法制審議会 刑事法(性犯罪関係)部会 第10回会議 議事録 第1 日 時  令和4年10月24日(月)   自 午前9時59分                         至 午後1時05分 第2 場 所  東京地方検察庁1531会議室 第3 議 題  1 試案についての説明         2 試案についての議論         3 その他 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○浅沼幹事 ただ今から、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会の第10回会議を開催いたします。 ○井田部会長 本日は、御多忙のところ、御出席くださり、誠にありがとうございます。   本日、今井委員、大賀委員、北川委員、小島委員、中川委員、池田幹事、金杉幹事、くのぎ幹事、中山幹事は、オンライン形式により出席されています。   また、木村委員におかれては、所用のため欠席されています。   それでは、議事に入りたいと思います。   前回の会議で申し上げたところですが、これまでの当部会の議論を踏まえまして、事務当局に、諮問事項についての「試案」を作成してもらいました。   そこで、まず、事務当局から配布資料となっております「試案」について説明をお願いします。 ○浅沼幹事 配布資料26を御覧ください。   この「試案」は、これまでの当部会における御議論を踏まえて、部会長の御指示に基づき、事務当局において、今後の検討のためのたたき台として作成したものです。   もとより、この「試案」は、飽くまで一つのたたき台であり、当部会の御議論の対象を制約したり、方向性を定めようとする趣旨のものではありません。   それでは、「試案」の内容について御説明いたします。   まず、試案「第1-1 暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の改正」について御説明いたします。   「1」はわいせつな行為の処罰について、「2」は性交等の処罰について記載したものです。   「1」及び「2」の「(1)」では、これまでの御議論を踏まえ、性交等の手段や被害者の状態を列挙した上で、包括的な要件を「拒絶困難」とすることとしています。包括的な要件の在り方については、「その他意思に反して」とすべきとの御意見もありましたが、人の内心の意思そのものを直接問題とする要件とした場合、明確性や安定的な運用といった観点から懸念があるとの御指摘が複数の委員・幹事から述べられ、より外形的・客観的な判断を可能とする要件として、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて」との要件とすることを支持する御意見が多く示されました。   そこで、包括的な要件については「拒絶困難」とした上で、その具体的な意味について、「拒絶の意思を形成し、表明し又は実現することが困難な状態」としています。その上で、これまでの御議論を踏まえ、「ア」の「(ア)」から「(ク)」までに、被害者を「拒絶困難」にさせる原因になり得る行為を列挙し、「イ」の「(ア)」から「(ク)」までに、被害者が「拒絶困難」となる原因になり得る事由を列挙しています。   他方、性的行為が行われるに当たって何らかの錯誤が生じている場合の中には様々な態様や程度のものがあることから、他の拒絶困難事由とは別に取り扱うこととした上で、被害者が、行為がわいせつなものではないと誤信している場合、行為の相手方について人違いをしている場合には、性的自由・性的自己決定権を侵害することが明らかであるとの御意見があったことを踏まえ、これらを「(2)」として記載しています。   次に、試案「第1-2 刑法第176条後段及び第177条後段に規定する年齢の引上げ」について御説明いたします。   「1」はわいせつな行為の処罰について、「2」は性交等の処罰について記載したものです。   現行法においては、わいせつな行為や性交等をすること自体で強制わいせつ罪又は強制性交等罪を構成して処罰されることとなる規定の客体は、「13歳未満」の者とされています。   この年齢をどのように考えるべきかについては、性的行為をするかどうかに関する能力が十分身に付いているかどうかという観点から、「16歳未満」に引き上げるべきであるとの御意見が大勢を占めたように思われました。その上で、対象年齢を「16歳未満」に引き上げつつ、一部を処罰対象としないこととすることの要否・当否については、そのような例外を設けるべきでないとの御意見もありましたが、一定の場合には処罰対象としないこととすべきとの御意見が多く示されたように思われました。   そして、どのような場合を処罰対象としないこととするかについては、行為者と相手方が対等な関係であるといえるかどうかという観点から、年齢差を要件とする考え方が示され、具体的な年齢差については、3歳差以内の場合には処罰しないこととすべきとの御意見があった一方で、年齢差という形式的な要件で処罰範囲を画することとなる以上、対等な関係となることがまず考えられない程度の年齢差として、5歳以上の年齢差がある場合に限って処罰することとすべきではないかとの御意見がありました。   そこで、試案「第1-2」においては、処罰対象を、まず、「13歳以上16歳未満の者に対し、当該者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者」がわいせつな行為や性交等をした場合としています。    その上で、例えば、13歳以上16歳未満の者が年長者に対して暴行・脅迫を用いて性的行為に至った場合など、一定の場合については、構成要件の段階で処罰対象から除外すべきとの御指摘もあったことを踏まえ、「当該13歳以上16歳未満の者の対処能力が不十分であることに乗じて」との要件も設けることとしています。   諮問事項「第一の三」の相手方の脆弱性や地位・関係性の利用を要件とする罪の新設については、これまでの御議論を踏まえますと、現行法の監護者性交等罪の対象を拡張しようとする考え方に立って規定を設けることは、その地位・関係性があれば例外なく自由な意思決定ができないといえるような地位・関係性を的確に規定することができるかといった点において、困難であると考えられました。   他方、これまで御指摘されていた、相手方が心身に障害を有している場合や一定の年齢未満である場合、一定の地位・関係性を有する者がそれを利用する場合については、試案「第1-1」の「(イ)」の「心身の障害」の類型や、「(ク)」の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益の憂慮」の類型、あるいは試案「第1-2」によって処罰対象となることを明確化できると考えられました。そのため、諮問事項「第一の三」自体の案という形ではお示ししていません。   次に、試案「第1-4 刑法第176条の罪に係るわいせつな挿入行為の同法における取扱いの見直し」について御説明いたします。   強制性交等罪は、強制わいせつ罪の加重規定であると解されており、現行法では性交等、すなわち、性交、肛門性交及び口腔性交が、強制性交等罪による処罰の対象とされていますが、これまでの御議論を踏まえますと、「膣又は肛門に、陰茎以外の身体の一部又は物を挿入する行為」についても、性交等と同等の法益侵害を生じさせるものとして、性交等に匹敵する当罰性を有するものと考えられました。   そこで、膣又は肛門に陰茎以外の身体の一部又は物を挿入する行為であってわいせつなものをした者は、強制性交等罪として、5年以上の有期拘禁刑に処することとしています。   次に、試案「第1-5 配偶者間において強制性交等罪などが成立することの明確化」について御説明いたします。   現行法上も、行為者と相手方との間に婚姻関係があるかどうかは、強制わいせつ罪及び強制性交等罪の成立に影響しないと解されます。   もっとも、この点は条文上明示されておらず、これまでの御議論を踏まえますと、配偶者間においてもこれらの罪が成立することを明示的に確認する規定を置くことが考えられました。   そこで、強制わいせつ罪や強制性交等罪に当たる行為をした者は、「婚姻関係の有無にかかわらず」、それぞれの罪に定める刑に処することとしています。   次に、試案「第1-6 性交等又はわいせつな行為をする目的で若年者を懐柔する行為(いわゆるグルーミング行為)に係る罪の新設」について御説明いたします。   これまでの御議論を踏まえますと、若年者の性被害を未然に防止し、若年者の性的自由・性的自己決定権の保護を徹底するためには、性犯罪の実行の着手前の行為であっても、若年者が性被害に遭う危険性のない状態、すなわち、若年者が性被害に遭わない環境にある状態を侵害する危険を生じさせたり、これを現に侵害する行為を処罰することが必要であると考えられました。   その上で、若年者に対する性犯罪には、双方が対面した状態で行われる対面型のものと、対面することなく遠隔状態で行われる遠隔型のものがあるとの御意見を踏まえ、「1」において対面型の性犯罪を想定した処罰規定を、「2」において遠隔型の性犯罪を想定した処罰規定を設けることとしています。   具体的には、対面型の性犯罪の場合、行為者が性犯罪に及ぶためには、若年者と面会する必要があるところ、「1」は、この面会に着目して、わいせつの目的で、16歳未満の者に対し、一定の手段を用いて面会を要求する行為について、1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処することとし、当該要求行為の結果、16歳未満の者と面会したときは、2年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処することとしています。   他方、遠隔型の性犯罪の場合、若年者自身による行為があって性犯罪が成立することになるところ、「2」は、この若年者自身が行う行為に着目して、16歳未満の者に対し、一定の性的な姿態をとってその映像を送信することを要求する行為について、1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処することとしています。   次に、試案「第2-1 公訴時効の見直し」について御説明いたします。   現行法上、性犯罪の公訴時効期間は、例えば、強制性交等罪が10年、強制わいせつ罪が7年とされていますが、これまでの御議論では、性犯罪については、その性質上、恥の感情や自責感により被害申告が困難であることや、被害者の周囲の者が被害に気付きにくいことから、他の犯罪と比較して、類型的に被害が潜在化しやすく、その結果、訴追が事実上可能になる前に公訴時効が完成し、犯人の処罰が不可能となるという不当な事態が生じている場合があるとの御意見が多く示されました。   そこで、このような性犯罪の特性を踏まえ、より長期間にわたって訴追の機会を確保するため、性犯罪について、公訴時効期間を現行法上のものから5年間延長することとし、「1」のとおりの公訴時効期間とすることとしています。   また、若年者については、心身ともに未成熟であり、性犯罪の被害を受けたとしても、知識・経験が不十分であることなどから、それが性犯罪の被害であることを認識すること自体が困難であったり、自責感等により、被害について保護者に相談しにくいことが多いといった事情があり、大人の場合と比較して、被害申告がより困難であると考えられることから、「2」においては、性犯罪の被害者が、犯罪行為が終わった時に18歳未満である場合には、「1」に定める期間に、当該犯罪行為が終わった時から被害者が18歳に達する日までの期間に相当する期間を加算した期間を経過することによって公訴時効が完成することとしています。   次に、試案「第2-2 被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則の新設」について御説明いたします。   性犯罪の被害者等にとっては、被害状況等を繰り返し供述することが大きな心理的・精神的負担になるとの御指摘があるところですが、現行法上、捜査段階における聴取結果を記録した録音・録画記録媒体については、いわゆる伝聞証拠として証拠能力が認められないのが原則であり、伝聞例外としても、刑事訴訟法第321条第1項第2号又は第3号の要件を満たす必要があるため、性犯罪の被害者等の心理的・精神的負担の軽減を図る上で不十分であると考えられました。   そこで、これまでの御議論を踏まえ、近時捜査実務において広く用いられるようになっている司法面接的手法が、不安・緊張を緩和するなどして十分な供述を得るとともに、誘導を避けるなど不当な影響を与えないようにするものであることから、これにより得られた供述を公判に顕出することを可能にする新たな伝聞例外を創設することとしています。   具体的には、試案「第2-2」は、反対尋問の機会を保障した上で、主尋問に代えて録音・録画記録媒体の提出を可能とする制度であり、性犯罪の被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体について、その供述が、司法面接的手法の中核的な要素と考えられる「1(2)」の措置が特に採られた情況の下にされたものであると認められる場合であって、聴取に至るまでの情況その他の事情を考慮し相当と認められるときに証拠能力を認めることとした上で、訴訟関係人に対して供述者に対する尋問の機会を与えなければならないこととしています。   なお、試案「第2-2」においては、制度の対象者について、いわゆる性犯罪の被害者を始めとする、「公判準備又は公判期日において更に供述することで精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者」としており、性犯罪の被害者に限定することとはしていません。   これは、例えば、悲惨な犯罪の目撃者や、「1(1)」の「ア」及び「イ」に規定する犯罪以外の被害者についても、犯罪の性質、供述者の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情によっては、繰り返しの供述が心理的・精神的負担になることが考えられるところであり、これらの者の心理的・精神的負担を軽減する必要性は、「1(1)」の「ア」及び「イ」の「性犯罪の被害者」と同様に認められる上、そのような者との関係においても、司法面接的手法を用いた聴取により一定の信用性の情況的保障が担保されると考えられたことから、試案「第2-2」の対象者に含めることとしているものです。   次に、試案「第3-1 性的姿態の撮影行為及びその画像等の提供行為等に係る罪の新設」について御説明いたします。   これまでの御議論を踏まえますと、性的な姿態の撮影行為やその画像等の提供行為は、性的な姿態が、単にその場で認識されることを超えて、その姿態をとった時以外の他の機会に他人に見られる危険を生じさせるものであり、しかも、特定かつ少数の者に見られるにとどまらず、不特定又は多数の者に見られるという重大な事態を生じさせる危険を有すると考えられます。   そこで、試案「第3-1」においては、自己の性的な姿態を他の機会に他人に見られるかどうかという意味での被害者の性的自由・性的自己決定権を保護するため、これを侵害する行為を処罰することとしています。   まず、「1」においては、一定の撮影対象を一定の態様・方法等により撮影する行為をした者を、3年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金に処することとしています。   撮影対象については、これまでの御議論を踏まえ、撮影行為が行われた場合に保護法益を侵害すると評価し得るものとして、性器や人が身に着けている下着などの「性的な部位等」、「わいせつな行為又は性交等がされている間における人の姿態」を列挙しており、これらを「性的姿態等」と総称しています。   一方、「性的姿態等」のうち、人が通常衣服を着けている場所において不特定又は多数の者の目に触れることを認識しながら自ら露出しているものについては、保護法益を放棄していると考えられることから、一部の撮影行為の対象から除外することとし、当該露出された姿態を除いたものを「対象性的姿態等」と定義しています。   