法制審議会 家族法制部会 第32回会議 議事録 第1 日 時  令和5年10月31日(火)  自 午後1時30分                        至 午後5時14分 第2 場 所  法務省大会議室 第3 議 題  家族法制の見直しに関する要綱案の取りまとめに向けたたたき台(2)の検討 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○大村部会長 それでは、予定した時刻になりましたので、法制審議会家族法制部会の第32回会議を開会いたします。   本日は御多忙の中、御出席を頂きまして誠にありがとうございます。   本日も前回までと同様、ウェブ会議の方法を併用した開催になりますけれども、どうぞよろしくお願いを申し上げます。   それから、前回からの変更といたしまして、外務省の細野淳一国際法局社会条約官が幹事に任命されておりますので、簡単に自己紹介をお願いしたいと思います。 ○細野幹事 外務省の細野でございます。直近は韓国の大使館に勤務しておりまして、この9月25日付けで国際法局の社会条約官を拝命いたしました。今後お世話になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。 ○大村部会長 どうぞよろしくお願い申し上げます。   それでは、本日の会議資料の確認をさせていただきます。事務当局の方から御説明をお願いいたします。 ○北村幹事 事務当局でございます。お手元の資料について御確認いただきたいと思います。まず、事務当局からお送りしている本日の会議資料として、部会資料32−1、部会資料32−2をお配りしております。このうち部会資料32−1は、今後の部会における議論の対象となる要綱案のたたき台をゴシック体の記載でお示ししているものです。部会資料32−2は、部会資料32−1のゴシック体の記載内容についての説明を明朝体で付記したものですが、この明朝体の記載は部会における取りまとめの対象となるものではなく、飽くまでもゴシック体の記載について御議論いただくための参考としていただく趣旨で作成しているものです。   また、池田委員、佐野幹事、原田委員から連名で資料の提出がございましたので、こちらも本日の会議資料としてお配りしております。この資料につきましては、部会資料32−1の御議論の中で、それぞれの委員、幹事から必要に応じて御説明を頂けるものと承知しております。   なお、今回もウェブ会議を併用していることから、御発言に当たっては冒頭でお名乗りいただきますようお願いいたします。 ○大村部会長 ありがとうございました。   それでは、本日の議題、お手元の部会資料32−1になりますけれども、「家族法制の見直しに関する要綱案の取りまとめに向けたたたき台(2)」というものにつきまして御議論を頂きたいと思います。   この資料なのですけれども、第1のところがペンディングとなっておりますけれども、この趣旨については後ほど事務当局から補足の説明を頂きたいと思っております。第2がゴシックで記載されておりますけれども、本日はこの第2につきまして一通りの御議論を頂きたいと思っております。それが済みましたら順次、第3以降に入っていきたいと考えております。本日の会議で御議論いただけなかった部分につきましては、引き続き次回の会議で御議論を頂くということを考えております。会議の時間のちょうど中間ぐらいのところで一度、休憩を入れさせていただきたいと考えております。   それでは、部会資料32−1及び32−2の第1及び第2の部分まで、事務当局の方から資料の説明をお願いしたいと思います。 ○北村幹事 事務当局でございます。部会資料の内容について御説明いたします。先ほども申し上げましたけれども、部会資料32−1と32−2をお送りさせていただきましたが、このうちの部会資料32−1のゴシック体の記載がこの部会での取りまとめの対象となるものですので、本日の会議でも部会資料32−1のゴシック体の記載を対象として、その内容の当否や修正の要否などを御議論いただきたいと考えております。   それでは、「第1 親子関係に関する基本的な規律」でございます。こちらにつきましてはペンディングという意味で【P】と記載しております。部会資料30−1のたたき台(1)では、子との関係での父母の責務を明確化するための規律を整備することを提示しておりまして、この部会においても、このような規律を整備すること自体は多くの委員、幹事からの御賛同を頂いているものと認識しております。その上で、これをどのような文言でどのように規律するかについては、様々な御指摘を頂きましたので、事務当局においてその修正案をお示しさせていただきたいと考えているところですが、前回及び前々回の会議では、まずはゴシックの第2以下の各論的な論点を議論した上で、その後、最後に第1の総論的な規律の検討をしてはどうかとの御指摘も頂きましたので、差し当たり今回の会議では【P】とさせていただき、今後しかるべきタイミングでこの部分の修正案を御提示させていただきたいと思います。そのため、今回の会議では「第2 親権及び監護等に関する規律」の部分からの御議論をお願いいたします。   続いて、ゴシックの「第2 親権及び監護等に関する規律」の内容について御説明いたします。   第2の「1 親権行使に関する規律の整備」については、部会資料30−1からの変更はございません。ここでは、父母が婚姻中であるか離婚後であるかを問わず、父母双方が親権者である場面における親権行使のルールを提示しております。前回及び前々回の御議論の際には、この部分のうちゴシックの第2の1(1)イの急迫の事情という部分を、必要性や相当性といった要件に修正してはどうかとの御意見を頂きました。こういった修正意見については、部会資料32−2の補足説明2ページから3ページにも記載しましたように、慎重な検討を要するとも考えられますので、今回の会議でも引き続き御議論いただきたいと思います。   次に、第2の「2 父母の離婚後等の親権者の定め」については、前回及び前々回の御議論の際に、裁判所が親権者を指定する場面における考慮要素や判断枠組みをどのように規律するかといった点を中心に御意見を頂きました。実際の事案における親権者の指定の審判の際には、父母双方を親権者とすべきとする方向に作用するプラスの要素と、その一方の親権を制限すべきであるという方向に作用するマイナスの要素の双方を考慮するということになろうかと思いますが、これらの要素の中には、例えば父母の一方による虐待の事実のように、その要素の存在により、父母の一方のみを親権者と定めるべきであるという方向の判断に大きく傾く要素があるように思います。   そこで、今回の資料では、ゴシックの2(6)において、父母双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるときは、裁判所は、父母の一方を親権者と定めなければならないものとするという枠組みを提示しており、ゴシックの(注2)において、父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると考えられる場合を例示することとしました。今回の会議では、こういった判断枠組みについて御意見を頂きたいと思います。   また、前回及び前々回における御指摘を踏まえ、ゴシックの(注1)として、親権者指定の審判又は調停の申立てがされた場合における取下げ制限の規律を設けることなどを注記しておりますので、この点についても御意見を頂きたいと思います。   そして、第2の「3 監護者の定め及び監護の分掌に関する規律」について、部会資料30−1では、監護者指定の要否について必ずしも明確に記載されていない部分がありましたので、御議論の経過を踏まえ、第2の3(1)の部分を追加しておりますが、実質的な内容は部会資料30−1からの変更はございません。   なお、これまでの会議では、監護者指定の要否についても様々な御意見を頂いたほか、一部の委員から、子と事実上同居している親に一定の優先的な権限や特殊な地位を与えるべきではないかとの御意見も頂きました。こうした御意見については、部会資料32−2の補足説明7ページから10ページに記載しましたように、慎重な検討を要するとも考えられますので、今回の会議でも引き続き御議論いただきたいと思います。   第2までの説明は以上になります。 ○大村部会長 ありがとうございました。部会資料32−1につきまして、第1がペンディングとされている理由と、第2についての御説明を頂きました。第2につきましては、前回までの議論を踏まえて、主な変更点を中心に御説明を頂いたものと理解を致しました。   それでは、今の部会資料32−1の第2の部分について御議論をお願いしたいと思います。第2の部分は3項目に分かれておりますけれども、どの部分について御発言を頂いても結構でございます。ただ、御発言の際には、どの部分を具体的に念頭に置いての御意見であるかということを特定していただけますと幸いに存じます。どなたからでも結構ですので、御発言のある方は挙手をお願いいたします。 ○原田委員 まず、第2の1(1)の急迫です。私たちの感覚では、急迫というと刑法における正当防衛の急迫のイメージが非常に強くて、民法でも急迫という言葉が使われているようですけれども、法益の侵害が間近に迫っている、つまり何か法益の危険が切迫しているということを意味すると感じます。しかし、前回佐野幹事も発言されたとおり、暴力を受けたときにすぐに逃げられるわけではないし、ましてや子連れは無理であることが多いです。そのときは我慢して、いよいよ決意したら、こどもの意向を確認して、持ち物の準備などをして、学齢期のこどもがいれば長期休暇の機会とか、あるいは配偶者がいないときに別居をするのですが、これを急迫といえないとされるのではないかと思います。これも急迫だといって済むのならいいのですけれども、できた条文の解釈として、ここでの議論が反映されるとは限りませんし、日本語的には緊急行為よりも更に時間的切迫性が求められるのではないかという感じがします。   また今般、DV防止法は保護命令の対象として精神的な暴力も含むとされる改正が行われて、施行が予定されています。ここでは精神的な暴力も加害者と離れることが必要だという前提がありますが、このようなケースで急迫性の判断は難しくなると思われ、保護命令まで至らなければ急迫と認められないと考えられる可能性もありますので、立法趣旨からは問題だと考えます。   今回の部会資料32−2で、現在の解釈と比較することが有益だとされていますけれども、現在の解釈では、主たる監護者が別居に際して子を連れて出るのは、連れ出しに際して暴行など社会的相当性を逸脱した手段を用いた場合でなければ違法ではない、原則は違法ではないとされていると思われます。それで違法ではないことを前提に監護者指定が行われています。もっと明確に、監護者指定の争いではなく、子連れ別居が違法だということで1,000万円の損害賠償請求をされた事件が先日、名古屋地裁で判決がありましたけれども、やはりこれも社会的相当性を逸脱するものではないと評価され、不法行為を構成しないとしています。ただ、これは控訴されていますので、それは付け加えます。   また、有名な100日面会裁判の控訴審では、子を連れて家を出た場合と子を残して自分だけ家を出た場合とで、どちらが子の健全な生育に資するか、それから協議の実現可能性があったかという2点が基準に行われていると解されます。この解釈を変える必要はないということで、部会資料32−2の3ページの最後の4行も、そのように述べていると理解しています。それからすると、やはり急迫は狭いと思われます。   また、委員、幹事の皆様は第2回のヒアリングの浅井様、緊急でも何でもないのにこどもを連れ去ったケースを心配しておられるのではないかと想像していますけれども、あのケースでは、離婚無効という判決を出しながら、どうして父親を親権者とし、母を慕って母のところを訪れていた子との面会交流を制限したのか、これは浅井様のお話を前提とすると、その辺りの裁判所の判断に問題があったのではないかと思います。これは子の連れ出しの要件の問題や、あるいは共同親権では解決できない問題ではないかと思います。   話を戻しまして、第30回で必要性、相当性という基準はいかがかと提案し、元々親権行使は相当でなければならないのだから、判断基準にはならないという御意見を頂きましたけれども、判決でも社会的相当性を逸脱しない方法という言葉が使われていますし、手段の相当性というのは、こどもに対してもですが、他方配偶者に対しても意味があります。親権行使の必要性と、それを単独で行使することが相当なのかという意味も考えられます。相当という言葉が不適当であれば、必要やむを得ない事情というのではどうかと思います。急迫という言葉を何とか検討していただきたいと思います。   それから、2(6)のところですけれども、これは不同意でも強制的に共同親権にするという判断の中核になると思われます。ここでは共同親権は原則ではないわけですから、できるだけフラットに定める必要があると思います。問題は、また以下の位置づけなのですけれども、特定の事情の存在により直ちに単独親権に大きく傾くというマイナス要素を記載したとあるので、まず、子の利益を害する事情があるか否かを判断し、あれば単独親権で判断する、なければ改めて子と父母の関係、父母同士の関係を検討して、共同にするのか単独にするのかを判断すると、そういう構成であれば賛成しますが、これがマイナス要因がなければ共同に向かうということであれば、これは面会交流原則実施論に向かっていったときの解釈と同じような懸念がありますので、反対します。   それから、(6)の前段部分には子の意思も入れるべきではないかと思います。単独親権の場合に父母のどちらかを選ばせるというのが酷という御意見もありましたけれども、これは家裁の今の調査の実務としては、そのような調査の仕方はしていないと私は理解しています。これに対して、単独にするのか共同にするのかという点についても、決定に双方が関与してほしいのか、単独でいいのか、これは調査で同居親の判断でよかったのかどうかというようなアンケート結果がありましたけれども、3(2)のところまで行くと、これは監護の分掌のところなのですけれども、かなり直接的にこどもに影響が及ぶということもありますので、子の意思を入れるべきではないかと思います。   それから、最後に、しつこいですけれども、監護者指定はすべきだと。これはしないというまとめが出ておりますが、賛成しません。理由はこれまで述べたとおりですけれども、付け加えますと、先ほど指摘しました部会資料32−2の3ページで、父母の一方が単独で行った行為の適否が問題となった際に、その行為の結果として生じた状態を新たな親権行使によって是正することの要否を協議又は裁判手続で調整が図られるというところがあります。しかし、例えば合格した学校の入学辞退届を出してしまったら、これは是正できません。子に対する影響は計り知れないです。このことは第2回のヒアリングでB参考人から、非親権者であるにもかかわらず父親から子の退学手続をされようとしたと、子は大変傷ついたという御指摘があり、現実にあり得ることなのです。   確かに家族の在り方は多様で、うまくいっている人が親権者になりたいという思いを無視はできないと思いますが、そのような方たちは親権者にならなくても子の養育に参加できているはずです。問題は、うまくいかなくて子の養育に参加できていないという方々であり、何か決めるに当たってはその都度家庭裁判所に持っていかなければならないという事態を子の利益の観点から、どう防ぐかということが重要なのではないでしょうか。これは監護者指定をしても、1(2)では日常行為を単独で行うことができるとされていて、これについても一定の不安はあるのですけれども、監護者指定がない場合にはもっと問題が起こりやすいと懸念しており、改めて監護者指定が必要だという意見を述べさせていただきます。 ○大村部会長 ありがとうございます。原田委員からは3点、御意見を頂戴いたしました。先ほど事務当局の方から御説明があった、前回まで議論になっていた点にわたる御発言だったと思いますけれども、一つ目は、1(1)の急迫という文言が狭すぎるのではないか、それから二つ目は、2(6)のまた以下の部分の位置づけについて、併せて子の意思の取扱いについての御意見を頂戴しました。最後に、3(1)についても反対という御趣旨の御発言を頂いたと理解を致しました。   このそれぞれの論点につきまして皆さん、また後の委員、幹事の方々も御発言があろうかと思いますが、戒能委員、赤石委員、それから井上委員その他の方々、それぞれの御発言の中で御意見を頂戴できればと思います。 ○戒能委員 ありがとうございます。委員の戒能です。私は第2の1の、原田委員と同じ点なのですが、(1)イの急迫の事情を別の表現に変えた方がいいという意見が一つです。もう一つは2(6)の、これは補足説明に詳しく書いてあるわけなのですが、そこのプラスの要素、マイナスの要素についての意見を申し述べたいということと、それから3の(1)、今まで曖昧であったので明確な規律を入れるということで、監護者指定は一律に必須とする旨の規定は設けない点についての意見を申し上げたいと思います。   それで、まず急迫の事情です。DVで年間80人から100人ぐらいの女性が夫を殺害するという事件が、最新の数字は分かりませんけれども、今まであったわけです。そのときに、私が関与をしたという事件もあったのですが、ぎりぎりまで我慢をして、だけれども、このケースの場合はひどい暴力を受けていて、ゴルフクラブでしこたま殴られる、それから山中に連れられていって、そこでまたひどい暴力を受けるというようなことをずっと受け続けていて、最後、ナイフで刺してしまったという事件が、正にこの正当防衛に当たるかどうかというのが焦点になったわけですが、正当防衛は認められませんでした。そうすると、急迫の事情といった場合、やはり原田委員もおっしゃったように、刑法36条が頭に浮かび、急迫性の侵害ということになるわけです。そうすると、その要件はかなり厳しい。   それで、その場合の親権の行使は居所指定が主に想起されるわけなのですが、しかし、もうこれは原田委員、それから先回の佐野委員もおっしゃったと思うのですが、一つは、なかなか別れるのは大変だということもあるし、それから多くの場合、コロナ禍で調査なども行われ、やはり身体的暴力が一番多いのだけれども、コロナ禍では精神的暴力が増えていて、しかも複合的な暴力の中核にあると報告されています。しかし、それはなかなか外からは分からない、それから本人もなかなか認識できないということがあるわけです。そうすると、別居時というのは、これは何回も前に申し上げましたが、一番緊張が高まるところであります。そのときに逃げるという決断をするのは難しいけれども、逃げざるを得ないというときに、必ずしも命が危ないという状況ではないということです。だけれども、逃げなければ子の安全が守れないと、正に子の福祉の問題に関わってくる。そういうときにこの急迫という、前は緊急性だったので、そこから急迫に変えたということはあるとしても、かなり逃げるということをちゅうちょさせるのではないかというのが1点です。   それから、もう1点は、DVは公的な支援が行われているわけです。行政が行うわけですから、行政機関というのは法に基づいて動かなければいけない。