改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会 (第14回) 第1 日 時  令和6年7月25日(木)      自 午後3時                           至 午後5時 第2 場 所  最高検察庁大会議室(20階) 第3 議 題  取調べの録音・録画制度 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○中野参事官 ただ今から「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」の第14回会議を開催します。   皆様、御多用中のところ、御出席くださり誠にありがとうございます。   本日は、前回会議に引き続き、第2段階の協議として、「取調べの録音・録画制度」に関する意見交換を行うこととします。それでは、議事に入ります。   前回会議では、配布資料41の論点整理案の一つ目「取調べの録音・録画制度の対象とする事件の範囲を改めるべきか」について御協議いただきましたが、この点について、更に御意見等ありますか。 ○足立構成員 前回の会議の意見に補足して、追加で意見を述べさせていただきます。前回の会議では、検察官の取調べで録音・録画を実施することについて、宮崎構成員よりおおむね次のような御意見がありました。まず、日常的に不適正な取調べが横行している状況にはないこと、それから、録音・録画の下では被疑者の口が重くなったり、緊張、羞恥心、自尊心などの心理的影響から自由な意思に基づく供述が得づらくなったりする場合があること、機器の整備などの物的負担、実務上の人的負担が大きいこと、したがって、可視化の対象範囲を拡大すべき状況には認められないことといった内容だと理解しています。   ところで、今月18日、東京地裁が検察官の取調べの違法性を認めて110万円の損害賠償を国に命じた民事裁判の判決がありました。本協議会の議事録を読まれる国民の方向けに内容を説明させていただきます。犯人隠避教唆事件で逮捕された弁護士である被疑者に対して、横浜地検特別刑事部の検察官が被疑者の人格を貶めるような数々の発言を取調室で繰り返したというものでした。この民事裁判では、実際の取調べ映像が法廷で再生されました。その映像では検察官が弁護士である被疑者の能力、それから資質に関して、次のように述べている様子が映っていました。同裁判の判決文において認定されている検察官の発言の一部を御紹介します。「お子ちゃま発想だったんでしょうね、あなたの弁護士観って」「ガキだよね」「本質を見れない」「社会性が…ちょっと欠けてんだよね」「もともと嘘つきやすい体質なんだから」「あなたの中学校の成績を見てたら…理系的なものが得意じゃなかったみたいですね」「論理性が…ずれてんだよなあ」「おかしいよね、こんな弁護士生み出して」などなど、明らかに人格攻撃に当たる内容でした。   私はその映像も拝見し、率直に言って恐ろしいと感じました。何が恐ろしいかというと、検察官自身が取調べの様子を映像に収めているということを知っていながら、このような必要性も生産性もない、ただ取調べ相手の人を傷つけるためだけの言葉を平然と重ねていく人間性に驚きました。東京地裁はこの裁判の判決で、検察官の発言について次のように指摘しています。取調べを受ける者に黙秘を解いて何らかの供述をさせようとしたものと評価せざるを得ず、黙秘権の保障の趣旨にも反すると述べています。つまり、供述したくない人を翻意させるために苦痛を与え続ける拷問のようなものだったのではないかと思います。今回、取調べを受けた人は弁護士でした。プロの法律家であっても心身が耐え難い取調べを、もし一般市民が受けていたとすれば、正常な精神状態を保てるのかどうか、また、黙秘を維持できるのかどうか、極めて疑問であります。映像に映っていた検察官はベテランの方のように見受けられました。検察内部でこうした取調べが推奨されてきたかどうか知る由もありませんが、一国民の立場から見れば、少なくとも強引な取調べが許される文化、風土があるという疑念を持たざるを得ません。   この東京地裁の司法判断は確定していませんが、とはいえ検察官の発言内容に争いはありません。この裁判について、私の感想は二つあります。  まず、録音・録画は不適正な取調べを防止するのに十分とはいえないということ、もう一つは、そうはいっても不適正な取調べを白日の下にさらし出したのが録音・録画の映像だったこと。特に、この2点目については、取調べ映像がなければ不適正な取調べだと発覚しなかったわけであり、録音・録画が取調べの適正化に有益で、必要でもあるのだと改めて思いました。ちなみに、一々挙げることはしませんが、ほかの刑事事件をめぐっても取調べの不適正を訴える民事裁判などが起きています。録音・録画が不適正な取調べの実態を暴く機能を果たしているともいえるのではないでしょうか。   前回も申し述べたように、配布資料7の「平成28年度から令和3年度までの録音・録画の実施状況」によると、いわゆる裁判員対象事件や検察官独自捜査事件などの4類型事件以外の事件でも、既に検察官の取調べでは9万件前後で録音・録画が実施されており、全身柄事件の90%を超えています。宮崎構成員は前回、これだけ大部分の身柄事件で可視化が行われている理由について、不適正なことをしたと公判で言われない、言われたときに反論するという公判立証の観点から、供述の任意性・信用性を否定されないようにするという考慮が背景にあると推察されました。   私は、取調べの可視化が広がることによって、刑事事件の公判立証にとどまらず、適正な取調べのチェックが新たな方法で徐々に社会に広がりつつあるようにも思っています。少なくとも身柄事件の検察官取調べについては、原則全件について物的にも人的にも録音・録画が実施可能な状況だと考えています。被疑者の口が重くなり供述を取りにくくなるといった弊害がもしあるのであれば、その点については、現在はかなり抑制的に使われている、というよりもほとんど使われていない刑事訴訟法上の除外事由について、事件の性質や被疑者の事情に応じて更に柔軟に活用するといった対応も考えられるのではないかと思います。   取調室では、最初から取調官と取調べを受ける人との立場に心理的に大きな格差があり、取調べを受ける人は、仮にやましいことがなくても圧迫感や威圧感を強く感じるものだと思っています。前回の議論では、検察官、それから公判立証についての可視化のメリット、デメリットという観点から数多くの意見が出されました。本来は国民にとってのメリット、デメリットという視点でも考えるべきではないでしょうか。それがえん罪を防止して適正な捜査を実現するという特別部会の理念にも沿うものだと考えています。 ○佐藤構成員 前回議論のありました、検察と警察による録音・録画の実施件数の違いに関連して発言させていただきます。   まず、検察に関しましては、第2回会議配布資料7の、録音・録画の実施状況に関する統計資料[7-1表]に表れた期間を通じ、裁判員裁判対象事件や検察官独自捜査事件という法定の実施対象事件を含む4類型の事件以外の事件において、逮捕・勾留中の被疑者に対して取調べの録音・録画を実施した件数のうち、全過程の録音・録画を実施した件数の割合が9割を超えていることは、組織としての姿勢や現場における努力を示すものとして評価できると思います。   他方、警察に関しましては、法定の制度対象事件や精神に障害を有する被疑者に係る事件以外の事件における取調べの録音・録画の実施状況について、第3回会議で松田構成員が提出された資料2の統計資料6ページにある、「2 各論」「(2) 制度対象以外の取調べの録音・録画実施状況」「ウ その他」の数字を見ますと、それが、事件ごと、取調べごとに録音・録画を実施する必要性と弊害とを勘案した個別の判断が積み重なった結果であるということはもとより、警察が第一次捜査機関であるという特性のほか、録音・録画機材の数による制約があることも理解いたしますけれども、率直に言って実施件数自体が非常に少ないという感想を抱かざるを得ません。   もちろん、一口に被疑者が身体を拘束されている事件と言いましても、自白事件も相当数含まれていると想像しますし、また、証拠の集積状況によっては任意性や信用性の立証に備えるには及ばないという判断をすることができる事件も少なくないのかもしれません。  ただ、ここで、いま一度、この会議で配布されました検察と警察における録音・録画実施の指針に関する資料を見てみますと、検察では、第2回会議配布資料6-1の次長検事依命通知「取調べの録音・録画の実施等について」別添2の「第1 試行の趣旨」において、「取調べの真相解明機能を損なわないよう留意しつつ、別添1「取調べの録音・録画の実施対象事件等」に掲げるもの以外の事件についても取調べの録音・録画を行うものとする。」として、検察官に対して録音・録画を実施することを義務付けるとともに、「第3 留意点」の「2」において、二つの除外事由を定める形式をとっているのに対して、警察では、第3回会議で松田構成員が提出された資料1の、警察庁刑事局長通達「取調べの録音・録画について」4ページにある、「3 1及び2に該当しない場合の録音・録画」において、「個別の事案ごとに、被疑者の供述状況、供述以外の証拠関係等を総合的に勘案しつつ、録音・録画を実施する必要性がそのことに伴う弊害を上回ると判断されるときに実施することができる。」としており、録音・録画の実施について現場の判断に委ねる余地が大きいようにも読めます。   