その上で、処罰対象となる撮影行為としては、これまでの御議論を踏まえ、ひそかに、対象性的姿態等を撮影する行為、試案「第1-1」と同様に、人を拒絶困難にさせ、又は人が拒絶困難であることに乗じて、対象性的姿態等を撮影する行為、人に一定の誤信をさせ、又は一定の誤信があることに乗じて対象性的姿態等を撮影する行為、16歳未満の者の性的姿態等を撮影する行為を掲げています。   また、こうした撮影行為等により生成された性的影像記録が提供され、又は公然と陳列されれば、先ほど御説明した重大な事態の危険を生じさせ、あるいは、そのような重大な事態の危険を現実化させることとなることから、これらを防止するため、「2」において、性的影像記録を提供した者を3年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金に、性的影像記録を不特定若しくは多数の者に提供し、又は公然と陳列した者を5年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金又はその併科に、「3」において、これらの行為をする目的で、性的影像記録を保管した者を2年以下の拘禁刑又は200万円以下の罰金に、それぞれ処することとしています。   さらに、「4」においては、いわゆるライブストリーミングの方法により、性的な姿態の影像が不特定又は多数の者に対して送信された場合には、先ほど御説明した重大な事態を生じさせる危険を現実化させることになることに鑑み、不特定又は多数の者に対し、一定の方法等により、対象性的姿態等や性的姿態等の影像送信をする行為をした者を5年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金又はその併科に処することとしています。   加えて、「5」においては、影像送信された影像を記録する行為がされた場合には、撮影罪と同様の被害が生じることに鑑み、情を知って、影像送信された影像を記録した者を、撮影罪と同様の法定刑の下で処罰することとしています。   次に、試案「第3-2 性的姿態の画像等を没収・消去することができる仕組みの導入」について御説明いたします。   まず、試案「第3-2 (1)複写物の没収」についてです。   撮影罪等を設けることとした場合、これらの犯罪行為により生じた物は、犯罪生成物件として没収の対象となりますが、その複写物は、その対象とならないと解されます。しかし、原本と同じ内容の性的な姿態の影像が記録されている複写物については、その危険性を除去するとともに、犯罪行為による利得を保持させないこととする必要は、原本の場合と変わりがないと考えられますし、撮影罪等の犯罪行為がなければ生じなかったものであるという意味で、犯罪行為との関連性も認められます。   そこで、「1」において、撮影罪等の犯罪行為により生じた物の複写物を没収できるものとした上で、「2」において、刑法第19条第2項と同様、犯人以外の者に属しない物に限って没収することができることとしつつ、犯人以外の者に属する物であっても、その者が犯罪後に情を知って保有するに至ったものであるときは、これを没収できることとしています。   続いて、試案「第3-2 (2)検察官が保管している押収物に係る性的姿態の画像等の廃棄・消去をすることができる仕組みの導入」について御説明いたします。   撮影罪等を新設した場合であっても、例えば、公訴時効が完成するなどして公訴提起ができない場合などには、撮影罪等の犯罪行為により生じた物を刑事手続において没収することができず、この場合、押収物を剝奪し、又は電磁的記録を消去する手段はありません。   こうした状況を踏まえ、試案「第3-2(2)」においては、当該物又は電磁的記録が性犯罪の被害者等の権利利益を侵害する危険性に着目し、これを防止するため、検察官が、その保管している押収物を廃棄したり、電磁的記録を消去することができる仕組みを導入することとしています。   具体的には、これまでの御議論や現実的な対応可能性を踏まえ、「1」のとおり、検察官による措置として、その保管している押収物が撮影罪等の行為により生じた物や児童ポルノであるときは、当該押収物を廃棄すること、当該押収物が性的姿態等の電磁的記録又は児童ポルノを構成する電磁的記録である「対象電磁的記録」を記録したものであるときは、当該押収物に記録されている対象電磁的記録を全て消去し、若しくは当該押収物に記録されている電磁的記録を全て消去し、又は当該押収物を廃棄すること、押収物に記録されている対象電磁的記録が、いわゆるリモートアクセスによる複写がされたものであって、リモートアクセス先の記録媒体に複写元の対象電磁的記録が残存しているときは、当該対象電磁的記録を消去する権限を有する一定の者に対し、削除を命じることができることとしています。   その上で、これまでの御議論を踏まえ、「2」のとおり、検察官は「1」の「(1)」又は「(2)」の廃棄等処分又は削除命令をしようとするときは、あらかじめ、聴聞を行わなければならず、電磁的記録を全て消去し、又は押収物を廃棄する旨の廃棄等決定を行う場合には、申出に応じて、対象電磁的記録ではない電磁的記録を複写した他の記録媒体を交付することとしています。   また、「3」においては、廃棄等決定や削除命令に対する不服申立てを、原処分を行った検察官が所属する検察庁の長が処理することとし、その不服申立てに対する裁決を経た後でなければ、取消しの訴えを提起できないこととしています。   そして、「4」においては、報告徴収などの調査権限を検察官に与えるとともに、「5」においては、削除命令や調査権限の実効性を確保するための罰則等を設けることとしています。 ○井田部会長 本日の会議からは、ただ今説明のありました「試案」に基づいて議論することとしたいと思います。   議論の進め方としては、「試案」に沿って、事項ごとに、順次、議論を行っていくというのがよろしいかと考えます。先ほどの事務当局の説明に対して質問がある場合には、まとめてというのではなくて、事項ごとの議論の際にしていただきたいと思います。その上で、「試案」には多くの事項があるため、本日を含め、回を分けて議論を行うのが適当ではないかと思われますので、本日は、「試案」に掲げられた事項のうち「第1-1」から始めて、できましたら「第1-5」まで御議論いただきたいと思います。そのような進め方とさせていただくことでよろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○井田部会長 ありがとうございます。それでは、そのようにさせていただきます。   本日の進行における時間の目安につきましては、試案「第1-1」について60分程度御議論いただいた後、午前11時30分頃から10分程度、休憩をとりたいと考えております。その後、試案「第1-2」について50分程度、「第1-4」について20分程度、「第1-5」について5分程度、それぞれ御議論いただきたいと考えています。予定している時間につきましてはその都度申し上げますので、御協力をお願いいたします。   なお、「試案」に諮問事項の「第一の三」に対応する案が記載されていない理由については、先ほど事務当局から説明があったところですが、諮問事項の「第一の三」について御意見のある方は、試案「第1-1」又は「第1-2」についての御議論の際に併せて御発言いただければと思います。   それでは、まず、試案「第1-1 暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の改正」について御議論いただきたいと思います。   この「第1-1」については、最大で60分程度の時間を予定しています。   ここでは御質問と御議論とに分けてお伺いしたいと思います。先ほどの事務当局の「第1-1」についての説明内容に関して、御質問はございますか。 ○山本委員 まず、試案「第1-1」について、被害者の同意のない性的行為が性犯罪の処罰対象であるといわれながら、「拒絶困難」でなければ認められなくなったことには納得できません。皆さんを信頼してここまで議論してきた結果が、被害者の拒否のみでは処罰できないという規定が出てきたことには、言っても言っても届かないのかと、非常に無力感を覚えます。原因行為や原因事由を例示列挙することによって、このような事例を含むと示してくれたことは有り難いと思うのですけれども、それだけでは、性犯罪の成立が認められるのかどうかが非常に不明確であることに不安を感じるということは再三、言ってきたとおりです。   レイプの加害者が、暴行・脅迫を行ったり、被害者の抗拒不能な状態を利用したりしながら、相手が嫌がっていたとは気付かなかったと主張できる限り、被害者が助けを求めていたことが全く顧みられない状況は変わらないと思います。「試案」では、被害者が拒絶困難ではなかったと加害者が主張すれば、それが通ってしまうのではないでしょうか。これは懸念ではなく、これまで日本の司法で繰り返されてきた事実です。性暴力非処罰の文化が変わらないのではないかということを強く危惧します。   「意思に反して」という要件では、人の内心の意思そのものを直接問題とすることとなり、明確性や安定的な運用の観点から懸念があると説明いただきましたけれども、それに対する質問としては、拒否を言葉で伝えたり、押しのけたり、涙を流したりして拒否の意思が示されている場合も、内心の意思そのものを問題としているといわれるのでしょうか。また、NPO法人ヒューマンライツ・ナウの要望書が示されていると思うのですけれども、刑法177条を独立要件とし、拒否の意思を示した場合を処罰することとし、また、刑法178条で原因行為等を例示列挙して、その場合は「拒絶困難」ではない文言にしてほしいと思うのですけれども、そのようなドイツ型の認識可能な相手の意思に反する、あるいは相手方が拒否したにもかかわらず、というような規定にできないのかということをお伺いしたいと思います。 ○浅沼幹事 まず、拒絶の意思を形成することが困難、あるいは表明することが困難、実現することが困難というのは、いずれもが困難であるということではなくて、「又は」と記載していることからも明らかなとおり、並列的なものであり、拒絶の意思の形成・表明・実現のいずれかが困難であれば拒絶困難と認められるものとして記載しています。ですので、御指摘があったような、拒絶の意思を表明することはできたものの、それを実現して拒絶することが困難な場合というのは、拒絶の意思を実現することが困難な状態の中に文理上当然に入ってくるものとして記載しています。   さらに、「意思に反して」という要件に関しての御指摘につきましては、これまでの当部会において御指摘があったとおり、仮に「意思に反して」、あるいは「不同意」といった被害者の内心のみに着目した要件とした場合には、人の心理状態や意思決定の過程に様々なものがあり得る中で、人の内心の意思を直接問題にすることになる結果、どのような場合に処罰されるかが明確であるといえるか、安定的な運用に資するかといった観点から、疑問が残ると考えられました。   これに対して、内心ではなく「状態」、すなわち「拒絶の意思を形成し、表明し又は実現することが困難な状態」との要件とした場合には、その原因となる行為や事由を例示することとあいまって、そのような「状態」であるかどうかを客観的・外形的に判断することが可能であると考えられ、処罰範囲を明確にすることができると考えられました。そこで、試案「第1-1」では、「意思に反して」や「不同意」ではなく、「拒絶の意思を形成し、表明し又は実現することが困難な状態」としています。 ○井田部会長 いずれにしても、「拒絶困難に乗じて」という要件がよいのかどうか、「意思に反して」という要件の方がよいのではないかということは、御議論の対象になると思いますので、まずは、ほかに御質問はございますか。できれば御意見とは切り離して、先ほどの「試案」についての説明に対する御質問を先にしていただくのがよろしいかと思います。 ○齋藤委員 例示列挙として書かれている文言の確認と質問をさせていただきたいと思います。まず、「1(1)ア(イ)」の「心身に障害を生じさせること」に関して、従前からある障害ではなくて、そのときの様々なやり取りの中で相手に障害が生じた場合も入るのかと思うのですが、例えば、相手に解離の状態が生じた場合は含まれるのか、そして、解離は果たして障害といっていいのか、これは小西委員にお伺いすべきなのかもしれないですが、少し判断が難しいと思ったので、お聞きしたいと思います。次に、「1(1)ア(キ)」の「虐待に起因する心理的反応を生じさせること」の「虐待」について、私たち心理職は、関連法規から、虐待とは、児童虐待、障害者虐待、高齢者虐待だというイメージがあるのですけれども、そうではなく、同級生同士であっても、配偶者間であっても、パートナー間であっても、親子でも、様々な関係性を問わず、継続的な暴力全てが含まれるのかということをお聞きしたいです。最後に、「1(1)ア(ク)」の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること」について、例えば、同級生同士であっても、クラスの中心人物と周辺の人ですとか、サークルの先輩と後輩など、大人からは分かりにくい関係性の地位がきちんと把握されるのかということについて、お伺いしたいと思います。 ○浅沼幹事 この「試案」の趣旨として御説明します。まず、「1(1)ア(イ)」の「心身の障害」とは、身体障害、知的障害、発達障害及び精神障害を意味し、その程度は問わないものとして用いています。また、一時的な障害も含むものとして記載しています。   次に「1(1)ア(キ)」の「虐待」ですけれども、こちらは、物理的又は精神的にひどい取扱いをすることをいい、典型的には、殴る、蹴るといった暴力を振るう身体的虐待、親が子に対して性的行為をする性的虐待、いわゆるネグレクト、他の兄弟姉妹との間で著しい差別的取扱いをしたり、ほかの家族に対する暴力を見せるなどの心理的虐待などがこれに該当し、いじめや、いわゆるDV、ドメスティック・バイオレンスもこれに含まれ得ると考えています。   次に「1(1)ア(ク)」の「地位」についてですが、「社会的関係」としては、例えば、祖父母と孫、おじ・おばとおい・めい、兄弟姉妹といった家族関係、あるいは上司と部下、先輩と後輩、教師と学生、コーチと教え子、介護施設職員と入通所者といった社会生活上の人間関係が広く含まれるものとして記載しています。 ○井田部会長 ほかに御質問はございますか。 ○山本委員 「1(1)ア(オ)」の「拒絶するいとまを与えないこと」について、不意打ちを表すものと考えていいのか、また、「いとま」と表現することで何を表したいのかということをお伺いしたいと思います。 ○浅沼幹事 こちらも「試案」の趣旨として御説明いたします。まず、「拒絶するいとまを与えないこと」というのは、被害者の虚を生じさせる行為を想定したものであり、例えば、行為者自身が被害者の気をそらすような発言をして、その隙に胸を触る行為などを念頭に置いたものです。一方、「1(1)イ(オ)」の「拒絶するいとまがないこと」というのは、被害者が虚をつかれた状態にある場合を想定したものであり、例えば、擦れ違いざまに突然胸を触ったり、サウナで目を閉じて横になっている被害者に対して口腔性交をする場合における被害者の状態を念頭に置いたものです。そのような、虚を生じさせ、あるいは虚をつかれた状態を念頭に置いたものです。 ○井田部会長 「拒絶するいとまを与えないこと」が不意打ちを表すものか、という御質問に対しての答えはどうなりますか。 ○浅沼幹事 抽象的に言えば、不意打ちを表すものということになると思います。 ○山本委員 不意打ちというと時間の狭さを連想させるのですけれども、少し反応するのに時間が掛かったことで、いとまは与えられていたとか、いとまがあったのではないかと判断される可能性はありますか。 ○浅沼幹事 最終的に、その事案においてどのように判断されるかというのは、証拠に基づいて捜査機関あるいは裁判所が判断されることなので、なかなかそこはお答えしにくいのですけれども、具体的な証拠関係に応じて、今、私が御説明したような趣旨に該当するかどうかを判断していくということになると思います。 ○小西委員 「1(1)ア(イ)」の「心身に障害を生じさせること」についてお聞きしたいと思います。障害の程度は問わず、一時的な障害も含むとおっしゃったのですが、障害を客観的に記述する場合、例えば診断基準に基づいて、ディスオーダー、つまり障害に当てはまるかどうかを決めることになると、少し細かい議論になって申し訳ないのですが、例えば、急性ストレス障害でさえ、事件の後から持続して1か月以内に起こってくることという基準となっているため、事件の後の状態だけが問題になります。齋藤委員が言われた解離、あるいは困惑といわれる状態は被害の最中に起こってくる、それから、時間感覚が伸びたり縮んだりするといった、いわゆる周トラウマ期、ペリトラウマティックな時期に起こってくることはトラウマに関連する障害名としては記述されないのですが、そこをどう整理していくのかを伺いたいです。 ○浅沼幹事 正にそこは小西委員の御意見をお聞きしたいところでありますけれども、少なくとも、この「試案」の趣旨としては、その障害というものに何か限定をかけているという趣旨ではない、障害として捉えられるものであれば当たるという案として書かせていただいています。ですので、小西委員が御指摘になっているようなものが、実際に「障害」に含まれるべきものなのか、含まれるべきでないものなのかというのは、是非、御議論いただければと思います。 ○長谷川幹事 言葉の程度の観点から質問したいのですが、「拒絶の意思」の「拒絶」についてです。拒否するとかではなく「拒絶」というとても強い言葉が入っているのですが、ここでいう拒否の程度についてお尋ねしたいと思います。第8回会議の橋爪委員の御意見では、性的行動をしたくない意思や性的行動に応じたくない意思といった、そういう対応をしたくない意思のようなものをシンプルに表した言葉であるということでしたが、強い程度の拒否を要求するものではないという理解でよいのかどうかというのが一つ目の質問です。   それから、「困難」という言葉について、日本語の普通の意味だと、とても難しいというような程度が入ってきてしまうのですが、その程度についてはどのようなものとしてこの「試案」で使われているのかということが二つ目の質問です。   最後は、「乗じて」という言葉が、試案「第1-1」の「1(1)」の、「イに掲げる事由その他これらに類する事由により人が拒絶困難であることに乗じて」というところと、試案「第1-2」の「対処能力が不十分であることに乗じて」というところの2か所で出てくるのですが、この二つの「乗じて」の意味が同じものなのか、違うものなのかということを教えてほしいと思います。 ○浅沼幹事 いずれも「試案」の趣旨として御説明いたします。まず、「拒絶」ですけれども、特にそこに何か強い意味を持たせるという趣旨で記載しているものではありません。さらに、「困難」についても、文字どおり、それをすることが難しいということを意味するものとして用いておりまして、「拒絶困難」というのは、試案「第1-1」にも記載しているとおり、「拒絶の意思を形成し、表明し又は実現することが困難な状態」をいうものであり、困難の程度は問わないものとして記載しています。   続いて、「乗じて」の関係ですが、まず、試案「第1-1」では、現行の刑法第178条の「乗じ」との要件は、心神喪失・抗拒不能の状態を利用することをいうものと解されていますところ、試案「第1-1」の「乗じて」も、これと同じ意味、すなわち拒絶困難であることを利用することを意味するものとして用いています。   他方で、試案「第1-2」の「乗じて」についてですけれども、後ほどまた御議論があるかと思いますけれども、「対処能力が不十分であることに乗じて」という実質的な要件を設けることとした場合に、その要件にどのような重みを持たせるかにつきましては、13歳以上16歳未満の者の性的行為をするかどうかに関する能力をどのように捉えるか、年齢差を要件とする場合、その年齢差の意味をどのように捉えるかによって異なり得ると考えられ、試案「第1-2」をたたき台として、更に御議論いただきたいと考えています。   仮に、行為者と相手方との間に年齢差が5歳以上ある場合における相手方の対処能力の捉え方として、性的行為について自由な意思決定の前提となる対等な関係が存することはまずないと考えた場合には、5歳以上年長の者が13歳以上16歳未満の者に対して性的行為をしたときは、それ自体で対処能力が不十分であることに乗じたといえることになり、限られた例外として、対処能力の不十分さとは全く無関係に行われた場合に限って、「乗じて」とはいえないということになると考えられます。 ○井田部会長 同じ「乗じて」という文言でも、条文のコンテクストによっても若干意味が変わってくるということだと思います。   ほかに御質問はございますか。   では、次に御意見を伺います。是非いろいろと御意見を出していただきたいと思います。 ○齋藤委員 例えば、フリーズや、関係性によって抵抗さえも頭に浮かばない状態に追いやられるなど、性犯罪・性暴力の被害に直面したとき、人には様々な心理的・身体的な反応が生じるのですが、それを考慮しようとしてくれたことは大変よかったと思っています。人は嫌だという意思を無視されると、無力感や絶望感が生じて、それ以上の意思の伝達や抵抗ができなくなります。暴力や脅迫だけではなく、アルコールや薬物、障害、フリーズ、継続的な暴力や関係性、いろいろな理由で、抵抗することや嫌だという意思を示すことさえできなくなるという事実を知っていただきたいということをずっと思っています。   前回の改正の際、性犯罪の罰則に関する検討会で、配偶者間であっても性犯罪は当然成り立つとほかの委員の皆様がお話しされましたが、実際は、様々な被害において判断のぶれがあったり、バイアスが生じていることから、今回、再度議論に挙がったのだと認識しています。また、暴行・脅迫要件についても、性犯罪・性暴力被害の実態を適切に捉えて判断できるという理由から、前回の改正の際には改正が見送られたと思います。しかし、実際には被害届が受理されない事件も不起訴になる事件も多く、裁判所の判断にも揺らぎが生じており、性被害の実態が適切に捉えられていないと社会が感じたことから、改正を求める声が上がってきたのだと思います。   現在の「試案」の文言で強く不安に思うのは、結局、拒絶の意思の形成を妨げる程度の暴力ではなかったとか、拒絶の意思の形成を妨げるような関係性ではなかったという理由で、多くの性被害の被害届が不受理になり、あるいは不起訴になっていくのではないかということです。   私は、拒絶の意思の形成とか表明、実現の困難な状態がどのような状態かは、何度も説明いただいたので分かりますし、この部会の委員・幹事の皆様は、恐らく、被害当事者の声や被害者心理の知見を耳にして、その状態を理解されていると思います。ただ、文言の意味を説明されていない一般の人々、あるいはこの部会に参加していない司法の専門家の方々がどのようにこの文言を解釈するのかという不安は、とてもあります。   また、性加害をする人は、たとえ暴力を振るっていても、自分が相手の拒絶の意思の形成を妨げたとは思っていないことも多いため、性加害をした人にとっても、加害をしたことがこの文言で認識できるのかどうか不安です。ましてや被害に遭った人は、自分が性被害に遭ったということが、この文言では分からないのではないかと思います。これまでと同じように性犯罪として捉えられるべき出来事の多くが捉えられないということがないような文言であることを望んでいます。   私は司法の専門家ではないので、司法の専門家の方々がこの文言をどのように解釈するのか分からないですけれども、きちんと適切に解釈されるということが保証されるといいなと思っています。 ○吉田幹事 今の御指摘に関連して、若干申し上げたいと思います。今後、この要件をどのようにするかがこの部会で議論されていき、その文言の意味するところや、文言に表れていない趣旨なども議論されて、議事録に残っていくことになります。仮に、そうした議論を経て、更には国会審議も経て、法改正が行われた場合、そうした検討の過程で行われた議論は、法制審議会や国会の議事録といった形で当然公表されることになりますし、そうしたものを踏まえた立案担当者による立法趣旨の解説なども行われて、捜査機関や裁判所にも周知されることになると考えています。 ○橋爪委員 私も今の点について、一言申し上げます。確かに、もしこの「試案」が「拒絶困難」という表現だけで終わっていれば、齋藤委員がおっしゃった懸念というのは否定できないかもしれません。しかし、この「試案」では、「拒絶困難」の内容を具体化する文言として、「拒絶の意思を形成し、表明し又は実現することが困難」とあえて書かれています。すなわち、そもそも性行為に応じたくないという意思を、例えば不利益の憂慮などの原因によって形成できない場合であるとか、あるいは嫌だという意思を外部に表明できない場合についても、この要件を充たすことは、文言から明らかであるように思います。このように括弧書きで具体的に、意思の形成・表明・実現が困難であるということをあえて記載することにより、齋藤委員御指摘のような判断のぶれが生ずる可能性は、可及的に排除されているように考えています。 ○長谷川幹事 齋藤委員の御意見のうち、この規定で一般の人が分かるだろうかという趣旨のところが、私の用意してきた意見に重なるところがあるので、ここで述べたいと思います。   私の意見は、拒絶の意思を実現することが困難な場合については、今の「試案」に書かれている拒絶の意思の形成・表明・実現という三段階をまとめているものから切り離して、端的に「表明された意思に反して」という類型を設けるべきだというものです。   参考送付としてNPO法人ヒューマンライツ・ナウの10月20日付け要望書を頂きましたが、その要請の理由のところに、「拒絶の意思を形成し、表明し又は実現することが困難」という要件について、表現が分かりにくく、行為規範として重大な問題があるとの指摘がされています。齋藤委員がおっしゃったのと同じ趣旨ですが、刑法は一定の行為を犯罪として禁止し、その禁止を破った者を処罰するものですので、行為規範として、法律的知識がない一般の方々にも、何が禁止されているのか分かりやすいことは重要だと思います。このNPO法人ヒューマンライツ・ナウの指摘には真摯に耳を傾ける必要があると思いました。   今回示された「試案」では、嫌だという意思を表明したにもかかわらず性行為・性的行為がされてしまった場合にどうなるかということが一読して分からないということは、皆さんも思われることなのではないかと思います。この部会での議論では、嫌だと言ったけれどもされてしまうという場合は拒絶の意思の実現が困難な場合に含まれるということで、多くの委員・幹事の了解が得られているところなのかもしれませんが、この「試案」のような条文を示された一般の人は、拒絶の意思の実現が困難という文言に、嫌だと言ったがされてしまったという場合が含まれるということを理解できるでしょうか。また、こちらの方が私は大事だと思っていますが、初めて拒絶の意思の実現が困難という文言を目にした人は、それがどのようなことを意味すると解釈するでしょうか。「困難」という言葉があることにより、単に拒絶の意思を示しただけでは足らず、拒絶の意思を実現するための何らかの努力をしたことが要求されているように読めてしまわないでしょうか。結局、このような文言が、被害者に幾らかの抵抗を要求することになってしまうことを大変危惧します。   この部会において、刑法の性犯罪規定の保護法益が性的自由・性的自己決定権であることは共通認識であると認識しています。だとすれば、幾らかの抵抗を要求するような構成要件は適切ではありませんし、そのように解釈されるおそれがある文言も適切ではないと考えます。特に、行為規範としての面を考えた場合に、加害者に、幾らかの抵抗を要求するような要件であると解釈されてしまうのは、被害者の保護に非常に欠ける結果になると思います。   少なくとも、嫌だと表明したにもかかわらず性行為・性的行為がされてしまった場合には、「困難」の文言は入れるべきではないと考えます。また、嫌だと表明しているのにされてしまう場合ですので、「1(1)ア」に例示列挙されているような行為が手段として用いられているか否かを問わず、処罰がされるべきだと考えます。したがって、このような事例に対応する条文として、試案「第1-1」の「1」「2」とは別に、端的に、「相手が拒否したにもかかわらず」だとか、「拒否の意思を表明したにもかかわらず」といった要件を設けて、性交等をした者、わいせつな行為をした者を処罰するという類型を設けるべきと考えます。このような類型を設けても、被害者の拒否という客観的な行為を要件としていますので、被害者の内心を問題にするということについての危惧は当たらないと考えます。 ○井田部会長 「試案」の文言の当否に関わる議論になってしまいましたが、今の長谷川幹事の御意見に関連して、被害者に拒絶の義務を課すような文言になってはいないかという点、あるいは、よりよい文言があるのではないかという点について御意見はありますか。 ○今井委員 私も文言の点について、少し意見を申し上げます。   試案「第1-1」、「第1-2」につきまして、事務当局からの趣旨説明を伺い、私はこの「試案」に賛成しておりますが、この「試案」に基づいて法改正をする際には、例えば、「1(1)ア」に掲げる行為と、「その他これらに類する行為」との関係性をもう少し分かりやすくすることが、私たちの課題ではないかと思います。   「その他これらに類する行為」というものがどこまでの外延を持つのかということを示すことが必要かと思います。「1(1)ア」に掲げる行為を見ますと、かなり網羅的に書いてあるのですが、初めて読んだ方々にとって、どういう観点から「(ア)」から「(ク)」までの行為が選ばれているのかということを分かりやすくする必要はあると思います。   例えば、「(ア) 暴行又は脅迫を用いること」によって、「(イ) 心身に障害を生じさせること」という結果が生じ得るということは、恐らく一般的にいえると思います。また、「(ウ) アルコール又は薬物を摂取させること」によって、「(エ) 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にすること」の結果が生じることも、予想できます。「(オ) 拒絶するいとまを与えないこと」の行為をすることによって「(カ) 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、又は驚愕させること」、「(キ) 虐待に起因する心理的反応を生じさせること」、「(ク) 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること」の結果が生じることも多々あるかと思います。このように、「(ア)」から始まりまして「(ク)」まで見ますと、行為に重点を置いて書かれている文言と、行為プラス結果まで書かれており、結果から遡って行為が読める文言とが混在しているようにも思いますので、「1(1)イ」も同様ですけれども、「ア 次に掲げる行為」、「イ 次に掲げる事由」の文言については、この部会で検討して整理をすること、そして、その結果として、「その他これらに類する行為」というものの外延を示していくことが必要だと思いました。 ○浅沼幹事 先ほど長谷川幹事から御指摘のあった、被害者に拒絶する義務を課すことになりかねないという点に関して、「試案」を作成した事務当局から一点、お話しさせていただきたいのですが、仮にこの「試案」におきまして、被害者が拒絶することが「拒絶困難」の要件に該当する前提であり、被害者が拒絶をしなかった場合には強制わいせつ罪や強制性交等罪は成立しないこととなるのであれば、それはあたかも被害者に拒絶する義務を課していることになりかねないと思われます。   しかしながら、この試案「第1-1」では、拒絶の意思を形成することが困難な状態、すなわち、性的行為を拒絶するかどうかの判断をする契機や能力が不足し、拒絶するという発想をすること自体が困難な状態が含まれることを明示し、被害者が拒絶しなかった場合にも強制わいせつ罪や強制性交等罪が成立し得ることとしているところであり、被害者に拒絶する義務を課すようなものではないことは明らかであると考えております。 ○橋爪委員 一点、長谷川幹事に質問したいのですけれども、よろしいでしょうか。   