法制審議会 民法(成年後見等関係)部会 第3回会議 議事録 第1 日 時  令和6年6月11日(火)自 午後1時28分                     至 午後5時48分 第2 場 所  法務省共用会議室6・7 第3 議 題  1 法定後見の開始に関する検討事項について         2 法定後見の終了に関する検討事項について 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○山野目部会長 定刻前でございますけれども、遠隔で参加の委員、幹事も含めて全員おそろいであるという報告を受けました。ただいまより法制審議会民法(成年後見等関係)部会の第3回会議を始めます。   本日も御多忙の中を御出席いただきまして誠にありがとうございます。   本日は櫻田委員、小林幹事、竹林幹事及び山下幹事が御欠席であると伺っています。   本日の審議に入ります前に、配布資料の説明を事務当局から差し上げます。 ○水谷関係官 御説明いたします。本日は、既に配布しております部会資料2に加えまして、部会資料3を配布させていただいております。資料の内容につきましては、後ほどの御審議の中で事務当局から説明をさせていただく予定です。そのほか、席上には今後の会議の日程案を更新したものを配布しております。また、本日は青木委員から、「新しい制度における事例シミュレーション(その1)」と題する資料を御提出いただいており、こちらにつきましても配布させていただいております。 ○山野目部会長 ただいまの事務当局からの説明にありましたとおり、本日は青木委員から資料の提出を頂いています。青木委員におかれて、資料に関する簡単な御説明を頂ければ有り難いと存じます。 ○青木委員 お手元にお配りさせていただきましたものは、この部会では、現在、必要性、補充性あるいは本人の同意はどうあるべきか、その他様々な要件について御議論いただいておりますけれども、実際にこれまで20年間以上様々な事例を後見制度として運用してきましたので、その具体的な事例に基づいて、想定する場面、事象を共通認識にした上で議論をすることが有益ではないかと考えております。その趣旨から、現在利用されている典型的な幾つかのパターンをシミュレーションしたものを作ってみました。   ①独り暮らしを支える場合、②虐待事案、③施設に入所される場合、それから④消費者被害の場合、あるいは⑤親族間紛争に巻き込まれている場合、⑥親亡き後の生活を考える場合、そして、⑦いわゆる遷延性意識障害等、御本人が意思表示が全く難しいような場合という七つのパターンをシミュレーションしてみました。今回、始めるときに必要性に応じて始まる、終わるときには必要性がなければ終わるという制度にする場合に、具体的にそれぞれの事例がどうなっていくのかということを念頭に置きながら、シミュレーションして検討してみました。   もちろん各事例の事情が変われば、そこにおける考慮事情も変わりますから、結論が変わるということはあるわけですけれども、こういう事情であればこういうふうに要件判断や手続きなどが流れていくのではないかということで、一つの参考資料として是非お使いいただければと思います。今後の議論の中でも、例えばこういう要件であればどういう問題があるかというような議論をするときに、こうした事例を想定していただきながら御議論いただければと思います。この事例の中では、本人の同意が得られる場合と、本人の同意が得にくい場合というのも想定して書いておりますし、一旦後見制度を使うのをやめて、また必要性が出て再度使うようになった場合というのも書いております。また、地域の福祉制度・権利擁護支援策を使ったり、あるいは家族さんの支援ができるようになった場合に、その後は終了するというようなことも想定をして書いています。   ケースAは、身寄りのない独り暮らしの方が認知症等になって御自分の生活が破綻をした場合に、どのように制度を使ったり、あるいは制度を終了させることができるかということを念頭に置いて、書かせていただきました。また、代理権と取消権、それぞれの必要性というのが異なるということから、それについても意識的に分けてシミュレートしてみましたので、またそれぞれの議論の中で、私も時折に引用させていただいたりもすると思いますけれども、お役立ていただければと思っております。なお、最後に遷延性意識障害の方の事例を載せましたが、これは「やはり場合によってはパッケージで必要な場合もあるのではないか」という議論との関係で、例えば、こういう形であれば、個別の代理権付与で対応することでどうかということも考えながら書いてみたということになっております。   以上、簡単ではございますが、資料の説明とさせていただきます。 ○山野目部会長 ただいま青木委員から提出資料について説明をもらったところにつきましては、今後この回に限らず、委員、幹事におかれて、この部会における調査審議をするに当たって様々な機会に話題としていただきたいと望みます。本日、特にこれについて質疑の機会は設けませんけれども、ただいまお願いしたような形で活用していただければ有り難いと考えます。   本日の審議に進むことにいたします。本日は、部会資料2の4から御審議をお願いいたします。部会資料2の15ページに4といたしまして、法定後見の開始の効果に関する事項(取消権及び同意権)の部分がございます。この部分につきまして、事務当局から資料の説明を差し上げます。 ○水谷関係官 御説明いたします。部会資料2の15ページ、「4 法定後見の開始の効果に関する事項(取消権及び同意権)」では、法定後見の開始により本人や保護者に取消権や同意権を付与することに関する御議論をお願いするものです。   16ページからの3では、取消権及び同意権の付与に関する規律について、(1)で現行制度の趣旨を確認した上で、(2)で取消権等の付与を本人の同意等がある場合に限定するという考え方について、(3)で後見の制度において保護者に同意権を付与する仕組みの可能性について記載しています。   18ページからの4では、取消権者と取消権の行使に関する規律について、本人に加えて保護者が取消権者とされていることの意義や、保護者が取消権を行使する際に本人の自己決定等に配慮する方法などについて記載しています。   19ページからの5では、法定後見制度における取消権に関する規律の見直しに当たり、本人保護の方策等として検討を要する事項として、意思無能力無効、民法第90条による保護、消費者保護法制による保護について記載しており、これらの事項も含め本人保護の方策等として検討しておくべき事項について御議論をお願いするものです。 ○山野目部会長 部会資料2の4の部分について説明を差し上げました。これから、この説明を差し上げた部分につきまして、委員、幹事の御意見を承ります。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。第二期成年後見制度利用促進基本計画の中で、成年後見制度は地域共生社会の実現を目的とした権利擁護支援策の一つであると位置付けられて、その権利擁護支援策には意思決定支援などによる権利行使の支援のほか、虐待対応や財産上の不当取引への対応における権利侵害からの回復支援を含むと定義されていると承知しています。本人に行為当時には被害意識がなくても、客観的に権利侵害が明らかであったり、その後に被害に遭ったという認識を持ち翻意した場合には、その回復支援の一つとして取消権などの行使が必要な場合があると考えられます。したがいまして、同意権、取消権を付与する行為能力制限は存置することが本人のために必要な権利擁護支援策ともいえるのではないかと考えていますし、保護者にその権限を付与することも必要ではないかと思っています。   ただ、同意権、取消権の行為能力制限を存置する場合であっても、一定の支援の下で本人自身が自ら主体的に取消権を行使することを原則とすべきだと考えますので、取消権を保護者が行使する場合には、取消権を付与する時点で本人が同意していることはもちろんですが、取消権を行使する時点でも本人の同意を求めることが必要だと考えています。また、本人に回復不能な多大な損害が発生しているにもかかわらず本人が自ら取消しをしない、あるいは保護者の取消しに同意をしない場合にも、取消権を行使する余地を残す必要があると考えますが、保護者の独断で取消権を行使することは障害者権利条約との関係でも問題が残るように思われますので、家庭裁判所の許可などの厳格な審査を経ることを要件とするなど、本人の同意がない場合の保護者による取消権等の行使を極めて限定する仕組みを講ずる必要があると考えています。 ○星野委員 今、小澤委員が言われたことについて、大きな異論はないところではあるのですが、ただ、少し気になっているところが、この成年後見制度を使っている方に取消権が与えられるというところに、障害者権利条約などで指摘されているところから少し疑問を感じているところです。今のような取消しができる仕組みは必要になる場合があるというふうには、私も同じように感じるのですが、この制度を使っているからこの取消権が与えられているというところが第二期基本計画でいうところの権利侵害の回復のための支援として考えられるということであれば、ここについてはもう少し議論が必要なのではないかと感じています。 ○青木委員 まず、障害者権利条約が12条2項において、障害があっても完全な行為能力を保障するということをうたっていることの関係で言いまして、この制限行為能力制度というのは将来に向けては撤廃ができる環境を作っていくというのがまずは大事なのではないかと思っています。本人が様々な事情によって誤った法律行為等をしたとしても、それは障害があるゆえにとは限らないわけですから、本来であれば消費者保護法制や民法における様々な規定等によってユニバーサルに、障害のある人もない人も同様に被害救済を図ることのできる法整備が図られることになれば、障害がある人に着目した取消権等は廃止していくことができるのではないかと考えております。今後の大きな方向性としてはそういう方向性を目指すべきであるし、そういうことを障害者権利条約も期待をしていると考えております。   ただ、そうしたユニバーサルな権利救済策が、我が国の法制あるいは実務においていまだ十分ではないという現状がありますので、現段階においては、御本人さんの権利制限をできるだけ少なくする方向で、様々な要件を十分に議論した上で一定の取消権等を残すこと、その行使も本人を中心とした行使にすること、ということでの検討をしていくということにすべきではないかと思っています。   この二十数年間の実務を見ますと、後見人等をしていて、取消権を行使する場面・必要性というのは非常に少ないというのが実務家の感覚ではないかと思われます。要因の一つは、やはり後見類型の方々については、その生活環境などから言いまして、必ずしもそういった消費者被害に遭う環境で生活している方ばかりでは決してないと、施設や病院あるいは家族と一緒にいるというような生活の中では、そういうリスクが非常に低いという方もたくさんおられます。一方で、地域で独り暮らしをしたり、様々な人と交流する中で生活している方の中には、どうしてもそういうリスクが生じてしまう方もおり、取消権等の必要は、決して判断能力の程度によってそのリスクがはかられるというわけではないということは、この20年間の実務で確認されてきていることではないかと思います。   そういう意味で言いますと、これも代理権の付与と同じように、取消権が必要な状況、本人さんの力、周りの支援環境等を十分に考慮した上で、個別の必要性をしっかり考えて、取消権を付与するかしないかを検討するものにすべきでありますし、その場合に本人さんの同意、あるいは本人さんが取消権を行使できるかどうかということを十分に考慮した上で、最終手段として第三者が取り消すことができる余地を残すかどうかと、そういう制度にしていく必要があるのではないかと考えているところです。 ○佐久間委員 青木委員が今おっしゃったことについて、まず申し上げたいのですが、消費者被害、消費者被害とおっしゃいましたけれども、消費者被害に限った問題ではないというのが一つです。   それから、現状取消しがほとんどないというのは、私は実務に携わっているわけではございませんけれども、取消し可能な行為というのは現状では、被保佐人又は被補助人が保佐人又は補助人の同意を要する行為を同意を得ずにした場合と、成年被後見人が自ら行為をした場合に限られていると思います。成年被後見人が自ら行為をするというのは、少し私の感覚では非常に考えにくい。というのは相手方がなかなか応じなかろうということもあって、自らするということは考えにくいので、この面では取消しの対象となる行為自体が極めて限られているのだろうと思います。被保佐人についても同じなのではないかと思います。補助については、そもそも件数が限られているのが現状です。そのようなことを前提に、しかし今後、仮に、ほかの議論のところで、今の成年被後見人に当たる方も自ら行為をするということが広く出てき得るとなると、そのときこそこの取消しによる介入をどうするかということを考えなければいけないのであって、今とはおよそ状況が異なってくる、その世界を考えないといけないのではないかと、まず思っております。   それとの関係で、少しまた取消しに戻らせていただこうと思いますけれども、まず、取消しの対象となる場合について、今の私の認識で言いますと、成年被後見人に当たる人が自ら行為をするという場合がそれなりに多くなるということが、この議論において非常に重要な意味を持ちうることが前提になるので、その前にございます、同意を得て成年被後見人に今当たっている人が行為をすることについてどうかという論点について、少し申し上げたく思います。およそあり得ないとまでは思っていませんけれども、そもそも意思能力を欠く人について、結果オーライだよねということで本当に済むのかというのが、法的には非常に疑問に思うところがあります。そこもこれから変えていくのだという、議論の対象になっているということは承知しておりますけれども、そこもというのは、意思能力を欠く人の行為であっても法的に有効とする場合を認めていくという、その決断がされたならば、あり得る話だと思いますけれども、その決断を抜きにして、現在、事理弁識能力を欠く常況にあるという範疇に入っている方について、同意を得てやれば結果的に問題なかったよねでいいということはなかなか、結果的には問題ないのかもしれませんが、法的には非常に大きな問題があるのではないかと思っているというのが1点です。   その場合に、これは後ろ向きの話をしようというつもりは全然ありませんけれども、ただ、その方向を追求していくとなると、やはりその同意の対象をどのレベルで捉えるのかということがすごく大事だと思います。例えば、保護者が不動産の処分について同意をした、その後に本人が不動産処分に当たる行為をした、その場合、同意に適合しているのでオーケーですなんて、そういうことはあり得ないだろうということは全ての方が多分同意されると思います。そうすると特定の、相手方も決まっている、契約内容もほぼ確定している、その行為について同意があった、なかったのレベルで考えざるを得ないということになるのだろうなということを申し上げておきたいと思います。   その上で、同意があった、なかったでその後争いが起こるなんていうことになると非常に困りますので、同意を得て行為をした、取り消せませんねということになる場合について、相手方の保護の観点からも、法的に決めることは無理だと思いますけれども、標準的にこういうことをしておけば同意をめぐって後で争いが起こることは心配ありませんねというところまで、考えておく必要があると思っています。   もう一度、取消しについてですけれども、実はいろいろあることはあるのですけれども、どうしても気になるので、そこだけもう一言、長くなって恐縮ですが、申し上げておきたいのは、19ページの取消権の行使のところで、これは慎重に書き分けられているのだと思うのですが、保護者が本人の「意向」に沿わない形で取消権行使することによってうんぬんとあって、2行下には、本人の「意思」を確認することを義務付けるとありますよね。意向と意思は法的には全然違うので、ここで議論するのは、本人の意思に基づいて取消権が行使される場合に、それはオーケーですよねと。本人が自ら法的に有効な意思を働かせることができない場合において、意向は分かっているというときに、保護者がその意向に従うか、あるいはその意向に沿うことが望ましいのかというと、私は違うと思っています。   御本人が望んでおられることについて、なるべくそれに沿った結果を導くことができるようにすることができればいいですねという、そのレベルでは私も賛同いたしますけれども、御本人の希望はこれなのです、だからそれに法的にも従うべきですよねと言われると、それは違う。意思を形成できない人の意向は、こんなことを言うと何か差別的だと言われるかもしれませんけれども、法的に酌むことのできないと考えられる意向なのだから、そこは権限を持っている者がその意向を活かすのか、活かさないのかを、責任を持って判断すべき事柄であると思います。ですから、保護者に本人の意思を確認することを義務付けることは、今でも意思尊重義務の中に入っているのではないかと思うので、よろしいとは思いますけれども、意向と意思は違うということを、この資料ではきちんと書き分けてあるのだろうということを、少し強調する形で確認をしておきたいと思います。 ○野村幹事 リーガルサポートで以前、会員に対して取消権に関するアンケートを実施しましたが、後見類型よりも保佐や補助の類型においては取消権の行使が行われているという結果になっております。実務では、親族からの搾取があったようなケースで原状回復を求めるときに取消権を行使するなど、消費者保護法制では保護が図れないケースがあり、本人保護の観点から、厳格な要件の下で同意権、取消権を残さざるを得ないと考えています。   また、実務では実際には保佐人と本人とで相談しながら取消権を行使するケースなどがあり、取消権は本人に再考の機会を与える機能があるといえます。同意権についても、保護者が本人の意思決定支援を行う手段と捉え直して、意思決定支援を経た本人の意思決定であるから、本人による取消権の行使の可能性がないということを対外的に保障する機能を持つと整理できるのではないかと考えています。   取消権、同意権を付与する規律としては、本人の請求又は本人の同意のある事項について同意権、取消権を付与するということで、もちろんこれは保護の必要性は前提になりますけれども、本人が同意権、取消権の付与を希望しているのであれば、他の支援があったとしても、利用を認めていいのではないかと考えています。例外的に、本人の請求又は本人の同意がない場合であっても、本人の権利侵害が既に発生しているような、本人保護の必要性が非常に大きい場合には、本人保護のために必要な事項について同意権や取消権を付与し、その場合は必要性については、本人にとって見過ごすことができない重大な影響が生じるかどうか、厳格な審査を行うべきと考えています。   取消権の行使に関する規律ですが、第三者による取消権の行使を必要最小限とするため、取消権は本人に限定するということを原則として、本人の同意がある場合は、保護者も本人の取消権を代理行使できる、本人が行使できない場合か、本人が同意もできない場合で、本人にとって見過ごすことができない重大な影響が生じる場合には、裁判所の許可を得て、保護者も本人の取消権を代理行使できるという規律がいいのではないかと考えております。 ○根本幹事 3点ございまして、まず、実務の現状というところで申し上げますと、特に消費者関係を多く取り扱われている先生方からの御意見としてありましたのは、先ほど青木委員から場面は多くないのではないかという趣旨のお話もあるところですが、件数が多いかどうかというところについては別として、他方で佐久間委員が言われたような、現行における後見相当の方が業者と取引するのかという点については、仮に後見開始されているというような御本人に対してでもそういった取引を強いるようなことをされる悪徳業者が少なからずいるということは、これは申し上げておくべきことと思っています。件数のところが多くないというところはそうかもしれませんが、そういった一部の業者というところについて、今回の議論の中で目配せはする必要があるのではないかとは考えています。ただ、先ほどからほかの先生方の御議論でもありますけれども、原則御本人の同意で付与する、その例外的な要件をどのように設定していくのか、それをどの程度絞り込むのかというところにおいて、今申し上げた点というのは考慮するべきと考えればよいのではないかと思っています。   2点目としては、佐久間委員御指摘の、今後この改正の中で御本人が自ら行為をすることが広がると、その関係で取消権を考えていかなければいけないのではないかという御指摘は、そのとおりかとは思うのですが、他方で御本人の行為を広げようという一つの方向性と、それに伴って取消権の行使の範囲、若しくは取消権の対象となる御本人の行為を広げるということになりますと、果たしてそもそもの御本人の行っていただく行為を広げようということがないがしろになってしまうのではないかという懸念は覚えます。   特に今後、この後も議論になるかと思いますけれども、例えば現行でいう9条ただし書の日常行為、日用品の購入等の行為の範囲と、日常金銭管理と9条ただし書との関係性をどのように整理をしていくのかというところにも関係してくると思いますし、現行法においても、後見相当の方であっても日用品の購入等はできるというのがこの民法9条ただし書の想定といいますか、3条の2を超えない範囲でのフィクションの部分というのがあるのかと思っていますので、その範囲を今回の改正法の中でどのように考えていくのかということが議論されるべきではないかと思っています。   3点目のところで、先ほど佐久間委員から御指摘もありました19ページのところの意思と意向というのは、違うものという理解は、私もそのように理解をしていますけれども、他方で、現行法でいうところの御本人の意思を尊重する、若しくは理念の部分でいうところの御本人の保護と御本人の意思というもののバランスを図っていくというのが現行法の考え方かと思いますけれども、今回の改正の中で、第1回目の部会の議論でもありましたように、そこを仮に御本人の保護よりも御本人の意思を優先させていくのだという理念にパラダイムシフトさせていくということであれば、先ほど御指摘のあった、意向は酌むのだけれども、最終的に判断をするのは後見人ないしそれに準ずるような立場の方なのだと考えるのではなくて、やはり基本的には御本人の意向にまずは基づくと、その上でどうしても生命身体ですとか財産に重大な懸念が生じるおそれがあるというような場合をどのように保護していくのかというように、原則例外の形で考えていくべきではないかと思っております。 ○山野目部会長 根本幹事に3点おっしゃっていただいたうちの3点目について、根本幹事の御意見の趣旨を明らかにする観点から、お尋ねを差し上げます。最大限本人の意向を尊重して取消権行使がされるべきことが望まれるというお話をしてくださって、佐久間委員が御心配の観点との議論のかみ合わせで言うと、どちらが原則であると考え、どちらが例外であると考えるかということについて、恐らく今、御意見の交換をしていただいたと受け止めますが、根本幹事の御意見の場合においても、非常に限られた場合になってくるでしょうけれども、本人が取消権を行使することは受け入れ難いと言っている場合において、局面によっては成年後見人が取消権をそれにもかかわらず行使するという場面が全くないとは考えないと受け止めてよろしいでしょうか。 ○根本幹事 はい、それはそのとおりです。 ○山野目部会長 了解しました。   引き続き御議論を頂きます。 ○竹内(裕)委員 私もこの取消権を考えるに当たって、本人の意思とか自己決定を尊重するという方向性については異論ありません。取消権の意義ということで既に出ていると思いますが、自分がした行為を一般的、定型的に第三者から否定されてしまうという性質もありますし、あるいは御本人が損害を被ることを防止して保護をする意義もある。また、御本人に見直していただく機会を提供するという意義も、いろいろあると。そんな中で、取消権の付与にもし同意を必要とするという制度を採った場合には、その保護の意義からこぼれ落ちてしまわないように同意の例外を設けることは、これは必要だと考えています。   その場合、要件が問題になるとは思うのですが、開始要件の議論のところでも同意の例外というのは同じように出てきていて、そこで、例えば緊急事務管理に類似する本人の生命・身体・財産に危険が及ぶというような案も出ているところなのですけれども、その取消権の付与時に、この危険が及ぶという、例えば蓋然性をどのような基準で、どこまで具体的に特定したり、判断できるのかなというのは少し気になっているところなのです。もしそこの判断がなかなか難しい、法文上例外の設定が難しいということになったのであれば、取消権の付与という入口の場面ではなくて、それは入口の場面ではものすごく厳格にということではなくて、取消権者であるとか取消権の行使という出口の場面で、本人の自己決定をできる限り確保する方法であるとか、要件設定であるとか、例外の在り方を考えていくという方法もあるのではないかと考えています。