そうすると、このように急迫の事情という大変曖昧な、どういうふうに解釈するか分からないというところで、支援の側はちゅうちょするのではないか、萎縮するのではないか。そうすると、現行の日本のDV防止法は被害者が逃げることを前提として制度設計を行われていると、そういう被害者保護のための法制度が作られて、やっと20年経過して、精神的暴力が保護命令申立て理由として認められたことから分かるように、日本は大変被害者支援が遅れている。それから加害者対応も遅れているのです。そうすると、被害者は一体、こういう民法の改正がもし行われて、急迫の事情、これはもう本当に大変なときでないと適用されないというようなことになると、こどもさんと一緒に逃げる場合が大変多いのですが、こどもさんの安全、生命の保持と母親の安全を考えますと、せっかく積み重ねてきた、DV被害をなくそうと、被害者の安全を守ろうという大事な制度設計の前提が崩れてしまわないかというのが私の一番の危惧するところです。   ですから、民法の改正は他法に大きく影響を致しますので、そういうことを考慮すれば、先回、佐野幹事も指摘されたように、必要性と相当性に賛成します。私は必要性ということだけでも十分であると個人的には考えておりますので、ここは検討をしていただきたい点です。   それから、その次に協議離婚の場合で、2になるのですが、これは少し原則的なことを確認したいのです。2のゴシックを見ますと、(1)から始まって、協議で単独の親権にするのか双方の親権にするのかを定めをするということなのですけれども、これは選択制と理解しております。それで、この点についてはまだ部会の合意はないのだということが先回の原田委員とか棚村委員の御発言から、議事録を拝見しますと、そういうふうに読み取れますので、そこは非常に重要なところですので、共同親権ということで決めたわけではないということは、ここで確認をしていただきたいと思っております。   その次の(4)も関係してくるわけですが、協議が調わなかったり、できなかったときは家裁の審判に委ねるという構成をとっているのですが、これは(1)の選択制だと理解するならば、論理的に筋が通るのかどうかということも考えなければいけないと思っております。   そもそもこの部会での審議がどういうところから始まったか、その後どういうふうに展開したかというのをもう一度振り返る必要があると思っております。そもそも真摯な合意のある場合は誰も反対できないと、そこからスタートしたわけです。そうすると、それがいつの間にか変わってしまう、これは赤石委員も以前御指摘されたとおりなのです。   合意がなくてもこどもの利益に合致するならば、共同親権にもできるのだというような議論まで行ってしまったわけですけれども、そういう合意がない場合の共同親権制度が果たしてこどもの利益になるのか、余りここの場では、こどもの利益というのは具体的にどういうことなのかというのが実はきちんと議論されていない、それから真摯な合意ということについてもきちんと議論されていないという印象を受けております。離婚はするのだけれども、こどものことについては冷静に落ち着いて話し合える関係があるか、ないかということです。ですから、そうでなければ紛争化とか対立の激化というのは避けられず、そういう対立、紛争の渦中にこどもを置くことが果たしてこどもの利益になるのかと、大変不安定な状況に置くということです。ですから、その辺りをもう一度、結論を急がずに十分議論すべきだと、そうしないと、この制度によって、これも赤石委員が前回御指摘になったとおりで、不利益を被る人々のことがどこかに行ってしまうという危惧を、常にこういう制度設計のときは考えなければいけないと考えております。   それから、次なのですが、(6)の判断基準のところです。ゴシックだと2ページの一番上なのですが、ここのマイナス、プラスというところが補足説明には使われておりまして、マイナス、プラスというふうな言葉を読んだときに真っ先に感じましたのが、これはフラットな概念ではないということで、価値観を含むということなのです。その価値観の上下の関係があるという印象を非常に強く受けております。   これもまた先ほど御指摘があったとおりで、2011年の民法766条の改正時にニュートラルな規定が作られたわけなのですが、運用はどうだったかということを振り返ると、面会交流原則実施論というふうに展開をしていったと。しかし、家裁も軌道修正してニュートラル・フラットという考え方で運用をすると修正をしていったわけで、その轍を踏まないということが重要かと思います。そして、決定的に今回、2011年以降の面会交流原則実施論と異なるのは、面会交流の場合は運用の問題であった、しかし今回は法制度の問題であるということで、運用はそのように家裁の実務が変えていくことができるけれども、これは法改正しないと考え方は変わるということは難しいということですので、それだけ慎重な議論が必要かと思っております。   それから、監護者の指定の規律です。補足説明の方で行くと6ページなのですが、結論から言うと、監護者は指定すべきだと考えております。その中で1と、それから大事なのが3(4)です。ここも議論を是非深めていただきたい点です。監護をすべき者の行為を妨げない限度で日常の行為を行うことができると書いてあり、それで補足説明が、これは正に補足説明という位置づけであることはよく理解しておりますが、どういう考えでこの規定ができているのかというための大事な資料になるわけです。法務省からの御提案だけれども、この部会でそういう考え方を受け入れて、こういう規定にしたのだということを国民の側に説明するときに、これが資料として、直接かどうかは分かりませんけれども、使われると。ですから、この文言、7ページから9ページぐらいですが、非常に重要だと思っております。   それで、その中で幾つかあるのですけれども、少し先に飛んで8ページの辺りなのですが、監護者についての考え方が、これでいいのかというのを非常に疑問に思いました。どういうふうに書いてあるかというと、8ページの真ん中辺、そしてというところです。子の監護をすべき者が、単に子と同居してその日常の身の回りの世話をする役割のみではなく、というような表現がしてある。それで、法的な権利義務を伴うということで、その数行下には、身上監護に関する決定権に関して父母の一方に優越的な地位を与える旨を合意する趣旨であるかどうかうんぬんと書いております。ここに実は、単に同居して日常の世話をする役割にとどまらず、というところに大変こだわりを持ちます。そうなのかということなのです。   これは子と同居して日常のケア、身上監護をする役割というのが子にとって大変重要であって、しかも監護者の責任は大きいわけです。責任のある行為であるわけです。これは正しく日本の社会の現状をよく表している、その認識だと思います。ケア役割の軽視にほかならないと思います。そういう考え方で、監護者や親権について、基本法である民法が、特にこの21世紀の現代社会で日本も考え方が大きく今、変わってきつつあります。そういう中で、こういう旧態依然とした性別役割分業に左右されるような考え方で、ケア役割を軽視している。ですから、その次の、一方に優越的な地位を与えるということはなく、負担を与えていて、他方の人は子育てしない、あるいは養育費も払わないということも考えられるわけで、それと平等な権利にせよという主張にしか見えないわけです。それはおかしいと、そういう現状認識あるいは社会の在り方の認識から考えると、おかしいと思っているのです。   そういう考え方で行くと、本当に子の利益を尊重しているのか、子の福祉を尊重しているのか、そして、そのケアに当たる、先回も遊興費うんぬんというところで問題になりましたけれども、その母親なり同居親に対するきちんとした生活保障がなく、貧困でもあるわけです、それから孤立もしているわけです、そういう状況をそのまま軽視、無視して、こういう議論をしていくというのは、少し今の時代に遅れていると考えざるを得ません。  こういう、まるで事実だけ別居すればそれで何でも権限があるのだというような、そういう考え方は改めていただきたいと思っております。それは次の監護者の限界という議論にもつながっていくと思っております。   それから、もう1点、言い忘れたのですが、少し戻って7ページなのですが、これは監護者指定を一律に必要がないというところなのですが、下の方で、一部の委員から監護者指定を必須とすべきであるとの意見があったが、これに対してというところです。家族の多様性というのが理由として挙げられております。家族の多様性をいうならば、それは論理的なレベルかもしれませんけれども、共同親権か単独親権かというのは、その選択の自由が認められて当然なので、一律に指定しないというだけの理由には、個別事案で違うのだということは当てはまらないと考えております。むしろ監護者指定しないことを原則とすることが生む弊害と比較検討をすべきだと思っております。   今のところは以上でございます。 ○大村部会長 ありがとうございます。戒能委員からは冒頭に3点という御発言があり、その3点は先ほどの原田委員の挙げられた論点と重なっていたかと思います。具体的な御意見としては、急迫について狭すぎるということと、3(1)について反対であるという御意見を頂戴したかと思います。そのほかに補足説明についての御意見と、それから2の組立て、あるいは3(4)について議論を深める必要があるという御指摘を頂いたものと受け止めました。 ○赤石委員 しんぐるまざあず・ふぉーらむの赤石でございます。どうぞよろしくお願いします。まず、このたたき台の(2)が出てきたところで、部会長と法務省にもう一度お聞きしたいのですが、この家族法制部会は全会一致で結論を出すのか、あるいは多数決で結論を出すのかについてお聞きしたいと思います。どうしましょう、ここで一回御回答いただいてから先に進んだ方がいいのか、全部。 ○大村部会長 全部言っていただいて、それから御質問については後でお答えをするということにさせていただきたいと思います。 ○赤石委員 私はお誘いを受けたときは、全会一致とお聞きしてお誘いを受けました。しかし、今までの、特に三巡目の議論を参加しておりますと、多数の意見はこうでしたねという運用をされていると思いますし、部会資料32−2を見ても、こういう価値判断が多数であったという書きぶりをしておりますので、今の進め方は多数決を前提にしてお進めになっていらっしゃると私は認識しております。もし違う、これの差を埋めるための努力をしていくということでございましたら、是非、それはそれで結構なことだと思いますが、進め方についてもそのような進め方が必要であるということを思います。   それで、たたき台の(2)が出てきたということで、意見を述べさせていただきます。まず、少し順番が逆になるのですけれども、私がこのたたき台(2)のところで一番問題であると思っているところは、原田委員、戒能委員と重なるところですが、合意がない場合にも共同親権を家庭裁判所で決定することができる、この枠組みを議論していることにあります。そこに異議がありますので、ここをきちんと記録にとどめておきたい、そのように思います。ですので、第2の2の方を先に言うような格好になりますが、述べさせていただきます。もう一つは、監護者を一律に決めておかなくてもいいという案にも異論がございます。   まず、最初に言った非合意型の共同親権を家裁での決定について、述べさせていただきたいと思います。今までの議論で出てきたのは、合意がなくても、裁判所の判断で共同親権を決めた方がいいのはこんな例がありますよねということが議論の中でございました。例えば、親権は欲しくないが養育費を払い続けている、誠実に払い続けているというような意味だったと思うのですが、そういう事例が確か小粥委員から出てきて、こういう場合も共同親権を認めてもいいのではないかというような御議論があったかと思います。   私はそれについて少し考えながら、いろいろ聞き取りをしておりますと、こんな事例があったので、御紹介いたします。これはDVのケースではありません。お子さんが3人いて、第3子の出産の退院のために、だから入院していたのですね、まだ産院にいた、そのときに夫と電話で話したときに、退院の手続とかそういう話をするときに突然、もうこどもを育てる自信がないから離婚したいと言われた父親がいたと。Aさん、これは母親なのですけれども、産後直後で非常に驚きながら、どうしてこどもを3人育てていったらいいのだろうか、もうこどもを3人育てたくないと言っているわけですから、親権の争いはないわけです。3人のお子さんを育てるために調停をしたり、その中で養育費、慰謝料も若干取り決めて、必死に育ててきたと。養育費は取り決めたので、少額ながら払われてきたと。上のお子さんが大学進学のときに、下のお子さんもそれぞれ中学、高校に行っていて非常に経済的に厳しかったので、こどもの父親に学費の半額援助をお願いしたところ、俺は大学なんて行く必要ないと思っているのに何で学費を払わないといけないのか、払う義務はない、払えないなら大学なんて行かなくていいとはっきり言われたということでした。これが養育費を払い続けているようなお父さんの実相というか、一つの例です。Aさんは、こどもの父親と共同親権でなくて本当によかった、大学に行かせられないところだったと語っておられました。また、この上のお子さんは深く傷ついて、最低やなと、二度と親と言ってほしくないと父親のことを言ったそうです。   軽々と、やはり養育費を払っているからこの父親が責任を果たせるのではないか、みたいな事例としてあるということを、もう少し議論を進めてから、非合意型の共同親権があり得るという議論をしないと、私たちは何かを取りこぼしてしまって、実態とずれた議論をしているのではないか、私はやはり家裁で決めていくというのは非常に危ない議論であると思っておりますので、ここをきちんとお伝えしておきます。   さて、順番に戻りまして、第2の方の1からお伝えします。まず、親権行使に関する規律の整備ですが、御提案をさせていただきます。ア、イ、今、急迫のところも議論されているわけですが、私としてはここに、一番大変な状況を解決するには、ウという条件を足したらどうかと思います。ウというのは、父母双方が合意できないとき、かつ裁判所の判断が間に合わないときということを加えるのを提案します。裁判所の判断が間に合わないときというのは別になくてもいいので、父母双方が合意できないというところを入れていただいた方がいいかと思います。   理由としては、こどもの医療や進学などの際、もう本当に別居親との協議が必要です。父母間で合意できなければ、こどもが本当に人生の節目、ライフイベントごとに家裁の紛争の渦中に置かれてしまいます。この解決策が今のこの案には示されていず、また、家裁も非常に人数に限界があるときに、期間もなかなか来ないときに、一体どうやってこどもの必要なことを決められるのでしょうか。ウのような規定、今言ったような規定を設けておかないと、こどもの利益にならないと思います。   あと、気になったのは、これも戒能委員のおっしゃったことと重なるのですが、部会資料32−2の3ページ、他方でと、一番下の(注2)の後半部分でございます。余りにも、この親権行使で行われる行為の中には、例えば純粋な事実行為のようにその行為の法的な効力の有効、無効という切り口によって解決することに適しないようなものもあり、そのような行為については、父母の一方が単独で行った行為の適否が問題となった際に、その行為の結果として生じた状態を新たな親権行使によって是正することの要否という形で解決されることとなると思われる。何かもうびっくりして、こんな認識でこどもの生活、一日一日ができるはずもないと思います。本当に、実務家の弁護士さんからという要望書が私のところにも届けられましたが、そこにはたくさんのここでは解決できないような事例が出てきていたと思います。医療行為もありますし、教育、進学、そういうときの決定に、もう覆せないようなことを行われてしまった、あるいはアレルギーの医療のこともあるでしょう、いろいろな医療行為もあります。こんな認識で、ごめんなさい、脳天気に私には見えます。こどもの命を預かることができるのですかというか、とてもびっくりしております。なので、こういうことでは済まない事例をどう解決するかをきちんと御提案したい、してほしいと思っております。   では、第2の2に行きます。第2の2なのですけれども、協議上の離婚において、まず、離婚してやるから親権は共同にしろと強制されるような強制型協議離婚による共同親権というのがどうしてもあるような気がいたしますが、こういった場合は、この合意形成の過程が適正でないという(7)のところが消されていたようなので、これは復活していった方がいいのかなと思います。   それから、第2の2の2番目ですが、審判調停の申立てをしていれば、親権者の定めをしなくても協議上の離婚をすることができるものとする、私はこの制度には疑念がございます。社会保障上との兼ね合いで、このような離婚制度でどのようにこどもの利益に、多分不利益になってしまうことをどのようにカバーするのか、では、決まっていないときには必ず児童手当、児童扶養手当、こういったものを申請するときには、審判の写しを持って市役所の窓口に行くということになるのか、それをきちんと整合性を持って改正できるのか、隙間に落ちてしまうのではないか、そういうことを危惧しております。   3番目に、かなり大きなことを言うのですが、相手の無関心、連絡が取れなくなるケースがこの協議離婚、離婚の際に非常に多いにもかかわらず、非常に断片的にしか議論されていないことに不安を感じますので、今お伝えしたいと思います。この議論はしっかりやるべきです。私どもの調査でもそのほかの調査でも出てきますが、私どもの2,500人の調査によりますと、相手が、ひとり親ですから、ほとんどシングルマザーなので、相手がと言ったときには父親が多いのですが、相手が家を出て行ったが35%いました。また、現在その父親と連絡を取っていないが4割以上でした。また、新型コロナのワクチン接種について事前に協議しなかった理由の中に、全く連絡を取っていない、あるいは連絡できないからが46%でした。この3割から4割に当たる人は連絡が取れず、相手が無関心な人たちが存在するということです、現在。これを否定する方は誰もいらっしゃらないと思います。この無関心別居親に対してひとり親の方たちがどう思っているかですが、非常に、養育費も払わない父親に対しての怒りや、こどもにもっと関わってほしい、こどもに関心を持ってほしいという同居親もかなりの数おります。要するに、無関心別居親に対する共同親権期待型の方というのは一定数いらっしゃる。   では、こういった方たちが出ていってしまった父親に、養育費を払ってくれるかもしれないから、こどもと少しでも関わってくれるかもしれないから、共同親権にしてほしいとひとり親になる側、同居親の方から言って、共同親権制度を選ぶこともあり得ると思います。これが果たして子の利益になるかというところの議論が余りにもされていないのです。こうした方たち、私も御意見を聞いたときこういう形がいらしたのですが、こうした元夫婦が共同親権を持った場合に、こどもの利益になるのでしょうか。先ほど無関心型の父親が、大学なんか行かせなくてよい、学費は払えないと言ったというのも御紹介したのですけれども、間違いなくこどもの進学、医療、重大事項の決定の連絡において、決定の遅れや連絡不通によりこどもに不利益が生じる可能性があります。