長谷川幹事の御意見は、拒絶意思の形成・表明困難類型と、実現困難類型を分けて規定するという御趣旨と理解してよろしいでしょうか。 ○長谷川幹事 試案「第1-1」の拒絶の意思の実現困難類型を完全に削ってしまって新しい類型だけを作ることで、処罰の間隙が生じないかどうかは吟味の必要があると思っています。 ○橋爪委員 私の理解が不十分なのかもしれませんが、もう一点質問させてください。   私の理解では、今、浅沼幹事からも説明がありましたように、被害者が拒絶意思を表明する必要はなく、そのような義務を課すわけではないことを明らかにするところにこの「試案」の主眼があるように考えています。したがって、「試案」においては、そもそも性行為が嫌だという意思自体が形成できない場合、あるいは嫌だと思ってもそれを外部に表明できない場合と、それを外部に表明し、抵抗したけれども失敗した場合というのは、全く等価値だと思います。いずれも性交したくないという意思に反して性犯罪が行われたという意味においては、拒絶の意思の形成困難と表明困難と実現困難は、全て等価値であると考えるべきです。   これに対して、長谷川幹事のおっしゃるように、前二者と後一者を分けて規定した場合には、被害者が嫌だという意思を明示的に示して抵抗した場合とそうではない場合をあえて書き分けているような印象を与え、かえって被害者に拒絶義務があるかのような印象を与えてしまうおそれがあるように思うのですが、その点についてどのようにお考えでしょうか。 ○長谷川幹事 まず、書き分けることでかえって被害者に抵抗の義務を課すのではないかという点ですが、私が言ったのは、拒絶の意思を表明したのに、性的行為をされてしまった場合に、嫌だという意思の実現が困難という言葉を使うと、嫌だと言ったのに性的行為をされてしまったという場合が、「実現することが困難」に含まれると普通、読めますかということです。嫌だと言ったけれども性的行為をされてしまったことに困難性を求めるのであれば、嫌だと言った人自身が、嫌だと言うだけではなくて、抵抗をするなどの行為をすることまで求められているように読めるのではないかということです。   そして、嫌だと言ったのに、性的行為をされてしまうときというのは、別に暴行・脅迫などがなくても、それだけでもう意思に反するというか、性的自由・性的自己決定権の侵害があるわけですので、嫌だと表明したという客観的な事実があるという点で拒絶の意思の形成困難、表明困難類型とは別個に規定をすることが可能であると考えます。 ○佐伯委員 一般の方に与える印象という意味で、私も少し橋爪委員と同じような懸念を持ちました。拒絶義務を課すべきでないという御意見は、全くそのとおりだと思うのですけれども、「拒否したにもかかわらず」ということを別個の規定にすると、拒否していない場合は、より成立が困難になってしまうという印象を与えないか、あるいはそういうふうに機能しないかという懸念を少し持ちました。   それから、「拒否したにもかかわらず」という要件にしたとしても、実際の裁判では、最初は拒否していたけれども、行為の時点では同意していたという形で争われるのではないでしょうか。そうすると、結局、行為時に拒否していたのかどうかという内心の問題の証明に帰着してしまうのではないかという危惧を、御意見を伺っていて、持ちました。 ○小島委員 この「試案」の条項を見て最初に感じたのは、被害者がノーという拒絶の意思を表示したにもかかわらず、行為者が性的行為を実行し、継続することが性犯罪となることが明確になっていないのではないかという点です。不同意性交の犯罪化というのは、ノーと表示している被害者にそれ以上性的行為を行ってはならないということであり、被害者の意思を尊重するという考え方だと思います。今回の改正は、不同意性交の犯罪化をみんなが求めてきたことからスタートしているわけですから、それを示すためには、包括要件として「拒絶困難」という文言を設けるのは分かりにくいと思います。この間、NPOの方と話した際にも、これは本当に不同意性交罪を認めたものなのですかという質問を受けました。やはり「拒絶困難」という言葉ではなく、これとは別個の包括要件を設けるべきではないかと思います。   例えば、前回、長谷川幹事が提案した、「性に関する自由な意思決定を妨げ」とか、「妨げられた」という文言や、試案「第1-2」で性交同意年齢について用いている、「自律的な判断」という文言を利用して、「自律的な判断を形成、表明又は実現することが困難な状態にさせ」とか、「自律的な判断が困難であることに乗じて」などの文言を設けることが考えられると思います。   そして、「拒絶困難」という今回の「試案」の文言とは別に、ドイツ法などを参考にして、不同意性交として別個の構成要件を考えることができるのではないかと思います。私は当初、包括要件をその他で設けるべきではないかと申し上げたのですが、包括要件は別個に考えることもできるのではないかというのが第一の点です。   そして、第二の点としては、「拒絶」という言葉が、性犯罪の被害者の視点から見て、容認できない文言だと思います。まず、性犯罪被害者が、拒絶できたのではないかという問い掛けを受けることになります。実体法の要件として拒絶の意思を明示的に定めますと、被害者が容易に拒絶できるなら性犯罪にならないという帰結になってしまうのではないかと思います。   また、性犯罪の改正というのは国民の耳目を大きく集めるテーマであるところ、一般国民に、拒絶困難でなければ性行為をしてもよいという誤ったメッセージを発することになります。刑法典は、個別事案について刑事裁判所が有罪・無罪を判断するための基準を提供するだけではなく、日本の社会でこれは絶対にしてはならない行為であるというメッセージを発するものだと思います。   国際動向から見ても問題がある条文だと考えます。諸外国でも不同意性交の犯罪化が進んでいますが、不同意性交罪を導入した国であっても、今回の「試案」のように、「拒絶困難」という包括要件を規定する国は見当たらないのではないでしょうか。拒絶困難文言を今回の改正条文にわざわざ入れる必要はないのではないかと考えます。 ○井田部会長 この点はとても大事なところですので、是非御議論を深めていただきたいと思います。ほかに、この試案「第1-1」の文言について御意見がある方はいらっしゃいますか。 ○保坂幹事 小島委員や長谷川幹事がおっしゃった御意見の中で、「拒絶」という言葉が強くて、被害者の方が、なぜ拒絶しなかったのかという責め立てを受けたりとか、あるいは拒絶する義務があるかのような受け止めがされるというのは、事務当局としても本意ではないわけですけれども、言葉の選び方の問題なのか、それとも構成の問題なのかということを突き止めるために、一点御質問したいのですけれども、「拒絶」という意思の形成・表明・実現が困難な状態という構成をとった上で、何々の意思というところは、要するに反対、否、嫌、ノーの意思であることが前提にならないとつじつまが合わないのだろうと思います。したがって、「拒絶」という言葉ではなくて、例えば、日本語ではありませんが、ノーの意思という言葉を当てはめた場合に、それでもなお、やはり問題だというのかどうか。ノーの意思なら問題がなくなるのなら、「拒絶」という言葉が問題だということになるわけですが、ノーの意思を形成し、ノーの意思を表明し、ノーの意思を実現することが、いずれかが困難であるという、その考え方自体がおかしいというのか、それはどちらになりましょうか。 ○小島委員 例えば、私が提案したように、試案「第1-2」で用いている、自律的に判断できる能力という文言を参考にして、性的行為に関して自律的な判断を形成、表明又は実現することが困難な状態にさせ、又は自律的な判断が困難であることに乗じてというような文言もあればいいのではないかと私自身は思っています。 ○保坂幹事 少し前にも議論があったかと思うのですが、自律的な判断というとイエスの判断とノーの判断が両方含まれていて、形成のところはそれでもつじつまが合うのですけれども、イエスという意思形成をした場合に、イエスの意思を表明することが困難だとか、あるいはイエスの意思を実現することが困難というと、恐らくそういうものを処罰したいとは思っていらっしゃらないだろうと思いますので、言葉としては、統一的に使うとすれば、「拒絶」ではないとしても、ノーという方向の意思であることが前提にならないとつじつまが合わないだろうと思うので、先ほどの御質問を申し上げたのです。 ○長谷川幹事 被害者の意思に、拒絶なりノーなり、そういった方向性の意味を加えた言葉を使わなければつじつまが合わないのではないかという御意見だったと理解します。これについては、以前も御指摘を頂きましたので、私も改めて考えを整理してみました。   まず、形成と表明について考えてみたいと思います。形成ですが、睡眠中に知らずに被害に遭う場合、被害者は積極・消極のどちらの意思も形成できない状態です。加害者にしても、被害者が加害者が行おうとする性行為に対して消極的かどうかは外観からは分かりません。加害者の認識も、被害者は積極・消極どちらの意思も形成できない状態と言わざるを得ません。   次に、表明ですが、夜間、道路で擦れ違いざまに胸を触られる場合や、アルコールで泥酔して意識がもうろうとしており、体や口が動かない場合、被害者は積極・消極どちらの意思も表明できない状態です。加害者にしても、被害者からの表明がないので、加害者が行おうとする性行為に対して、被害者が積極的なのか消極的なのか、外観からは分かりません。加害者の認識も、被害者が積極・消極どちらの意思も表明できない状態と言わざるを得ません。   このように、被害者の状態は積極・消極どちらの意思も形成できない、あるいは積極・消極どちらの意思も表明できない状態であり、加害者の認識対象も、積極・消極どちらの意思も形成できない状態、あるいは積極・消極どちらの意思も表明できない状態です。それを端的に表現したのが、私が以前に示した、積極方向にも消極方向にも中立な、性に関する自由な意思という要件です。   ここまでの御説明をしましても、積極方向が含まれるのが不適切ではないかという点は克服できていないと言われると思いますので、ここからその説明をします。今の「試案」の拒絶の意思の形成・表明・実現を困難にさせて性行為をするというような構成要件でも、消極方向の意思に反してということは示されていません。結局、拒絶の意思の形成・表明・実現が困難な状態という文言だけで、消極方向の意思に反する性的行為を処罰するというのは当然の前提として論じられています。消極方向の意思に反してということは明示されていないけれども、それは当然だとされています。そもそも、性犯罪の保護法益が性的自由・性的自己決定権であることから、消極方向の意思に反して性的行為をする場合が処罰されるのは当然であり、明示されていなくてもそれが含意されていると解釈して、この「試案」は成り立っているのだと思います。そうだとすれば、「拒絶の意思」という文言を、「性に関する自由な意思」としても、同様に考えることができます。性に関する自由な意思の形成を困難にさせるとか、表明を困難にさせるという文言にしたとしても、保護法益の観点から、消極方向の意思に反して性的行為をする場合が処罰されることは当然であり、含意されていると解釈できると考えます。   そういった意味で、改めて「拒絶の意思」という文言ではなく、積極方向にも消極方向にも中立な、「性に関する自由な意思」、「性に関する意思」でもいいですし、もしかしたら「意思」だけでもいいのかもしれませんが、そういった中立的な文言を主張します。   また、実現困難類型を分けて別途規定を設けるかどうかですが、相手が拒否を表明したにもかかわらず、性行為やわいせつな行為をする類型を別に設ける場合は、「1(1)ア」については、列挙された行為の有無にかかわらず犯罪が成立することになるので、実現困難類型を試案「第1-1」に残すかが問題となり得ると思うのですが、「1(1)イ」については、相手方の拒否の有無にかかわらず実現困難な状態があり得ることを想定して規定しているとすれば、実現困難類型を削ると、それで想定されているものが処罰されないことになりますので、「1(1)イ」については実現困難類型は削ってはいけないと思いますし、「1(1)イ」で想定される相手方の拒否の有無にかかわらず実現困難な状態というものがあるのだとすると、「1(1)ア」についても、相手方の拒否の有無にかかわらず実現困難にさせる行為、というのがあり得ると考えられますので、残すべきだと考えます。 ○橋爪委員 私は長谷川幹事の今の御発言の御趣旨を十分に理解できていないのですが、この「試案」では「拒絶の意思」と書いてあり、消極方向の意思の形成・表明・実現が困難な状態に乗ずることが明らかになっているので、本当は嫌だという意思を形成・表明・実現したいけれども、それができなかったという意味において、意思に反する性行為であることが担保されているわけです。ところが、消極方向ということを省いてしまうと、積極方向の意思も少なくとも文言上は排除されず、意思に反する性行為であることが文言自体からは必然的に導かれないことになるので、意思に反する性行為であることを条文上明らかにするためには、消極方向の意思であることを明示しなければ説明がつかないと思います。   その上で、先ほどの保坂幹事の御質問なのですけれども、保坂幹事の御質問の趣旨は、拒絶という文言自体が強すぎるという御懸念があるならば、消極方向でももう少しニュアンスを変える表現があればいいのかということだと思います。思い付きで恐縮ですが、例えば、ノーという意思、あるいは性行為に応じたくない意思、こういった意思を形成し表明し又は実現することが困難な状態というふうに書くならば、一般市民の方から見ても問題がないのか、それとも、そもそもこのように「意思を形成し表明し又は実現することが困難」という構造自体に問題があるのかということについて整理した上で議論してはどうか、という御趣旨だろうと理解いたしました。   このような次第で、仮に、この「試案」の「拒絶の意思」という文言を、例えば、「性行為に応じたくない意思」などの表現に改めるならば、問題がないとお考えかどうかにつきまして、私からも改めて質問させていただければと思います。 ○井田部会長 一般の方にどう理解されるかというのは重要な観点だと思うのですけれども、同時に、法を解釈・適用する実務家といいますか、法律の専門家が、適切な判断ができるような文言になっているかどうかも、とても大事なことです。そちらの点にも目を向けていただいて、御発言いただきたいと思います。 ○齋藤委員 「拒絶」という言葉がどうしてこんなに引っ掛かるのかということを少し考えたのですが、嫌だという意思を形成することを妨げるといったことを問題にしたいときに、「拒絶」という言葉からは、相手からの働きかけに対して強くノーと言わなければいけないという、相手からの働きかけに対するこちらの行為が入っているように感じられることが問題なのかなということを少し今、思いました。 ○宮田委員 四点考えたことがあります。一つ目に、「その他これらに類する」行為又は事由という形で、示された例示以外の解釈を許す文言になっている点が問題だと思います。例示している内容が相互に類似していれば、まだ類する行為又は事由もある程度予想ができるのですが、これだけ異なる行為又は事由が列挙されており、なおかつ外延にも問題があるといえるような不明確なものがある中で、このような規定を置くと、前に井田部会長が指摘されていた類推解釈になってしまうのではないかという危惧を持っています。   二つ目に、「1(1)イ」は列挙された事由により人が拒絶困難であることに乗じる類型です。ですから、実行行為はわいせつ行為や性行為だと読めますが、「1(1)ア」の類型については、例示されている原因行為が、実行行為なのか、それとも単なる判断要素なのかということがよく分からないと感じます。実行行為であるとすれば、列挙されている原因行為の開始時点で性的な意思が必要になると思うのですけれども、心身の障害を引き起こすような行為である「1(1)ア(イ)」や、虐待行為である「1(1)ア(キ)」のような類型が、最初から性的な意思を伴って行われるのかは疑問ですし、あるいは、性的な意思がいつから生じたかは立証が困難なのではないかと思います。