法制審議会 刑事法 (侮辱罪の法定刑関係)部会 第2回会議 議事録 第1 日 時  令和3年10月6日(水)   自 午前10時00分                        至 午前11時45分 第2 場 所  東京保護観察所会議室 第3 議 題  侮辱罪の法定刑の改正について 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○栗木幹事 ただいまから法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会の第2回会議を開催いたします。 ○佐伯部会長 本日も,お忙しい中,会議に御出席いただきまして,ありがとうございます。   本日,築委員,中谷委員,藤本委員,吉崎委員,くのぎ幹事,小池幹事,中山幹事,福家幹事,安田幹事は,オンライン形式により参加されています。   それでは,まず,事務当局から配布資料について御説明をお願いいたします。 ○栗木幹事 配布資料について御説明いたします。   配布資料4は,「侮辱罪と正当な表現行為に関する論点」をまとめたものです。内容につきましては,後ほど御説明いたします。   配布資料5は,「侮辱罪及び名誉毀損罪の規定の沿革」をまとめたものです。   配布資料6は,「諸外国における名誉毀損罪・侮辱罪に相当する罰則の概要」をまとめたものです。   配布資料7は,「近年において法務省の人権擁護機関が取り扱った「人権侵犯事件」の状況」をまとめたものです。なお,「インターネット上の名誉毀損」については,「(注)」に記載しているように,民事上の最高裁判例が前提とされており,刑法上の名誉毀損罪及び侮辱罪に該当するものが含まれ得ることになります。 ○佐伯部会長 それでは,早速,本日の議事に入りたいと存じます。   本日の議論の進め方についてですが,前回の会議におきましては,侮辱罪と正当な表現行為との関係について,様々な御意見がありました。そこで,本日は,まず,侮辱罪と正当な表現行為について,論点を整理しつつ審議を行い,その後,改めて,諮問事項の全体について審議を行いたいと考えております。   そして,前回の会議でも申し上げたとおり,本日の議論も踏まえまして,議論が熟したということで賛同していただけるのであれば,部会としての意見の取りまとめを行いたいと考えております。   それでは,まず,侮辱罪と正当な表現行為について審議を行いたいと思います。この点については,本日,配布資料4をお配りいただいていますので,まずは,事務当局からその内容について御説明いただきたいと思います。 ○栗木幹事 配布資料4について御説明します。   この資料は,前回の御議論を踏まえ,侮辱罪と正当な表現行為について御議論いただくための参考として,事務当局において作成したものです。   前回の御議論においては,侮辱罪と正当な表現行為に関して,各委員・幹事から,様々な御発言がありました。これらを論点として整理すると,この資料に記載した三つ,すなわち,「1 侮辱罪に該当し得るが,正当な表現行為として処罰されない場合の有無・根拠」,「2 正当な表現行為について侮辱罪により処罰しない旨の規定の要否・当否」,「3 正当な表現行為に対する「萎縮効果」」に分かれると思われましたので,本日の更なる御議論の参考とするために作成したものです。   配布資料4についての御説明は以上です。 ○佐伯部会長 侮辱罪と正当な表現行為については,事務当局からの説明にありましたように,配布資料4に記載の三つの論点に分かれると思われますので,それぞれについて順次御議論いただくことにしたいと思いますが,よろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○佐伯部会長 ありがとうございます。それでは,まず,「1 侮辱罪に該当し得るが,正当な表現行為として処罰されない場合の有無・根拠」について,御意見がある方は,挙手の上,御発言をお願いいたします。 ○池田委員 前回,侮辱罪の場合にも違法性阻却事由があって,それは正当行為としての刑法第35条によると伺いました。これについて,私の方では裁判例を見つけることができておりませんのですが,その辺りの状況についてお教えいただけたらと思います。 ○栗木幹事 刑法第35条を根拠として侮辱行為の違法性が阻却されると判断した裁判例について,網羅的に調べて承知しているわけではございません。もっとも,正当な表現行為に当たるものにつきましては,第1回部会におきまして,検察・警察の委員から,言論・表現の自由に配慮した運用をしているとの発言がございましたので,そのような形で適切に運用されているのではないかと考えられるところでございます。 ○佐伯部会長 侮辱罪に関する刑事裁判例自体が非常に少ないので,違法性阻却に関する判例も余りないかと思いますけれども,民事の分野では,不法行為について,前回から出ている公正な論評の法理等が認められていますので,同じ法理は当然,刑事についても当てはまるのではないかと思われます。 ○安田幹事 ただいま佐伯部会長がおっしゃったことに付け加える感じになりますけれども,民事の分野では,事実の摘示を含まない論評や意見表明であっても不法行為責任が追及され得るものの,公正な論評の法理というものがございまして,刑法第230条の2に準じた枠組みによって,人身攻撃に及ぶなどして論評の域を超えてしまわない限りにおいては,不法行為の違法性が否定されてきたところと承知しております。これは,憲法第21条の要請でありまして,明文の規定がなくても当然に認められるものであり,それは,刑法の解釈としては,刑法第35条を介して当然に認められるべきものではないかと考えております。   公正な論評の法理というのは,少なくとも民事においては確立した判例法理でありまして,刑法の問題になったときには,それが刑法第35条を介して適用されるべきことは,今般の法改正によっても何ら変わりはないのではないかと思われます。   また,今回,勉強したところでは,戦後,刑法第230条の2ができたときの立案担当者の解説でも,「本条の立法理由をなす言論自由の見地から,独自に侮辱罪の違法性を阻却する場合のあるべきは当然である。公正な評論の範囲内にとどまるものがその適例である」と書かれているところでございますので,先ほどの池田委員の御懸念は当たらないのではないかと承知しています。 ○佐伯部会長 もう1点補足させていただきますと,民事では,不法行為が認められるかどうかについて,社会通念上許される限度を超える侮辱行為でないといけないとされていますので,当然,刑事の分野では,可罰的違法性の観点から更に限定がかかることはあっても,民事より広く侮辱罪が認められるということはあり得ないと思いますので,その点でも,それを刑法第35条の正当行為と位置付けるかどうかは,いろいろ考えのあるところかと思いますけれども,当然民事と同等,あるいはそれ以上の限定があるものと私は考えております。 ○今井委員 前回もお話ししたところですけれども,今話題に上っております公正な論評,フェアコメントということは,民事・刑事を問わず妥当する一般的な違法性阻却に関する原理だろうと思います。それが侮辱罪にも当然妥当するのですけれども,例えば,フェアコメントといったときには,話された言辞が真実であることが必要ではないか,公共利害事実に関係している必要があるのではないかという問題も出てきます。この点に関連してですが,他の解釈も可能でしょう。最近言われているのが,オネストオピニオン,正直な論評・意見であるならば,それは,仮に真実性の証明に失敗したとしても,十分な調査を尽くしているなどという場合には,刑法上の違法性や責任が阻却されるという理論でして,国際的には提示されているところです。   