法制審議会 民法(成年後見等関係)部会 第29回会議 議事録 第1 日 時  令和7年11月14日(金)自 午後1時15分                      至 午後6時25分 第2 場 所  東京地方検察庁総務部教養課会議室1531号室 第3 議 題  要綱案のたたき台作成に向けた検討(3) 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○山野目部会長 法制審議会民法(成年後見等関係)部会の第29回会議を始めます。   御多忙の中、御出席を賜りまして御礼を申し上げます。   会議の出欠について御案内を差し上げます。佐久間委員、櫻田委員、家原幹事、海老名幹事及び野村晋幹事が御欠席でいらっしゃいます。また、久保野委員、常岡委員、青木幹事が遅れて御参加になる御予定です。   本日の審議に入ります前に、配布資料の説明を事務当局からお願いします。 ○小松原関係官 それでは、配布資料について説明いたします。本日、新たな部会資料として部会資料28をお配りしております。資料の内容については後ほどの御審議の中で事務当局から御説明差し上げます。   また、野村真美幹事より「専門職団体(リーガルサポート)の不正防止に関する取組」と題する資料を御提出いただいており、こちらにつきましてもお配りしております。加えて、青木委員より本日の部会における御意見を補足するという趣旨で「意見書」と題する資料を御提出いただいており、こちらも事前にお配りさせていただいております。   本日の配布資料は以上でございます。 ○山野目部会長 青木委員及び野村真美幹事におかれましては資料の御用意を頂きまして、ありがとうございました。野村真美幹事から頂いた資料につきましては、資料28の中の補助の事務の監督を審議する際に野村真美幹事から簡単な御説明をお願いしたいと考えていますが、よろしいでしょうか。   よろしくお願いします。   青木委員からも意見を書意見書を頂戴いたしました。青木委員がそれぞれの論点について御発言になる際に用いていただき、委員、幹事の皆様におかれて参照をお願いしたいと望みます。   本日の審議に入ります。   部会資料28の1ページから24ページまでの第1の部分につきまして審議をお願いいたします。この部分につきまして、部会資料でお示ししている内容の説明を事務当局から差し上げます。 ○小松原関係官 部会資料28の第1について御説明いたします。   1ページから3ページのゴシック部分は、法定後見の開始の要件及び効果等に関する規律の御提案です。3ページ以降の説明部分において提案の趣旨や経緯を記載しております。提案の主な内容として、自己決定の尊重をより進めていく観点から包括財産管理権、包括代理権を廃止し、現行の補助を事理を弁識する能力が不十分な方全てを対象とするものに拡大すること、対象の拡大に際して、代理権付与の審判については必要とされる個別の行為ごとに補助人に代理権を付与することとすること、要同意事項の審判については、事理を弁識する能力を欠く常況にある者との関係で補助人の権限を修正し、修正された権限を持つ特定補助人を付する処分の審判とした上で、特定の行為を取り消すことができるとの規律を設け、特定補助人には取消権に付随して本人に対する意思表示を受領する権限及び本人の財産の保存行為をする権限を持たせることとすることを提案しております。   なお、各審判開始時の本人の同意の要件に関する規律及び要同意事項又は取り消すことができる行為の内容については、1ページの(前注2)の記載のとおり、暫定的なものであり、前回の議論を踏まえた説明は本資料では行っておりません。   20ページから21ページのゴシック部分は、法定後見の終了について、事理弁識能力が回復した場合には必要的に審判を取り消すこと、事理弁識能力の回復にかかわらず、制度利用による保護の必要性が消滅した場合には審判を取り消すことができるとの規律を提案しております。   22ページのゴシック部分では、部会資料23で提案した保護者の代理権消滅の対抗要件に関する規律について、これを設けないことを提案しております。 ○山野目部会長 御説明を差し上げた部分につきまして、いつものように委員、幹事から随意の御発言を頂戴することといたします。意見を頂戴するに先立ちまして、私から議事の進め方についての案内及び内容に関わる点についての案内を差し上げることにいたします。   進め方でございますけれども、本日は多くの委員、幹事におかれて遠慮なく御発言を頂きますようにお願いいたします。これまでの審議の様子に鑑みまして、初めに専門職の団体からお出ましいただいている委員、幹事に建制順に御発言をお願いし、その上で委員、幹事から広く御意見を頂いてまいります。当然のことながら、全ての委員、幹事に御発言を頂きたいと望みます。民法の先生方も、先生方が研究なさってきた題材、これから教育の任にも当たっていただくことになる民法をどのようにしていったらよいかということについて、忌憚のない御発言をお願いしたいと考えます。また、久保委員及び花俣委員におかれては、いつも審議の節目の際にお声掛けをしておりますけれども、お声掛けをしないと御発言いただいて困るという慣行はございませんから、どうぞ審議の途中であったとしても御発言を求めていただきますようお願いいたします。   内容に関わって3点ほど御案内を致します。事理弁識能力を欠く常況という概念が登場いたします。これは一体どのような意味であってどのような事態を指すかということについて、御意見がありますれば是非、委員、幹事においてお出しいただきたいと望みます。平成11年の当時と比べ、同じ言葉であるとしても置かれる文脈が異なるものでありますから、改めてその意義を見定めていかなければなりません。この観点からの御議論があればうれしいと感じます。   2点目といたしまして、特定補助人を付する処分がされる場面というものが登場いたします。事理弁識能力を欠く常況にあるとされると直ちにこの処分がされることになるものかどうか、必要性の要件との関係で検討を要する事項でありまして、この点について十分な御審議をお願いしたいと考えております。これが2点目でございます。   3点目でありますけれども、同じく特定補助人を付する処分が取り消される場面というのは一体どういう場面であるか、ここのところのイメージがしっかりしておりませんと、仮に後見という言葉を使いますならば、いつまでも続く法定後見ということになりかねません。事理弁識能力を欠く常況が、そこから脱するならば取り消されるということになりますけれども、それのみならず、ここでも必要性の要件との関連を丁寧に検討する必要があると感じられます。   これら3点に限りませんけれども、幅広く委員、幹事においてお気付きの点を、お話ししておりますように、御意見としてお出しいただきますように望みます。   初めに青木委員、竹内委員、根本幹事にお声掛けを致します。 ○青木委員 本日、資料28の第1のうちの特定補助に関する部分につきまして意見を申し上げます。資料の説明部分全般的にわたり述べさせていただくことになりますので、意見の趣旨の正確性を期すことも含めて、意見書としてまとめて提出しておりますので、詳しくはこちらの方を確認いただければと思います。今からの発言としては、全体的な趣旨をお話するとともに、意見書に書いていないことで気が付いたことも若干述べさせていただきたいと思います。   まず、今回の資料28におきまして、1項と2項で、包括的代理権や非常に権利制約の強い現行制度に対する的確な課題の指摘をしていただき、補助の一元化といいますか、全ての対象者に補助制度を適用することとすることを4項でおまとめいただいています。これらのまとめにつきましては、これまでのこの部会の様々な議論を集約をしたもの、つまり本人のニーズに基づいた制度にしていこう、判断能力の程度だけでは決めないようにしよう、ということで集約したものがここに結実しているものと考えます。この補助制度に全ての対象者を取りまとめていこうというまとめにつきましてはこれまでの部会の議論をまとめていただいているものとして、大きな意義と到達点であり、大いに賛成をいたします。ありがとうございました。   その上で、いや、そうであるからこそ、でありますけれども、今回の特定補助という制度の提案については、補助制度を全ての者に適用することの修正として設ける必要はないのではないか、これを設けることによって、せっかく補助制度一つにしていくという、ニーズに基づく制度についてのゆがみが生じるのではないかと思っておりまして、私としては、特定補助人を付与する処分は不要であり、事理弁識を欠く常況にある者とされる皆さんについても、全て補助制度で対応していくことができるようにすべきであると考えております。   その理由を詳しく意見書では書かせていただいていますが、要点の一つは、必要性に関する考え方が資料28では十分に整理されておらず、要同意事項の付与についての必要性も、具体的な必要性という形で、本人さんの状況、それを取り巻く環境、それから過去の生活歴等々から総合的に判断して具体的な必要性は予測ができるものであるという観点に立つ必要があると考えております。それが今回の資料28では、そうではなくて、事理弁識能力を欠く常況にある方についてはその予測が難しいという前提に立っているのが問題であることです。それから要点のもう1点は、事理弁識能力を欠く常況にある方には一律付与だと、そこに論理の飛躍があると思っていますけれども、そこが大変残念なまとめになっていると思っております。   私の意見書の3ページ以降になりますけれども、要同意事項の必要性についても代理権と同様に考えることができ、その発想は決して事理弁識能力を欠く常況にある者かどうかによって区別されるものではなく、いずれについても総合的に考えられるものであるということです。むしろ、要同意事項や取り消し得べき事項の必要性については、一定の判断能力があって行動能力がある人の方がより総合的に考慮しないといけない面があり、事理弁識能力を欠く常況にある方は全般的に行動力が少なくて、契約を自らすることも少ないということから、逆に危険性の予測がしやすいという面もあるということを、実務的にはこの25年間で実感をしているところであります。そういった必要性に関する発想に基づいて考えていけば、全ての対象者について、補助制度の中で、要同意事項の定め、あるいは取り消し得べき事項の定めということを検討すべきであると考えています。   その意味で、資料28の4項のまとめで書かれているところは、代理権の付与の場合だけではなくて、要同意事項の定めについても、全て当てはまるものと考えられます。   これに対し、補助制度だけで対応するとしてもなお、事理弁識能力を欠く常況にある方について要同意事項を定めるということについて疑義があるというご意見があり、これまでも議論されてきましたけれども、私の意見としては、事理弁識能力を欠く常況にあるといわれる層の中にも、補助人の同意を得て、法律行為をすることができる人はあると思っていますけれども、取引の相手方も含めて、同意権に基づく取引はどうしても不都合であるということであれば、取り消し得べき事項の定めということで整理をすることはあるかもしれません。その場合にも、本人の同意する意思が表明できるかどうかで区別をするという区分で十分対応が可能であって、「事理弁識能力を欠く常況にある者」かどうかでの区別を使う必要がないと考えています。   加えて、取り消すことができる事項の設定につき、13条1項の全てについて一律に設定すべきかどうかということについては、やはり資料28には論理の飛躍があると思っております。つまり、13条1項各号一律に取り消すことのできる事項とする定めをしなければいけないニーズというものが、事理弁識を欠く常況にある方中に存在するのかという問い掛けをしても、そのようなニーズというのは見いだせないのではないかと考えておりまして、具体的な必要性に基づいてリスク、必要性を判断するということで対応でき、統一できるのではないかと考えています。   結局のところ、特定補助による修正の提案は、「事理弁識能力を欠く常況にある者」という認定の仕組みを残すことによって、他の民法や人事訴訟法の諸規定との関係での整合性を保つという調整というところが残るのかとも思いますが、これにつきましても今回、人事訴訟については、代理権付与の例外を設けることではどうなのかという意見も書いていただいておりまして、今日の後半で議論させていただきたいと思いますが、人事訴訟手続の中において事理弁識能力を欠く常況にある者について制度化をすることも含め、やはり本来であれば後見制度とは別に切り離して、それぞれの条項ごとに、遺言の能力、人事訴訟の能力、委任における規律ごとに、それぞれにおいて事理弁識能力を欠く常況にあると思われる方について、どのような能力判定をし、それぞれの訴訟能力や遺言能力としてどう規制するかという問題であると考えておりまして、それはそれぞれの規定において十分に整理が可能であると考えているところになります。   最後に、私の意見書の8番というところで、再度、利用者のニーズに観点から、特定補助の問題についてもう一度まとめておりますが、ニーズから出発するという今回の改正の議論との関係で言いますと、事理弁識能力を欠く常況にある方については、代理権をどのように付与するかというところに最大のニーズがあり、仮に、そのような方の中に、取り消し得べき事項の設定が必要な方というのがいるとしても、それは具体的にどの事項について必要かは特定ができるものであります。にもかかわらず、特定補助の導入により、そういう場合でも、特定の事項についての取り消し得べき事項を設定できない、一律に13条1項各号全部に設定するしかない、という非常にニーズに合わない制度になります。特定補助があることで、本来はそのような広範な一律の取り消し得べき事項の設定が必要ないにもかかわらず、それについて一律の規制を受けるというものになり、まさに今回の資料28の第1のはじめにでまとめていただきました現行制度の問題点を引きずった制度を残すことになってしまいまして、それが結果的には、代理権の付与については全ての方についてに個別的に特定の事項ごとに考えることにした部分にまで悪い影響を及ぼしかねないということになります。   さらに意見書に書いていない点を付け加えますと、特定補助人には、保存行為と意思表示の受領権限が、特定補助の必要性とは無関係にセットで付けるという提案になっていますけれども、保存行為をしただけでは具体的な代理権につながらない、どんな権限があるのかが必ずしも判然としないところで、その権限が取消すことのできる事項とは無関係に付くことによるゆがみや、あるいは意思表示の受領権限については、別に設ける予定の意思表示の受領についての特別代理人選任の制度で対応できるにもかかわらず、それを特別補助人に付けることによるゆがみということも想定されまして、全体として、ニーズに基づいた必要性に応じた権限付与という制度改革から、この部分だけが改正の趣旨から離れた制度になってしまうのではないかということを非常に危惧しています。   しかも、特定補助人の付与により、終われない制度になるのではないかという点で言っても、事理弁識能力を欠く常況にあるという認定からイコール一律に13条1項各号の全部付与ということで、主に判断能力に基づく必要性の理解になると思いますので、そうなったときには、特定補助人を付けた場合は終わらないというのが基本的な制度になっていき、利用者は、そうなってもやむを得ないとするか、そうであれば制度を使わないとするかというようなことになり、結局のところ使いにくい制度というものが温存されていくことにもなるのではないかという危惧も持っているところになります。   私のまず最初の意見としては以上のところであり、この制度の是非について、皆さんと議論していきたいと思っています。 ○竹内委員 私はまず、1ページの1の開始要件について述べます。私自身は特定補助人を付する審判を設けるという部会資料の提案には反対はいたしておりません。理由としては、やはり民法のほかの諸規定との関係が無視できないと考えるから、また、御本人の自己決定の尊重は当然にこれは重要です。ただ、保護の観点ということもやはりありまして、御本人の生活状況や行動などが当初予測し切れない場合の手当てとして、何らかの手掛かりは設けておいた方がよいのではないかと考えるからです。   ただし、弁護士会の中でも議論したのですけれども、部会資料1ページの(2)①の末尾に、ただしという文言があります、ただし以下、3行にわたるものですけれども、このただしが存在することによって、事理弁識能力を欠く常況にある方全てについて一律に同意を要する旨の審判が認められなくなるのは、使い勝手としてよくない面もあるのではないかとは思えました。事理弁識能力を欠く常況にある方、これからその点についてもどのような方が該当するのか議論があることかと思いますが、様々な態様があるのではないかと思われます。また、その人個人に着目しても、時の経過によって、部会資料2ページの一から十まで全てについて取消権を付与する必要性であるとか、特定補助人が保存行為や意思表示の受領の権限を要する必要性、これが時の経過で変化することもあり得るのではないかと思います。そこで、むしろ1ページの先ほど申し上げました(2)の①の末尾のただし書以下を削除することによって、特定補助人を付する審判は設ける、ただ、オプションということで制度利用の柔軟性を広げるという選択肢はあるのではないかと考えております。   そのような2ページ以下の細かな議論については、また後ほど述べたいと思います。 ○山野目部会長 竹内委員から御意見いただきました。丁寧におっしゃっていただきました。丁寧におっしゃっていただくことに労力があったと想像します。この後、委員、幹事におかれて発言なさる際、部会資料28、1ページ、第1の1(2)①の末尾にあるただし書は、竹内委員や今私が述べたような仕方で丁寧におっしゃっていただいても構いませんが、いただかなくても構いません。ただし書と一言おっしゃっていただいて、そのように省略して御発言いただくことを妨げません。 ○根本幹事 特定補助の点についての必要性の分析をお話をさせていただきながら、事理弁識能力を欠く常況とは何であるのかという点などについても触れてまいりたいと思います。第1の1(3)の特定補助における必要性が何であるのかといいますと、それは13条リストの全ての同意権、取消権を付与する必要性と同義であると捉えてよいのかどうかというのは、事務局にも確認を再度させていただければと思っております。終われる場合というのが、例えば活動性が下がった場合ですとか生活状況が変わった場合であるというようなことを想定されているということでよいのかどうかということは、確認をさせていただければとは思っております。   その前提で考えますと、例えば生活状況が変わった場合というのは、必要性の議論であろうと思われます。必要性の中身についての分析において、活動性が下がられたという点について、必要性ないし危険性といわれる議論なのか、元々事理弁識能力を欠く常況というのは量の問題であると概念整理をされているかと思いますので、その量がより増すと、能力回復とは逆の方向で、判断能力がより低下したことで終了するということを想定されるということになるのではないかと思います。   法制度上の立て付けとして見た場合に、事理弁識能力を欠く常況を認定するということと、保護の必要性ないし危険性の議論がオーバーラップする、重複する議論になるのではないかと思っております。オーバーラップするのであれば、事理弁識能力を欠く常況の認定というのはその限りにおいては不要なのではないかということに理論上なるのではないかと考えています。   代理権付与の場面でも、必要性の中身は何であるのかというところを分析しまして、細かい分析の認定までは各裁判官が行うのも困難であろうという部会長からの御指摘があったわけですけれども、法制度を考えるという意味で、この同意権、取消権における必要性についても、中身を丁寧に検討する必要があると思っています。同意権、取消権における必要性の中身を考えてみますと、大きく分けて二つあると思います。それは、本人が当該法律行為をされる蓋然性が生じていること、これは事務の必要性という言い方でもいいのかもしれませんし、もう一つは、本人が当該法律行為を適切に判断することができない危険性、これを保護の必要性と言い換えてもいいと思いますが、この二つから構成されると分析できるのではないかと思います。   一つ目の、本人が当該法律行為をされる蓋然性が生じているかどうかについては、例えば同意権、取消権の場面で見ますと、在宅の方であれば訪問販売等を受ける蓋然性があるということ、若しくは、例えば御本人が携帯電話をお持ちということであれば課金ゲームを行う蓋然性があるということになるのだろうと思います。訪問販売も課金ゲームも、もちろんそれ自体が別にいけないわけではありませんけれども、ただ、社会通念上消費者被害に遭ってしまうリスクがある取引類型とはいえるのだろうと思います。例えば、従前から佐久間委員が御指摘をされていた親族の場合を想定しますと、例えば多額の贈与などが社会通念上は親族間紛争になってしまうリスクがある行為類型といえるのだろうと思います。   したがって、例えば御本人の生活環境、生活状況などからして当該法律行為をする蓋然性が生じているかどうかは、必要性の一つとして見られますし、先ほどの終わることとの関係で見れば、在宅の方が施設入所されたということになれば、生活状況の変化によって13条リスト全ての同意権、取消権を付与する必要性はなくなったと認定できると思います。   他方で、もう一つの要素である本人が当該法律行為を適切に判断することができない危険性ということの中身を見てみますと、これは能力論と結び付くのだと思います。先ほど青木委員からもありましたが、そもそも御本人が当該法律行為を行う能力がなければ、物理的に行為を行うことすら困難なほど判断能力の低下があるということであれば、そもそも危険性は生じないということになるのだろうと思います。他方で、御自身で物理的には行えてしまうけれども、ただ、自分だけでは判断することが難しく、例えば過去に消費者被害の経験があるとか、若しくはそういった被害経験がなくても、御本人の特性などからして危険性があるとされれば、他者にその行為の適否を委ねることを基礎付ける事情があるとはいえるのだろうと思います。その上で、例えば同居されている御家族がいらっしゃるなど同居の家族の有無など支援状況によっても危険性は変わるということがいえるのだろうと思います。   このように見ますと、先ほど申し上げました13条リスト全ての同意権、取消権を付与する必要性といいましても、その中身というのは、当該法律行為をされる蓋然性が生じているのかどうかということと、当該法律行為を御本人が適切に判断することができない危険性があるかどうかということになるわけで、特に後者の本人が当該法律行為を適切に判断することができない危険性があるかどうかは、正に事理弁識能力を欠く常況の判断と重なるのではないかと思うわけです。   そう考えてみますと、13条リスト全てを付与する必要性とは何であるのかということについて具体的に見れば、リスクの予測可能性があるのかないのかということになり、リスクについての予測可能性があるのかないのかということは部会資料でも言及がありますけれども、仮に今の必要性の二つ目の要素であると位置付けるのであれば、あえて事理弁識能力を欠く常況というところを量が増すという意味で認定しなくても、13条リスト全てを付与する危険性、予測可能性がないという点については、二つ目の必要性の要素のところで十分判断することができるのではないかと思うということになります。   事理弁識能力を欠く常況をどのように整理し直すのかというところにつきましては、予測可能性を事理弁識能力を欠く常況の枠組みなり概念に取り込むのかどうかということは一つの論点になってくるのだろうと思います。同時に、従前から言われている事理弁識能力を欠くと、常況と二つの要素に分けるとして、常況のところは大部分において欠いていることというのは余り異論がないところではないかと思いますが、事理弁識能力を欠くということの意味内容が、法律行為をする意味の認識と、それがどのような利益、不利益をもたらすかを判断する能力という二つの点が必要だと一般的には考えられていると思います。予測可能性という観点で申し上げますと、法律行為をするということすら、その意味の認識すらなされていないということであれば、そもそも物理的に行為ができないということと同義になってくるのではないかと思いますけれども、更にその先の利益、不利益をもたらすかどうかを判断する能力まで事理弁識能力を欠くというところで取り込んでいくというのが一般的な理解だと思っており、そのように考えますと、利益、不利益をもたらすかどうかを判断する能力までは求めないというのが、予測可能性を仮に事理弁識能力概念に取り込んでいくと、整理することが一つの考え方になるのではないかと思っています。  結局のところ、事理弁識能力を欠くとは何かを考えていく上で、先ほど青木委員からもありましたが、いわゆる同意能力といわれる、手続能力と考えるということに理屈上なると思いますが、同意能力との関係性、それは同一なのか同一でないのかというところについても検討が必要になります。仮に平成11年改正時の事理弁識能力を欠く常況という概念の範囲を見直すということなのであれば、日常取引行為をする能力との間の整理というのも必要になるのだろうと思います。それは法制度上、特定行為に限るという規定が今回の改正で設けられることになりますので、そことの関係でも整理が必要ということだと思っています。   竹内委員からもありましたが、事理弁識能力を欠く常況をそれでもなお認定する制度上の理由というのは何であるのかというのを更に突き詰めて考えていきますと、竹内委員がおっしゃられた他の民法等の諸規定との関係や制度の連続性ということになるのかもしれません。仮にそうなのだとすると、平成11年改正時に、例えば東北大学の河上先生なども御指摘をされていたかと思いますが、本来であれば理念上は補助の一元化というのができるはずであるにもかかわらず、諸規定や制度の連続性を考慮した上で事理弁識能力を欠く常況を残すのだということをきちんと明らかにした上で議論をし、国民にそのような理解を求めていかなければいけないとも思います。あわせて、特定補助であろうと通常の補助であろうと、13条リスト全ての同意権、取消権を付与するということは、今の部会資料を前提にしますと、一般の通常の補助でも13条リスト全てをチェックしてはいけないという規律にはなっていないかと思います。通常の補助と特定補助の違いというのは、特定補助の資料の(3)③にあります、リストに掲げる行為以外の特定の行為についても取消しする旨の審判をすることができるというところに仮に意義が出てくるということになるのかもしれませんが、冒頭の議論に戻りまして、特定補助における必要性というのは、13条リスト全てを付与する必要性ではなく、13条リスト以外の項目を足す必要性ということにも意味付けが変わってくるのではないかと思うわけです。   項目を足す必要性ということを見ていくと、およそリスクの予測が困難な方ということにはなるのかもしれませんが、他方で足す内容はある程度特定しなければいけないということにもなるのだろうと思います。13条リストを越えて特定の項目についての保護を要する方というのが、事理弁識能力を欠く常況という先ほどの議論との関係で、量れるのかということも問題になるのではないかと思います。   最後に、竹内委員から御提案がありましたただし書の点については、少なくとも通常の補助の同意権、取消権を事理弁識能力を欠く常況の方が利用できないというのは、これはある意味、重大な弊害といえるのだろうと思います。少なくともここは解消するということは必要ではないかという竹内委員の御意見について、そこに限っては私も同じということになります。 ○山野目部会長 根本幹事の御発言の中に部会資料の作成の趣旨を事務当局に問うものではないかと思われる部分がございました。