「1(1)イ」の類型に加えて、「1(1)ア」の類型をあえて設けて加重類型とするならまだしも、同じ法定刑でそういう原因行為を挙げる意味がどれだけあるのだろうかと感じました。   三つ目に、先ほどの今井委員の御意見とも関連するところがあるのですが、この規定が本当に明確かどうかというところです。例えば、「1(1)ア(キ)」、「1(1)イ(キ)」の「虐待に起因する心理的反応」について、先ほど小西委員が、診断名でなければ特定できないのではないかという御懸念を示されましたが、心理的反応の出方は様々だと思います。例えば、性的虐待を受けて性依存の状態になってしまった人が、身の上話をしたとき、聞かされた相手がその人と性行為に至った場合は、この「1(1)イ(キ)」の構成要件に該当してしまうのでしょうか。あるいは、「1(1)ア(ク)」、「1(1)イ(ク)」の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力」について、先ほどの齋藤委員の御質問に対して、大人から見て同じに見えるような同級生の間その他の関係についてもこれに当たるという事務当局の回答があったと思いますが、初対面の人の間の性行為ならともかく、そうではない場合に、何の影響もない人間関係において性的関係が生じるのか、そういう意味で、「(キ)」とか「(ク)」について外延がどこまで広がるか分からないという懸念を持っています。   四つ目は、試案「第1-1」の「2」の強制性交等罪の法定刑の問題です。事前の説明の際に、「1(1)ア(ア)」、「1(1)イ(ア)」の暴行・脅迫には弱い暴行・脅迫も含まれるという説明を受けました。また、「1(1)ア(ク)」、「1(1)イ(ク)」については、今までの裁判例を見ていますと、被害者の脆弱性や、そのほかの条件がいろいろと重なったときに、暴行・脅迫あるいは抗拒不能に比肩するものだという認定がされていたのではないでしょうか。そういう意味で、試案「第1-1」によれば、明らかに今までよりも処罰範囲が広がることになるにもかかわらず、その全ての法定刑を下限5年の拘禁刑とするのは、問題があると思います。今は犯情に酌むところがなければ酌量減軽はできません。未遂以外はみんな実刑ということになりかねないのではないかという点を危惧しています。 ○井田部会長 とても重要な御指摘が含まれていたかと思います。まず、「これらに類する」行為又は事由という形で規定してしまってよいのかという問題、それから、「1(1)ア」については、実行行為との関係、例えば、実行の着手がいつなのかといった問題、それから、「1(1)ア」、「1(1)イ」の「(キ)」や「(ク)」の文言の曖昧さ、さらに法定刑についても御指摘があったと思います。 ○吉田幹事 今御指摘があった点について、「試案」を作った事務当局の立場から御説明したいと思います。   まず、「これらに類する」という言葉に関してですが、その意味を捉えるに当たっては、「(ア)」から「(ク)」までのそれぞれの行為ないし事由と、それにプラスして「類する」ものがあるというものとして御理解いただければと思います。つまり、例えば、「1(1)ア(ア)」であれば、「暴行又は脅迫を用いること」及びそれに類する行為、「1(1)ア(イ)」であれば、「心身に障害を生じさせること」及びそれに類する行為というような形で意味を捉えていくという趣旨のものでして、「(ア)」から「(ク)」までを全体として捉えた上で、それに類すると考えているものではないということです。また、「これらに類する」という文言を条文上明記した場合には、それに沿って解釈するわけですので、正に条文に沿った解釈ということで、類推解釈には当たらないと考えています。   実行行為がどこから開始されるのかという点については、個別の事案ごとに具体的な事実関係に即して、実行の着手時期を考えていくことになります。   それから、「1(1)イ」に加えて「1(1)ア」を設ける意味がどこにあるかということですが、逆に、「1(1)イ」だけ書いて「1(1)ア」は設けないということになりますと、反対解釈を生じるおそれが生じてしまいます。例えば、「虐待に起因する心理的反応」に関して、「1(1)イ(キ)」では、「虐待に起因する心理的反応があること」と書いていますけれども、そのように書いた上で「1(1)ア(キ)」の「虐待に起因する心理的反応を生じさせること」というものを書かないこととした場合には、そのような心理的反応を生じさせる行為が処罰対象とならないという解釈を生むおそれがありますので、そのような解釈を生む余地をなくすという意味で、行為と事由にそれぞれ対応するものを書いているということです。   また、「(キ)」と「(ク)」について外延が不明確ではないかという御指摘がありました。この点については、正に御議論いただければと考えていますが、先ほど、同じクラスの友人関係で力の差がある場合に、それが「社会的関係上の地位に基づく影響力」に該当するのかという御質問があった際に、浅沼幹事から明確に該当するという御回答はしていなかったかと思います。その点は、正に個別具体的な事実関係によると思われます。   それから、最後の点ですけれども、「(ク)」のような類型については、これまでの裁判例においては他の条件が重なったときに強制性交等罪に該当するという形で認定されていたのであり、それと比べると、この「試案」は処罰範囲を拡大するものではないかという御指摘があったかと思います。この「試案」は、前提として、これまで当罰的だと評価されていた行為の範囲を拡大する趣旨のものではありません。その上で、「(ク)」の行為又は事由について、「(ア)」から「(キ)」までの行為又は事由と競合して拒絶困難の原因となることはあり得ると思われます。そうした判断を排除するものではありません。他方で、そのように競合しないとしても「(ク)」の行為又は事由だけで拒絶困難の原因となる場合もあり得るということで、このような形でそれぞれを列挙しているものです。 ○井田部会長 ありがとうございます。まだまだ御議論はありそうですが、ひとまず休憩を10分間とりまして、その後、試案「第1-1」についての議論を継続したいと思います。              (休     憩) ○井田部会長 それでは、再開したいと思います。 ○小西委員 先ほどの続きで意見を述べたいと思います。宮田委員がおっしゃったことなどに関してです。   その前提として、「拒絶困難」という言葉について、一般人からすれば、「拒絶」はやはり態度や行動を示す言葉なので、いわゆるノーという意思について述べている言葉としては余りふさわしくないと思っており、変えられるならば変えた方がいいと思っています。 ○井田部会長 代案はございますか。 ○小西委員 性交に応じたくない意思と橋爪委員がおっしゃいましたけれども、ノーという言葉はきっと使えないと思いますので、もう少し考えてみたいと思います。   それから、「1(1)」の「ア」と「イ」に関して、外延が不明確という御意見や、例えば「(ア)」から「(ク)」までの行為又は事由の中に、それぞれの性質というか、カテゴリーが違うものが入っているのではないかという御意見があったと思いますが、私の考えとしては、この「1(1)」の「ア」や「イ」に列挙された行為や事由がこの条文の中ではとても大事なものだと思っています。なぜかというと、ノーという意思にしても、拒絶困難にしても、今までそこが裁判官の判断に委ねられてきたために、こういう性被害において、人はノーと言えないのだということが理解されてこなかったわけです。それを分かってもらうのに、研修だけでやっていくのでは、多分何十年も掛かってしまうのではないかと思います。性的な暴力に関しては特に偏見が多い社会の中で、意識を変えていくためには、やはり条文にどういうことがよくないのかということを具体的に例示していただく必要があると思います。その例示というのが余り理論的にきれいにできていないということは、言われるとおりだと思うので、例えば、増やしたり減らしたりすることは十分あり得るとは思いますが、例示なしでは、この新しい条文の効果というのはなくなってしまうと思っています。   ノーという意思の形成・表明・実現が困難という文言の解釈も、結局、裁判官の判断に委ねられてしまうとすれば、その意味の大きさと、例示の方の意味の大きさをどのように考えていくかということが、今、議論する大事なところなのではないかと思うのです。そういう意味では、「1(1)」の「ア」や「イ」を法律として皆さんが納得いくようにしっかり整えるということについては、私は、どちらかといえば反対です。今、こういう困っている事例があるということを、実際に条文の文言として書き出していくということが大事だと思っています。 ○井田部会長 大変建設的な御意見を頂いたと思います。 ○金杉幹事 先ほど事務当局から、宮田委員の意見に対してお答えがあったところと重複し、かつ問題意識も共通するかと思いますが、宮田委員と同様に、この規定の改正に反対する立場から申し上げます。   少なくとも私は、「これらに類する行為」、「これらに類する事由」という文言は削除した方がいいと考えます。また、「1(1)ア(ク)」、「1(1)イ(ク)」に関しても、問題が大きいと考えますので、削除を求めます。仮に、それらが実現されない場合には、最低限、法定刑の下限を5年ではなく、平成29年の改正前の3年に引き下げることが必要だと思います。   まず、「これらに類する」という文言について、事務当局からは、例示列挙されたそれぞれの項目に類する行為又は事由という説明があったのですが、そうであれば、この例示列挙は余り意味がないと思います。これまでも、例えば、暴行・脅迫を用いるという要件が、様々な事情、例えば、経済的・社会的関係上の地位の差などによって、軽度の脅迫であっても、反抗を抑圧する程度の脅迫に当たるのだと解釈されてきました。「これらに類する行為」といった言葉がなくてもそのような解釈がされてきたのに、「これら」というただでさえ広がりがちな概念に、「類する行為」という言葉が加わることによって、更に外延が不明確になるのではないかという懸念があります。およそ無限定なものとなり、行為規範として成り立たないのではないかという懸念を強く表明させていただきたいと思います。   また、先ほど宮田委員からも御指摘がありましたけれども、実行行為が不明確である、着手時期が不明確であるということです。「(ア)」ないし「(ク)」の行為はいずれも複数の行為があり得るものですから、そのうち強制わいせつなり性交等に向けられた行為の開始時点が実行の着手時期ということになろうかと思います。そうだとすると、「1(1)ア(イ)」の「心身に障害を生じさせること」などは、例えば、夫婦間で暴行・脅迫に当たらない程度の言動、言葉のDVによって、適応障害なり抑うつ状態なりになるということはあり得ると思うのですが、そういった場合に、性行為もしながらということになると、一つ一つの心身に障害を生じさせるような言動が強制わいせつや強制性交等の実行行為になるのかといった問題が生じます。「1(1)ア(キ)」の「虐待に起因する心理的反応を生じさせること」、あるいは「1(1)ア(エ)」の「睡眠その他の意識が明瞭でない状態にすること」というのも、例えば、長時間の仕事を与えて、睡眠不足になって正常な判断ができないような状態にさせるような業務上の指示なども、性交等あるいはわいせつ行為をするという目的・意図があれば、強制性交等や強制わいせつの実行の着手に当たるのかといった問題が生じてくると思います。   一番問題なのは、「(ク)」の行為又は事由だと思います。これでは、仮に真摯な同意があったとしても、拒絶の意思を形成・表明・実現することが困難という要件に外形的には当たると判断されると思います。つまり、行為の時点では本当に性交等に対して応じる意思を表示していたとしても、外形的に見て経済的・社会的関係上の地位があって、その影響力によって受ける不利益を憂慮しているといえるような状況があれば、後から遡って、同意していたかもしれないけれども、それは拒絶の意思を形成することが困難であったからであり、強制性交等罪が成立するのだという主張を許してしまうことになると思います。   そうすると、試案「第2-1」で公訴時効が5年延ばされた場合も考えますと、例えば、12年前の社内での上下関係があり、かつ交際関係にあったときの性交等について、遡ってみれば真意ではなく、拒絶する意思を形成すること、あるいは表明することが困難であったのだという主張が起こり得ると思います。   これまで、「(ク)」の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力」というものについては、それがあった場合には、暴行・脅迫という外形的な行為が軽度であったとしても強制性交等罪に当たると判断されてきたものであったところ、単体で強制性交等罪等の成立を許すということになれば、様々な混乱を招くと思います。以上から、反対の意見を申し上げます。 ○田中委員 立証責任を負う検察官の立場から、「試案」の規定ぶりにつきまして少し危惧している点について意見を申し上げたいと思います。   御案内のとおり、現行の刑法176条及び177条の「暴行又は脅迫」は、判例上、「抗拒を著しく困難にする程度」であることが求められているものの、暴行・脅迫それ自体としてはそのような程度に達していない場合であっても、被害者の年齢、精神状態、行為の場所・時間等の具体的状況によっては、抗拒を著しく困難にさせる程度の「暴行又は脅迫」に当たると解されており、実際には非常に軽い程度のものでもこれに当たる場合があるものとして捉えられています。また、現在の実務では、そのような「暴行又は脅迫」を立証することができれば、基本的には被害者が不同意であったことや、その点についての行為者の認識について改めて別途立証しなくても、それらの点が推認され、そして認定されているものと考えられます。その結果、被害者において性的行為をするかどうかの自由な意思決定が困難な状態でなされた性的行為を広く処罰することが可能となっています。   これに対しまして、試案「第1-1」を見ますと、「1(1)ア」のところですけれども、現行と同じ「暴行又は脅迫」との要件があり、これに加えて柱書の、「により拒絶困難にさせた」ことが必要とされていることから、文面上、立証の対象が増えているようにも思われます。すなわち、暴行・脅迫が行われたことを立証するだけでは足りず、被害者が暴行・脅迫により「拒絶困難」に陥ったこと、さらには、被疑者が、被害者が「拒絶困難」に陥ったことを認識していたことを別途立証しなければならず、現行の刑法176条から178条までの規定を試案「第1-1」のように改めることとした場合、現在の実務と比べて、客観的要件・主観的要件のいずれについても立証しなければならない項目が増え、かえって現行よりも処罰できる範囲が狭くなるのではないかという点を懸念しているところです。   事務当局のお考えでは、「試案」の「暴行・脅迫」は現行法の「暴行・脅迫」よりも広いというお考えなのかもしれませんが、文面上、同じ文言が使用されている以上、そのように解釈される保証があるとはいえません。また、被害者を「拒絶困難にさせた」ことを被疑者が認識していたとの点は、一層立証が困難になるのではないかと危惧されます。   今回の改正は性犯罪対策のためであり、検察官としても、処罰すべきものを適切に処罰できるように運用できるものが望ましいと考えていますが、事実上、処罰範囲が狭くなってしまったり、立証が困難にならないかと危惧される点について、意見を申し上げました。 ○浅沼幹事 今、立証の観点から御指摘がありましたので、「試案」を作成した立場から、その点について言及させていただければと思います。   まず、試案「第1-1」の「暴行又は脅迫」の意義につきましては、この「試案」の趣旨として御説明いたしますと、いずれもその程度は問わないもの、すなわち、暴行は人の身体に対する有形力の行使であり、脅迫は他人を畏怖させるに足りる害悪の告知であるという趣旨で記載しています。   一方、現行の刑法第176条及び第177条におきましては、「暴行又は脅迫を用いて」という要件において、被害者の年齢、精神状態、行為の場所・時間等の具体的状況を踏まえ、被害者が、暴行又は脅迫によって性的行為に関する自由な意思決定が困難な状態となっていたかどうかが判断・認定されているものと思われます。