法制審議会 民法(成年後見等関係)部会 第26回会議 議事録 第1 日 時  令和7年10月7日(火)自 午後1時15分                     至 午後6時07分 第2 場 所  東京地方検察庁 総務部教養課会議室302号室 第3 議 題  民法(成年後見等関係)等の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(3) 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○山野目部会長 法制審議会民法(成年後見等関係)部会の第26回会議を始めます。   本日も御多用の中、御出席を賜りまして誠にありがとうございます。   会議の出欠について御案内を致します。本日は久保委員、櫻田委員、佐保委員及び常岡委員、家原幹事、海老名幹事及び野村晋幹事が欠席であると伺っています。   事務当局から配布資料の説明を差し上げます。 ○小松原関係官 配布資料について御説明いたします。   本日は新たな部会資料として部会資料24を配布しております。資料の内容については後ほどの御審議の中で事務当局から御説明申し上げます。   資料として、ほかに「「民法(成年後見等関係)等の改正に関する中間試案」に対して寄せられた意見の概要【暫定版2】」をお配りしております。こちらは本日の御審議の際の参考としていただく趣旨で、パブリック・コメントの手続で寄せられました意見のうち部会資料24で取り上げた事項について、現時点までに集計することができたものを暫定的に御紹介するものです。集計途中でございますので、パブリック・コメントの手続における全ての意見を御紹介するものではないことや、今後の集計作業における修正の可能性があることに御留意ください。   また、部会で使用した資料のホームページの掲載につきましては、部会長に御判断を頂く事項ではございますが、こちらの資料が中間試案の一部についてのもので、かつ暫定的なものでございますので、本日の会議のホームページには掲載することとせず、後に準備する予定の中間試案の全体についてパブリック・コメントで寄せられた意見をまとめたものを部会のホームページに掲載する取扱いとすることにつきまして、部会長に御判断をお願いする予定でございます。   本日の配布資料は以上でございます。 ○山野目部会長 本日の審議をお願いいたします。まずは部会資料24の第1の「1 法定後見の開始の要件及び効果等」のうち(1)としまして、法定後見制度の枠組み、事理弁識能力の考慮の方法並びに保護開始の審判の方式及び効果及び(2)といたしまして、法定後見に関わる審判をするための要件としての本人同意等について、すなわち(3)といたしまして申立権者の手前までの部分、ページ数で申しますと27ページまで、この部分につきまして審議をお願いいたします。   御案内を差し上げた部分につきまして部会資料の説明を事務当局から差し上げます。 ○小松原関係官 部会資料24について御説明いたします。   まず、1ページ第1の1(1)アにおいて、法定後見制度の枠組み、事理弁識能力の考慮の方法並びに保護開始の審判の方式及び効果について記載しております。この点については甲案、乙1案、乙2案の更なる検討事項について御議論いただきたいと思います。特に、乙案についての検討事項であるウに関して、行為能力制限の範囲を限定するかどうか、エに関して、精神上の障害により意思を表示することが困難であることが常である場合の本人について保護の仕組みをどのように考えるか、カに関して、現行の成年被後見人を対象とした保護の措置が維持されない可能性についてどう対応するか、クに関して、取消権の範囲と代理権の範囲について異なるものとすることをどのように考えるかについては、これまでも御議論を頂いていたところではございますが、改めて御議論をお願いしたく存じます。   次に、15ページ第1の1(1)イにおいて、民法第13条第1項の内容について記載し、各号の内容としてゴシック部分のように見直すことを提案しており、こちらの提案についても御議論いただきたく思います。また、民法第13条第1項の内容を現行法の保佐の要同意事項としてではなく、取り消し得る行為の範囲の基準などとすることとした場合に、このように詳細に各号に行為を掲げることとしないような規律の在り方についても御議論いただきたいと思っています。   そして、20ページ第1の1(2)において、法定後見に係る審判をするための要件としての本人同意等について記載し、ゴシック部分のとおり、本人の同意を要件としつつ、本人が同意の意思を表示することができない場合には同意を不要とした上で、代替する要件を設けないものとすることについて検討することを提案しております。これまで部会では、本人が同意の意思を表示することができない場合に高度の必要性を要件とするとの御意見があったところですが、改めてこちらの点についても御議論いただきたいと思います。 ○山野目部会長 御案内を差し上げた部分につきまして御意見を承ります。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。法定後見制度の枠組みについては、中間試案に対する意見書において乙1案の考え方を支持しますけれども、なお現行法制度との連続性の確保、本人の意思を最大限に尊重しつつ本人の保護を重視する観点から、事理弁識能力を欠く常況にある者を保護する仕組みや現実的な制度設計の在り方などについても引き続き検討すべきという意見を出させていただきました。それを前提に意見を述べさせていただきたいと思います。検討事項が結構あるものですから、少し長くなるかもしれません。   部会資料24ページの乙案の更なる検討事項、アの保護開始の審判を要することについては、中間試案に対する意見書で意見を述べたとおり、保護の開始という概念が実務上定着していること、保護の開始の審判により事理弁識能力が不十分であることが確認され、法定後見による干渉、介入が正当であることをあることを明確にすることは意味があることなどから、保護開始の審判を必要とする考え方を支持します。また、先般のヒアリングにおいても特定の法律行為ごとに事理弁識能力の十分、不十分を医師の診断によることは困難との印象を受けましたので、この点からも保護開始の審判によることが適当であると考えています。   部会資料24の9ページの乙案の更なる検討事項イの要同意事項を定める審判についてですが、乙1案における同意権付与は必要性がある場合になされるため、本人が保護者の同意を得て法律行為をすることが不可能な場合は保護者に同意権を付与する必要はなく、一般的には同意権付与がなされないものと考えますが、裁判官による必要性の審査の中で判断することで足り、あえて本人の同意がなく保護が開始する場合は同意権を付与することはできないという規律を設ける必要まではないのではないかと考えております。   部会資料24の10ページの乙案の更なる検討事項のウの、行為能力制限が現行法よりも広がる可能性があることについては、現行法の民法第13条第1項を削除してしまうと、日用品の購入その他日常生活に関する行為を除いた本人が行うあらゆる行為について、保護者の同意を得なければならないとすることも理論上可能となり、これは現行法より広範な制約を本人に対して課すことにつながることになりますから、同意権を付与する旨の審判が可能な範囲を画するためにも、民法第13条第1項は存置するべきと考えています。   部会資料24の11ページの乙案の更なる検討事項エの保護が不十分とならないかということについては、取消権は判断能力が不十分な人に予防的に付与することに意味があるため、具体的な被害がないと取消権付与の必要性がないことになれば問題となりますので、乙1案においても、民法第13条第1項の中から必要な要同意項目を付与することとすれば、保護として不十分となることはないのではないかと考えています。   部会資料24の11ページの乙案の更なる検討事項オの負担の増大については、個別代理権等を付与していく点では乙1案も乙2案も負担は変わらないのではないかと考えています。現在の実務の観点からは、現行の後見類型の事案で民法13条第1項の項目で足りるケースはほとんどなく、ほとんどの事案で個別の代理権を追加することになるのではないかと思われます。もっとも乙2案における保護Bを現行の後見類型と同様の内容でスライドする仕組みとするのであれば、負担は相当程度少なくなるとは思っています。   部会資料24の11ページの乙案の更なる検討事項カの他の規律の維持が困難となることについては、中間試案に対する意見書でも意見を出しましたとおり、本人の権利を保障する規律が削除されることはやむを得ないと考えます。現行制度においても実質的には事理弁識能力を欠く常況にあり、法定後見制度の利用が必要ではあるが制度を利用していない者は一般的に多く存在していると思われますので、現行の規律の中でそのような方々と同様の取扱いでよいのではないかと考えます。   部会資料24の13ページの乙案の更なる検討事項キの保護の必要がなくなる場合について、例示された乙2案の保護Bが開始し遺産分割が終わった場合でも、保護Bの代理権が一定の包括代理権である以上、遺産分割などの特定の法律行為の必要性がなくなったとしても当然に保護の必要性がなくなったとはいえず、その他の権限との関係でも必要性がなくなったといえなければならないのではないかと考えています。もっとも事理弁識能力を欠く常況にある者が保護AかBを選択できる仕組みとするのであれば、保護Aを利用することで、必要性がなくなったかどうかの判断はしやすくなるのではないかと思っています。   部会資料24の13ページの乙案の更なる検討事項クの取消権と代理権の範囲については、飽くまで取り消すことができるのであって、本人自身はその法律行為を一応有効にすることができるのでありますから、あえて同様の事項についてセットで保護者に代理権を付与する必要はなく、異なる規律を設けることでよいのではないかと考えます。   部会資料24の14ページの乙案の更なる検討事項ケの乙2案の保護AとBの選択的申立てについては、先ほど申し上げたとおり、ほとんどの事案で事実上は乙2案の保護Bが終われない後見となってしまう可能性がありますので、賛成いたします。もっとも、あえてこのような仕組みにするのであれば、乙1案によることが適当ではないかとも思います。 ○竹内委員 私の方はまとめて、部会資料8ページ(2)のア、9ページのイ、そして10ページのウ、11ページのエとカ、15ページのイ、そして20ページの(2)、これらについてまとめて意見を述べさせていただきたいと思っております。   まず、開始審判なのですけれども、本人の権利制約の正当化根拠、部会資料8ページ(2)アに書いてあるとおり、登記実務の事件管理の都合上、開始審判は必要と考えます。その場合、保護を開始する審判は、保護者の同意を要する旨の審判、そして保護者に代理権を付与する審判とともに、しなければならないものと考えます。以下ですが、この部会資料を拝見しまして、私は乙1案の発展系といいますか、乙1案と乙2案を統合することを考えましたので、述べさせていただきたいと思っております。   まず、現行制度のように事理弁識能力の程度で区別をせず、一元化といいますか事理弁識能力が不十分な方ということで規律できるのではないかと思えました。そして、本人の同意を法定後見に係る審判の要件とする、これも部会資料に賛成です。そして、乙1と乙2とで共通している部分というのが、有効な同意の意思表示ができない人がいるというのは共通の理解だと思っております。それで、そこを踏まえて統合できないかと考えております。   まず、同意を意思表示することができない場合については、同意は不要と考えます。部会資料25ページの(2)で、高度の必要性という要件を設けるかという議論がありますが、私はそのような要件は設けなくてよいと考えています。結局中身がよく分かりませんし、条文というのは極力分かりやすくすべきだと考えるからです。そして、今のように考えた場合、現在、補助の権限付与や保佐の代理権付与では調査官や参与員が本人の同意を確認しています。しかし、新しい制度において、事理弁識能力が不十分な人として一元化して、本人の同意を要件にした場合には、誰がどのような方法で同意を確認するかという疎明方法について明確にしておく必要があるかと考えます。なぜならば、現在の保佐や補助のように調査官や参与員が全件調査するということでは、恐らく制度が機能しないと考えるからです。   疎明方法を考えてみますと、審判時に医師が本人の同意能力について判断した診断書というのが疎明方法としてあり得るのではないかと思います。同意できる人は同意を要件とし、同意のできない方は同意を要件としない、そして家裁が本人のために必要と認めれば審判をするという立て付けです。ただし、すみません、ここからは一つのアイデアでしかないのですけれども、本人が有効に同意の意思表示を表明できない場合、つまり同意が不要とされる場合ですが、家庭裁判所が申立人の請求によって本人の同意の意思表示に代わる許可審判、みたいな審判をかませることができないのだろうかと考えました。つまり、同意できない人の意思表示を補完する役割を家裁が果たすということです。どのような発想から考えたかといいますと、民法13条3項、民法17条3項に同意に代わる許可があります。また、借地借家法19条にも承諾に代わる許可があります。このような審判をかませられないかと考えました。といいますのは、その趣旨は、事理弁識を欠く常況にある人という基準は設けないこと、また、同意の意思表示に代わる許可審判というものがあれば、登記に反映されるからです。そして、審判が存在するということで、その審判をかませることによって、同意の意思表示に代わる許可審判を受けた方に対しては、民法各条文の保護規定、部会資料の11ページのカのところですけれども、時効完成猶予とか人事訴訟とか遺言の関係の保護規定を及ぼすことで乙1案の悩みを解消できないかと考えたからです。また、部会資料9ページのイのところにある、審判があることにより意思能力無効の立証も容易になるところがあるのではないかと考えました。   また、同意権の付与、13条1項の立て付けについては、これも意見でしかないのですけれども、同意権の付与についても、代理権の付与についても、事理弁識能力の程度にかかわらずデフォルトルールとして、民法13条1項の一部又は全部の範囲に制約するという考え方はできないものかと考えました。ただし、家庭裁判所が必要を認めれば追加を可能とするというように二段階で規律をできないかと考えました。その趣旨は、13条1項をデフォルトルールとすることで、特に現行の保佐、補助に相当する方について、現行制度以上に権利制約が広がることをできるだけ回避すると同時に、個々の状況に応じて裁判所が必要性を認めた場合には追加の権限付与を認める。そのことによって事理弁識能力という医学モデルといわれていることについて、人的に自動的に類型的に区別されるということではなくて、より個別事案に即して区別するというか、個別に対応する色彩が出るのではないかと考えて、これが部会資料10ページのウ、11ページのエに対する一つの回答にはなりはしないかと考えました。   現行制度が事理弁識能力の程度、医学モデルによる判断や規律をしているのを、改正後の制度においては本人の同意はその前提として意思決定支援があるはずですし、社会モデルといわれているものかもしれません、その同意を判断や規律にどのように移行させていくか、そういう視点で考えてはどうかと考えました。それが仕組みの部分でございます。   また、最後、部会資料15ページのイの13条1項に関しては、先ほど申し上げましたように、私はこれを同意権と代理権のデフォルトルールとして位置付けられないかと考えました。それを前提に、気になった記載が3点ございます。部会資料15ページです。   まず、13条の1項の第4号なのですが、これは不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とするとあるのですが、得喪というと、得失と同じ意味ということで、得ることと失うことです。もしリフォームなどをする場合、得る、失うだけではなくて変更という要素もあるような気がいたしまして、ここを得喪又は変更と付け加えた方がいいのではないかと思いました。   また、1号について金融機関の定めに修正なさっているのですけれども、確かに4号に全て含まれるかもしれないのですが、お金を誰かに貸すことというのが4号だけでは分かりにくいのかなと、従来の1号の方が、お金を貸すことについてはむしろ分かりやすかったのかもしれないというところが気になりました。   そして、3点目なのですが、3号に療養看護に関する契約を締結することとありまして、それはいいのですけれども、締結だけではなくて、それを変更したりとか終了したりとか、そういった文言は含めなくてもよかったのかというところでございます。   長くなりましたが、以上でございます。 ○佐久間委員 私は(1)のアとイについて意見を申し上げます。いろいろ申し上げるので長くなります。あらかじめお詫び申し上げます。   部会資料のトーンは、甲案は採り難い、乙案のいずれかとすべきだということだと思います。その点は支持いたします。その上で、乙案のうち乙1案に関する説明、課題の指摘と、乙2案に関する説明、課題の指摘を形式的に比べますと、乙1に関するもの、特に課題の指摘が分量としては多くなっています。もっとも、それは乙1案は採りにくいということを示唆するというよりは、課題が克服されれば乙1案にということかと私は受け取りました。そのことを前提に、考えるところを申し述べます。   乙1案を採る場合、8ページ29行目以下のアに関して、これは先のお二人の方がおっしゃったことと共通ですが、登記の在り方を適切に考慮しなければならないと思います。具体的には、人単位の登記を整備することができるのであれば結構ですけれども、それが難しいとすれば、保護者に対する個々の権限付与の審判を登記するだけというのは不適当であると考えます。審判の全部について一覧性が確保されるように登記が仕組まれる必要があるということです。そのためには、個々の権限付与の審判をまとめる上位の審判が形式的なものにせよ用意されるべきで、竹内委員がおっしゃったのはそうだと思いますが、今の補助と同様の形式とすることが適当と考えます。   かつて審議の過程でラベリングの問題が云々されたことがあったように記憶しています。しかし、行為に際しては特別の審判を受けているという事実を明らかにしなければ、いずれにせよ仕方がないということになりますし、この制度の対象者について法文上、例えば被補助人などの呼称を付すことも避けられないと思います。そうであるとすると、先ほど申しましたように、現在の補助の審判と同様の作りにすることが負のラベリング効果の点から許容できないということもないと考えています。   続いて、9ページ21行目以下のイから11ページのエまでに関することを申し上げます。  まず、手続の請求又は同意をすることができない者について、保護者の同意を得て自ら行為を確定的に有効にすることができるとすることは適当でないと考えます。ここは先のお二人と恐らく違うところです。主な理由は次の2点です。   第1に、慎重な手続の上で、手続に関する意思を有効に表明することができないとされた者は、事理弁識能力を欠く常況にあり、ほとんどの行為について意思能力を欠くおそれがある者と見て差し支えないと思います。そのような者について、確かに手続上の請求又は同意と個々の法律行為は別物ですけれども、後に行われるであろう個々の法律行為を有効にする能力があることを前提とする立法をしますと、非現実的な想定をしたものという批判を免れないことになるのではないかと思います。   第2に、そのような者も要同意行為の定めの対象といたしますと、保護者の同意を得て行為をする者の中に、後に意思能力無効の主張をすることができる蓋然性の高い者と低い者が混在することになります。先ほどの竹内委員の御発言は、これに配慮するものであったとは理解しています。ただ、仮にそのような者が混在し、相手方から見分けが付かないということになりますと、相手方が意思無能力の蓋然性が高いということを想定して慎重な対応をする、つまり保護者の同意を得て本人がしようとする行為に簡単には応じないという対応をすることが考えられます。そうなりますと、現在の保佐相当、補助相当の者が同意を得て自ら行為をすることが今より難しくなる、ということになってしまいます。   この点に関し、同意どおりの行為がされたのであれば意思能力があったと認めてよいから、問題ないのではないか、という見方が披露されたことがあったように記憶しています。しかし、それは行為がされた後の結果論であって、相手方は、行為の時に同意どおりの行為かどうかを容易に判断することができるとは限らない、判断しかねることも多いと思われますので、やはり取引に慎重にならざるを得ないのではないかと思います。   以上のことから、取消しに関する規律については、手続の請求又は同意を有効にすることができる者とそうでない者とで異なるものとすべきだと考えます。もっとも、手続への同意能力の有無という区別を新たに持ち込むことは制度を複雑にすることになるので、ニアリーイコールの関係しかありませんけれども、私は、事理弁識能力が不十分な者をやはり二つに分ける、事理弁識能力を欠く常況にある者とそうでない者に分け、事理弁識能力を欠く常況にはない者、つまり現在の保佐相当、補助相当の者については、保護者の同意を得てすべきものとする行為、要同意行為を認め、同意又はそれに代わる裁判所の許可を得ずにした行為は取消し可能にする。事理弁識能力を欠く常況にある者、つまり現在の後見相当の者については、その者がした一定の行為は当然に取消し可能とするべきだと考えます。   その上で、現在の補助相当の者について、新しい制度の下で今より広い範囲で行為能力が制限される事態は避けなければならないと考えます。そのような事態は、本人の自由の制限を減らすという今般の改正の目的に根本的に抵触するからです。そこで、要同意行為とすることができるのは、現在の13条1項のリストを見直した上で、その全部又は一部とし、それ以外の行為の追加は認めないこととする、また、リスト整理の際に現在リストにある行為の一部を何らかの形で削り、現在含まれていないものは付け加えないようにする、こうすることで、新たなリストにあるもの全部が要同意行為とされた場合も、現在の補助相当の者が今より広い範囲で行為能力を制限される事態は避けられることになります。現在の後見相当の者につきましては、見直された13条1項のリストにある行為について、重大な不利益を受けるおそれのある行為と見ることができるということから、自らしたときは取消し可能とすべきであると考えています。   続いて、11ページ35行目以下のカに関して、事理弁識能力を欠く常況にある者が今受けている他の規定による保護を受けられなくなることは、あってはならないと私は考えます。そのため、現在の後見相当の者につきまして、現在とは範囲を変えて存置した取消しの保護を受けることとされた者については、現行法上の不利益回避のための規定が基本的に今後も適用されることとすべきであると思っています。なお、部会資料に債権の消滅時効の特則について書かれているのですけれども、これは今、保佐、補助でも準用されているはずなので、今後もどのような規定になっても多分存置できると思います。ですから、この例示は余り適切ではないかと思いました。これは少し本線から外れることです。   以上が、取消しに関する規律についての意見です。   次に、保護者への代理権の付与に関して申し上げます。  私はこれまで、乙2案を採り、現在の後見相当の者について保護者に代理権のみを与える保護Aと、取消権も与える保護Bを自由に選択することができるとすべきであると申し上げてまいりました。その際、保護Aにつきましては、例えば特定の手続のための代理権のみを与えることも可能であるものの、保護Bの場合には取消しの対象となる行為について保護者に当然に代理権を与えることが適当であると述べてまいりました。その理由は、当然に取消し可能となる行為を定めるのに、その行為が確定的に有効にされるようにするための方法を用意しておかないのは、人権を制限しながら代償となる保護措置を講じないことを意味し、適当でないということにありました。   もっともここで基礎にしました人権制限と、それに対する保障措置に関する観念が、現在では禁治産制度の時代、後見制度に改められた当時から変わったのだという認識に至りました。取消し対象となる行為を指定した上で、その行為の権限を保護者に当然に与えるのは、かつては人権制限に対する保障措置と捉えられていましたが、今ではそうではなく、更なる人権制限に当たるという捉え方がされているのだと理解したということです。そのため、取消しの対象となる行為について保護者に当然に代理権を全て与えるという考えは撤回いたします。   その結果、乙1案による場合には、代理権の付与は全ての者につき請求において選択された行為について行うとすることでよいと思います。その上で、現在の後見相当の者であって保護者に取消し権を付与する審判、私が先ほど申し上げたような審判が選択された者につきましては、保護者に保存行為と意思表示の受領につき代理権が当然に与えられるとすべきであると考えます。  保護者に対する取消権の付与は本人の利益保護のためにされます。これによって保護されるのは、本人が自ら積極的にした行為による不利益からの保護ということになります。ただ、事理弁識能力を欠く常況にある者は、利益を守るために必要となる行為を自らしないことのために不利益、場合により大きな不利益を被ることもあると考えます。そこで、保護者への取消権の付与による広範な利益保護が選択された者については、本人が望むわけではないのでそれが適当であるとされた者については、保護者に保存行為の代理権を与え、その不利益からの保護を図ることができるようにすべきであると思っています。