なぜなら、取消権を行使する場面においては、その取り消さなければならない事情であるとか必要性というのが具体化していまして、御本人にも説明はしやすくなる、御本人にも理解しやすくなるように思えたからです。   以上が意見なのですけれども、次からは少し蛇足かもしれませんが、この同意の例外要件を考えるに当たって、御本人の自己決定を確保するというところは、そういう視点は必須だと思うのですけれども、それに加えて、御本人の生活に関わっている家族とか、周囲で支援している福祉関係者の方にとっても、御本人を支援するに当たって助けになるというか、実効性のある制度にしていくという視点も必要なのではないかと。その視点があることで、ひいては本人の自立につながっていくのではないか、それも大切なのではないかと感じた次第です。 ○山城幹事 時宜を失した感もありますが、佐久間委員が先ほどお話しになった点について確認をさせていただきたいことがございます。御発言の中で、被後見人が自ら行為をする場合を念頭に置いて、被後見人は意思能力を欠くという表現と、事理弁識能力を欠くという表現をそれぞれ使われたと記憶していますが、両者は必ずしも同じことを指すわけではないのではないかと私は理解しております。被後見人が自ら行為することを認めるという議論も、被後見人が意思能力を欠くときには民法3条の2によってその行為が無効になることを留保した上で、特定の法律行為について意思能力が認められる限りで自ら行為する余地を認めると考えてきたのではないかと理解していたのですけれども、その辺りの理解が佐久間委員のお考えと一致しているかについて、混乱を避けるためにお伺いしたいと考えております。 ○山野目部会長 佐久間委員が元々お述べになりたかったことに加えて、今の点もお願いできれば有り難いです。 ○佐久間委員 まず、今の点ですけれども、意思無能力である場合に無効であるということは当然、大前提でありまして、単に事理弁識能力を欠く常況にあるというだけで無効になるわけではないと思っております。しかし、個々の法律行為について意思能力を欠く常況にある人でないと事理弁識能力を欠く常況にあるという判断はなかなかされないのではないかというのが私の認識でありますので、事理弁識能力を欠く常況にあるということから成年後見開始の審判を受けた方については、非常に多くの場面において意思能力が欠けるという、推定が働くとまで言うと言いすぎかもしれませんが、しかしそのような疑いを強く持つのは合理的ではないかと思っております。したがって、現在の成年被後見人になっておられる方について、個別の行為について意思能力を欠くから無効という心配はものすごくあるということを前提に、それが取消権の行使であっても同じではないかということを申し上げたつもりでございます。よろしゅうございますでしょうか。 ○山城幹事 理解いたしました。 ○佐久間委員 私も実はほかの方にお聞きしたかったことがあります。お話を伺っていてよく分からなくなりましたのが、何人もの方が取消権の行使について本人の同意の下でとか、本人の同意を得てというふうなことをおっしゃったと思います。私は、最初、つまりいろんな方のご発言を伺う前は、同意権の付与と取消権の付与について、今はパッケージになっておりますけれども、これをばらばらにするということも可能であるということを前提に、同意能力のある方についてですけれども、御本人の同意がある場合に同意権の付与をする、取消権の付与をするということをばらばらに制度的に組んでおいて、本人の請求又は同意により両方付与することもあれば、取消権だけ付与するというのはないと思うのですけれども、同意権だけ付与することも認めるということが焦点になっているのかなと思っていました。ところが、どうもお話を伺っておりますと、御発言なさった方の中には、取消権の行使が実際に問題になったときに、元々取消権自体は持っている、今でいうと保佐人ですとか後見人ですね、この人がわざわざ本人から同意を得て行使するのが原則なのだと、そう考えるべきだとおっしゃっているのかなとも受け取れました。これら二つは全然違うと思いますので、どちらをお考えになっているのかということを少し伺いたいなと。山城幹事が私に聞きたいとおっしゃってくださったのとある意味同じようなというか、そこを少しはっきりしていただいた上で、私は、前者はあり得ると思っています。前者というのは、保護者について、制度的に最初から同意権しかない人、同意権、取消権を両方持っている人を設ける、その際、意思のある本人の同意を求めることにするということはありうると思うのですけれども、取消権を持っている人について、いざ、さあ取消しをしようという段になって、わざわざ本人にお伺いを立ててからしか、望ましいかどうかは置いておきまして、法的にお伺いを立ててからしか取消権行使できないということになりますと、相手方の地位が極めて不安定になってしまいます。そもそも同意があったのか、なかったのかをめぐって争いが起こり、取消しがされたところ、実は本人の同意がなかったのでその取消しは無効ですなんていうことになると、もう大混乱だと思います。ですから、後者にはにわかに賛成し難いと思うのですが、これは私の意見なのでさておき、まずは、本人の同意が必要というのは何に対する同意なのかをはっきりさせていただければ有り難いなと思いました。 ○山野目部会長 どなたにお答えのお話を頂くこととすることがよいか、よく分かりかねる部分がありますが、言葉遣いの形式としてはっきりしている点は、部会資料2の4の表題である法定後見の開始の効果に関する事項(取消権及び同意権)といっているときの同意権は、成年後見人が行使する同意権を想定し、それをどういう範囲で与え、機能させるかという話をしていますし、部会資料の文章の中で何か所か本人の同意という言葉が出てくるときには、これは成年後見人の方ではなくて、本人が取消権の行使に対し賛同の意向を表明するかどうかという契機を問題としています。その上で、先ほど来よりいろいろな方が意見をおっしゃっていただいているところから、どなたかというふうにこちらから指名いたしませんけれども、佐久間委員の御疑念に対して、自分はこういう趣旨で意見を述べたということをおっしゃりたい向きがあれば、仰せいただきたく存じます。いかがでしょうか。 ○野村幹事 取消権の行使の場面なのですけれども、私の方が申し上げたのは、取消権は本人に限定して、本人の同意がある場合、保護者も本人の取消権を代理行使できるということで、本人が行使できない場合、かつ本人が同意もできない場合で、本人にとって見過ごすことができない重大な影響が生じる場合には、裁判所の許可を得て、保護者も本人の取消権を代理行使できると申し上げました。 ○山野目部会長 野村幹事の御意見の趣旨は、今の御発言で理解しました。佐久間委員から問題提起があった点に関して、更に御意見があったらおっしゃっていただきたいと望みます。すなわち、幾つか場合分けをなさったうちの、本人が同意をする余地があると認められる場合において、本人の同意を得て取消権を行使しなければならないというルールにしておくとすると、一つの問題として、相手方から見たときに行使されている取消権が有効に効果を発揮しているかどうかということが不安定になるけれども、そこの心配はないかという問題提起を頂いており、それについて何か御意見があったらおっしゃってください。特段なければ、よろしゅうございます。 ○野村幹事 特段ないです。 ○山野目部会長 ありがとうございます。   今の点について、ほかにいかがでしょうか。 ○波多野幹事 今、佐久間委員が問題提起いただいたことは、もしかすると私たちの部会資料の作り方が悪かったのかなと思うのですが、恐らく16ページの3で書いた取消権、同意権に関する規律と、4の中の取消権者の話と(3)取消権の行使が一つの項目に入っていたことがまずいのかなという感じも今、御発言を受けていて思いまして、3、4の中で、取消権ないし、この点では同意権というものと、取消権者という意味では取消権がある人という意味ですから、それとは多分同じような、幾つかの組合せがあるのではないかという上で、(3)をここに書いているのは、これは別の論点として取り扱うかどうかはあるのかもしれないけれども、取消権者という扱いと取消権を行使できるかどうかを一緒にしない方がいいのではないかと、そういう御指摘なのかなと思いますので、今日の御議論を踏まえて、もし次回部会資料を作るときには、そこを少し整理をしなければいけないのかなと思ったのですが、そのような理解でいいのかというところを、少し御教示いただければと思います。 ○佐久間委員 いや、教示はできないですけれども、自分の意見を申しますと、繰り返しますが、取消権の行使の効力が不安定になるというのは、これは絶対に避けなければいけないことだと思います。取消しの効力が不安定になることに対して相手方は保護されなければならず、そうすると取消しは、相手方から見て、これは取り消されたのだな、そうではないのだなということが確定的に判断できるような状況でされる必要があると思っております。ですから、取消権が与えられた保護者について、義務レベルで本人の同意を得るべきだとするのは差し支えないと思います。本人との関係で義務違反になる、だから本人に対して責任を負わなければいけないということはあるとしても、本人の意思ないし同意、何らかの要件に係らしめて初めて取消権の行使が有効にできますという仕組みは、私はよくないと思います。   繰り返しになりますけれども、そんなことをするぐらいだったら、御本人の意思を酌みたい、酌んだ方がいいだろうということだとすると、先ほど少し申しましたけれども、制度レベルで同意権だけのある保護者と同意権プラス取消権のある保護者を用意することにして、そのいずれにするかについて、御本人に意思能力さえあるのであれば、制度的な事前同意に係らしめることにしておくことの方がいいと思っています。 ○山野目部会長 波多野幹事の方から、議論をきれいに進めていただきたいという気持ちで、部会資料を必ずしも上手に作っていなかったのではないかというお話もありましたけれども、ただし、上手に作っていなかったかもしれないといっても、これ以上、多分上手に作りようがないのでありまして、取消権を誰に与えますかという話と併せて、取消権を与えられた第三者はどのように行使したらよいですかということは、やはり一緒に議論してもらわないと困りますから、部会資料の並びとしては、こういうふうに並んでいたこと自体がそれほど皆さんの議論を混乱させるきっかけになったものではないだろうとは受け止めます。   それと同時に、どちらかというと、少し話しているうちに分からなくなってきてしまった点は、どちらも同意という言葉を使うから、話しているうちに、同意、同意というのですけれども、誰の同意の話をしていますかという点がよく分からなくなってしまっている部分があります。それで、一つ二つ申し上げますけれども、一つは、今進めようとしている改革の基本精神の理解やその共有については、それほど委員、幹事の間に落差、齟齬は感じます。取消権の行使を第三者がするというのは、紛れもなく代行決定であって、そのような代行決定が乱暴にされてはいけない。今までだって必ずしも常に乱暴にされてきたとは理解しませんけれども、ややもするとそこについての問題意識が法制度の建て付けにおいて十分でなかったきらいがあるということを踏まえ、本人の少なくとも意向をよく酌んで、本人と十分なコミュニケーションをとった上で第三者が行使するのであれば、取消権の行使を認めましょうということ、この基本精神そのものについては、それは受け容れ難いという方はおられないと想像しますが、それを法的なルールに反映していく際、本人の同意を得て、という、成年後見人に与えられる同意権と同じ言葉を使いながら別な局面を指して、同意を得て行使するという議論になっていきますと、一つ二つ問題が出てまいります。   一つ目は、まずこうやって専門家が議論しているときにも同意、同意という言葉が飛び交うものですから、何を言っているか、そのうちだんだん専門家の間ですらよく分からなくなってきているという部分があります。それからもう一つは、中味のことですけれども、同意を得て取消権を行使するというのは、対外的に取引の相手方との関係でも、同意が欠けていると取消権行使の効果が否定されるというほどのことを述べているか、それとも対外的な取消権行使自体については法的な瑕疵を帯びないけれども、いわば本人、成年後見人の間の内部関係において、成年後見人の取消権行使という事務が乱暴に行われたのではありませんか、という話になり、そのことに伴う様々な義務違反を理由とする法的な責任を負っていただきますという議論が当然あって、しかしそこにとどまるか、ということについては、方向性としては両面考えられるところでありますから、引き続き議論をお願いしていかなければならないと感じられるところであります。   提案でございますが、部会資料はどちらも同意という言葉を用いましたけれども、これから後、法的構成の結着が付くまでの間の暫定として、本人の側がするものは了解としたらどうですか。了解と同意権の行使でやっていれば、言葉がごちゃごちゃになってしまうこともないように思います。議論が進んでいったら、そこでいっている了解というのは意思表示である、という議論になっていくかもしれないし、いや、そうではなくて、現在の858条が扱っているようなレベルの意思、あるいは意向に近いようなものにとどめようというルール作りになっていくかもしれませんし、それはまた先々決めていくことであろうと考えます。   今のことに必ずしも拘泥していただく必要はありませんけれども、引き続き委員、幹事の自由な御意見を承ります。いかがでしょうか。 ○根本幹事 先ほどの最後の佐久間委員からの御指摘のところで、取消権行使に当たって、本人の了解があるかないかによって取引の相手方の保護が非常に混乱するのではないかという点についてですけれども、この点については、例えば、取消権行使が行われた場面において、本人の了解があるかないかというところをセットで取引の相手方が確認をするような取引実務というのが定着していくということも考えられると思いますし、場合によってはそういった行使がされた場面において、催告の手続ですとか、若しくは本人同意が仮に事後的に欠けているということが分かった場合でもそれは免責されるというような、取引実務が展開されていくということも考えられるのではないかとは思っております。もちろん取引の相手方の保護というのを軽視するということではありませんけれども、そのことが直ちに、本人の了解というものを行使に当たっての対外的な効力を発生させる要件たり得ないというところには帰着しないのではないかとは考えております。 ○山野目部会長 御意見を承りました。   ほかにいかがでしょうか。   そうしましたら、もう少し後でまたお声掛けをしますけれども、差し当たり久保委員と花俣委員にこの順番で、ここまでの議論を聞いていてお感じのことがあれば承りたいと考えます。 ○久保委員 今、皆さんの議論を聞いていてなかなか、私たち家族としては、できるだけ本人のできることは本人にさせてあげたい、本人が分かることは本人にやらせてあげたいという思いがあります。そういう意味では、まるっと全部の権限を本人ではなく後見人が持たれるという、代理権とか取消権とかいうことを持たれるということは避けていただきたいなという思いがあります。   私たちの、本人さんの中で、後見人になっておられる方であっても、だまされていろいろ高額なものを、同じものを何回も買わされるという事態も多々、私の周りでもあります。クーリングオフで契約を破棄していただいても、また何か月かすると同じ業者が入ってきて、本人にうまく言って契約を結ばせるというようなことが幾度も繰り返されるというような事実もありますので、そこは本人にどうすればそういうのに引っ掛からないように説明ができるのかということは一方で思いますけれども、そういう後見の対象になっている人であっても、例えば入所から出てグループホームに行きたいという人がいて、その方は、いや、グループホームはあなたは少しまだ無理でしょうと言っても、また、グループホームから独り暮らししたいという方であっても、周りの者が心配して、いや、少し考えたらと言っても、御本人がこんなふうにおっしゃったのですね、崖から飛び降りるのを止めないでほしい、大けがしないようにだけしてほしいと。下でシーツを引っ張って、大けがしないようにさえ守ってくれれば、思い切って自分がやりたいことをやろうというか、崖から飛び降りるのを止めないでほしいというようなことをおっしゃったこともあります。   ですから、御本人は御本人なりの物の考え方があり、そして、その行使をしたいという思いは十分に持っておられる方がたくさんおられるということを御理解いただきたいと思いますし、私はこの議論を聞いていて、よく全然分からないのですけれども、取消権とかいうのは何か金額で決められないかなと思って、例えば10万円以上は相談してねという、それ以上のは駄目よとか、分割で払うのも相談してねみたいな、大体高額なものは分割になりますから、余り御本人に大きな損害にならないような形で相談してくださいよという、勝手にやったら取り消してしまいますよというようなことをできないかなと、そんなことを法律でできないとおっしゃるかも分かりませんけれども、親としては、それほど大きな金額でなかったら、御本人が御本人の持っておられる財産を使って好きなことをするということもさせてあげたいなという思いがあります。議論を聞いていて、そんなふうに感じました。 ○山野目部会長 久保委員、どうもありがとうございました。崖から飛び降りるのを止めないでというお言葉を記憶に刻みます。それから、金額を法制上明らかにすることができないかという御要望ないし御意見についても、それを受け止めて今後の検討を続けることにします。現在の民事法制の中では、保佐人の同意を要する事項のリストの中に、重要な動産の処分について保佐人の同意を要するという概念が出てきまして、そこの重要なというものは、必ずしも経済的価値の大きい小さいだけの問題ではありませんけれども、それも一つの考慮の要素になっていますから、そういう発想はあるだろうと思います。民法という法律の性質上、金額の数字を示して幾ら以下というのを少し書きにくいような部分もあります。地域福祉における日常的な金銭管理の仕組みを整える法制がこれから検討されていくところをにらみながら、今の御意見も踏まえて、民法やそのほかの法令の中で可能な措置が講じられないかということを検討していくことになります。どうもありがとうございます。 ○花俣委員 非常に難解な議論だったなというところで、ここで意見を求められるのも少しつらいものがあるのですけれども、部会長の御提案にあったように、本人の同意というのを本人の意向であるとか了解と置き換えていただけると、少し私たちも分かりやすいものになるのかということと、あと、取消権の行使というのは本人を守るものだという印象がすごく私の中にありましたものですから、取引の相手方の混乱についてという視点はなかなか持ち得ていなかったという正直なところなので、法の整備、改正の議論の難しさを改めて再認識したという、そんなところです。 ○山野目部会長 どうもありがとうございます。   部会資料4の部分につきまして委員、幹事から言い漏らしている意見がありましたならば承ります。いかがでしょうか。 ○青木委員 先ほど意思能力と事理弁識能力の議論もございましたけれども、今日お出ししたシミュレーションで出されました7つの事例は、現行制度においてはおおむね後見相当として審判がなされる想定の事案だとして書いています。このような状況の方々ですから、後見相当として「事理弁識能力が欠ける常況」といわれている中でも、意思能力がないというわけではなく、本人さんが様々な意思表示をして、消費者被害や親族・近隣間での問題に巻き込まれるということはあり得るということですので、能力のレベル感としては、この事例にあるようなものを想定して、これをどう個別に必要性などの判断をしていくかという観点で検討いただくのがいいのではないかと思っています。   それからもう1点は、本人の了解を得て取消権を行使をするということですけれども、このシミュレーションのケースDですね、10万円の水道工事を頼んでしまって、その後で後悔して本人が取り消すとしていますが、これは本人が了解した上で本人の取消権の行使として取り消したという想定で書いています。中には私自身の担当ケースで経験していますが、本人はせっかく工事をやってもらったのであるから取り消すのは困ると、是非そのまま支払いたいとおっしゃる方も、後見相当の類型の方でも十分におられまして、その場合の考慮事項としては、そのことによって本人さんの財産が10万円を払うことによってどうなるかとか、あるいは意に反して取り消すことによる本人さんの今後の精神状態の不安定さ、つまり取り消したことによって自分の思いが否定されることによって精神的に不穏になるということもありまして、そういったことも全部考慮した上で取消権を行使するかどうかというのは検討をします。そういった意味で言いますと、本人さんの了解というのは、法的な意味で行使の要件とするとともに、そういったことへの配慮も含めて、了解をとることは極めて重要なことだと思っています。そういう意味で言って、御本人さんと後見人との間の内部の規律として、本人の意思に反することはない、本人さんの了解の下で行使をするということは非常に重要な規律であると思っています。   一方で、これを対外的な取引先との関係で、本人の了解がないから取消権行使は無効であるということになることの混乱を防ぐための手当てというのは、先ほど根本さんが御発言になったことなども含め、取引の相手方に対する何らかの手当てというのは必要だと理解をしました。 ○星野委員 先ほど久保委員がおっしゃられていた金額のことについてです。今、現状はそうなっているかわかりかねますが、私が過去に補助類型で同意、取消しのところで金額を設定した形の同意・取消権という付与がございましたというところだけをお伝えしておきます。 ○上山委員 まさに今、星野委員から御指摘があったところを実務家の先生方に教えていただきたいのですが、一定金額以上の支払債務を負う取引について制約を掛けるというのを民法典の中に直接書き込むというのは、なかなか難しいだろうと思うのです。その一方で、現在の補助人への同意権付与については、特定の法律行為についての同意権、取消権を付与するという形になっていますが、その特定のための要素として、一定の金額みたいなものを使うこと、例えば10万円を超える債務を負う契約といった特定の仕方が、先ほど星野委員の発言の中でそういう例があるということは理解したのですが、それがどれぐらい一般的なものであるのかということをもし御存じの方があれば、ほかでもたくさんあるのだということがあるのかないのか知りたいので、御承知であれば教えていただければと思います。よろしくお願いいたします。 ○山野目部会長 今直ちにお教えいただくのも結構ですし、別な機会でもよろしいですけれども、先ほどの星野委員のお話のほかに、今直ちにという御発言がおありでしょうか。   よろしいですか。   先ほど佐久間委員がお手をお挙げになりましたか。 ○佐久間委員 挙げようかなと内心では思っていましたけれども、以心伝心で伝わったのかもしれません。 ○山野目部会長 いや、何か実行の着手ぐらいはあったような気がする。佐久間委員、どうぞ。 ○佐久間委員 ありがとうございます。ゴシックの4全体ですよね。   ゴシックの4のうち5の意思無能力無効に関することでして、お前はそればかりと言われるかもしれませんが、ものすごく気になっていることがあります。それは、意思に基づく行為によって法律効果を生じさせるということは、意思表示、法律行為の基本中の基本でありまして、そうであるために3条の2の規定をいじるというのは、およそできないとは思いませんけれども、ものすごく波及効果が大きいおそれがあると思うのです。そこで相当の覚悟を持って議論というか、考えていかなければいけないと思うということを、何度も繰り返して恐縮なのですけれども、申し上げておきたいことと、それとの関係で、今の議論で言いますと、例えば9条のただし書ですね、保佐、補助でも同じ規定がありますけれども、「日用品の購入その他日常生活に関することについては、この限りでない。」という、この規定の意味の共通理解が、本当にあるのだろうかということを思っております。というのは、個人の話になってしまうのですけれども、この規定ができたときに立案担当者は、これは自己決定の尊重なのだと説明をしているのです。それに対して、私は、自己決定の尊重なんておかしかろうと。というのは、制度上の前提として、時代背景もありまして、事理弁識能力を欠く常況にある方というのは、意思能力が認められることは本当にほぼないという人であるはずで、後見の類型はそういう人を対象としているはずなのに、日常生活に関する行為だったら自己決定能力がありますというのは、それははっきり言って欺瞞ではないか、9条ただし書はいろいろな便宜を考えてこのようにしたのではないかというふうに、私は説明しました。   私のように説明するのだったら、便宜に基づく拡張は可能だと思うのです。他方、本当に立案担当者が当時言われたような、これは意思の尊重なのだ、自己決定の尊重なのだということになると、我が国では3条の2を乗り越える論理は今のところないということになるので、ここのところはものすごく大事というか、最後に、全体の制度としてのよしあしでいうとこうした方がいいよねというのが出てきたとしても、それは民法の大前提である意思に基づく法律効果の付与ということに反するから、賛成できないということを言わざるを得ない状況が起こりかねないと思っています。