法制審議会 民法(成年後見等関係)部会 第30回会議 議事録 第1 日 時  令和7年12月2日(火)自 午後1時15分                     至 午後6時27分 第2 場 所  法務省地下一階 大会議室 第3 議 題  1 要綱案のたたき台(1)         2 要綱案のたたき台作成に向けた補充的検討(1) 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○山野目部会長 法制審議会民法(成年後見等関係)部会の第30回会議を始めます。   本日も御多用の中、御出席を賜りまして誠にありがとうございます。   委員、幹事の出欠の状況について御案内を差し上げます。櫻田委員及び海老名幹事が欠席であると伺っております。そのほか遅刻の御予定、それから早退の御予定、途中一時退席の御予定の委員、幹事がいらっしゃいます。   本日の審議に入ります前に配布資料の説明を事務当局から差し上げます。 ○小松原関係官 配布資料について御説明します。   本日は新たな部会資料として部会資料29及び部会資料30を配布しております。資料の内容については、後ほどの御審議の中で事務当局から御説明差し上げます。   また、参考資料として参考資料18「任意後見契約に関する公証人の実態調査について」を配布しております。こちらは令和7年5月及び6月に公証人が作成した任意後見契約の公正証書について、法務省が令和7年8月及び9月に実施した公証人に対する実態調査を行った結果をまとめたものでございます。   本日の配布資料は以上でございます。 ○山野目部会長 配布資料の確認を差し上げました。   本日の議事に入るに先立ちまして、私の方から案内がございます。この部会の調査審議は12月の今日と12月23日の会議、さらに1月の会議を残すところまでまいりました。委員、幹事の皆様におかれましてはここに至りますまでの御協力につきまして、誠に有り難く、御礼申し上げます。   部会の運営をなお一層慎重、安定を期していまいる必要がございます。部会長代理として佐久間委員をお願いしておりまして、これまでも部会長代理をお願いした佐久間委員からは多大な貢献を頂いてきたところでございます。今後とも佐久間委員には部会長代理をお願いしてまいりたいと考えますとともに、法制審議会令の定めるところによりますと、部会長代理を何名置くかということについては特段の定めがございません。申し上げましたとおり、部会運営の一層の慎重、安定を期したいと考えますところから、部会長代理をあと1名お願いしたいと考えます。   部会長代理は部会長が指名することとされております。常岡委員にお願いさせていただきたいと考えますけれども、常岡委員、お願いしてよろしいでしょうか。   ありがとうございます。それでは、常岡委員を部会長代理に指名いたします。   本日の審議に入ります。   部会資料29についての審議からお願いすることにいたします。これについて事務当局から説明を差し上げます。 ○小松原関係官 部会資料29について御説明いたします。   部会資料29は、規律の見直しの方向について、前回までの部会においておおむね意見の一致を見ていると思われる内容をゴシック体で要綱案のたたき台として記載し、別途規律の見直しの方向について更に御議論をお願いしたいと考えている事項については【P】としています。   1ページからの「第1 法定後見制度」では、補助の開始の要件及び効果等、補助開始の審判の取消し並びに補助の解任等の規律については、いずれも【P】としています。そのほか、補助人の選任等について本人の意見等を考慮すること、補助人において本人の意向の尊重及び身上の配慮義務を負うこと、補助人の報酬について家庭裁判所が補助の事務の内容等を考慮すること、本人の状況等に関して補助人が家庭裁判所への報告義務を負うこと、特定補助人の事務として財産の調査及び目録の作成並びに郵便物の管理等の規律を設けることを提案しています。   6ページからの「第2 法定後見制度の本人等に関する民法の規定」及び、7ページからの「第3 意思表示の受領能力等」については、いずれも補助開始の要件を前提とする規律であるため【P】としています。   9ページからの「第4 任意後見制度」では、任意後見契約について、公正証書による変更の規律を設けること、任意後見監督人の請求権者に公正証書によって本人の指定した者を加え、選任に際して本人の意見等を考慮すること、法定後見との併存を認めない規律を削除すること、任意後見人において補助の制度と同様に本人の意向の尊重及び身上の配慮義務を負うこと等を提案しています。   17ページからの「第5 成年後見制度に関する家事審判の手続」では、本人の必要的陳述聴取の例外要件である心身の障害の文言について、法制上の問題ではありますが、民法において「精神上の障害」を「精神上の理由」に改めることが提案されていることを踏まえ、身体上又は精神上の理由とすることを提案しています。そのため、その内実を変更する趣旨はございません。 ○山野目部会長 説明を差し上げました部会資料29について御意見を頂いてまいります。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。特定補助人は、遅滞なく特定補助人を付する処分の審判を受けた者の財産の調査に着手し、という規律があることや、保存行為に関する代理権を有することをもって取引の相手方である金融機関等が本人の財産の情報開示に応じるかどうかという点について少し疑問を持っています。   この点、第1の8の特定補助人の事務の(1)財産の調査及び目録の作成についてですが、6ページに、その調査をする必要が高い場合には当該法律行為について代理権を付与する旨の審判を受けることによっても対応することが可能であると考えられるとの記載がございますが、家庭裁判所から命じられた範囲での財産調査の必要性しかないにもかかわらず、預貯金に関する一切の行為といった個別の代理権を付与する審判を受けなければならないということであれば、必要性の範囲で制度を利用するという今回の制度見直しの趣旨には合わないのではないかと考えていますので、特定補助人の権限として財産調査権限に関する規律を明確に規定するか、財産調査権を個別の代理権の一つとして付与できるようにすることを明確にする必要があるのではないかという意見を持っています。   また、特定補助人が金融機関等に対して財産調査を行った結果、金融機関等としては本人が事理弁識能力を欠く常況であるとの法的認定を受けた者であるということを覚知することになりますので、以後の預金等取引の停止をせざるを得なくなってしまうのではないかということも懸念しています。そのように考えますと、財産の調査や目録の作成義務は付与された代理権の範囲で行うことで足りることを明確にする必要があるのではないかとも考えています。   その他の論点について、御提案のとおりで御異論はありません。 ○根本幹事 部会資料29の任意後見の点について申し上げたいと思います。部会資料29の9ページの変更のところに関係してですけれども、結論としては御記載のとおりでよいとは思っておりますが、改正法が想定している姿について幾つか確認をさせていただきたいと思っております。   まず一つ目が、代理権の範囲の変更を前提として、代理権の範囲が変更された場合に、監督人からの定期報告時に任意後見人が監督人に対して通知ないし報告をしないというのは、これは御本人との関係では任意後見人の職務上の善管注意義務に違反し得るとは捉えられると思っていますが、今後、法制上としては書かれているとおりだとすると、やはり実際に締結をされる任意後見契約のモデル条項のような検討の場においては、そういった旨の、範囲が変われば任意後見人は監督人にきちんと報告をするのだという趣旨の規律を設けるということで、部会資料で御記載いただいている趣旨が明確になるのかなとは思っておりまして、そのように考えていくということで資料作成していただいている事務当局において違和感がないかどうかということは確認をしたいと思います。   2点目は、改正法において、本人に契約締結能力がなくなってから監督人による締結というのが法的な効力として有効であるか無効であるかはともかく、今後は法定後見と任意後見が併存するというふうに制度が変わりますので、そういった趣旨に照らして御記載いただいていると、つまり、本人に契約締結能力がなくなってから、公正証書によってそのような状況で任意後見契約が締結されることはないという趣旨で御記載いただいているのでよいかということが2点目です。   3点目は、部会資料の11ページのところで、平成12年3月13日付の民事局長通達も御紹介を頂いていますが、ここの趣旨というのは、恐らくこの通達の6ページ(1)本人との面談等ということを指しておられるのかと思っておりまして、今後改正法の下でどのような形で、また法制以外の部分でお知らせを頂けるのかというところはさて置き、契約締結に際してどのような場合でも本人に何らか意思確認を行うべきという考え方が示されていくべきだと思われますので、そういった方向で是非御検討いただきたいと思っているというのが、まずこの変更に関してのところになります。   それから、次が12ページの選任に当たってというの考慮というところで今回、改正法においては任意後見契約の締結の際に本人が公証人に対して任意後見監督人となる者についての希望を申述した場合には、その申述した内容も含むということの御記載を頂いていまして、この点について、いわゆる任意後見人となる者についての希望ということですから、これは監督内容についての希望ではないということは、まず一つ前提になるのだと思います。その点からは、家裁による任意後見人や監督人に対する監督人に制約をもたらすものではないといえるということだと思いますが、者について規定するということは、家庭裁判所の判断は拘束しないというのも御記載のとおりだと思う一方で、これまでは実務上、そのような記載があると家庭裁判所の判断において、監督人の公平性の観点から逆効果であると、つまりその者は絶対に選任しないというような形での運用も見られるところではなかろうかと思われます。飽くまでも監督人の希望を書かれたとしても、選任されるかどうかは家裁の運用によって個々の裁判官の判断に委ねられるべきであるということは前提にはなりますが、このような改正が行われるということになりますと、先ほど申し上げた、希望すると選任されないという逆効果であるとの運用は、これは変えていかなければいけないということになるのだと思います。   更に具体的に考えますと、後見人と監督人との間の利害関係があるかどうかという点については今回の改正においても引き続き注意を要することになりますし、他者から見て監督人の公平性や中立性に疑義が生じてはならないというのもそのとおりだと思います。その観点では、この監督人の者に対する指名というのは飽くまで本人意思に基づくものであるということが契約作成時には慎重に確認されなければなりません。申し上げた意味するところは、飽くまでも任意後見受任者の希望ではないということをしっかり確認しなければいけないということの裏返しでもあると思います。   特に、親族任意後見人であるということであれば、その親族と監督人との関係性ということに着目しなければいけないと思いますし、専門職が任意後見人になるという場合であれば、その専門職の任意後見人と専門職の監督人という関係性に留意をするということになり、実際の場面では、監督人としてなぜその者を希望するのかですとか希望するに至った御本人の経緯など、これも作成時に明らかにしておくことが今後実務上求められるということになるのだろうと思います。ですので、この辺りは法制上の事項ではないということは十分承知をしていますが、任意後見契約書の本文には記載されない事項だとしても、今後、先ほど申し上げましたモデル条項等の検討においては検討する課題ということに挙がってくるのだろうということが、ここの記載の行間としてあるのではないかと思っています。   一旦29のところはここまでです。 ○山野目部会長 任意後見に関してお尋ねにわたる部分がありました。木田関係官、どうぞ。 ○木田関係官 まず、根本幹事からおっしゃられた代理権の範囲を変更した場合に通知ないし報告することの観点でございまして、先ほどモデル条項において趣旨を明確にすることが考えられるというところでございまして、その趣旨について特に異論はございません。考え方としては本人又は任意後見人として本人も入れることはあると思いますが、モデル条項で明確化していくことは望ましいと考えているところでございます。   また、2点目のところでございまして、契約締結能力がない場合のところでございますが、こちらは部会資料11ページに記載しているところでございますが、その趣旨としては、今後、改正法の下では今のところ併存を認める前提で考えているところでございますので、そのような場合について契約の締結能力が本人にない場合については、基本的には法定後見を申し立てていただいて対応することが考えられるのではないかという前提で、部会資料は作成させていただいたところでございます。 ○山野目部会長 引き続き承ります。いかがでしょうか。 ○竹内委員 部会資料29のゴシックのところについて3点、確認の趣旨でございます。   1点目が、12ページの2(1)の任意後見監督人の選任の請求権者のところで、もし特定補助人という規律が入るのであれば、これは入れなくてよかったのかどうかという点です。理解不足であったら申し訳ありません。   続いて、22ページの最後の手続法上の特別代理人のところで、民事訴訟法35条の規律なのですが、ここが疎明の文言がないというところが少し気になったという次第です。   最後、1ページ目の補助人の選任のところなのですけれども、1ページの3の補助人の選任等の(1)の、【P】ではありますが、特定補助人と定めることに関連してですが、部会資料30でも関連するところなのかもしれませんが、確認したかったのが、規律として、補助人が複数おられた場合、特定補助人も複数になるのかという点と、特定補助を付する審判をする場合に補助人と特定補助人の並存が生じ得るのが前提なのかどうかという点です。規律を考えるに当たって確認をしておきたいと思いました。というのは、部会資料30の方の審判の取消請求権者に補助人と特定補助人が併記されていたので、併存が生じ得るということが前提なのかどうか、1ページ目を見ただけでは分からなかったので、発言させていただきました。 ○波多野幹事 最初の12ページで頂きました、法定後見の方の請求の対象としてどういうものを列記するかというのは、法定後見の方の整理を踏まえて、多分そこは整理をしなければいけないという御指摘だと思いますので、それは受け止めさせていただいて、引き続き整理を進めたいと思っております。   それで、最後に頂いた方から先に行きますと、補助人と特定補助人、これ自体はなお部会資料30の方で御議論いただくテーマではありますけれども、我々として今考えて提示しておりますのは、特定補助というものの仕組みを始めるときには、そのときの補助人は全て特定補助人に定めるということになり、補助人という立場と特定補助人という立場が併存するような形で、補助人としての規律も当然掛かるけれども特定補助人としての立場もあるという、そのようなイメージで規律を提示できないかと考えていたところでございました。   その上で、幾つか御指摘いただきましたが、複数の補助人ないしは特定補助人という方がいるときに役割分担ができるのかということで行きますと、恐らく分掌の規定を使って役割分担をさせることはできるのではないかと考えていたところでございます。そのほか、取消しの辺りで主体としての記載の仕方がうまくできているかどうかは、なお最終的に整序をしなければいけないと思っております。 ○山野目部会長 竹内委員、お続けになることはおありですか。よろしいですか。 ○竹内委員 はい、また部会資料30の方で、今は結構です。 ○山野目部会長 ありがとうございます。 ○上山委員 ありがとうございます。2点発言いたします。   まず1点目は、4ページ、特定補助人の事務、財産の調査に関わるところで、既に小澤委員の方から同様の御指摘がありましたけれども、特定補助人に与えられる保存行為に関する代理権で各金融機関に対する口座の有無の問合せ等が正当化できるのかという点について、少し懸念を持つところです。もちろん解釈論としては保存行為の代理権として正当化することはできると思いますが、金融機関が保存行為の代理権を根拠とする問合せに実際に応じていただけるのかどうかというところが私はよく分かりませんので、もしそれが困難であるということであれば、調査権限について一定の規律を置くことが望ましいのかもしれないと感じた次第です。   2点目は、12ページ、任意後見監督人の選任の(2)考慮事由です。先ほどの根本幹事の御発言と重なるところがあるわけですけれども、今回、任意後見監督人の選任に当たって本人の意見というものが具体的な考慮事情として明文上示されるのだとすると、これまで以上に任意後見受任者と任意後見監督人との利害関係の有無に焦点が当たるのかなと思います。つまり、任意後見監督人の中立性、公正性というのを担保するために、本人と任意後見監督人の利害関係の評価はもちろんのこと、むしろ任意後見受任者と任意後見監督人との利害関係の有無ということが重要なポイントになるのではないかと思います。   そこで、今御提案いただいているゴシックの資料の中で、任意後見監督人となる者の職業及び経歴並びに本人との利害関係の有無という部分に一言追記して、本人及び任意後見受任者との利害関係の有無という形で、任意後見受任者と任意後見監督人との利害関係を精査する必要があるという趣旨を明文上で明らかにすることが望ましいのではないかと感じました。 ○青木委員 私は、制度の確認として、質問を中心に発言したいと思っております。   先ほどからも出ておりますけれども、仮に特定補助人の制度を入れる場合ですけれども、1ページの特定補助人の定めについては、補助人を特定補助人と定めると記載いただいていることにつき、これは同一人物がなることが前提なのかどうかという点の確認です。既に補助人が選任されているということは、恐らくは代理権を付された補助人が選任されている場合、あるいは要同意事項の定めについての補助人が選任されているけれどもこれは特定補助人を付する関係で取り消された場合、ということだと思いますが、いずれの場合についても、必ずしも同一の者がなるのがふさわしいとは限らないことがあるのではないかと思います。代理権の行使にふさわしい人と特定補助人として取消権行使をすることにふさわしい人は別な場合もありますので、ここは必ず同じ人となると考えておられるのかということを確認したいと思いました。また、新たに補助人を選任するときも同様とすると1ページに書いていただいていますが、これも同一人を想定していることなのかどうかということについての確認をさせていきたいと思います。   また、第1の6では報酬について規定がありますが、ここについて特定補助人の報酬の規定はどうなるのだろうかということがあります。また、3ページの7については、裁判所への報告に関して補助人の報告義務について規律をしていただいていますが、特定補助人が定期的に報告をする義務についての規律は設ける予定はないのかどうかという点が質問ということになります。以上が、特定補助人を付する制度に関しての質問ということになります。   次に、第3に飛びまして、意思表示の受領権限の特別代理人に補助の申立ての権限を付与するということが維持されています。私はこれについては反対を申し上げていたわけですけれども、維持する場合の確認として、この特定代理人の補助申立ての権限については、補助開始と代理権の付与のみの申立てであるように記載されていまして、要同意事項の定めないし特定補助人を付する処分の申立ては含まないという理解でいいのかどうかという質問になります。   それからもう1点は、この申立て権を維持することについては、必要性があるから負担は大きくないとしか書かれていないわけですけれども、必要性があったとしても、意思表示の受領をする権限しかない特別代理人にとっては、様々な事実調査をした上で補助申立てをするという負担はかなり高いと思いますが、にもかかわらずこれが必要だということの理由をもう少し詳しく教えていただきたいと思っています。 ○山野目部会長 これはお尋ねでしたから、事務当局からお願いします。 ○波多野幹事 補助人を特定補助人と定めるというところの御疑問から、3点ほど頂いたものかと思っております。補助開始の審判をすると補助人を選任すると、職権でしなければいけないという規律自体は現行法にもあり、それは改正後も変わらないという前提で考えておりました。その関係では、補助開始の審判自体は代理権付与若しくは要同意事項の定め、特定補助というものが導入されれば特定補助の処分というものの申立て、どれかとセットでやるものだということになりますけれども、それらと一緒に開始の申立てがされ、開始の審判がされたときには、補助人を選任しなければいけないという規律がまず掛かるということを考えており、その上で特定補助という処分をしたときには、その選任されている補助人を全て特定補助人と定めるということを考えていたものでございます。追加的に補助人が選任されることもあると思いますが、その追加的に選任された補助人も特定補助人と定める、特定補助という仕組みを使っている期間については補助人を全て特定補助人と定めるということで規律を組むことを提示しているというものでございます。その上で、先ほど竹内委員からありましたが、全ての方が特定補助人として取消権の行使をする役割を担うのがいいのかという問題があるということかと思いますので、そこは分掌の仕組みで分けていけばいいのではないかと思っていたところでございます。   関連するものは、補助人としか書いていないルールがあるというところだと思いますが、今の御説明のように特定補助人は全て補助人という資格を併有することになるという規律を提示しているつもりでございまして、補助人というルールの中で報酬を決めるとなれば、特定補助人の地位を併せている人も同じように報酬の規定が掛かると思っていますし、報告についても同じように補助人のルールで、特定補助人と定められた方についても同じようなルールが掛かってくるという理解で規律を提示したいと思っていたものでございます。   意思表示の方につきましては、代理権の付与だけしか申立権を書いていないというのはそのとおりでございまして、想定しておりましたのが、この意思表示の受領の特別代理人の規律を御提案したときには、意思表示を受けた後、受けっ放しでは困る場合があるのではないかという御疑問をこの部会でも御提示いただいたところとの関係で、そうしますとまず何が必要なのかということを考えますと、恐らく法律関係について誰か代わりに代理をするという行為が必要になってくるだろうというのが、まず最低限必要なものではないかと考えたところでございまして、その関係では最低限必要な補助開始の代理権付与というところの審判の申立てがされれば、補助という仕組みが開始しますので、その後は補助人において必要に応じて、要同意事項を定めが必要だということなれば、更にそういう補助のほかの仕組みを使っていくという展開はあり得るのだと思いますが、少なくとも特別代理人においてそこまで判断してもらうのは少し行きすぎなのではないかという、御負担の話もあったので、まずは代理権のところだけ申立権があるというふうな形で提示をしているというものでございます。   必要性と負担の関係も、今申し上げたところで我々としては思っていたところでございまして、そういう意思表示を受けたところで、御本人との関係では、これはそれ以上に何か御本人のために補助という仕組みを使う場面だということなのかどうかというところを御判断いただくということに限って御判断いただく必要があるし、その御負担をしていただくことは必要なのかなと考えていたというものでございました。 ○山野目部会長 青木委員、お続けください。 ○青木委員 ありがとうございました。 ○山野目部会長 引き続き御意見を伺います。いかがでしょうか。 ○野村(真)幹事 ありがとうございます。1点だけ申し上げます。   任意後見の契約の変更ですが、任意後見契約について公正証書による変更の規律を設けることと、変更について時間的な制約を設けないことについては賛成ですが、その際に、任意後見監督人選任後に代理権が追加的に選任されたことを任意後見監督人が適切に把握する必要があると思います。部会資料の10ページのイにおいて、本人又は任意後見受任者から監督人に通知をすれば足りるとなっていますが、通知をつい怠ってしまったということがないとは言い切れませんし、約70%を占める親族等の一般の受任者にとっては手続的なことに負担を感じることもあるかと思われます。先ほどモデル文例でというお話もありましたが、例えば公証人より家庭裁判所に変更契約がなされたことを通知するなど、確実に家庭裁判所や任意後見監督人が変更契約を把握できる規律を設けるべきではないかと思います。 ○山野目部会長 御意見を頂きました。   引き続き伺います。   部会資料29の全般についてお問合せをしておりますけれども、ほかにいかがでしょうか。 ○青木委員 先ほど何人かの委員の皆様からご意見のあった特定補助人の保存行為に基づく調査等による財産目録の作成ですけれども、ここの調査というのは任意的な手法も含めて可能な限りで把握できたものについて財産目録を作成するという程度にとどめておくべきだと私は思っておりまして、ここに金融機関への調査ができるようにするためにとかその他の財産の調査ができるためにとして、財産目録の作成の目的のために何らかの権限を付与するという考え方をとるべきではないと思います。   特定補助人を付する処分の趣旨は保存行為をするために付与するものではなくて、その処分の必要性は、今日また議論されると思いますけれども、あくまでも13条1項全般についての取消権を付与する必要性ですから、特定補助人に付随して付されるだけの保存行為については、その保存行為が実際にワークする範囲で財産目録の作成と報告をするというのにとどめるべきであって、そこからさらに何らかの権限を調査権限その他の代理権付与等を発生させるという発想に立つべきではないと思っております。ここは保存行為の範囲内でできることをして作成するという位置付けで財産目録の作成・調整等の規定の趣旨を考えるべきではないかという意見を申し上げます。 ○山野目部会長 財産目録に関して御発言をなさった委員、幹事がおられますけれども、青木委員の問題提起を受けて何か御発言があれば承ります。   先ほど何人かおっしゃいましたけれども、青木委員からお話があって、何もありませんか。青木委員が示唆された論点は、おっしゃり方はそういうものではありませんでしたけれども、見方、言い方を変えれば、今、上山委員にお願いしますけれども、財産目録とか調査というのは言わば出城で戦をしているような論点の位置であって、本質としてある論点は、保存行為という概念が着膨れと申しますか、膨張してくるみたいな危惧というものがなきにしもあらずです。そこで、保存行為それ自体の概念が必要以上に肥大、膨張すると、財産調査とか目録をしましょうという話になるし、その逆もあります。