保存行為は抽象的には本人の財産全部を対象とするものですから、この保護者は本人の不利益回避のために、本人の一切の財産に及ぶ権限を潜在的にではあるけれども有すると見ることができます。これにより、そのような保護者の存在を前提として、そのようなというのは、本人の法律関係につき全般的に保護するという保護者の存在を前提として、本人の不利益回避のために、成年被後見人について現在設けられている諸々の規定を今後も適用することができるようになると考えています。   意思表示の受領については、本人の不利益回避だけではなく、本人に対し法律上の利害関係を有する者の保護のためにも、代理権を与える必要があります。この代理権を与えれば、保護者は保存行為をすることができるということとあいまって、郵便物の管理に関する諸規定を維持することができるようになると思います。また、この場合の保護者は本人のための代理権付与の審判の申立権を有しておりますので、意思表示を受けて、現在有しない代理権が必要と判断したならば、その付与の申立てをすることで本人の利益を守るための対応が可能になります。   以上が、資料で問われておりました論点ごとにお答えすることによって、どのような制度にすべきかということについての私の考えです。今述べましたことは、乙2案を採ることによってももちろん実現可能でありますけれども、乙1案を採る場合でありましても、その内容、仕組み方次第では実現可能です。したがいまして、今後、形式的に乙2案とすることにこだわることはありません。大事なのは中身であると考えております。   アに関しては以上でありまして、次に15ページのイについて手短に申し上げます。  基本的にはこのリストに賛成します。先ほど述べました、現在の13条1項から落とされた行為がある一方で、実質的にこれまで含まれ得なかったものが含まれることになったとはいえないと考えるからです。1号と3号はこれまでにないものですけれども、1号のうち預貯金の払戻しは現在の元本の領収を限定したものに当たりますし、預入れもその後に払戻し制限を受けることを考慮しますと、日常生活に関する行為に当たらない場合には「重要な財産に関する権利の得喪」でも読めるのではないかと考えるからです。3号の「療養監護に関する契約」も、継続的な負担を伴う場合や一度に大きな負担を伴う場合には、それでも日常生活に関する行為に当たるとされるときを除きまして、「重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為」に含めて、これまでも考えることができたものであったろうと思うからであります。   その上で、金融機関との取引に関して申しますと、本人保護のために場合によってはより重要なものとして振込み等の取引があるのではないかと思います。金融機関との取引を特出しするのであれば、そういった取引も含めることができる表現とすることができればよいように思います。原案の表現で「払戻し」の中にそれらを含めるという解釈をとることで対応することもあり得ると思いつつ、なお時間のある限りで表現を工夫する努力をすることが適当かと考えるということです。   最後に、取消しの行為のリストとするという場合に、今挙がっているような具体的なものである必要があるかというお問い掛けもございました。これにつきましては、取消しリストと仮にする場合でありましても、これは本人にとっても相手方にとりましても、むしろどういう行為が取り消され得るのかということがはっきりしているということが適当であると思いますので、なお具体的なリストとして維持することが適当であると私は考えます。   長くなりまして申し訳ありません。以上です。 ○山野目部会長 重要な御発言が続いております。引き続き御発言を承ります。 ○野村(真)幹事 ありがとうございます。乙1案を採る立場から、部会資料8ページ以降の乙1案の検討事項を中心に発言させていただきます。   まず、部会資料8ページ(2)のアの開始審判については、その仕組みを設けることに賛成します。事理弁識能力についての医学的な判断は、個別の法律行為に関する具体的な判断能力について行うのではなく、事理弁識能力が不十分であるということを抽象的に判断して、そのことを審判することが実務上は円滑に運用されると思いますし、登記に関しても部会資料に記載があるとおり、開始審判という仕組みを設けた方が現行の制度との連続性があり分かりやすく使いやすい制度となると考えます。部会資料には開始審判がラベリングとなってしまうことを懸念するとの記載もありますけれども、このようなラベリングは後見制度の利用自体に対してなされている可能性もありますので、開始審判の有無にかかわらず存在し得るものだと考えます。   それから、9ページのイの事理弁識能力を欠く場合の同意権付与審判の扱いについてですが、これは先ほどの小澤委員とほぼ同じ意見なのですけれども、乙1案における同意権付与は必要性がある場合になされるため、本人が保護者の同意を得て法律行為をすることが不可能な場合は保護者に同意権を付与する必要性はなく、同意権が付与されないと理解しております。必要性の考え方を徹底すれば、そのような問題は生じないのではないかと考えます。   それから、10ページのウの民法第13条第1項の規律がなくなると理念上は行為能力制限が広がることになる点については、リーガルサポートの方でもこれは問題があると考えており、この規定により歯止めを掛ける規律は維持する必要があると考えています。   それから、11ページのエについてですが、代理権は具体的な必要性に基づいて付与すべきだと考えますが、同意権は予防的に付与した方が効果を発揮するものであって、ある程度抽象的に付与しないと意味がないものになるケースが多いかと感じています。必要性の考え方を代理権と同意権で分けることができればいいのではないかと思いますが、一方で本人の自己決定権の尊重という観点からは抽象的すぎるのも問題があって、両者のバランスが難しいと感じています。ただし、必要性に応じた同意権の付与は現行の補助類型においても既に行われていると考えていますので、新たな制度でもこの現行の枠組みを大きく変えない規律とすれば、事案に応じた適切な同意権が付与できるのではないかと考えます。   他の制度との関係については、これは乙1案を採るならば、そういった本人保護の規律も削除されることは当然の帰結であって、やむを得ないと考えております。判断能力が不十分な人の中で法定後見制度を使っている人はごく一部ですが、その人だけが特別にこれらの規律が適用されて保護されているともいえます。本人が事理弁識能力を欠く常況である場合において何らかの損害が発生した場合は、現行民法第3条の2の規定に基づいて意思無能力を主張して争うこともできるため、このような特別な保護がなくても対応できるケースは多いのではないかと思います。   それから、イの民法第13条第1項の内容のところなのですけれども、御提案いただいた内容は同意権の規律としては妥当であって、実務現場で問題になりそうな部分はほぼ網羅されているのではないかと思います。先ほど竹内委員からも御発言がありましたけれども、第3号の療養看護については、契約締結だけではなく契約の変更や解約といったことも重要な行為だと考えられますので、これらが含まれることが明らかになるように修正いただけたらと思います。また、第9号に制限行為能力者という表現がありますが、この表現については修正が必要ではないかという意見もありました。   それから、(2)の本人同意のところなのですけれども、法定後見の審判をするには原則として本人の積極的な同意を要件として、例外として本人が同意の意思を表示することができない場合には同意を不要とすることには賛成いたします。ただ、本人が同意の意思を表示することができない場合に何らかの代替要件が必要なことを明文化することは、本人の自己決定権の尊重という本改正の基本理念からは必要ではないかと考えます。この代替要件ですけれども、部会資料にも記載がありますとおり、緊急事務管理にも類するような状況に至らない場合に、同意等の意思表示をできる場合は自己の保護を図ることができるけれども、意思表示ができない場合は保護が与えられないといった不均衡が生じるという問題にも対応できるように、「本人の保護のために特に必要が認められる場合」といったものとして、保護の開始によって本人に与えられる利益と制度利用によって本人に加えられる制限を比較して、利益が大きい場合は利用を開始できるといった制度にすることも考えられます。 ○青木委員 順番に検討事項について意見を述べたいと思います。   保護の開始の審判につきましては、開始審判によるラベリングという点では、開始審判をしてもしなくても、何らかの権限の付与をされる制度を利用している者であることは対外的に分かるわけですので、それ自体のラベリングの心配がないわけではありませんが、それはやむを得ない範囲のものであり、むしろ能力の程度だけで制度利用となるわけではないという制度の趣旨を広く理解していただくことによってラベリングを少ないものにしていくということではないかとも考えられると考えています。一方で、万が一「事理弁識能力を欠く常況にある者」と「事理弁識能力が不十分な者」ということを区別することになりますと、「事理弁識能力を欠く常況にある者」ということについてはやはり差別としてのラベリング効果が高いとも思いますので、そういう場合には、その弊害を避けることを考慮しなくてはいけないのではないかと思います。今回、判断能力の判断としては、「事理弁識能力の不十分である者」ということだけで統一されるのであれば、開始審判を避けるべきという必要性は薄まると考えます。   一方で、事理弁識能力が不十分な者であるということの認定は、あくまでも権限を付与する必要性等に考慮する事情と捉えますので、それを認定をしたことを開始審判として明確にする必要性というのはないと思っております。結局のところ、開始審判の必要性は、事件管理の実務的な問題あるいはご指摘のあった後見登記の管理の問題として、開始審判がなければ実務管理が人単位に行えない、ということになるかどうか、に掛かっているのではないかと考えます。   この点、例えば、今は基本事件番号として開始審判の番号が付き、それが登記もされることによって人単位の管理ができていくということになっていると思いますが、改正後は、制度利用した場合に基本事件番号のようなものを開始審判と区別してつけることができる実務管理ができるのであれば、人単位の事件番号を付けた上で、それに同意権の付与とか代理権の付与の権限付与をひもづけするということで人単位での管理をすることはできるかということが検討事項になるのではないかと思います。   同じことが後見登記についても、裁判所の何らかの基本事件番号が付けば、それにひもづけをすることによって、佐久間委員のおっしゃったような人単位の登記ができるようなことにできるかどうか、そうする場合に登記のシステムに大きな変更が必要であるのかどうかの具体的な負担も考えなくてはいけないと思いますが、そういった点を考えつつ、開始審判をすることが実務管理上の必要性からやむを得ないかどうかということを詳しく教えていただきたいと考えています。   続きまして、本人が同意を表明できない場合は、同意権の付与か取消権の付与だけかにつきましては、やはり手続への同意が難しいという方であっても、特に精神障害の方などにそういう例が多く見られるかもしれませんが、その後に状況が改善したりして保護者の同意を得て法律行為ができるという場合もあるのではないかと思われます。そして、本人の法律行為に同意をする場合の同意権者は、本人がその行為をすることによって不利益にならないかということのチェックだけではなく、本人がその法律行為の内容を理解した上で、不十分な点はあるかもしれませんが理解した上で、なおその行為をしようとしているかどうかという点も確認をした上で、同意をすることになると思われますので、そうした場合に同意を得てその法律行為が有効になるということがあっても、本人さんの保護に欠けることにはならないのではないかと思います。もちろん意思無能力無効による無効の余地がその後もありうるという点で不安定な要素は残るわけですけれども、それは意思無能力無効と成年後見制度における同意の問題は区別して考えるという制度である以上、そういうものになるのではないかと思っております。したがいまして、ここはいずれの場合も同意権の付与ができるということで統一していいのではないかと考えています。   続きまして、13条1項の制約を家裁の同意権の付与ができる範囲に設けるかどうかですけれども、たしかに現行の補助の制度と比較をすると、そういう違いというのが出るということはそうなのですが、実際に現行の実務で使われている同意権目録を見ていただいてもわかりますが、必ずしも重要な財産の保護、基本的な財産の保護という観点だけではなくて、やはり本人の生活の保全という観点から、金額的にいえば小さな単位のものであったとしても、同意権を付与して場合によっては取り消すことができるものとして、同意権を付けている例というのが出てきていると思います。   そうしたことから考えますと、日常生活上の行為以外のもので、同意権を付与して保護する必要性がある事項について、果たして13条1項の具体的な文言によって規律することで必要な事項が的確に納めることができるのかということがあると思います。もちろんこの13条1項というのは、裁判所が同意権を付与することについての裁判所への制約という観点が中心ですので、本人のニーズだけから検討するということにはならないことも承知をしています。ただ、そうした考慮は、13条1項の定め方の問題なのか、あるいは13条1項というものを設けなくても別の規律で必要性をしっかりと見ていくことができるかということについては、なお検討の余地があるのではないかと思っているところになります。   それから、先ほども野村幹事からも御指摘がありましたように、本人に同意する能力のない方、意思表示がかなり困難な方についても、同意権が必要かどうかの評価は、判断能力の程度によっては決まらないのであって、あくまでも本人の置かれている環境や周囲の支援状況等によって、同意権付与による保護が必要か否かが定まると考えますので、必要性をしっかりと検討することで、判断能力が非常に低い方についての保護が不十分になる事態ということは避けることができると考えられます。   また、事理弁識能力を欠く常況にある者を前提とした民法の各規律の維持が困難になるという点につきましては、これは次回の検討になるのだと思いますけれども、元々、事理弁識能力を欠く常況にある者それ自体について規律したものではなく、そのうちたまたま成年後見制度の成年後見の開始審判を受けた者だけを当てはめる規律だったものですから、これはかつて欠格条項を廃止したときと同じように、成年後見の開始を前提とせず、人事訴訟法も含めて、一つ一つの各規律ごとに、事理弁識能力を欠く常況にある者について、どういった手当てをする必要があるかということを個別に検討していくことによって、特に手当をしなくても大丈夫なものと何らかの別の手当てが必要なものをそれぞれ検討していくという方向性ではないかと思っています。   続きまして、13条1項の規定内容ですけれども、この意義を、裁判所の同意権付与の権限を制約するものとして位置付けることになるのか、代理権付与の項目も含めて用いられるものになるのかによって、議論が全く異なってくると思っています。そこで、あくまでも同意権付与の裁判所の権限を制約として位置付ける前提とした場合ですが、今回の資料では、家財の保全の趣旨を否定をしていただいた上で、基本財産の保全を図る観点から整理ということになっておりますけれども、なお基本財産の保全というだけでいいのかどうかというのは、先ほども少し申し上げましたように、本人の生活のためには必ずしも基本財産の保全という観点以外の観点も必要になる点があるのではないかということを思います。   一方で、13条1項の各号につきましては、例えば新築、増改築や短期賃貸借は全部従来の3号の中に吸収できますね、という議論がありましたように、一つ一つを見れば、いずれも基本財産の保全という基本的考え方の中に吸収できる内容の例示だろうとは思われます。実際にも、現行実務で使われている参考資料10として配布された同意権目録を見ますと、1号についても2号についても3号についても、詳しい具体的なカタログが発達をしておりまして、これは逆に言いますと1号、2号、3号の定め方によらず、実際に同意権付与が必要となる法律行為というものは、実務運用上の目録としてカタログ化されていくことによって特定して使えるものになっているということを示していると思います。   そうしますと、民法の法規上は、何らかの基本的な指針、概念を一つ定めた上で、それが、本人の基本財産の保全という趣旨なのか、それ以上に本人の基本的な生活の保全ということも含むのかも含めて、ある程度抽象的な文言を定めることによって、裁判所の権限付与の範囲を制約し、実際に選択する具体的な法律行為の事項は、全て同意権目録に落としこむというやり方とも十分に考えられます。今後も現代的な取引が日々変容する世の中においては、その方がより本人の保護を柔軟に図ることができる実務運用になるのではないかとも考えています。   全体としては13条1項についてはそのように考えておりますが、個別の項目について気になる点も申し上げます。まず、元本の領収について、今回の新しい御提案の銀行その他の金融機関をうんぬんという文言につきましては、これによれば普通預金も全て入ってしまいまして、普通預金の少額の引出しも含めて全て同意事項となってしまうとすれば、日常生活上の行為との境目も含めて、預金の扱いについて混乱をすることにもつながらないかということを危惧しています。それから、療養看護に関する契約を特出しするという提案についても、代理権目録であれば必要ですが、療養看護に関する契約について同意権付与をもってあらかじめ不利益を予防する必要性というのが私にはぴんと来ないところがございます。   最後に、本人が同意を表明することができない場合の要件の問題について申し上げます。ここにつきましては従来から、本人が同意能力がない場合については、本人の同意という要件によって公的介入の正当化ができないことから、必要性の要件を高度なものにするべきであるということで、その具体的な文言として「著しい不利益」とか、「重要な影響」といったものを提案をしてきたところです。しかし著しい不利益にしても重大な影響についても、それが基本的な必要性とどう違うのか、区別できるのかというところについて具体化が難しいのではないかという疑問が、今回の資料でも出されているところだと思います。   ここで申し上げたいのは、やはり公的介入の正当化根拠として、本人の同意と必要性の二つであるというのが原則だとしますと、本人の同意が表明できない場合には本人の同意要件がないわけですから、必要性を厳格に裁判所が判断をすることができるようにしなくてはいけないかという発想から、必要性の要件を高度な必要性にする発想になるということです。本人に手続に同意する意思能力がない場合には必要性がそれだけ高くなるのだから、特に必要性を高くする、低くするということは必要ないのではないかという御意見もありますけれども、本人の同意がある場合と同意が表明できない場合とで必要性のレベルが同じということになりますと、例えば、本人の同意がある場合には比較的緩やかに、近い将来に必要となるようなことについても、本人の同意があるから必要もありますねということで代理権が認められるということに比べまして、本人の同意がない場合には、現に今どうしても必要なものに限って権限を付与することによって必要最小限の権限付与にしようという必要性の評価の違いが、少なくとも法文上は明らかにはならないということになりまして、それを家裁の必要性の判断の運用に委ねることでいいのか、ということがあると思います。やはりここは本人が同意を表明することができない場合については、必要性の程度を厳格に判断するための法文上の手掛かりを設けるべきではないかと考えているところになります。   それに対しては、本人の同意がある場合に比べて保護の範囲が狭まることになるが、それでいいのかという疑問も出されていますけれども、その点については、現に必要なものについて厳格に判断するという範囲では保護がされ、将来的なものも含めて少し緩やかな範囲の必要性というものが本人の同意が表明できない場合には保護がされないことになっても、その違いは本人の同意がない以上やむを得ないですし、それによって具体的な生活に支障が生じる、保護に欠けるということにはならないと整理できるのではないかと考えているところです。   以上、長くなりましたが、私からの意見になります。 ○星野委員 ありがとうございます。3点発言したいと思います。   まず、部会資料の11ページのエです。乙1案を採った場合、保護が十分でないものとならないかということについてです。ここについては、この後の民法13条のところとの兼ね合いもありますが、本人を保護する仕組みとして、やはり後見制度以外の枠組みが求められるというところを何度もこれまでも発言してきましたが、ここでも発言しておきたいと思います。これは本人の同意のところとも関わるところになります。本人に必要な様々な保護を法定後見だけで賄おうとしてきたことがこれまでの後見実務、実践をしている中で無理を生じていたと思っており、今回の民法改正においては、今まで出てきた意見のように抜本的に見直しをしていくということであること、法定後見制度においてこの保護が十分でなくなるということを理由に制度改正が進まないということは、あってはならないかなと思っているのが1点目です。   それと、そこに加えてなのですが、12ページの21行目のところに、民法以外の他の法令において、後見開始の審判を受けたこと、特に成年被後見人、被保佐人に対しては、民法以外の、社会福祉関係の法律において、例えば医療保護の同意者になるであるとか、そういったことが本来の後見制度で期待されている支援や在り方に反するような対応を求められることがやはり現状非常に問題となっていますから、こういったことも、保護というところで言えばきちんとした枠組みを見直す必要があるというのが1点目の意見です。   それから、2点目は15ページの民法13条第1項の内容です。これも今まで多くの方から出ておりましたが、私も3号の療養看護に関する契約を締結することがここに残ることについては異論を持っています。この療養看護という言葉は民法858条でも使われている言葉で、この民法858条の療養看護についてはもう少し現代的に分かりやすく、いわゆる療養看護というと入院、療養という医療を受けるイメージがとても強いので、本人の生活を支える医療や福祉、介護などの事務というふうな文言変更をしてはどうかという意見を日本社会福祉士会でパブリック・コメントとして出していますが、そのような内容から考えますと、これが同意・取消権の項目として残るということについては一考が必要ではないかと思います。   それから、3点目です。最後が20ページの同意のところです。これについては、同意を不要とした上で代替する要件を設けないことについてということなのですが、これも何度か発言しております。本人が同意する、同意できない、反対意見を示すというところが、この制度の開始のところでは申立ての段階で、ということはよく理解できるのですが、これまでの実務上の経験の中で、後見制度がスタートしてから関係の構築がなされたり、支援の在り方によって本人が部分的に同意を示してくるということを多く経験しているところから、やはりこれは開始のところもそうなのですけれども、この後、後半の議論で出てきますが、制度が開始されたあとの見直しをどのようにしていくのかというところとも関係してくるものであります。ですので、この同意というところを先ほど竹内委員が同意をすることについての枠組みといいますか、誰がどのような形でという御発言があり、そこでは確か医師によるというお話があったと思いますが、ここについては医師だけではなくて、例えば本人情報シートを記載するような福祉関係者も含めて、同意しているかしていないのかというところを表面的なことではなくて見ていくということも必要になってくると思いますし、本人の同意が得られていない可能性が高いのに、あたかも同意しているという形で進むことにならないためにも、見直しをするというところとの関係の中で見ていく項目ではないかと感じております。 ○根本幹事 私からは6点申し上げます。   まず最初に、8ページのアから9ページについてです。審判を要するかどうかにつきましては、結論としては審判を要するということでいいのではないかとは考えていますが、ただ、開始の審判が必要となるという理由ないし根拠を明確にするべきであるとは思っております。具体的には、裁判所における事件番号の付与における管理の問題ということもあるかと思っておりますし、もう一つは、佐久間委員からもありましたが、名寄せを含めた人単位で登記をしていくということが任意後見と法定後見が併存されていくということとの関係でも必要であるということは再三申し上げてきたところではあります。今後、代理権ないしは同意権、取消権の出し入れが想定されることとの関係でも、名寄せを含む人単位の登記ということについて、課題があるということは十分私なりに認識をした上で申し上げるところではありますが、必要なものであると思います。手続との関係も含めて、開始の審判を残すということになるのではないかと考えています。   それから、続いて10ページのウのところについてです。乙1案への懸念ということで、同意権、取消権のところについて13条のリストを残していくということを、エとの関係でもありますが、どのように考えるかということだと思います。同意権、取消権について13条という形で枠を設けていくということ自体は、ここで書かれている懸念を考慮すると、乙1についての懸念点の解消方法としては十分あり得るところではないかとは思います。ただ、佐久間委員や竹内委員からもありましたが、その場合の13条リスト全ての対象となる方をどのように考えていくのか検討が必要ではないかと思います。   