そんなことが起こったら困るということで、これを是非とも深掘りをずっとしていっていただきたいということを申し上げようかなと思いながら、手を挙げたつもりはなかったのですが、きっと挙げたのだと思います。 ○山野目部会長 佐久間委員が問題提起していただいた事項は、極めて重要度の高い論点であると感じますとともに、部会資料2の段階におきましては、それについての深掘りの御議論をお願いする用意がありません。引き続き御議論をお願いしたいと考えますし、今この段階では、そういうことですから、一つだけガイドを差し上げておくといたしますと、恐らくこれまで成年後見制度に関わって出されてきた議論の中で、3条の2の規律そのものに真っ向から挑戦して、あの規定を改めようとして、あの規定にただし書を付けようとか、あそこに出てくるルールの前提をなしている意思能力の概念を根本的に改めようとかいうような挑戦をして、意思に基づく私的自治という民法の根本原理を根底から覆したり、それに対して重大な例外を設けたりしようという議論はされていません。これからも、そういう御議論をなさる方が委員、幹事の中にいてもいいですけれども、そういうことが大きくされるだろうという見通しは、今のところありません。   それとともに、一方において、議論されてきたことは、意思能力というものが民法学の従来の理解においても、個別の状況において個別の法律行為ごとに、それがされるときにそれを理解して行っているかどうかということを点検しなければならないという一般論は、そういう議論がされてきたにもかかわらず、これまでともすると意思能力の概念を扱うときに、ある人が定型的に、この人はおよそ意思能力がないとか、あるとかというふうな議論をしがちであった傾向が見られるのも確かでありまして、そういった点をより整合性のある議論として整理していきましょうという議論はありますから、そういう議論自体は、決して従来の民法の根本をなす意思に基づく私的自治、意思に基づく自律という考え方を否定するものではなくて、むしろそれを精緻にする方向での議論であると考えられ、そういうような議論は今後ともされていくことが予想されて、また、そういうふうな議論が進んでいく折々に佐久間委員からも御教示を頂ければ有り難いと感じます。   ほかにいかがでしょうか。 ○根本幹事 2点ありまして、一つは、少し話は戻りますが、先ほど上山委員から御指摘があった点について、個別の事案として、裁判所と一度協議をしたことがあります。金額を決めるとか、多額としてしまうと、取引の相手方から見てそれが幾らなのかが問題になるのだという懸念がある一方で、金額を決めてしまったときに、特に銀行取引等において、決めた金額の範囲が果たして取引の相手方をどこまで拘束するのかという問題が出てきてしまうであろうと、それに果たして耐えられるのかということで議論したということはございます。結果的に金額はそのケースでは決めないということを裁判所と協議をしたということがありますので、個別の金額が定められるかどうかというところは今後の議論かとは思いますが、その際に、特に銀行取引を中心に、そういった取引の相手方との関係性での効力というところは十分配慮が必要なのではないかとは考えております。   2点目は今、佐久間委員から御指摘がありましたし、私としてはずっと申し上げているつもりではいるのですが、9条ただし書の日常生活に関する行為というものに何が含まれるのかという点について、この後議論されていくであろう終了の部分ですとか補充性ですとかそういったこととの関係でも、この日常金銭管理を改正後の中でどのように位置付けていくのか、御本人が3条の2以外の制約も受けずにできる、民法において、御本人ができるということを定めた範囲になっていくのではないかと考えていますので、もちろんそれは3条の2を越えるということはありませんけれども、3条の2という枠の中で、9条ただし書というものを、範囲も含めて、どのように設定していくのかということは非常に重要になってくるとは考えています。 ○山野目部会長 御意見を頂きましてありがとうございます。   部会資料2の4の部分について御議論を頂きました。3点申し上げます。   第1点といたしまして、本日の御議論の範囲において、成年後見人などいわゆる保護者が行使する取消権というものを全面的に否定する御議論はなかったというふうにお見受けをします。その上で、どのような要件の絞りの下に例外的な第三者による取消権行使を是認するかということにつきましては、今後引き続き議論を深めなければいけないということが明らかになったと感じます。   2点目でございますけれども、第三者、保護者が取消権を行使するに当たっては、今まで以上に本人とのコミュニケーションを適切に確保した上で取消権の行使がされるべきであるということについても、御議論を伺っておりまして委員、幹事の間にそういう方向性についての共有が見られたと感じます。その上で、本人の了解を得て取消権の行使という段取りを進めることが望まれるとしても、コミュニケーションを適切にとらず、了解が得られないまま取消権が行使された場合の効果につきましては、なお引き続き検討を深めなければならないということも明らかになりました。   3点目でございますけれども、今後、現在の類型で申しますと成年被後見人に当たるような本人が自ら法律行為をする局面が広がっていくというような議論になっていく可能性も考慮に入れますと、そのような場面において成年後見人が与える同意というものの重要性が、これまでも重要でしたけれども、ますます増してまいります。その際、同意を与えるというときの同意の密度なるものが問われてくるであろうと、佐久間委員は密度という言葉をお使いなりませんで、同意の対象とおっしゃったのですけれども、それが問題になってくるだろうという重要な御指摘があって、これも検討を深めていかなければならないと感じられます。   部会資料2の4の部分についての御議論を頂きまして、ありがとうございました。   部会資料2の5の部分に進みます。この部分について、事務当局から説明を差し上げます。 ○水谷関係官 御説明いたします。部会資料2の21ページ、「5 法定後見の開始の効果に関する事項(代理権・財産管理権)」では、法定後見の開始により保護者に代理権を付与することに関する御議論をお願いするものです。   22ページからの3では、代理権の付与に関する規律について、(1)及び(2)で現行制度の趣旨等を確認した上で、(3)で代理権の付与を本人の同意等がある範囲に限定するという考え方について記載しています。このような観点も踏まえ、法定後見の開始により、その効果として保護者に代理権や財産管理権を付与することについて御議論を頂ければと考えております。 ○山野目部会長 部会資料2の5の部分について説明を差し上げました。この部分についての御意見を承ります。 ○小澤委員 ありがとうございます。部会資料2の24ページに記載されているとおり、本人の同意がある場合は、本人の自己決定権を制約するものではないと考えられますので、ある程度柔軟に代理権の付与を認めてよいのではないかと考えています。本人の同意がない場合においても、代理権の付与が本人保護のために必要な場合には、その必要性を厳格に判断した上で必要な代理権を付与する制度とすべきと考えています。   前回の部会で委員から御指摘がされたと理解していますが、実務現場に混乱が生じないように配慮する必要があると考えておりまして、必要性を厳格に判断する余りに代理権を細かく指定しすぎると、代理権の範囲が複雑となってしまって、その行為が代理権の対象になるのかを確認する手間が増加すると考えています。金融機関との取引を例に考えると、生活費の入出金については本人管理として、一定金額以上の入出金についてのみ後見人の権限とするといった代理権付与も考えられますが、このような決め方は現場の混乱を招く可能性もあると思っています。   現在の後見制度における預貯金管理で問題となっているのは、後見人が就任すると全ての預貯金が後見人管理になってしまうことと承知していまして、後見人管理口座のほかに本人が自身で管理できる口座を持つことができれば、利用目的はその口座を利用する後見人と本人が対応することで可能ですので、代理権付与の段階では複雑にしないことが必要だと考えますし、現在でも保佐や補助では保佐人等が管理する預貯金口座を特定して財産管理権を付与することはあると承知しています。   なお、経済的な虐待が疑われて首長申立てにより制度利用が開始されるような緊急性の高い事案については、申立ての段階で本人の財産概要を把握できていないこともあるので、ある程度包括的な代理権がないと効果的な対応が行えなくなることも考えられると思っています。本人の財産の把握というのは本人の状況に応じた後見事務を行うには必要不可欠だと思っていますので、本人の全ての財産に対する管理権限を付与するかどうかはともかくとして、少なくとも本人の全ての財産に対する調査権限の付与は必要ではないかと考えています。 ○星野委員 代理権のところについては、どのような付与の仕方があるかということもそうですが、現実に今、実務の中で問題に思うのは、今、小澤委員からもありましたけれども、代理権が付与されている場合に取引者が限定されるということが大きな課題としてあると思っています。例えば、金融機関によっては、私の過去の実務上の経験では、代理権が付いている補助人について、被補助人も併せて取引ができるという判断をした金融機関もありましたけれども、それは非常にまれだと思っています。民法の中における代理権というのは、代理権を与えられた者が権限行使をすることがもちろんできると理解はしますけれども、今の事例でいうと、被保佐人、被補助人も権限行使ができると読み取っている金融機関もあれば、それはもうどちらかになるのだと、むしろ代理権がある人が取引をするのだという考え方の方が一般的に多いと思うのですが、その辺りをこれから改正されていく民法の中ではどのように捉えていくのかというところを実は気にしております。ですから、代理権というのは権限が付与されることとともに、その権限をどのように行使するのかというところが非常に重要なのではないかと思います。 ○佐久間委員 今の星野委員がおっしゃったことで、常々疑問に思っている、でもどうしようもないのかなと思うことがあります。星野委員が今おっしゃったことは、多分、銀行の側からすると、認知症の発症が明らかになったので口座の利用に制限を掛けたか、掛けるという発想の下で、ではその制限をどうやったら解くかというと、保護者ですね、この場合だと補助人が選ばれたら、それで解きましょうと。ただ、その前提となっているのは、御本人が口座を制限なく利用することは、契約上なのかどうなのか知りませんが、もうできません、ということだと思うのです。   それが望ましいか望ましくないかは、私はコメントすることができる立場ではないのですけれども、多分民法をどう変えようが、もしその銀行の実務に根拠があり、正当なもの、少なくとも違法なものではないならば、その実務まで制約するというか、変えなさいということはできないのではないかと思うのです。できないのではないかと思うのだけれども、今この部会で議論している方向からすると、補助は元々制限はないわけですから、後見の方まで含めてですね、法的に幾ら制限はなくしていきましょうとしたところで実態は変わらないということになって、それをどう考えるかというのはものすごく悩ましいけれども重要だなと。銀行だって私人ですが、各私人に取引を強制するということはなじまないとは思うのですけれども、やはりその要請を出していくというのでしょうか、それは必要なのだろうと思います。ただ、その場合にはきっと銀行からすると、取引に応じたところ何かトラブルが起こったときに責任を問われないようなことがないとなかなか応じ難いだろうと思います。星野委員の御指摘は非常に重要な御指摘だなと思ったということを、単に感想なのですけれども、申し上げておきたいと思います。 ○山野目部会長 星野委員と佐久間委員の今の意見の交換で議論が深められたと感じます。   引き続き、いかがでしょうか。 ○根本幹事 私の立場で申し上げることではないかもしれないと思いつつ、今のお二人の議論を聞いていて思っていますのが、金融機関側からすると、やはり二重払いというところのリスクを負い切れないというのは、よく御指摘があるところだとは思います。実務上、後見や保佐の届出を出すと、その段階で御本人が取引ができないということを了承するということになるのが現在の実務だと承知をしています。ただ、現行においても、やはり日常金銭管理を行う口座については御本人が引き続き取引を御自身でされたいということはあり、家庭裁判所とそれぞれの専門職、後見人等の裁量の範囲の中で、場合によっては一部の金融機関については届出を出さないというようなことをしているケースもありますし、なかなかここでは申し上げにくいような方法をとっているケースも、それぞれの実務上の工夫としてはあります。   先ほど小澤委員からの御指摘のところにも関係するとは思うのですが、代理権の付与の内容を細かく特定し過ぎていくということは避けるべきというのは、私も一般論としてはそのとおりと思いつつ、ただ、例えば特定の口座の取引についてのみ代理権を付与するということは現行法上も予定をされており、実務においてもそういった代理権付与をするというケースはありますので、細かく特定していくべきものとそうではないものを分けて考えていく必要があるのではないかとは思っています。   もう一つは、先ほど小澤委員からも御指摘がありました、調査権限と取引権限を分けるという発想が現行法では余りないかと思いますけれども、今後、特定の代理権を付与していくということとの関係で、御本人の生活の全体像や財産の全体状況を把握しない中で、個別の代理権行使が善管注意義務違反に問われないような形で果たしてどこまで行使できるのかというところについては懸念は持っていますので、そういう意味では小澤委員が御指摘されたような、調査権限と取引権限というものを個別に考えて付与していくという考え方については、私も賛成いたします。ただ、ここは後見人の責任の範囲の議論とも関係してくるので、安易には申し上げにくいところはあるのですが、付与されている代理権の範囲でしか後見人等は責任を負わないということと、調査権限を持つということによってその責任の範囲が広がるのではないかという懸念はあります。 ○山野目部会長 根本幹事にもし御意見があったらお教えいただきたいですけれども、小澤委員がもう一つ、緊急時に比較的幅広の代理権を与えていないと現場で右往左往して、しにくい部分があるのではないかという問題提起も更に述べていたと記憶しますけれども、その点に関しては何か御意見がおありでしょうか。 ○根本幹事 現在の実務においても、特に緊急性が高い場合には、裁判所の調査嘱託と個別の代理権を組み合わせて調査をしているようなケースもございますし、改正後において一時的に代理権付与の範囲を広げた上で、その調査終了後にはその必要性がなくなったとして必要な範囲に限定をしていくということであれば、緊急時に一時的に広げるという考え方は、これは採られてよいものではないかとは思います。 ○山野目部会長 理解しました。ありがとうございます。   引き続き、いかがでしょうか。 ○青木委員 先ほど小澤委員の御意見にありましたけれども、同意のある場合には必要性をそう制約しなくていいのではないかというお話ですけれども、やはり終了のときにこの同意をどう考えるかという要件にも関係するのですが、開始要件で本人の同意があった場合においても、終了のときに本人の同意がなくなることが終了の要件にならないという制度とした場合には、やはり本人から見た権利制約性はあると考えますので、本人の同意があることと必要性があることとは別々に考慮するということが、本人の同意がある場合においても重要だと考えています。これは終了における本人同意をどう扱うかとの関係によっては変わってくるかもしれませんけれども、そういった点を考慮すべきではないかと思っています。   それから、代理権の特定に関しましては、現行制度において、保佐、補助のときに代理行為目録というのがありまして、任意後見契約においても附録2号というので代理行為目録が使われており、これに従わないといけないというものでありませんが、おおむねこれに準拠して代理権を選択するという実務が行われています。ただ、これらの目録にある代理権の設定が、必ずしもそれで十分かということについては、広すぎるところもあり、あるいは必要性にこたえられる代理権の設定になっているかという点はあると思います。今後これは新しい制度の中で、代理権目録というのをどのように設定していくかということを取引の相手方との関係及び実際の実務との関係で検討すべき課題ではないかと思っています。   さきほど、調査権限の付与ができるようにすべき、というお話があったのですけれども、私の資料の事例シミュレーションのケースBの虐待ケースで、当初幅広い代理権を付与することとしたとだけ書いていますけれども、これを具体的に言いますと、調査権限という設定をしますと、その調査権限に当該取引が含まれるのかどうかというのは取引の相手方としてもはっきりしないところがありますので、やはりここは具体的に有価証券の取引とか、預貯金の取引とか、幾つか当該具体的に、取引の相手方からも範囲が分かる代理権を数多くなりますが付与するしかないのではないかとは思います。ただ、だからといって、それを包括的代理権にする必要はないのであって、そういった調査のために、一旦数多く代理権を付けるけれども、例えば有効期間を限定して、調査が済んだときにはその代理権が必要かどうかを再度確認するという仕組みにすれば、過大な代理権の付与にはつながらない運用が可能ではないかと考えており、事例シミュレーションのケースBはそうした想定をしているというところでございます。   それから、銀行実務等において、後見等の届出をするとなかなか本人自身が取引をするのは難しいという悩みのお話がありましたが、それは現時点においては、取消権がセットであったり、保佐でも同意権、取消権がセットなので、あとで取り消されることをおそれて、銀行実務としては本人自身の取引には躊躇していると思いますが、今後、代理権と取消権の付与が個別になり、切り離されるということになりますと、本人自身の取引についても、届出時に事前に後見人になる人と本人のそれぞれの取引について銀行との間で取決めをする等をすることによって、銀行の免責を図ることにするなど実務的に安定性を持てる取組が求められますし、可能ではないかと思っています。現行制度のような包括的な代理権と取消権をセットにした場合に比べますと、本人自身の取引というのを広げやすくなるのではないかと想定をしています。 ○小出委員 先ほどのところで、銀行取引において後見制度を御利用のお客様においては、代理権を持たれている方としか取引が行われない銀行があるということでお話があったところでございますが、一部御紹介といいますか、個別の事例については私のところで申し上げることはできないものの、全国銀行協会において、「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方」というものを公表しておりまして、一般的に認知能力が低下したお客様御本人様のお取引においては、確かに全国銀行協会におきまして、本人の財産保護の観点から、親族等に成年後見制度等の利用を促すことが一般的であるということと、上記の手続が完了するまでの間などにおいて、やむを得ず認知判断能力が低下したお客様御本人様との金融取引を行う場合は、御本人様のための費用の支払いであることを確認するなどした上で対応することが望ましいということで御案内しております。こちらは補足ということで、御発言させていただきました。 ○山野目部会長 委員、幹事におかれては今、小出委員から御紹介を頂いた全国銀行協会から出されている文書に注意を払って御議論をお願いしたいと考えます。あわせて、全国銀行協会からは2022年5月16日に、「不測の事態における預金の払出しに関する考え方」という文書も発出されております。それぞれの文書におきまして、現行の成年後見制度を前提としていろいろな事務を処理するということについての考え方の整理がされています。恐らくここでの議論の様子を見ながら、また小出委員はじめ全国銀行協会においても御検討が頂けるものであるものと予想いたします。小出委員、どうもありがとうございました。   引き続き、お伺いを致します。 ○佐久間委員 ありがとうございます。青木委員に御質問がありまして、今日が初めてではないですけれども、何度か、御本人の同意があっても必要性の観点を欠かすことはできないというような御発言をされたと思います。それで、私はずっとどうなのかと思っていたのですが、今の補助と保佐の場合に、代理権の付与の審判がされたと致しますね。その場合には本人の同意が必要ですけれども、本人が、特に補助の場合なのですが、理念的にいうと別段、行為能力の制限を掛けなくてもいいけれども、本人が不安だからということで代理権の付与をしてくれということで本人が求めていっているときに、それを必要がないからといって拒むことがあるのでしょうか、というのが質問です。   もしそれがあるのであれば、今後、本人の同意がある場合に、請求又は同意かもしれませんが、請求又は同意のある事項について必要性の有無を裁判所において判断し、与えないということはあり得るかもしれないのですが、現状もしそのようなことをしていないとすると、逆に本人の自由といいますか、意思を裁判所において拒絶する形になってしまうのではないかと、素朴に疑問に思いましたものですから、おっしゃる必要性の判断というのが現状されているのか、されていないのかと、されているとしたらどういう形でされていて、言わば門前払いの形になるわけでしょうけれども、それでどうしているのかというのを知りたいというのが1点です。   それともう一つは、これは青木委員に限らず実務家の方どなたでもいいのですけれども、代理権の特定の話に関して、代理権目録が出てきて、これは取引相手方にとっては非常に重要だというのは分かるのですが、現状の代理権目録でどのレベルまで書き込まれているのでしょうか。任意後見の場合について、制度ができたときに、ひな形みたいなものはあって、チェックすればそれで済むようにもしてあるけれども、それ以外のものについて書き込むこともできるというふうに、私は説明として読んでいたような記憶があるのですけれども、その書き込む方の、これこれこういう代理権の付与をしたいというような場合に、余りに特定がされすぎているということになると、それは、より一般化した形での代理権付与という形に裁判所で変えるのか、それとも本人が請求又は同意した請求において、例えば本人の所有する甲不動産についての売買、誰々との売買についてとかというようなことが仮に書かれていたら、それはそれとして認められて、代理権目録にもその種の記載がされるのか。もし現状そのような請求が行われていないとしても、制度上はそのようなことが排除されていないのか、排除されているのかというのを教えていただければ有り難いと存じます。   2点とも御質問です。すみません、可能な限りで、よろしくお願いいたします。 ○山野目部会長 佐久間委員がおっしゃった二つの問題は論点の性質を異にしますから、順次に取り上げます。前者の、本人の同意といいますか、あるいは本人が代理権付与を望んでいるように認められる事態においても、なお必要性のチェックが必要であると考えるべきかどうかについて、ここでの論議の構図は、小澤委員がそれについて表明した意見に青木が物言いを付けて、青木委員の発言に佐久間委員が物言いを付けているという構図になっていますから、まずこれから行きましょう。青木委員、どうぞ。 ○青木委員 恐らく裁判所の皆さんが一番そういうものに直面していると思いまして、私は申立代理人等になりまして申立てをするという立場の関わり方になりますので、どうしても弁護士のところである程度必要性についても吟味、整理がされてしまっているというところもあるので、全般的な実情をお答えすることはできませんが、私が補助人になって、申立て自体は本人がしたような事例も幾つかは知っておりまして、そういう中では、御本人さんないしは家族さんは必要だと思った代理権だけれども、例えば、あなたは不動産を持っていませんからそういう財産をお持ちでないのに不動産の処分、管理に関する代理権を付与してもどうでしょうかというレベルで、必要性がないとして落とされるということはあります。ただ、御本人さんに関わりのある財産なり法律行為があるのに、それを本人さんが必要だと言っているのに、裁判所の方で差し迫っていないので必要ないというところまでは、現在の保佐、補助の代理権付与の実務ではされていないのではないかと、私の経験としては承知をしているということになります。 ○山野目部会長 民法のルールを新しく作っていこうとしたときに、青木委員の御意見はこう理解すればいいですかね、事理弁識能力の水準に問題がない状況であれば、本人が望めば民法上の委任契約の申込みの意思表示をして、そこから先、委任契約を締結して代理権を付与するという事務を自らしますよね。