要綱(骨子)における秘匿措置の対象事項の考え方について,改めて,事務当局から御説明を頂きたいと存じます。 ○栗木幹事 要綱(骨子)において,起訴状における秘匿措置の対象事項と証拠開示等における秘匿措置の対象事項の範囲が異なっている点については,前回の会議でも御説明しましたが,資料4「秘匿措置の対象事項」に基づいて,要綱(骨子)の考え方を改めて御説明します。   資料4を見ていただくと,左には秘匿措置の対象事項を,上には秘匿措置がとられる刑事手続の略称を記載しています。秘匿措置の対象事項は,被害者の氏名及び住居と,それ以外の個人特定事項に分けています。左から右に伸びている灰色の矢印は,それぞれの事項について刑事手続のどの段階で秘匿措置の対象となるのかを示しており,色の付いていない矢印は,秘匿措置の対象とならない刑事手続の範囲を示しています。また,証拠開示と訴訟書類等の閲覧・謄写のところには,四角の中に,現行法上の秘匿措置の概要を記載しています。   上段の灰色の矢印でお示ししているように,要綱(骨子)では,被害者の氏名及び住居については,名誉や社会生活の平穏が著しく害されることや,身体・財産に対する加害行為等がなされることを防止するために,刑事手続全体を通じて秘匿措置をとることができることとしています。   一方,それ以外の個人特定事項については,下段の灰色の矢印でお示ししているように,逮捕状・勾留状と起訴状の段階では,秘匿措置の対象としていますが,証拠開示,訴訟書類等の閲覧・謄写,裁判書の段階では,秘匿措置の対象とはしていません。   秘匿措置の対象事項の範囲は,被害者等の情報保護の必要性と被疑者・被告人の防御の必要性の調和により定めることが適当であり,要綱(骨子)においては,個人特定事項の中でも,被害者の氏名及び住居とそれ以外のものとを区別し,手続の段階に応じて取扱いを異にするのが相当であると考え,ただいま申し上げたような差異を設けているものです。   まず,証拠開示における秘匿措置について御説明すると,証拠開示は,被告人側に防御の準備を整える機会を与えるものであり,現行法では,刑事訴訟法第299条の4において,秘匿措置の対象事項は氏名及び住居に限定されています。この点は,裁判所の訴訟書類等の閲覧・謄写における秘匿措置を定める同法第299条の6においても同様です。   証拠開示の段階においては,被告人側からの請求等に応じて開示を行うものであり,個人特定事項について,閲覧・謄写の機会を与えないことに異議がない場合や,被告人側からの請求等がない場合,請求等が放棄された場合には,開示する必要はありません。したがって,秘匿措置の対象とするかどうかを定めるに当たっては,被告人側が請求等を維持している,すなわち,個人特定事項の開示を求めていることを前提とする必要があります。   そして,個人特定事項のうち,被告人側に知られることによる名誉等の侵害や加害行為等のおそれを防止するために秘匿することが必要な事項は,被害者の氏名及び住居が中核であると考えられます。   以上から,証拠開示における秘匿措置の対象事項については,被害者の氏名及び住居とし,それ以外の個人特定事項については,開示を求める被告人の防御の必要性に鑑み,秘匿措置の対象とはしていません。   また,訴訟書類等や裁判書についても,証拠開示と同様に,被告人側からの請求等に応じて閲覧・謄写・交付を行うものであり,請求等が維持されていることが前提となる以上,開示を求める被告人の防御の必要性に鑑み,秘匿措置の対象事項は,被害者の氏名及び住居としています。   このように,証拠開示等の段階においては,秘匿措置の対象事項は被害者の氏名及び住居としていますが,逮捕状・勾留状や起訴状の段階においては,これらが,個人特定事項について被疑者・被告人側からの請求等がないのに,言わば一方的に示すこととなる手続であることに鑑み,別途の考慮が必要となると考えられます。   すなわち,逮捕状・勾留状の呈示等や起訴状謄本の送達の段階においては,被疑者・被告人側からの請求等がなくても,呈示等又は送達をしなければならないものであり,個人特定事項を必要としていない場合も考えられるのに,仮に,被害者の氏名及び住居しか秘匿できないとすると,被疑者・被告人側がそれ以外の個人特定事項を知ることを求めていないにもかかわらず,これを知らせなければならないこととなりかねません。   そのため,これらの手続の段階では,情報保護の必要性に鑑み,秘匿措置の対象事項について,被害者の氏名及び住居に加えて,それ以外の個人特定事項も対象としているものです。   要綱(骨子)の秘匿措置の対象事項に関する御説明は以上です。 ○大澤部会長 ただいまの事務当局からの説明について,御質問等がございましたら,挙手の上,御発言をお願いいたします。 ○今枝幹事 先ほどの御説明を前提にすると,証拠開示のところでは,これまでも被害者の関係の情報の秘匿などは,この前の部会のときにもお話がありましたけれども,検察官と弁護人との間で交渉をして,その部分を秘匿するということであれば,秘匿が行われてきたというような運用が行われてきたのですけれども,今回のこの要綱(骨子)でいいますと,被害者の氏名・住居以外の情報については,これまでの運用どおりということになるのでしょうか。 ○栗木幹事 御指摘のとおり,被害者の氏名・住居以外のものについては,これまでどおり,マスキングや秘匿をすることになると考えております。 ○今枝幹事 被害者支援を行っている立場の弁護士からしますと,これもこの前の部会で申し上げましたけれども,性犯罪もありますし,それ以外の事案でも,私も経験がありますけれども,加害者に,例えば,その勤務先だとかそういった情報が知られてしまう可能性があるのであればそもそも被害申告しないという現状がありますので,逮捕状・起訴状の段階で秘匿しても,証拠開示以降のところで知られてしまう可能性があるということであれば,そのようにお話しせざるを得ないので,せっかくの法改正を目指したこの議論の中で,氏名・住居に限るということだと不十分だと考えています。   前回の部会の時にも,裁判官の方から御指摘があったかと思うのですが,そういう運用に委ねられている部分をきっちり法制化するというのが,今回のこの要綱(骨子)の趣旨ではないかと思いますので,起訴状の段階で個人特定事項としたのであれば,その後の部分についても,個人特定事項ということで一貫させるべきではないかと考えています。 ○蛭田委員 今,今枝幹事からも話が出ましたけれども,前回,起訴状及び令状の秘匿措置とそれ以外の秘匿措置とで秘匿対象が異なる点に関して,現行法上における運用の御紹介をしたところです。前回の議論も踏まえて,現行法上におけるマスキングの運用が,今後,法改正がなされた後もこれまでと同様に行われるだろうということを前提とした場合に懸念される点について,2点ほど申し上げたいと思います。   まず,1点目としては,そもそも現在の運用というのは,飽くまでも被告人側の任意の協力を前提にしているというところで,本要綱(骨子)による法改正がされたとしても,それが変わらず被告人の意向等により,弁護人がマスキングに了承しない場合には対応できないという点では,やはり限界があると思われます。そして,本要綱(骨子)による法改正がされた場合に,弁護人との関係では,原則として氏名及び住居を含めた情報を秘匿されないことになったにもかかわらず,弁護人が本来アクセスできる部分についてマスキングの了承を持ちかけたような場合に,弁護人によっては,これまで以上に理解を得ることが難しくなるということもあり得るのではないかと思われます。   また,2点目としては,そもそも現行法下におけるマスキングの運用は,検察庁と裁判所がそれぞれの判断で個別に行っているものですので,秘匿すべき事項の範囲等について,法曹三者が共有して,一貫した保護を行うということについての仕組みが担保されていないといった問題もあるように思います。そういった意味で,秘匿すべき対象について,画定できるということであれば,法において統一的な取扱いをすることが望ましいと思っております。 ○久保委員 まず,1点質問をさせていただきまして,その後に意見を申し上げたいと思います。   現在,起訴状における秘匿事項としては,氏名や住所以外も秘匿の対象になることが想定されていますが,主に,起訴状に記載される個人情報としては,被害者の氏名や住所などが中心になると思います。それ以外に,ここで秘匿される対象としてどのようなものを想定されているのかについて,現時点でお考えがあれば,それについて御回答いただきたいと思います。   それを前提に,先ほどお二人から意見があった点について,意見を申し上げたいと思います。   今申し上げたように,起訴状において,主に個人を特定する情報になるのは,恐らく被害者の氏名・住所が中心になると思います。一方で,証拠開示の段階になると,仮に起訴状で秘匿された事項に限らず広く個人特定事項全般が対象となるとすれば,被害者や証人の個人を特定する事項としては,かなり広範に広がる可能性があります。例えば,犯行場所が被害者の住所の近くであれば,それも秘匿の対象になるのかですとか,かなり広範になってきて,被害者のDNAの情報についても個人の特定につながるから秘匿になるのではないかと,いろいろなことが懸念されます。