ある親は、こどもの大学進学直前に再婚したがために、全て携帯番号も変えられて、連絡が取れなくなり、入学に掛かる費用も払ってもらえなかったというようなお話を聞きました。もしここで、こどもに共同親権で一度お父さんもいるよと言われ、その後にお父さんとの連絡が取れず、単独親権に親権変更したら、しないとその決定ができないので、変えた場合には、こどもの見捨てられ感というのもやはり出てくるのではないかと私は思っております。   これはもう第1回から、この審議会の当初から、この無関心別居親が一定数、3割から4割はいらっしゃるので、皆さんはどうしても意見がたくさん来る共同親権を求める方たちの御意見を聞かなければいけないと感じて、いろいろな議論をしているかもしれないのですが、こちらの無関心な人たちをどうするのかの議論を何もしていないのではないかというのが私の思うところでございます。   別居親の関わりをもう諦めて、ひとり親の同居親が、もう現実的にならないわよねと単独親権を決断されているなら、その決定とかには不利益はないと思うのですが、中途半端にこの無関心別居親との共同親権をしたときの不利益について、もう少しきちんと議論すべきだと思っております。   第2の2の最後、4点目ですが、マイナスかプラスかという議論がございました。すみません、長くなって、無駄なことは言っていないつもりなのですが。こどもの利益になるのかの、私は中立的、総合的な判断がされるべきであると思います。これは戒能委員、原田委員と意見は一緒です。ニュートラル・フラットということが御提案されて、面会交流の取決めのときも、すべきであるという議論が主流であると、そうでない例も私は現在でも聞いておりますけれども、一応主流であるとされているということですので、原則面会交流実施の失敗を経てニュートラル・フラットな決定をすることになった経験をいかさなければ、こどもの不利益になると思います。   そうはいっても、マイナスかプラスかという議論をするのであれば、やはり要件の中に、これは皆さんも同意していただけると思うのですが、平穏にこどもの養育に関してコミュニケーションがとれるという要件を明文化していただきたい、いかがでしょうか。相当性ということであれば一定期間、1週間くらい別居親が親権行使に異議を示さなかった場合は同意したものとみなすといったものがないと、相当性ということが具体的にならないのかと思います。マイナスの提案をするということであれば、平穏にこどもの養育に関してコミュニケーションがとれない場合はマイナスの原則になるということでもいいですが、先ほど言ったように、平穏にこどもの養育に関してコミュニケーションがとれるということを必ずや入れていただきたいと思います。   第2の3についても申し上げたかったのですが、これ以上時間を取ると議事の進行上申し訳ないと思うので、以上で一応、発言を終了させていただきます。 ○大村部会長 ありがとうございました。多岐にわたる御意見と、それから御質問を頂きましたが、御質問は後回しにさせていただいて、御意見の方ですが、具体的な賛成、反対等に関わることとして、先ほど戒能委員もおっしゃった2の組立てに関わる話ですが、具体的には2(6)で、裁判所が判断するに当たって、同意が得られていないときに家裁が共同行使という決定をするというのに反対ということをおっしゃっていたかと思います。また、第2の2(1)のまた以下の部分についても疑問だといった御意見があったかと思います。2番目に、2の(6)(7)について、考慮要素について具体的な御意見を頂戴いたしました。それから、3番目に1(1)、ア、イが挙がっておりますけれども、ウということで、双方の合意ができないとき、という項目を付け加えたらどうかといった具体的な御意見を頂戴したかと思います。   それで、質問に戻りまして、事務当局の方からまずお答えを頂いて、更に必要があれば、私の方で所感を申し上げたいと思います。 ○北村幹事 各部会の取りまとめの方法について御質問いただいたかと思っております。法制審議会にはいろいろな部会がありましたが、その採決方法につきましては各部会によって様々でございまして、この部会についても現時点において特定の採決方法を前提として進めているというわけではございませんで、その上で、まずは全委員、全幹事に御理解いただけるような案を取りまとめられるように現在、各委員の御意見をお伺いしているところでございます。 ○大村部会長 ありがとうございます。今、事務当局からお答えいただいたことで、ある意味では尽きているのですけれども、一応、私からも確認をさせていただきたいと思います。会議規則上は、採決ができるということになっておりまして、他の部会では採決をしている例もございます。ただ、私の理解する限りでは、民法関係の部会で、私は25年ぐらいの幹事、委員を務めてきましたが、その間、最終的に採決がされたということは記憶にございません。私は個人としては、時折申し上げておりますけれども、できるだけ皆さんの合意を調達して、これまでの慣行に沿う形で取りまとめをしたいと思っております。ただ、これはこの案に必ず賛成せよというようなことではなくて、最後どうしても全員一致が得られないということであれば、何か工夫をして取りまとめをしたいと考えております。以上のことを補足として申し上げたいと思います。   赤石委員、事務当局の差し当たりの回答としては、よろしいですか。 ○赤石委員 ありがとうございます。もしそういうことでしたら、やはり少数と認識されている、本当に少数か分からないのですけれども、意見に関しての取扱いが、やはりその次の、非常にしようもない意見だから入れなかったということなのかもしれないのですけれども、根本的に議論をすべきであるというところが基本的に削除されていくというか、消去されていくという印象を持っておりますので、議論の進め方についてももう少し丁寧な議論が必要かと思います。特に、2点申し上げましたけれども、非合意型、合意がないときの決定の在り方についてはもっと丁寧な議論がされるべきであったかと思いますし、監護者を一律に要求しないというところについても、いや、もう元々こうですからみたいな雰囲気に聞こえてくると思っております。 ○大村部会長 ありがとうございます。御意見として伺っておきたいと思います。   棚村委員、今の点に関連してですか。そうではなくて。それでは、井上委員、その次に棚村委員ということで、お願いいたします。 ○井上委員 ありがとうございます。委員の井上です。2の父母の離婚後等の親権者の定めについて発言をさせていただきます。   (1)に、父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その双方又は一方を親権者として定めるものとするとの記載につきましては、前々回の部会における発言の繰り返しにはなりますが、申し上げておきたいと思います。父母間に支配・被支配関係が存在する場合には、適正な協議がなされないおそれがあり、裁判外紛争解決手続や法律扶助の利用を促すことなど、協議離婚手続の適正性を確保することが望ましいと考えています。なお、補足資料の6ページには、父母の協議の適正性を確保するための仕組みとして、合意形成過程が不適正である場合の対応策としての親権者変更の手続の活用についての記載があります。同じく補足資料4ページの(注3)には、親権者変更手続における裁判所の考慮要素として、調停の有無や裁判外手続等が例示されておりますけれども、こういう方法があるのだということを是非一般の方たちが分かるように、周知をお願いしたいと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。井上委員からは協議離婚手続の適正性の確保ということで、様々な方策について周知徹底をお願いしたいという御要望を頂きました。 ○棚村委員 早稲田大学の棚村です。いろいろ御批判というか、課題についてもお伺いすることができて、有益だったと思います。私は第2の親権及び監護等に関する規律のところで、1、2、3というところで事務局から提案されたことについて、前回と同じように引き続き賛成させていただきたいと思います。   特に批判になっているところとして、第2の1のところは、婚姻中も離婚後も含めた親権の共同行使というものと、単独行使になる場合の振り分けの基準とかルール、これが示されているというところだと思います。特に、(1)イのところで急迫の事情というのが非常に狭いのではないかという御批判が出されています。むしろ必要性とか相当性という文言にした方がいいのではないかというような御提案が出されているところです。これについても、言葉の問題なのですけれども、元々は議論してきたのは緊急性とか差し迫った事情があるというときに、親権行使は単独でさせた方がこどものためになるのではないかという議論だったと思うのです。ですから、これを必要性とか相当性という言葉に置き換えたりすると、かえって広くなってしまって、ある意味では当初考えていた言葉よりは限定がかけられないのではないか、もちろん必要性とか妥当性とか相当性というのは非常に分かりやすい部分もあるのですが、内容的には緊急性や急迫性と比べてかなり曖昧なところがあるかと思います。ですから、この言葉の問題は、むしろどちらかというと、急迫とか緊急とか、緊急の必要性がある場合とか、緊急的な差し迫った事情があるというときには親権行使は単独でできるのだという趣旨であって、具体的な表現ぶりをどうするかは別として、大枠の合意はできるのではないかと思っています。   それから、特に問題になってきていたのが、2(1)のところで協議で双方又は一方を親権者と定めるということについて、なかなか話合いが十分にできない人たちの方が多いのではないかということで心配されておられる向きもありました。ただ、これについても、少し確認をしておきたいのは、合意型の共同親権と、それから強制型の共同親権というようなことで区分けをされているのですけれども、当事者が合意をして話し合って決めた共同親権の場合と、それから話合いも意思もなく強制されるという区分けが非常に誤解を招くのではないかと思います。つまり、ここで今問題になっているのは、正に家庭裁判所が、双方が話合いができなくても、こどもの利益の観点から共同親権がふさわしいとか、単独親権がふさわしいということを判断する可能性というのを認めるかどうかということだと思うのです。そうだとすると、家庭裁判所は飽くまでも、当事者が話合いのできないときに、こどもの利益の観点から、共同親権か単独親権かを定められるという仕組みであって、家庭裁判所が共同親権だけを強制する強制型の共同親権制が提案されているわけではありません。家庭裁判所は、こどもの利益には縛られますが、共同親権がふさわしいか単独親権の方がよいかを最終的に選ぶことになります。   正におっしゃっているように、家裁を信頼するという制度で作っていくのか、それとも、家裁はやはり信頼できないという話になるのかということなのですけれども、これは担当の裁判官とかいろいろな方の個別の事案ごとの信頼性の問題というよりは、制度として、当事者が話し合って決められない場合でも、家庭裁判所が総合的にこどもの利益の観点から一定の判断をするという仕組み自体は、民法もそういう基本的な構造になっているわけですので、それを採るか採らないかという話だと思うのです。ですから、その辺りのところの誤解がないように、何か合意がなければ共同親権はやってはいけないとか、やれないとか、そういう話ではないのではないかというところは、きちんと確認をさせていただきたいのです。つまり、話合いでできれば一番それがいいし、話合いがもしできないのであれば、何らかの形で、最終的には裁判所の調停だとか審判だとか裁判というような形で、こどものためにふさわしい在り方というのを決められる仕組みになっているというのが現行法ですし、今回の共同親権とか監護をめぐる問題でも、特別なルールにするというより、合意ができないときに現行の制度や仕組みを維持するとか、そういうルールを採用しているという前提で、その延長線上で認めるということなのだと思っています。   それからもう一つ、監護者の定めを一律に必要とするかどうかということについても、監護者についても、その内容とか権利義務とか、法的地位とかも、ある程度明確にする規定を置いた上で、それを話合いでもって選べる、選べないということで規定を置いていくという御提案だと思います。一律に監護者を共同親権にした場合には置かないと駄目だという考え方というのは、既に以前にも述べましたように、これまでの民法の立て付けと大きく異なる仕組みの提案になってしまうということ、それから、社会保障給付とか児童手当を誰が受け取るかという話は、監護者を決めたから直ちにその人が全部受け取る地位にあるということではないと思うのです。つまり、監護者になったらパッケージとして主としてこういうことについては責任を負いますよということはある程度はっきりするとは思うのですけれども、個別の予防接種がどうだとか健康診断は誰が決めるとかという細かなことについては、民法に細々とした個別具体的ルールを全部盛り込んでいくというのは非常に困難です。特に民法の場合には日常の生活や暮らしの一般法ということで、基本法ですから、いちいち細かいことを盛り込むことについてはもともと限界があります。しかも、監護者を定めたから問題がなくなるとか、争いがそれで解決するというわけでもありません。オーストラリアの例をよく出されますけれども、オーストラリアはあまりにも細かい規定を盛り込みすぎたり、子細な考慮事項を置いた結果、紛争が長期化したり、あるいは紛争が非常に熾烈になってしまったというので、シンプル・イズ・ベストということで今回、改正の提案がされたわけです。ですから、細かく具体的な規定やルールを明示しろというのは、ある意味ではもちろんそうだと思うのですが、やはり限界があるのではないかと思っております。   また、前にも私が言いましたように、プラスとマイナスの要素についてもそうなのですけれども、先ほどからの議論をお聞きしていると、合意があることがプラスの要素だとか、コミュニケーションがとれていることがプラスだとか、協力ができるということがプラスなのだということで明示しろというのですけれども、逆に言うと、このプラスとマイナスというのは、極めて相対的、流動的なことで、合意がない場合にはこれはマイナスの要素として考えればいいわけで、コミュニケーションがとれないものもマイナスの要素、あるいは協力もできていないということはマイナスの要素として考えるわけで、プラスとマイナスというのは表裏一体になっているところがあるのです。プラスを判断してから、マイナスを判断しろということになりますと、二重のハードルを課すことにもなりかねません。プラスの要素を入れろという話でも、裁判所では、最後は総合的な判断になりますので、その辺りも、どちらかというと大きな、あるいは重大なマイナスの要素は判断がしやすいという点でいうと、諸外国も、プラスよりマイナスの要素がないか、重大なマイナスの事情を列挙するというケースが多いのです。   ですから、この片方の1(1)アの親権行使を行うことができないときというのは、今でも規定があるわけなので、親権行使の困難性も、比較的客観的で、幅広い事情を含みうる点で妥当だと考えています。話合いができるかできないかとか、協力ができるかできないかというところになると、非常に主観的な要素が増えてきてしまうので、なかなか条文として採用するのは困難なのではないかという指摘をさせていただいたところです。   ところで、先ほどからお話があるのですけれども、戒能委員からもあったのですが、この部会での議論の進め方は、事務当局や部会長がおっしゃったように、できる限り少数や反対の御意見も含めて、お話を聞きながらさまざまな意見を尊重して進めるということは間違いないと思うのです。それで、どこまで進んだのですかという確認ですけれども、4月18日に、単独親権という今の規定の在り方は見直しましょうというところで、皆さん一応の合意はできたのではないかと思うのです。それから、8月29日ですけれども、ここのところで、やはり離婚後の共同親権を全く選べないというのは問題があるのではないかという点でも異論もありましたが、部会としては一応のコンセンサスをいただいたと理解しています。もちろん、共同親権は決めなくても、事実上やればいい、やれる人はやればいいという御意見は確かにあったのですけれども、それが選択肢として認められないのはおかしいのではないかというところで、皆さんの反対とか慎重論はありましたけれども、大方の合意というのはあったと思います。ただし、具体的な中身とか基準とかというのはこれから更に詰めていきましょうということだったと思うのです。   その辺りのところは、法制審議会の部会ですから、きちんと確認をしていただかないと困ります。このような積み重ねの中で、部会としては審議を進めているわけですから、まだここまでは合意していません、まだここまでは決まったはずではありませんという話になると、結局、時間をかけて調査や審議してきたことが、では次回はどういうことについてどう議論すればいいのかというのを蒸し返すようなことになりかねないと思うのです。その辺りは、私は今日、戒能委員からも御提案があったように、今どういうところまで進んでいるので、今後どういうところを議論すればいいのかというのは是非確認していただきたいと思うのです。そうでないと、これはまだ決まっていません、これはまだペンディングです、これは議論の余地がありますということになると、法制審議会の部会として責任をもった合意形成や議論ができないということにもなりかねません。結論がどうこうというのではなくて、国民の皆さんも関心の高い問題ですから、拙速に議論をするというのはもちろん慎みたいと思いますけれども、議論をきちんと重ねた上で早く進めるということも大切なことだと思うのです。ですから、その辺りは確認を是非お願いをしたいと思っています。   基本的に賛成というのは、細かい部分について、こういうふうにあってほしいとか、私も法制審議会の部会も大分経験させていただいて、全員の一致か、それとも多数決かという、二者択一の白か黒かみたいな議論はしてこなかったと思うのです。むしろ、できる限り皆さんの意見を尊重して、民主主義ですから、少数意見も反対意見も尊重する、だけれども時間とかタイミングみたいな、時間の問題もあるので、納得していただくというので、私自身も、研究者個人としては反対をしたり、賛成できない部分について御意見は申し上げて、議事録に載せていただいて、最終的には、今後にいかしていただくという意味で了解するというのは、逆にこれは法制審議会の部会の委員や幹事としての責務だと私は思っているのです。個人の意見をずっと通してというか、あるいは、あるグループの皆さんの意見を言っていただくということは大事なのですが、最終的にはこれは法制審議会の家族法制部会のメンバーだけではなくて、国民皆さんが見ておられるわけですから、そこのところでこういう意見があった、こういう議論があったということを明らかにするために議事録があるわけです。そうだとすると、ここでは、自分の意見が通らないから、ほかの人の意見については同意できないから反対し続けることにはならないと思っているのです。   少しくどくなりましたけれども、基本的には事務局の御提案について賛成をします。