法制審議会 刑事法(性犯罪関係)部会 第8回会議 議事録 第1 日 時  令和4年6月8日(水)   自 午前9時58分                       至 午後1時37分 第2 場 所  法務省大会議室 第3 議 題  1 第三の二(性的姿態の画像等を没収・消去することができる仕組みの導入)について         2 第一の一(暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の改正)について         3 第一の三(相手方の脆弱性や地位・関係性の利用を要件とする罪の新設)について         4 第一の二(対象年齢の引上げ)について         5 その他 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○浅沼幹事 ただ今から、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会の第8回会議を開催いたします。 ○井田部会長 本日は、御多忙の中、御出席いただきまして、誠にありがとうございます。   本日、大賀委員、北川委員、木村委員、小島委員、小西委員、田中委員、中川委員、池田幹事、金杉幹事、くのぎ幹事、佐藤陽子幹事、中山幹事は、オンライン形式により出席されています。   また、今井委員、川出委員におかれては、オンライン形式により御出席いただく予定ですが、所用のため遅れての御出席となります。   まず、事務当局から、本日の配布資料について確認をお願いします。 ○浅沼幹事 本日、配布資料として、資料21から25までをお配りしています。   配布資料20は、前回の会議でお配りしたものを再度お配りするものです。   配布資料21から25までは、諮問事項の「第一の一から三まで」について、前回までの議論を踏まえて、補足的な検討課題をまとめたものや、関連する統計資料です。   資料の個別の内容につきましては、対応する諮問事項を御議論いただく際に御説明いたします。   なお、このほかに、小島委員及び長谷川幹事から提出された発言補助資料をお配りしています。 ○井田部会長 それでは、議事に入りたいと思います。   本日は、まず、前回の会議において時間の関係で議論することができなかった諮問事項の「第三の二」について議論したいと思います。   その上で、これまでの議論の状況を踏まえますと、諮問事項のうち「第一の一から三まで」については、なお委員・幹事の皆さんの間に意見の隔たりがあり、更に詰めた議論を行う必要があると思われましたので、本日は、それら三項目について、補足的な議論をしていただきたいと思います。   「第一の一から三まで」の議論の順番につきましては、「第一の一」と「第一の三」の議論の内容が相互に密接に関連すると思われますので、諮問事項「第一の一」についての議論を行った後、続けて、諮問事項「第一の三」についての議論を行い、その後、「第一の二」について議論を行うという順番で行いたいと考えておりますが、よろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○井田部会長 ありがとうございます。それでは、そのようにさせていただきます。   本日も、限られた時間の中で、できるだけ多くの委員・幹事の方に御発言いただけるよう、必要に応じてほかの委員・幹事の方が述べられた意見を引用するなどして重複を避けつつ、御発言いただければと思いますので、御協力をお願いいたします。   本日の進行における時間の目安については、「第三の二」について30分程度、「第一の一」について60分程度、それぞれ御議論いただいた後、午前11時半過ぎから10分程度休憩をとり、その後、「第一の三」について20分程度、「第一の二」について50分程度、御議論いただきたいと考えております。そのような進め方とさせていただくことで、よろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○井田部会長 ありがとうございます。   予定している時間については、その都度申し上げますので、御協力をお願いいたします。   それでは、初めに、「第三の二」の「性的姿態の画像等を没収・消去することができる仕組みを導入すること」について御議論いただきたいと思います。   まず、事務当局から、配布資料20の内容について説明してもらいます。 ○浅沼幹事 配布資料20について御説明いたします。   1枚目の「1」の枠内を御覧ください。   ここには、規定イメージの案として、新設する撮影罪により生じた画像が複写された物を没収することができるものとする案を記載しています。   その上で、検討課題として、複写物を没収できるものとする理論的根拠についてどのように考えるか、没収できるものとする複写物の範囲についてどのように考えるかといった点を掲げています。   次に、1枚目の「2」の枠内を御覧ください。   ここには、行政手続による没収・消去を可能とする規定イメージの案として、捜査機関において、新設する撮影罪に当たる行為により生じた画像や児童ポルノを構成する姿態に係る画像について、刑事事件の押収物に対象画像が記録されているときは、対象画像が記録された物を没収し、又は電磁的記録である対象画像を消去すること、押収物に記録されている電磁的記録である対象画像が、その押収物に電気通信回線で接続している記録媒体に記録されているときは、その対象画像の保管者に対して消去を命じることという措置を採ることができるものとし、これに対する不服申立ては、当該措置を採った捜査機関の上位の機関に対して行政上の手続として行うものとし、更に不服申立てがなされたときは、裁判所が審査を行うものとする案を記載しています。   その上で、検討課題として、行政手続上の制度として没収・消去することができるものとする理論的根拠についてどのように考えるか、対象画像や、措置の対象とするものの範囲についてどのように考えるか、判断又は措置の主体を検察官と警察官のいずれとするか、事前・事後の手続保障についてどのように考えるか、財産権の制約に対する補償の要否についてどのように考えるかといった点を掲げています。   配布資料20の御説明は、以上です。 ○井田部会長 ただ今の説明内容について御質問はございますか。よろしいですか。   それでは、議論に入りたいと思います。この諮問事項については、最大で30分程度の時間を予定していますが、前回の会議における諮問事項の「第三の一」についての御議論の最後に、山本委員から、「第三の二」の項目の射程に関して、性的画像の送り付け行為や、アダルトビデオ出演者の顔部分を別人の顔に組み替えた合成画像を作成するといった加工行為が、「性的姿態の画像の提供行為等」による規制対象に含まれるのかという趣旨のお尋ねがありましたので、まず、この点について御意見のある方は、挙手するなどして御発言をお願いします。 ○佐藤(拓)幹事 結論から最初に申し上げますと、それにつきましては、諮問事項の「第三の一」において対処すべき行為には含まれないだろうと考えます。前回の部会においては、撮影罪や提供罪の保護法益を、自己の性的な姿態を他の機会に他人に見られないという意味での性的自由・性的自己決定権とするということが共有されたものと理解しておりますが、それを前提としますと、提供罪を処罰するのは、撮影罪によって撮影された性的姿態が被提供者によって見られる状態とすることによって、性的姿態を撮影された者の法益を侵害するからです。   他方で、自己の性的姿態を撮影して、その画像を他人に送り付けるといった行為については、性的姿態を見られることによる法益侵害は、当然ながらありません。   仮に、そのような性的画像の送り付け行為を処罰対象とするとすれば、性的画像を送り付けられた者の側にどのような法益侵害が生じるのかを問題とすることとなるはずでありまして、そうしますと、「第三の一」の撮影罪や提供罪の話とは別の問題になってくるかと思います。   それから、アダルトビデオ出演者の顔部分を別人の顔に組み替えた合成画像を作成するといった加工行為につきましても、「第三の一」についての配布資料19の「2」の検討課題にある「加工」には当たらないだろうと考えておりまして、別の犯罪で対応ができるのではないかと考えております。合成された性的姿態というのは、被撮影者の同意を得て撮影されたものですし、顔をすげ替えられた人については、その人の性的姿態を撮られているわけではありませんので、その人の性的姿態を他の機会に他の者に見られないという意味での法益侵害性は認められないかと思います。したがって、「第三の一」で議論しているものとは、その対象が大きく異なるように思います。   現行法の下でも、加工された画像が不特定又は多数の人に認識され得る状態に至れば、事案に応じて、例えば、顔を使われた者を被害者とする名誉毀損罪、わいせつ物頒布等罪又は著作権法違反の罪が成立すると考えられますので、それらの罪で対処することが考えられることからしますと、「第三の一」の処罰対象として検討することは必ずしも適当ではないと考える次第です。 ○井田部会長 御質問があった二つの類型の行為、いずれも、ここで議論している行為とは侵害法益が異なるという御発言であると拝聴いたしました。 ○山本委員 今御説明いただいたように、サイバー露出、つまり、性的画像の送り付けについても、ディープフェイクについても、性的姿態の撮影罪に当たらないということは理解できたのですけれども、ディープフェイクはともかく、サイバー露出については、現在、規制する法律がない状態であると聞いています。SNSなどの閉ざされた空間で突然送られてくるという行為なので、公然わいせつ罪にも当たらず、加害者が、今、やりたい放題になっているという状況です。今後別途、処罰規定を議論することは考えてほしいと思います。 ○井田部会長 いわゆる見たくない自由に対する侵害の問題ということで、ここで議論しているものとは相当に法益が違う議論ですけれども、御意見としてお伺いするということでよろしいでしょうか。   よろしければ、「第三の二」の議論に入りたいと思います。御意見のある方は、挙手するなどした上で、御発言をお願いします。 ○佐藤(拓)幹事 複製物の没収の話ですけれども、これまでの部会で、複製罪を設けることについては、反対の意見が示されたものと理解していますが、複製罪を設けなかったとしても、配布資料20のたたき台の「1」にありますように、複製物にまで刑事制裁としての没収の範囲を拡大することには、合理性があるだろうと考えています。   その理由としましては、性的姿態を撮影した画像の複写物は、原本に記録されているのと同じ性的姿態の影像が、そのままの形で維持されて記録されているため、原本と同じく、その危険性を除去する必要があることが挙げられます。有罪判決に伴う没収の場合、犯罪行為との関連性が必要になりますが、この点については、複写物は、原本と同じ性的姿態の影像が含まれる限度において、撮影という犯罪行為がなければ生じなかったものといえますので、別の媒体への複写行為が介在するとしても、記録されている影像に着目すれば、犯罪行為との関連性があると説明することも可能ではないかと思われます。   没収の範囲につきましては、ただ今申し上げましたとおり、原本に記録されているのと同じ性的姿態の影像が複写物に含まれることが、複写物の没収の必要性や犯罪行為との関連性を基礎付けると考えられますことから、複写物を没収するためには、当該複写物に撮影対象者の性的姿態の影像が含まれていることを要するものとすることが考えられます。   そして、没収も刑罰ですので、その対象となる範囲を明確なものとする必要がありますところ、そのように、複写物に撮影対象者の性的姿態の影像が含まれているかどうかを基準とすることは、当該範囲の明確化にも資すると思われます。   以上を前提に、配布資料20の1ページ目の「検討課題」の「没収の範囲」に「(例)」として挙げられている「①」から「③」までを見ますと、「①」及び「②」については、没収対象には含まれないと考えるべきだと考えます。これに対し、「③」については、性的姿態の画像が含まれる限り、複写の過程を何度経たとしても、複写物は没収対象に含まれると考えることができるのではないかと思われます。 ○小島委員 性的姿態の画像の没収・消去につきましては、特に消去について関心が強く、とにかく消してもらいたいと思っています。まず、有罪判決を前提とする場合ですが、現行法上は、違法行為によって生じたものが新たな法益侵害を生み出す危険性がある場合であっても、没収できません。いわゆる保安処分としての没収ができるよう、今後、検討が必要ではないかと思います。   また、有罪判決を前提としない場合の行政処分ですが、対象画像が撮影罪と提供罪とで異なっておりますが、提供罪に該当するものも対象にすべきだと思います。配布資料20の「2(1)イ 措置」の「②」につきましては、消去命令の実効性確保の措置に問題があると思います。消去に応じない場合の処罰規定を設けるべきではないかと思います。   「保管者」となっておりますが、アクセス可能な人なのか、データの保管者なのか、どこまでをいうのかが不明確だと思います。「刑事事件の押収物」という限定が働きますので、たまたま捜査機関が見付けた限りでの対応となると、狭いと思います。収受罪を作るかどうかが大きく影響するのではないかと思いますので、前回申し上げたとおり、収受罪を作るべきではないかと思います。   ○長谷川幹事 まず、加工物についての意見を述べたいと思います。加工といいましても、顔をすげ替えるような加工から、画素数を変更する、保存形式を変更する、フィルターを掛けて印象を変える、画面をトリミングする、一部をぼかす、モザイクをかけるなど、多様な加工の種類があります。撮影罪等で作られた画像を没収する趣旨は述べられていませんけれども、この趣旨というのは、撮影対象者の意思に反して犯罪者の手元に画像を残すことにより、当該犯罪者が撮影罪による利得を持ち続けることを許し、撮影罪の保護法益である自己の性的姿態を他の機会に他人に見られない性的自由・性的自己決定権を侵害し、流出など将来の法益侵害の危険を残すことから、没収の対象とすべきと考えられるところ、どの範囲のものを対象とするかについても、この観点から考えられるべきと思います。   とすると、加工が施されたものであっても、加工されて作られた画像自体が撮影罪の対象となり得る画像、つまり、オリジナルでそのような画像が撮影されていた場合に撮影罪となり得る画像である場合には、没収の対象とすべきと考えます。先ほどの佐藤拓磨幹事の御意見は、オリジナルと全く同じものを複写物とし、そこまでの拡大のみを許す御見解だったように思うのですが、それでは法益保護のためには不足だと考えるので、加工について、今述べたようなところまでは没収できるようにすべきと考えます。   それから、今、有罪判決を前提とする没収の議論がされていますけれども、少年事件の場合には、刑法上の没収の規定は適用されませんが、少年法には没取の規定がありますので、少年法の没取についても、有罪判決による没収の場合と同様とする旨の規定を置くべきではないかと考えています。 ○佐藤(拓)幹事 今、長谷川幹事がおっしゃったのは、配布資料20の「1」の検討課題の「①」のところかと思いますが、「加工が施された結果、同一性を失った」ということですので、例えば、少しだけぼかしを入れただけで、同一性が失われていない場合については、没収の対象に入ってくるものと理解しております。 ○長谷川幹事 先ほど言った、フィルターで印象を少し変えたりした場合や、加工の中には画像の構成要素を消したり足したりするような加工もあるのですけれども、そういった場合はどうですか。 ○佐藤(拓)幹事 限界事例はよく分かりませんが、先ほど申し上げたとおり、一般論としては、同一性が害されていないかどうかが基準になるかと思います。 ○山本委員 被害者側からの意見を申し上げます。諮問事項の「第三の一」の「性的姿態の撮影行為」に関する議論の際にもお伝えしましたけれども、所持を継続する行為を処罰規定に含めていただきたいと思います。強要された画像だと知りながら提供を受けた特定少数者が保管している場合には、他の人に提供していなくても、消去の対象にしてほしいと思います。   配布資料20の「1」の「有罪判決による没収」は当然なのですけれども、配布資料20の「2」の「行政手続による没収・消去」の対象画像の範囲について、「(1)ア 対象画像」の「①」及び「②」だけでは狭すぎると考えています。   提供に同意したけれどもそれを撤回した人については、難しいという御意見もありましたけれども、被害画像が広がっていくことが被害なので、それについては、没収・消去の対象にしてほしいです。今回、性的画像の削除支援などに取り組んでいるNPO法人ぱっぷすから要望書が出ていると思いますけれども、その「1」の事例にもありますが、元交際相手にひそかに撮影された裸体の画像がネットで日々拡散しており、被害が拡大しないようにしたいが、手段がないなど、被害者支援の現場側が非常に苦慮しているところでもあります。警察などが事件化して、一度性的画像を消去させても、復元してまた所持されてしまうというケースも問題になっています。没収・消去の対象には、撮影対象者が提供に同意しなかった場合も含めてほしいですし、いわゆるリベンジポルノも没収・消去の対象に含めてほしいと思います。私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律では、撮影対象者において、不特定多数の者に提供されることを認識した上で、撮影を承諾し又は撮影した場合は、同法による規制の対象に含まれないわけですが、そのような場合であっても、事後に消去してほしいと言ったのに、被告人・被疑者のところに残っている場合などについても、被害の拡大を防ぐという意味でも、没収・消去の対象とすることを私たちは望んでいます。   それから、先ほど話題にあった加工についても、モザイクなどを技術によって消すことは可能ですし、同一性があるのかないのかを誰が認定するのかということについても、非常に懸念を持っています。本人が自分であると確認していても、性的部分が一部である、あるいは、本人の顔が映っていないという理由で警察が捜査に取り組んでくれないということがありますけれども、本人と分からない形であっても、自分の性的な姿態が流通していること自体が被害になりますので、それは取締りの対象にしてほしいと思います。 ○井田部会長 先ほどの長谷川幹事の御意見ですが、もし顔の部分に別の人の顔の画像をはめ込んだとなると、それは、複写物としての同一性を失うと考えることになりましょうか。 ○橋爪委員 非常に難しい問題だと思うのですけれども、要は、性的な画像という観点から、社会通念上同一性が担保できるかという観点が重要であるように思われます。ただ今、部会長がおっしゃったように、顔をすげ替えて別人の顔をはめ込んだ場合は、もはや別人の性的画像と評価される余地があるようにも思うのですが、例えば、目線だけにモザイクを掛けた場合や、顔の一部だけが映っていない場合などについては、なお、性的な画像という観点からは同一性を維持できる場合があるように思われます。限界事例が生ずることは否定できませんが、加工の程度や内容などによって個別具体的に考える必要があるように思います。 ○池田幹事 配布資料20の「2」の「行政手続による没収・消去」について、意見を申し上げたいと思います。特に、「2(2)」に関する検討課題として掲げられている「判断又は措置の主体」及び「手続保障等の在り方」について、併せて意見を申し上げます。   議論にも出ておりますが、前提として、この行政手続による没収の対象となる画像については、これまでの会議でも、捜査の過程で発覚した性的姿態の画像を対象とした上で、捜査権限の行使に付随する限度で行政措置を行うというのが、無理のない制度設計ではないかという意見が述べられており、私も、現実的に考えれば、まずはということで、およそ世の中に存在する性的姿態の画像について広く措置の対象とするのではなくて、捜査機関が捜査する過程で存在が明らかになって、その没収・消去ができるもの、具体的には、配布資料20の「2(1)イ」に示されております刑事事件の押収物に記録されている対象画像と、刑事事件の押収物に電気通信回線で接続している記録媒体に記録されている対象画像とすることが考えられるように思っております。   