したがいまして、現在の実務におきましても、性的行為が行われたこと、その性的行為が被害者において性的行為に関する自由な意思決定が困難な状態でなされたものであること、その原因が暴行又は脅迫であること、及びそれらを行為者が認識していたことを立証しているものと思われます。   試案「第1-1」の「1(1)」の罪のうち、相手方を拒絶困難にさせる行為について申し上げますと、この罪が成立するためには、まず客観的事実として、行為者が「1(1)ア」の「(ア)」から「(ク)」までに掲げる行為又はそれらに類する行為をしたこと、それによって被害者が「拒絶困難」となったこと、その「拒絶困難」の下で性的行為が行われたことが必要であり、主観的には、行為者がこれらに対応する事実をいずれも認識していることが必要となりますが、被害者が「拒絶困難」となったことについては、例えば、被害者を殴ったことや、薬物を飲ませたために被害者がぐったりしていることといった、「拒絶困難」を基礎付ける事実の認識があれば足りると考えられます。   以上のことからしますと、試案「第1-1」のような改正を行った場合でも、客観的要件・主観的要件のいずれについても、現行法の下での立証に比べて立証項目が増えることはなく、また、処罰できる範囲が狭くなることもないと考えています。 ○中川委員 先ほどの田中委員からの御意見は、立証責任を負う立場から、具体的な事実の適用の範囲として少し曖昧に見える類型があることからの御意見と推察いたしました。また、宮田委員からの御意見については、類推解釈の問題や明確性の問題が指摘されていましたが、やはりここで例示列挙された類型が明確なのかという観点からの御意見と伺いました。   今回示された「試案」の規定を見まして、裁判実務で適正に解釈・運用するためには、この規定が十分に明確なものとなっているかなどの点を、今後、この部会において更に検討していく必要があると考えましたので、この時点で意見を述べさせていただきました。 ○小島委員 先ほど申し上げた私の意見の趣旨を、少し明確に言った方がいいかと思い、発言いたします。「拒絶」の文言について、被害者側としては、容認できない文言だということを最後に申し上げたいと思います。拒絶できたのではないかと言われてしまうことが一番問題になっているわけですから、この点については、今回の「試案」の中で容認できないということを申し上げておきます。   例示列挙されている個別の原因行為や原因事由については、非常に範囲が広く、いろいろなものが入っているとはいえると思います。私が気になりますのは、これらの原因行為や原因事由の中で、これを充足したら当然に性犯罪が成立するという類型と、それに加えて「拒絶困難」という要件を加えないと判断ができないという類型があると思われる点です。   例えば、解釈によるかもしれませんが、「1(1)イ(キ)」のところで、「虐待に起因する心理反応があること」という場合については、これに加えて「拒絶困難」でなければならないというのは必要ないかと思います。つまり、原因行為や原因事由には様々な類型があって、その中に、これに当たったら当然に犯罪が成立するというものが入っているのではないかと思います。その仕分けは、しなければいけないのでは、と思います。 ○井田部会長 いろいろと御意見が出て、なかなかかみ合わないところもあるわけですけれども、更に新たな論点の御指摘、又は今までの議論で対立した点について新たな角度からの御意見をお願いできますでしょうか。 ○長谷川幹事 先ほどの保坂幹事からの御質問のうち、拒絶という言葉を変えたら問題は克服できるのか否かという御質問について回答していなかったような気がしたので、お答えします。   拒絶を強いることになるのではないかと私が言っているのは、「拒絶」ではなく「困難」という言葉のところです。拒絶の意思の実現について、困難であることを要件として設けると、ただ嫌だと言うだけではなく、嫌だという意思を実現するための何らかの抵抗行為が要求されるように読まれるのではないかという説明をしました。そういう意味で、拒絶の意思の実現が困難な場合を別の条文にすることがよいという意見を述べました。   あと、先ほどの積極意思と消極意思の両方が入ってきてしまうので、積極意思が入ってしまうような要件は適切でないという話があったのですが、消極的な意思に反して性交をされた場合が性犯罪です。性行為をしたいという積極的な意思に反した性犯罪などあるのでしょうか。意思に反した、ということだけ言っていると分からなくなってしまうけれども、そもそも性犯罪は消極的な意思、性行為をしたくない意思に反してされてしまうものです。積極的な意思に反した性犯罪というのは存在しないのではないかと思います。 ○吉田幹事 例えば、「性に関する自由な意思の表明が困難な状態で」という言葉にしたとすると、性に関する積極意思の表明が困難な状態も含まれることになります。したがって、例えば、性的行為をしたいと思っている場合に、したいという積極意思を恥ずかしいということで表明できない、その表明が困難であるというような場合が含まれ得ると思うのですけれども、そのような状態で性的行為をすることが処罰対象に入ってしまうということが適切ではないのではないかという議論だと理解しており、その点についてどう考えるかということだと思っています。 ○井田部会長 諮問事項「第一の三」、地位・関係性の議論については、今までの列挙事由の中での議論で御意見は頂いたと理解してよろしいでしょうか。   ○山本委員 地位・関係性については、試案「第1-1」で捕捉しようとすると、今後文言はどうなるか分かりませんが、「拒絶困難」ではなかったと判断されないかという不安があります。小西委員がおっしゃるように、裁判官によって判断に差が生じることになり、ケース・バイ・ケースと言われるかもしれませんけれども、例えば、名古屋地裁岡崎支部が実父から娘への同意のない性交を認めながら無罪とした判決がありました。判決への賛否や解釈をめぐっては法律家によってもばらつきがありました。そのようなことを考えると、やはり地位・関係性については独立して、これをしたら駄目なのだということを明確に示してほしいと思います。   前に小島委員がおっしゃったような、一定の関係における信頼関係を利用してとか、教育、業務、スポーツ、医療、宗教その他の権力を有し、又は信頼を得る地位である者がした場合というのがイコールにならないと、明確にならないのではないかと思います。今の試案「第1-1」もそうなのですけれども、危惧しているのは、試案「第1-1」が採用されたとしても、現行法の暴行・脅迫においても、判例で、抗拒を著しく困難にする程度という基準が出されて、その基準が運用されてきた結果、判断にばらつきが生じているので、是非明示的に地位・関係性を作ってほしいと思っています。 ○井田部会長 この「1(1)ア(ク)」や「1(1)イ(ク)」では不十分だということですか。 ○山本委員 そうです。「(ク)」の行為又は事由が具体的に何を意味するのかということを明確に示して、人によって判断が分かれないようにしてほしいと思います。 ○浅沼幹事 「試案」を作った立場といたしましては、まず、試案「第1-1」の「1(1)イ(ク)」のところで、拒絶困難の原因事由として「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮していること」という事由を挙げておりまして、これによって、相手方の脆弱性や地位・関係性を利用した性的行為が許されないということが法文上明示されていると考えています。   その上で、そういった相手方の脆弱性や地位・関係性を利用した性的行為を処罰する規定を新設することにつきましては、試案「第1-1」や「第1-2」によって処罰対象とならない場合のうち、地位・関係性を利用して性的行為が行われる場合であって、処罰対象とすべきものとして、具体的にどのような場合が想定されるのかということや、そういう事案があるとして、それを処罰対象とするためにどういった具体的な要件を設定すべきか、処罰対象とすべき地位・関係性を網羅的かつ適切に切り出すことができるかといった点について、十分に検討する必要があるのではないかと考えています。 ○佐伯委員 次の検討の際には、「拒絶困難」という言葉をどうするかということが大きな検討課題になるだろうと、今日の議論を伺っていて思いました。   長谷川幹事の御提案についての感想なのですけれども、積極的な意思が文言上入ってしまって不都合ではないかという点に関しては、長谷川幹事がおっしゃるように、法益の点から、意思に反してということが当然の前提となっていて、そういう積極的な意思の場合は解釈によって除外できるという説明は確かにあり得ることかと、議論を伺っていて思いました。住居侵入罪の侵入という言葉については、単に立入りではなくて、意思に反した立入りという解釈がなされておりますけれども、性的自由に対する罪である以上は、文言上は中立的な文言であっても、当然消極的な意思に反する場合に限られるという説明は可能かと思いました。   そこまでして「拒絶」という言葉を避けなければいけないのかという点については、なお検討が必要だと思いますが、一つの可能性としてはあると感じました。 ○橋爪委員 地位・関係性に関して一点だけ申し上げます。地位・関係性に関する別個の条文を設けるかという問題ですけれども、上司や部下、スポーツのコーチと選手のような関係性があれば全ての性行為を罰するということは、当然これはあり得ないわけですので、個別事案ごとに当罰性・可罰性を判断する必要があると思われます。   そういった意味で、地位・関係性に基づく性行為のうち、性犯罪として処罰すべき類型は、実際には試案「第1-1」の「1(1)ア(ク)」あるいは「1(1)イ(ク)」に該当するケースに基本的に収れんできるように思われますので、あえてそれ以外に別個の条文を設ける実益が乏しいように思います。この点について、更に議論する場合には、先ほど浅沼幹事からもお話がありましたけれども、試案「第1-1」の「(ク)」の類型ではカバーできないような事案としてどのような行為が考えられ、それについて処罰すべきかということを想定しつつ、具体例を絞りながら検討することが有益であるように思われます。 ○山本委員 試案「第1-1」に該当するケースに収れんできるという御意見でしたが、実際の事件で、ゴルフのコーチが生徒に対して強制的に性交をしたという訴えが、強制起訴されたけれども、抗拒不能に当たらないということで無罪になりました。こういった事案も、今後は、「1(1)ア(ク)」の例示を用いて処罰できるというお考えだと思うのですけれども、この対等でない関係というのが、被害者が同意を強制されたり、不同意であるということの本質です。その対等でない関係を司法関係者がきちんと正しく取り扱ってこなかったことに関しては、強く不満を持っています。やはりこの地位・関係性に乗じた性犯罪規定を定める必要があると思います。教師と生徒、コーチと生徒のような関係性における全ての性行為を罰するべきではないかもしれないけれども、信頼関係に乗じてとか、優越的な地位に乗じてとかいった文言を入れて、地位・関係性を用いて性行為をするのが駄目なのだということを明確にしてほしいと思います。 ○井田部会長 それでは、次の試案「第1-2 刑法第176条後段及び第177条後段に規定する年齢の引上げ」について、御議論を頂きたいと思います。ここでも御質問と御意見を分けまして、まず、先ほどの事務当局の試案「第1-2」についての説明内容に関して、御質問がありましたら、どうぞ。 ○小島委員 「試案」の中で、「対処能力が不十分であることに乗じて」という文言がありますが、これはどのような場合を想定しているのか、例えば、監護者性交等罪のように、「乗じて」にはほとんど意味がなく、対処能力が不十分であることに乗じたとはいえない場合は非常に限られているという考えなのか、質問したいと思います。 ○浅沼幹事 試案「第1-2」において、「対処能力が不十分であることに乗じ」たとはいえない場合としてどのような場合を想定するかにつきましては、年齢差が5歳以上あることの意味をどのように捉えるかによって異なり得ると考えていますが、これまでの御議論を踏まえますと、どのような捉え方をするにしても、少なくとも、13歳以上16歳未満の者が、5歳以上年長の者に対して暴行・脅迫を用いて性的行為をした場合については、「対処能力が不十分であることに乗じ」たとはいえないと考えられます。 ○小島委員 年齢差が大きい場合については、基本的に対処能力が不十分であることに乗じたといえ、年齢差が小さくなるほど、対処能力が不十分であることに乗じたとはいえなくなるという説明を伺ったのですけれども、条文化されたときにそのような形で運用されるかどうかということに非常に危惧を持っています。もし、この「対処能力が不十分であることに乗じて」という要件が非常に限定的なのだということであれば、そのことを明確にする必要があるのではないかと考えています。どのようにでも解釈できる文言は入れるべきではなく、年齢差要件だけで十分ではないかと思っています。 ○井田部会長 監護者性交等罪との比較の点については、いかがですか。 ○吉田幹事 まず、「乗じて」という文言は監護者性交等罪においても用いられています。監護者性交等罪では、監護・被監護という関係の下で性的行為が行われると、基本的に自由な意思決定がなされ得ないということを前提として解釈がなされており、「乗じて」という要件の重みについては、非常に軽いものとして理解されています。   試案「第1-2」における「乗じて」という要件の重みについては、5歳以上という年齢の差があることをどう捉えるかによって異なり得ると考えられます。仮に、5歳以上の年齢差がある場合には、自由な意思決定の前提となる対等な関係が存することはあり得ないと考えた場合には、基本的に、年齢差があること自体で意思決定の不十分さが認められることになりますので、「乗じて」という要件の重みは軽くなり、監護者性交等罪における「乗じて」と同様に解釈することが可能であるとも思われます。その意味で、この「乗じて」という文言を使うこと自体が直ちに不安定な解釈・運用につながるものではないのではないかと考えていますが、いずれにしても、その点も含めて御議論いただきたいと思います。 ○小島委員 「乗じて」という要件は、監護者性交等罪における「乗じて」とほぼ同じ意味で使われる、つまり、「対処能力が不十分であることに乗じて」という文言が、解釈上、意味を持つことはないと考えてよいのでしょうか。 ○井田部会長 そこは正に、ここで議論することではないでしょうか。 ○小島委員 分かりました。 ○小西委員 この5年以上の年齢差は、私も主張させていただいたことなのですが、どうして5年以上にするかという点については、本当は、3年以上の年齢差があれば、処罰すべき場合が多いのかもしれないけれども、年齢差という形式的要件によって処罰範囲を画するためには、処罰すべきでない場合が含まれないようにしようという考えで5年以上とお話ししたと、自分ではそう思っています。ですから、今、小島委員が言われたように、「対処能力が不十分であることに乗じて」という要件に該当しない場合は、極めて例外的なケースしかないということは、この場で担保してもらえることではないのかもしれないですが、強く合意しておかないといけないと思います。本当は、この「対処能力が不十分であることに乗じて」という要件はない方がいいと思っているぐらいですが、個別のケースでどのようなケースがあるか分からないと言われれば、それに反論することはできません。ただ、一生懸命考えてみるのですが、加害者に責任能力があるにもかかわらず、被害者の対処能力が不十分であることに乗じたとはいえない場合があるというのが、なかなか考えにくいのです。例えば、私の専門領域でお話しさせていただきますと、年齢差は5歳以上離れているものの、年長者が限界級の知的能力をお持ちの方だったときに、その年長者を罰するのはふさわしくないということはあるのかなと思ったりもするのですが、それ以外に余り考えつかないのも確かです。もし、皆様の賛同が得られるのであれば、この要件は、もうなくしてしまった方が安全だと思っています。   私は精神鑑定をやりますので、司法が今まで判断してきた事案で、司法関係者は性犯罪の被害者について分かっていないと思うケースにたくさん遭ってきました。だから、司法関係者が個別の判断を適切にできるということが正直、信じられないのです。