財産目録とか調査とかということになると、保存行為というものは大事ですねということになって、その辺りのことは全体の問題状況を見ていて心配であるという危惧を青木委員はお話しになりました。 ○上山委員 ありがとうございます。今の青木委員の御指摘は、非常に説得的なお話だと受け止めました。実務において、仮にここでいわれている財産調査や目録の作成という事務が、その状況下において可能な範囲で対応すればよろしいという理解で行えるのであれば、保存行為の解釈を通じて、必要以上に大きな権限を認めることは、むしろ本人に対する制約につながるというご指摘は、そのとおりだと思います。したがいまして、そうした理解が前提だということであれば、先ほどの発言は撤回いたしまして、金融機関への問合せ等についての代理権を明確にする形での規律を行う必要性は、私もないと考えてよろしいかなと感じました。 ○山野目部会長 ありがとうございます。今の点について、ほかに御発言はありでしょうか。よろしいですか。   では、ほかの点も含めて、部会資料29について引き続き承ってまいります。   もう少しお尋ねして、特段御発言の希望がないようでありますれば、ここのところで久保委員、花俣委員にお声掛けをします。特段この部会資料29に限るということではなくて、だんだん取りまとめに向かっていくけれども、細かな点も含めて何か述べておきたいことがあればおっしゃっていただくというようなことでお願いしたいと考えております。   部会資料29について委員、幹事全般からほかに御発言はありませんか。よろしいですか。   それでは、久保委員、御発言をお願いしてよろしいでしょうか。 ○久保委員 ありがとうございます。補助人、特定補助人というところも家族としてはなかなか分かりにくいことかなと思っています。それで、財産管理のことも含めて、いろいろ補助人の方にお助けいただくのだと思いますけれども、もう少し、私たちの方が緩やかに使い勝手のいいようにということをお願いしているからこそ、こういう今の議論をしていただいているのだと思いますけれども、なかなか今度は使う側と思って考えてみますと分かりにくいなと思いながら聞いておりまして、もう少し私も勉強を進めないと、結局はどうなるのということをよく聞かれるのですけれども、まだ決まっていないからという話ではありますけれども、本人の意思を確かめながら、そして選べるようになるのですよということは明確にお答えはさせていただいているのですけれども、そのほかの更に踏み込んだことになると少し難しくなって、なかなか説明ができないなと思っております。それで、できたら、今後の御検討を進めていただく中で、また私たちによく分かるような、最終出来上がったら、そういう説明のものも少し作っていただけると有り難いと思いながら聞かせていただいております。   何しろ本人の意思を確認しながら進めていくのですよということ、本人の意思で選んでやっていくのですよという方向性を打ち出していただいているということにつきましては、本当に有り難いと思っております。会員さんの中には今までの法定後見のままでいいという方もおられるわけなので、その辺のところも残しつつ選んでいけるということが、とてもみんなの安心にはなるかなとは思っております。また引き続きよろしくお願いしたいと思います。感想ですみません。 ○山野目部会長 いましばらく法律技術的なお話が続いてまいる部分が多いということのお許しを頂きたいと望みますとともに、差し当たって久保委員が周りの皆さんに御案内いただいているところはそのとおりでありまして、本人の意思をよく聴きながら物事を進めるようになります、それから本人の意思を反映していろいろなものを選んでいくようになりますというところは、そのとおりでございますから引き続き強調なさっていただきたいと考えます。周囲におられる皆さんの中で現行の後見制度の骨格を維持して残してほしいという声もあるということは、それはパブリック・コメントでもそのような趣旨の意見は、根拠を示して少なからず出ておりますから、無視してはいけない声でありまして、そのような意見とどのように向き合っていくかということも常に念頭に置いておりますし、本日、部会資料30に向かって論議を進めていくに当たっても、そこの観点を忘れないようにしたいと心掛けます。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。 ○花俣委員 久保委員のおっしゃるとおりで、本人の意思の尊重ということが大変重要視されているということは理解できました。ただし、今の議論はかなり法律的、技術的なお話が多かったので、なかなか理解が深まるところまでは行かなかったのですけれども、改正法において任意後見の新しい姿への理解を私どもも十分に深めていきたいと思った次第です。 ○山野目部会長 花俣委員に少し感触お尋ねしたいと考えます。補助人はという言葉が飛び交って、部会資料29の御議論を主に法律家の先生方にしていただいて、今日辺りからそれが本格化しますけれども、この補助人は、という言い方は、花俣委員におかれてもだんだん慣れてきていらっしゃるでしょうか。どうぞお話しください。 ○花俣委員 補助人という言葉について、補助、保佐、後見の類型があって、そこで使われていた補助人とは意味が変わってくるのだろうということは分かります。ただし、前回の議論の場でも、特定が付くと更にまた意味が変わってくるというところで、どうしても補助人と言われていると現行制度の補助類型と混同するというか、かといって姿としては補助類型に近いものになるわけですから、それはその方が理解しやすいという側面もあるのですけれども、丸々一緒ではないというところを、この補助人という言い方でどのように私たちが受け止めていけるか、あるいは説明ができるかということについては、もう少し最後の最後まで見ていきたいと思っています。 ○山野目部会長 なかなか今、素晴らしく一般向けの説明の文章として要約して案内するのにちょうど良いというふうにおっしゃっていただいたと感じます。   今の審議の趨勢で進みますと、後見と保佐の類型がなくなって補助が残りますけれども、現行の補助がそっくりそのまま残るということではありません。ありませんが、ただし、現行の補助がすっかり根こそぎ変わるかというと、必ずしもそうではありません。両にらみで申し上げれば、補助の類型を装いを新たにした上で類型を一元化し、これから育てていくようなことになっていくと描かれるが、装いを新たにする部分を細部をどう詰めるかということについて、既に部会資料29の段階から細部にわたる御議論が始まりましたから、引き続き見守っていただいて、またお気付きのことは遠慮なく、途中であっても発言なさり、御意見をお出しいただきたいと望みます。   加毛幹事から財産目録について御意見がおありであると伺いました。 ○加毛幹事 適時に発言できなくて申し訳ありませんでした。青木委員の問題意識を適切に理解できているか分からないのですけれども、特定補助人の財産調査・目録作成義務が本人の財産に関する保存行為との関係で必要とされるのだとすると、調査や目録作成の対象は、本人の財産全体であると考えられます。財産調査・目録作成義務は、民法の様々なところで規定をされており、例えば、遺言執行者も目録作成義務を負うのですが、民法1014条1項に基づき、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、当該財産についてのみ目録を作成すればよいものとされています。   これに対して、特定補助人による保存行為は本人の財産全体に関わり、本人がどのような財産を有しているのかをあらかじめ把握しておく必要があることになります。そうでないと、適切に保存行為を行うことができなくなってしまうからです。それゆえ、特定補助人の財産調査・目録作成義務の対象は、本人の財産全体であると考えられます。   そのことを前提として、特定補助人がどこまでの調査をすべきであるのかという、もう一段の議論があると思います。青木委員がおっしゃったのは、こちらの点ではないかと思うのですが、特定補助人に積極的な調査権限等が認められていないことからすれば、その調査にはおのずと限界があることになるのだと思います。他方、調査等の対象となる財産は広く本人の財産全体であるということは確認しておいた方がよいのではないかと思いましたので、一言発言させていただきました。ありがとうございます。 ○山野目部会長 お話を頂きました。青木委員から何かおありでしたら、お話を伺います。 ○青木委員 私も今の加毛幹事の御発言と認識は一致しております。 ○山野目部会長 ありがとうございます。財産目録の作成とそのための調査に関しては今、加毛幹事にきれいに整理していただいたとおり、調査の範囲の問題と調査の密度の問題があって、それぞれについて考え方を整理しておく必要があると考えますが、調査の範囲に関して述べれば、恐らくは加毛幹事がおっしゃったとおり、保存行為の権限は全般に及びますから、調査も全般についてされておかしくないと考えますとともに、その調査をどこまで徹底してしなければいけないか、徹底してしないとそれは補助人ないし特定補助人の落ち度になるかといったような点については、過度に厳格に求めるような考え方とか運用があってはいけないのではないかというふうな御議論を頂いたと受け止めます。   今の点に関連してでもよろしいですし、部会資料29についてほかに何かありますか。   よろしいですか。それでは、部会資料29について何かお気付きのことがあったら後でお話しいただくのでもよろしいです。また、本日遅れてお見えになる委員、幹事の中から部会資料29についての御発言があるかもしれませんから、それもお着きになり次第、適時に御発言いただいてよろしいといたしましょう。   そのようなことの留保をお話として差し上げた上で、部会資料30に進むということにいたします。部会資料30の、まず1ページから44ページまで、第1の1の部分についての審議をお願いするところから始めます。この部分について事務当局から資料説明を差し上げます。 ○小松原関係官 部会資料30の第1の1について御説明いたします。   部会資料30の第1の1では、法定後見制度に関し、補助の開始の要件及び効果等について、1ページから3ページまでに掛けてゴシック体のとおりの提案をしています。部会資料28からの変更箇所には下線を引いております。これまでの部会の議論において、事理を弁識する能力を欠く常況にある者が特定の行為を対象として補助人の同意を要する旨の審判の対象とされないことへの指摘があったということを受け、(3)補助人の同意を要する旨の審判等の①柱書のただし書を削除し、どのような行為について補助人の同意を要するとするかという制度の選択を自らすることができない者については、新たに(4)の取り消すことができるものとする旨の審判を行うこととして、補助人の同意を得たかどうかにかかわらず、特定の行為を本人がした場合には取り消すことができるとする規律を設けることを提案しています。   このほか、補助開始の審判の請求権者に公正証書によって本人の指定した者を加えるとのことにつき、本人の専権とするとの御意見があったことを踏まえ、(2)として公証人に口授するとの方式によることを提案しています。また、(3)において取り消すことができる行為の対象として振込の方法による払込みを設けないこと、療養看護に関する役務提供契約の締結又は変更に替わり、居住建物の大修繕に関する工事の請負契約その他重要な役務の提供に関する契約を締結し又は解除すること、との規律を設けること、現行法にも規定されている短期賃貸借を超える賃貸借をすることとの規律を維持することを提案し、取消権者の規律については現行法の規律を基本的に維持することを提案しています。そして、(5)特定補助人を付する旨の審判等の規律については、部会資料28と同様に、維持することを御提案しています。   ここで事理を弁識する能力との概念について、5ページ以降において、明治民法や現行民法の概念整理、裁判例を踏まえ、社会生活上、人が通常経験する事務のうち主要なものについて、その内容を理解し、考えられる解決の利害得失を検討して、態度を決定することができる可能性をいう、と整理した上で、これを欠く常況にある者とは、まれにそのような態度決定をすることができることもあるものの、そのような可能性がないことがほとんどふだんのありさまである者であると整理し、これが不十分である者とは、社会生活上、人が通常経験する事務のうち主要なものについて、その内容の理解や考えられる解決の利害得失の検討が不十分又は不適切であることがあり、その不十分さや不適切さを周囲の者からの支援などで補うことによって、自己において態度決定をすることができる者であると整理しています。   その上で、今般の法定後見制度の見直しにおいては、事理を弁識する能力を欠く常況にある者と評価され得る者のニーズにも対応し得る制度である必要があり、そのための保護を廃止することに対して部会やパブリック・コメントにおいて示された懸念を踏まえ、事理を弁識する能力を欠く常況にある者と評価され得る者が選択し得る保護の仕組みを設けることを提案しています。   ほかに、28ページから、保護の必要性の要件について、提案している審判ごとにその内容について整理を行った上、36ページから、本人の同意の要件について、本人が同意の意思を表示することができない場合には当該同意を要件としない規律を提案する理由を記載し、また、セルフネグレクトのように本人が同意の意思を表示する能力があって制度利用開始に同意しない場合をどのように考えるかについてお問い掛けをしております。 ○山野目部会長 ただいま説明を差し上げた部分につきまして御意見を頂きます。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。部会資料30の第1の1、補助の開始の要件及び効果等について、御提案に基本的に賛成をしています。その上で、この制度は補助の制度の中に、事理弁識能力を欠く常況にある者かどうかを判断して特定補助人を付する処分の審判ができるだけでなく、同意の意思を表示することができるかどうかを判断して同意権又は取消権のいずれかを付与する仕組みとなっていますが、国民にとってより分かりやすい制度となるように検討が必要な部分があるのではないかと考えています。例えば、今回新たに提案された第1の1(4)の取り消すことができるものとする旨の審判の規律については、通常の補助について同意権と取消権の付与の制度をそれぞれ設けるのではなく、同意権のみを付与する規律とした方が分かりやすい制度になるのではないかという意見を持っています。   具体的に申し上げますと、補助人の同意を要する旨の審判の必要性がある場合とは、本人自身が法律行為を行う行動をする可能性がほとんどないケースではなく、自己の利害得失を理解しないままに契約書に署名するなどして法律行為を行ってしまうケースと理解をしています。このようなケースを前提とすれば、本人が同意の意思を表示することができないと評価される場合であっても法律行為を行う可能性はあると考えますので、その法律行為について同意を要する旨の審判を受けていても、本人は補助人の同意を求めずに同意権の対象となる法律行為を行ってしまうことが多いのではないかと考えられます。その結果、本人が行った法律行為を補助人が補助人の同意を得ていない行為として取り消すことができることになると考えられますので、結局同意権を付与した補助人に取消権を直接付与するのと同様の結果となり、同意権と取消権の付与の制度をそれぞれ設けた場合と同意権のみ付与する制度に一本化した場合とで、実務上は同じ結果になるのではないかと考えているからです。 ○佐野委員 部会資料32ページの部分の同意を要する行為の項番1のところで、預金若しくは貯金の預入又は払戻しの請求をすることに関して、以前の部会にて、この預金、貯金がどのような種類かといった議論があったと認識しております。遅れたタイミングの発言となって恐縮ですが、銀行実務の立場として、この記載に関しては普通預金のような流動性預金を指すものではなく、定期預金等の固定性預金も含めた預金を指すものと考えております。この点について認識の擦り合わせのために当方の認識をお伝えさせていただきたく、今御発言させていただきました。 ○山野目部会長 ただいまの点について、部会資料の趣旨の確認をしておきたいと考えます。小松原関係官から何かおありでしたら、御発言ください。 ○小松原関係官 御認識いただいているとおりで問題ないと思っております。預金又は貯金と書いておりますのは、定期預金あるいは通常の普通預金などに限ったものではなく、いわゆる預金又は貯金とくくられるもの全てを指すと理解をして、こちらを記載しているものでございます。 ○山野目部会長 預金と貯金が挙がっていますが、預金は普通預金、当座預金、定期預金をもちろん含むという理解が今までもこの種の法政令で用いるときには預金の概念の理解として与えられてきたのだろうと思います。定期積金を含むかどうかは若干、検討の必要の余地があるかもしれません。貯金の方も、言葉の呼び方が異なりますけれども、同様の並びで理解できますし、これまでも貯金の言葉の用例はそのように理解されてきたのだと考えます。佐野委員が御懸念の点はそういう意味では、御発言いただいたところはお答えすることができているだろうと思います。定期積金について何かお話があったら伺いますけれども、佐野委員、いかがですか。 ○佐野委員 ありがとうございます。今御回答いただいた内容で当方としては違和感はなく、その内容に納得はしておるのですが、少しこの部会の中でここは入るのかどうかといった議論が以前あったと認識しておりまして、一応御発言させていただいた次第でありました。なので、私たちとしては疑問というか、気になった点については解決した形になります。 ○山野目部会長 承ました。 ○佐久間委員 元々4点申し上げようと思っていたのですけれども、小澤委員がおっしゃったこともあるので、5点申し上げたいと思います。少し長くなります。   初めに、事理弁識能力を欠く常況にある者のみを対象とする特定補助という仕組みを設けることについて、この仕組みを設けることは必要であると思っています。まず、事理弁識能力を欠く常況の考え方につきましては、部会資料で的確に整理されていると思いました。例えば、部会資料30の10ページ8行目から12行目、31行目から33行目、12ページの16行目から35行目にある(イ)、そして結論としての13ページのウとエは、そのとおりと思います。   その上で、事理弁識能力を欠く常況にある者につきまして相当程度広い範囲の保護を一括して可能にする制度の必要性に関しましては、16ページ8行目以下の(1)と18ページ6行目以下の(2)に述べられていることが適切であると思います。事理弁識能力を欠く常況にある者は現在、相当数存在しています。これは今後も、入れ替わりはあるでしょうけれども、変わることはないはずです。そして、現在事理弁識能力を欠く常況にある者には制度を利用していない者が非常に多いと思われますけれども、その大きな原因の一つが現在の後見制度の重たさにあると思います。そういった人たちが軽くなる新しい制度、軽装備化された新しい制度を利用することは大いに考えられることだと思っております。   他方、現在後見制度を利用している人の中に、今後も同様の保護を必要とする者がいない、無視できるほど少数しかいないということは私には考えられません。私は実務に携わってはいませんけれども、社会で生きておりまして社会の様々な事実に接しています。その経験からいたしまして、今後も後見に似た保護を必要とする人はそれなりにいると考えるのが自然だと思っています。そして、それはこれから認知症などにより事理弁識能力を欠く常況になる人についても同様と思います。そうであるといたしますと、そういった人々に今後も現在の後見による場合にある程度似た、あるいは近い保護を受ける機会を設けるべきであると思います。特に、資料21ページの8行目から20行目までの指摘は非常に重要だと思っています。   また、23ページ10行目以下の(4)、26ページ2行目以下の(5)にありますとおり、これまでの部会の議論状況では、事理弁識能力を欠く常況にある者に対するパッケージ保護を設けない場合、成年後見制度の本人の意思の尊重の理念以外の理念の下に設けられている様々な規定が無力となり、結果として本人の保護、取引相手その他の者の保護、取引の安全その他社会の安定といった法が関与して確保すべき様々な利益が損なわれることになると思います。これは法改正の在り方として許容し難いと考えています。これが1点目です。   続きまして、提案について個別に二つ申し上げたいことがあります。まず、2ページ第1の1(3)①の4号に、解除を含めるという提案が今回されているようですけれども、これは適当ではないと私は思います。契約におきましては、相手方は契約をする前に自分の契約相手が行為能力の制限を受けているか否かを調べまして、受けていると知れば、それに応じた対応をあらかじめすることができます。これに対しまして、解除は言うまでもなく単独行為でありまして、相手方は一方的に解除の意思表示を受けるだけです。そのため、解除の意思表示が到達した場合、仮にこの意思表示が取り消し得るものであるとなりますと、相手方はその取消しに備えることができないまま、一旦契約は解除されて効力を失うけれども、その後、解除の意思表示が取り消されると契約が復活するという極めて不安定な状態にいきなり置かれることになります。契約締結時からその契約の解除の意思表示が要同意事項又は取消可能事項になっていると分かっている場合には、相手方はそれを織り込んで契約をすることで、今述べたことへの対応は一応可能ともいえます。しかし、相手方がそのように不安定な状態を生じるということを受け入れてまで契約をすることがどれほどあるか、あるいは敬遠することになるのではないかということを危惧します。   また、契約締結後にその契約の解除の意思表示が要同意事項又は取消可能事項になった場合には、解除の意思表示を受けた相手方は、一旦契約は効力がなくなったことを受け入れた上で、その解除が取り消された場合に備え続けなければならなくなります。解除の追認か取消しかが確定するまで、例えば居住用建物の大規模な工事を請け負った請負人は、工事を一旦止めた上で工事の再開に備え続けなければならない、居住用建物の大規模な工事を注文した注文者も、工事が一旦止まった上で工事の再開に備え続けなければならないということになります。これでは相手方の利益が著しく害されることになってしまいます。   そもそも解除や取消しなどの単独行為の場合、その相手方は一方的な意思表示によって形成される法律関係を受け入れるしかないという不安定な立場に元々置かれています。そのために、そのような単独行為について条件を付けることですとか、そのような単独行為を取消可能とすることは、相手方を更に不安定な地位に追いやるということから許されないというのがこれまでの民法の一般的な考え方でなかったかと思っています。新たに提案されていることは、この考え方と相容れないと思います。   さらに、解除は法律関係を契約締結前の状態に戻すだけ、原状を回復するだけの行為です。そういたしますと、実質的に解除が本人にとって得策でないことはあり得るにしましても、法的には本人に不利益を生じる行為とすることは適当でないと思います。解除が本人にとって得策でないならば、もう一度契約を結ぶことで対応すべきです。解除を取消しの対象にするとして、恐らく取消しの遡及効に意味があるわけではありません。契約関係の解消という事態に一旦置かれた相手方の保護を考えますと、再契約という方法によるしかないと思います。そして、こういった考慮がされて、現行法上13条1項各号の要同意事項に解除は含まれていないと思っています。以上のことから、解除を含めることは適当でないと考えています。これに対して、前回提案されていた「変更」については、一方的な行為によってされるものではありませんから、今述べたような問題はないと思います。   3点目に、第1の1(4)の取消可能事項を設けることについてです。4ページ11行目から16行目の指摘を受けてのことであると理解しておりまして、それ自体は理由のあることと思います。ですから、これについて反対ということはありません。その上で、留意すべきことがあると考えています。特定の行為の取消しということは、当たり前のことですけれども、ほかの行為は取り消せないということです。こうすることは確かに本人の法律関係への他人の介入を抑制する点では意味があります。ただ、取引には相手があります。そして、その相手になる者は善人ばかりではありません。そのため、特定行為のみが取消しの対象であることを知って、それを知ったからこそ、それ以外の行為を本人との間でし、不当な利益を上げようとする者の出現を警戒する必要があります。そのような場合には意思無能力無効で対応すればよいではないかという方もいるかもしれませんが、それは適当でないと思います。意思無能力無効が認められるかどうかは分かりませんし、最終的に認められたといたしましても相当の時間、費用、労力が必要になるからです。消費者保護規定に頼ることも不十分です。ここで相手になるのは、本人の親族や知人で事業者でないということも普通に考えられるからです。   これは今までにもあった問題だと思われるかもしれません。しかし、それは違うと思います。これまでは補助の類型でのみ今述べたことは問題になりました。補助の類型の本人は相当程度の判断能力を有する者であることから、本人が自分で自分を守ることが相当程度できるだろうということで、今述べた心配よりも本人の行為の自由が優先されてよいという判断ができたわけです。それに対し今後は要同意とする行為を特定の行為に限ることについて、事理弁識能力が著しく不十分な者も対象になります。取消可能な行為を特定の行為に限ることについては、事理弁識能力を欠く常況にある者が対象になります。これらの者には、他人の悪巧みから自己の利益を守る行動をどの程度期待することができるかに私は疑問があると思っています。本人の近しい者を含めて、よからぬ意図を持つ者によって特定行為以外の行為が本人との間でされることにより本人の利益が害されるおそれもあること、特定行為の選択に際してはこのことも十分考慮すべきであるという認識を人々が持てるよう、きちんと説明すべきであると思います。   以上のことに関連して、少し異なる4点目ですけれども、29ページ28行目以下の補助人の同意を要する旨の審判又は取り消すことができる旨の審判における必要性の整理について異論があります。そこで整理されているのは、従前の行動等に照らして今後を予測し、要同意事項、取消可能事項を蓋然性がそれなりに認められる行為に限る、その点で売買一般というような指定はできないということが述べられているかと思います。これは判断の一般的な出発点としては不当とはいえませんけれども、本人が人を信じやすい、だまされやすい、判断能力は相当不十分なのに行動は比較的活発という場合ですとか、本人をだましたり利用したりしそうな者が本人の周囲にいるおそれがあるという場合には、要同意事項や取消可能事項から外れている行為について、取引相手となる他人がわざわざそれを狙って行為をさせ、本人を行為に誘い、本人が不利益を被るという事態は十分想定されると私は思います。   