検察官による取調べにおいて、4類型の事件以外の事件において録音・録画が高い割合で実施されている理由、背景については、宮崎構成員から御説明がありましたけれども、録音・録画を実施する上で基礎となる文書の定め方の影響もあるのではないかとも思われました。もとよりこうした文書において、録音・録画を実施すべき場合について、より具体的な形で適切に規定することが難しいことは承知しておりますが、ただ、恐らく内部的には録音・録画の実施が有益であった例などについても検討されているのではないかと思いますので、いま一歩進めて、従来の実施例の蓄積を踏まえて録音・録画を実施することが相当な場合を具体的に示したり、そうした場合には録音・録画を実施するものとすると定めたりすることができないものかと考えた次第です。   制度対象事件や精神に障害を有する被疑者に係る事件以外の事件における録音・録画に関して、一定の場合には、これを実施「するものとする」というような規定の仕方ができないか、という点について、松田構成員に質問させていただきたいと思います。 ○松田構成員 現在の通達の規定の仕方を「捜査員が認めたときにできるようにする」というような書き方にすれば、もっと柔軟にこの判断がなされるのではないかという御趣旨でしょうか。 ○佐藤構成員 警察の場合は、必要性が弊害を上回った場合に「できる」という規定になっていますが、検察の場合は、「するものとする」といった規定になっています。そういった規定ぶりとの関係で、警察の対応と検察の対応に違いが生じているような印象も受けましたので、その点について御意見を伺えればと思います。 ○松田構成員 「できる」という文言と、「するものとする」という文言とで、検察と警察の対応が変わっているかというのは、にわかにはお答えできないところがありますけれども、文言を「できる」にしようが、「するものとする」にしようが、その判断要素は変わらないはずですので、判断要素が変わらない以上、現場における録音・録画を実施する、しないの判断はそんなに大きく変わらないのではないかと思っている次第です。   前回会議で申し上げましたとおり、検察との違いということで申し上げますと、やはり事案の初期段階から真相解明を強く求められているという特性があることが主な要因になっていますので、この通達の文言を変えたら増えるかどうかというのは申し上げられませんが、そういった別の判断要素若しくは実情から今のような数になっているという面も大きいと思いますので、通達の文言だけでそのような形になっている訳ではないのではないかと考える次第です。 ○河津構成員 前回の会議で松田構成員及び宮崎構成員から、取調べの録音・録画により被疑者から供述を得にくくなる場合がある旨の御意見があり、都道府県警察において把握された事例や宮崎構成員御自身が経験された事例の御紹介を頂きました。長年にわたり客観的に記録されない状況で取調べを行ってきた現場の取調官が供述を得にくくなる場合があると実感されていること自体は、お話を通じて理解することができました。  しかし、それは、取調べの録音・録画の弊害とは評価することができないものと思われます。そもそも憲法は黙秘権を保障しており、供述をするかどうかは被疑者の意思に委ねられているからです。前回会議で御紹介した川出敏裕教授の論考においても、「被疑者に黙秘権が保障されている以上、取調べが録音・録画されていると被疑者が黙秘権を行使しやすくなるから、録音・録画の対象事件を拡大すべきでないということはできない」と指摘されています。   平成28年改正刑訴法については、法制審議会への諮問の段階から、「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直し」が掲げられていました。特別部会の基本構想でも、「取調べへの過度の依存を改めて、適正な手続の下で供述証拠及び客観的証拠をより広範囲に収集することができるようにするため、証拠収集手段を適正化、多様化する」ことが理念として掲げられていました。このように、改正刑訴法は、もとより取調べへの依存を改めることを目的としたものですから、取調べで被疑者が供述しない選択をしたときに供述を得にくくなる場合があるのは、想定されていた結果にすぎないと思われます。   取調べによって獲得される供述は事案の解明に資することがある反面、捜査機関の心証に沿ってゆがめられやすい証拠であることから、刑事裁判の事実認定を誤らせる危険の大きいものであることを忘れるべきではありません。村木厚子さんが著書で述べていますが、村木事件では、取調べを受けた厚労省関係者10名のうち5名が客観的事実に反する内容の供述調書に署名押印し、2012年のいわゆるパソコンの遠隔操作による脅迫メール事件でも、全く無実であったことが後に判明した4名の被疑者のうち2名が、取調べで虚偽の自白供述をしています。取調べによって獲得される証拠は、このように容易に取調官の心証に沿うようにゆがめられてしまうものであることを踏まえると、取調べによる供述の獲得への依存から脱却することは、「事案の真相を明らか」にするという目的と合致するものです。   国会の附帯決議でも確認されているように、平成28年刑法改正は、取調べによって作り出された供述証拠を原因とする、度重なるえん罪事件への反省を踏まえた議論に基づくものです。そうであるにもかかわらず、合意制度や刑事免責制度の導入、通信傍受の合理化・効率化などの捜査手法の拡充がなされたのは、取調べに依存することが刑事裁判の事実認定を誤らせる危険が大きく、これを改める必要性があったからにほかなりません。   真実、被疑者に供述の意思があるのに、録音・録画されていることによって十分な供述をすることが妨げられているのであれば、「被疑者が記録を拒んだことその他の被疑者の言動により、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき」などの除外事由が設けられているのですから、その該当性を主張立証すべきであり、それを主張立証できないということは、被疑者が自らの意思で供述しないということにほかならないと思われます。   不適正な取調べを防止するためには、松田構成員と宮崎構成員が言及された、捜査機関内部の取調べ監督制度や指導・研修も大変重要です。また、裁判所によって取調べの適法性が的確に審査されることも必要と考えられます。しかし、取調べ監督制度にしても、指導・研修にしても、裁判所による適法性審査にしても、取調べが客観的に記録されていなければ有効には機能しません。例えば、第11回会議で最高検察庁監察指導部の監察調査の結果を御報告いただいた、いわゆる参院選大規模買収事件における不適正取調べについては、被疑者が取調べを録音していたことによって監督指導の対象となったものです。不適正な取調べが行われても、その事実が認定されず、処分も指導も免れることができるような状況では、不適正な取調べを実効的に防止することは不可能ですから、取調べ監督制度や指導・研修、さらには裁判所による適法性審査を意味あるものにするためにも、取調べの録音・録画制度を全ての事件に拡大することが必要です。   前回、松田構成員と宮崎構成員からは、取調べの録音・録画に伴う人的・物的負担についての御指摘がありました。しかし、取調べの録音・録画に伴う人的・物的負担は、国民の基本的人権を守るためにも、作り出された供述証拠が刑事裁判の事実認定を誤らせることを防ぐためにも必要なコストとして、捜査機関に負っていただかなければならないものです。ここで検討すべきなのは、人的・物的負担を合理化する方法であると思われます。   取調べ録音・録画の議論が始まった当時と異なり、今日、国民の多数が日常的に持ち歩いて使用しているスマートフォンでも精度の高い録音・録画は容易に可能となっています。現在、コストパフォーマンスが高いとはいえない録音・録画機器が導入されているのは、録音・録画の真正性を担保するためと理解しておりますが、そのような機器を使用することが困難な場合に、だからといって録音・録画自体を行わなくてよいということにはなりません。例えば、今日、現場の警察官が使用しているスマートフォンにも録音・録画機能があり、それはサーバーにも接続されているとお聞きしています。ITを合理的に活用することによってコストを抑えながら、高いレベルで真正性を担保することは十分可能になっています。また、今日、スマートフォンで撮影された録音・録画は刑事裁判の証拠として一般的に用いられていますが、その真正性が問題となることは極めてまれです。取調べに限ってはコストパフォーマンスの低い機器を使用しなければ録音・録画すること自体ができないというのは、説得力を失っているように思われます。   前回、宮崎構成員から、少なくとも御自身の経験に照らすと不適正な取調べがまん延しているという状況はないと認識されているとのお話がありました。私は、残念ながら不適正な取調べが行われることはまれではないと認識しており、経験している事件の種類が異なることもあるのかと思います。適正な取調べに努めている取調官は、不適正な取調べの事例につき、苦々しく思われているだろうと存じますが、被疑者は取調官を選ぶことはできないのですから、取調べの適正はあらゆる事件において確保されなければなりません。その観点からは、検察において取調べの適正さについての適切な評価基準が広く共有されているのか、疑問に思うところがあります。   例えば、第2回会議で、検察官が黙秘している被疑者に対し41日連続、205時間にわたる取調べで、侮辱や威迫で精神的苦痛を与え続けた事例を御報告しました。この事例では、合計7回の苦情申出にもかかわらず、取調べは全く改善されることがなく、捜査終結後も当該検察官に対する処分はなされていないように見受けられます。