あわせて、保護が欠けることになるのではないかという指摘との関係では、消費者保護法制において、その判断能力によらない脆弱性に着目した保護について今回の民法改正後にきちんと引き続き検討されるべきことであるということは、この部会としても消費者庁や経済界に対しては非常に強くメッセージを出すべきだと考えてはおります。そのことを申し添えた上で13条リストのことを考えていくということではないかと思います。   続けて、オについてです。地域でのいわゆる権利擁護ネットワークの強化ですとか地域福祉の在り方ということについて非常に大きく影響する点だと思います。部会としても、厚生労働省を含めた、若しくは各基礎自治体に向けて、ここはしっかりとメッセージを出していくべきではないかと考えています。   それから、12ページのところに掛けてのカについてです。従前の部会の中でもこの点について集中的に議論させていただいたように記憶をしています。いわゆる意思能力論で対応することができる規定については、そちらの方の規定で対応していくという理解でよいのではないかと思う一方で、それでは対応できないものというのがあるのではないかというのが前回このテーマについて議論したときのその時点での結論ではなかったかと思っております。この点について、網羅的に書いていただいていますので、個別に精査をする時間を是非設けていただきたいとは思っているということになります。ただ、さらにのところで書いていただいている点については、むしろこれまで後見制度が、流用ですとか転用というような形で問題提起をされてきたところではありますので、削除を含めた検討を関係省庁においてお願いするということになるのではなかろうかと思います。   次に、15ページのイの13条のリストの中身についてです。まず個別の点はともかく、3点注意しなければいけないと思っていることがありまして、一つは消費者被害の観点から、このリストのとおりでよいのかどうかということはもう少し見直したいと思っています。具体的なところは、次回までに検討したいと思っています。それからもう一つは、864条の監督人の同意事項との関係の点にも配慮しなければいけないということと、あと現行ですと9条ただし書が本文にありますが、これを新しい1から9号について、いわゆる9条ただし書を全てにおいて引っ掛けるということでよいのかどうかということを考えなければいけないのではないかと思っています。   その上で各論的に申し上げますと、1号の金融機関の関係のところですが、ここも3点あります。一つはまず、預金若しくは貯金の対象が、先ほど青木委員からは普通預金ないしは通常貯金、一般貯金が入るのか入らないのかということもありましたが、例えば定期とか積立というようなものもどこまで入るのかといった点も気になります。佐久間委員から御指摘がありました振込みということもあるのですが、あわせて、実務上よく行われるのは、やはり公共料金を含めた引き落としの設定ですとか、若しくは定期的な送金というようなこともありますので、ここにどこまで含まれるのか含まれないのかということもあると思います。あわせて、払戻しの請求についても、口座の全部の払戻しや一部の払戻しということをどこまで含んでいるのか、口座を解約する、若しくは新規で開設するというところもどこまで含まれるのかというところもあろうかと思います。さらに、金融機関に証券会社等も入ってくるのか、いわゆる証券口座におけるMRF、MMFといわれるようなものも含まれるのか含まれないのかというようなことなども気になるところということになるかと思います。   最後に、6点目が本人の同意に関してです。これまでの部会の議論においても、本人の同意というのは正当化根拠であるという理論的な前提があったように理解をしておりまして、仮に同意が正当化根拠であると考えるのであれば、御本人の同意がある場合と同意を得られていない場合の区別というのはやはり理論的には必要ではないかと思います。そのことと併せて、必要性の中身について、これまで事務の必要性といわれるものと、保護若しくは代理の必要性という形で、そこまでの区別はされてきたように思いますが、更にその必要性の中身ということをもう少し深める必要があると考えています。   先ほど同意が正当化根拠であるということを申し上げましたけれども、同意がない、一般的に同意することができない方というのは、いわゆる必要性が強まるのではないかというお立場もあるかと思うのですが、それについては、いわゆる代理の必要性と同意の有無というのは、そこが理論的に能力論とも結び付くものであるとは思っています。そうなりますと、事務の必要性の中身ということについてもう少し細かく見ていく必要があると思っていて、事務の必要性と言われましたときに、私は二つあるのではないかと思います。   一つは、当該対象事務の存否ないしは当該対象事務との時間的な近接性というものと、もう一つは、当該対象事務が本人にとって利益性や不利益性がどの程度あるのかということではなかろうかと思っています。そのように考えていきますと、今申し上げた事務の必要性の中身として、事務の存否であるとか、若しくは時間的な近接性というものは、これは別に同意の有無によって変わるものではないのかもしれませんけれども、対象事務が本人にとって利益があるのか、若しくは不利益であるのかということを仮に事務の必要性の中身の一つであると、構成要素であると考えると、その中から特に本人にとっての不利益性というものをくくり出すことができないのか。その不利益性が著しいという場合に、代理の必要性ということと結び付いている同意がない場合であっても、他方で事務の必要性の不利益性が特に著しいという場合には、同意がなくても付与できるのだと考えていくことはできるのではないかと思っています。   著しい不利益性を必要性と今まで議論されていたところの中からくくり出すということが、法制上区別が付くというふうに御理解いただけるのかどうかというところを、御議論できればよいのではないかと思っています。 ○山城幹事 少し散漫になりますが、部会資料第1の1の(1)と(2)にそれぞれ対応する形で2点、御意見を申し上げたいと思います。   (1)につきましては、先ほど来議論がありますとおり、乙1案と乙2案を二つの基本線とした上で、それぞれの長所を伸ばしていくことが今後の検討の方向性かと理解いたしました。その上で、今般の改正に向けての議論では、必要性ということが非常に重要視されているわけですけれども、必要性というのは、一方では各人に必要な保護を与えるという側面と、他方では必要な限度を超えては干渉しないという側面とがあり、両者がいかされることが重要ではなかろうかと感じます。乙1案と乙2案とは、そのバランスの取り方を提示した提案であろうと理解致しております。   その上で、乙2案を採る場合に懸念されますのは、部会資料6ページにある点です。ここでは条約との関係で説明がされていますが、支援を受ければ意思決定をすることができるという理解を正面に立てることは、現行法の条約適合性に対する疑義といういわば対外的な課題への対応という側面とともに、民法という基本法典を通じて、判断能力が不十分であるのみならず、事理弁識能力を欠く常況にあるというカテゴリーの人間が存在するというメッセージを発してよいのかという問いも含んでいるように思われます。乙2案は、そのようなメッセージを発するという意味合いを持たないかと思われ、その点について懸念が残ります。   以上は半ば扇情的な議論かもしれませんが、法制度としてみても、恐らく福祉法制では判断能力の程度に応じた線引きをせず、各人に必要な保護を与えるという思想に基づいて制度が作られているのではないかと思います。認知症になっても何もできなくなるのではなく、個人としてやりたいことやできることがあるという新しい認知症観は、このような思想を端的に表明していると感じますが、そのような理念と緊張関係に立つような作り付けの民事基本法になってしまわないか、それでよいのかという点が、気に懸かります。   とは申しましても、乙1案のような形で個々の必要性を判断していくことに運用上の困難があるという御指摘は、私も理解しております。そこでリストを掲げることが提案されているということかと理解致しております。ただ、リストを掲げるということは、一定の者を想定して保護をパッケージ化するということとイコールではないと認識しております。一定の者に対してはより多くの保護をリストから選択せざるを得ず、結果的にすべての保護が言わばパッケージ的に選択されることはあるかもしれませんが、それは飽くまでそれぞれの保護を選択した結果であり、そのような選択について吟味する契機を裁判所に与えることも一つの考え方ではないかと思います。また、竹内委員から御指摘がありましたとおり、そのリストに掲げられている以上の保護が必要になる場合も想定して、対象事項を加えることも許容されてよいと考えます。要するに、リスト化するということはパッケージ化するということとイコールではなく、保護の個別性が担保されるような仕組みを目指していくことが望ましいのではないかと考えています。これが1点です。   もう1点は同意についてですが、パブリック・コメントでの御意見としても紹介されていますけれども、同意を積極的な制度利用の正当化要素と捉える立場から、異議を述べることができるという規律にするのは私的自治の後退だとする御指摘があったところかと思います。しかし、成年後見制度を利用するかどうかは私的自治に委ねられるべき問題ではなく、制度利用の開始を正当化するのは、まさにそれが必要であるということではないかと私は思います。そのような観点からいたしますと、本人の意思は制度を利用したくない場合にそれを強要されないという点で意味をもつのであって、どのような保護が必要かについては、本人の意思ももちろん踏まえつつ、終局的には本人にとっての必要性を厳格に評価することで判断していくほかないのではなかろうかと考えております。   今申し上げたことは、本人の異議がないことを制度利用の開始要件とするという理解に整合致しますけれども、私は異議という手続を設けるべきだということを考えているわけではございません。今申し上げた趣旨を同意という要件の中で示していただくことでも、差し支えないだろうと考えます。重要なのは、同意という要件を今申し上げた趣旨に理解いたしますと、同意をする能力がない場合にも、保護の必要性が肯定される限りは保護を開始することができてよいはずだということです。部会資料20ページのゴシック部分で示されている考え方は、そのような趣旨のものとして理解することができると考えます。   このこととの関係で申しますと、積極的に同意を表明することができないときは、特に高い必要性がある事項についてのみ保護の利用を認めるべきであるという考え方がありますが、私はこれには疑問を持っております。と申しますのは、あえて不当なと申し上げてよいかと思いますが、周囲から不当な働き掛けがされた結果、同意があったかのように形を整えて申立てがされるという運用がされることになりますと、本人にとって真に必要な限度を超えた保護が適用される懸念が生じると考えるからです。同様の懸念は、星野委員からも御指摘があったところかと思います。相対的にであれ、同意があるかないかによって必要性の程度を区別するという立て付けにすることには、このような運用を助長する側面がないでしょうか。そういった観点からも、20ページゴシック部分の考え方が適切ではなかろうかと感じました。要するに、「本人が同意の意思を表示することができない場合」とは同意能力が欠けると判断される場合を意味するという前提に立って、御提案を支持してよいのではないかと考えます。まとまりがありませんが、以上でございます。 ○上山委員 2点について簡単に発言を申し上げたいと思います。   まず第1点目ですが、法定後見制度の枠組みについて申し上げたいと思います。最終的に今回の議論を乙1案に収斂させることにもとより反対するつもりはないことを念のためにあらかじめ申し添えた上で、今日のところは乙2案の観点から発言をさせていただきたいと思います。というのも、乙1案は結局のところ、一つの仕組みの中で事実上対象者を異にする2種類の仕組みを併存させる形になりかねないのではないかという懸念が残るからです。加えて、制度設計の分かりやすさや現行制度からの移行のしやすさなどを踏まえると、現時点では乙2案の基本枠組みをベースとした上で、次の3点を踏まえた形で制度設計を行うことが望ましいと考えます。   まず第1に、保護Aと保護Bを同列の類型として捉えるのではなく、保護Aを新制度の原則形態とした上で、事理弁識能力を欠く常況にある者を対象とする保護Bを例外的な受皿として制度上明確に位置付けることが望ましいと思います。なお、保護Aについては、現在の補助と同様に、個別の権限付与等の審判とは別に開始の審判を独立に定めるべきであろうと考えます。また、保護Bの対象者、すなわち事理弁識能力を欠く常況にある者による保護Aの利用は仕組みの運用を複雑化するため、認めない方がよいと考えます。   第2に、事理弁識能力を欠く常況にある者の判断基準は、現行法の内容を離れることにはなりますが、法定後見制度の利用開始の手続に関する判断能力を欠く常況にある者と捉えて、基本的には本人が法定後見制度の利用に関する同意の意思を表示することができない場合を保護Bの対象とすべきと考えます。   第3に、中間試案における乙2案に対する主な批判は、保護Bの定型的かつ画一的に定まるパッケージ部分の保護が過剰に広すぎるように見える点にあったと思われます。そこで、報告Bのパッケージの内容を中間試案のものよりもできる限り縮減することが望ましいと考えます。少なくとも事案に応じたパッケージ内容の個別的な縮減の可能性は認めるべきではないかと思います。また、パッケージにおける取消権と代理権の範囲は同一のものとはせず、別個に定めることとして、取消権の範囲を代理権の範囲よりも制限的な内容にすべきではないかと考えています。   次に、2点目として13条1項の内容について二つ申し上げます。第1に、まず第1号について、銀行その他の金融機関を相手方とするとの文言を削除し、預金若しくは貯金の預入れ又は払戻しの請求をすることとすると修正することが検討されてよいかと思います。決済手段の多様化などが進む現状の中で、預貯金の管理権限等のみを直接の対象とする規定ぶりには批判もあるかと思いますが、この事務が法定後見制度を現在利用している人たちにとって、その日常生活上も必要不可欠なものであることを考えると、この事項を特別に定めることに一定の意義は認められると考えます。また、決済手段の多様化などの金融に関するニーズの変化の早さを考えると、この点については詳細な規定ぶりとするよりは、むしろ解釈の柔軟性を担保できるような抽象的な規定ぶりにとどめておく方が望ましいように感じます。   第2に、第3号について、風邪や、あるいは小さなけがなどで短期間病院に通院するようなケースがむしろ日常的には多くあるということを踏まえると、療養看護に関する契約の全体を同意の対象とするかに見える部会資料24の規定ぶりは少し過剰なように感じられます。例えば4号の規定ぶりに近付ける形で、入院、入所その他重要な療養看護に関する契約を締結することといった表現に変更することが考えられるのではないかと思います。なお、法定後見制度の枠組みの作り方にもよるかとは思いますが、13条1項の内容は、同意の範囲を拡張する現在の13条2項の位置付けも視野に入れた上で、その整理を行う必要性があるのではないかと感じました。   以上です。ありがとうございました。 ○遠藤幹事 私からは同意の関係で1点だけ申し上げたいと思います。   本日の御議論をお聞きしていて、裁判所に求められているところといたしましては、同意が表明できない場合には、その同意が表明できないということを踏まえてその必要性を厳格に判断すべしとの御意見を頂いたものと理解したところでございます。   それを考えたときに、少し連続性のある話として、必要性というものと同意というものとの位置付けについて、関連して皆様の御意見も伺いたいと思ったところです。先ほど山城幹事におかれて、例えば同意をしているのだけれども、実はその同意について不当な働き掛けがあって同意をしているといった場合のお話がありました。裁判所から見ますと、そういった場合も必要性ということで考えることになるのか、あるいは別の形で考えることになるのか悩ましいなと思ってお聞きをしていました。また、そのような場合との表裏ということになるとは思うのですけれども、例えば御本人に同意を表明できる能力がある場合であって、しかし事案としては養護者などによる虐待などが疑われるにもかかわらず、その養護者の影響によって同意しない意思を明確に表明していると、言わばそういった影響によって、同意ができるのに結果としてできない状態になっていると、そのような事案なども実務上は遭遇するところでありまして、こういった場合についてもある意味、真意に基づく意思表示ができていないという意味では、意思が表明できない状態と連続性を持つような問題状況もあるのかなと思われます。同意と必要性の位置付けを考えていく上では、こういったような場合をどう考えるかということも併せて御検討、御議論を頂けると、裁判所の実務運用を考える上でも参考になると思った次第であります。 ○山野目部会長 遠藤幹事の御注意をよく理解いたしました。   本日ここのところについて議論お願いしている機会は重要です。したがって、まだ続けます。この後、事務当局からお尋ねがあるかもしれませんから、それを出していただいたり、花俣委員にお声掛けをしたりします。ここで中締めのようなお話で委員、幹事に伺っておきたいことがございます。   法定後見制度の枠組みにつきまして、御存じのとおり中間試案は甲案、乙1案、乙2案の三つを提示しているところでございますけれども、その中で甲案につきまして、今後の部会におきましても調査審議の重要な一題材として取り上げ続けるという必要があるとお考えの委員、幹事はおられるでしょうか。   いらっしゃらないとお見受けしてよろしいでしょうか。お話を差し上げます。後見、保佐、補助という3個の類型を設け、主に医学的な判断に依拠して事案を振り分けようとする現行の制度は理由のあるものでした。少なくとも平成11年改正の時代において、それまでの禁治産、準禁治産からの大きな転換であり、画期的なものでした。今般のパブリック・コメントにおきましても、現行の制度との連続性に留意するよう望む意見があり、それとしてもっともな意見であります。   改めて考えてみますと、類型の数が三つであることからもたらされる難しさがないでしょうか。真ん中の著しく不十分は、一方において全く欠く常況との識別が現実には不分明であります。同じように、不十分と著しく不十分の関係も論理、概念としての区別は可能ですが、現実には明快でありません。その中で状況に差し迫られる現場は、最も煩瑣が少ないと感じさせる後見の類型を用いることになりがちであり、そこでは本人の社会環境的な状況の考慮や制度利用の実際の必要の吟味が後ろに退き、そして後見の類型を選んだ途端に本人の活動が大きく縛られます。本人の状況が要請する需要に即して利用される制度にしようとする理念を投げ出すならばともかく、そうでない限り、どうしても甲案を採用することは断念せざるを得ません。この先の部会のために用意される部会資料におきまして、委員、幹事からただいま伺った意見分布の状況を踏まえた上で部会資料の作成に進むということにいたします。   その上で、細かな点ですけれども二つ添えます。甲案を採用しないという方向が有力になってきましたことを踏まえ、事務当局におきましては、これから経過措置の検討を一層進めてもらうことが可能であると期待いたします。経過措置は法制審議会の要綱に入れるべき事項ではなく、政府に委ねられる事項ではありますけれども、経過措置がどうなるかということは既に現状において社会の各方面から関心事になっております。この点について吟味を重ねていただきたいと事務当局に望みます。   もう1点でございますが、現行法の解釈運用として、親権者に対して後見開始の審判があったときには親権を行う者がないときに当たるという解釈を前提として、戸籍実務上も未成年後見が開始するという扱いがされております。ただいま見立てとして頂きました方向を前提といたしますと、ここについても考え直さなければならない事項がございます。これは必ずしも法制事項ではございませんから、やはり関係の部署において検討を始めていただけるものと期待します。   その上で、甲案ではないそのほかの想定について、本日の機会を更に活用して委員、幹事から引き続きの御発言を承りたいと思います。   事務当局においても御遠慮なくお尋ねを頂きたいと思います。差し当たり、ございませんか。   委員、幹事から引き続き御発言を承ります。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。部会資料24の15ページのイの民法第13条第1項の内容については、提案された見直し案に賛成を致します。   部会資料24の20ページの(2)の、皆さんから様々御意見が出ましたところですが、法定後見に係る審判の要件としての本人同意等について、本人の同意の意思を確認できない場合は同意があった場合とは異なる判断をすべきであることを明確にするために、代替する要件は置いた方がよいと思っています。例えば、任意後見契約法の法定後見を任意後見に優先させることができる場合の規定や、本人が意思表示できずに監督人を選任する場合の規定ぶりなどを参考に、本人がその意思を表示することができず本人の利益のため特に必要であると認めるときはこの限りではないといったような規律などが考えられるのではないかという意見を持っています。 ○青木幹事 民事訴訟法の観点から発言をさせていただきたいと思います。訴訟能力については、また別に発言の機会があるかと思いますが、部会資料に人事訴訟における問題点が示されていますので、その問題点に解決を示すものではないのですけれども、関連して訴訟能力について発言をさせていただければと思います。   部会資料11ページからの乙案の検討事項のエの、一定のものについて保護が十分でないものとならないかという点、それから、カの現行法の規律の維持が困難となる可能性があること、この二つに関わりますが、12ページの21行目以下で、民法以外の他の法令においてということで、成年被後見人であることを要件とする規律について検討を要するということが述べられています。   指摘されている問題について追加して申し上げるということになりますが、通常の民事訴訟における訴訟能力の規律について、現行法における成年被後見人や中間試案の乙2案の保護Bが開始された者については、訴訟能力が認められないということになろうかと思いますが、これに対して中間試案の乙1案によると、事理弁識能力を欠く常況にある者について保護が開始された場合であっても、訴訟行為をするのに保護者の同意を要するとされていなければ保護の対象にならず、また、保護者の同意を要するとされていても、相手方の提起した訴訟への応訴については保護の対象にはならないことになります。   この規律によると、本人が被告となる場合、訴状が送達されて適切な対応がとられないまま手続が進められてしまうという問題があるように思います。本人が意思能力を欠いている状態にあったと認められれば、送達は無効ということになろうかと思いますけれども、意思能力の有無というような事後的な、また個別の、かつ相対的な判断ということになりますし、判決が確定してしまった後は再審の訴えを提起して取り消すということになり、右側にも相手方にも手続の負担が生じ、相手方にとっても確定判決に対する信頼が損なわれ、手続の安定が損なわれるということになろうかと思います。   この問題は現行法でも生じることであり、乙2案の保護Bにおいても、保護の必要性がなくなったということで保護が終了した場合に生ずる問題ではありますが、乙1案によると、この保護の必要があるということで訴訟行為をするのに同意を要するというようなことで審判がされている場合であっても、被告側では訴訟能力の制限がなくなり、意思能力だけで規律されるということになって、事後的に再審の訴えなどで無効とされるという場面が大きく広がるのではないかと考えておりますので、この問題についても検討を要するのではないかと考えております。 ○山野目部会長 青木幹事、ありがとうございました。大変よく分かりました。   引き続き伺います。いかがでしょうか。   竹内委員にお教えを頂きたいことがあります。本人が同意を明確にしていないという状況の下におきまして、同意に代わる家庭裁判所の許可の審判の制度を構想するというアイデアを頂戴いたしました。そこで御提案いただいている許可の審判を家庭裁判所がする際の実体的要件はどのようなものになりますでしょうか。 ○竹内委員 そこは、必要性というところにもありますし、先ほど議論をお聞きしていて、同意については不当な働き掛けによる同意もあれば、逆に同意しない意思を明確にしているが真意に基づく表明ができていない、そういう問題があるのであれば、そのような状況も含めて、裁判所が同意に代わる許可を出す出さないの実体的な判断ができないものかとも思いました。 ○山野目部会長 今の竹内委員の御発言において、初め、そこは必要性であると思いますとおっしゃっていただいて、その必要性というものは、少し前に根本幹事が分節してお話しなさろうとした必要性であろうと受け止めましたけれども、御発言の後半の方でおっしゃったことは、どちらかというと必要性というよりは同意そのものにフォーカスして、不当な圧迫がないかとか、本当に本人がそう思っているかとか、どちらかというと必要性より同意ですけれども、御構想は聞いていて新鮮であると受け止めたとともに、その審判の任を背負う家庭裁判所としては、単に何となく同意がないけれども許可しましょうという話にはならなくて、裁判官の仕事としては当然、御承知いただいているように、何かあらかじめ実体的な要件が用意されていて、それに適合する事実があるかどうかを裁判所が検証した上で同意の審判をするのと思われますが、そこの要件を描いておかないと、遠藤幹事から先ほど、その点はすごく困るという発言がありませんでしたから、御遠慮なさったかもしれないですけれども、裁判所のお仕事のことを考えると、もう少し明確になった方がいいように思われますけれども、いかがですか。 ○竹内委員 そこは逆に、裁判所は何があれば判断できるのかということを是非お聞きしたいといいますか、それを踏まえてもう少し詰めていけないのかなとは正直思っているところです。 ○山野目部会長 竹内委員のお話を聞いていて私が少し心配になってきた点は、許可の審判をする裁判所が必要性を点検するとすると、その後に行われる本体の審判の判断事項と重なりますね。それから、同意が本当にプレッシャーがないかどうかという判断であるとすると、同意のところをチェックする家庭裁判所の調査の作業のところを、そこは調査だけですから、その出口をきちんと1回審判でしてもらいますという話かもしれないですけれども、そこの家庭裁判所の仕事と重なるような気もして、裁判所のお仕事をよく知らずに、素人考えでそういう心配になりますけれども、どうぞ遠藤幹事から深みのあるお話をください。お願いします。 ○遠藤幹事 部会長が今整理していただいたとおりでありまして、竹内委員の御懸念のあるところは非常によく分かるのですが、恐らく裁判所において行うのは、必要性に関する判断、例えば先ほど根本幹事がおっしゃっていただいた事務の必要性や保護の必要性といったことを見ていくのではないかと、お聞きしていて思ったところです。その中で御本人の同意の在り方、どういうプロセスで同意がされたのかといったことも含めて考慮していくということになると思っておりまして、その意味では必要性に関する判断と非常にオーバーラップするところがあるような気がいたします。同意に代わる許可といった審判を別途設けることの必要性については、そういった点を含めて御議論を頂けると有り難いかなと考えた次第です。 ○山野目部会長 ありがとうございます。竹内委員、もし何かおありでしたら。 ○竹内委員 今の点、私もまた考えてみたいと思います。これを考えた一つのきっかけが、先ほど削除すればいいという発言が出ていた民法の保護規定について、何か基準を残せないものかと考えたことです。裁判所が判断して同意に代わる許可審判を出しているのであれば、事理弁識能力が欠ける常況にある人だから、一律にあるなしとかいうことではなくて、審判を出すに当たって、必要性なら必要性でいいのですが、様々な状況を考慮して裁判所が審判出しているわけですから、それを基準にすることで悩みが解消するのではないか、それに使えないかというところでした。 ○山野目部会長 私は竹内委員の思考回路でお苦しみになったこと、なっておられることがすごくよく分かります。つまり、幾つかある保護規定で、確かに青木委員や根本幹事が御心配になったような安直な転用問題のような仕方の保護規定はよくないですけれども、民法にある規定を始めとして幾つかあるものは、やはり残しておくことに理由がありそうであるというものがあり、それらを残しておく必要があるであろう、だから許可の審判によってそのことを可視化しようというお考えに至ったと同時に、その審判の実体的要件を問われると、遠藤幹事から確認していただいたように、本体の審判における必要性の判断と重なるかもしれないということを危惧しつつも、そこの実体的要件をはっきり言いにくい。恐らく、そこをはっきり言えるというお考えである委員が佐久間委員でいらして、事理弁識能力を欠く常況がそれでしょうということでしょう。しかし竹内委員の御感覚では、その概念の使用を避けたいと考えていて、そこから退く際の困難と、なにか規定を設けようと進む際の困難とに挟まれて、許可の審判というものをお出しになったものでありましょう。その苦しみを私は追体験してよく分かりますけれども、その苦しみのままでは多分、法制にならなくて、そこが辛いところですし、佐久間委員のお考えはそこまできっと見つめて練られて、同じような悩みをまたお考えになった上で、やはり事理弁識能力を欠く常況という人に当たりますよという裁判所の判断の契機は、それはもう、そのお気持ちは分かるけれども、はっきり一つの局面として法制上も置いておかなければならないという御発想であろうと、私が今勝手に述べていますけれども、想像いたします。   今御議論があった点も含めて、委員、幹事から、ほかの点でも結構ですけれども、御自由に御発言いただければと思います。 ○山城幹事 今の点について少し竹内委員に御質問させていただければと思うのですが、同意に代わる審判として想定されている事案には、本人には同意をする能力はあるのだけれども拒絶をしていて、しかし保護を開始した方がよさそうだという場面も含まれていると考えていいのでしょうか。 ○竹内委員 そうですね、しかし、それを含めてしまうとかえって不明確に、どこで見分けるのか、いつの時点で見分けるのかというところが生じてしまいます。むしろそこは避けて、同意の意思表示を表明できない方として、医師の診断書なり福祉支援の方の資料をもって判断した方に限定して、裁判所が許可審判を出すという方が明確なのかもしれないと、話しながら思いました。 ○山城幹事 部会資料20ページとの関係で申しますと、本人が同意の意思表示することができない場合という要件を維持した上で、同意に代わる審判を考えておられると。 ○竹内委員 そうですね。 ○山城幹事 分かりました。ありがとうございます。 ○山野目部会長 引き続き御発言を承ります。 ○加毛幹事 ありがとうございます。15ページからの民法13条第1項について発言させていただきたく思います。現在の民法13条1項は、平成11年改正により、3号が「不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること」とされ、「重要な財産」という文言が採用された結果として、3号が一般条項のような形で機能することになっているように思われます。民法13条1項の位置付けについては、乙1案を採るのか乙2案を採るのかによって、その位置付けが変わってくるものと思いますが、その点を措くとしても、現在の民法13条1項の内容を一度整理して、その内容に過不足がないのかを検討すべきように思います。   何人かの委員の先生方の御発言にもかかわりますが、民法13条1項は行為能力を制限できる行為を限定列挙するものであると考えられる一方で、3号という一般条項のような規定が存在しています。今回の改正提案の1号も、3号に該当する行為のうち、現代的に重要なものとして預貯金取引を規定するものと理解できます。そうすると、改正の結果として、民法13条1項の性格が理解しづらくなるようにも思われるところです。   民法13条1項の現行規定について言えば、本人の責任財産から重要な財産が逸出することに着目するもの、本人が重大な債務・義務を負担することに着目するもの、本人の責任財産に入ってくるはずの財産を受け入れないことに着目するもの、そして、本人が財産の性質を変更することに着目するものが含まれているように思われます。これらの複数の観点にかかわる行為もあります。そのほか、少し位置付けが難しいのですが、訴訟など紛争解決に関連する行為があります。   民法13条1項を見直すのであれば、先ほど青木委員から、実務上は対象行為のリストができていれば、実務は動いていくし、むしろそれが望ましく、民法には一般的な規定を設けることで足りるというお考えが示されたかと思いますけれども、一般的な規定を設けるという際にも、いかなる観点から現在の各号の行為が列挙されているのかを整理して分析をする必要があるのではないかと考えております。 ○佐久間委員 今の加毛幹事の御発言と、その前に根本幹事が消費者保護の観点からとおっしゃったのを受けて、1点だけ留意した方がいいと思うことがありますので、申し上げます。  現在の13条1項のリストは、親族から、あるいは非常に身近な者から本人が不利益を被るということも相当程度私は考慮しているのではないかと思います。そうすると、加毛幹事の分析は、別におべんちゃらでも何でもなく、大変すばらしいと思いましたけれども、抽象的に述べるだけで本当に親族間での牽制を利かせるということが落ちるのは困ると。消費者保護法制にゆだねるというのも、それは事業者との間になりますので、困るなと思っているということを申し上げておきたいと思います。 ○波多野幹事 20ページの同意のところで何人かの委員、幹事から、代替する要件を設けた方がいいのではないかという御指摘があったところでございますけれども、その代替要件の意味といいましょうか、どのような場面でどういうことを想定しているのかなかなか分かりにくいということが指摘されているのかなと思っておりまして、やはり設けた方がいいと御発言いただいている委員、幹事において、特に必要や不利益という言葉でもいいのですが、どういうケースでは代替要件の充足が認められず、どういうケースでは代替要件の充足が認められることになるのかと、実際の当てはめのところについて、今の段階でケースを想定されているものがあれば教えていただきたいと思った次第でございます。よろしくお願いいたします。 ○青木委員 その分類についても、もちろん御議論があるところと思いますが、例えばで申し上げますと、資料にも出ている遺産分割で言いますと、遺産分割をすることによって本人に何がしかの遺産が入ってくるような場合には「必要性が特にある場合」と考えていいと思います。一方、遺産分割にもいろいろありまして、他の共同相続人のために、唯一の遺産である田畑あるいは宅地を他の相続人の名義にするためだけの遺産分割協議ということもあります。その場合には本人にとっては特段の利益は得られないし相続債務を負うような不利益もないと。このように、必要性を区別することができるのではないかと思います。ただし、遺産分割の場合、共同相続人がいるので、共同相続の利益との関係で、遺産分割ができないままでいいのかという考慮要素がありますので、このような区別には、すっきりしない点があることは、私も申し上げつつ理解しているところであります。   他方で、本人の自宅不動産を売却するという場合、につきましては、例えば、今は施設に入ったので自宅は空き家になりました、これを今売却をしないと本人にとっては施設での生活費が足りない、あるいは維持費が嵩んで生活費に食い込むなどの事情から、本人の今後の施設生活を送るについて自宅不動産を売却をすることが必要だとなれば、もちろんこれは必要性が高いということになるわけです。ところが、今すぐ自宅不動産を売る必要はない、施設での生活費用は年金と預金で成り立つ、それ以外の維持費についてもさしたる負担ではないというような場合については必要性を認めることにはならないのではないかということになります。申立人が御家族等で、ご家族としては売ってしまいたいと思われますが、本人のためには特にその不動産を売る必要がないケースというのはままありまして、そういった場合には、本人の同意を表明できない場合には、必要性を認めないということもあるのではないかと思います。本人が同意をしていて、施設に入って今のところはすぐに売らなくてもやっていける余裕があるけれども、数年後には売る必要が出てくるかもしれないので、今のうちから自宅不動産売買の代理権も付けておきたいというような場合には、本人がその必要性について同意という形で認めているので、そういう場合にはその代理権を付与することもあるのではないかということになり、こうした違いが生じるのではないかいうふうに考えています。   ほかにもいろいろ例を考えてあるのですが、取りあえず以上です。 ○根本幹事 例えば遺産分割の不動産売却でも、私の方で申し上げた必要性の中身を分けて考えるということのときに、特に不利益性ということとの関係で行きますと、遺産分割において、青木委員が言われたようなケースもそうですし、あと実務上よく見受けられますのは、例えば生活保護の受給中の方で相続が発生しましたということになります。遺産が入ってきても、ほぼ償還金のような形になってしまっていて、それは保護との関係で見れば、もちろん公益性とか生活保護法との関係で言えば必要性はあるのだと思うのですが、御本人からすると、後見人が付いて手続をしても、結局、償還等によって保護が廃止になってもまたすぐ再開するケースもあります。本人の利益という観点で見ても、いわゆる事務の必要性や代理の必要性はあるとは思うですが、それが利益、不利益と結び付いているのかと言われるとどうなのだろうかと思うこともあります。不動産売却という観点で申し上げますと、例えば共有不動産で、かつそれが収益不動産という場合ですと、御本人にとってというよりは、やはり共有者にとっての利益という観点から事務の必要性や代理の必要性が認められていくということもあるかなとは思っておりまして、本人にとっての利益性とか本人にとっての不利益性というところにどの程度フォーカスを当てていくのかということによる相違というのは、あるのではなかろうかと思っております。 ○佐久間委員 私は形式的なことを言おうと思っていただけなのですけれども、必要性については、私は思い切りいまだに異論は持っているということを、次回に備えて必ず言っておかなければいけないと思いました。必要性はまた別の機会にやるのですよね。 ○山野目部会長 しかし今の議論と関連することですから、重ねて次の機会にも御発言いただくとして、今どうぞお続けください。 ○佐久間委員 私は事務の必要性といわれているものに、ものすごく違和感を持っています。裁判所という本人の世話も何もしていない存在が、あなたはこれをできるようにしていい、これはできるようにしてはいけないというような判断を、本当にするのかということをものすごく疑問に思っています。請求や同意をすることができる人が、これを私はサポートしてほしいのだと言ってきているのに、いや、そのサポートの必要はありませんなんて言うのはおかしいのではないか、ということです。これまでも繰り返し言ってきております例外的に、例えば濫用的な、実はそれこそそそのかされて請求している、同意をさせられている、あるいはこれは明らかに本人の不利益にしかならないというようなことが見えているという場合に、審判をしないということは分かります。けれども、これはあなたが今、資金需要からして、していいことですよ、そうでないことですよ、なんていうことを、遠藤幹事には怒られるかもしれないけれども、裁判所は判断できるのかということを元々疑問にも思っている上に、できるとしても、そんなことを国家機関がしていいのかと、私は強く疑問に思っています。   ただ、ではそういうときに必要性についてはどういう判断をするのだとなります。今考えていることは、あくまで例えばというですが、「申立てが本人の利益を害し又は本人以外の利益を図る目的でされたものと認められるときその他審判をすることが相当でない事由のあるときは、審判をすることができない」というようにするのはどうか、と思っています。今日はまだ本戦ではないと思っていたので、余り練れてはいませんけれども、このように思っています。   では、次に事理弁識能力を欠く常況にある人についてはどうなのかというと、同じでいいのではないかと思っています。どうも本人の利益を害するとか本人以外の者の利益を図る目的でどうも申立てがされている、あるいはその他相当でない事情があるときは審判をすることができない、ということで何ら差し支えないのではないかと思っています。   その上で、今まで20ページの(2)に代替要件を設けなければいけないと唱えられている方に問い掛けたいことが一つあって、それは、これは飽くまで第1の1(1)アを受けてのことなのですよね。その(1)アは、今日はそのような書き方はしていませんけれども、中間試案で示されたどの案を採っても、「必要があると認めるとき」に家庭裁判所は審判するのだと言っているわけです。この要件は多分、だからこそ必要性の要件のときに中身を争わなければいけないということで申し上げたのですけれども、落ちることはないのではないかと思っています。そうであるときに、わざわざ同意能力のない人についてだけその必要性を超える加重要件を設けるのか、ということがこの論点ではないかと思っています。必要性の中身はこれから詰めていくのでしょうけれども、事案によってもしかしたら異なってくるかもしれない、その事案によって異なってくる中に同意のあるなしは影響してくるということが含まれていることを前提に、それでもなお別要件を立てなければいけないのか、ということを私は問いたいと思っていました。青木委員、根本幹事の御発言を聞いていても、必要性の中で判断すれば済むのではないかと思いましたので、発言させていただきました。 ○星野委員 今の議論から少し外れたら申し訳ないです。私が発言しておきたいと思ったのは、代替案を設けるということではないのですが、客観的な必要性の判断で、今、厚労省の方で中核機関のことがこれから議論されていく中で、私は現場の中で、その必要性の判断、本人の同意があるのかないのか、今の現状を申し上げたいと思います。同意がある場合、ない場合、いろいろありますし、それを超えても必要性があるかないかということを今、自治体の中で支援検討会議というのでやり始めているのです。そこに実務家が入って、一緒に検討しています。そこを少し鑑みると、今の佐久間委員がおっしゃったように、取り立てて同意ができないから何かの要件を設けるということではなくて、そういう客観的な支援検討会議などを経て申立てがされるというところが増えてきています。そして東京では家庭裁判所と行政や専門職団体が意見交換などを定期的に行っていますけれども、そういった中核機関での検討を経てきたものというのは非常に客観性があるというか、必要性も判断できるという認識になってきている、現場ではそういう話もあるというところは少し発言させていただきたくて、この場がふさわしいと思ってはいないのですけれども、発言させていただきました。 ○山野目部会長 この場で出していただいてよろしかったと思います。 ○青木委員 必要性の判断のことで、少し議論を膨らませる話になりますけれども、これまでの部会の議論の前半において、補充性を必要性とは別の独立の要件にするかという検討をしてきましたが、今回の改正では補充性の要件を独立の要件とはせずに、必要性の判断の中で見ていきましょうとしました。そこでの検討の発想には、成年後見制度における権限の付与というのは必要最小限にしましょうという権利条約の要請について、他の制度で支援できるのであればそちらにしようというのは、意思表明ができる方だけではなくて意思表明が困難な方も含めて、必要最小限にしていこうという要請を、補充性という独立の要件をとることまでは難しいけれども、その発想自体は入れていこうということではないかと思っているのです。   必要最小限という意味で、必要性の要件というのが、本人の同意がある場合に比べるとやはり厳格に、先ほど遠藤幹事がおっしゃっていただいたように、厳格に必要性を検討するということのメッセージが重要だと思っていまして、それを裁判所の解釈運用に委ねるのでいいのかというところだと思っています。それを、法制上の枠組みや書きぶりとしてなお検討が必要であること承知していますが、やはり必要最小限性として、本人の同意能力がない場合には厳格に必要性を吟味してください、という定めをすべきだということで、申し上げているということになります。必要性だけの観点で佐久間委員は御議論いただいていると思いますが、必要最小限性ということで検討いただきたいということが、私が申し上げたかったことになります。 ○根本幹事 まず、佐久間委員からの御質問に私なりにお答えをさせていただくとしますと、例えば今、保佐や補助の場面においても、基本的には裁判所がこの方にとって何が必要なのかということを逐次、裁判所の元々持っている情報だけで判断されるというのは、もちろん難しいことではありますので、申立権者がその必要性の個々の具体的な中身については明らかにはされているのだろうと思います。そのことは現行の11年改正の立法担当においても、保佐の開始のところでは、法制上の要件に必要という文言は入っていないけれども、実態として必要ということは当然見ているのですということは、実体的な要件としては書かれているということだと思っています。ですので、そこは現行法から連続して捉えていくことができると思います。   先生がおっしゃられた、御本人が欲しているというところについて、星野委員からの御指摘とも関係するのかもしれませんが、御本人が欲している背景事情や理由を、例えば中核機関の会議においても丁寧に解き明かしておられると理解はしていますし、今の裁判所においても、単に御本人がこれを付けてくださいと言ったから付けましょうということではなくて、調査官調査の場面等においても、なぜ御本人がそういうことを発言されているのかということを御本人にお尋ねしたり、若しくは申立人ないしは保護者に事情をお尋ねされて明らかにされていると承知をしています。例えば全く不動産を今お持ちでいない方が不動産売却の代理権を欲しているということであれば、何か不動産を今後取得される御予定があるのかとか、例えば、保険契約を高齢の方で全く今お持ちでいない方が、転居した際に損保や火災保険などが必要なのですということを具体的に申し上げれば、必要ということで裁判所も今御判断されていると思っています。   必要性の要件の過重かというと、必要性以外の要件を加重すると考えるのか、それとも必要性の中身の中で、例えば佐久間委員がおっしゃっていただいたような文言を、加えて設けていくのかということではなかろうかと思っていて、そこが最終的には、今、青木委員が言われたように、法制上区別することができればよいとは思っています。 ○佐久間委員 まず、今、青木委員がおっしゃったことで言うと、私は必要最低限というところが、最低限ではおかしいと思っているのです。それは部会資料にも書いていただいているとおり、ここの本人は意思能力が基本的にはないという状況だから、自分を守る行為、取消しだったら、してはまずい行為をしてしまったというときに、何をするか分からない状況でも保護しなければいけないというのが、私にとっては在るべき姿ではないかと思っています。そうすると、最低限の方がいいのだということは、その対極にある考え方でありまして、本人の状況によって、いろいろなことをしてしまうからということで取消の保護を掛けるか、余りしないからそこまで必要ないよねというような判断はしていいと思うのですけれども、本人がいろいろなことをしてしまうかもしれないというときに選択する制度として設けるのであれば、最低限にすることがよいということにはできないと、まず、思っています。   それから、根本幹事がおっしゃった、本人が欲しているからといって、という話ですけれども、事理弁識能力が不十分な人が、いろいろなことをしたい、けれども自分一人では少しという状況だから、同意を得てやりたいというようなことでサポートしてほしいと言ってきた場合、私の理解では、今回の改正の理念の一つに、障害のない人と同じようにしましょうという、インクルージョンですか、の理念があったと思うのですが、それからすると、事理弁識能力が不十分でない人はやりたいことをやれるわけですよね。そうだとすると、事理弁識能力が不十分な人についても、自分はやりたいことをやりたい、ただ、ほかの人のただサポートが欲しいのだといったら、そのサポートを認めるのが当たり前ではないかと私は思っています。   その上で、ではおよそこんなことは要らないのではないかという事項が出てきたらどうかということですけれども、その場合は、そのような事項が出てきた理由を探ればいいと思うし、探るべきだと思います。その上で、今はおよそ要らないかもしれないのだけれども、本人が将来本当にやる場合に備えてというのだったら、私は審判をすればいいと思います。でも、探っていったら実はほかの人の思惑が働いているということが分かるということだって、幾らでもあると思うのです。実際にほかの人の思惑が働いているということになれば、先ほど申し上げた、何か自説にこだわるようになって嫌だなとは思うのですけれども、除外要件として除外していけば、私はいいのではないかと思っています。こういったことから、本丸は多分次回だと思うのですけれども、(2)について代替要件を設けるというところには、非常に消極的だということを申し上げます。 ○星野委員 議論がかみ合わないところで申し訳ないのですが、1点だけ、先ほどの中核機関で行われている支援検討会議のことについては、検討のあり方が法定後見ありきではないのです。先ほど青木委員がおっしゃった必要最小限ということとも関係しますが、ほかの支援で足りていれば、あえて後見制度ではない方法を先にまず検討するという形で、私が関わるところはやっています。ですから、本人が求めていることとか、あるいは必要があるということについて、何も対応しないということを言っているわけではなくて、ほかの権利擁護の支援があるのではないかというところを検討しながら、でもやはり法定後見でなければ対応できないというものを拾い上げてつなげていくという支援をしていますので、議論の中で私が今、違和感を感じているのが、もう後見制度だけの支援方針を検討しているのではないのでというところは現場の感覚として持っていますので、少しそこだけ発言させていただきました。 ○山下幹事 ありがとうございます。今の星野委員の御発言とも関係するのかなと思います。同意要件をどう仕組むかという話と、実際の運用上の問題との切り分けというのがどういうふうになるのかというのが、やはり聞いていてよく分からなくなったというところがございます。ほかの制度を使えば成年後見が必要ないという場合には、必要性の要件という形で制度を開始しないというのは、それは要するに、申立てがあって裁判所が判断をしているのだけれども、そのほかの方々が必要性がないのだと反論するか、他の制度で十分保護されているのだということを発言する機会を設けるなど、そういう手続きがその審判の中に組み込まれていて、その結果として必要性を欠くということで成年後見の審判がされないという状況を考えられているのかと思います。