事理弁識能力が不十分とはいえ相当程度あるのであれば、よからぬ意図を持って近付いてくる者がありましても、本人に対応させる、本人の意思の尊重を優先し、特定の行為を限定的に考えるというのは分かります。しかし、先ほども述べましたとおり、事理弁識能力が著しく不十分な者、事理弁識能力を欠く常況にある者は通常、自己防衛力も相当不十分なのではないかと思います。その場合、従前していた取引を要同意行為、取消可能行為に指定したといたしましても、不当な利益を得ようとする者がそれ以外の行為をさせようとたくらんで近付いてきたときには本人の利益を守れないおそれが相当程度あるのではないかと恐れるわけです。   先ほども述べましたけれども、現在の保佐、後見の対象者を現在の補助の対象者と同様に見ることには危ない面があるということに十分注意を払うべきだということです。本人の行為に対する制約は少なければ少ないほどよいという考え方は、適切な面はもちろんありますけれども、全面的に適切とは言い難い、望ましい本人保護の在り方は本人の判断能力の程度に応じて違ってき得るということを意識しておくべきだと考えています。これが最初に申し上げようと思っていた4点です。   小澤委員がおっしゃったことにつきまして私は異論があるので、ここでそれを申し上げておきたいと思います。事理弁識能力が不十分ながらある者と事理弁識能力を欠く常況、要するに、同意をすることが一応できるという人と同意をすることすら審判の手続においてできないという人については、これは大きく違うというか、法的に根本的な違いがあると私は思っています。したがって、その2種の人について法的な規制を分けるというのはある意味、当然ではないかと思っています。   要同意行為というのは、事理弁識能力が不十分ながらもある者につきましては、その不十分さによって本人が不利益を受けることを防ぐために認められるわけです。その裏側には、それ以外の行為は本人が自己の責任で自らすることができるし、すべきであるという判断があるはずです。そのため、要同意行為以外の行為によって本人が不利益を受けても、それは当然で、本人の意思に基づく行為の可能な限りの尊重という考え方から、要同意となる行為は本人の意思に基づいて認めていこうというものだろうと思っています。そしてその前提として、本人自身が同意を得てすることになる行為と、同意不要で自分一人でして問題のない行為との区別があることを認識し、その区別を利用するということがあろうと思っています。   これに対して、事理弁識能力を欠く常況にある者につきましては、おおむね要同意行為とする行為の決定につきましても有効に請求あるいは同意をすることはできません。そのため、要同意行為とされる行為の決定は本人の意思に基づいてされることはありませんで、それを要同意行為とすることが本人の意思の尊重ということにもなりません。また、要同意行為とされた行為以外の行為についても、要同意行為とされた行為と同じように、本人が自らの責任で自らすることができるという状況にあるとはいえない、つまり、要同意行為を定めたといたしましても、なぜその行為についてだけ保護者の同意を得てさせることにより本人の利益を保護することになるのか、区別の合理的な説明が付かないと思います。さらに、審判の際にこの者は同意を要する行為とそうでない行為の区別ができていないわけでして、そうであるのに、その後、個別の行為をするに当たってその区別が付いて、必要な同意を得て自ら行為をするという事態を想定することは非現実的だと私は思います。そのような非現実的な想定をした法規定を作るということは、これもまた立法の在り方として適当ではないと思っています。   差し当たり以上です。長くなりまして申し訳ありませんでした。 ○青木委員 私も少し長くなりますが発言いたします。今回、資料30で作成いただいたものにつきましては、前回の部会の様々な議論を踏まえまして、必要性その他の整理について、資料28の資料に比べますと格段に進めていただいたと思っております。全体として、事理弁識能力を欠く常況にあるといわれる人について、ただし書が外れたことによりまして、本人さんのニーズに応じて代理権を付与するということはもちろん、要同意事項若しくは取り消し得べき事項を特定の法律行為ごとに付与することができるという制度になりましたので、申立てのあり方をしっかりすることによって、本人さんのニーズに基づいて、どの権限も特定の行為ごとに付与することができるという制度となる余地が一層広がったという点ではこれまでの大きな部会の議論の方向性を反映することに向かっているのではないかと思います。   ただ、なお今回の整理においても、事理弁識能力を欠く常況にある者の概念の議論及び保護の必要性の議論、加えて言いますと、本人の同意に関する位置付け等については、引き続き議論を十分に尽くす必要がある点も残されていると思います。そして資料30においても、なお特定補助人というものをどうしても置かなければない理由というのが十分には見いだせないと思います。要綱案を最終的に取りまとめるに当たっては、なぜそれでも特定補助人が必要なのかということが明確に国民に分かりやすく説明できるほどの議論になるかどうかということが問われていると思っています。   まず、事理弁識能力を欠く常況にある者について、再度の整理をいただいていますけれども、以前に部会長からも御指摘がありましたが、現在は意思決定支援の考え方が出てきた上でなお、事理弁識能力を欠く常況にある者をどう考えるべきかということについてです。資料30においては十分そのことが検討されていないと考えています。つまり、意思決定支援の発想というのは、資料30では、本人の意思能力としての意思ではなく、意向や選好を引き出すことではないかとまとめてありますが、そうではありません。障害者権利条約12条は、法的能力の完全な保障を前提にして本人が市民生活において様々な決定をする意思というものを持っている人であることを前提に、それをできるだけ本人さんがその意思を決定できるように支援をしていくということが基本にあった上で、それでもなお難しい場合の保護の措置ということにするのだというのが12条の趣旨であります。そこで想定している意思というのは、明らかに法的効果を持たらす意思のことであります。したがって、意思決定支援の仕組み、実践が進めば進むほど、ほとんどのことについて意思無能力であるという状態は少なくなっていく、意思無能力であることが普通のありさまであるという状態が少なくなっていく、ということだと思います。つまり「普通のありさま」であると評価できる人が減っていくということが意思決定支援の重要な要素だと思います。ですから、資料30に記載されているような、統計上、障害者がどの程度いるとか、今後も認知症の人は変わらずいるということから、直ちに、事理弁識能力を欠く常況にある者が今後も存在するということを無条件に断言すること自体が、この権利条約12条の要請との関係で大きな問題性をはらんでいる表現あるいは考え方であると思います。こういう無条件の断言をすること自体が、自律の保障という、意思決定支援に基づく障害者の意思能力のあり方に関する配慮に欠けるものではないかと思います。   こういう発想に立ったとしても、なお、ある時点において、事理弁識能力を欠く常況にある者が存在することは存在すると思われますが、そのことと、それを定義をして制度の中に取り組むべきなのかというのは別の議論でありまして、そのことこそが今回の議論では問われているのだということについての意識が資料30では十分ではないのではないかと思います。つまり、事理弁識能力を欠く常況にある者がいるかどうかの存在論の話をしているのではなくて、それをわざわざ定義をして、法制度に取り込む必要があるのか、それをしなくてもなお制度として十分成り立ち得るのではないかというのが、今回の議論の焦点であると思っています。   加えまして、例えば、遷延性意識障害の人だけではなくて、統合失調症の陽性期の人とか双極性障害の躁の状態にある場合などが、事理弁識能力を欠く常況にある者の例として部会長が取り上げられましたが、そのような例を事理弁識能力を欠く常況にある者の定義に取り組むということは、結局のところ、そういう方々に対して特定補助人を付する処分をするための必要性の議論を、事理弁識能力を欠く常況にある者の定義の議論の中に混同しているものであると思います。あくまでも事理弁識能力を欠く常況にある者の定義というのはそうした必要性とは区別をして議論するべきだと思います。資料30は、やはりそこがずれているのではないかと思います。   資料30で定義されています「普通のありさま」というのは、ごく例外的に意思を回復することがある程度であるとされていますけれども、ここに挙げられている統合失調症の陽性期の方とか双極性障害の躁状態の方というのは、生活全体を見れば、ご本人さんとしては日常的な生活の判断はでき、計算もでき、売買契約の条項の理解をでき、その上で自分がそれを売ることによってどの程度の金額が入るかも理解でき、なおそれでも売るという方々なわけですから、このような状態の方が、「普通のありさま」という定義に基づいて、事理弁識能力を欠く常況にある者に該当することは決してないと思います。また、このことは結局、「普通のありさま」ということで定義することが、幅のある基準ではないか、「普通のありさま」に入るかどうかという評価については、診断書の記載や裁判所の判断によってかなり揺れ動くことになる幅のある基準なのではないかと思われます。   結局のところ、事理弁識能力を欠く常況にある者をなぜ定義するのか、何の目的の制度のために定義するのかということによって、定義のあり方が規定されていくと思います。特定補助人の処分の認定のために必要だから事理弁識能力を欠く常況にある者を定義するのか、あるいは実はそうではなくて、民法の諸規定、時効の中断あるいは委任の契約、人訴の当事者との関係で、事理弁識能力を欠く常況にある者を事前に認定しておくために定義しないといけないかによって、変わってくることになってしまうのではないかということではないかと思います。こうして考えますと、やはり事理弁識能力を欠く常況にある者、というものを明確に定義するということについては本質的な疑問があるということがあると考えます。   結局のところ、事理弁識能力を欠く常況にある者をより明確に定義しようと思えば、一時的にも回復することもない、回復の可能性が全くない人についてのみ限定的に定義するしかないかと思われますが、そうした場合に、果たして今回の特定補助人という制度を設けるに当たって必要な定義になってくるのかということになると、そのような人は取り消すべきような行為を本人がすることは考えられませんので、何のために特定補助人の制度をおくのかと言う疑問に跳ね返ってくると思っています。   次に、仮に特定補助人を必要とするという前提に立って提案されている特定補助人を付する必要性についての議論ですけれども、今回、ただし書が削除されたことによって、特定補助人でなくても、13条1項各号について検討した結果、全ての事項について取り消すべき事項に設定する必要があるとなった場合には、補助制度の中で取り消し得べき事項を定めることができるとなったわけです。その制度を越えて特定補助人でなければ対応できない必要性というのは何なのでしょうか。どんな行為をするか予測がつかない人であるということが必要性であるという整理がされていますが、取り消すべき事項の特質として、将来の危険性を予測して必要性を判断するということからすれば、本人の状況、周りの環境等からすれば、この人については一つ一つ見ていった結果、13条1項の1号から10号全てについてやはり取り消すべき事項を定めておく必要があるとして、補助の枠組みの中で定めることができるのではないでしょうか。そのことと、特定補助人を付して13条1項各号を一括して全て付けるということは、決して同じではないと思います。   一つ一つのことを吟味した上で結果として10個全てに付くということと、そうした吟味をせずにこの人は事理弁識能力を欠く常況にある者だから全部を付けるということでは、本人や本人の置かれている状況を見た上で、本人さんのことを個別に考えた上で、本人さんへの制約も吟味した上で付けるということとは、おのずと異なります。そういう立場に御自身が置かれたとして考えていただいたら分かると思いますが、自分について一つ一つが必要かどうかを吟味した上で、周りの人が付けてくれたということと、そうではなくて法律上一律に付くからやむを得なく付いたということでは、付けられる本人としての捉え方は全く違ったものになるということを感じていただけるのではないかと思います。そういうことから、代理権の付与については全てを一つ一つ吟味していきましょうということになったのですから、取り消すべき事項についても、補助制度の中で、一つ一つ吟味するということで十分だろうと思います。   なお、この点で必要性の議論と関係しますけれども、先ほど佐久間委員も少し言及はされていますけれども、実務で考えている要同意事項の定めの必要性というのは、決して消火器でだまされたら消火器に関する契約について必要があると考えているわけではなく、消火器に代表されるような、訪問販売によって必要ないものを多数買ってしまうという危険性があると考えますので、消火器に限らず羽毛布団であろうが屋根裏乾燥機であろうが、リフォーム詐欺であろうが、そういった訪問販売によってだまされるリスクがある方ということで、訪問販売全般についての法律行為について要同意事項を定める必要があるという発想で考えてきましたし、これからもそうあるべきだと思います。売買契約全般というのはさすがに広すぎるかもしれませんが、予想される幾つかの取引形態の類型ごとに要同意事項を定めるということによって、相当広い範囲のものについてリスクがあればカバーができるということになります。現行の裁判所で使っていただいている同意権目録も、そういった類型を幅広く捉えた特定ができるようになっていまして、これを今後も改正法に伴って更に吟味を重ねた上で使っていくということではないかと思っています。   それ以外に、特定補助人を付する処分が必要な理由として考えるとすれば、13条1項各号の範囲を越えた事項について取り消すことができることにするかどうかということだと思いますけれども、これについては対象行為の切り分けの理屈としては分かりますが、では、事理弁識能力を欠く常況にある方でかつ何らかの法律行為を自らする可能性のある方について、どういう事項が13条1項を越えるものとして具体的に想定されるかがよく分からないところであります。むしろ、そういった13条1項以外の事項について要同意事項を設定する必要とする方としては、資料30には携帯電話の例が挙げられていますけれども、事理弁識能力が不十分な方の中に、生活状況に見合わない様々な契約を積み重ねることによって僅かな年金や生活保護費が全て失われるといったことで必要な方がいますが、その方々は決して事理弁識能力を欠く常況にある方ではないわけであり、本来は、補助の要同意事項の定めとして、13条1項各号以外の事項についても裁判所の許可により定めることができるようにすることが相当だと思います。それが現行の補助との関係で難しということであれば、上記のようなニーズは、13条1項各号重要な財産上の行為の解釈として、本人さんの収入・資産や生活状況のに合わせて柔軟に解釈することによって対応することではないかと考えており、事理弁識能力を欠く常況にある者だけについて、13条1項以外の事項の必要性があるというわけではないと考えます。   次に、小澤委員からも御提案がありました、補助制度において、要同意事項の定めなのか取り消し得べき事項なのかを、本人の同意の意思が表示できるかどうかで区別するのではなく、私も同じように要同意事項で統一するべきではないかと思います。今回の資料30の中でも、事理弁識能力を欠く常況にある者の定義では一時的には能力を回復することを前提に考えているということでありますし、手続同意能力がないという方についてもなお、その後に対象の事項によっては、法律行為をする能力がある場合ということも想定されると思いまして、その場合に、補助人としては、本人が法律上の効果意思も含めて分かった上でその行為をしたいと理解しているかどうかを確認した上で、同意を与えるわけですから、その場合にその行為が有効となるということについては何の問題もないのではないかと思いますし、そうすることによって制度も簡明で分かりやすくなり、裁判所としても要同意事項になるのか取り消すことができる事項になるかが手続同意能力の有無で区別する必要がなく、実務的な点でも円滑な運用がかなうようになるのではないかと思います。   以上にように考えてきますと、特定補助人を付する処分を設けることは、全部の事項を取り消し得べき行為とするために必要とは考えられず、結局のところ、民法の諸規定との整合性がとれないということをもって、事理弁識能力を欠く常況にある者を認定しておく制度として特定補助人の処分を置くということになるのではないかと思います。それについても、本当にそのために特定補助人を置くという結果でいいのかということを改めてしっかりと議論してまとめにも踏まえていく必要があると思っています。民法の諸規定との整合性は今回の改正の議論において検討されるようになったわけではなく、平成11年改正法以降も検討事項になっていたことでありますし、今回の部会の議論でも、それぞれの規定ごとに、事理弁識能力に欠ける常況にある者を事前に認定した規定がなくなったとしても対応できるのではないかという意見も多数出ていたところで、私も述べてきたところであります。時効完成の猶予や遺言についても同様でありますし、委任や法定代理についても別の方策でということもあります。人事訴訟については、やはり独自の制度が必要だとは思いますが、それは人事訴訟法として、独自に、事理弁識能力を欠く常況にある者訴訟当事者としての規定を置くということにつき、今回の改正法の施行までの間に検討を重ねるべき問題ではないかと思います。こうした欠く規定ごとの調整をしていただいた上で、補助の制度で統一をしていくということが今回のニーズに基づく議論としては重要なのではないかということで引き続き議論をお願いしたいと思っているところであります。   最後に、個別の論点になりますけれども、13条1項各号の中に、今回、請負関係を新たに入れていただいていまして、そこで「大修繕」という用語が2ページの4号で、おかれています。前回の部会でリフォーム詐欺はどうなるのかという議論もあったと思いますけれども、リフォーム詐欺の中には、50万から100万円程度の請負工事も含めて屋根修繕とか外壁の塗装とかその他の修繕を必要もないのに訪問して勧誘するということが結構あります。これが「大修繕」に当たるのかどうかで議論になってしまい、13条1項4号で取り消しができなくなるのではないかが懸念されます。「請負契約その他重要な役務を提供」というところにそういったリフォーム詐欺も含まれるということであればよろしいのですが、「大修繕」があることで大きな金額ではない修繕が含まれないという誤解を招くことにならないかどうかというところが懸念されるということを申し上げておきたいと思います。   大変長くなりましたが、以上でございます。 ○山野目部会長 青木委員が部会資料30をお読みになって、多岐にわたる論点に関する深掘りの御発言をしてくださいまして、上手に問題の在りかを説明してくださったところでありますから、今お話しいただいたところで二つほど話題にしておきたいと考えます。   一つは、今、青木委員が強調されたように、前回部会会議におきまして私の方から、事理弁識能力という概念の考え方が平成11年当時の理解をそのまま機械的に受け止めていくのでよいかという話題を提供しました。平成11年から現時点の令和7年に至るまでの間に福祉の世界を中心に意思決定支援の実践が行われ、それについての考え方が深められてきました。平成11年当時に考えられていた事理弁識能力は、言わば静態的な判断能力の概念であって、しかしその後の我々の福祉に関する考え方の発展は、本人とのコミュニケーションの中で本人に対していろいろなことを促した上で本人の理解を引き出していくこともできるし、引き出していくことができない場合もあると、このようなダイナミックな動態的な判断能力の行使ということが望まれたし、そしてその実践がされてきたわけでありまして、それを受け止めての今般改革にふさわしい事理弁識能力の概念を考えるべきであると申し上げました。今、青木委員がそれを受け止めた御発言をしてくださいました。   部会資料は、13ページの下の方のエの二つ目の段落のところで、周囲の者からの支援やコミュニケーションによって補うという契機への言及がなされておりまして、これは意思決定支援という言葉、タームそのものではありませんけれども、前回私が発言したところを受け止めて、またその背景にある委員、幹事の大方の皆さんの思いを受け止めて、この記述がされているものでありまして、けれども、ただいま青木委員から、今般の資料は部会長が前回述べたのに意思決定支援をなおざりにしているというお叱りを頂ました。この部会資料は事務当局が一所懸命考え、コミュニケーションと周囲の者からの支援という言葉を入れていますけれども、及第点は頂けなかったということであろうかという点が一つと、それからあと、いずれにしても13ページの前後に出てくるというものは、双極性障害も非常に深刻である場合はそうであるかもしれませんし、そうした場合であるとか統合失調症であるかの疾患の名称を挙げて、結局それらの方々については特定補助人を付する処分をするという方向に行くのですね、あるいは行ってしまうのですねというふうなお話も頂いたわけであります。   そのようになってしまってはいけないという警告としてお話しいただいているという意図はよく理解することができますとともに、ここの要件の体系的な整理として、部会資料の中に、重度の精神疾患に罹患した人については事理弁識能力を欠く常況にあると見なければならない場合があるでしょう、そういう向き合い方の書き方をしている部分があることは確かですけれども、それは要件の整理で申せば、事理弁識能力を欠く常況に当たるか当たらないかの要件整理のところのお話でありまして、ゴシックで提案している法文の案は、事理弁識能力を欠く常況にあると認められる者は常に機械的に特定補助人を付する処分の審判がされるわけではなくて、必要があるときは、という文言はここにも入っているものでありまして、そうすると、たとえ事理弁識能力を欠く常況に至っているとしても、活動性がない状況になっていて本人の行為能力に対して制限の介入をする必要が認められない事例については、幾つか挙げられた精神疾患の重い症状になっていても特定補助人を付する処分の審判はされません。典型的に述べると、重度の精神疾患に罹患しているとしても施設に入所して暮らす場合において、静かに施設に入所して暮らしている、外界との交通がなくて、何か取引をするような可能性は現実的、事実上ほとんど考えられないという状況を想像しますと、例外として親族や施設事業者から不当な圧迫を受けるような危険が認められるような場合には何か考えなくてはなりませんけれども、その場合を除けば、ほとんど必要性が具体的に認識、認定することができる場合というものは想像できず、それらの事例においては、必要性が認められないという要件が操作され、特定補助人を付するということにはなりません。   ただし、今、青木委員が御注意いただいたところは、今のような議論から始めて、必要性のところはよほどきちんと議論しなければいけません、という御注意であろうと感じます。それは補助人を付する審判のときもそうですし、特定補助人を付する処分の審判も同じというか、あるいは尚更というか、そういうことであろうとも受け止めました。   また青木委員にも御発言いただいてよろしいです。根本幹事、山下幹事の順番で御発言をお願いします。 ○根本幹事 私からは5点申し上げます。青木委員と重なるところもありますが、できるだけそこは省略しつつ、佐久間委員からの先ほどの御意見のところを踏まえてできるだけ発言したいと思います。前提として、佐久間委員が先ほど御意見の中でおっしゃってくださっている事理弁識能力という概念と、今回の部会資料5ページ以降に出てくる事理弁識能力の概念の御説明が、果たして同じことを前提としておっしゃっているのかどうかというのが、私も先生の御意見を伺っている中で少し分からなくなってしまったということを申し上げた上で、今回の部会資料で整理をされている事理弁識能力概念には2点疑問がありますので、そのことをまず申し上げたいと思います。   平成11年改正当時の立法担当が説明している事理弁識能力の例としてよく出てくる、日常取引が難しい、遷延性意識障害、見当識の点ですけれども、この3点目の見当識は、今回の部会資料との関係で、医学的診断のみに依拠するものではないというのが今回の概念整理になるのだろうと思われますので、12ページなどにある令和5年東京高裁などから見れば、見当識は平成11年当時の整理から抜けていくということにはなると思います。   他方で遷延性意識障害が事理弁識能力概念に入るのだというところは、異論はないところなのかもしれませんけれども、日常取引が難しいというところを維持するのかどうかということだろうと思います。今回の部会資料の中で事理弁識能力についての整理は、13ページから14ページに掛けてだと思っていますが、13条リストの重要行為との関係での整理になっておられるのだろうかと思われるところもあり、他方で13条ただし書ないしは9条ただし書の日常取引行為との関係性の部分がどのような整理になっているのかというところが私としては分かりにくいと思いました。あわせて、仮に今回御提示いただいている特定補助を前提にしますと、事理弁識能力を欠く常況にある方は、特定補助の必要性も考慮した上でということにはなるわけですが、13条の重要な行為以外の追加もできるということになるのだろうと思います。   追加ができるということが肝だと思っておりまして、つまりその追加の内容というのは、13条の重要なリストには該当しないが13条ただし書の日常取引にも該当しない、その中間的なものであるということになるのだろうと思われ、そうなりますと、それについては一部は御本人はできるけれども一部はできないということを前提とした概念整理にしなければ、13条の追加ができるということと事理弁識能力概念の整合性が合わなくなってしまうのではないかと思います。まだ明確な整理が自分の中でできていないので申し訳ないのですが、そこが分からないというのが一つです。   もう一つは、部会長がおっしゃられたエの二つ目で、意思決定支援を事理弁識能力概念で含めて考えるということが果たして民法的に今の時点で受け止め切れているのかどうか、少し疑問に思うところがあります。事理弁識能力概念が何なのかということがもう少し確定しないと、佐久間委員の御意見とかみ合った議論にならないということを自覚した上で、各論について申し上げます。まず、部会資料の29から31のところの必要性の整理のところについて、一つは、佐久間委員からもありましたけれども、前回も必要性の中身について申し上げているところでありますが、御本人が当該法律行為をされる蓋然性について、部会資料が提示している、例えば消火器のところよりは広い整理だと思います。