そもそも起訴状では審判対象を特定するという場面であるのに対して,証拠開示の段階では,明確に刑事裁判に向けてどういう証拠があるか検討し,裁判に向けてどういう活動をしていくかという場面になってきますので,利益の状況が明確に違いますし,想定される個人特定事項も全く違うことが予想されます。   ですので,単純にそれを統一するべきというようなことについては,明確に反対をさせていただきます。先ほど御説明もありましたように,場面が違いますので,それについて特定の対象が違ってくるのは,それは当然のことであり,先に,より広く秘匿するべきだという状況があって,それに合わせて証拠開示の段階でも秘匿の範囲を広げるということについては反対をいたします。   弁護士の協力が得られるのかという点について,この改正があった場合に,マスキングの協力についての状況が変わるかと言われると,刑事弁護の実務に携わる立場として,それはやはり考えられません。刑事訴訟法が改正されて,こういうふうに明確になったので,今後は,ここについてはマスキングに応じませんなどということは考えられませんし,また,そういった運用はしないようにということは,弁護士会で,例えば,研修等で周知することもできますので,そういった懸念は不要であると考えます。   その上で,今回の改正について,秘匿の範囲を広げるのに証拠開示で結局明らかにされたら意味がないのではないかという意見がございましたが,いずれにしても,防御の不利益があって開示が必要だと考える場合には,裁定請求のように不服の申立てという手段がありますし,それを一切なくすということは,刑事訴訟法を考える上でおよそないと思います。やはり被害者の代理人の立場では,最終的にはどこまでいっても,どこかの段階で明らかになる可能性は,明確に依頼者の方に説明していただかざるを得ないとは思います。それがどこの段階になるかという問題であって,意味がなくなるからそこについて広げてほしいということについては,そういう理由にはならないのではないかと考えます。 ○大澤部会長 最初に御質問の部分がありましたので,事務当局からお願いします。 ○栗木幹事 起訴状における秘匿措置において,氏名・住所以外にどのようなものが秘匿されるのかという御質問を頂きました。   起訴状における秘匿措置の対象は,個人特定事項でございますが,要綱(骨子)にも書いておりますとおり,これは「氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項」でございます。「その他の個人を特定させることとなる事項」につきましては,刑事訴訟法第290条の2第1項において,裁判所が公開の法廷で明らかにしない旨を決定することができる事項として,「被害者特定事項(氏名及び住所その他の当該事件の被害者を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)」と規定されておりますが,先ほど申し上げた要綱(骨子)の「その他の個人を特定させることとなる事項」については,これと同様に解する趣旨でございます。   すなわち,氏名・住所のほか,どのような事項がこれに当たるかについては,具体的な事実関係によっても異なると考えられますが,例えば,被害者の勤務先や通学先,配偶者や父母の氏名等の情報も,「その他の個人を特定させることとなる事項」になる場合があり得ると考えられます。 ○村瀬委員 今の議論に関連して,私からも1点,意見を述べたいと思います。   現状では,被害者の保護の要請の観点から,法律上,弁護人に協力を求める根拠規定すらないにもかかわらず,現行法制下における運用上の工夫として,かなり技巧的ではあるのですけれども,弁護人に依頼して請求自体を狭めてもらうといった方法を運用としてやっているわけです。これがずっと続いてきたということなのですけれども,今回新たに法律上の制度として整備する以上は,そのような事実上の限界ある運用を当然の前提として制度に組み込むというのは,やはり相当ではないのではないかという感じがしています。   先ほど御説明があった,被告人側が請求等を維持する場合であっても,必ずしも防御の必要性からとは限らないのでありまして,いろいろな事情があるのではないかと思います。この点については,やはり,まずは,被害者の情報として保護されるべき事項は何なのかということを整理する必要があるだろうと思います。その範囲の事項については,やはり被告人の防御権との関係も踏まえた上で,法律上の制度として一貫して保護される制度を作るのが自然ではないかと考えております。 ○久保委員 今の点について,恐らく誤解があるのではないかと思いますので,発言させていただきます。   今の運用で,どのようなかたちで開示がされているかといいますと,そもそも開示をされる段階で,検察庁において,これについては開示したくないという情報についてあらかじめ完全にマスキングをされ,その上で弁護人に開示されます。その上で,ここについて開示をしてほしいと,そこから必要に応じて交渉が始まりますので,基本的に,何か検察官の方からここをマスキングさせてほしいというような交渉があって,それに応じるかどうかというような状況ではありません。むしろ,マスキングをかなり自由に運用の中でされておりまして,どうしてもここだけは開示してほしいとか,この途中までは開示してほしいというような交渉があって,検察官が,それに理由があると考えれば,マスキングを外して開示されるというような事実上の状況になっております。先ほどの御発言に少し誤解があるのかなと思いましたので,発言させていただきました。 ○成瀬幹事 現在,手続の各段階において,秘匿措置の対象事項を,個人特定事項とするのか,それとも,被害者の氏名及び住居に限定するのかという点について,様々な意見が出ている状況ですが,今後,この議論を更に深めていく前提として,事務当局に1点質問をさせていただきたいと思います。   要綱(骨子)第三の証拠開示段階のように,秘匿措置の対象事項を被害者の氏名及び住居に限定する場合には,被告人側が求めれば,被害者の氏名及び住居以外の個人特定事項が被告人に伝わることになりますが,それによって,被害者や第三者の名誉等が著しく害されるおそれや,被害者や第三者に対して加害行為等がなされるおそれが生じる場合として,具体的にどのような事案が想定されるのでしょうか。秘匿措置の対象事項を限定することの弊害について具体的に明らかにしたいと思い,質問させていただきました。 ○栗木幹事 具体例ということですが,例えば,暴力団員である被告人が,共犯者と共謀の上,被害者に傷害を負わせたというような事案におきまして,被告人が共犯者に対して,被害者の自宅で被害者を襲うように指示していたものの,実際には,共犯者はその被害者の自宅ではなくて,被告人が把握していない被害者の勤務先において被害者に傷害を負わせて,勤務先が犯行場所として起訴状に記載されたような場合を想定いたしますと,起訴状に記載されたその内容を通じて,被害者の勤務先が被告人に伝わり,被告人がその情報を基に,勤務先に行って加害行為等に及ぶおそれというのは生じ得るのではないかと思います。 ○吉田幹事 若干補足して申し上げたいと思います。   起訴状における秘匿措置の対象事項と証拠開示等における秘匿措置の対象事項の違いについて考えるに当たっては,前提として,公訴事実に記載する個人特定事項のうち被害者の氏名・住所以外のものとして,どのようなものがあり得るかを考える必要があると思われます。公訴事実には,飽くまで審判対象を画定するという観点から,必要な情報を記載することになりますので,被害者の氏名・住所以外の個人特定事項を何でもかんでも記載するということにはならないわけでございます。また,起訴状において秘匿措置をとるということは,そこに記載されている事項について被告人が知らないということが前提になります。したがって,ここで議論の対象とすべき事項は,被告人が知らない個人特定事項であって,かつ,起訴状に記載されるものであり,それを証拠開示等の段階において引き続き秘匿すべきであるかどうか,また,それに当たるものとしてどのようなものがあるかを考えることになると思われます。   今,栗木幹事から申し上げたのも,そのような例の一つとして申し上げたものであり,飽くまで被告人は,その起訴状に書かれた被害者の勤務先を知らないことが前提となります。被告人が実行犯であれば,自らその場所に行っているはずですので,その勤務先は既に知っているはずであり,それについて秘匿措置をとるということは考え難いように思われます。そうすると,被害者の勤務先が起訴状に記載され,かつ,それを被告人に知らせてはいけないというのは,被告人がその場所に行っておらず,また,それがどこかも知らない場合であるということになるのだと思われます。その意味で,論理的には,先ほどのような例が考えられるわけですけれども,実際にそのようなケースがどの程度あるかというと,これはかなりレアケースであり,相当狭い領域で生じてくる問題ではないかと考えられます。   