そのときに、要するに本人は同意をしているのだけれども、しかし周りの方々が、ほかの制度で十分本人を保護しているのだから必要ないのだということまで言うということを認めるのかというと、そのようにはならないのではないかという気がしたというのが一つです。   もう一つは、必要性の要件を厳しく判断しないといけないとすると、私はむしろ同意がある場合ではなくて、本人が制度開始に明確に反対をされているようなケースの方が問題かなと思います。つまり反対の意思、同意をしないというような意思を本人が表明しているのだけれども、他人の思惑等で、つまり事実上搾取している人とかがいるというような状況で、本人がコントロール下に置かれているために同意をしないケースで、しかし制度開始がどうしても必要なのだという形で保護を発動するという場合は、本人の意思に反しても制度を利用しなければいけないというケースなので、必要性の判断が厳しくなるというのは、何となく分かるような気がしたのですが、そうでない場合、つまり同意能力がそもそもないということを前提で、意思が表示できないというときに必要性をあえて厳しくするというのは、私も佐久間委員と同じで、そうした必要はなくて、むしろそこは意思を全く表明できないのであれば、過不足なく保護を与えるべきではないかと思います。逆に、本人が形の上では反対をしているようなケースの方が、必要性を厳しくするという議論はしっくり来るような気がしたのです。余りまとまりませんが、以上です。 ○山野目部会長 ありがとうございます。   引き続き委員、幹事の御発言を承ります。いかがでしょうか。   では、花俣委員にお声掛けを差し上げます。 ○花俣委員 ありがとうございます。正直なところ、専門性の高い議論がずっと続いていて、昨日の十五夜の月は全く見えなかったように、多分雲の向こう側では美しく輝いているのでしょうが、私にはまるで見えてこない、何かそういう比喩を使いたくなるような今日の議論だと思います。   ただし、事理弁識能力を欠く常況とか、あるいは同意する意思表示の可否とかという話になると、何となく心にちくちくと刺さるものがあって、事理弁識能力の程度における医学モデルは、ヒアリングの際にお医者様がお話しくださいました通り、なかなか判断の基準は難しい。確かに認知症の症状というのは非常にグラデーションが多く、かつ百人百様という側面もありますので、ここはやはりもう少し丁寧に、考えねばならない大事なところだと思っています。   それから、同意能力、同意する意思表示の可否というのも、事理弁識能力とも関連があるということは分かるのですけれども、判断力が落ちてきて法定後見を使うとか、任意後見を前もって用意しておこうとなっている反面、同意する能力があるとかないとかがそこで求められてくるというのも、同じような話なのに一方では、ない、ないから必要だ、こちらでは、それがないと、例えば申立てのときの審判の可否が決められないと言われてしまうと、若干混乱する部分もあります。   ほかには、今の議論が最終的にどこに落ち着くのかということももちろん気になるのですけれども、私がやはり常に気になっているのは、やめられる、終われる後見になったときの保護が十分に行き届かなくなるのではないかという懸念点については、ますますその受皿の具体的な姿が見えてこないところに不安を感じてもいます。この議論の行き着く先で終われる後見になったときに、その権利擁護支援、今、社会福祉士会さんなどが中心になってやってくださっているような中核機関の機能がきちんと整えられ、それだけではなく本当の意味での様々な人的資源を使った受皿がきちんとできるということが絶対的な条件だと改めて感じています。 ○山野目部会長 花俣委員に無理に御発言をお願いして、お許しください。お気持ちをよく理解いたしますとともに、どれくらい見えているか分かりませんが、満月はかなり見えてきています。今お話は差し上げようと思いますけれども、期待して引き続きお付き合いください。   お諮りしている部分について委員、幹事からほかにお話がおありでしょうか。 ○小松原関係官 2点ほどございまして、一つは青木委員にお伺いしたいのですけれども、先ほど事理弁識能力を欠く常況にある方について特別規律を設けないとした場合に、各種ある保護の規律については個別に検討するということをおっしゃったかと思うのですけれども、例えば先ほど青木幹事から御指摘があったような、応訴対応しなければならないようなケースであれば、どのような人を対象にして具体的にどういう保護の規律を設けることが考えられるのかというところについて、何か構想されているものがもしおありであれば教えていただきたいと思います。 ○青木委員 民事訴訟法について言いますと、現行では、成年被後見人は法定代理人によらなければ訴訟行為ができない、としているところを、後見制度の利用とは区別して、本人の判断能力に応じて、訴訟能力があるかないかを民事訴訟の手続の中で認定をして頂いて、訴訟法上の法定代理人の手当てをしていくということを、被告の場合でも原告の場合でもできるようにするということが一つの方策です。もう一つは、新しい後見制度において、個別の代理権付与の一つとして、訴訟行為の代理権を付与するということによって、被告であっても原告であっても対応していくということにするということによって、民事訴訟の代理権については、対応できるのではないかと思っているということです。この点、人事訴訟は、それだけでは対応が難しい問題がありますが。 ○小松原関係官 ありがとうございます。   もう1点ほど、こちらは皆様になのですけれども、13条1項のリストについて御議論いただいていたところでございまして、青木委員からも、このリストをそもそも何の基準として用いるのかというところについて詰めなければなかなか進まないというような御指摘を頂いて、ごもっともだと思うのですけれども、代理権と取消権の範囲を必ずしも同一のものとしないような考え方をとるとした場合に、代理権について1項のようなパッケージを設けることが果たして必要かどうかというところにつきまして、御意見を頂戴できるところがあれば、お願いしたいのですが、いかがでしょうか。 ○佐久間委員 私は前回までは、このリストを事理弁識能力を欠く常況にない人の代理権の範囲も基本として定めるものとすべきであるという立場でしたが、本日はそうする必要はないということを申し上げたつもりです。そうすると、このリストは、私の理解では代理権には全く関係しない。要同意行為のリストになるというのは多分、皆さん共通理解だと思います。私の発言の中では、加えて、事理弁識能力を欠く常況にある人の取消し可能な行為のリストにもなると考えています。 ○山野目部会長 ほかにいかがでしょうか、今の点。小松原関係官、お続けになることがあれば。 ○小松原関係官 今、佐久間委員がおっしゃっていただいたような考え方も一つ、十分あり得るところだと思うのですけれども、逆にこれは代理権のパッケージとしてもあった方がいいのではないかというお考えの方がもしいらっしゃれば、御意見をお伺いしたいかと思います。 ○竹内委員 私は冒頭で御意見申し上げたとおり、ここは代理権もパッケージ、一部か全部かは選べるとした上で、必要に応じて個々に応じて追加も許容するということです。権利制約のメルクマールみたいな感じで、代理権について置く必要があるのではないかと考えました。 ○山野目部会長 竹内委員にお尋ねします。今のパッケージで代理権を与えることがあり得るというときの、そのあり得る要件はどのようなものになりますでしょうか。13条1項のイメージで何らか用意される事項のリストで、それを組み合わせてセットにして代理権を保護者に与えることになるという状況があり得るというお話を頂いた際の、その状況というのは、要件を立てるとすると、どういう要件になりますでしょうか。 ○竹内委員 セットで当たり前に付与するというよりは、裁判所に対する制約として第一段階で設けておいた方がいいのではないかという、どちらかというとそちらの方向性で考えています。付与前提といいますか、そこから選べるけれども、裁判所が不必要に権利制約を広げないという意味において、やはり代理権においても意義があるのではないか。そのように考えています。 ○山野目部会長 理解しました。 ○佐久間委員 代理権についてはこれまで、保佐、補助についてですけれども、特段の制約なく、本人側の請求に基づいて付与されてきたわけですけれども、現在の保佐相当、補助相当の人についてそれを変える必要がある、となって初めて竹内委員の御発言は意味を持ってくると思います。私はそこは変える必要がないと思っておりますので、本人側から、例えば1号から8号までに当たる事項が、これでは抽象的すぎて代理権の付与としてなかなか機能しないというような御発言が前にあったことは理解していますが、その点はさておくとして、これに当たるものを1号から8号まで全部代理権を与えますと出てきた場合に、当然に制約が掛かり得るものとして何か考えるのは、これまでと大きく異なりますし、適当とはいえないのではないかと思いました。   他方、現在の後見類型におきましては、これとは関係なしに全面的に代理権が与えられていたわけですけれども、後見類型に相当する者についても今後は、取消しの保護についてはどうなるか、私だけが異論をまだ申し上げているのか、上山委員も言ったのかな、分からないですけれども、代理については保佐や補助相当の者と同じように考えればよいというのが一般的な立場かと思います。そうすると、竹内委員がおっしゃったことを成り立たせるには、代理についてこれまでと違う考え方をとることを前提としなければならず、それをどうお考えになっているかを教えていただけると、また考えられるかなと思っています。 ○根本幹事 代理権について法制上のリスト化の必要は、今の私の実務感覚からは、ないとは思っています。その一番の理由は、やはり元々、例えば携帯電話ですとか、あとはクレジットカード関係の信販関係などもそうだと思っていますけれども、これまでの実務の中でも、元々裁判所が御用意されていた代理権目録も時代に合わせて少しずつ変わってきています。例えば取引の相手方ですとかいろいろな手続の関係上や御要請があれば、そこも裁判所において柔軟に、裁判所と御相談しながら代理権の内容というのは認めていただいていると思います。仮にリスト化したとしても、そこに含まれていないものが出てきたらどうするのだということとの関係で、結局のところそれを拾えるようなバケット条項を設けていくことにならざるを得ないのではないかとは思っております。そうなってきてしまうと、やはりリスト化する意味というのがどこまであるのかということが少し私としても疑問に感じるところがあるので、代理権については特にリスト化の必要はないとは思っています。他方で同意権、取消権は、やはりその議論とはまた少し違うのではないかというのが今日思っているところです。 ○山野目部会長 お話を伺った印象で、竹内委員が心配しておられるように、事案の個性によっては、結果としてと申せばよろしいのでしょうか、当該本人のために、かなり多岐にわたる事項について代理権を与えなければいけないと考えられる事案が現実に存在している、このことは多分否定することができないと考えられるし、その契機に竹内委員の意識が向いて御意見を頂いていると考えますとともに、佐久間委員や根本幹事がおっしゃったことは、その需要に応えるために13条1項のリストの役割をそれに兼ねさせるということをすると、いろいろまた併せて、あるいは派生的に考えなければいけない事項も出てくる、そこが心配であるということをおっしゃっておられるような印象を受けます。そうすると、それは今、3人の委員と幹事がおっしゃっていただいたことは、一つ一つそれとして理由があることであるとお見受けしますから、今改めてお話を頂いたところを踏まえて、次の機会に向けて整理をするということにいたしましょうか。   ほかにいかがでしょうか。よろしいでしょうか。   そうしましたら、今お諮りしている部分について委員、幹事からお話を頂きました。私の方からお話を差し上げます。法定後見制度の枠組みについて、まず御議論を頂きました。法定後見を開始する要件をめぐる論議が熟しつつある調査審議の状況に鑑み、委員、幹事の皆さんにお話を差し上げます。要件の在り方について既に御議論を頂いているところからうかがわれるとおり、多様な意見があります。ここまで委員、幹事が熱心に討議を頂いてきたところにより、目指すところのものは見通しが得られる段階に来つつあると見られます。改めて私たちが共通に想い起こさなければならないものは、この部会を設ける決定をした法制審議会に対し法務大臣がした諮問の趣旨であるに違いありません。本人の尊厳にふさわしい制度の在り方、そして本人の権利利益の擁護をきちんと図る観点を大切にして、法定後見制度の見直しを考えてほしいと求められております。   本人は単なる保護の客体ではありません。典型的には事理弁識能力を欠く常況でありますが、一旦その認定を受けるとたちどころに包括的ないし広範な代理権が他人に生ずるということで、果たして本人の尊厳は守られるでしょうか。事理弁識能力が不十分な人であったとしても、安きに流れて包括的ないし広範な代理権を考える仕組みは、それによって本人の権利を適切に擁護することがかなうでしょうか。委員、幹事におかれては、改めてこの観点に思いを致していただき、次の機会の審議に向け、引き続き御協力をお願いします。   あわせて、本日を含めこれまでの調査審議の状況を踏まえ、本人に対する行為能力の制限を講ずる局面において、その要件の充足が丁寧、慎重に認定、判断がされる仕組みを確保し、行為能力が制限される事項の範囲が不当に広がることのないよう注意を払っていかなければなりません。また、本人がする法律行為を取り消すことができるものとして行為能力を制限することとする事項の範囲が当然に保護者に代理権が発生する範囲と符合するという機械的な扱いをすると、必ずしも合理的で適正な帰結を得ることができないと考えられますところから、この観点に配意して取消権、代理権の在り方の検討が続けられることが望まれます。次の機会にこの論点を議論する際に、改めて事務当局がそのための部会資料を用意いたしますから、本日同様に御議論を頂きたいと考えます。   ただいま頂いた議論におきましては、これに続いて13条1項各号のリストの見直しについても御議論を頂きました。加毛幹事から有益な概念整理を頂きました。それを踏まえて考えていくことは作業の効率に資すると考えられますとともに、細目については多数の委員、幹事から様々な指摘を頂いたところでございます。現在、部会資料で一として挙げております預貯金の預入れ、払戻しにつきましては、社会的な需要としてもっともであるという御指摘があったのとともに、現代的な金融法の観点を意識しながら、広範な決済の概念とどこまで対話するかという見地から洗練を重ねていく必要があるであろうと感じられます。元本の領収であるとか権利の得喪であるとかという概念を更に点検していく必要があるという御指摘も多岐にわたって頂きました。あわせて、竹内委員からもお話があったように、得喪と並べて変更という契機についても注意を払ってほしいという御指摘も承ります。   それらのお話を踏まえて再度整理した上で、もう一つあるのは、この配列ですね、並んでいる順番が最初に金融機関が出てくる順序は、日常生活からみると大事ですよという気もしますけれども、民法を研究をしている感覚からは、これが先頭ですかという気分もなくはありませんから、もう一度そこは法制的な観点も含めて、事務当局において整理したものを皆さんにお示しすることになるであろうと考えます。   それから、本人の同意等の要件をどう考えるかということについて活発な御議論を頂きました。部会における調査審議がここに至っても、必要があるときは、という要件をどれだけ精密に理解して、それと本人の同意の要件とを関連させるかというお話のサイズになってくると思われますけれども、なお委員、幹事の間に多岐にわたる御意見、理解が見られるところであります。ここは次の機会に向けて引き続き御議論をお願いすることになりますけれども、委員、幹事におかれて是非御留意をお願いしたいと感ずるところは、この必要性の要件、同意の要件の新しい民法における規範が、審判実務の実際を考えたときに裁判官に良いストレスを与える規範になるとよいと願っています。人間の体にもストレスが全くない状態よりは、あってよい効果を発揮するストレスと、体を困った状態にしてしまう悪いストレスがあると聞きます。現在検討している案文におきましても、必要があるときは、という従来の審判実務においては普遍的に入っていなかった要件が新しく民事法制に入ろうとしています。これが入った段階で、裁判官にとっては相当のストレスです。つまり、今までも審判実務はそういうことは個々の事案に向き合って考慮してきたと思いますけれども、しかしそれは全ての局面において必要があるときはということを見ましたかという法文の書き方にはなっていないものであります。これからは、佐久間委員に確認していただいたように、必要があるときはという文言は少なくとも落ちる局面がないと見通すことができます。そうすると、裁判官としては審判の理由の概要のところには、必要があるときはということは考えましたよということは必ず説明しなければいけないという状況になります。この仕事を裁判所にお願いすることは、しかし今般の制度改革の見地から言えば、裁判官に対して良いストレスをお願いしているものであろうと思います。   それとともに、それを超えて、この必要性の概念を更に分節して、分節する思考作業自体は悪い話ではないですけれども、それを法文に書き込むと、結構長い法文になって複雑な法文になりそうであるという予感があります。根本幹事からおっしゃっていただいた必要性の分節は、聞いていて美しい分類であり、学者の論文みたいな分類ですてきであると感じますから、自分が何か書くなら、あれを使わせてもらおうと思っているくらいですが、ただし、学術研究上有益できれいな概念が法制的に親しむかということは別問題であって、そういう幾つかに分節したものを法文に複雑に書き込んだものを使わされる裁判官にとっては、向き合っている事案の個性も見なければいけませんから、その個性を見ながら、審判の理由の概要のところにその複雑な法文が示す規範に一つ一つ付き合って説明しなければいけないということになるとすると、それは多分裁判官に悪いストレスを及ぼすおそれは、よくよく注意をしないと、あると想像します。   青木委員が繰り返し御注意なさったように、同意がないときに軽々しく必要性を認定してはいけません、という見地が控え、高度な、厳格な、という言葉を何度もお使いいただいているところは、それ自体はものすごく重要な御注意であると感じるとともに、それをよほど上手に法文にしないと、お話ししたように審判実務を混乱させるというか、あるいはその効率、適正を大きく阻害するものになりかねないおそれも大きくて、悩ましいと感じます。この悩みを私は一言、悩ましいと今日整理するにとどめますけれども、事務当局において再び整理し部会資料に、悩ましいの一言ではなくて、整理したものをお示しして、もう1回、今後行き着く法文のイメージをどうするかということについて委員、幹事に御議論をする機会を得たいと考えております。   ただいまお話を差し上げた論点まで休憩前に御議論を頂きました。   休憩をお願いいたします。           (休     憩) ○山野目部会長 再開いたします。   部会資料24の第1の「1 法定後見の開始の要件及び効果等」のうち(3)申立権者、それから第1の「2 法定後見の規律に係る取消権者及び追認」及び「第2 法定後見の終了」、これらにつきましてでございますから、すなわち部会資料の後半部分の全てということになりますけれども、ここについての御審議をお願いいたします。   事務当局から資料の説明を差し上げます。 ○小松原関係官 まず、27ページからの第1の1(3)では、申立権者について、ゴシック部分のア及びイ記載のとおりの規律とすることについて提案しています。また、ゴシック部分のウ及びエの記載との関係では、特に本人が公正証書によって法定後見の申立権者として指定した者を申立権者とすることに関して、任意後見契約を締結せず法定後見の利用のみを想定して申立権者を指定するニーズをどのように考えるかや、利害関係人を申立権者とすることに関して消極意見もあったところであり、この点も御議論いただきたいと思います。   次に、32ページからの第1の2では、取消権者及び追認について、ゴシック部分のとおり、取消権者と同意権者を分離し、取消権者を追認権者とすることについて検討することを提案しています。パブリック・コメントでは、取消権者と同意権書を分離しない現行法の規律を維持するとの意見もあったところであり、この点の規律をどのようにするか、改めて御議論いただきたく思います。   そして、37ページからの第2の1では、法定後見の開始の審判又は保護者に権限を付与する旨の個別の審判の取消しについて、ゴシック部分のとおりの規律とすることを提案しています。終了時に本人の同意を要件とする意見もあり、パブリック・コメントではこれには消極な意見があったところですが、この点についても御議論いただきたいと思います。   さらに、42ページからの第2の2では、法定後見に係る期間に関し、ゴシック部分のとおりの規律とすることについて検討することを提案しています。 ○山野目部会長 資料説明を差し上げた部分につきまして御意見を承ります。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。部会資料24の27ページの(3)申立権者につきましては、ア、イの提案について、いずれも賛成を致しますし、ウの公正証書によって申立権者を指定した者を加えることも必要性があると考えますので、賛成を致します。しかし、エの利害関係人を申立権者に加えることにつきましては、本人の制度利用意思の軽視につながり適当ではないと考えておりますので、反対を致します。   次に、部会資料24の33ページの(1)の取消権者につきましては、御提案のとおり、同意権者と取消権者とを分離し取消権者の規律を設けることに賛成を致します。また、(2)の追認権者につきましては、同意権者と取消権者とを分離したとして、追認も性質としては事後的な同意であり、同意権者も追認権者としたとしても問題はないのではないかと考えますし、取消権者が本人のみの場合は、判断能力が不十分な本人が追認することで確定的に有効となってしまうため、そのようにしないと本人保護のために付与された同意権の実効性を確保することができなくなってしまうのではないかという意見を持っています。   次に、部会資料24の37ページの第2の1の法定後見の開始等の審判の取消しにつきましては、①、②、いずれも御提案のとおりの規律とすることに賛成を致します。なお、②につきましては中間試案に対する意見として、審判を取り消さなければならないものとするとの方向で引き続き検討すべきとの意見を出しましたが、部会資料の提案の内容で説明がされておりますように、家庭裁判所において総合的な考慮を要するものと考えますので、部会資料御提案のとおり、取り消すことができるものとするということに賛成を致します。   最後に、部会資料24の42ページの第2の2、法定後見に係る期間については、①、②、いずれも現在の実務に沿うものであって、御提案のとおりの規律を設けることに賛成を致します。なお、①の毎年1回の家庭裁判所への報告につきましては、現在実施されている統一された報告様式を更に見直すことで対応が可能であると考えております。 ○久保野委員 ありがとうございます。私は27ページの申立権者についてだけでございます。ア、イ、ウに賛成ですが、ウにつきまして、ニーズの点についての問題提起がございます。今回の理由の立て方として任意後見制度の見直しのお話から見ていきますと、ニーズについて議論が必要だとの御指摘になっていますけれども、30ページの最後の数行に書いてあるような必要性や相当性というのは法定後見にも当てはまるように思いますし、また、直接的には32ページのエのところでニーズのお話がございますが、このニーズはあり得るのではないかと思います。   想像しますに、ここでニーズに疑問があり得るとしますと、事前に誰かを申立権者に指定して自律的に将来に備えておこうというような人、ましてそれを公正証書で行おうというような人は、任意後見契約をするのではないかという想定があるのだろうとも思いますけれども、任意後見と法定後見では効果が異なるというところがございますので、法定後見だけ申立権者を定めておきたいということがあり得るというのは想定しておいてよいのではないかと思います。例えば、今日の議論の中でも、いろいろなことをしてしまうかもしれないから、いろいろな場面について取消権を与えておくことによる保護というような話題も出ましたけれども、そのような方策を想定して、法定後見についてだけ申立権者について指定しておきたいということはあり得て、対処しておくのがよろしいように思います。   すみません、長くなりましたが以上です。 ○加毛幹事 そろそろ失礼しなければならないので、32ページからの取消権者につき、事務局資料の内容を確認したいという趣旨で、二つの質問を差し上げます。   第1に、(1)に関して、取消権者と同意権者を分離するという場合、Aに同意権を与え、Bに取消権を与えるという審判を許容することが想定されているのでしょうか。それとも、Aという保護者に同意権が付与されることを前提として、Aにさらに取消権を付与するという制度を想定しているのでしょうか。   第2に、(2)に関して、御提案の内容は、取消権者が追認権者になるというものと理解しました。他方、最初に小澤委員がおっしゃられた内容は、それとは異なるものであるように思われ、同意権者が追認権者になるという制度も考えられるように思います。追認権の法的性質については、37ページに説明があるのですけれども、追認が取消し可能な行為の有効性を確定させる行為であるとしますと、事前の同意に近い性格を有するので、同意権と追認権の親和性が高いという理解も成り立つように思います。他方、37ページでは、追認が取消権の放棄であるという理解も示されており、それゆえに取消権者が追認権者になるとも説明されているように思います。