ですから,これは次の「2」の論点に関わるかもしれませんけれども,そのような理論の適用によって,むやみに侮辱罪の処罰範囲が広がるということは防げるのではないかと思っております。 ○井田委員 今の各委員の御意見,おっしゃるとおりだと思うのですけれども,単に公正な言論というだけだと,刑法的な思考からすると曖昧で,もうちょっと踏み込んで基準を明らかにできないかという感じが,私個人はしています。   やはり踏まえるべき前提は,事実の摘示なのか,抽象的価値判断の表示なのかというところで,事実の摘示であれば,仮に名誉を毀損する言論であったとしても,それが公共の利害に関する事実に関するもので,公益を図る目的があり,しかも,それが,事後的に見て本当だったのであれば,刑法第230条の2で違法性阻却される。これは,非常にはっきりした規定だし,また,学説の多くが言っているように,仮に事後的にということを離れて,行為の時点で,相当に確実な根拠,資料に基づいて行われたのであれば,それは刑法第35条で違法性阻却していいのではないか。私もそういう考え方が妥当であると考えています。そういう意味で,第230条の2と第35条の二本立てで名誉毀損については違法性阻却されることがあり得るというのが,まず前提となります。   問題は,事実の摘示を伴わない抽象的な価値判断の表明について,果たして違法性の阻却がどういう意味で考えられるのか。行き過ぎでなければ,日常,社会的に広く行われているようなものであれば,フェアなコメントの範囲内であれば構いませんよという,曖昧な基準はいくらでも出せると思うのですが,もうちょっと厳密に考えてみる必要があると考えています。   ドイツ刑法について見ますと,日本とは規定の仕方も保護法益論も異なっていて,単純な比較はできないのですけれども,基本的に,事実の摘示については違法性阻却は可能だけれども,表現方法が侮辱的であるときには違法性阻却されないという基本的な枠組みになっています。述べたことが真実であったという証明があったとしても,表現方法が行き過ぎているというのであれば,そういう場合には侮辱で処罰するという明文の規定があります。日本の刑法第230条の2に対応する違法阻却事由の規定も,正当な利益の保護のために行われたものは違法性阻却するとしつつ,ただ,表現方法が行き過ぎたものであったときには,それは侮辱で処罰するとしていて,正当な言論といっても,踏み外してはいけない枠ないし形式を守らなければならないと考えられているわけです。   それを日本に置き直して考えたとき,事実の摘示については違法性阻却が考えられるけれども,抽象的価値判断については,なかなか違法性阻却は認めにくいというのが基本だと思うのです。ただ,次のような場合は考えられるのではないか。前回も申し上げたことですが,単純な設例にすると,甲と乙とがいて,甲がある政治家について,こういう収賄の事実があるのだという事実を摘示した上で,ひどい政治家だ,犯罪者であるという侮辱的な価値判断を加えたとします。一方,乙が全く事実を摘示せずに,その価値判断の部分だけ,あいつは本当にひどい,地獄に落ちてもいいような極悪人だと述べたとします。甲の行為については,刑法第230条の2又は第35条により違法性が阻却され,したがって侮辱的価値判断の表明についても違法とされないというときに,事実を適示せずに抽象的評価を述べた乙だけが処罰されるというのは,非常におかしな結論であると思います。   ただ,それはどうしても甘受しなければいけない結論かというと,決してそうではなくて,刑法第230条の2,あるいは刑法第35条,どちらでも構いませんけれども,違法性阻却との関係で,同一法益に対するより重い法益侵害をした人が違法性を阻却されるというのであれば,同一法益に対するより軽い法益侵害をした人は,ますます違法性阻却されてよいという結論を導くことは十分に可能です。それをどう説明するかは問題となりますが,第230条の2ないし第35条の違法性阻却の派生効果と言ってもいいかもしれません。いずれにしても,それは現行規定の解釈の問題ですが,そういう形で侮辱のみを行った乙の行為についてもその違法性を阻却し得る場合は十分あり得るものと考えています。また,侮辱の違法性阻却が実際に問題になるとすれば,そういう場合なのではないかという感じがいたしております。 ○池田委員 今の井田委員のお話は,私の大変懸念しているところのお話をしていただいたという気がしております。   今のようなお考えは,非常にそのとおりだとは思うわけなのですが,捜査当局その他が同じに考えてくれるのかというところが分からないところでありまして,刑事ということになりますと,第一次的には捜査当局で判断していくということになったときに,現状,正当行為という非常に漠然としたものしかなくて,特に,現場との関係でいけば何ら条文がないということで,何が起きても不思議ではないのではないか。特に,政治的発言,政治批判に関して,場合によっては,どこかからの圧力があって,そういうことが取り締まられるということが,将来あり得ないとも言えない。現在の捜査当局が,十分に表現の自由の趣旨を勘案して適正にやっておられるとしても,将来,別の方針が示されるなどして変わるということも,全く考えられないわけではなくて,法律で何らかの縛りが要るのではないかと思って,非常に懸念しているところです。 ○今井委員 今の池田委員の御意見は,とてもよく分かるのですが,先ほど佐伯部会長もおっしゃいましたように,民事の広い意味での名誉毀損に係る不法行為事件を見ていますと,被告の方が,その人の立場なりに合理的に考えてできる調査を尽くした場合には,不法行為の成立が否定されるという傾向は明らかにあるわけであります。そうしますと,捜査当局がどういうことを今後されるか,期待されるところとしては,そうした民事の判例も勘案して,被告とされた人がどこまで調査を尽くしているかということによって,起訴に値する事件かどうかを判断するのが良いのではないかと,私は思っています。   先ほど井田委員の御説明では,乙に当たる人の違法性阻却に関する議論をメインにされていたのですけれども,乙の当罰性ということを考えると,私が言ったように,フェアコメントという議論だったら違法性阻却の問題になりますが,フェアなコメントに当たらなくても,調査義務を尽くしていて,正直な論評をしたというときには,オネストオピニオンということによって,責任阻却も可能ですので,そういった観点もこの部会で議論したということを示すことによって,不当な捜査には至らないのではないかと,個人的には思っています。ですから,民事法との関連も踏まえ,違法性阻却だけではなく,責任阻却の可能性も考えればいいのではないかと思っているところです。 ○佐伯部会長 今の池田委員の御意見は,「2」の点に関する御意見でもあったかと思いますが,「1」だけではなくて,「2」についても結構ですので,御意見を頂ければと思いますが,いかがでしょうか。 ○井田委員 刑事立法の方法論ということになるのかもしれませんが,一言申し上げておきたいことがございます。学説においても,侮辱罪の違法性阻却については,これまでほとんど議論がなかったと思います。ドイツでは,侮辱罪について,正当防衛が可能な場合があるのではないかとか,被害者の同意がある場合はどうかといった議論があるようですけれども,日本の場合,ほとんどこうした論点に触れたもの自体ないと思うのです。そうであるとすれば,民事のことは分かりませんけれども,学説や判例の蓄積がないところで,立法で何かいきなり規定を作るというのは,難しいことだと考えています。基本的には,従来の規定の解釈論,あるいは運用によって,しばらくやってみる。