そういう点で、何とか条文の文言自体を安全にしたいと思っています。 ○齋藤委員 基本的に小西委員とほぼ同じ意味の発言をするのですが、前回の会議では、私は3歳以上の年齢差、小西委員は5歳以上の年齢差を提案しました。小西委員がおっしゃったことは、5歳以上の年齢差を要件とすると、取りこぼされる被害もそれなりにあるけれども、形式的に判断することを重視して、5歳以上の年齢差とするのが適当であるという趣旨の発言をされたと思います。私は、基本的に13歳以上16歳未満の者の同意能力は未完成であって、同年代であることを大前提として、真に対等な関係性である場合以外には、同意能力を発揮できないと述べました。問題は、その同年代というのが何歳差かということかと思います。   対処能力という表現にやや違和感はあるのですが、相手からの働きかけに対して同意か不同意かを示すためには、相手と自分が対等である必要があるというのは、そのとおりだと思います。16歳未満の者は、大きく能力も阻害されますし、自分自身で使えるお金とか、社会的関係とか、リソースとか、様々なものが制限されていて、そのように能力もリソースも不足している中で、相手と対等な関係で同意・不同意を判断するのは極めて困難だと思います。16歳未満の人は、能力的に、自分や相手の身に起きることを将来の展望を持って理解することは難しい。しかし、同年代であれば、選び取ることのできる選択肢やリソースがお互いに同じで、対等な関係での同意は成り立つかもしれないと考えたので、同年代同士の性的行為は処罰対象から除くということに賛成します。   何が言いたいかといいますと、5歳以上の年齢が離れている場合には対等ではなく、有効な同意ができないということを大前提として、たとえ「対処能力が不十分であることに乗じて」という言葉を入れるとしても、その解釈は適切に行われるようにしていただきたいと思いますし、私もやはり不安は強く抱いています。 ○井田部会長 齋藤委員、小西委員にお伺いしたいのですが、この「対処能力」という言葉について、専門のお立場から、影響理解能力との関係などについて何か御知見を頂けることがありましたら、お願いしたいと思います。 ○小西委員 対処能力については気になっており、考えているのですが、今言えることはありません。 ○井田部会長 齋藤委員は何か御意見がございますか。影響理解能力との関係についてはいかがでしょうか。 ○齋藤委員 もう少し考えます。 ○井田部会長 ほかに御意見はございますか。              (小西委員 退室) ○宮田委員 先ほどの浅沼幹事の説明では、監護者性交等罪と同様に、「対処能力が不十分であることに乗じて」いない場合として処罰の例外が認められるのは、13歳以上16歳未満の年齢に当たる未成年者自身が、5歳以上年長の者に暴行・脅迫を振るって性交をしたような場合などの極限的な場合に限られるという御趣旨であったと理解しました。   しかしながら、前回までの議論では、やはり年齢差があっても真摯な恋愛があり得るのではないかということだったと思います。5歳以上の年齢差がある者同士で本当に真摯な恋愛があり得ないのでしょうか。15歳の中学生と20歳の大学生の間で本当に真摯な恋愛関係はあり得ないのでしょうか。あるいは、未成年者が自ら性行為を望んでいる場合についてまで処罰をする必要はあるのでしょうか。我が国においては、15歳で中学を卒業したら、社会人になることが認められています。先ほど、未成年者が経済的に独立していないという話がありましたが、15歳で就職したら、民法では就労に関しては成人同様の独立した者として扱っているわけです。16歳未満の者は性的な事柄についての判断ができないと断じることには問題があるように思います。しかも、そのような例外的な場合もあり得るのに、13歳以上16歳未満の者に対する性交等について、下限が5年の拘禁刑という重い法定刑で臨むということには問題があると考えます。3歳差以上ではなく、5歳差以上なら例外はないのだという意見もありましたが、この例外がない年齢差というのが本当に合理的かどうかについても、私は疑問を感じてしまいます。 ○佐藤(拓)幹事 今の宮田委員の御発言についてなのですが、若年者の方が性的行為を望んでいるように見えたとしても、やはり5年以上という年齢差がある場合には、心身の成熟度の差や知識の差などがありますので、対処能力という点で問題があるということは否定し難いのではないかと思います。そこで、私は、基本的にこの「試案」に賛成でありまして、5歳以上の年齢差要件については、先ほど小西委員の御発言がありましたように、3歳以上の年齢差だと、個別事案においては、対処できたのではないかという余地が発生する可能性があるので、そういったことも踏まえて、5歳以上の年齢差を要件として「試案」が作られているのかなと理解しています。他方で「対処能力」という概念で説明する構成をとりますと、対処能力がおよそ問題にならないような場合は、処罰範囲から除外すべきだということになってくると思います。先ほど浅沼幹事が例に挙げた、若年者の方が5歳以上離れた年長者に対して、刑法176条、177条の行為を行う場合には、処罰対象から外れるという余地を残す文言を置くべきなのではないかとか、又は、こういう事例が現実にあり得るかどうかは議論の余地があるのかもしれませんが、若年者の方が100%主導的な行動をとって性行為に至ったという場合についても、「乗じて」という要件によって処罰範囲から除外する余地を残すというのは、現在の対処能力を中心とした理論構成からすると、あり得るのではないかと考える次第です。 ○山本委員 私は小西委員、齋藤委員に賛成しているのですけれども、16歳未満という脳を含めた身体的、精神的、社会的にも発達段階にある未成熟な人たちに対して年齢差のある者が接触して、性的搾取・性加害を行っているというのが今の社会の現状なのです。一部の限定的な、例えば若年者側から暴行・脅迫を用いて性的行為に及ぶということも、性的加害の場合起こり得ますから、それを除外しておきたいということは分かるのですが、それは本当に極めて限定的なものと解釈していただきたいと思います。本当は3歳以上の年齢差にしてほしいところですが、5歳以上の年齢差で、「対処能力が不十分であることに乗じて」という要件を無しにして、社会として子供たちを守っていくという姿勢を明確に示してほしいと思います。   あと、これは表現の問題なのですけれども、一般人に分かりやすい表現をお願いしたいと思っています。刑法199条で、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」と書かれているように、被害者は「人」、加害者は「者」と表記した方がいいと思っています。私のような一般人は、どちらがどちらのことをいっているのか混乱するときもありますので、「13歳未満の人に対してわいせつな行為をした者は」というような形の表現にならないか検討をお願いしたいと思います。 ○長谷川幹事 先ほど佐藤拓磨幹事が、5歳差だと対処能力の問題があるというお話をしつつ、若年者が100%主導する場合は保護しない余地を残す必要があるというお話を述べられたのですけれども、若年者が100%主導というのがどういう場合を想定しているのか分かりませんが、性非行とか、性的な部分でませているような場合があるとしても、対処能力や自分の将来に与える影響を理解する能力などが不十分で、そのような行動に及んでいる少年はいるので、若年者が100%主導して性的行為に及ぶという例は除外すべき事由にはならないのではないかと思います。   これに対して、若年者の側が、犯罪が成立するような態様で、5歳差以上の者に対して性行為をした場合に、被害者である年長者に犯罪が成立しないようにする必要があるという点についてはそうだと思うのですけれども、ここでいろいろ議論しているように、そういった極めてまれな事例への対処のために、この曖昧な「対処能力が不十分であることに乗じて」という要件を入れて絞るというのは、小西委員や齋藤委員から御指摘されている懸念があるので、やめた方がいいと思います。そういった極めてまれな事例に対しては、違法性阻却などの構成要件段階でないところで対処をするといった選択をするのがよいと私は考えます。 ○保坂幹事 今の長谷川幹事の御意見というのは、実質的要件は不安定さの源なので、やめた方がいいというお話ですけれども、前提として、従前の御意見は、16歳未満との性交はすべからく処罰するということで、除外限定、つまり年齢差要件も無用であるものだと承っていましたが、現在の御意見は、除外限定の要件として、年齢差要件は要らない、したがって実質的要件も要らないということなのか、年齢差要件を付けるとしても実質的要件は要らないという御趣旨なのか、それはどちらになりましょうか。 ○長谷川幹事 今の意見は、年齢差要件を付ける場合に、実質的要件が要らないという意見です。 ○井田部会長 御意見をお伺いしていますと、宮田委員は反対ですけれども、多くの委員・幹事の皆様は、対象年齢を16歳未満まで引き上げるということと、そして5歳以上という年齢差要件を設けることについては基本的に強い反対の御意見はなかったように思います。ただ、「対処能力が不十分であることに乗じて」という実質的要件のニュアンスについて見解が分かれているという感じがいたしました。その点について、もう少し議論を詰めていただくといいかもしれません。 ○金杉幹事 先ほどから、私の音声が途切れていて、オンライン参加の委員・幹事に聞こえないところがあったと思います。そのため、時機に遅れましたが、ここで反対の意見を申し上げます。   宮田委員と同じような問題意識なのですが、この規定は、16歳未満の方に対する性的自由の行き過ぎた制約になり得ると考えており、反対です。これまでの議論は、16歳未満の方に性交同意能力がないのではなく、不十分であるということを前提に、そういった不十分さに乗じて性交等を行うことを別に処罰する、言わば未成年を保護するような方向で別に規定を設けることはあり得るという方向性だったように思っていたのですけれども、今回の「試案」では、13歳未満の者に対してわいせつな行為や性交等をしたときと「同様とする」とされています。16歳未満の者と5歳以上年長の者の間に真摯な同意はあり得ないのかということについて、もちろん被害の支援に当たっておられる方は、被害に遭われた方の支援をされているので、真摯な同意などないケースをたくさん御覧になっているのだと思います。しかし、そうではない15歳の高校1年生が20歳の方と真摯な恋愛をして性交するというような、被害の申告がない場合についてまで犯罪になり、しかも5年以上の拘禁刑で処罰されるということになると、これまでは、置かれた状況など様々な要素を考慮して児童福祉法34条1項6号の児童に淫行をさせる行為に仮に該当するとしても、10年以下の法定刑とされてきたことが、5年以上の強制性交等となってしまうという強い制約になります。児童の保護という異なる法益を刑法に持ち込むこと自体はあって良いと思いますが、それがいきなり10年以下から5年以上に重罰化されるということになりますと、刑法の謙抑性の観点からも問題が大きいと思います。   仮に、未成年の脆弱性という部分に着目して何らかの規定を刑法の中に作るということであれば、法定刑については10年以下の拘禁刑として、児童福祉法上の「児童に淫行をさせる行為」の法定刑とそろえるべきであろうと考えます。 ○橋爪委員 形式的要件と実質的要件の関係について思うところを申し上げたいと存じます。この点については私自身、非常に葛藤があるのですが、5歳の年齢差があれば明らかに関係性は非対等であり、年長者側にパワーの濫用があることがほとんどであると思います。ですから、実際には形式的要件だけで基本的に処罰の限定は可能であって、対処能力が不十分であることに乗じていない場合というのはほとんど観念できないということについては恐らく異論がないだろうと思います。ですから、この部会においても、仮に「試案」どおりの条文を設けるとしても、「乗じて」要件というのは、それほど意味があるわけではなく、極めて例外的な場合を排除する機能しかないことは十分に確認しておく必要があると考えます。   このように申しますと、「乗じて」要件はほとんど意味がないわけですので、選択肢としては、先ほどから議論がありましたように、「乗じて」要件を外して専ら形式的要件だけで規定するということも、当然ながらあり得ると思います。この部会でも多くの被害事例の御紹介を頂きまして、年齢差に基づく性行為の多数は非対等な関係性の下で行われるものであって、年長者によるパワーの濫用があることについても御教示いただいたところです。   ただ、私は当然ながら、全ての事例を承知しているわけではありません。現在においても5歳以上の年齢差がある者同士での性行為が行われていないとは限らず、その全てが、若年者の未熟さにつけ込んだ不当な性行為であり、5年以上の拘禁刑で処罰するに足る行為であると確信を持って言えるのか、というところが今後の議論のポイントかと思います。   もちろん、本当に例外的な場合があるかもしれないけれども、それについては検察官の適切な対応を信頼して、条文としては形式的要件だけで対応するという選択肢も十分に考えられます。もっとも、今回の法改正をめぐる議論は、大変失礼ながら、捜査機関の対応が十分には信頼できない、ばらつきがあり得るということを前提にされているところがあるにもかかわらず、この問題については、検察官の適切な対応を全面的に信頼することを前提に議論するというのも、やはり多少の違和感を覚えることも事実です。   このような次第で、私自身、決断がつかないのですが、形式的要件だけでいくと、場合によってはこの部会では想定していないような例外的事態が生じるかもしれないが、規定上はそのような行為も処罰範囲に含めてもいいかという点が今後の議論において重要なポイントになるように考えています。 ○小島委員 結局、性交同意年齢をそもそもどう考えるかということだと思います。性交同意年齢というものは、その年齢未満の者と性交した者については、現行法における13歳未満の者に対する性行為がそうですが、個別事情を考慮しないで犯罪が成立するという前提で成り立っていると思います。そこに実質的要件を加えてしまうと、性交同意年齢を引き上げてほしいと求めた人たちの思いに応えられるかという点です。性交同意年齢を引き上げるというその根本が掘り崩されるのではないかと思います。対処能力という要件を加えると、被害者の性的成熟度とか性的経験を聞くということになり、未成年者に過度な負担を掛けるということになると思います。   成人の女性が15歳未満の人から強制性交等罪の被害を受けた場合はどうなるのかというような例が挙げられていましたけれども、16歳まで引き上げるという大きな改革について、極めて限定的な例を前提にすることには、私は反対です。緊急避難などで対処していくのがいいと思います。 ○井田部会長 小島委員は、5歳差という年齢差要件については賛成なのですか、反対なのですか。 ○小島委員 例外について形式的要件のみを入れる場合は、5歳差という年齢でもよいということです。 ○井田部会長 分かりました。   ほかに御意見のある方はいらっしゃいますか。 ○齋藤委員 議論の本質的なところではないのですが、多分、私も小西委員もだと思うのですけれども、性暴力の被害者だけを見て5歳の年齢差要件を主張しているわけではなくて、一般的な青少年の心理に鑑みて、そして私の場合は子供たちの性暴力以外の教育臨床もやってきましたので、そうした子供たちを見ての発言であるということはお伝えしておきたいと思います。 ○田中委員 立証する立場から、この件に関しましても四点ほど意見、あるいは質問も入ってしまうかもしれませんが、申し上げたいと思います。   まずは年齢差要件についてなのですが、今、「試案」では5歳差という要件が設けられていますけれども、立証の場面を考えますと、被疑者が被害者と比較的年齢が近い場合には、例えば、ぴったり5歳差といった場合ですが、その5歳差の認識の立証が困難なものになるのではないかという懸念があります。特に、5歳差の基準日が誕生日基準であるとすると、この種の行為を行う者が相手の誕生日まで知っていることは、知り合いでもない限り、極めてまれだと思われます。