もっとも、表現ぶりについては最終的には、要綱案という形でもし取りまとめができたとしても、細かい表現とか、ほかの条文の整合性とか、様々な観点から専門のチェックが法制局から入って、調整をされるということになりますので、余り細かいことよりは、規定の趣旨とか目的みたいなものに照らして表現が本当に妥当かどうかという、これまでの議論はそうだと思うので、結構ですけれども、私は事務局の御提案に賛成したいと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。棚村委員からは、全体としてこの提案に賛成であるということと、それから、これまでの委員、幹事から多く御指摘があった幾つかの点について、調整をするための議論の仕方について御示唆があったかと思います。あわせて、全体としての議論の仕方ということと、順序が逆になるかもしれませんけれども、民法の規定が持つ性質あるいは裁判所の役割といったことについての御意見を頂いたと理解を致しました。   今、原田委員が手を挙げているのは分かりましたが、ウェブで大石委員から手が挙がっていますね。それから、石綿幹事もですね、ほかにもたくさんいらっしゃることが分かりましたが、時間が1時間半たっていますので、先ほどから手が挙がっている大石委員に御発言いただいて、そこで休憩をして、そのあと残りの方々に御発言を頂くということにしたいと思います。 ○大石委員 大石です。棚村委員の後に何となく発言しにくくなってしまっている気持ちなのですけれども、一応、先ほどの事務局からのお返事も頂いたので、発言させていただきます。   まず、第2の1(1)イの急迫の事情のところなのですけれども、私は法律家ではないので、法学上にどのように理解されているかということは余り詳しくはないのですけれども、とはいっても、この急迫という言葉は、やはり余り適切ではないのではないかと思います。必要性とか相当性とかという言葉もありましたし、あるいは赤石委員がおっしゃったように、別の文言を足すとかいうことが望ましいのではないかと。今日逃げなければ明日はもう命がないというような事情でなければ急迫ではない、と解釈されてしまいますと、やはり問題が生じると思いますし、どのように解釈されるのかというのは実は一般人からは分かりにくい、専門外の人間からは分かりにくいところがあると思っております。   それから、第2の2(6)ですか、また以降の、子の利益を害すると認められるときはという、いわゆる共同親権をどうするのかの話なのですが、先ほど棚村委員もおっしゃったように、過去の議論におきまして私は共同親権を、選択の自由を認めるという議論の中で、それであればよいのではないかと合意したということは自分としても覚えております。ただ、それがデフォルトになるかということについては疑問があるということは申し上げたとおりですし、現時点においても、やはりオプションとして選びたい人が選べる、そういう選択の自由を認めるというスタンスで合意したということであることを、もう一度私の立場を明確にさせていただきたいと思っております。   それから、その中での子の利益を害する、先ほどの急迫もそうですし、利益を害するもそうで、やはりどうしてもこういう法律条文は価値判断が入ってくるところがあって、その害の及ぶタイムホライズンがどのぐらいなのかという点に疑問があります。子育てをしていると、こどものかなり長期的な発達とか成長を考えて、現時点でこれがベストであるというような選択をしていくわけですので、今日明日に害が出ないというようなことで判断されるようなことがあると、やはり望ましくないのではないかと。ですから、そういうネガティブ表現よりは、子の最善の利益にかなうということで裁判所が共同親権を判断するというようなことであれば、私は全く異論はないと考えております。   それから、3(1)監護者指定のことですけれども、これも過去にも何度も申し上げておりますけれども、私自身はやはり監護者指定はしておいて、コンタクトパーソンははっきりさせておいた方が、こどもにとっては安心して成長することができる基盤となり得るというスタンスでおります。(1)の中で、必須とする旨の規律は設けないということがあるのですが、共同親権について議論していたときのように、真摯な議論ができる父母であれば、やはり子のベストな状況、最善の利益を考えて、監護者指定もやはりできるはずだと考えておりますので、監護者指定はしておくべきだと考えております。   以上です。ありがとうございます。 ○大村部会長 ありがとうございます。大石委員からもこれまでの委員、幹事の御発言が集中している3点についての御意見を頂戴いたしました。急迫の事情ということについてと、2の(1)と(6)の構造及び(6)の判断要素ということについての御理解と御意見、そして最後に3(1)についての御意見を頂戴いたしました。   ここで、先ほど申し上げましたように、10分ほど休憩させていただいて、改めて他の委員、幹事の御発言を頂きたいと思っております。15時ちょうどですので、10分休憩いたしまして、15時10分に再開したいと思います。休憩いたします。           (休     憩) ○大村部会長 それでは、時間になりましたので、再開させていただきたいと思います。   たくさんの方が挙手されていたのですが、手元に回ってきたメモによると、小粥委員、石綿幹事、久保野幹事、水野委員、そして2周目で原田委員、武田委員、落合委員、佐野幹事、もちろんそれ以外の方の発言を制約する趣旨でありませんが、手元の覚えのためにそのように整理させていただきます。 ○小粥委員 委員の小粥でございます。第2の2に関連して2点申し上げたいと思います。   一つ目は、2の(6)の先ほど来議論が出ているところに関わるところなのですけれども、結論としては、第2の2の(注2)の規律の内容をより具体的に定める観点から例示するという、これを本文に格上げした方がよいということになります。それが第1点です。   なぜそういうことを申しますかというと、少し法の理念のようなことになるのですけれども、民法の規定は、こどもが生まれるとできるだけ早期に親というものを確保しようとしていると考えられる、私が学生に話すときは、親を確保しようとしているという話し方をするのですけれども、それは、まず母を確保し、そして婚姻していれば父が割と早く安定的に決まると。婚姻していなくても認知の仕組みによって父を確保しようとしていると。そうして一旦親になりますと、親が親権者として子の養育の責任を負ってくる仕組みが用意されています。この子の養育を負う責任、これまでのこの部会の議論を聞いていると、親権というのは自分が欲しいものだというようなイメージで語られることもないでもないような気もいたしますけれども、やはり子を養育する責務の面が大きいのだろうと思うのです。子の養育をする責務としての親権というのは、自分勝手に抜けることはできないものとして民法の規定はできているのだろうと思います。典型的には親権喪失、あるいは親権停止を裁判所が決めないと抜けることはできないし、辞任をすることができるという制度はありますけれども、それも自分でやめたいからやめられるというものではございません。   そうだとすると、親権者を誰と決めるのかというのは、もちろん両当事者が合意して誰それを親権者と決める場合があるということを全く否定する必要はないと考えておりますけれども、これは一種の子の利益のための公序であって、全てその合意ないし選択だけに委ねるということは、その性質上なかなか、その法の理念という観点からすると難しいことではないかと思っております。なので、特に親としての責務を果たすべき人がオプションという形で抜けることができてしまうというような制度設計というのは、少し疑問が残るような気がいたします。   そういう観点からいたしますと、先ほど申した(注2)のところで、こういう場合は駄目だということははっきりさせていただくということは、こういう場合であれば、裁判所の判断要素ではありますけれども、はっきりするので、要するに勝手にやめられるようなものではないというような趣旨もこういう形で、間接的にではあるけれども、はっきりさせることができるような気がすると、そういう意味で(注2)を本文に組み込むということがよいのではないかと、それが以上、第1点です。   それから、第2点目ですけれども、どうやって裁判所が親権者となるべき人、あるいは親権者となるべきでない人を判断するのかの考え方の問題ですけれども、第1点について申し上げたように、法は親を確保すると、その親というのは全ての国民というか市民でありますから、いろいろな人がいて、とてもよい人もいれば、余りよくない人もいるし、とにかくいろいろな人がいて、でも、それは一旦親とされて親権者となった以上はその責務を果たすべきだということなのだろうと思うのです。そうだとすると、誰もが親になり得て、誰もが親権者としてこどもを育てる責任を負うという元々の理念というか、制度設計になっているのだろうと思います。   そうだとすると、プラス要素を書いていくということだとすると、国がというか法律が在るべき親の基準を決めて、それに達しない親は親から排除されてしまうような書き方になってしまうような懸念もあるわけです。それがどうなのかということが申し上げたいことで、実質的に問題があるケースを排除すべきということについては異存はないつもりですけれども、法律の書き方として、在るべき親像を書くというのは、どうも、誰でも親になって、どんなこどもにとっても親としてその責任を負っていくというような法の理念からすると、その書き方としてはやはり、マイナス要素を書いていくと、しかし排除すべきところは漏れなく排除するというようなことが望ましいのではないか、以上が2点目でございます。 ○大村部会長 ありがとうございます。小粥委員からは具体的な提案としては、(注2)を本文に掲げた方がよいということをおっしゃっていただきました。その前提として、親権に関する規定の公序性ということと、出発点をどこに置くのかということについての御意見を頂いたと理解を致しました。   赤石委員、質問ですか、手短にどうぞ。 ○赤石委員 ありがとうございます。赤石です。小粥委員に御質問なのですが、今おっしゃったことは、全ての人間が子を産む、あるいは産む配偶者になったり認知者になったりすることで親になる、親権者になるという可能性があるということをおっしゃっていて、そこについては、そういう可能性があるということを前提にしているという御議論と、そういう地平と、共同で親権を担うときの関係性、あるいは共同で親権を担うときにどのような状況であれば両方が担うことができるかという、婚姻というのは一緒に住んで、お互いに尊重義務というのがあったわけですけれども、それがないときに共同で親権を担うときの基準を考えることと、個別に親になるときの排除規定と、少し地平が違うところの御議論になっているように見受けて、誰でもなり得るということだと、別れたら、誤解があって聞いていたらごめんなさい、誰でも何もなければ共同親権になり得ますねとおっしゃっているように聞こえてしまいましたが、そういう御議論ではないのですよね。 ○大村部会長 短くお答えください。 ○小粥委員 私は、親に一旦なって、それで親権者になったら、それは勝手にやめられるものではないということを強調して言っているつもりです。それ以上のことについて申し上げたいことはありますけれども、赤石委員のおっしゃる受け取り方と、私が言っていることは多分違うと思います。 ○大村部会長 今、小粥委員のおっしゃっている理解と、赤石委員は別の理解に立たれているということが一定程度明らかになったと思いますので、また後で追加の御発言があれば頂きたいと思います。 ○赤石委員 理解がとても不十分なのだろうと思いますので、どこかでお教えいただければ幸いです。 ○大村部会長 ありがとうございます。では、先に進みたいと思います。石綿幹事、どうぞ。 ○石綿幹事 幹事の石綿です。基本的に、第2についてゴシックの記載については賛成という上で、補足説明について、あるいは強く賛成の意を表したい点について、細かいですが、5点指摘させていただければと思います。   まず、第2の1(1)の父母が双方親権者となるとき、共同して行わなくていいことということで、まずイの急迫について、こどもの居所をめぐる点で議論がされていたかと思いますが、この規定は本来、親権行使全てに関わる規定なのではないかと理解をしております。特に問題になる可能性が高い医療行為などについては、緊急の場合に単独で行使ができるといった実務上、学説上、ある程度確立した判断があるかと思いますので、仮にここのイの部分を今日多くの指摘があったようなものに変えた場合、その医療行為や既に確立している部分にどのような影響を与えるのかという点は整理をしていただいた方がよいかと思いますし、改めて居所の話だけでなく全ての親権行使について必要でよいのかということは御検討いただきたいと思います。   それから、少し戻ってアに関連してです。先ほど赤石委員から無関心ケースをどうするのかということの御指摘があったかと思いますが、私はこの点についてアが機能していくのではないかと理解をしております。現行法でも事実上、親権が共同行使できない場合として、行方不明といったようなことが挙げられていますが、連絡が取れないような場合、あるいは多分ありそうなのが、連絡をしたけれども反応がない、LINEが既読無視になるといったようなことがどのような扱いになるのか、親権が行使できない場合に当たるのか、黙示の合意に当たるのかといった辺り、補足説明で構わないので、整理をしていただけるとよいのではないかと思っております。   この点に関して、先ほど、ウで赤石委員が御提案のあった、合意がないときはここに当たるというのは、それはあり得ないのではないかと私個人は思っております。共同で決めなければいけないことが共同で決められなかったら単独で行使できますというと、そもそも親権の共同行使にしなくていいのではないか、婚姻中の共同親権も含めて見直しましょうという話に通じる議論かと思います。そこは維持しましょうという前提で、この部会では議論していると思いますので、赤石委員の御提案のあったウという文言には反対いたしますということになります。   それから、1に関連して(注2)のところで、共同ですべきことを単独でしてしまった場合、前回に重ねての指摘で申し訳ございませんが、民法825条である程度カバーできるのではないかということで、それはそうだと思うのですが、825条は共同ですべきことを共同名義でした場合に適用されるのだと思います。共同ですべきことを、例えば母の単独名義でした場合どうなるのか、それから、これも重ねてですが、825条はこどもの行為について代理した場合ですから、進学に関すること、医療に関することを親が医療者と直接、当事者として合意した場合どうなるかということを、補足説明で構わないので、もう少し丁寧に触れていただけるとよいと思いました。   次に、2(6)は小粥委員と同じで、(注2)の部分を可能であれば本文に上げていただきたいと思います。もう理由は小粥委員が丁寧に御説明なさっていただいたので、割愛します。   それから、3(1)に関連して、監護者指定を必須とするかということですが、この点は御提案のとおり、選択できるという制度の方がよいのかなと思います。ただ、これも様々御発言がある背景には、監護者指定を必須とすべきような事情もあるような事案でも、裁判所がどう判断してくれるか分からないというところがあるのかと思いますので、これはもし可能であればということですが、どういう場合が監護者指定をする場合で、どういう場合に監護の分掌になるのかといったような点について、基準が無理でも、ある程度の具体例のようなものが補足説明にあると、今後の運用の参考になるのかと思います。   最後、3(4)ですが、戒能委員が反対を示された、親権を有するけれども監護者ではない者に一定の行為を認めてよいのかということですが、私は御提案のとおりでよいのではないかと思います。親権者であるのに監護者でないという理由で財産管理しかできないというようなことは必ずしも望ましくないと思いますので、親権者にも一定の制約の下ではあるが権限があるというたたき台の内容で御対応いただくのでよいかと思います。戒能委員の御指摘があった、同居してその身の回りの世話をするのみという表現は、これは多分法的には身の回りの世話をしているということをどう構成するかというのが現行法上用意されていないから、このようなことになっているわけで、決してケアを軽視しているということではないと私自身は理解をしております。   長くなりましたが、以上です。 ○大村部会長 ありがとうございます。石綿幹事からは、全体について賛成であるという御意見の後に、5点とおっしゃいました。1(1)を分けると、もっと多くなるのかもしれませんが、具体的な個別の問題についての一歩立ち入った御意見と、それから、補足説明等で対応すべき問題について御指摘を頂いたと理解を致しました。   次は窪田委員なのですけれども、オンラインで菅原委員と青竹幹事が手を挙げておられて、今、最高裁からも手が挙がりましたが、それは私の方で認識しておりますので、後で御発言を頂こうと思います。 ○窪田委員 窪田でございます。私の方はごく簡単に、非合意型の共同親権の定めについてのみ発言させていただければと思います。赤石委員から御指摘があった形で、特に一方が無関心型の場合に、言わばそういった場面でも共同親権という形のものを合意がないにもかかわらず定めるということになったら、それはそれで実質的にも適当ではないのではないかという形での問題提起がありました。そのケースに限って言うと、私もそうなのかなという感じもいたします。   ただ、第2の2(2)、裁判上の離婚の場合には裁判所は父母の双方又は一方を親権者と定めるというのは、これは当事者の意思とか意欲と全く無関係に、裁判所が一方的に決めるというイメージではないのではないかと思います。(1)の方では、協議離婚の際の場合の合意ということになっていますけれども、裁判離婚の場合であったとしても、基本的に自分が離婚後の子にどのように関わっていくのかというふうな意向といったものは当然踏まえて判断されると思います。それを踏まえると、例えば、離婚後のこどもとの関わりに関して言うと、1番目として、いや、もう親権は持たなくていい、全く関わりたくないというものが、あるいは2番目として、単独親権を持って関わりたい、そして3番目として、共同親権という形で関わりたい、3パターンあり得るのだろうと思います。3掛ける3で9ということになるのかもしれませんが、そのうちの共同親権として関わりたいというのが二人ともであれば、これは合意があるということの合意型ということで説明できると思います。一方で、片一方は共同親権を望むけれども、片一方は単独親権といったようなもの、あるいは両方ともがそれぞれ自己を親権者とする単独親権という場合には、少なくともこどもの養育に責任を持って関わっていくという態度は示されているので、しかし合意が得られないというパターンについて、恐らく主として問題となる領域はそちらではないのかという感じがいたします。その意味では、全く無関心なケースについて、こんなのは困るよねという例を前提として、非合意型の共同親権とはこういうものなのだ、随分問題があるぞという議論の仕方は、やはり避けた方がいいのではないかという気はいたします。   ただ、今のような点は補足説明の方を踏まえても必ずしも明確には出ていないと思いますので、どちらかといえば(6)部分で、(注2)の話がありましたけれども、その大前提として、裁判上の離婚の場合とかでも、やはり当事者の意思を全く無視して裁判所が決めるわけではないだろうと思いますし、現在でもそうなのだろうと思いますけれども、そういった点についてもう少し補足説明で書いていただくと理解がしやすいのかなと思って伺っておりました。 ○大村部会長 ありがとうございます。先ほど棚村委員もそういうことを御指摘になったのではないかと思いますが、今、非合意型とおっしゃったわけなのですけれども、それについて、合意型か非合意型かといった二項対立でない形で場合を分けて考えていく必要があるのではないか、それから、御懸念を示されている方の御懸念に対応するようなことをもし本文に書き込めないのであれば、それはきちんと説明をしておくということが必要なのではないか、こういう御意見を頂いたと理解を致しました。 ○水野委員 水野でございます。まず、第2の1の(1)と(2)の部分につきまして、原田委員、戒能委員などからDVケースにおける弊害を危惧する御意見がありました。私も、DV対応が制度化されている欧米諸外国と違って、DV被害者が逃げる自由しかないという日本の状況を深刻に考えるべきだと思います。ハーグ条約の問題などもその前提が違いますので、なかなか並列的には考えられません。このような状況を改善すべきであるという点では私も共通認識を持っているのですが、ただ、ここはその問題とは違う場面だろうと認識しております。   つまり、急迫の事情があるときという表現が問題になりましたけれども、これは刑事罰ないし行政介入の要件になっている表現ではないと思います。そういう介入の必要性なく、普通に生活できているという前提での親権行使ですから、日常の行為は単独で行えて、かつ急迫の事情があるときにはこどもの利益のために行えるということで、恐らく問題なく運用できるだろうと思います。加害行為をする親が出てくるという場合には、そもそも一発アウトで公的介入が必要になり、親権そのものの停止ないし喪失の問題になるはずです。そういう状況ではない条件下で、普通に生活できるときの親権行使についての表現であると理解すれば、おそらくこれでいいのではないでしょうか。   それから、その次は2の父母の離婚後等の親権者の定めの(6)の表現ですが、この表現も、私は大枠はこれでよいように思います。先ほど小粥委員が言われましたように、親権という重要な権利義務から勝手に抜けられるような制度設計はおかしいと思います。また、赤石委員が、平穏にコミュニケーションがとれる親で、かつ合意できたときに限るべきだと言われたのですけれども、そういう制度設計にしてしまいますと、これはこどもを現に手にしている方が言わば拒否権を持つことになりますので、事実上の奪い合いが非常に熾烈になるでしょう。力による現状決定が行われてしまい、父親が強奪してくることもあるはずで、そういう副作用もあるだろうと思います。   また、原田委員がこどもの意見を入れるべきだとおっしゃったのですけれども、これも何回も繰り返していることで申し訳ないのですけれども、これを入れてしまいますと、忙しい裁判所がこの文言を盾に省力化してしまうのではないかと危惧いたします。実際にはこどもの様子や意向をしっかり調査しなくてはならないことについて、どなたも異論はないと思います。しかし、こどもの意見という表現を入れてしまいますと、結局こどもの意見を、「君はどうしたいの?」と聞くことになり、こどもがそう言ったからという裁判の結論になるわけですが、その後、こどもが、非親権者になった親の悲嘆が全て自分のせいであるという思いを抱えてずっと生きることになってしまいかねません。こどもの意見というのは、やはり文言としては入れるべきではないように思います。   それから、これまでの議論にもありましたように、(注2)の内容こそが非常に重要な内容だと思います。ここを詳しくはっきりと確保すること、危ない、これではいけないというような場合をきちんと書き込んでおくことが重要で、また小粥委員などが提案されたように、本文に上げることも十分考えられるかと思います。   以上でございます。ありがとうございました。 ○大村部会長 ありがとうございます。水野委員からは、今まで議論になっている論点のうち二つの点、一つは急迫の事情という点について、これは民法上の問題として、これで運用ができるのではないかという御意見と、それから2(6)について子の意思というのを書き込むことについての御懸念、そして(注2)の扱い、これは小粥委員は本文にということをおっしゃったのですけれども、ここをきちんと議論し、場合によって本文にという御意見を頂戴いたしました。   それで、原田委員が手を挙げておられて、ほかに武田委員以下、6人の方がいらっしゃいます。原田委員からは先ほど最後でいいとおっしゃっていただきましたが、それでよろしいですか。では、すみません、一巡目の人を先にさせていただきます。武田委員、お願いいたします。 ○武田委員 親子ネット、武田でございます。第2の1、2、3、それぞれに関して意見を述べさせていただければと思います。   まず、第2の1に関して、ゴシックに関しましては、基本的には現時点の表現で進めていいのではないかという意見です。本日他の委員、幹事の先生方からの必要性、相当性にすべきという意見も含めて、一通り聞かせていただきましたが、棚村先生、石綿先生がおっしゃったように、この急迫の事情という中身は一体何なのだというところを明確にしていく、このような議論の進め方が一番きれいなのではないかと思いました。必要性、相当性に関してですが、こういった主張をする一方親は必要性、必要なのだということ、これは何とでも主張できるといいますか、いわゆる判断根拠をどうとるのだという話になり得るかなと私は感じています。   1月にお越しいただいたDV被害者で、別居親のK.M.さんの事案を出させていただきますけれども、彼女の相手方も自らの連れ去りに関しては合理性がある、必要性があると主張していました。彼女のケースは、実態として必要性があるとする相手方の不法な連れ去りにより結果として現状への復帰がかなわない、事実上認容されるということになっていると思います。その後、彼女は是正されるべき判断が裁判所から公式に出ましたけれども、それまでに一定の期間、1年以上の期間が掛かり、結果、引渡しもかなわないという事態に至っています。彼女の場合はまだ、裁判所の判断は出ましたけれども、我々が批判の対象にしている不法な連れ去り後の子の監護の継続性によって親権、監護権を失って、お子さんから一方親を取り上げる事案、多く発生しています。このような必要性、相当性という規定を置くと、父母間の本来は生じさせなくてもよい葛藤、これをあえて裁判所で高めるという逆の効果を懸念します。   今年の9月に、委員の先生方、幹事の先生方は御存じか分かりませんけれども、世田谷区が主催する離婚を考えている、女性限定です、女性向けに法的なアドバイスをする講座がございました。講師の弁護士が参加者に対して、別居に備えての財産隠し、親権を獲得するために別居時に無断でこどもを連れて出るように指南する、この講座の音声がネット上に流出いたしまして、10月初旬の世田谷区議会で問題として取り上げられ、区としては不用意だった、適切に対応すると、こんな答弁もございました。   これは個人的な話になりますが、同様に世田谷区の法律相談における私の個人的な経験です。私は世田谷区在住でございます。区が主催している離婚相談で、私と一回も会ったこともない相談員が私を指して、私のことを暴力夫と決めつけました。さらに、妻に対して、こどもを連れて出て行きなさいと、連れ去りを幇助していたことが判明しました。その際の家庭相談記録表があり、この相談記録をこの部会に先立つ家族法研究会で提出させていただきました。その後、私は個人的には裁判所の手続の中で、私が暴力の加害者でないことは明らかにされました。つまり、このような必要性、相当性を要件に入れていった場合、このような一方的な主張に根拠を与えることになる、これが果たして子の利益に資することになるのか、こういうことから賛同ができないというのが私の意見でございます。   1に関して最後に、この部会を始めた当初に前の明石市長の泉房穂さんがお越しになりましたが、泉さんの発言を紹介します。これは私は昔、話を聞いて非常に共感したのですけれども、今の家裁運用は、本来は戦わなくともよい両親をとことん戦わせる運用となっている、ということでした。正におっしゃるとおりで、1に関しまして必要性など、このような効果を誘発する規定は置くべきでないということを繰り返し述べさせていただければと思います。ここまで第1でございます。   次に、第2に関して発言をさせていただきます。ゴシックに関して本日、特に関心ある論点は裁判所の判断枠組み、(6)及び(7)、(注2)かなと思っています。詳細の書きぶりに関しては、基本的にはよいと思っておりますが、本日時点では留保をさせていただこうと思います。今日の議論をベースに、単独親権を命じる場合の要件、ここの書きぶりを検討いただいて、そのほかの記載に関しても詳細を詰めていくという方向がよいのではないかと、このように考えております。   具体的に、この裁判所の判断枠組みでございますが、部会資料32の記載のとおり、前回部会でも述べたとおり、今回マイナスの要素という表現で明示されましたけれども、この方向で進めていただければと思います。特に、重要なマイナス要素を例示列挙という表現も資料の中にありましたが、ノックアウトファクターですよね、これがあるともう駄目というものを重要なマイナス要素として例示列挙いただくのがよいかと思います。   恐らくこの先、このような議論になってくると思いますが、先に意見を申し上げたいと思います。この先の議論の中で、高葛藤のみをもって共同親権にしてはいけないのだとかそういう議論が恐らく出てくるかと思っています。私は高葛藤のみをもって共同親権を認めないという考え方には反対の立場でございます。離婚に直面した父母は一時点に限れば、特に直後はそうだと思うのですけれども、高葛藤であることが多い、これは事実かと思います。これは、例えば不法な連れ去りや離婚に同意するまでこどもと会わせない、こういった人質交渉、こういった行為が抑止されないために生じている高葛藤なのではないかと、このように思っています。このような事案の葛藤どう低下させていくかと、一定の時間が必要だと思いますし、正にここに家庭裁判所の調停制度の存在意義があるのではないかと思います。共同親権を認めるか否かについても、恐らく父母の協議が調わない場合、一方が家庭裁判所に調停の申立てをし、恐らく調停を申立てして、双方の話を聴きつつ、いきなり双方の言い分だけを聴いて審判なんていう進め方には恐らくならないと思います。この辺りに関しても、裁判所に上がったらどういう審理の進め方になるのか、可能な範囲で補足説明に書いていった方がより理解が深まるのではないかと思います。   私も数えましたら、親子ネットの運営に携わって、もう10年でございました。個別にいろいろな当事者のお話を累計で、恐らく1,000件以上聞いております。やはり、この部会が始まった当初、りむすびからしばはしさんに来ていただきましたけれども、どうやって葛藤を下げていくのか、葛藤を乗り越えて話し合えるようになるのか、一定の手法があると思います。こういった話合いができる父母も当然、一定数存在すると思っております。こどもから一方親の関与を失わせること、これにはやはり極めて慎重でなければいけないと思います。離婚は飽くまで父母の関係の終了にすぎないと思います。   2に関して、事務当局に確認を1点させていただければと思います。長くなるので、簡潔に申し上げます。部会資料32−1、第2の2の(注2)、これは部会資料30−1の(注1)に相当する部分と理解をしています。従前の資料では、心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれの有無及び程度となっていたものが、今回の資料ではおそれの有無と変わっていて、程度というものが削除されております。このような修正というのは、内閣法制局なのですかね、今後の条文化を意識した書きぶり、表現ぶりの修正であって、この程度という文言が削除されたことによって部会資料30−1で提示されていた規律の実質的な内容が変わったわけではないと、このように理解してよいか確認をさせていただきたいというのが事務当局にお伺いしたいと思います。   長くなりまして恐縮なのですが、最後、3に関して発言させていただきます。監護者指定を必須とすべき、監護者指定がない状態で同居親に一定の優先的な地位を付与すべきであるという意見には反対の立場であることを、まずは明確にさせていただきます。基本的に考え方といたしましては、部会資料32−2の9ページ補足説明(注1)記載の内容、これに賛同するものでありまして、監護者としての権利義務については父母の協議で定め、協議が調わない場合は裁判所が定めるべきということがここまでの議論の積み重ねであったと理解をしております。   具体的に、(注1)に記載がありますが、父母の一方が子と共に別居を開始したという事実行為のみによって父母の権利義務に変動を生じさせる理由も、本日も様々な意見も出ましたけれども、現時点で合理性はないと私は感じています。第2の3に関しても、ゴシック本文、基本的な方向に賛同することが前提でございます。   最後にもう1点、質問を事務当局にさせていただきます。部会資料32−2、第2の3、監護の分掌の定めというものが提案されています。この監護の分掌と、現行民法766条で既に規定されている親子交流や養育費の取決めを組み合わせると、現時点ではその中身も明確になっていないと思いますが、いわゆる共同養育計画のようなものを作成することができると理解してよろしいでしょうかという質問です。また、こういった養育計画における監護の分掌というのは、一つは、週のうち母親が監護する時間と父親が監護する時間を分ける、要は時間の配分という考え方だと思いますが、それだけではなく、例えば教育については母が行って、その他は共同で決めるといったように、身上監護に関する権利義務のうち一部分を切り取って母のみが行うといった形の分掌もあり得ると理解をしております。こういった取決めが父母の協議や家庭裁判所の調停審判によって定められることができるようになるのか、この点に関してお答えを頂きたいというのが質問でございます。   すみません、長くなりましたが、以上でございます。 ○大村部会長 ありがとうございます。武田委員からは第2の1、2、3、それぞれについて御発言がありましたけれども、1と3についてはゴシックの部分については賛成であるという御意見と承りました。その上で、急迫の事情ですとか、同居親に優先的な地位を付与するということについての御意見を頂いたと理解をしました。2については、ゴシックの(6)、(7)あるいは(注)の細部については、更に検討をしてほしいということで、留保ということだったと思います。質問は、(注2)の文言が変わったということと、監護の分掌の内容についてということで、2点あったと思いますが、事務当局の方で何かありましたらお願いします。あるいは、1点目の質問はやや一般性も持っていて、最後に条文として取りまとめる際の用語との関係といったことも含んでいたと思いますので、この点についても何かあったら、併せてお答えを頂いたらよいかと思います。 ○北村幹事 御質問は2点あったかと思いますが、まず1点目の第2の2の(注2)のところの表現ぶりということで、有無及び程度が有無になっている点という御質問だったかと思いますが、これも他の法令等を参考にしながら、例えばハーグ条約実施法の規定などを参考に表現ぶりの訂正をさせていただきましたけれども、ここについては前回の部会資料の規律の実質的な内容を変更しようとするものではございません。御指摘のように、条文化に当たって様々な法令等を参考にしつつ、民法としてどういう規定を置けばよいのかというのも併せて検討しつつ、部会資料の方を作成させていただいているところでございます。   2点目は、監護の分掌について御質問いただいたと思います。どのような役割分担を定めるかについては個別の事案によって様々だと思いますけれども、御指摘のように担当する期間を分担するという定め方のほかにも、監護に関する事項の一部を一方に委ねるという場合もあり得るのかなと思っております。御指摘いただいた共同養育計画というものについて、現時点で何か明確に定義されているものではないのですが、こういう監護の分掌であるとか親子交流の在り方、養育費について具体的な定めを組み合わせることで、様々な事項についての取決めをすること自体は可能になるのかなと思っております。そういったものは諸外国でもいろいろな形でされているもの、そういったものに近いものにはなり得るのかなと思っておりますが、いずれにせよここは更に御議論いただければと思っております。 ○大村部会長 よろしいですか。ありがとうございます。 ○落合委員 委員の落合です。第2の1と2と3の全部について意見があります。今まで御発言されたことと重なることもあるのですけれども、確認のために簡単に申したいと思います。   1(1)につきましては、石綿幹事がおっしゃったことと本当に重なるのですけれども、一応確認ということで申します。石綿幹事が御発言になる前、私はこのアの、他の一方が親権を行うことができないときというのに、赤石委員が挙げられたような無関心の例が入るのかどうかというのを聞きたいと思っていました。できないという表現があるので、どちらかというと、しないですよね、しないもできないと解釈されているのかというのを伺いたいと思っていまして、連絡が取れない人もここに入るのであれば、よいかなとは思うのですけれども、より明らかにしようとするのであったら、行うことができないとき、しないときとか、怠るときみたいなものを含めるということなのかもしれませんが、これも解釈で含められるのならば、結構だと思います。   無関心になってしまう男親が多いという話を赤石委員がされたときに、少しだけ話がずれるのですけれども、私は江戸時代の人口学的な家族の分析をしているのですけれども、ひとり親でも、男親だけいる場合、女親だけいる場合を比べると、こどもの死亡率が違うのです。女親だけがいる場合は、二人親がいるのと死亡率は同じなのです。全然変わらないぐらい。しかし、男性の親しかいないときにはこどもが死ぬのです。どうしてこんなに違うのだろうといろいろ考えていましたけれども、私は基本的に育児に関わる態度は男女平等であると考えたいと思っていますけれども、それだけ無関心になる人がいるというと、その違いもあるのかなとも思いました。もちろん江戸時代と今と全然条件が違いますから、今についてそういう調査はありませんので何とも言えませんが、少し余談でした、すみません。   それから、赤石委員からウを付けるという話がありましたが、それは私もやはり少し無理があるのではないかと思います。同意できないときというのを入れたら、何も共同でしないで済んでしまうというか、構成上やはり無理があると思うのです。そのときに例に挙げられていた、大学に進学させるかという話で、片方の親が進学に反対だったらこどもは大学に行けないのかというと、それはものすごいこどもの人権侵害だと思います。両方の親が大学に行くのに反対していたって、こどもは行ったらいいではないですか。それを保障するだけの奨学金とかが別にあるべきで、だから、そういう議論をするべきところだと思いますので、家族で閉じない、親の決定のままにこどもはならなくていい、特にそんな年齢になった子は、というのを一言付け加えておきたいと思います。   2につきましては、(6)が重要というのはもちろん皆様と意見は一緒です。