議論が進み,裁判例も出てきて,一定の要件らしきものが浮かび上がってくれば,それはその時点で立法を行うということは,十分考えられます。議論の蓄積がないところにいきなり立法をというのは,そもそも可能なことではありません。現行規定の解釈で工夫すべきであるし,それは可能だと考えています。 ○安田幹事 ただいま井田委員がおっしゃったことに加えまして,前回も申し上げましたけれども,名誉毀損というのは,事実を述べることによって,民主主義社会の健全な発展のために意見を述べ合って論評するところにポイントがあって,それは,プラスの価値を類型的に担い得るものであるのに対し,侮辱というのは,それを伴わない類型ですので,そもそも価値のある言説ではないのではないか,類型的にそうではないわけですので,そのような違法性阻却事由を最初から置いておくということは,そのような前提的理解に合わないのではないかと考えられます。   他方で,一定の場合には,違法性阻却されるべきということはあると思いますけれども,そこは,やはりまだ,井田委員がおっしゃったように機が熟していないほか,井田委員がおっしゃった類型というのは,他人が述べた事実の前提があって,それにかぶせる形で自分の意見を言うというパターンだったと思いますが,それにつきましては,先ほど「1」の論点で議論を省略いたしましたけれども,民事の判例では,公正な評論の要件として既に,井田委員がおっしゃった部分というのは確立しているところでありますので,そこを参照すれば,十分に安定的な違法性阻却を確保できるのではないかと思っているところでございます。   学説にはいろいろあって,民事で正当なら必ず適法になるか,正当化されるかは分かりませんけれども,少なくとも私が考えている違法性の統一性という観点からしますと,民事で正当なものが刑事で違法になることなんてあり得ないと思っていますので,そこは大丈夫ではないかと思います。   他方で,事実を前提としない,例えば,政治家を無能呼ばわりしたり,学者を御用学者呼ばわりしたりするような類型もあろうかと存じますが,こうしたことは甘受されるべきもののようにも思われます。今井委員がおっしゃったこととも関連するのかもしれませんが,今の時点で,例えば,民事の判例の要件論を立法化しようということになりますと,それはかえって,侮辱罪が不可罰となる場合を狭めてしまうことになりかねない,これしか駄目なのかということになりかねないところがありますので,そういう意味で,不可罰事由を規定しようとするのは,まだ熟していなくて,時期尚早ではないかと感じる次第でございます。 ○池田委員 今の安田幹事のお話を伺いまして,一番最初の方で,名誉毀損の事実に関するコメントは民主主義の基となってプラスの意味があるけれども,侮辱的言辞の場合は,そもそも価値のある言説でないということもおっしゃっておられたかと思うのですが,そこのところだけを取り出して,政治的な批判も含めて,あらゆる侮辱が処罰されてしまうのではないかということも心配されたのですが,そこについてはどのように解釈すればよろしいのでしょうか。 ○安田幹事 先ほど申し上げたように,やはり論評,意見表明として,民主主義的な価値を担うためには,自分で調査しているなり,他人が調査しているなり,何か事実に基づいてしゃべるということがあって,初めてプラスの価値を担うのではないかというのが,基本ラインにはなるのではないか。そこが含まれていない侮辱は,やはり類型としては価値が低いのではないかということは,やむを得ないのではないかと思います。   ただ,例外的に他人の意見に乗っかって何か評価を下したという場合には,一定の事実のベースがあるわけですから,十分不可罰のゾーンに落ちていくのではないかということを,申し上げたかったということでございます。 ○佐伯部会長 安田幹事が御指摘になり,井田委員も御指摘になっているところですけれども,侮辱には,事実が前提にあって論評を加える場合と,ただ論評を加える場合と,二つの場合があると思います。他人を批判する際には,もちろん事実をきちんと摘示して批判することが望ましいと思いますけれども,日常生活においては,事実を摘示することなく,単に論評を示す,批評・批判することもあることで,その場合は,民事でいう社会通念上許される限度を超えているかどうかということで判断されることになり,そして,どこまで許容されるかは,批判を受ける人の立場によって変わってくるものであり,安田幹事は学者を例に出されましたけれども,公的人物であれば,一定の批判は是認せざるを得ない,受忍すべき立場にあるということは,当然認められているのではないでしょうか。ただ,それを条文に書くとなると,個別の事情に左右されるでしょうから,なかなか難しいことかなと,私も思うところです。   ほかには,「1」,それから「2」の点について,御意見はございますでしょうか。 ○池田委員 ただいま,侮辱罪の違法性阻却については,これまで余り論じられていないというお話がありまして,むしろ学者の先生方には突っ込んで御検討いただければと思っておりますけれども,そこの点が余り詰まっていない状況で,今後,待つべきという状況で,法定刑だけ先に引き上げるというのは,何か納得できないところがあると思ったところです。   つまり,今まで法定刑が非常に軽かったということで,そもそも違法性阻却その他が余り問題にならなかったところを,法定刑を上げるにもかかわらず,そこのところが曖昧なまま進めるということについて,いかがかなと心配するわけです。 ○小池幹事 確かに,違法性阻却なり責任阻却なりの考え方が,必ずしも条文化できるほどには詰められていないというのであれば,その機が熟するのを待って,法定刑引上げと犯罪成立阻却事由の条文化を同時に行うという考え方もあり得るようには思います。100点満点を目指すとしたら,そう考えるべきかもしれません。しかし,一方で,目下,政治家に対する批判的言論のような文脈ではなく,個人に対するインターネット上での誹謗中傷などが十分な抑止のないままになっている状況が深刻であり,その対処が喫緊の課題となっています。その中で,迅速な立法上の対応を要する気がいたしまして,そのこととのバランスを考えたときに,法定刑の引上げのみを行うことも十分合理的な判断ではないかと思います。 ○井田委員 私も,基本的には小池幹事の意見と同一なのですけれども,配布資料2「侮辱罪の科刑状況」にある,年間20件から30件の中で,例えば半分ぐらいは政治家に向けられた侮辱行為であるとかいうのであれば,そういう危惧というのは当たるのかもしれませんが,決してそうではないと思うのです。また,今回の改正後は,この20件,30件が,5,000件なり1万件になっていくというのであれば,危惧が生じるという話になるかもしれませんが,そういうことでもないとすると,今の侮辱罪の実務における運用状況を前提にする限りは,そういう心配はおよそ当たらないのではないかと考えています。 ○中谷委員 私も,小池幹事がおっしゃったことと重なる部分があるのですけれども,第1回会議でインターネット上の誹謗中傷について,私から情報を共有させていただきましたけれども,やはり法定刑を上げるというのが,防止効果は確実にあると思いますし,今,恐らく何もしないというのが最大のリスクだと思いますので,是非,原案のとおり進めていただきたいなと,ここの部分では強く思います。 ○池田委員 私も,インターネット上の誹謗中傷について,深刻な問題であるということは十分認識しておりまして,それに何らかの防止手段を採るべきということのお考え自体には賛同するものなのですが,特に全く違う場面の,政治家などに対する侮辱に,思わぬ跳ね返りがあり得ないのかということを申し上げているわけです。