ここで問題としている状況においては、自らするということについていろいろ法的ないし事実上の心配があるということから、裁判所に関与してほしい、だけれども、自分としてはこれこれの代理権を持った代理人が置かれることを望んでいますという申立てといいますか希望を表明しているときに、裁判所が、いや、チェックしてみたら、あなたはそういう代理権付与をする必要はないのではないですかとブレーキを掛けるということは、それは本人が平場で言えば民法上の委任契約をしようとしている局面について、裁判所が言わばパターナリスティックにそこのところについてのチェックを行っていると、そういう契機を正面から認めていいのではないかというのが青木委員の御意見だと受け止めていいですか。 ○青木委員 私の趣旨は、先ほどの議論でもお話しましたけれども、本人の同意により一旦代理権を付与されますと、その後本人さんがやはりやめたと撤回しても直ちに終了することにならないとすれば、そこは任意代理における代理権の出し入れとは異なる考慮が必要ではないか、という趣旨です。 ○山野目部会長 佐久間委員、そこのところまではいかがですか。 ○佐久間委員 御意見は分かりましたけれども。 ○山野目部会長 佐久間委員の御意見も、どうぞおっしゃってください。 ○佐久間委員 裁判所はそんな責任を持てるのかなと。判断の誤りというのは裁判所であってもあり得ると思いますので、必要性がないと判断したところ、やはりありましたということになると、とんでもないことになりますし、事理弁識能力の判断は必要だと思いますけれども、事理弁識能力に問題があるという方について御本人の意思を尊重していくという制度を追求していくのであれば、いかに裁判所であっても、御本人がこの方法をとおっしゃっているのであれば、認めないというのは裁判所にとってもすごく負担が大きいと思いますし、理念的にも望ましくないと私は思います。 ○青木委員 佐久間委員に確認ですけれども、先ほど私が申し上げたように、現時点において本人がその法律行為をする可能性がないような、家を持っていないのに家の処分とか、あるいは有価証券がないのに有価証券の管理とか、もちろん本人にとってみれば将来あるかもしれないと思って必要だと言っているのかもしれませんけれども、そういう点についてはいかがでしょうか。 ○佐久間委員 私は、そういうことがどのぐらい起こるかなということを、ないとは言いませんが、疑問に思います。また、そういう余分なものが入ってきても、邪魔にならないのであれば、必要なものを落とさないためには認めてもいいのではないかとは思います。今の例を伺うと、全く無意味だなと私も個人的には思いますけれども、有価証券なんかで言うと、補助の対象者でしたら別に有価証券を自分で買うことはできるわけでして、買った後、管理だけほかの人に頼むというのは「何で?」とは思いますけれども、あらかじめそうしておきたいのだったら排除する必要まではないのかなと思います。 ○山野目部会長 今の点は、引き続き御議論をお願いすることにしましょう。 ○根本幹事 実務の中で調査官調査において、この代理権は本当に必要なのかということで裁判所から御指摘がよくあるのは、例えば遺産分割のところにおいて今、遺産分割は生じていません、ただ、お若い方だけれども御両親はいらっしゃっていて、将来両親が死んだときの遺産分割も代わりに先生にお願いしたいですと保佐の範囲の中で御本人が言われているというようなケースにおいては、ここは個々の裁判官若しくは調査官の判断によると承知をしていますけれども、全てのケースで、御本人が了解をされているからといって遺産分割の代理権を付与するということは実務上は行われておらず、それについては実際に遺産分割の必要性、つまり、事務の必要性が生じた時点において改めて追加の代理権付与を申し立ててくださいということで却下の手前の段階で裁判所から御指導が入るというケースはございます。   同様に、先ほど青木委員から、不動産を持っていない方がということがありましたが、例えば保険契約なども、財産目録の段階で保険契約があるかないか分からないということであれば、不明にチェックをすれば、保険契約に関しての代理権目録を付与されますけれども、御本人が生命保険も損害保険も何も特に今ご契約がない、将来その必要性も今の時点では見込めないということであれば、例えば保険契約についても付与しないというようなことで、なぜこの代理権が必要なのかということは、調査官調査における個々の場面においてその都度、上申なり釈明が求められているというのが現行の実務と承知をしておりますので、保護の必要性はともかくとして、事務の必要性については現行実務上も裁判所は御判断をされていると承知をしています。それが1点目です。   あと、2点目の任意後見のところですけれども、それは後にします。 ○山野目部会長 根本幹事が現在の実務を紹介していただきました。今後の民法のルールをどうするかについて佐久間委員は、それをも視野に入れることでしょうけれども、なお意見をお持ちであって、先ほど意見を表明されたところでもあります。 ○星野委員 その前提で、代理権の必要性のところです。令和3年に最高裁判所が申立て書式を全国統一にされたときに、代理行為目録というのがかなりこれまでよりも詳細になったと思います。私が実務上経験しているのは、この全国統一版ができる前に保佐開始の審判をされた方が、不動産をお持ちで、不動産の売却についての代理権はあったのですが、その当時はまだ細かい設定がなかったために、不動産の売却の前に家屋をまず解体をする必要が出たのです。その家屋の解体ということに対しての代理権がないことで、裁判所に相談した結果、これはやはり改めて代理権付与の審判が必要ですということで、速やかに代理権が設定されました。ですので、時代の流れの中で代理権の付与の在り方というのが変化してきており、従前は考えられていなかった内容が、それを包括的に認めるという考え方はそのとき裁判所はされなかった、家屋の解体は別の項目であるということで、改めて付与されたという実例を御紹介いたします。 ○山野目部会長 実例の紹介を頂きました。根本幹事は、今の発言に関連してですか。 ○根本幹事 先ほど私の意見をお伝えできていなかったので。 ○山野目部会長 代理権目録の詳細性というふうに論点をよぶことにしましょうか、それについて御議論があって、まず実務の様子を教えてほしいというお尋ねが佐久間委員からあったのに対して、根本幹事がお答えいただいて、という流れでいいですか。 ○根本幹事 実務の点は先ほど御紹介したとおりですし、今議論されている改正後の制度においても、やはり事務の必要性という点については、これは障害者権利条約等との関係から見ても、裁判所が判断できる事項だとは考えておりますので、事務の必要性というところはきちんと審査をしていただく必要があるとは考えています。 ○青木委員 先ほどの佐久間委員の後半の御質問ですけれども、制度の当初は任意後見契約も手書きで自由に代理権目録を書く方が結構おられて、現在でももちろん御自分で白紙に代理権目録を書く方式は有効とされていますけれども、そこではかなり詳細な、細かい代理権目録というのもあって、それが公証人の先生の目から見て法的に特定性や内容に問題がなければ、認められてきていたのではないかと思いますが、最近では割と所定の附録2号の代理権目録を使って、そこから必要なものを選ぶという方式がどんどん広まってきているかに思います。   それから法定後見の方も、保佐に関する代理権につきましては、本人さんが、例えば何々銀行何々支店の普通預金何々の代理権というふうに申立てをしますと、それを認めていて、私もそういう保佐人をしたことがあります。その場合、私は普通預金の代理権はありますけれども、当該銀行の定期預金については触れないと、そういう付与の仕方も実務としてはされているという状況にあります。 ○山野目部会長 ここまでの御紹介を伺って、佐久間委員からもし御意見がおありでしたら、どうぞ。 ○佐久間委員 私、定見は全然なくて、今、青木委員から教えていただいたことを前提とした上で、青木委員あるいは実務家の皆さん方は、そのような極めて特定性の高い代理権の付与の在り方について、取引相手方にこれでは分からないというのは少し置いておきまして、その心配さえなければ、そのようなものもあってしかるべきというか、あるいは望ましいと思われているのか、実はそうではなくて、比較的定型的なものが中心であるべきだ、例外はあるかもしれませんが、と思われているのか、どちらかということを伺いたいと思いました。   といいますのは、任意代理権だったら、当たり前ですけれども、個別に与えられるわけですよね。そして委任状にきちんと紛れがないように書き記す、本人の責任ですけれども、書き記すことによって代理権の範囲を制御することができる。法定の制度は今のところ違うのかもしれませんが、今追求しようとしているのは、任意代理権の授与を必ずしも自分でできない人について、裁判所を通して同じような形で代理の範囲、行為をコントロールしていこうということなのかもしれないので、特定性の高いものも認めることにすれば、私の素人的な考えで言うと、本人が、先ほどの必要性の話にまたなってくるかもしれませんが、特定性の高いものを望むのであれば特定性の高い事項を裁判所に出し、そうではないもっと抽象的な、類型的なものを望むのであればそれを出し、包括的なものを望むのであれば包括的なものを出すことにすることに、何ら問題はないように思うのです。その大前提といたしまして、その特定性の極めて高い代理権を認めていくといいますか、あるいはそれでもいいのですよということにしていくことについて、実務家の方々がどう思われているのかを知りたいと思いました。   また他方で、もし可能でしたら、裁判所としても、そうすることに望ましい点、あるいは望ましくない点があるのでしたら、それも、今この場でなくていいので、教えていただければなと思いました。 ○山野目部会長 ありがとうございます。今、これから引き続き論議を深めていただかなければならない問題を佐久間委員から提起していただきましたから、今日議論を完結するという話にならないのはもちろんでありますけれども、ただいま議論の触発がされた事項について引き続き何か御意見があれば伺いますし、その他の事項でも結構です。今し方御議論を頂いた代理権目録の詳細性に関わる問題については、これまでのここでの御議論において、本人それから成年後見人の事務、取引の相手方といったような主要なアクターの観点からの御議論がありました。加えて、恐らく佐久間委員が少しおっしゃいましたけれども、裁判事務の見地から見てどうかという問題と、それから、ここで御議論いただいているような問題を後見登記の制度でどう受け止めるかということも最終的には検討を深めておかなければならないと感じられます。そういった御議論でも結構ですし、それ以外の観点でも結構です。 ○上山委員 今までの御議論を伺っていて、個人的によく分からなくなったところがありまして、意見というか感想的なものになるのですけれども、補助などを想定した場合に、本人が請求する代理権について、それを限定する方向で裁判所が介入するという実務があるということは理解したのですが、その介入については、少なくとも本人の自己決定の尊重の観点からは正当化が困難だろうと思うのです。そうだとすると、そこでの介入というのは明らかにパターナリズムによる介入ですので、別のロジックによって正当化されるのだろうと思うのですが、それが、例えば司法コストの削減みたいな話なのか、それとも別の理由があるのかというのが、もう少し検討してもよいのかなと感じました。 ○山野目部会長 今、上山委員に整理していただいたところを引き続き御議論をお願いしていくということになると思います。今御発言いただいても結構ですし、また別な機会でも結構です。 ○山城幹事 お伺いしたいことが2点ほどございます。山野目部会長から御整理いただいたとおり、ここまでの議論には、必要性の判断に関して、現行法の運用に関する認識が示された点と、今後どうあるべきかについてのお考えが示された点があると理解いたしました。そこで、恥を忍んで申し上げるのですが、現行法において代理権を与える必要性があるかどうかを判断するというのが、条文上どこに関わる問題なのかを教えていただきたいというのが1点目です。   2点目としては、事理弁識能力が不十分であることが確認されたことを前提として、本人が一定の事項について代理してもらうことを希望しているにもかかわらず、必要性が否定されるために法定代理を認めないことがあり得るのかという問題が佐久間委員から指摘されたと理解いたしました。それに対する青木委員のお答えの御趣旨が、今後は事理弁識能力に代えて必要性を判断していくという制度に移行すべきであるから、必要性と本人の意思とを判断しなければならないというものであったのか、そうではなくて、事理弁識能力の有無とはまた別に代理権を与える必要性を判断すべきだという御趣旨であったのかが少し分からなくなりまして、その点を教えていただきたいと考えております。 ○山野目部会長 今の山城幹事の問題提起にお尋ねの部分が含まれていたと感じますから、直ちに御発言を頂く方がいらっしゃれば承りますし、そうでなければ引き続き委員、幹事において各自お考えいただくという扱いにしますけれども、よろしいですか。 ○青木委員 山城幹事の後半の御質問についてですけれども、元々この部会資料にも出ていますけれども、当面御本人さんが当該事項について何らかの法的事務を行う必要性及び、それを自ら意思決定することができないので第三者による代理代行をする必要性の2点の必要性だと整理されてきていると思いますけれども、私の先ほどの、山城幹事の御質問との関係で言うと、事理弁識能力というか判断能力の不十分さは、御自分が自ら意思決定することができず代理代行する必要性というところに関わる問題であり、それとは別にもう一つの必要性として議論しているのは、現に御本人さんがその法律的な事務をする必要性があるかというところに関わって、現在不動産を持っていない、有価証券を持っていない、保険を持っていないというときに、その必要性があるかという問題としての議論ではないかと思っております。   やはり法定代理制度が御本人に対する介入であるという、御本人の権利の制約という観点から言いますと、そういった御本人さんの現にその法律事務をする必要性というのを要件とするという関係で、本人が同意をしているにもかかわらず必要性がないという判断を裁判所がするというのはあり得るのではないかという意見ということになります。 ○山野目部会長 山城幹事、いかがですか。 ○山城幹事 承知いたしました。ありがとうございます。 ○根本幹事 山城幹事からの1点目のところについては、必要性が実体法上のどこの要件になるのかということですけれども、例えば保佐であれば876条の4において、代理権付与の必要性というのが実体的な要件になっているというのが実務上の理解でもあるかとは思います。立法担当が書いておられる平成11年民法一部改正等の解説の319ページ等でもそういった記載があるようではありますし、実務上もそのような理解になっているかと思います。 ○山野目部会長 参考になる情報提供を頂きました。 ○向井幹事 先ほどから、現状の保佐・補助事件の裁判所の代理行為目録の取扱いについて何人かの方から発言がありましたので、現状の取扱いについて一般的な内容を少し御紹介致します。   現状、確かに何人かの方がおっしゃったとおり、代理行為目録は多岐にわたる事柄が書いてあり、チェック式になっていますが、全部の項目にチェックを付けて代理権の付与を求めるような申立てがままなされます。実際にその行為を行う必要性がどこまであるのかを疑問に思うようなものもありまして、そういった事案で、本当にここまでの行為が必要ですかといった意思の確認をするということはやっており、確かにこの行為の代理権は要らないということになれば、そのチェックを外してもらうというようなことはやっております。けれども、将来に備えてどうしてもこれは必要であるということで、代理権付与の求めを維持すると言われたときに、実際に裁判所が却下までしているかという点については、一般的には却下まではしておらず、本人が必要だと言っている以上は付与するということが大半なのではないかと思っております。そういった意味では、パターナリスティックに考えて裁判所が必要性がないと考えて却下することは、少なくとも一般的とはいえないと考えております。その一方で、立法としてこれがどうあるべきかということについては、別の問題であろうかと思います。今申し上げたのは、飽くまでも現状の取扱いということになります。 ○山野目部会長 御案内を頂きました。ありがとうございます。 ○星野委員 佐久間委員が言われた、実務家として、それが包括的な代理権なのか、詳細な代理権なのかというのは現実にどうなのか、みたいなお話が先ほどあったと思うので、少し発言したいと思いました。   先ほどの不動産の解体が追加された案件ですが、現状の民法で言えば、このことに同意をすることが御本人ができなければ、類型は保佐ではなくて後見相当という判断になるのが現行の民法だと思います。現実には、そこでは御本人の確認を調査官がされて、代理権付与に同意があったということで、保佐人に同意権が追加されたわけなのですけれども、こういう状況を今までも鑑みて、後見類型であれば包括的だから、御本人に何も説明せずに権限行使をしてきたかというと、そういう事例が全くないとは残念ながら言えないのですが、今この議論している目指すべき方向性というのは、御本人の意思の尊重であったり意向の確認であったり、そういうことが言われているわけですので、これは私の個人の意見であり、社会福祉士全員がそう思っているということではないことは少しお断りしますけれども、私は現実的にやはり必要が生じたときに本人に確認をするということを、本来やはりこれから後見人として働く者はそういう義務があるということを、そう思ってやるべきではないかと個人的には感じています。それが実際できていないことの反省を踏まえながら、そう思っています。ですので、包括的な代理権というのは、権限があるからいろいろなことを省いてしまう、つまり意思決定支援の在り方というところを省いてしまうという危険性を感じています。 ○山野目部会長 代理権の行使に当たって本人の了解を得られるよう努めましょうという点は取消権のときと議論が同じであり、今、星野委員はそのことを述べてくださいました。それとともに佐久間委員が、包括的なものを考えていってもいいではないかとおっしゃっているところは、包括にするから本人の了解なんか飛ばしてやるぞとおっしゃっているものではなく、それ論点の性質としては異なる次元のお話であるという整理も要ると感じられます。 ○野村幹事 実務上、保佐の事例で、申立人が介護サービス契約の代理権の付与を申し立てたところ、裁判所の方から、医療契約の締結とか入院契約、それらの支払いの代理権も必要なのではないかという提案を受けて、本人の同意を得て付与されたということがあります。実務上は客観的な必要性というのは考慮がされており、また考慮が必要なのではないかと考えています。   本人の請求又は本人の同意のある法律行為について代理権を付与するのですが、保護の必要性は別途必要なのではないか。例外的に本人の請求又は本人の同意がない場合であっても、本人にとって見過ごすことができない重大な影響が生じる場合には、必要性について厳格な審査を行った上で、必要最低限の代理権を付与するというのでいいのではないかと思います。   前提として、法定後見において保護者にどのような内容の代理権を付与するかの整理が必要なのではないかと考えています。仮に本人の自己決定権の尊重の観点から、法定後見における代理権の付与を重要な法律行為に限定するとすれば、現在は後見人が行っている介護、福祉、行政の諸手続や、日用品の購入や、そのための銀行口座の出納などを代行する他の制度が必要になるのではないかと考えています。 ○山野目部会長 御意見を頂きました。   花俣委員、お話があったらどうぞ。 ○花俣委員 この場にふさわしいのかどうか少し分からないのですけれども、いずれにしても法律的な議論には、あるいは実務上の課題については、ここで私が意見を申し述べることは無理だと思っています。この議論の流れを見ていると、現行制度ありきを起点とした御意見と、それから制度改正を前提とした議論なのかというのが混沌としていて、非常にややこしいと感じています。   民法改正の議論の前に、成年後見制度利用促進法が定められた時点で、何でこんなに利用者が少ないのか、そもそも何のメリットも感じられないような制度では無理だよねというような、そういうところからスタートして、第一期計画、第二期計画と進んで、そして民法の改正、その一方で、本来であれば持続可能な権利擁護支援体制整備ということが同時進行的に進められるべきだと思っています。青木委員の資料にもありますように、認知症に罹患したがゆえの制度利用の必要性が生じた事例というのが幾つも紹介されています。これが今抱えている現状だと、見方を変えれば、そういう言い方もできると思います。   これは、既存の社会資源をうまくマッチングしたり融合したりすることで、第二期計画で閣議決定された持続可能な権利擁護支援の体制整備というのは、かなり具体的に可能になると思っています。この民法改正の議論の中で、そもそも大前提がどこに行ったのかなというのを先ほど来ずっと感じており非常に難しい議論を何とか理解しようと思って座ってはいるのですけれども、なかなか難しいなというのが今の本音であります。感想でしかないし、この場にふさわしいかどうかも私にはよく判断できないのですが、意見を求められたので、申し述べさせていただきました。 ○山野目部会長 現在の実務の確認と今後の新しい規律の在り方は、花俣委員におっしゃっていただいたように、異なる論点です。それと同時に、二つをにらみながら検討していかなければいけないという手順も要りますから、なるべく議事進行の整理に努めますけれども、お付き合いいただければ有り難いと存じます。まだよく見えない部分がありますけれども、新しい民事法制の規律の姿が少しでも見えてくるようになれば、持続可能な権利擁護支援モデルの、モデルにとどまっていない制度化についても、やがて見通しが得られるような動きを進めていかなければならないということも同感でございます。ありがとうございます。 ○久保委員 今のいろいろな議論をお聞きしていて、私は意思能力ってどう見るのかなというのがとても疑問になっているのです、私の中で。本人は自分の思いを自分の言葉できちんと言えない人は、知的障害でたくさんおられるわけですけれども、その人たちであっても、これでいいかと思って周りの者がやると、本人はそんな思いではなかったみたいで、すごく怒ったりされることが支援の中でもあるわけです。ということは、聴いてもきちんと自分の思いは言えないけれども、実際、やられてしまうという言い方は変ですけれども、自分の思いと違う支援があったときに、自分はこんなことを思っていないのにと言ってわっと暴れてしまう方は結構おられるのです。ですから、やはり自分で自分の思いというのをきちんと言えない人であっても、意思はあると私は思っているのです。   親としても、我が子は最重度ではありますけれども、嫌なことは嫌だと言って、言葉はないですけれども、ぱんとはねのけたりしますから、きちんと意思を持っているなと思っているのです。でも、今どう考えているのかというのは親であっても分かりにくいところがたくさんあるというのがあって、本人の意思をどう酌み取るか、本人の同意を求めるときの本人の意思をどう酌み取るかというのは、とても難しいことだと思いますけれども、そこがまた今日の議論の中にも、同意とか意思能力とか、そういうことがたくさん言葉が出てくるということは、とても難しいことを、私たちは本人のことを思いながらこの議論をしていかなければならないのだなと思っているのですけれども、基本的に親としては、後見に確実に、うちの息子なんかは後見の対象ですけれども、その息子であっても意思はあるということは大前提として捉えておいていただいて、では代理権をどうするのかというのは、私はやはり最低限にしていただいて、必要になったら、またそのことについて付与していただくという、そういう形をお願いできたら有り難いなと思っています。 ○山野目部会長 よく分かりました。ありがとうございます。   部会資料2の5の部分について御議論を頂きました。3点ほど御案内を差し上げます。   1点目は、代理権を付与するという扱いを裁判所がとるに当たっては、一方で本人の意向といいますか意思、それからもう一方で代理権付与の必要性、こういった要素を十分に考慮して、その事務が取り扱われるようになっていくことが望ましいという点については、多くの委員、幹事の間に共通の発想があったようにお見受けを致します。   2点目といたしまして、その上で、しかしこの本人の意向、意思の観点と客観的な代理権付与の必要性というものをどういうふうに要素としてクロスさせるかという議論の段になりますと、取り分け本人が同意をし、あるいは請求をしている場合においても、必要性が認められない場合には代理権を付与しないというふうな扱いが考えられるのではないかという、この発想をめぐって活発な御議論がありました。上山委員からは、一種のパターナリズムとして整理しない限り正当化が難しいのではないかという御注意があったものでありまして、そういったものを踏まえて今後議論が深められていかなければいけないと感じます。   3点目といたしまして、代理権目録の詳細性に関して、深められた論議をしていただきました。