(注)の方に書いてあるような内容を本文の方に入れるという小粥委員からの御提案に私も賛成します。   それから、3の監護者のところなのですけれども、私はこれは、監護者の定めをしないときに運用上一体どうなっていくのかというのが、そちらのプロではないので、少し想像がしにくいところがあります。もしかしたら何かもめるのではないか、混乱するのではないかという心配もしないでもありませんで、ですから、一方を子の監護者とするとするのもありなのではないかともいくらか思います。あるいは監護分掌についての計画を定めるとか何か、もう少し決めていないと、何しろ今まで慣れていないことですから、混乱が起きるのではないかという心配もしております。原則としては監護者を決めなくてもやっていけると思うのですけれども、今までからの変更になって皆さんが混乱するということを考えると、そうですね、例えば一定期限を切ってというのは難しいかと思いますけれども、またそこについて議論が出てくるまで、監護者を決めるのを原則とするみたいなことがあってもいいかもしれないともいくらか思っております。   それから、(注1)の【P】になっている第三者を子の監護者にするということについては、今御意見が出ていないのですけれども、ここも言っていいのですかね。私はこれは賛成なのです。法人類学の方の議論で、核家族を前提とした今の考え方はとてもヨーロッパ中心主義的で狭いという意見が、いろいろな角度から結構出ています。そうすると、核家族以外の親族が関わるような余地をはっきり書いておくというのは大事なのではないかと思って、ですから、この規律の創設について資料を出していただきましたけれども、私はこれを入れることに賛成です。 ○大村部会長 ありがとうございます。落合委員からは1、2、3についてそれぞれ意見を頂きました。1は(1)のアないしウについての御意見で、石綿幹事が先ほど御指摘になったことと重なる御意見だったかと思います。それから2(6)、あるいは(注2)については皆さんの議論に賛成だということ、3については、監護者指定を必須としないということについて多少不安があるのではないか、混乱が生じないだろうかという御意見を頂きました。それから、ペンディングのところがございますけれども、ここについては積極的に考えたらいいのではないかという御意見を頂戴いたしました。 ○佐野幹事 幹事の佐野です。佐野の方から意見を言わせていただきます。5点ありますけれども、最後に先ほど御指摘がありましたペーパーについて御説明させていただければと思っています。   まず1点は、2(1)イの部分です。この急迫の事情というのは、一般的に受ける印象からはかなり狭くとられる可能性があるかと思います。今の実務の扱いとの関係、具体的にどのような事案がどのように扱われるのかという辺りをもう少し議論する必要があるのではないかと思っています。私は、先ほど原田委員から出ました、子の利益のために必要やむを得ない事情があるときというように、もう少し広く捉えられ得る文言が適当ではないかと考えています。それが1点です。   それから、2番目、第2の2(1)ですけれども、(注1)で、親権者の指定の審判又は調停の申立てを、家庭裁判所の許可を得なければ取り下げることができないとすることについては賛成いたします。弁護士会で議論したときには、相手方の取下げ同意でもよいのではないかという意見もありました。しかし、やはりDV事案などで取下げ圧力が掛かるというケースもないわけではないですので、取下げが真意に基づくものなのかを確認する、チェックする必要性からは、家庭裁判所の許可ということでよろしいのではないかと思いますので、賛成いたします。   それから、2(6)です。これも先ほどから議論がありましたけれども、やはり共同決定で一番こどもの生活に多大な影響を及ぼすのは、父母にて決定ができない結果、決定が遅延するという場合になります。こどもの時間というのは大人の時間と異なり、遅延そのものの影響が非常に人生にとって多大となります。そもそもこの裁判所で決めるという事案では父母の合意がないケースですので、そういったケースを共同親権にすることは、もともと慎重に判断されるべきではないかというのは前にも申し上げたとおりです。仮に共同親権とした場合には再三法廷に決定を持ち込まれるようになり得るような高葛藤事案は、(6)の「父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害する」ものとして、適切に共同親権から排除されることは必要ではないかと思います。そういう趣旨であれば、この規定ぶりに賛成ということになります。   また、「また」以下の部分ですが、これは原則、例外の例外を定めるものではなくて、つまり、それを立証しなければ共同になるというものではなく、飽くまで共同にすべきではないものを排除するという趣旨が明確になるような規定ぶりにしていただきたいと思います。   それから、3(4)、ここの趣旨なのですが、親権を行う父母で監護者と指定されなかった者についても、1(2)で、一応、日常の行為を行うことができるとなっているのではないかと思われます。そうだとすると、「上記1の規律に従って監護及び教育に関する日常の行為を行うことができる」というよりは、むしろ日常の行為を行うにつき、子の監護をすべき者の行為を妨げてはならないというような規定にしていただいた方が分かりやすいのではないかと思います。そういったような規定ぶりは児童福祉法47条の4項でもありますので、そういう形の方が、より趣旨が明確になるのではないかと思います。   その上で、弁護士委員の方からペーパーを出させていただきました、親以外の第三者による子の監護に関する規律の創設について、少し御説明させていただきたいと思います。こちらは弁護士委員の連名で意見を出させていただきました。その趣旨ですけれども、子の利益のために必要があると認めるときには、現に監護をしている子の親族を、当該子の親族の請求によって、家庭裁判所は、第三者を監護者に指定することができるようにするというものになります。   この部会の議論検討内容というのは、日弁連内でもなかなか意見の集約が難しいのですけれども、この規律の必要性につきましては、中間試案時においても意見の集約が図れていたところです。それだけ実務的な必要性が高いと感じています。なお、中間試案に対する日弁連意見書のときには、その要件について、「親権者の親権の行使が不適当であったり、監護体制が整っていなかったりするなどにより、親権者に子を監護させると子の健全な成長を阻害するおそれが認められること」との考え方を示しておりましたけれども、むしろ今回、より明確な要件で濫用的申立ての余地を狭めつつ、親が親権を行使してこなかったというネグレクト事案、親権の消極的な濫用事案を、子の利益の観点からきちんと対象として取り込むという観点から、現に監護をしている親族に申立権者を限定するという方向で御提案をさせていただきました。   委員、幹事の皆様が民事法の御専門の先生方だけではありませんので、少し背景を説明させていただけたらと思います。児童相談所による児童虐待相談件数というのは、毎年過去最高を記録していることは皆さん御存じかと思います。現実にはネグレクト、虐待事案で児童相談所の関与前に既に親族が監護していたり、児相が関与して、親族方なら家庭復帰をさせられるということで、親族が、子を監護するという条件で家庭復帰をし、親族が子を監護している事案というのが少なからずあります。その一例が、資料の方で提示させていただきました、東京弁護士会の「子どもの人権110番」の相談件数としても表れているわけですけれども、毎月100件ほど入ってくる相談の中でコンスタントに2件ぐらいはそういった事案が入ってきています。私たち弁護士、実務家が比較的よくぶつかる事案といってもよいかと思います。   弁護士、実務家の間で比較的共有できている感覚として申し上げると、典型例というのは、親のネグレクトとか不適切監護によってこどもが親族方で監護されてきていて、そちらで安全・安心な生活をしてきたところ、突然、親権者が子と一緒に生活すると言って引渡しを求めてくるといったような事案になります。親権者が再婚をきっかけに子を引き取ると言ってくる事案も結構あるという印象です。   こどもの側からすれば、慣れ親しんで安心できる親族の下から突然引き離されて、虐待されていたり、それまで養育放棄されてきたにもかかわらず、その親と突然一緒に暮らすということを求められることになります。ましてや全く知らない親の配偶者との生活を共にすることを求められることもあります。これをこどもが激しく拒否するというような事案も少なくありません。こうした子の心情に配慮し、第三者監護者の方から子の監護を当面維持したいという形で相談等をしてくることになります。   こういう場合に従前、家庭裁判所の実務としては、子の利益の観点も踏まえて、現実的必要性から、現行の民法766条1項の適用又は類推適用によって、第三者である監護者申立てによって当該第三者を子の監護者として指定することを行ってきました。ところが、令和3年3月29日の最高裁の決定は、民法その他の法令において、事実上子を監護してきた第三者が家庭裁判所に上記事項を求めるよう申し立てることができる旨を定めた規定はないと判示し、この766条適用又は類推適用による第三者による監護者指定の申立てを否定しました。結果、現在、親権者が第三者に子の監護を委ねることを反対する場合には、この手段をとる道が事実上閉ざされたという状況にあります。   確かに平成23年の民法改正で、親権喪失には至らない比較的程度の軽い事案などに、一定期間の親権制限が必要に応じて適切にできるようにと、親権停止の制度が創設されました。しかし、既に監護者となっている者は親権者の実方親族であることが多く、一定期間であっても実子である親権者の親権を完全に剥奪する、つまり親権者に取って代わることを望んでいるというわけではなくて、子と親権者が円滑に関係できるようになるまでの当面の監護の維持と、その間の親権者との関係調整を望んでいるという場合が多くあります。その間に子も成長するため、親子関係を客観的に見ることができるようになることもあります。ところが、親権停止は一時的とはいえ親権を完全に剥奪する大きな効果を持つ制度であり、審理の中で、親権者の親権行使の困難さとか不適当であることで子の利益を害することを主張立証していかなければいけないために、親権者と監護者である親族との関係、さらには親子関係の悪化すら招きかねず、結局、子の利益に反する結果になりかねないという構造があります。また、親権制限が戸籍に記載されるということもその利用をちゅうちょさせる一因となっています。   代理人の側からすると、親権停止が創設された趣旨からすれば、親権者が親権を行使していないような場合についても、行使をしてこなかった事情や子の状況に鑑み、停止が子の利益の観点から柔軟に認められるべきであろうと思いますが、そのような事例で、なかなか親権停止の要件である、親権行使の困難さ又は不適当であることにより子の利益を害するものとして家庭裁判所になかなか認めてもらいにくいという実感を持っております。実際、先の令和3年の最高裁の事案ですけれども、こちらも監護者指定の審判の前に、監護していた祖母が親権停止を申し立てたけれども、それが認められなかったため、監護者指定の審判を申し立てるに至ったということのようです。   他方、そのような事案では社会的養護、例えば親族里親の枠組みを活用すべきという御指摘がこの部会でもあったかと思います。ただ、そもそも親族による監護が既になされており、こどもがそこで安全に生活している事案では、児童相談所は介入する契機がありません。親権者が親族に対して引渡しを法的に求めてきたときには、児相としては、もう裁判所の判断によるべきものとして、その段階では更に介入を控えることになります。児相が介入して、親権者方ではなくて親族方に家庭復帰をさせた事案であっても、現状、親族里親委託はとられていません。そのような親族方家庭復帰の事案は事実上、親権者の同意をもって親族によって監護委託をされているにすぎないため、親権者の翻意によって子の安心・安全な生活が容易に脅かされる状況にあります。その結果、児相からは親族方では守り切れないとして、こどもは結果的には施設にて生活することを余儀なくされてしまいます。児相が介入した事案において、児相が親族監護であれば家庭復帰させるような事案では、親族里親を積極的に活用するというような現実があれば、それが第三者監護者指定に代替し得る可能性はあるとは思いますけれども、そうではない現状や、児相介入前から親族が監護している事案についてはそもそも児相が関与しないという現実に照らすと、やはり第三者の監護を法的に裏付けるために、第三者への監護者指定というのが必要になります。   こういった実情を踏まえた上で、現在、法令上の根拠も存しないものとして、事実上申立てができないという状況に追い込まれている監護者指定について、この機会に法令上の根拠として新設することを御検討いただきたいという趣旨で、意見を出させていただきました。その際、申立権者、監護者となり得る第三者の範囲は、明確化かつ濫用予防という意味で、現に監護をしている者、親族と限定した上で、その効果についても、児童福祉法上の児相長や施設長の権限と同様、監護教育に関し子の福祉のために必要な措置をとることができるという範囲にとどめるものとして、親権者の権限の制約の限度を最小限にするという御提案でございます。 ○大村部会長 ありがとうございます。佐野幹事から、5点ということでしたが、最後の1点は池田委員、佐野幹事、原田委員の連名で提出されている資料についての御提案と御説明ということとして承りました。それ以前の4点について、第1点と第3点は、既に出ている意見と同趣旨の御発言だったかと思います。第2点は、2(1)について、(注1)の取下げに関する規律に賛成という御意見、それから第4点は、3(4)について文言を整理した方がいいのではないかという御意見だったと理解を致しました。   その後、菅原委員、青竹幹事、それから最高裁、柿本委員ということで、オンラインの四方からお手が挙がっておりますので、御意見を頂いて、原田委員に行きますので、待っていてください。ということで、菅原委員、お願いします。 ○菅原委員 委員の菅原です。ありがとうございます。第2につきまして、基本的に事務局が今日まとめてくださったものに賛成させていただく立場なのですけれども、幾つか少し意見を言わせていただきます。   今まで委員の方々が指摘された箇所とほぼ同じなのですが、第2の1(1)イにつきましては、今日もたくさん議論がございましたが、やはりこの急迫の事情というところが、恐らく民法として成立した後もかなりいろいろ議論があるところかと思いますので、解説という形で一般の人々にも分かりやすく示していただくことが今後必要ではないかと思いました。   それから、2の親権者の定めの(6)について、父母が円滑なコミュニケーションがとれるときという条件が必要なのではないかと御議論がありましたが、円滑なコミュニケーションに向かって父母が関係を調整していっていただくということはこどもにとって非常に重要なことではありますけれども、円滑なコミュニケーション自体の定義や客観的なアセスメントというのは非常に困難で、一律な正解が得られないことと思われますので、私たちが中間取りまとめで(前注)に置いたとおり、虐待とかDVのおそれというものを念頭に置いて、この(注2)のような形で規律しておくのが望ましいと考えます。この(注2)は非常に重要なので、何人かの委員の御意見があったように、本文に反映すると、私たちのスタンスというのがより明確になるのではないかと考えます。   それから、最後に3ですけれども、先ほど落合委員から、監護者を指定しないというのは若干心配があるという御意見がありましたが、(2)の方で父母が協議上の離婚をするときには、子の監護をすべき者又は監護の分掌については父母の協議により定めるものとするとしてありますので、ここのところの運用がしっかり現実に機能すれば、こどもが路頭に迷うことはないのではないかと思いますので、子の養育計画というものをきちんと、これは新しい習慣になると思うのですけれども、立てていくということが重要ではないかと思います。その意味で、3のところに今回、監護の分掌に関する規律を書いていただいたことは非常によいことではないかと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。菅原委員からは第2について、全体として賛成であるという御意見を頂いた上で、これまで委員、幹事の御意見が集中している1(1)イ、それから2(6)、3(1)について、最初のものについては分かりやすい説明が必要である、2番目については、円滑なコミュニケーションというのを直接基準にするのは難しいので、その裏から規律した方がいいのではないかといった御意見で、最後の3(1)については、(2)との関係を考えて、こちらを充実させるということが大事ではないかという御指摘だったかと思います。 ○青竹幹事 1点目ですが、裁判所が父母の一方か双方を親権者と定める場合について、原則として双方を親権者とする仕組みになっているのではないかという御指摘もあったようです。しかし内容を見ますと、子の利益を害すると認められるときは、裁判所は一方を親権者と定めなければならないとされています。それ以外の場合は、結局一切の事情を考慮し一方か双方を定めるということになっています。原則と例外という内容にはなっていない、そのような理解が客観的な読み方なのではないかと思いまして、御指摘させていただきました。最終的に民法の条文とするときに正しく伝わるように注意が必要で、この点については、先ほど佐野幹事が、立証の観点から分かりやすく御説明していただきました。   2点目ですけれども、監護者指定について必須とする旨の規定を置かないという点について、反対意見が多く示されていたと思います。この点について私の方でも以前、家族によっては監護者を指定することが必要ではない場合もあるので、必須にはするべきではないといった意見を示させていただきました。ただ、この間、多くの必要とする御意見をお聞きしまして、父母の双方が親権を行使する場合には、一方を監護者に指定した方が子の利益に合致する場合が多いのではないかとも考え直しております。必要な場合に監護者を適切に指定できるようにすることがやはり重要のように思われまして、先ほどほかの委員や幹事から幾つか御指摘があったと思いますけれども、特に石綿幹事の方で具体的に、裁判所が監護者指定をする際の基準を提示するといった御発言をされたようにお聞きしましたが、そのような御意見も参考になるように思いました。ただ、この場合でもやはり監護者指定を必須とするということにはならないのではないかと今のところ考えております。   3点目ですが、民法は父母が双方で共にこどもに対して責任を負うことにされていて、これを父母の自由な意思で放棄できないということになっているという小粥委員の分析は、正しいものと賛成いたします。ただ、この点と親権についての議論をどのように結び付けるのかは簡単ではないと思いますが、少なくとも親権というのは親の責任の重要な部分に位置づけられますので、その民法上の親権の規定を検討するにはこのような理解が前提にあるものと考えております。   