その上で、判断又は措置の主体についてですけれども、この点についても、捜査機関のうち、検察官と警察官のいずれとするかが検討課題となっております。この場合の判断、つまり、行政手続による没収・消去を行うかどうか、また、行うとしていつ行うかという判断は、事件の捜査の状況などを踏まえた上での、押収物の留置を継続すべきかどうかの判断を前提に行うべきものと考えられます。その判断により適しているのはどちらかという観点からしますと、一方において、司法警察員は、刑事訴訟法において、犯罪の捜査をしたときは、証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならないと規定されており、原則として捜査について終局的な処分を行う立場とはされていないのに対し、検察官は、当該事件について、捜査結果を踏まえて公訴を提起し、若しくは公訴を提起しない処分を行う権限を独占的に有するものとされております。このことに鑑みますと、検察官の方が、押収物の留置を継続すべきかどうかの判断を行うのにより適した立場にあるといえるのではないかと思います。   以上より、「判断又は措置の主体」としては、警察官ないし司法警察員ではなくて、検察官とするのが適切ではないかと考えております。   続けて、処分のための手続保障等の在り方について意見を申し上げます。たたき台の「2(1)イ 措置」の「①」の措置については、対象画像が記録されている押収物が没収され、又は電磁的記録である対象画像が消去された後になって、これに対して事後的に不服申立てをして認容されても、対象記録が復元されるわけではなく、救済手段としての意味が乏しいように思われます。   そこで、「①」の措置については、当該措置の前に、例えば、検察官による当該措置の決定の手続を設け、その決定に対して不服申立てをすることができるようにすることが考えられます。また、このように決定の手続を設ける場合には、更に手続保障を図るために、決定に至る前の段階で事前の手続を設けておくことが考えられます。この事前の手続としては、聴聞とするか、あるいは弁明の機会の付与をすることが考えられます。このうち、聴聞は、行政庁の職員と当事者とが、事実をめぐってそれぞれの意見を述べ、証拠を提出するといった、より厳格で丁寧な手続であり、不利益性の度合いの大きい処分について行われる手続とされています。他方で、弁明の機会の付与は、原則として、書面によって行われるなど、聴聞に比べて略式の手続となります。以上によれば、「①」の措置について事前の手続を設ける場合には、当該措置が採られることによる不利益性の度合いや、他の法令における手続とのバランスも踏まえつつ、聴聞と弁明の機会の付与のいずれの手続を設けることが適当かなどについて検討する必要があると考えております。 ○井田部会長 行政手続による没収・消去に関し、措置の主体は検察官とすることと手続保障の在り方について、詳細な御意見を頂いたと思います。 ○宮田委員 私が申し上げることではないのかもしれませんが、対象画像の件です。現在、判例では、強制性交等罪あるいは強制わいせつ罪を犯した者が、被害者の性的な姿態を撮影した場合に、撮影した画像のデータが入ったDVDなどの没収を、刑法19条1項2号によりできるという形で確立していると思います。ここの議論で、そのようなものがデータとして残っていたら、没収されないのはおかしいのではないかという御意見が、委員から出されていたと思いますが、没収とデータの消去は全く別なものになるので、データの消去ということを考えると、今、現に没収の対象になっている犯行場面の撮影画像のデータも消去できた方がいいのではないかと感じたのが一つです。   もう一つ、手続保障の在り方についてです。データの消去はなかなか難しいものがあり、Aというデータを消去するときに、他のデータも毀損されてしまう、あるいは、一緒に消去されてしまい、もう見られなくなってしまうということが起こり得ます。性的な姿態を撮影した画像が、例えば、性的な画像ばかり入っているUSBメモリに保存されていれば、そのままそのUSBメモリを没収してしまえばいいのです。そのような場合であれば、簡単に没収できるわけですが、例えば、業務に使用しているPCや携帯端末の中にデータが入っていて、業務の相手とのやり取りなども全部消えてしまうことになると、それはまた大変な問題が起きてしまいます。さらに、デジタルデータ自体が財産的な価値を持っている場合があります。例えば、ある有名人からもらったメールなど、それ自体が非常に大きな価値を持つということもあります。そういうものが全部消えてしまう危険があるのがこの消去の手続です。   財産権の制約に対する補償の要否について、デジタルデータの財産性を考えたときに、どうやって犯罪に関係なかったものを補償できるのだろうと考えたとき、私は、この点について全く良いアイデアを持っていません。盗撮に携帯端末を使った場合、カメラが付いていたら携帯端末をそのまま没収できることと一緒に考えていいのだと割り切るのならいいのですが、保管されているデータの量によっては、財産的な損害の問題がかなり大きい、あるいは、それが第三者にも関わってくるということがあり得るのではないかと感じた次第です。   例えば、弁護士などの専門職がこういう不埒な事件を起こしたとします。顧客のデータが全て入っているようなPCでそのようなわいせつな画像を保管しており、それを消去すると、他のデータが消えてしまい、顧客も困ってしまうことが起こり得ます。そのような場合には、そのデータを一旦外に保管して、PC上のわいせつ画像のデータを消去して、事件に関係ない有用なデータを戻す手続をすればいいのですかね。このような手続の細かいところまで考えておかないと、とんでもないところに損害が波及する危険があるのではないかと感じた次第です。 ○齋藤委員 質問を幾つかさせていただきたいと思っているのですけれども、先ほど、行政手続の没収・消去の対象画像について、小島委員が、提供罪に該当する性的姿態の画像も対象にすべきというお話をされていましたけれども、例えば、撮影罪や児童ポルノ作成罪だけではなく、他の罪で有罪になった場合で、まだ没収・消去がされていないものについて、対象となる可能性があるのかということと、前回の性的姿態の画像の提供行為のときと同様、複製されたものも没収・消去の対象に含まれるという理解でよいのかということと、遡及措置についてなのですが、法律が施行されて、加害者が逮捕されて、過去に撮影した性的姿態の画像がたくさん出てくるという場合が想定されると思いますが、このような過去に撮影した性的姿態の画像については対象になるのかということと、電気通信回線で接続している記録媒体に記録されているということがありますが、例えば、インスタグラムなどに投稿すると、本体はもう消去しても、インスタグラム上にずっと残っているということがございまして、押収物に対象画像が記録されておらず、オンライン上のアプリケーションなどに残っている場合などについても対象となるのかという点について、お伺いをさせてください。 ○吉田幹事 先ほど、宮田委員から御指摘が二つあったかと思います。まず、一点目の行政手続による没収・消去の対象画像についてですが、今回の配布資料20の「2(1)ア」の「①」を見ていただきますと、「新設する撮影罪(第3-1)に当たる行為により生じた画像」と記載しております。そして、以前議論の対象となった諮問事項の「第三の一」に関する配布資料19を見ますと、性的姿態の撮影行為の対象となる性的姿態の特定の仕方の一つとして、「態様・方法」に着目するということが記載されておりまして、そこの「③」として、「強制性交等罪や強制わいせつ罪等の犯罪行為が行われる機会に」撮影されたものと記載されております。これを前提とした場合には、例えば、強制性交の場面を撮影したものは、この「第三の一」の撮影罪の対象となり、それが今回の配布資料20の「2(1)ア」の「①」によって対象画像となり得るという関係にあろうかと思います。撮影罪に当たる場合でも、例えば、公訴時効が完成していて、有罪判決を得るには至らないということもございますので、そういった場合も含めて、行政手続による没収・消去の対象とするという趣旨で、今回の資料に記載しているものでございます。   それから、二点目の、性的画像が記録されている記録媒体の中に、それとは関係のない様々なデータが入っている場合があるという御指摘についてですけれども、現在の刑事訴訟法におきましても、没収された電磁的記録に係る記録媒体を返還したり交付したりする場合に、没収された電磁的記録を消去したりする処分をしなければならないという規律が設けられております。実務において、具体的にどのような措置を採るかについては、法律に基づいて、運用上様々に行われているところですが、性的姿態に係る画像の場合に限って、この現行の刑事訴訟法よりも更に詳細な規定を設ける必要があるかどうかについては、その必要性を含めて検討していただく必要があろうかと考えております。 ○浅沼幹事 続けて、齋藤委員からの御質問の関係ですけれども、基本的には、今後の議論によるところも大きいかと思います。   御質問に対する回答の順番が前後しますが、まず、遡及的な適用ができるのかということに関して、これは、行政的な有罪判決を前提としない没収・消去の性質をどのように捉えるかということに関わりますが、刑罰ではありませんので、対象画像が持つ危険性に着目して行政的に没収・消去するという考え方をしていくのであれば、御質問のような遡及的な適用は否定はされないのではないかと思います。   次に、インスタグラムなどに残っているものに関する御質問についてですが、配布資料20のたたき台には、「電気通信回線で接続している」と書いてありますけれども、具体的な範囲をどこまで捉えるのかという問題ですので、今後の検討になるかと思います。   また、提供罪に当たるものが入り得るのかという御質問があったかと思いますけれども、これは、配布資料20のたたき台には、対象画像として、「新設する撮影罪(第3-1)に当たる行為により生じた画像」としております。正にここがこのとおりになるのであれば、撮影罪に当たる行為、つまり、例えば、今の議論では、ひそかに撮影する行為などが挙げられておりますが、そのような行為によって生じた画像と認定できれば、それは当たり得るということになるのだと思います。   最後に、他の事件で有罪判決になったけれども、その場では没収対象にならずに残ってしまっているものがあった場合に、これが今回議論している行政手続による没収・消去の対象になり得るかということですが、それが、押収されている物で、その他の要件に該当するのであれば、没収・消去できるということになろうかと思いますので、行政手続による没収・消去で捉えようとするものの範囲の問題かと考えております。 ○宮田委員 強制性交等罪については、公訴時効期間の延長についての検討がなされています。撮影罪については、時効は短いわけですよね。強制性交等の場面を撮影する行為は撮影罪になるわけですが、強制性交等罪あるいは強制性交等致死傷で捕まり、犯行場面を撮影した画像がある場合に、撮影罪に当たっているからということではなくて、刑法19条1項2号に該当する場合であっても、撮影罪の公訴時効期間が経過すれば、消去できなくなるのですか。撮影罪の公訴時効が完成してしまったら、消去ができなくなるように思うので、その辺りをもう少し考える必要があるのではないかと思っているのです。 ○吉田幹事 まず、前提として、御指摘になっている最高裁の判例は、一定の事実関係を前提にした判断だと理解しておりまして、例えば、被害者の口封じの目的で、つまり、被害者が被害申告をしないようにするために撮影をしたという場合には、犯行供用物件と考え得ると思われますけれども、撮影の目的がそのように認定できない場合には、その最高裁の判例の射程の理解にもよりますけれども、必ずしも、現行法上没収できるということにはならないのだろうと思われます。そうしますと、刑事手続では剝奪ができないということになりますので、この行政手続による没収・消去の必要性というのが出てくるのではないかと思われます。   また、強制性交等罪と撮影罪については、撮影罪の法定刑の設定の仕方によりますけれども、公訴時効期間が異なることとなることはあり得ると思われます。ただ、その場合においても、公訴時効期間が強制性交等罪と撮影罪とで一緒になることがあるのかどうかについては、罪数の問題やそれに関連する刑事訴訟法上の公訴時効期間の考え方も交えて、更に検討する必要があるのではないかと思われます。その上で、両者の公訴時効期間が異なるということになりますと、実際の強制性交等罪の犯行時から時間が経過し、既に撮影罪については公訴時効が完成しているという事態が生じ得ますので、その場合には、この行政手続による没収・消去を利用することがあり得るのではないかと思われます。 ○小島委員 仕事に使用しているパソコンなどをそのまま没収されてしまうと困るのではないかという意見がありますが、刑事訴訟法498条の2に不正に作られた電磁的記録の消去に関する規定がございまして、この規定は、不正に作られた電磁的記録に係る記録媒体を返還する場合に、不正に作られた電磁的記録だけ消去して、当該記録媒体を返還するとしています。ですので、性的姿態の画像が記録されているパソコンやスマートフォンについても、全部持って行かれてしまうのは困るのは確かにそのとおりですが、刑事訴訟法498条の2の規定を参考にして工夫すれば、そのような心配はなくなるのかなと思いました。 ○山本委員 質問があるのですけれども、配布資料20の「2(1)イ」の「②」の「対象画像の保管者」が少し明確でなかったと思ったので、質問したいのですけれども、これは、被疑者・被告人だけなのか、それとも、インターネット上の業者や、海外サーバーが問題になっていますけれども、そのようなサイト管理者等が含まれるのかということをお伺いしたいです。それから、先ほどの説明の中で、同意して撮影したものは、その後同意せずに拡散されても、没収・消去の対象とはならないとの説明がされていますけれども、被害者側としては、これが一番問題であって、絶対に譲れない線だと思います。そのときに同意をしたとしても、拡散されたらその後に残る影響は一生続くものです。今までも、齋藤委員などから繰り返し説明されていますけれども、転居後や転職後に、新しく知り合った人や友人に過去の性的画像を知られてしまって、職場や学校を替えなければいけなかったり、それを恐れて隠れて暮らすようになったりなど人生の選択の幅が狭くなってしまう、それが大きな問題なので、ここは、本当に、没収・消去の対象に含めてほしいということは、強くお伝えしたいと思います。 ○浅沼幹事 御質問の保管者の点ですけれども、結論としては、今後の御議論の結果決まっていくということになろうかと思いますが、その際に、これまでの御議論で出ているような現実的な実現可能性も考慮して考えていくことになるのではないかと思います。 ○井田部会長 よろしいですか。それでは、本日のところは、「第三の二」については、この程度といたします。   制度の輪郭が相当に明らかになるところまで御意見を頂いたと感じました。   御議論を伺っておりますと、まず、配布資料20のたたき台の「1 有罪判決による没収」に関しては、これに反対であるという御意見はなかったように思われます。その上で、複写物の没収については、没収を行うことの理論的な根拠や没収の範囲の明確化の観点から、撮影対象者の性的姿態の映像が含まれている複写物を没収の対象とすべきであるという御意見が出されました。その際、もちろん、同一性の維持が問題になるのですが、同一性についても、どう考えるべきかについて、御意見があったところです。   また、たたき台の「2 行政手続による没収・消去」に関しては、具体的な仕組みの在り方としては、措置を行う主体を検察官とすべきであるということ、そして、没収・消去の措置に先立って、検察官による決定の手続を設けて、決定の前に、聴聞又は弁明の機会の付与を内容とする事前手続を実施することで、決定に対する不服申立てを可能とすることが考えられるのではないかという御意見がありました。   また、個別の論点に関しまして、幾つもの質問が出され、それに対するお答えがあったところであります。これらの御意見や質疑応答の内容は、今後、我々の検討及び意見集約のために、有力な手掛かりになると考えられます。   次に、「第一の一」の「刑法第百七十六条前段及び第百七十七条前段に規定する暴行及び脅迫の要件並びに同法第百七十八条に規定する心神喪失及び抗拒不能の要件を改正すること」について、御議論いただきたいと思います。   まず、事務当局から、配布資料21について御説明いただきます。              (今井委員 入室) ○浅沼幹事 配布資料21について御説明いたします。   二つの枠内には、第6回会議でお配りした配布資料11ではA-1案、A-2案としていたものと同様の案を、それぞれA案、B案として記載し、その下に、「補足的検討課題」として、A案とB案のいずれが相当かを検討するに当たり、要件となる項目ごとに、両案の相違点を図示するとともに、検討すべき課題を記載しています。   まず、「1 包括的な要件の在り方」についてですが、図示しているとおり、A案は、「意思に反して」「性交等をする」という要件を満たせば、強制性交等罪が成立するというものです。   そのため、これまでの議論でも御指摘があったように、「意思に反して」という被害者の内心を直接問題とする要件で処罰範囲を明確に画することができるかという点が検討課題となります。   これに対して、B案は、図示しているとおり、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であること」という被害者の客観的な状態に乗じて「性交等」をした場合に、強制性交等罪が成立するというものであり、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難」とはどのような状態か、処罰すべきものを捕捉できているかといった点が検討課題となります。   次に、「2 列挙事由と包括的な要件の関係」についてですが、A案は、図示しているとおり、「列挙事由により」と「その他意思に反して」が並列の関係になっており、「列挙事由により」「性交等をする」との要件を満たすと強制性交等罪が成立し、「その他意思に反して」「性交等をする」との要件を満たすと強制性交等罪が成立するというものです。   そのため、A案では、列挙事由は「意思に反して」という要件とは別の要件として規定されることになりますので、「意思に反して」という文言について、これを例示・限定する機能を果たさないのではないかという点が検討課題となります。   そして、そのように列挙事由が例示・限定の機能を果たさないのだとすると、先ほどの「1」のところで述べた「意思に反して」という要件で処罰範囲を明確に画することができるかという点がより問題となることとなります。   他方、B案は、図示しているとおり、「列挙事由」が「その他の事由」の例示となり、それらの事由によって「拒絶する意思の形成・表明・実現が困難」な状態で「性交等」をした場合に強制性交等罪が成立するというものであり、列挙事由を例示とする「その他の事由」としてどのようなものが考えられるかといった点が検討課題となります。   「3 列挙事由の在り方」についてですが、A案は、図示しているとおり、「列挙事由により」「性交等をする」との要件を満たせば、強制性交等罪が成立するというものです。   そのため、列挙事由の中に、それだけでは強制性交等罪を構成しないものが含まれますと、罰則の条文として成り立たないことになるため、A案の列挙事由については、その事由により性交等をすれば、常に強制性交等罪を構成する程度のものに条文上又は解釈上限定する必要があるのではないか、限定するとしてどのようにするのかといった点が検討課題となります。   