他方で、青木委員も言われたように、売買契約という非常に大きいくくりのものでもなく、その中間的なところ、つまり、訪問販売とか特商法に該当する行為ということだと思います。課金ゲームなども含まれていくのかどうかというところはあるかと思いますが、親族の場合を想定すれば、多額の贈与とくくるのも広すぎますけれども、他方で親族からの贈与と限定するのも狭すぎるということで、その中間的なところになってくるのだろうと思います。現行でいうところの補助の同意権目録に記載されている程度の特定なり、その必要性の程度ということの整理でよいのではないかと思うというのが一つです。   それから、33ページのところの特定補助の必要性についてです。予測を的確に行うことが困難である、若しくは幅広く取り消すことができるという必要性である、個別の特定を要しないとはおっしゃられますが、法的な効果として見れば結局、特定補助であろうと特定補助ではなかろうと、全てにチェックが入っていればその結果は同じということではないかと思っております。ここは、いわゆる13条リストに載っていないものを追加する必要性ということになるのではないかと思います。佐久間委員が言われるように、限られた場面だったとしても、限られた方だったとしても、そういう方が一切いないのかと言われれば、それは理論上一切いないとはいえないのだろうとは思いますけれども、最終的に法制上どう評価していくのかというのが議論の筋ではないかと思うということになります。   その上で、ほかの先生方からもありますけれども、はねる条項が民法全体の中で問題だということであれば、そこは明らかにした上で今回、特定補助が必要なのかどうなのかということを議論し、今の時点でははねる条項について十分な整備をこの部会の中で行い切れなかったということを国民の皆様に対しても明らかにした上で制度を設けていくべきではないかと思います。   あわせて、43ページのところないしは部会資料30の2ページの(4)①なり(4)の規定のところについてです。佐久間委員からの御意見を伺っていて思うのですが、同意ができないということと、あらゆる法律行為において意思無能力であるということは、ここはイコールではないのだと思うのです。重要な法律行為に関して意思無能力であることと、制度に対する手続的な意味での同意能力がないということ、あらゆる法律行為に関して意思無能力であることが段階的に考えられるのだとすれば、手続上の同意能力がないという方でもあらゆる法律行為に関する意思無能力であるということとイコールではないのだと思うのです。例えば、同席してその場で補助人が追認する、同意をするということもあり得るということになるのだろうと思いますので、手続的な同意能力がないということから要同意事項の定めは不要であるということには理論上はならないのではないかと思います。   青木委員が言われた一時的な回復のこともあるとは思いますし、あわせて、仮に手続的な同意能力の有無によって、裁判所が出せる審判が取消しだけなのか、それとも要同意事項も入るのかということが変わるというのは、裁判所にとってのインパクトが非常に大きいと思っています。同意の意思表示をすることができるかできないかは、今の想定されている今回の法改正を前提にすれば、基本的には調査官調査の調査官報告に基づいて裁判官は判断するということになります。手続を細かく見ていくと、補助開始の審判と同時に、例えば要同意事項の定めの審判と取消しの審判を申し立てたにもかかわらず、調査官調査を経てみると、手続的な同意能力がないので要同意事項の定めの審判はしませんという判断を裁判所がするという手続上の重みを考えると、区別することはかなり実務上負担が大きいのではないかとは思います。   最後、細かいところになります。37ページのところに戻りまして、従来から申し上げている、本人の請求又は同意があるかどうかによって必要性が変わるのではないか、若しくは本人の不利益性というところをより重視した判断をするべきではないかというところについてです。最終的に今回の資料の中の37ページの19行目以降のところで、家庭裁判所の運用のところでしっかり判断をするということの整理にされているのだろうと思いますので、きちんと今後の運用の中で区別をされて必要性の認定がされていくということを念押しした上で、この点については従前の私の意見としては追加の要件なりということを申し上げていたわけですが、ここについては部会資料のとおりでよいということで考えています。 ○山野目部会長 根本幹事が前半でおっしゃったところの、特定補助人を付する処分の審判をする場合の目に見える仕方での意義は取消可能事項を追加するところにあるとし、しかしそれについて考えるところがあって、更にとお悩みをおっしゃっていただいたところは、前回会議において上山委員から、中間ゾーンとニックネームを付けるとすると、中間ゾーンのところが勘所ですねと一言で明快におっしゃっていただいたところでありまして、それを今、根本幹事が更に考え込んで、更に考え込んでというか、多分まだ悩んでいる最中で、悩んだまま御発言になっているような状況ですけれども、おっしゃっていただいたと聞きました。   それから、後半の「同意の意思を表示することができない」に関しておっしゃっているところは、委員、幹事が今御議論いただき始めた同意の意思を表示することができないということの法制的な意味が少し違うと考えるところがありますから、後で私から少し御案内することがあります。それはまた申し上げることにして、今、山下幹事の方にお待ちいただいていますから、山下幹事、お願いします。 ○山下幹事 先ほど部会長がおっしゃった点につきまして、重度の精神疾患があるからといって事理弁識能力を欠く常況に当然になるものではないのではないかというようなお話というのはその通りというか、やはり自動的にそのような認定になってはまずいだろうというのがまず、感じていたところでございまして、そうすると、事理弁識能力を欠く常況というのは非常に限定的な場面であって、例外的なのだろうと個人的には思っているのですが、他方で部会資料の中だと、例えば22ページから23ページに掛けて、躁鬱病や統合失調症の事例の御紹介があって、躁鬱病のときに躁状態の方は過剰な買物や投資を行うことがあるのだというお話があって、このようなケースにつきましては、事理弁識能力を欠く常況にある者という法的な評価を受け得るとすると、という書き方をしていて、そうした評価を受け得る可能性があるのだというニュアンスのことを書かれているのですが、こうした症状のある方について、買物や投資といった一般的な社会生活を活発に行われている方が簡単に事理弁識能力を欠く常況にあると判断されてしまうというのは非常に懸念を持っております。他方で、もちろん保護の必要性がある場合があるだろうということも感じております。先ほど消火器の例のようなケースも出されておりましたが、特定の取引について非常に危険性があるとかそういった方については、なるべく通常の補助の制度を利用して必要な範囲で取引を限定していくという方向性が望ましいだろうと考えているます。   そのこととの関係で、要同意事項として挙がっているリストについて、先ほど訪問販売というような形で取引の種類により要同意事項を特定することは御紹介があったのですが、そういう質的な制限だけでなくて金額の上限のような量的な制限、例えば幾らまでの取引というような形で要同意事項を制限するというような形で、一定の社会生活を送る上で必要なぐらいの金額の取引は自分でできるけれども、過剰な取引に入ってしまう心配がある方というような方について量的な部分で取引を制限するというようなことがもし個別の項目についてできるのであれば、そのような形で制限することで、むしろ全面的な行為能力の制限でない形にした上で、同意事項が必要な部分を限定するということも考えられるのではないかと思いましたので、御意見を申し上げます。 ○山野目部会長 今、山下幹事が問題点を整理していただいたところが引き続きお願いする審議で有益であると感じます。部会資料に幾つかの精神疾患を丁寧に調べていただいて挙げてもらっているところは有益であろうと感じられますし、臨床の例として報告されているものを御紹介しますと、双極性障害Ⅰ型の疾患の症状が進行してきた場合において、高級外車を購入してしまったというようなアクシデントというかトラブルがあったというような事例がありまます。ただし、そうであるとしても今、山下幹事から御注意があったように、医学的に双極性障害Ⅰ型の躁状態であるからイコール事理弁識能力を欠く常況にあると部会資料は書いていませんし、そのような整理は適切ではないと思われます。仮にその症状の状況如何によって事理弁識能力を欠く常況であると認定される場合でありましても、高級外車を買うとしたら不動産や重要な動産を購入してはならないというか、それをするのには同意事項ですよというふうなコントロールをしていけばよく、高級外車を1回買ったら特定補助人を付する処分の審判がされるということになりますねというようなことを部会資料も書いているものではありませんし、そのような運用がされていくべきではありません。新しく出した概念で議論をお願いしていますし、これから国民一般に説明していくことになりますから、そのような誤解をしてはいけないというようなことは繰り返し、くどいくらいにお話をしていかなければいけないということは確かです。 ○山城幹事 大きく分けて3点申し上げたいことがございまして、少し長くなるかもしれませんが、御寛恕をお願い申し上げます。2点は意見の表明、1点は先ほど部会資料29との関係でも議論になりました点についてのお伺いです。   1点目ですけれども、特定補助人を付する処分の審判につきまして、前回会議での議論を踏まえて詳細な御説明を頂き、ありがとうございます。前回会議においてこの点に関する疑念を申し述べました。部会資料30についても基本的には同様の意見を持ちますけれども、以下では繰り返しを避けつつ、今後の検討に向けて問題意識を共有するための発言をさせていただきたいと考えております。主な点は、先ほど小澤委員と佐久間委員との間でやり取りがあった点に関わります。   前提といたしまして、特定補助人を付する処分の審判は四つの要素を一体化して定めるものではないかと理解しております。第1は、本人が事理弁識能力を欠く常況にある者であるということを要件とすること、第2は、リストに定められる事項についてパッケージ化された能力制限が適用されるということ、第3は、補助人の同意を得て自ら法律行為をする余地が否定されるということ、そして第4は、民法158条1項等、現行法において成年被後見人に適用される取扱いの受皿となることです。これら四つの取扱いはそれぞれ独立の問題として検討されるべきものであり、特定補助人を付する処分の審判を創設するからといって全てを一体的に扱わなければならないというものではないと考えております。例えば、従前の後見類型の受皿を設けるといたしましても、それとともにパッケージ化された能力制限を適用するということは必然ではないと考えられるのではないかということです。   そのような理解を前提といたしまして、私からは今申し上げた第3点、つまり補助人の同意を得て自ら法律行為をする余地も否定するという規律が持つ意味について考えを述べたいと思います。部会資料に即して申しますと、第1の1(4)の点にも関わります。大きく分けて二つの問題関心があります。   一つは体系的な関心です。前回会議でも触れたことですが、法定代理権は個々の事務を対象として付与することとしつつ、パッケージ化された能力制限がされ、かつ、その場合に補助人の同意を得て自ら法律行為をする余地もないこととなりますと、本人のために確定的に有効な法律行為をすることができる者がない場面が生じることとなります。現行法はこれを避けていますが、その背景には能力の概念に関わる一定の理論的な含意があり、私はそれを軽視することはできないのではないかと考えます。余り学理的な議論は置くといたしましても、この点に関する疑義を避けるためにも、法定代理権を飽くまで個別に与えるというのであれば、補助人の同意を得て自ら法律行為をする余地は常に残すことが適切ではないかということだけ申し述べたいと思います。   もう一つは、実質的な関心です。改めて申し上げたいことといたしまして、補助人の同意を得て自ら法律行為をする余地を否定するということ、つまり補助人の同意を得てした法律行為までも取り消すことができるとすることが、補助人の同意を得ずにした法律行為のみを取り消すことができるとすることと比べて、本人の保護という観点から見てどれほど意味を持つのかということです。事理を弁識する能力があるかどうかにかかわらず、補助人が同意したとおりに本人がした法律行為まで行為能力の制限を理由として取り消す必要はないのではないかと私は考えますが、この点は小澤委員からも既に御指摘があったとおりです。   現行法上、成年被後見人は成年後見人の同意を得ても確定的に有効な法律行為をすることはできないとされています。これは本人の保護を期したものというよりは、二つの理由に基づいて支持されてきた解決ではないかと想像いたします。一つは、5条1項本文、13条4項あるいは17条4項のように、同意を得ずにした法律行為を取り消すことができる旨の規定が後見類型に関してはないという形式的な理由です。もう一つは、こうした状況を前提に、それを正当化するための説明として、事理を弁識する能力を欠く常況にある者が同意の意味を理解して行為することはあり得ないと説かれてきたという理由です。前者は立法の機会には改める余地がある点だと思いますので、今回の方針決定にとって重要になるのは後者の点であろうかと思います。   この点につきましては、前回会議の際にも申しましたけれども、特定補助人を付する処分の審判を受けた者、また審判の開始時に同意能力を欠くと判断された者であっても、事理を弁識する能力を回復する場合があり得ることは、例えば現行10条も予定するところです。そのような場合に保護を取り消す審判がされるまでの間に、法定代理人を付することなく補助人の立会いの下で自ら法律行為をする、例えばそのような余地を認めることは決して不合理なことではなく、むしろこの部会でのこれまでの議論に照らして支持される解決ではないかと感じます。   こういった点につきまして、先ほどの佐久間委員の御発言とは私はやや認識を異にしています。同意を得てすることができる行為とそうではないものとを区別することに意味はなく、そのような区別をすること自体が非現実的な想定であるという御発言であったかと思いますが、前回も話題になったとおり、日用品の購入等、日常生活に関する行為については、現行の後見類型でも本人が自ら行為することが認められていますし、財産上の行為ではないという点で若干性質が違う点はあるかもしれませんが、遺言のように、一時的に事理弁識能力を回復した時に法律行為をすることが想定されていることも無視することができないと私は考えます。   なお、この点につきまして部会資料30では、法律行為に際して自己の利害得失を検討して態度決定をすることができないことが普段のありさまである者は、要同意事項の審判において前提とされている、行為に及ぶ前に補助人とコミュニケーションをとってその支援を受けつつ態度決定を行うことは通常は困難であるとの認識が示されています。この認識は、同意という概念に現行法で想定されてきた以上の深みとでも申しますか、先ほど部会長から御注意がありましたような意思決定支援のニュアンスを盛り込んだものであるように感じられました。つまり、現行法の下では同意は、本人の意思表示と合して法律行為を確定的に有効なものとする補助人の意思表示であるにすぎず、したがって補助人との間でコミュニケーションを経たかどうかは、いわゆる意思尊重義務に関わることはあっても、同意との関係では問題とされてこなかったのではないかと私は理解しています。補助人の同意を得るという際に私が想定しますのは、同意を証する書面をあらかじめ交付するですとか、あるいは本人が契約をする際に補助人が立ち会うといったことです。部会資料に示された認識につきましては、現行法の下で一致して認められてきた同意概念に果たして沿うものなのかという疑問を一方では持ちますけれども、しかし他方で、同意に関する従前の構想を改め、本人の意向をより尊重することの重要性を御確認いただいたと、そのような含みもあるのではないかと受け止めております。その点が第1点でございます。   第2点は、事理を弁識する能力を欠く常況にある者についてですが、こちらにつきましても理解を御整理くださりまして感謝申し上げます。社会生活上、人が通常経験する事務のうち主要なものについて、その内容を理解し、考えられる解決の利害得失を検討して態度を決定することができる可能性という定式でございますけれども、現在議論されているところですと、現行の13条のリストを基にして保護の対象となる事項を整理するという、そのような考え方をとっていくということからいたしますと、先ほど根本幹事からも御発言がありましたとおり、少し整理が必要な点があるのではないかと考えます。   つまり、現行13条のリストは、同条1項3号が示唆するとおり、重要な財産に関する行為を挙示したものであって、部会資料の13ページにありますような、人が通常経験するという観点から作られていたわけではないのではないかと感じられます。したがって、社会生活上人が通常経験する事務のうち主要なものというような定式の部分につきましては、重要な財産に関する事務といった意味合いであると理解しておく方が、取り分け特定補助人を付する処分の審判というものが存在することを前提として、部会資料の全体を通じて示された構想に沿って今後の議論をしていく、その基礎とするための整理としては適切ではないかと考えました。以上が2点目です。   3点目は、部会資料30の3ページ、第1の1(7)についてお伺いしたいということです。大きく分けて3点ございまして、1点目は、これは基本的には現行120条の定式を踏まえたものだと思うのですが、「承継人又は同意をすることができる者」と部会資料で示されている部分が、現行規定ですと「若しくは」となっています。ここが「又は」になっていることの意味合いといいますか、卒然と見ますと「又は」が二つあるわけですが、この並列関係がどのようになるのかをお伺いしたいというのが1点目です。   2点目は、お見込みといいますか、どういう想定であったのかをお伺いしたいということですが、特定補助人ですとか、新たに整理した上で提案がされました、取り消すことができるものとする旨の審判がされた場合の補助人は、この定式のどこに当てはまって取消権者になるのかが気になります。これが2点目です。   3点目は、あるいは2点目の御回答との関係で答えが決まるのかもしれませんが、先ほど部会資料29をめぐるやり取りで、竹内委員と青木委員からのお尋ねに対して波多野幹事から、全ての特定補助人が取消権を行使するのでは過剰である場合には、権限を分掌することが考えられるというお答えがあったかと思います。しかし、この規定が分掌を想定しているのかがよく分かりませんでした。少なくとも現行120条の考え方としては、補助人ないしは特定補助人という地位にある者は一律に取消権を持っているのであって、権限を付与するかどうかを個別に判断することを想定してはいないのではないかと思います。(7)の提案からどのような形で分掌が許容されることになるのかをお尋ねしたいということです。 ○山野目部会長 取消権者の規律について事務当局の資料作成の意図をお尋ねになった部分については、もう少ししたら御発言をお願いします。   取消権者の規律のところに行く前に、山城幹事が多岐にわたる重要な御指摘をなさってくださいました。一つ一つは繰り返す必要がなくて、委員、幹事において受け止めていただきたいと望みます。その上で申し上げれば、山城幹事のお話を聞いていて、すごく魅力ある思考ができる時代に進んでいくと感じたところがございます。お話を受け止めると、意思決定支援という言葉すらも古くなっていくという気もしないわけではありません。意思決定支援ではなくて支援付き意思決定であるという見立てが現われてきます。しかも山城幹事のお話を発展させていくと、その話がなお魅力的であって面白い点は、支援付き意思決定という概念が重要視されていくべきであると同時に、それは、事理弁識能力が不十分である者についてそのことが強調されるべきであるのみならず、事理弁識能力を欠く常況にあるとされた人に対しても支援付き意思決定という契機が忘れられてはならないというか、もしかするとそちらにおいてこそ重要な概念、思想として機能すべきであるということをおっしゃっていくということになるかもしれないと感じました。   少し突飛な喩え話を申し上げますけれども、私の住まいの近くに自動車学校があります、自動車免許を取得するための学校があって、時々路上に車が出てきます。これから免許を取ろうという教習生の人が運転席に座ってハンドルを握り、アクセルとブレーキを操作していますけれども、その傍らに教官が乗っていて、あれは教官が横合いから多分、教官自身も操作ができるような自動車の仕掛けになっているのではないでしょうか。その姿をいつも見ていましたけれども、あるとき私が横断歩道を青信号であるから渡ろうと思って渡り掛けたら、急接近してきた自動車があって、怖いと思った瞬間に、その自動車が急ブレーキを掛けました。何が起こったかと思って見たら、多分、教習生がアクセルとブレーキを踏み間違えるか何かしたのでしょう。そのときに助手席にいた教官がきっと慌ててというか、これは困ったと思って自分が操作しブレーキを掛けたものではないでしょうか。けたたましい音がして、ほぼ私の目の前で止まりました。その光景を実は山城幹事の話を聴いていて想い起こしました。   つまり、特定補助人が同意権はないから取消可能事項にするべきではないかとか、そういうことの議論が始まっていますけれども、一番その極端な、というか典型的な分かりやすい例を挙げれば、補助人がちょうど自動車学校の教官が助手席に乗っているように、取引の相手方と折衝する契約の交渉というか、あるいは最後の締結の段階のところに随行していって臨場し、そこで対面で取引の相手方が座っていて、こちら側に補助人と本人が座っています、では契約条件を最終的に詰めますよということをし、契約書の案を示され、それで一通り本人が読むけれども、もしかしたら本人はかなり判断能力を失ってきていますから全部は分からないかもしれない、時々、補助人に教えてもらったり支援を受けながら、自分はこれで判子を押していいと考えるけれども、と最後に念押ししたときに、補助人が結構ですよ、お進めくださいというふうなサインを出せば、そのままそこでの取引が進んでいくことでしょう。   自動車学校も、多くの事例において、路上の車はアクセルとブレーキを踏み間違えたりしないで、普通に教官が乗っていても運転がされています。まれに、私がひどい目に遭ったように、これは駄目だと思うときには特定補助人に喩えた教官が手を挙げ、少し待った、契約書に何か所かチェックしたいところがあるから、今日はこれは持ち帰るということにしましょうかと止めたときには、その止めたのには従わなければいけません、止めたのに本人が更にするということをしたときには、もうそれは要同意事項の同意を欠いていたとされるか、取消可能事項とされるかはともかくとして、それは効力を覆されますという話になります。けれども、いつもそんな場合ばかりではなく、きちんと支援付き意思決定がされればそこの取引は的確にされるかもしれないから、それというものは、見方によっては同意権がないけれども、同意していたらやはり後で特定補助人は信義に従って覆せない、という法律理論で処理するか、あるいは特定補助人に追認をする権能はあるわけですから、その場で追認しましたと構成するか、ロジックは法律家がまたいろいろ考えると思われますけれども、そうして取引の状況に臨場し意思表示を即時に追認するというようなことがされたときに、その効力は否定し難いようにみられますけれども、皆さん、いかがですか。   一種それは契約を締結する権能の共同行使ですね。保護者と本人とが一緒に取引をしていますという感覚であって、ただし共同行使というと民法親族編の議論をするときには親権の共同行使などを想い起こすのに対し、ここの共同交渉は少し親権と意味が異なります。親権の共同行使は父の立場と母の立場がシンメトリック、対称的ですが、ここは本人の立場と保護者の立場は決定的に異なりますから、あれこれとが同じにはなりません。何と申せばいいでしょうか、山城幹事におかれて今の話の延長で、従来、民法総則が知らなかったここの概念を更に発展、研究していただけると更に有り難いですけれども、支援付き意思決定、介助を受けてされる意思表示のような概念を更に深掘りしていっていただくことによって、事理弁識能力を欠く常況とされる者というものが具体的にどのような取引行動をとることによって、いわば最大限の合理的配慮として取引社会に人々を受容していくことが可能であるかということをぎりぎりまで探ってみましょう、というなりゆきになるかもしれません。そのヒントを今、山城幹事はおっしゃってくださったと感じます。花俣委員に向け御話をするとすると、どうしても山城幹事は民法の先生ですから言い方が難しいですから、最初に聴くと何を述べているか分からないところがあるかもしれませんけれども、私なりに勝手に翻訳すると今の話のようなことになりますから、私からのつぶやきも参考にして、お話を続けていただきたいと望みます。   その前に、取消権の規律に関して少し難しいお尋ねが事務当局にありまして、波多野幹事、お願いします。 ○波多野幹事 1点目の「又は」は、すみません、ここは書き方の問題ですので、こちらのミスかもしれないので、少し検討いたします。   2点目の特定補助人をどう読み込むかなのですが、こちらの想定しておりましたのは、特定補助人は、3ページの20行目において、取り消すことができる行為、取消権の行使という権限が法律上与えられている、これを固有の権限と読むのか、若しくはこの法律の規定によって代理権を与えられていると読むのかというのは整理が二様あるような気がいたしますが、我々としてはこれを代理権が与えられているものという整理をし、これを法定代理という整理をした上で、この代理人を読み込むというのがいいのではないかと考えていたところでございまして、そのような整理をすれば、その代理人に読み込むことができるのではないかと思っておりました。   その上で、(4)の場面の取消権者について書けているのかというと、この間、部会資料を見直して、書けていないということを今認識しておりまして、その御指摘は(4)の規律を残す場合に更に修正をしなければいけないと考えているところでございます。   もう1点ありました、3点目が分掌の関係でございます。代理権の行使と考えれば分掌の対象になってくるのではないかと考えていたというところでございます。 ○山野目部会長 山城幹事、お続けになることがあったらお願いします。 ○山城幹事 取消権者について御説明いただきました点について理解いたしました。また、部会長には翻訳をしていただきまして、ありがとうございます。