冒頭,今回の要綱(骨子)の考え方を御説明いたしましたけれども,被告人の防御に配慮しつつ,被害者の情報保護を図る以上,両者の利益衡量を行うことになるわけですが,要綱(骨子)においては,今申し上げたような,かなり限られた領域の問題についてそのような利益衡量を行ったときに,果たして秘匿措置の対象事項をどうするのが適切であるかという観点から検討したということでございます。 ○成瀬幹事 私もいろいろ頭を使って考えたのですが,今,吉田幹事がおっしゃったように,被害者の氏名及び住居以外の個人特定事項が公訴事実に記載されていて,かつ,被告人がそれを知らない場合となると,具体例がなかなか思い浮かびませんでした。栗木幹事の御説明を伺って,問題となる事例があり得ることは分かりましたが,吉田幹事がおっしゃるように,相当限定された範囲で生じる問題だと思われますので,今後は,そのことも念頭において議論を続けていく必要があると考えます。 ○今枝幹事 先ほど久保委員から,最終的に被害者に対し,個人特定事項が開示され得ることになることについて説明するということは変わらないという御指摘がありましたので,その点について補足ですけれども,証拠開示については,現行法上,刑事訴訟法第299条の4で秘匿がされる場合でも,裁判所が取り消すことができるという規定があります。被害者に対して絶対に開示されないということではなく,そこのところが法律で制度として担保されていて,秘匿する,しないということについても,それは裁判所が判断するということであることが重要なのではないかと考えているということを補足したいと思います。 ○大澤部会長 今の話は,刑事手続の段階に応じた秘匿措置の対象範囲について,事務当局から御説明いただいたことを契機とした御議論ということですけれども,ほかにいかがでございましょうか。 ○市原幹事 先ほどの事務当局からの御説明について,1点確認させていただきたいのですが,今枝幹事がどのような趣旨で個人特定事項として統一するということの提案をされているかということにもよるかもしれないのですが,個人特定事項,この要綱(骨子)の第一ですと,「氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項をいう。」という定義付けがされておりますけれども,この個人特定事項をその他の場面,例えば,証拠開示ですとか記録の閲覧・謄写ですとか,こういったところにもこの文言を用いた場合に,これが起訴状に載っているということを当然の前提にするのか,あるいは,この個人特定事項,すなわち氏名・住所以外にも,単純にその個人の特定につながる事項という趣旨の言葉として用いるのかにもよってくるのではないかと思います。   起訴状に載っていることという条件を更に付ける,起訴状に載った個人特定事項というものを前提にされているのか,先ほどの事務当局の御説明は,そういう前提なのかなとも思われますけれども,あるいは,一般的に個人の特定につながる事項ということですと,被告人が知らない個人特定事項というのは,実際には証拠には多数出てくることになると思うので,この両方あるように思われます。先ほどの事務当局の御説明というのは,どういう趣旨と理解したらよろしいのでしょうか。 ○吉田幹事 御質問の趣旨が必ずしもよく分からなかったのですが,要綱(骨子)第一の一1を御覧いただきますと,「起訴状の抄本であって次の(1)又は(2)に掲げる者の個人特定事項の記載がないものを提出することができる」と記載しておりまして,これは,起訴状抄本のうち個人特定事項の記載がないものという意味になります。したがいまして,問題となるのは,個人特定事項一般ではなく,飽くまで起訴状の原本に記載されるものであり,それが外延を画することになります。 ○大澤部会長 恐らく,今の御質問は,事務当局に向けて聞くというよりも,個人特定事項を手続全体を通じて保護するといったときに,では,そこで保護すべき個人特定事項というのは何ですかという御質問なのかなと,私には聞こえました。その意味で,むしろ,今枝幹事に向けられた質問かなという感じもいたしましたが,今枝幹事,この点について何か御意見,あるいは,今の時点でお考えはありますでしょうか。 ○今枝幹事 日弁連の犯罪被害者支援委員会の中でも,起訴状に記載される個人特定事項とは何かということは考えてみたのですけれども,今のお話からすると,住所で被告人が知らない場合ということぐらいなのかな,それ以外については,ほとんど起訴状に記載する場面というのはないのではないかと考えていますので,そう考えると,これまで私が申し上げてきたことからすると,被害者の方の被害申告ということから考えた場合に保護されるべき情報と考えていますので,それではちょっと狭きに過ぎるのではないかというのが率直なところです。 ○大澤部会長 発言の御趣旨ですけれども,例えば,証拠開示のところで氏名・住居だけでは狭いと,個人特定事項だといったときには,それは,具体的に,起訴状の原本から抄本になるときに削られた情報だけではなくて,個人特定事項に当たる,実質的にそれに当たるようなものは全て伏せられるようにせよと,そういう御趣旨だということでよろしいでしょうか。 ○今枝幹事 はい。 ○大澤部会長 ありがとうございます。   それでは,この関係で,更に御発言等ございますでしょうか。よろしいでしょうか。   要綱(骨子)の第三及び第四の議論ともかなりの程度に重なっているということなのかもしれませんけれども,それでは,第三及び第四に議論を移すということにさせていただきたいと思います。   要綱(骨子)の第三及び第四について,一括して議論させていただきたいと思いますが,御意見,御質問等がある方は,挙手の上,御発言をお願いしたいと存じます。 ○久保委員 要綱(骨子)第三についての質問になりますが,刑事訴訟法第299条の4が導入されてまだ間もないという認識をしております。前回の配布資料となっておりました統計資料についても,まだ数が少ないというような御説明もいただきました。   仮に,今回,ほかのところを改正するから,それに合わせて,この証拠開示についても拡大するということであれば,それは検討の順序がそもそも逆なのではないかと考えております。つまり,立法事実として,第299条の4が出来てまだ数年で,あまり例がないにもかかわらず,今回,更に拡大をするということの必要性について,立法事実としてはどのようなことをお考えなのか,御回答いただければと思います。 ○吉田幹事 今御質問いただいた立法事実の点ですけれども,要綱(骨子)第三の二による対象範囲の拡大は,起訴状における秘匿措置の実効性を確保するためのものであり,数値がこうなっているからここを拡大するということではなく,まずもって,起訴状における秘匿措置の必要性があり,その実効性を担保するためにこの第三の二も必要ではないかということで提案させていただいているものでございます。   そして,その起訴状における秘匿措置の必要性については,前回の会議で御説明しましたとおり,公訴事実の記載をめぐって,実務上見解が分かれていて,実務が安定的に運用されているとはいい難い状況にあることなどを踏まえ,法整備の必要があるということで提案させていただいているものでございます。 ○佐藤委員 要綱(骨子)第四の四について質問いたします。   要綱(骨子)第四の一から三では,起訴状における個人特定事項の秘匿措置がとられた事件について,被告人その他訴訟関係人は,裁判書又は裁判を記載した調書の謄本や抄本のうち,個人特定事項の秘匿措置に係る氏名又は住居が記載された部分について,交付の請求をすることができないということなどが挙げられており,要綱(骨子)第四の四は,刑事訴訟法第299条の4又は第299条の6の規定による措置をとった場合についても同様とするという内容になっております。第299条の4と第299条の6という規定がここで挙げられているのは,証拠開示の機会に,現行法に基づいて,検察官が秘匿措置をとった場合に対する手当てをするためだと理解しておりますが,さらに,刑事訴訟法第299条の5第2項では,被告人側から裁定請求があった際に,裁判所が,検察官のとった措置を取り消した上で,改めて秘匿措置をとることができる旨が規定されております。裁判所がこうした秘匿措置をとった場合についても,同様に手当てが必要になるように思われますが,いかがでしょうか。 ○栗木幹事 ただいま御指摘いただいたとおり,確かに刑事訴訟法第299条の4や第299条の6と同様の利益状況であるように思われるところでございますので,御指摘を踏まえて検討したいと思います。 ○市原幹事 検察官による証拠開示,要綱(骨子)の第三でございますけれども,起訴状抄本の提出があった事件であっても,そのことのみをもって,自動的に今回の要綱(骨子)による秘匿措置をとることにされているわけではなくて,これらの措置をとることが「できる」ということで掲げられております。   一方で,要綱(骨子)第一の三の訴訟書類等の閲覧・謄写,あるいは,要綱(骨子)第四の裁判書等の謄本等の交付につきましては,起訴状で秘匿措置をとった場合には,自動的に氏名又は住居について秘匿措置をとることになっていると思われます。   しかしながら,起訴状における秘匿措置がとられた事案について,その後に,検察官による証拠開示で秘匿措置がとられなかったにもかかわらず,その後の訴訟書類の閲覧・謄写,それから裁判書等の謄本請求の場面で,裁判所が常に秘匿措置をとらなければならないというのは不自然ではないかと思われます。