例えば,侮辱罪について,公務員に対するものについては,刑事上は一切処罰しないという道を選ぶ,民事の方でやるのであればやってくださいというようなことを,考えることはできないのだろうかと思っております。公務員など,名誉毀損でいう場合は,事実の証明とか,そういったことが要件になってはいますけれども,侮辱罪の場合にそれがありませんので,公務員に対する侮辱については罰しないというようなことを,考えるべきではないかと思います。 ○今井委員 そこはなかなか難しいと思うのですけれども,先ほど井田委員もおっしゃっていたと思いますが,考え方として,名誉毀損の場合も,刑法第230条の2による違法性阻却の場合と刑法第35条による違法性阻却の場合があるとの考え方があります。こうした考えをも踏まえますと,侮辱罪の場合でも,第35条の適用は当然にあることになります。その上で,政治家という公的なパブリックフィギュアであったとしても,事実に基づかない,とんでもないことを言われますと,その人のプライバシーや自己尊重の感情,それは刑法的に保護するに値しますが,それらが侵害されますので,そのような行為を一律に不可罰にするのはおかしいだろうと思います。   ですから,先ほどから申し上げておりますが,事実が詳細のときにはコメントになりますから,フェアコメントの論理で対応できると思いますし,そこまでは事実がないけれども,いろいろな報道等を基にして意見を提出したというときには,彼なりに一生懸命頑張って調査をした上での誠実な意見の提示であったというときには,いわゆるオネストオピニオンということによって違法性が阻却されたり,あるいは責任が阻却されたりすることになり,刑法第35条プラスアルファの理解になりますが,不当な処罰範囲に至らないように対応できるのではないかと思います。   ですから,政治家をカテゴリカルに全て侮辱罪の対象外にするというのは,やはり行き過ぎているような気がいたしました。 ○佐伯部会長 刑法第230条の2の第3項の公務員に関する特則に関する最高裁判所の判例で,釈迦に説法になりますけれども,身体的障害を殊更に侮辱・誹謗したというような事例には適用されないという判例があります。名誉毀損に関する判例ですけれども,そのような侮辱的言辞については,表現の自由の保障外にあるということを示しているように,私には思えるのですけれども,一律に不可罰という規定を設けてしまうと,そういう場合も処罰できないことになるのではないでしょうか。 ○池田委員 今の判例はそのようにされて,その結論自体は妥当だと思っておりますけれども,それは,刑法第230条の2の第3項の条文があるけれども,これは公務員の例外に該当しないという判断がなされているという意味では,その趣旨は多分,ほかの場面でも同じように,完全に公務と一切関係ないような,そういったものについては,正に違法性阻却とならないということが示されているわけです。しかし,処罰しないという条文が全くないと,いくらでも処罰が可能になってしまうというところを懸念しています。   先ほどの今井委員のお話だと,調査を尽くしたときは誠実にオネストオピニオンということでしたが,一般人が政治的な問題について,報道などを見て,すぐに何か言うということはよくあることで,そこで調査したのかと言われると,多分調査していない場合が圧倒的に多いでしょう。そういった場合は処罰されてしまうということになると,それは問題かなと思います。 ○今井委員 ちょっと言葉足らずだったかもしれませんが,私はその人なりにということだと思います。その人の立場において,調査し得る範囲で一生懸命,ですから,政治家の人格的な存在自体を誹謗中傷するのではなくて,パブリックフィギュアとしての公的なサービス提供の仕方についてコメントしたい,あるいは意見を述べたい。そのために,新聞であるとかインターネット上の情報を得て,自分なりに確信を持って発言した,という事例を想定してお話ししております。その場合の対応は,刑法第230条の2の真実性の証明の問題と,その証明に失敗した場合の問題に似たものになりますが,明文がないからといって,そうした解釈が採れないわけではないというのが,申し上げたかったところです。 ○井田委員 公務員を保護の客体から外すということになると,あからさまにうそを前提にして侮辱した場合でも,それはもう処罰しないということになります。そういう趣旨だとすると,これは,刑法第230条の2とも矛盾するし,侮辱罪だけどうして,公務員であれば何を言っても構わないということになるのか,虚偽の事実を前提にして侮辱してもオーケーということになるのか,やはり理解できないのです。しかも,公務員というのは,一般国民のために役立っている面もあるので,その仕事を,虚偽の情報を流すことによって邪魔するということになれば,その仕事に支障が生じることになりますから,結局それは国民全体に跳ね返ってくることになります。国民にとっても決してプラスにならないのです。   池田委員の御発言を誤解しているかもしれませんが,もし虚偽の事実を前提とした侮辱が違法でよいというのであれば,結局,違法性阻却の範囲は,先ほど私が申し上げたような意味で,刑法第230条の2の作用が派生的に及ぶ範囲にならざるを得ないということで,公務員を一律に外すという話にはならないだろうということです。 ○安田幹事 先ほど,民事の分野での公正な論評の法理を紹介するに当たって,刑法第230条の2に準じた枠組みというのが基本的に考えられていることを,少し申し上げましたけれども,やはり考えるに当たっては,第230条の2の全体の精神というのを参照するのだろうと。そうすると,やはり第230条の2の第3項があるという状態を参照するわけですので,公務員の資質,能力等に関する論評に当たるのであれば,そこは,表現の自由の方に好意的に解釈するということは十分,この第230条の2を踏まえた全体の趣旨から見て,当然のことになると思います。   先ほど,佐伯部会長もおっしゃったように,誰が侮辱的言説の対象となったかによって,表現の自由との関わりで相対的に考えていくというのはあるわけで,今井委員が言われるパブリックフィギュアのようなものについては,言われた方に厳しめに採るということは,十分にあり得ることだと考えております。   ですので,さらに,能力に関わらないことで何か侮辱的表現を言って,それで正当化されるゾーンというのを,私としてはちょっとイメージすることが難しくて,もしお考えであれば,池田委員から御紹介いただけたらと思うのですけれども,そこは正に,昔で言えば,私行にわたる事実であり,佐伯部会長が紹介されたような身体障害とか,あるいは外見であるとか,そういったことに関わってくるのであれば,それは,その保護に値するものではないと思いますので,政治家として,あるいは公務員としての事実に関わらない論評であって,かつ,正当化に値するようなものが何かあるのだろうかというところを,まず御指摘いただかないと,ちょっと議論の対象が見えないような気がした次第です。 ○池田委員 今のお話で,もちろん私も,完全な私行にわたることその他について,侮辱が許されるとまで考えているわけではないのですが,今のお話でいくと,むしろ,そもそも公益を図る目的のものであった場合には罰しないという規定とともに,公務員に関しては罰しないというような,名誉毀損と並びのような形で作った場合には,その趣旨としても,全く公務員の能力その他と関係ないものについてはこれに当たらないということで,それが許されるわけではないと作ることは,可能になりませんでしょうか。あるいは,公務員の能力という文言で限定できるのかどうか分かりませんけれども,何らかの限定をする形で,公務員に対する言辞のところを,何とか明確に許容するということは,考えられないのでしょうか。 ○今井委員 大変難しい問題の御指摘だと思うのですけれども,井田委員もおっしゃったと思いますが,公務員は税金によって賄われていて,全体の奉仕者であるわけですから,タックスペイヤーとしては,公務員によるサービス提供のアチーブメントに対して批判的な面を持つと,そのために,いろいろな活動をするのは,広く認められていいことだと思います。しかし,やはりそれについても,言わずもがなだと思いますが,責任ある言論というのが当然の区切りでありまして,民事上でも,無責任な言論については不法行為の成立が認められるのが一般的傾向だと思います。   それを前提にしますと,刑事でもそうであって,刑事責任については,先ほどその人なりにと言いましたけれども,その人の地位に応じて,合理的に予想できるような調査を尽くして,当人の身体的な特徴であるとか,出自ですとか,そういう点に関する言辞ではなく,サービス提供のパフォーマンスについてのコメントをするのであれば,刑法第35条による違法性阻却が可能になると思います。この制限を超えたコメントをするのは,無責任な言論であって,民主主義的に公務員のサービス提供を監視するという観点から許容される言論ではないとして,排除されてしかるべきなのかなと思います。ですから,一律に不処罰というのはちょっと厳しいのかなと思いました。 ○池田委員 資料として,外国の例は出されているのですが,これについては,何ら御説明はないわけなのですが,今日の議論の関係では,手元に見るだけという,そういう位置付けなのでしょうか。と申しますのは,諸外国の状況については,国によっては非犯罪化しているところもあって,結局,刑事でどこまで処罰するか,民事でやるかということもあり得ると思うので,刑事で処罰しないからといって,一切許容されているわけではないという考え方もあり得ると思います。そういったことを検討するに当たっても,諸外国の状況についても理解を共有したいと思いますが。 ○保坂幹事 今,池田委員が御指摘なさったことは,そもそも法定刑を引き上げにいくのが適切かどうかという話であるように思われますので,事務当局としては,今議論している正当な表現行為との関係をまず議論し,それが終わって,改めて全体について議論するところで,諸外国ではこうしているんだから,日本でこれを引き上げるのは間違った方向性だという御意見があるのであれば,諸外国の例を参考におっしゃればよろしいのではないでしょうか。 ○池田委員 今,私が申し上げましたように,ある一定の分野については,刑事の処罰でなく民事でということが考えられるとすれば,それは,今ここでの議論の違法性阻却との関係で,全然処罰しないのはひどいという考えと,それから,刑事でどこまで処罰するかということとの検討には関係してくるかなと思ったので,申し上げました。   ただ,後の方がよいということであれば,それはそれで結構です。 ○佐伯部会長 名誉毀損,侮辱含めて,名誉侵害に対してどういう制裁を用いるかというのは,また議論になると思うのですけれども,一定の侮辱について,表現の自由として保障されるべきではないかということとは,直接の関係はないと思いますので,また後で御議論いただければと思います。 ○小池幹事 政治家や公務員に対する侮辱行為について,特別に規定を置くべきかという問題は,その種の行為についての捜査・訴追が不当な形でなされるおそれに関する予測と連動すると思いますが,そのおそれは小さいのではないかという印象を持っています。私の見る限り,政治家や公務員に対する批判的言論は,侮辱でなく名誉毀損,つまり具体的な事実摘示を伴い,かつ,条文・判例上の犯罪成立阻却事由に厳密には当たらないようなものも,かなり多くなされているように思います。しかし,それに対して,捜査機関が告訴を経てという形になるかもしれませんけれども,立件していこうという方向には全然ない気がします。それは,批判される人の立場をも考えながら,謙抑的なマインドでやっているのではないかと思うわけです。そのマインドが,侮辱罪の法定刑引上げを契機に,急に変わるというのは少し杞憂ではないかなと思っているところです。 ○佐伯部会長 今の点は,次の「3 正当な表現行為に対する「萎縮効果」」とも関連いたしますので,「3」についても御意見を伺えればと思います。 ○小池幹事 直前の発言と同じことなのですけれども,元々,名誉毀損,侮辱ともに,立件されている事件の数が極端に少ない現状で,取り分けインターネット上での個人に対する誹謗中傷など,目に余るものがあるという立法事実がある中での引上げという経緯ははっきりしていますので,その一連の経緯の中に,正当な批判的言論を取り締まる意図が見え隠れするということはないのではないかと考えております。   もちろん,萎縮効果というのは受け取る側の問題ですから,立法する側の意図とは離れ,過剰に警戒されることはあり得ます。しかし,それは立法過程において,今回の引上げの趣旨を丁寧に説明する,つまり,正当な言論を抑圧するための改正ではないという共通認識をはっきり示すことを通じて,国民に不安が生じないようにするとともに,施行後の捜査・訴追の実務に対してもメッセージを発することで対処すべき問題ではないかと思います。その意味では,この部会で正当な言論活動との関係や萎縮効果に関する問題提起がなされて,それについて議論がなされたこと自体,有意義なことなのではないかなと考えているところです。 ○池田委員 皆様は,現在の実務の運用,過去の状況に鑑みて,心配要らないということだと思いますし,今この瞬間につきましては,私もそこの認識はそれほど違わないと思いますけれども,今,法律上の定めという点からは何もないという状況ではあります。学説で,非常に確立した考え方といった形でお話を頂いていて,それが全てのところで共有されるといいとは思いますものの,これが,ある日突然変わると,それも,方針がある日突然変わるというような事態が全く想定できないわけではない。そうなったときに,法律もないわけだし,処罰することに何ら支障がないというような方針で法執行がなされる事態というのを,もちろんそういうことがなければいいに決まっているわけですけれども,そういったことについては,法律での縛りしか考えられないのではないかということです。現在,この時点での萎縮効果というよりは,そういうことが将来ないとは言えないという問題は,十分御認識いただきたいと思っております。 ○柴田幹事 萎縮効果がゼロかと言われると,池田委員がおっしゃっているように,懸念はあり,否定できないのかもしれませんが,ただ,喫緊に対応しなければいけないという現状の被害の状況を踏まえて考えた場合に,やはりそれは,かなり後退して考えられるべきものなのではないかなと思います。 ○佐伯部会長 表現の自由との関係に関する三つの論点について,御意見を伺ってきていますけれども,ほかに御意見ございますでしょうか。よろしいでしょうか。   それでは,会議の開始からかなり時間も経過しましたので,ここで10分ほど休憩を取りたいと思います。11時10分に再開ということにさせていただきたいと思います。              (休     憩) ○佐伯部会長 それでは,再開させていただきたいと思います。   ここからは,改めて,諮問事項の全体について御意見等を伺いたいと思いますが,配布資料6について先ほど御言及がありましたので,事務当局から何かコメントがありましたら,最初にお願いいたします。 ○栗木幹事 配布資料6は,冒頭申し上げました諸外国における名誉毀損罪・侮辱罪に相当する罰則の概要でございます。   