B案については、図示しているとおり、「列挙事由により」「拒絶する意思の形成・表明・実現が困難」という二つの要件から構成されますが、これらの要件の関係をどのように考えるかといった点が検討課題となります。   配布資料21の御説明は、以上です。 ○井田部会長 ただ今の説明内容に関して、御質問はございますか。よろしいですか。   それでは、議論を行いたいと思います。この諮問事項については、最大で60分程度の時間を予定しておりますが、よりかみ合った議論を行うために、まず配布資料21の1ページ目にあります、「補足的検討課題」の「1 包括的な要件の在り方」について議論を行い、次に、2ページ目にあります、「2 列挙事由と包括的な要件の関係」及び「3 列挙事由の在り方」について議論を行うという形で、全体を二つに分けて順次議論を行いたいと思います。   その議論に当たっては、包括的な要件の在り方などについて、基本的な考え方やその論理的な帰結などを整理しながら議論を深めることが肝要かと思いますので、まずは、二つの対照的な考え方に基づくA案とB案を対比しながら議論を行うことが適切ではないかと考えているところです。   この点に関しては、先ほど事務当局から説明があったとおり、小島委員及び長谷川幹事から発言補助資料が提出されていますが、これらを拝見しますと、小島委員の案は、基本的にA案と同種のものと思われますし、長谷川幹事の案は、包括的な要件の在り方などについて、基本的にB案と同じ方向を志向しつつ、要件の具体的な文言についてB案とは異なる規定ぶりとすることを提案するものと思われますので、先ほど申し上げたとおり、まずは、大きな枠組みとして、A案とB案とを対比しつつ、議論の対象として、「補足的検討課題」に沿って順次議論いただくこととし、要件の具体的な文言及び規定ぶりなどについては、その後に、別途時間を設けますので、長谷川幹事の御提案なども参考としつつ、御議論いただきたいと思います。   それでは、まず、「補足的検討課題」の「1 包括的な要件の在り方」について、議論を行いたいと思います。   御意見のある方は、挙手するなどして御発言をお願いします。 ○齋藤委員 繰り返しのことですが、継続的な虐待を受けていた子供たちであるとか、あるいは、DVを受けてきた大人たちというのは、自分の意思を持つのは悪いことだとか、意思を持っても仕方がないという状態にさせられることがあります。加害者の意思に従うことが、生き延びる唯一の方法となって、加害者の求める行為に対し応じるような姿勢を見せるということもあります。   現在あります、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて」という言葉が、例えば、泥酔とか睡眠などで意思の形成ができないという場合だけではなく、グルーミングであるとか、継続的な虐待で既に意思を形成することさえ難しいという状態まで含んでいるということは承知しています。ただ、以前も述べたのですけれども、司法機関で、散々、抵抗できたのではないかとか、嫌だったらなぜ拒絶しなかったのかと被害者が言われてきた現状であるとか、そもそも同意する意思が形成できない場合は暴力であるという性暴力の原則を考えると、「拒絶する」という言葉に大変な不安が残っております。適切にきちんと検討していただけるのか、運用していただけるのか、不安を感じております。 ○井田部会長 その点に関してですが、「意思に反して」とすれば、それよりベターであるとお感じですか。 ○齋藤委員 「意思に反して」は、具体的なプロセスを捉えるのに難しいとも感じています。私が感覚として近かったのは、長谷川幹事の「性に関する」とか、性的行為に関する意思を形成・表明・実現することが困難であるという表現で、そういった表現であれば、拒絶は前提とせず、しかし、「意思に反して」よりはより具体的でいいのかなということは考えました。 ○今井委員 今、齋藤委員は、かなり具体的な御提案を踏まえた御意見が示されたのだと思いましたが、私の方からは、もう少し概括的な意見を述べさせていただきたいと思います。   本日も、小島委員及び長谷川幹事の御提案もありまして、A案とB案と、その間にも他の選択肢があるということが示されているのですけれども、私としては、基本的には、B案型がいいのではないかと思っています。それは、これまでの部会でも議論があったところでありますけれども、B案によりますと、被害者が置かれていた事情から事後的に合理的に推認すると、行為当時、被害者はどのような拒絶する意思を持ち得たであろうか、又はこれを表明し実現しようとしたであろうかという観点から、強制性交等罪の要件の有無が判断されることになるからです。   そこでは、B案の中の書き込み方いかんだと思いますけれども、被害者が同意していなかったであろうかというA案で考慮されているような包括的な意思の存否が、それ自体として問題とされるのではなくて、より具体化された拒絶意思を客観的事情に即して認定するということになりますので、まず、実務におかれても、A案に比べて安定的な事実認定が可能になるものと予想されます。もちろん、齋藤委員の御発言にもありましたように、どの程度まで書き込めば、様々に想定される被害者の意思を反映したB案的な客観的事実認定に資する要件となるかは、次の問題だと思うのですけれども、そうはいっても、B案型でありますと、拒絶する意思の形成・表明・実現の困難性ということが認定されていきますので、大きな流れとしては、強制性交等罪として想定すべき事案はほぼ把握できているのではないかと思います。   したがいまして、実務的な安定的な運用と、捕捉すべきものを捕捉するという観点からは、A案よりは、B案に寄せた検討がなされるべきではないかと思います。              (川出委員 入室) ○小島委員 A案について御説明させていただく前に、B案の方で、「拒絶する意思」という文言が入っているという点について、まず申し上げます。   「拒絶する意思」というものを刑法の条文に文言として用いることについては、日本の刑法典と日本国民との関わりを考える必要があると思います。刑法典というのは、個別の事案を刑事裁判所が有罪・無罪にするための基準を提供するものであると同時に、日本社会全体に、絶対にしてはいけないこと、そういう行為を、メッセージとして発する機能というものを有するのではないかと思います。「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難」という文言を入れますと、拒絶する、つまり、抵抗ではないとしても、結局は、女性に性的行為を拒絶する義務があるという発想をもたらすものだと私は思います。強姦神話からの脱却が今回の改正の出発点であったことに立ち返ると、「拒絶する意思」という言葉を刑法典に持ち込むことには、社会全体に負のメッセージを持ち込むものであって、容認できないという立場でございます。   次に、包括要件と個別要件の関係ですが、次の事由、つまり、個別要件と、「その他意思に反して、性交等をした者は」となっておりますので、個別要件プラスその他なのです。B案は、個別要件は例示であって、最終的には「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて」という案であって、犯罪の成否はこの要件次第になるわけです。ですから、個別事由に該当しても不同意性交とは認められないものを限定・除外する機能を有する包括要件です。   私は、個別要件と包括要件について議論する際には、個別要件としてどのようなものを入れるのかということを併せて議論しないと、A案とB案の違いは分からないと思います。「その他意思に反して」とするA案では、先ほど御意見がありましたように、内容が不明確であるという批判がありますが、「その他」というのは、個別要件に類する事例を捕捉するものでございます。   私は個別要件として、以下の事由を列挙しております。発言補助資料の条文でいうと、第1項については、177条型として、その基礎にある強制作用に対応するものです。第2項は、178条の基礎にある、状態・能力の不適切利用に対応するようなもので、それが、「その他意思に反して」の基礎としてのイメージとしてあります。個別文言は、処罰を左右する基本的な発想の観点から作り込むという姿勢が重要だと思います。これに対してB案は、個別要件は単なる例示で、全て包括要件で対処しようとするものであり、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難」というのがどのような内容になるのか、非常に疑問だと思っています。そして、「意思に反して」という文言につきましては、被害者の内心を事実認定するものではなく、被害者の意思決定と意思に基づく行動をプロセスとして提起して、そこに法的評価としての自己決定の侵害を問題にするという発想です。そうすると、B案と共有しているのではないかと思う部分がございます。この文言をどのように落とし込むかについて、意見に隔たりがあるように感じます。   そこで、例えば、この要件の表現としては、長谷川案を参考にしますと、自由な意思決定を妨げとか、自由な意思決定が妨げられた状況に応じてとかいう形で、177条と178条の区分をいかした文言が考えられるのではないかと思います。 ○井田部会長 私が見るところの問題点は何かと申し上げますと、最高裁の判例は、「意思に反して」という文言ないし言葉を相当広く理解しており、その最高裁の判例に従って、それを性犯罪の領域に当てはめるとすると、相当に適用範囲が広くなり、かつ不明確になるのではないかというのが一つです。もう一つは、行為の時点で被害者はどのような心理状態にあったのかということを裁判実務でも認定しやすい、なるべくそれを可視化できる要件が望まれているのではないかという観点からすると、この「意思に反して」は少し物足りないのではないかということです。これら二つの点についてどうお考えになるかを議論していただければと思います。 ○小島委員 二番目の論点ですが、拒絶の意思というのが非常に問題だと思っているので、長谷川幹事の「性に関する自由な意思」と「拒絶する意思」とは、全然違うと思うのです。だから、ここの部分で、性に関する意思を形成・表明・実現という形にしていくと、拒絶の意思とは違うと思います。そういう意味で、このプロセスを重視するというのがB案だと思いますので、「拒絶する意思」でなく、「性に関する自由な意思」ということで考えていただけるのであれば、私が申し上げた最後の話で、性に関する自由な意思を妨げ、あるいは自由な意思決定が妨げられた状況に応じてと、この自由な意思決定というところをプロセスで捉えるということであれば、それほど違わないのかなと思います。 ○井田部会長 結論的に言うと、小島委員としては、A案の「意思に反して」という包括要件に執着するものではないということでよろしいですか。 ○小島委員 意思に反するだけでは不明確だということであれば、意思決定のプロセスを捕捉するものとして、拒絶の意思ということでなければ、それほど違わないのではないかと思います。 ○嶋矢幹事 私の方からは、「包括的な要件の在り方」に関する検討課題について、まずA案、B案いずれかという問題についてと、これまでも御指摘を複数頂いておりますとおり、B案に関して、それがどういう意味を含み、どこまで含むものなのかということについて、申し上げさせていただければと思います。   A案、B案いずれかという問題につきましては、これまでの議論でも指摘されており、かつ、先ほど今井委員もおっしゃられましたとおり、A案の「意思に反して」という要件は、人の内心そのものを直接問題とするものであるため、いかなる場合に処罰されるのか明確であるとはいえず、これまでも性犯罪において問題であったところであると思うのですが、運用上のばらつきという問題が生じるのではないかという懸念があるところです。これに対しまして、B案であれば、列挙事由と組み合わせることで、被害者が「拒絶の意思を形成・表明・実現することが困難」な状態にあったといえるかどうかを、客観的、外形的に判断することができるように思われ、処罰範囲も明確に画することができるとともに、安定的な運用にも資するのではないかと考えております。   その上で、配布資料21の「補足的検討課題」の「1」のうち、B案に関して検討課題として示されております、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難」がどのような意義を有するものか、どのような範囲まで及ぶものかということについて申し述べたいと思います。   まず、一つ目の、拒絶する意思を「形成」することが困難な状態とは、拒絶をしたい、拒絶しようという意識・発想自体ができない状態であるということができるかと思います。例えば、眠っているなど意識がない状態のほか、障害のため拒絶をしたい、拒絶しようと考えるだけの能力が不足しているような場合、あるいは、先ほど齋藤委員から挙げられた例とも関わりますけれども、継続的な虐待のために、拒絶したい、拒絶しようという考えさえ浮かばないというような場合、あるいは不意打ちで状況が把握できない場合なども含まれるように思われます。   次に、二つ目の、拒絶する意思を「表明」することが困難な状態とは、拒絶したい、拒絶しようという発想は浮かんだものの、それを外部に表すことができない状態であるということができるかと思います。例えば、予期せず性的行為を迫られて、恐怖や驚がくに襲われ、拒絶したい、嫌だと言おうと思ったものの、それを言葉にできないというような場合、つまり、フリーズと呼ばれる状態になっている場合や、拒絶したときの不利益を憂慮して、嫌だと言い出せない場合などがこれに含まれるものと思われます。   最後に、三つ目の、拒絶する意思を「実現」することが困難な状態とは、拒絶の意思を表明した、つまり、嫌だと言ったのに性的行為を行われてしまう状態であるということができると思います。例えば、拒絶の言葉を一応口に出すことはできたものの、恐怖心からそれ以上のことができないような場合や、押さえ付けられて身動きが取れない場合などがこれに含まれると思われます。   このように、三つのいずれかの意思決定のプロセスにおける侵害が認められるという形で定めたB案の要件であれば、これまでも事例として挙げられておりましたフリーズや虐待に順応している事案なども含めて、処罰すべきものを過不足なく捕捉できるのではないかと思われます。   また、先ほど述べた事例からもお分かりいただけるのではないかと思いますが、拒絶の意思の形成や表明が困難な場合も含まれます以上、被害者側に、抵抗する義務はもとより、拒絶する義務を課すことにはならないのは、当然の理論的な帰結なのではないかと考えているところです。 ○井田部会長 B案に御賛成の立場から、B案の包括的要件の内容を相当に詳細に明らかにしてくださり、単なる「意思に反して」というような文言あるいは要件よりも、刑事裁判における事実認定のために、より明確であるゆえんを説いてくださったとお聞きしました。この点、特に、A案の支持者の側から、反論・批判を期待したいところでございます。 ○山本委員 性犯罪においては、被害者が同意していないにもかかわらず、性的行為を行うことが処罰対象であることを、条文上明確にするということが課題だと考えています。その上で、A案の「その他意思に反して」は、これまでもいろいろと疑問も呈されているところではあるのですけれども、同意していないにもかかわらず行うことということが、明確にいえているではないのかとは考えるところです。これは質問なのですけれども、ドイツ刑法などのように、「認識可能な意思に反して」という文言であれば可能になるのかということを、お伺いしたいです。   あと、B案についてなのですけれども、小島委員もおっしゃっていますように、拒絶については、メッセージ性が良くなく、拒絶義務を強いているのではないかという認識を人々に与えてしまうのではないかという提示もありましたけれども、それは私も同意します。やはり、一般の人に非常に分かりにくいのではないかと思います。とてもよく考えている人ならば、説明されたらそうかなと思うのかもしれないのですけれども、立法府からの、同意のない性的行為に関して処罰するというメッセージを明確に伝えられないのではないかと懸念します。   また、先ほど、嶋矢幹事より、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難」についてフリーズが意思表明のところに入っていると御説明いただいたことについてお伝えいたします。一般化することが難しい私の経験になってしまうのですが、私が父からの性被害を受けていたときは、コミュニケーションが通じず、逃げることも闘うこともできず、対処できないので、フリージングした、凍り付いた状態でした。そして、父のしたことが嫌だったこと、自分が拒絶の意思の形成・表明が困難であったと気付けたのも30代過ぎになってからでした。なので、その時、拒絶の意思形成できたか、表明できたかと聞かれても、自分が嫌だったということが分からないので、それも、被害者としてとても困ってしまうところはあります。そのような意味でも、長谷川幹事がおっしゃっていますような、性に関する自由な意思決定については自分ができなかったと認識できるので、被害者としては分かりやすいのかなとも思います。   前回出された包括的要件及び例示列挙に関しましては、様々な懸念が被害者団体及び支援者団体からあり、刑法改正市民プロジェクト、一般社団法人Spring、NPO法人ヒューマンライツ・ナウからも要望書が出ているところです。このような、特に、具体的な事例などがありますので、これがここに当てはまるのかどうかということについても、何かの手引を作って明らかにしてほしいと思います。   最後にお伝えしたいのは、このB案になりますと、例示列挙の一つ一つが当てはまっても、最後に、拒絶の意思の形成・表明・実現が困難ではないと言われないのかについては、非常に懸念を持っています。今までも、どうしても、抵抗できた、拒否ができたと言われて、被害者側の主張が否定されてきた経緯があるからです。ですので、私たちとしては、どうしていつも、被害者側が否定するか受け入れるかの選択を迫られないといけないのか、そのような状況に追い込まれること自体が被害ではないかと思います。性に関する自由な意思を表明したり実現したりできないような状況であったということを認めてもらえた方が、より実態に即している、被害者側が意思を聞かれた時に答えられるのではないかと思います。 ○嶋矢幹事 拒絶につきまして、御批判を数多く賜り、かつ、明確であるかどうかという点について議論があるということも承知しているところです。もちろん、拒絶の困難化、意思の形成・表明・実現の困難化ということで、不同意あるいは意に反したということと全く異なったものを規定しようという趣旨ではなく、「意に反した」の内実、先ほど小島委員が、意思決定と意思の実現を見ていくことが重要であるとおっしゃっていたと思いますけれども、そういった内実、つまり、意思に反する機序、プロセスと性的自己決定の侵害を示すために、このような規定の方がいいのではないかと考えているところです。   先ほど来議論になっております継続的虐待などの事案で、状況によっては、被害者が応ずるとか、積極的に対応するようなケースもあるかと思います。そういうものを性犯罪として捉えるには、「意に反する」とか、あるいは「表明された意思に反して」というだけだと、やや判断に窮する面もあるのではないかと思われます。それは、虐待に起因して、拒絶意思自体を形成すること自体が難しくなっているという機序に関する理解を基礎に考えていく方が、より問題を分かりやすく可視化し、被害の実態を正確に捉えることができるのではないかと考えていることからも、こういった主張を述べさせていただいているところです。   