また,起訴状における秘匿措置の後に,要綱(骨子)第一の二による通知請求が認められて,個人特定事項が既に被告人側に通知されているという場合についても,同様に裁判所の秘匿措置が不必要になるという場合が考えられます。   そこで,この第一の三や第四の秘匿措置につきましても,例えば,検察官の証拠開示と同様,「できる」旨の規定とするなどして,今申し上げましたような秘匿措置が不必要な場合には,措置をとらないことができる,こういう規定を検討する必要があるように思われます。 ○栗木幹事 要綱(骨子)上,起訴状の秘匿措置の実効性を担保するという趣旨で,先ほど御指摘のあったような規定振りになっているところですが,ただいまの御指摘を踏まえまして御議論いただければと思いますし,事務当局でも検討したいと思っております。 ○今枝幹事 要綱(骨子)の第三の二で,被害者の氏名・住居を秘匿するということになった場合における実際の証拠書類の閲覧・謄写の方法については,これまで行われているものと,そういった具体的な方法については変わらないということになるのでしょうか。 ○吉田幹事 現行の刑事訴訟法第299条の4の措置をとる場合に,証拠書類などについて,どのようにマスキング等を行うかというのは,運用に委ねられている問題であり,御指摘の点についても,現在行われていることを参考にしつつ,運用で対応していくことになるのだろうと思います。一つのやり方として,マスキングすることが考えられますけれども,それに限られるものではないと思われますので,そこは,運用で工夫していく問題かと思われます。 ○大澤部会長 ほかに御発言はございますでしょうか。よろしいでしょうか。   そうしましたら,要綱(骨子)第三及び第四について御議論いただいたということで,これで一巡目の議論をしたということになりますし,開始してからちょうど1時間ほどたったということでもありますので,10分ほど休憩を入れさせていただいて,その後,二巡目の議論に入るということにさせていただきたいと思います。   それでは,午後3時15分から再開するということにさせていただきたいと思います。それまで休憩とさせていただきます。              (休     憩) ○大澤部会長 それでは,会議を再開させていただきます。   前回の会議も含めまして,要綱(骨子)について一通りの御意見を頂けたように思いますが,更に議論を深めるため,これまでに示された御意見等も踏まえつつ,改めて,諮問事項の全体,そして,要綱(骨子)の第一及び第二について御議論いただきたいと思います。   まず,諮問事項の全体につきまして,御意見等がある方は,挙手の上,御発言をお願いしたいと思います。 ○成瀬幹事 手続の段階に応じて秘匿措置の対象事項が異なる点について,一巡目の御意見を伺って,私なりに考えたことを申し上げます。   まず,被害者保護の観点からすれば,今枝幹事が強調しておられるように,全ての手続段階において,被害者の氏名・住居に限らず,起訴状に記載された個人特定事項を秘匿する,さらには,先ほど御発言があったように,起訴状の記載とは独立に,あらゆる個人特定事項を広く秘匿することが望ましいと言えるでしょう。また,村瀬委員をはじめ,裁判所の皆様がおっしゃっておられるように,全ての手続段階において,秘匿措置の対象事項が統一されている方が,運用上好ましいことも間違いありません。   しかし,久保委員が懸念しておられるように,秘匿措置の対象事項が広がれば,個人特定事項の通知制度のような不服申立て手続を設けるとしても,被告人側の負担が事実上大きくなることは否定できません。特に,公判段階において,被告人側が当該情報を知りたいと考えて請求等をしている場合には,防御の利益が具体化,現実化していると評価できますので,被告人側に課される負担は必要最小限度のものとすることが求められます。   そのような観点から考えますと,今回の要綱(骨子)は,被疑者・被告人側の意向と関係なく,一律に行われる逮捕状・勾留状の呈示や起訴状の送達においては,防御の利益がなお抽象的であることも考慮して秘匿措置の対象事項を広く設定する一方で,公判段階,例えば証拠開示等において被告人側が請求等をしている場合には,防御の利益が具体化,現実化していることに鑑み,秘匿措置の対象事項を必要最小限度にとどめようとしたものと評価できます。これは,一見,分かりにくい制度案であるかもしれませんが,各手続の性格や防御の利益の程度を丁寧に分析して策定された案として,一定の合理性を認めることもできるように思います。   もちろん,手続の各段階における秘匿措置の対象事項は,理論的にただ一つの結論が導かれるような性質の問題ではなく,種々の利益を考慮した上での政策的な判断によって決められるべき問題ですので,今後,要綱(骨子)以外の案を検討する余地も十分にあり得ると思いますが,差し当たり,一巡目の議論を伺った段階での私の意見を申し述べさせていただきました。 ○久保委員 全体に関わることではあるのですけれども,要綱(骨子)第一の一1(1)に,「イ」と「ロ」が定められておりまして,これは,主に性犯罪を中心として,ここに記載されている条文に該当するものについては,一律に秘匿の対象になるというような条項になっております。   一方で,「イ」と「ロ」がなくとも,「ハ」で全体をカバーできるのではないかと思うのですが,「イ」と「ロ」については,一律に秘匿の対象とするということについて,また立法事実をお尋ねしたいのですけれども,ここを一律の対象としていることについては,どのようにお考えなのでしょうか。 ○吉田幹事 御指摘の部分は,基本的に現行の刑事訴訟法第290条の2と同様の考えに基づいております。   御指摘のあった「イ」と「ロ」については,その罪の類型的な性質として,被告人に知られることにより被害者等の名誉や社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあるということで,その罪名に該当することをもって,個別にそのおそれを認定しなくても措置がとれるようにするものでございます。   他方で,それは飽くまで類型的な判断ですので,「イ」と「ロ」に該当しないものであっても,個別具体的な事件によっては秘匿すべき場合があり得るということで,この要綱(骨子)では,「ハ」として,個別のケースに応じて,「犯行の態様,被害の状況その他の事情」を踏まえた上での判断として,「(イ)」又は「(ロ)」のおそれが認められる場合には,措置をとれるようにするものでございます。 ○久保委員 先ほど,成瀬委員からの御発言にありましたように,防御上の不利益という点について,やはりそれは大きなものです。被害者の保護はもちろん大切な利益です。一方で刑事裁判は,被告人の刑を決め,あるいは有罪,無罪を決めるものですので,まずは被告人の防御上の不利益の有無が考えられるべきだと考えております。   実際のところ,被害者のお立場からすると,氏名や住所を秘匿されるだけでは狭いというお考えだとは思います。ただ,弁護人の立場からすると,氏名や住所が秘匿されるだけでも,大きな不利益を生じかねないものです。例えば,恐らく,被害者の方は,今の時代ですと,SNSを検索されるのではないかなどの御懸念をお持ちの方もいらっしゃるのではないかと思いますが,弁護人の立場からすると,お名前が分かればSNSが分かり,そこから何らかの有益な情報が分かるということもあります。それは,実際にその氏名や住所が分かって初めて調べることができ,それから分かることです。   例えば,全く身に覚えのないことで捕まったという方がいて,身に覚えがないということが真実だとすれば,なぜ被害者の方がこういううそをつくのだろうかと考えたときに,そのお名前や住所から,関係性などが分かり,理由が推測できる場合もございます。氏名や住所を秘匿されることだけでも大きな防御上の不利益を生じるものですし,氏名や住所がきっかけとなって,弁護側にとっての証拠が集まるという性質を持つものですので,氏名や住所だけでは狭いとお考えかもしれませんが,弁護人の立場からすると,氏名や住所だけでも大きな不利益があるということについて申し上げたいと思います。 ○大澤部会長 ほかに御発言はございますでしょうか。要綱(骨子)全体については,この程度でよろしゅうございますでしょうか。   それでは,次に,要綱(骨子)の第一について,更に議論をしたいと思います。御意見等がある方は,挙手の上,御発言をお願いいたします。 ○田中委員 前回の事務当局からの御説明に関してお尋ねしたいことがございます。   要綱(骨子)の第一の一2の起訴状抄本の特定のところですが,起訴状の抄本の訴因は罪となるべき事実を特定したものとしなければならないものとすることに関しての御説明の中で,通常は,犯罪の日時,場所及び方法に関する情報を組み合わせることによって,他の犯罪事実と識別することは可能となるので,被害者の氏名等までは必要ないけれども,例外的に,同じ日時,同じ場所,同様の方法で複数の被害者に対する犯罪行為を行ったという場合には,被害者の氏名等を記載しなければ,他の犯罪事実との識別ができないこととなる可能性があり,そのための規定であるという御趣旨であったと理解しております。   