これは、最高検察庁監察指導部を含め、検察において取調べの適正さについての適切な評価基準が共有されていないからだと思われます。   第6回会議で、いわゆるプレサンス事件に関し、机を叩き、一定時間にわたって怒鳴り、時には威迫しながら被疑者の発言を遮って、長時間一方的に同人を責め立て続けた検察官の言動について、特別公務員暴行陵虐罪の陵虐行為に当たるという判断がなされたことを御紹介しました。当該検察官の言動につき、国家賠償請求事件において、被告国は、「真実の供述をするように説得するという取調べの正当な目的に沿うものであった」と主張しています。   先ほど足立構成員が引用された、先週、令和6年7月18日に東京地方裁判所で言い渡された国家賠償請求事件の判決でも、取調べにおける検察官の発言について、被疑者の「人間性、論理性、社会性等の一般的な資質に問題があることを殊更に侮辱的な又はやゆする表現を用いて、取調べの対象である事件とは直接関係なく又は必要な範囲を超えて繰り返し指摘するもの」であるとして、「社会通念上相当と認められる範囲を超えて原告の人格権を侵害するもの」であるとの判断が示されています。この事件でも、被告国は、当該検察官の言動について、「被害者やその遺族等の感情を想像させて反省を促し、真実を供述するように説得する目的のものである」として、「必要かつ相当であった」と主張しています。   検察において、このように、「反省を促し」「真実を供述するように説得する」目的があれば、威迫する言動や、人格を不当に非難する言動も正当化され得るという評価基準が許容されているとすれば、そのこと自体が非常に不適切であり、改めていただかなければならないと思います。供述の強要は、ほぼ常に、反省を促し真実を供述するよう説得するという主観的意図で行われるものだからです。そのような目的があれば不適正な取調べとは評価しないというのは、供述の強要を禁止しないのに等しいのではないでしょうか。   前回も申し上げましたが、法制審議会特別部会の答申案は、「制度としては、取調べの録音・録画の必要性が最も高いと考えられる類型の事件」を対象としつつ、「施行後一定期間を経過した段階で検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」ことを前提として、全会一致で取りまとめられました。そして、改正刑訴法附則9条1項は、取調べの録音・録画が「取調べの適正な実施に資することを踏まえ」て制度の在り方について検討を加えるものとしていますが、「取調べの適正な実施に資する」のがあらゆる事件に妥当することは言うまでもありません。取調べの録音・録画制度の創設後も、残念ながら、村木事件と何ら変わらない、あるいはそれ以上に不適正な取調べが繰り返されています。他方で、そもそも供述は任意であること、取調べへの依存を見直すことが法改正の目的であったことを踏まえると、録音・録画の弊害と評価可能なものは、全く示されていません。   「捜査機関としては、録音・録画がなされることを前提に、そのメリットを生かしながら、どのように信用性のある供述を獲得していくかを検討すべき時期に来ている」と川出教授の論考でも指摘されていることは、前回会議で申し上げました。被疑者が供述をするときにその供述が正確に記録されることについては、取調べの適正確保に資するほかにも捜査上のメリットは小さくないはずです。検察においても警察においても、取調べは客観的に記録されるものであることを前提とした捜査実務への転換を進めていただくことが、社会的に要請されているのではないでしょうか。 ○宮崎構成員 まず、足立構成員と河津構成員から個別の事案を引用されて御指摘がありましたけれども、個別の事案についてはコメントいたしませんし、各構成員が御紹介されたものがそうであるかどうかは別としまして、個別具体的な事案の中において一部に不適正であると指摘される取調べがあったということを否定するつもりは一切ありません。私としても、そういった指摘を受ける事案が生じていること自体は、検察に身を置く者として重く受け止めなければならないと考えています。たとえ一部であっても、不適正な取調べがあってはならないということは当然のことであり、実際に問題があったのであれば、検察としてその事実を真摯に受け止め、適正な取調べの実施の確保に向けて不断の努力を続けていかなければならないと考えています。   もっとも、そのことと、一般的に不適正な取調べがまん延しているという事実認識が正しいのか、また、そのような事実認識に基づいて一律に録音・録画制度の対象事件を拡大することが適当か否かということは、分けて考える必要があると思っています。その意味で、検察における取調べの運用全体を見渡したときに、不適正な取調べがまん延しているかといえば、決してそうではないというのが私自身の経験に基づく認識であるということは、前回申し上げているとおりです。これも繰り返しになりますけれども、もとより取調べの適正は、録音・録画制度によらなければ確保できないというものではなく、法律上の取調べの録音・録画の義務付けに加えて、運用上の取調べの録音・録画の実施や、その他の種々の方策を組み合わせることによって図っているのが現在の在り方であると思われますし、そのような方向性は今後も現実的かつ合理的なものとして維持されるべきだと考えています。   そのような観点から、現行制度の対象事件以外の事件について、ほとんど任意性等が争われていないという現実がある中で、録音・録画による取調べの真相解明機能への影響が依然としてあることなどを踏まえれば、適正な取調べの実施を確保するための方策として、一律に録音・録画制度の対象事件を拡大することは必ずしも適当とはいえず、そのほかの様々な方策の在り方にも目を向けていくべきではないかと考えているところです。   それから、足立構成員と河津構成員から、実際に除外事由がほとんど使われていない、柔軟に活用すればいいのではないかという御意見や、使われていないのは該当しないからであるという趣旨の御指摘がありました。   除外事由につきましては、この後別途協議することとなると思われますため、要点のみ申し上げることとしたいと思いますけれども、ある取調べについて除外事由に該当するものであったことの立証責任は最終的に検察官が負うこととなるため、公判での立証を見据えたときに、除外事由の適用について非常に慎重にならざるを得ない側面があります。このことは、配布資料8-1、8-2によれば、検察において法律上の除外事由に基づいて取調べの録音・録画を実施しなかった件数が、複数の除外事由への重複計上の可能性があることを前提にしても、最も多く見積もった場合でも令和元年度は6件、令和2年度は7件、令和3年度は11件にとどまっていることからも明らかです。現実問題として、除外事由が規定されているからといって、録音・録画による弊害が解消し切れるわけではないということは御理解いただきたいと思います。   足立構成員からは、メリット、デメリットは国民の視点で考えるべきという御指摘があったように思います。取調べの真相解明機能ということについてこれまで触れてきたわけですけれども、真相解明は刑事訴訟法の目的の一つでもあります。捜査段階で十分に真相を解明できなければ、刑事手続全体を通して事案の真相を解明することも困難となってしまうと考えておりまして、そうした観点も含めて真相解明機能が損なわれると申し上げているのであり、捜査機関の都合ということではありません。   それから、最後に、河津構成員からは、取調べの録音・録画される状況で供述が得づらくなるのは当然の前提とされて立法がなされたのだというような御趣旨の御発言があったかと思います。前回も申し上げたとおり、現行の取調べの録音・録画制度の対象事件の範囲も、被疑者の供述の任意性等の的確な立証を担保し、取調べの適正な実施に資するといった録音・録画制度のメリットだけではなく、捜査への影響や制度の運用に伴う人的・物的負担等も考慮して定められたものと承知しています。そのようにして定められた録音・録画制度の対象事件の範囲を改めることの要否や当否を検討する際にも、同様の観点は妥当すると考えておりまして、取調べの適正の確保のみならず、取調べの真相解明機能の低下といった捜査への影響等も考慮すべきであることは当然であると考えています。平成28年の法改正においても、取調べの真相解明機能はもはや放棄するという前提で立法されたものではないと理解をしているところです。 ○松田構成員 私の方からも、足立構成員、河津構成員の御意見も踏まえ、若干の所感を述べさせていただきます。   まず1点目、不適正な取調べがあってはならないというのはおっしゃるとおりであり、そのために警察としては取調べ監督制度等を設けており、録音・録画のみが不適正な取調べを防ぐ手段ではないということを前回申し上げておりますけれども、これについては繰り返し申し上げたいと思っております。そういった録音・録画のデメリットも考えながら、バランスをとって、どうやって不適正な取調べを防いでいくのかというのを検討すべきということを申し上げておきたいと思います。   それと、河津構成員から、供述を得にくくなることがあろうかということ自体は認めていただいた上で、それを弊害と言うかどうかというと、弊害ではないというような御趣旨の御発言があったと思います。それを弊害と言うかどうかはともかく、少なくとも、例えば黙秘権を行使するのであるから弊害ではないということであれば、若干細かくなりますが、録音・録画下では、捜査員の方も、被疑者の自供を得るに当たっての、例えば自らの境遇等の説得をするための手法を使いにくくなるというような状況があるということは申し上げます。