気になっておりますのは、その場で補助人が追認するという考え方は確かにあり得るかと思うのですけれども、理論的に考えますと、補助人が同席している場合であっても、補助人が先に同意したのか後から追認したのかで法律行為の取扱いが異なることになるというのが、同意を得ても法律行為をすることができないとすることの一つの含意であろうかと思います。その点に合理性があるのかにはなお疑問を持っておりまして、さらに検討していかなければならない点かと感じています。 ○山野目部会長 どうもありがとうございます。   星野委員、大変お待たせしました。 ○星野委員 ありがとうございます。今の部会長の車の教習所の話は非常に、今これから話そうとすることと少し重なるなと思っているところがあります。先ほど小松原関係官の方から御説明があった38ページのイのところです。私は特定補助人という仕組み、名称などはともかくとして、そういう仕組みが必要であることまでは否定はしていないのです。ただ、それが事理弁識能力を欠く常況というカテゴリーを設けること、その方が前提としてそこにつながるという方に行くことについては、やはり異論がございます。というのは、38ページに書かれているイの部分の虐待を受けている状態の方やセルフネグレクトのような事案において、御本人が同意の意思を表示する能力があっても、これを開始しないということを自ら言っている場合、これが先ほどの自動車の急ブレーキのところと少し似ているなと思って聞いていたところなのです。   このような状態にある方々が本来は法定後見ではない形で、例えば虐待防止法の中での様々な支援、公的な介入というところが明確になっているかというと、虐待防止法の中では、このような虐待を受けている場合、成年後見制度の活用を検討してくださいというのが今の法律になっているわけです。そのときに意思能力を自ら発言できない方は、今の議論で行けば後見制度の活用に向かっていくことは考えられるのですが、明確に自分には必要がないと様々な事情から言った場合にこの方たちをどのように支援するかという問題を考えたときに、やはり私はこの特定補助、名称はともかくとして、本人の同意はないけれども必要性があるということがきちんと判断されれば、必要最低限の短い期間、今までも出ていましたが、例外的、限定的にこの方法を活用しなければ、今は対応が難しいのではないかという実感を持っています。ですが、これは社会福祉法の方でこういった方々に対してどのように向き合っていくのかというところの議論がまだこれから必要だとは思いながらも、そこが十分に出来上がるまでの間、こういう方々が、本人が望まないと言っているから何も手が出せませんということでは、現場は非常に困ると思います。   ですので、何が言いたいかと申しますと、事理弁識能力を欠く常況という分け方ではなくて、やはり補助人による支援が必要な状態という必要性というところを、やはりもう少し認識をそろえていかないと、福祉現場で見ている実態からすると、このような状態にある方々に対してどのような対応が今後なされるのかというところを非常に懸念をするところであり、そういうところに関しては必要性というところを判断することが求められてくる場合があるのかと。   ただ、それは最終的に特定補助という形で落ち着くことが望ましいと思っておりません。やはり本来は本人の意向というものを、先ほどありました意思を尊重する、意思決定を支援する、支援付きの意思、そういうことをどうやっていくかというところが大きな課題として、福祉の分野ではあると思っています。ですが、そういう方々がやはりいて、そういう方々について今対応できるすべが、ないとまでは言いませんが非常に少ないというか、そういう方々に対しての対応ができる方策があるとはいえないのではないかというところにおいて、今現状そういう方々が後見制度を使っている実情があります。でも、そのときに後見制度の利用がずっと見直されずに延々と続いていくことが非常に大きな問題として指摘をされていると思いますので、特定補助というような対応について、ここまで前回の議論を踏まえた整理をされて、読んでいて、そこについてはいろいろ感じるところはありますけれども、非常に進化してきていると感じます。でも、事理弁識能力を欠く常況というところで整理をされてしまうと非常に厳しいという感覚を持っているのは、38ページに書かれているイの例示のところでも出ているかなと思います。 ○山野目部会長 実質概念として事理弁識能力を欠く常況という観念を厳しく丁寧に見直すということに加えて、必要性というものをかなり厳格にハードルを高くして捉えるという考え方を根本にした上で、実際に仮に制度を設ける際に特定補助人を付する処分の審判をする場合にあって、入口と出口ということで申し上げれば、手続、手順の問題としても、入口のところで医師二人の診察が必要であるという今よりも重いハードルが用意され、出口のところも定期報告の制度を今度入れますし、ここでこれだけ議論していることによって、この制度は何となく困った状況にある人についてはずっと時間的に長く使っていきましょう、という趣旨のものではないということが部会の審議において明瞭になっていれば、裁判所は定期報告のときにその趣旨を尊重しながら見てくれるであろうと思いますから、入口と出口のところもそれぞれにかなりバルブを閉めなければいけません、という注意は再々、ここでの議論においても確認していく必要があるでしょうし、仮にこういう方向で行ったときに、国民に対して周知啓発する際、趣旨説明をする際にもしっかりと何度も説明していかなければなりません。そのような観点の御注意をしてくださいました。ありがとうございます。 ○佐久間委員 山城幹事がおっしゃったことに関連して、二つのことについて申し上げます。   まず一つは、山城幹事の御質問を受けて波多野幹事がお答えになったことに関連してなのですけれども、第1の1(5)⑤で、3ページの19行目に、「特定補助人は次に掲げる行為をする権限を有する」とあるのですけれども、この権限の性質についてはっきりしておいた方がいいということです。波多野幹事からは、代理権とすることも考えられるし固有の権限とすることも両方あり得るというお話があって、理論的にはそうだと思います。ただ、ここで大事なことは、特定補助の制度を導入するということになりますと、先ほど根本幹事が「はねる規定」とおっしゃった各種の規定において、法定代理人の存否で規律の適用の在り方が異なるところがたくさんございます。それらについて、特定補助人を付する処分の審判がされた、特定補助人が付されているにもかかわらず、法定代理人がいないのと同様の扱いがされるというのは、これは全くもって不適切ですので、ここは代理権と書くのも一つですし、権限としつつ代理権と整理するというのも一つですし、権限であって固有の権限だということにしたとしても、法適用の在り方としては、今法定代理人とされている人たちと同じ扱いを受けることを明確にするのも一つで、いずれでもいいですけれども、ここは必ず手当てしておかなければいけないことだと思います。   2点目は、事理弁識能力を欠く常況にある人について要同意行為の定めの適用を認めるかということについて、山城幹事がおっしゃったことに関して、私が思っているところを述べます。まず一つ目に、本人のために最初から確定的に有効にすることができないという状況が残ることはいかがなものかということをおっしゃいました。それは元々私も適当ではないと考えておりましたので、本人の行為が制限される場合には、保護者にその行為について法定代理権を与える、結果的にほぼ全面的な代理権が与えられるということが適当ではないかということを、当初申してきました。   しかし、それは本人の自由に対する過剰な制限にむしろ当たってしまうという御指摘を受けまして、その主張は取り下げたところです。その取り下げたときには特に申しませんでしたけれども、そうでありましても結局、個別の代理権付与の審判を請求するという道は当該行為について残っているわけですから、その個別の代理権付与の審判を請求するというルートを通れば結局、確定的に有効にすることが、少し時間的間隔は置くことになるけれども可能であるということで、折り合いが付くのではないかと思っています。時間的間隔がどうしても生じてしまうというのは仕方がないということです。   その点から考えてみますと、現在もあるところですけれども、要同意行為につきまして保護者の同意が得られない場合に、結局本人は確定的に有効に行為をすることができない状況に置かれるわけです。そこでどういうことが保障措置として設けられているかというと、御存じのとおり家庭裁判所の許可の制度が設けられています。そうすると、そこでは結局のところ時間の掛かる裁判手続を経ることで初めて最初から確定的に有効にすることができる行為というのがあるのだともいえるわけですから、先ほど申しました、今権限が保護者にないのなら、代理権付与の審判を必要であれば申し立ててくださいというのは、それとニアリーイコールの関係であって、致命的な問題とはいえないのではないかと私は考えております。これが山城幹事がおっしゃった1点目についてです。   2点目につきまして、そもそも私は同意を得て本人がした行為について、事理弁識能力を欠く常況にある者が意思無能力状態でもあることが非常に多いということだとすると、本当に意思無能力無効の主張を全て排除できるのかということに疑問を持っており、これは恐らくできないであろうと思っています。同意といいましても、幅のある内容の場合には、その範囲内には収まっているけれども本人にとって不利益であるという取引だって存在することは間違いないと思います。その場合に、最終的に意思無能力の無効を主張して本人は不利益を防ぐということを排除できないのではないかと思っているということです。   そうなりますと、そこから幾つか問題が出てまいりまして、まず相手方は、同意を得てされた行為でありましても意思無能力無効の主張が後から出てくるかもしれないということになるとすると、本人との取引を回避しようとすることになっても不思議はないと思っています。そこで留意すべきことといたしまして、事理弁識能力を欠く常況にある者とそうでない者とが制度上区別されていない場合には、相手方には本人の判断能力の程度は分からないということです。その結果相手方がどういう行動に出ることが容易に予想されるかといいますと、事理弁識能力が不十分である者、取り分け不十分な程度の著しい者については、保護者の同意があったとしても意思無能力無効を後に主張されるおそれというか懸念を拭えないということから、取引に慎重になるということです。これは随分前にも一度申し上げたところです。そうすると、結局のところ事理弁識能力が不十分な人全体に自分の意思による法律関係の形成を困難にするという支障が生じることになる。そうであるとすると、評判が悪い面もある、あるいはそれを批判される方もたくさんおられるようでありますけれども、事理弁識能力を欠く常況にある者については別の枠組みにするということの方が望ましいと考えています。   そういった問題があるところ、では事理弁識能力がある者について要同意行為の定めを適用をすることにどの程度の意味があるかと申しますと、既に先ほど一度述べたところですけれども、そもそもが審判のときにどの行為が自分にとって要同意行為なのか、どれは違うのかということを認識していない以上、その後、本当にそれを認識して契約等をすることがどの程度あるのかということを疑問に思います。後から振り返れば、あるいはある人の目から見れば、それは本人が認識して要同意行為だということで同意を得てしたのだということはあるかもしれませんが、一体それは誰が判断するのかということが分からない。支援者から見れば、これは今、本人は意思能力のある状態だと見えたとしても、本当にそうかどうかなんていうのは分からないとしか言いようがないのではないかと、私は思っています。   これとの関係で、山城幹事は日用品に関する取引とか遺言について挙げられましたけれども、日用品の取引に関する現行法上の例外というのは、あれは私は便宜上の例外だと思っています。意思無能力無効であれも全部否定してしまうと、本人が基本的な生活すらできないというようなことになるから、意思無能力無効まで否定できるということにはなっていないけれども、少なくとも取消対象行為からは外していると、実際上そういう捉え方をすべきではないかと思っています。また、遺言の例外もおっしゃいましたけれども、遺言については医師2名が立ち会うわけでありまして、先ほど申し上げましたような、本当に意思能力のある状態なのかどうかということが分からないではないかという懸念を可能な限り払拭している、そういう制度枠組みがあるからこそ認められているのではないかと思っています。   最後に、部会長もおっしゃったことですけれども、保護者が例えば臨場して、現に立ち会って行為をしたらどうなのかと。それは私は無意無思能力無効の心配はほとんどないと思います。意思無能力無効の心配がほとんどないというのと同時に、取消権の行使が後であるかというと、これは法律構成の問題ですけれども、確か部会長もおっしゃったかもしれない、取消権の行使を信義則上することができないという形で取消権を防ぐということが可能であるので、これを要同意行為にしておかないといけないなんていうことは実際上もないのではないかと考えております。   最後に、もう一度念押しになりますけれども、本人が保護者と一緒に行って、同意を得たというか了解を得る形で行為をしているという、この場合だけをとれば、それは別に問題は何もありませんけれども、そうではなくて本人が一人で行って行為をする、同意を得て来ていますということだってあり得ないわけではなくて、むしろやはりそれは考慮すべきであって、その場合についてまでも要同意行為なのだから取り消せないのだ、同意の範囲内に収まっているから取り消せないのだということにしておく必要がどの程度あるか、私は極めて疑問だと、なお今も思っております。 ○山野目部会長 佐久間委員が信義則に言及なさっていただいたところに関連して、参考までに御案内をしておきます。無権代理が関係しておりますから局面の様相はかなり変わりますけれども、後見人による追認拒絶が信義に反すると判断した判例として、平成6年9月13日の最高裁判所の判例がございます。ここの文脈において、直接にではありませんけれども、間接に参考に値する側面があるかもしれません。   竹内委員、お手をお挙げなっているのに気がつかなくて失礼を致しました。発言の順番について御案内します。予告しましたように、これから河村委員の御発言をお願いし、その後に竹内委員にお願いし、続きまして林委員に御発言をお願いすることにいたします。 ○河村委員 ありがとうございます。説得力のある言い方で意見が言えるかどうか自信が余りないのですけれども、感じている違和感をやはり表明しておいた方がいいと思って手を挙げました。   引き続き特定補助の件について様々な委員が御意見をおっしゃっていますけれども、前回のときですか、私が事理弁識能力を欠く常況にある方よりも不十分といわれるであろうカテゴリーの方の方がいろいろな被害に遭う可能性だって高いともいえるわけだから、こういう特定補助が必要なのだという考え方には説得力が欠けないでしょうかということを申し上げたからだと思うのですけれども、今回の部会資料では躁鬱の方のことであるとか、そういう方が契約をしてしまって不利益を受けるわけだから、その人たちは事理弁識能力を欠く常況とカテゴライズされ得るのだからということが書かれていたのを読んで、私は逆にもっと違和感を強くした次第でございます。   というのは、この中で特定補助は必要だとおっしゃっている方の言っていることが私はまったく分からないわけではないつもりなのですけれども、そこで救わなければいけないとされている方々と事理弁識能力を欠く常況とのマッチングがやはり私はできなくて、何人かの方が、私と同じ違和感を感じていらして発言されているなと感じたのですけれども、一つには、よく事理弁識能力を欠く常況というのを検索したりしますと、1万円札と1,000円札を見て、どちらが価値がありますかと言って分からないとか、そういうことが書いてあったりします。あと、よく認知症の診断なんかで引き算して100から7を引いて、また7を引いてとかというのがありますよね、今日は何年何月何日ですかという質問ですとか。ところが、それを全部すらすら答えられるけれども何台も外車を買ってしまう、そのケースが想定されていますよね。そのうえで、その人たちは事理弁識能力を欠いていると診断され得るのだからとか、そういう人たちの保護のために特定補助の仕組みが必要だということが私の中でつながらないのです。   私が申し上げたいのは、事理弁識能力を欠く常況というカテゴリーを作って特定補助ということではなくて、資料でこういう人の保護が必要なのではないですかと書かれているような人が、事理弁識能力が不十分とされる一群の中で、こういう傾向の不十分さがあると位置づけるとか、そういうことで手当てされていくことで、特定補助という仕組みがなくても保護できるのではないかと。従って、事理弁識能力を欠くということで線を引いてやることの、私は説得力のなさを感じております。   もう一つ申し上げたいことは、私はこの成年後見の議論に参加することになったときに、皆さんの中にはもっと前からいろいろなことを学んでいらっしゃる方がいっぱいいらっしゃるわけですけれども、やはり見直しのきっかけとなった障害者権利条約のことなど、いろいろ自分なりに調べたりいたしました。権利条約そのものではないですけれども、例えば海外の意思能力についての考え方というのも調べました。その中に、皆さんよく御存じかもしれませんが、英国意思能力法の5原則というのがあって、単に賢明ではない判断を行ったという理由のみで意思決定をすることができない者として扱わないというものがあります。私は、法律の考え方としてこういうことが書かれるのかと思って非常に心に残りました。何が申し上げたいかといいますと、こういう人たちは自分にとって非常に損失となるような契約をしてしまうかもしれないから保護してさしあげなければいけないのだとおっしゃる意見に私は丸々反対するつもりはないのです。   ですけれども、賢明でない判断をするということは人の人生の中で幾らでもあるはずで、事理弁識能力と関係なく、というか、それが人間らしさとか人生というものであり、誰が見ても損をしないような判断しかしてこない人生というのは、むしろないのではないかと思っておりまして、何が言いたいかといいますと、その線引きが非常に危ない、危ういものになりかねないことを危惧しております。見直しのきっかけが障害者権利委員会からの勧告であったことを考えると、いや、あなた、そんなばかなことをしてはいけませんと言わなければいけない状態に対して、それはもう丸ごと取り消せるようにするのだという線引きは非常に慎重にやらなければ、やはり人間性の否定につながりかねない。ほかの人が考えて賢明ではないと見えても、その人の心からの判断である場合もあるわけですから、そこは非常に慎重にするべきだと。   ただ一方で、何回も言いますけれども、自分の住む家もなくしてしまうとか、もう全財産を失ってしまうみたいなことを判断能力の問題でしてしまうという方に対する保護が必要だということを否定するつもりは全くないので、繰り返しになりますが、欠く常況というものを何か明確な線が引けるかのようにして規定を作り、そうするとその人たちが守られるという関係にあるのではなくて、事理弁識能力が不十分という方たちの中の様々な傾向として、つまりその人の持つ傾向、キャラクターがあるはずなので、危険性にも種類がある、そこの中から必要性を拾っていくという方がずっとすっきりすると感じております。今のところはそういう意見を述べさせていただきます。 ○山野目部会長 河村委員に二つお声掛けをします。一つは、河村委員のおっしゃるとおりであると今までも思っていましたけれども、今のお話を伺って痛感いたしました。法定後見の在り方をどうしていくかという審議をお願いするに際して、その当初の段階で私からも委員、幹事に御案内を差し上げました。法務大臣の諮問の趣旨を十分に我々は呈して、保護の考え方で平成11年以降の成年後見制度の基調が進めてきたところを、標語風に述べれば、保護から尊厳へと考え方を切り換えていくということをしなければいけないということを申し上げ委員、幹事に審議をお願いしてきたところでありまして、今、河村委員がそこのところの大切さを強調する形で念押ししてくださって、大変有り難いことであると感じます。これがお礼でございます。   それからもう一つ、河村委員にアイデアがあったらお教えいただきたいですけれども、保護から尊厳へ、であるとして、河村委員の御発言の中で何度かそういうお話がありましたけれども、ぎりぎりの局面で保護の必要がある人が、極めて限定された局面の状況かもしれないけれども、傾向として非常に危うい、危険な、とおっしゃったでしょうか、その傾向ないし兆候がある方々について何かを考えなければいけないということを決して否定しないとおっしゃった部分との関係で、どのようなルールを設けていくとよいということになるかということについて、何か河村委員におかれてその御構想がおありでいらしたら、お教えいただきたいと望みます。お礼と、それから、構想がおありでしたら御開陳いただきたいというお願いです。 ○河村委員 それほど理路整然とお答えすることは難しいのですけれども、そのお答えになるかどうか分からないのですけれども、そういう局面にある人といってもいろいろなケースが考えられるわけですよね。いいアイデアがあるかというよりも、今提案されている内容は、事理弁識能力を欠く常況というカテゴリーを作るということからなっているところと、救わなければならない人を救う局面があると私が申し上げていることは、私はイコールではないと思っているので、繰り返しになりますけれども、何人かの委員の方がおっしゃられているように、特定補助というカテゴリーを作らなくても、多くの法律行為を捕捉するような形で保護を入れるとか、そういうことでできるのではないかと。補助の仕組みを柔軟に使うことで、あるいはもう少し必要性というのを大きくとらなければいけない場面があるのかもしれませんけれども、それも今言ったような要件、この人にはこういう危険性があるということを見ていけば、特定補助というのがない状態でもやっていけるのではないかと感じております。すみません、お答えになっていないかもしれませんが。 ○山野目部会長 お考えのあらましを理解しました。ありがとうございます。 ○竹内委員 ありがとうございます。私も今、河村委員の御意見を聞いて、そうだなと思うところもありまして、非常に難しい問題だと思っています。その上で、今回部会資料で御提示いただいている規律については基本的に支持したいと考えています。   先ほど青木委員が冒頭の方で、本人に対して必要な権限は一つ一つ吟味すべきだとおっしゃっていただきまして、私もそれはそうあるべきだとは思っています。ただ同時に、部会資料の23ページの23行目から24ページ13行目にわたって書いてあるところにも共感するところがありまして、目の前に事理弁識を欠く常況にある方といわれる方がいらっしゃる、その方が身寄りがない方で、たまたまこれまで十分な支援を受け取ることができなかった方であった場合、できるだけ早く支援に入りたいとなると、それまでお付き合いもなく情報もない状況で、どこまでその方にとって必要なものが選べるのか、考えられるのかというと非常に不安があります。そういう意味では、特定補助という制度のようなものがあって、そこで御本人と付き合っていく中で必要なものを厳選していくという在り方は、やはりあるのではないかと思われます。   ここの事理弁識能力を欠く常況であるとか、いろいろ理論的に詰めたり考えていきますと、様々な視点や様々な考え方があると思うのです。ただ、全体として見た場合、今回の事理弁識能力を欠く常況にある者というのは現行法のそれではないと私は思います。現行法のように何か差別的にカテゴライズするものではないのではないかという、色合いが違うといいますか、そのような感想を持っておりまして、というのは、全体として今回の制度を考えますと、保護者、補助人ですかね、交代することも容易になった、定期報告、定期的な司法審査という制度も導入された、また権限も以前のように広大ではないというところから、全体として見れば終わるべきものは終われる、必要ないものは排除できる、そのような制度になっているような気がしまして、全体を見た場合は、やはり現在の御提案の規律でよいという選択肢はあるのではないかと考えています。   それ以外に気になっているところを数点を申し述べたいと思いますけれども、先ほども佐久間委員が御発言なさったところですが、3ページの⑤の権限という表現が、これは49ページにも権限内の行為というタームが使われていまして、読んだときに、これは権限なのか代理権なのかよく分からないと思いました。ですから、ここは法定代理人なのか何なのかということは、私も特定をしておいた方がいいと考えていました。   あと、同じ3ページなのですけれども、(7)の取消権者のところです。ここを読んで、また全体を読んでいて気になったのは、用語で制限行為能力者とあるのですけれども、今は後見、保佐、補助で、あと未成年者もそうで、当然民法上、行為能力の制限という制度自体は残るのですけれども、ここに至って補助人と未成年者が対象になるのだとすれば、制限行為能力者という言い方がいかにもカテゴライズというか、やや差別的な言い方のように気になるというところがありまして、この用語はこのままでよかったのかというような印象を抱いたところでございました。   ページは戻るのですが、隣の2ページのところで、13条1項の第4号、ここに重要な役務の提供に関する契約というのを入れていただいたのは支持したいと思います。といいますのは、弁護士会でも意見が出ていたところなのですけれども、役務の提供といいますと御本人が提供されたサービスを受けるというところがまず第1の印象として思い浮かぶかもしれませんけれども、場合によっては御本人が役務を提供する側になること、例えばアダルトビデオの出演契約であるとか、不当な請負契約であるとか、そういったこともあります。そういったものも含めようと思うと5号だけではなかなか読み取りにくいですが、役務提供契約と入れることで、提供を受ける場合と提供する場合の両方が分かりやすくなったと思いまして、そこは維持していただけたらと考えています。   そして、最後なのですけれども、先ほど星野委員からも言及がありました38ページの問題意識のところでございます。38ページのイ、これは37ページの(2)から続いている議論のところで、同意の意思を表示することができない場合についてどう考えるかというところなのですが、これは確かにこの部会でも、本人が意思表示をする能力がある場合に、御本人が同意しないときは開始しないと、本人の意思に反して開始することはないということでよいというコンセンサスが得られたようなところも確かにありましたが、ただ、依然として気になってはいます。この部会資料に書いてあるセルフネグレクトであるとか、あとは虐待の場合、本当に開始しないということでいいのかということです。   