もっとも、追認が取消権の放棄であるとすると、本人と保護者が取消権を有している場合に、保護者が自らの取消権を放棄したからといって、本人の取消権まで失われることにはならないはずなので、もう一段の説明が必要になるはずです。いずれにしても、追認権者を取消権者と一致させるのか、それとも同意権者と一致させるのかについて、お考えをお聞かせいただければと思います。 ○山野目部会長 お尋ねでありますから、事務当局から差し当たっての部会資料作成の意図について、もしお話しいただくことがあれば頂きます。 ○波多野幹事 1点目の同意権者と取消権者を分離するというのは、二人出てくることを想定していたわけではございませんでして、一人の保護者を前提に、まず同意権は同意をすることができるという立場がある上で、取消権はそのままでは取消権者とならず、取消権付与の審判など別途の規律で取消権が行使できるようになると、そのような規律を考えることについて検討を依頼したということでございました。   2点目につきましては、我々として提示しておりました現行法の規律と同じような前提で、取消権者を追認権者とするということを御提示していたものでございまして、別途、同意権者を追記権者とするという規律の検討もあり得るということは御指摘のとおりだと思いますが、我々としては現行法の規律を維持するということを提示したものでございます。 ○山野目部会長 加毛幹事、よろしいですか。 ○加毛幹事 御説明ありがとうございました。現行法の規律を維持するという場合、現行法は同意権者と取消権者が一致していますので、その現行法を改めて同意権者と取消権者を分離することにする場合には、どちらに追認権を与えるのかについて、選択の余地があるように思います。そのことだけ申し上げまして、すみませんが、ここで失礼させていただきます。 ○山野目部会長 加毛幹事、どうもありがとうございました。お話はよく分かりました。ありがとうございます。 ○佐久間委員 まず、27ページの第1の1(3)について、ア、イは、結論的には小澤委員と同じですが、賛成です。ウも加えればいいと思っております。エについては、32ページ25行目以下にあります、一定の者については意思表示の受領権限を有する者の仕組みを設けることで対応するということでよいと思っており、この者を独立の請求権者とする必要はないと考えています。   その上で、申し上げたいのは、イの任意後見監督人であった者につきまして、30ページの22行目以下で期間を設定する必要はないという見方が示されている点です。その理由といたしまして、相対的に本人の状況を知っている者といえることから申立人に加えるとして、そのような期間制限は要らないだろうというようなことが示されています。 相対的に本人の状況を知っている者といえることが申立人に加える理由であることについては、異論はありません。だからこそ次のように考えます。任意後見監督人の場合、任務終了後は本人の生活に関わるとは限らないので、任務終了後の一定期間についてしか、相対的に本人の状況を知っているだろうという理屈は成り立たないのではないかと思っています。また、任意後見が終了した後の保護の継続が相当重要になるのであって、そうだといたしますと、終了後早い時期に必要であるのに申立てがされないという事態に対応することが肝要であり、任意後見監督人であった者にはこの場面でこそ、申立てについて適切に判断し、必要となれば申立てをするということが期待されるのではないかと思っています。このため、むしろ比較的短い期間、飽くまで例えばですけれども、任務の終了後6か月とか1年に限って申立権を認めることが適当ではないかと考えています。   これに関することとして、資料の26行目以下には適切な期間の設定が困難とされているわけですけれども、確かにこれしかありませんという期間の設定は難しいというか、異論続出だと思いますけれども、今申し上げた趣旨にかなう比較的短い期間であって、6か月とか1年は例示なのですけれども、その程度というのであれば、もし私が申し上げた趣旨がとられるのであれば、それにかなった期間ですということで設定は可能なのではないかと考えています。   また、もしここで期間制限を設けますと、ほかの申立人にはそのようなものはないのにということが問題になろうかと思いますけれども、ほかの申立人は当該立場での本人との関わりがずっと続くという人たち、例えば親族でしたら親族関係はなくならないというようなことを含めて、全ての人がというわけではないにしてもその中に現在進行形で本人の状況を把握することができる立場にある、そういう人がいるので、その人たちは申立権者に加える、期間制限はないと説明できるのではないかと思います。   これに対しまして任意後見監督人というのは、先ほども申しましたとおり、任意後見監督人としての立場での本人との関わりは任務の終了をもって終わります。この点でほかの申立権者とは明らかに異なるといえるのではないかと思っています。また、任務の終了後何年も経ちますと、むしろその時点での本人の状況を相対的にすらよく知るという立場にないのが普通と考えられるのではないか、その状況で本人の状況を知るよう努めさせることは、任意後見監督人であった者の負担となりますし、反対に、知るために本人の情報にアクセスさせる、アクセスしていいよとすることは、本人のプライバシー侵害にもつながり得るのではないかと考え、比較的短い期間の設定が私は適当ではないかと思っています。   続いて、2点目として32ページ以下の2につきまして、(1)について、先ほど波多野幹事は人の分離は考えていないとおっしゃったのですよね。分離するのだったら不都合だということを申し上げようと思っていたのですけれども、そこはそれで結構です。ただ、そうだとすると、取消権を与えるという形にしたわけではないですけれども、私は同意をすることができる人に取消権を当然に与えるとかということではなくて、取消権は本人だけのものとして、保護者には当然にだけれども代理権の行使をさせるとすることが考えられるのではないかとかつて申し上げたことがありました。それはなぜかというと、私が思い付いたことではなかったのですけれども、取消しによる介入が本人にとって不適当という事態が散見されるので、その不適当な取消権行使を何とかできないかということが話題になり、その対応として、代理権の行使に一本化すれば代理権濫用の法理も使えるのでは、ということを申し上げたところです。   それがいいのだというつもりは、心の中では思っていますけれども、ないとして、そういう何か構成を変えるという意味があるのであれば、構成を変えることを考えればいいと思うのですけれども、人の分離を考えていないのであれば、今と構成を変えるメリットがはっきりないというのだったら、そういうことはしない方がいいのではないか、今のままにしておいた方がいいのではないかと思っています。   それから、加毛幹事がおっしゃった取消権者と追認権者を一致させるという現行法の規律に関しても、理由はともあれ、私は現行法の規律を維持することが適当であると考えています。   あともう1点だけ手短に、これは先ほどの話にも関連するのですが、37ページ以下の法定後見の終了のうちの38ページにある②について、必要性が消滅したときは審判を取り消すことができるという点についてです。これは必要性があることを開始の審判の要件とする場合とリンクしているものですので、次回に備えて申し上げておきますけれども、相当でないと認められるときには審判をしないということにするならば、ここは終了の請求があったときは、相当でないと認めるときを除き終了する、というような、同じくリンクした感じの表現にしていくことを望む、次回に備えて望む、ということを申し上げておきます。ここは、いま議論してほしいということではありません。   あともう1点、その観点からは、これは必要性がなくなったというときもそうですし、相当でなくなったときもそうなのですけれども、裁判所がそのことを認知したから職権によって取り消す、というようにはしないことでよいのかを確認したいと思います。私は職権で介入する必要はないと思っていますけれども、今までのいろいろな方の御意見を伺っていると、必要性が本当になくなった、それを裁判所が認めたということだとすると、職権取消しまで踏み込むという立場もあり得るのかなと思いました。ですので、原案はどうなのかということを、原案が確認できたら恐らくほかの方も御発言されると思うので、そこだけ確認させてください。 ○山野目部会長 職権取消しの部分は部会資料についてのお尋ねですから、事務当局からあれば、お願いします。 ○波多野幹事 原案として37から38ページのところに書いている取消しの規律において、職権というものを考えていたものではございません。他方で後ろの方の論点ではありますが、見直しを定期的にしましょうという法定後見に係る期間についての御議論のところでは、保護者から一定の報告があったという契機を捉えて職権でも可能とするということも提示しているという関係にあるものを資料として書いているということでございます。 ○佐久間委員 よく分かりました。ありがとうございます。 ○山野目部会長 引き続き御発言は。 ○野村(真)幹事 ありがとうございます。27ページの申立権者のウの公正証書による申立権者の指定のニーズですが、実務現場では、費用等の問題によって任意後見を利用することが難しい方からも、御自身の判断能力が不十分になった場合に備えたいという相談もございます。しかし、法定後見を申し立ててくれそうな親族がいない場合には、本人申立てができない場合は首長申立てに頼らざるを得ないということになるため、現在このようなニーズにこたえることはできていません。また、法定後見の申立てができなくなることを懸念して、必要性はそれほどではないにもかかわらず補助を開始しておくというケースも実際にはあるため、本人が申立権者を指定することができるようにすることに一定のニーズはあると考えます。任意後見がもっと軽く使いやすい制度になれば、このニーズを吸収できるため、法定後見の申立権者を指定する必要性は薄れると思いますが、任意後見が変わらなければ、このニーズも引き続き存在し続けるため、公正証書によって法定後見の申立権者を指定することができる規律は意味があると考えます。   それから、続いて32ページの取消権者と追認のところなのですけれども、本人の自己決定権の尊重の観点から、同意権者と取消権者を分離した上で、取消権者は本人に限ることとして、本人が取消権を行使しない場合の本人保護の方法として、本人が有する取消権を代理行使する権利を保護者に付与する審判の仕組みを設けるのがいいのではないかと考えています。こうすることで、慎重に保護者に取消権の行使の権限を付与することになって、本人の自己決定権の尊重と本人保護のバランスがとれる制度になると考えています。   そして、追認権者については、取消権者と同意権者を分離する場合、同意権者も追認権者とすべきだと考えます。   続いて、法定後見の終了の37ページですが、1の個別の審判の取消しについては、御提案には賛成なのですが、リーガルサポートの内部で出た意見としては、提案の②については、終了の際に保護の必要性の有無を検討する際の考慮要素として、本人の意思や終了後の支援関係者による支援の体制を確認する文言を追記してはどうかという意見がありました。   それから、42ページの法定後見に係る期間ですが、今回御提出いただいた案について検討しましたが、現在の実務でも多くの案件は1年に1回定期報告をしているため、実務と親和性があって、運用によってはよい制度になるのではないかとの意見もありました。また、御提案は、審判の取消しの要件が存在しているにもかかわらず、その申立てがなされないときに職権取消ができるという内容だとは思うのですが、そのことは少し明確になっていないようにも感じられましたので、そのことが明確になるような規定ぶりが望ましいのではないかと思いました。   一方で、御提案について、特に必要性が消滅したときに制度利用を終了する場面においては、その後の支援体制の構築が可能かどうかなどを毎年検討することは容易ではないですし、その結果、漫然と利用が継続してしまうおそれがあるという意見もありました。そこで、乙1案を採用しつつ、定める期間については乙2案のように一律に審判から何年と定めて、期間満了の際にはそのような事案でも必ず終了について検討しなければならない、そういった仕組みがよいのではないかという意見もありました。 ○佐野委員 法定後見に係る期間の部分について発言させていただきます。   期間の考え方に関しては、乙2案の考え方で御提案いただいていると理解しておりまして、乙1案に比べて実務になじみやすいと考えております。具体的には、まず乙1案の法定後見の保護の開始時に有効期限を定めて自動失効となるという仕組みの場合に、45ページの29行目以降に記載いただいておりますとおり、反復継続的な法律行為がある取引の相手方としては、期日管理の負担であるとかコストが大きいために、適切な管理が困難であることなどを特に懸念しておりましたので、乙2案の方が対応しやすいと考えております。   一方で、これまでの部会でもお話ししてきたのですが、乙2案であっても、取引の相手方として保護者の代理権消滅を自ら把握することはできないという状況には変わりがなく、取引の都度、保護者から最新の登記事項証明書を提示いただいて確認を行うといった対応をとる取引の相手方も多く出てくるのではないかと考えております。この場合、銀行という取引に特化しますと、キャッシュカードを用いたATMであるとかインターネットバンキング等の取引においても実施が困難となります。こちらは保護者の方にとっても取引の相手方にとっても負担の大きい仕組みとなっておりまして、ひいては利便性の低下に大きくつながってしまうと考えております。   乙2案であっても、45ページの33行目辺りに記載いただいているような、期間終了時に保護者の方から取引の相手方に対して法定後見が終了した旨の報告を課す仕組みの検討であるといったような、前回少し部会長からも御示唆いただいたかと思っておりますが、この点について引き続き議論を深めていきたいと考えております。 ○山野目部会長 佐野委員から最後に言及いただいた点については、それを重要な論点であると認識しております。部会全体で事務当局、委員、幹事において引き続き悩んでまいりたいと考えますし、全国銀行協会におかれましても引き続き御支援を頂きたいと望みます。どうもありがとうございました。 ○根本幹事 私からは4点申し上げます。   まず、申立権者についてです。ア、イ、ウの範囲として、エについては申立権者としないという結論についてはほかの先生方と同様なのですが、まず、イとウにつきましては、開始の申立権者ないし不服の申立てというところまではよいかと思いますが、その先まで、ここで申立権者にするということは、例えばその後、交代ですとか終了ですとか、その後の場面においてもほかの、アの申立権者と同様に扱ってよいのかどうかというところについてはきちんと検討しなければいけないのではないかと思います。イの任意後見監督人であった者については、佐久間委員から期間についてのお考えの中でも、属性が少し違うのではないかという御指摘がありましたし、監督人に果たしてその後の引用で、申立権者で後ろの条文で多分引用していく形になるのだと思いますので、例えばイについては除くというようなことにするのかどうかという検討が必要だと思います。公正証書で指定した者についても、その範囲を御本人に選ばせるのかどうかということも含めて、ここは検討が必要ではないかとは思います。次に申し上げることとも関係するのですが、申立て以後のどこまでの範囲に果たしてその方に関与していただくのがいいのかということを、本人にどこまで委ねるのかということは、制度が複雑にならないようにするという観点でも整理が必要ではないかと思います。   あわせて、公正証書で申立権者として加えた者については、今までの議論の中でも特に公示はしないということで理解をされていたかとは思いますので、そうなりますと登記事項にはされないという整理になるのだろうと思うのですが、そうすると、裁判所に申立てをするときには公正証書を添付していただくということで申立権者としての資格を確認できるということでよいかと思います。そうなりますと、いわゆる首長申立ての際に、申立権者が申立てをする意思がないかどうかということを確認されているというのが今の実務ではないかと理解をしておりまして、これはガイドラインないしは厚生労働省の方での何らかの通達等でということになるのかもしれませんが、仮に公正証書で申立権者を指定した場合の申立権者については、首長の方で何らか調査とか確認をする義務はないのだということはきちんと明記をしていただかないと、首長申立ての現場としてはかなりしんどいことになるのではなかろうかということを懸念します。   加えて、これはイ、ウ共通かもしれませんが、一度申立てがあって終了して、例えば再度の申立てというような場合に、そのときにもこの方々が申立権者になるのかどうかということも、先ほどの期間等との関係も含めて整理をしなければいけないと思うのと、ウについては、解除する方法ということもきちんと議論しなければいけないのではないかと思います。任意後見と同じように、例えば内容証明を認証していただく必要があるのかどうかとか、その辺りのところは少し詰めた議論が必要ではないかということを申し上げておきたいと思います。   それから、2点目が38ページの終了のところですけれども、ここは佐久間委員からもありましたが、②のところについては、ここは具体的な文言がどうなるのかによるのかもしれませんけれども、開始の要件の整理との関係での整合性が気になるというのは私もそのとおりだと思っているのと、もう一つは、先ほど参事官から御説明の中でも、いわゆる終了のところ、期間のところで、当該報告ということになっていて、当該報告の場面だけに職権を限定するのかどうかについては、ここはもう少し議論があってもいいのではないかと思っています。つまり、請求権者の請求又は職権によりということを②については設けるということがあってもよいのではないかと思っておりまして、それは結局、請求権者が請求しなくても、いわゆる見直しの報告以外の場面でも、裁判所が何らかそういった事情を探知されるということは今後想定されるのだと思いますし、職権発動の余地を残しておくということは、そこはあってもよいのではないかと思っているということになります。   3点目が、41ページです。取消しの審判をする際の本人の同意については、これは不要ということで結論としてはよいように思いますが、42ページの10行目にあります本人の希望等について相当な方法により聴取するという、この終了のところの手続の在り方については今日の議論ではないと思っています。また手続の議論のときにということだと思いますが、本人の同意を取消しの審判のときの要件とする必要はないとは思っていますが、他方でそれをどのように聴取をして酌み取っていくのかということについては丁寧な手続上の議論というのは必要だと思いますので、ここは手続の議論の時に再度申し上げたいと思います。   最後が4点目です。42ページの期間のところですが、①の毎年1回、一定の時期にというところについては、私としてはここは反対でして、年に1回見直しについての事務を現後見人と裁判所双方がその都度丁寧に行っていくということは、これはものすごい事務量が増大するのではないかと思っております。結果的に、現行の定期報告と兼ねてしまうということになりますと、これは見直しということをしっかり審査していくのだという元々の趣旨から見ても、逆に1年単位では実効性が失われるということに尽きるのかなとは思っています。   見直しの期間というのは別に実体法上の効力を失わせる、代理権等の効力を失わせるものではないので、相対的なものでありますので、事案ごとに裁判所の方で定期報告の状況なども見ていただきながら、若しくは開始のときの状況等見ていただきながら定めていただくということがよいのではないかと思いまして、法律上毎年というところまで強制するということは逆に形骸化させてしまうということを強く懸念するということになります。事務量の増大というところで申し上げれば、この定期的な見直しというものをきちんと行っていくということになりますと、中核機関等を始めとした関係官にも負担を強いるというところもありますので、それを全件毎年、全部中核機関に例えばクリアリングで意見を聴くのかというような、実際は全件聴くわけではないとは思いますが、そういったところへの配慮も必要なのではないかと思います。 ○竹内委員 私は、部会資料の37ページ以降の終了や期間については基本的に部会資料の方向性に賛成するものでして、1点、申立権者のところだけコメントです。こちらについても基本的にはア、イ、ウ、エについて反対するものではありません。ただ、2点気になりました。   1点目が、佐久間委員の御発言に対して、任意後見監督人だけではなく、根本幹事の御指摘にも重なりますが、ウの公正証書によって申立権者として指定された者についても、指定されてから期間が経過することはあり得ると、必ずしも御本人の状況を知っているとは限らないのではないか、同じ問題があるのではないかと思います。そこで、根本幹事の申立権の範囲をもう少し整理した方がいいという御意見に賛成です。   2点目なのですけれども、先ほど野村真美幹事において、ウについて、同じ公正証書ですが、任意後見が変わらなければ法定後見において本人が申立権者を指定するニーズはあるのではないかとおっしゃって、確かにそうだと思います。ただ、逆に、法定後見において本人が申立権者を指定するということを定めることによって、今後、日本社会において任意後見の位置付けが変わらないことになってしまうかもしれないということは覚悟をしてというか、考えた上で決めた方がいいのかなと思いました。この部会でもそのような議論もあったと思いますが、もし任意後見契約、御本人が選んでいくということを基本にする社会にしたいということであれば、本当にそれでいいのかと、もしかしたら、むしろ部会資料32ページの6行目から9行目のように、法定後見のみ申立権者を指定する規律は設けないという考え方もあり得るのではないかと。どういう社会の仕組みにしたいかを踏まえるところはあった方がいいのかなと思いました。結論として反対するものではないのですけれども、コメントとして申し上げます。 ○青木委員 申立権者につきましては、法定後見のみの指定についてのニーズがあることは野村真美幹事がお話しになったとおりだと思いますし、やはり任意後見制度が改善されていったとしても、費用の問題なども含めて、資力がないから任意後見契約ができないという方もありますし、あるいは任意後見契約までしておくことはないけれども万が一のために備えたいという場合もあると考えますと、必ずしも法定後見の申立権者を独立して指定できるようにすることが、任意後見を促進することの障害になると捉える必要はないのではないかと考えており、ここは積極的に制度を認める方向で検討することでいいのではないかと思っています。   続きまして、取消権者についてですけれども、制限行為能力制度をできるだけ必要なものにとどめていくという今回の見直しの趣旨はそうでして、したがって、特定の同意権の付与等にしていく、あるいは本人の同意をより重視するという方向性はそのとおりなのですけれども、そうした検討を踏まえた結果として、どうしてもこの人については一定の法律行為について同意権の付与が必要なのだとなった後については、その保護が実効性あるものであることがより重視されるべきではないかと思っておりまして、そのためには同意権者が同意をえなかった行為を取り消すことができるという現行の制度を維持することについては、本人の意思尊重との関係でも整理ができるといいますか、本人の意思尊重の考慮というのは、同意権を付与するかどうかの審査の段階で本人の同意として一つは考慮する、それから、同意をえないで本人がした行為について本人が望んでいないもかかわらず取消しをするときには、本人の生活に重大な影響を及ぼす場合といった具体的な事情がある場合に取消権の行使を限定する方向で考えるということによって、本人の意思尊重の趣旨はいかすべきであって、同意権者と取消権者を別にするということによってそれが果たされるかは疑問ですし、本人だけに取消権を付与するということで果たされるものではないかと思っているところです。   また、同意権付与の制度を、本人が再考する機会の付与として捉える立場から、本人だけに取消権を認めるというお考えがあることは承知していますが、再考の機会の付与というだけでこの制度を残すという議論ではないと思っていまして、今回、制限行為能力制度を廃止できない事情の中には、本人が十分な理解が難しくて被害に遭ってしまうという実情が日本社会においてはなお多くあるために、被害の救済という客観的要請からも残すという判断もある以上は、本人の再考の機会だけに位置付けるというのは難しいだろうと考えているところです。そういう意味で、現行の規律の維持という方向で整理をすることでいいのではないかと思っています。   それから、制度利用の終了については、期間についてですけれども、私は資料に書いていますような、期間がどれぐらいあればいいかが裁判所が分からないという議論というのは、議論の立て方が少し違うのではないかと思います。現場の裁判所の方からそういうお考えが表明されたということはあるのかもしれませんけれども、ここで想定している期間というのは、必要性の見直しの機会と捉えるわけですから、どの程度たてば保護が終了するだろうかということを見通す必要はないわけですし、どの程度の期間で見直すべきか分からないときには、最長の期間、例えば最長5年の期間を設定して、そこで見直しを行うということですから、そういう期間として設定することはできるわけです。ただし裁判所がこの事案は5年は要らないよねということが事案からはっきりするような場合、例えば、売買契約のみの代理権を付与した場合には、より短く期間を設定することは裁判所でも分かるということになると思います。