そもそも、録音・録画を拡大することによって供述を得にくくなるのであれば、取調べで得られていた証拠をどうやって別の手段で得ていくのかというのもまた、録音・録画を拡大していくに当たっては検討しなければならないのではないかと考える次第です。その証拠を取調べ以外のどういった手段で確保していくのかというのは併せて検討すべきであり、それがバランスのとれた議論であると思いますし、平成28年の法改正に際してもそういった議論がなされたものというふうに承知をしています。   それと、コストの話がありまして、コストがかかっているのは、警察、検察が改ざん防止機能を非常に重視した機器を入れているからだとの御発言があったと思いますが、この点につきましては、我々としては、必要に応じて取調べの状況が録音・録画された媒体を用いて被疑者の供述の任意性を立証することが求められるという制度になっていますので、やはりこういった取調べの録音・録画をする機器というのは、記録の正確性や改ざんの防止を十分に担保するための機能が必要だと考える次第です。 ○河津構成員 先ほどの宮崎構成員の御発言について御質問させていただきたいと思います。取調べの適正確保の方法が取調べの録音・録画に限られないというのはそのとおりだと思いますが、不適正な取調べがあったのかどうかや、不適正な取調べの具体的な内容について、取調べを録音・録画していない場合、どのようにして認定することを想定されているのでしょうか。 ○宮崎構成員 どのような場面のことを想定されているのでしょうか。 ○河津構成員 不適正な取調べがあったのではないかという疑いが生じたときに、録音・録画されていなければ、どのようにして不適正な取調べがあったかどうかを認定し、その具体的内容を認定するのでしょうか。 ○宮崎構成員 それは裁判の場面を想定されているのですか。 ○河津構成員 あらゆる場面です。取調べの適正確保と御発言されましたので、まずは検察庁の中で、不適正な取調べがあったのかどうかということを認定し、それについて必要な指導や監督をされるのだろうと思います。録音・録画がされていれば、その取調べの状況は客観的に記録されていることになりますから、それに基づいて事実認定をして、的確な監督指導が可能になると思います。録音・録画をしていない場合には、録音・録画に代わるものとして、どのような方法があるのでしょうか。 ○宮崎構成員 それは、現在も録音・録画をしていない取調べは相当数あるわけでして、その場合と同じであろうと思います。 ○河津構成員 具体的には。 ○宮崎構成員 現状と同じであると思っております。 ○河津構成員 現状ではどのように事実認定をされているのでしょうか。 ○宮崎構成員 裁判では、当然ながら、弁護人から主張があり、検察官が立証するということでありましょうし、それは通常のこれまでの営みと同じと理解しています。そういうことではないということですか。 ○河津構成員 取調べの適正確保とおっしゃいましたので、検察庁において取調べの監督指導を行うに当たって、その取調べの内容がどのようなものであったのかを、録音・録画以上に的確に認定する方法はないのではないかということを申し上げています。 ○中野参事官 事務当局から監察指導の状況について若干御説明させていただきますと、監察指導の申立てがありましたら、事案に応じて、監察指導部の担当検事が関係職員から直接聴取を行う、あるいは所管の検察庁に所要の調査を依頼する場合もあると聞いています。 ○河津構成員 御説明ありがとうございます。しかしながら、そのような方法ではやはり取調べの状況を客観的に認定することは困難であって、指導監督が適切になされないおそれが大きいのではないかと思います。先ほども申し上げましたが、被疑者が秘密録音をしていたことによって発覚した不適正取調べの事案については、秘密録音に成功していなければ指導監督は適切に行われなかったのではないでしょうか。検察における監督制度が適切・有効に機能する前提としても、取調べの録音・録画の義務付け以上の方策はないのではないかということを重ねて申し上げたいと思います。 ○中野参事官 その他、いかがでしょうか。   よろしいでしょうか。それでは、次に、論点整理案の二つ目「取調べの録音・録画義務の除外事由を改めるべきか」について御意見等ありますか。 ○宮崎構成員 取調べの録音・録画義務の除外事由を改めるべきか否かにつきまして、検察官の立場から運用状況を踏まえて意見を申し上げます。   録音・録画義務の除外事由の在り方につきましては、法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会において、現行の刑事訴訟法第301条の2第4項第1号から第4号までの規定に相当する規律について、除外事由を限定すべきとの立場から、被疑者が録音・録画を拒否する意思が明示されていない場合まで録音・録画義務の例外とすると、除外事由が広範かつ不明確なものとなり、事後的な除外事由の立証や判断も困難となる上、捜査官の恣意的な運用を許し、録音・録画義務が不適正に免れられることとなるおそれがある、暴力団が関与する事件に関する取調べこそ不適正な取調べの温床であって、録音・録画の必要性が高いのにもかかわらず、一律に除外することには合理性がない旨の意見等が示された一方で、捜査機関側からは、運用上、後の公判で除外事由該当性を十分に立証できると判断できない限りは録音・録画を実施することとなるから、録音・録画を実施することにより取調べを通じた事案の解明に重大な支障を生ずる場合を適切に除外することができるか危惧している旨の意見等も示されたものと認識しています。   そこで、刑事訴訟法第301条の2第4項第1号から第4号までの適用状況について見ますと、配布資料8-1及び8-2によれば、先ほども言及しましたとおり、検察において同項各号の規定に基づいて録音・録画を実施しなかった件数は、最も多く見積もった場合でも令和元年度は6件、令和2年度は7件、令和3年度は11件にとどまっており、これらの件数が同じ資料で各期間における対象事件の総数として記載されている数に占める割合を単純に計算しますと、約0.24%から約0.48%となります。こうした数値から、令和元年6月の録音・録画制度の施行以降、検察において録音・録画義務の除外事由の適用は抑制的に行われているということを御理解いただけると思います。特別部会当時の、捜査官の恣意的な運用により録音・録画義務が不適正に免れられることとなるおそれがあるとの懸念は当たっていないものと考えます。むしろ検察としては、現在においてもなお、現行の除外事由によって取調べを通じた事案の解明に重大な支障を生ずる場合を適切に除外することができるのかについて懸念を抱きつつ、その適切な運用に努めているところです。   このように、現行の刑事訴訟法第301条の2第4項各号の除外事由が抑制的に運用されている、これは警察も同様だと思いますが、そのような状況に鑑みますと、少なくともその範囲を狭める必要性はないものと考えています。 ○成瀬構成員 除外事由を改める必要があるかどうかについて検討するため、現在の除外事由の運用について、宮崎構成員と松田構成員に質問させていただきたいと思います。   今、宮崎構成員が御指摘くださった配布資料8-1と8-2によれば、検察は令和元年度から令和3年度までの間に、刑事訴訟法第301条の2第4項第4号の除外事由を一度も適用していません。また、第3回会議で松田構成員が提出してくださった資料2の3ページによれば、警察も、令和元年度から令和3年度までの間に第4号の除外事由を一度も適用していません。これは、第4号の除外事由の必要性が乏しいことを意味しているのでしょうか、それとも、何か別の理由があるのでしょうか。宮崎構成員と松田構成員に実務経験を踏まえた御意見を伺えれば幸いです。 ○松田構成員 実は、この資料を配布したときは令和3年度までの数値で配布させていただいておりますが、その後、令和4年度におきまして、第4号、ここでいう「④加害おそれ」について2件適用していることを、まず事実関係として申し上げておきたいと思います。   その上で、第4号、加害等のおそれの適用事例は、それでも少ないと思われるかもしれませんけれども、各都道府県警察において認定を行っているので、その理由は必ずしも明らかではありませんが、この加害等のおそれにつきましては、その他の例外事由と比較して、該当するか否かについて考慮すべき点がやはり多いという点も要因の一つではないかというふうに考えています。   もう一つ加えて申し上げれば、今、匿名・流動型犯罪グループという、暴力団ではない組織犯罪グループというのも非常に問題になっておりますので、そういった事件が増えてくれば、この第4号の適用も今後増えてくるかもしれないと考えている次第です。 ○宮崎構成員 第4号は、松田構成員からもお話があったように、やはり適用のハードルが高いのだろうと思います。そういったハードルの高さもあって、この第4号に基づいて録音・録画を停止したという事例は、資料8-1、8-2のデータ上はないわけですけれども、一般論として申し上げれば、暴力団ではなく、かつ凶悪性を備えた犯罪集団というのはやはりあるわけでして、この第4号の除外事由に該当し得る事例というのは現実的に生じ得ると考えています。   