先ほど同意の概念について話題が出て、そことも関連するのかもしれないとは思いつつ、同意の意思表示、先ほど山城幹事からは、ここはコミュニケーションをとったかどうか関係ないところなのだという御発言も頂いたところなのですが、そういう考え方もあると思いますし、元々事理弁識能力が不十分な方の意思表示というのは、時に理解が不十分だったり、時に不適切なことをしてしまったり、そういう場合に周囲の者から支援やコミュニケーションをとって、そこで意思表示ができるのだと、意思表示というのはそういうものなのだと考えるのであれば、同意の意思表示をすることができない場合というのは、適正な意思決定できる環境が確保されていない場合だと思います。意思表示をできる前提として、そのようなコミュニケーションがあったり支援があったり、適正に意思決定、その判断を表明できる場合にあればいいのですけれども、38ページのイに書いてあるセルフネグレクトや虐待ということでは、そもそもその前提として適正に意思決定、意思表示できる環境にはないのだから、そういう場合には同意の意思を表示することができない場合に当たると解釈して、何とか救済できないものなのかと感じました。 ○山野目部会長 竹内委員から今、多岐にわたる御発言を頂いた中の二つの点に関連して、御案内を差し上げておきます。   1点目は、事理弁識能力ないし事理弁識能力を欠く常況の概念でありますけれども、従来の法制の発展を前提として法文を立案し、事理弁識能力を欠く常況にある者について必要性が備わっていれば特定補助人を付する処分の審判をするということをゴシックでお示ししています。特定補助人を付する審判の処分をする要件として、事理弁識能力を欠く常況という概念を使うことについて違和感があるという御発言がこの会議でも何回かされていますし、今後、国民に対し説明していくときにも、そのような反応があるかもしれません。国民はともかく部会の議論としては、違和感では議論が進みません。事務当局は法文を立案しなければいけませんから、特段の提案がなければ従来の概念を用い、このように文章は書きますという作業を進めていかなければなりません。その上で、再々ここでも御議論いただいておりますし、私からも御案内しているとおり、従来の事理弁識能力を欠く常況の概念、平成11年以降、人々の口にしてきたこの概念の理解といいますか、あるいはイメージは、インターネットで検索するとそのイメージで答えが出てくるであろうと想像しますし、それからAIは所詮、現在の人類知を前提に答えを出しますから、やはりそういう答えを出すでしょうけれども、今、私たちは、その言葉を使うとしたらその言葉の概念理解を根本的に改めなければいけないという議論を始めていますし、そうでなく、その言葉そのものを異なる表現をしてほしいとおっしゃるならば、その代案を出していただかなければいけなくて、代案がなくて違和感を抱くというお話が続いていくと、いつまでたっても法文の起草ができないということになります。今こういう問題をかなり短い時間の間で真剣に悩んでいかなければいけないということの契機を竹内委員が下さったと感じます。   それから、もう一つ申し上げます。同意の意思を表示することができないという表現が現在のゴシックの中にも何か所か出てきて、委員、幹事の間でもそれをめぐって活発な御議論をなさっていただいていて、それはそれでよいことですけれども、心配なこととして、同意の意思を表示することができないというものは同意能力という知的能力の問題とイコールであるという暗黙の前提で議論が進んでいるように感じます。民法第4編のところに何か所か、意思を表示することができない、ないし協議をすることができない、など類似のものを含め、こうした言葉が出てきますけれども、従来、法制例は、そういうものも含みますけれども、そういうものだけ指しているものではありません。例えば、本人が行方不明であって意思を確認することができない、それは行方不明である人の知的能力と関係なくて、物理的に確認をすることができないというものも民法第4編に出てくる、何々の意思を表示することができないとか、協議をすることができないとかというところの理解であります。   少し突拍子もない喩え話を差し上げますけれども、皆さんに二つ比べて考えてみていただきたいものがあります。自分は幼少の頃から泳ぎの練習をしたけれども、どうしても金槌で泳げなくて、私はそんなことであるから泳ぐことができないというときの「することができない」と、それから、今日は体育の授業で皆楽しそうにして水泳の授業の準備をしてきたけれども、僕は水着を忘れてきたから泳ぐことができないと、この水着を忘れてきたから泳ぐことができない、の「することができない」は、日本語で表現するとどちらもすることができないですけれども、意味が異なりますね。片方は本人のわざ、すべ、能力のことを言っており、もう一つはそうではない物理的な障害のことを述べています。これは日本語にするとどちらも「することができない」ですけれども、フランス語にすると異なる助動詞を用いなければいけません。混用すると意味が違って伝わってしまうからです。けれど、私たちは日本語で法文を起草しなければいけませんから「することができない」になりますけれども、従来の民法第4編で出てきた「することができない」は、私の今の喩え話で述べると、金槌だから泳ぐことができないというのと、水着を持ってきていなかったから泳ぐことができないの双方を含んでいる意味で用いられてきているものです。   若干、委員、幹事の皆さんの御議論も、あるいはこのゴシックの提案自体も、そこは余り意識しないで無造作に使われているような気がして、このまま出していくと、ここでの御議論はいいですけれども、法制の審査を経て政府が法律案を出すときに、これは従来の第4編の使い方と異なると疑問が入ることが予想され、少し困ると感じますから、今のうちから少しそういうことを意識して御議論いただけると有り難いと考えます。   林委員、大変お待たせしました。 ○林委員 発言の機会をありがとうございます。いろいろな方々の発言を聞いて思うところもありますし、今の部会長のお話にも少し関わるところからお話しできたらと思っています。   事理弁識能力のところですけれども、全体として、そもそも今回の事務局の資料は、前向きに受け止めているというのが大前提の上で、17ページ辺りから、こういう整理でどうなのとそれぞれ書かれているところでして、そこは同意して、連合というか私どもとしては拝読して、そういう整理でなじみがいいというか理解できると思っていまして、今まで少し違和感があるという話もありましたが、そうは受け止めていないというのが、まず1点目です。   それから、その上で、18ページのところで、本人のニーズに応じて制度設計していきますというようなことに今回はなっているのだろうと思っていまして、前回以降、13条1項のところの全部取消しできるかどうかとか、一部取消しか、みたいなことについて選択できるというか、制度的に柔軟になったということについては、非常に積極的に評価しているということが二つ目でございます。   三つ目ですけれども、22ページから、先ほども御指摘がありましたけれども、保護の仕組みを求める者の存在についての指摘がありますが、説得力があると受け止めていまして、それはやはりいるのだろうと思っています。23ページからは、この保護の仕組みを削除した場合に、事理弁識能力を欠く常況にある者という概念を設けなければ、民法158条の1項、2項とか832項の規律がどうかというようなことがありますけれども、これが削除されるのが普通とありますけれども、そうなってしまうとそれは困りますねということなので、代替手段がもしかしたら技術的にあるのかもしれませんけれども、それがテクニカルにできるかどうかもお考えを教えていただけたらというのもありますけれども、私どもとしては、事理弁識能力を欠く常況にある者という表現や対象者の定義もさることながら、やはり現実にこの後与える影響については、議論だけではなくて、そこに与える影響については十分な手当てがされなければならないことは、まずは申し上げておきたいと思っているところでございます。   あと、元々の発言の予定にはなかったのですけれども、38ページの本人の同意を表示する能力の話がありました。実は私、市役所の出身でして、アダルトビデオだとか性風俗とか、診断は受けていないけれども知的障害などがうかがわれる方で、そういう悲惨な契約をして、被害にあう事例に触れる機会がありました。先ほど三つぐらい申し上げたところとは違って、そういうことについて今回、13条の1項4号で手当てが幾らかできるということになったということで、事務局提案がありましたので、それはそれでよかったと思っていますけれども、なおそういう福祉の、成年後見ではないのかもしれませんけれども、そういう困り事を抱えておられる方たちに対する何か手当て策というのは、いずれにしても考えるべきだと思っています。すみません、最後のは全然整理されずに言っていますので、本部会の案件ではないとと思いますが、課題としてはあるのだろうと思っています。 ○山野目部会長 ありがとうございます。158条についておっしゃった点は、後で少し私の方からまとめてお話を差し上げる際に言及しようと考えます。御指摘いただきましてありがとうございました。 ○佐久間委員 「ただし、本人がその意思を表示することができない場合は、この限りでない」という文言が随所に出てくる点ですけれども、これを、当該場面をとれば意思能力の点から意思を表示することができない場合に限定して、私は今まで考えてまいりました。それ以外の場面を考えられている方がおられるのであれば、少しそれは困るなと思うとともに、今の「意思を表示することができない」という表現では紛れが生じるということだとすると、何か工夫が要るのかもしれないと思いました。取り分け身体上の理由によって意思を表示することができない場合というのは、これははっきり除外されるべきであって、そうだとすると、くどくなると思うのですけれども、「精神上の理由によりその意思を表示することができない」とか、飽くまで例えばですけれども、そういうような限定を付することを考えた方がいいと思います。   その上で、しかし法制上の観点からも含めて、そのような限定を付すことが難しいということであるとすると、コンセンサスが得られるならばということですけれども、今回設けようとしている規定においての「意思を表示することができない」というのは、意思能力あるいはもっと客観的、抽象的に言えば、事理弁識能力の観点からのことであるということを明確に説明として付した上でこれを出す、ということにしなければいけないのではないかと思いました。 ○山野目部会長 御注意をよく理解することができました。ありがとうございます。   16時40分までの休憩の御案内を差し上げますから、お休みくださるようにお願いいたします。           (休     憩) ○山野目部会長 再開いたします。   休憩前に引き続き、部会資料30の前半の御議論をお願いします。   先ほど休憩直前に3人の方がお手をお挙げになっていたのですが、恐れ入りますが、もう一度3人の方、お手をお挙げいただけますか。   そうしたら便宜、私から遠い席にお座りの方から行きます。久保野委員、お願いします。 ○久保野委員 ありがとうございます。特定補助について様々な御議論がございまして、大変悩ましいといいますか、理想、理念を追っていきましたときに、今回このような制度は設けないということは、本当は十分にあり得るのかなと一方で思うところではございます。   他方で、佐久間委員がおっしゃっていることのうち、特に21ページの13行目から書かれていること、また、その直前に書かれていることが大変重要だと感じております。今回、ゼロから制度を作るということではなく、後見、保佐、補助という制度があり、これをどう変えていくかということを考えたときに、前回も同じような趣旨の発言をしたところですけれども、いろいろな批判や問題はあってそれらを克服しなくてはならないとはいえ、ここではあえて包括的なという言葉を使わせていただきますけれども、まとまったパッケージとしての包括的な保護によって不利益な場合に対応していくという枠組みを設けている、そのことに関わる問題があることは確かだけれども、しかし、完全になくしてしまうということに踏み切ってよいのかを考えたときになお、事後的に見たときにはあそこであれを残す必要はなかったねと歴史的に検証されるのかもしれませんが、残しておくということはあり得るのではないかと思います。立法の在り方というと大げさかもしれず、学者が感情的なことを話しているようでお恥ずかしいのですけれども、残しておくという選択は十分合理的という面があるのではないかと思うところです。   ただ、山城幹事との間で御議論があった点は気になるところではありまして、現在は包括的な代理権が付与されることによって本人のために確定的に有効に法律行為ができるという効果を伴って設けられている類型でありますので、そうではない形で設けることに問題はないかということは気になります。今更、包括的な代理権を与えるべきだという議論をするつもりはないですけれども、実は代理権を付与する選択肢も考えられるところではあったかと、改めて考えてみると、思います。ですが、保存行為が認められる点について、これにどの範囲のものが入ってくるかという辺りがかぎになるのではという感じはしておりまして、保存行為ができる者としての特定補助人が付される類型ということの意味は、なお考えていって良いように思います。   もう一つ、影響を及ぼすほかの条項、いわゆるはねる条項への対処ができるかどうかということも出てきておりまして、どなたかが、それらに十分な対処ができないという体系的な考慮から特定補助人の仕組みを導入するのだとすれば、それはそれでむしろそうであることをはっきりさせて議論することが重要だという御指摘があったと思うのですけれども、その点も共感するところでございまして、はねる、影響を受ける条項との関係という点でも、制度を設ける意味がやはりあるのだろうと思います。   他方で20から21ページにかけて躁鬱ですとか統合失調症の方々の状況を踏まえて示されているケースにつき、これらのケースが「欠く常況にある」場合に直ちに当たるという議論をしているのではないこと、仮にその場合に当たるとの評価を受け得るとすると、という仮定の議論であることは十分強調されるべきだと思います。なおどのような場合が該当し得るのかということは更に議論が必要だろうと思います。私自身も少し考えてはいるのですが、今まとまった形では話せないので、指摘だけにとどめます。また、これも繰り返し出ておりますけれども、やはり必要性という要件が非常に重要な機能を果たすのだと思いますので、そこも重ねて強調されるべきなのだろうと思います。   以上でございます。ありがとうございました。 ○野村(真)幹事 2点意見を述べさせていただきます。   まず1点目は、補助人に取消権を付与することについてです。多くの委員から御発言がありましたが、私も要同意事項の定めの審判に統一すべきではないかと考えています。ただ、もし仮に補助人に取消権を付与することとした場合には、2点部会資料で指摘させていただきたいと思います。   まず、1ページの(1)③で、補助開始の審判とともにする審判として、取り消すことができるものとする旨の審判の記載が必要ではないかと思います。二つ目は、補助人の同意を要する旨の審判がなされている本人について、後日、同意権を追加付与する必要性が生じたケースにおいて、追加時点で本人が同意の意思を表示することができない場合は取消権が付与されることになると思います。このような場合、同意権を付与された行為と取消権を付与された行為が混在して、分かりにくい制度となってしまうのではないかと思います。同意権と取消権の併存による制度の複雑化を避けるため、従前に補助人に付与されていた同意権については、特定補助人を付する処分の審判がなされた場合と同様に審判を取り消す規律として、その上で改めて取消権を付与する必要性があるかどうか検討する必要があるのではないかと思います。   意見の2点目ですが、部会資料の34ページの3行目以降に、特定補助人を付する処分の審判による保護の必要性について、本人がおよそ外形的に法律行為と評価される行為をすることが困難である場合には、特定補助人を付する処分の審判による保護の必要性が認められる可能性は低いとの記載があります。遷延性意識障害のようなケースにおいては取消権付与の必要性は低いため、その観点からは特定補助人を付する処分の審判による保護の必要性は低いと考えられます。ただ、実務上、特定補助人を付する処分の審判は時効の完成猶予等を動機として申し立てられることもあるのではないかと思います。このようなケースにおいては取消権付与の必要性は低いと考えますので、本人に不必要な制約を課さないために、特定補助人に取消権を付さないこともできるような制度とすることも考えられると思います。 ○青木委員 先ほどのお話に、さらに皆様の議論を踏まえて、追加での発言をさせていただきたいと思います。   事理弁識能力を欠く常況にある者について、意思決定支援の取組がどう関係するかについて、山城委員と部会長の間でもやり取りがございましたが、私も先ほど申し上げたことを再度強調したいと思いますのは、意思決定支援が十分にされる環境になることによって、事理弁識能力を欠く常況にある者という客観的状況が減っていき、同じ人であったとしても、「普通のありさま」ではなくなり、事理弁識能力が不十分な者になっていくことが十分に予測されるのであり、それほど事理弁識能力を欠く常況にある者という認定は相対的なものである、ということを改めて強調しておきたいと思います。したがいまして、今後、意思決定支援という仕組みや環境が整っていくにつれ、そもそも事理弁識能力を欠く常況にある者を認定すること自体が、相対的な幅が広がっていくことにともないますます不適当になっていく、そういうダイナミックな流れの中でとらえれば、事理弁識能力を欠く常況にある者という概念を本当に使う必要があるかどうかを認識する必要があるということを改めて申し上げておきたいと思います。   それから、先ほど佐久間委員からお話があったところですが、同意の意思が表示できない人について、要同意事項を定めた場合に、要同意事項について同意をした行為であったとしても意思無能力無効になることを避けられない事態が否定できないというお話ですけれども、具体的に本人が行為をしたいと思い、当然相手方も契約をしたいと考え、それについて補助人が十分に確認をした上で同意を与えているにもかかわらず、それについて意思無能力無効ということを主張するという場面がどのようにして生じ得るのかということが私には想定ができないものですから、佐久間委員の想定を教えていただきたいと思います。はしなくも先生が、補助人が契約に同席した場合には禁反言も含めて取り消せないことにすることは認められるということであれば、同じ事は、同席した場合以外であったとしても、十分に本人さんの意思・意向を確認し、契約書なども見たり、商品も見て、補助人がこれに同意を与えたという場合についても、やはり取り消すことができないという法理は同じように当てはまるのではないかと思いますので、その差異はないのではないかと私は考えているところになります。   それから、先ほど竹内委員から、申立権者が十分に本人さんの状態を知らなくて要同意事項を特定する吟味ができないということもあるのではないかと、したがって取り消し得べき事項の定めを補助の制度を使ってすることができない場合もあるのではないかというお話がありましたけれども、イメージを共有するために申し上げたいと思っていますけれども、そういう場合であったとしても、情報が少ないために、この行為とこの行為についてはもしかしたらだまされるかもしれないということはわかるといいますか評価はできる、もっとよく状況が分かればさらに特定もできるけれども、今のところの情報の中では、少なくとも四つから五つのことについてはリスクがありますよねという形で検討することは、情報が少ない中でもできますし、それは申立人だけがすることではなくて、申立てを受けた裁判所が調査官も含めた確認の中でそういった吟味を行うということで対応できることがほとんどではないかと思います。   代理権につきましても、同じような場合というのあると思うのです。虐待の場合とか、本人さんがセルフネグレクトで本人さんの財産には何があるか分からないときなどについても、最初はそういう意味でいうと幅広に代理権を付けた上で、具体的に補助人が活動する中で絞ることができるという場合もありますが、その場合にも、これとこれということで少し多めに付けておきましょうという対応ができると思いますので、決して特定補助によらなければそういった場合に対応できないということにはならないのではないかと思います。   それから、星野委員がおっしゃいました、資料30の38ページにあります虐待事案やセルフネグレクトの事案ですけれども、星野委員のご発言の趣旨が少しはっきりしなかったのですが、まず、虐待やセルフネグレクトで問題になるのは代理権の付与であって、要同意事項の定めが問題になることはあまりないと思われるわけです。また、代理権の付与についても、本人さんに同意能力があって、本人が拒否の意思を表明している場合には、制度を適用し難いということになるのが悩ましいというのはそのとおりですけれども、現在の保佐や補助の事案でも、セルフネグレクトにおいても虐待についてもそういった対応を悩みながら現場で実践をしていますが、丁寧に本人さんを説得することによって、やはり代理権付与が必要だということを理解してもらった上で付与していくということが、今後の運用、実践においても引き続き求められるということではないかと思います。   それから、虐待とセルフネグレクトでは少し場面が違うと思っていまして、虐待についてはそういう場合であったとしても、本人さんの生命身体財産にリスクがある場合には、老人福祉法や障害者福祉法の「やむを得ない事由による措置」などを使って本人さんの安全を確保するという手段があります。それを行った上で、落ち着いた環境の中で本人さんにこれまでの虐待の経過を十分に説明をした上で、本人に代理権の付与が必要なことを説明し同意を得ていくという時間的な余裕がありますので、そういう中で対応していくということになると思います。他方、セルフネグレクトの場合には、誰かに強いられているという状況ではありませんから、なかなかそういったことが難しい場面が多いですが、1年かけ、2年かけ、何年も粘り強く関わりと続ける中で、本人さんが他人の支援を受け入れたり、後見制度を利用することに同意をする取組をしている例もこれまでも多数あります。今後も支援者としては悩ましいところではありますけれども、やはり本人さんに十分に制度理解の意思決定支援をした上で、制度利用に結び付けるということが基本的な考え方になるのではないかと思っているところです。   それから、先ほど1点確認をし忘れましたのですが、特定補助人を付する処分を提案された事務局のお考えとしては、ここにおける必要性というのは、あくまでも13条1項各号全体として取消権を付与する必要性、あるいは、13条1項各号以外の事項について取消権付与の必要性があるという場合を考慮されるということであって、例えば人事訴訟を提起するとか、保存行為が必要だからとか、意思表示の受領をする必要があるといったことを必要性について考慮するものではないということでよろしいかどうかを確認をしておきたいと思っております。 ○山野目部会長 青木委員、どうもありがとうございました。青木委員の御発言の中で他の委員、幹事にお声掛けのあった部分については、青木委員のおっしゃった御意見として受け止めました。お声掛けのあったお名前の挙がった委員、幹事の御意見も議事録に残されて、後で読み返せば、それぞれの御意見を咀嚼して受け止めることができると感じますから、委員、幹事におかれてはそのように受け止めていただきたいと望みます。したがいまして、事務当局にお尋ねのあった1点のところのみお声掛けをします。最後のお尋ねがあった点、事務当局において波多野幹事、お願いします。 ○波多野幹事 特定補助の必要性のところで2、3点ほど御質問だったと思いますが、特定補助人の権限であるうちの意思表示の受領でありますとか保存行為、これの必要性があるということをもって特定補助の必要性があると考えることではないのであろうという確認でございますけれども、我々としては基本的にはこれは取り消せるという効果が重要だということだと思っておりますので、意思表示の受領ないし保存行為というもののために特定補助の仕組みの必要があるとは考えていないと整理をして提示をしていたという認識でございます。   他方で、この仕組みを用いてほかのところでという中で、一番多分重要なのは人事訴訟の関係だと思いますけれども、そこについてはもしかすると若干幅のある解釈が許容される可能性はあるのではないかというところは含みを持ったつもりではいますが、そこはなお御議論いただくところなのかなと思っているというところでございます。 ○山野目部会長 ほかに御意見がなければ花俣委員、久保委員にこの順番でお声掛けをしますけれども、どなたか、おありでしょうか。 ○加毛幹事 ありがとうございます。細かい話ばかりで恐縮なのですが、現行民法13条1項の要同意事項について、三つのことを申し上げようと思います。   第1に、部会資料2ページにおいて、4号として「居住建物の大修繕に関する工事の請負契約その他重要な役務の提供に関する契約」とあるところ、「大修繕」という文言について、先ほど青木委員から、その妥当性に御疑問が提起されました。現行法では、13条1項8号において、「新築、改築、増築又は大修繕」として、「新築、改築、増築」と並べて「大修繕」という文言が用いられており、管理行為に該当する程度の修繕であれば、行為能力制限の対象としないという解釈を導き得る規定ぶりになっているものと思います。他方、その実質を変えないにしても、部会資料で提案されているように「重要な役務の提供に関する契約」と規定するのであれば、その例示については「大修繕」の「大」の文字を取ってしまっても問題ないのではないかと思います。反対に、ここで「大修繕」という言葉が登場することが誤解を与えるのではないかという青木委員の御疑問はごもっともであるように思いました。   第2に、竹内委員や林委員から「役務の提供に関する契約」が条文上明示されることは望ましいとの御指摘がありました。私もそう思うのですが、部会資料の4号は、本人が金銭を支払って役務の提供を受けるという内容の請負契約を例示しています。これに対して、委員の先生方が具体例として挙げられたのは、本人が対価を得て役務を提供することを内容とする契約であるので、例示を工夫して、本人による役務の提供を内容とする契約が行為能力制限の対象となることを明らかにできないだろうかと思います。もし条文にするのが難しいのであれば、立案担当者解説などにおいて、その点を適切に説明していただくことが必要になるように思われます。   第3に、佐久間委員が、4号の「解除」は単独の意思表示で契約関係を解消する行為であり、その取消しを認めることは取引相手方に及ぼす影響が大きいので望ましくないとの御指摘をされました。まず、一方的な意思表示によって権利関係に変動を及ぼす行為としては、部会資料の8号の相続の承認・放棄、9号の贈与の申込みの拒絶、遺贈の放棄、負担付き贈与の申込みの承諾、負担付き遺贈の承認などがあります。