そうすると、年齢の近い者同士の場合は、事実上処罰は行われにくくなるのではないかと思っています。   二点目以降は、先ほどから話題になっている実質的要件についてです。5歳差という形式的要件に加えて、「対処能力が不十分であることに乗じて」という実質的要件を設ける趣旨は何なのかということです。「対処能力が不十分」という概念は曖昧ではないかと思われますし、何よりも、被害者にこのような能力が不十分であることを立証し、かつ、被疑者に被害者の対処能力が不十分であることの認識を要するということになってしまいますが、この点の立証が困難になるのではないかという点です。   次に、「対処能力」とは、「試案」では、「性的な行為に関して自律的に判断して対処することができる能力」とされていますが、実際の運用場面を想定しながら考えてみると、その意味がよく分からないところがありまして、例えば、被害者の側から売春を持ち掛けてきたような場合は、対処能力があるということなのか、ないということなのか、この定義からどのように説明されるのでしょうか。   最後に、これは少し理屈の問題かもしれないので、少し分かりにくいかも分かりませんが、「対処能力が不十分」との要件を、年齢差がある場合にのみ要求している趣旨が理解しにくいと思います。「試案」における「対処能力」の定義を見ますと、「対処能力」と「年齢差」とは関係がない形となっているように読めますが、そうだとすれば、13歳未満でも対処能力が不十分であることが必要になるのではないでしょうか。あるいは、13歳未満の場合は対処能力が不十分であるとみなす、又はそのように推定するとしたとしても、13歳以上の場合、対処能力が不十分であることを要求するのに加えて、更に5歳という年齢差を要求する趣旨をどのように理解すればよいのでしょうか。逆に、「対処能力」とは、年齢差との関係で、年上の人に対して有効に同意をすることができる能力だと考えるのであれば、13歳以上の場合に限って「対処能力」を要求する趣旨は理解できますが、その場合、「対処能力」の定義は年齢差との関係性が示されたものになり、今の「試案」とは異なったものになるのではないかとも思われます。また、その「対処能力」の内容も、立証が困難なものとなるのではないでしょうか。   いずれにしても、今回の「試案」につきましては、立証責任を負う検察官として、実務的に立証に困難を感じ、あるいは実際に困難を来すような構成となっているという懸念があります。客観的に容易に判断できるような構成要件とした方が望ましく、また、その方が被害者の方々のニーズにも合ったものとなるのではないかという観点から、意見あるいは質問を申し上げました。 ○浅沼幹事 立証の観点からいろいろ御指摘を頂きましたので、現在の事務当局の考え方を御説明いたします。   ただ今の御指摘のうち、まず、年齢差要件の認識の立証の点につきましては、試案「第1-2」の「当該者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者」との要件におきまして、行為者の故意が認められるためには、相手方の誕生日を具体的に認識していなくても、自分の年齢を基準として相手方が5歳以上年下であること、例えば18歳未満の者であれば、相手方が14歳になっていない者であること、これを未必的にでも認識していれば足りると解されます。   次に、「対処能力が不十分であることに乗じて」との要件を設けている趣旨については、若干繰り返しになる部分もありますが、行為者と相手方との間に年齢差が5歳以上ある場合における相手方の対処能力の捉え方として、性的行為について自由な意思決定の前提となる対等な関係が存することは絶対にあり得ないと考えた場合には、5歳以上年長の者が13歳以上16歳未満の者に対して性的行為をしたときは、全く例外なく、当然に対処能力が不十分であることに乗じたものといえるはずであり、その場合には、「対処能力が不十分であることに乗じて」との要件は無用になると思われます。   しかし、一方で当部会におけるこれまでの議論の中では、年齢差要件だけで処罰範囲を適切に画することができるのか、5歳差以上の者との間に対等な関係があり得ないと言い切ってよいかといった疑問が示されているところであり、その問題意識を踏まえてこの要件を記載しているものです。   その上で、仮に、行為者と相手方の間に年齢差が5歳以上ある場合における相手方の対処能力の捉え方として、ただ今申し上げたように、性的行為について自由な意思決定の前提となる対等な関係が存することは絶対にあり得ないと考えた場合には、御指摘のような、若年者の側から性的行為を持ち掛けたような場合であっても、性的行為をする際には、若年者の対処能力は不十分であるということになると思われます。   そして、そのような対処能力の捉え方を前提としますと、試案「第1-2」の罪が成立するためには、客観的な要件として、13歳以上16歳未満の者に対して性的行為をしたこと、行為者が5歳以上年長の者であることの立証が必要となり、かつ、それで足りることになると思われます。主観的要件としても、行為者においてこれらの事実を認識していたことを立証する必要がありますが、それで足り、それに加えて、個別の事案において相手方の対処能力が不十分であることを認識していたことを立証する必要はないと思われます。   いずれにしましても、この「試案」では、「対処能力が不十分であることに乗じて」としている実質的要件につきましては、前提として、13歳以上16歳未満の者の性的行為をするかどうかに関する能力をどのように捉えるのか、具体的には、影響理解能力や対処能力について、相手方や状況を問わないものと捉えるか、相手方や状況によって発揮できたり、できなかったりするものと捉えるか、あるいは年齢差を要件とする場合、その年齢差の意味をどのように捉えるのかによって異なり得ると考えられますので、この「試案」をたたき台として、更に御議論いただければと考えています。 ○井田部会長 いろいろな御意見を頂いて、相当に理解も深まった感がありますが、ほかに試案「第1-2」について御意見はございますか。   もしよろしければ、残り時間は僅かなのですが、試案「第1-4 刑法第176条の罪に係るわいせつな挿入行為の同法における取扱いの見直し」について、できるところまで御議論いただきたいと思います。ここでは御質問も御意見も一緒にお伺いしたいと思います。 ○齋藤委員 被害者にとって性的に侵入されるという行為が強制性交等と同じだと認識されたことは、本当によかったと思っておりまして、これまで言ってきたことの繰り返しなのですけれども、挿入されるものが陰茎であろうと物であろうと、性的な部位に挿入されたならば、やはりそれは被害者にとって性的な侵入であるということになります。   一点気に掛かるのは、「わいせつなものをした者」の「わいせつなもの」という点について、例えば、戦争の捕虜に対しても性暴力が行われることがありますが、それは加害者から見れば「わいせつなもの」ではなく、相手を支配し服従させる方法になります。過去には、それが暴力としてしか捉えられてこなかったところ、最近になり、それが性暴力として捉え直されているということが性暴力の研究の中ではあるのですが、例えば、いじめの中で肛門に物を挿入されるという行為が、単なる暴行傷害だと理解されてしまうようなことがないといいと思っています。被害者にとって性的に侵入される行為が「わいせつなもの」として適切に捉えられるように望んでいます。そういう意図で作成されているとは思っているのですが、実際にこの文言で判断するのは現場にいる方々だと思いますので、そうした認識が広がると有り難いと思っています。 ○浅沼幹事 「試案」の趣旨として御説明いたしますけれども、処罰対象となる膣又は肛門に陰茎以外の身体の一部又は物を挿入する行為は、現行法において強制わいせつ罪の「わいせつな行為」に該当するものであることが前提でありますが、膣又は肛門に陰茎以外の身体の一部又は物を挿入する行為であっても、例えば、医療行為のように、行為の状況等も考慮すると性的性質がなく、わいせつな行為とはいえないものが含まれ得るため、そのような例外的な場合を構成要件の段階で処罰対象から除外するという趣旨で、この「わいせつなもの」ということを記載しております。 ○宮田委員 強制わいせつ罪と強制性交等罪の法定刑の差が極めて大きいのに、この点を切り出して強制性交等罪とするところに関して非常に抵抗を感じます。やはり強制性交等罪の法定刑の下限についてもっと検討して、強制わいせつ罪との関係も考えていくべきではないかというのが私の意見です。 ○山本委員 物を膣や肛門に挿入されること自体が非常に侵襲的であり、強制性交等罪と同等であるということから、懲役5年以上という刑はふさわしいと思います。また、医療職なので申し上げるのですけれども、善意原則に基づいて医療行為として行っている人がほとんどではあるのですが、日本でも諸外国でも、医療職がその立場を利用して、性暴力を行うこともあります。例えば、膣の診察のときに、普通は看護師がいるのですけれども、そういう人も排して、性的な侵襲行為を行い、その状況を撮影したりすることもあるので、そこをきちんと捉えていただければと思います。 ○金杉幹事 宮田委員と同様か分かりませんが、反対の立場で申し上げます。私は従前この規定については、三つの点を具体的に指摘させていただいて、反対である旨を述べさせていただいてきたと思います。   そのうちの一つの未遂処罰という点は、性器に身体の一部を挿入する行為が強制性交等罪に入るということになれば、膣等の周辺部を手指で触る行為が、強制性交等の未遂なのか、それとも強制わいせつにとどまるのかといった議論を生じるということがあったかと思いますが、それ以外にも、この点は実務的には非常に大きな改正であるということは指摘したいと思います。電車の中の痴漢等で、手指等を膣等に挿入する行為はこれまで強制わいせつ罪とされてきましたが、それが強制性交等罪になるということであれば、挿入する行為だけでなく、周辺を触る行為も強制性交等未遂とされれば、このような行為について、必要的保釈の例外事由となり、裁量保釈しか認められないことになります。   そもそも、これまで強制わいせつ罪であったものが強制性交等罪になるということであれば、仮に今回の改正案が全て通った場合には、従前の議論で繰り返しなされてきた、「今回の改正は、これまでも強制性交等罪で処罰されるべきであった当罰性の高い行為について、条文の解釈の曖昧さから要件該当性が不明確であったものを明確にする改正であり、処罰の範囲を広げる改正ではない」、という説明が、三つの点で違うということが明らかになりました。   試案「第1-1」の処罰範囲も広がりますし、試案「第1-2」で対象年齢が引上げになった場合には、16歳未満の方に対する5歳差以上年長の者からの性交等について、同意があっても強制性交等罪になることになります。そして、膣等に手指等や物を挿入する行為についても強制性交等罪になるということで、処罰範囲が相当広がるといえます。この法定刑5年以上のままで三つの方向から処罰範囲を広げるということは、非常に大きな改正につながりますし、刑罰法規、刑法の謙抑性の観点からは到底賛成できないということを強く申し上げます。 ○井田部会長 ほかに、この試案「第1-4」について御意見はございますか。   もしよろしければ、試案「第1-4」についての議論はここまでとさせていただいて、最後に、試案「第1-5 配偶者間において強制性交等罪などが成立することの明確化」についての御質問と御意見があれば、御発言いただきたいと思います。 ○宮田委員 あえて反対までするものではありませんが、今後の運用について御注意を頂きたいという趣旨で意見を述べます。配偶者間でも強制わいせつ・強制性交等罪が成立するということになると、キスやハグのような行為であっても「1」で強制わいせつ罪に該当してくるということになります。DVや虐待の事例の中には、離婚などを有利に進めたい側が虚偽の申告をしている例もあります。このような条項が作られることで、配偶者間で性被害に遭ったという虚偽の申告がされる可能性もあるだろうと思います。そういう意味で、このような改正後、捜査に当たっては、被疑者とされた人の意見もきちんと聴くべきですし、身体拘束には慎重であるべき事例も相当数あると思われ、その点にも慎重な配慮が必要です。さらには、客観的な証拠の収集に努めてほしいと考えます。以上三点を特に注意的に述べていただけると有り難いと思います。 ○山本委員 このように配偶者間においても強制性交等罪などが成立することを明確に示していただいたのは、非常に喜ばしいことだと思っています。DV支援の方にもお話を聴くことがあるのですけれども、身体的DVや精神的DVのことは言えても、本当に性に関する虐待を人に言うことは難しく、そして、婚姻関係にあるということから性交する権利があるように言われてしまうということで、自分が配偶者からの強制わいせつ罪や強制性交等罪の被害者となり得るということを認識していなかった、被害者であるということも分かっていなかったという人が多いので、これは是非成立していただきたいと思います。また、法的な婚姻関係のみではなく、セクシャルマイノリティーの方、内縁関係の方の間にも試案「第1-5」の規定が適用されるということは聞いていますけれども、それが確実に行われることを願っています。 ○金杉幹事 宮田委員と同じく、確認的な意見です。基本的に、これは従前の解釈を明確化するものということなので、これ自体に反対するものではありません。ただ、これ以外の規定の改正が「試案」のとおり行われた場合を考えると、例えば、試案「第1-1」に関して、「1(1)イ(エ)」の「睡眠その他の意識が明瞭でない状態」に乗じて性交等を行うということは夫婦間でもあり得るわけです。皆さんがおっしゃっていることは、例えば、相手が眠いときとかもうろうとしているときにも、相手を起こして、明確に性交していいですかという同意を取って、何ならその確定的な証拠も残した上で性交等をしないと、後からそれが夫婦間の論争になった場合に、強制性交等罪に該当するということを言われかねない危険があるということは御理解いただけると思います。   また、同じく試案「第1-1」の「1(1)イ(ク)」の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮していること」は、例えば、専業主婦であったり、あるいはパートであったり、夫の方が経済力がある夫婦の場合に、夫からの性交等の求めに応じて、応じなければ離婚等によって自らが経済的に不安定な状況に置かれるという不利益を憂慮して性交等に応じるといった場合も該当することになると思います。適切な処罰範囲を画するという意味でこれでいいのかという疑念は、もちろん私は「1(1)ア(ク)」や「1(1)イ(ク)」の要件に反対しているので、ありますけれども、そういった点を注意的に申し上げさせていただきます。 ○井田部会長 ほかにございますか。よろしいでしょうか。   それでは、この試案「第1-5」についての御議論もこの程度とさせていただきまして、以上で本日の議論を終えたいと思います。   次回は、本日に引き続き、試案「第1-6」から始めて、できれば「第3-2」まで議論を行うことにしたいと思いますけれども、よろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○井田部会長 それでは、そのようにさせていただきたいと思います。   本日予定していた議事については、これで終了いたしました。本日の会議の議事につきまして、特に公開に適さない内容に当たるものはなかったと思われますので、発言者名を明らかにした議事録を作成して公開することとさせていただきたいと思います。また、配布資料についても公開することとしたいと思いますけれども、そのような取扱いでよろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○井田部会長 ありがとうございます。それでは、そのようにさせていただきたいと思います。   では、次回の予定について事務当局から説明をお願いします。 ○浅沼幹事 次回の第11回会議は、令和4年11月14日月曜日の午前10時からを予定しております。詳細につきましては、別途御案内申し上げます。 ○井田部会長 本日はこれにて閉会といたします。どうもありがとうございました。 -了-