その上で、第4号の適用事例が現状において見当たらないということにつきましては、個々の事案における個々の検察官の判断の積み重ねであることから、その理由を一概に申し上げることは困難ですけれども、検察官としては、除外事由について、恣意的な運用により録音・録画義務を潜脱しているといったそしりを受けることのないよう、その該当性判断について慎重を期しているという側面があると思われることに加えて、立証責任を負う検察官としては、取調べ実施時点において、同号に該当する事実を公判において十分に立証することが可能であるという判断をすることができなければ、これを適用して録音・録画を停止するという判断をすることは難しいということもあると思います。   その中で、同号が「被疑者の供述及びその状況が明らかにされた場合には被疑者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあること」、そのこと「により、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができない」ことを要件としており、その立証上のハードルが相当高いことが、同号を活用しにくいということの一因となっているのではないかと考えます。また、検察官がこうした立証上のハードルを乗り越えられると判断したとしても、後の公判で供述の任意性や信用性が争われた際に、録音・録画記録の不存在がもたらし得る立証上のリスクをも考慮して、なお録音・録画を実施している場合もあるものと思われます。なかなか柔軟にこれらの除外事由を適用するということは、やはり難しいという状況だと思います。したがって、同号の適用実績が現時点で見当たらないことは、その必要性がないことを意味するものではないと考えています。 ○成瀬構成員 両構成員から丁寧な御説明を賜りまして、ありがとうございました。令和4年度において第4号の除外事由を実際に適用した事例があり、匿名・流動型犯罪グループという指定暴力団ではない犯罪組織を念頭に置けば、第4号に該当する事例は今後も生じ得ると考えられるものの、第4号は立証上のハードルが高いので、実際に適用することは難しいということがよく理解できました。   続いて、第3号の除外事由についても伺いたいと思います。もう一度配布資料8-1と8-2を見ていただきますと、検察が令和元年度から令和3年度までの間に第3号の除外事由を適用した事件は僅か3件であるのに対して、松田構成員が第3回会議において提出してくださった資料2の3ページによれば、警察が令和元年度から令和3年度までの間に第3号の除外事由を適用した事件は、全部不実施と一部不実施を合わせて297件であり、大きな差があります。この差はどのような理由によって生じているのでしょうか。松田構成員と宮崎構成員の御意見を伺えればと思います。 ○松田構成員 繰り返しになってしまうのですが、適用の判断は当然、都道府県警察が行っており、確定的に申し上げられないのですが、その上であえて申し上げれば、そもそもこの第3号が設けられた趣旨にもなりますが、被疑者が録音・録画の下で十分な供述をできないと認められる場合に限って録音・録画を不実施とした場合に、録音・録画不実施としたことそれ自体から組織を裏切って捜査に協力したのではないかとの疑念を抱かれるおそれが大きく、被疑者の心理的負担等を十分に払拭できないということで、被疑者が指定暴力団の構成員である場合や、被疑者の共犯者が指定暴力団の構成員である場合が除外事由とされたという趣旨を踏まえて適用がなされているのだろうと考えるのと、ここは推測もあるので、後で宮崎構成員の御意見も伺いたいのですが、警察では指定暴力団を対象事件で検挙したとき、逮捕したときに、暴力団による組織犯罪を念頭に捜査の初期段階で上位被疑者の関与を含めた実態解明というのを追求していることがあるのだろうと思います。それにより判明した事項も踏まえて検察の取調べは行われているという違いもあるのだろうかと考える次第です。 ○宮崎構成員 刑事訴訟法第301条の2第4項第3号につきましては、御指摘のとおり検察における適用件数が警察における適用件数よりも少ないわけですけれども、検察において同号に該当する場合に録音・録画を実施することによる取調べの影響が小さいと考えているものではなく、被疑者が、自己の供述状況が直ちに記録され、これが関係者の知るところとなることを恐れ、例えば上位者の関与や組織の実態等について必要以上に口が固くなるなど、被疑者の供述態度への影響により真相解明に資する供述が得られなくなる場合が少なからずあるものと考えています。   他方で、繰り返しになりますけれども、立証責任を負う検察官としては、除外事由該当性の十分な立証が可能であると判断することができたとしても、後の公判で供述の任意性や信用性が争われたときに録音・録画記録が存在しないことが立証上不利に働くリスクを含む様々な事情を考慮して、録音・録画を実施することによる弊害を甘受してでもなおこれを実施するか否かを判断しているところでして、その判断は、第一次捜査機関として早期の段階から捜査に当たり、事案の真相解明に向けてより幅広く取調べを実施することを念頭に置く警察の判断とは異なり得るものであり、そうしたことが両者における適用件数の差となって表れているのではないかと思います。実感としても、やはり警察で幅広く情報収集した上で捜査の手がかりを得るということが真相解明にとって重要だということは、検察官としても理解できるところがあるかなと思います。 ○成瀬構成員 丁寧に御説明くださり、ありがとうございます。  前回、録音・録画制度の対象事件の範囲について議論した際も、第一次捜査機関である警察は、捜査の初期段階で被疑者の供述が十分に得られなくなるという録音・録画のデメリットを重視せざるを得ないとの御指摘がありました。第3号の除外事由について言えば、警察は捜査の初期段階で指定暴力団の上位者の関与や組織の実態等を明らかにすることが求められるので、この段階で録音・録画を実施することにより供述が得られなくなるデメリットを重く見ることになるのでしょう。他方、検察は、公判立証を常に意識しているので、第3号の指定暴力団に関する事件であっても、公判で供述の任意性・信用性が争われた場合に備えるという録音・録画のメリットを重視することになると考えられます。  このように、録音・録画に対する警察と検察の考え方の違いが、第3号の適用件数の差にも表れているように思われます。 ○佐藤構成員 刑事訴訟法第301条の2第4項第2号に関連して発言したいと思います。同項第2号では、「被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき」が除外事由として定められていますが、先ほどからの議論の中で、取調べによって得られた供述の任意性や信用性の立証のことを考えると、法定の実施対象事件において、安易に除外事由に該当すると判断して、録音・録画をしないとすることは難しいという趣旨の御説明がございました。   一方で、第2回会議配布資料6-1の次長検事依命通知別添2では、「実施対象事件等に掲げるもの以外の事件について、「取調べの録音・録画の試行指針」が示されております。その「第3 留意点」の「2」「(1)」には、「録音・録画を行えば、供述者が十分に供述をすることができず、取調べの真相解明機能が害される具体的なおそれがあると認める場合」には、「録音・録画を行わないものとする」という一項が置かれており、これが除外事由として、第4項第2号の規定にほぼ対応する機能を持っているのではないかという印象を持ちました。   そして、実施対象事件との関係では、安易に除外事由に該当すると判断して、録音・録画をしないとすることは難しいとされ、実例もほとんど存在しないのに対し、第2回会議配布資料7の統計資料[7-1表]によれば、4類型の事件以外の事件との関係では、検察官の取調べでも、録音・録画をしていないものが一定数見られるところです。そうした対応の根拠は、この「第3 留意点」の「2」「(1)」又は「(2)」に該当するような事情があるという点に求められるのではないかと考えたのですけれども、このような理解は正しいでしょうか。  なお、仮に、4類型の事件以外の事件においては、録音・録画を行えば、被疑者が十分な供述をすることができないという、第301条の2第4項第2号と共通する事情が認められる場合に、試行指針の「第3 留意点」の「2」「(1)」に基づいて録音・録画をしないこともあるのだといたしますと、実施対象事件における除外事由をめぐる対応との違いに関して、やはり、第301条の2第2項に、供述の任意性に関する立証手段を制限する規定が設けられていることの持つ意味が大きいようにも思われたところです。こうした試行指針に関する理解について、宮崎構成員に伺えればと思います。 ○宮崎構成員 資料6-1の試行指針の方についてお尋ねということですが、この試行指針に基づいて具体的な事件で録音・録画を実施するかどうかというのは、個々の事案を踏まえた個々の検察官の判断となりますので一概になかなか申し上げづらいところもあるのですけれども、逮捕・勾留中の被疑者について4類型以外の事件で録音・録画を実施していないものが、全てこの「第3 留意点」の「2(1)(2)」に当たるからということではなく、恐らくそもそもこの建て付け上、「第2 試行対象事件及び試行範囲」の試行対象事件が逮捕・勾留中の被疑者全てというわけではなく、「逮捕・勾留中の被疑者につき、公判請求が見込まれる事件であって…」となっていますので、まずはこの試行対象に当たるのかどうかということと、さらに、試行対象に当たるとして「第3 留意点」の「2(1)(2)」に当たるのかどうかというような、この指針上は2段階の判断ということになるのであろうと思います。   