もっとも、親権が子の福祉にあるということは繰り返し指摘されていますし、現実の親子関係を見まして、子の福祉に反する場合には親権は制限を受けますし、小粥委員が御指摘されていますように、暴力その他の事由があって子の福祉に反するという場合は双方で共同親権を行使することを認めるべきではないということについて、この部会で意見は分かれておらず、一致した意見になっているのではないかと思います。   4点目ですけれども、第三者の監護者指定について賛成です。こどもの福祉の観点から必要であるときに、親以外であってふさわしい者が監護者となるということを認めるのが妥当ということを、これまで多くの専門家の御指摘がありますが、そのような御指摘に第三者の監護者指定は合致しているように思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。青竹幹事からは4点ということで、2(6)についての理解と、それから3(1)について、先ほど石綿幹事が示唆されたような何か具体的な方向づけが要るのではないか、3番目に、小粥委員の意見に基本的に賛成だということで、しかし、親権を制度化していく上では、その間に考えるべきことはあるだろうといった御指摘だったかと思います。最後、第三者の監護者指定については賛成だという御意見を頂きました。 ○向井幹事 幹事の向井でございます。最高裁からも第2の1、2、3、それぞれについて意見を述べさせていただきます。   まず、第2の1は(3)についてですけれども、この特定事項の親権行使者を定める制度について、特定の事項として具体的にどのようなものが想定されているのか、例えば教育に関する事項といったある意味抽象的、幅広いものであるのか、例えば中学校の受験ですとか高校への進学といった、ある程度範囲や時期を限ったものであるのか、今、例としては教育について申し上げましたけれども、教育以外ではどのようなものがこの特定事項として典型的に想定されているのか、それらに対して裁判所がどのような観点から判断すべきものとして制度が構想されるのかということについて、現時点では立法の考え方が示されているとは言い難いと考えておりますので、この点についても是非この部会で議論いただきたいというのが1点目でございます。   2点目は、第2の2(6)についてでして、これはもうさんざん委員、幹事の方から御指摘いただいておりますが、裁判所としましても、やはり(6)本文のような規律では抽象的にすぎると考えておりますので、(注2)の具体的な要件がいいのかどうかということについては、また皆様に御議論いただきたいと思いますけれども、少なくとも、2(6)本文のようなものではなくて、より具体的に明確に規律の内容を定めていただきたいと考えております。   続きまして、第2の3、本日はここが一番、意見のボリュームとしては大きいところになります。まず前提としまして、部会資料の第2の3(1)と(2)の監護者の定めに関する規律について、ゴシック部分の修正を求めるという趣旨ではないのですけれども、仮にこの規律を前提として議論を進める場合には、本日、石綿幹事からも御意見がありましたけれども、どのような場合に監護者を定めるべきか、又は定めないこととすべきかというのが現時点では明らかにされていないのではないかと思いますので、この点を併せて御議論いただきたいと思います。   少し敷えんして申し上げますと、父母が共同で親権を行使することが相当でない事案では、共同親権ではなくて父母一方の親権者の単独親権を定めることになりますが、そうではなくて、父母の双方を親権者とすることが相当な事案、第2の2の規律に即して具体的に言いますと、第2の2(6)の父母双方を親権者と定めることにより子の利益を害するとは認められない事案、さらに(注2)に即して言いますと、父母が共同して親権を行うことが困難であるとは認められない事案、このような事案が共同親権となると思うのですけれども、このような事案でありながら、他方で父母の一方を監護者として定めなければいけない、定めるべき場合というのは具体的にどのような場合を想定されているのかというのが、現時点では明らかではないと考えておりまして、この辺りについて立法としての考え方が示されないと、裁判実務が混乱するのではないかと考えておりますので、是非この辺りについて議論をお願いしたいと思います。   この点に関連しまして、例えば、離婚後の子の居所について親権者同士で争いがある場合、あと、中学受験といった進学に関する事項などで親権者同士、父母の意見が対立している場合については、例えば、先ほどの1(3)の特定事項に関する親権行使者の指定、この裁判で解決するということが想定されているのではないかとも思いますけれども、このような争いについて、特定事項についての親権行使者の指定の求めではなくて、監護者の指定を求める申立てがされた場合に、どう取り扱うべきなのかと。裁判所としては、監護者はそういうケースでは指定すべきではないというふうになるのか、そうではなくて、こういう場合でも監護者を指定してよいという話になるのか、この辺りについては手続相互の関係ですとか優先関係が現時点では明らかになっておりませんので、この辺りも明らかにしていただきたいと考えております。   あと、監護の分掌の規律につきましても、本日期間を区切っての監護の分掌の話題が出ておりましたけれども、例えば面会交流の調停において、夏休み等に長期間の面会交流を認める旨を定める場合というのが現時点でもございますけれども、面会交流でこのような合意とか審判で定めるという場合と、監護の分掌で特定の期間別居親が監護する旨を定める場合とでどのような違いがあるのか、法的効果や手続間の関係を含めて、少し理論的な整理を図っていただきたいと思っております。   あと本日、委員からの御発言で、監護の分掌の一環として共同養育計画のようなお話も出ておりましたけれども、我が国ではまだ共同養育計画のようなものが定着している状況にはないように思いますけれども、もしこれを裁判所の審判で具体的に定めるというようなことを想定しているのだとすると、共同養育計画とはどのようなもので、一体何についてどのように定めなければいけないのかということについて、明確に規律いただく必要があると思いますので、その旨意見を述べさせていただきます。 ○大村部会長 ありがとうございます。向井幹事からは、1、2、3についてそれぞれ御意見を頂きました。1(3)の特定の事項ということについては、この中身がどの程度の抽象度のものなのか、具体的にどういうものなのかということを明らかにしてほしいということで、文言について、変えるべきだとかという御意見では必ずしもないと受け止めました。それから、2(6)については、文言と関わって、これより詳しいものが必要だろう、ただ、(注)に挙がっているものをそのまま取り込むかどうかはまた別だろう、という御意見だったと思います。3は、監護者を定める、定めないという基準については、石綿幹事以降、何人か御発言がありましたが、やはり何か基準があった方がよいという御意見を頂きました。そして、全体に関わっているのかもしれませんけれども、複数の制度の相互の関係ということについて、少し理論的な整理が必要なのではないかという御指摘も頂いたかと思います。ありがとうございました。 ○柿本委員 柿本でございます。皆様がおっしゃられたこととほとんど重なります。私からは3点、第2の2(6)でございますが、より具体的な規律の内容を記しておくことが必要だと考えます。向井幹事がおっしゃられたことにより、私が不安に感じているのはどういうことなのかというのが明確になった気がいたしました。   2点目は、第2の3の監護者の定めのところの(1)でございますが、設けることは必要だと思います。   3点目ですが、3番のペンディングの(注1)のところでございますが、実務に依拠した説明を佐野幹事から伺いまして、私も賛成の立場でございます。 ○大村部会長 ありがとうございます。3点御意見いただきましたが、1点目と2点目は2(6)と3(1)ですけれども、先ほどの向井幹事の御発言との関係で御発言を頂きました。3点目は、第三者の監護者指定に賛成するということだったかと思います。 ○池田委員 池田でございます。私からは触れられていなかったところで1点、確認をしておきたいところがございます。   第2、1(2)のところですけれども、親権を行う父母が監護、教育に関し日常の行為を単独で行うというところですけれども、ここで基本的に想定しているのは、親権者それぞれが自分の手元にこどもがあるときに、その日常の行為をできるということだろうと理解をしています。仮に、他方の親権者の手元にあるときも、今手元にない親の方からいろいろとその日常の行為について関与ができるということになると、少し混乱が生じるかもしれませんので、今申し上げた解釈がいいだろうと思います。そのニュアンスが(2)から感じられるような文言に修正をしていただけると有り難いかなと思います。それが文言上なかなか難しいということであれば、補足説明の中でその趣旨を解説していただけると有り難いと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。池田委員から第2の1(2)について、この規定の射程についての理解を示されて、それをより反映した文言にするか、あるいは補足説明で説明するかということをしていただきたいと、こういう御要望を頂きました。 ○原田委員 棚村委員の御発言がそのまま議事録に残るのであれば、やはりこの議論のお互いの信頼の問題からすると、ここに挙げられている今日の資料に基づいて発言をしているのですし、蒸し返しというようなことではないということを是非御理解いただきたいし、もしそのまま残るのであれば、私がこう言ったということも残していただきたいと思います。   それから、武田委員がおっしゃった件で、世田谷の講演の件というのは、私も見ましたけれども、これは共同親権に反対している弁護士ではなくて、誤解を恐れずに言えば、古い実務しか知らない講師だったのではないかと思います。あれをしたからといって必要性、相当性というふうにしたから、こんなふうになるということはない。逆に言えば、DV被害者支援をしている弁護士はとてもセンシティブになっています。私の事務所の前でも、こどもを引き離して金もうけしている弁護士がいるというような街宣を2時間近くにわたってされたこともありますし、面会交流ができなかった場合に、監護親とともに弁護士が被告になって訴えられる例とか、懲戒請求をされている人もたくさんいます。正直、DV被害者支援の弁護士は本当に激しい攻撃にさらされているのが実情なのです。そのことは是非御理解いただいた上で、急迫について賛成の意見を述べられた先生方は、ここで現在の実務について検討することが有益だと書いてあるのですけれども、現在の実務を変えるべきだと考えておっしゃっているのか、これをしても現在の実務は変わらないだろうと判断されているのかは、是非お考えいただきたいと思っております。 ○大村部会長 ありがとうございます。棚村委員と武田委員の御発言についてのコメントということと、それから急迫の事情ということについての御意見を頂戴したと理解を致しました。 ○向井幹事 すみません、1点意見を言い漏らしてしまいまして、短く終わります。   規律の第2の2(1)についてなのですけれども、ここは協議離婚を前提とした規律になっているのですが、裁判所としては、これが調停離婚の場合も妥当するのかどうかということが少し気になっておりまして、実務上、離婚等の合意はできていても、親権者だけがまだ決まらない状態で争われていて、あと調査官調査等が予定されているみたいな場合もケースとしてはあると思うのですけれども、そういった場合にも、親権者指定の審判の申立てがあれば、親権者を決めずに調停離婚をすることができるものとするのかどうかという、その射程のようなところが少し気になりましたので、問題提起だけさせていただきました。 ○大村部会長 ありがとうございます。2(1)について、調停のときはどうなのかということについて考えておく必要があるという御指摘を頂きました。   これで多分、一回りというか、手を挙げておられた方については御意見を頂戴したと思いますけれども、更にもし御発言があれば伺いたいと思いますが、特になければ、差し当たりのまとめをして、次に進みたいと思いますが。 ○赤石委員 赤石です。2点ございます。   先ほど私が共同親権を決めるときの要件として言ったのは、平穏にこどもの養育に関してコミュニケーションがとれる、です。何か違う言葉で受け止められていた方がいらしたので、平穏にと申し上げたということだけお伝えしておきます。   あと、池田委員、佐野幹事、原田委員の御提案なのですけれども、私も基本的に賛成です。私が子育て中に、御近所にいたネグレクトの兄弟をお世話したことがございます。やはり親からのいろいろなこどもに対しての関与が非常に有害というか、なかなかこどもにとっては利益にならないような行動をされる人だったので、非常に苦慮していたところ、しかも私は親族でもないけれども、ほとんどいろいろな受験ですとかいろいろな世話をし、かつ、こどもが一度社会的養護を経験していたので、絶対に戻りたくないとずっと言い続けられたので、もう本当に必死になってそれを戻さないところでやっていたのですが、結果的にはその親が入院してくれたというか、それで関与が薄まって、こどもたちは生活保護とかを受けられて、それをそばから見守ることで育て上げることができたという経験がございます。なので、親の関与がそういうふうに出ることもあるということは、もう本当にありますので、御提案には賛成いたします。 ○大村部会長 ありがとうございました。今、赤石委員からは二つ、一つ目は御自身の発言について、こういうことを言ったという御確認を頂いたということだと思います。それから2点目は、先ほど弁護士の委員の方々からの御提案について賛成という御意見だったかと思います。   先ほど佐野幹事が弁護士会の資料について御説明をされたわけなのですが、今日これが意見としてまとまった形で出てきて、賛成の御意見を複数頂いておりますけれども、何かほかの観点からの御意見があれば伺っておきたいと思います。 ○久保野幹事 ありがとうございます。幹事の久保野でございます。弁護士会から御提案のありました、親以外の第三者による子の監護に関する規律についてですけれども、御提出資料でほかの制度との比較を丁寧にお書きくださっているとおりと申しますか、資料のイに記されているとおり、第三者による監護を安定的に維持するための法的措置を適切にとれるような枠組みを福祉行政の方でより充実していくということが、まず第一に必要なのだろうと思います。意見書もそういう前提だと理解しておりますけれども。もう一つは、親権制限制度につきまして、親権の停止の制度というのは、正に本来はここで書かれているような、現状の親権者以外の者による監護状態を当面維持しつつ親権者との権限の調整をしながら、親子の再統合、親子関係の再構築を行っていくことができる枠組みが民法にはないので、それを新たに設けようという趣旨で親権停止制度ができたと私も理解しておりまして、ところが、条文の問題か、条文面と運用面とどちらも課題があるのかもしれませんけれども、現実にはそのように機能していないということであり、その御指摘がされていると理解しました。   その上で、現実の必要から監護者指定を活用なさってきた実務には敬意を払いつつも、今回、監護者指定制度自体の改正が予定されているとはいえ、問題となっている事案は、父母間あるいは共同親権者間での監護者指定という制度とはやはり異なる側面を持っているということが、この資料を通じて示されているように思いまして、何らかの改正による対応を行っていく必要性には賛成いたしますが、監護者指定制度での対応ではなく、まずは親権停止制度を改正するということを行っていけるとよいのではないかと思っております。 ○大村部会長 ありがとうございます。弁護士会からの御意見に対して賛成の御意見をたくさん頂きましたが、久保野幹事もそれについて、実質的な内容について反対という御趣旨ではないのだろうと伺いました。ただ、制度としては停止の制度で受け止めるべきなのではないかということが一つと、それから、監護者指定とひとくくりにしているけれども、親権者間の監護者指定とは異質なものがそこに入っているのではないかと、こんな御指摘だったかと思います。 ○水野委員 委員の水野でございます。久保野幹事の御感想と基本的に同じ趣旨で、ほとんど重なってしまいますが、少しだけ付け加えさせていただきます。私も現状の実務の中で努力して工夫しておられる弁護士委員の皆様の御苦労と問題意識には共感するところなのですが、やはり制度としては監護者指定とは別の枠組みの問題だろうと思います。   そして平成23年の親権法改正のときにも、親権停止だけではなく、もう少し丁寧な親権制限や監督下での親権行使を考えようという議論はあったのですが、日本の現状で継続的な監督を裁判所にお願いすることや、行政と裁判所の連携をとった継続的な監督するのをは難しいということで、親権停止にとどまってしまいました。でも、久保野幹事が言われましたように、親権停止を発展的に改正していくことも十分、今後はあり得るだろうと思います。   現状でも、行政が手を出して一時保護などをやっているところがあるわけですが、それについては御紹介いただきましたように、親族里親という制度がございます。この制度も現状では余り活用されていないのですが、これをもっと活用するという手段もあるだろうと思います。制度的に考えましたときに、親権者が上手に育児をできていないときに、それを私人である里親が、この場合はまだ里親にもなっていないわけですが、私人である親族が主体的に責任を負う形でこのような訴えを起こすことによってこどもを救済するという制度設計は、将来的には余り正当ではないのではないかと思います。現状では確かに足りないのですけれども、本来はむしろ、国ないし行政が積極的に介入することによって、こどもの安定的な育児環境を保護する責務と義務を負うべきでしょう。そういう意味で、現状の親族里親を非常に積極的に使う、また、制度設計としては親権制限制度をもう少し密なものにできるような、そういう制度設計の方が本筋であるように思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。水野委員も基本的には前の久保野幹事と同じ方向の御意見と理解を致しました。追加的には親族里親の活用といっ行政的な対応が将来的には望ましい方向なのではないかと、こういう御意見だったと思います。   棚村委員、短くお願いします。 ○棚村委員 棚村ですけれども、私は個人的には評釈とか論文とかで、第三者、特に親代わりとかでこどもについて関わってきた人が、親が適切な関与なり親権行使できない場合に、補充的にというのでは賛成をしてきた立場です。   それで、その進め方の問題なのですが、親子交流についても、祖父母等の適当な者、第三者からの交流の提案が今回されています。そちらもかなり重要ですので、取りあえず今日、御意見を伺って、ここで何か決めるとか詰めていくというよりは、むしろ親子交流のときの祖父母等の関わり方について議論を進めていって、第三者といってもどういう人がどんな形で関われるかという、監護者の指定ですので、そういうことで議論を進めた方がいいのではないかというので、御意見、賛成、反対、かつても議論されて、私は賛成で述べたのですが、進め方として一応、弁護士会からの詳細な提案があって、基本的にはそういうことについて反対の立場からも一応の理解は示されたと思うのです。