そういった事案では、例えば、刑事手続において、本当に応ずる気があったのかどうかということが問題になるのではなく、そもそも応じないという意思決定が難しい継続的な虐待という原因事由があって、それが作用していたからこそだと、それが問題の本質なのだと捉えることからいたしますと、そのプロセスを表すような形で、拒絶の意思の形成、今のは形成の事例になってくるかと思いますが、形成・表明が困難という形で定めるということもあり得ていいのではないかと思うところです。 ○中川委員 どのような文言にするかについては、立法の問題になりますので、今後の検討に委ねたいと思いますが、A案とB案を対比するという観点から申し上げたいと思います。   A案では、列挙事由による性交等と意思に反する性交等とが並列の関係にありますので、列挙事由に該当しない場合のうちのいかなるときが意思に反する性交等として処罰されるのかが明らかではありません。B案とは異なって、列挙事由の解釈指針となる包括要件がない中で、どのような基準に基づいて「その他意思に反して」という要件を解釈、適用すればよいのか明らかでなく、そもそも裁判規範として機能しないように思われます。その結果、法を適用する立場としましては、判断が非常に難しくなります。より安定的な運用がされることを目指すという今回の改正の趣旨に沿わない事態にもなり得るように感じられます。B案の方が、文言はともかく、形としてはよいのかなと思います。 ○橋爪委員 簡単に二点意見を申し上げてから、一点質問をさせてください。まず、一点目の意見です。人間の意思決定というのは、具体的な意思を形成した上で、それを外部に表明することで、それを実現するプロセスといえます。そのような意味からは、どのような文言を使うかは別としましても、形成・表明・実現というプロセスを区分した形で具体的に規定することで、いかなる点において被害者の意思に反しているといえるかを明確に認定することが望ましいように思います。   もう一点の意見です。B案の文言ですが、確かに、拒絶する意思というのは、一般国民の観点から見ると、多少厳しい文言である印象を受けることは否定できませんが、先ほど嶋矢幹事からも御説明がありましたように、この内容は端的に申しますと、性的行動をしたくない意思、性的行動に応じない意思であり、これを法文に用いられる漢語で表現するとすれば、このような文言になるというものにすぎず、特に被害者に拒絶義務等を課すようなものではないと考えております。もちろん、もっといい文言があれば、さらに別の表現についても考えていきたいと思いますが、現在のB案も、性的行為に対応しない意思、対応したくない意思をシンプルに表現したものにすぎないと考えているところです。   その上で、一点、A案に関して質問をしたいのですけれども、意思に反するか否かの判断が、やはり困難になる場合があるような疑問を持っています。売春のケースを考えたいと思います。例えば、生活には不自由していないのですが、遊興費を目的として売春をするケースを考えてみてください。もちろん、このようなケースは、当事者は性行為は全くしたくないと考えているはずです。しかし、どうしても遊興費が欲しいので、我慢して性行為をしようと考えて、売春をしているように思われます。すなわち本心では性行為は嫌だと思いながら、お金が欲しいと思って性行為を甘受しています。これは意思に反するのでしょうか。結論から申し上げまして、もちろん売春は違法でありますが、このような売春が、全て意思に反する性行為であり、懲役5年以上の法定刑で処罰されるという結論は、やはり正当化し難いように思います。そうすると、このように、明らかに性行為は嫌だけれども、お金が欲しいから我慢しようと思っている場合についても、これは意思に反してはいないという説明をしなければいけないと思います。では、なぜ、この場合には、明らかに内心では嫌がっているにもかかわらず、意思に反するとはいえないかについて、A案の立場からは十分な説明ができるのでしょうか。この点につきまして、もしよろしければ、小島委員の方から御説明を頂けますと幸いです。 ○小島委員 まず、「拒絶」という言葉について、少し申し上げたいと思います。これは、要するに、性的自己決定の捉え方だと思います。これがまず根本にあると。性的自己決定というのは、多様な観点があります。多様な概念ですが、先だって、低年齢者、子供の性交同意年齢についてどうするかということについて、佐藤陽子幹事から、低年者の問題について、意味を理解する、自己に及ぼす影響を理解する、相手方からの働き掛けへの的確な対処の三つが要素であるという、大変有益な御指摘を頂きまして、なるほどと思ったのです。この三つの観点について、これを低年者にだけ限定する必然性はないと思います。   そうすると、今回議論していく中で、現時点で、性的自己決定の話の中で、拒絶の意思と限定することは、この三つの佐藤陽子幹事の非常に有益な観点とどのように対応するのかなと。拒絶の意思というのは妥当ではないし、先ほど、分かりにくいというのであれば、形成・表明・実現でもいいという趣旨のことを言いましたが、基本的には、自由な意思決定を妨げ、若しくは妨げられてという、これが、刑法177条型と刑法178条型の性犯罪を成立させる基本的な思想であるということについていうと、「拒絶の意思」を問題にするのは、佐藤陽子幹事の御指摘とかなりずれるのではないかと思います。性的自己決定の基本的な考え方と、ずれているような気がします。   そして、千葉地裁の令和3年5月28日の判決で、刑法179条についての指摘の中で、性的自由ないし性的自己決定を侵害するものと最終的に言っているのですけれども、被監護者の自由な意思決定ということはできないと判示しています。ここで、拒絶する意思とは特に言っていないわけです。そうすると、この場合、自由な意思決定ということはできないと判示していて、拒絶の意思ということは出てこないのです。個別事由とセットで具体化していかないと、拒絶の意思というものを包括要件で入れた場合、これが何を意味するのかということは、個別事由とセットにして考えないと、議論しにくいと思います。   先ほど、嶋矢幹事から、このような場合は当てはまるという話があったのですけれども、では、他の場合はどうなのか。拒絶の意思の形成・表明・実現というのは、何かを限定しているとしても、何が限定されるのかよく分からない。締めすぎると、被害者が保護されないし、広すぎると何の限定にもならない。ここについて、どういうものが入るのかというのは、個別要件と一緒に考えないと、やはり不安定だと思うのです。   B案については、結局何が処罰されるのか不明確です。 私の案は、「①」の方は、刑法177条型の、有形力や強制作用が行使された場合で、「②」の方は能力・状態の不適切利用型、つまり、被害者の能力や意識が脆弱な状態に乗じた場合ということです。個別要件をはっきりさせるつもりなので、これを参照して、「その他」という受皿として何を考えるかはかなり明確になるのではないかと思います。解釈指針という意味では、B案よりははっきりしているのではないかと思います。   最後に、先ほどの橋爪委員の売春の事例ですが、これは、「①」か「②」でいうと、「②」になる場合があります。当事者の状態の不適切利用になる場合があり得る。性行為は嫌だけれども売春をしてお金をもらいたいというようなケースは、「②」の状態の不適切利用にはなりません。ただ、売春行為が、どうしても子供に御飯を食べさせなければいけないから、どうしたってこれをやるしか生きていけないというような場合は、脆弱な状態に乗じる、相手の状態の不適切利用ということで、「②」に当たり得る場合があります。先ほど橋爪委員がおっしゃったような事案ですと、相手の状態の不適切利用とはいえませんから、「その他意思に反して」には該当しないというが、私の回答でございます。 ○井田部会長 次に、「2 列挙事由と包括的な要件の関係」及び「3 列挙事由の在り方」について議論を行いたいと思います。この点について御意見のある方は、挙手するなどして、御発言をお願いします。 ○佐藤(拓)幹事 私は、B案を支持する立場から意見を申し上げたいと思います。A案は、先ほど小島委員から御説明があったように、「列挙事由による性交等」と「その他意思に反する性交等」を並列の関係にあるものと位置付けるものですので、列挙事由は、「その他意思に反して」の例示ではなくて、それを限定する機能も有していません。したがって、A案については、列挙事由を規定したとしても、「その他意思に反して」との関係では、人の内心の意思そのものを直接問題とすることとなり、処罰範囲を明確に画することはできないのではないかと思われます。   また、A案の構造上、列挙事由による性交等は常に強制性交等罪を構成するものといえなければならず、列挙事由として、そのような事由、言わば、一発でアウトになる事由を規定する必要があると思われます。具体的には、例えば、暴行を列挙事由の一つとして規定することを考えた場合、現に、小島委員の案では出ているわけですけれども、その暴行の中には、例えば、肩に手で触れるなどの軽微な有形力の行使も概念上は含まれることになると思いますが、そのような軽微な有形力が用いられたことのみをもって、強制性交等罪を構成するとはいえないのではないでしょうか。そうすると、A案において列挙事由として暴行を挙げる場合には、暴行の中でも、強制性交等罪を構成するといえる程度の暴行に限定する必要が出てくるように思われます。これを、条文上限定せずに解釈で絞る場合に、現行法と同様に、例えば、反抗を著しく困難にする程度の暴行といったものにするとすれば、現行法について指摘されている問題をそのまま引き継ぐことになりかねません。他方で、条文上の限定の方法として、仮に、意思に反する暴行といった形で規定するとなれば、人の内心の意思そのものを問題とすることになりかねないという問題が残るように思われます。   先ほどの橋爪委員と小島委員の議論を伺っていますと、小島委員も、必ずしも、A案の図に書かれているように並列関係と捉えていないようにも思われまして、そこにも、このような並列関係を徹底して維持することの難しさが表れているように感じた次第です。 ○木村委員 私も、B案を前提としてお話しさせていただきたいと思います。その上で、列挙事由についてなのですけれども、第6回会議の配布資料11の中で、「重大な不利益の憂慮」という列挙事由が入っていたかと思いますが、その点に関して少しお話しさせていただければと思います。   少し先走って恐縮なのですけれども、第6回会議における諮問事項の「第一の三」の議論において、地位・関係性については、限定が難しく、立法化が難しいというお話があったかと思います。もし、それがかなり難しいのであれば、そのような場合について、「第一の一」で対応できるような規定にするという必要があるかと思います。先ほど言いましたように、もし、そのような場合を対象にするとすれば、恐らく、「重大な不利益の憂慮」という列挙事由の中でカバーするのかと思います。このように「重大な不利益の憂慮」に含まれるとすると、確かに、一般的に「重大な不利益の憂慮」の中にこのようなものが入る、例えば、教師やコーチなどによる行為が含まれるということが明確であればいいのですけれども、かなり一般的な「重大な不利益の憂慮」としてしまうと、成人の場合の上司と部下などの関係も含まれることになるのではないかと思います。もちろん、そのこと自体が不当というつもりは全くないのですけれども、そのような場合と、青少年等のいわゆる脆弱性を有する者を対象とする場合とは、保護の必要性がかなり違うような場合もあると思います。   不利益の憂慮という規定がもしできたとしてですけれども、実際の法適用の段階で、被害者の脆弱性を考慮に入れて判断できるのだと、法解釈で対応できるのだということであればよいのかもしれないのですけれども、当罰性の高いものを明確化するために、この列挙事由の中に、例えばですけれども、小島委員の意見書の文言にあるような、「教育、業務、スポーツ、医療、宗教その他の権力を有し、又は信頼を得る地位」を濫用してといった、ある程度具体的な文言を入れる余地もあるのではないかと思いました。そのことは、現行法の刑法178条で、特に、脆弱性のある者についての規定がありますので、それほど不自然なことではないと思います。   ただし、このような、列挙事由が幾つかある中の一つに具体的な列挙事由を含めるのであれば、その類型については、一般的に青少年等の脆弱性が想定されるような場合に限るべきであろうとは思います。その場合でも、B案のように、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難である」、この内容については、先ほどの嶋矢幹事の御発言で大分私も整理できたのですけれども、そういった限定を付けるのであれば、教師やコーチなどの身分があるだけで処罰されるといった不当な結論にはならないように思います。 ○金杉幹事 私からは、基本的に、B案を前提とした立場で、かつ、現行の強制性交等罪及び準強制性交等罪と同じ5年以上の有期懲役という法定刑を前提とするのであれば、まず、列挙事由の在り方については、「列挙事由により」とし、つまり、「その他の事由により」を入れず、かつ、その列挙事由の中に、第6回会議で配布された配布資料11に記載されていた列挙事由の「①」から「⑧」までのうち、今、木村委員からも御指摘のありました「⑦」の「重大な不利益の憂慮」及び「⑧」の「偽計・欺罔による誤信」を除いたもの、つまり、「①」ないし「⑥」を列挙事由として、「その他の事由により」という文言を入れないという形にすべきだという立場で意見を申し上げます。   第6回会議における議論のときに、私の方から積極的に提案するわけではないのですけれどもということで、当時のB案であった、一段階法定刑を軽くする類型を設ける案について、意見を申し上げました。その際に、橋爪委員から、B案、つまり、法定刑を軽くする類型を作ることが考えられない根拠として、必ずしも現状において現行法で処罰されていない行為を新たに処罰するという評価は直ちに妥当しない、つまり、現状で当罰性が高いとして処罰されているものを、より構成要件が明確になるような形で規定し直すというだけであるので、処罰範囲が広がらないということを前提に、法定刑を軽くする類型を設けることは考えられないという御意見が述べられたと思います。私も、本当にそうであれば、つまり、処罰範囲が広がらないのであれば、それはそのとおりだと思います。ただ、懸念されるのは、やはり現状の議論では、処罰範囲が広がるのではないかということです。   現に、前回の第7回会議において、木村委員から、グルーミングについての議論がされたときに、現行法ではなくて、今後の改正の議論について、手段として欺罔等も入っていたのではないかと思うけれども、それであれば、強制性交等罪自体が一定程度広がることになり、そうすると、本体の罪の範囲が広がるので、グルーミング行為、つまり、予備的な行為も含む余地があるという御意見が呈されました。   仮に処罰範囲が広がるのであれば、今のままの法定刑、つまり、5年以上の懲役は重すぎますし、法定刑を変えずに、今、当罰性が高いとして処罰されている行為を、解釈のばらつきをなくすという意味で構成要件を明確にするだけだということなのであれば、まず、重大な不利益の憂慮というものは、今、木村委員からも御指摘がありましたように、成人のいわゆるセクハラ事案ですとか、あるいは重大な不利益を憂慮するような地位・関係性はあるけれども、積極的に、当事者の側が、それでも得られる対価の方を選択して性行為に及ぶ、又は同意をするという事案も含まれてしまう懸念が、どうしてもあります。また、錯誤については、以前から指摘されているように、例えば、社長である、又はお金を持っていると思ったから性行為に及んだけれども、勘違いだったという事案まで含まれてしまいかねないという懸念があります。   したがいまして、「⑦」及び「⑧」については除外した上で、「その他の事由により」という文言が残ると、結局のところ、そういった錯誤の類型についても、それによって「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難」であると認められれば、該当してしまうことになってしまいますので、「その他の事由により」を削るべきだと考えます。その場合の、「列挙事由」と「拒絶する意思の形成・表明・実現が困難」の関係ですけれども、基本的に、列挙事由に該当したとしても、拒絶する意思の形成・表明・実現が困難であるかどうかが別に事実認定されるべきで、列挙事由に該当したとしても、そのような拒絶する意思の形成・表明・実現が困難だという事情が認められないのであれば、これにも該当しないという考えになるかと思います。 ○井田部会長 条文の構造としてはB案の方がよいが、例示列挙ではなくて限定列挙にすべきであるという御意見だったかと思います。 ○小島委員 木村委員から御発言があったことについては、私の条文案の中に取り込んでおります。これは、地位・関係性の利用は、不同意性交の最たるものであって、最も卑劣な行為だと私は思っていますので、外付けではなくて、明確な形で、刑法177条及び刑法178条という基本の条文にきちんと盛り込まなければいけないのではないかというのが、その趣旨でございます。   そして、この地位・関係性の利用というのは、何を盛り込むかについてはいろいろ議論があると思いますが、この処罰の基本的発想というのは、結局、服従心が形成されやすい関係、無防備になりやすい関係という視点から類型化が求められるということです。どのような関係があるのか、例えば、教育とか雇用とかです。雇用をここに入れなかったのは、雇用関係がある場合だけではないので、業務としました。それから、スポーツや医療、医療については上下関係があるわけではないですけれども、裸になったりして無防備になりやすい関係にある、したがって、「重大な不利益の憂慮」が当てはまらない地位・関係性の利用もあると思いました。宗教などは、牧師さんに対する信徒の服従心は強いです。「その他の権力を有し、又は信頼を得る地位の濫用」というのは、今言った処罰の基本的な思想がある、規範的な視点があるということです。   取りあえず類型化してみました。ここでは、処罰の指針や方向性を示すのが課題であると思います。   また、性交に随伴する有形力はどうなのか、暴行概念はどうなのかという御発言が、佐藤拓磨幹事からございました。確かに、性交に随伴する有形力の行使については、たまに「暴行」であると判例で認められることがありますが、ほとんどの場合は「暴行」とは認められておらず、結局、暴行概念がかなり空虚になっているということだと思います。これを、「抗拒不能」という規定や、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難」という規定にすると、結局そこを裸で判断することになってしまいます。しかし、このような裸による判断というのは、この裁判所では認められるが、この裁判所では認められないということで、不安定さや不明確さを招く一因になっていると思います。次回以降の部会で、さらに、個別列挙事由を精査していくことに恐らくなると思いますが、性交に随伴する有形力で有罪になっているのは、有形力の行使だけではなくて、それ以外に、例えば、恐怖があったりとかしているわけで、個別原因が共有されていくと、空虚な暴行概念ではなく、本当に処罰を基礎付けている個別の原因が他にあるのだということが明らかになっていくと承知しておりますので、先ほどの御発言については、この程度にさせていただきたいと思います。 ○山本委員 先ほど金杉幹事が言われた、第6回会議で配布された資料11に記載された「⑦」の「重大な不利益の憂慮」と「⑧」の「偽計・欺罔による誤信」を列挙事由に入れるべきではないという意見に対し、反対します。   処罰範囲が広がるのではないかというお話なのですけれども、特に、「⑧」においては、これまでの議論においても、医療的行為と偽って性行為をした場合や、パートナーだと思って性行為をしたら別人だったという場合においては、行為の錯誤と相手の錯誤で処罰範囲に当てはまると説明されていますので、処罰範囲が広がるということにはならないと思います。