この点に関して趣旨を確認したいのですけれども,被害者が複数名の場合の事実の特定というのは,被害者の氏名等の個人特定事項をもってしなければならないという趣旨なのか,それとも,氏名等の個人特定事項以外の方法でも,他の事実と識別できれば,それで足りるという趣旨なのかという質問です。恐らく,これは後者でいいのではないかと理解しているのですが,仮に後者とした場合,更に質問があるので,続けさせていただきます。   前回,例外的なケースであるということをおっしゃっていたかと思うのですけれども,実際上,具体的な事案を思い返してみますと,そこまでレアでもなくて,被害者が複数名いるような場合,例えば,公園で子供が遊んでいるところに次々わいせつ行為を行うであるとか,あるいは,幼稚園バスの運転手が次々わいせつ行為を行うとか,そういったような事案に接したことがあるわけなのですが,こういった事案において,日時,場所,方法の組合せによっては他の事実と識別できないような場合に,どういった特定の仕方をしていくかということの一例として,例えば,「赤い着衣の誰々」とか,「白い着衣の誰々」といった特定方法もあり得るのではないかと思うのですが,そのようなものでもよいと理解していいのかどうかをお尋ねしたいと思います。   いずれにしても,何かそういった付加情報を付加した訴因にしなければならないということになるかと思うのですけれども,こういったケースの場合には,要するに,訴因の特定との関係では,本来記載する必要がなかったはずの事実をわざわざ付加して起訴しなければならないということになるので,検察実務に従来にはなかったような負担が掛かるので,お尋ねしておきたいと思います。 ○栗木幹事 まず,1点目でございますが,他の事実との識別ができるということであれば,それは氏名等以外であっても差し支えないと考えているところでございます。   それから,付随的な情報を入れるという話がございました。他の事実との識別のため,起訴状原本には被害者の氏名とともに,これを修飾する形で,付随的な情報として,被害者の親族名と続柄,あるいは被害者の外見的特徴等を併せて記載しておいて,起訴状の抄本においては,そのうち被害者の氏名のみを秘匿する一方で,先ほど申し上げた付随的情報については引き続き記載することとするといった工夫をすることは可能であると考えております。もちろん,事案に応じた判断ということになろうかと思いますが,その付随的な情報といたしまして,先ほどの御指摘の着衣の色を記載するということも考えられるかと思います。   そういった付随的な情報を入れるかどうかについては,事案に応じての判断ということになろうかと思います。起訴の段階で,起訴状抄本の訴因について,他の事実との識別が問題となるということであれば,先ほど申し上げたような工夫をするということは,一つ考えられるかと思います。 ○村瀬委員 今の議論に関連したことで,前回もお聞きしたのですけれども,今の御議論ですと,原本において氏名で特定されていても,やはり,その氏名を除けば,複数犯罪の場合には不特定の可能性があるから,例えば,被害者の衣服の色等で特定のための事情を付加しなければいけないという,そういう運用を考えておられるようなのですけれども,前回も申し上げましたように,この場合には,そもそも被害者の名前で,審判の対象としては客観的には特定しているということなんですね。そうすると,仮に,複数やっているので特定できないという問題が起きたとしても,例えば,冒頭陳述で明らかにするという検察官の釈明があれば,被害者の名前が特定しておりますので,識別特定の関係では問題ないのではないかと普通は考えるのではないかという気がします。そうしますと,防御上の問題とは別に,識別特定の観点から,やはりそういうことまで手当てしなければいけないのか,必ず付加的な事情を記載しなければ,仮に記載しないとしたら,公訴棄却まで突っ走ってしまうというようなことがあるのかということを,現実的にはほとんどないのではないかという気がするわけです。   実際,裁判官としては,当然に運用としては審理に入る,冒頭陳述に入って特定を求める,特定の問題としてはそこでクリアするというようなことになるのではないかと考えています。 ○保坂幹事 御意見の前提を確認したいのですけれども,いわゆる訴因の特定,他の事実との識別の要請について,裁判所にはこの制度の下で原本が行くわけですが,それで全てと言っていいのかどうか,つまり,裁判所にとって識別がされていれば,抄本において,被告人にとって審判対象,防御の対象というのが,識別可能なかたちで示されていなくてもいいのだというお考えが前提になっているのでしょうか。 ○村瀬委員 いえ,そうではなくて,飽くまでも訴訟の過程で,例えば,自分にとっては,どの事実が起訴されたのか分からないという弁解・主張があった場合に,裁判所としては,検察官に,どういう事実ですかと,被告人は複数やっているようですけれども,どういう事実ですかという釈明をするわけですね。そうすると,検察官は,被害者の氏名で特定した事件を準備していますから,当然,冒頭陳述でその態様を詳しく述べれば,被告人としては分かるはずだという前提をとるならば,識別の問題として,冒頭陳述で明らかにしますという釈明が,運用としては出てくるのではないかという,そういう趣旨です。 ○保坂幹事 提出された抄本の記載では他の事実との識別を欠いているという場合について考えてみると,仮にそれが原本として裁判所に出てきた場合には,裁判所にとってみれば,それは審判対象として識別されていないわけですから,それ以上立証の手続に進むことは許されないだろうと思うのですが,今のお考えは,やはり裁判所にとっての識別,審判対象の画定と,被告人にとっての審判対象,防御対象の画定というのを,何か違うものとして考えておられることが前提なのではないかと思うのですが,違うのでしょうか。 ○村瀬委員 飽くまでも被告人の防御の観点での対象となる事実,起訴事実は何かということは,被告人にとっても特定していなければいけないとは思います。だから,手続のどの段階で特定しなければいけないかという問題になろうかと思うんですね。必ずしも事実調べ,立証の前の段階で,釈明で,例えば,今言われたような付加事項を記載して具体的に特定しなければいけないのだと,被害者名がマスキングされている場合には,ほかの事実で特定しなければいけないのだという議論に,果たしてなるのかというのが若干疑問だということです。 ○大澤部会長 裁判所に提出された起訴状が識別できなかった場合については,恐らく,釈明して補正していただかないと先には進めない,冒頭陳述で補うのでは駄目だというお考えなのではないかと思いますが,被告人に送達される抄本の扱いはそれとは違うという理解が前提になっているように思われます。そういう理解でよろしいでしょうか。 ○村瀬委員 それはそう思います。やはり客観的には特定している,被告人も,そこに被害者名が書いてあるから,事件としては特定しているのだろうということは,説明で分かるレベルの話ではないかなという気がするわけですね。 ○大澤部会長 ただ,実際に分かっているのは裁判所であって,被告人の手元にはそれはないという状態です。それでも,手続を進めて,冒頭陳述に入ることは差し支えないのではないかという御発言だということですね。 ○村瀬委員 はい,そういうことですね。それはできるのではないかと,手続としてですね。冒頭陳述で明らかになるということを釈明していただければ,運用としてはできるのではないかと思うのです。考え方がいろいろあるかもしれませんけれども,それが仮にできるとしたら,運用はそうなるのではないかということで,実際問題,不特定で公訴棄却に至るような事例というのがあり得るのかというのが気になるところです。 ○今枝幹事 先ほどお話がありましたけれども,何が個人特定事項になるかということについてなのですが,一応,今の要綱(骨子)上は,「その他の個人を特定させることとなる事項」と定められているのですけれども,例えば,具体例として,学生さんの通っている学校名とかも,これには当たり得ることになると思うのです。実際にあったケースですが,その地域に,例えば,大学が一つしかないというような場合に,性犯罪の被害者の方から自分が大学生であることを秘匿してほしいと言われたというケースがありまして,これは,要するに,事件の具体的な状況次第ということではあるかとは思うのですが,大学生であることというのも,そういったケースだと,この個人特定事項に当たり得ると解釈してよろしいのでしょうか。 ○吉田幹事 正に,今おっしゃいましたとおり,個別の事実関係に応じて判断されることになるものと思います。   事実関係によっては,大学生であることが,ここにいう個人特定事項に当たることもあるかもしれません。ただ,先ほど申し上げましたとおり,起訴状にそれが書かれるのかどうかという問題も同時にございます。審判対象の特定の上で,被害者が大学生であることを示さないといけないような場合がもしあれば,それが公訴事実に書かれることもあるかもしれませんけれども,飽くまで公訴事実に記載されるものということを前提に考えていく必要があると思います。 ○今枝幹事 このことと関係して,被告人が知っているかどうかということについてなのですけれども,例えば,被告人が被害者方を訪れて性犯罪を行った,そのときに,たまたま被害者の表札を見て,被害者の名前をたまたま知ったというような場合ですと,被告人は被害者の名前をそれで知っているということにはなるとは思うのですが,例えば,被告人と被害者がそれまで関係があってということであれば,被害者の名前を忘れるということはないとは思うのですけれども,たまたまそこで知ったということですと,知ってはいても記憶が確かなのかどうかというのは分からないのですが,そういった場合でも,それも知っているのだから,それは個人特定事項には当たらないよということになるのか,それも具体的な状況次第では当たり得るというのか,その辺りはどうなのでしょうか。 ○吉田幹事 今おっしゃいましたようなケースで,被告人が被害者の名前を知っているかどうかが分からないという場合であれば,もちろん秘匿措置をとることを考えることになると思います。要綱(骨子)上は,飽くまで「できる」としているだけでありますので,実際に措置をとるかどうかは,そうした事情も踏まえて判断することになろうかと思います。今おっしゃいましたように,たまたま表札を見て知っているかもしれないという程度で,この措置がとれなくなるものではないということでございます。 ○久保委員 まず,先ほどの村瀬委員の御発言について申し上げたいと思います。   先ほどの村瀬委員の御発言につきましては,被告人には,冒頭陳述段階で審判対象が明らかになれば十分だという御趣旨だと理解をいたしました。もし,そのような理解で誤っていれば,御指摘いただければと思います。もし,そのようなお考えにお立ちだという前提に立てば,具体的にどのような不都合が生じるかということについて申し上げたいと思います。   典型的に不利益が顕在化するのは,裁判員裁判の例だと思います。裁判員裁判は,御承知のとおり,冒頭手続から判決まで連続した日程で行われることになります。裁判員裁判は,数か月前から候補者の皆さんに対して通知が行われ,選任手続でたくさんの方が呼出しを受けて,その中から抽選を受けてようやく裁判員が決まり,遅くともその数日後には審理が始まるということになります。そこからもう連続で手続が行われ,冒頭陳述が行われ,検察官の冒頭陳述でようやく審判対象が明らかになりましたということになると,そこで審理は一旦,恐らく中断するということになります。改めて期日間整理に付されて,ようやく明らかになった冒頭陳述での審判対象を前提として,弁護人と被告人が改めて裁判に向けて準備を行い,数か月,裁判員裁判が中断して,初めて裁判員がもう一度呼び出されて,そして,改めて裁判員の審理を行うということになると思います。それは,やはり集中審理を行うという裁判員裁判の趣旨を完全に没却するものであり,冒頭陳述の段階で審判対象が明らかになるということで十分だというお考えについては,それは不適切だと考えます。   今は,分かりやすい例として裁判員裁判を例に挙げましたが,争う事件であれば,裁判員裁判以外の事件においても集中審理を行っており,一定の期間でやっていくという運用となっておりますので,裁判員裁判以外であったとしても,冒頭陳述の段階になって初めて明らかになったことを前提に五月雨式に活動を行うというのは,それは不適切だと考えます。 ○成瀬幹事 今,久保委員からも御指摘がありましたが,先ほどの村瀬委員の御発言について,私も一言だけ意見を申し上げたいと思います。   現在の実務は,訴因の特定の基準について,他の犯罪事実との識別ができているか否かという,識別説によって運用されているものと承知しておりますが,この識別説は,裁判所に対して審判対象を限定して示せば,同時に被告人に対して防御範囲を示したことにもなるという考え方であると思います。そうだとしますと,先ほど大澤部会長とのやり取りの中で明らかにされた村瀬委員の御意見,すなわち,裁判所に対して起訴状の原本として提出した場合には,補正をしない限り,冒頭陳述に進めないにもかかわらず,同じ記載内容のものを被告人に対して起訴状の抄本として送達した場合には,補正をせずとも,冒頭陳述に入ることができるという御意見は,識別説の考え方と整合しないように思います。   以上は意見ですが,続けて,事務当局に対して質問をさせていただきたいと思います。   私は,今申し上げたように識別説を理解しているのですが,要綱(骨子)の第一の二1(2)と2(2)では,「被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある」ことを理由として,被告人側による個人特定事項の通知請求を認めることとしています。この個人特定事項が,起訴状の原本に訴因の一部として記載されていることも踏まえて考えますと,この通知制度は,あたかも訴因の機能の中に,被告人が被害者等の供述の信用性判断のため利害関係の有無等の調査を行い得るようにすることまで含めるもの,言い換えれば,審判対象の限定とは独立に,被告人の防御権を保障することまで訴因の機能に含めるものであるようにも見えます。仮に,このような理解に立つならば,識別説を前提とした事務当局の御説明との間に,そごが生じてしまうようにも思われます。   そこで,個人特定事項の通知制度と訴因の機能との関係について,事務当局のお考えをお尋ねしたいと思います。 ○栗木幹事 御指摘の訴因の機能との関係でございますが,刑事訴訟法第256条第3項の趣旨につきまして,判例は,裁判所に対して審判の対象を限定するとともに,被告人に対して防御の範囲を示すことを目的とするとしておりまして,先ほどおっしゃったとおり,一般に,公訴事実は,他の犯罪事実との識別ができるものであれば足りると解されているところでございます。   その上で,被告人の防御に関する機能につきましては,審判の対象を限定することの言わば裏返しとして,被告人に対して防御の範囲を示すというものにとどまると解されております。それ以上に,審判対象の限定とは独立して被告人の防御権を保障する機能を果たすとは考えられておりません。先ほど御指摘の要綱(骨子)第一の二は,この点に変更を加えるものではございません。   そして,要綱(骨子)第一の二におきましては,被告人に個人特定事項を通知することにより,被告人側が防御の準備をより早期に,かつ,円滑に行い得ることとなるようにする趣旨で,現行法の下での訴因の機能を超えて,一定の場合には被告人に個人特定事項を通知することとするものでございます。 ○佐藤委員 要綱(骨子)第一の一3により,起訴状の抄本を被告人に送達する措置をとるに当たり,裁判所は,起訴状の記載が適法になされているかどうか,判断を行うのかという点についてお尋ねいたします。判断を行わない事項があるとすれば,その理由はどのように考えられるか,また,起訴状の謄本については,刑事訴訟法第271条第1項では,裁判所は,これを遅滞なく送達をする,そして,刑事訴訟規則第176条第1項では,直ちにこれを被告人に送達する,ということが要求されておりますけれども,これらの規定の解釈なり運用なりに変化が生じるのかどうかということも,併せて伺えればと思います。 ○栗木幹事 まず,要綱(骨子)の第一の一2のところで,「起訴状の抄本の訴因は,罪となるべき事実を特定したものとしなければならない」こととしております。裁判所は,起訴状の抄本に記載された公訴事実が他の犯罪事実との識別ができるものであるか否かを判断することになると考えられますが,その上で,送達の関係での御質問もいただきました。   要綱(骨子)第一の一3においては,裁判所は,その余の要件判断を行うことなく,検察官から提出を受けた起訴状の抄本を被告人に送達することとしております。   公訴提起があったときには,検察官からそれと同時に差し出された起訴状の謄本を裁判所が直ちに被告人に送達しなければならないこととされております。その趣旨は,公訴提起後,できるだけ速やかに被告人に起訴状の謄本を送達することにあります。   仮に,起訴状の抄本の提出があった場合について,裁判所が要件判断を行うということになりますと,検察官,それから被告人側からの意見の聴取や疎明資料の提出を経る必要があると考えられるため,手続に相応の時間を要することになります。そうしますと,先ほど申し上げた趣旨に反することとなりかねません。   そのため,起訴状の抄本の提出があった場合については,裁判所が要件判断を行うことなく,まずはこれを被告人に送達して,被告人側においてより早い段階から防御の準備をすることを可能とするのが相当であると考えられます。   そこで,裁判所は,起訴状の抄本の提出を受けた段階では要件判断を行うことなく,起訴状の抄本を送達するということにしているところでございまして,現行の刑事訴訟規則にある規律について変更を加えるということではございません。 ○市原幹事 今の要綱(骨子)第一の一3との関係で,念のためお聞きしておきたいのですけれども,この要綱(骨子)によりまして,公訴提起から2か月以内に被告人に対して起訴状の抄本が送達されなかった場合には,刑事訴訟法第271条第2項によって公訴提起の効力が失われるという,こういう規定と思われますけれども,これは,弁護人に対する送達方法につきましては無関係といいましょうか,公訴提起の効力は失われないと,このように理解してよろしいでしょうか。 ○栗木幹事 弁護人に対して起訴状謄本の送達がなされなかったという場合は,想定し難いように思いますが,仮にそのようなことがあった場合,刑事訴訟法第271条第2項の規定は適用されません。ほかに適用し得る刑事訴訟法上の規定も存在しませんし,要綱(骨子)においても,そのような規律を設けることとはしておりません。   したがいまして,御指摘の場合,公訴提起の効力が失われるなどの法的効果は生じないと考えております。 ○成瀬幹事 要綱(骨子)第一の三について,意見を申し上げたいと思います。   ここでは,起訴状の送達段階とは異なり,被害者の氏名・住居のみが秘匿措置の対象となっていますが,第1回会議において,事務当局から,それ以外の個人特定事項については,裁判所と弁護人の間で交渉してもらうことを予定しており,弁護人の閲覧・謄写請求としては,被害者の氏名・住居以外の個人特定事項の閲覧・謄写を求める包括的な請求と,それらの個人特定事項の閲覧・謄写を求めない限定的な請求の二つが観念できるという趣旨の御説明があったかと思います。   ただ,その際,大澤部会長もおっしゃっておられましたように,刑事訴訟法第40条の規定は,訴訟書類及び証拠物の閲覧・謄写を弁護人の権利として認めたものであり,証拠物の謄写及び刑事訴訟法第157条の6第4項に規定された記録媒体の謄写を除き,制限は付されていません。そのような中で,今回の要綱(骨子)を制度化した後も,制度の枠外で裁判所と弁護人に事実上交渉するよう求めるというのは,やや難しいのではないかと感じております。   要綱(骨子)第三の証拠開示の場面では,検察官と弁護人が当事者同士でやり取りをすることがもともと予定されているのに対して,第一の三の訴訟書類等の閲覧・謄写の場面では,中立的な立場にある裁判所と弁護人に交渉するよう求めることになるため,その点に,裁判所の委員・幹事の皆様が懸念を示しておられるのかなと拝察しております。   第1回会議におきまして,蛭田委員から,今回の制度は,法曹三者の共通認識を形成するためのものであるという趣旨の御発言がございましたが,そのような観点からすると,事務当局が前回御説明くださったような運用を法曹三者の共通認識とするために,何らかの明文規定を設けるということが考えられないでしょうか。   例えば,証拠開示の場面では,その起点となる刑事訴訟法第299条第1項にただし書が存在し,相手方に異議のないときは,証拠書類や証拠物を閲覧する機会を与えなくてもよいと定められています。もちろん,場面は異なるのですが,この規定を参考にしつつ,刑事訴訟法第40条においても,起訴状の送達段階で秘匿措置がとられた場合には,被害者の氏名・住居以外の個人特定事項について,弁護人の異議がない限り,閲覧・謄写をさせなくてもよいという趣旨の明文規定を設けることは,考えられないでしょうか。   このような明文規定があっても,弁護人が異議を述べれば,閲覧・謄写の対象になりますので,最終的に秘匿できる範囲は,現在の要綱(骨子)と変わらないのですが,運用面において,裁判所と弁護人の交渉を促す規定にはなるかと思います。   飽くまでも一つのアイデアですが,御検討いただければ幸いです。 ○市原幹事 前回,私の方から,今回の起訴状における秘匿措置については,現行法上の公開の法廷での秘匿決定と異なり,事後的に秘匿措置をとることをやめるための規定が設けられていない理由について,質問をさせていただきました。その関係で,1点意見を述べさせていただきます。   起訴状における秘匿措置については,この措置をとった後に,その措置を続けることが相当でなくなった場合等に,検察官の請求や職権によって,この措置を解除し,被告人等に被害者の氏名等を通知すると,こういう規定を設けておくということを検討しておく必要があるのではないかと思っております。   そうした規定の必要性について,具体的な一例を申し上げておきたいと思います。   例えば,裁判所が公開の法廷での秘匿決定を取り消した場合には,被告人が在廷する公開の法廷において特定事項が明らかにされることになります。一方で,このような場合に,被告人・弁護人から,この要綱(骨子)の第一の二の通知請求がされない限り,起訴状における秘匿措置は続くということになりますと,理屈上は,弁護人は被告人に被害者特定事項を知らせてはならないという義務を負い続けるということになるようにも思われまして,不自然な状態が生じるのではないかと考えております。このような場合には,裁判所において,この起訴状の秘匿措置を解除するというのが相当であるように思われます。   なお,前回,事務当局の方から,事後的に秘匿措置をとることを取り消すための規定を設けなかった理由として,起訴状における秘匿措置については,公開の法廷における秘匿措置とは異なり,同措置の効果が事後の手続に影響を及ぼすものではないためといった趣旨の御説明がありましたけれども,この要綱(骨子)によりますと,起訴状における秘匿措置がとられた事案については,先ほど少し申し上げたところと関係するのですけれども,記録の閲覧・謄写の場面,あるいは裁判書の謄本請求の場面で,この秘匿措置を一律にとることとなっております。   仮に,この要綱(骨子)第一の三あるいは第四について,現在の要綱(骨子)のように,起訴状の秘匿措置とリンクさせて義務的なものとするのであれば,このような場合も秘匿措置の取消しを検討する必要が生じるというように思われますし,先ほど私の方から申し上げた意見のように,仮に,要綱(骨子)第一の三や第四を,例えば,「できる」規定にするなどした場合であったとしても,起訴状における秘匿措置を続ける必要がなくなったという場合には,端的に,この措置を取り消しておくということで,この第一の三,第四の記録の閲覧・謄写あるいは裁判書の謄本・抄本請求の場面についての秘匿措置も不要になると,こういう仕組みが自然なのではないか,合理的なのではないかと思われますので,このような観点からも,事後的な取消規定を設ける必要性,意味があるのではないかと考えております。 ○吉田幹事 問題意識は理解いたしました。その上で,取消決定というかたちをとることで対応するのがよいのか,あるいは,要綱(骨子)の第一の三や第四の「するものとする」といった表現を別の表現に改めるのがいいのか,あるいは,それ以外の対応があるのかということは,検討したいと思います。 ○村瀬委員 これも意見にとどまりますが,簡単に申し上げたいと思います。   前回,事務当局から,起訴状抄本の提出の段階で,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれの判断を行うこととされていない点について,起訴状提出の段階では,その「おそれ」の有無について判断するのは困難であるという趣旨の御説明があったと思います。ただ,起訴後比較的早期に行われる証拠開示などの段階でも,刑事訴訟法第299条の4で実質的な不利益のおそれということは要件になっているわけで,必ずしも「おそれ」の有無の判断ができないとは言えないのではないかというのが,私の感じです。特に,この法改正は,被告人の防御権とのバランスによって判断するというのが基本ですので,そういった基本に照らせば,出発点で防御権を考慮しなくて,実質的な防御権を考慮しなくていいのかというのが若干気になるところです。 ○蛭田委員 要綱(骨子)第一の四のところですけれども,ここで,起訴状における秘匿措置がとられた事件の起訴状朗読に際しては,防御の不利益を理由に個人特定事項が通知された場合に限り,被告人に起訴状を示すとされており,同措置の対象事件に該当しないことを理由に,個人特定事項が通知された場合には,被告人に起訴状を示す必要はないとされていると思われます。   しかしながら,例えば,被告人との関係での畏怖・困惑のおそれの判断と,公開の法廷,すなわち対傍聴人との関係での畏怖・困惑のおそれについての判断は,必ずしも一致しない場合があり得るように思います。そうすると,被告人に対する秘匿措置はとられていないが,傍聴人との関係では秘匿措置がとられているということも,場合によってはあり得るのではないかと思われ,このような場合には,被告人には起訴状を示すということになるかと思いますので,念のため,このような場面を想定した規定を設けるかどうかも,検討する余地があるのではないかと思います。 ○吉田幹事 被告人との関係での要件判断と傍聴人との関係での要件判断にずれが生じる可能性が否定できないのではないかという観点からの御指摘だと理解いたしました。   抽象的にそのように判断が分かれる可能性があることはそうなのかもしれないのですけれども,実際にどういうケースで起こり得るのかということを考えたときに,例えば,暴力団の事件において,傍聴人との関係で加害のおそれを懸念するという場合には,同時に被告人との関係でも,やはり同様のおそれが生じているということになるのではないかとも思われまして,その判断が分かれる場合というのが現実的にどの程度あるのかということについて検討した結果,この要綱(骨子)としては,基本的に判断が分かれることを想定した規定にしなくてもよいのではないかという考えに立つものでございます。   