そして、相続の承認・放棄については民法919条1項において撤回ができないと規定されており、遺贈の放棄についても民法989条1項において撤回ができないと定められています。そのことを前提として、民法13条1項では、撤回できない一方的な意思表示についても、取消しが認められていることになります。   このような規定の意味をどのように理解すべきかが問題となるわけですが、恐らく佐久間委員は、以前の部会審議で御指摘された通り、民法13条1項は家族間の法律関係を念頭に置いており、相続の承認・放棄や遺贈の放棄については、取引の安全が問題となる場合とは異なるのであり、そのような場合に限って一方的な意思表示の取消しを認めていると説明されるのだろうと思います。その裏返しとして、一般的な契約については、解除の取消しは認められないとお考えなのではないかと思われます。また、相続の承認や放棄については、法定の期間がありますし、贈与の申込みの拒絶についても、申込みの拘束力には一定の時的限界があるので、取消しを認めても、それほど深刻な問題が生じないという理解もあるのかもしれません。以上に申し上げたところを考慮した上で、契約の解除をどのように位置付けるのかが問題になるものと思います。   他方、部会資料の立法提案に「解除」という文言が入った背景には、以前に上山委員から御指摘があった、本人にとって重要な役務の提供を受ける継続的な契約について、本人が当該契約を終了させるという選択したものの、事後的にその判断が誤りであったと後悔する場合を想定したものであると思います。そのような場合に、契約を終了させる判断を覆すことを認めてもよいのではないかという問題意識は、私も共有するところです。そして、佐久間委員も、契約の締結や変更については相手方との合意が必要なので取消しを認めてもよいとおっしゃられており、契約の終了についても、合意解除であれば取消しを認めてよいということになるのではないかと思われます。   そのことを示すために、いかなる法律の文言を採用すればよいのかが問題となりますが、例えば、平成30年の民法改正で新設された民法1014条3項には「預金又は貯金に係る契約の解約の申入れ」という文言が登場します。これは、遺言執行者が一方的に預貯金契約を解約することはできないのであり、解約には金融機関との合意が必要であるという理解に基づいて、遺言執行者ができるのは解約の申入れに過ぎないという考え方に基づくものであるといえます。このような文言を民法13条1項についても採用する可能性があるかもしれません。   ただ、民法上、「解約の申入れ」という文言は、雇用契約や賃貸借契約のところにも登場しまして、そこでは、解約の申入れがあると、一定期間の経過により契約終了の効果が発生するものとされます。契約各論と相続法とで「解約の申入れ」の意味合いが異なるところがあり、いかなる文言を採用すれば、上山委員の御懸念に対処しつつ、佐久間委員が御指摘になった問題に対応できるのかを検討する必要があるのではないかと思う次第です。 ○上山委員 ありがとうございます。今日ここまで議論されてきた特定補助の要件について、私からも一言だけ申し上げておきたいと思います。   例えば民法典の関連規定に必要な限りではねる余地を残すために特定補助という枠組みを残すこと、それから現行3類型の保護範囲が、特に後見類型による保護からの極度に縮減、後退することは避けるべきであるという二つの要請と、事理弁識能力を欠く常況にある者という属人的なカテゴライズを避けるという要請は、制度設計によっては私は両立し得るのではないかと考えています。具体的には、前回会議でも申し上げましたように、意思表示の受領に関する代理権の付与の有無を特定補助の基準とするほか、これは同じく前回会議のときに山城幹事から御示唆があったところですが、新13条1項各号の全てについて本人の同意なしに要同意事項または取消事項とする場合に、必要に応じて特定補助の審判をできるものとすることなどが考えられるのではないかと感じました。 ○遠藤幹事 本日全体として御議論いただいたところではない、むしろ細かい点に関する発言となり、誠に恐縮なのですが、前半の議論が終わる前に、1点だけ簡単に申し上げさせていただきます。   部会資料30の42ページから43ページに掛けての公正証書による指定のところで、指定の撤回に関して言及をしていただいておりますが、43ページに、当該指定が撤回されていないことを確認することができるようにする観点から何らかの方策を講ずる必要があるという記載がございます。この点、裁判所として何ができるかということは継続的に検討してきたところではあったのですけれども、御本人において請求権者の指定を撤回していると主張することは期待し難い一方で、御本人から申出がないと、申立人から撤回の事実を知るということも期待し難いところであり、調査官調査を含めた家庭裁判所がなし得る調査を尽くしたとしても、撤回の事実を確認することが困難な場合もあるのではないかということを懸念しているところです。本日はもう時間がありませんが、この点について何らか議論する機会があるのであれば、先ほど申し上げたような事実調査の限界があるということも踏まえた上で、何か良い方策があれば御教示頂きたいと考えております。 ○山野目部会長 よく分かりました。問題意識としてテイクノートいたします。公正証書遺言は、一旦したとしても後日の自筆証書遺言で撤回することが可能でありますけれども、こちらは同列に語ることができないという事情の差異がございますから、遠藤幹事のお悩みは聞いていて本当にごもっともであると受け止めました。 ○波多野幹事 今回いわゆる保護の必要性といいましょうか、それについて少し整理を試みたところでございまして、今日の部会の中でも特に、いわゆる要同意事項を定めることの必要性について部会資料で少し御提示をし、御意見いただいたと思っておりまして、それを更に次回に向けて整理をしなければいけないと思っておりますが、御意見の中では、かなり特定の行為だと狭すぎるというような言葉でしょうか、というような表現が用いられており、その狭すぎるというのが一体どうすれば適切な行為として特定ができるのかという問題があるような感じがしておりまして、更にもう一つが、特に青木委員から言われているところが、一つ一つの行為を吟味することはこの必要性の要件として意味があるのだという御発言がある一方で、多めに付けておくという言葉もありまして、これが両立するのかどうか、事務当局としてはなかなか理解が難しいところと思っていまして、どの範囲であれば適切に保護の必要性、まず、この必要性という要件自体は、法定後見制度が本人にとって判断能力以外の社会的ないろいろな環境を使って、必要以上に法定後見制度を使わない、始めないということのために要件化しようということで議論を進めてきていただいたと思っているのですけれども、対象の行為を抽象化してしまえばしまうほど、保護の必要性の意味というのは多分、抽象的な必要性になってくるのだと理解をしておりまして、そこを個別の必要性が必要だと今までおっしゃっていた立場からはどのように整理するのか、1点、そこを教えていただきたいと思った次第でございます。 ○青木委員 私が申し上げているのは、念頭に置いていますのは、部会資料の参考資料10で付けていただいています現行の同意権目録ですけれども、ここにおいて、例えば先ほどの消火器の例で言えば、訪問販売による契約の締結とか通信販売による契約の締結という項目があるのですが、現行の13条1項3号について、具体的な法律行為の類型を具体的にしたものを目録として作成いただいておりますが、この程度の特定が必要であると考えていまして、補助制度において、1個1個吟味する、と申し上げていますのは、例えば訪問販売について要同意事項にする必要があるか、クレジット契約についてはどうか、金銭の無償貸付けについてはどうかということを、一つ一つ吟味していくという趣旨で、「一つ一つ」ということを申し上げています。   それから、どの程度の幅で必要性を認めるかどうか、という意味で言いますと、消火器というような対象商品ごとではなくて、消火器について訪問販売でだまされて多数購入してしまうような方については、それ以外にも羽毛布団でもだまされるかもしれないし、その他のセールスでだまされるかもしれないので、訪問販売による契約全般については必要性があると、あるいはよく通信販売で申込みをされて多数の不要な商品を購入してしまう方については、通信販売による契約全般について必要があるということで、そのようなカテゴライズで検討、吟味しましょうという意味で申し上げているということになります。 ○波多野幹事 そうしますと、青木委員のイメージされているものは、例えば訪問販売で被害を受けたことがある方については訪問販売というカテゴリーといいますか、その特定の仕方で要同意事項の定めをする必要があるということまでは認定ができるだろうということだと思いますけれども、それを越えて、例えばクレジット契約でありますとか寄附であるところについて必要性があるとまでは直接はすぐには結び付かないと、こういう理解でよろしいでしょうか。 ○青木委員 はい、そうではありますけれども、クレジット契約は、通信販売や訪問販売と密接な関係があって、訪問販売に引っ掛かるとローン契約だけではなくてクレジット契約も併せて結ばれるという業態も一般的ですので、そうなりますと、クレジット契約も必要性に含むということもあると思います。一方で、寄附行為になりますと、また別の話でありますので、それについては、御近所の方によく10万円、20万円の香典を持って行くとか、親族が来ると本人の生活に足りないぐらいのお金を渡してしまうとかいうことがあれば、それはそういう別の事情で、贈与や寄附ということについても必要性があるとすると思っています。 ○波多野幹事 今の青木委員の整理は、審判することについて本人の同意がない場合でも同じ整理をされているということなのか、今は本人の同意があることを前提とした要同意事項の定めの目録ですけれども、そうではなくても、本人の同意がない場合も同じような特定の仕方で必要性について判断していくということを考えていらっしゃるということでいいのかという点と、仮に同意がない場合には、これまで高度の必要性ということをおっしゃっていたと思うのですが、それとの関係をどう整理するのかというところについて、少し御教示いただければと思います。 ○青木委員 基本的には、同意がある場合と同意がない場合で必要性の考慮というのは、今のような過程で行うという意味では一緒だと思っています。ただし、本人の同意がある場合には、これまでそういうだまされた経験がなかったとしても、もしかするとこういうこともしてしまうかもしれないという、資料30にも記載がありますが、本人の不安とか将来に向けての備えという点で、同意がある場合については、やや広く、今までだまされたことがないけれども寄附行為も入れておいてとか、家を売るなんてことはめったにするとは思わないけれども、もしかしたら騙されてしまうかもしれないから家の売買についても入れておいてという希望があれば、そこは広がると考えております。 ○波多野幹事 分かりました。ありがとうございます。 ○小松原関係官 1点だけ、根本幹事にお伺いしたいのですけれども、特定補助人を付する処分の審判のところで、法的効果を見れば13条1項各号全てにそのチェックが入っているという状態と同じだというところを考えれば、特定補助人を付する処分の審判というものを設ける必要がないのではないかという御趣旨の御発言を頂いたかと思うのですけれども、法的効果が同じだとして、その効果を得るための要件が異なるところが問題なのかなと思っていまして、どのような行為をするか個別に特定をした上で、今御議論があったように、取り消す必要性を個別に認定をして全てにチェックを入れていくということと、どのような行為をするのかの予測ができないために全てを取消しておくこととする必要があるということは、なかなか両立がしないのではないかというところを考えておりまして、そうすると、やはりどのような行為をするのかの予測ができない場合には特定補助人を付する処分の審判が必要なのではないかというようなところを提案申し上げていたところなのですけれども、少しその辺りのところの御理解を教えていただきたいと思います。 ○根本幹事 おっしゃるところは分からなくはないのですが、ただ、13条リスト全てを付与してよいかどうか分からないという必要性も、通常の補助の方の同意権、取消権を付与する必要性に含まれているという整理をしても、それはよいのではないかと思っております。通常補助における同意権、取消権付与の必要性とは異なる必要性が、特定補助の必要性には何か見いださなければいけないのではないかと考えているということです。法的な効果の違いとして出てくる13条リスト以外の事項を付与しなければいけない必要性というのが意味されることになるのではないかと考えているという意味です。 ○小松原関係官 ありがとうございます。 ○山城幹事 波多野幹事からのお尋ねに対して青木委員から御発言があった点につきまして、青木委員と同じ意見なのかどうかは私も分からないのですが、考えるところがありまして発言させていただきます。   まず、取消しの対象になるのは行為だといえるかと思うのですが、これに対して、代理権の対象となるものは、既に本人に属している法律関係について権利を行使する場面を中心とする事務ではないかと思います。もちろん、代理権は法律行為をすることで行使されるわけですが、それは完全に自由なわけではなく、本人に対してどのような法律効果を発生させるかをある程度は想定して行使されるだろうと思います。それで何が申し上げたいのかと言いますと、取消しの対象となる行為は各人の自由領域に属するものですから、特定ということの意味合いにもよりますが、厳密に特定の法律行為を対象として取消しの必要性を判断することがそもそも難しいのではないかということです。したがって、ある程度幅があるといいますか包括的にといいますか、取消権はそういう形で与えざるを得ないのではないか、その点で、何に対してどういうタイミングで取消権を行使する必要があるかの判断は、代理権を与える必要があるかの判断とは異なるのではないかと思います。   ですから、例えば居住建物の大修繕に関わって、かつて消費者被害に遭ったことがある者が今後もまた消費者被害に遭うことが心配されるという場合には、部会資料2ページにあります4号だけではなく、例えば5号に当たるような事柄についても要同意事項の定めをするということは、必要性の判断としてはあり得るのではないかと感じます。その上で、本人が同意権付与に対して同意していることが必要性の判断に対してどのような影響を与えるのかという点につきましては、取消権を与えることが時宜にかなっているのかという意味での必要性だけではなくて、本人がそれを望んでいるですとか、あるいは本人の判断能力が大きく低下しているですとか、そういった事情も含めて、それらを総合的に考慮して必要性が認定されるのではなかろうかと思います。要件に関する判断の仕方といいますか検討の仕方に関わりますが、そのようなものとして必要性を把握するということもあり得るところかと感じています。 ○波多野幹事 時間のないところ恐縮です。山城幹事から頂いたことなのですが、例えばリフォームの詐欺に遭われたので、建物の大修繕に関する契約については要同意事項の定めにしましょうというようなお話を越えて、更に不動産に関する権利の得喪についてまで要同意事項の定めにしましょうというようなことの場面を検討するに当たって、先ほど青木委員とのやり取りでは、本人が同意をしていないというケースでもそのような広がりを持たせることが必要性という要件との関係で可能なのかというところに少し私は疑問を持っておりまして、そこまでいってしまいますと、その必要性というのはどういう意味があるのかというところが、かなり要件の意味合いが変わってきているというか、意味が余りないものになってしまわないかというところの懸念を持っているという点と、では、その必要性がなくなる場面がどうなるのかというのが、またその反対として思っておりまして、これまで具体的な必要性とおっしゃっている方は、とにかく特定の行為について具体的に必要性を考えましょうと、具体的に必要性がなくなれば終わりましょうというような発想で、この具体的な必要性というアプローチで捉えていたと思っており、どちらといいますと従前のかなりパッケージの取消権であると、ある程度抽象的にそこは必要性というものを捉えるという方向が一定程度考えられて、ただ、およそないというような場面でしょうか、サポートを受けて、もうほぼないですねというときは必要性がないというふうなアプローチをとるということなのかと思っていたのですが、山城幹事のお考えだと、かなり抽象的な感じもするのですが、これはなお具体的に特定の行為ごとに必要性が判断されるという理解なのか、少しそこを教えていただければと思います。 ○山城幹事 具体的、抽象的というのが何を意味するのかという問題かと思いますが、私は、事理弁識能力の有無や程度だけに着目して必要性を認定しないのであれば、既に何らかの意味で具体的な必要性が考慮されていると言ってよいのではないかと考えています。結局のところ総合判断に帰着せざるを得ないかもしれませんが、例えば過去に詐欺被害に遭った人が、また何らかの詐欺被害に遭う蓋然性があって、一定の行為を取り消さなければ本人に不利益が及ぶことが現実に懸念されるというのでしたら、同種とはいえない詐欺への対応も視野に入れて補助人に同意権を付与する必要性があると評価することができてよいのではないでしょうか。補助人に同意権を付与することに本人が同意しているということは、もちろん必要性の一つの判断要素であると思いますけれども、それだけが決定的だというわけではないだろうと私は思います。その意味では、若干抽象度が高い必要性でよいと考えているということなのかもしれません。ただ、いずれにしても、例えば部会資料の2に掲げられているリスト全体について特定補助人を付する処分の審判がされるということになりますと、言わば一括して必要性が認められるような形で保護が適用されることになるかと思いますが、それに比べれば具体性の度合いは大きいだろうと思います。リストの全体についてパッケージ化された必要性判断をする前に、リストにあるいくつかの行為を組み合わせて必要性を認めることができてよいのではないかということです。 ○根本幹事 今の点について大きなイメージを持っていただくために申し上げると、例えば御本人が在宅か入所かでそこの被害に遭う類型というのは社会通念上違うと思います。生活環境が変われば当然それは必要性がなくなったということはあるのだと思いますし、先ほどから加毛幹事や佐久間委員などからも御指摘があるような、例えば対事業者なのか、対御親族なのかということで言えば、御親族が全く身近におられないという方なのか、訪問される御親族がいらっしゃるという方なのかによっても変わってくるのだと思います。前回も少し申し上げましたけれども、対象事務が起きる、その存否ですとか時間的な近接性のほかに、今回出ているような適切に判断することができない危険性という、この二つのファクターで見て整理していくということになるのではないかと思っております。 ○山野目部会長 ほかにいかがでしょうか。よろしいですか。   それでは、私から法制面の関係で4点ほど申し上げた上で、花俣委員、久保委員にこの順番でお声掛けをし、部会資料30の前半についての審議を中締めといたします。   本日御議論いただきました法定後見の開始の要件の見直しにつきましては、次回12月23日の部会会議に向けて、本日頂戴した多岐にわたる御意見を踏まえ再整理をした上で、今後要綱案としてどのような方向で取りまとめをしていくかということについて、ほぼ最終的に近い御相談を差し上げることになります。事務当局においても検討してまいりますけれども、委員、幹事において引き続き法制面の観点から御留意、御検討いただければ有り難い事項について申し上げます。   1点目は、民法158条が定めている時効の完成猶予の特例に関する規律でございます。ここに現行の法制との見合いで、事理弁識能力を欠く常況にある者という要件を用いた規律に改めた上で、158条の基本的な骨格を維持していくということが法制面からは考えられるという方向での議論を部会資料において提示しております。改めて考えてみますと、時効に関して個別事案の局面を見ていったときに、当事者にとって苛酷である、著しく不合理であると認められる状況が起こる局面については、個々的に時効援用権の濫用の法理などを用いることによって対処することができるかもしれません。そういう対処に見通しが得られるならば、158条の規定はそのものが要らないという法制判断もあり得るところであります。かつての除斥期間の扱いも含めて、旧優生保護法を憲法に適合しないとした最高裁判所大法廷の判決は、権利濫用の法理の大きな展開の兆しを見せるものでありました。そのようなところは注目してまいりたいと考えますけれども、それとともに、大法廷判決が示した判旨の向き合い方というものが、旧優生保護法というかなり苛酷な人権侵害の特殊な事案に限られるものであったか、もう少し汎用性を持ったものとして今後において展開していくかは、見てみなければ分かりません。多くの場合において、損害賠償請求権の債権者である被害者の声などに接しますと、時効、取り分け消滅時効という制度がなぜあるかということについて人々は疑いを抱く局面が多々見られてきています。ある時点で消滅時効の制度を中心に時効の制度は改めて見直さなければいけないかもしれません。しかし、そうはいっても平成29年法律第44号による時効制度の大幅な改編を経てからまだ時間が経過しておりません。もう少し時間を置いた上で、久保野委員のお言葉を借りて言えば歴史的な検討をした上で、改めて時効制度についての大きな見直しをする中で、158条の規律は別な解決が与えられたり、今後これは要らないということになったりしていく可能性があるかもしれません。   2点目でありますけれども、民法653条3号の委任の終了の規律に関して御案内を差し上げます。この規定は、委任契約及び準委任契約の存続に関して幅広い射程、実態上の影響を持つ規定でありますとともに、取り分け会社法330条を介して会社のガバナンスに与える影響が大きくございます。皆さん御記憶にあるとおり、かつては成年被後見人であるとされただけで取締役に選任される可能性が奪われてまいりました。そのような状況を大きく改めた契機は、法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会の平成30年2月14日の会議において佐久間委員が、そのときは委員ではなくて参考人でしたけれども、獅子奮迅の活躍をなさって、いや、これからはその考えを改めなければならないということをその場にいる会社法の実務家、研究者の皆さんに説得的に御説明なさいました。そうした努力を経て、会社法の世界を構成する皆さんのコンセンサスも得た上で、成年被後見人の扱いについて、取締役に選任することを妨げないが、しかし後見開始審判が任期の途中でされたときには終任事由にするというところで折り合いといいますか、これでしていきましょうということでしてきているものが我が国の今日の法制状況であります。ここで議論している事柄との間で大きな関連があるというか、もっと申せば緊張関係のある議論が、会社法の方面においてはその観点に立った議論がされてきています。この12月に雑誌『法律時報』の学界回顧において、会社法の分野を担当した評者が、この一連の論議の経過を踏まえ、成年後見制度改革からくるインクルーシブの要請と企業価値の促進という会社法の要請との衝突という課題が明確に認識されなければいけなくて、会社法の学問研究においてもこれと向き合っていこうということを述べてくれています。そうであるとすると、そういう方面の論議との間も議論を重ねていかなければいけません。今ここで私たちがこの顔ぶれで議論をしていて、653条3号はなくてもいい、という議論をするわけにはいきません。もし会社のガバナンスの方面から異論があるならば、そういう皆さんとの対話を経た上で、ここについても改めて見直していくチャンス、必要はあるかもしれません。   3点目でありますけれども、遺言に関する978条について申し上げます。現行978条の振合いを大きく維持して、やはり特定補助人を付する処分の審判を受けた者についての特例として978条を改めていこうという方向を部会資料においてお示ししているところであります。アイデアとしては、これを更に進め、特定補助人を付する処分を受けた者だけではなくて補助人が付された人全般を含めて、現行の978条が、しなければならない規定であるところを改め、むしろ、することができる規定に改めるということはあり得るのではないかと思われます。すなわち978条の規律を、補助開始の審判を受けた者は意思能力を有するときにおいて医師二人以上の立会いをもって遺言書を作ることができるという、することができる規定に装いを改めていくということがかなうならば、そこで事理弁識能力を欠く常況という概念を用いる必要はなくなります。しかし、恐らくそういうことを考えるためには、遺言法制全般について、ここだけ局地的に見直すことではなく、多死社会、超高齢化社会に向かっていく日本における遺言というものを改めて考えるとどうでしょうという検討がされなければなりません。現在、法制審議会において異なる部会において遺言のデジタル化の可能性を探る審議が、こちらの方も大詰めを迎えております。デジタル化でできますよといったような法制を動かしていって、また経験的に認知される課題なども取り込んだ上で、最終的に遺言法制の大きな見直しをする際、現在の978条も、事理弁識能力を欠く常況といった概念に依存しないものに装いを改めていくチャンスがあるかもしれません。それもまた、久保野委員がおっしゃるとおり歴史的な検討を経て、そのようなところに向かっていくということはあってよいものです。   4点目といたしまして、民法17条1項ただし書のことについて御案内をしておかなければなりません。現行の補助の制度は後見、保佐、補助という三つの類型の振合いの中に置かれていますから、補助開始の審判を受けた者について17条1項ただし書の歯止めがされています。今後、補助の1類型に一元化したときに、これまで17条1項ただし書で補助開始審判を受ける者に対しては行為能力の制約はここまでですよという歯止めをしていたところを、今般の法制変更によって歯止めのない仕方に改めるということは、従来法制との接合性において説明の困難な問題が生じます。あるいは実態面から見ると、それは些細なことであるという見方があるかもしれません。しかしながら、事務当局の皆さんを中心に、今般の改革を内閣提出の法律案として調えていくに当たっては、もしかしたら実態面では些細なことかもしれませんけれども、法制の変更の説明をしていく際には些細なことでは済みません。やはりここのところについて現段階で可能な論理的説明を与えていかなければならず、そのための仕組みは、なお工夫の必要があります。そのような問題意識を持ちながら、仮に特定補助人を付する処分の審判というのを制度化していったときに、その運用の状況をよく見ていって、しかし厳格に用いられていくべきこの制度は、更にそれを注意して用いるならば要らないかもしれないという判断がされる時が来るかもしれません。