また、刑法改正市民プロジェクトが提出した要望書に記載された「(2)」のマッサージやヒーリング、カウンセリングなどと偽って性行為をした場合などもありますし、そのような行為は行為の錯誤になりますので、それらが含まれるようにしてほしいと思います。 ○佐藤(陽)幹事 配布資料21の「補足的検討課題」「3 列挙事由の在り方」に関してですけれども、仮にB案を採るという前提で話をしますと、列挙事由は、それに該当すれば拒絶の意思の形成等が困難だと評価できるものに限定して列挙するという考え方と、列挙事由としてはそこまで限定せずに、その原因となり得るものを列挙するという二つの考え方があると思います。   前者の考え方を採ると、例えば、心身の障害を列挙事由に挙げようとすると、心身の障害は、程度や性質が様々ですから、単に心身の障害と書くのでは不十分で、拒絶の意思の形成等が困難になるような一定の重大な障害だけを切り取って規定するということが必要になろうかと思います。しかし、そのような重度の障害でなくても、具体的な状況によっては、あるいは他の列挙事由との組合せによっては、障害があることを原因として拒絶の意思の形成等ができない状態に至るケースも考えられますので、どの程度の障害であれば本罪に当たるのかというのを考えて、そこを切り取って規定するというのは適切ではないと思いますし、そもそも、それを明確に切り取って規定することができるのかは疑わしいように思うところでございます。   ですので、B案を採る場合の列挙事由につきましては、処罰すべき行為を適切に処罰対象とするという目的意識に基づいて、後者の考え方、すなわち拒絶の意思の形成等が困難になる原因となるものを列挙するという考え方に沿って検討するのが適切であるように思われます。これは、先ほど、金杉幹事や山本委員がおっしゃっていたことと関わるところでございます。   では、そのときにどの程度のものを列挙するかが次に問題になるかと思いますけれども、原因となり得るものであれば広く拾い上げて列挙するという方向でいいのではないかと考えているところでございます。そうすることで、拒絶の意思の形成等が困難な状況であるかどうかの判断を、一定程度容易にしますし、安定的な運用に資するのではないかと思っています。   第6回会議の配布資料11のたたき台には、8個の列挙事由が記載されていましたけれども、たくさん挙げるという方向性については、適切ではないかと思っているところでございます。このように、たくさんのハードルの低い列挙事由を挙げておくことで、強制性交等罪に対する、あるいは強制わいせつ罪に対する誤ったイメージ、つまり、押さえ付けられて性交等をされるような場合しか成立しない、あるいは拒絶しないといけないのだとか、抵抗しないといけないのだといったイメージを払拭することが期待できるように思われます。齋藤委員が最初におっしゃっていた継続的虐待の事案なども、列挙事由を工夫することで、そこから読み取ることを容易にすることができるのではないかと思います。   このように広く列挙事由を規定しますと、列挙事由の「その他の事由」に該当する場合はそれほど多くないように思われますし、実際、最終的にいろいろ拾い上げて規定してみたら、その他が何も思いつかないみたいな状況もあり得るのではないかと思います。このことを踏まえますと、先ほど金杉幹事の御意見もありましたとおり、それから、「補足的検討課題」の「2」のB案に書かれていますとおり、「その他の事由」としてどのようなものが考えられるかについては、列挙事由の具体的内容と併せて検討して、本当に残しておく必要のある文言なのか、あるいは削るべきなのかという点について、改めて考えないといけないと思うところでございます。 ○井田部会長 何度か、佐藤陽子幹事は、「仮に」という言い方をされましたが、B案を採ることに若干のためらいが残っているということですか。 ○佐藤(陽)幹事 いえ、私としては、B案でいいのではないかと思っているところでございます。また、それと関係して、先ほどから話題になっているメッセージ性の話ですが、社会に送りたいメッセージと法律の文言がイコールにできれば非常にいいと思うのですけれども、刑法の最も重要な役割として、明確な規定によって、公平に人を裁くというものがありますので、メッセージと法律の文言がうまく合致させられない場合には、人を裁くための法を作るという視点を重視して考えるべきと思っています。では、メッセージはどうするかというと、ここに参加している刑法学者の方々や、あるいは、刑法学者はそれほど発信力がございませんので、山本委員、小島委員、長谷川幹事のように、発信力の強い皆様方に手伝っていただいて、このような条文の文言は、一見分かりにくいかもしれないけれども、抵抗なんて要らない趣旨だとか、あるいは拒絶の意思の表明なんて要らないのだということをきちんと広め、あるいはもしも警察に「どうして拒絶しなかったのか」と聴かれたら、それは怒っていいのだという情報を発信していくというのが、別の段階で要求されていくのではないかと考えているところでございます。 ○長谷川幹事 まず、金杉幹事の限定列挙にするという説については、元々、性犯罪は、意思に反するものを、つまり、3段階のプロセスがゆがまされているものを包括的な要件として提示して、構成要件化していくのですが、今考えられるものを一生懸命いろいろ挙げたとしても、そこで想定されない行為が包括的な要件に当たるものというのは出て来得ると思うので、限定列挙にするということと、「その他の事由」を削除するということについては、慎重であるべきだと考えています。 ○井田部会長 続きまして、A案・B案以外の包括的な要件の具体的文言ないし規定ぶりなどについて、御意見のある方は、御発言をお願いします。 ○齋藤委員 先ほど山本委員がおっしゃっていたとおり、「拒絶する意思」と書かれていると、被害に遭っている人が、自分はこの被害に遭っている、この出来事に該当するということには、気付かない場合が多いと思います。なぜならば、拒絶する意思の形成が困難な状態ということは、被害を受けているその最中、自分が嫌だという気持ちさえも持てない状態なので、拒絶という言葉は多分本当にぴんと来ないだろうと思うためです。恐らく、加害する側も、自分が行っている行為が加害だと分からないだろうと思います。なぜならば、被害者が拒絶の意思を見せていないので、拒絶する意思の形成が困難であるという状態について、非常に不明瞭になるのではないかと思います。先ほどの「性に関する自由な意思」となると、性に関する自由な意思決定を阻害しているのだということは、それに比べると、加害をする側にも、その行為が犯罪だということが分かりやすいなということを少し思いました。 ○小島委員 いろいろ申し上げましたけれども、「その他意思に反して」では全然分からないということであれば、「性に関する自由な意思決定を妨げ」、これは、刑法177条型に対応し、あるいは「性に関する自由な意思決定が妨げられた状況に乗じて」ぐらいが、文言としてふさわしいのではないかと思います。 ○長谷川幹事 今回、私の条文案について、資料として配布させていただいていますので、ここに書いてあるものは発言したものという前提で、なお強調したいところだけ述べます。   まず、「拒絶」という文言ではなく、「性に関する自由な意思」という文言を私が提案していることについて、拒絶ということのメッセージ性については、既に皆さんがおっしゃられています。その上で私が、なぜ、「性に関する自由な意思」という言葉を積極的に考えるかということについてですが、性行為を迫られているとき、性犯罪が想定されるような場面は特にですけれども、そこで性行為をされそうになっている者が意思決定するのは、性行為を「拒絶するかどうか」ということではなく、性行為を「するかしないか」の意思決定だと思います。なので、拒絶する意思という一方方向に向けた意思ではなくて、性に関する自由な意思という言葉にすべきだと考えています。逆に、拒絶の意思に非常にこだわられる方がいらっしゃるのですが、拒絶の意思でなければならない理由というのも私は分かっておりませんでして、何人かの方に御賛同いただいているので、「性に関する自由な意思」としていただけたらと思います。   あと、決定・伝達・実現、ここは、これからまた議論すればいいのですけれども、B案は「困難」という言葉を使っています。私は、それを、「妨げがある」としています。「困難」という言葉を使うことによって、現行の暴行・脅迫要件の解釈で著しく抵抗困難というかなり厳しい要件が提示されていることに引っ張られる危険があると考えるので、「困難」ではない文言として、「妨げがある」という文言を考えました。 ○保坂幹事 これからの議論の前提として、技術的なことになるかもしれませんが、私の方から確認をしたいと思います。先ほど、「自由な意思の決定」について、性的行為をするか、しないかという意思決定だとおっしゃいましたが、「拒絶困難」の要件の拒絶が、しないほうの意思を示しているのと異なり、「自由な意思の決定」が、するかしないかという両方の意思を示すことを前提としますと、その後に続く、「意思の伝達」「意思の実現」というと、する意思、つまり、イエスの意思の伝達、イエスの意思の実現というのが入ってくるのか、入ってこないのか、入ってくるとすると、それはどういう場面をイメージされているのかということを教えていただければと思います。 ○長谷川幹事 犯罪の構成要件としては、イエスの意思の伝達は、これを考えたときに想定はしていないです。自由な意思を決定することを前提に、決定された意思の伝達・実現が困難で法益が侵害される場合が問題となりますので、意思の伝達、意思の実現はノーの意思の伝達、ノーの意思の実現という趣旨であります。 ○橋爪委員 今の点に関係するのですけれども、長谷川幹事の御提案の御趣旨は十分理解しているつもりなのですが、日本語の語義としましては、「性に関する自由な意思の決定」ですと、積極方向の意思決定も含んでしまうと思うのです。つまり、その表現ぶりですと、性行為をしたいのだけれどもそれを表明できないという場合も含まれてしまうと思うのです。もちろん、そういう御趣旨ではないことは承知しておりますが、条文の文言としては、積極方向の意思決定を除外する形で、飽くまでも、消極方向の意思決定や伝達ができない場合であることを明記しないと難しいように思いました。   それから、「性に関する自由な意思」の文言のうち、「自由」という言葉なのですが、何が自由な意思決定かということが、なかなか難しいようにも感じました。と申しますのは、人間の意思決定は、例えば、家庭環境や経済的条件などの諸条件、あるいは本人の価値観等によって決定されているところがあります。そうしますと、どこまでが自由な意思といえるかという問題は、実はかなり難しい問題であり、その判断が明確ではないような印象を受けました。   最後に、「妨げ」という文言についてです。これは、「困難」という文言にすると処罰範囲が限定されすぎるという御懸念からの御提言であることは重々承知しているのですが、逆に、「妨げ」にしますと、不同意とまではいえない場合も含まれてくるおそれがあるようにも思われます。例えば、アルコールの影響下で、多少気が大きくなったり、冷静な判断を欠いた状態で性交に応ずる場合でも、意思決定に関して何らかの妨げは生じているといえますので、このような場合全てが本罪を構成することになりかねず、「妨げ」という表現だけでは、処罰範囲が拡大する懸念を感じるところです。 ○小西委員 少し言いにくいのですけれども、基本的にはB案に賛成します。なぜかというと、皆さんがお話しされていたように、A案ですと、結局、一発アウト型のものが列挙されると、私が入れたいと思っている様々な被害の事例が入ってこないのではないかと基本的には思っています。それから、もう一つ、B案の方が私が望ましいと思っているのは、自分が精神鑑定を行うときに、B案の形で書いてもらえると、心理過程について整理がしやすいと思っていました。一方、今日のお話を聞いて、拒絶しようとする発想ができないというのは、嶋矢幹事の言い方では、だから大丈夫だというお話だったのですけれども、被害そのものの認知ができない人が、結構たくさん被害者にはいます。これは、今まで出てきたお話で、被害そのものの認知ができないということを、拒絶しようとする発想がないという形で、かなり小さく示していることが、危惧の原因なのだと思うのです。そういう意味では、長谷川幹事が言われた「性に関する自由な意思の決定」というのを、まず、発想ができないというところだけは、少なくとも変えていただけたら、示したいものと文言との大きさの差が小さいのかなと思いました。法律的な議論は分かりませんけれども、そうであれば、拒絶しようという発想と、もう一つ、被害そのものの認識ができないというものも作っていただいてもいいのかなと思っております。 ○佐伯委員 感想めいたことになってしまうのですけれども、これまでの議論を伺っていまして、かなりB案の方に収束してきているような印象を受けました。小島委員には申し訳ないのですけれども、小島委員御自身も、御発言を伺っていますと、かなりB案に近い御発想なのかなという印象を受けました。   その上で、B案でどのような事由を列挙するかとか、あるいは拒絶する意思という文言が適切なのかということについては、確かに、分かりやすさやメッセージ性ということも大事だと思いました。同時に、佐藤陽子幹事がおっしゃったように、刑罰法規ですので、分かりやすいけれども過度の処罰につながるおそれがあるということは、絶対に避けないといけませんので、どのような文言がふさわしいのかということについて、もう少し考えてみたいと思っている次第です。   それから、B案で、個別の事由を余り限定しないでいいのではないかという佐藤陽子幹事の御意見には、基本的に賛成なのですけれども、偽計・錯誤の事例については、例えば、結婚するとうそをついて性行為に同意させた場合や、金持ちだとうそをついて性行為に同意させたような場合についてまで処罰すべきではないということについてかなり意見の一致があるように思いますので、別の考慮が必要ではないかと感じております。 ○山本委員 配布資料21の補足的検討課題の「1」についての議論に戻ってしまうかもしれないのですけれども、第3回会議において、小島委員から、刑法177条は強制作用に着目した規定であり、刑法178条は被害者の状態の不適切利用であって、処罰根拠が違うから、二つの条文は分けておいた方がいいのではないかという発言がありました。私も、法律の専門家ではないので、何がいいのか判断はできないのですけれども、A案とB案の二つを残すということも考えられるのかということを考えました。なぜならば、懸念はないと説明されていますけれども、被害者の支援をしていたり、司法運用の実態を見ていると、どうしても、司法、警察に届けた段階で当てはまらないと言われてしまう、また、裁判の過程で故意が否定されて無罪になってしまうということもあります。A案で一発アウトにすれば、例えば、今でも、暴行・脅迫要件はありますから、そのようなものを残して、それを手掛かりに、また、B案を考えることもできるのかなと思います。   最後に、要望なのですけれども、私のような一般人からすると、話されている内容について、被害類型が当てはまるのか、当てはまらないのかが明確でないということがあります。NPO法人ヒューマンライツ・ナウ、刑法改正市民プロジェクト、一般社団法人Spring、NPO法人ぱっぷすからの要望書では、質問の形で事例が展開されています。このような事例に対し、この法律を作ったら、これが当てはまるのかどうかについてお答えいただければ、それならば賛成である、あるいはそれならば反対であるということがより伝えられると思いますので、それが判断できるような資料を提示していただければと思います。   一般社団法人Springとしては、難しいのかもしれませんけれども、故意の認定基準について要望があります。故意については、難しいところはあるのですけれども、今のお話で、処罰する側に沿ってということもあるのですけれども、故意の認定において、被害の実態を正しく捕捉し、処罰できるものを処罰できるようにしてほしいと望んでいます。 ○金杉幹事 先ほどの「性に関する自由な意思」という文言につきましては、先ほど来御指摘されています積極方向も含むのではないかということとともに、態様に関する意思も含まれてくるのではないかと懸念します。例えば、性交自体には同意するけれども、こんな場所では嫌だとか、性交自体には同意するけれども、このような態様、このような方法で、例えば、服を着たまましたいとか、服を脱いだとか、目隠しをしたとか、このようなプレイをとか、そのような態様に関する意思についてまで広く含まれてしまうのではないかと考えており、処罰範囲を明確にし、限定するという観点からは、少し広いのかなと思いました。 ○井田部会長 「第一の一」についての補足的な議論は、今日はここまでとさせていただきたいと思います。   簡単にまとめさせていただきますと、今日は、この項目について、A案・B案を題材として、主に、規定の構造をどういう形にすればよいかという観点から、補足的な議論を行いました。   まず、包括的な要件の在り方については、「意思に反して」とする案、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難」とする案、それぞれについて、御意見が述べられました。   「意思に反して」とする案については、これまでも度々御指摘のあったところですけれども、処罰範囲を明確に画することができるのかという問題点があることが、今日も複数の委員・幹事から表明されたところです。   他方、B案については、「拒絶」という言葉を用いると、抵抗の義務を課すことにならないかという懸念も示されましたけれども、これに対しては、拒絶する意思の形成や表明がそもそも困難な心理状態を捉えた文言になっている以上、抵抗義務を課すことにならないというお答えがあったところであります。この点については、B案の方がやや優勢であったように見受けられました。   次に、列挙事由と包括的な要件の関係及び列挙事由の在り方については、A案の構造を採る場合には、列挙事由が包括的な要件の例示にはならない、そして、限定する機能を持たないために、「意思に反して」という要件のみで判断しなければならない場合が生じてしまい、そうすると、この包括的な要件の曖昧さに関する指摘がそのまま当たることにならないかという御批判、また、列挙事由として、言わば一発アウトとなる事由を明確に過不足なく規定できるのだろうかという御疑念が表明されました。他方、B案については、列挙事由を、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難」となる原因事由と捉える考え方が適切であり、そうすると、列挙事由において、その程度まで限定する必要まではないという御意見が述べられたわけであります。   本日の議論を伺っている限りでは、処罰範囲を相対的により明確に画し、安定的な運用に資するという観点からすると、B案の構造の規定とすることがよいという御意見が大勢であったように感じられました。   ただ、そのときの包括的な要件の具体的な規定ぶりについては、「拒絶」よりは、「性に関する自由な意思の決定若しくは伝達又は意思の実現に妨げがある」とした方がよいという御意見があり、また、複数の委員・幹事から意見が表明されたところですが、これに関しては、「性に関する自由な意思」というと、文言の捉える範囲が広くなりすぎ、また、積極的な意思決定を含む概念となって、しかし、犯罪で問題になるのは、むしろ消極的なもの、消極的な自由と考えるとすると、正に拒絶ということなのではないかという御指摘があったところであります。この点でも、拒絶という御意見の方が多かったという印象を受けました。   それでは、5分間休憩したいと思います。午後0時20分に再開といたします。              (休     憩) ○井田部会長 会議を再開いたします。   次に、「第一の三」の「相手方の脆弱性や地位・関係性を利用して行われる性交等及びわいせつな行為に係る罪を新設すること」について、御議論いただきたいと思います。   