ほかの委員、幹事からも、重複したり、異なるお尋ね、問合せがあるかもしれません。今すぐではなくて、星野委員の御発言辺りまで行った後で、事務当局の方からもしかしたらお話しなさりたいことが補足としてあるかもしれませんから、声掛けをしようと考えます。   続きまして小澤委員、野村真美幹事の順番でまいります。 ○小澤委員 部会資料28の第1の1、法定後見の開始の要件及び効果等については、私どもは中間試案に対する意見書において乙1案の考え方を支持しつつも、現行法制度との連続性の確保や本人の意思を最大限尊重しつつ本人の保護を重視する観点から、乙2案の仕組みや趣旨を踏まえた現実的な制度設計の在り方についても引き続き検討すべきという意見を出しておりましたが、今回新たに御提案いただいた仕組みについては一定の合理性もあり、おおむねこれまでの私たちの意見に沿った提案であると考えています。   1点申し上げるとしますと、先ほども少し出た議論と重複すると思いますが、補助人の同意を要する旨の審判において、ある特定の事項について補助人の同意を要する旨の審判を希望しても、事理弁識能力を欠く常況にある者については適用がされないとされている点でありまして、結論から申し上げると、部会資料1ページの最後のただし書の部分は要らないのではないかと考えています。   この部会資料の規律ですと、ある特定の事項のみを要同意事項とすべく申立てをした場合において、本人につき事理弁識能力を欠く常況かどうかの判定が行われ、事理弁識能力を欠く常況にあるとされた場合には特定補助人を付する処分の審判によりパッケージとしての権限が特定補助人に付与されると理解をしています。これですと、現行の事理弁識能力を基準とした類型制度と変わるところはないのではないかとの評価を受ける懸念もありますし、部会資料第1の1(2)②においては、本人以外の者の請求による場合で本人が同意の意思を表示することができない場合でも要同意事項とすることができるとする規律を設けるとしており、同意する能力がない場合と事理弁識能力を欠く常況との違いを実務においてどのように判断をし、運用していくのかという疑問を持ちました。   また、代理権の付与を必要とせず、ある特定の事項についてのみ補助人の同意を要することを希望して補助開始の申立てを行った場合であっても、その者について事理弁識能力を欠いていると判定されれば、同意権付与を求めていたにもかかわらず特定補助人に取消権のみが付与されてしまうことや、パッケージとして一定の範囲の取消権が付与されること、意思表示の受領や保存行為など何ら求めていない権限が特定補助人に付与されてしまうということなど、保護の仕組みとして過剰になってしまうのではないかとも感じました。 ○野村(真)幹事 御提案の案については、本人が事実上事理弁識能力を欠く常況である場合であっても、本人にとってより制限的でない制度を利用するために、特定補助人を付する処分の審判ではなくて、補助人の同意を要する旨の審判を求めることを可能とする必要があると思います。そのためには、ただし書の部分は「事理弁識能力を欠く常況である者である場合は」とするのではなく、より直接的に「特定補助人がある場合又は特定補助人を付する処分の審判を同時にする場合は」とすることを提案いたします。   それから、特定補助人にパッケージとして13条1項各号の行為について取消権を付与する点についてですが、御本人がどのような状況にあるかによって必要となる取消権は変わってくると思います。このようなパッケージの取消権が必要となる本人についてのみ特定補助人を付するということかとは思いますが、本人の周囲の支援者にとっては保護者の権限が広い方が安心なので、事理弁識能力を欠く常況にある者については申立人が特定補助人を付する処分の審判を求める場合が実務上は多くなると考えられます。   本人の権利擁護のために、可能な限り特定補助人ではなく通常の補助人を付することが望ましいと考えますので、事理弁識能力を欠く常況にあるからといって直ちに特定補助人が付されることとはならないように、「必要があると認めるとき」の要件については実務上厳格に認定していただく必要があると思います。例えば、本人が事実上事理を弁識する能力を欠く常況であっても、13条1項の一部の同意権や代理権を付与した通常の補助人を付することによってその必要性が満たされるようなケースであれば、特定補助人を付する必要性を認めないようにしていただくことが考えられます。それから、なるべく終わりやすい後見とするという観点からも、可能な限り通常の補助人を付することを可能とする制度とすべきだと考えますし、同時に特定補助人の制度についても実質上「終わらない後見」とならないような運用が求められると思います。 ○星野委員 なかなか今までの議論の中のようにうまくは申し上げられないのですが、私は特定補助人を付する処分の審判というのは不要だと考えます。と申しますのも、今までもいろいろ出ていましたけれども、ここで想定されていることというのは、恐らく例外的なことを想定して、ただ、保護が必要な場合があるからこういう枠組みは残すというか、必要だということで提案されていることは分かりますが、現実に今まで成年後見制度に関わってきた一社会福祉士の立場としても、今までもお話がありましたとおり、このような取消しが必要になるような方は今の現行の類型でいえば保佐、あるいは補助で取消権が付いている方もいらっしゃいますが、そういう方々がやはり多いと思います。つまり、こういった法律行為を自らが行って、そしてそれを取り消さなければならない事態というのが、今の段階でも私はイメージができない。そういうイメージができないこと、ゼロとは言いませんが、そのためにこのような枠組みを作ることによって、今までの審議会の中で議論してきた趣旨ですね、青木委員の意見書に書かれていることに私は全て賛同しているのですが、そういった議論とは違う方向性が示されてきてしまったと思って、少し残念な気持ちにはなっております。   ただ、そうは言いましても、ではこういう枠組みを設けないことで、成年後見制度の中だけではない様々な民法の中のいろいろなことが関わってくることによって、ここが全く進まないということになることについては、それは望んでおりませんので、こういう枠をもし設けるのであれば、今までも出ておりましたとおり、事理弁識能力を欠く常況という中身が、先ほどありましたが、契約をすることと、その契約をしたことの効果というのが理解できている能力なのかというところになると、これは相当見え方、捉え方が専門職によっても違いますし、一般の市民の方によっても違いますので、これが何の能力のことをいっているのかということを少しやはり分かりやすくしなければならないですし、常に欠いているという表現は、確かに他の法律で出てくるのは分かるのですが、やはりこの制度を利用する立場に立つと、全てができない、分からない人はいないのだというところから議論が進んできているので、やはりこの表現であるとか、どういう場合というところがより明確になる必要があると考えます。それから、必要性がなくなれば特定補助人は取り消されるということもあるのですが、ただ、今の話でいうと少し矛盾していると思うのは、取り消される場面というのは、やはり本人の私たちに見える能力がいわゆる社会的な法律行為を行ったりとかする能力が衰えてきた場合しか想定できないのです。そうすると、そもそも前提としているこのような状態である方というのは、本来できる方、やはり支援者側が、特定補助人という設定があれば支援がしやすい、けれども、それすらできなくなってしまったから、もうそれは必要ないから外していいのではということになるのではないかということです。現行の法定後見の後見類型がこれだけ使われている理由と重なってしまって、この提案は今の改正議論の中ではすごく残念だと思います。 ○山野目部会長 星野委員まで御発言を頂きました。   引き続き委員、幹事の御意見を伺っていきます。この段階で事務当局からもし何か補足の説明がありましたならば、お尋ねを頂いている部分もありますから、御発言を頂きたいと望みます。 ○波多野幹事 お尋ねいただいた点は、恐らく特定補助人を付する処分の審判をするときの、必要があると認めるときというのをどのように考えるかというところだったと思います。根本幹事がおっしゃっていただいたように、一号から十号までというところについて、これは結局、重要な財産行為をリスト化したものでございますので、その重要な財産行為について自己に不利益な行為をしてしまうおそれがあるというようなことを念頭に置いて判断をしていくというか、そういうことについての必要性を見ていくのかなと思っておりました。   その関係で行きますと、他方で御本人が外形的にもう法律行為をすることができないような場合というのは、恐らく先ほどおっしゃったような、事務の必要性と同じような形での行為がされるおそれがないという点では必要がないということもありましょうし、周りのサポートがしっかりしていて、そのような不利益な行為をするおそれもないのだというようなことも場面としてはあり得るのだろうと思っておりますので、そういうケースでは開始の段階で必要がないと判断されることもあると思いますし、開始の段階では必要があると判断されていても、その後状況が変わりまして、今申し上げたような必要性がなくなるということもあるのではないかと考えていて、その面では終了するということがあるのではないかと、いわゆる事理弁識能力が回復しなくても終了していくということはあるのだろうと思っていたというところでございます。 ○山野目部会長 引き続き委員、幹事のお話を伺います。 ○河村委員 ありがとうございます。特定補助人のことについてですけれども、青木委員の意見書なども読ませていただき、また今日幾つかの意見をお聞きして、私としてはこの特定補助人というのを置くことには今の時点では反対でございます。   今回の成年後見制度の見直しというものがどのような観点からなされてきたのかということから言っても大変残念な規定でありますことと、私なりに理解した上でですけれども、一番現実問題として気になりましたのは、青木委員の意見書にもありますし、幾つかの委員の御意見の中にもありましたけれども、事理弁識能力を欠く常況にあるという方ではない、もう少し行動ができる人の方が不利益に陥る危険性が高いと、私もそのように感じております。つまり、特定補助人という規定を置かないことによって本人が不利益を被るということがあるからこの規定が提案されているのだと思っていますが、これを置かないことによる弊害というのはそれほどないのではないかと思っているということです。   いろいろな委員の方がおっしゃったように、普通の補助の規定の中で、必要に応じてその範囲を広げることによってカバーできるのではないかと。素人ですから少し乱暴な言い方になりますけれども、特定補助人というものの規定、事理弁識能力を欠く常況の者というのを位置付けてこういう規定を置くことの必要性というのは、ほかの民法の規定との連続性とか整合性とか、そういうものがとても大きいのだなというのが今私が感じていることです。そうだとしてもというか、そうであるなら、今回大きな見直しをするのであれば、そういう不連続性といった観点などでの不都合があったとしても、その点は他のやり方で解決できないかということを私は今のところ意見として申し述べたいと思います。 ○山城幹事 どうもありがとうございます。前回会議の最後に部会長から、事理を弁識する能力を欠く常況にある者を対象として包括的あるいは広範な代理権を与える規定は設けない旨の御方針をお示しいただきました。これは日本の成年後見法の歴史上、非常な重みを持つ御発言であったと思います。本日の審議はこの御発言に続くものであり、部会資料28もこの方針に沿って準備されたものと理解しておりますが、これに接して私は部会長が示されたお考えが同意見、取消権に即しても、なお1歩進められるべきではないかと感じました。   結論として、二つのことを申し上げたいと思います。一つは、事理を弁識する能力を欠く常況にある者についても、これまでいろいろな委員の先生方がお考えを述べられたところでありますが、特定補助人という制度を別立てにすべきではなく、リストに掲げられる行為の全てについて補助人の同意を得て行為すべき旨の審判をすれば足りるのではないかということ、これが主たる点です。もう一つは、仮にそのような方針変更が難しいとしても、事理弁識能力を欠くと判断される者に対して特定補助人を付する以外の選択を認めてもよいのではないかということ、つまり部会資料第1の1(2)①のただし書部分を削除すべきではないかということです。   このように申し上げるのは、三つの懸念があるからです。第1は、事理を弁識する能力を欠く常況にある者が存在すると宣言することに伴う象徴的な効果です。部会資料12ページにある、事理弁識能力を欠く常況にある者はほとんどの場合において同意を得ないで行為に及ぶですとか、外形上は補助人の同意を得ていたとしても本人がその意味内容を理解していないことも想定されるといった御説明では、補助人も含め本人をサポートする人たちが適切な支援を与え信頼関係の構築に努めてもなお、本人はほとんどの場合に補助人には相談しないとか、契約の意味内容を理解することはできないといった想定がされています。こうした懸念が当たる場合はあるかもしれませんが、そうではない場合もあるはずです。少なくとも懸念が当たる場合が特定補助人という制度の下で与えられる以外の解決を許さないほどに圧倒的だと見ることは、成年後見制度を利用する本人の尊厳にふさわしい生活の継続という諮問の趣旨とも整合しないのではないかと考えます。この議論を後から振り返ったとき、事理を弁識する能力を欠く常況にある者に対する差別的な事実認識が示されたと評価されるおそれはないでしょうか。   諮問の趣旨とのそごは、提案の理解にも難しさを生じさせていると感じます。部会資料の同じ箇所にある、保護者の同意を要するとの要件は結局のところ形骸化するとの説明では、同意を得ずにした行為が取り消される場面を想定しつつ、なぜ同意要件の形骸化が懸念されるのでしょうか。また、同意を得てした行為が意思無能力によって無効とされるおそれも懸念されていますが、それを避けるために本人を一律に法律行為から遠ざけるのでは、取引社会から忌避されることを防ぐために取引社会からあらかじめ排除すべきであるというに等しく、本末転倒であるとも感じられます。   第2は、事理を弁識する能力を欠く常況にある者につき、同意を得て法律行為をすることもできないとされる結果、この者について法定代理人がないときは部会資料第1の1(2)①に掲げられる行為を誰もすることができないことになります。それが問題であることは、第19回会議において佐久間委員が指摘されたとおりですが、部会資料第1の1(3)の提案ではこれを解決することができないのではないでしょうか。部会資料の提案は、現行法制を踏み越えて本人の権利を奪うものとなっているのではないかとも感じられます。   もちろん取消権者に追認権が与えられることとなれば、本人がした行為を特定補助人が追認することはできますが、それならば補助人の同意を得て法律行為をすることができてもよいはずです。要するに、包括的な能力制限は包括的な代理権付与を伴って初めて可能だったのですから、包括的な法定代理権付与の仕組みが廃止されるのであれば、それに伴って同意権付与を伴わない能力制限の仕組みも廃止するほかないのではないかと感じられます。   第3は、現行制度の運用に関して指摘されてきたとおり、制度利用者の多くを事理を弁識する能力を欠く常況にあると見て、最も広い類型に当てはめるという運用が助長されないかということです。部会資料の提案は、要するに特定補助人と改称された保佐人が選任される類型と、補助人が選任される類型とを区別し、事理弁識能力の有無によって両者への振り分けを行うというものです。その上で保護の必要性を個別に吟味することなく、リストに掲げられる全ての行為を対象とする保護を一律に命ずるという方針は、つまりは保佐なのですから、現行法における後見類型と比べれば確かに包括的な能力制限ではありません。しかし、補助人の同意に基づく規律というベースラインと比べれば、なお包括的ですし、およそ同意を得て行為をする余地を認めない点で極めて硬直でもあります。リストを設けるのであれば、結果的にその全てが選択されることはあり得るとしても、飽くまでも個々の行為について必要性を吟味すべきではないでしょうか。   さらに、以上の取扱いは、部会長からも冒頭に御注意がありましたとおり、保護の終了との関係でも懸念を引き起こすように思われます。部会資料14ページ最終行以下にある、本人がどのような行為に及ぶかについて確実な予測をすることが困難であるとの理由で、取消しができる行為を広範に定めることを認めると、結局、保護の必要性はいつまでもなくならず、保護を終了することもできなくなるのではないでしょうか。私はこの懸念を払拭することはかなり難しいのではないかと考えます。   これらの懸念への対応として、事理弁識能力を欠く常況にあるという要件の解釈を見直し、その適用場面を適正にするよう努めることは、部会長が強調されたとおり、もちろん大きな意味があります。ただ、部会資料41ページにも引かれる民法973条が示すとおり、事理を弁識する能力を欠く常況にある者は、一時的には能力を回復して遺言をすることもできます。それがどのような状態であるかについて果たして共通了解が得られるでしょうか。加えて、遺言に関するこの規定は平成11年改正以前には本心に復すると表現されていたものですが、この文言は、心神喪失の常況にある者は時々本心に復することあるも、その治産を禁ずること得とした旧民法人事編222条に由来し、事理弁識能力を欠くという概念に関する解釈論の基礎とされてきたものです。一方でそのような規定を残しながら、他方では事理を弁識する能力を欠くという概念をめぐる理解を更新し、対象者を厳格に絞った制度運用を期待することができるかについては一抹の不安が残ります。   以上の懸念がもし考慮に値するといたしますと、事理を弁識する能力を欠く常況にある者の存在に意識を向けるとしても、これを事理を弁識する能力が不十分な者の中での特殊カテゴリーであるかのように扱うことは望ましくないと考えます。また、せめてそのような者にも、本心に復したときには補助人の同意を得て自ら法律行為をすることが認められるべきであろうと考えます。   なお、事理を弁識する能力を欠く常況にある者というカテゴリーを残す際の考慮として、現行規定における成年被後見人との取扱い上の連続性を保つことも重要かとは思います。しかし、そのことも広範な能力制限を当然に正当化するものではないと考えます。 ○遠藤幹事 最初に部会長から問題提起のあった各点について、考えているところを若干だけ申し上げていきたいと思います。   まず、事理弁識能力を欠く常況にある者としてどういう方が想定されるのかということについては、そもそも事理弁識能力を欠く常況にある者という概念を残すかどうかも含めて御議論があるところでありまして、この点について直接私ども裁判所の方で賛否を申し上げるということはいたしませんが、前回も申し上げたとおり、仮に設けるとするならば、ここはできるだけ共通理解を得るように努めていくことが重要であると考えております。   その関係で申し上げますと、1ページのただし書の関係でございますが、今の議論を聞いていて思ったこととして一つあるのが、結局事理弁識能力を欠く常況にある人であっても要同意行為の定めを設ける必要があるのではないかということを考える前提として、事理弁識能力を欠く常況にある人が要同意行為をすることができるような人なのかどうかという点を確認しておくことが大事なのではないかと思います。およそ契約等の行為ができないような人を想定しているということであれば、要同意行為を定める必要はもはやない、ということになっていくのだろうと思いますし、その結果として、このただし書というのは要らないということも考えられるところなのかもしれませんが、いずれにしても、そもそも事理弁識能力を欠く常況にある者というのが、今でいうとどういう方を意味するのかということについては、引き続き御議論を頂ければと思っているところであります。   また、これに関連して申し上げますと、事理弁識能力を欠く常況にある方であれば、自動的に特定補助人が必要になるというわけでは必ずしもないのだろうと思います。今回の部会資料の17ページから18ページに掛けてまとめていただいているところかと思いますが、事理弁識能力を欠く常況にあるとされる方であっても、法定後見を利用するに当たっての御本人の課題として、必ずしも広い取消権などは必要なく、例えば遺産分割の代理権だけあればよいといった事例も実際にあると思われますので、事理弁識能力を欠く常況にある者という概念を設けるとしても、そういう方々に自動的に特定補助人を付さなければいけないという規律とする必要はないのだろうと理解をしているところです。   最後に、特定補助人が付された方の法定後見はどのように終了するのかという点でありますが、特に、取消権の必要性について、これをどう考えるかが問題になってくるのだろうと思っておりますが、現行法下における実務で幅広い取消権が付与される保佐の類型であっても、開始をするときには、その動機がどうなのかということは検討しているわけでありますが、恐らく取消権であったとしても、その取消権を必要とするだけの具体的な課題や動機というものがきっとあるはずなのではないかと思われまして、当初特定補助人を付する審判がされたときに想定されていた課題が解消されたのであれば、特定補助人を付する審判を取り消してもいいのではないかとも思いますし、また、御本人の行動能力がどんどん低くなって、およそ法律行為をすることができなくなるといったような状態に至った場合にも、御本人が法律行為を行う可能性がない以上、やはり取消権を行使する必要性はなくなり、そのほか課題がなければ法定後見を終了することができるということも考えられるのではないかと思われます。この点については、更に皆様の御議論も聞きながら考えを深めていきたいと思いますが、差し当たり今考えているところを申し上げました。 ○上山委員 すみません、きちんと考えがまとまっていないのですが、自分の考えを整理する意味でも、改めて事務局に2点教えていただきたいところがあります。   一つは、具体例を挙げた方が分かりやすいと思いますので、例えば、御本人が遷延性意識障害の状態にある方について、今までの話を聞くと、その場合には特定補助人の選任というルートに自動的に進むというお考えの下に部会資料を作成されたのか、あるいはその場合は、今までも議論が出てきていますけれども、御本人自身が外形的な法律行為をするという蓋然性が極めて低いために、特定補助とする必要はないということで、通常の補助の類型として対応するという前提なのかという点をご教示ください。仮にいわゆる事理弁識能力を欠く常況にある方について特定補助を使わずに通常の補助で行くという場合に、仮に要同意事項の審判をしないということになると、そこでの取消し等の扱いというのはどのようになるのかというのが少し分からなかったので、もしお考えがあれば教えていただければと思います。   2点目なのですけれども、これも御確認ということなのですが、特定補助の場合、本人にニーズがあるときには、13条1項各号以外の行為についても取り消すことができる、つまり、一定の事案において13条1項の範囲を拡大できる旨の御提案があるかと思います。ここで具体的にどういったケースを想定されているのかについて、事前に共通認識があると議論がしやすいのかなと感じました。単純に考えると二つのパターンがありかなと思います。1つは、新13条1項各号の行為とは別の類型の特定の法律行為について、プラスアルファで取消権の対象とするという考え方かと思います。仮にこの考え方をとった場合は、波多野幹事から御説明が既にあったとおり、今回ご提案のものも含めて、13条1項各号の行為というのは元々取消しの余地を認めるべき重要な法律行為を列挙しているわけですので、これにプラスして、定型的あるいは類型的な形で取消しの余地を認めるべき重要な法律行為が仮に他にもありえるのだとすると、この議論は、実は13条1項の組立てにも跳ね返ってくるのではないかと思いました。   もう一つの考え方としては、例えば5号の不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすることをみると、権利の得喪を目的とする行為の中でも重要な財産を対象としたものという形で限定が付されている一方で、他方、現行法もそうですけれども、日常生活に関する行為については基本的に取消しの対象外とされているわけです。そうすると、重要な行為と日常生活に関する行為との中間領域的な行為というものを想定したうえで、ここでの拡張とはこの中間的な部分についても取消しを認めるという趣旨であるのかということを確認させていただきたいと思います。   あと、私が根本委員の御発言の趣旨を少し聞き間違えたのかもしれませんけれども、現行の補助の取消権の範囲は保佐の13条1項の要同意行為の全てには及ばす、その一部に限定されているのではないかと思うのですが、根本幹事のご発言の趣旨を今一度お伺いしたく思います。 ○山野目部会長 事務当局に対するお尋ねは、もしかすると委員、幹事で皆さんで御議論いただく事項かもしれませんけれども、今、資料を作成するに当たって考えたことはお尋ねします。その前に、むしろ形式問題として、根本幹事への求釈明の方を先に済ませましょうか。 ○根本幹事 現行法は上山委員のおっしゃられたとおりという理解でおります。今回の頂いた資料で行きますと、特定補助ではなくて通常の補助の場合に、リスト全てを付与することはできない旨の規律は入っていないのではないかと私は読んでおり、そのことを前提にしております。通常補助でも13条リスト全てにチェックが入ることができ、ここでいう特定補助でも13条リスト全てのチェックが入るということになりますと、通常の補助と特定補助との違いは何かと言えば、付加できるかどうかというところに帰着するのではないかということを発言したつもりです。 ○上山委員 よく分かりました。現行補助ではなくて、新補助の下での議論ということで承知いたしました。ありがとうございます。 ○波多野幹事 遷延性意識障害の方について、法定後見を使いたいときにどうなるのかというお問合せかと思いましたが、仕組みとしましては、遷延性意識障害の方が、今の説明ですと通常は事理弁識能力を欠く常況にある者に当たるという説明をしてきているところかと思います。今回の提案では、その場合でも、例えば代理権の付与だけを受けたいというニーズもあるのではないかというのはこれまで部会の中でお示しされていたことだと思いますので、代理権の付与を受けたいということであれば代理権の付与だけのスキームでこの法定後見を使うということを認めていくということでどうかということを御提示しているものでございます。他方で、遷延性意識障害の方について、いわゆる取消しの法定後見を使いたいというニーズがどこまであるのか、また、法律行為を取り消すということによる保護の必要性があるのかというのはあるのかもしれませんが、仮に保護の必要性がある場合でありますと、今回の御提示としては特定補助人を付する処分の審判というものを使っていただくということを御提示していたというものでございます。   13条1項各号との関係で広げるのがどういう場面かというのは多分、今の保佐の場面と同じ問題なのかなと思っていたところでございますけれども、ここは御議論いただければと思っておりましたが、私の認識としては、各号は重要な財産行為を列挙しているものということだと思っておりましたので、それと日常生活の間について広げていけるということなのかなと思っていたところでございます。 ○上山委員 よく分かりました。ありがとうございます。そうすると事務局の整理としては、必ずしも事理弁識能力を欠く常況にある方についても自動的に常に特定補助を動かすというわけではないという理解が、まず、大前提ということでよろしいですか。 ○波多野幹事 そのとおりでございます。 ○上山委員 ありがとうございました。 ○山野目部会長 上山委員は特段お続けになることはありませんか。 ○上山委員 今の時点ではございません。 ○山野目部会長 続けて御発言を頂きます。 ○林委員 青木委員から意見書を頂くまでは、連合の中で話していたときは、先ほど来出ています13条1項各号に定められているものだけで、事務局案を前提とするならば、その中間と言われているところをもう少し何か、例えばリフォーム詐欺みたいなこととか、目の前で起きている被害事案みたいなことも入れておいた方がいいのではないかと元々は思っていましたが、先ほどありましたけれども、確かに本人の判断能力が高い方が危険性が高いという御指摘は、そのとおりだと思っていますし、判断能力の低い方がより危険性が低い場合もあり得るというのは、それも確かに実態を見ればそうなのだろうと、その点は非常に同意するところです。   意見書の中で、例えば代理権付与と要同意事項の定めにおいて事理弁識能力を欠く常況にある者とそうでない者による違いはないであるとか、特定の事項ごとに具体的な必要性を検討して取り消すことができる事項の定めをするという仕組みにおいて対応ができるのではないか、というようなことが書かれていることについては、この間この部会で議論をされています利用者のニーズと本人の意思の尊重の観点から今後どうすべきかということが出発点だったとすると、青木委員の御指摘はそのとおりなのだろうと思っていまして、先ほど反対だという方もおられれば、まあいいのではないのかという方がそれぞれおられましたけれども、どのように言おうかと少し悩んでいるところです。   その上で、ここからは事務局にお尋ねなのですけれども、13条の1項みたいなものは、こういうのを残しておかなければいけない実務上というか、この後の残さなくなった場合、こういうやり方をしなくて、青木委員の言うような事項ごとに定めるやり方を採用した場合に、何か不都合が現場では、現場というか、家庭裁判所が大変になるとか、すごくこの審理に時間が掛かるとか、何か困ることが想定されてこういう提案をされているのかどうかを教えていただけたらなと思います。言い方を変えると、このように残すこと、13条1項各号を掲げることによる何らか、メリットという言いますか、誰にとっての何のメリットかというのがありますけれども、利点としてどういう背景があって提案されているのかを少しお聞きすれば、もう少し私どもの考えも深まるのかなと思っていますので、まずは意見書を拝見しての受け止めと、お尋ねでございます。よろしくお願いいたします。 ○山野目部会長 事務当局に対するお尋ねというものが続きますけれども、案を練って議論を交わしていく主人公は事務当局ではなくて委員、幹事でいらっしゃいます。資料をお出しし、この文書を作成したのは事務当局でありますから、どういう意味ですかというお尋ねを頂くこと自体は不自然ではありません。特に林委員にのみ申し上げているものではなく、今までたくさん事務当局にお尋ねですが、という発言がありました。事務当局からははこういう意味で書きましたということを紹介してもらった上で、引き続き委員、幹事で御議論いただくとよろしいでしょう。 ○波多野幹事 今回、事理弁識能力を欠く常況の方について、代理権の方については個別にということで御提示しましたが、取消権についてはリストの案を提示いたしましたのは、パブリック・コメントにおきましても甲案、乙1案、乙2案を提示したところで、確かに乙1案をという御意見があったところでございますけれども、他方でやはり甲案、現行の後見のようなものを使うニーズがあると、残した方がいいという声もあるところでございますし、乙2案のいわゆる保護Bというものが乙1と乙2の違いですが、保護Bというものがある乙2案を採用した方がいいという御意見もあったところでございまして、その中でやはり、いわゆる消費者被害でありますとか、事業者以外の者からの経済的な被害に遭うことが高い可能性があり、それを将来にわたって正確に予測することが難しいのではないかという御意見でありますとか、なかなか事前の聞き取りだけでは必要な代理権とか取消権を設定するのが難しいのではないかというような御意見が出されていたところでございますし、各士業者団体の御意見の中でも乙2案を完全に排斥し切っていないという部分があるとしますと、そこについての必要性があるという御意見がパブリック・コメントで出てきた意見としては、あるのではないかと我々は思っておりまして、ここではパブリック・コメントの指摘も踏まえて御議論いただく必要があるということから、このような御提案をしているというところでございます。 ○山野目部会長 林委員、お続けください。 ○林委員 だとすると、やはりこの制度が誰にとってのいい制度としていくか、なのかなと今お聞きして思いました。確かに部会長御指摘のように、そもそもここで決めていくという前提であるなら、スタート地点に戻って、本人の自己決定権みたいなところから進めた方がいいのではないかと思います。他方で、リフォーム詐欺被害的なこともあるのだろうと思うので、時間経過とともに、その人の状況も変わるし周辺の状況も変わるので、それは時々にやらないと仕方がない。事前に前もって全部のことを手当てし、13条1項各号で網羅しておくのですというのは、受け止めとしてはやはり乱暴な気がします。 ○山野目部会長 林委員は引き続きお悩みください。 ○山下幹事 ありがとうございます。私は、部会長がおっしゃった事理弁識能力を欠く常況のお話ですが、部会資料の9ページから10ページですかね、事理弁識能力を欠く常況にある者とは、通常の日常の買物も自分ですることができずに誰かに代わってやってもらう必要がある者、ごく日常的な事柄が分からなくなっている者、遷延性意識障害状態にある者を挙げることができるとされているというのは、これはおっしゃるとおりだとは思うのですが、ただこれは、要するに現在の被後見人については日常生活行為については単独でできるというような形で9条のただし書を入れていることとある意味、矛盾していると思うのです。結局それは何でかというと、恐らく平成11年の改正のときに、やはり後見人が付されるような方というのは日常生活行為ができないとまずいではないかと考えられてきたわけで、そこではやはり事理弁識能力を欠く常況にある者というのがイメージが広がってきたということなのではないかと思います。   それを、もちろん今回の改正でもう一度狭めるのだというのであれば、一つそういう考え方もあり得るかもしれませんが、やはりこの概念というのがかなり人によってイメージが違うということは、かつ、今までどちらかと言えば広げる方向で解釈されがちであったという過去の経験というのは、やはり踏まえた上でないといけないかなと思っておりまして、事理弁識能力を欠く常況にあるという方については自動的に特定補助人を付けるというような制度設計になってしまうと、やはり非常にこの制度が望ましくない方向に流れる可能性というのは高いのではないかと思いますので、2番目の御質問にあった、特定補助人を付けるという処分が必要的かという点については、私はやはり必要的であるべきではないだろうと、先ほどから出ていましたただし書以下は不要だろうという方向で考えておりますという点だけ、取りあえず以上でございます。 ○山野目部会長 先ほど林委員がリフォーム詐欺との関係を具体的な例にお挙げになって、恐らく連合の中で御検討になったときに、生活者の実態というものを見ながら、どのような意見を述べていったらいいかお悩みになったと想像します。今も悩んでおられるところでしょう。そのことの問題意識、お悩みを理解して、林委員と少し意見を交わしたいところがありますから、またお声掛けをします。   山下幹事がおっしゃっていただいた多岐にわたる御意見の中の事理弁識能力を欠く常況の概念理解について、私から少し御案内をしておく事項もございます。それはまた後で申し上げます。   今、加毛幹事が御発言を求めておられますから、加毛幹事に御発言をお願いします。 ○加毛幹事 ありがとうございます。   まず、第1の1(2)①のただし書につきまして、先ほどの波多野幹事の御説明によれば、(3)①の「必要があると認めるとき」という要件が特定補助人を付する処分の審判に課されていることから、不都合な事態を引き起こすのではないかと思います。というのも、事理弁識能力を欠く常況にある者と認定されると、(2)①のただし書によって、補助開始の審判を受けることができなくなる一方で、特定補助人を付する処分の審判については、1(3)①の「必要があると認めるとき」という要件を充足しないために、審判を受けられない可能性が生じるからです。その結果、このような場合には、補助人も特定補助人も付けられないことになってしまうのであり、それは望ましくないだろうと思います。この点が、第1に申し上げたいことです。   第2に、先ほどの上山委員のお話にも関わるのですが、特定補助人を付する処分の審判を設けることに対して御批判が強いところ、このような審判を設ける法技術的な意味としては、(3)③において、取消しの対象となる行為を民法13条1項各号の行為から拡張する点にあるものと考えます。民法13条1項各号については、前回も議論したところですが、処分行為と重要な管理行為を列挙するものと一般に説明されています。その前提には、保佐の場合、管理行為については、原則として、行為能力制限の対象にならないという理解があるものと考えられます。   そのことを前提として、1(2)①において、民法13条1項各号の行為を要同意事項とする場合には、これらに該当しない行為でも、事後的な取消しを認めるべき場合があるのではないかと思います。先ほどリフォーム詐欺の例が出ましたが、大規模なリフォーム詐欺であれば民法13条1項に列挙される行為に該当するだろうと思うのですが、それほどの規模でないリフォームであれば、管理行為として、13条1項各号に該当しないことも考えられます。しかし、そのような行為であったとしても、取消しの対象とするべき場合があるように思われます。そこで、取消し対象の行為を拡張することを認めるために、特定補助人を付する処分の審判が必要になると考えられます。それにもかかわらず、特定補助人をという制度をなくしてしまって大丈夫だろうかという危惧を感じます。あるいは補助一元論を支持される先生方は、管理行為を原則として取消しの対象から除外するという現行13条1項の規律もなくしてしまって、個別の必要性に基づいて取消権を付与すべきとお考えなのかもしれません。そうであれば問題ないのかもしれませんが、現在の制度との関係では、法的な見通しが悪くなるようにも思われます。   その点に加えて、特定補助という制度を設けることに関して、青木委員の御発言と波多野幹事の御説明や部会資料の記述の対立があるのですが、取消しは、何らかの法律行為がなされたところ、それを事後的に後悔して、その効力を否定することを意味します。そのような法律行為を事前に適切に予測できるのか不安に思うところがあります。青木委員が25年以上の実務経験に基づいて問題ないとおっしゃられると、私は実務経験がありませんので反論できないのですが、ただ、実務の御経験というのも、青木委員以外の弁護士の先生方も皆さん同じように思っていらっしゃるのかが分かりません。本当に大丈夫なのだろうかと私自身は不安に思うところがあります。   もう少し申し上げると、部会資料でも書かれているのですが、消費者契約法などによる対処も、脆弱性を抱える個人の保護の手段として考えられるのですが、他方、消費者契約法は消費者と事業者の関係のみを規律するものであることに加えて、事業者側の行為の悪性に着目をして取消権の付与が認められるものとされています。それに対して、行為能力制度は、本人の脆弱性のみに着目して、本人に保護を与えるという側面があることは否定できないように思います。本人の意思の尊重や自立の尊重は大前提であるわけですけれども、現在の法状況のもとで、特定補助のようなものをなくしてしまった場合に、マイナスの影響が出ないだろうかという懸念があることを申し上げておくべきように思いました。 ○山野目部会長 加毛幹事から大筋三つの点にわたって御指摘を頂きました。受け止めさせていただきます。ありがとうございます。   引き続き伺います。 ○上山委員 今の加毛幹事の御発言とも重なる部分があるのですが、今度は事務局ではなくて青木委員にお尋ねしたいと思います。仮に特定補助の類型を外すという御提案に沿った場合に、新13条1項についてどういう取扱いをするのか。もう完全にテーラーメード型にするので、こういう要同意事項あるいは取消権の対象となる事項についてのカタログは全てなくしてしまうというのが一つの考え方でしょうし、逆に、御本人の能力をできる限り認めるという発想からすると、ある種の行為能力制限の正に上限として13条1項各号の類型を残しておくという考え方も、一元論として矛盾はしないかと思うのですが、この辺りについてはどのようにお考えなのかというのを教えていただければと思います。 ○山野目部会長 青木委員、お話があればどうぞ。 ○青木委員 部会のこれまでの議論でいろいろ検討しては参りましたが、現時点での私の考えとしては、補助類型だけとした上で、要同意事項若しくは取り消し得べき事項を家裁が定めるについては、13条1項のような条項を残して、その範囲内でのみ家庭裁判所が付与できるという枠組みが適当だと思っています。それは、現行の補助についてはそうであるということとの関係から、現行制度よりも要同意事項の対象を広げて制約ができるということは相当ではないということからです。   先ほどの加毛幹事のご意見とも関係しますけれども、消費者被害も含めた被害について保護する法制というのは、成年後見制度だけで完結されるものではないということです。消費者保護法制もそうですし、民法90条もそうですし、いろいろな法制の中で日本における保護・救済の制度を作っていく中で、今回の改正において成年後見制度に期待する役割が何かというのを見定めた時に、成年後見制度だけで、そうした保護・救済の役割の全てを賄おうとすれば、おっしゃったような、13条1項各号以外の行為に及ぼすことができなくて本当に大丈夫かとか、本当に全ての具体的な必要性を予測できるのかという議論が出てくるのは、そうかもしれませんが、そういう発想ではないだろう、というのが大きな基本点にあると思っています。その基本的発想の上で、今回の改正は、個別に具体的必要性を認めながら付与することとし、それは13条1項各号の範囲内でのみ付与できるようにしましょうということであり、それについては、判断能力の不十分さの違いによって修正しなくていいのではないかと整理をしています。   それに若干の付言をしますと、第19回部会の参考資料10にあります現在の家庭裁判所で使っていただいている同意権目録は、13条1項各号をそのまま記載した目録ではなくて、3号の重要な財産の得喪とか2号の借財については、現在の取引でリスクが問題となっている具体的な取引の形態を、さらに詳しく同意権目録の中に羅列をしていまして、それが同意権目録として登記事項にも載っていることで、取引の相手方にも分かるというようなものになっています。今後の改正においても、この同意権目録において、リフォーム詐欺も含めて、問題となる取引行為の類型を具体的に書き込むことは可能だと考えていまして、それをアップデートしながら充実させることによって、必要な取引行為について、要同意事項に定めることができないのではないかという懸念というのは相当程度払拭できるのではないかということも考えているということになります。 ○上山委員 ありがとうございます。少しだけ続けてよろしいですかね。   取消権の範囲というのは、最後に青木委員がおっしゃったように、取引安全との関係性ということも当然考慮をしなければいけないわけで、その観点からも一定のカタログ的なものがあった方が個人的にはベターなのかなと感じます。その上で、更問い的な形になりますが、今の青木委員の御説明を前提にすると、仮に御本人の請求によってカタログ以上に、要保護事項、要同意事項を拡張してくれという申出があるようなケースも含めて、それは認めるべきではないというお考えでよろしいでしょうか。 ○青木委員 現時点はそう考えています。 ○上山委員 分かりました。ありがとうございます。 ○河村委員 ありがとうございます。林委員の御発言とか、その後の幾つかのやり取りを聞いていて感じたことなのですけれども、リフォーム詐欺というすごく分かりやすい単語が出てきて、部会長もそれを先ほど言及なさっていましたけれども、例えば今のやり取りを傍聴している方々が、この特定補助人という制度を作らないとリフォーム詐欺のようなものの被害者が増えるのではないかというようなイメージを持たれるのではないかと思うのですが、まず、私はそれが正しい理解なのかがからないので尋ねしたいということが一つ。先ほど、一から十のパッケージのどこかに当てはまるのではないかとどなたかもおっしゃっていましたけれども、リフォーム詐欺は特定補助人のようなものを作らないと防げない場合がそれほど多くなるのか。   重ねて申し上げますけれども、私は事理弁識能力を欠く常況まで至っていない人の中にも、むしろそういう方々の方が、被害を受ける可能性が高いという認識があるので、先ほどの意見と重複しますけれども、特定補助人の規定を作らなくてもいいのではないかということと、普通の補助人の中で、いろいろな選ぶものを広げていけば、必要と危険性という言葉が出ましたけれども、それに応じて広げていけばいいのではないかと思っていますが、3ページの一番上にある、以外の特定の行為ということを入れた特定補助人の制度がないとリフォーム詐欺というのは被害者が増えると考えられるのかということを、まず教えてください。   それから、もう一つ、コメントだけさせてください。リフォーム詐欺に限らず、消費者団体なので、活動の中で消費者被害のことは全般に扱っているわけですけれども、そういった被害は、毎月何万円というような、この制度を使うために補助人への報酬を払い続けた人だけが助けられるものであっていいわけはないので、やはり被害をもたらすような消費者取引については消費者法その他で、必要に応じて消費者法を改正して、消費者一般を守っていくというのが原則だと考えています。二つ目はコメントです。ありがとうございます。 ○山野目部会長 お手を挙げになっておられる竹内委員と山城幹事、少しお待ちください。話の進みに即して、今の河村委員のお話を伺うと、林委員と少し一問一答を交わしておきましょうというお誘いを差し上げた方が望ましいと感じます。   林委員におかれては、労働者の立場というよりはむしろ暮らしをしている人、生活者の立場として、この制度の下に置かれる、自分が本人になったときであるとか家族になったときのことを想定し、かなり真剣に連合の内部でもお考えになったと想像します。ありがとうございます。リフォーム詐欺というようなこと、確かに困りますよねとおっしゃっていただいたものでありまして、イメージとしては、かなり重い認知症になっているけれども静かに暮らしているおばあちゃんのところに、インターホンをピンポンと押して、壊れてもいないのに、この家は壊れていますね、修繕したらどうですかという声を掛け修繕の契約をする、させられるというような事象は現に起きていますし、そのような事案が起こってしまったら困ると、それがもし非常に重い認知症のおばあちゃんであると想像すると、それは考え方にもよりますけれども、事理弁識能力を欠く常況にあるというふうになるかもしれないから、何か考えようというお話になってくるかもしれません。   似た例を挙げれば、修繕の契約、リフォームだけではなく、最近はピンポンとインターホンを押して、そもそもおばあちゃんのお住まいの家を売ってくれませんか、いい値段で買いますよと勧誘する、これを押買いといいますけれども、おばあちゃんにしてみれば、夫と共に暮らし夫を見送った家で、この後もその思い出を大切にしながら暮らしていこうと思っているから、売るつもりなんかないというところが本心ですけれども、本人が重い認知症にかかっていて、うまくそれに対応ができず、結局、外形上は売買契約書に署名させられるというようなことも見られて、これも困ったことです。   ただし、リフォーム詐欺でインターホンを押しに来る者がいるとか、押買いでインターホンを押して声を掛ける輩がいるとか、その範囲であれば、それしてしまうのは困るけれども、それをしたら取り消されますよと、その事項を指定して要同意事項であると定めればよろしいものでありますから、その事象のみで述べれば、特定補助人を付する処分の審判をしなければならない局面ですねとは言いにくいです。そこは少し議論として整理していただく必要がありますから、リフォーム詐欺を心配していただいた点はよろしいですけれども、リフォーム詐欺をなくすのには特定補助人を付する処分の審判をしなくても、恐らく乗り切ることができるでしょう。   むしろ、重い認知症にかかっているけれども静かに暮らしているおばあちゃんではなくて、重度の精神疾患に罹患しているような場合において、精神医学の世界でいう陽性症状と呼んだり極端な躁状態と呼ばれたりしますけれども、非常に自分がハイになっていて、いろいろ積極的にやると、何をやるか分からないという状況になったときに、あらかじめこれが要同意事項ですよとリスト化して、特定の法律行為をしたら取り消されますと定めることは難しいけれども、本人は何をするか分かりません、もしかしたら高級外車を高い値段で買ってしまうかもしれないけれども、開いてみたら高級外車ではなくて家そのものを売ってしまっていましたとか、それはあらかじめ予測ができませんというような場面において、13条1項のリストの全般を幅広く指定しておいた方がいいかもしれません、というような局面において、もし特定補助人を付する処分の審判というものを用いるとすれば、むしろそちらの方が考えられますという話になってきますし、そうしたことを、事業者を相手に取引をする事例がありますし、親族が持ち掛けてきて、ハイになっている本人との間でそういう取引をするということもあるかもしれなくて、それらの局面も困ったことですというようなお話になってくると、そこはいろいろ、林委員の言葉で言うと、生活者の保護を考えていかなければいけないとおっしゃったことに何か応えるような仕組みを設けていくということを委員、幹事の間で真剣に議論していただかなければなりません。どのような議論に進めていったらよいかということは、今ここでこうして議論をお願いしているとおりでありまして、引き続き悩んでいただければ有り難いです。   竹内委員、お待たせしました。 ○竹内委員 私からは2点申し上げます。   先ほどから特定補助を設けるということの懸念がたくさん出ております。それについて、特定補助をやはり設ける必要があると私は考えてはいるのですけれども、その場合、懸念を払拭するために、ここで開始要件、鑑定であるとか医師2名、ここで絞る、そして必要性というところでも、実務をやっていて時折感じることは、取消権があるのは重要です、ただ、代理権だけでどうにかなっているということも多々あるように感じています。ですから、例えば代理権で対処できるような場合は特定補助の必要性は認めないというような運用をするであるとか、あとは終了のところです。終了事由のところで、特定補助のところの終了についてはよくよく吟味すると、定期報告のときに、終了すべきであれば、先ほど遠藤幹事から、何らかの課題や動機があるはずなので、それがなくなっていれば取り消せばいいのではないかという御意見がありましたが、終了事由の吟味というところで何とかならないかと思うところです。   もう一つは、部会資料で気になっているところなのですが、部会資料の改正後の補助なのですけれども、ここは要同意事項の拡張が認められないことになります。現行法では保佐人には要同意事項の拡張が民法13条2項で認められているのですが、改正後の補助人とに現行法の保佐人に該当する方が含まれるとなると、一律に拡張が認められなくなります。それはやむを得ないということでよかったのかということが部会資料を読んで気になりました。その点は、あるいは事理弁識能力を欠く常況にあるという解釈を捉え直すことで何か対応をすべきことなのだろうかというところを少し疑問に思ったところです。   事理弁識を欠く常況にある方、先ほど来から、むしろ判断能力が高くて行動できる人の方がリスクが大きいというのは、私もそうだと思います。これまでの事理弁識能力を欠ける常況にある方の定義ではなくて、もう少し捉え直しができないのかなと思いました。そもそも常況という言葉というのは正しいのだろうかと。恐らく法律行為ごとによるのでしょうし、整理しきれていませんけれども、常況という言い方をするから、何か違うものが想定されてしまうのではないかと感じたところです。 ○山野目部会長 事理弁識能力を欠く常況の概念の理解について山下幹事から問題提起があり、そして今、竹内委員からもおっしゃっていただきました。これについて考えていかなければいけないことについてのお話も差し上げたいと考えています。 ○山城幹事 ありがとうございます。先ほど来議論があります、特定補助人を付する処分の審判を一定の場合にはすべきではないかという議論につきまして、気になることがございまして発言いたします。この議論をするときには、特定補助人を付する処分の審判というものが少なくとも二つの性格の問題を含んでおり、どちらを必要とすると考えているかを区別した方がよいのではないかと考えます。1点は、部会資料第1の1(2)①、つまりリストですけれども、ここに掲げられている行為について全て一律に取り消すことができるものとする点、もう1点は、特定補助人を付する処分の審判をされる者は、同意を得て行為をすることもできないという取扱いに服するという点です。特定補助人を付する処分の審判には、少なくともこの二つの問題への対応が一体として含まれていますが、取消しをすることができる行為の範囲を広くするかどうかは、同意を得て行為をすることを認めるかどうかとは区別して論じることができるだろうと思います。これは先ほど釈明に応じるという形で根本幹事からもお話があったところですけれども、そのようなことができるわけですから、広く取消しを認めた方がよいということから、特定補助人を付する処分の審判という制度を設けるべきだという議論に直ちに結び付くわけではないだろうと思います。   その上で付言いたしますと、取り消すことができる行為の範囲を広くすることの許否自体が議論の対象ではありますが、必要性が認められるのであれば、取り消すことができる行為の範囲が拡がること自体は妨げられないのではないかと思います。また、今し方竹内委員から御発言がありましたけれども、13条2項本文にあるように、リストにない行為についても取り消すことができるとすることも、必要性があるのであれば妨げられないのではないかと感じます。もっともリストに加えるべき行為ないしは事例が実際に存在するかにつきましては、実務に携わる先生方から御意見を賜って検討したいと考えるところです。しかし、いずれにしてもそのような形で拡張すること自体は、ニーズに応じて保護の内容を考えるという思想と相容れないものではないと私は考えます。   もう1点ですけれども、これは先ほど申し上げたことの繰り返しにもなりますが、同意を得ても行為をすることができないという取扱いを認めると、法定代理人がない場合にはその行為については誰もすることができないこととなり、やはり問題ではないかと私は思います。その意味でも、取り消すことができる行為の範囲を広くするという考慮だけでは、特定補助人を付する処分の審判が必要である理由の説明としては不十分ではないかと考えます。 ○根本幹事 加毛幹事や山城幹事のお話を受けて、基本的にはお二人の先生方の御意見に賛成するところです。まず一つは、特定補助という制度の制度的な意味がどこにあるのかということを、確認をすることが必要だろうと私自身も思っています。それが仮に、冒頭で申し上げましたように、13条リスト以外の、いわゆる③というのでしょうか、追加ができるというところにあるのだとすると、その追加ができるということと、今、山城幹事からもありましたけれども、事理弁識能力を欠く常況ということがどのように結び付くのかというのは、理論的には判然としないと私自身も思っています。   