諸外国の罰則について網羅的に把握しているわけではなく,また,規定の仕方は,国によって異なりますが,人の名誉を侵害する行為に対して罰則を設けている例として,ドイツとフランスと韓国について,それぞれの罰則の構成要件と法定刑の内容をまとめたものでございます。   アメリカの連邦,イギリスのイングランドとウェールズについては侮辱罪や名誉毀損罪に相当する罰則は設けられていないと承知しております。 ○佐伯部会長 また後の議論で,必要であれば,この資料にも触れていただければと思います。   ここからは,先ほど申し上げましたように,諮問事項の全体について御意見等を伺いたいと思います。法定刑を引き上げる必要性・相当性や,引き上げる場合の法定刑の在り方を含め,どのような点についてでも結構ですので,御意見等がある方は,挙手の上,御発言をお願いいたします。 ○安田幹事 資料に関する御説明がありましたので,それに関して一言だけ申し上げたいのですが,例えば,ドイツですと,外国の機関及び代表に対する侮辱罪などが103条以下で規定されています。日本ですとそういったものがありませんので,侮辱罪は,そういったもの,戦前であれば刑法第90条第2項や第91条第2項で規定されていたものが,ここでカバーされるべきということは当然であります。それを見ますと,ドイツの103条は,かなり高い法定刑が設定されているところであります。そういったことも,法定刑改正の根拠となり得るのではないかと考えますので,補足的に発言させていただいた次第でございます。 ○池田委員 今回,資料としてお出しいただき,ありがとうございます。拝見しますと,フランスでは拘禁刑はないものと思います。先ほどお話がありましたように,刑事罰を持たない国や廃止した国も,このほかにも相当数あるものと承知しております。   前回,表現の自由に関する自由権規約の規約委員会が採択した一般的意見に言及いたしましたけれども,そこでは,非犯罪化を検討すべきということと,刑法の適用が最も重大な事件にのみ容認されなければならないということで,拘禁刑は適切な刑罰ではないとしていました。   今回,侮辱罪について,懲役刑を加えるという提案ですが,それは,この方向とは逆に向かっているものです。また,過去5年間,侮辱罪について拘留が用いられたことがなく,我が国全体でも,拘留が年間数件しかなされていないという実態に照らしますと,侮辱罪について,現在ある拘留というものも削除するべきではないかと考えます。   一方,現在の科料が1万円未満で低額に過ぎると,その点に問題があるということは理解しておりまして,私は,罰金刑を導入するということには賛成いたします。これによって,公訴時効についても3年となり,捜査に期間を要するという問題には対応が可能となりますし,教唆や幇助の処罰も可能となります。ですので,懲役刑の導入については賛成できませんが,かつ,拘留も削除すべきと考えますが,罰金刑の導入には賛成するものです。 ○柴田幹事 被害者の方が相談に来たときに,法定刑や捜査機関の動きの見込みとかも説明するのですけれども,侮辱罪の法定刑を説明するだけで,依頼者である被害者の心が折れてしまうというのがよくありまして,それほど軽いんですか,そんな処罰しかされないんですかという話をよく耳にします。実際,警察が動いてくれる可能性の説明をすると,更に心が折れてしまうというのが実情で,現在の状況を,本当に早急に改善していく必要があると考えておりますので,私としては,是非この改正はしていただきたいと思っております。 ○栗木幹事 先ほど,懲役と拘留についての御指摘を頂いて,そのうちの拘留について,過去にほとんどないという御指摘がございましたので,今回,要綱(骨子)に拘留を残している点について,事務当局から説明させていただければと存じます。   まず,今般の法整備は,近時の侮辱罪に該当する行為の実態を踏まえ,侮辱罪について,厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価を示し,抑止するために行うものでございまして,侮辱罪の法定刑を名誉毀損罪に準じて引き上げれば足りる一方で,改正後においても,事案によっては拘留で処断すべき場合もあると考えられます。すなわち,拘留は刑事施設に短期間拘置するものでありますが,特定の種類の犯罪や犯人に対するショック療法的効果が認められ,いわゆる小暴力犯罪者や営利的小犯罪を繰り返す者に対する刑罰という性格を有しているとされており,懲役・禁錮及び罰金が選択刑として定められた後も,侮辱罪については,単なる偶発的な罵詈雑言を繰り返す事案など,比較的当罰性の低い事案も想定されることからすると,拘留も存置しておくことが,個別具体的な事案に応じた適切な量刑に資するものと考えられるということで,今回拘留を入れているところでございます。   第1回部会で配布いたしました侮辱罪についての科刑状況には,拘留の人員はゼロと書かれておりますが,これは,侮辱罪のみで処断されたものの実人員でございます。前回,特別法犯も含めて,拘留で処断されている人数は,極めて限られていると事務当局から御紹介させていただいたところですが,侮辱罪単独ではなくて,ほかの罪と併せて侮辱罪が審理の対象になっているという事案を含めれば,侮辱罪で拘留が選択されているものもございます。   例として申し上げますと,器物損壊罪と侮辱罪が起訴されて,判決で両罪が認定された事件でございますが,懲役6月・執行猶予2年,拘留29日という判決でございました。参考までに,どのような事案かと申しますと,器物損壊罪は,被告人が自宅近くの駐車中の自動車に傘で傷をつけたという事案であり,侮辱罪は,それとほぼ同じ場所において,相手方の名前を示した上で,「バイキンゴミネット触るな」という内容の紙を貼り付けて,不特定かつ多数の者が閲覧可能な状態にさせて,公然と侮辱したという事例でございます。ちなみに,この拘留については,未決拘留日数が満つるまで算入されていました。 ○小池幹事 法定刑の上限を1年の懲役とする点についてですけれども,刑法典におけるほかの犯罪では,例えば,遺失物等横領罪とか信書開封罪の上限も1年の懲役です。その辺りと対比すると,侮辱罪について,かなりのダメージを個人に与える場合もあり得る犯罪であることを踏まえたときに,罰金にとどめずに,懲役1年以下を加えることは,合理的選択肢の一つではないかなと考えています。 ○今井委員 今,皆様方がおっしゃったことと関連しているのですけれども,まず,要綱(骨子)で示されている1年以下の懲役を付けることについては,私も,小池幹事と同じように考えておりまして,現行の日本の刑罰体系の中で,全体として調和が取れているのかを考え,その前提として,目に余るような行為が多発しているという場合には,その行為に対して抑止力の最低限の発揮を図るというためには法定刑の整備,引上げは必要だろうと思います。   法定刑に抑止効果があるかを測定する視点については,前回お話ししたので今日は述べませんが,その問題を検討する際には,配布資料6との関係で池田委員が言われたことは,とても大事なことだと思います。つまり,国連等の勧告によって,名誉毀損,侮辱については,非犯罪化の傾向があるということでありましたが,それはそうなのですけれども,国によって違うということも理解しておく必要があろうかと思います。   例えば,この資料によりますと,フランスでは拘禁刑が付いていないわけですが,フランスの刑事政策一般として言えば,罰金刑の活用領域が広く,活用の仕方も多用であることを指摘できるかと思います。他方で,フランスの隣国であるドイツでは,2年という日本より重い法定刑が設定されており,国によって,いわゆる自由刑といわゆる財産刑の役割分担には,違いがあることが分かります。   