代理権目録の詳細性のコントロールをどうするかによって、本日御議論がありましたとおり、本人、成年後見人、取引の相手方、裁判事務、それぞれのプレーヤーにとってどのような影響、負荷を及ぼすかということの検討が引き続き行われるべきでありますし、あわせて、後見登記の事務にどういうふうな影響を及ぼし、また後見登記がどのような役割を果たしていくかということについても今後、検討していく必要があると感じられます。   部会資料2についての審議をここまでとし、休憩にいたします。           (休     憩) ○山野目部会長 再開します。遠隔で御参加の先生方もお待ちでいらっしゃいますから、再開をお許しいただきたいと望みます。よろしいでしょうか。   部会資料3をお取上げくださいますようにお願いいたします。部会資料2の方が終わりましたから、部会資料3の方に進んでいただきます。部会資料3は、法定後見の終了に関する検討についての御審議のお願いになります。   初めに、部会資料3の1の部分、法定後見の終了に際しての考慮要素、この部分につきまして事務当局から説明を差し上げます。 ○水谷関係官 御説明いたします。部会資料3の1ページ、「1 法定後見の終了に際しての考慮要素」は、法定後見の開始後に法定後見による具体的な保護の必要がある事情等が消滅したときに法定後見を終了するものとすることなどについて御議論をお願いするものです。   2ページの3(1)では、法定後見の開始に際して、例えば取消権や代理権による具体的な保護が必要であることを要件とする場合には、現行制度における補助人の同意を要する旨の審判や、補助人に代理権を付与する旨の審判を取り消す場合と同様に、審判後に具体的な保護の必要性が失われたときは法定後見を終了するものとすることが考えられることについて記載をしています。   その上で、ここでの検討を進めるに当たっては、審判後に具体的な保護の必要性が失われたということがどのような場面をいうのかについて、整理しつつ検討する必要があると考えられますことから、まず、3ページの(2)では、取消権、同意権による具体的な保護の必要性が失われたことの意義について検討する際の観点を記載し、(3)では、代理権、財産管理権による具体的な保護の必要性が失われたことについて、代理権の対象行為の内容に照らした検討をする際の観点を記載しています。また、6ページの(4)では、本人の請求等を要件とする審判の確定後に本人が法定後見による保護を望まなくなったことについて、(5)では、法定後見以外の支援等があることについて、それぞれ法定後見の終了に際しどのように考慮することが考えられるのかという点について記載をしています。7ページの(6)では、本人の判断能力に変化がない状況で法定後見を終了した後に、再度法定後見による保護が必要となった場合について、速やかな保護の開始や手続的負担の軽減を望む意見があることを踏まえ、現行制度上の申立てに伴う手続的負担について記載するとともに、再度の制度の利用に関するニーズについての考え方等を再整理しています。   これらの観点も踏まえ、法定後見の終了に際しての考慮要素について御議論を頂ければと考えております。 ○山野目部会長 部会資料3の1の部分について説明を差し上げました。御意見を承ります。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。2点ありまして、まず、法定後見の開始時に必要性を考慮するのであれば、その必要性が失われたときは制度利用を終了することは当然の帰結と考えていますので、必要性が失われた法定後見を終了することに賛成します。何らかの法律行為について必要性に迫られて成年後見制度を利用したが、一度利用するとやめられないということが制度の利用をちゅうちょする一因となっている状況を見直すことは、本人に対する制約を最小限にするという点からも、制度の利用しやすさにつながって、制度の利用が促進されるという点からも、デメリットよりメリットの方が大きいと考えています。ただ、本人が制度を継続して利用することを希望するのであれば、本人の意向をもって必要性を認め、殊更他の保護の方策があることを理由に、必要性が失われたとして利用を制限することはなく、利用を継続できるような制度が望ましいのではないかと考えています。   2点目は、法定後見が実際に終了するに当たっては、適切な引継ぎ先を確保できるかどうかがとても重要であり、特に終了後の財産引継ぎについて大きな問題があると考えています。本人に引継ぎ可能な場合や、社会福祉協議会等の公的な機関に引継ぎができるのであれば、比較的容易に引継ぎが可能ですけれども、親族に引き渡す場合は、親族間に争いがないのか、争いがあった場合は誰に引き継ぐのかについて難しい判断を迫られますし、その判断について後見人や家庭裁判所がその責任を追及されるということも考えられます。親族以外の法人などに引き継ぐ場合も、その判断は更に困難になってくると思います。法定後見を終了させるには、後見人がいなくなった後、誰がどうやって本人の身上保護や財産管理を行うかについて適切なプランがあることが必要だと承知しています。それがない場合は、終了させることによって本人に大きな不利益が生ずる可能性があるため、必要性が失われたとはいえず、法定後見を終了できないのではないかと考えています。法定後見以外の支援をどのように準備するのか、その信頼性をどのように確保するのかが、法定後見を終了させるに当たっての最大の課題ではないかと感じています。 ○佐保委員 ありがとうございます。2ページからの検討にある、法定後見開始の要件として考慮することとした事由が失われたことを法定後見の終了事由とすることについて、障害や症状の回復が認められ家庭裁判所で取消しが認められない限り後見制度を途中でやめることができないことが制度を利用しにくくしているという現状を踏まえれば、具体的な保護が必要でなくなったことを法定後見終了の事由とする方向性には賛同いたします。具体的には、後見開始の際に保護する必要があると判断するための複数の要素について、そのうち一つでも解消されれば、保護が必要なくなった、つまり法定後見終了の事由とすることを検討すべきと考えております。   他方で7ページのとおり、一旦法定後見が終了したとしても、再び取消権や代理権による保護が必要な状態になる可能性も十分に考えられることから、再度利用する場合の手続や費用の負担軽減といった視点も重要と考えます。ただし、過去の指摘にある、法定後見開始の審判を取り消さずに保護者選任の審判のみ取り消すという方法は現実的ではないと考えており、負担軽減については、そのニーズを十分に調査、把握した上で、保護の必要性を法定後見終了の事由とすることとは切り離し、別の支援の在り方を検討すべきと考えております。 ○山野目部会長 ありがとうございました。連合におかれて事前に十分な検討をなさってきて今、御意見をおっしゃっていただいたということを伺うことができました。どうもありがとうございました。   引き続き伺います。いかがでしょうか。 ○根本幹事 終了の場面において、いわゆる補充性要件若しくは補充性の要素が際立ってくると考えています。その関係で、三つの点を指摘させていただきたいと思います。   まず、補充性要件の意義といいますか位置付けですけれども、ここにおいては、やはり後見制度以外のほかの選択肢を選べるということが非常に重要だと思っています。ほかの選択肢を選ぶということについて、そこは御本人の意思ないし意向ですとか、若しくは社会資源の状況等の環境要因というのが影響するということになると思います。   2点目として、補充性の観点を検討する上で非常に重要になってくるのが、繰り返しになりますが、現行法でいう9条ただし書、いわゆる日用品の購入若しくは日常金銭管理、日常金銭管理が9条ただし書に含まれるかというのは、これも論点ですけれども、日常金銭管理というものをどのようにこの改正の中で位置付けていくのかということが非常に重要になってくると思っています。   3点目の指摘として、特に終了という場面において補充性との関係で検討するべき具体的な場面として、五つほど想定されると考えていまして、それが、そもそも部会資料にある継続的な課題なのかどうかというところも含めて議論になるのかもしれません。   一つ目は今申し上げた日常金銭管理に関するところです。   ここは、小澤委員からの御指摘にもありましたけれども、総合的な権利擁護施策との関係にもよりますし、地域福祉との関係性ということの充実度にもよってくるわけですけれども、例えばこの日常金銭管理についても、新しい後見制度を利用したいと御本人がお考えになるのか、そうではなくて地域福祉によりたいのだとお考えになるのかというところにおいて、補充性という要件が際立ってくると考えています。二つ目としては、部会資料にもありますけれども、入所等の施設に御本人がお入りになっている、その見守りというものを後見制度で担っていくべきなのか、それともそうではなくて地域福祉なり、若しくは社協を中心とした別の枠組みで担っていくべきなのかということになってくるのだろうと思います。   それから併せて、私は保全的な管理というふうに呼ばせていただきますけれども、例えば遺産分割や不動産売却等が終わって多額の金銭を保有されている、遺産分割や不動産売却という個別課題は終了しているかもしれませんけれども、果たして御本人が多額の金銭をお持ちの状態で終了させてよいのかという問題はあるかと思います。ただ、ここについて多額の金銭を保有されているという一事をもって後見制度を継続させていくとすると、これもたくさんの後見制度が終わらないということになってしまいますので、そこにおいては、例えば信託というような仕組みもあるかと思いますし、場合によっては、現行法で行われている後見制度支援信託・支援預貯金を後見制度が終了した後も、例えば定期交付に限って、つまり臨時交付や何か枠組み自体をいじるという判断においては、これは後見制度の利用がまた必要になるのかもしれませんけれども、定期交付に限って維持されるというようなことがもし金融実務上可能なのであれば、こういった仕組みも含めた検討というのが補充性との関係ではされていくべきではないかと思っています。   あと五つと申し上げましたけれども、四つ目は不動産の賃貸管理というところです。これについては、例えば、必ずしも不動産管理会社がいればよいというわけではないとは思いますので、例えば更新の契約ですとか不動産賃貸管理というのは、これは継続的に後見制度を利用する必要性が高いものと分類できるのではないかと思います。   最後に、親亡き後との関係で、ここも、例えば、いわゆる親亡き後といわれる身寄りのない障害の方がお一人いらっしゃるというときに、特定の後見人や法人後見も含まれるかもしれませんけれども、そういった方にお願いされていきたいとお考えになるのか、若しくは地域福祉や入所先を含めた支援機関に委ねていかれたいとお考えになるのかというところも、補充性との関係で選択できるというふうに制度設計を考えていくべきではないかと考えております。 ○野村幹事 一般的、抽象的には、問題が解決したら代理権は要らないといえますが、判断能力が不十分な方の日常生活の支援を具体的に想定した場合には、本当に要らないと言ってしまってもよいのか、実務上はちゅうちょする場面が少なくないのではないかと思います。当初予定していた課題が解決した後であっても、別の課題が発生して、同種のまた別の代理権が必要とされる場合が生じたという経験は、後見人であれば、少なからずあると思います。例えば、預貯金取引において口座振替がされていれば、以後代理権は要らないともいえますが、口座振替をしていても、引出し、預入れ、振込、口座解約等の取引が別途必要になることも多いですし、例えば金融機関の店舗の統廃合で再度口座振替の手続をし直さなければならないケースなどもあります。このほかにも、介護サービスの契約に関しても、特別養護老人ホームに入所して、その後は安定した生活を送るだろうと思っていたところ、治療の必要性から介護医療院に入所する手続をとらなければならないこともありますし、そういったその他の施設への入所だけではなくて、急性期の治療のため入院を繰り返して、次の入院、入所先を見つけられず、やむを得ず自宅に戻るケースもあります。この場合には、様々な代理権が再度必要になります。   そういったことがあっても代理権を存続させる必要はないとしてよいのかということに関しては、当事者や当事者に近い方の御意見を伺う必要があるのではないかと感じております。代理権については、私たち後見実務を担う者は、主に本人の意向を踏まえた、あるいは本人の意向に明らかに反しているわけではない代理権の行使という場面を想定しているので、必ずしも謙抑的に行わなければならないというわけではないのではないかと思われます。   最後の引継ぎのところですが、この終了時における財産の引渡しというのは実務上、一番問題になるところかと思います。原則として本人又は本人が指定する者に引き渡すことになるかと思いますが、本人が意思無能力の状態にあるなど、本人又は本人が指定する人に引き渡すことが困難な場合には、後見人を含む支援チームで検討して、家庭裁判所に相談した上で引渡しを決めるのが望ましいと思いますが、法的な権限のない方に引き渡すのは難しいのではないかと感じております。引渡し先を決めるのが難しい場合は、本人の財産を管理するために必要な範囲で法定後見を継続する必要があると思います。 ○星野委員 今いろいろ皆様がおっしゃられたことと重なる部分もあるのですが、取り分け4ページのウのところについて、いわゆる施設入所契約、入院契約、介護契約などが終わったけれども引き続き見守りが必要ということについてです。このことは、実は成年後見制度を利用している方だけが必要な仕組みではなくて、全ての方に本来求められる権利擁護の支援の必要性だと思っています。ですから、この終了の話というのは、民法改正とともに、やはり社会福祉法制がどうあるかというところとセットになって考えなければ、実際には終了できないケースがかなり多くなってしまうのではと、実務的にも少し感じて懸念しているところです。   財産管理に関しては、先ほど根本委員もおっしゃられました後見制度支援信託・支援預貯金というものが、今は後見類型の方しか使うことができないものになっていますが、類型を限定せずに本人が望んで、こういった形で財産管理をしたいということがあれば使えるように変えることは、現実的には可能ではないかと思います。   財産管理ではない、いわゆる身上保護の部分については、後見制度を利用し続ける必然性がどこにあるかというところは、正に今の社会福祉法制、地域福祉がどのようになっているかということと大きく連動すると思いますが、ただ1点言えるのは、後見人であった者が後見人ではなくなる、立場が変わって関わり続けるという仕組みというのも本来、検討されていいのかなと考えます。特に社会福祉関係で実務に付いていると、その必然性をすごく感じています。こういったことも一緒に議論されていかないと、終了するという判断が難しいかと思っています。   最後に、7ページの再び必要になるというところですが、ここで書かれている内容というのが、例としてイのところで、例えば類型を変える場合みたいなところもあるのですけれども、今、保佐から後見に類型が変わる、あるいは逆も含めて類型を変える申立てを行うときには、初回と同じ申立てに必要なものが全て求められるのが実情です。これを変えていくということは、やはり法的なルールが必要ではないかと思います。代理権付与については比較的、多くの書類は求められることはないと思いますので、代理権を新たに追加するというような考え方を準用しながら、改めてまた必要になったときにどのような手続が必要なのか、これは法的に整理していく必要があるのだろうと思います。 ○佐久間委員 ありがとうございます。一般的には、皆さんおっしゃったことだと思いますけれども、制度利用の必要性が本当になくなったのであれば、制度の利用を継続させる理由はどこにもないと思いますので、終了を認めればいいと思います。ただ、その必要性が本当になくなったのだという判断がそれほど簡単に付くのかな、というのが疑問になると思うところです。   休憩時間の前の話にも少し関わりますけれども、例えば代理の場合に代理権を特定の行為について与えているということであれば、当該特定の行為が終わればもう代理の必要なくなったということは、これは明らかでありますし、そこで、例えば金銭が得られた、その金銭の管理をどうするというときに、そのための代理権が与えられていなかったら、もう一遍与えるしかないということも明らかなので、そういう場合は悩ましくないと思います。それに対し、比較的範囲の広いものについて代理権が与えられているとか、包括的に代理権が与えられているというようなときには、その必要性がなくなったという判断は、幾ら御本人がどうだとおっしゃったとしても、そう簡単には付かないのではないかと思っています。   それと、制度の利用のときにももちろん問題になることではあると思いますけれども、当該制度の利用が始まって、本人の保護は比較的安定しているという状況で、本人の周りにいる方が、本人の保護がきちんとしていることによって自分にとっての利益、本当は法的には利益はないのですけれども、うまみがなくなったとかというようなことだって起こり得ると思います。そのときに、これも改正の内容に入ってくるのかもしれませんけれども、審判の取消しの請求権者が比較的広くなっているという状況だとすると、例えば、その人が、本人にはうまく話を通していて、現実の保護者を抜きにして審判の取消しの請求をする。その請求に本人が同意しているということで保護が終了するなどということになりますと、これは御本人のためにならないだけではなくて、法制度が親族間、関係者間の醜い争いに、手助けはしないのかもしれないけれども、その手段を与えるというようなことにもなりかねないので、そこは気を付けなければいけないのではないかと思っています。一旦保護が始まった以上は、やはり保護が始まる前とは状況は変わっていることがあり得るということです。   それともう一つ、今、星野委員がおっしゃったのだと思いますが、一つ気になることがありました。おっしゃっていることが間違っているとは思っていないのですけれども、それまで保護者、後見人であったという人が、一応必要性がなくなったからということで、制度利用が終わりましたと。その後もしかし、立場を変えて同じように関わり続けるというのは、実際上やる事務はそれほど変わらないのに、後見人であったときは法的義務の下で職務を遂行していたところ、かっちりとした契約が結ばれていてその後、終了後の事務が行われているのであれば、契約上の義務に置き換わるということかもしれませんけれども、事実上の保護に結局移行しているというようなことになりますと、一般的に保護されている方に悪意があるなんていうことを思ってはいませんけれども、しかし法的義務がなくなった形で同じことをやるということになりかねないわけですので、仮に終了するということを認める場合には、それまでの保護者による保護は不要であるということが、また、その人たちの立場が替わるだけではないのだということがはっきりされていないといけないのではないかと思います。地域全体で見守りをしましょうという枠組みの中にあれば、そういう心配は現実にはないのかもしれませんけれども、一つ前に申し上げたのと同じことになるかもしれませんが、親族が関わってくるということになりますと、それぞれの利害が場合によっては裏にはあるということにもなりかねませんので、そこは十分に注意をしないといけないのではないかと思っています。 ○根本幹事 今の佐久間委員からの御指摘との関係で、私からも3点申し上げたいと思います。   まず、最後におっしゃっておられた事実上の関与という部分については、私も消極に考えてはおります。というのは、やはり責任や義務という関係で、果たしてどういった責任や義務との関係性を整理していくのかというところが、少し法制上難しいのではないかとは思っております。   あともう1点、包括的な類型で果たして終われるのかというところ、若しくは包括的でないにせよ広い代理権が付与されている状況で終われるのかというところについては、日常金銭管理ですとか日常的な見守りを後見制度が担っていくべきなのか、後見制度だけで担っていくべきなのかどうかという、そのとらまえ方によるのではないかと思っております。実際に実務の中でも、様々な課題がある中で課題を順次処理していって、最終的には日常的な金銭管理と日常的な見守りだけがずっと残っているという事例は、散見されるように承知をしています。そういった状況になったものについて地域福祉若しくは総合的な権利擁護施策との関係で後見制度を終わらせていくというのが、今回の改正の一つの主題ではないかとは考えております。   あとは、終了の判断の枠組みとの関係ですけれども、特に、例えばここで御本人の同意が開始時にあった場合に、若しくは御本人の同意を開始要件と考えた場合に、終了時に本人の同意というものをどのように捉えていくのかということも議論されなければいけないと思っています。これは、終了時に本人の同意が継続している必要があるのかという問題提起として捉えるよりは、御本人の同意があるものとして開始されたときに、御本人がその了解を途中でやめたいとなった場合に、そこをどのように対処するのかということの視点で議論するべきことではないかと思っています。   ここは、その終了の判断の取消し、制度の終了の申立権者を誰にするのかという議論ももちろんあるかとは思いますけれども、併せて、その時点での御本人の同意能力の問題ということもあると思いますし、事務の必要性や保護の必要性といわれるものがその時点においてどのように変化をしているのかということも改めて審査するということになるかと思います。ですので、ここは同意が継続していることを求めるということは法制上難しい部分はあるかもしれませんけれども、当該取消し、その制度の取消しということが申し立てられたところを時的な基準として判断するということは可能ではないかと思っておりますので、その辺りの検討というのが終了との関係ではされる必要があるかと思います。 ○山野目部会長 論議の混乱を避けるために二つ申し上げます。一つ目は、休憩前の議題の際に、本人の了解という言葉を用いた方が混乱がないのではないですかと申し上げたところは、個別の取消権行使や代理権行使の場面で本人とよくコミュニケーションをとってください、本人の意向に反して行使するということは困るから、了解を得てくださいという話でした。了解なる法律概念はないですけれども、それが単なる意向として最終的に整理されるか、それとも意思表示として整理されるかは今後議論していきましょうということを申し上げました。それとは異なって、開始要件のところの同意というものは多分、今まで議論してきたところは意思表示という理解であると思われますから、そこは別に了解と言い換える必要はありません。開始要件のところは、もし同意を要件とする場合には、裁判所がそれをチェックしますから、同意がありましたねといって審判をすることになります。そこで、不安定性はないと考えられますけれども、これに対し休憩前に議論があったものは、取消権行使や代理権行使の場合において本人の同意が法的な要件ですよとおっしゃったから、佐久間委員の方から、それでは不安定になるというお話があり、どうして解決しようかというお話になりましたから、当面、了解という柔らかい言葉で議論しましょうかというガイドを差し上げました。   もう1点、ガイドを差し上げますが、星野委員から、成年後見人を退いた後も本人の傍らに居続けて仕事をしてあげたらとおっしゃったのに対して、佐久間委員と根本幹事から御意見がありましたけれども、私の感じるところでは、星野委員は社会福祉士のごく普通の仕事のなさり方をおっしゃっているものであって、それほど目をつり上げて、というか、誰も目はつり上げていませんけれども、目をつり上げて心配することではなくて、だから、佐久間委員、根本幹事と星野委員の両方にお話を差し上げるとすると、星野委員がおっしゃっているものは、別に法的に引き続き何か権限を持ち続けるということを述べているものではなくて、恐らくこれは、どの専門職が成年後見人になっているかでイメージが全然異なりますけれども、社会福祉士の場合には成年後見人として仕事しているときからチームの一員です。元々そのチームの中にいたから、辞めた後もチームの中に残りますね、本人から見れば、顔をよく知っている人が引き続き来てくれるから、安心して引き続き支援をお願いしますね、と、そういう運用というか実態のことを先ほどお話していただいたのですね。それは全然おかしくない話です。   そういうことをおっしゃっていただいたから、それは別に何か新しい法的ルールを民法に作ろうという御意見ではなかったと想像します。根本幹事と佐久間委員は、何かそういうことを法的なルールにしよう、ここは法制審議会ですから、法的なルールを作る提案かもしれないと受け止め、そういうことを民法に規定したりすると心配なことがありますね、というふうに御注意なさったものであり、その御注意は御注意でもっともなことであろうと考えます。 ○星野委員 おっしゃるとおりです。そういう仕組みも社会福祉法の中にあってもいいのかなというところで、後見制度と同じような権限を持ってやれないわけですから、そして、ずっと続けていく必要性もないと思っていますが、そういう仕組みもないと終了というのがなかなか難しいのではと、そういう意見です。