それから、2点目が拡張するということの対象です。現行法の保佐の場合の平成11年の立法担当を確認しますと、役務提供契約その他の無名契約で相当な対価を伴わないもの、つまり相当な対価なのであれば重要なる財産といえるということを前提として、相当な対価、相当なというのはそれなり金額という意味でここは言っているということですけれども、ということになるのだろうと思います。   それは確かに拡張する、広げる規律というのが必要であれば、私もそこは拡張したらよいということにはなるのだろうと思いますけれども、そのことを特定補助で規律をしなければいけないのではなくて、飽くまでも13条のリストを拡大する場面というのがどのような必要性で拡大されるのかという必要性という形でくくると必要性は何なのだという議論に陥るのかもしれません。特定補助とこの13条のリスト拡大という話は必ずしも理論上結び付かないという、先ほど申し上げたところになるのではないかと思うということになります。   3点目は、加毛幹事から御懸念を頂きました、取消権付与を予測できるというところについてどうなのかというところについて、私は青木委員ほどの長いキャリアがあるわけではもちろんありませんが、懸念がもちろんないわけではないと思ってはいます。ただ、そこは恐らく、先ほど必要性の中身をどのように考えるのかということの中で申し上げました、御本人が当該法律行為を適切に判断することができない危険性を、どの程度の幅を見て危険性を認定していくのかというところにも関わってくるのではないかと思います。危険性の認定の幅のところで、加毛幹事から御指摘を頂いた御懸念というのは、ゼロになるということは私も法律家ですので申し上げることはできませんけれども、相当程度カバーできるといえるのではなかろうかと思っています。 ○星野委員 重なる意見にはなりますが、少し発言をしたいと思いましたので、発言します。特定補助人を付する前提が、事理弁識能力を欠く常況にある者である場合、今までの議論を聞いていますと、ここを変えなければならないということなのだろうと思うのです。欠く常況にある者というところが多分、今出ている対象者の状態像がそれぞれ違っているということなので、能力を欠く常況にあるというところを違う表現にすることで、必要性がある場合に、特定補助人という形ではなくて、必要な範囲の取消し、要同意行為を付するという考え方で行けないかというのが一つ目の意見です。   もう一つ本当は言いたいことがあったのですが、すみません。 ○山野目部会長 また後でもいいですよ。 ○星野委員 失礼しました。 ○山野目部会長 ほかにいかがでしょうか。   中継ぎで御話をします。山下幹事と竹内委員から事理弁識能力を欠く常況についてお話を頂きました。平成11年当時の事理弁識能力を欠く常況の説明を改めて顧みますと、この時代は本人に対する意思決定支援が未発達な段階でありました。本人の行動の動態的な側面が意識されずに概念が議論された憾みがあります。その段階の議論の状況を考えますとやむを得ない側面があります。その際の説明に例示が添えられていました。その例示は総じて刹那的なものであって体系性を欠くものであると言わざるを得ないと感じます。日常の買物を自分ですることができず誰かに代わってやってもらう必要がある人という例は、買物の代行支援の具体的な態様に応じ福祉的な支援としていろいろなサポートがあることを考えれば、積極に考える余地もあるものでありまして、積極にも消極にも評価をすることができる例でありまして、この例から何かを伝えようとすることには、少なくとも今日の受け止めとしては無理があります。ごく日常的な事柄、家族の名前や自分の居場所などが分からなくなっているという例も添えられており、これは基礎的な事項に関する見当識を失っているという医学的な状態を指していますけれども、医学の所見としてはその整理でいいとしても、だから何なのだということを考えると、これのみで本人の社会生活に生じている障壁の様相というものを見究めることには困難があり、この例を用いて事理弁識能力を欠く常況なのだということにも困難があるであろうと感じられます。   遠藤幹事が事理弁識能力を欠く常況について御発言を頂いた際に、今で言うと事理弁識能力を欠く常況というものは何を意味するか委員、幹事において御議論を頂きたいというお話がありました。遠藤幹事の御発言はさらりとおっしゃっいましたけれども。言い方はさらりとおっしゃったのですけれども、意味なくおっしゃったとは感じられません。平成11年当時の事理弁識能力を欠く常況の概念の説明を維持したのでは到底これからの議論が続けにくい側面があることでしょう。   部会資料28の解説にそう書いてあるではないかというお叱りを山下幹事から頂きました。ごもっともな側面があるとともに、何分にもこれは政府を代表して事務当局が出している文書でありまして、今までの説明を客観的に回顧するとこういうことですよと、ざっくばらんに言うと、この前に座っている人たちが、先輩が考えたことを紹介するとこうですよということを御紹介しているものです。先輩の考えた内容は全部正しいから受け入れてくれとお願いしているわけではなくて、今日の委員、幹事のお話を伺った上で改めて、もしこの概念を用いることがあるとすると考えなければいけません、というお話になってくると見込みます。   仮に用いるとすると、事理弁識能力を欠く常況という文言それ自体が同じであるとしても、この文言といいますか概念が置かれる背景というか、周辺の風景は全く異なったものになります。平成11年当時は、事理弁識能力を欠く常況に当たると認定することによって、本人に対していろいろな保護を包み込んでしてあげようねという、どちらかというとプラスの概念として用いられたものでありますけれども、もし今日これを用いるとすれば、ベクトルは全く正反対でありまして、この概念を用い何かを考えるときという場面は要警戒である、かなり慎重に絞ってこれは用いなければいけない概念であって、これを用いたときには本人の権利擁護について重大な措置を講ずるという局面ですということを覚悟して用いてくださいという概念に転換していくことになりますから、お話したように、その置かれている文脈はベクトルが全く正反対になります。ここによく注意をした上で、仮に用いるとすれば、今後の議論を重ねていっていただかなければなりません。   今お諮りしている第1の部分について、引き続き委員、幹事からの御発言を頂きます。いかがでしょうか。 ○青木委員 今、部会長からお話があった事理弁識能力を欠く常況にある者の現代的意義ということですけれども、それを考えるに当たっては、現在、意思決定支援ということが具体的な手法として実践されてきていることを踏まえますと、どんな人であっても適切な意思決定支援がなされることにより本人の意思を表明することができる可能性がある、という前提、基本的な考え方に立ちますと、「事理弁識能力を欠く常況にある者」というのは、そうしたあらゆる意思決定支援の関りをしても本人さんが意思を表明できない人というようなことになっていくのではないかと思いますし、そういうことは、人によって、支援状況によって、異なってくるため、具体的に例示を挙げることができるものではないし、それはその人の能力の程度だけによって示すことができるものではない、という考え方になるのではないかと思っています。   したがって、事理弁識能力を欠く常況にある者とはどういう者かということを幾ら議論しても、それはやはり個別性のある事情に基づくしかないと、人によって違う、置かれている経験や環境によって違う、対象になる事項によって違うので、「常況にある者」ということを属人的に認定するのは困難ではないかという議論に行きつくのが意思決定支援を踏まえた考え方ではないかと思っています。そういう意味で言いますと、仮に今回の法制に「事理弁識能力を欠く常況にある者」というものを残した場合に、それにつき、具体的に法的安定性を持たせて共通の概念を作ることが果たして可能なのかと思っているところです。 ○星野委員 今、山野目部会長がおっしゃったこと、縮減していくということですよね。実務上でいつも感じているのは、この取消しというのは、本人の同意が難しい場合ももちろんありますけれども、本人にとって保護されるというか、本人にとって本人が望んでいるものであれば、取消権という感じではなくて、やはり取消を代理するという感覚が強かったと思います。そうではなくて、本人の意に沿わなくても取り消さなければならないというところは、もちろん保護のために行っているのですが、やはりそれはどちらかというと本人の行動制限、本人が思っていることとは違うことをやることで本人を守る、つまり、先ほどおっしゃられたとおりで、本人を保護していくというためにあったものが、本人にとっては制限的なこととなるので注意して取り扱わなければならないと、正にそういう整理をしていただけるとこの議論がすごく分かりやすくなるなと思いました。   ですので、今、青木委員も言われましたが、事理を弁識する能力が常に欠けている常況だというところの認定をするということは非常に難しいと思いますので、やはり、どういう必要性があるかというところから、こういった権限を特別に与えるのかどうかということがこれから整理されていく必要があるということを言いたかったのと、あと、そういうことだからこそ、権限を行使した後の、いわゆる補助人ですね、これから補助人になると思うのですが、今までの後見人、保佐人、補助人というのが、その行為をした後にやはり本人と関係を構築していくことが難しくなる局面が多くなるから、そのような権限を使わずにいろいろな方法をやってきたと思います。   もちろんこの後、これから後見人の交代がよりスムーズに行くとか、本人にとってよりふさわしい方に替わるということが今まで以上にできやすくなるとはいえ、なぜそれを使わずに支援していこうとしたのかというところは、やはり本人とその関係者、それは本人の意思を尊重するとか、そういうところを大事にしながらやりたいけれども、それができないというところのジレンマの中で、それを使わないでどうしてやっていこうかということを多くの受任した者たちがやってきましたので、そこは少し発言しておきたいと思いました。 ○山野目部会長 星野委員が先ほどおっしゃりたかったことはそのことですか。思い出していただいてありがとうございます。 ○下澤委員 裁判を現実に家庭裁判所の現場で行っている者の立場から申し上げたいと思います。   今回いずれの論点についても、どのような結論になるにせよ、裁判所の立場から申し上げると、法文の各用語の定義ですとか解釈が可能な限り明確になることによって、各家庭裁判所あるいは各裁判官の判断や運用が不相当な程度まで区々になったり混乱するなどして、ひいては利用する皆様の不利益にならないようになること、これが大事なことかなと思っております。   このような観点から、今回の冒頭での議論の関係で申し上げますと、今、事理弁識能力を欠く常況にある者、こういった概念が議論されておりますけれども、この意味内容の解釈にもある程度の幅が観念されるところでありまして、そもそもこの概念を残すのかどうするかということについても議論があるところでありますけれども、仮にこういった概念を残すのであれば、可能な限り、事理弁識能力を欠く常況にある者とはどのような性質の者、あるいはどのようなレベルの者なのかということが明確に現場の実務として判断できるように整理されていくということが望ましいのかなと考えております。   以上のような観点でも、先ほど部会長の方からもいろいろコメントいただきましたけれども、また、用語をこのまま残すか残さないかという御指摘もありましたけれども、こういったところも含めて、今申し上げたような観点を改めて委員の皆様、幹事の皆様に御留意いただいた上で、詰めの議論、これからの取りまとめの議論を進めていただければと考えているところでございます。若干抽象的な意見を申し上げましたけれども、以上になります。よろしくお願いします。 ○山野目部会長 御意見を頂きました。ありがとうございます。   引き続き伺います。 ○上山委員 また青木委員から御提案の内容について詳しくお伺いしたいところなのですが、青木委員の意見書ですと、5ページの5に当たる部分ですが、仮に修正を要するとしても、本人の同意能力の有無で区分するということで、要同意事項とは別に、単純に取消権を付与する事項を作った場合に、同意能力の有無で振り分けると、そういう考え方もあり得るという趣旨なのでしょうか。 ○青木委員 ベースとなるのは13条1項の各事項について要同意事項として定めるのが原則だけれども、それを要同意事項としては定めずに、取り消すことができる事項として定めるという違いになるという理解です。 ○上山委員 そうすると、要同意事項と取消し事項が一人の補助人の権限の中で混在することは、そもそも想定されていないと。 ○青木委員 そうです。同意能力がない人の場合には要同意事項の定めができないことになって、取り消すことができる事項だけの定めになることになるという理解です。 ○上山委員 そこでおっしゃっている同意能力というのは、家事審判手続において要同意事項を定めることについての手続的な同意能力という理解でよろしいでしょうか。 ○青木委員 今回ので言いますと、代理権付与と要同意事項を定める、それぞれについて本人の同意を要件とされていますので、ただし書で、本人が意思を表明することができないときはその限りでないとなっている実体的要件としての同意を得ることができない場合を想定しています。 ○上山委員 すみません、質問の仕方が悪かったですね。青木委員がおっしゃる実体的要件だとしても、13条1項各号の同意権が付与される対象になる法律行為を、実際に本人が行うときの能力を指しているわけではなくて、この行為について補助人に同意権を付与してもよいですかと尋ねたときに、御本人がそのことについて同意できる能力があるかどうかということでよろしいですか。 ○青木委員 はい。 ○上山委員 今のお答えを受けて、2つご教授ください。一つは、補助人に同意権を付与することに対する御本人の同意能力の有無と、実際の対象となる13条各号において単独で、あるいは同意を得て具体的な法律行為を行うことができる能力があるかどうかというのは、若干次元が違う側面があるのかなという気もしており、もしかしたらそこはもう少し整理する必要があるのではないかと思っています。もう一つは、青木委員の意見書の中にもあったのですけれども、ケースによっては補助人の同意を得て御本人が行った法律行為が意思無能力無効の対象に理論的にはなり得る場面というのがあるような気がしておりまして、この問題について、禁反言則のような形で対応するという御提案はありますが、実務的な観点からみて、それだけで十分なのかどうかという点の御感触を教えていただけますでしょうか。 ○青木委員 まず一つ目の点については、私は、本人に同意能力がない場合でも要同意事項を定め得るという考え方にまずは立つわけです。そこには、手続きについて同意能力がなかった場合でも、本人さんが補助人に事前に相談をした上で同意を得て契約をするということがあり得るだろうという前提になっています。ただし、資料28にも書いてありますように、取引の相手方等も含めて、後で取り消される心配がある事項が増えるのではないかということの懸念から、取引の安定性を強く求める場合には、取り消し得べき行為だけにするという選択肢もやむを得ないかということで考えておりますので、その場合には、手続についての同意の能力と、13条1項各号のそれぞれの行為をする場合に本当に同意を得て行為をするだけの力がないのかということがずれるということはあるけれども、それは政策的にやむを得ないという判断をしているということになります。   それから、二つ目の点については、意見書に書きましたのは、実務家としての感覚では、補助人として同意をする以上、そしてご本人が手続き同意能力がないとされる判断能力がかなり低い方についての同意をするかどうかの想定ですので、補助人としては、よほど慎重に同意をしていいかどうかは検討するわけです。その結果として同意をした場合には、後で、同意をした補助人や本人から意思能力無効の主張を言うことはないし、相手方もこの取引を成立させたくてしているわけですから、相手方から無効を主張することもないので、理論的には、その場合でも民法3条の2に服するものですが、実務的には意思能力無効を主張される事態というのは、制度設計において懸念するほどの立法事実にはならないと考えているということです。 ○上山委員 大体分かりました。相手方からの無効主張については、恐らく意思無能力を相対無効とみる今の一般的な理解からすると、そもそも制約が掛かるのかなという気もしますけれども、御説明の意図は分かりました。ありがとうございます。 ○山野目部会長 上山委員にお声掛けをします。今、青木委員との間で御議論を交わしていただいた、相互に関連していますけれども2点ですね、今、上山委員は青木委員にお尋ねを出す係として御発言いただきましたけれども、むしろ上山委員の御意見を今後の整理のために伺っておきたいです。例えば、前半の方でおっしゃった、象徴的に言えば二つの同意ですよね、あれの間の違いというものは、上山委員は若干の違いがあるとおっしゃったのですけれども、若干であるか本質的であるか。青木委員の方は、立法事実として考慮すべきほどの重さではないとおっしゃっており、青木委員の意見は分かりましたけれども、上山委員はどうお考えかといったようなことは整理のために伺っておきたいと考えますから、今度は御意見としてお願いしてよろしいですか。 ○上山委員 承知いたしました。飽くまで個人的な感覚にすぎませんけれども、内容的に両者は次元の異なるものではないかと私は感じています。この人の同意を得て今後は行為してもらうことになりますよということを受け入れる能力と、実際にその後に要同意事項とされた法律行為をするときに、補助人と相談をしたうえでとはいえ、最終的には本人の意思表示によって完全に有効な法律行為をすることができる能力というのは、厳密に言うと次元の異なる話のように感じます。   私が実務的なことを申し上げるのは変かもしれませんが、むしろある程度判断能力がある方、部会長もおっしゃっていましたけれども、双極症の方が躁状態にあるようなケースなどを想定した場合に、入口の場面での支援拒否ということが結構あると思うのです。そこをどう評価するのかというのは少し難しいところがあって、今回の改正の方向性と少し抵触するかもしれませんけれども、やはりある程度は一旦介入できる余地、強制的にというか本人の意に沿わない形でも制度を発動できる余地を残しておく必要は、特に支援拒否のようなケースでは、あり得るのではないかと思っています。しかし、こうした支援拒否の場面でのある法律行為を要同意事項とすることについての本人の反発と、実際に例えば土地の売買などをするときの契約能力というのは、やはり次元の違うことであるように思われ、両者を直ちに等号で結び付けることには、なお検討の余地があるかなと今の段階では感じているところです。 ○山野目部会長 御意見の趣を理解いたしました。   もう少しをお尋ねした上で、久保委員、花俣委員にこの順番でお声掛けをしようと考えておりますけれども、いかがでしょうか。 ○加毛幹事 ありがとうございます。山城幹事に御質問をしたいと思いまして、発言をいたします。特定補助のもとでは、特定補助人の同意があっても本人は単独で有効に法律行為をすることができないわけですが、そのような行為能力の制限は、保護者による包括的な代理権を裏付けとして認められてきたのではないか、そこで、包括的な代理権をなくすことにすると、行為能力制限の対象となる法律行為に関して、本人が取引社会から放逐されるおそれがあるのではないかという御懸念を示されたのではないかと理解しました。   そのような理解を前提として、山城幹事のお考えをさらにお尋ねしたいのですが、特定補助のもとでも、本人は意思能力を有していれば法律行為をすることはできるのだろうと思います。ただし、本人が行った法律行為については取消しの可能性があり、本人自身あるいは特定補助人によって取り消され得ることになります。しかし、取り消されるまでは、法律行為自体は有効であるので、行為能力制限の対象となる法律行為を本人ができなくなるわけではないと思います。   そのことを前提として、山城幹事が御懸念されているのは、取消原因のある法律行為が可能であるというだけでよいのかということなのでしょうか。更に言えば、取引相手方との関係でも問題があるのではないか、法律行為が取り消され得ることを考慮して取引相手方が本人と取引をしなくなるおそれがあるので、本人が取引社会から放逐されるのではないかということを懸念されているのでしょうか。その辺りに関するお考えを教えていただければと思いました。   仮に、特定補助の本人と法律行為をした相手方が、当該法律行為の取消原因を除去することが問題なのだとすると、例えば、特定補助人に取消権の放棄を求めることも考えられようかと思いますし、あるいは、本日の審議対象ではありませんが、催告によって取引行為の有効性を確定するという方法もあるように思われます。   私の理解が間違いでなければ、包括代理権は、本人でない者が意思決定を代行するところに問題があることを理由として、これを否定することが本部会で多くの賛同を得ているものと思います。それに対して、取消権については、確かに本人は単独で有効に法律行為をできないわけですが、法律行為を有効としておきたいのであれば、取消権を行使しなければよいとも考えられます。このような理解も成り立ち得るのではないかと思うのですが、やはり包括的な代理権が保護者に付与されていないと、保護者の同意があっても本人が単独で有効に法律行為をすることができないというタイプの行為能力制限を設けることには支障があるという御理解なのだろうかということを、お聞きできればと思います。 ○山城幹事 当方が申し述べたことは、加毛幹事から適切に要約していただいたとおりですので、お尋ねの点についてお答えを申し上げたいと思います。   特定補助人を付する処分の審判がされた本人も取り消すことができる法律行為はすることができ、保護者が取消権を放棄すればその効力は確定的なものとなるという点は、ご確認いただいたとおりです。しかし、だからといって法律行為をする可能性が確保されているということになるのであれば、現行法の後見類型であっても、能力制限に関する限りは問題はなかったということになるのではないかと思います。もしそれで足りるならば、法定代理権以外の点については改正の必要はないではないかという疑問も、極論をすれば、生じてくるのではないかと感じます。事後に取消権を放棄することで本人が有効に行為をするという余地があるということを期待するのであれば、あらかじめ同意を得て行為をするということがあってもよいのではないか、もちろんそれが難しいときには同意をしないことが保護者に期待されるわけですが、状況がそれを許すのであれば、保護者が同意をして本人自身が法律行為をする余地が認められてもよいのではないのかというのが、出発点としてまず申し上げたかった点です。   その上で、相手方がそのような者と取引することを忌避するかという点につきましては、不確定的にしか法律行為の効力が生じないということになりますと、そのようなおそれは生じるのではなかろうかと思いますし、更に、部会資料の方では意思無能力による無効についても懸念が示されていたところかと思います。   ただ、そういった事態に対応するために、同意を得ても法律行為をすることができないという対応をすることが適切な対応なのかと、つまり、取引から排除されることを懸念するあまり本人が法律行為をする余地を否定するということになるのでは、方向性として整合性がない対応になっているのではなかろうかと感じています。部会資料12ページでは、本人に同意を与えて法律行為を自らする余地を認めるとしても、本人は保護者からの同意を得ずに行動する場合がほとんどだから、同意要件が形骸化されるというロジックに従って状況認識が示されています。しかし、たとえわずかでも同意を得て行為をすることができる場合があるならば、それができるようにしておくことが望ましいのではないかというのが私の考えです。同意を得ずに法律行為がされ、それが取り消される場合がほとんどになるのかもしれませんが、同意を得ないでされた法律行為が取り消されること自体は、制度が本来の想定どおりに機能したというだけのことですから、制度の形骸化ではなかろうと思います。その上で、補助人の同意を要する旨の審判に全て一元化しても、本人の保護という観点からは困ったことは生じないのではないのかと考えています。 ○山野目部会長 加毛幹事、お続けください。 ○加毛幹事 ありがとうございます。そうだとすると、包括的な代理権を保護者に認めないこと自体は、山城幹事の立論においては、それほど重要なポイントではないということになりましょうか。 ○山城幹事 そのように考えております。包括的な代理権を与えるということ自体を重視しているわけではないということです。 ○加毛幹事 現在の成年後見類型に対する評価については、包括代理権の問題と、行為能力制限の問題があり、両者を区別して議論できるのではないかと考えていましたので、ただ今の山城幹事の御説明はよく理解できました。   その上で、先ほどから話題になっている「事理を弁識する能力を欠く常況」という言葉をどのように解釈すべきかという問題に関わるのですが、部会資料の説明の当否を差し当たり棚上げして申し上げると、特定補助人という保護者の同意を得たとしても単独で有効に法律行為をすることができない者を、「事理弁識能力を欠く常況にある者」として理解するのであれば、特定補助という制度も、あながちおかしなものではないのではないかと思います。   このようなことを申し上げると、保護者の同意を得ても単独で有効に法律行為をすることができないということを判断できるのか、あるいは、保護者の同意を得たとしても単独で有効に法律行為をすることができない者という類型はそもそも存在しないのだという御批判を受けることが予想されます。そのような御批判が正しいのであれば、山城幹事のお考えのように、行為能力制限の対象は全て要同意事項として規律すればよいということになるのだろうと思います。ただ、そうでない考え方も成り立つように私は思いますので、その点を申し上げておきたいと思います。 ○山野目部会長 承りました。 ○久保野委員 遅れて参りまして、申し訳ございません。また、遅れたこととも関係しまして、今御議論いただいていることの詳細を踏まえての発言ではないことをお詫びいたします。   特定補助という類型を設けるかどうかという点についてです。私が伺っていなかった議論が、仮に全て特定補助という類型自体は設けるという前提でのものでしたら余計な発言になりますけれども、特定補助という類型を設けないということは慎重に考えた方がよいと思うという意見です。   それで、仮に類型的、という表現はよくないかもしれませんが、定型的な保護を行う仕組みを設けようというとき、その保護の中身、効果ですとか、対象となる人の範囲や根拠ということが、細かく議論されていたのだろうと想像しておりまして、それらを解決していく必要があるのはもちろんです。けれども、原案の全体を見たときに、この仕組みを設けることが、第3の3、4や第4の規律とつながっていることが気になっております。仮に、個別的な必要性に応じての制度設計だけにしますと、第3や第4のそれらの規律をどうするかが課題となるということはこれまでも確認されてきたところであり、その点も考慮してこの仕組みの要否を考える必要があり、現時点では設けた方がよろしいのではないかと思う次第です。   大雑把な発言でございまして、既に議論があったところかもしれず、すいません。 ○山野目部会長 審議に積極的に御協力いただきましたことに改めて御礼申し上げます。   ほかにいかがでしょうか。 ○波多野幹事 弁護士の先生方、どなたでも構わないのかもしれません、少し教えていただければと思っておりまして、先ほど今回御提案した経緯を少し御説明しましたけれども、中間試案でお示しした乙1案、乙2案という形があり、乙1案と乙2案の違いは、いわゆる保護B、事理弁識能力を欠くという常況の方については類型的な、代理権もそうでしたけれども、取消権についてもある程度の範囲で設定をして権限を持つという仕組みを提示したところでして、それに対して日弁連の意見としては、会内には乙2案を支持する意見もあるというようなことが書かれているというところだと思っています。この乙2案を支持する意見というものが、やはり保護Bというような仕組みが必要な場面があるのではないかということではないのかと私は捉えていたのですが、そうではないのかどうかについて、少し御教示いただければと思った次第でございます。 ○竹内委員 今の御指摘どおりです。保護Bというような類型、そういう制度を維持した方が、形は変えども、した方がいいのではないかという意見が弁護士会の中にはありました。全会一致で乙1ということではなかったものですから。それで、そのように日弁連意見書には書いております。やはり予測不可能な行為というのがあり得るのではないかというふうな懸念も示されていたところですが、青木委員、根本幹事、補足があればお願いいたします。 ○青木委員 日弁連の意見書を作成していく際の意見というのは、乙2案の保護Bとされる中には、13条1項各号に該当する法律行為についての代理権も全てつけるという制度が前提でしたので、類型的代理権付与と類型的取消権付与に保存行為や意思表示の受領権限がつくという提案についての賛否について議論されました。乙2案を支持された全ての意見がそうだというわけではありませんけれども、やはり類型的な代理権を付与した方がいいのではないかということを主な理由として、乙2案を支持する意見が各地の会員の一部に見られたということだと思っております。ですから、類型的代理権の付与を除いて、今回の特定補助人のように、類型的な取消権だけを位置付けるという提案になった場合に、そうした意見の方々が支持されるのかどうかということについては、全く議論をしたことはありませんので、どのような意見になるのかは全く読めないところです。したがって、今回の特定補助人の提案については、意見書作成時に乙2案を支持した方々があったからといって、特定補助人の提案についても支持するかどうかはかわらない状況にあるように思いました。 ○波多野幹事 ありがとうございます。そうしますと日弁連の会内では恐らく、事理弁識能力を欠くような方ということで、なかなか事前にどういう行為をするか予測することが困難だというときに、ある程度幅のある取消権を設定してほしいというようなニーズはないという理解をしてよろしいのか、そこが少し私が分からなかったものですから、先ほど加毛幹事からもありましたが、そういうニーズがなく、そのような仕組みをなくすところに突き進んでいいのかという問い掛けに対してどうお答えになるのかが少し知りたいというところでございます。 ○竹内委員 いえ、突き進んでいいと了解しているわけではないと私は捉えています。このように、捉え方は様々というところが実態です。 ○根本幹事 私からも一言だけです。日弁連全体としてそのような形で突き進んでよいと了解しているということではないと私も理解はしております。 ○山野目部会長 波多野幹事、ほかにありますか。 ○波多野幹事 大丈夫です。 ○山野目部会長 よろしいですか。   弁護士の委員、幹事の先生方は、もとより先生方おひとりおひとりの御見識をお持ちでいらっしゃるともに、いつも弁護士会の意思形成、意見交換において大きな御労苦をいただいてまいりました。これからも、委員、幹事の3人の先生に御尽力をお願いしてまいります。 ○山下幹事 先ほどの上山委員の発言をずっと考えていたというか、教えていただきたいというか、御意見を伺いたいのですが、先ほど双極性障害等の例を出されて、支援拒否で同意が取れないというようなケースというのを一つ考えなくてはいけないというお話を伺っていたのですが、恐らくこの場合というのは事理弁識能力を欠く常況と簡単にいえないのではないかと思いました。今の直前のお話とも関係するのですが、特別な保護をパッケージとして与えるという類型を一つ残すとしても、それが事理弁識能力を欠く常況の人のための制度として残すのか、それとも、明らかに同意が必要なのだけれども何らかの理由でどうしても同意をしてくれないという場合に、御本人の生活状況等を考えるのかもしれませんが、何らかの要件の下で強制的に保護の制度をある程度パッケージで与えるという余地を残すのかという問題というのは、これはやはり事理弁識能力の概念とは分けて議論するべきではないかと思ったのですが、上山委員の御意見等も伺いたいと思いまして発言させていただきました。 ○上山委員 今の山下幹事の御発言はそのとおりで、実を言うと想定している場面が違いまして、私も双極症等のために支援拒否をされている方が事理弁識能力を欠く常況にある人とイコールであると考えていたわけではございません。仮に乙1案的な形で一元的な仕組みとして、個々のニーズに応じて要同意事項を設定するとしても、そこで個別の要同意事項の設定について支援拒否をするケースというのはあり得るだろうと思うわけです。そして、正に山下幹事がおっしゃるように、そのケースでは事理弁識能力がない常況にある方とはいえない場合が当然あり得るので、そうだとすると、そこでいう同意能力をどのように理解すればいいのかというのは少し難しい問題ですよねという指摘をさせていただいたところであります。 ○山野目部会長 双極性障害の特にⅠ型の場合で申し上げますと、御存じのとおり一般に言われているところでは、波が大きく上下になっていて、特にⅠ型の場合、躁状態になったときの上の躁の状態が大変高くなって、少しお話したように、高級外車を買うかもしれないけれども家を買ってしまうかもしれないし、売ってしまうかもしれない、何をするか予測ができない部分があって、しかも本人の支援拒否みたいなものがしばしば随伴します。この状態は波があるから、時間的に永続しはしません。ただし、局地で見ると何をするか予想ができないという問題があって、そのような事象をどう捉えるかは一つの課題です。もっとも、通常はこの躁状態をもって直ちに事理弁識能力を欠く常況という概念の中で考えることをしませんし、半面、上山委員がおっしゃったように、支援拒否の場合だけが主題ではないですから、いろいろ留保、注意をしながら、これも一例、一局面としてイメージに含めながら更に考えてみようというお話を委員、幹事において続けていただきたく考えます。 ○河村委員 ありがとうございます。なるべく感じたことは積極的に述べていこうと思っているので、手を挙げさせて頂いています。今日、何度か事理弁識能力を欠く常況という定義というか中身を考えなければとか、変えていかなければというお話が出たこと、そして部会長から、取引の能力がないわけではなく、外車を買ってしまうかもしれない、家を売ってしまうかもしれない、買ってしまうかもしれないような人たちという例示があったときから、私はいろいろなことが分からなくなってきてしまいました。特定補助というのは、もしそういう人が家を売ったり買ったりしてしまったら困るでしょというようなことも含めているとすると、どなたかもおっしゃっていたとおり、これは事理弁識能力を欠く人と事理弁識能力が不十分な人という線引きとは全く別の線引きのような気がしたのです。そうなってくると、そういうことに合わせて事理弁識能力を欠く常況というのがどういうものかと決めていくということもあるのかもしれませんけれども、例えばこの部分でそういう考え方に寄せた線引きのやり直しをすると、おっしゃっているように後半の部分とかほかの法律の関連する部分との連続性とか、つまり事理弁識能力を欠く常況というのが出てくるほかの法律の部分と私は理解しているのですけれども、それが間違っていたら指摘してください、その線引きを変えることで、何か、その連続性もおかしくなっていかないのかしらと思ったというコメントを残させていただきます。 ○山野目部会長 今、河村委員から頂いたお話、それから、これから星野委員から頂戴するお話も踏まえて、少し事理弁識能力を欠く常況という言葉について私から御案内しておきたい事項もございますから、後でまとめて申し上げます。 ○星野委員 いわゆる支援拒否だけではもちろんないのですけれども、成年後見だけで何かをやるということはまず、もう無理で、社会福祉の領域の方では、いわゆるそういった支援拒否、セルフネグレクト的な状態像、自分の置かれた状況の受け止めが難しく支援を拒否してしまう、そういう方を成年後見ではなくて、まずはやはり、虐待防止法の改正などの意見を出していますけれども、そういうところの保護的な対応をするという仕組みがやはり社会福祉の方で十分ではないということを、まず申し上げておきたいです。   その上で成年後見制度、法定後見の必要性であるとか今の補助人、特定補助のことはこれから議論されますが、そういう支援方針をとらないと、全てをこの後見制度の中でと考えることが、いわゆる事理弁識能力を欠く常況というのを根拠として、福祉関係者は支援拒否、自分たちの言っていることを受け入れない、これをもう能力がないと思ってしまっている方たちはまだまだ多いのです。ですから、そこをしっかりと切り分けていくということも頭に入れながら、民法改正のところをどうするのかというところを考えていかないといけないと思いますので、少し発言させていただきました。 ○上山委員 1点だけよろしいでしょうか。時間のない中恐縮ですけれども、先ほど青木委員の御発言の中で、弁護士会の中でもいろいろ考え方が分かれているということは承知したのですけれども、その中で乙2案を支持する単位会の中でも、代理権の方に着目をして支持をしていた単位会もあるのではないかという趣旨の御発言があったように受け止めました。それを踏まえてということになりますが、どうしても特定補助という枠組みを残したいわけではないのですけれども、特定補助の概念を代理権の付与の形の方から確定していくという考え方はあり得ないかというのを少しお伺いしたいと思いました。   特定補助の場合に、13条1項各号の全部に関して画一的に取消権を付与することについては、私も個人的には反対で、少なくとも事案に応じて縮減させる余地は認めるべきではないかということをずっと申し上げてきました。例えば、かなり暴論だとは承知で発言いたしますけれども、意思表示の受領についての代理権の付与が必要であると認められるケースは、特定の契約についての意思表示が問題とされているわけではなくて、およそ意思表示一般についての受領について差し当たり代理人を置いておくことが必要であろうという事案ということになるはずです。そうであるとすれば、この場合は実質的には自ら意思表示をすること、自ら契約をすることも難しい能力の状況にある方であるといえそうですので、事理弁識能力を欠く常況という概念を使わずに、これを要件として特定補助という仕組みを作ることができないかと考えているわけです。このように、意思表示の受領に関する代理権の付与がある場合を特定補助と呼んで、民法のほかのところに連携させていくという可能性も認められないのかについて、青木委員にお伺いしておきたいです。 ○青木委員 それについては、上山委員のご質問は、民法の各規定との整合性の観点からのものでしょうけれども、私には意思表示の受領権限の付与のために、特定補助人をつけたいと思って特定補助を申し立てる人がいるかというと、そういう人はまずいないと思いますので、そういう提案というのは想定し難く、また実務的にも制度の意義を説明し難いと思っています。意思表示全般について本人は受領することができないから、特定補助を付けておこうと考えるニーズはないということは、断言していいのではないでしょうか、これについて、弁護士会の中で、意見が分かれるとかいうレベルではないと思います。 ○上山委員 分かりました。私の発想は、ニーズがあるかというよりは、ある種の線引の基準として、意思表示に関する受領代理権の有無というところから切り分けるというのは論理的にはあり得るのかなということですが、しかし青木委員のお考えはよく分かりました。ありがとうございます。 ○山野目部会長 ほかにいかがでしょうか。   それでは、久保委員、お願いします。 ○久保委員 正直申し上げて難しいです。よく分からないなと思ってお話を聞いておりました。どの人も、本当によく注意していれば意思があるというのは分かると思うのです。だからこそ包括的代理権はやめてほしいなというのは思いとしてあります。しかし、本人の同意が得られるかというところは、本人の同意を得ているという、そこの意味が本人自身が分かるのかなというような人もおられるように思うわけなのです。ですから、障害の種別といいますか、障害そのものも様々ですし、それからお一人お一人の状態も様々ですので、お話をずっと伺っていても、一元的にくくれないなという思いを持っています。   そのように思うのですけれども、ではどうすればいいのかというのが、それほど法律といいますか決め事として細かく決めるというわけにもいかないでしょうし、可能な限り本人の意思を確認していただいて、この人にとってこれが最善であろうというような思いで進めていく方向で、少しやり始めたら本人が嫌だと言うというときもあるのです。法的な大事なことでなければ、これは嫌だったのだなというのは後で分かってくるというのはあるのですけれども、法的な大きな話になると、そういう後戻りみたいなものもなかなか難しいということにもなってくるのだろうと思いますので、すみません、本当によく分かっていなくて、障害のある人はそれぞれ様々ですので、一つではくくれないだろうとは感じているところです。 ○山野目部会長 久保委員から御覧になっていて、大変お悩ませ申し上げる論議であったかもしれません。引き続き見守っていただきたいとお願いいたします。 ○花俣委員 この資料を頂いてから今日まで、私の頭の中があちらへ行ったりこちらへ来たりというのが本音ですが、そもそも新しく生まれ変わる制度というのは3類型をなくして一元化する、そういう方向になるのだろうと思って大きく期待を持っていました。そこに、要同意事項について、同意を得る合意が無理な方については特別補助人の審判を受けるという特例的なものが示され、取り消すことができる審判の要件というか、その対象というか、それが事理弁識能力を欠く常況の方であるという説明だったと理解しました。今まで、青木委員の意見書を始めそれぞれの委員、幹事の先生方からの御意見にあるように、特別補助人というものを本当に設けていいのかどうかというところについては、大半の方が、それを残すことでいわゆる乙2案みたいな形のものが法律の中に残ってしまうのではないかという懸念があるというような御意見だったかと思うのです。   私たちも中間試案のパブリック・コメントを僅かですけれども出させていただいた中に、法定後見の必要性がなくなったときには法定後見を終了させるとありますが、終了に関して消極的になることが懸念されるので、乙1案によるべきであると、意見を出させていただいているのですけれども、つまり制度の終了に関して、この特別補助人というのがあることで、もし終了に対して消極的なものが、初めはこれはレアケースに関して、その方の権利擁護を大事にするために残すのですという約束でスタートしたとしても、成年後見制度そのものが、身上監護と当時はいわれたと思うのですけれども、その義務もきちんとうたわれていたにもかかわらず、必ずしも制度そのものの運用というか、実際に使っている人の使い勝手の中ではそこは十分充足されていなかった、なので使い勝手が悪いということになったように、もし仮にこれが残って、相変わらず元の制度のような後見類型に近いようなものが残るのであるとしたら、それはせっかくここまでエネルギーを注いできて類型までなくして一元化して、制度は新しく生まれ変わりましたというものが、また何年かすると逆戻りにならないのかなと思う一方で、先ほどの加毛幹事の御懸念点については私も少し気になったので、法律論が分からない我々の立場からすると、万万が一にも法的根拠がないがために十分な権利擁護に至らない人がいるのも一方で困るなと思ったところです。このときまでは一元化される新しい仕組みになるということの方に大きく心を奪われていましたので、つまり先ほど冒頭に申しましたとおり、気持ちが行ったり来たりしているというのが正直なところです。   ではどうするのだと言われたら困るのですけれども、先ほど来、事理弁識能力を欠く常況の概念についての議論が出ていますが、これに関しては先ほど山野目部会長から、平成11年時代の事理弁識能力を欠く常況についての概念について御説明がありました。この説明を聞いていると、どうしても私には認知症による生活障害を持っている人々のイメージが多く出ていたのかなという気がいたしました。ところが、あわせて当時の、つまりそれはその当時はそうだったのだろうと思うのですけれども、当時の認知症への社会の理解のなさ、それから認知症に対する偏見、誤解がすごく多かったのです。認知症の人は何も分からない、何もできない人とされてきました。認知機能の障害というのは、自分の意思を言葉というものに置き換えて伝える、そういう手段を奪われてしまう。つまり、意思がないわけではないのだけれどもうまく表出できなくなる、そういうコミュニケーションの障害だと捉えています。   障害は何も認知症の方だけの障害ではなくて、先ほど来出ている精神疾患の方の場合も違うし、それから育成会さんの子供さんの持っている知的障害というものも、それぞれ障害特性が違っているので、私が申し上げていることが事理弁識能力を欠く常況の人の概念と全てイコールになるとは決して思ってはいませんけれども、何も分からないでこの議論がスタートした時点でこの言葉を聞いたときは、認知症のある人、認知症というレッテルを張られているだけでも社会から排除されがちなのに、更に法律はこんなことを言っているのかと憤ったことを今も覚えています。その中で長年の議論を積み重ねている間に、これは単なる法律用語なのだと思って、私の普段考えている、感じていることとは少し一線を画して捉えてきました。ここに至ってこの概念がと言われると、やはり認知症の人の様態というか状態について皆様にももう少し深い理解を頂けると有り難いと感じた次第です。   非常に散漫になりましたけれども、今感じているところになります。 ○山野目部会長 思い起こしますと、花俣委員と私と個人で最初に出会った機会が、法制審議会ではなくて別な機会でしたけれども、出会ったときにした最初のおしゃべりで、ほぼ開口一番、事理弁識能力を欠く常況という言葉がひどいというのが花俣委員のお話でした。それで、一所懸命、私が現在の民法の用いている意味を御説明しましたけれども、お怒りの表情が保たれていて、このような受け止め方があるということを感じました。   当然引き続き議論してまいりますけれども、仮に事理弁識能力を欠く常況という概念が残るとしても、申し上げているように、置かれている概念の意義、文脈におけるベクトルは全く異なったものになります。平成11年当時の事理弁識能力を欠く常況の概念は、本人を保護してあげるために覆い被せられる概念としての、ある種の期待を社会一般あるいは制度の趣旨において担わされていたと思われます。花俣委員から見れば、それは全然そんなことはなくて、差別の温床として働いた言葉かもしれませんけれども、あの当時の法制の趣意はそういう側面がありましたから、位置付けとしてはもしかしたら平成11年改正のヒーローないしヒロインと位置付けてもいい概念だったかもしれません。これからもしこの概念を用いていくとすれば、ヒーロー、ヒロインではなくなります。ディズニーの作品に出てくるようなヴィランですね、カタカナで表現したときのヴィランです。極めて警戒して用いなければならないもの、ヒーロー、ヒロインの正反対の存在として、用いるならばよほど注意して用いなければなりません、という概念に変わってまいります。そのように変わっていって用いることにするか、そうでないかということを、この部会の残された時間は潤沢ではありませんけれども、引き続き悩んでまいります。今、花俣委員が悩んでおられる御様子はこの部会全体の悩みでもありますから、また御意見を頂いてまいりたいと考えます。どうもありがとうございます。   部会資料28の第1の部分について御議論を頂きました。私の方から4点お話を差し上げておきます。   1点目は、部会資料28の大きな骨組みとして、現在ある3類型を抜本的に再編し、後見と保佐の類型を廃止し、補助の装いを新しくした上で法定後見の制度を調えていくという方針を示しているところでありまして、この点について委員、幹事の御意見を伺っていると、どなたも異論がないというか、皆さん、特定補助人を付する処分の審判のところに熱くなってきています。このように類型を再編するということの念押しをおっしゃってくださった上で、その意義を述べてくださった委員、幹事は冒頭の青木委員および山城幹事の発言、ならびにただいまの花俣委員の発言のみですけれども、大事なところですから念押しをします。ここは異論がないですか。   実は、少し想い起こしていただきたいのですが、パブリック・コメントにおいては現在の3類型を維持してほしいという意見を根拠を持って出した人々が少なからずいます。それから、乙1案、乙2案の検討においても、乙2案で是非行ってもらわなければ困るということを述べた意見提出者も、それぞれ根拠を持って相当数います。数の多寡ということを議論すればいろいろな見方ができますけれども、それぞれの意見をおっしゃった人、甲案、乙2案を支持する意見を提出した方は真面目に考えて、根拠を出して意見を出しているわけでありまして、委員、幹事におかれてもお読みになったことでしょう。その上でなお先ほどの類型再編で進むということを本日、大づかみの方針として御異論がないという確認を致しますけれども、それでよいという確認を今頂きました。   いささかもう少し皆さん冷静に御議論いただかないと困ります。甲案と乙2案を支持してきた方々の意見を受け止めたけれども、斥けますという方針を今決めようとしているわけです。私は国会で参考人として意見を述べる機会が何回か経験としてありますけれども、いろいろな議員が御質問をなさいます。議席が少ない会派の議員が立って質問なさる場面もありますけれども、たとえ1議席であっても、その方は何万人という方の支持を得て、そこに立って質問しているわけでありますから、数の多寡の問題とは違って、それは本気で向き合わなければいけないという気持ちで少なくとも自分は仕事をしてきました。法制審議会は、ここに来て成年後見制度を議論したいと思っている方は社会にたくさんおられるはずであって、ここに来て意見を述べる機会はないけれども、皆さんここにおられる委員、幹事が一所懸命議論してくれるであろうかということを見守っています。そうした思いも受け止めた上で、改めて冷静に考えるけれども、先ほどの類型再編で行くというお考えを、少なくとも本日段階ではお示しいただいたものと受け止めて、今後の部会資料の調製を進めることにいたします。   付言いたしますと、補助の類型の一つにすると申し上げたのはそのとおりです。特定補助という類型という言葉が少し散発的に飛び交いましたけれども、特定補助人を付する処分というものを設けるかどうかは引き続き御議論いただくとして、あれは類型ではありません。言葉を見ていただきたいものですが、特定補助人を付する審判ではなく、特定補助人を付する処分の審判です。補助という類型を運用している中で、ある局面においては特定補助人を付するという処分がその類型の中でされることがありますということをその文言によって伝えています。これは補助という類型の付随事象であるというつもりで、少なくともゴシックで示している言葉を選んでいるということに耳を傾けていただいて、引き続き御議論をお願いできれば幸いです。   それから、4点あるうちの2点目は、事理弁識能力を欠く常況の概念理解については、本日たくさんの観点を頂戴いたしましたから、それを踏まえて次回に向けて整理をしていくことになります。恐らく考えられるところとしては、本人の社会生活上、人が通常経験する事務のうち主要なものについて、その内容を理解し、考えられる解決の利害得失を検討して態度を定めることができる可能性が事理弁識能力であると理解すべきでありましょうけれども、この態度決定の可能性の有無や程度を見定めるに当たっては、事理の理解、検討に対する支援や、理解や検討をするに当たっての周囲の人々とのコミュニケーションの契機が参酌されることが望ましいという考え方が今日段階における議論の水準でありましょう。   加毛幹事が、本人の同意を得ようとしても、それを得る可能性についてほぼ絶望的だという状況を抽出するという観点を一つ見ていきましょうとおっしゃった点は、私はコミュニケーションと今やわらかい言葉を用いましたけれども、法制的に受け止めれば、それと通底するところがあります。事理弁識能力を欠くという状態は、本人の残存能力に照らし、この態度決定の可能性が本人にない、あるいはほぼ全くないと認められる状況をいうことになると思われますけれども、そのような見立てと、平成11年当時のもう少しラフな理解とを比べながら今後、遠藤幹事、下澤委員から御要望があったように、審判実務においても十分に参考にしていただけるような事理弁識能力を欠く常況の概念を委員、幹事のお知恵を集約して調えてまいりたいと考えます。   付言いたしますと、常況という言葉ですけれども、次回に向けて民法の先生方に教えていただきたいものでありますが、あれは時間的に途切れなくという意味なのですか。時間的な稠密性を持っていて、かつ、ほぼ永続的に続く状況というものを示しているのが元々の常況という意味でしょうか。常という言葉を使っていて、これの意味が委員、幹事の間でいろいろまちまちになっていて、随分これが本日の御議論を混乱させた側面がありますから、だったらそこはきちんと部会資料で従来の理解を踏まえて紹介してくれなければ困りますという御注文かもしれませんから、次回に向けて部会資料も調えていきますけれども、民法の先生方も従来の概念理解について事務当局に対して御意見を出していただいて、支援をしていただきたいと望みます。   3点目でありますけれども、ただし書の問題です。いわゆるただし書を外したらどうか、外してもらわなければ困るという御意見を複数の委員、幹事から頂いております。頂いていますから検討します。積極、消極、両方の観点を私の方から整理の意味で申し上げるとしますと、あのただし書を外した方が制度全体として柔軟になりますという御意見はそのとおりであると感じますが、今の案文でも柔軟な運用はできなくはありません。というのは、要件事実論的に申せば、これはただし書の方に回っておりますから、事理弁識能力を欠く常況だというものを医師二人に尋ねて確認をするという手順をとらなければ、そうではなくて普通に事理弁識能力が不十分な状況ですねと話が進んでいくという理解でするのです、と説明して進めていくということだってできなくはありません。それが一面の方向ですが、半面、要件事実論的にそうでしょうという言い方は、それは言わば法律家の内輪の議論であって、しかも法律家としての内輪の議論として見たときにも、通常の判決手続のときには請求原因と抗弁というように整理がピュアに妥当しますけれども、この概念が問われる場面は審判実務であって、そのように振り分けて裁判所は見ないでしょう、どうしてもこの局面に立った家事審判官は、幾らただし書の方に回っていたとしても、事理弁識能力を欠く常況の兆候が見られれば、では医師二人に聴いてみましょうかというような話になってしまうではないですかという側面があるでしょうし、続けて申し上げれば、山城幹事がおっしゃったことですね、事理弁識能力を欠く常況の者はこの限りでいないといって外すことによって、この制度が人々にどのような理解を促していくかという、山城幹事の言葉で呼ぶと象徴的な効果ということになるでしょうか、その問題は、私が要件事実論的な屁理屈を申しても、いや、そんなものは多分、象徴的な効果を消しませんよといって山城幹事に叱られるかもしれません。   それからもう一つは、その後ろの案文との関係で、加毛幹事に発見していただいた、必要性の要件との関係でやはりここに穴があるのではないですかというお話は、論理的にはまた異なる論点として、そうかもしれないと思われるものでありまして、それがどちらかというと外した方がいいかもしれないですねという方のお話であります。