まず、事務当局から、配布資料25の内容について説明してもらいます。 ○浅沼幹事 配布資料25について御説明いたします。   二つの枠内には、第6回会議でお配りした配布資料13ではA-1案として記載していたものと同様に、監護者性交等罪と同様の考え方に基づく規定を設けるものとするA案、配布資料13のA-2案の考え方を基に、一定の地位・関係性を利用して行われる性交等を先ほどの「第一の一」の列挙事由に組み込み、強制性交等罪として捕捉しようとするB案を記載し、その下に、「補足的検討課題」として、A案とB案のいずれが相当かを検討するに当たり、両案の相違点を図示するとともに、検討すべき課題を記載しています。   まず、A案の要件の考え方は、監護者性交等罪の対象を拡張しようというものですが、「現に監護する者であること」「それによる影響力があることに乗じて」「性交等をする」という要件を満たした場合に成立する監護者性交等罪の要件と対比すると、図示しているとおり、「現に監護する者であること」と「一定の地位・関係性を有する者であること」を同等・同列にしようとするもの、すなわち、A案は、「一定の地位・関係性を有する者であること」を「現に監護する者であること」と同等・同列のものとして捉え、「一定の地位・関係性を有する者であることによる影響力があることに乗じて」「性交等をする」という要件を満たせば5年以上の有期懲役に処することとするものです。   そして、監護者性交等罪においては、監護者・被監護者という関係性による影響力に乗じて性交等をする場合、被監護者は、例外なく一律に自由な意思決定ができないといえることが前提とされていますので、これと同等・同列の「一定の地位・関係性を有する者であること」、すなわち、こうした関係性に基づく影響力がある状態で性交等をすれば、例外なく一律に自由な意思決定ができないといえるようなものでなければならないと考えられます。   そのため、A案については、まず、18歳未満の者は、自分との間に、例えば教師、スポーツの指導者、祖父母、おじ・おば、兄弟姉妹といった地位・関係性があることをもって、性交等をするかどうかについて一律に自由な意思決定ができないといえるか、心身の障害を有する者は、自分との間に、例えば障害者施設職員といった地位・関係性があることをもって、性交等をするかどうかについて一律に自由な意思決定ができないといえるかといった点が、さらに、仮に、一律に自由な意思決定ができないといえるような地位・関係性に限定することとした場合には、それを明確かつ過不足なく規定できるかといった点が検討課題となります。   また、現行の監護者性交等罪における「乗じて」との要件については、監護者が、生活全般にわたって被監護者を監督し保護している者であり、それによって生じる影響力を有していることを前提として、監護者であることによる影響力が一般的に存在し、かつ、行為時においてもその影響力を及ぼしている状態で性交等をすることで足り、行為時において影響力を利用するための具体的な行為を行うことは必要ないと解されていますが、仮に、「一定の地位・関係性」として、監護者・被監護者の関係と比べて意思決定に及ぼす影響力の小さなものが含まれるとした場合には、ただ今申し上げたような「乗じて」の解釈の前提が変わることとなるため、監護者性交等罪における「乗じて」と同じ解釈を維持できるかといった点も検討課題となります。   他方、B案は、図示しているとおり、先ほどの「第一の一」のB案として、「地位・関係性に基づく重大な不利益の憂慮により」などと列挙事由を掲げ、それにより「拒絶する意思の形成・表明・実現が困難」であることを要件とするものです。   B案については、「第一の一」に関する「2 列挙事由と包括的な要件の関係」や「3 列挙事由の在り方」も踏まえ、「不利益の憂慮」に「重大な」という限定が必要か、「地位・関係性」を一定のものに限定する必要があるかといった点が検討課題となります。   配布資料25の御説明は、以上です。 ○井田部会長 ただ今の説明内容に関して、御質問はございますでしょうか。よろしいですか。   それでは、議論を行いたいと思います。   御意見のある方は、挙手するなどして、御発言をお願いします。 ○山本委員 地位・関係性については、相手方に強い影響力を及ぼす地位・関係であっても、およそ自由な意思決定の余地がない場合に限ると説明いただいているのですけれども、監護者以外にも、自由な意思決定の余地がない地位・関係はあると思います。無理やりの性交被害においておよそ9割ぐらいは、知り合いから被害を受けている日本の現状では、この劣位にある人を保護しないということは考えられないと、私は認識しています。   日本が参考にしているドイツ刑法においても、受刑者・被収容者や施設内の病人に対する性犯罪として、自らに教育、養成、専門教育、監督又は世話を委ねられている者、若しくは公務員の地位濫用においては、その地位の濫用の下で性的行為を行った、又は行わせた者は、3か月以上5年以下の自由刑に処すると報告されていました。それは、特別な依存関係が存在するため、自己決定が制限されることから、このような規定にされているとのことです。家族においても、今までの議論で、自由な意思決定の余地があるというようなこともありましたけれども、果たして、祖父母と孫で、自由な意思決定の余地があるとお考えなのでしょうか。前回、齋藤委員が言われていたように、離れていても祖父母は祖父母で、その影響を受けています。この脆弱な状態にある人を保護するための地位・関係性については、是非議論して作っていただければと望んでいるところです。 ○齋藤委員 まず、B案の地位・関係性による「不利益の憂慮」で、確かに、「重大な」という言葉について、懸念を抱いております。何をもって「重大」とするかは、人によって異なり、一番私が想定しているのは、強圧的な養育とか虐待などで追い詰められた子供たちにとって、明日のテストの点数が変わるということでさえも、その後、強い暴力を受ける可能性があったり、人生がそれで終わってしまうかもしれないような「重大な不利益の憂慮」ですが、それは大人にとって「重大な」に含まれないとみなされてしまうのではないかなど、「重大な」について適切に考えていただけるのかを心配しています。   もう一点、A案にも関わることですが、今、山本委員からもお話がありました、兄弟間や祖父母からの性暴力についてです。監護者性交等罪と同等とみなすことが難しいのでしたら、例えば、親族関係による不利益の憂慮や、親族関係の利用などを例示列挙に入れるなど、親族関係によって、受け入れなかったら家族が壊れると思ったとか、親族関係で意思の形成が困難であった場合に乗じた場合などを捉えられるようにしていただきたいと思います。兄弟間のグルーミングで意思の形成が困難な状態に追いやられるということは多く見られますし、祖父母からの性暴力も、拒否が難しいということがあります。   2017年の改正で監護者性交等罪ができた後、心理支援の場で、自分が経験したこと、つまり、監護者からの性交は社会的に罰せられることだと知ったと言って、カウンセリングにいらした方がいらっしゃいました。家庭内で生じる性暴力は、子供にとって、それが性暴力であるという認識を極めて持ちづらいということがありますので、法律の中で、そのような子供たちが気付いて、きちんと被害を認識して申告できるように、親族の力関係を利用したものは性暴力であるということが示されると有り難いと思っております。 ○佐伯委員 A案の問題点について、意見を申し上げたいと思います。   A案は、現行法の監護者性交等罪の対象を拡張しようという考え方に立つものである以上、監護者性交等罪と同様の処罰根拠が妥当するものでなければならないと考えられます。監護者性交等罪は、監護者が生活全般にわたって18歳未満の者を監督し、保護する者であって、被監護者は例外なく自由な意思決定ができないといえることに着目したものであり、具体的な影響力の程度、被害者の同意の有無、意思決定過程などは、犯罪の成立と関係がないとされています。監護者性交等罪における「乗じて」の要件についても、影響力を利用するための具体的な行為を行うことは必要ないと解されています。   したがって、A案を採るためには、A案に記載されているような地位・関係性について、その地位・関係性に基づく一般的な影響力を及ぼしている状態で性交等をすれば、影響力を利用するための具体的な行為がなくても、相手方は例外なく自由な意思決定ができないといえることが必要です。例えば、教師・生徒の関係にあることや、おじ・めいの関係にあることを対象とする場合には、多くの場合、自由な意思決定ができないというだけでは足りず、例外なく自由な意思決定ができないということが、十分な根拠をもっていえなくてはなりません。しかし、そのようにいうことは難しいと思われます。そこで、教師・生徒の関係にあることや、おじ・めいの関係にあることといった関係性を、例外なく自由な意思決定ができないといえる関係に更に限定するということも考えられなくはありませんが、過不足なく限定する適切な要件を設けることは難しいように思われます。   そうすると、A案で、被監護者に対する監護者と同等の影響力を有しない者まで追加した場合には、「乗じて」の要件に、その地位・関係性があることによる影響力を具体的に利用して自由な意思決定が困難な状態にすることという実質的な意味を持たせなければならないことになると思われますが、それでは、監護者性交等罪と同じ処罰範囲とはなりませんし、そのような実質的解釈が監護者性交等罪にも影響を及ぼし、その処罰範囲が限定される可能性も否定できないように思われます。   以上、長くなりましたが、A案を採用することは難しいという意見を申し上げました。   A案を採用すべきでないという意見は、A案で規定されているような行為を容認する意見では決してないということを、最後に申し添えたいと思います。 ○長谷川幹事 まず、B案を見ますと、これは、諮問事項の「第一の一」に地位・関係性を入れ込むという条文の立て方です。これに対してA案は、監護者性交等罪に入れ込むというところです。A案について私が着目するのは、18歳未満の者又は心身の障害を有する者を対象として、地位・関係性を利用した犯罪類型を独自に設けるものであるというところです。これらの者は、類型的に脆弱であったり、弱い立場に置かれているので、保護の必要性が高く、これらの者が性被害に遭うことを防止するという行為規範的な意味でも、本体とは別に犯罪類型として明示すべきと考えるので、A案のように、本体とは別の類型として、地位・関係性の条文を設けるべきだと考えています。   ただし、今、佐伯委員がおっしゃったように、A案で列挙される地位・関係性が、現行法の監護者性交等罪と同じような、自由な意思決定が考えられないような関係なのかということについては、検討が必要です。括弧内に具体的に示されている親族関係や師弟関係、指導関係による影響力というのは、ケースにより様々あり得るので、一律に自由な意思決定ができない関係とまではいえないと考えますが、親族関係でいえば、目上の者であったり、親族関係を壊すことへの深いちゅうちょなどから、師弟関係や指導関係でいえば、ふだんから教えを受け、指導を受け、従う関係であることや、異を唱えたり背くことが難しい関係にあるということから、施設関係でいえば、指導や世話を受ける関係にあることなどから、これらの関係性が濫用され、自由な意思決定が阻害され、意に反した性交等を強いられる事例は多く見られます。また、被害が長期化しがちであるという特徴もあります。これらの関係による加害は、信頼関係を濫用し、かつ信頼関係を裏切る卑劣なものですが、関係性ゆえに被害申告しにくく、被害が潜在化する結果、その後の精神的苦痛やPTSDなどの回復にも時間が掛かり、その間、社会生活もままならないという深刻な結果を招来しているのは、監護者による性交と同様です。したがって、これらの関係があり、これらの関係性を濫用して性交等を行った場合には、地位・関係性を利用した犯罪類型として、本体とは別の性犯罪として処罰すべきであると考えます。   監護者性交等罪との要件の違いを明確にするため、「影響力があることに乗じて」との文言を用いるのではなく、他の文言、これは私もまだ考え中ではあるのですが、「影響力を濫用し」とか、「利用し」とか、「用いる」とか、この点を考えて、独自の類型として、しかも、監護者性交等罪よりは実質的な要件を加味して条文化するということが相当であると考えます。   それから、B案の「重大な不利益の憂慮」についてなのですが、この類型のものを刑法177条等で処罰するために、「重大な不利益の憂慮」を入れたらどうかという案だと思いますが、「重大な不利益の憂慮」では、この地位・関係性による被害を網羅するのには足りないと考えています。というのは、一定の関係性がある場合、従わないと不利益を被るからという利害得失を考える以前に、関係性自体から逆らえないという場合があり得ます。ですので、「重大な不利益の憂慮」は、入れるなら入れるでいいですが、これでは足りないと考えます。 ○井田部会長 A案でもB案でもなくて、C案といいますか、そのような立場だとお聞きしました。 ○嶋矢幹事 佐伯委員から御指摘があったとおり、A案の監護者性交等罪と同様の規定にするというのは、難しい点があると思われるところですが、これまでの会議でも御指摘がありましたとおり、また、本日の諮問事項の「第一の一」の議論でも木村委員から御指摘がありましたように、A案で例示されているような地位・関係性を有する者による行為は、今回、何ら対応しないというわけではなく、「第一の一」の暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の改正の中で議論している列挙事由の中で、強制性交等罪の処罰対象となるということで、明確化できるのではないかと思われるところです。御反対もあるところは承知しており、今の長谷川幹事の御意見は、別途規定を立てる方がよいということであったかと思いますけれども、配布資料25の「補足的検討課題」に記載されておりますB案についての図は、「地位・関係性に基づく重大な不利益の憂慮により」となっておりますが、これは、今申し上げた趣旨で記載されているものと理解しております。このように、「第一の一」で捕捉できるとすると、地位・関係性を利用して行われる当罰的な行為のうち、処罰対象から漏れるようなケースは、それほど多くないのではないかと思われるところです。   その上で、B案に関して、配布資料25に記載されております二つの検討課題について申し述べさせていただきますと、先ほど、「第一の一」についての議論でありましたように、列挙事由を拒絶困難の原因事由であると位置付けるとしますと、「不利益の憂慮」がそれ自体として拒絶困難な程度であるということは要しないのではないかと、つまり、「不利益の憂慮」を原因として拒絶困難となる場合があるのであれば、これに「重大な」という限定を付する必要はないように思われます。齋藤委員の御懸念にありましたところも踏まえますと、それはより妥当すると思われるところです。   また、地位・関係性を一定のものに限るかどうかという課題も示されておりますが、拒絶困難となる原因事由となり得る地位・関係性には相当様々なものが考えられる上、先ほど申し上げたとおり、「不利益の憂慮」を原因として拒絶困難となる場合があるのであれば、「不利益の憂慮」を原因事由として列挙することになるのであり、本来、それ以上限定する必要はないとも考えられます。もっとも、単に「不利益の憂慮」と規定するだけでは、地位・関係性に基づく影響力によって、立場の弱い人が意思決定をゆがめられて性行為に及ばれるといった場合を処罰する趣旨であるということが、伝わりにくいとも思われます。そうしますと、その趣旨を規定上明確にするとともに、言わば、拒絶困難という要件の判断に入る導入要件として、様々な地位・関係性に基づく影響力が利用されるケースを広く捕捉し得るようにするという観点から、例えば、「経済的又は社会的関係上の地位」などと規定し、それに基づく影響力を利用されて受ける不利益を憂慮する場合を列挙事由とすることが考えられるのではないかと思います。そうした場合、A案に記載されて問題となっております上司と部下、先生と生徒、コーチと選手や親族関係、施設職員と入所者などは、これに入ってくるのではないかと思われます。   また、先ほど「第一の一」の議論における木村委員の御発言で、具体化したものを記載した規定の方が望ましいという御意見がありましたが、一般的な条項も必要かと思いますので、ただ今の御提案をさせていただいたところですが、それに具体的な例示を付けるか付けないかということは、別途、検討の余地もあるかと思います。              (川出委員 退室) ○井田部会長 嶋矢幹事はB案に賛成の立場とお聞きしたのですけれども、一つ質問があります。地位・関係性に基づく信頼関係を利用して性交等をしたというときに、しかし、不利益の憂慮まで認められないという場合について、処罰対象から外れて不当なのではないかという御意見が先ほど見られました。その点についてはどのようにお考えですか。 ○嶋矢幹事 不利益の憂慮が認められない場合として具体的にどのようなものが想定されるのかについては、具体的に検討する必要があるところですが、例えば、諮問事項の「第一の一」の列挙事由では、「心身の障害」や「継続的な虐待」を列挙するとともに、わいせつな行為であることの誤信も捕捉することを前提としております。処罰できるかどうかの問題として残るのは、仮にいわゆる性交同意年齢が16歳未満に引き上げられた場合を前提とすると、被害者が16歳以上で、不利益を憂慮していない上、心身に障害を有しておらず、継続的な虐待やそれに類するような不当な扱いも受けておらず、わいせつな行為であることについても誤信していない場合ということになるのかと思いますが、そのような場合について、具体的にどのようなものを想定して、何を基準に処罰していくのかということは、想定する事例と、処罰するものと処罰されないものを切り分ける基準を踏まえた上でなければ、具体的な議論は難しいことかなと思われるところです。 ○小島委員 先ほど、刑法177条、178条について申し上げました。私が提出した発言補助資料の条文でいうと、177条、178条の第3項になります。地位関係性利用型の犯罪については177条、178条の外付けではなく、177条、178条という基本条文に盛り込むべきだという意見です。また、「重大な不利益の憂慮」だけでは、地位・関係性を利用したり、信頼を得る地位を濫用したりする場合について、その悪質性の全体を捉え切れないのではないかと思います。先ほど申し上げましたように、「重大な不利益の憂慮」でなくても、地位・関係性の利用について処罰するべき場合があるのではないかと思います。繰り返しになりますが、地位関係性利用型の処罰の基本的発想としては、服従心が形成されやすい関係、無防備になりやすい関係という視点から、どのような関係であれば処罰の対象とするべきなのか類型化し、その指針や方向性を示すことが課題だと思います。ここでさらに、「拒絶する意思」という文言が出ているのですけれども、やはり「拒絶する意思」についてこれを文言に入れるということには反対の意見です。   私の案としては、先ほど申し上げました177条関係の3項にどのようなものを盛り込むのかについて、とりあえず類型化してみましたが、先ほど木村委員がおっしゃったように、できるだけ明示をして、条文上明らかにしていくことが重要ではないかと思います。 ○宮田委員 既に嶋矢幹事が言及されているかと思うのですが、脆弱性の利用の中には、判例上、先ほど佐伯委員が御指摘になった欺罔の類型、例えば、モデルになれるとだまされた、脆弱性のある未成年の例なども存在します。親族や学校の先生などの自分より高い地位にある人との関係では、この「重大な不利益の憂慮」というのは非常に納得がいくのですが、未成年ないし障害者の人の脆弱な意思に対して介入していく行為については、それ以外の類型について、もう少し考える余地があるのではないかと考えた次第でございます。 ○山本委員 このような事例が当てはまるのかをお伺いしたいのですけれども、まあまあよくある被害類型として、母子家庭で16歳以上の子供が、母親の雇用主とか家族がお世話になっている人から性的行為を求められる、お世話になっているから逆らえず、性的行為の要求に応じないといけないという状況があります。その中で、加害者から「お母さんが悲しむだろうね」とか、そのような不利益を憂慮するような言葉も言われないことも多いです。生活費などは出してもらっていないので、監護者性交等罪にも当たらない。これは、「不利益の憂慮」に含まれるのか、あとは、先ほど嶋矢幹事が言われたような、経済的又は関係が上という圧倒的な力の差があって、もうノーの表明をすることすらもできないような状況についても当てはまるような文言・規定にしてほしいと思います。そうでないと、被害の実態を捕捉できないのではないかと思います。 ○小西委員 先ほど、16歳以上であって、かつ、不利益の憂慮に関して、今お話しされていること以外のことがあるのかなかなか分からないのではないかという嶋矢幹事の御指摘があったのですけれども、実際には、高校生で教員からの被害とか、音楽の特別の塾の先生からの被害とか、カウンセラーからの被害とか、結構あるのですけれども、そういうときには、繰り返しの被害の上に立った上に、16歳以降の行為というのが実際に捜査され、立件され、争われるというのが現実としてあり、まとまった行為を全部包括的に罰することが無理だという話になった以上、そのような形で、「不利益の憂慮」という分かりやすい言い方だけではなく、もっと小さい子と同じような類型で、それが被害だと分かっていないというようなケースが、16歳以上でもかなりあることを、御指摘しておきたいと思いました。 ○橋爪委員 私も嶋矢幹事と同じ意見なのですが、その上で私の意見を付け加えますと、不利益の憂慮については、余り限定的に捉える必要はないと思うのです。つまり、ここでは、客観的に憂慮すべき不利益があったかどうかは重要ではなく、飽くまでも、被害者本人の主観面において不利益を憂慮・懸念すべき事情があれば、これに該当すると考えております。例えば、一種の洗脳として行為者に完全に心酔しており、およそ命令に従わざるを得ないような精神状態にあり、したがって、もし命令に背いた場合には、相手から見放されてしまうおそれがあり、それ自体が不利益であるというケースもあると思うのです。このように、具体的な経済的不利益に還元できなくても、およそ命令に従わなければ精神的にダメージを受けるというケースについても、「不利益の憂慮」に該当するケースがあると思われますので、実はこの要件に該当し得る範囲はかなり広くなるように考えております。 ○井田部会長 「第一の三」についての議論は、本日はこの程度とさせていただきたいと思います。   簡単に要約させていただきますと、この項目については、A案のように、現行法の監護者性交等罪と同様の考え方に基づく規定を設ける、あるいは現行の監護者性交等罪を広げるという案と、B案のように、一定の地位・関係性を利用して行われる性交等を「第一の一」の列挙事由に組み込んで、強制性交等罪として捕捉しようとする案の二つについて、どちらが適当かという観点から議論を行ったところです。   A案については、監護者性交等罪は、監護者が生活全般にわたって18歳未満の者を監督し、保護するものであって、被監護者は例外なく自由な意思決定ができないといえることに着目したものであり、具体的な影響力の程度、同意の有無、意思決定、過程などは問わないとされていること、それから、このような関係性にあることを前提として、「乗じた」という要件についても、具体的な影響力の利用は不要だと解されていることとの関係で、A案に記載されている地位・関係性について、果たして、監護者性交等罪において前提とされているような、例外なく自由な意思決定ができないといえる関係性とまでなかなかいえないのではないかという疑念、そして、もし、一定の地位・関係性を、例外なく自由な意思決定ができないといえるものに限定しようとするとすれば、それを過不足なく明確に規定すること自体がなかなか立法では難しいのではないかという疑念、さらに、仮に、一定の地位・関係性として、被監護者に対する監護者と同等、同列の影響力を有しないものを追加したとすると、この「乗じて」という要件の解釈の前提が変わってしまって、先ほど申し上げたような解釈を維持できないのではないかという難点の御指摘などがございました。   これに対して、B案に対しては、地位・関係性に基づく性交等で処罰すべきものを的確に捕捉できるのか、漏れてくるものがあるのではないかという懸念が示された一方で、実際に処罰対象から漏れるケースは考えられないのではないかというお答えもあり、いや、そうではないのではないかという御議論もありました。また、不利益の憂慮ということについて、重大なというものに限る必要はないのではないかという御意見も表明されたところであります。   そうすると、A案のような形で監護者性交等罪と全く同じような規定を設けることについては、なかなかクリアすることが困難な理論上及び実際上の問題が多く存在しそうで、また、今日の議論でも、はっきりとそれに賛成する御意見はなかったように思われました。そこで、「第一の一」の列挙事由を工夫して処罰すべき類型を捕捉できるようにするというB案の方向性で検討を進めていくことが妥当ではないか、その点では、言わばC案を主張される方もいましたが、結局は、それは、列挙事由の書き方といいますか、類型化の仕方に掛かってくるだろうということで、そのような方向で検討することこそが現実的だというのが、この部会の大多数の御意見であるとお伺いしたところであります。   では、最後に、「第一の二」の「刑法第百七十六条後段及び第百七十七条後段に規定する年齢を引き上げること」について御議論いただきたいと思います。   まず、事務当局から、配布資料22から24の内容について説明してもらいます。 ○浅沼幹事 配布資料22から24までについて御説明いたします。   まず、配布資料22の二つの枠内には、第6回会議でお配りした配布資料12ではA案、B-1案及びB-2案としていたものと同様の案をそれぞれ記載し、その下に、「補足的検討課題」として、A案とB案のいずれが相当かを検討するに当たり、両案の相違点を図示するとともに、検討すべき課題を記載しています。   「1」の対象年齢を引き上げる理論的根拠については、これまでの御議論では、性的行為をするかどうかを判断するために必要な能力を欠くという観点や、健全な育成を害するという観点が示されましたが、現行法上の取扱いを改めるかどうかに関わる問題ですので、まずもって、現行法の考え方との関係を十分に整理する必要があると思われます。   また、次の「2」の対象年齢を引き上げつつ一部を処罰対象としないこととすることの要否及びその根拠については、この「1」で御議論いただく理論的根拠を踏まえた上で、整合的な説明ができなければならないと考えられます。   そうした観点から、まず「1」として、現行法上、13歳未満の者に対して性交等をすれば、強制性交等罪を構成して処罰するとされている理由をどのように考えるかという点を整理した上で、それを踏まえ、対象年齢を引き上げる理論的根拠は何かを明らかにする必要があります。   そして、その理論的説明を前提とした上で、「2」の検討課題を検討する必要があります。   すなわち、まず、A案は、対象年齢を引き上げた上、処罰対象としない例外を設けないこととする案であり、図示しているとおり、「16歳未満の者」に対して「性交等をする」との要件を満たせば、一律に強制性交等罪が成立するものであり、16歳未満の者に対する性交等は例外なく処罰対象となるところ、この後御説明する配布資料23の婚姻に至った者の実態を踏まえてもなお、対象年齢の者との性交等を一律に強制性交等罪とすることが「1」での説明によって正当化できるか、その理論的根拠は何かという点が検討課題となります。   また、対象年齢の者は一律に性的行為をするかどうかに関する能力を欠くと考えて対象年齢を引き上げるとすると、対象年齢の者が強制性交等に及んだ場合には、性交等をするかどうかに関する能力を欠く以上、同罪についての刑事責任に影響が及ぶこととならないか、この後御説明する配布資料24の、性犯罪の非行年齢を踏まえて、合理的な説明ができるかという点も検討課題となります。   一方、B案は、対象年齢を一律に引き上げる一方で、一定の場合、図でいうと点線の部分については、処罰対象としないこととする案ですが、そのように一定の場合を処罰対象に含めないこととするのであれば、そもそも対象年齢を一律に引き上げることが正当化できるのかという疑問が生じるようにも思われます。   そこで、処罰対象から除外すべき実態があるか、その実態がありながら一律に対象年齢を引き上げる理由は何かという点が検討課題となります。   そして、「1」の対象年齢を引き上げる理論的根拠について、これまでの御議論にあった、性的行為をするかどうかに関する能力を一律に欠く年齢であることに求める考え方による場合、それにもかかわらず、一定の場合を処罰対象に含めないこととする理論的根拠をどのように考えるか、対象年齢の者は、その能力を欠くにもかかわらず、法益侵害はないといえるのかといった点も検討課題となります。   さらに、ただ今申し上げた点も踏まえ、除外・限定をする要件は、例えば年齢差や行為者の年齢といった形式要件とするのか、あるいは、例えば相手方の脆弱性に乗じていないことなどといった実質要件とするのかという点についても検討課題となります。   次に、配布資料23は、平成23年から令和2年までの間に婚姻届を提出した者について、結婚式をあげたとき又は同居を始めたときのうち早いほうの年齢を調査した統計を表にまとめたものです。   そして、配布資料24は、平成23年から令和2年までの非行別の行為時年齢別の件数を表にまとめたものです。   配布資料22から24までの御説明は、以上です。 ○井田部会長 ただ今の説明内容について、御質問はございますか。よろしいですか。   それでは、議論を行いたいと思います。   まず、配布資料22の「補足的検討課題」の「1 客体となる者の年齢を引き上げる理論的根拠」について議論したいと思います。何か御意見ございますか。 ○佐藤(拓)幹事 対象年齢を引き上げる理論的根拠については、これまでの議論において、現行法上、13歳未満の者に対して性交等をすれば強制性交等罪を構成するとされているという根拠を、配布資料22に記載されているとおり、「性的行為をするかどうかに関する能力を欠くため、性的自由・性的自己決定権を侵害する」ことに求めた上で、その能力の内実を整理し直し、それを踏まえて検討するという視点が示されたと理解しております。そして、その能力の内実として、配布資料22に記載されている「①」から「③」までの三つの能力が検討対象となっていると考えております。このような検討の方向性は、現行法との関係でも、整合的な説明が可能ではないかと考えられます。能力の捉え方についても、これまでの議論において、異論はなかったように思われます。   そこで、このような考え方に沿って検討してみますと、13歳未満の者は、おおむね小学生の年次に当たり、一般的に性的な知識は乏しいと考えられますことから、「①」の能力を欠いていると見ることができる一方で、13歳になると、中学生の年次に入ることから、恐らく「①」の能力を一律に欠くと評価することは困難ではないかと思われます。これに対して、「②」及び「③」の能力は、「①」の能力が備わったからといって直ちに備わるものではないと考えられ、これらを含めて三つの能力が全て十分に備わる年齢は、13歳よりは上だということができるのではないかと思われます。仮にこのような考え方が、実態としても裏付けられるのであれば、それを根拠として対象年齢を引き上げることは、理論的にあり得るように思われます。   これに対して、若年者の「健全な育成を害する」ことを根拠として対象年齢を引き上げることについては、更に検討すべき課題があるように思われます。すなわち、仮に、現行法上13歳未満の者に対して性交等をすれば強制性交等罪を構成するとされている根拠として、「健全な育成を害する」ことが含まれていると考える場合には、現在でも、これを考慮した上で、13歳未満が対象年齢として定められていることとなりますが、「健全な育成を害する」ことがなぜ対象年齢を引き上げる根拠になるのかを説明する必要が出てくるように思われます。他方、仮に、現行法上、「健全な育成を害する」ことは考慮されていないと考える場合には、なぜ新たにこれを加えることとするのかについて、その根拠とともに説明をする必要が生じてくるように思われます。   もっとも、いずれにしても、「健全な育成を害する」ことのみを根拠として5年以上の懲役という重い違法性を根拠付けることは困難であり、配布資料22は正にそのとおりの形になっていますけれども、対象年齢を引き上げる場合には、性的行為をするかどうかに関する自由な意思決定をするために必要な能力の不足という観点から説明するほかないのではないかと考えております。 ○齋藤委員 ほぼ、佐藤拓磨幹事がおっしゃったことと同じなのですけれども、性的同意の能力について、性行為をするかどうかに関する能力は、配布資料22に記載されている「①」、「②」及び「③」の能力だと私も思っております。「①」が仮にあったとしても、中学生の年齢では「②」はまだ十分に理解できる年齢ではなく、「③」に至ってはまだ自立をしておらず、親から離れて自分の世界を持ち始めるがゆえに、依存できる誰かに傾倒しやすく、他者から承認も求める年齢であり、これは年齢によらずですけれども、自分より立場が上である、あるいは年齢が上の人から容易にゆがめられてしまいます。現行の13歳というのは、性的同意年齢について過剰に見積もって判断しているのではないかと考えますが、ただ、それは社会が成熟したことであるとか、子供の能力や性的同意についての理解が深まったために、性的同意の解像度が上がって、今回のように理解されたということではないかと考えました。 ○長谷川幹事 私は、16歳に引き上げる説に賛成です。16歳までは一律に能力が欠けるとどうしていえるのかですが、まず、第2回会議におけるヒアリングでの桝屋二郎先生のお話では、脳の成熟には段階があり、具体的には、感情や生命維持をつかさどる大脳辺縁系がまず10代で成熟し、理性や抑制をつかさどる前頭前皮質は20代を超えないと成熟しないということでした。配布資料22に記載されている「②」及び「③」の能力には、理性や抑制に関わる脳の成熟が必要です。とすれば、現在の13歳では、とてもではないですが、能力が低すぎるといえます。20代を超えないと成熟しないということなので、20歳までと言いたいところではありますが、少なくとも、10代の半ば過ぎ、義務教育終了前後の16歳までは、一律に能力を欠いているといえるのではないかと思います。   もう一つは、性教育の現状です。第3回会議でも述べましたが、13歳という年齢は、小学生の段階で、性行為について学校では教えられません。中学生でも、3年生になってようやく、性感染症について学びますが、性行為それ自体については、学校では学習指導要領には入っていません。そうすると、少なくとも、中学3年生の課程を終えるまでは、性行為についての正確な知識は不十分で、アダルトビデオや漫画などに影響された誤ったものではなくて、きちんと教えられた正確な知識が不十分であるといえるので、15歳までの子供は、「②」及び「③」に必要な能力を一律に欠くというべきと考えています。 ○小島委員 前回も申し上げたのですけれども、性交同意年齢を13歳未満とする従来の規定と、これを16歳未満に引き上げることは、基本構造は同じだと思っております。佐藤陽子幹事から、三つの判断要素について出てきまして、16歳まで引き上げるべきだという根拠を頂いたのですけれども、結局は、被害者が一定の年齢以下の者については、自己決定権の侵害あるいは健全育成を害する危険があることから、これを遠ざけましょうという、政策的な決定と見るほかないのではないかと思います。健全育成という視点からも、政策的な線引き・決断をすることが迫られているのではないかと思います。前回私が申し上げたことに加えて言いますと、そのようなことでございます。 ○宮田委員 私も正に政策的だという話をします。先ほどの長谷川幹事の脳の生育についてのお話ですが、20代まで脳が成熟せず、正常な判断ができないということであれば、18歳で成人になるのは何でなのだという話になります。私たちが、法律の中で、ある年齢を一律に要件で定めるかどうかは政策的な判断となります。   配布資料23にあるように、現に、15歳であれば、かなり年齢の離れた方と、その後婚姻の実態があるような生活を始める可能性があるということになります。また、長谷川幹事が、ポルノの影響等で、性についての正確な知識を得ていないということをお話しになりましたが、正にそうであるとすれば、少年法の改正によって、強制性交等罪は皆、原則逆送になってしまったわけですけれども、それでいいのかという議論にもつながり得るのではないかと思います。   そのような意味で、最後は政策的な判断・線引きだというその結論自体は、小島委員と同じなのですが、私は、その線を引く年齢が16歳でよろしいのでしょうかというのが、結論でございます。 ○北川委員 対象年齢の引上げに係る理論的根拠に関しまして、性的同意能力といいますか、自己決定能力が十分に備わっているか否かという観点から、佐藤拓磨幹事からお話もありましたように、配布資料22に記載されている「③」の段階まで備わっていることをもって、16歳という線を引こうと、そのような御意見で整理をしていくのがいいのではないかということでございましたけれども、その考え方に加えて、健全な育成を害する年齢という、先ほど小島委員がおっしゃった刑事政策的な考慮も含めていいのではないかと思います。もちろん、一番重要な観点は、性的な自己決定能力、つまり「③」までの能力で、性的行為に向けた相手方からの働きかけに対する対処能力を欠く年齢が絶対的な保護年齢に掛かるのだということなのですけれども、それだけの説明では、後に問題となります除外事由につき、私はB案が適切と考えておりますが、除外事由の根拠付け・説明としては、若干不十分ではないかと考えたからでございます。   例えば、この除外事由について、同世代間の真摯な恋愛感情があった場合等を除くことが必要なのではないかということが、これまでの議論にも出ていましたけれども、そのような場合を考えると、新たな保護対象になる思春期に入る頃の14、15歳辺りの者については、一定程度は性的能力があるが不十分であり、その不十分さを補うために、健全な保護育成を考えて、16歳未満にまで保護の年齢の引上げをするのだと説明することが適切なのではないかと考える次第です。 ○井田部会長 今、「2」の問題に入られましたので、次に、「2 対象年齢を引き上げた場合に、一部を処罰対象から除外し又は処罰対象を限定することの要否及びその根拠」について議論を行いたいと思います。 ○嶋矢幹事 先ほど、佐藤拓磨幹事から、性的行為をするかどうかに関する能力の内実を、配布資料22に記載されている「①」から「③」までの能力と捉え直して、対象年齢を引き上げる場合の考え方について、御発言がありました。   それを踏まえつつ、配布資料23を見ますと、15歳で実質的な婚姻関係に入っている者も一定数いるようであり、これらの者については、相手方との間で性的な関係を持っているであろうと推察されます。このような実態からすると、A案に関しては、13歳以上16歳未満の者について、一律に例外なく、「②」の影響理解能力及び「③」の対処能力などの能力を欠くといえるのか、例外なく強制性交等罪の成立を認めてよいのかという疑問が生じ得るところです。仮に、対象年齢を引き上げる理論的根拠を、先ほど申し上げた「①」から「③」までの能力の点に求めつつA案を採る場合には、ただ今申し上げたような実態を踏まえてもなお、一律に能力を欠くという理論的根拠を維持できることの説明が必要になると思われます。   