ありがとうございます。 ○山野目部会長 ありがとうございます。   引き続き、お願いします。 ○沖野委員 ありがとうございます。今までの御指摘の中で少し分かっていないところがあるものですから、その点をもし教えていただければということで、2点を申し上げたいと思います。   一つは、ここでのテーマは法定後見の終了に関する検討となっていまして、具体的な保護の必要性を基礎付ける事情等が消滅したときには、正にもう必要はないということで終了するという、その考え方自体は、もちろん一般的にこれを否定するということは多分余りないのだと思うのですけれども、一方で終了というときに常にセットになって出てくるのが変更というものです。それで、今まで御指摘があった事項の中には、これを終了させるのが適切ではないという場合の一例として、具体的にこのような事項について法定の保護者を付ける必要があると、そちらの方は終わったのだけれども、別件が持ち上がっているというような場合、あるいはそれが想定されるというような場合があったり、あるいは一部必要でなくなっていたりという場合があるという御指摘がありました。   ただ、一方でそれは言わば変更の問題ではないかという気もしまして、更に言うと、そういった事項がたまたま別の、本来最初に設定された課題は無事解決しましたというタイミングで浮かび上がってくるわけではなくて、それがある段階で浮かび上がってくるということはありますので、実際にはそのような場合には更に、特定の代理権ということであれば代理権を追加するとか、あるいは同意を要する事項を追加するとか、拡張とか、それから、余りに広範になっているということであれば一部取消しというのを持ってくるということがあり得ると思うのですけれども、一種の変更での対応という問題は現行法ではどうなっているのかということと、ここでの終了というのは、それをも考慮するのか、それは一応別立てとするならば、終了として取り組むべき問題というのは、元々そうだったのかもしれませんけれども、その範囲の確定という問題があるように思われますので、変更をどう捉えるか、あるいは終了というときに、そういうものを念頭に置くかということについて、現状はどうかというのと、それから、ここでの議論として検討する事項が何かということについて明確にしていただけると、より分かりやすくなるのではないかと思いました。それが1点目です。   もう1点は、法定後見自体は終了させるのだけれども、引き続きの活用とか、あるいは他の制度への移行とか、あるいは他の形での現状の活用というようなことは確かに十分考えられると思うのですけれども、その中で少し気になりましたのが、後見制度支援信託や後見制度支援預金において定期的な給付の部分は残してはどうかというような話が何を意味するのかということです。といいますのは、私は後見制度支援預金や後見制度支援信託の鍵は、家庭裁判所がチェックをして、その指示書によってその預金の使い方だとか活用に枠をはめているというところではないかと考えておりまして、それに対して、金融機関として複数の預金口座を用意して日常預金口座の方に定期的に入れていくとか、それは商品設計として普通にできるかどうかという、そのビジネス商品の設計の問題のようにも思われます。   そうであれば、金融機関としてやっていただけますかというような話になると思うのですが、前者であると、後見は終了したのだけれども一定の家裁のチェックだとか判断を仰ぐとか、そういう制度を用意するのかということにもなりまして、少し飛んでしまいますけれども、最初の方で出てきた判断能力には全く問題なくて、意思決定も問題はないのだけれども、意思表示などに支障があるというようなときに、この後見を使えるようにするかというような話の中で、それは結局任意代理を使えばいいのだけれども、適任の人を選べるかとか、適任の人は例えば弁護士会で御案内くださるとかにしても、そこにやはり裁判所のチェックが掛かっていることが大事なのですというような御指摘を頂いたのですが、そのような裁判所の監督だけを使うというのがあり得るのかという、非常に難しいのではないかという気もするものですから、一体どういうことを指して構想しているのかということを少し明確にした方がいいのではないかと思いました。   長くなって恐縮です。以上です。 ○山野目部会長 沖野委員から大きく二つ頂いたお話のうちの、まず前半の方から承って、お話を続けます。いわゆる変更の概念に関して、お尋ねの仕方でお話を頂戴いたしました。お尋ねが、現状はどうかというお話と、それから、ここでの今後の法制の検討に向けてどうかというお話を頂きまし。たどちらもお尋ねの仕方でいただいているものの、恐らく、少なくとも今後の部会における検討でどう考えていくかということに関して言えば、終了の概念と変更の概念とを見比べて整理するという必要があるから、今後それをしてください、という御意見を頂いたと受け止めてよろしいでしょうか。根本幹事がおっしゃった例で言うと、沖野委員がおっしゃっていることは、不動産の賃貸借契約の締結という代理権が与えられたとしても、それは締結してしまえば終わるから、終了だねということになるけれども、しかしその後の賃貸不動産に係る契約更新の事務などは続くわけです。そうすると、そのときにはそれは後見が終了するというよりは、更新に関する権限を追加するという変更をするということではないか、あるいは見方を改めると、最初から賃貸借契約の締結と、それに係る更新の事務というふうに代理権を付与しておけば、今度は、その終了原因はまだやってきていないから、最初に与えられた代理権がずっと続いていくということではないか。そうすると、終了という言葉で部会資料で問題提起をしている事柄は、実は変更であるとか、当初の段階における代理権付与の詳細性、包括性の問題とか、他の論点と関連させながら、なお概念の整理が必要であるというお話を頂いたと感じます。   それから、現状はどうであるかというお尋ねを頂きましたが、後見の場合で言うと、多分、変更の必要は余りなく、保佐の場合とかにどうなるかというお尋ねになってくるのかもしれませんけれども、沖野委員、お話を誤解していなくて、そういう形で受け止めてよろしいですか、まず前半の方は。 ○沖野委員 より適切に整理してくださって、ありがとうございます。 ○山野目部会長 ありがとうございます。まず、ここのところについて委員、幹事から御案内があれば承りますし、なければ沖野委員からの御注意を受け止めて今後の検討を続けるということにいたしますけれども、よろしゅうございますか。   よろしいですか。そうしたら、そのようにお願いいたします。   それから、沖野委員から後半におっしゃっていただいたことは、これもお尋ねの仕方で頂いたところから、後見制度支援信託のようなものを想定して、裁判所の関与だけを入れるような運用というものは少し想像しにくいですけれども、どうなのですかというお話を頂いて、これは誰に答えていただくかもよく分かりませんけれども、根本幹事と少し御相談しましょうか。先ほどいろいろ例を挙げていただいた中に、遺産の分割の協議が調った後、その事務が終わったとしてもたくさんの財産が本人の手元に残るからどうしますかというときには、後見を終了させ、その後は後見制度支援信託などが考えられますとおっしゃっていただいて、それはきれいな整理だなと一瞬感じましたけれども、後見制度支援信託を述べていただいたのは少し筆の滑りというか、口の滑りで、あれはその局面に似合う信託の商品を新しく開発してもらい、それで対応していくことになるでしょうとおっしゃっていただければ、沖野委員のような御疑問にならなくて済んだかもしれないとも思うものですけれども、私が勝手にそう整理するだけかもしれませんから、根本幹事のお話を伺ってみないといけません。根本幹事、どうぞ。 ○根本幹事 まさに、今、山野目部会長からおっしゃっていただいたとおりで、現行の後見制度支援信託が続くとは考えておりませんで、現行の後見制度支援信託の定期交付部分だけを残した、それは新たな金融商品ということになるのかもしれませんけれども、そういったものがないと、結局大きいお金を持っている方は誰も後見制度が終わらなくなってしまうというところに問題意識がございます。沖野委員御指摘のとおり、家庭裁判所の監督やチェック機能がそのまま残るということは、これは制度終了していますから、あり得ないことだと思っていますし、飽くまでも預金者は御本人という前提の下で、いわゆる定期交付の部分だけを残す新しい商品です。ですから、例えば臨時の交付が必要であるとか、若しくは何らか、後見制度支援信託のような類似のものが何か契約変更が必要だということになれば、そこは改めて後見人なりのチェックなり審査というものが必要になってくるのだろうとは思っておりますので、少なくとも家庭裁判所が引き続き監督やチェック機能を果たすという前提ではなくて、いわゆる定期的に交付するという、そういったところの機能だけを持った形のものを、例えば後見人等が契約をしてリリースする、制度を終了させることによって、日常的な金銭管理、若しくはその定期交付だけを受けるということであれば、後見制度はその部分のためだけに必要ということではないと、そういう理解です。 ○山野目部会長 ただいまの整理を前提に、沖野委員からお続けになるお話を頂きます。いかがでしょうか。 ○沖野委員 ありがとうございます。趣旨はよく分かりました。むしろ他への移行というか、そこまでの手当てを契約等によって後見人等が打っておくと、なるべくならば望むらくは金融機関の方でもそういった対応に努めていただきたいと、そういうようなことではないかと思いました。 ○山野目部会長 どうもありがとうございます。根本幹事に確認ですが、その場合において信託契約、法律行為としての信託行為がトリガーになるわけですけれども、それは多分、成年後見人の関与というか、代理権行使か同意権行使の下で、まだ後見が続いている段階の最終段階で行われるというイメージですね。 ○根本幹事 おっしゃるとおりです。 ○山野目部会長 ありがとうございました。久保野委員、どうぞ。 ○久保野委員 ありがとうございます。今、最後に話題になりました、後見が終了した後の、その他の支援等をどのように組んでいくかということについて、後見継続中に後見人が仕組んでおくのかということと関わる点だと思うのですけれども、それにつきまして、質問させていただきたいと思います。青木委員から御提出されている事例シミュレーションの中で、事例のAやBで日常生活自立支援事業の利用というのが記されておりまして、日常生活自立支援事業というのは契約ベースのものだと思いますので、それらをどのようにして開始していくのかについて、終了後の支援の組み方についての具体的なイメージを持って行く助けとして、日常生活自立支援事業を誰がどのように手続などをしていくかということ、具体的な手続の在り方等について教えていただきたいということになります。   もう1点、別の点になってしまって申し訳ないのですけれども、確認させていただきたいと思いましたのが、先ほど本人の同意と了解の概念の区別の話題を山野目部会長が整理してくださいました際に、了解に関わる方について、取消権行使の際の本人の了解ですとか意向の扱いということと、代理権を行使するときの本人の意向や了解ということと両方挙げてくださったと思うのですけれども、資料の中で、見落としだったら御指摘いただければ有り難いのですが、代理権行使の方についての論点については、2の資料ではまだ正面からは取り上げられていないかということの確認と、書かれていないとして、それは論点としてはもちろん入ってきており、今後別のところで扱うということになるのかどうかという辺りの点について、完全に別の論点に戻ってしまって申し訳ないですけれども、今でなくても結構ですので、確認をさせていただけると有り難いと思いました。 ○山野目部会長 久保野委員から二つお話を頂きました。後ろの点は御注意として受け止めるのでよろしいですね。つまり、代理権の方も了解の問題はあるから忘れるな、という、今御指摘を頂いたということでしょう。 ○久保野委員 はい。 ○山野目部会長 そのとおりですね。どうもありがとうございます。   それで、前半の、青木委員から出していただいたシミュレーションのAないしBにおいて日常生活自立支援事業につなぐという話題が出てきすけれども、つなぐとはどういうことですかと、一言で言うとそういう御疑問ですから、これはシミュレーションを出した人が常に答弁の責任を負うのですかね、よく分からないですけれども、青木委員からまず、お話しになることがあったらどうぞ。 ○青木委員 ありがとうございます。現在、日常生活自立支援事業は御本人さんとの契約が基本原則になっていまして、御本人さんが日常生活自立支援事業についての契約の理解やそれに基づく支援計画というものを理解した上で、それを利用するということで、契約をすることになっています。加えて、後見人が本人に代わって日常生活自立支援事業を契約して利用するということは、原則として後見制度か日常生活自立支援事業かという、どちらかを使うという制度設計になっていることもありまして、原則としては行わないということが一般的になっています。   したがいまして、ここでシミュレーションしているものというのは、こういった終わる後見制度というのを見越して、日常生活自立支援事業を後見人が本人の代理人として契約を結び、後見人の任務が終了した後は、当該日常生活自立支援事業を担う社協等と本人ないし支援者の間でその後の必要な支援を継続できるというふうに、制度の利用スキームの変更を含む手当を今後していただけることを前提にしています。   これは、他の事例では、日常生活自立支援事業ではなくて、新しい権利擁護の支援策として、グループホームにおける金銭管理と意思決定支援サポーターによる支援を入れているシミュレーションも作りましたが、それの利用方法も同様でありまして、契約ベースでの利用だから本人に明確な判断能力がないと利用できないとなると制度利用が難しいところがありますので、そこは後見人が契約をした上で引き継ぐということも想定した制度設計が必要ではないかということを前提としています。ここはもちろん流動的でありますが、逆に言いますと、このシミュレーションというのは、やはり成年後見制度と総合的な権利擁護の事業の両方が機能することによるシミュレーションであると考えていただければなと。そのためには、日常生活自立支援事業を含めた社会福祉制度における権利擁護支援策の制度設計として、どういう制度利用ができるかということに関する入口の問題の整理も必要になってくる、そういう趣旨でございます。 ○山野目部会長 久保野委員に御案内申し上げます。日常生活自立支援事業が青木委員のお出しいただいた複数のシミュレーションの中で話題とされています。少なくとも現在の扱いを前提としますと、日常生活自立支援事業には契約の類型Ⅰと契約の類型Ⅱと2種類があって、Ⅱの方が今話題になってくるものであります。どちらかというとⅠに比べてヘビーでありまして、Ⅰの方は比較的身上保護に関わる事実的な行為プラスアルファのようなものが中心で、それほど深刻度は高くありませんが、契約類型Ⅱの方は、正にこれから検討していかなければいけない中心的な位置にある日常的な金銭管理が内容になっています。ⅠもⅡも、現在の扱いでは契約締結判定ガイドラインというものが厚生労働省とその関連機関において用意されていて、本人との間で契約を結ぶという法的構成によって行われています。したがって、本人が意思能力があってその契約を締結したことに法的疑義がないということを会議等で確認した上で、契約の事務が進められるということになっています。   そうなっていますから、本人がこの種の問題で困った場面で、青木委員がおっしゃったとおり、現行の扱いでは後見か日常生活自立支援事業の類型Ⅱか、あれかこれかというA or Bの関係に立っています。ところが、青木委員が新しい発想を出しているものは、A or BではなくてA to Bでありまして、今まで後見でやってきたものから、今度は後見を終了させて類型Ⅱの日常生活自立支援事業に移行していこうという斬新な発想を、あのシミュレーションの中に組み込んで提案していただいているものであります。   これは魅力のある提案であると同時に、課題は、現在の実務ですと本人の意思能力を確認した上で本人との間で契約を結んでいますが、今般の局面は、後見を終わらせた上で日常生活自立支援事業に移行していこうとしていますから、本人の意思能力についての深刻さの状況が本質的に変わっておらず、そのまま本人が一人で契約を結ぶと3条の2の規定によって無効とされるおそれがあるという状況を抱えながら、日常生活自立支援事業の類型Ⅱに移行していこうというアイデアをお出しいただいています。このアイデアを成り立たせるためには、恐らく後見事務の最後の仕事として、成年後見人が代理権を行使し又は本人をサポートして、この類型Ⅱの日常的な金銭管理の日常生活自立支援事業の契約を成立させた上で、その後の日々の日常的な金銭管理については、どうぞおやりくださいという仕方で移行していくという、新しい発想の運用を求めていくということになるのでしょうし、そういうふうなイメージを想定して、これからいろいろなことを工夫していかなければいけないという課題が今、久保野委員の御質問を契機として明らかになったと感じます。   久保野委員、お続けになることがおありでしょうか。よろしいですか。 ○星野委員 今の日常生活自立支援事業については、都道府県によってかなり運用の差があるということを、まず現状としてお伝えした方がいいかと思って、発言させていただきました。というのは、後見人との契約でこの日常生活自立支援事業を使っている県もあるのです。ですから、全体的に日常生活自立支援事業の見直しというのも、今お話があったとおり、必要だと思っています。今のような事例が少なくてもあるのですが、おっしゃるとおり後見人との契約でやっていますから、後見人がいなくなったところではその契約はどうなるのかという問題が当然浮上しますし、それから、私は東京でこの事業の契約締結審査会に出ている関係で言うと、代理権が設定されている保佐人がいながら本人と契約をしているという事例もございます。ですから、本当に運用が全国的にばらばらになっているというところがあることを少しお伝えしておきたかったので、そこの見直しが求められているということも付け加えさせていただきます。 ○山野目部会長 話を元に戻しますと、根本幹事と青木委員の様々な整理や御提案から明らかになってきたこととして、必要性がなくなったという理由で後見を終了させるという局面をもし考えるならば、多くの事例において、続いてきた成年後見人の後見の事務の最後の仕事として、ニックネームを付けると、一種のトリガー契約みたいなものを最後にした上で、はい、それでさようならというふうに進んでいくことを考えないと円滑に進まないし、それを考えると円滑に進むと思われます。根本幹事がお挙げになった例で言うと、まとまった財産を遺産分割で手にした本人がいると、後見は終了させ、しかし信託契約は本人がするのではなく、後見の最後の事務として成年後見人にしてもらうということになり、これがトリガー契約ですね。それから、青木委員がおっしゃったシミュレーションで述べると、日常生活自立支援事業に今後は移行していってもらう、だけれども、それを本人が全然支援のない状態で契約締結をするということになると、意思無能力の観点から疑いが生ずるから、それを成年後見人の支援、関与の下で法的に疑義がないようにして整えてあげる、ここも後見の事務の最後のところでトリガー契約を結んで、それで、私はこれで引かせていただきますというふうに話を進めるという運用が一つの像として浮かび上がってまいりました。 ○佐久間委員 今、山野目部会長がおまとめになったとおりに、私もいろいろな方の意見を受け止めました。その上で、ものすごく強烈な違和感がありまして、どうして成年後見の制度の開始、あるいはその中では本人の意思、本人の意思というのに、成年後見の出口のところでは本人の関与をいわれないのか、本人がやろうとするのを支援すると、それはあると思いますけれども、取り分け今の後見人に当たる者が代理権を行使して、もう他人決定以外の何物でもないのに、それに委ねていいのだというふうになるのか、私にはさっぱり分かりません。もしそんなことをすると、この制度自体が理念的に一貫しないものになってしまうと思います。その方が、実務上は、継続的な支援をする上で都合がいいのかもしれません。仮にそうだったとしても、今のままでは理念的におよそ成り立たないのではないかと思います。ですから、そうはならない工夫を理屈の上で考えていかないといけないのではないかと、私は思いました。 ○根本幹事 誤解がないように申し上げますと、補充性の要件ないしは要素のところで、冒頭で申し上げましたように、御本人が選べる、御本人が選択できるというような形で補充性の要件を捉えていくということが重要ではないかと思っております。ですので、例えば私が申し上げたようなケースで、もちろん御本人の同意能力を含めた状況によりますけれども、御本人が後見制度を引き続き利用されたいと思われているのか、若しくはそこで新しいそういった枠組みの方に移行されたいと思っているのかというところは、これは重要若しくは必須の判断要素ということになるかとは思っていますので、代理権に基づいて全てを強制的に新しい制度に移行させるということの前提ではないということは申し上げておきたいと思います。 ○青木委員 まず、お聞きしていての感想でもあるのですけれども、やはり代理権付与の必要性というのを特定の事項ごとに判断していこうという、私はそういう発想でおりますので、当然、終了の必要性も、当該開始時に目的、課題として設定された代理権の目的が達成して必要性がなくなったかどうかで判断するのが原則だと思いますので、一回性の売買とか、遺産分割とか、その他法的な事務に多いですけれども、そういったものについては、付与した代理権の目的が終了すれば当然に終了するということ、付与された代理権ごとに判断をするのだということが重要ではないかということを強調させていただきたいと思います。   ですので、事例シミュレーションで幾つもその例を書かせていただきましたけれども、確かに認知症や知的障害があって御本人自身だけでは何らかの意味で判断が難しいところがありつつも平穏に生活をしてきた者が、ある法的な課題が生じたという必要性に基づいて代理権が付与されたのであれば、その法的な課題が終了すれば元に戻るだけであるという発想で何ら問題はないのではないかと思います。そこでその人の追加の課題があるかどうかを検討して、それを終了できない事由と考えるということではないと思います。   そこで、沖野委員のお話とも関係するかと思いますが、追加の代理権の必要性が本人に発生したときには、追加の代理権を付与していくということはあり得ることでして、これを変更と呼ぶのか、一個一個の代理権の必要性の開始、終了として個別に考えていけば済むのかということで言いますと、私は後者の考え方で十分ではないかと思っています。どうしても判断能力の不十分な人がいるという前提にしますと、その人に困ったことはないかという属人的な必要性の判断になりがちですけれども、あくまでも個別の代理権、事務との関係で必要性や判断能力を判断するという制度設計にするというのが私の見解ですけれども、そうであれば、終了についてもそれで考えるということだと思います。今回の事例シミュレーションは、いずれもそういう発想で、本人に今必要なものは何かを考え、その必要が終了したら一旦終了し、また状況が変わって必要が出たら再度付与するということを想定して書いています。   終了については、先ほどから御紹介いただいている、他の社会資源を使えるようになったから終わるということもあれば、親族が協力できるようになったためにそれで十分にやっていけるということもあり、そうした補充性の考慮要素というのは様々にあると思いまして、何か特定のものに限定する必要はないと考えております。そこで大事な視点は、御本人さんの権利利益にとって不十分ではないかという観点から、現状の生活状況の中で、代理権付与による支援が必要がなくなったという判断ができる生活環境があるかどうかで見るということでいいのではないかと思っています。   代理権も、次の論点ですけれども、有効期間を設定するということになれば、代理権の性質や目的によって有効期間の長さが変わるかどうかという議論はありますけれども、それぞれ終わるものもあれば終わらないものもあるということで、これも変更と呼ぶよりは、そうやって一個一個の代理権の開始、終了ということの積み重ねという理解で行けるのではないかと考えます。審判手続上の様々な課題というのは別途検討する必要があると思いますけれども、そのように考えて事例シミュレーションを作りましたので、是非ご検討いただき、違和感や疑問点があれば是非御意見を頂きたいと思います。私は今のところ、この事例シミュレーションのような運用を想定し、これを前提にした法制化が適当ではないかと思っているところです。   