それから、「第3 留意点」の「2(1)」の、「録音・録画を行えば、供述者が十分に供述をすることができず、取調べの真相解明機能が害される具体的なおそれがあると認められる場合」という記載ですけれども、これと刑事訴訟法第301条の2第4項第2号は似てはいるのですが、同じだとは理解しておりません。第2号は、「被疑者が記録を拒んだことその他の被疑者の言動により、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき」となっておりまして、この判断根拠が被疑者の言動とそもそも限定されています。他方で、試行指針の方は特にその判断材料は限定していませんので、そういった違いは少なくともあるのかなと思います。 ○足立構成員 宮崎構成員にちょっとお伺いしたいんですけれども、除外事由の2号と4号について、立証上のハードルその他も含めて、検察官に立証責任があって、それが非常に重いものだというお話がありました。具体的に、例えばこの2号と4号だと、裁判の中でどういうような立証をすることが求められているのかという例みたいなものを挙げていただけますか。どのような立証をするのかということです。除外事由に当たると判断して録音・録画しないというケースだと思うんですけれども、それについて、例えば検察官として裁判官に対してどういう立証をすることが想定されるのかということです。 ○宮崎構成員 実際にそのような場面に接したことがありませんので、なかなかお答えしづらいですけれども、第301条の2第1項によれば、供述調書の任意性を立証する際、原則として録音・録画記録を証拠請求しないといけないのですけれども、録音・録画記録がない場合には、除外事由に当たるために存在しないということを立証しなければならなくなるということだと思います。その場合、被疑者がこのように供述を拒んだ、例えば、正に第2号、第4号に当たるようなことがあったのだということを何らかの証拠を請求して立証することになると思います。それは、第2号であれば被疑者の言動なので、録音・録画されている中でそういう言動が仮にあったとすれば、その録音・録画記録を証拠請求するのかもしれないですし、あるいはそれが録音・録画下では分からないということであれば、取調官の証人尋問等を請求するということになるのかなというふうにイメージしていますが、実際に接したことがないので、実際どうかということは何とも言えません。 ○松田構成員 公判における立証という意味ではないですけれども、御参考になろうかと思いまして、第4号を警察で適用しているときに、どういった要素を考慮して判断しているかというのを申し上げますと、例えば、被疑者が犯した犯罪への犯罪集団の関与状況とか、被疑者が所属している犯罪組織の実態、また上位被疑者からの口止め状況だとか関係者の供述等を総合的判断して、加害等のおそれがあるというのを認めていますので、そういったところが恐らく公判でも必要になるのだろうと推測します。 ○足立構成員 被疑者本人に加えて、周辺者とかの事情聴取の供述調書なりも使うということなんですかね、想定しているのは。 ○松田構成員 立証をどうやっていくかというのも、またあろうかと思いますけれども、被疑者だけの話ではなく、もともと把握している組織実態もあろうかと思いますし、例えば、関係者が「娑婆に出てきたら絶対に許さない。」と言っているという情報が入ってくるとか、そういったこともあろうかと思います。 ○足立構成員 ありがとうございます。 ○玉本構成員 例外事由の立証についてですけれども、平成28年の立法当時に想定していたところを若干申し上げます。まず、第2号の「記録を拒んだことその他の被疑者の言動」については、必ずしも録音・録画として記録されている必要は法律上はないのですけれども、実際には、録音・録画にそういった言動が具体的に記録されているという場合に一番明確に立証できるだろうと想定していたものです。もちろん、録音・録画されていない取調べですとか、あるいは取調べ以外の場面でそのような被疑者の言動があった場合であっても、第2号に当たり得るのですけれども、立証はやりにくくなるのだろうと思います。   次に、第4号については、掲げられている事情が犯罪の性質とか関係者の言動とか、あるいは被疑者が構成員である団体の性格その他の事情となっており、これらは録音・録画記録に明確に記録されているようなものでは必ずしもありません。団体の性格などは正にそうですし、関係者の言動につきましても、取調べ外での様々な言動というものもあり、そういった事情を総合考慮してこの第4号に当たるという場合があり得るわけです。   そのため、仮に第4号の該当性が問題となった場合には、そういった犯罪の性質とか関係者の言動とかその他の事情等から第4号の該当性を認定できるという理由を捜査報告書等にまとめて、それを証拠として請求する、そして、その捜査報告書等の内容が問題となった場合には、必要に応じてさらなる立証を要するということを想定していました。そういう意味では、立証のやり易さというものは、録音・録画記録に明確に言動が記録されているという場合とは異なったものがあり得るように思います。 ○足立構成員 ありがとうございました。 ○河津構成員 除外事由の立証方法については、今、玉本構成員から丁寧な御説明があったとおり、例えば2号であれば、被疑者が録音・録画されていると供述できないから止めてほしいと供述しているのであれば、その場面の録音・録画をもって的確に立証することができるものと私も理解しております。   この除外事由については、第4回会議で吉田構成員より、「録音・録画に伴う弊害も考慮して一定の除外事由、例外事由を設けて」いる「現行制度を適正に運用している限りにおいては、取調べの録音・録画を実施したことそのものによる弊害というのは具体的ケースとして把握されにくい状況にある」との御説明がありました。これは現行の除外事由が十分に機能していることを意味し、少なくとも除外事由を追加・拡大する必要性はないものと考えております。  先ほど、この除外事由を抑制的に運用しているという御説明もありましたが、仮に過度に抑制的に運用されているとすれば、弊害というものが具体的ケースとして把握されているはずですので、そのようなケースが把握されていないということは、少なくとも過度に抑制的に運用されている状況にはないものと理解しております。 ○中野参事官 その他、いかがでしょうか。   よろしいでしょうか。では、次に論点整理案の三つ目、「逮捕又は勾留されていない被疑者に対する取調べについて、取調べの録音・録画義務の対象とすべきか」について御意見はありますか。 ○河津構成員 逮捕又は勾留されていない、いわゆる在宅被疑者の取調べは、取調官に協力的と評価されなければ逮捕等をされることへの恐怖心が働き、回数も無制限であることから、そのような取調べが繰り返されることによって被疑者の心身を疲弊させ、取調官の心証に合致する供述が強要される危険があり、その危険の程度は、逮捕又は勾留された被疑者の取調べに劣るものではありません。このことは村木厚子さんの事件のときから指摘されており、村木事件では在宅被疑者として取り調べられた複数の厚労省関係者等が、客観的事実と矛盾する供述調書に署名押印させられていたことが判明しています。   対象事件の逮捕後の取調べの録音・録画が義務付けられた後、在宅被疑者の取調べは改善するどころか、以前よりも不適正な取調べが増えているように思われます。第11回会議で最高検察庁監察指導部の調査結果を御報告いただいた、いわゆる参院選大規模買収事件においても、在宅被疑者の取調べで不起訴や強制捜査を示唆して供述の変更が強要されていました。   前回会議で言及した東京五輪に関する独占禁止法違反被告事件でも、捜査段階で自白調書が作成されている被告人4名、被告会社4社が公判では公訴事実を争っており、これまでに少なくとも被告人3名について、録音・録画のない在宅被疑者としての取調べで虚偽の自白を強要された旨が公判期日で陳述されています。   今月1日にも、東京地方裁判所で開かれた公判期日において、逮捕も起訴もされなかった検察官請求証人の証人尋問が行われました。その証人は在宅被疑者としての取調べを三十五、六回受け、検察官の見立てと違う供述をしたら、遮って怒鳴られ、反省していないのか、後悔し切れないほど後悔させてやるなどと申し向けられ、逮捕を示唆され、逮捕・起訴されれば家族が白い目で見られるなどと申し向けられ、このまま逮捕されるのではないかと恐怖を覚えて、逮捕を免れるために、弁護人に主任検事と交渉してもらって、検察官の見立てどおり供述することにした旨、証言しています。   この事件については、一昨日、2024年7月23日付けで日本弁護士連合会が最高検察庁監察指導部に対して、事実関係の調査と結果の公表を求める会長談話を公表していますが、在宅被疑者として取調べを受けたある被告人は、検察官が供述していない内容の供述調書を作成し、訂正にも応じなかったことなどから、弁護人が最高検察庁に申立てをしたところ、検察官が被告会社の代表取締役を取調べに呼び出し、弁護人に対しては被疑者の逮捕を示唆し、その後、弁護人を介することなく申立ての取下げとわび状の提出を要求し、被告会社は当該被疑者の逮捕を避けるためにその要求に応じた旨を公判期日で陳述しています。   警察の取調べについても、第3回会議で御報告した三重県警の警察官の取調べの事例、奈良県警の警察官の取調べの事例は、いずれも在宅被疑者の取調べであり、被疑者が録音に成功したことによって発覚したものでした。   そもそも「逮捕又は勾留されている被疑者以外の者の取調べ」についても取調べの録音・録画をできる限り行うよう努めることは、国会の附帯決議でも求められていたことです。