そこで、最長期間を法定で決めておき、裁判所が検討がつかない場合は最長期間を定めることにすれば、期間を設定することは十分にできると思います。したがって、この資料で期間を定めること自体が法定でできないだけではなくて裁判所もできないという議論というのは、何か論点を誤解している、つまり保護の必要性がある間は期間は定められないという前提に立っている議論だと思います。保護の必要性が継続するかどうかは分からないので見直しの機会を定期的に付与するという制度趣旨からすれば、その期間は定めることはできるということになるのではないかと思います。   また、社会にある様々な制度を見渡せば、障害年金の障害認定は、年金支給の必要性は障害がある限りは続くわけですけれども、にもかかわらず3年とか5年で年金の確認届を本人にさせて更新をするわけです。介護保険や障害福祉サービスにおいても、要介護5の人が要介護5でなくなることは見通せないわけですけれども、2年から5年程度の有効期間を定めて要介護認定の更新をするわけです。これらと後見制度の更新とがどう違うのかということも、この資料の理屈では説明が難しいのではないかとも思います。そういう意味で期間の設定ができないということはないと思います。ですから、有効期間という説も十分になり立つと思っていますし、有効期間でないとしても定期的な見直しの機会となる期間を裁判所が決めることはできると考えています。   加えまして、毎年の定期報告で、この見直しの機会を兼ねさせるという制度提案がされていますけれども、根本幹事もおっしゃったように、これは実際には有名無実化、形骸化してしまうという懸念が非常に強いと思います。例えば、大阪ですと、全部で約3万件のケースが動いていますので、1年間に240日で3万件の定期報告を家裁が審査しています。そうすると1日あたり100件以上の事案について、後見人等からの定期報告書を見て一年間の職務につき問題あるかないかを確認するということになっていますので、1日100件以上について、一年間の職務の監督に加えて、必要性の解消の有無も含めて確認することが現実的にできるのかという問題です。これを、例えば必要性の審査は、5年に一度にしますと、その5分の1ですから一日20件について行うということになりますので、その事務量は全く違い、必要性の解消について、しっかりした審理が期待できると思います。   その上気になりますのは、この制度提案が、必要性の解消について、基本的には保護者の報告をもって家裁が判断をするという想定になっており、それで必要性の解消の審査として適切かという懸念です。保護者は必要性がなくなれば自ら取り消しの申立てをすることができるにもかかわらず、それだけでは不十分だから、家裁による定期的な見直しをしようというのがこの制度の趣旨なわけですから、審査においては、保護者以外の報告や陳述による情報を得るということが不可欠でしょう。本人の意向はどうかとか、支援者の意向はどうかとか、実際の事務がどのようになっているか、といったものを提出させることになりますが、それを毎年するのか、保護者以外から出させることができるのか、それを上記のような毎日の事務ボリュームの中できちんと裁判所が審査できるのか、ということです。事案によっては本人に面談をする必要があるかもしれませんし、資料が不十分であれば市町村や中核機関に照会を掛けるかもしれないわけです。そうしたことは、大阪であれば、1日100件以上の分量の審査のペースの中で対応することはなかなか難しいと思います。   裁判所の方から定期報告に合わせて行ってはどうかという御意見も中間試案への意見としてあったようですけれども、それでは、保護者による書面による報告を基本とするような機械的なものでスクリーニングするというイメージになるのではないかと思いまして、それでは、実際には保護の必要性の解消の判断をすることは難しいのではないかと思います。したがって、やはり5年とか3年とかそういった期間を設けた上で、それについては、定期報告とは別に、様々な情報を集約した上で、集中的に検討する機会を別にすべきではないかと思っています。 ○山城幹事 取消権者の点と、それから終了原因について、それぞれ1点ずつお話し申し上げます。   まず、取消権者なのですけれども、これから申し上げることは佐久間委員が既におっしゃった点と基本的に一致しており、屋上屋を架すだけのものかもしれません。まず、部会資料32ページのゴシックでの提案ですけれども、取消権者と同意権者とを分離するという考え方に関しては、取消権を行使することにも本人の法律関係に他者が関与するという代行的な性格があることを考えますと、取消権者は同意権者からも一応は切り分けておく方がよいと考えます。そうすることによって、例えば取消権の行使についても代理に関する規律を適用することができるといった整理が可能になるという御指摘につきましても、私も賛成いたします。   青木委員からは、現行法と同様に取消権者と同意権者とを一致させた上で、取消しによって本人の被害回復を実現していくことも一つの考え方ではないかという御発言があったかと理解致しました。しかし、取消権を代理行使するというとき、代理権は既にされてしまった法律行為の取消しについてしか付与することができないわけではないように思われます。つまり、これから取消しをしなければならないという状況が生じたときに備えて、将来発生することのある取消権の行使について代理権を付与することもできるだろうと思います。そうであれば、取消権者と同意権者を分離すること自体が被害回復を困難にするわけではなく、取消権の行使を保護者に委ねるべき状況においては保護者に取消権の行使に関する代理権を付与しておき、それが不要な場合には本人のみに取消権を与えておくことも考えられるのではないかと感じます。   その上で、同意権と取消権者のどちらに追認権があるかという問題につきましては、加毛幹事からのお尋ねに対する回答として、同意権者と別の者に取消権を付与することを想定しているわけではないとのお話があったかと思います。これは、保護者に取消権を与えるという規律になっているから、同意権者と取消権者とが一致するという理解なのかなと推察致しました。ただ、ある意味では部会資料の文字面の話かもしれませんが、例えばAという保護者に同意権を与え、Bという保護者に別の事項について代理権を与えているという状況では、Aが同意すべき行為についてBが取消権を行使することもあり得るのではないかと思います。法定代理人であるBも、本人の保護者という文言には含まれるからです。実際にも、本人の代理はBに任せているから、取消権の行使もBに任せようということは不自然ではないように思います。このように考えますと、保護者に取消権を与えるという規律のもとでも同意権者と取消権者が分離する場合は生じ得るのではないかと思いました。ただ、分離を許容しないのであれば、同意権を有する保護者といった文言にすれば足りるという点ではないかとも思います。   その上で、仮に分離を認めるのであれば、取消権者と同意権者のどちらに追認権があるべきかという問題が生じますが、私は同意権者の方にあった方がむしろよいのではないかと感じます。と申しますのは、今申し上げたような例、つまり、Aが同意権者だけれども、同意を得られなかったからBに取消権を与えたという状況では、かりに取消権者が追認権者であるとしますとBが追認をすることができることになりますが、これでは、取消権を行使するという事務を委ねられた者が、それと反対の効果をもたらす追認ができるということになりはしないかという疑問があります。   さらに、より実質的に考えてみますと、同意権を与えることには、本人と保護者が共同で決定に参画するように導くという契機もあるのではないかと思います。この観点からは、本人が先に自分だけで法律行為をしてしまったけれども、同意権者も後からそれに賛同したというようなことも、一つの共同決定の在り方として許容されてよいのではないかと感じます。そういう意味でも、追認は同意の延長にあるものとして捉えるという方がよさそうな感じがいたします。   次に、終了の原因につきましては、これも佐久間委員から御指摘があった点ではありますけれども、必要性の消滅は、事理弁識能力が回復した場合と併せて、必要的な終了原因だと考えておくべきではないかと考えます。部会資料41ページに、取消しをするかどうかを裁量的に判断するという御説明がありますけれども、これは必要性が消滅したかどうかという要件充足性の判断に裁量が介在するという御説明であって、必要性が消滅したということが認定できた以上、効果の選択は認めず、開始原因が消滅したことに伴って保護も終了すると整理しておく方がよいのではないかと感じました。例えば、次に掲げる事由が生じたときは請求権者からの請求によって保護を開始する審判を取り消すというような形で、1号では本人が事理弁識能力を回復したこと、2号では本人の保護の必要性が消滅したことを列挙するというようなイメージの法文でもいいのではないかと感じます。 ○山野目部会長 遠隔で御発言の希望が出ている委員、幹事に御発言いただくことにいたしますけれども、今し方山城幹事が多岐にわたる御指摘をされたうちの最初の御発言があったところを受け、青木委員に引き続きお考えいただきたいことの御案内を差し上げておきます。同意権者は基本的には取消権者になるという現行法の規律でよいのではないかという御意見をおっしゃっていることが少し奇妙に聞こえて、これはかなり一つの重い代行決定でありますから、本人の判断に残存能力があるにもかかわらず、本人とコミュニケーションをしながらしなければいけませんよという規律を設けるにしても、取消権を当然に同意権者が持つということでよいではないですかという御意見を青木委員からお出しいただくことを承って、先ほど申し上げたように奇異に感じました。また引き続き御意見を頂ければ有り難いです。 ○上山委員 ありがとうございます。二つの論点について発言をさせていただきます。   まず、27ページの申立権者に関わる論点です。アの親族の範囲に関して現行法の規律を維持することについては賛成です。また、イとウの任意後見終了時の任意後見監督人、それから公正証書によって法定後見の申立権者と指定された者、言わば指定申立人に申立権を拡張するという点についても結論的には賛成です。他方、エの利害関係人を申立権者とすることについては反対でして、これは既に佐久間委員から御意見があったかもしれませんけれども、この場面での利害関係人の保護あるいはそのニーズに対しては、32ページ下段に書かれている意思表示の受領権限を有する代理人の仕組みを別途設けるという形で対応する方が望ましいのではないかと考えます。   次に1点お尋ねしたいのですが、ウの公正証書によって法定後見の申立権者を指定するということについて、その指定の方法を事務局の方でどのように想定されているのか、少し確認をさせていただければと思います。32ページの記述を読むと、任意後見契約を結ぶときに、その任意後見契約締結の公正証書の中で任意後見と法定後見に共通する申立人の指定を行うということが原則的な形態として想定されているかに受け止めていたのですが、その後のほかの委員の先生方の御発言を伺っていると、任意後見契約の公正証書とは別に単独で、法定後見の申立人を指定する旨の公正証書を作成するという方式も視野に入っているかにも感じられました。この点について、まず、事務局として現時点でどのように想定されているのか、もし何らかの御想定があればお聞かせを頂ければと思います。 ○波多野幹事 この点につきましては、恐らく議論の経緯としては、まず任意後見の方で議論が出発したと思っておりまして、任意後見の申立権ないし申立てを広げるといいますか、適切に申立てされるのを確保するためにどういう方策をとるかという観点から、申立権者を指定できるようにするというアイデアが出てきたところかなと思っておりました。その際に、任意後見と法定後見が併存するという規律についても検討していただいていることもありまして、任意後見監督人の選任の申立てだけではなく、場合によっては法定後見の申立てをするということも、その指定された人がすることも考えられるのかなというところで議論が広がってきたのかなと思っていました。その意味では、念頭に置いていたケースは、任意後見契約を締結し、任意後見契約と同じかどうかは別としまして、その関係で公正証書によって申立権者を指定するということがあるのかなと思っていたところでございました。   さらに、この間、法定後見の方で独立して申立権者を指定したいというニーズが場合によってあり得るのかもしれないということも思っておりまして、その際には、今後それをどうやってやっていくのかというのは、また別の問題だと思いますが、公証役場に行って指定しますというようなことをされることを更に詰めていかないといけないのかなと、今日のお話をお聞きして思っていたというところでございます。 ○上山委員 事務局の理解は承知いたしました。私が1点気になっていることは、仮に任意後見契約の公正証書の中に法定後見人の指定申立人の記載も含めるというような形をとった場合に、当該任意後見契約それ自体の効力と、それから、その中で指定された申立人の指定の効力というのが完全に一致するのかどうかというのが若干気になるところがあります。少し具体的に申し上げますと、任意後見契約が監督人の選任によって発効する前に、その任意後見契約の公正証書中に指定されていた法定後見の申立人の資格というのは認められるのかという疑問があります。さらに、任意後見人が死亡したり、あるいは任意後見人が解任されたことによってその任意後見契約が終了した場合に、なおその中で規定されていた法定後見に関する指定申立人の資格というのは、必ずしも当然に消す必要もないような気もいたしまして、その辺りがどうなのかと気になりました。   他方、逆に、任意後見契約の当事者、特に本人側から当該任意後見契約が解除された場合については、やはりその中で指定されている申立人の指定についても効力を失うと考える方が素直なのかなと思いまして、どうも任意後見契約それ自体の効力と、その中で位置付けられている法定後見と任意後見の申立人資格の指定というのは、その効力の面で分離されている可能性もあり得るのかなと少し感じたということでございます。   もう1点だけ、これは別の話ですけれども、先ほど山城幹事が2点目として御発言された38ページの必要性の消滅に伴う審判取消しについては、私も山城幹事と同じく、この類型についても基本的には裁量的取消しではなくて、むしろ必要的取消しとして位置付ける方が好ましいのではないかと感じています。山城幹事の御発言の中に既にあったかと思うのですけれども、必要性の定義自体も次回かなり詳しく議論されると思いますが、ここでいう必要性の判断それ自体が様々な裁量的な要素をはらむ総合的な判断であるというのはそのとおりであるとしても、しかし、そうした総合的な判断を通じて裁判所として必要性が消滅したと結論付けた場合については、事理弁識能力が回復したのと同じように、必要的な取消しとして整理する方が私としては好ましいのではないかと感じました。 ○山野目部会長 上山委員に御発言いただいた機会に、いささか同委員にお教えを頂きたいと考えます。お話しになった前者の方の点に関してでございます。法定後見の申立てをする資格を公正証書において意思表示をして指定するという制度の導入が構想されているところでありまして、法律構造が似たようなものを現在の規律の中で探しますと、遺言で未成年後見人を指定するという行為があって、未成年後見人を指定する部分の意思表示は単独行為であります。そもそも遺言全体が単独行為でございますから、しかし1個の遺言の中で、未成年後見人の指定のみではなくて、遺言事項とされているいろいろな事項について、常に単独行為ではありますけれども、いろいろな事項についての意思表示がされるであろうと想像します。それらについて、遺言がされたときの事情がその後に大きく変わったり、欠落したり、あるいは本人の理解などについて問題があって効力が失われるような局面において、どのような態度で法律家がその効力評価に臨むかということは、基本は意思表示がされている一個一個の事項について効力がある、ないという点を判断していくと思われます。   それと同時に、しかし中味を読むと、その客観的な意味の理解や本人の主観的意図に照らして相互に関連し合っていて、こちらが駄目ならこちらも駄目ではありませんかというような関連性を持っている局面というものはあると感じられますすけれども、それらの局面は遺言の解釈の問題として、難しいけれども法律家が一所懸命に事案に即してしましょうという作業としてこれまでしてきたし、考えられてきたと理解しています。恐らく任意後見契約の公正証書の中において法定後見の申立権者を指定するという意思表示についても、若干異なる側面がありますけれども、類似の態度で臨むことができるであろうと考えて部会資料に出しておりました。   少し異なる点は、任意後見契約の場合には任意後見契約の部分は単独行為ではなくて契約でありまして、その契約の処分証書の中に添えるといいますか同伴させる仕方で法定後見の申立権者を指定するという単独行為の意思表示が行われているわけでありまして、従来の法制の例では見掛けないものであります。見掛けないですが、見掛けないから間違っているかと問うと、そうでもないと考えつつ、それについて上山委員が御心配になったような、こちらが駄目になったときはもう一方も駄目になりますか、あるいは必ずしもそう考える必要はないではないですかというような難しい事例がいろいろありそうであるということは、確かに今教えを頂いてよく分かりました。   その上でどう向かうかということは、結局あらかじめ何かかちっとした抽象的規範を用意しておくということではなくて、やはり先ほどの遺言のときと同じように個別の意思表示の解釈の問題として扱っていくほかないようにも思われますけれども、この種類の問題というものは改めてどういうふうに考えたらよろしいものですか。何か上山委員にお考えがあったら、教えを頂きたいと存じます。 ○上山委員 ありがとうございます。現時点で特に明確な定見があるわけではありませんけれども、今、部会長が御提案いただいた遺言の解釈に準ずるような形で整理するというのは事案に応じた最も柔軟な対応が可能となりますので、有力な考え方かと思います。   ただ、その一方で、私が最初に引っ掛かりを覚えましたのは、任意後見契約という正に契約の枠組みの中に、法律行為としては異質な性格である単独行為としての法定後見人の指定というものが紛れ込んだ場合に、その任意後見契約本体の効力と、あるいは任意後見契約の成立に向けた個々の当事者の意思表示と、単独行為としての指定申立人の意思表示が同時に原理的に併存するということがうまく説明できるのかという点が引っ掛かったということです。既に部会長が御指摘されたとおりですけれども、遺言における未成年後見人の指定の場合は、いずれも単独行為であって、つまり遺言者の意思表示のみによって整理できますので、任意後見受任者という契約の相手方の意思表示も存在する任意後見契約の場面には、いささか違った要素が入り込み得るのかなと感じたというところでございます。   また他方で、これは飽くまで法律家のある意味では重箱つつきに近いような細かいロジックの問題でして、この制度を利用する当事者からしてみると、任意後見契約の公正証書を作る機会に、その枠組みの中でまとめて法定後見の申立人を指定できる方がはるかに便宜ですし、問題は複雑化しないと思いますので、結論的にはそれを認め得るような方策を検討することが好ましいのではないかと感じました。   明確なお答えではありませんが、今感じているところは以上となります。 ○山野目部会長 よく分かりました。おっしゃっていただいたことを踏まえて引き続き検討してまいりたいと考えます。どうもありがとうございます。 ○遠藤幹事 私の方からは大きく2点申し上げたいと思います。終了と期間の関係でございます。   まず、終了の方ですけれども、必要性消滅のときに審判を裁量的取消しとするか必要的取消しとするかというところについての御議論があったかところですが、裁判所の目線から見ると、余り大きな差はないのかなという気もしておりまして、部会資料における整理については、必要性の消滅自体が諸事情を踏まえた総合判断のようなところがあり、クリアに線を引けない部分もあるので、そこも含めて家裁の裁量判断であることをおっしゃっていただいているのかなと理解をしていたところであります。   その上で申し上げれば、その裁量判断の結果、家裁が必要性がなくなった、消滅したという心証を抱いたのであれば、それは保護者に対して取消しを申し立てるよう促しをするなどしていくことになるのであろうと思いますし、もし職権取消しのような規定が設けられるのであれば、最後の最後は職権取消しも考えていくと、我々が運用を考えるのであれば、このような形になるのではないかということを御紹介をしておきたいと思います。   あとは、もう1点、期間のところでございます。この点につきましては先ほど根本幹事、青木委員から報告及びその審査に当たっての裁判所の御負担にも配意した御意見を頂いたところであり、この点については裁判所としてもよく考えていかなければいけないと改めて思ったところでございます。その一方で、今般の見直し後の制度におきましては、先ほど前半の御議論でもありましたが、そもそも入口の必要性の審査のところで、先ほど必要最低限といったような御議論もあったところですが、要すれば、必要な範囲で付与された代理権等について、その必要性がなお継続しているのか、あるいは消滅しているのかといったことを、法定後見における監督の対象として審査をしていくことになるのではないかとイメージをしておりました。   そのようなことを併せて考慮いたしますと、今回新設することについて御提案のある定期報告の内容と保護の必要性に関する監督の内容というのは、相当程度重なり合うところもあると思われまして、そうであるとするならば、両者を一体のものとして同時的に行うという運用をすることも考えられるのではないかと感じておりました。この点につきましては、先ほど根本幹事、青木委員から御指摘いただいたように、事務負担として重くなるものであるかどうかも含めて、裁判所としても考えていきたいと思いますし、引き続きそういった観点からも御議論を頂ければと思いました。 ○山野目部会長 遠藤幹事から2点頂いたうちの後半の御指摘を機会として、根本幹事に少しお尋ね、確認を差し上げておきたいと考えます。1年に1回で、かつ定期のリズムでされる報告というものを、それのみを契機として終了の見定めをするという仕組みは実務的にいろいろ問題が大きくて、現実をよく考えた方がよいという注意はよく分かりました。その上でですけれども、定期報告の機会に裁判所が調べてみたら必要性が失われているという心証を抱いたというときに職権で取り消すという事務の権限行使をするということ自体は、特段否定する必要がないと思われますし、それは否定されないと考えます。青木委員が強調された、期間は割とかちっと決めておかなければいけないというお話も、その方向も考えなければいけないとは考えますけれども、仮にそれで行ったときにも、それとは別に定期報告やそれ以外の機会のときに必要性が消滅していることを裁判所が発見したときには、その時点で職権よることも含めて終了させるということが否定されない、お出しいただいている意見を踏まえても否定されないであろうと聞きましたけれども、この理解でよろしいですか。 ○根本幹事 はい。 ○山野目部会長 ありがとうございます。   引き続き伺います。 ○星野委員 少し発言のタイミングがよろしくないのですが、私も2点申し上げたいと思います。   まず、申立権者のところは、これまで出た意見と同様で、エの利害関係人については反対です。イとウが加わることについても、それについては異論はありません。先ほど、申立てできる人が増えることによって、例えば首長申立てをするときに申立てができる人の範囲が広がることで確認作業に時間がかかるのではという話もあったように思うのですが、そもそも親族が申立てできるかどうかを確認する点においても、現に関わっている親族が申立てをする意思が明確にあれば、それを超えてまで首長申立てはすべきではないというのが国の通達ですので、同じようなことがこの場合も言えると思います。既に関わっている、見えている人が申立てをするという意思があるのかどうかに、親族とこのイとウの方も入ってくるのだという考え方になるかと思いました。   2点目は、今正に山野目部会長がまとめられたところなのですが、報告のところは私もこの提案に賛同をしております。先ほど、保護者一人で判断してはいけない、という意見がありましたが、そのとおりであり、新しい定期報告書の中には、どんな関係者が関わっているかであるとか、付与されている権限の行使状況等が確認されますので、これを毎年、1年に1回定期報告をする。そのときに中核機関の関わり方なのですが、根本幹事からお話がありました全件見るなどというのは到底不可能であり、国の方でもチームの自立支援ということを中核機関の機能として言っているわけで、本来は支援チームの中で本人も含めて検討して、継続する必要があるか、終了できるかどうかというところが判断されて、定期的な報告を行う。あるいは定期報告の時期を待たずにもう必要性がなくなったということが確認できれば、請求をするのだろうと。そのような請求がなされていないときは定期報告の内容から裁判所が促していくと、今、遠藤幹事がおっしゃられたような、そういう運用になっていくことが想定されますので、この提案に賛同します。 ○佐久間委員 遠藤幹事が定期報告で大丈夫とおっしゃっているので、いいのかなと思っているのですけれども、僕の聞き間違いかもしれませんが、山城幹事がおっしゃった発言の43ページの②の方の追認取消しの関係について、同意権者に追認権があり、取消権者は別という考え方ですよね。 ○山城幹事 はい。 ○佐久間委員 それで、それが別人であるということはあり得るということ。 ○山城幹事 そのように考えました。 ○佐久間委員 そうだとすると、それは論理的にあり得るのですけれども、追認が早いか取消しが早いかという話が出てきてしまいますので、どうかと。