イギリスではなぜ侮辱罪等が廃止されたかということですが,2009年から廃止されているのですけれども,その前提として,イギリスでは,名誉毀損・侮辱に係る民事訴訟の件数が非常に多く,その結果でしょうか,ある研究によると,EU諸国と比べてもイギリスにおける弁護士手数料は相当高額に至っているということです。そうしますと,イギリスでは,侮辱的行為に対する民事訴訟の提起が,その行為を抑止する効果を相応に果たしており,刑罰を使うまでもないというお国柄であった,と言えるのかもしれません。   そのようなイギリスの民事訴訟による侮辱・名誉毀損に関する状況は,国連でも批判がなされていたところであり,その文脈の中で,イギリスでは名誉毀損関係の犯罪が廃止されたという理解を踏まえて日本の状況を見ますと,インターネットの発達によって,今回の諮問の前提にあるような状況が生じており,これについて最低限の懲役刑をもって対処しようとすることは,相当な措置だと思います。ですから,各国比較は大事なのですけれども,それぞれの言葉の意味であるとか,民事制裁を含めた全体の事情等も踏まえた上で,日本で今生じている,犯罪的現象にどのような刑種を定めるべきかを議論していく必要があると思います。その上で,今回の御提案はごく穏当なものだろうと思っているところであります。 ○安田幹事 フランスには拘禁刑がないという御発言がございましたけれども,少し調べたところでは,433―5条というのがあって,公務員に対する侮辱について,公権力を保持する者に向けられた場合は,6月の拘禁刑というのが選択刑として定められております。ですので,一定の場合の加重類型については,フランスでも自由刑が付いているのだと思います。フランスは罰金だから,うちでもそれを参照して罰金でいいのではないかというような議論は,もしかしたらおかしいのかなと感じた次第でございます。   そもそも懲役刑が妥当かについては,既にたくさんの方が御発言なされていますように,今回の立法の契機となっている,人の尊厳を害し,人を死に追いやるような危険性を含んだものがあるという事実を踏まえて,かつ,それが,例えば占有離脱物横領より軽くていいのだといった発想というのは,なかなか当罰性評価としては理解し難いと思っている次第でございます。 ○小池幹事 法定刑引上げの可否の判断に関連し得る点として,引き上げた場合の量刑についての問題提起を前回させていただいている関係で,それについて発言したいと思います。  前回の会議で,今回の侮辱罪の法定刑の引上げが,当罰性の高い事案とそうでない事案を区別し,新たに法定刑に加わる懲役や罰金は,当罰性の高い事案の方で科されることを想定されているという御説明を伺ったと思います。   そこで,当罰性の高い事案とはどのような事情を重視して考えるのかということですけれども,新たな法定刑は,侮辱罪が名誉毀損罪に準じた侵害性を持ち得ることを考慮したものであることを踏まえますと,名誉毀損罪の量刑上どのような事情が重視されているのかが参考になるのではないかと思いました。事務当局では,公開されていないものも含めて,多く事例を見られていると思いますので,名誉毀損罪の量刑理由の中で重視されている事情について,御教示頂ければと考えた次第です。   もちろん,個別事件でどうだということではなくて,全体的な傾向ということで結構ですので,可能な範囲で御教示頂ければと思いますが,いかがでしょうか。 ○栗木幹事 御指摘の量刑の関係でございますが,通常第一審終局事件のうち,平成28年から令和2年までの間に名誉毀損罪により有罪となった全事件につきまして,判決で判示された量刑の理由を事務当局において調査いたしました。   それによりますと,おおむね,摘示に係る事実の内容が被害者の社会的評価を害した程度,犯行の手段・方法や公然性の程度,犯行の期間・回数,犯行の動機や公益目的の有無のほか,被害者の精神的苦痛・処罰感情の程度,示談の有無,原状回復措置の有無などの事情が,量刑上考慮されているようでございます。 ○小池幹事 裁判実務における量刑の基本的な考え方をベースに,犯情としては,名誉毀損罪の保護法益である社会的評価,外部的名誉の侵害の度合いや,それに対する意思決定に対する非難の度合いを評価することが基本になり,その一方で,名誉毀損罪が公益的な表現活動の延長線上で行われることもある犯罪であるということへの配慮もなされている印象を受けました。精神的苦痛といった点も,外部的名誉を保護法益とする名誉毀損罪の量刑において踏まえられていることを伺ったと思います。   私としても違和感はなく,その上で,伺ったところは,名誉毀損罪と保護法益を共通にする,ミニ名誉毀損罪としての侮辱罪についても参考になるように思いました。   もちろん,名誉毀損と侮辱では,事実摘示の有無という違いがあり,侮辱の場合,具体的事実を示されることによる名誉へのダメージの部分がないために,相対的に軽い量刑がベースになると思われます。ただ,侮辱行為において,既にこれまでの議論に出ていますように,自ら具体的事実を摘示しなくても,純然たる評価だけというわけでもない,という場合があり得ます。例えば,ほかの人による事実の摘示に悪乗りする形で,評価の根拠となる事実の存在を前提に誹謗中傷する,事実の暗黙的摘示として構成することも不可能でないような行為は,侮辱の中でも名誉毀損に準じた悪質さがあることになるのだろうと思います。   また,名誉侵害の度合いを測るファクターとしては,今申し上げた事実の摘示に準じたという観点に必ずしも限られることはなく,名誉毀損罪でもそうであるように,犯行の手段・方法,取り分け,公然性,どれだけ伝播していくのかという度合いや,執ように繰り返すことによって影響を受けることでありまして,そういった事情は,名誉毀損罪と共通で重要な事情となると思われます。また,犯行の具体的態様に応じて,精神的苦痛や,そのほかの実害につながり得る度合いということも,やはり同様に,程度はともかく考慮されることになるのだと思います。   さらに,侮辱の構成要件に該当する行為であっても,公益性のある表現活動の文脈で,それが行き過ぎてしまったという事情は,やはり有利斟酌の対象となるのでしょう。   このような形で,名誉毀損罪との異同を踏まえつつ,名誉毀損罪の量刑傾向も視野に入れながら,侮辱罪の新たな法定刑の下での量刑傾向を作っていくということになるのであろうと,当然のことかもしれませんが,考えた次第です。 ○池田委員 全体の議論の関係で一言申し上げたいと思いますけれども,こういうインターネットの侮辱的な書き込みによって,結果として命を奪われるということもあって,こういうことが繰り返されてはならないと考えております。   ただ,法定刑の引上げだけでそれが達成されるとは考えられないと思います。この点に関しては,国,民間を問わず,広く啓発することが何よりも重要ではないかと思います。プラットフォーマー等においても,これまでにも増して積極的な啓発活動を行うべきだと考えております。それから,民事責任の追及についても,これまで以上に迅速,かつ,より実効的なものになるように推進されなければならないと考えております。   今回,法定刑の引上げということではありますが,これを行っただけで解決することではないということを,広く共通の理解としていただきたいと考えます。 ○吉田幹事 誹謗中傷行為に対処するためには,侮辱罪の法定刑を引き上げるだけでは足りないということは,そのとおりだろうと思います。実際,政府では,例えば,人権擁護機関において,人権相談等を受けて,そうした誹謗中傷に対処するということも進めておりますし,また,民事の関係では,プロバイダ責任制限法の改正などを通じて,被害者の方がより迅速に被害回復,救済を受けられるようにするといった,法的な手当ても進められているところでございます。   