そしてもう1点だけですが、現行の保佐や補助においては、本人の同意を開始要件とはしますけれども、本人の同意がなくなったことを取消しの要件としていないということだと思いますが、今後の制度においても、本人の同意の要件というのが開始要件だけでいいのか、やはり本人が同意しなくなった、もう本人は自分でやりますと言ったときに、それを必要性の一要素として考慮するだけではなくて、やはり本人の意思尊重ということであれば、本人がもう代理権付与の必要はないという意思に基づき終了することを具体的に想定していく必要もあるし、本人がやめたと言ったら必ずやめるという制度にはならないとも思いますけれども、本人の同意がなくなったことと本人の必要性がなくなったことをどう評価して終了させるのかをしっかり整理をしないといけないと思っております。   佐久間委員からの御指摘がありましたが、事例シミュレーションでもそうですけれども、終了させるところで様々な出口の方策を見つけるときには、必ず本人の意向を確認し、本人の意向が表明される場合には、その意思を尊重してやるということであって、決して終わらせる場面において、本人不在になってはいけないというのはそのとおりでありまして、そこは重要な点だと思っています。 ○山城幹事 2点について、御発言申し上げたいと思います。   1点目は、例えば遺産分割等をすることが後見事務の内容になっていて、その終了後の財産管理について、信託を設定するというようなアレンジをしてから後見人の任務が解かれるという先ほどの例ですが、これについて、私も佐久間委員が御指摘になられたのと同じような疑問を持ちました。佐久間委員の御指摘と同じことを少し違う言葉で申し上げるだけかもしれませんが、後見の終了後の財産管理は後見事務には含まれないはずであって、それをなぜ後見人が決定することができるのかが、なお一つ得心できておりません。先ほどの例では、後見人の権限は遺産分割をすることに及んでおり、その先のことは本人が自分自身で管理することが前提になっているはずですから、本人自身が契約を締結することを支援するというのであれば筋が通るでしょうが、本人に代わって財産管理をアレンジするというのは、やはり矛盾を含んではいないかと思います。これが1点です。   もう1点は、根本幹事から御指摘があり、青木委員から敷衍された点ですけれども、開始の原因と終了の原因とを裏表の問題として捉えることができるのかという問題といえるかと思います。つまり、後見開始の要件として本人の同意が必要であるとすると、本人の同意が維持されなくなったときは制度利用を終了させることになるのかということなのですが、本人の同意があることを制度利用の理念的な正当化根拠として捉えるのであれば、制度利用を終了させることが一貫しそうだと感じます。しかし、その反面で、そのような制度設計は、意思の認定に過大な負担を強いる運用をもたらさないかという懸念を抱きます。この点については、慎重に考えなければならないと感じます。 ○山野目部会長 どうもうまく議論がかみ合いませんね。佐久間委員がお出しになった疑問に対して、根本幹事と青木委員が長い御発言をなさいました。根本幹事が補充性をキーワードにして理念を高くおっしゃったし、青木委員が必要性という理念を掲げて高くおっしゃいましたが、それらでは佐久間委員がお出しになった疑問に答えてもらっていないという気分しか残らなくて、山城幹事が今それに上書きをした状態になっています。   これだと進みません。   次の御発言を伺います。 ○常岡委員 多分私の専門の影響があって、やや違うことを申し上げるかと思うのですけれども、開始の場面であれ、それから個々に代理権を付与するときの了解を得る場面であれ、また終了の際の必要性とか補充性を考えるときにも、今、後見事務の話が山城幹事から出ましたけれども、ずっと基本的には財産行為を念頭に考えられていると思うのですが、身上保護の場面について成年後見職をどう考えるかということは、やはりどこかで1点、検討しておく必要があると思います。   成年後見ですから、今もちろん未成年後見のように身上監護権があるわけではありませんけれども、ただ、そのままでいいのか、成年後見人は財産行為を中心にして考えるのであって、そういう制度に一律にしてしまうという方向性もあるとは思いますが、特に、先ほど青木委員がおっしゃった日常生活自立支援における契約ということを考えた場合、それは直接的な身上監護を後見人がするわけではないけれども、身上保護に関わる一定の措置や契約をするといったときに、それを成年後見人の職務の範囲事項の中に入れていく、民法で明確にそれをそこに含めると規定するという方向性は考えられるのではないかと、少し気になりました。   必要性が消滅したということを考える際にも、財産行為における必要性が消滅したのか、それとも身上監護の面における、身上保護上の必要性が消滅したのかでは少し種類が違うように思いますし、本人の同意についても、財産行為に対する同意があるということと、身上保護上の事務に対して、法律行為的なものも含めてですけれども、身上保護に関する行為に関しての同意があるのかないのか、了解があるのかないのかというのは、少し次元が違うという気がしました。今後そこを区別して議論していく必要があるように私は感じていまして、基本的にこの部会で議論すべきことは、まず財産行為についてどうかということであることは十分理解はしておりますけれども、少しそのようなことを思いました。 ○山野目部会長 ありがとうございます。今、常岡委員に補っていただいた観点も踏まえて、引き続きの議論をお願いいたします。いかがでしょうか。 ○野村幹事 今皆さんが議論されていることとも関係あるのですが、部会資料の(4)から(6)について意見を述べさせていただきます。   (4)は、先ほど来から議論になっているところなのですけれども、本人が代理権による保護を望まなくなった場合でも、代理権による保護の必要性がなくなったかどうかについては家庭裁判所の判断が別途必要だと考えます。例えば、実務で経験することなのですが、精神疾患の方の場合に、本人の病状がよければ保護の必要性を理解していますが、病状が悪化すればするほど、自分は大丈夫だ、保護は不要だとなることがあります。本人が保護を望まないからといって保護の必要性がないとはならないのではないかという問題意識です。   (5)の法定後見以外の支援等があること、これは補充性の問題ですが、法定後見以外の支援があっても、本人が望めば後見制度を利用できるとすべきと考えますので、この法定後見以外の支援があることのみをもって法定後見開始の原因が消滅したとすべきではないと考えます。本人が後見制度を利用した上で、複数の選択肢の中から後見制度の利用を望むのであれば、本人の意思を尊重すべきなのではないかと考えます。   (6)はいわゆる休止制度ですが、休止制度は余りメリットはないと感じています。必要性、補充性を考慮して必要最小限の制度としていく方向性と整合しない部分が生じるのではないかと思われますし、仮に休止制度があったとしても、保護者選任の際には改めて必要性、補充性などの検討が必要だと思われます。ただし、再度の法定後見開始に当たって要件を緩和するという考え方については、検討の余地があると思います。前回の法定後見の利用からの期間が短い場合で、本人の状況に変化がない場合には、申立て書類や添付書類については、裁判所に提出済みの書類の一部の援用を認めたり、鑑定を省略することができる要件を明確化しておく等の工夫はあり得るのではないかと思います。 ○山野目部会長 ありがとうございます。   小出委員の御発言を伺った後、久保委員、それから花俣委員にお声掛けをします。その後、また御発言がありますれば、引き続きこの部会資料3の1の部分について御意見を伺っていきます。 ○小出委員 私からは、また取引相手方の立場から、法定後見の終了に関して、善意の取引の相手方の免責に関して、少し意見を申し上げさせていただきたいと考えております。   前回の会合等でも御発言させていただきましたけれども、金融機関では預金者のお客様が後見制度を利用開始する場合には、利用者から届けを頂きまして、その後に届出内容に変更が発生した場合でも、直ちに書面で届出をお願いしますということで、その必要がある旨と、また届出前に生じた損害等につきましては銀行側での責任を負うことが難しいということを預金約款に定めております。これは、取引の相手方である金融機関としましては、預金者の方からの届出がない限りは、今回議論されているような後見制度の終了等の状況を把握することができないからであります。今の検討等で必要性の消滅等により法定後見の終了等が今後、これまでよりも多く発生する場合には、例えば、一般的にはないことかもしれませんけれども、旧後見人の代理権自体は消滅していますけれども、御本人様からその状況変更のお届出がなされていないために、旧後見人の方が代理権者をかたって銀行と取引できてしまうと、そういったトラブルも理屈としては考えられるのかなと考えております。取引の相手方の立場としましては、こういった場合には免責が受けられるということを明確化していただきたいと考えております。   また、先ほどの議論の関係で申し上げますと、銀行においては、先ほど申し上げましたとおり、状況の変化が生じた場合には届出をお願いしているというところでありまして、そういった意味ですと、広義の意味でトリガー契約といいますか、終了の場合は終了の届出をどなたかにしていただく必要があるということではないかと考えております。 ○山野目部会長 小出委員に確かめます。小出委員から今、二つおっしゃっていただいたうちの後半は承りました。前半は、金融機関の免責に係る法制上の措置の要望意見を出しいただいたと受け止めてよろしいでしょうか。 ○小出委員 はい、そのように受け止めていただければと思います。 ○山野目部会長 これまでいろいろな人に伺っても、仰せの免責の規律のようなものがあるといいのにねとつぶやくと、いや、そういうものは法制的には無理ですよ、という反応に接することが多かったところから、余り話題にしないで来ましたけれども、でも、全国銀行協会がそのようにおっしゃるとすると、それはきちんと重きを持って受け止めなければいけないということになりますから、今そういうウエートのある御発言をなさったと受け止めます。小出委員、どうもありがとうございます。 ○久保委員 基本的には、必要性の条件が解消されたときには終わっていいのかなと思います。でも、4ページのところに、継続してずっと施設入所の利用をしているのをきちんと見ないとというような、そういう議論も確かにあるなと思います。私としては、今まで厚生労働省の方で議論してきたモデル事業とか、地域での権利擁護支援だとか、そういうものがあれば安心かなと思いますし、そこに親も含めて、本人のことをよく分かる人が、本人を中心に、これがいいのかということを本人の意思を確認しながら進めていくというのが、実際にそれがきちんとできるかどうかというのは分からないのですけれども、でも、親の気持ちとしては、そういう形ができたら有り難いと思っています。   今、財産の管理のところもいろいろと皆さん御議論いただいているのですけれども、信託とか預金とか、いろいろあるのですけれども、日自をどうしておられるのかしらと思って、私は全然その辺のところよく分かっていないので、日自をどういうふうにされているのかなと思っていて、それをやっておられる仕組みが知りたいし、そういうことができるのであれば、それを何かうまく活用して、似たような形が地域の権利擁護支援の中でというか、リンクして、そういうものが作れないかなとも思いますし、それには少し、前から気になっているのですけれども、モデル事業をやられたところのお話を聞いていても、金融機関はすごく、何というのですか、緩やかでないという意見もたくさん聞いてきまして、金融機関がね、というふうな話を一杯聞いてきたので、そこがもう少し緩やかにしてもらえるような方法はないのかなという、もう全く素人ですので、だからどうすればいいのかというのは分からないのですけれども、そういうものをしながら、地域の中で、本人のことをよく知っている人とか法律をよく知っている人の御意見も頂きながら、本人を守っていくということができるといいなと思っています。 ○山野目部会長 久保委員から御要望いただいて、ありがとうございます。新しい民事法制の姿がだんだんに明らかになってきたときに、それをにらみながら、今後の新しい、それと向き合った日常生活自立支援事業の在り方を考えていくだろうと予想します。そのときにまたお知恵を下さい。それは多分この部会が主戦場ではないと思いますけれども、そちらもお知恵を頂ければ有り難いです。 ○花俣委員 資料2の開始を含めて、終了に関する検討について、法的根拠を基にどんなふうに条文にまとめていただくのか、その辺りはお任せするしかないのですけれども、今や600万人とも言われる認知症と診断された方の全てがこういった法定後見を必要とするわけではなく、ほぼ家族と介護者等の支援によって天寿を全うされているのだと思っています。例えば、在り方研究会でも申し上げましたけれども、若年認知症の御主人の親御さんが亡くなって、遺産分割の手続が必要なためにこの制度の利用に至った、だけれども、その御主人が亡くなるまでずっとこの制度を使い続けなければならなかった。長生きしてほしいけれども、いつまでこの煩雑な事務が続くのか、監督人さんに毎年幾ら払うのだろうと思いながら、御主人のみとりまでずっとこの制度をお使いになっていたと。現行制度における終身での制度利用の必要性が本当にあるのかどうか、必要性こそが曖昧である、それが実態だと私は思っています。   それから、久保委員がいつもおっしゃっていますように、親亡き後の子の人権ということで、子供さんがこの制度を一生使うことになると、少ない収入の中から生涯にわたって報酬を払い続けねばならない、これもいかがなものかと。あるいはもっと言うならば、余り好意的でないというか気に入らない後見人さんに一生付き合っていくのであれば、むしろ福祉的な立場の方たちによるチーム支援で権利擁護を守っていただいた方がずっと有り難い。事実、日常的な金銭管理については今、介護サービスを提供している、そういった事業所さんが、これは全く法的根拠に基づくものではないですけれども、親族後見人さんの依頼を受けて買物代行のときの金銭管理をされているといったようなこともあるやに聞いていますので、そういう実情を含め、終了の要件をきちんと詰めていただいて、有意義なものにこの制度がなってくれると同時に、何遍も申し上げますが、権利擁護支援体制ができることにも期待したいと思っています。 ○山野目部会長 どうもありがとうございました。おっしゃっていただいた点を一つ一つ踏まえて、検討を続けることにいたします。 ○向井幹事 必要性の消滅についての話と、同意についての話をさせていただきたいと思います。開始時に必要性を考慮すると、その必要性がなくなった場合に利用が終了するという制度は、これまで皆さんが発言されたとおり、あり得る制度だと考えております。この必要性の消滅については、本日の発言の中では、具体的な当初の目的とした行為は終わったけれども、まだ抽象的にはこういうことがあるかもしれないので制度は直ちには終了しない方がいいというようなお話もあったかと思いますが、もし制度の利用を開始するときに具体的な必要性を考慮して制度の利用を開始したとしますと、終了時には具体的な必要性は消滅したとしても、何かしらの抽象的な危惧なり可能性なりということを考慮して終了しないとするのは、果たして理論的に相当なのかという問題があるのではないかと思います。終了時に抽象的な危惧なり可能性なりがあるということを理由に、制度の利用が終了しないというのであれば、そもそもそういった抽象的な必要性なり可能性なりを考慮して制度の利用を開始するということを認めるのでなければ一貫しないような気がします。けれどもその一方で、そのような抽象的な必要性をもって制度の利用を開始していいのかという問題があるのではないかと思います。   また、本日の前半の議論とも少し関連しますが、代理権の内容をどれだけ具体的に定めるか、抽象的なものでよいとするかということも、今申し上げたことは恐らく関連しているのではないかと思っております。すなわち、具体的な必要性を考慮するということであれば、具体的な代理権を設定し、その具体的な行為が終了すれば制度の利用が終了するという形になろうかと思いますし、代理権としてかなり幅広の抽象的なものにするということであれば、抽象的な必要性で制度の利用を開始して、抽象的な必要性がまだあれば、制度の利用がいつまでも続くというような形にもなるのかと思っております。   さらに、同意についてですけれども、開始に際しての議論でも、同意をどのように位置付けるかということについてはいろいろな議論がありまして、同意能力をどの程度具体的に判断できるのかという問題があるとか、そもそも本人が同意しているのかどうかという問題があるとか、一旦同意をしても、次の日には少し気持ちが変わっていて同意していないというような問題もあるとか、そういったことを考慮すると、開始に際して同意をどれだけ重視するかは難しい問題であるというような議論も出ていたかと思います。これは終了に際しても同様であり、終了に際して同意を一つの考慮要素として取り入れるとすると、恐らく同意をしているということについては、何か背景の事情なり本人の気持ちがあるので、そういったことも考慮して、必要性の消滅について検討することは十分にあり得るとは思います。けれども、同意の有無を終了に際しての決定的な事情にするということになると、本人が翌日には、同意したときとは気持ちが変わったということも十分にあり得ることからすると、同意の有無を決定的な事情として制度運用をすることは、取下げと申立ての繰返しや、そもそも同意は事実とは違う、真意とは異なるのでもう1回制度を利用する前の状態に戻してほしいと言われることにもなりかねず、安定した制度の運用にならないと危惧しております。そういったことも考慮して、同意をどのように位置付けるのかということについては検討いただく必要があると考えております。 ○山野目部会長 沖野委員から、終了の概念と更に変更の概念を並べて、きちんと整理してほしいという要望の意見を頂き、併せて代理権の付与の詳細性についても関連した議論が必要であるということがその際の議論で明らかになりました。ただいま向井幹事から頂いた前半のお話は、その観点を裁判事務の方面から改めて整理していただいて、確かめていただいたと感じます。それから、後半でおっしゃった同意の問題につきましては、確かに翌日に裁判所にやってきて、昨日出した同意は撤回しますと述べられるような実務上、裁判事務上の混乱が生ずるということは困りますから、それも引き続き考えていかなければいけないということがよく分かりました。ありがとうございます。   部会資料3の1の部分の終了の考慮要素について、御議論を頂きました。それで、皆さんに確認や提案をしながらお話を続けていきますけれども、本日の段階で明らかになったことは、必要性がなくなったということが、どういう場合にそういうふうに言えるかという課題は、かなり考え込まなければいけない多様な論点があって、難度の高い問題である、このことはもう議論に参加していただいた委員、幹事の皆さんはかなり理解してもらったというか、体で感じていただいた議論であったと想像します。そういうことですから、本日御提示申し上げている部会資料を用いてこれ以上、少しまだかみ合っていないところがあります、というような部分を無理に時間を費やして検討の御議論を続けてくださいとお願いしても、余り生産的ではないであろうと予想いたします。   本日段階で一つ確かめておきたいことは、必要性の検討は難しい問題で、引き続き検討しなければいけません、ということは、そうであるとして、少なくとも現行法の発想は改めるということについて、委員、幹事の間には、そこを踏まえて今後の議論を進めようというお考えでいらっしゃるであろうというふうに、これまでの議論は受け止めていますけれども、確かめさせていただいてよろしいですか。すなわち、どなたも専門家でいらっしゃいますから、よく御存じのことを申し上げることになりますが、現在の民法の規定では、後見を例にしますと、事理弁識能力が回復したときは後見開始審判を取り消すと定められています。限り、という言葉は用いられていませんが、伝えようとしている規律の内容は、事理弁識能力が回復したときに限り後見開始審判を取り消すというものが現行法の規律です。これを受けて家事事件手続法119条は、取消しの審判をするに際しては医師の意見を聴かなければいけないと定めており、医師の意見は挙がっていますけれども、言わば逆向きの本人情報シートのようなものを出してもらって参考にするというような契機は、当たり前のことですけれども、現行の家事事件手続法においては何ら用意されておりません。このように従来の、医学的な判断に専ら依拠して後見の終了を決める、その結果ほとんどの場合において終わらない後見になっているという実状を睨み、終わらない後見を終わらせるという課題のための検討にこれからチャレンジしていくという方向で、次回以降の部会資料を今日の御議論も踏まえて作成した上で議論の継続をお願いするという議事に恐らくなるであろうと受け止めますけれども、このように進めていくこと自体については御異論がありませんか。   それでは、必要性の中味が難しいということを確認し、しかしその議論に挑戦するというところまで今日御議論いただいたという取扱いにして、部会資料3の1のところについての議論を中締めにいたします。   部会資料3の2の期間の設定の問題に移ります。これもほかの要素に影響されますから、なかなか議論しにくい部分がありますけれども、しかし議論を始めなければいけません。この部分について事務当局からの説明を差し上げます。 ○水谷関係官 御説明いたします。部会資料3の7ページ、「2 期間の設定等」は、法定後見の期間を設定すること等について御議論をお願いするものです。   8ページの3(1)では、法定後見による個別の保護の必要性を考慮して法定後見を開始し、その必要性が失われたときには法定後見を終了するものとする場合には、法定後見を開始した後も法定後見による保護の必要性が失われていないかを定期的に確認する機会を制度的に確保すべきであるという意見があることを踏まえ、その方法の一つとして、法定後見の期間を定めることが考えられることについて記載しています。そして、(2)では、法定後見の期間を定めることとした場合の期間の定め方、期間を満了した際の取扱い及び期間内に法定後見による具体的な保護の必要性が失われた場合の考え方について記載しています。このような観点も含め、法定後見の期間を設定すること等について御議論を頂ければと考えております。 ○山野目部会長 部会資料3の2の部分について御意見を承ります。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。法定後見の期間を設定することについて賛同します。法定後見は必要性が失われれば終了する制度とすべきと考えていますので、本来的には必要性が失われればいつでも終了できることを前提に、そのことを制度的に担保するための措置として、期間を設けるという位置付けにすることが適当だと考えるからです。よって、殊更期間を複雑にする必要はなくて、一律の期間でいいのではないかと考えています。   ただ、期間が来たら当然終了ということではなく、期間が終わる前や定期報告の際に成年後見人等からの報告を求め、その報告を踏まえて家庭裁判所が最終的に更新の必要性を判断するといった仕組みや、本人が継続して制度利用を希望するのであれば、家庭裁判所が本人の意向を尊重して判断する仕組みとすることが必要であって、期間が終了するタイミングとは確実に終了させるタイミングではなくて、法定後見の必要性について振り返り、チェックするタイミングとして扱うのがいいのではないかと現時点では考えています。 ○星野委員 期間の設定をするということについては同意はするのですが、私は常々発言しているように、期間の設定というより見直しをするということを法定化してほしいと思っています。見直しをするということは結果として、続けるのか終了するのかということになる、それが結果的には期間の設定になるのかなとは思うのです。現状では毎年、家庭裁判所に定期報告をしております。定期報告の書式も、来年度から新たな統一書式が提示されてくると聞いておりますけれども、その定期報告の際に、開始時に付与された代理権を、それがもう終了しているのか、それとも継続していく必要があるかというところをチェックをするような方式をとれば、これは毎年では大変ではないかという意見もこれまで出ていたように思うのですが、それほど大変ではないのではないかと考えます。そして、大事なことは、後見人が一人で判断するのではなくて、やはり支援者とか本人の意向をどのように把握したのかということも分かるような形で報告をする、その際に、今申立てのときに使われている本人情報シートを、後見制度を使い始めてから使えるようなものに改変して、そして状況が分かるような形で報告をするというやり方が必要ではないかと考えます。 ○青木委員 まず、障害者権利条約の12条4項でも司法機関等による定期的な審査を求めているということもありまして、やはりこの定期的に期間を定めた上で必要性について審査をするという仕組みというのは非常に重要な制度であると思います。   事例シミュレーションの中では、後見人が本人や関係者と協議して進んで後見人から取消しをするという事例も作りましたけれども、現実には、御本人及びその支援チームがしっかりしていれば、定期的に評価をして終了できるのであれば自ら終了を提案すると思いますが、全ての事案でこれが適切になされるというわけではありません。