積極、消極、両方の悩ましい見立てがありますから、ここはもう一度、今日の御議論を顧みて、次回の部会資料に反映させるべく整理をし直すことにいたします。   最後、4点目ですけれども、17条1項ただし書の問題があります。現行民法17条1項ただし書は、補助開始の審判をするに際しては、現行の補助ですけれども、13条1項に列挙している事項を越えて、それ以上には行為能力の制限をすることができないと定めており、あれに相当する規律が今後において失われることになってしまうという観点を忘れてはいけない。どなたも忘れてはいないですけれども、あの観点を今後の立案に当たってどう考えていくべきかということについて今日、委員、幹事の間で活発な御論議を頂きました。実態を考えるとそこは余り心配しなくてもよいであろうという見方もありますし、あるいは心配しなければならない事象があって、それを定型的に抽出ができるならば、それはむしろ13条1項の組立てそのものを見直すという話になってくるではないですかという御意見も頂きました。   半面、加毛幹事から頂いたお話ですけれども、13条1項自体をなくすとか、大きく見直すということになると、今に比べて制度の見通しが得にくくなるような色彩の制度になるでしょうし、仮に余り心配する必要がないということで、実態というか実務がそう見通してと踏み切るとしても、絶対に大丈夫ですかということについては、加毛幹事のお言葉を借りると、絶対に大丈夫ですかということについては心配が残りますとおっしゃっていただいた、そこはまあどうでもいいでしょうというわけにはいかないと感じます。これは実態や実務がどうかという問題もそうですけれども、法制的な概念整理の問題でありまして、現行の制度よりも、少なくとも論理としては、より行為能力の制限される範囲が拡がる可能性がありますねということについて、もしそうなってもいいですと答えるならば、きちんとそれに対する説明を用意していかなければなりませんし、そうでないならば、やはりここを重視していくということになりましょうし、いずれにしても17条1項ただし書の現行法の規律を今後においてどのように扱っていくかということが、一つの揺るがせにできない論点であるということが、今日御論議いただいて浮き彫りになったと感じられます。   随分と長時間にわたって熱い議論を頂いたところでありますから、休憩にいたします。           (休     憩) ○山野目部会長 再開いたします。   部会資料28の第2から第5までの部分を一括してお諮りいたします。この部分について事務当局から資料の説明を差し上げます。 ○山田関係官 まず、24ページからの第2の1では、保護者の解任(交代)等について記載しています。解任事由のうち、補助人の任務に適しない事由については欠格事由とすべきでないとの御意見も部会ではありましたが、この点を含む現行の解任事由は成年後見人等としての適格性に問題があることを前提にしたものと考えられ、それを踏まえると、現行の解任事由については欠格事由とする案を提示しています。また、解任事由の二のところでは、著しい不行跡の内容を明確にする案を提示しています。   次に、26ページからの2(1)では、本人の意思の尊重及び身上の配慮について記載しており、前回の部会での議論を踏まえ、意思を意向とし、また①について、把握するように努めなければならないを、把握するようにしなければならないと変更しています。   続いて、27ページからの(2)財産の調査及び目録の作成等、28ページからの(3)成年後見人による郵便物等の管理、30ページからの3、本人の死亡後の成年後見人の権限(死後事務)等、33ページからの4(1)保護者の事務の監督については、部会資料23や部会資料25で記載した案と基本的には同じです。36ページからの(2)は、これまで法定後見の終了との関係で御議論いただいていたところ、保護者に関する検討事項の項目に移したものでして、その内容は部会資料24で記載した案と同じです。   続いて、37ページからの「第3 法定後見制度に関するその他の検討事項」では、1から4まで記載しておりますが、基本的には部会資料25で記載した案と同じです。なお、37ページからの(2)意思表示を受領する権限を有する者を選任する仕組みについては、これまで記載していた①から③までに加え、④から⑧までに記載のとおり、特別代理人の地位や職務に関する規律等を記載しています。   また、41ページからの第4では、第5の家事事件手続を除いた民事訴訟法の手続法の規律について整理しており、基本的には部会資料25において提示した考えや、その後の部会における御議論、部会資料28の第1において提示した民法における法定後見制度の枠組み等を踏まえ、整理したものです。42ページの7行目からの証言拒絶権については、これまでの部会資料で取り上げていませんでしたが、こちらについても部会資料28の第1において提示した民法における法定後見制度の枠組み等を踏まえて整理したものです。   45ページからの第5では、家事事件手続法の家事審判手続について整理しています。こちらも基本的には部会資料25において提示した考え等を踏まえて整理したものです。48ページの30行目からの申立ての取下げの制限については、これまでの部会資料で取り上げておりませんでしたが、部会資料28の第1において提案されている特定補助人を付する処分の審判について検討したものです。特定補助人を付する処分の審判については、本人が事理弁識能力を欠く常況にある者であるとして申立てがされることですから、取下げの制限の規律を設けることも考えられるように思われますので、提示をしています。もっとも代理権付与の審判や要同意事項の定めの審判は取下げの制限の規律を設けていませんので、そちらに合わせるとすると、取下げ制限の規律を設けないということも考えられるように思われますので、取下げ制限の規律を設ける必要があるのかとの観点から御議論をお願いしたいと考えています。   なお、48ページの申立ての取下げの制限のゴシック部分において、部会資料には記載しておりませんが、現行の家事事件手続法と同様に、補助開始の審判や補助人の選任の審判の申立てについては、現行法どおり、取下げには家庭裁判所の許可を要するものとする規律を維持することを想定しています。 ○山野目部会長 ただいま説明を差し上げた部分につきまして、委員、幹事の御意見を頂きます。この度は通常の雰囲気で行きましょう。小澤委員、どうぞ。 ○小澤委員 ありがとうございます。3点、意見を述べさせていただきます。   部会資料24ページの第2の1(1)の解任事由の二について、著しい不行跡を補助人の権限の行使が著しく困難又は不適当であるとした場合に、著しく困難という規定は補助人側に帰責性がない事由を含む印象を受けますので、欠格事由との関係で、どのようなケースを指すのか明確にしておく必要があるのではないかと考えています。   2点目、部会資料30ページの第2の3、死後事務については、御提案のとおりで異論はありませんが、契約の締結は、その契約で定めた義務の履行も含めて契約の締結行為であるということを明確にできないかと考えています。部会資料33ページなどで記載されているとおり、火葬契約締結に基づく支払いなどについては先取特権であることも踏まえ、必要な範囲で応急処分行為として行うことができるとはいえ、契約の締結には義務の履行やそのために必要な行為も含むことを明確にしていただければ、現場の補助人は迷うことがなく業務ができるのではないかと考えています。   最後、部会資料36ページの補助人の家庭裁判所への報告についてですが、毎年1回は報告すべきと考えていますので、御提案のとおり異論はありません。私たちの議論の中では、毎年1回以上と規定して、期間を短縮できるようにしてはとの意見もございました。   その他の論点については御提案のとおりで異論はございません。 ○根本幹事 私からは3点申し上げます。少し戻ってしまうのかもしれませんが、22ページのところの代理権の消滅の関係です。結論としては、通知であるとして運用事項であるという23ページの2(1)の記載で私はよいとは思います。従前の議論の中でありました、任意後見が登記が対抗要件になっていることとの法定後見の違いというところについて、その点を書くか書かないかというのは最終的には事務当局の御判断とは思いつつ、平成11年の立法担当が言っている違いの点というのも、それを維持されるというお考えであれば、そのことを御記載いただいてはどうかとは思うところがございます。具体的には立法担当の484ページの(注1)の②ということになろうかと思います。   それから、2点目が保護者の解任に関する点です。細かく3点ございます。一つ目は、著しい不行跡を今回、文言を改めるということでお書きいただいており、その際には平成23年民法改正のときの834条の改正を参考にされたと承知をしておりますが、平成23年の改正時には親権ということになりますので、親権の行使が著しく困難であるというのは、平成23年の立法担当によれば、適切な親権の行使が不可能であるか又はこれに近い状態ということを指し、次が特に問題だと思っているのですが、親権の行使が著しく不適当であるというのは、親権行使の方法が適切を欠く程度が高い場合であることや、親権の行使をさせることが子の健全な生育等のために著しく不適当であることを意味しますということを書かれております。   このこととの関係で、2点具体的には懸念がございまして、一つは、親権というのは当然包括的なものになりますので、元々ひとくくりということになるのだと思いますけれども、補助の場合には、包括的ではないことを想定されているというのが今の改正のこれまでの議論ということになりますので、補助人の権限行使というものが、親権の場合には包括的な権限行使しかないということになるわけですが、補助人の権限行使が個々の権限行使を意味しているのか、それとも補助人としての権限行使全体を意味しているのかというところで平成23年改正時の834条の文言そのままでよいのかというと、権限行使が持っている意味が違うのではないかと思われるところです。例えば補助人の権限行使が、文言として今申し上げるのが適当かは、例えば全体としてという文言を入れるなどしないと、個々の権限行使なのか権限行使全体の意味なのかというところがはっきりしないのではないかということが懸念の一つ目です。   あわせて、もう一つの懸念としましては、基本的には今の整理としては、この解任事由の一、二、三については、いわゆる補助人側の事情であるという整理をされているかと思いますけれども、834条の著しく不適当であるときというのは、先ほど御紹介しましたように、子の健全な生育等のためにという要素もここは含まれているのだということになっております。同じ文言を使っていて、片方では親権の対象となる子のことを配慮しており、他方でこちらの場面では補助人を付された方についての利益状況については四号だけで見ていますということが整合するのかということが、細かい話になりますが、懸念があるということになります。   それから、この点についての二つ目の懸念は、三号については従前の整理のとおりということで、25ページの33行目のところで欠格事由としないことの必要性は乏しいと御指摘を頂いているのですが、前回も申し上げましたけれども、まず実務上、この任務に適さない事由ということで実際に解任されたケースというのはほとんどないと承知をしております。欠格事由としないことの必要性が乏しいという立法事実を欠くのではないかと思うところもございますし、もう一つは、元々この任務に適さない事由というものの中には義務違反であるとか任務の怠慢などが含まれているということかと思います。四号の補助の付された方の利益ということとの関係で見たときに、三号に当たらない場合のみ四号だという解釈も、このままですと成り立ち得るのではないかと思っております。結果的には四号、せっかく新しく設けていただいたものに該当する場面というのが想像以上に狭まってしまうのではないかということを強く懸念します。文言を調整するのか、若しくは解釈として、三号に該当する場面でも四号に該当する場面も、そこは重複するのだということをお書きいただくのか、若しくは、前回私の方で発言をさせていただきましたように、三号については欠格事由から外すということもあってよいのではなかろうかと思っているということになります。   解任との関係での3点目の懸念は、解任の審判の手続をどのように規律するのかということです。通常、解任の審判のときの聴聞等の、欠格事由と結び付いていたがゆえに非常に慎重な手続が規定をされているかと思いまして、今回の解任事由の四号に当たる場合も同様の手続規律で行くのかどうかということについては、特に今までも余り検討がなされていないように思いますので、この点については手続的な保障の観点から見ても検討した方がよいのではないかと思っています。27ページから28ページに掛けての財産目録のところですけれども、少し今日の前半部分の議論とも関係しますし、特定補助という概念がどのように今後なっていくのかにもよるのかもしれませんけれども、特定補助人であるからといって必ずしも財産調査についての代理権限が付されているということではなかろうと思います。仮にこの部会資料28の特定補助を前提としても、そういう整理ではなかろうかと思っておりまして、特定補助だからといって代理権が必ずしも全て付されているわけではない中で、目録をどこまで作れるのかというところについて、再度整理が必要ではなかろうかと思っております。 ○佐野委員 第2の部分の36ページから記載いただいている保護者の事務の監督等のところの補助人の家庭裁判所への報告のところについてお話しさせていただこうと思っておるのですが、まず前提として、先ほど第1の部分のところで申し上げそびれてしまった内容から発言させていただきます。   22ページ以降に記載いただいております法定後見の終了の中の、法定後見制度における保護者の代理権消滅と取引の相手方の保護というところです。23ページの20行目以降にて、これまでの部会にて当方から申し上げておりました、取引の相手方が法定後見が終了して保護者が代理権を持たないということを知らずに、本人の代理人と認識して保護者との取引に応じてしまうという懸念と、その懸念への対応といたしまして、取引の都度、権限の確認のために最新の登記情報を提示いただく必要が生じて、保護者、取引の相手方の双方にとって不便なやり取りになることを踏まえて、取引の相手方の保護を図る方法について御検討いただいております。   今回の部会資料では運用による保護を軸に記載いただいており、取引の相手方が法定後見の終了、代理権の消滅を知る方法として、継続的な取引が発生する取引の相手方に対して、法定後見の取消しの審判の申立人から連絡される取引の情報に関する情報の収集というものを挙げていただいております。この運用により、取引の相手方は申立人からそのような情報収集のための連絡が来ない限り、取引の都度、権限の確認のために最新の登記情報を提示いただく必要がなくなるといった考え方もあるかもしれません。   しかし、実務に鑑みてみますと、申立人が情報収集をしたといっても必ず保護者の代理権が消滅するということではないので、その連絡が来て以降の取引においては都度、権限の確認が必要ということになると思っております。結局、長期間にわたっての取引の都度、権限の確認のために最新の登記情報を求め続けるということになり得ることには変わりがありません。非対面のキャッシュカードを用いたATMとかインターネットバンキング等の取引についても、仮にそれまで御利用いただいていたといたしましても、情報収集のための連絡をお受けして以降は、登記情報の確認ができないとしてお断りせざるを得なくなってしまいます。   民法478条の規定により免責を受けられるのではないかという考え方もあると思いますが、法定後見の取消しの審判の申立人からの取引の状況に関する情報の収集の連絡が来た以上、少なくともそれ以降は善意無過失と判断されづらくなるのかなとも考えております。また、法定後見取消の審判の申立人からの取引の状況に関する情報の収集の連絡につきましても、必ず実施されるものとは限らないと理解しております。   第2のところの補助人の家庭裁判所への報告のところにもあるような形で、補助人の報告をもって家庭裁判所が職権で成年後見の取消しができるものとしていただいておるのですが、その場合、今申し上げた法定後見の終了の部分で記載いただいている法定後見の取消しの審判の申立人からの取引の状況に関する情報の収集の連絡というものは、取引の相手方に対しては、ないということになると思っております。   改めまして、仮に保護者の代理権消滅を把握できていない状態で無権限者と取引を行った場合には、預貯金の払戻しに関しましては、預金規定にて後見等の届出がなされなかったことにより生じる損害については免責される規定の定めを置くことであるとか、先ほど申し上げた民法478条の規定により免責を受けるといった考え方もあると思いますが、そもそもそれ自体も裁判所の判断に委ねられるということになると思います。申し上げましたとおり、情報収集の連絡を頂いた後においては都度、登記情報の確認をすべきなのではないかといった実務上の課題も発生いたします。   また、定期報告の中で家庭裁判所が職権により取消しを実施するという方法においては、取引の相手方は、いつ取消しがなされたのか、すなわちいつ後見が終了したのかということを認識することはないということになります。例えば、家庭裁判所であるとか法定後見の保護者の方などから取引の相手方に対して、法定後見が終了した旨の通知を義務付けるといった点も含めて、引き続き検討いただきたいと考えております。 ○青木委員 補助人の解任についてですけれども、先ほど根本幹事から御指摘のあった不行跡の言い換えの部分ですけれども、恐らく権限ごとにという誤解を生じるかということについてだと思いまして、一見するとそのようにも読めるのではないかと第一印象では思いましたので、例えば、補助人による権限の行使など、補助人に着目した評価であることが分かるような文言の修正が法制上可能であれば、「補助人の」ではなくて、「補助人による」などの文言の修正があると、より明確になるのではないかと思っています。   続きまして、26ページになりますけれども、意思の尊重等のことにつきまして、今回、1文と2文を分けたままとして、1文の方を意思を把握「するようにしなければならない」と提案いただいています。ここで、把握しなければならないではなくて、把握するようにしなければならないとしていただいたことによって、努力義務ではないけれども、しかし結果として、把握ができなかったとしても把握するようにした、というところに義務の意味があると理解ができますので、意思が把握できなかった場合に義務違反を問われるのではないかとの懸念については、この義務の趣旨を今後、立法趣旨として十分に周知することによって、実務運用において適正に運用されることが期待できると思っています。   それから、27ページの財産目録等の調査につきましては、御指摘のところですが、保存行為によって本人の財産の状況を把握できるとは限らないことではないと思います。関連しますと、現在保存行為だけですと銀行の中で払戻しに応じない銀行も多数あることを考えますと、保存行為ということによって、その保存行為の権限付与をされた特定補助人がどれほどのことができるかというのはかなり不安といいますか疑問もあるというところを指摘をさせていただきたいと思います。   それから、死後の事務処理につきまして、特定補助人の制度がもし設定された場合には債務の弁済等もできるということで、死後の事務処理ができる根拠は保存行為ができたからということになるのだと思いますけれども、保存行為とその後の実際の債務の弁済とかその他の支払いということが必ずしも一致するのかどうかというところはなお検討を要するのではないかと思います。一方で、特定補助人以外の通常の補助人に債務の弁済や保存行為を認めない理由として、生前に付与された権限より重くなるということを資料28では理由にされていますけれども、再三申し上げていますように、生前に付与された権限がもし施設の利用料の支払い等、債務の弁済をするような権限がある場合に限って、死後についてもその必要性を家裁が検討して認めるということであれば、生前より重くなることはありませんので、十分に制度論として許容できるのではないかと思いますので、なお入れられないのかどうか、是非入れていただきたいということになります。   続きまして、36ページにつきましては、前回か前々回にも申し上げましたが、今回の見直しでは、期間の設定という論点として、定期的に家庭裁判所が必要性の有無に関して検討する機会を制度的に保障しようということでしたが、家裁が必要性の有無を検討するについては、本来は、保護者からの報告だけでは十分ではありません。保護者自体は継続しようと思っているが、本人や支援者等からすれば終了することが相当であるという事案もあるため、保護者の申立てによる取り消しだけでは十分でなく、定期的に家庭裁判所による審査をすべきということだと思っております。そうしますと、そうした家裁の審査が、ここに想定されているような年に1回の保護者からの報告によって、家庭裁判所が的確に判断することができることになるのかということが懸念が大きいところです。私としては、現在実施されている年1回の定期報告の審査の処理は、家裁裁判所は大変で、1日に何百件という審査をしないといけないという中で、1年間の職務を報告させ、適切に後見事務が行われたかということを検討し、かつ報酬の付与額を決定するというだけでも大変なのに、それに加えて、必要性の有無、解消に関する多面的な情報を把握して検討することが本当に可能なのかということを懸念しています。むしろ、ですからこそ、年一回の定期報告とは別に期間を定めていただいて、年1回の定期報告とは別に、3年に一度とか5年に一度とすることによって、その際には保護者の報告だけではない本人や支援者からの直接の報告や意見を求めることによって、十分な情報と資料に基づき判断するということが制度として必要ではないかと思っています。ですので、是非、下澤委員や遠藤幹事からも家庭裁判所の実務上の感触を教えていただきたいのですが、現在の年1回の定期報告の中に必要性の解消の有無の審査も含めることになった場合、どのような審査が可能で、的確に必要性の解消について審査をすることが可能なのかどうかというところについて教えていただきたいと思いますし、もし現行の保護者からの定期報告書に、1ページ、2ページ必要性の継続・解消についての報告事項を付け加えるだけのようなことを想定しておられるのであれば、それが果たして、必要性の解消について定期的な審査を制度的に保障するという、求められている趣旨に応えることになるのかということも教えていただきたいと思います。私の意見としては、定期報告と必要性の有無の審査をする機会とは分けた方がいいのではないか、後者については、補助の開始時に、必要性等の審査の機会については、5年以内に定めるものとするとか、3年で行うものとするということを付随して決めていただいて、それぞれ所定の期間内に審査をするという枠組みがいいのではないかと思っているところです。   それから、意思表示の受領に関する特別代理人に、補助開始の申立権も認めるということが、今回の資料でも引き続き残っていますけれども、負担の高さということを懸念しておりまして、申立権を認める必要が本当にあるのかということを、再検討いただけないかと思っているところになります。   それから、家事手続法の関係でございますけれども、特定補助を導入するということについては、私は反対ではありますが、仮にその制度を入れることになったときには、原則鑑定ではなくて鑑定を必須とするというぐらいの位置付けが必要なのではないかと思います。事理弁識能力を欠く常況にある者の概念、定義については、いまだその共通認識が十分に定まっていないということがあることと、これから概念について議論をし、安定した仕組みを作って認定をすることにしたとしても、なおこれまでの25年間で「事理弁識能力を欠く常況にある者」についてのイメージがあり、的確に認定することが難しいのではないかということなども懸念されることを考えますと、やはり主治医やかかりつけ医ではない、利害関係のない医師による鑑定を必須とするということが最低限必要なのではないかと思っているところになります。 ○山野目部会長 引き続き伺います。いかがでしょうか。 ○星野委員 ありがとうございます。3点申し上げます。   まず、24ページの保護者の解任のところです。これは先ほど小澤委員からも御意見がありましたけれども、新たに修正された二番の補助人の権限の行使が著しく困難、これは先ほどもあったとおりで、補助人側だけの事情ではないものも含まれるような印象に見えます。もしそうではないということであれば、少し表現を変えることが適切かと思いますし、むしろ四番の欠格事由に当たらない方になるケースもあるのではないかというところを少し懸念したところです。それが1点目です。   2点目は、30ページの本人の死亡後の死後事務のところです。先ほどの特定補助人がどうなるかというところもあるのですが、3の②については、特定補助人と限定する必要があるかというところで、補助人はということでもいいのではないか、いずれにしても裁判所の許可が必要なので、そういったことができる状況でなければ裁判所の許可を得るということはないと思いますので、特定補助人と限定する必要はないのではないかと思いました。なお、死後事務については33ページのイのところの説明で、現行の保佐や補助でも応急処分の規定でそれについて可能であるとされているというところ、これを見直し後も同様というところを入れてくださったのは非常によかったと思います。   最後、3点目ですが、36ページの(2)家庭裁判所への報告のところです。こちらについては、定期報告の中で何を報告させるかというところを、これから裁判所の方の御発言もあると思うのですが、私は審査の期間を設けることが逆に裁判所の負担が大きくなるであろうからやめるということではないのですが、定期報告の中で、本人の意向をどのように聴いているか、そして支援チームとどのような検討をしているか、こういったことを新たに継続の必要性について報告させることで、判断ができるのではないかと思いますので、この提案に賛同いたします。 ○竹内委員 私からは2点です。   まず最初が、今も議論になっております24ページ、解任事由なのですけれども、ここについて弁護士の中から、現在の三号ですかね、補助人の任務に適しない事由とあるのは、一時的な場合も含まれてしまうのではないかと、これは現行法と同じ表現なのですが、そういう懸念も示されました。また、私自身は先ほど小澤委員が御指摘された、二号の著しく困難というのが補助人以外のものが含まれるのではないかということを懸念します。それで、これは親権停止の条文を参照されたのですけれども、何かほかに参照できる条文がないものかと思ったときに、国選弁護人の解任事由のところで、任務に著しく反したことによりその職務を継続させることが相当でない、のような表現もありまして、継続が相当でないというところについては何か利用ができないものかと思ったところがありました。   2点目なのですが、36ページから37ページの家裁への報告についてなのですが、これは私も星野委員の御意見に賛成をしております。年1回の定期報告にすることによって管理がしやすい、意識もしやすいというところがあり得るとは思います。ただ、そうであるのならば、審判取消し事由の有無が確認できるように書式をかなり工夫をしていくことは同時に考えていかなければならないと考えています。   37ページの御提案の中で、家裁の判断で伸長をするということを認めるかどうかという点においては、家裁の判断で伸長するというと相続放棄の申述期間の伸長ということが思い浮かぶのですけれども、例えば相続放棄の申述期間であればある程度目安が付けられやすいと思います。