そうであるにもかかわらず、在宅被疑者の取調べ録音・録画がほとんど全く行われていないことは、運用の在り方として適切でないと申し上げざるを得ません。近年、在宅被疑者の取調べにおいて逮捕を示唆するなどして供述の変更を迫るような取調べが多く見られるのは、録音・録画を義務付けられていないところで発覚しないように不適正な取調べを行っているとの批判を免れないのではないでしょうか。   供述が捜査機関の心証に沿うように変更させられているのに、変更後の供述のみが録音・録画されていることは、供述の任意性・信用性の判断を誤らせる危険が大きいという意味でも極めて不適切です。こうしたことから、録音・録画義務の対象を逮捕又は勾留されている被疑者の取調べに限定していることは、現行法の最も大きな問題であり、逮捕又は勾留されていない被疑者の取調べを録音・録画義務の対象とすることは必要不可欠であると考えます。 ○足立構成員 私からも意見を申し述べさせていただきます。私も録音・録画の義務化の対象を在宅事件にも拡大するよう検討すべきだと考えています。   先ほど河津構成員からも御紹介がありましたが、2019年参院選の大規模買収事件をめぐっては、東京地検特捜部の検察官が広島市議を任意で取り調べた際、供述を誘導したという不適正な取調べが発覚しました。この問題は、被買収の疑いをかけられた市議に対して、検察官が不起訴、それから、なるべく軽い処分にすると言った上で自白調書を得ていました。市議側が取調べのやり取りをこっそり録音していたから判明したもので、取調べ自体は制度上の録音・録画の対象ではありませんでした。さらに、市議が自白調書に署名した後の取調べでも、検察官が録音・録画するに当たり買収資金の趣旨を否定する供述を意図的に記録しなかったことが判明しています。   この問題では、最高検の監察指導部が昨年12月25日付け「監察調査の結果について」という調査報告書を作成し、本協議会でも共有されました。この報告書では、市議が買収の趣旨を否認した場合には強制捜査という不利益が生じると検事が述べていた点を指摘し、否認した市議とのやり取りも録音・録画すべきだったとして不適正な取調べを認定しています。  さらに、この事件では裁判所が複数の市議らについて判決の中で、検事は不起訴を前提として取調べを行い、被告は不起訴を期待して意に沿う供述をしたことは否定できないとも判示しています。こうした検察の捜査を疑問視する判決は5件に上っています。   先ほどの12月25日付最高検の報告書には、次のように反省が記載されています。「在宅の被疑者を取り調べる際に録音・録画を実施するのであれば、検察の立証上都合の悪いところを録音・録画しなかったなどという批判を招くことがないようにする」とあります。そうであれば、全過程の録音・録画の対象範囲を在宅事件の被疑者にも広げるよう検討すべきではないでしょうか。   これまでの協議会の議論の中で、在宅事件の取調べ件数や時間、可視化が全過程や一部なのかを含め、録音・録画が実施された件数といった詳細なデータはなく、在宅事件の取調べの実態はブラックボックスになっています。実態が判明しないため、被疑者側が隠し録音をするといったことがない限り不適正な取調べが発覚しない構造になっています。もし在宅事件の取調べに録音・録画が導入されることになれば、取調べの適正化が図れることに加えて制度の運用が可視化され、後の検証も可能になるのではないかと思っています。   今から15年前に起きた大阪地検特捜部の証拠改ざん事件の反省から、検察は2011年に検察の理念を策定しました。その中で、「権限行使の在り方が独善に陥ることなく、真に国民の利益にかなうものとなっているかを常に内省しつつ行動する謙虚な姿勢を保つべきである」とうたってあります。先ほどの論点1の意見でも申し上げたように、こうした理念が検察組織に浸透しているとはいえないように私は感じています。間違いが起こらない仕組みを検事のモラル、教育、研修に委ねても限界があるように考えています。システムとして改善していくことを基本に据えるべきではないでしょうか。   在宅事件の検察官取調べにどう可視化を義務付けていくか、そのプロセスについては意見が分かれるところだと思っています。ただ、国民から捜査に疑念の目を向けられることを減らせるといった面では、むしろ現場の検察官にとっても意義は小さくないように思えます。 ○宮崎構成員 取調べの録音・録画制度の対象を在宅の被疑者の取調べに拡大すべきか否かについて、検察官の立場から意見を申し上げます。   まず、河津構成員と足立構成員から、具体的な事件について言及しつつ御意見を頂きましたが、個別の案件についてコメントはいたしませんけれども、一部に在宅事件の被疑者の取調べの在り方について問題が指摘されている事案があることを否定するものではありません。そのことは真摯に受け止めなければならないと考えておりますけれども、取調べの録音・録画制度の在り方を検討するに当たっては、全体の状況を見渡して議論する必要があると考えています。   取調べの録音・録画制度の導入に先立って開催された「法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会」においては、在宅被疑者の取調べを制度の対象とすべきか否かについて、積極的な意見が示された一方で、コストや捜査機関の実際上の負担をも考慮して、制度の対象を特に必要性が高い犯罪類型等に限定するべきである、逮捕又は勾留されていない被疑者は取調べ受忍義務を負わず、取調室からいつでも退去でき、退去後直ちに弁護人とも相談ができるなど、そもそも取調べの適正をめぐる争いは生じにくい、在宅での取調べのうち特に録音・録画の必要性が大きいものと、そうでないものの範囲を明確に区分することは困難である、などとの意見が示されたものと承知しています。そうした議論を踏まえ、現行の取調べの録音・録画制度においては、逮捕又は勾留されている被疑者の取調べが録音・録画義務の対象とされ、在宅被疑者の取調べは対象とされていないところです。   取調べの録音・録画については、対象事件の範囲の際にも申し上げましたとおり、被疑者が供述を拒否したり、十分な供述をしづらくなり、取調べや捜査の機能に支障が生じる場合があるなどの弊害があることから、取調べの録音・録画制度の対象の拡大については慎重に検討する必要があるところ、在宅被疑者の取調べに録音・録画制度の対象を拡大する必要性・合理性は乏しいと考えられます。すなわち、まず、特別部会の際に指摘された、逮捕又は勾留されていない被疑者の取調べについては、その適正をめぐる争いが生じにくいという点については、現在も変わるところはないものと考えています。   例えば、配布資料10によれば、令和2年又は令和3年の公判請求時又は略式命令の請求時に被疑者が勾留されていなかった事件数は、それぞれ5万9,432件又は5万8,591件で、それぞれ5万件以上である一方で、統計の取り方は違いますけれども、供述の任意性が争われた事件は令和2年では15件、令和3年では16件にとどまっています。しかも、今申し上げた5万件以上の事件数は、自動車による過失運転致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除いた公判請求又は略式命令の請求がなされた事件であり、これらの交通関係事件を含めると、在宅被疑者の取調べについて任意性等の争いが生じる割合は一層下がることとなります。他方で、在宅事件の送致件数は交通関係事件を除いても年間10万件単位でありまして、不起訴となる事件も含めると在宅被疑者の取調べが実施される件数は膨大となります。今申し上げたように、在宅事件はその件数が膨大である一方、取調べの適正が問題となる事案は極めて少ないことからすれば、録音・録画を義務付ける必要性・合理性は乏しいと考えています。 ○松田構成員 私からも逮捕又は勾留されていない在宅被疑者について、取調べの録音・録画義務の対象にすべきかという点について意見を述べさせていただきます。   実情ということにもなりますが、警察においては膨大な回数の取調べを実施しています。被疑者については年間約110万件、これは逮捕・勾留中の取調べを含むものですけれども、110万件の取調べを実施しているということです。これまでの議論と同様に、取調べの録音・録画は被疑者の供述の任意性等の立証に資する一方で、被疑者から供述を得にくくなる側面があるほか、こういった一定の人的・物的負担が生じることになるということを踏まえますと、在宅被疑者に対する取調べについて録音・録画義務の対象とする必要性はないものと考えています。 ○成瀬構成員 まず、宮崎構成員の御発言の趣旨を確認させていただきたいと思います。先ほどの御発言の最後に、在宅事件について録音・録画を義務付ける必要性・合理性は乏しいとおっしゃっておられましたが、これは、在宅被疑者の取調べにおいて録音・録画を実施するメリットがデメリットを上回る事例はそもそも存在しないという御趣旨なのでしょうか、それとも、録音・録画制度の対象として義務付ける必要まではないという御趣旨にとどまるのでしょうか。 ○宮崎構成員 一般に取調べを録音・録画することによって取調べで十分な供述が得にくくなり捜査に与える影響があることは、在宅被疑者の取調べでも同様である一方で、在宅被疑者の取調べについてはその適正をめぐる争いが生じにくいこともあって、供述の任意性・信用性立証のために録音・録画を実施する必要性は必ずしも高くないと考えています。