一方、社会的実態として処罰対象とすべきでない場合があるのであれば、B案のように、処罰対象としない例外的な場合を設ける必要があるように思われます。もっとも、B案については、「②」や「③」の能力が欠けることを理由として一律に対象年齢を引き上げた上で、一定の場合を処罰対象としないことの理論的な根拠とその整合性に留意をする必要があると思われます。   B案には、B-1案とB-2案がありますが、このうち、B-1案は、「②」や「③」の能力が欠けることを理由として一律に対象年齢を引き上げつつ、一定の場合に処罰対象から除外する案です。このB-1案を採る場合、一律に対象年齢を引き上げる以上、対象年齢の者との性交等は、常に法益侵害が生じるということを意味することになりますので、それにもかかわらず、一定の場合には処罰しないこととすることが、その理由に関して相互矛盾を生じないか、十分に検討する必要があると思われます。   次に、B案のうちB-2案は、13歳以上16歳未満の者に対する性交等のうち一定の場合に限って処罰対象とする案、すなわち、13歳以上16歳未満の者について、基本的には、性的行為をするかどうかに関する能力が不十分であるが、場合によっては、「②」及び「③」の能力を欠くとはいえず、法益侵害の程度が低く、少なくとも、強制性交等罪で処罰するほどの違法性がないことがあるため、そうではない場合、すなわち、強制性交等罪で処罰すべき法益侵害があるといえる場合に限って処罰対象とすると考えることになると思われます。   このB案を採る場合、B-1案にしろB-2案にしろ、どのような場合に「②」や「③」の能力を欠くと評価できるのかを検討する必要があると考えられますが、例えば、「③」の能力に着目して、年齢が近い者同士の場合には、相手方からの働きかけに的確に対処することが可能であるため、法益侵害の程度が低く、少なくとも、強制性交等罪で処罰するほどの違法性はないが、年齢が離れると、対処が困難になり、法益侵害の程度が高く、強制性交等罪で処罰すべき要請がある、と仮に考えられるのであれば、一つは、前者を処罰対象から除外するという方向性、これはB-1案に対応するかと思いますが、もう一つは、後者の場合に限って処罰対象とする方向性、これはB-2案に対応すると思いますが、そういった考え方と方向性もあり得るのではないかと思われます。もちろん、政策的な規定である部分は残らざるを得ないところではございますが、その政策の根拠となる理論の部分は検討しておくことが必要であると思います。 ○小島委員 先ほど、言葉足らずだったので、若干補わせてもらいますけれども、結局、私が、青少年の健全な育成を図るための政策的な問題だと申し上げましたのは、年少者は年上の者に服従してしまいがちで、判断能力の浅薄さに付け込まれるという可能性があり、児童虐待の防止、青少年の性的保護を図っていくという意味では、対象年齢を16歳未満に引き上げることに大変社会的意味があると思います。児童に対する性的搾取、児童に対する性的道具化が問題になっておりますが、これを防止するのだということだと思います。だから、判断能力というよりは、そのような観点で、この問題を考えたらいいのではないかと。   対象年齢を16歳未満に引き上げる根拠をそのように解すると、では、どうやって一定の者を処罰から除外するかという根拠につきましても、健全育成という観点からいうと、年齢の近い者同士ではその危険がある可能性が低いと、それから、強制の生じやすさは年齢差から起きると、対象の判断能力の低さの不当利用も年齢が近いと起きにくいという形で、何よりも、16歳未満で除外規定を設けないと、行為者もその相手方も14歳以上であれば犯罪が成立するということで、これはふさわしくないという考えでございます。私としては、中学生同士のこういう問題については、除外していいのではないかと思います。 ○山本委員 配布資料23として婚姻についての資料が出てきたので、少しお話しできればと思ったのですけれども、婚姻と性犯罪は分けて考えるべきだと思います。処罰すべきものではない例として出てきたと思うのですけれども、DVの中でレイプが起こっているような場合など処罰すべきものもあると考えます。ユニセフは、18歳未満の者の結婚を児童婚と定義しています。今回、女性の結婚年齢も、日本は18歳以上に上がりましたので、そこに婚姻を絡めて議論する必要がないのではないかということと、あと、日本の10代で結婚した人なのですけれども、15歳から19歳は、結婚期間が妊娠期間より短い出生、いわゆるできちゃった結婚であるという方が8割であり、ほかの年齢層と比べて明らかに高かったという報告があります。また、これは保健上のリスクですけれども、10代の妊娠は、妊娠合併症や切迫早産の危険があり、さらに、妊娠・出産すれば、高校の退学を求められますし、低学歴・低収入が多くなり、児童虐待の発生数も高いということも鑑みて支援が必要ですが、性犯罪とは分けて話をしていただければと思いました。 ○橋爪委員 私は、B案の観点から年齢を引き上げた上で、どのように処罰範囲を限定するかについて、意見を申し上げます。配布資料22の「補足的検討課題」の「2」の末尾にもございますように、限定する要件を形式要件にするか実質要件にするかという観点からも、意見を申し上げたいと存じます。   その前に、前回の第7回会議で、小島委員から、行為者の年齢を基準とすべきという御意見があったかと存じます。具体的には、行為者が18歳以上の場合に限って処罰するという御意見だったかと記憶しています。しかし、B案のように、年齢を引き上げた上で、行為者が18歳以上の場合に限って処罰対象とする場合には、交際関係にある15歳の者と17歳の者が性的行為に及ぶ場合については、その段階では、性行為は犯罪を構成しませんが、15歳の者が16歳になる前に17歳の者が18歳の誕生日を迎えますと、その瞬間から性行為が犯罪を構成することになり、不都合があるように思われます。この点につきまして、小島委員からは、初回の行為時における行為者の年齢が18歳未満であった場合については処罰から除外するという御提案があったかと存じます。しかしながら、性犯罪の成否においては、性行為の実行段階の具体的状況が決定的に重要であるところ、過去において、いつ性行為が開始されたかを基準として犯罪の成否を判断することは、理論的には正当化困難であるように思われます。また、具体的に考えましても、例えば15歳と17歳の交際の際は、性行為を控えながら真摯に交際していたところ、行為者が18歳になって初めて性行為をした場合については処罰されるのに、交際してすぐに初めから性行為をしていた場合については処罰されないという結論も不均衡であるように思います。このように考えますと、形式要件で考える場合についても、行為者の年齢を基準とするよりも、むしろ年齢差に着目する方が適切ではないかと思います。   それでは、年齢差という形式的基準によって処罰の限界を画するか、あるいは実質的観点、すなわち、性的搾取といえるかという観点から判断するか、いずれが適切でしょうか。この点について、私は、性犯罪に関する刑事法検討会の際から一貫して、実質的要件によって処罰を限定すべきであると申し上げてまいりました。それは、若年者の未熟さに乗じて性的搾取として行われた性行為か否かは、性交に至った経緯や状況、当事者の関係性等、個別の事情に依存する以上、本来、形式的判断になじむものではなく、個別具体的な事実関係に従って実質的に判断する必要があると考えたからです。本部会でも、佐伯委員及び北川委員から同様の御指摘があったかと存じます。   ただ、このように、実質的要件によって個別に判断するという理解に対しては、処罰の限界の明確性が担保できないという問題があることは認めざるを得ません。また、個別の事実関係を十分に立証できない場合については、性犯罪の成立を肯定できず、若年者の性的保護に欠けるという批判もあるところです。また、このように、性的同意年齢をめぐる議論が注目されているところ、特に若年者に対して、どのような状況下において性行為を行ってよいのかについての明確な指針や基準を提供する必要性も無視できないと思われます。これらの事情に鑑みますと、飽くまでも、処罰の実質的根拠は、若年者の未熟さ、脆弱性に付け込み、年長者が性的搾取として性行為を行った点に求めつつも、そのような事実の有無を、個別の事案ごとに具体的に判断するのではなく、年齢差という観点から形式的、一律に判断するということも、刑事立法の方向性としては検討に値するように思われます。   その意味では、B案を前提とした上で、例えば、14歳及び15歳の者については、一定の年齢差がある場合に限って処罰するという選択肢も、個人的には選択肢になり得るように思います。ただ、今申し上げましたように、年齢差の要件は、飽くまでも、若年者の脆弱性に付け込んだ性的搾取と評価できるような関係性を推認するものとしての意義を有します。また、このような推認については被告人側からの反証ができないことを前提にしますと、年齢差の要件とは、その年齢差であれば性的搾取もあれば通常の恋愛もあるというレベルでは不十分であって、これだけの年齢差があればおよそ一般的な恋愛は考えられず、性的搾取としての性行為以外はおよそあり得ないような関係性を必然的に導くものでなければ、一律の処罰を正当化できないように思われます。今後、仮に年齢差を検討する際には、このような観点を踏まえて検討することが必要であると考えます。 ○井田部会長 これまでの御意見を前提としますと、「第一の二」については、除外限定は明文に書かなくてよいという見解はないと理解してよろしいですか。 ○長谷川幹事 私は、除外はすべきではないという意見です。若年同士とか年齢差の小さい者であっても、被害実態があります。また、先ほど、15歳で結婚生活に入っている者がいるという話がありましたが、これは、12年間で129名の話で、女性の婚姻年齢が18歳でなかったときの話です。今後、婚姻年齢が引き上げられている現行法の下で、同意年齢も16歳に引き上げられたときに、このような15歳で結婚生活に入っていく事例が同じようにあるのかどうかというのは疑問だというのがあります。 ○井田部会長 長谷川幹事は、先ほど、本当は、20歳までは判断能力がないという言い方をされていて、そうすると、同じ年齢層の加害者の側についても、判断能力が部分的になくなるとか、あるいは故意がないとか、そういうふうになってこないですか。 ○長谷川幹事 加害者との関係なのですが、刑事責任で問題となる能力は是非弁別能力であって、それは、事物の是非、善悪を弁別し、かつそれに従って行動する能力といわれています。相手の意思に反して性交等を行ってはいけないという規範であるとか、同意年齢が引き上げられた場合には、16歳未満の者と性交しては犯罪になるという規範ができますので、そのようなことを行ったらいけない、だからしないということを判断し、制御する能力ということが、刑事責任能力では問題となると思います。その場合、他の犯罪における能力とそれは同じであって、性犯罪について別に考える必要はないと考えます。これに対して、同意年齢で問題となる判断能力は、配布資料22に記載されている「①」から「③」までの能力であり、これは、是非弁別能力よりも高度です。例えば、自分の人生への影響であるとか。そうすると、同意年齢を引き上げることにより、刑事責任能力も対象年齢になるまで不足しているということにはならないと思います。 ○金杉幹事 一点、性差のことについて申し上げます。私は、従前から申し上げているとおり、対象年齢の引上げには消極の立場です。どうしても、議論を聞いていますと、16歳未満の者が女性であることがイメージされているように思うのですけれども、男性と女性の性差は、この年齢においては特に、否定できないと思います。先ほど、井田部会長からも御指摘がありましたように、15歳の男子が18歳の女性に対して強制性交等に及んだ場合、被害者の側も構成要件的にはこれに該当するのではないかという問題と、仮に強制性交等ではなくて、合意をして性交等を行った場合、15歳の男子と18歳の女性、20歳の女性でもいいのですけれども、これも該当することになると思います。男女を問わず、一律に保護すべき年齢として引き上げることには、慎重という意見です。              (中川委員 退室) ○井田部会長 「第一の二」についての議論は、本日はこの程度とさせていただき、簡単にまとめたいと思います。   対象年齢を引き上げる理論的根拠については、これまでの議論において、性的行為をするかどうかに関する能力の内実を整理し、それを踏まえて検討するという視点が示されたことを踏まえて、13歳未満の者は、配布資料22に記載されている「① 行為の性的意味を認識する能力」を欠いていると見ることができるのだと、一方、13歳になると、性的意味を認識する能力は備わっても、「② 行為が自己に及ぼす影響を理解する能力」や、「③ 性的行為に向けた相手方からの働きかけに的確に対処する能力」がまだ十分備わっていないと考えることができるとすれば、それを根拠として対象年齢を引き上げることがあり得るのではないかという御意見が述べられたところです。   他方、「健全な育成を害する」ことを根拠として対象年齢を引き上げてよいのではないかという御意見も、複数の委員から表明されました。ただ、これに対しては、御批判もあって、現行法の考え方にはそれは含まれていないのではないか、それなのになぜそれを理由にして引上げができるのか、また、5年以上の懲役という重い違法性を基礎付けることが可能なのかといった問題点も指摘されたところです。   処罰対象に含めない、除外ないし限定の規定を設けるかどうかについては、結婚生活に入ったときの年齢に関する資料などを踏まえ、13歳以上16歳未満の者について、一律に例外なく、「②」の「自己に及ぼす影響を理解する能力」や「③」の「相手方からの働きかけに的確に対処する能力」を欠くといい切れるか、一律に考えることの理論的根拠はどこにあるのかという御指摘があって、むしろ、社会的実態として、処罰対象にすべきでない場合があるのであれば、B案のように、処罰対象としない例外的な場合を設ける必要があるのではないかといった御意見がありました。その上で、B-1案・B-2案それぞれについて、例外的な場合を設ける理論的根拠をどのように考えるかについて、御意見が述べられたところであります。本日の議論を伺っている限りでは、仮に、対象年齢を引き上げるのであれば、処罰対象としない例外的場合は条文に明記する必要があるという御意見が大勢であったと理解いたしました。   以上で、本日の議論を終えたいと思います。   本日までの議論を踏まえまして、今後の進め方について、委員・幹事の皆様に御提案させていただきたいことがございます。   この部会では、これまで8回の会議を行って、「検討のためのたたき台」や本日の「補足的検討課題」に基づいて、各諮問事項について議論を重ねてまいりましたが、私の見るところ、相互に意見の隔たりが残っている事項はありますけれども、全体として、議論は相当に熟しつつあるように思われ、そろそろ、まとめの段階に入ってよろしいのではないかと感じられるところであります。そこで、より具体的な条文に近い案に基づいて、最終的な部会の意見の取りまとめに向けて、詰めの議論に入っていくべき段階に差し掛かっていると考えるわけでございます。   そこで、次回までの間に、部会長である私の責任の下で、事務当局に、これまでの議論を踏まえつつ、諮問事項についての「試案」を作成してもらうことにし、次回以降は、それに基づいて議論を行いたいと思います。   もとより、各諮問事項についての改正・新設の要否・当否やその内容を決めてしまうというものではなく、飽くまで、全体を俯瞰しつつ、各諮問事項について更に議論を深めるために用意する「たたき台」にすぎませんが、より具体的な、条文に近い形の素材を用いて議論し、必要に応じてその内容に修正を加えていく方法で審議を進めることが、より充実した議論を可能とし、この部会の最終的なゴールに近付くためのベストな方法ではないかと考える次第であります。   次回以降、そのような形で進めることにしたいと思うのですけれども、それでよろしいでしょうか。 ○長谷川幹事 多くの論点について、議論が収束しつつあるというのは、私も認識しているのですが、本日、最初に行いました諮問事項の「第三の二」についての議論の際、行政手続による没収・消去の対象や範囲について、委員・幹事から質問が出され、それに対し、浅沼幹事から、それは今後の議論である旨の答えがなされて、議論はしていない状況だと思うのです。ですので、それだけのために議論の場を設けるというのが迂遠だということであれば、その間、本日時間がなくて出せなかった意見について書面で提出することを認めていただければと思いますが。 ○井田部会長 別に、ここで議論を終わらせるわけではなくて、条文に近い形にしていただいて、その上で、また、何度か、部会において検討していきましょうということであり、ここで議論を止めてしまうという趣旨では全くございませんので、御理解いただければと思います。 ○保坂幹事 今日、事務当局の方から、今後の議論によるとお答えした部分がありましたが、次回お示しするときの試案というのは、これまでの議論を踏まえて事務当局として考えたところをお示しすることになるので、この状態では入っていないのか、この状態では入っているのか、それとも、まだこれは更に議論の余地があるのか、議論の余地があるというのは、いずれの問題についてももちろん、それはそうなのですけれども、試案を出した段階では、恐らくそういう答えが可能になってくるのだろうと思います。そして、試案をいきなり会議の場でお出しするわけではなくて、事前に皆様のところにお送りすることになりますので、そこでもしお気付きになった、これはどうなのだろうか、単純な疑問ではなくて、これを入れるべきという御意見があるのであれば、それは会議の場でおっしゃっていただければよろしいのかなと思います。 ○長谷川幹事 そうすると、前提として、これまで、たたき台という形で、ある程度抽象的なもので議論してきたのですけれども、今度出していただくものもたたき台であり、それについて更にまた部会において意見を交換し合うという理解でよろしいでしょうか。 ○井田部会長 もちろんそうです。一切修正を許さないということではもちろんございません。ここで議論して、必要があれば、修正をしていくということです。 ○長谷川幹事 分かりました。 ○山本委員 質問なのですけれども、諮問事項の「第一の二」の対象年齢に関する議論のうち、年齢差についての意見は固まらなかったと思うのですけれども、それについては、二巡目の議論の際に示されたような、意見が固まらなかった部分が丸抜きにされた形の条文案が示されるのでしょうか。どうしても、条文案というと、きちんとしたものが出てくるのではと思いました。 ○吉田幹事 御指摘の点も踏まえて、どのような書き方にするかは、部会長ともよく相談したいと思っております。また、先ほど保坂幹事から発言がありましたように、事前に皆様にお示しして、次回に備えていただく形にしたいと考えております。 ○井田部会長 要するに、一歩でも先に進むために、条文に近い形の試案を見た方がいいのではないですかという趣旨でございます。いかがでしょうか。              (一同異議なし) ○井田部会長 ありがとうございます。それでは、そのようにさせていただきたいと思います。   次回の予定につきましては、事務当局の準備の状況も踏まえつつ、なるべく早く日程を確定させ、事務当局を通じて皆様にお知らせすることとさせていただきます。   本日予定していた議事につきましては、これで終了いたしました。   本日の会議の議事につきましては、特に公開に適さない内容はなかったかと思われますので、発言者名を明らかにした議事録を作成して公開することとさせていただきたいと思います。また、配布資料についても、公開することとしたいと思いますが、そのような取扱いでよろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○井田部会長 それでは、そのようにさせていただきます。   本日は、これにて閉会といたします。   -了-