本人はここではそもそも追認権はないわけですけれども、有効に追認することができる者が出てきたときに、取消しを有効にすることができる者というのも他方で出てくることになると、二人の者のいずれが早く意思表示をしたかで法律関係が決まってしまうという、余り好ましくない事態が生じると思います。そのため、②については、誰に取消権があるかはともかくとして、取消権の所在と追認権の所在は一致させておく必要が私はあると考えています。 ○山野目部会長 佐久間委員、山城幹事に確認を差し上げます。同意権者に追認権を与えるという規律を設けていなくても、事後の同意をすることは理論としては妨げられないと理解してよろしいですね。 ○佐久間委員 妨げられないと私は思っています。 ○山野目部会長 山城幹事はいかがですか。 ○山城幹事 追認の法的性質をどう理解するかによるかと思うのですが、追認とは事後に同意を与えることだといたしますと、妨げられないということになるでしょうか。ただ、追認権者に関する規律を設けることで、事後に同意をすることができる人の範囲を定めているのだとしますと、同意権者には追認権がないという趣旨が明らかにされたと読まざるを得ないのではないかなと私は思っていました。 ○山野目部会長 それから、追認権を誰に与えるかということ自体もきちんと議論しなくてはいけませんけれども、追認権者とされている人が追認権を放棄するという意思表示をするということはできて、ただし、少しはっきりしない点は、この局面では追認権を放棄したときに、追認権者とされている人が追認権を喪失すること自体は効果として異論のないところでしょうけれども、本人の追認権も失わせるということにするかどうかということについては法制上選択の余地があるという気もしなくはありません。こちらの方については両先生から何かこの時点で意見がおありだったら承ります。 ○佐久間委員 私は、一つ前の論点になると思うのですけれども、同意権を有する者は必ず取消権を有するという立場に立っておりますので、本人が追認するということには意味がないということになります。それに対して、山城幹事がおっしゃった、同意権は有するのだけれども取消権は、代理行使も含めてですけれども、この部分についてはできないということを認めると、山野目部会長がおっしゃった論点が出てくるので、少しこれから考えますけれども、その場面はむしろ逆に考慮しない方がいいというか、そういうことが出てこない方がいいというのも含めて、同意権者なのに事後の取消しができないということを認めるのは適当ではないのではないかと、いろいろなことの安定性の点から思っています。 ○山野目部会長 分かりました。今、民法のお二人の先生に私からの二つの問い掛けに応じて御発言いただいたことに加え、しばらく前のタイミングで青木委員にお声掛けをした事項ですね、本人の判断に関して残存能力があるか、残存能力が全く失われている状況にまで至っているかにかかわらず、同意権者と取消権を一致させる、あるいはさせないという議論をしていくことから来る、いろいろ難しい問題が生ずると感じます。代行決定がされる局面が考え方によっては必要以上に拡がるおそれもありまして、これは幾つか申し上げている事項の組合せに応じ、じっくり改めて考え方を整理した上で、改めて文字にしたものを委員、幹事に読んでいただいて議論をしていかないといけない、それなりに難度が高い論点であるという印象を抱きます。その点について本日引き続き伺っておく意見は承っておきますし、ほかの点についてでも結構です。御発言をお続けください。 ○青木委員 私の意見が、これまでの意見の方向性に照らすと「奇妙である」という御指摘を頂いたのですけれども、私からは、反対に、皆さんの議論を私が十分に理解していないからかもしれないとの不安もあり、確認させていただくことも含めて、認識を確認したいと思うのです。まず、第一点として、同意権を付与した者と同一の者に取消権を付与することにはするのだけれども、それを分離するという制度と、同意権を有する者が取り消すことができることとする制度というのがどう違うのか、同じ人に与えるにもかかわらず、どう違うのか、ということがよく分からないということです。それは、同意権だけを付与して、取消権を与えないという場合を残すという趣旨なのか。そうすると、その場合には取消権を行使できるのは本人だけで、保護者には同意権だけが付与されるというパターンも本人の意思や必要性によってはありえることになるが、同意権だけでなく取消権も付与しなければ本人の保護が図れないという場合には、両方を本人の同意若しくは本人が意思を表明できないときには必要性に応じて付与することもある、こういうことを想定されており、そうすることによって、同意権付与だけでいい人にまで取消権を付与することを避けるという趣旨の御提案なのかということです。   もう一つわからないことは、取消権を付与するのではなくて本人の取消権についての代理権を付与するという制度と、取消権自体を付与する制度との違いがどこにあるのかです。本人の意思を尊重しながら行使するという意味では、どちらであっても同じだと思われますが、本人の取消権を代理行使する方が本人の意思にかなうという趣旨があるのかよく分からないという点です。   さらに、取り消すべき事態の必要性が後で分かる場合に、事後的に取消権を付与するとか、事後的に取消権の代理権を付与することでいいのではないかというご意見については、そこで想定されているのは、消費者被害のような時間を争うような被害ではなく、親族間の取引などで、少し時間的な余裕がある場合には事後的な取消権の付与でも対応できる場合があるので、そういうときにまで、あらかじめ同意権だけでなく取消権まで付与しておく必要はないではないかということを想定されておられるのかどうか、その辺りがお伺いしていてももやもやしていまして、皆さんのお考えを改めて確認させていただきたいと思います。 ○山野目部会長 私から一言申し上げれば、今、青木委員が非常に的確に問題を、結論をおっしゃるというよりは、こういう悩みですねと一つ一つおっしゃったことが、正にそういうことを私は感じていたものですから、整理なさったようなことを引き続き考えていかなければいけないでしょうということでお尋ねを差し上げました。整理で御発言いただいたところについては抵抗感を抱きませんでした。どうもありがとうございます。   引き続き御議論を頂きます。 ○佐久間委員 今の青木委員の御発言に関しまして、まず2点目の方から、代理権構成にするというのは私が申し上げたことだとは思うのですけれども、私は、その前に申し上げたことで、結論としては青木委員と一緒です。代理権構成にするのは、先ほども申し上げましたけれども、不当な取消権行使を抑制する手段として考えられるのではないか、というだけのことです。今は取消権の行使だけに絞った無効の根拠規定というのはないわけですよね。それで引き続きよいという考え方はもちろんあり得て、それを否定しているわけではないのですけれども、代理権構成にすれば代理権濫用ということで無効だというのが言えるのではないかという、私が申し上げたのはただそれだけのことです。基本的には取消権者が他の事務と同じように、本人の意見等をきちんと踏まえて注意義務に従って取消権行使をするということなのですけれども、注意義務違反だけでは無効にできないということから、取消権の濫用ということが権利濫用の一般法理から排除されるわけではないと思いますけれども、代理権構成を使えばもっとはっきり分かるようにできるのではないですかという、私の発言はその程度のことです。だから、積極的に代理権構成がよいという、そこまで強い発言ではないと御理解いただければと思います。   1点目におっしゃったことについては、あるときその場の流れで、同意権はあるけれども取消権はないという保護者を設けることに関して、これも私は積極的に自分がそう考えるということではないのですけれども、その場合は同意権というのは本人の意思決定支援のために与えられると捉えればいいのではないですかという発言を確かかつてしたことがあります。それに対して青木委員は、いや、意思決定支援というのはそういう概念ではない、というお答えをなさったはずです。繰り返しますけれども、私は同意権と取消権を分離させた方がいいとは思っていないので、ここは青木委員と結論は同じで、おっしゃっていることは正当だと思っています。   ただ、理屈の上では、本人はある人の同意を得て行為をすること自らの意思でしたことで、法律関係の形成についてその人の判断に任せたのだという理解、多分青木委員はそう考えればいいと思われていると思いますし、私もそう思っているのですけれども、そういう理解のほかに、本人の保護の希望を二段階に分けようというのが同意権と取消権を分けるという考え方かと思います。それはそれとして考え方として成り立つかなとは私は思っています。思っていますが、法律関係がすごくややこしくなるし、社会の安定性を害するのではないかということもあって、よろしくないと思っています。   すみません、要らぬことも言ったかもしれないですが。 ○山野目部会長 要らぬことではなくて、そのやり取りがあったものですから、青木委員に奇妙な御発言をなさっていると申し上げました。 ○青木委員 ということは、これまでの同意権者と取消権者の考え方についての私の説明の仕方が悪かったのかもしれません。私が、同意権の付与は、意思決定支援の一環ではないと申し上げてきたのは、意思決定支援というのは、ある特定の者が、本人に対する法的権限に基づいて支援するという、本人に対し強制的な権限を持つ関係にありながら、本人との関わりにおいて本人の意思決定を支援するというのは、意思決定支援関わり方の本質に反するものではないか、ということを申し上げていたつもりでして、そういう本人の意思を慎重に考えていくということ自体が正に意思決定支援なので、それは本人に関わりのある様々な立場の支援者が、本当にこれを買うのがいいのか、だまされていないか、これを買ったらあなたの毎月の収入はどうなるかということを一緒に考えながら決めていく過程でありまして、そういう関わりというのは、権限のない支援者の中で本人さんと対等な関係性において支援することが本質であって、同意するか否かの決定権を持っている人との関係では、この人の言うことを聞かないと同意してもらえないのではないかという関係性の方による支援というのは、本当の意味での意思決定支援ではないということを申し上げたつもりなのです。しかし、そういう趣旨では受け止めていただいていなかったのだと、今お伺いしてわかりました。 ○山野目部会長 これから、一つ前の青木委員の発言で整理で悩んでいただいたところを、将来に向けては、みんなで悩んでいきましょう。   今の点でも結構ですし、ほかにいかがでしょうか。 ○山城幹事 戻ってしまうのですけれども、追認権を放棄した場合にどうなるのかという御議論が部会長から提出されたことについてです。どうなるかが直ちに分からず、いまだによく分かっていないのですけれども、保護者が追認権を放棄すること自体には多分余り意味がなくて、取消しがされていない状態が存続し、例えば能力を回復した本人が追認をする余地はなお残るのではないでしょうか。重要なのは、取消しがされたかどうかではないかと思います。   その上で、追認しないという意思が意味を持つのは、20条ですとか、相手方からの催告に対して追認をしないという確答をした場合ではないかという気がします。誤解しているかもしれませんが、その場合には、追認を拒絶された行為は取り消されたものとみなすことになるでしょうか。ただ、仮に取消権者と同意権者を区別し、同意権者が追認権者であるとしますと、同意権者に対して追認をするかどうかの催告をして、追認はしませんと言われたとき、それによって取消しの効果が確定するのであれば、同意権者が取消権を行使したかのようになる感じがあります。これについては、催告は相手方の保護を目的とするわけですから、その場合には、同意権者に取消権があるかどうかという問題とは別に、催告への確答に基づいて取消しと同様の効果が擬制されるのだと説明すれば、取消権者ではない追認権者が取消権を行使するかのような矛盾は生じないことになるでしょうか。   この点はいずれに致しましても、佐久間委員から御発言があったように意思表示の先後で法律関係が決まるといった問題点は残るかと思いますので、取消権は同意権者に対して与えることとするですとか、やはりそういった限定をする必要はあるのかなと感じております。すみません、まとまらないですが、以上です。 ○山野目部会長 民法の先生方を含む法律の専門家がこれだけ議論してというか、議論すればするほど複雑さが増してくる話ですから、これで一旦、世の中で動かすことになると、取消しに係る諸事象がそれほど福祉の現場で頻々と日々起こる事柄ではありませんけれども、いざ起こったときに、非常によく分からない状態ですねという苦労を掛けることはよろしくありませんから、やはりいずれにしても規定で明確にできる事項ははっきり規律を整備した方がよいだろうと感じます。一つ二つ補足で御案内しておきます。   一つは、社会事象としてこういうものもありますということは気付いておかなければいけないところは、2025年9月18日に日本弁護士連合会は、不動産押し買い被害の防止、解決に向けて、宅地建物取引業法の改正を求める意見書というものを採択して公にしています。この意見書が危惧しているような事態を中心のイメージに置くとすると、同意権を与えると同時に取消権も与えておくようなことをした方がいいような事例はあると思われます。それと同時に、いつも二つをセットにすることがいいであろうかということも、今日御議論いただいたように、引き続き考えていかなければなりません。   それと、もう一つ申し上げます。取消しに関連して、追認について今いろいろな御議論を頂いて、まだ出口が見えてこない状態ですけれども、その出口が見えてきた段階で、126条の取消権の消滅時効の起算点についても尋ねられたときには答えるようになっていなければいけません。御案内のとおり現在は追認可能時から5年の期間を計算していくことになるものですから、いつが追認可能時であるか新しい民法の規定ではよく分かりませんという答えはできませんから、本日の議論の方が固まらないと起算点などの方に議論が行けない状態にはなっていますけれども、その話が後ろに用意されているということも留意して委員、幹事に引き続き悩んでいただきたいと望みます。   その点も含めて引き続き伺ってまいりますし、一段落が得られましたら、また花俣委員にお声掛けはしたいと考えております。率直なところをその際、お話しください。   委員、幹事から、一般的にお尋ねしますけれども、ほかに何かおありですか。よろしいですか。   事務局からお尋ねがあったら、どうぞお出しください。よろしいですか。   花俣委員、どうやったら終了させるかというようなお話というのは、やはりそれは当事者や家族の立場から御覧になれば、やはりお任せしますから決めてくださいとは行かないと思われますから、お考えのところを是非伺っておきたいと考えます。その点でなくても結構です。よろしくお願いします。 ○花俣委員 ありがとうございます。後見制度の改正の議論の中で、開始の要件とか、あるいは終了、あるいは期間等に関しての議論というのは大変重要なテーマだと重々承知はしております。事前にいろいろ御説明いただいた段階ではそれなりに多少の理解は図れましたが、今日、先生方の御議論を聞いていますと、これはもうとても私の頭の中には何も入ってこないぐらい、専門性の高いものだった、ものすごくハードルが高く、一番大事なテーマなのに、これでは勉強不足だと反省もいたしました。   ただ、今ほど部会長がおっしゃったように、専門家の先生方が本気で御議論をしていただいている、そうすればそうするほど複雑さが増すというようなことも、確かにおっしゃるとおりだと思いました。ただ、先ほどの私のつたない意見に対して部会長がおっしゃってくださった、月は輝き始めていますよというお言葉を、肌感覚としてはより強く感じております。本当に難しいとは言いながらも、この場にいられる、大変貴重な機会を頂けていることに改めて感謝申し上げたいと思います。 ○山野目部会長 まだ台風が関東に最接近するのに余裕はありますから、今夜は期待をしましょう。どうもありがとうございます。   ほかにいかがでしょうか。言い漏らした点とか、よろしいですか。   それでは、本日お諮りした事項については、次の機会に向けて今日の議論を整理して部会資料を改めて作成していくことにします。そこに向けて本日頂いた意見交換を顧みてお話を差し上げておきます。   初めに申立権者について御議論いただきました。御案内のとおりア、イ、ウ、エという四つの項目についてお諮りしたところでありまして、ア、イ、ウについて申立権者にするという方向で考えるというお話をほぼ全ての委員、幹事から頂きましたし、アの親族の範囲を変更しないという方向もかなり、その方向であると見定められたと感じます。エの利害関係人については、もうこの段階で申立権者とはしないという方向も固まってきていて、その方向で整理をしていくことになると思います。意思表示の受領の代理権との関連について、なお注意を払って説明していく部分がございますけれども、利害関係人に法定後見の申立権そのものを与えるということはよろしくないであろうという方向が定まりつつあります。   その上で、イとウでございますけれども、この二つについてどこまでの事項について法定後見のコントロールに参加させるかという、申立てを認めるとしても、例えば取消しの申立ても認めるかといったような議論があるではないか、それから、指定された人がいつまででもその権限を行使することができるかということについても検討の必要があるとおっしゃっていただきましたし、それから、いつまででも、と関連するかもしれませんけれども、申立権が認められたイとウの者が何度でも申立てすることができるかといったような点も、ある部分はもう法制には表現し切れない事項であって解釈に委ねるというふうな出口になる事柄があるかもしれませんけれども、ただし、それらの論点を明瞭に意識させる議論を今日していただいたことは確かでありますから、次の機会に向けて本日頂いた議論を整理してまいるということにいたします。   それに続いて取消権者と追認について御議論を頂きました。同意権者と取消権者を、最終的にどうなるかということをなお考えなければいけないですけれども、ひとまずそれぞれを考えてみましょうという議論が、今までの同意権の議論において積み重ねがありませんでしたから、本日ここで難しい議論をお願いいたしました。これは先ほど申し上げましたように、今後に向けて整理をしていくことになります。同意権の所在、取消権の所在、それから追認権の所在というものの在り方を考えた上で、本人の判断の可能性が、能力がかなり残存しているかそうでないかという状況の多様性も関連させながら、次回に向けて整理していくことになります。   途中で申し上げましたけれども、追認可能時をどのように見定めるかに応じて、126条の消滅時効の進行を認めざるを得なくて本人に予想外の不利益が生ずる事態もあるかもしれませんから、そちらにも注意していかなければいけません。休憩前に青木哲幹事からお話を頂いた、訴訟係属を知らないまま本人が時を過ごしていく状態が生ずるかもしれませんという御注意の、あの局面とこの取消権の消滅時効は、全く異なる話ではありますけれども、しかし構図としては似たような心配をしなければいけない場面であると見ることもできなくはありませんから、そのような幾つかの点を横にらみで注意をしながら整理をしていうことになります。   それから、法定後見の終了について御議論を頂きました。取消しの審判のところについて、医学的な判断で本人の判断能力が回復したときに必要的に取り消す扱いが当然であるとして、必要性が消滅したときにどうするかということについては、今回の部会資料で、医学的な判断とは対比する仕方で、あちらが必要的であるのに対してこちらが裁量的であるというふうな描き方をしてみせました。必要的、裁量的という言葉を部会資料で用いてお出ししたのは今般が初めてであります。ひょっとすると今般で最後になるかもしれないですが、医学的な判断と必要性の判断とは状況、運用がかなり違ってきますねということをお伝えするために、やや弁解になりますけれども、必要的、裁量的という言葉を示して御説明すると、確かにその性質が違いますねということを委員、幹事に明瞭にお心の中で描いて受け止めてもらえるだろうという気持ちでこの表現でお出ししていたものであって、それにとどまります。本当に今後の説明も裁量的という説明で通していくかとかということは分かりません。実はこれは法制に近い仕方でワーディングしてみると、医学的な判断で終了する場合と必要性消滅で終了する場合の書き方がそれほど異なってくることにはならなくて、しかし現実の運用は必要性消滅の場合にはかなり家庭裁判所が総合判断することになりますよねというお話であるかもしれません。遠藤幹事が、裁判所のすることはそこのところを理論的に対比しておっしゃっていただいても余り変わりませんとおっしゃっていただいたところが実感でありましょう。   法制的に見ても実は、全然遠いところの例を挙げますけれども、衆議院又は参議院で呼ばれた証人が偽証をしたと認められるときに、衆議院や参議院は告発しなければいけないと法文に書かれていますけれども、従来の運用例で見ると、告発の議決をしているときと、していなくて見送っているときとがありますね。しなければならないと書いてあっても、結局これは衆議院及び参議院が、これは偽証ですねと多くの議員が考えたときには告発をするし、必ずしもそう考えなかった、その判断を議院に任せていますということであって、判断しなかったときは告発しないというふうな理解で運用されてきていて、告発があるかないかは訴訟条件になっていますから、話は大きく分かれていきますけれども、ああいう法制のワーディングしている例なども考え、こちらはどうしたらいいでしょうということを考えていくことになるでしょう。あわせて、この局面で職権による取消しというものも考えたらいいではないですか、期間の論点のところに出てくる職権の取消しとこちらとの分担もよく考えてくださいという御指摘もありましたから、それも考えていくことにいたしましょう。   加えて、これはどなたもおっしゃいませんでしたが、中間試案では取消しという言葉で現場が親しみを持ちますかと、終了ではないですかというお話も頂いていたところです。私の個人的な思いないし好みを申せば、現場の人たちに分かりやすい言葉になるべくしてあげるべきであって、仮に後見と呼ぶとすると、後見をしてきたけれども終わりだよねという感覚が現場の気持ちなであって、終了という言葉にしたいと感じます。このように述べ始めるということは、多分できないだろうという御案内になりますすが、というのは、悩ましいところは、この種の、後見制度に限らないですけれども、いろいろな法制で見渡したときに、何かの手続を裁判所の審判や決定で始めたという諸局面にあって、決して原始的に瑕疵があったわけではないですけれども、その手続が続いていて終わるところは取消しの審判又は決定という法制上の文言を用いてきていますから、後見のところを分かりやすくするのに終了と改めると、あちらも全部右へ倣えをしなければいけないのではないですかという論点が出てきて、これを法制の用語で跳ねると呼びますけれども、跳ね方が余りにも大きく、辛いということを率直に申し上げて、御理解を頂ければ有り難いと存じます。   また、期間の点ですけれども、年次の定期報告を機会として必要性がなくなっていることを認識した裁判所が取消しの審判をするという方向を部会資料で示唆したところについて、多くの委員、幹事から賛成の御意見を頂きました。これは今後の一つの有力な検討の柱になるだろうと考えます。それと同時に、1年というリズムをかちっと決めてしまうことがよいか、それから、定期という報告の機会にここまでの重きを与えて、そこだけでリズムを考えようということでよいかといったような問題提起を頂きました。数字を挙げて問題提起を頂きましたから、なるほど裁判所を含めて関係者の負担が重くなるということでは、それは全然意図されていないところであって、考えなければいけないという御指摘も頂いたところです。   それから、やはり定期報告やその他の報告を機会として職権取消しを含む取消しを考えるとしても、上限となる期間はそれとは別に置いておいた方が、終わることが可能な、終わることがあってよい後見という理念からみると大事ではないですかという御意見もあって、そこのところもう考えていかなければなりません。報告を契機とする取消しを考えるという基本線で今後考えていくことになるであろうと思いますが、幾つか御注意いただいた点についても併せて論議を深めていくということにいたしましょう。   本日、部会資料24の全体について委員、幹事から充実した御意見を頂いて論議を深めることができました。御礼を申し上げます。   次回の会議について事務当局から御案内を差し上げます。 ○波多野幹事 本日も長時間にわたって御審議いただきましてありがとうございました。   次回の予定につきまして御説明いたします。次回の日程は、令和7年10月28日火曜日、午後1時15分から午後6時まで、場所は法務省地下1階の大会議室でございます。   次回は中間試案の第3の保護者に関する検討事項の残り及び中間試案の第4の法定後見制度に関するその他の検討事項及び中間試案の第8のその他を取り上げた部会資料を作成して、お送りする予定でございます。これらの事項について御審議をお願いしたいと存じます。   なお、パブリック・コメントにおいて寄せられた意見につきましては、今回と同様、次回の部会資料で御議論をお願いする部分につきましては暫定的に作成して提供することを考えておりますし、また全体版についても追ってどこかのタイミングで御提供したいと考えております。 ○山野目部会長 委員、幹事におかれて何かお尋ねがおありでしょうか。よろしいでしょうか。   それでは、法制審議会民法(成年後見等関係)部会の第26回会議を散会といたします。どうもありがとうございました。 -了-