この点について,具体的にこういうケースが現実的に起こり得るという御意見がございましたら,更にそれを踏まえて検討したいと思います。 ○久保委員 今の点について申し上げます。   実際のところ,被告人との関係では,例えば,性犯罪などは,もともと夫婦関係でのDVですとか,交際関係の中でのトラブルだったりすると,被告人との関係ではもう知られているので構いませんと,ただ,そういった性的なことについて,公開の法廷で第三者に知られることは嫌ですといった場面があります。   そういった場合に,被告人との関係と公開の法廷で明らかになるかどうかということ,それは明確に利益状況が違うという場面は当然想定されると思いますし,むしろそのようなケースは多いのではないかと想定しております。懸念しているのは,公開の法廷で第三者に知られることについての畏怖と,被告人に知られるということについての畏怖というものを,全く同一のような判断をすることの方が問題であって,飽くまでも,第三者に知られるということと被告人に知られるということについては,明確に区別して判断されるべきだと考えます。 ○市原幹事 要綱(骨子)の第一の二の通知請求のところの関係で,1点意見を申し上げたいと思います。   この第一の二の中の「被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれ」というところにつきまして,前回,事務当局から,現行法上の証人等の氏名及び住居の開示に係る措置の文言と同趣旨である旨の説明がございました。そうであれば,この証人等の氏名及び住居の開示に係る措置では,「証人等の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるとき」という文言で例示がされておりますので,これと同様に,今回の起訴状における秘匿措置についても,こうした例示をするなどして明確にするということも,検討されてはいかがかなと思っております。 ○吉田幹事 御指摘の点については,証拠開示等の場面と起訴状の提出の場面とでは,若干状況が違うように思われることから,あえて例示はしていないものです。   証拠開示の段階に至りますと,正に,氏名・住居を基にして証人となるべき人の信用性の判断に関する調査等を行うということが防御上の活動として想定され,それが典型的であろうということで,現行法の法文上もそれが明記されているわけですが,起訴状を提出する段階においては,想定される防御の在り方というのは様々ではないかと考えられまして,証人となるべき人の供述の信用性判断のほかに,その氏名・住居を基に,例えば,弁護人において実際にその事件があったのかどうかということを調査していく過程で,別の証人を探すというような防御活動もいろいろと考えられるのではないかということも踏まえまして,あえてここでは例示を行うことなどはしていないということでございます。 ○大澤部会長 要綱(骨子)の第一につきましては,この程度でよろしゅうございますでしょうか。   それでは,次に,要綱(骨子)の第二につきまして,御意見等がある方は,挙手の上,御発言をお願いしたいと存じます。 ○今枝幹事 この要綱(骨子)の第二で,逮捕手続と勾留手続のそれぞれについて定められているのですが,逮捕段階での被疑事実に別の被疑事実を加えて勾留請求をするということは多くあるのですけれども,逮捕段階の被疑事実では,その秘匿の要件を満たさないと,ただ,付け加えられる被疑事実の方では要件を満たすといった場合に,その秘匿の措置をとれるのかどうかということについて,現在の要綱(骨子)でその手当てはされているのでしょうか。 ○栗木幹事 御指摘の場合でございますが,今回の要綱(骨子)では,勾留手続における秘匿措置をとることができる場合というのは,この逮捕手続において秘匿措置をとったことを前提としているわけではございません。ですから,勾留手続におきまして,新たな事実を加えて,逮捕事実とは別の事実を加えて勾留請求する場合に,その追加された事実の中に秘匿すべき事項が含まれているときは,勾留手続における秘匿措置をとることができると考えております。 ○藤本委員 警察におきましても,被害者等の保護のために,刑事手続において被害者等の氏名等の情報を保護することは重要であると認識しております。   これまでは,再被害防止への配慮が必要とされる事案におきまして,運用上,逮捕状請求の段階で被疑事実の要旨の記載方法について,被疑者に知られるべきではないと思われる被害者等に関する情報を記載しないこととするなどの配慮を行ってきたところです。   他方,逮捕状請求の段階で,被害者等に関する情報を記載しない逮捕状が発付されなかったり,また,被害者等に関する情報を記載しない逮捕状が発付されたとしても,その後の勾留請求の段階や,あるいは起訴段階におきまして,被害者等に関する情報が記載されてしまいますと,被害者等の十分な保護にならず,また,被害者が被害を申告することをちゅうちょするといったことなども懸念されていたところであります。   このため,運用上の措置として実施を続けるより,逮捕状請求段階からその後の手続に至るまでの適切な制度とすることが,被害者保護のためには望ましいと考えているところです。   それから,前回の部会におきまして,田中委員から,検察における報道機関等に対する事件広報の考え方について御発言がありましたので,この機会に,警察における報道機関等に対する事件広報の考え方について付言させていただければと思います。   被害者に関するこの情報提供を含め,事件に関する報道発表について,警察としては,各都道府県警察において,犯罪被害者等関係者のプライバシー等への影響,公表することによって得られる公益,公表が捜査に与える影響等,個別の事案ごとに総合的に勘案して,発表の適否等について,組織としての判断・決定をしているところであり,今回の諮問に係る法整備の後も,それは変わらないものと認識をしております。 ○久保委員 この逮捕・勾留段階で弁護人として気になるのは,やはり,利益相反の判断が少し困るのではないかという点になります。   先ほど事務当局から御説明いただいた「その他所要の規定の整備」の中に,弁護人となろうとする者への通知方法などについては含まれていないと理解をいたしました。例えば,裁判官に対して申立てをして,被疑者又は弁護人の請求によって明らかにするという手当てについてはあるのですが,弁護人になるかどうかを判断する,弁護人となろうとする者についての通知については,何ら規定がありません。   この点,やはり運用に任せると時間が掛かったり,かなり不安定な運用になることが懸念されますので,その他所要の規定の整備に際しては,弁護人となろうとする者の通知についても御検討いただければと思います。 ○吉田幹事 前回の会議で事務当局から御説明したとおり,弁護人となろうとする者において利益相反の判断ができるようにするということは,刑事訴訟法上,法的に保障すべき利益として捉えられているとは理解しておりませんので,それを前提としますと,刑事訴訟法において御指摘のような手当てをすることは難しいのではないかと考えております。   その意味で,運用上の工夫として何ができるのかを考えていくことになるのではないかと考えているところでございます。 ○大澤部会長 ほかにいかがでしょうか。要綱(骨子)第二については,この程度でよろしゅうございますでしょうか。   非常に熱心に御議論を頂きました。ひとまず,二巡目の要綱(骨子)第一及び第二のところにつきましては,議論が尽きたようでありますので,本日の審議はここまでとさせていただきたいと思います。   本日の御議論を踏まえまして,事務当局においては,要綱(骨子)の修正も含めて,次回の会議の持ち方について検討していただきたいと思います。仮に要綱(骨子)を修正される場合には,委員・幹事の皆様に事前に御検討いただく時間も必要ですので,事務当局においては,要綱(骨子)を修正する場合には,次回の会議の前に委員・幹事の皆様に送付をしていただけるようにお願いいたします。   要綱(骨子)第三,第四についての二巡目の議論も残っておりますが,次回の会議の進め方などにつきまして,ただいま申し上げたとおりでよろしいでしょうか。              (一同異議なし)   ありがとうございます。それでは,そのようにさせていただきます。   次回の予定について,事務当局から説明をお願いいたします。 ○栗木幹事 次回の第3回会議は,令和3年8月2日(月)午後1時30分からを予定しております。場所については,本日と同様,法務省地下1階大会議室です。Teamsによる参加も可能でございます。詳細につきましては,別途御案内申し上げます。 ○大澤部会長 本日の会議の議事につきましては,特に公表に適さない内容に当たるものはなかったと思われますので,基本的に発言者名を明らかにした議事録を作成して公表することとさせていただきたいと思います。また,配布資料につきましても公表することとしたいと思いますが,そのような取扱いとさせていただくということでよろしゅうございますでしょうか。              (一同異議なし)   ありがとうございます。それでは,そのようにさせていただきます。   本日はどうもありがとうございました。 -了-