大体あとどのぐらいあればできるのか、できないのか。ただ、本件の後見制度の場合、それが果たして適切に期間を設定できるのかどうか、御本人の状況も変わり得る、周りの支援者の状況、周囲の状況も変わり得る中で、適切に予測し難いという部分があるのであれば、むしろそういったことはしない方がいいのではないかと考えています。 ○野村(真)幹事 3点申し上げます。   まず、30ページの死後事務についてですが、補助人であった者が火葬又は埋葬に関する契約の締結をしたものの、手元に本人の現金がなくて、しかも本人の預金口座が凍結されている場合は、たとえ先取特権を有するとしても、金融機関に支払いに応じてもらえないことが想定されます。その場合、補助人であった者が立て替えざるを得ない事態が発生しますので、契約に基づく支払いのために補助人であった者が預貯金を払い戻すことができるようにしていただくようお願いいたします。   続いて、補助の事務の監督についてですが、34ページの専門職団体による不正防止の取組について資料を提出させていただきました。現行の監督の規律を維持することの参考資料にしていただければと思います。第25回部会でも御説明いたしましたが、リーガルサポートでは不正防止の取組として、研修制度や業務報告と執務管理支援を中心とした取組を行っております。詳細については資料を御参照いただければと思います。   3点目ですが、36ページの家裁への定期報告を規定することは、適時に後見の利用を終わらせることの制度的な担保となるため賛成ですが、リーガルサポートでも今回改めて検討したところ、毎年1回、一定の時期とする必然性はないのではないか、原則毎年1回、一定の時期として、家裁の判断により例外的に期間伸長も可能な規定とすべきではないかという意見もございました。 ○山野目部会長 頂きました。   引き続き伺います。どうでしょうか。   それでは、次の御発言が出るまで中継ぎでお尋ねしますが、保護者の解任の規定の見直しについて様々な御意見を頂きました。いずれもごもっともに聞こえる御意見を頂いていて、それなりに難しいものがあります。少し難しい話は措いておいて、私からは単純な設例をお出しして皆さんの理解や意見を聴きたいものですけれども、保護者が本人がいる施設に行って話を聞いているときに、保護者がいたずらというか痴漢をした、解任すべきであるかという問いが一つと、それから、施設では本人には何もしなかったけれども、施設から帰ってくるときの電車で痴漢をして警察に捕まった、これはどう考えるか。無罪推定の原則がありますから、警察に捕まったからといって常に有罪であるとは限らず、その問題がありますけれども、どうも本当に痴漢をしたらしいという状況であるとしたらどう考えるか。前の問いは、本人にいたずらをするという行為は、明らかにもうその人に継続してしてもらうのは困りますから、一号、二号、三号のどれかには当たると思われますが、帰りの電車で痴漢したというなりゆきは本人には何もしていないですけれども、しかしそういう人が引き続き、本人は触っていませんよというけれども、補助人の権限を行使するのですかという問いは、何か少し不思議な気分になりますし、そこはどのような解決であるべきであるかというところの議論をした上で、何号に当たるかと議論が進むでしょうけれども、これをどなたか教えてもらえませんか。今の規定の案文を見ると、どのように運用していくか、こういう例を具体的に突き付けられたときによく分からないような気分が私はいたします。 ○星野委員 私も少し教えていただきたいのですが、例えば、全く補助人としての事務と関係ないところでそういうことがあったときに、いわゆる社会福祉士会の中の綱紀案件の中では、実刑みたいなことになると、例えばもう国家資格そのものの剥奪とか、そのようになっているのです。先ほどの推定無罪の話ではないですけれども、だから、そこがはっきりしないところは引き続き支援体制を強化しながら継続していただくということが実情かなと。そこら辺はどうなのでしょうか。 ○根本幹事 私の理解と、今までの私が承知している限りの事例を考えますと、御本人に対して何かをなさってしまったということであれば、今でいうところの著しい不行跡ないし、この資料でいうところの二号には該当すると考えるということだとは思います。他方で後見業務と関係のないところで何かあったということについては、基本的には少なくとも二号や三号に該当するということには通常はならないのだろうと思います。ただ、それが例えば不正な行為とか横領ですとか、財産管理そのものに対しての適性が疑われるということであれば、後見の方にも跳ね返るということはあろうかと思います。迷惑防止条例などについては、通常の今までの理解では該当しないと考えられているのではなかろうかと思います。それは道交法違反のケースも同じではなかろうかと思います。 ○山野目部会長 承りました。ほかに何か今の話についてあおりだったら伺います。 ○上山委員 私は実務的なことは全く分からないのですが、例えば親族後見人のケースを考えた場合に、その親族後見人さんが持っている権限と直接関わらないような、犯罪行為も含めてですけれども、一般的には望ましからぬ行動があったとして、しかし、やはりその御親族の方が一番御本人との適切なコミュニケーションを含めて、後見人としての権限の範囲においては適切な支援ができるということはあり得るのではないかと感じます。そうだとすると、後見人としての権限と関わらない部分についての違法行為ないしそれに類似するような行為をもって、直ちにこれに該当すると読むのは、事案によってはよろしくないこともあるのではないかという、これは単なる感想ですが、そういう思いを持ちました。 ○山野目部会長 ありがとうございます。 ○竹内委員 痴漢ではないのですけれども、例えば、外国籍の方の補助人が、どこか別の場所でヘイトスピーチであるとか外国人に対する差別的発言をした場合、さてどれに当たるのかどうかということも考え得るかなと思いました。 ○山野目部会長 今、具体の設例を挙げてお尋ねしていますけれども、もちろん我々は規律の案文を検討している最中ですから、このような具体の説明も意識しながら、現在ゴシックでお出ししているものが座りがよいかどうかを最後は見定めていくことになります。今まで出ている御議論ですと、困難のところを中心に、これでよいかとか適用の範囲が、外縁がどうかとか、一号、二号、三号の分担関係がどうであるかといったようなことについて少し悩ましい部分があるということが分かってきました。山田関係官のお尋ねや受け止めも聞いてみたいのですけれども、今の点についてほかにお話がおありだったら伺います。 ○山下幹事 参考になるか分かりませんが、信託法の受託者の解任事由というのは、当事者の合意で辞めさせられる場合もあるのですが、それらが成り立たない場合は、受託者がその任務に違反して信託財産に著しい損害を加えたことその他重大な事由となっておりまして、要するに財産管理の制度であるということなので、財産が直接脅かされる危険性があるということが恐らく重要なメルクマールになっているのではないかと思いますので、何らかの犯罪行為を行ったというだけでは多分、解任事由にはならないと考えられているのではないかと思いますので、一つの参考にはなるかなと思いました。 ○山野目部会長 ありがとうございます。   ほかにいかがですか。山田関係官、どうですか、こういう議論を伺っておられて。 ○山田関係官 現行法の著しい不行跡の解釈の点についてですが、前にも部会資料で記載しましたが、著しい不行跡とは、品行又は操行が甚だしく悪いことを意味し、その行状が本人の財産の管理に危険を生じさせるなど、後見人としての適格性の欠如を推認させる場合をいうと整理されています。そのため、全く後見人の適格性に関係ないことの行為について何か悪いことがあった場合にはこの不行跡には該当しないと整理し得ると考えられる一方で、後見人の業務執行そのものではないけれども、そのことが後見人としての適格性の欠如を疑わせる事情となる場合には、不行跡に該当し得ると整理できるのではないかと考えています。 ○山野目部会長 今の論点について、ほかに何かおありですか。 ○山城幹事 すみません、思い付きで申し上げる形になりますが、部会資料24ページに解任事由として四点が挙げられていますけれども、先ほどの焦点になっておりましたのは、保護の任務と直接に関わらないことをどう評価するかという点かと思います。この点につきましては、一号から四号までの解任事由の中で、一号と二号は概括的に申しますと補助人の任務に適しないですとか、あるいは、それであるがゆえに補助開始の審判を受けた者の利益のためにその変更、解任が必要だという考慮を具体的な事情をもって示しているのではないかと思います。それをより概括的に定めるのが三号と四号であり、両者の区別は欠格事由に結び付くかどうかにあるという、そういう立て付けになっているのではないかと考えました。   そのように整理することができるとしますと、保護の任務に直接には関わらない点についてまずいことがあったという場合、先ほどは痴漢という例が挙がりましたけれども、そのような場合には、そのこと自体が、例えば任務に適しないですとか、あるいは補助開始の審判を受けた者の利益のために特に解任をすることが必要だということを基礎付ける場合であれば、三号、四号がそれを受けるような形になっているのかと感じます。一号と二号は、正に補助開始の審判を受けた者との関係で行われた補助人の行為に対する評価あるいは適正に権限を行使することができないという事情に着目したものではないかと理解いたしました。 ○山野目部会長 ありがとうございます。そうしましたら、この交代、解任のところは、今日委員、幹事から受け止めをおっしゃっていただいたところを踏まえて、次の機会に向けて事務当局において整理を続けることにいたします。   ほかに、異なる論点についての引き続き随意の御発言を頂きます。いかがでしょうか。 ○加毛幹事 ありがとうございます。まず、第27回部会で発言したところに関わるのですが、30ページの「本人の死亡後の成年後見人の権限(死後事務)等」の①の死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結権限については、どのような要件を立てるのかが問題になると思います。この問題については、研究者としての観点から申し上げるべきところはあるのですが、他方、現在でもこの制度は存在しているので、家庭裁判所の実務にとって、部会資料の「相続人の意思に反することが明らかなときを除き、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」という要件がある方が望ましいのかという観点から、問題を議論すべきではないかと考えます。その点で、もし裁判所から御意見などを賜ることができれば幸いです。あるいは「家庭裁判所の許可を得て」という要件もありますので、このような要件がなくても家庭裁判所が適宜判断をできるのであれば、このような要件を設けないという選択肢もあるのではないかと思います。   他方、やはり時的な限界を画する要件を設ける必要があるということになるのであれば、第27回の部会審議において、山野目部会長から「相続人が契約を締結することができるまで」という要件の御提案があり、私はそれをよいアイディアであると思いました。「相続財産を管理することができるに至るまで」という基準よりも、死体の火葬又は埋葬に関する契約を締結するのは本来、相続人であるという理解に基づき、第一次的な契約締結主体として期待される相続人が契約を締結できる状況にあるのであれば、わざわざ補助人が契約締結する必要はないという形で、要件を設けることができるのではないかと思います。   次に、第1の1において、補助一元論に立つ場合にどのように考えるのかということで、その立場を支持される先生方に御意見をうかがいたいのですけれども、例えば、28ページの郵便物等の管理に関して、現在の提案では、特定補助人という地位と結び付くものとされているのですが、特定補助を認めない場合でも、補助人の権限が積み重なって、ある閾値を超えれば、郵便物の管理に関する権限が必要になる場合も想定されるのではないかと思われます。   同様に、38ページの時効の完成猶予についても、特定補助人としての地位と結び付く形で現行民法の規定を残すことが提案されています。このような提案が、本日の審議の冒頭において、青木委員が、現行民法の規定を活かすために特定補助制度を設けるのではないかと批判されたことにつながるのだと思うのですが、他方で、補助一元論に立つ場合であっても、そのような民法の規定を残すことは考えられないのだろうかということが気になりました。規定を残す必要はないというお立場の先生方が多いのではないかというのが、これまでの部会審議を通して私が得ている感触ではあるのですが、本日の審議において、補助一元論を支持される意見が多くの先生方から表明されましたので、今一度確認をさせていただきたいと思いました。   以上です。ありがとうございました。 ○山野目部会長 加毛幹事のお話の中に、裁判所の受け止めを尋ねてみたいというお話を頂いている部分があります。発言のお求めをたくさんの方からいただいておりまして、この後、上山委員、河村委員と御発言いただいた後、遠藤幹事を指名しますけれども、その際に今、加毛幹事からお尋ねのことについても追加して言及していただければ有り難いとお願いします。遠藤幹事のお話を伺った後、久保野委員にお話をお願いすることにしたいと考えます。 ○上山委員 先に今の加毛幹事の御発言に関わる部分ですけれども、先ほども申し上げましたように、一定の代理権付与の必要性がある場合について、こちらの規定と連動させるという方法もあり得るのではないかと個人的には考えます。仮に特定補助という類型を使わなかったとしても、意思表示の受領についての代理権が付与されている場合には、正に郵便物の転送に関わる部分のニーズについては特に当てはまるところかなと感じますし、そういう処理の仕方もあり得るのではないかと感じます。   あと、細かなことで恐縮なのですけれども、2点プラスアルファで発言させていただきます。42ページの証言拒絶権についてなのですが、ご提案の二号と三号は、現行の民事訴訟法196条2号の規定を前提にして、仮に特定補助という仕組みを置いた場合には、このように書き換える形で規定を置くのが論理的だろうという御整理かと思います。   その一方で、きちんと調べたわけではないのですが、ここの部分の規定というのは禁治産宣告時代からの残滓ではないかということが疑われるところもありまして、特定補助の関係性において証言拒絶権という民事訴訟法上の関係性を認める立法事実が現在においてもまだあるのかということは、一応丁寧に整理する必要があるのかなと思っています。一つは、かつて親族後見人が96%を占めていたという禁治産宣告の時代からの残滓だとすると、証言拒絶権の規定は、単に後見人が包括的な代理権を持っているということだけを根拠にしていたわけではなくて、むしろ基本的には後見人と被後見人との非常に密接な人間関係とか人的関係性を前提にしていた規定だという可能性があるわけです。他方において、後見人が法定代理権あるいは取消権といった本人の法律行為に強制的に介入する権限を持っているという関係性、ある種の権力関係的な状況に着目するのだとすると、証言拒絶権の必要性は後見人の権限の大きさの如何にかかわらず認められる可能性があり得るわけで、そうだとすると、今度は補助一般についてこの証言拒絶権を認めるという逆の考え方も成り立ち得るかなとも感じます。したがいまして、ここは単純にというか機械的な形で現行法の規律の内容を整理するだけではなくて、現代の民事訴訟法における証言拒絶権の意義をあらためて問い直した上で、立法化することが必要ではないかと感じました。   それから、同じようなことで恐縮なのですけれども、これも家事事件手続方法の現行条文を受けて文言を整理されたということだと思いますが、46ページのところの陳述の聴取に関するゴシック部分で、現行の家事事件手続法120条の規定などをそのまま使う形で、その者の心身の障害によりその者の陳述を聴くことができないという表現になっています。しかし前回でしたか、ここで決められる話ではないとしても、精神上の障害という表現を、可能であれば、例えば精神上の理由というような形に置き換えるということが今回の改正の方針に沿うのではないかという指摘もありましたので、家事事件手続法の条文の修正に当たっても、やはり安易に障害という言葉が残ってしまわないように配慮することが必要ではないかと感じます。   本当に申し訳ないのですけれども、実は第1のところで本来申し上げるべきであった部分なのですが、1点だけ申し上げておきたいと思います。2ページの新13条1項の文言整理は、やはりかなり重要な話だと個人的に思っておりまして、四号の療養看護に関する契約を締結し又は変更することという文言に関連して、実際には、例えば施設入所契約を解約するとか、つまり療養看護に関する契約、あるいはより広く福祉サービスの役務提供契約を終了させる行為というのが、かなり重要な場面になってくると思うのです。そうなると、変更という言葉で解約等の内容まで読み込むことができるかというと、ここは若干疑義があるのではないかと感じます。例えば契約の内容の更改とかそういうものであれば変更という文言で読めるわけですけれども、契約の解除等については、この四号の規定振りでは解釈論上、当然には読めないような気もしますので、この辺りの文言上の配慮も必要ではないかと感じました。遡っての発言になって恐縮ですが、以上です。 ○河村委員 ありがとうございます。簡単に一言だけ。26ページの保護者の職務及び身上の配慮のところの①の最後の部分の言い回しを、意向を把握するようにしなければならないと修正して御提案いただいていることについて、私の意見も考慮していただいたと理解しておりまして、ありがとうございます。この修正によって、意向を把握するための積極的な取組が義務なのだというニュアンスがより伝わるものになったのではと思っております。ありがとうございました。 ○山野目部会長 把握するようにしなければならない、これは名文ですね。いろいろな配慮の目配りをして作り上げた日本語になっています。事務当局の労苦を多としたいと考えますし、委員からも今そのようにおっしゃっていただきました。 ○遠藤幹事 まず、幾つか感触伺いも含めてお尋ねを頂いていたと思いますので、順次お答えを申し上げていきたいと思います。   まず、加毛幹事から頂きました死後事務の関係で、御趣旨としては、30ページの3①のところの相続人が相続財産を管理することができるに至るまでというところの要件があることについて、事務支障があるかという趣旨のお尋ねであったかと思いますが、まず、これを現行の実務との兼ね合いで申し上げますと、実際問題として支障が生じるようなことは、現行の実務を前提する限りは、これはないということになるだろうと思います。と申しますのも、後見人は本人の財産管理を代表するということで、包括的な財産管理権を持っておりますので、相続人が財産を管理することができるに至ったかどうかということも含めてきちんと把握ができるから、実際上の問題は生じていないのではないかと思っております。   これとの関係で申し上げますと、見直し後には、必ずしも包括的な財産管理権限を持たない保護者が生じるということになりますと、確かに加毛幹事の御指摘のとおり、場合によっては相続人が相続財産を管理することができるに至ったかどうかを法定後見の保護者において把握し切れないといった事態も想定し得るのかもしれないと、今お聞きして気付いたところでございます。そういった意味では、御指摘のとおり、この部分がないと家裁の実務上困るかと言われると、恐らく困るということはなく、これがなかったとしても適切な事務遂行は十分できるのではないかと考えているところでございます。   関連して②の方について申し上げますと、これは青木委員の御発言の中にあったところでありまして、同じくいわゆる保存行為等の関係も、これも包括的な財産管理権を後見人が御本人の生前有していたということを根拠にこういったような規定が設けられているものと承知しておりますので、これが個別権限化することによってもなおそういったものが維持できるのかどうかということについては、引き続き御議論を頂ければと思っているところでございます。   また、青木委員もそこまでお求めの趣旨ではなかったようには思っておるのですが、家庭裁判所の許可というところについて、仮にこの一から三の全てについて家庭裁判所の許可が必要といったような御議論が仮にあるとすると、これらに列挙されている、特に保存行為、債務の弁済は緊急性を要するものがあるといったようなところもございますので、現実的な問題として、その全てについて家裁が迅速に事前審査を行った上で死後事務を適時になすことができるのかということも含めて、我々も慎重に考える必要があると思いますし、この点も含めて御議論いただければと思っているところでございます。   最後に、保護の事務の監督の関係で、これも青木委員から感触伺いを頂いたところについて若干申し上げたいと思います。率直に申し上げて、この点は法律が成案を得て、運用を具体的に検討していく段階で考えていくべきことなのだろうとは思っているのですけれども、仮に年1回の定期報告を求めるということになりますと、基本的には現在運用上行っている定期監督と同時期に行うということが想定されるのではないかと思いますが、その場合、保護者の権限が個別権限化されるということとの関係で申し上げますと、定期監督において保護者から報告を求める内容についても、そういった個別権限をどのように行使したかといった点が中心になるようにも思われるところでありまして、そうであるとしますと、運用上の定期監督の内容と、法律で要求されている定期報告の内容とはかなりオーバーラップをしてくるのではないかと思われます。そうしますと、仮に報告期間を伸長したとしても、その間も基本的には定期監督の営みの中で同様の点を見ていくことになるように思われるところでもありますので、そういった意味で、法律上定期報告が年1回とされることによって家裁の事務負担が非常に増えるかについては、今のところそこまでの想定はしてはいなかったというところではございます。   ひとまず以上です。ありがとうございました。 ○山野目部会長 承りました。 ○久保野委員 ありがとうございます。この部分について2点ございますが、その前に、特定補助につきましては、私が先ほど後から発言した点につきましては冒頭、あるいはそれまでの議論で青木委員からの御指摘があったということを今お伺いしまして、重なっていたということで、申し訳なく思います。その上で、問題は、第3の3、4や第4にあるような諸規定を維持するということがそれぞれについて必要なのか、必要だとしたときに、特定補助という考え方を設けずにどのように維持するのかということを一つ一つ確保できるのかということを確認することが、十分な対処を保障する改正をしたと言えるために重要なのだろうと思っているということを付言させていただきます。   そして、2点の1点目は26ページのところなのですが、陳述の聴取という用語について前回、意見を申し上げました。この点、家事事件手続法65条で用いられている用語で、なかなかそれ以外の言葉が探しにくいということは理解したところでございます。例えば、前回、協議という御意見も出て、そのときはよろしいように思いましたが、協議というのは合意によって何かを変えていくときに使われる語なので、使えないと思いました。他方で、少し懸念するのは、ここで問題となっているのは司法手続や行政手続以外の場面、保護者と本人との関係という一応、私人と私人の関係であって、そのような場面について使う例があるのかどうかということです。そのような例があれば、より説明がしやすいように思います。また、少し難しいかなとは思いつつも、対面で意向を確認するために丁寧にお話を伺うのが望ましいことから考えますと、何とか「面談」という言葉を織り込むなどができないものかと、これはほとんど夢想のレベルですけれども、思ったりもいたします。   もう1点が30ページの3の①のところでございまして、加毛幹事がおっしゃったことのうち、学理的な方になるのかもしれませんが、相続財産を管理することができるに至るまでということを削除しても実務上問題がないのであれば、削除することに賛成いたします。と申しますのは、前回議論が出ましたとおり、この権限、この場面での法律関係については様々な議論がありますところ、相続財産を管理することができるときに至るという規定ぶりをすることは、それ自体が一定の意味を持ってしまいます。現行法ではほかの保存行為などと並べて規定されているからこそ、このような要件になっているのではないかと思いますので、避ける方がよろしいと思います。そして、先ほどのやり取りを伺っておりますと、削除がよろしいように思った次第です。その上で、加毛幹事がおっしゃった、契約を締結することができるときまでというのはあり得る選択肢だと思いました。 ○杉山幹事 先ほど上山委員から証言拒絶について御意見がありましたので、それに関連して、ついでにほかに41ページ以下の第4に関することも幾つかコメントをさせていただければと思います。   証言拒絶権ですが、成年後見に関する規定は大正民訴改正の時代からですから、かなり古くから置かれていたもののようです。その趣旨については、後見人と被後見人のような関係にある場合には、人情とか、社会通念に反するということで置かれたものでありまして、恐らくは上山委員がおっしゃったように、家族であれば一号でも保護がされるのですが、三号でも家族とか、あるいは家族に近しいような関係の方を想定して、そのままずっと置かれてきたのではないかと思われます。そうであるとすると、そのような従来の成年後見人と、そうではなくて職業的な関係にある特定補助人を想定した場合に、後者のような関係で証言拒絶権を認めていいのかという問題は検討しなければならないと思っております。   また、この196条の趣旨自体も、従来は人情とかそういうことに見出していたのですが、現行憲法になってからは自己負罪特権とか、あるいはプライバシーとか自己情報コントロール権とか、そういうものを根拠に考えるという見解が有力になってきました。そうすると、証人本人以外の人について証言拒絶権を認めることがそもそもいいのかという問題もありまして、つまり、家族であっても当然に証言拒絶権の対象となっていいのかという疑問もあったようで、そもそも現行法の規定には立法論的な批判があったところです。そうしますと、恐らく見直すとすると196条全体を見直さなければいけないという感じもいたしまして、したがって、取りあえず現行の規定を維持しつつ、196条全体を見直すことは民訴法に課された宿題ではないかとい感じがしております。これが1点目であります。   ついでに第4のところで少しコメントですが、最初の第4の1のところの現行の31条、32条の方向を維持するというところは、これも以前も申し上げたと思いますが、訴訟行為は積み重ねがされるものであり、後から取り消されて覆されると法的安定性を欠くという点を考えると、提案通りの規律が適当であるとは思っております。ただ、特定補助人に代理権がない場合の問題などは別途考慮する必要性はあると思いますけれども、方向性自体については賛成であります。また、代理がなかった場合には無効であることも、現行法ですと民訴法の34条2項から導き出すと思うのですが、そこも改めて確認できればと思っております。   これが2点目で、あと細かな点になるのですけれども、特別代理人についてですが、基本的にこの方向性でよいとは思っているのですが、1点、家事事件手続法の方では、不服申立てを基本的に即時抗告に統一したということもあって、不服申立ては即時抗告とされているのですが、民訴の方は通常抗告をするということになっているとという違いは残されています。通常抗告自体は期間制限も特になく、抗告の利益がなくなれば自然にできなくなるということになるのですが、そのような不安定な制度で実務上大丈夫かということは今後考えていかなければならないと思います。