先ほどおっしゃったような,啓発の推進ということも非常に重要な課題であり,そういった様々なことを通じて,この問題に対処していくことが重要であると認識しております。   その上で,重要な一つの方策として,この侮辱罪の法定刑の引上げも,これまた喫緊の課題であると考えているところでございます。 ○佐伯部会長 今の点も含めまして,もし何か御意見ございましたらお願いいたします。   よろしいでしょうか。それでは,これまでの御議論の状況を踏まえますと,本諮問に関する議論は尽くされたように思いますので,部会としての意見の取りまとめに移らせていただければと存じますが,その前に,もう一度,最後に何か御発言がございましたらお願いしたいと思いますが,よろしいでしょうか。それでは,御発言はないようでございますので,これから部会としての意見を取りまとめたいと存じます。   諮問第118号は,近年における侮辱の罪の実情等に鑑み,早急にその法定刑を改正する必要があると思われるので,別紙要綱(骨子)について,御意見を承りたいというものであり,その別紙として,要綱(骨子)が付されております。   当部会での議論の状況に鑑み,この要綱(骨子)を採決の対象とさせていただきたいと存じますが,それでよろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○佐伯部会長 特に御異議がございませんので,そのように採決をしたいと存じます。   それでは,採決に移らせていただきます。要綱(骨子)に賛成の委員の方は挙手をお願いいたします。オンラインで御出席の委員の方は,その場で挙手していただき,そのことが画面上で確認できるようお願いいたします。              (賛成者挙手) ○佐伯部会長 次に,反対の委員の方,挙手をお願いいたします。オンラインで御出席の委員の方は,先ほどと同様の方法で挙手をお願いいたします。              (反対者挙手) ○佐伯部会長 ありがとうございました。それでは,採決の結果について,事務当局から報告をお願いいたします。 ○栗木幹事 ただいまの採決の結果を御報告いたします。   賛成の委員の方が8名,反対の委員の方が1名でございました。   本日の出席委員総数は,部会長を除きまして9名でございます。 ○佐伯部会長 ただいま事務当局から報告がありましたとおり,要綱(骨子)については賛成多数で可決されました。   当部会の意見といたしましては,諮問第118号については,要綱(骨子)のように侮辱罪の法定刑を改正することが相当であるとして,来るべき法制審議会総会におきまして,部会長の私から報告をさせていただくことになりますが,これについては,私に御一任いただくということでよろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○佐伯部会長 ありがとうございます。では,そのようにさせていただきます。   この際,事務当局から何かございますでしょうか。 ○川原委員 事務当局を代表いたしまして,一言,御挨拶を申し上げます。   委員・幹事・関係官の皆様方には,御多忙のところ,今回の諮問につきまして,非常に厳しい日程の中で熱心に御議論いただき,厚く御礼を申し上げます。   また,佐伯部会長には,議事の進行,意見の取りまとめに格段の御尽力を賜りまして,誠にありがとうございました。   本諮問につきましては,先般申し上げましたとおり,近時,インターネット上の誹謗中傷が社会問題化していることを契機として,誹謗中傷に対する非難が高まるとともに,こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっていることに鑑み,公然と人を侮辱する侮辱罪について,厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価を示し,これを抑止するため,早急に侮辱罪の法定刑を改正する必要があると考え,諮問に至ったものでございます。   本部会において,委員・幹事の皆様方からは様々な観点から御意見等を頂戴いたしました。皆様方の御尽力により,侮辱罪の法定刑の改正について,幅広く御議論いただけたことは,大変意義深いことであると考えております。事務当局の法務省といたしましては,本部会において御決議いただいた要綱(骨子)に沿って,必要な法整備を速やかに実現するため,その準備作業を進めてまいりたいと考えております。   今後のスケジュールでございますが,本日の部会における諮問第118号に関する御決定は,法制審議会の次回総会に部会長から御報告いただき,速やかに答申を頂戴した上で,法案の立案作業を進め,できる限り早期に国会に提出したいと考えております。   委員・幹事・関係官の皆様方には,今後とも引き続き,御支援,御協力を賜りますよう,よろしくお願い申し上げます。   最後となりますが,本部会におきまして,熱心に御議論いただき,誠にありがとうございました。改めて,厚く御礼申し上げます。 ○佐伯部会長 どうもありがとうございました。   委員・幹事・関係官の皆様におかれましては,精力的に御議論いただきましてありがとうございました。特に,侮辱罪と表現の自由の関係について議論を深められたことは,大変貴重であったと思っております。   この機会に,何か御発言があればお願いしたいと思いますが,いかがでしょうか。 ○柴田幹事 今回の改正をこれで終わりにしていただきたくなくて,やはり前回申し上げたとおり,損害賠償命令の対象に加えるですとか,より実効性のある被害者の救済というか,被害回復ですとか被害の防止を考えていただきたいと思っています。   イギリスは民事訴訟で対応しているというお話がありましたけれども,日本の場合は,慰謝料額が本当に低くて,もし民事で引き受けるとしても,単なる慰謝料という形であれば,ほとんど弁護士が手弁当覚悟でやるという形でしか,多分対応ができないのではないかと思っています。ですから,民事でやればいいではないかという意見もあると思いますが,民事の手間を多少減らしたからといって,民事でどんどん解決できるという形には,日本では想定しにくいので,是非引き続き,インターネット上の名誉毀損や侮辱による被害については,検討していっていただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。 ○池田委員 今の柴田幹事のおっしゃるところはもっともでございまして,この刑事の部会の範ちゅうではないところもあると思いますけれども,民事の損害賠償額そのものが,インターネット上の誹謗中傷に限らず,名誉毀損その他について,非常に低額であるということ,かねてから問題として言われておりますし,この点について,更に別の場ではありましょうけれども,検討がなされてしかるべきと考えております。 ○佐伯部会長 ほかにはいかがでしょうか。   よろしいでしょうか。   大変充実した御議論を頂きまして,本当にありがとうございました。心より感謝を申し上げます。   本日の会議の議事につきまして,特に公表に適さない内容に当たるものはなかったと思われますので,発言者名を明らかにした議事録を作成して,公表することとさせていただきたいと思います。また,配布資料についても公表することとしたいと思いますが,そのような取扱いとさせていただくことでよろしいでしょうか。              (一同異議なし)   ありがとうございます。それでは,そのようにさせていただきます。   以上をもちまして,本部会は終了でございます。どうもありがとうございました。 -了-