ただ、第三者の監護者指定の問題を詰めるのには少し時間を置いて、先に進めた後で、最初の総論的な規律と同じなのですけれども、全体を見ながら、どういうふうな規律なり、方向で行くかということを詰めていったらいいかなと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。今の問題についての進め方についての御意見を頂戴いたしました。   ほかにいかがでしょうか。   それでは、今の第三者監護の話については、今のような御意見が出ているということでよろしいでしょうか。   それでは、原田委員、もし何かあれば、短くお願いします。 ○原田委員 少し言い忘れていたところが補充させていただきます。3(2)の監護の分掌のところなのですけれども、これは弁護士の中でも読み方に幾つかあって、離婚するときは定めるものとし、ではなくて、父母の協議で定めるということの趣旨ですよね。定めることが必須というわけではないということですよね。そうすると、先ほど菅原委員からも、監護者指定よりはというか、これを利用してはどうかというような御意見もあったので、少し読み方がいかがなものかということと、定めなくてもいいのであれば、協議をすることができないときに家庭裁判所がこれを定めるというのはどういう場合が想定されているのかというのが少し分からなかったと思います。 ○大村部会長 御質問という趣旨ですね。 ○原田委員 はい。 ○大村部会長 では、何かあれば短くお願いします。 ○北村幹事 今の766条でも、親子交流あるいは養育費について協議で定めるものとし、協議が調わなければ裁判所で定めるとなっているものと基本的には同じではないかと考えております。 ○原田委員 調わないときというのは別にあって、又は協議をすることができないときと入れてあるのが、今の規定と同じだから、そうだということですか。 ○北村幹事 ええ、協議をしようと思ってもできないという場合もあるかなと思っていて、それを裁判所で定めてもらうということはあるのかなと。 ○原田委員 なるほど。調わないときに、一部と考えればいいわけですね。分かりました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   それでは、第2の部分について、おおむね皆さんの御意見を承ったということで引き取らせていただきたいと思います。第2の1から3まで、幾つかの項目がありますけれども、この中で御意見が集中した問題、第2の1(1)イ及びこれに付随する項目についてどうするのか、ここは御意見の対立があったところなので、文言をどうするかということや、中身を含めて、更に検討する必要があるのではないかと受け止めております。それから、(2)については、これは池田委員の方からも、表現ぶりについて少し検討を要するのではないかといった御指摘がありました。表現ぶりをどうするのかということを、構成上の問題も含めて、検討を頂くということかと思います。   2の(6)、(7)、特に(6)について様々な御意見を頂戴いたしました。(注2)をどうするのかということもありますし、そもそも(6)についての基本的な考え方をどうするのかという点について、様々な御意見を頂戴したと理解しております。ここはなお検討を要するということで、更に検討したいと思います。   同様に、3(1)につきましても賛成の御意見と反対の御意見がありましたので、ここについても更に検討を要するということなのではないかと思います。それから、3(4)について、これは表現ぶりがこれでよいのかという御意見が、佐野幹事だったでしょうか、ありましたので、先ほどの池田委員の御指摘と同様に、表現ぶりの問題について御検討いただくということかと思います。   そして、最後に3ページの(注1)、ペンディングになっていた部分ですが、第三者の監護者指定について弁護士の三先生から御提案を頂きました。賛成の意見もたくさん頂きましたが、他の制度との関係で疑問があるのではないかという御指摘も頂いたところです。いずれにしましても、今日出していただいたものですので、賛否両論があるということで、棚村委員がおっしゃったように、どこでやるかはともかくとして、更に検討をして結論を出すということかと思っております。   その他の点につきましては、補足説明等について御要望等はあったと思いますし、あるいは解釈がはっきりするようにといったことについての御要望もあったと思いますが、御指摘があった点は主として説明の問題であると受け止めておりますので、事務当局の方で十分な説明を考えていただきたいと思っております。   それから、全く御指摘がなかった項目もありますけれども、それらについては御異論がなかったと受け止めてよろしいでしょうか。残っている項目は、ここで皆さんが争点とされているものからは少し外れたものが多くて、全体の制度の組立てとしてはこういう規定が必要になるというものだと思います。もちろん何かあれば御指摘いただくということはあり得るかと思いますけれども、それらについては基本的には現状の提案を維持するということで考えております。3段階に分けた形で今のような整理をさせていただいて、次の段階に進みたいと思っていますけれども、よろしいでしょうか。 ○赤石委員 何か後出しじゃんけんみたいで申し訳ございません。赤石です。2の3の監護者指定のところに絡まると思うのですが、ひとり親を支援している立場から言うと、いろいろな支援制度との整合性が全くとれていないような御提案がたくさんあると見受けられております。もちろん児童手当、児童扶養手当、医療費助成制度そのほかの制度というのは後付けでもいいというふうにお考えというのもあり得るのかとは思っているのですけれども、現状では、前も申し上げましたけれども、児童扶養手当は週に何回以上、こどもの養育をめぐってでも、前配偶者と会っていれば事実婚と認定され、少し言葉が悪いですが、偽装離婚で手当は支給されないですとか、こういった運用が基本的なルールになっていることをやはり一定、少し組み込んで、御存じないのであれば、やはりある程度御存じのところでやった方がいいのではないかというのは、すみません、民法というすごく基本法を議論しているときに、そういう些末な制度の話ではないでしょうとも思うわけですけれども、余りにもずれているので、とても、どうしたらいいのだろうと思っているので、次回でも少し一回、私が、絡んでいてかなり違ってしまうところは御提出しようかと思いますけれども、そういう視点が少し必要かとは思っております。 ○大村部会長 ありがとうございます。3(1)については、更に検討しなければいけないということで、先ほどまとめさせていただきましたけれども、その際の検討の視点ということで、これは棚村委員から、他の制度との連続について異なる観点からの御指摘というのもありましたので、そういうものも併せて検討の際に参考にする必要があるという御意見として引き取らせていただきたいと思います。   ほかはよろしいでしょうか。   それでは、第2については御意見を頂戴したということにしたいと思います。事務当局、今のまとめでいいですね。   それでは、第3の養育費等ですが、あと30分ほどなのですけれども、第3に入らせていただきたいと思います。部会資料32−1及び32−3の第3の部分について、事務当局の方から御説明をお願いしたいと思います。 ○北村幹事 事務当局でございます。ゴシックの第3の部分について御説明いたします。   第3の「1 養育費等の請求権の実効性向上(先取特権の付与)」については、部会資料30−1からの変更はございません。   第3の「2 法定養育費」については、前回の御議論の際に、父母の離婚後のみでなく、認知後の場面でも法定養育費の請求をすることができるようにすべきであるとの御意見を頂きましたので、ゴシックの(注4)を追加しております。また、法定養育費については前回の御議論の際に、ゴシックのただし書部分の要否や具体的な要件について御意見を頂きましたので、今回の会議で引き続き御議論いただきたいと思います。   第3の「3 裁判手続における情報開示義務」については、前回の御議論の際に、この規律の対象となる裁判手続の範囲について御意見を頂きましたので、今回の資料では、家事審判や家事調停の手続のほか、離婚の訴え等における附帯処分の場面を追加しております。なお、前回の会議で夫婦関係調整調停事件に言及する御意見も頂きました。その辺りも含めて御議論いただければと思います。   第3の「4 執行手続における債権者の負担軽減」については、部会資料30−1と同様に、1回の申立てにより財産開示手続、第三者からの情報取得手続及びこれらの手続により判明した財産に対する執行手続を順次行うことができる仕組みを提示しております。前回会議では時間的な制約もあったためか、余り御意見を頂いておりませんでしたけれども、この論点についても、対象とする財産の範囲や複数の財産が発見された場合の対応等について、なお検討が必要であろうとも考えられますので、今回の会議で御議論いただければと思います。 ○大村部会長 ありがとうございました。第3の養育費等に関する規律につきまして、1から4までございますけれども、これまでの資料とどこが変わっているのかということを中心に御説明を頂いたと思います。4について、少し議論が足らないのではないかというお話だったわけですけれども、今日は多分、この第3は終わらないのではないかと思っていますので、次回も含めて、4の御指摘のあった点も含めて御意見を頂戴できればと思っております。   1から4まで、どれについて触れていただいても結構ですので、御意見があれば挙手をお願いしたいと思います。いかがでしょうか。 ○原田委員 今、御報告にもあった情報開示の手続の問題で、これは訴えだけになっておりますけれども、やはり夫婦関係調整調停でも実務上は非常に問題になるところです。もちろん夫婦関係調整といっても円満調停の場合があったり、離婚の場合があったり、あるいは離婚自体に合意ができていないから、それ以上は要らないというような場合、いろいろな場合があることはありますが、しかし、やはり養育費が決まらないと離婚できないというケースも結構ありますので、別に申立てをするということになりますと、その間ブランクがあることになって、法定養育費という制度があったにしても、多い少ないという問題がありますし、それから、婚姻費用が決まっているというか、債務名義として決まっていなくても事実上婚姻費用が払われているという場合に、一旦離婚してしまいますと、それはなくなるということもありますので、やはり一度で解決できるという点では、夫婦関係調整調停にも入れていただきたいと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。制度の範囲についての御意見を頂戴いたしました。   そのほか、いかがでしょうか。 ○小粥委員 枝葉のことになるのですけれども、第1や第2、特に第2の制度、もし首尾よく制度ができるということになりますと、この法定養育費、金額として確定して債権になりますと、もはや一身専属権でもないということになって、代位弁済とかそういうことが可能になると思うのです。つまり、行政による取立て制度などを設けるための民事法制上の準備というのはもうできている状況ではないかと思うということを言っておきたいということだけです。 ○大村部会長 ありがとうございます。法定養育費というものが持つ意味についての御指摘を頂いたかと思います。   ほかにはいかがでしょうか。 ○大石委員 委員の大石です。ありがとうございます。先ほどの監護権の所在の話とも関わるのですけれども、やはり監護に要する費用の分担ということで、ここでいう監護の範囲ということについて、もう少しきちんと議論する必要があるのではないかと思っています。   それから、例えば共同親権あるいは共同養育をしている場合に、父母双方に、例えばそれぞれこども部屋を用意するといった費用が発生するかもしれないわけで、そういう場合において法定養育費というものをどのように設定していけばいいのか、誰が誰に払うのかといったところについての議論がまだ十分に行われていないように考えておりますので、もう少し詰めていただきたいというのが希望です。   それから、一方が支払能力を欠くためにという、生活が著しく窮迫するというところについてですけれども、そのレベルについてどのようにして証明するというのでしょうか、要件をやはりもう少ししっかり書き込んでいかないといけないのではないかと思いまして、例えば海外の事例とかを見ておりますと、長期的な疾病であるとか、あるいはDV被害者であるとか、そういった要件が出ている場合もあります。そういう判断について、ある程度具体性ある記述が必要ではないかと思います。   それから、生活のひっ迫度ということなのですけれども、やはり免除というか、支払わなくてもよいとする基準に関してはある程度、生活保護水準ですとか、具体的に生活保護を受給することであるかとか、何らかの具体的な指標がないといけないのではないかともいます。単なる低所得ということになりますと、収入というのは操作できてしまうという面もありますから。生活保護ということになりますと、それは公的扶助を受けているということですから、公費で生計を立てているということになると、やはりそのぐらいであれば免除される水準になると思います。また、生活保護を受けるということについては貯金ができないとか、いろいろな制約がある中で暮らすということになりますから、あえてそれでも生活保護を受給しているということでハードルが上がります。ただ、恐らく現役世代で生活保護を受給できるということは、基本的には疾病であるといった事情があると推測されます。現役世代はそう簡単に生活保護を受給できるものではありませんから、かなり厳しい状況にある人ということで、当然にその場合は法定養育費の支払は免除されるといったこともあってもよいのではないかと私自身は考えています。ただ、それと併せて、そういうケースであれば何らかの形でこどもの生活をサポートするような公的な別のシステムというものが構築されるべきだとも考えております。 ○大村部会長 ありがとうございます。大石委員からは、法定養育費、ゴシックの部分でいうと本文の部分とただし書の部分の双方について、基準をより明確にする必要があるのではないかという方向の御意見を頂戴したと理解を致しました。ただし書について幾つかのことを御指摘いただいたのですけれども、それらについてどのように判断するのかという問題は確かにあるのだろうと思います。それとは別に、本文の方の子の監護に要する費用について、これは事務当局の方から子の監護に要する費用ということをどういう前提で考えているのか、大石委員からは具体的な費用を念頭に置かれて、こういうものが入るのか、入らないのかといったことを考える必要があるのではないかという御質問を頂いたかと思いますけれども、家裁実務などをベースにして考えたときに、子の監護に要する費用を今までどのように考えてきたのかということについて、少し補足的に説明をしていただいた方がいいのではないかと思いますが、いかがでしょうか。   次回にしますか。分かりました。それでは、今の点については議論の前提にも関わりますので、次回、補足の説明をしていただくということにしたいと思います。   ほかに何かありますか。 ○落合委員 委員の落合です。今、大石委員がおっしゃったことに関連してなのですけれども、監護者指定をしていない場合で、これから協力して監護をしていきましょうというような取決めをした場合、この費用は半額になるのでしょうか。一方が監護をフルにしているということで、この法定養育費というのを決めるとすると、共同親権にして監護も協力してやってきますというときは、支払は半額になるわけですかね、それとも、両方とも監護に関わるから支払なしということになるのでしょうか、という辺りが少し連動してくるかなと思いました。   あと、今の生活保護などの基準を設けるということに私も賛成でして、特に賛成なのはその後おっしゃったことで、それで免除されるときには、社会保障的な枠組みか、何か別の枠組みで、その法定養育費に当たるような費用がきちんとこどもに渡るようにする仕組みが必要だということを付け加えておきたいと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。落合委員の御指摘は、2点目は大石委員もおっしゃっていたことで、私人間の民法上の問題として処理できない問題が残るので、公的な対応が必要だという御意見として承りました。1点目は、ベースになる監護費用の分担ということについてどのように考えるのかと、それが法定養育費とどのように関わってくるのかということなので、これもやはり前提になっているところについて少し、併せて御説明していただき、その上で議論するというのがよいかと思います。 ○北村幹事 事務当局でございます。前提の議論を補足させていただければと思います。既に皆さん御理解の上と思いますけれども、飽くまでこの法定養育費については、父母間で養育費についての合意ができない場合の補完的なものということでの議論を頂いてございました。通常、監護について様々な合意をするのであれば養育費についても合意ができるというのを前提に、それであれば、合意した部分については一定額の先取特権を付すという形で養育費の権利を強くする、さらに、合意ができないような場合について何らかの手当ができないかということで御議論いただいていたというものでございます。そういうものを前提に御議論いただければと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。今の御議論は、法定養育費というものの位置づけについてなのですけれども、そもそも監護費用というのが何であって、その分担について現在どういう考え方が採られているのかということについて、少し確認をした方がよいかと思いますので、それは次回に送らせていただくということにしたいと思います。   そのことも含めた上で、更にこの第3については皆さんの方から御意見というのもあるのではないかと思いますので、もし今日のうちにという御発言がないのであれば、今日のところはここまでということにして、次回、第3について継続して議論するということにしたいと思います。何か今日のうちにという御発言があれば承りますが、いかがでしょうか。まだ多少時間があります。   今日のところはよろしいでしょうか。事務当局、そういうことでいいですか。   それでは、第3については、次回、さらに御意見があれば頂戴するというにさせていただきたいと思います。   それでは、本日の審議はここまでということにさせていただきまして、次回のスケジュール等について事務当局の方から御説明を頂きたいと思います。 ○北村幹事 事務当局でございます。次回の会議は、令和5年11月14日火曜日午後1時30分から午後5時30分までで開催したいと思います。場所は改めて御連絡いたします。   次回も引き続き、部会資料32−1の第3の残りの部分というか、御意見のある方からお伺いしてという形で御議論をお願いしたいと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。次回、少し時間が近接しておりますけれども、11月14日ということでお願いを申し上げます。   それでは、法制審議会家族法制部会の第32回会議を閉会させていただきます。   本日も熱心な御審議を賜りましてありがとうございました。閉会いたします。 −了−