そこで、在宅被疑者の取調べについては、個々の検察官において個別具体的な事案に応じ、捜査・公判遂行上の必要性があると認める場合に録音・録画を実施しているところでして、個別具体的な事案において録音・録画を実施する必要性があるものが存在するということは否定されないと考えています。 ○成瀬構成員 御回答いただき、ありがとうございました。御発言の趣旨がよく分かりました。   では、私の意見を申し上げます。河津構成員や足立構成員が言及されたように、在宅被疑者の取調べで得られた供述についても任意性や信用性が争われる事例は現に存在しますので、そのような事態に備えて取調べの録音・録画を実施しておくことにメリットが認められる事例も存在すると思います。また、第11回会議で議論の対象となった広島の公職選挙法違反事件のように、検察官が在宅被疑者の取調べにおいて不適正な行為を行ったと認定された事例も存在するわけですから、取調べの適正確保という録音・録画の第2のメリットも当然に認められます。  そうだとすれば、被疑者の十分な供述が得られなくなることや録音・録画の実施に伴う人的・物的負担が大きいことといった録音・録画のデメリットを踏まえてもなお、在宅被疑者の取調べを録音・録画するメリットの方が上回ると判断される事例は、宮崎構成員もおっしゃったように、一定数存在すると思われます。   検察においては、既に身柄事件の取調べの大部分で録音・録画を実施していますので、今後は、その運用を更に一歩進めて、在宅被疑者の取調べについても、録音・録画のメリットとデメリットを比較衡量しつつ、適切な事案において録音・録画を実施することを強く望みたいと思います。   続けて、松田構成員に質問させていただきたいと思います。  松田構成員が第3回会議で配布してくださった資料2の6ページによれば、警察が身柄不拘束の被疑者、すなわち在宅被疑者の取調べにおいて録音・録画を実施した件数は、令和元年度が11件、令和2年度が16件、令和3年度が9件と、ごく僅かな数にとどまっています。また、第3回会議における松田構成員の御説明によれば、これら合計36件はいずれも録音・録画制度の対象事件に関するものであって、それ以外のものは含まれていないとのことでした。   先ほど宮崎構成員に申し上げた在宅被疑者の取調べを録音・録画する二つのメリットは、検察のみならず警察にも同様に妥当しますし、そのメリットは現在の録画・録画制度の対象事件に限って認められるものでもありません。そうだとすれば、録音・録画のデメリットを踏まえてもなお、在宅被疑者の取調べを録音・録画するメリットが上回ると判断される事例は、もう少し幅広く存在するのではないでしょうか。この点について、松田構成員はどのようにお考えでしょうか。 ○松田構成員 繰り返しの御回答になって恐縮ですけれども、そういったメリットがデメリットを上回る事件というのがあることは間違いございませんし、実際こうやって身柄不拘束被疑者の取調べの録音・録画もなされているということですが、個別の事件における、現場におけるメリット、デメリットを比較をした判断の結果の積み重ねですので、この場での適否を申し上げるのはなかなか難しいということです。 ○成瀬構成員 現在の警察の運用によれば、精神に障害を有する被疑者に対して身柄拘束中に取調べを行う場合には、制度対象外であるにもかかわらず、積極的に録音・録画が実施されています。この運用は、精神に障害を有する被疑者については、公判で供述の任意性・信用性が争われる事態に備えるとともに、取調べの適正を確保するという録音・録画のメリットが特に大きいという判断に基づくものと思われます。   そして、精神に障害を有する被疑者の供述特性は、その者の身柄を拘束しているか否かによって大きく変わるものではありませんので、在宅事件の場合でも取調べの録音・録画を実施するメリットはやはり大きいように思われます。このように考えれば、警察における現在の運用の延長線上で、在宅被疑者の取調べの録音・録画をもう少し幅広く実施することも十分に考えられるように思うのですが、この点はいかがでしょうか。 ○松田構成員 精神の障害を有する被疑者について取調べの録音・録画を積極的にやっているというのは御指摘のとおりでございますが、前提として、やはり先ほど申し上げましたとおり、また宮崎構成員からもありましたとおり、在宅被疑者の取調べについての録音・録画というのがまず大きくあって、その中で精神に障害を有する在宅被疑者をどうするかというのを考えるべきだと思います。その上で言いますと、在宅被疑者は、先ほど宮崎構成員から御紹介もありましたように、取調べ受忍義務がない、また、いつでも退去することができ、弁護士に相談できるというような事情もありますし、またその後、一部の事件かもしれませんが、制度対象事件で逮捕された場合には、その逮捕・勾留中の取調べについては録音・録画されるということにもなるということもあります。   結論から申し上げますと、精神に障害を有する在宅被疑者の録音・録画について、被疑者が精神に障害を有するという、そういった考慮要素だけではなく、今申し上げたような被疑者の供述状況や被疑者供述以外の証拠関係等の色々な事情を総合的に勘案して録音・録画の判断を実施すべきと考えますので、その運用をどうしていくのかというには慎重な検討が必要かと考える次第です。 ○河津構成員 先ほど成瀬構成員から、運用上、在宅被疑者の取調べについてもメリットとデメリットを比較衡量して録音・録画を実施していくことを望まれるという趣旨の御発言がありました。そのような運用は、適正な取調べに努めている取調官が適正に裁量を行使することを想定すると積極的に捉えることができますが、現実には、宮崎構成員もお認めになっているように、不適正な取調べも存在します。そうした不適正な取調べを行う取調官が裁量を不適正に行使したときに、非常に大きな弊害が生じることを懸念いたします。先ほども申し上げましたが、録音・録画していないところで供述が捜査機関の心証に沿うように変更させられているのに、変更後の供述のみが録音・録画されていることは、刑事裁判において供述の任意性・信用性の判断を誤らせる危険が非常に大きいと考えられるからです。その意味で、取調べの録音・録画については、取調官の裁量に委ねることは不適切であって、義務付けをする必要性が極めて高いと考えます。 ○玉本構成員 今の御議論を聞いていますと、在宅被疑者の取調べについても録音・録画のメリットが認められるので義務付けるべきという御意見と、在宅事件については録音・録画のデメリットもある上に件数も膨大であるから、一律の義務付けの必要性・合理性は乏しいといった御意見が双方あったかと思います。河津構成員や足立構成員は拡大を検討すべきという御意見でしたけれども、拡大する範囲というか、対象事件の議論とも少し絡むのかもしれませんが、この在宅被疑者の取調べの録音・録画についてどういった事件を念頭に置いて御意見をおっしゃっているのか、お考えがあればお聞かせいただけると議論の整理になるかなと思います。 ○足立構成員 先ほど、在宅被疑者事件が5万9,000件、6万件弱と膨大な件数があって、全件で在宅被疑者に取調べの録音・録画を導入するというのは非現実的だという御趣旨の意見があったと思います。昨今特に問題になっているのが、いわゆる検察官の独自捜査事件、とりわけ特捜事件での取調べの不適正だと思います。なので、一つの考え方としては、少なくともそのような検察官独自事件など、現在の制度が録音・録画の対象としている事件については、在宅事件、在宅被疑者を録音・録画できるのではないかと私は考えています。 ○河津構成員 私は、取調べの適正確保はあらゆる事件に妥当するものであることから、最終的には全ての事件について在宅被疑者の取調べを含めた録音・録画の義務付けが必要であると考えております。ただ、足立構成員からも御指摘があったとおり、これを全面的に実施するのに支障があるとすれば、段階的な実施を行っていくことが考えられます。段階的な実施をしていく上で、法定刑の重い事件の取調べ、あるいは既に充実した録音・録画機器を備えている検察の取調べから実施していくことは、十分あり得るのではないでしょうか。 ○中野参事官 その他、いかがでしょうか。切りのよいところですので、本日の協議はここまでとさせていただきます。   次回会議においては、第2段階の協議、本日に引き続き、取調べの録音・録画制度に関する意見交換を行うこととしたいと思います。そのような進め方とさせていただくことでよろしいでしょうか。              (一同異議なし)  それでは、そのようにさせていただきます。   第15回会議の日程の詳細は追ってお知らせします。また、第15回会議において構成員の皆様から資料の提出あるいは御説明を頂く時間を設ける場合には、事前に御送付いただく必要がありますので、併せて提出の期限についても御連絡します。その場合の資料について、事務当局において確認させていただき、必要に応じてどのような形で御提出いただくかなどについて御相談させていただくことは、これまでと同様です。   本日の会議における御発言の中には、職務上取り扱われた事例に関するものなどもありました。御発言内容を改めて確認させていただくとともに、御発言なさった方の御意向を改めて確認の上、非公開とすべき部分がある場合には該当部分を非公開とさせていただきたいと思います。それらの具体的な範囲や議事録の記載方法については、その方との調整もありますので、事務当局に御一任いただきたいと思いますが、よろしいでしょうか。              (一同異議なし)   ありがとうございます。   それでは、本日はこれにて閉会とします。ありがとうございました。 -了-