そうしますと、やはり定期的な審査の機会を有効期間を定めることによって全件について設け、裁判所がこれを行い、その際に十分な情報を関係者及び本人から集約して判断をする、そういう仕組みが必要であろうと思っております。裁判所が終了を判断するために必要な情報をどれだけ得られるかということについては、家事手続法も含めた整備が必要と思いますが、そうしたスキームを整える上でも、定期的な審査の機会としての有期の期間設定は重要だと思います。   加えまして、取消権と代理権につきましては、やはり取消権の方が権利制約が大きいと考えますので、その場合の期間の設定及び更新の有無については、取消権と代理権については別々に期間を定め、審査をするということも十分に考えられてよいのではないかと考えております。 ○小出委員 こちらも金融機関の立場から、意見を申し上げさせていただきます。先ほど申し上げたとおり、銀行ではあらかじめ後見人についてお客様からお届けを頂いていまして、また、お取引の状況によっては後見人に対して代理人用のキャッシュカードを交付しております。   仮に一定期間後に法定後見が自動的に効力を失うというような場合には、金融機関としては法定後見の有効性の期日管理をする必要ができまして、一例でありますが、例えば先ほど申し上げた代理人用のキャッシュカードなどについては、一定期日が到来した際に使用を停止するような対応をとるということになりますけれども、当該管理負担というのは非常に重いものと考えております。また、預金者のお客様としましても、例えば法定後見の効力が終了し再延長の申請中というような場合には、少なくともその代理権者による取引を行うことはできないため、そういった場合に何か支障が発生しないかというところが想像されるところではございます。   また、前段の1のところになりますが、反復継続取引を前提としている預貯金取引に関しましては、日常生活を送る上では必要性がなくなるということは考え難く、定期的にその開始の要件が消滅していないか確認する意義というところも、また考える必要があるのではないかと考えております。   以上のことから、銀行取引など開始要件の消滅が余り考えられないような継続的契約につきましては、取引の対象ごとに期間を定めないことができるような措置も、議論の中で御検討をお願いできればと考えております。 ○野村幹事 本人にとって必要な代理権等を個別に付与する制度にするのであれば、法定後見の開始の要件が消滅していないか、必要な代理権が過不足なく付与されているかを定期的に確認するため、期間を設けることが必要と考えます。この方法をとることで、定期的な見直しの機会を制度的に保障することが可能となって、保護の内容が本人のニーズに合致しているか点検する機会になると思います。期間の定め方は、実務上個別の事案ごとの判断は困難であって、審理期間の長期化を招くおそれがあるので、一定の期間を上限とする規律を設けるべきではないかと考えます。ただし、更新した場合は、既に裁判所も事案の内容を把握していることから、終了時期の見立てが付きやすいと考えられるため、個別事案ごとに裁判所が期間を定める方法をとることも可能ではないかと考えています。このように一定の期間を上限とする規律を設けたとしても、期間内に具体的な保護の必要性が消滅するケースは終了するとすれば、法定後見の利用を必要最小限にすることができると思います。   終了については、後見人等の申立てによるほか、定期報告の際に後見人等からの報告を求めたり、裁判所が一定の報告期限を設けて、その期間内に報告を求めたりすることによって、法定後見を終了すべきか判断するといった仕組みが必要と思われます。現在も保佐や補助で、必要性がなくなった代理権について取り消されることがなく漫然と付与されている現状に鑑みると、申立てによる終了を原則と考えるのは妥当ではないと思います。 ○佐久間委員 資料に書いてあることと、今日何人かの方が御発言なさったことがどのぐらい一緒なのか、違うのかということが気になっています。これが決め打ちされているとは受け取ってはおらず一つの考え方ということだと思っていますが、資料8ページの32行目からですか、定期的に確認する方法としての後、法定後見制度に保護者が取消権や代理権を有する期間を設けるということは、これをそのまま受け取れば、一定の期間が経過したら当該権利は消滅する、ただ、何人かの方がおっしゃった更新があり得るということだと思うのです。   しかし、期間の経過イコール権限消滅ということが本当に本人の保護にとって欠けるところがないのか。この制度をワークさせようと思ったら、本人がどのぐらいやれるか分かりませんが、後見人等の保護者が適切に手続に対応するということがあって初めてこれがワークするのではないかと思うのです。例えば、何年か知りませんが、5年だったら5年となったとして、その5年の中できちんと手続を、裁判所から呼び出すのかもしれませんけれども、呼出しに応じてきちんと手続をしないことには代理権や同意権がなくなってしまうわけですよね。そんなことでいいのかというのが私には非常に疑問になるところです。   見直しの機会を設けるというのは、あっていいのだと思いますけれども、見直しの期間を設けるということと権限の終期を設定するというのは随分違うことですので、見直しの期間を設け、その時点で裁判所が呼び出して、いろいろ事情を聴取して、これは消滅させればいいという判断が本当に下ったのであれば、そこで消滅という審判をするのですかね、審判をして終わるというのだったらいいと思いますけれども、そうでない形で一定の期間が来たら終わりというのは、余りにも乱暴ではないかと思います。これが一つ。   もう一つ、例え見直しの場合でも、一体どういうイメージになるのだろうかと。関係するプレーヤーが全部うまく動いてくれれば適切な判断ができるとは思うのですけれども、後見人だって専門職ばかりという姿は多分なかなか想像し難いと思うのです。どのぐらいいるかは分かりませんけれども、一般の人が後見人、保護者になっていることもありますし、本人の活躍はそれほどこの場面で期待することはできない。あるいは本人、後見人以外の方が一体どういう形でこの見直しの機会に関与できるのだろうか。チームでうまく動いていて、そのチームの意見がぽんと出るという姿を想像すれば、繰り返しますが、うまくいくと思うのですけれども、そんな場合ばかりと思えないので、このようにして見直しの機会を設けますということ自体には別に反対しませんが、見直しの機会を設けます、そうしたら全部うまくいきますとか、あるいはかなりうまくいきますというふうに姿を本当に描いていいのかどうか、私は疑問に思います。うまくいかない場合にどうすべきかというと、元に戻りまして、権限を消滅させてしまうと困るので、権限は消滅させないということをする必要があるのではないかと思います。   あともう一つ、見直しの機会はあっていいと思うのですけれども、一応毎年、報告は徴収しているわけですよね。そのときに、私は本当のところは知りませんが、多分数字だけ見ているわけではないのではないかと思います。その際に、裁判所において問題ないかな、反対に何かおかしいかなと判断されたら、期間の経過を待たずに一定の対応がされることは今までだってあったのではないかと思うのです。それに加えて本人の側から、これは一つ前の論点ですけれども、終了の申出があれば、それにも対応する制度が仮にできますということになると、この一定の期間を定めて新たな制度に重みを持たせる必要がどの程度あるのかなと、そういう疑問を持ちました。 ○根本幹事 二つありまして、一つは、飽くまでも個別的な代理権付与を前提にした場合に、先ほど全銀協からも、例えば預貯金取引は継続しやすいのではないかというような御意見もありましたけれども、その代理権の内容によっては、通常の処理期間を経過すれば、期間満了を待たずともその事務が終了しているということで制度が終了していくというものが一定数あるというのが、まずあると思います。ですから、今、佐久間委員御指摘の点のところについては、期間をどの程度と設定するのかというところとも関係してくる御議論なのではないかと思っているということが一つです。   あともう一つは、先ほどの終了事由のところとも関係するのですが、例えば3年とか5年と定めたとして、最初の遺産分割の代理権に基づいて遺産分割協議、それが調停になる場合もあれば訴訟になるケースももちろんあるかと思いますけれども、それが終われば、3年とか5年を待たずとも、そこで一旦終了するということになるわけです。   その時点で、先ほどの補足にもなるのですが、遺産分割の代理権は飽くまでも遺産分割の金銭等を受領するというところまでしか代理権の範囲には当然ならないわけですので、そこで、例えば新しい信託契約ですとか預貯金管理をするということになれば、そこで初めて多額の金銭管理という事務の必要性が生じてきて、新たに御本人の同意も含めた信託契約や、預貯金管理の代理権付与の必要性があるのかないのか、それを御本人が御自分で管理されたいと思っているのかどうかも含めた再度の審査がなされるということになるわけです。   そこからまた改めて、その代理権、それを変更と見るのか、一旦終了していると見るのかにもよるのかもしれませんけれども、その期間の起算点といいますか基準点をどこに設けるのかというところによっても、要するに遺産分割の最初のところから見て5年なのか、それとも遺産分割の代理権はそこで一旦終了しているのであるから、そこで新しい信託契約や預貯金取引についての代理権が付与されて、そこから3年なり5年のカウントがまた始まるのかというところも、少し整理をしなければいけないのではないかとは思っています。 ○常岡委員 今、遺産分割の話が出てきまして、しばしばこの成年後見の議論のときに遺産分割の例が出るのですけれども、そもそも遺産分割については、実は他の後見事務と少し性質が違うと思っています。つまり、これは被後見人になる方だけではなくて、ほかの相続人との遺産分割という場面の問題であって、遺産分割をしなければ遺産共有のまま、ずっとその状態が続いてしまって、ほかの相続人も遺産の処分等について非常に不自由であると、だからここでの必要性の判断においては、本人だけではなくてほかの相続人たちの利益というのが必ず入ってくると思っています。そういう点で必要性の段階でも少し質が違うものだと考えているのですが、それとプラスして、期間なのですけれども、スムーズに遺産分割が進むケースであれば問題ないですが、山野目部会長もずっと関わっていらっしゃいましたように、そもそも一般の遺産分割についても期間制限を設けるかどうか、どうやって迅速化して所有者不明土地を生み出さないようにするかということが、ずっと議論されていました。けれども、結局、遺産分割について民法で期間制限を設けることはせずに、相続分の特別受益や寄与分の計算をしないという点だけ10年で処理をしましょうという条文を作ったところで終わったりしているのです。なので、特に遺産分割を目的にして成年後見を開始したときに、一定の期間を設定するのは非常に難しいとなる可能性があると思います。一律の期間ではなくて、例えば成年後見制度を利用する際に、遺産分割が終わったら終了しますという決め方は可能だろうと思いますが、そういう意味ではほかの後見事項とは性質が異なってくるのではないかと思います。ただ、反対に、ここでもう遺産分割も含めて法定後見の期間を例えば10と決めてしまえば、それがかえって遺産分割を促進するという、そういう副次的な効果もあるという気もしていますので、一概に無理だとは思ってはいませんけれども、少し性質が違うということは注意が必要だと考えています。 ○山野目部会長 遺産の分割の協議というのも法律行為ではありますけれども、特殊な考慮を要請しますという常岡委員の御注意を頂きました。ありがとうございます。   この期間の設定の話題は、今まで成年後見制度の見直しについていろいろなところで議論が積み重ねられてきた場所を見ても、どうしても議論が後回しになってしまって、従来の議論の蓄積が豊富ではありません。その言い訳というか理由を述べ始めると、必要性とか補充性を踏まえた開始と終了のところの実質議論がどうしても先行して、そこに時間を割いてしまうものですから、期間の設定という論点は、そういうほかの問題が決まってからだよねという感じで後に追いやってきた部分があります。しかし、いつまでたっても期間の問題について論議が熟さない状況を続けていくわけにはまいりません。今日委員、幹事の皆さんにキックオフの議論をお願いした次第です。これはそういうことで議論していただいたことに意義はありますが、久保委員と花俣委員におかれては、極めてテクニカルな論点ですから、何かあったらおっしゃっていただくことで結構です。無理にお尋ねすることは何か苦役を強いているような……。もう花俣委員は首を横に振っておられるから、よろしいですね。久保委員、何かおありですか。 ○久保委員 特にはないのですけれども、後見人を付けるときに、御主人が亡くなって、遺産分割で後見人を付けないと駄目になったと、すんなりもう遺産分割できたけれども、やめられないからずっと続いているということはよく聞きますので、少し今お話を聞いて、遺産とこのことと別の問題なのかと初めて分かったような状態でして、よく分かりませんけれども、一定の見直しのときの期間みたいなものは作っていただけたら有り難いなと思います。そこで続けるかやめるかというのをきちんと、家裁も含めて見ていただけたら有り難いなとは思っています。 ○山野目部会長 どうもありがとうございます。   ほかに特段の御意見がなければ、今日、期間の設定について初めての御議論を頂いたことを踏まえて、今日委員、幹事からお出しいただいたところを一通りまとめて、改めてそれを整理して部会資料を用意し、改めて期間の設定の問題について次の機会に議論をお願いすることにいたします。   何か漏らしておられる御意見、御発言がおありですか。オンラインの先生方もどうぞ。   上山委員に御発言いただいた後、オンラインの先生方、何か御発言があるのであれば、手を挙げていただければと思います。 ○上山委員 今日全体の話でよろしいですか。   一つ、これも次回以降のお答えということで結構ですので、実務家の先生方の感覚について教えていただきたいという趣旨です。3ページの25段以降に、取消権の行使によって生じた返還請求権についての代理行使というのが取消権の効果として承認できるのかどうかという論点が掲げられていて、これは理論的にはかなり大きな問題ではないかと個人的には思います。一応どちらも理屈としては成り立ち得るのかと思うのですが、実務的な感覚として、例えば保証人に不動産処分についての同意権のみを付与するというようなケースがあり得るのかもしれませんが、そのときに別途、処分に関する代理権というのも通常は付与するものなのか、それとも、もう単純にこの同意権、取消権の効果として後始末的な部分まで当然にできるという感覚で、代理権は特に付与せずに実務を回しているのかという辺りが少し、理論的な話というより、現在の実務感覚としてどうかということが気になりました。   もう一つ付言すれば、取消し後の交付した物や金銭の返還請求のレベルであれば、取消権の効果としていえなくはないのかなという気もするのですが、取消しによって生じる後始末的な効果というのは、もう少し複雑な場面もあり得るような気もするので、どこまでその取消権の効力として正当化できるかという問題がなお残るのかなと感じます。これは単なる感想です。 ○山野目部会長 今、上山委員からお尋ねいただいた事項について、ここで直ちに発言いただくのではなくて、何か実務の状況を御存じの方は、後で事務当局にお知らせください。事務当局の方からも、ただいま上山委員からおっしゃっていただいた点について、場合によってはお問合せをするかもしれません。部会資料のこの部分は、上山委員がおっしゃっていただいたように、少し奥の深い問題でありまして、部会資料は決して司法試験の受験参考書ではありませんから、こういうふうに学説を列挙して並べるという記述がどうだろうかとも少し気にはなりましたけれども、しかし解釈が二つに分かれていることは、やはり正直に委員、幹事の皆さんに御紹介する必要があるし、その上で今、上山委員から御注意いただいたように、実務を把握した上で今後の議論に備えることになりますから、事務当局としてそういう努力を致します。引き続き御協力をお願いいたします。上山委員、どうもありがとうございました。 ○沖野委員 時間がないところを申し訳ございません。期間についての少し技術的な点で、今後の検討の中に入れられるものが、あるいは入れることが適切なものがあれば、入れていただきたいという趣旨です。   一つは、大本の大前提なのですけれども、定期の期間を定めたときに、例えば5年としたときに、5年の期間が満了すると実体的におよそ権限がなくなってしまうのか、飽くまで審判をしていますので、取消しの審判がないとやはり権限は続いていくということで、5年を定める、これを終了事由にするということは、5年がたったら速やかに家庭裁判所が取消しの審判をすると、それを待って初めて権限がなくなるとか、そういうことでよろしいのかというのは、これはメカニズムの問題です。   それから、期間を設けるというときに、必須にするのか、設けることができるという権能型にするのかということは一つあると思われますし、今回、遺産分割について御説明いただいて、状況が分かってきたのですが、そうだとすると、必ず定期の期間でなければならないのか、遺産分割が終了して金銭の受領をするまでというような不定期の終期を定めるというやり方もあるのだけれども、およそ一律の定期の期間の設定ということにやはり意味があるということなのか、それから、定期の期間を定めたというときには、普通は期間が満了すれば終わってしまうのですけれども、しかし、スムーズに必要性に応じて継続していく、更新していくということにするためには、一種、更新原則というか、そうでなければ自動更新のような、継続保障というのも変ですけれども、そういったタイプの決め方もあるのだけれども、それにはやはり支障があるのか。結局、適切に行動してくれる人はもう適切に行動するのでいいのだけれども、行動しないときにどうなのかということに対応するためには、予期しない形でもう終わってしまうとか、取消しの審判を出さなければいけなくなるということに対応するという点からは、こういった形がありうるのかどうかということを思いました。   それから、前提として今、現行法を前提とすると期間などが必要ではないかという議論が分かりやすいように思うのですけれども、入口のところでかなり個別性が考慮されて、取消権にしても同意権にしても、あるいは代理権にしても、効果のところがかなり個別になってきたときに、そのための事務が終わっていたら、もう終わるはずということになるのだけれども、それが残ることによってどのような弊害があるのか、どういう弊害に対応すべきなのかというのが、前提が変わったときに変わってくるような気もしますので、そこも明らかにする必要があるのではないかと、すみません、感想だけですけれども、少し問題としてあるのではないかと思ったということです。 ○山野目部会長 沖野委員におかれては論議を整理していただきまして、ありがとうございました。   ほかにいかがでしょうか。   そうしましたら、今日、期間の設定についてキックオフの御議論をお願いして、委員、幹事に熱心な御議論を頂いたことを踏まえて、次の機会への準備として、私の方から5点案申し上げます。   1点目は、期間は必ず定めなければならないものであるか、という論点があります。今し方、沖野委員が御指摘になったことです。喩え話を申し上げますと、私は今回、この法制審議会の仕事をするのに法務大臣から辞令をもらって、確か諮問126号の調査審議が終了するまで、という趣旨のことが記されていて、皆さんもそうでしたよね。あれは暦日が終期になっている、つまり令和何年何月何日まで、ということではなく、ここの部会の審議をまとめ上げない限りは離任ができないという構造になっています。そうすると、沖野委員もおっしゃいましたが、代理権目録のところでかなり詳細な代理権付与がされるならば、おのずと期間を定めなくても代理権目録掲記の事務が終了したときということが、書いても書かなくても当然そうですよ、という事例があるかもしれないし、しかし局面によっては期間を設定した方がいい場合もあるかもしれませんから、期間は必須であるかということが論点の1点目です。   それから論点の2点目は、期間はどのような期間であるか、ということですが、法令に標準となるある一つの期間を定めておくという発想であるか、それとも法令に画一的な期間は定めておかないで、ひょっとすると上限の期間ぐらいは定めておくかもしれないですけれども、基本は事案ごとに裁判所が事案の性質を見て個別にオーダーメードで判断するということであるかということを考えなければなりません。これが2点目です。   3点目は、期間が決まっているときに、これを伸ばしていくときの法的構成が、既に決まっている期間を伸長するという変更の審判をするか、それとも更新であるか。更新であるとすると、普通の更新という言葉の自然な受け止めでは、今までの期間と同じものがもう1回設けられますということでしょうから、5年でしてきたのがもう1個、5年になりますという扱いであるか、それとも伸長の審判をして、5年でしてきたものを3年延ばして8年にしますというお話であるか、テクニカルな問題かもしれませんけれども決めなければいけません。これが3点目です。   4点目は、似た問題が縮める方にもあって、期間を決めたけれども、その途中で典型的には必要性が消滅したと認められる事情が生じたときに、一つの選択は、審判を取り消すことでしようが、もう一つは期間を短縮する方向に変更する審判というものがあるかもしれません。これらの役割分担をどう考えるかというのが4点目の論点として検討されなければなりません。   それから最後、5点目ですが、いずれにしても期間の末日が到来したときに何が起こるかということについての法的構成を考えておかなければいけなくて、期間が満了して末日が経過したとしても、裁判所が何もしない限り何も起きません、引き続き後見が続きますという在り方もあるでしょうし、反対に、期間の末日が到来すると、その経過によって当然に、つまり自動的に後見人の権限が失われますという構成もあるでしょう。前者のように、言わば裁判所が何かをするということを解除条件として、ずっと後見が続いていくという発想もあるかもしれなくて、佐久間委員のお話の中にあった見直しとか、それから沖野委員のお言葉にあった自動更新とかという発想がそういうものへのヒントになりますけれども、そうなるのですかということもだんだんに論議を深め、決めていかなければいけません。   本日そうした観点から改めて整理をし、次回の部会資料を御提示申し上げるのに当たっての有益な御議論を頂戴いたしました。どうもありがとうございました。部会資料3に係る審議をここまでといたします。   本日の進行は、部会資料2及び部会資料3についての審議を了したという扱いにいたします。   次回以降の議事日程に関しまして、まず現時点のヒアリングの実施スケジュール等について、事務当局から説明を差し上げます。 ○波多野幹事 ヒアリングの実施につきましては、前回の部会の時点で7月16日午後及び9月2日午後の開催を既にお伝えしているところでございますが、10月の日程が決まっていなかったところでございまして、この間、調整を進めまして、10月は8日午後に開催するということを御案内しているところでございます。   次に現時点のヒアリング候補との調整状況でございますが、7月16日は、前回お伝えいたしましたように、全国精神保健福祉会連合会、日本認知症本人ワーキンググループ、日本発達障害ネットワークと日本障害者協議会の4団体にヒアリングに御対応いただくことで調整がほぼ済んでいるという状況でございます。9月2日につきましては、全国「精神病」者集団、DPI日本会議、日本知的障害者福祉協会、元内閣府障害者政策委員会委員長石川准氏と調整を進めているという状況でございますので、御報告いたします。 ○山野目部会長 ただいまヒアリングの段取りについて事務当局の方で精力的に準備を進めている状況の案内がありました。これについて委員、幹事の皆様からお尋ねや御意見がありましたならば承ります。もしおありでしたら御遠慮なくおっしゃってください。いかがでしょうか。   よろしいですか。特段の御要望、御意見がなければ、ただいま御紹介申し上げた方向でヒアリングの実施に向けての関係方面との調整を続けてまいります。   続きまして、次回の議事日程などにつきまして事務当局から案内をお願いします。 ○波多野幹事 次回日程は、令和6年7月2日火曜日、午後1時30分から午後5時30分まで、場所につきましては20階、第1会議室を予定しております。   次回は、成年後見人等の交代等、法定後見に関するその他の検討事項に関しまして部会資料を準備して、御議論を頂きたいと考えているところでございます。 ○山野目部会長 ただいま御案内を差し上げた点も含めて、この部会の運営につきまして委員、幹事の皆さんからお尋ねや御意見がありますれば承ります。いかがでしょうか。オンラインの先生方もよろしいですか。   よろしいでしょうか。ありがとうございます。   それでは、これをもちまして法制審議会民法(成年後見等関係)部会の第3回会議を散会といたします。どうもありがとうございました。 -了- - 2 -