ただ、これもこの規定だけの話ではないので、民訴に課された宿題であろうかとは思っています。   最後ですが、46ページ以下の、陳述、意見の聴取ですが、資料には書かれていないものの、第1のところとも関係するのですが、基本的に補助開始とか特定補助人を付する審判を開始するときに、それと同時に職権で補助人とか特定補助人を選任する審判があるというこれまでと同じ制度であることを前提としまして、そうすると現行の家事事件手続法と同様に、選任される者への意見聴取は、これまで通りに行うという理解でいいのかということの確認と、あと、恐らく、先ほど即時抗告の話をしましたが、即時抗告をすることができる審判と、即時抗告をすることができる人についても、今回もし第1のところの審判が、複数あることを前提とした制度として組むのであれば、整理をする必要性があると思います。現行法では選任の審判それ自体は独立で即時抗告することができないとなっていますが、それを維持するのかという点も含めて、最初の方の制度をどう組むかにもよりますが、詰めて考える必要があると思っております。 ○山野目部会長 ありがとうございます。   この後、青木哲幹事のお話を伺った後で、証言拒絶権について少し私からお話を差し上げておくことにいたします。 ○青木幹事 1点のみですが、部会資料41ページ第4の1(1)訴訟能力(民事訴訟法31条)について、少し長くなり、また専門的な話になりますが、意見を申し上げたいと思います。   まず、特定補助人を付する処分の審判を受けた本人については、補助人に代理権を付与する旨の審判がされたかどうかにかかわらず、訴訟能力が認められないということを定めたものだと理解いたしました。また、特定補助人に訴訟行為の代理権が認められるかどうかは、この規律、新たな民訴法31条の規律により代理権が認められるということではなくて、特定補助人が有する権限の範囲で訴訟行為の代理権が認められ、また、代理権付与の審判がされた場合には、その付与された範囲で代理権が認められると理解いたしました。現行の民事訴訟法31条は、成年後見人が包括的な財産管理権及び代理権を有するということを前提としており、提案されている規律は、この規律だけを見ると現行法と同じような内容の規律ですが、前提が異なっているということになりますので、特定補助人による訴訟行為がどのような範囲でできるのかということについて考えてみました。   まず、本人側が原告として訴えを提起する場合は、特定補助人は、保存行為に当たるという場合には代理権付与の審判を得なくても訴訟行為をすることができますが、保存行為に当たらないという場合には代理権付与の審判を得て訴訟行為をするということになるかと思います。次に、相手方が本人側を被告として訴えを提起した場合、こちらの方が問題かなと思うのですけれども、この場合については二つの考え方があるかと思います。一つは相手方が提起した訴えについては、特定補助人は常に保存行為として代理人として訴訟行為をすることができるという考え方です。もう一つは、民事訴訟法32条1項により、法定代理人が応訴をするという場合には、その必要な授権を要しないという、この規律から代理権付与の審判を得なくても訴訟行為をすることができるという考え方です。この点に関しては、異なる場面ではありますが、民法25条により、家庭裁判所が選任した不在者の財産管理人が相手方の提起した訴訟において訴訟行為をすることについて、大審院の昭和15年7月16日判決民集19巻15号1,185頁があります。この大審院の判決は、現行の民訴法でいえば32条1項に相当する規定により、民法28条の家庭裁判所の許可を得ずに訴訟行為をすることができると判示しております。すなわちこの判決は、保存行為により説明するのではなく、現行の民訴法32条1項により説明をしております。   これに対して、この大審院の判決に対する評釈として、兼子一という民事訴訟法の学者が、相手方の提起した訴訟に応訴することは民法103条1号の保存行為として、当然、管理人の権限に属するのだということを述べております。その理由は、現行の民訴法32条1項に対応するその規定は、訴訟無能力者に対して訴訟行為をしようとする相手方のために、法定代理人に宛てて訴訟行為のできる利便を与えようとする趣旨であるのに対して、不在者は財産管理人が選任されても訴訟能力を欠くものではないから、その管理人が代理権を有していなくても公示送達を利用するなどして相手方は不在者に対し訴訟ができるのであり、相手方のために現行の32条1項に対応する当時の規定を適用する必要はなく、むしろ不在者保護の見地から、不在者自身が応訴しなければ敗訴し、財産の喪失と同一の結果を招くおそれがある場合であるから、これに応訴することは常に保存行為に当たるとされているのです。その後、兼子一の見解の影響なのか、最高裁昭和47年7月6日判決民集26巻6号1,133頁は、遺産分割の申立てがあった場合に、家庭裁判所が当時の家事審判規則106条1項により選任する相続財産管理人について、相続人に対し相続財産に関し提起された訴えに保存行為として家庭裁判所の許可なく応訴することができるという判示をしております。   このように、最高裁も保存行為で説明するという場面があるのですが、兼子一の見解に立ち戻って考えてみますと、今回の部会資料の御提案で、特定補助人を付する処分の審判がされた場合は、本人は意思能力を欠き、また、新たな規定により訴訟能力が認められないということを前提とすると、相手方としては本人に対しては訴訟を提起できない場面であるかと思われます。そうすると、本人保護のための保存行為として応訴することができるというよりも、相手方の訴訟提起のために、現行民訴法の32条の規定により特定補助人に代理権が認められるという場面なのではないかと思います。もっともこのような理解をするには、代理権付与の審判による代理権の付与を民訴法32条の法定代理人に対する授権として位置付けるということになりますが、このような位置付けができるのかということについては検討が必要かと思います。   以上、長くなりましたが、部会資料で提案されている規律を前提に、特定補助人が訴訟行為をすることができる範囲について考えてみたところを申し上げました。ありがとうございます。 ○山野目部会長 仮に特定補助人を付する処分の制度を設ける際には、その審判をされた本人が訴訟当事者になる場合の訴訟法律関係について、かなり深掘りして考えなければいけない側面に青木幹事が気付かせてくださいました。ありがとうございました。   引き続き御意見を伺います。 ○根本幹事 私からは2点です。一つは、先ほど加毛幹事からお尋ねを頂いた、28ページですとか38ページのところで、特定補助ではないものでもこのような制度を利用する場面があるのではないかという御指摘について、私個人としてはそのように思っております。必要な場面があると思っておるのですが、特に時効の完成猶予のところなども前回少し長めに申し上げたつもりでおりますけれども、恐らく私の提案がお眼鏡に適っておられないということかと思っております。そのためだけの認定は難しいというような事情で御採用いただけていないと承知をしておりますので、そういう場面はあるかないかとお尋ねを頂くとすると、あるというのが私の回答です。ただ、それがまだ法制のところに至っていないということではなかろうかと理解をしております。   それから、杉山幹事のお話をお伺いしていても思ったのですが、即時抗告の、特に後見との関係では、現状ある審判については現状の規律のとおりでよいと思いつつ、新しい審判もありますので、そこについては是非、次回なのか次々回なのか分かりませんが、部会資料で確認をする必要があるのではないかというのは私も同じように思っております。仮に今日前半部分で議論がありました特定補助について、もし事理弁識能力を欠く常況である場合には通常補助は利用できないということになり、そのただし書をどのように解釈するのかと、ただし書を削除すればそれでよいのかもしれませんけれども、仮に残る場合には、それを却下審判されたときに即時抗告との関係をどのように整理するのかということも確認をしなければいけないのではないかと思います。次々回ぐらいなのかもしれませんけれども、即時抗告の対象についても再度確認はした方がよいとは思います。 ○山城幹事 先ほど加毛幹事から御発言があった点に関しまして、私からも発言申し上げたいと思います。補助一元論というお話でございましたが、特定補助人を付する処分の審判は不要ではないかと考えるという、そういう観点からの発言です。   860条の2につきましては、第27回会議でも、上山委員の御発言をなぞる形で私からも発言申し上げましたが、郵便物等の管理に関する権限は、本人の人格に関わる事務の代行的な性格がありますので、能力の有無や権限の広狭にかかわらず、個々に必要性がある場合にこれを認めるという取扱いをしていく方が望ましいのではないかと考えます。これが1点です。   それから、現行法で成年被後見人について適用される取扱い、158条等が例に挙げられるところですが、こちらも先ほど上山委員から、意思表示の受領に関する能力と申しましょうか、それについて代理がされる場合とひもづけて取り扱うことができるのではないかという御指摘がありました。私も同様に、一定の権限が与えられた場合、あるいは一定の範囲の事項について補助人の同意を要する旨の審判がされた場合に、そのことに結び付けて、現行法上の成年被後見人と同様の取扱いをすることは可能ではないかと思います。上山委員からご示唆があった方法のほか、一例としては、部会資料第1の1(2)①のリストに掲げられる行為の全てについて補助人の同意を要する旨の審判がされた場合にはそのような取扱いをするですとか、そのような規律も考えられるかと思います。 ○山野目部会長 この段階で、私から2点申し上げます。1点目は、青木委員から、仮に特定補助人を付する処分の審判の制度が設けられる際に、鑑定で認定をするということを必須にすべきではないかという御意見がありました。顧みますと、この部会における審議の極めて初期の段階で青木哲幹事から、鑑定を経ることによって行為能力を制限するという仕組みになっていることに十分な根拠があるという趣旨の説明を丁寧に頂戴していたところでありまして、そういう話を想起させるような御意見であったと感じます。鑑定については、必ず例外なしに鑑定をせよと求めると、司法精神医療の現状と向き合うときに必ずしも現実的ではないという、現場に相当の負荷を課す部分があるという実態がありますから、躊躇する側面がありますけれども、果たしてどう考えるべきであるかということは引き続き悩んでいかなければなりません。   仮に、必ず、若しくはなるべく鑑定するとしていく際には、鑑定というものの方法がこの局面に即して適切な方法というのを案出していくということも工夫されてよいかもしれません。それは実務とまた相談しながら、もしそういうことを考えるとすれば、考えていくということになりますし、もし難しいとなる際も、医師二人というものが、何となく知り合いの掛かりつけのお医者さん二人から診断書をもらってくればいいですねという話になる筋書きは、この制度の置かれる文脈を考えますと、危ういとも感じます。本人のことをよく知っている医師と、そうではなくて客観的な意見を求められる医師とを組み合せるとか、ジェネラリストとスペシャリストを組み合わせるとか、何かそういう工夫をしないと、何となく知り合いから2通もらいましたという運用になりかねません。ただし、これはひょっとすると法文に書き込めるようなことではなくて、運用の問題かもしれません。この側面について、その実務や理論の方面からの知見をお持ちの方は、本日でもよろしいですし、次の機会の論議に向けて御意見をおっしゃっていただければと思います。   それから、証言拒絶権について御発言を幾つか頂いていたところであります。上山委員から、これは禁治産の残滓ですということをかなり積極的におっしゃっていただいて、伺って、そうだと膝を打つ部分があって、親族が後見人になる場合が普通ですよねという時代に普通に受け容れられていたものが、余り点検されずに今日まで残ってきた、ですから、この機会にきちんと見直しましょうというお話は抗い難い説得力があると感じました。   その上で御相談ですが、考え始めると悩ましくて、この時期になっても事務当局が関係法律整理ないし整備をするのに暇がないという問題もさることながら、少し内容的にも悩ましい点が幾つかあって、三つほど申し上げますけれども、一つは、杉山幹事がおっしゃったように証言拒絶権の今日的な制度趣旨をもう1回洗い直して、後見のところ以外のところも含めて本当は見直さなければいけないというサイズの論点が提起されていると思われますが、この部会の場で民事訴訟手続における証言拒絶権の趣旨を根本から見直すということをするのは、諮問の趣旨から外れる点もそうですし、部会の構成、態勢からみても荷が重いと感じられます。   それから2点目は、現在の規定は成年後見人というよりは後見人という漢字3文字で記されておりまして、未成年後見に跳ねるのです。未成年後見人の場合には、確かに未成年後見人も専門職がなるケースが増えてきていて、司法書士会におかれては組織的な未成年後見の取組もしておられます。ただし、未成年後見には今後とも包括的な代理権を有するというところがございまして、ちょうどこちらの方で補助人に改めていこうとするところと親族との図式的には中間みたいなところに位します。そこを考え込んだ上で、未成年後見の規律もいじるということは、やはりこの部会では少しやりにくいですね。未成年後見人とは何であるか。という観点を考えた上でないと、できません。   それから3点目は、実は刑事訴訟法や議員における証人の宣誓及び証言等に関する法律にも同じ規律があって、法務省主務でない法律まで含んでそろえなければいけないというのは、これはかなり大変であります。というわけで、申し上げましたように時間がないというよりは、むしろこの態勢ではすることに困難があるという内容に関わる問題でして、その辺が悩ましいです。上山委員から説得力のある御意見を頂きましたから、事務当局においては悩んでみますけれども、先々明るくないということは御案内を差し上げておきます。 ○青木委員 3点ほど申し上げます。先ほど遠藤幹事から、年1回の定期報告における必要性の有無の審査ということについてご感触をというふうなことでお話しいただきましたが、もう少し立ち入ったところをお伺いしたかったところでございます。私は、家庭裁判所の業務が大変になるから3年に一度にしたらいいと申し上げているのでは全くありません。家庭裁判所の業務が大変なので、必要性の有無の審査が形だけのものになり、形骸化するのではないかということを心配をしているということです。かつ、保護者からの報告だけでは、必要性の有無の審査に必要な情報は不十分で形骸化することを懸念をしているということであります。   遠藤幹事は、第11回の部会のときには、他の委員から、定期報告と一緒に審査したらいいのではないかという意見に対して、定期報告と一緒にするのはなかなか困難が伴うと思いますとおっしゃっておりまして、その部会からちょうど1年ぐらいがたつわけですけれども、その間にご検討を重ねられて、定期報告と一緒にしても形骸化せず、必要性の有無についても十分に審査ができるというふうなお考えに至ったのかということを再度確認させていただきたいと思っています。それは保護者以外の人からの情報をきちんと集約をした上で審査できるという御感触だということかどうかを確認したいと思っています。   2点目は、先ほど申し上げることを忘れましたが、家事手続法の診断書のところです。補助開始の場合には診断書で、必ずしも鑑定を原則としないという御提案を頂いていますけれども、本日問題になっています特定補助との関係で、ただし書が残ることになり、事理弁識能力を欠く常況にある者は、補助の要同意事項の定めは申し立てることができず、特定補助人の付与によることになりますと、本人が、このただし書に該当するかどうかを判断するために、補助のための診断書の中に、補助開始に必要な「事理弁識能力が不十分」ということの診断以外に、「事理弁識能力を欠く常況にある者ではない」という診断についても必ず記載せざるを得ないのではないかという見立てをうかがっています。そうしますと、ただし書以上、結果的に、補助開始の申し立てのあった本人全員について、「事理弁識能力を欠く常況にある者」であるかないかを診断書上は認定するという実務になるとすれば、これは、特定補助人の制度が想定した以上の大きな波及効果を生じるのではないかということを懸念しています。この観点からも、ただし書の削除ということについては考慮していただく必要があるのではないかと思っているところです。   3点目は、人事訴訟につきまして、特定補助人であれば人訴の当事者になれることにすることの理由として、13条1項各号の取消権を一律に持っているため本人の財産関係を把握しているからと説明をされていますけれども、果たしてその理由が人訴における当事者たり得るに相応しい者であるということになるのであろうかということは疑問だと思っています。何回か前の部会で、青木幹事から、人訴の当事者として成年後見人がなることを最高裁が許容しているのは成年後見人というのが全般的な本人の生活を把握する者であるということからという趣旨の御説明もあったかに記憶していますけれども、今回特定補助人が13条1項各号全部の取消権と保存行為や意思表示の受領権限があるというだけで、その者が身分関係に関する人訴の適切な当事者になるかということについては疑問があるのではないかと思います。人訴の当事者については、成年後見の規定に基づいて当事者適格を認めるということはなかなか困難なのであって、人訴における当事者は、この際に人事訴訟独自に別の制度を設けるということでしか規定の手当てはできないのではないかと考えていることになります。 ○山野目部会長 御意見を承りました。遠藤幹事は何か御発言があるのであればお話しいただきたいですし、次の機会におっしゃっていただくのでもよろしいです。 ○遠藤幹事 青木委員から御提案というか御発言いただいたところとの関係は、何をもって形骸化ということになるかということも含めての検討であろうとは思いますが、いずれにしても、運用の在り方をどうしていくかというお話のように感じましたので、我々も現場の家裁ともよく会話をしていきながら、青木委員の御懸念のようなことが起きないような運用を考えていくということに尽きるのではないかと思っているところではございます。 ○山野目部会長 青木委員と遠藤幹事、今日はここまでにして、引き続きの御検討をお願いしましょうか。ありがとうございます。 ○竹内委員 今まで意見が出ていないのですが、特定補助について考えるとき、ここも議論は続けていかなければいけないなと思うところの指摘です。それは、部会資料の最終ページの48、49の申立て取下げ制限のところなのです。ここで取下げ制限を設けるかどうかで、この特定補助というのを、類型ではないと、飽くまで補助と親亀、子亀の関係であるとか、オプションだとか、そういう捉え方をすれば、代理権付与や同意権の留保と同じように取下げ制限はなしということになろうかと思いますし、しかしながら、それだけの要素ではなくて、特定補助というのが本人の保護の必要性という要素が加わっているものであったり、より慎重に審理を進めるべきものだという違う要素が入った場合、取下げ制限ということはあり得るのかと思えるのですが、更に議論をしていくべきところかなと思いました。 ○山野目部会長 申立ての取下げ制限の論点は、少し考えなければいけないと感じておりますから、竹内委員のお話を有り難く頂きました。   段々に花俣委員、久保委員にこの順番でお声掛けをしようと考えますが、ほかにその前に御発言の希望は。   よろしいでしょうか。では、花俣委員、どうぞ。 ○花俣委員 後半の件は、いつものとおり非常にテクニカルな議論でしたので、付いていくのが大変でした。あと、後段の議論の中に出てくるのは、どうしても特定補助人はとか、特定補助人がとなっているので、前半の議論で特定補助人をどうするかというのも様々な意見が出ていましたので、ここはもう委員の先生方の御意見を拝聴するだけにとどめて、私の方からは特段意見はありません。ただ、死後実務のところだけは、身寄り問題のことがいろいろなところで問われているので、ここでもし補助人にこの権限を与えるか与えないかというのは、ほかの関連省庁の議論にも大きく影響するのではないかということを感じました。   それからもう1点は、佐野委員からの御意見、お立場から制度利用者の資産を守るためにという金融機関として当然の御意見だろうと思うのですが、金融機関側が被るリスク回避に力点があるのではないかと、それも無理もないことだと思うのですけれども、個人預金者というのは、金融機関にとって、大口の企業の取引先よりも、銀行としては貸付の際の重要な資金となり得る預貯金でもあるかと思います。前々回でしたか、上限額を決めて簡易な支払いができるような預貯金の仕組みについて御提案いただいた、認知症の人のために金融機関御自身がいろいろな工夫をして新たな仕組みを提案していただく、企業としてできる支援をいろいろ今後も考えていただけると大変有り難いと感じておりますことを申し添えさせていただきます。 ○山野目部会長 花俣委員から2点お話を頂いたうちの、まず前の方の死後事務のことでありますけれども、委員、幹事におかれては本日、漢字3文字の補助人、それから漢字5文字の特定補助人がそれぞれ職務を継続している途上で本人が死亡して相続が開始したという局面の死後事務について、様々な御指摘を熱心な形で頂戴いたしました。それは一つ一つ、理論的ないし実務的な観点からごもっともなことであるとともに、お気付きいただきたいこととして、今、花俣委員に喝破していただいたとおり、これは本当は成年後見制度が今後担っていくべき話ではないですね。社会福祉法を改正して第二種社会福祉事業の中で新しい機軸を幾つか設けていく中に、もうはっきりと社会保障審議会の審議の中に、死後事務に係るサービスについて今後、日本社会の多死社会へ兆候という言葉がよく使われますけれども、それにどう向き合っていくかということを地域社会福祉として対応していくということがうたわれていますから、あちらが本籍です。   それと同時に、また花俣委員にも御理解いただきたい点は、さはさりながら、補助人として仕事をしている間に、権限が限定されますから今までほどには起こらないですけれども、補助人として仕事をしている間にたまたまといいますか、本人が死亡した場合に、それは全部、地域社会福祉ですかと、補助人は目の前で葬儀を上げなければいけないし、施設の解約をしなければいけないしという局面になったときの従来の実務との継続性を考えたときには、今ゴシックで提案している手当てが考えられるし、また、それだけでは少し具合が悪いではないかという、今日、委員、幹事熱心に御議論いただいた点は、なお次の機会に向けて引き続き検討しなければいけません。ただし、本来はここではないのではないかというお話は、鋭く指摘していただいた大事な点だと感じます。ありがとうございます。   それから、花俣委員が後ろの方でおっしゃった小口の預金の問題について考えていってほしいというお話も、実は地域福祉の方が先行していて、こちらでいろいろ議論しているのは、どう言えばいいのでしょうか、都市銀行の世界ですよね。郵便局とか信用金庫とかという地場の金融機関においては、もう現場が迫られているからいろいろな取組が進んでいます。イメージ的に述べると大体、幹線鉄道の駅の近くに都市銀行の店舗があって、まだ軽度認知機能障害とかその手前の段階です、よし、自分は頑張って行くぞといって駅前の都市銀行の支店まで行って、口座を持っていると申し述べて、本人でいろいろするけれども、だんだん心身が衰えてきてそこまで行けなくなってきたときに、近場の郵便局とか信用金庫の支店網の方が稠密ですから、そちらに行ったときに、そこは、おじいちゃん、おばあちゃん、いつも来るけれども、こういう工夫しましょうねという営みが始まっていますから、そのような営みを見守っていったり励ましたりするということは引き続きしなくてはいけませんけれども、ただし、それは恐らくここの部会の中心的業務ではなくて、そこも社会福祉法の改正に基づく第二種社会福祉事業の展開に期待するものでありましょう。   それとは別に佐野委員が、しかしそうは言いながら金融機関取引一般についてもう少し安定的な仕組みをこの部会でも引き続き議論してもらわなければいけませんという御意見も全くそのとおりでありまして、佐野委員が言及していただいた、終了の際に知れている金融機関を始めとする継続的な取引の相手に対して連絡をするというような実務慣行が出来上がるといいというようなアイディアを始めとして、考えていかなければならないと思います。少し悩ましい点は、連絡しなければいけないという扱いは望ましいですけれども、あれは民法に書きにくいです。民法に書くと、連絡しなかったときにどうなりますかという効果まで書かないとおかしく、ですから書きにくいというか、多分書けないと思います。そうすると、それをもう少し、でも、しなくてはいけないというソフトな規律をややオフィシャルに読み取れるような仕方で、この部会の意見として集約し表現していくのにどうしたらいいかということは、やや事務的なことですけれども悩んでいかなければいけなくて、引き続き悩みます。どうもありがとうございました。 ○久保委員 ありがとうございました。私も本当にこの民法部会というのはとても難しいと思って、いつも困っているのですけれども、特定補助人だとかそういうのが今後どのようになっていくのかというのがとても気になっています。その仕方の動きが本人にとってどうメリットがあるのかということがとても気になっているところです。   それと、後の方で議論されていました訴訟のことですけれども、障害のある人や認知症の方であっても、広い範囲の方、そして長い人生の間で訴訟を申し立てられるとか、また逆に申し立てなければならないような事態というのは全くないとはいえないわけですので、その辺のところもとても気にはなるのですけれども、難しいことは全然分からないのであれですけれども、家族としては、金銭とか物理的なことも大事なのですけれども、それだけではないというか、それよりも本人がその後の人生を心理的に引きずって生きていかなければならないということは避けてほしいなという、そんな思いを、ずっと気にしながら、ずっと心に何かわだかまりを持ちながら生きていかなければならないというような、そういう心理状態にならないようにしていただけたら有り難いなという思いを持っております。   あとのことは、まだ皆さんの議論の最中であったりすることもありますし、よく分かっていない部分もありますので、今私が言えるのはそのくらいのことになります。ありがとうございました。 ○山野目部会長 確かに仰せのように、知的障害者の皆さんの長い人生を考えますと、訴訟の当事者になるということが、人事訴訟も含めて、めったにないことでしょうと乱暴に割り切ることはできないわけでありまして、そういう局面に立ったときの法律関係はしっかり考えておかなければなりません。本日お聞きいただいたように、民事訴訟法の先生方も一所懸命考えてくださっておりますから、引き続き見守っていただいて、お気付きのことを御意見としておっしゃっていただきたいと望みます。どうもありがとうございます。   部会資料28について審議を頂きました。   次回の部会の予定等につきまして、波多野幹事から案内を差し上げます。 ○波多野幹事 本日も長時間にわたって御審議いただきましてありがとうございました。   次回日程は、令和7年12月2日火曜日午後1時15分から午後6時まで、場所は大会議室でございます。次回はこれまでの部会の議論を踏まえまして、要綱案のたたき台を作成してお送りする予定でございます。そこで記載しました事項につきまして御議論をお願いしたいと存じます。 ○山野目部会長 長時間にわたりまして委員、幹事におかれては熱心な御討議を頂きまして誠にありがとうございました。   これをもちまして法制審議会民法(成年後見等部関係)部会第29回会議を散会といたします。どうもありがとうございました。 -了-