青木委員がおっしゃるように、そのように私たちの営みが進んだときに、事理弁識能力を欠く常況と事理弁識能力が不十分である状況との間には強い垣根ではなくて、硬い垣根ではなくて、相対化されたものとしての整理が可能になるという立法事実の蓄積がかなう時点が訪れるかもしれません。そのときを見据えながら、今般改正でどこまでのことをしたらよいであろうかということを12月23日の会議に向けて事務当局、委員、幹事において、それぞれの立場で悩んでいただきたいと望みます。   私から以上の御案内を差し上げた上で、花俣委員にお声掛けをします。 ○花俣委員 部会長の的確な格調高い御提案というかお取りまとめの後で私が発言するのは大変恐縮ながら、今日の議論を通じてということで、見当違いになったら御容赦いただきたいと思います。どの順番で申し上げればいいか悩ましいのですけれども、先ほどの青木委員と波多野幹事とのやり取りも非常に悩ましいと思いましたし、今、山野目部会長からの御提案というか御案内というか、それについてもまたまた難しい話だと思いました。   非常にプライベートな話で申し訳ないのですけれども、昨日、孫が某大学の法学部の法律学科に合格し、彼女の志望動機を聞いてみたところ。彼女からは、生活に深く関わる法律を学ぶことで社会が見えてくると思いましたという返事がありました。この議論の渦中にいる私は、彼女が結構いいところを突いているなと思いました。もし私のこの受け止めが正しいのであれば、事理弁識能力を欠く常況の概念を平成11年以前のままとした場合、現況とは大きく乖離したものになってしまうのではないか、今の社会ではそういう見方、捉え方をするのは、共生社会の実現を推進するための認知症基本法、そして基本計画も発出されており、その流れとは若干反するものになるのではないのかという気がいたしました。   一方で21ページのところ、基本法にある理念の中に、認知症のある者について事理弁識能力を欠く常況にある者としてひとくくりにしてしまうと、基本法でいうところの理念、法の下には全ての人が平等であり基本的人権を共有することができるという文言があるのですけれども、それがちょうどこの21ページの9行目、10行目になるのでしょうか、法が等しく全ての国民に対して適用されるものであることからすれば、そのような限定的な場面においても適切にその者の保護に対応することのできる制度設計とする必要があると、そういう文言がここに記されているのです。こういう記載があると、本当に特定補助人がなくていいのか、本当に全部外してしまって大丈夫なのかという一抹の不安が残る、でも、逆にそれを残してしまうと、またそこが拡大解釈され終われない後見にまた戻っていく、それも困るなという、そういうところで素人なりに悩ましいということを申し上げているわけです。   最終的には、事理弁識能力を欠く常況にある者の存在をもって本制度の改正において考慮すべきかどうかという点については、基本的には青木委員の意見に共感しているのですけれども、やはり先ほど言いました認知症基本法の理念であるとか、あるいはここの文言とかというものを加味していくと、はっきりどちらがよろしくてどちらがどうこうというジャッジは私には下せない。それから、様々な場面が想定されて出てきましたけれども、この民法だけで個々の人々の全ての権利を100パーセント擁護するというのは無理なわけですから、そこを考えていくと、どこかで落とし所というか折り合いが付いていって、より使い勝手よく、柔軟に使え、それでなおかつ、終われない後見、あるいは人権侵害と指摘されるような極端な権利侵害にならないような形のものになっていくかということは、私ではなく、ここにおられる専門の先生方のお知恵をいただいて、あのときあれだけ苦しい議論を重ねてよかった、本当にこの民法が新しく生まれ変わったと思えるような、そんな結末を期待して、いましばらく、私のこの稚拙な意見で御容赦いただければと思っています。以上です。 ○山野目部会長 散漫でも稚拙でもなく、花俣委員の今の発言は、今後、多くの方面において、議事録を参照して顧みられるべきであると考えます。 ○久保委員 今ずっとお話を伺ってきて、花俣委員と同じように、難しいなと思いながら皆さんの御議論を伺ってきていました。親として思うところは、保護者とひとくくりに言ってしまいますが、保護者という方もいろいろおられると思うのです。それは家族も含めてです。やはりそういう保護者の、どのように本人に寄り添いながら本人の人生を安心・安全で歩んでいけるような寄り添いをしていただけるのかということが、私たち親としては一番の心配事であり、また望みでもあるということでございますので、一つ言えば、知的障害のある方は、別に全員ではないです、全員ではないけれども一定程度、やはり重度の方が多いかと思いますけれども、小さいときからお父さん、お母さんの言うことを聞いていれば大丈夫よというような親の意見が刷り込まれているという部分があるわけです。そう思うと、親が保護者となり、こうしておいたらどう、みたいなことを言うと、本人たちはうんと言うわけです。一定数そういう方がおられるということを考えますと、特定補助人というか、本人にとって最善かなと思うようなことにならないようにするのはどうしたらいいのか、けれども特定補助人を置くことの、今後どういう影響があって、状況になっていくのかということも、また一方で気にもなりますので、その可能性も無視はできないとも思いますし、なかなか悩ましいところだと思っています。   それと、今、山野目部会長が最後にまとめていろいろ御教示いただいたわけですけれども、まだ私たちの議論だけで終わるのではなくて、多方面との整理も必要なのだなということを改めて認識をした次第でございますので、これからまとめの最後のところまでは日にちが余りないけれども、結構タイトなことを、特に法務省や山野目部会長や民法の先生方にやっていただかないと駄目なのだなということもまた、再認識したところでございます。   もう一つは、デジタル化でできますよというのはとてもいいことだとは思うのですけれども、障害者の場合は早くからこの後見制度といいますかこういうのを利用してくれると、親もデジタル化で申請したりとかできるのですけれども、親が保護者になる場合ですね、ただ、結構今の状況を見ますと、親というのはできるだけ自分で我が子を見ていきたいという気持ちが働くわけなのです。そうすると、私としてはデジタル化がきちんとできるのかという心配事もまた一方でありまして、そこを、デジタル化だけではなくてペーパーも受け付けますというふうにしていただかないと、少し難しい方も今後出てくるかなということも一方で思っているところです。感想みたいなもので申し訳ないのですけれども、以上となります。よろしくお願いします。 ○山野目部会長 大事な感想をおっしゃっていただきました。丸山眞男という政治学者が、皆さん御存じのように、民主主義は永久の革命であるという言葉を残しました。今般、成年後見制度改革も21世紀後半における日本の超高齢化社会や、障害者が地域において共生して暮らしていく社会で暮らしていくの行く末を握る社会的な課題の一つであります。法制を仕上げるまでにおいても、そして法制を仕上げてからこそ、永久の議論を皆さんにお願いしていかなければいけない、そのような題材であるという様相が明らかになってまいりました。久保委員も仕上げるまで引き続き御助言いただきたいし、法制が成り立った後も、あるいはそれこそ引き続きお付き合いいただきたいと望みます。どうもありがとうございます。   部会資料30の後半の審議に進むことにいたします。事務当局から資料説明を差し上げます。 ○山田関係官 部会資料30の44ページ以降、第1の2から第6までについて御説明いたします。   44ページからの「2 補助開始の審判等の取消し」では、形式的な修正のほか、特定補助人を付する旨の審判の必要性が消滅する場面について整理しています。   次に、46ページからの「4 補助人の解任等」では、部会資料28の記載から変更があります。(1)解任事由について、部会での御議論を踏まえて、現行法の解任事由のうち、「著しい不行跡」及び「後見の任務に適しない事由」を、「補助人がその任務に著しく反したこと(それにより職務を継続させることが相当でないときに限る。)」に整理する案を記載しています。   また、49ページからの「9 本人の死亡後の補助人等の権限」では、①及び②について部会資料28の記載から変更があります。①死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結に関し、前回の部会において、死体の所有権の帰属については様々な議論があることを紹介いただきました。それを踏まえて、補助開始の審判を受けた者の相続人の意思に反することが明らかなときを除き、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、との要件を設けない案を記載しています。また、②死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結以外の死後事務については、部会資料28では特定補助人のみを対象とする案を示していましたが、今回の資料では、特定補助人を含む補助人一般について、本人が死亡した時における権限内の行為については、死後事務をすることができる旨の案を記載しています。   続いて、53ページからの「第4 任意後見制度」では、特に予備的な任意後見受任者について、前回部会で示された検討事項について、契約の個数を1個と捉えるか複数と捉えるかに分けて整理を行い、予備的受任者に関する規律を設けることの当否を問い掛けております。また、任意後見人の事務の監督の在り方については、現行法の規律を維持することを提案し、任意後見人の権限の一部停止を認める規律及び任意後見契約の一部発効の規律については設けないことを提案しています。   69ページからの「第5 成年後見制度に関する家事審判の手続」のうち、補助に関する審判事件の申立ての取下げについては、補助開始の審判の申立てについては家庭裁判所の許可が必要とされている現行法の規律を維持することのほか、前回部会での御議論を踏まえ、特定補助人を付する処分の審判については、申立てについては代理権付与の審判の申立てや補助人の同意を要する旨の審判と同様に、取下げ制限の規定を設けないことを提案しています。そのほか、補助の事務の監督の審判事件を本案とする保全処分の規律を設けることを提案しています。そして、即時抗告については基本的に現行法の規律を維持することを提案していますが、新たな解任事由による解任の審判については即時抗告の対象としないことを提案しています。 ○山野目部会長 御説明を差し上げた部分につきまして御意見を承ります。 ○小澤委員 ありがとうございます。第1の4の補助人の解任等については、今回整理いただいたことによって前回懸念していた部分が明確になっていると考えますので、基本的に賛成します。その上で、補助人がその任務に著しく反したことの中に、現行法における著しい不行跡に該当する事由全てを取り組むことができるのか疑問に感じるとの意見が私たちの議論の中でありましたので、この点が明確にできれば更によいのではないかという意見を持っています。   第1の9の本人の死亡後の補助人等の権限については、実務家の懸念を御理解いただいた上、民法の規律に反映する御提案を頂き、ありがとうございます。この規律が実現されれば、これまで実務で懸念されていた部分の多くが解消され、明確な権限を持って安心して事務に当たることができると考えています。   第4の1(2)の予備的な任意後見受任者については、部会長から第28回の部会で詳細にわたる御指摘を頂き、これについても検討いたしましたが、議論の時間が限られる中、御指摘にこたえられるような分かりやすい制度を取りまとめるのは難しいのではないかと考えました。現在もこの予備的受任者の定めを公正証書の中に置いた任意後見契約を締結しておりますが、その運用を検討し改善していくことで、この予備的受任者という仕組みについての実務を更に深めていきたいと考えております。また、今回この法制審議会部会において予備的受任者という制度について取り上げていただき、御意見を頂くことができました。頂いた御意見を基に公証人の皆様や士業団体の方々と、予備的受任者に関する規律を含め、より望ましい任意後見契約の在り方について検討を続けていきたいと思っています。   次に、2(2)の任意後見の事務の監督の在り方については、御提案のとおり現行法の規律を維持することに賛成を致します。任意後見制度は発展途上の制度であると考えております。任意後見契約の内容も含め、検討の余地はあると考えておりますが、法改正による対応を求める前に、実務の観点からもどのような制度が望ましいかについて検討を重ねていきたいと考えています。   その他の論点について、御提案のとおり異論はございません。 ○根本幹事 任意後見に関して3点申し上げます。小澤委員と少し異なる意見になりますので、特に最初の2点については強調して申し上げておきたいと思います。   まず一つ目が、部会資料30の53ページのところの予備的な任意後見についてです。理論的な整理としましては、契約相互の関係性は2個説ないし複数説を前提に、登記については登記事項とはしないということで検討するということであれば、具体化できるのではないかと思っております。具体的には5点と、あとは74ページの聴取の関係で申し上げます。   まず最初に、現在停止条件としては監督人選任のみとなっていますけれども、そこに任意後見受任者が欠けたときというのを停止条件とできる規律を設けるか、若しくは任意後見開始の審判の障害事由とするということができれば、それでよいのではないかと思います。   2点目として、登記については順位の登記を実現しないということは今回、部会資料のところでも御案内を頂いているところでありますので、何らかの方法で確認することができれば登記事項としなくてもよいと思われます。   3点目は公証実務において、予備的な登記ができないということを理由に予備的な契約を断るというような実態もあるところですので、予備的な契約ができるということを法律上明らかにする必要はあります。また、複数の任意後見相互の関係性を先ほどの2個説ないし複数説で、関係性を明らかにする取っ掛かりになる規律を設けることというのが今回の制度改正で予備的任意後見に関する規律を設ける意義ではないかと思われます。そのためには、停止条件ないしは開始の審判の障害事由として予備的であることが規律され、あわせて、その規律があるという上でモデル条項等において公正証書において予備的な任意後見受任者であることを明確にすること、また、主位的な任意後見契約の終了事由に、主位的な者の欠ける事由、つまり病気やそういった困難事由を契約上においても定めておく、ないしは主位的な契約の任意後見人が欠けたことを理由として予備的な契約が発効したときをきちんと契約上も終了事由にしておいて、規律とモデル条項両方で補強し合って措置を講じていくということが必要なのではないかと思います。   5点目としては、今後の現行の契約からの移行というようなことを考えても、改正後も現在行われている当事者間での覚書等による対応という余地は残した上で、改正後の規律が適用される場面を任意後見開始の審判手続の中でコントロールしていくことが望ましいのではないかと思います。   最後に、聴取との関係ですけれども、まず本人と監督人を聴取の対象者に入れるというのは、これは必須だと思いますが、併せて検討しなければいけないこととして二つあると思います。一つは、先順位の者の開始時に後順位の者の意見を聴くということは、今回の部会資料の中でも人数制限を設けないということに規律することとの関係で、手続が困難になると思われますし、先順位の者が欠ける事由があるか否かの有無というのは、これは先順位に関する審判を家庭裁判所がきちんと行えば十分できますので、先順位の開始時に後順位の者を聴取の対象者と入れることは不要だと思います。他方で、後順位の者の開始時に先順位の者に欠ける事情があるかどうか、これは明らかである場合もあれば、その点が争いとなることもあり得ます。先順位の者に意見聴取をすることは家裁の審理上、必要ではないかと思います。もっとも先順位の者が明らかに意見聴取できない状態、例えば明らかな重篤な病気ですとか行方不明というようなことであれば、その点は除くということで規定することではどうかと思います。   結局この2点目の問題については、除くとされる対象が広がるのではないかということも懸念されるところではありますけれども、他方で、先順位の者が解約や解任をされるわけでもないのに、結果として押し出されてしまうということは、これは望ましくなく、先順位の者に関する手続的な保障を規律するということは必要ではないかと思います。先ほど申し上げた意見聴取の対象から除く、明らかに意見聴取できない状態というのが幾つか想定されるとは思いますけれども、家裁の判断にだけ委ねるということではなくて、手続的な保障を設けるということが必要ではなかろうかと思っています。   次に、62ページの任意後見監督についてです。繰り返し申し上げているところにもなりますが、監督人を選任しなくてよいという場面は限りなく限定的なケースに想定をするということでよいのではないかと思います。限定する方法としては、何年たったとか専門職だからというようなことではなくて、例えばですけれども、職務内容、実績、経歴等の任意後見人側の事情だけではなくて、本人の生活の安定などの本人側の事情に加えて、家庭裁判所の監督体制や地域における支援状況など諸般の事情を総合的に考慮するという形で限定して、限定して、限定するということではどうかと思います。どこまで法文に書くかという問題はありますけれども、今申し上げたような任意後見人側の事情、本人側の事情、監督体制、地域事情などを考慮するという意味であるとすれば、従来から家庭裁判所から御懸念を頂いているような家裁の監督体制のこともそうですし、さらに監督人のなり手の問題など地域差が生じていることに鑑みても、全く同じような事案であっても家裁の管轄が違えば状況が変わるということを前提に、よその家裁で認められているからこちらでも認めろという主張をきちんと条文上の根拠を持って排斥していくということであれば、今まで家庭裁判所から示されている懸念も解消されるのではないかと思っています。   3点目は、資料30の64ないし67ページに関係するところです。権限調整における一部停止の規律は設けないということは、結論としては反対はしないということにしたいと思います。もっとも監督人の指示に従わない任意後見人であった場合に、監督人ないし併存で選任された補助人が家裁の手続において一部解除ができるような方策をきちんと示しておくということは、元々この一部停止を設ける趣旨で申し上げていた点になりますので、この点についての手当てはやはり必要だと思います。   具体的には、部会資料65ページ(1)の指摘ですとか、(2)の代理権付与を家裁が決定するという観点からも、また、(3)にありますなお書の対応をするという意味でも、監督人の指示に従わないことが任務に適さない事由に該当するということを解説等で明確に記載をしていただく必要はあると思います。法制事項としないという結論には反対しませんけれども、その代わり家庭裁判所の運用における契機となる解説等の御案内については必須にしていただきたいと思います。 ○野村(真)幹事 予備的受任者についてリーガルサポートの方で検討いたしましたので、意見を述べさせていただきます。   まず、契約の個数についてはいずれの考えも採り得ますけれども、契約内容を明確にして公示する観点からは、一つの契約とすることが相当ではないかという意見です。現行法の下でも、複数の契約を締結しておいて内部的に順位の合意をすることが行われていますし、改正後においても同様の契約は可能ですので、委任者が登記によってその予備的受任の公示を希望する場合は、その作成時の順位に拘束されることや、一人との解除によって再度の契約が必要である等の制約はあるものの、そのような契約の性質を理解した上で予備的受任の契約を選択することを検討すればいいので、一つの契約としても、委任者にとっては選択肢が広がると考えてよいのではないかと思います。   一つの契約と考えた場合に、部会資料57ページの4の検討を要する点として何点か挙げられている点なのですが、③の本人の指図による順位の変更が認められないこと、⑧の後発的な順位変更は全員の合意によってすること、⑥の権利障害事由があれば契約の効力が全体的に否定されてしまうことについては、このような契約の性質を踏まえて、契約締結時に予備的受任の契約を選択するかを当事者間で検討すればいいと考えます。また、一人の当事者からの契約解除によって全ての契約が終了することも、契約発効前であれば新たな契約を締結する余地はありますし、契約発効後においては裁判所の許可が必要となるので、解除について一定の制約があると考えられます。④の選択的でかつ予備的な受任の定めや、⑨の委任事務の種類に応じて仕分けをするという組合せについては、複雑な制度となってしまうため、消極的に考えます。⑩の人数制限については、特に設けなくても人数は限られてくると考えられますので、必要ないと思います。裁判手続については、後順位の任意後見受任者が任意後見人になる場合、家庭裁判所は任意後見監督人の障害事由の有無を審査する必要があることを考えると、裁判手続を設けることが必要であると思いますので、監督人選任後も選任前も、就任許可の審判を行う裁判手続の中で審査していただくのが相当であると思います。 ○青木委員 ありがとうございます。まず、補助人の解任事由につきまして、今回2号の修正を頂いておりますが、これに関して確認をしたいと思います。   今回、2号の文言が「著しく反した」ことということになりまして、この中には補助人の職務の義務違反に基づくものも含まれるとは思いますが、「著しく」となっていることの関係で、義務違反はあるのだけれども必ずしも著しく反したとまではいえないという場合が想定されると思います。また、2号は欠格事由と連動していることもあり、「著しく反した」ことの認定は慎重になるという点もあると思います。そのような場合については、3号の方で、「本人の利益のために特に必要がある」いう要件に該当することを踏まえた上で、補助人の義務違反のうちの一部については、3号の方で解任ということもあり得るものであるという義務違反の場合の2号と3号の具体的な振り分けに関する解釈というものを示していただくことが、今後の運用の関係で重要ではないかと考えました。   それから、死後の事務処理については、補助人全般について、保存行為や弁済期到来の債務弁済が可能となるように御検討いただいてありがとうございました。その上でのなおお願いですが、従来から、保佐人や補助人について、死後の事務処理の具体的な規定がない中でも、応急処分事務だけではなくて、さらには事務管理として、死後の事務処理を行うことをしてきたという実務があり、それを家庭裁判所も認めてきたという運用があります。この実務運用につきましては、今回の改正の後も何ら変わらないということについて明記していただくと、今後の実務運用に安定性を与えるものになるのではないかと考えています。   続きまして、第4の任意後見に関しまして、監督の在り方につきまして申し上げたいと思います。従来から家庭裁判所による直接の監督と任意後見監督人による監督を、家裁による裁量にすることについては様々な議論や難色も示されてきましたけれども、今回、部会参考資料18を見ますと、この調査によりまして、やはり任意後見監督人による監督の負担が高いということは非常にはっきりとした数字として表れてきているところであると思います。他方、従来の受任者の受任傾向に比べまして、親族が受任者となる率が減っておりまして、第三者である専門職であったり法人等が受任者になる傾向が高まってきていることもうかがえます。こうしたことを考えますと、適用できる場合は限定するにしても、家庭裁判所が直接に監督をすることができる制度とすることを検討する必要はどうしてもあるのではないかと改めて思います。一旦は全件について任意後見監督人を付すとしても、その後の監督の状況によっては、家裁の直接監督に移行することを可能とするなど、家庭裁判所の裁量の中で、柔軟に運用できるような法的枠組みを是非とも再度検討いただきたいと思っています。   次は、第5の家事審判手続に関してです。今回の議論の中で、特定補助人が必要ではないかという御意見も様々に出されているところであり、もし特定補助人を付する処分を導入するということになるのであれば、やはり鑑定は原則ではなく、必須としていただく必要があると思います。今日の議論の中でも、事理弁識能力を欠く常況にある者に関しての定義の整理については、委員間においてもなお考え方や評価については差があるところでもあります。今後、実務運用の中で、そのような差が出ることがをできるだけ少なくなるようにするためには、遠藤幹事からもお話があったような認定のガイドラインもそうでありますが、それを着実に安定的にするためには、やはり精神科医による鑑定ということを必須にする、そこまでしても特定補助人を付する必要があるという場合に限って使っていただくと、そういう制度に限定するべきであると思っております。   それから、今回、補助人が財産目録の調整ができるまでの間、オプションとして保全処分を設けることができるようにするという御提案を新たにいただいていますが、私としては、これを必要とするような具体的な場面の想定が難しく、このような保全処分を設ける必要が果たしてあるのだろうかということを疑問に思っております。ある程度広範な代理権等が付与されることによって財産目録の調整が可能な事案については、家庭裁判所の監督の一環として財産目録の作成と提出を求めることになるのだと思いますけれども、その場合に、保全処分をもってして補助人の行為を一部停止をする、場合によっては職務代行者を定めるみたいなことというのはどういう場合をいうのか、想定の具体例があればまた教えていただきたいと思っていまして、この保全処分の新設の必要性については疑問を感じているということになります。 ○星野委員 ありがとうございます。私は補助開始の審判の取消しのところについて、44ページの2のところですが、先ほど来、開始のところでも議論があった特定補助人というものがもしそのまま残るとしたときのことですが、取消しの審判のところで、45ページのところから、特定補助人を付する処分の審判について必要性が消滅する場面というところで説明を書いてくださっていて、ここでは必要性というところも触れられていたり、あるいはさらに本人の生活環境や周囲の人間関係などの変化によって必要性がなくなることで消滅するというふうな説明もしてくださっています。特定補助の場合、先ほど来、限定的であり、また例外的であるという話がありまして、この取消しのところにおいては補助人も特定補助人も同列の書きぶりになっているのですが、もし可能であれば、法文の作り方が分からないのでおかしなことを言っているかもしれませんが、補助人の取消しよりも更に、特定補助人がもし残るとして、選任を取り消す場合は、より限定的、例外的というところが分かるような取消しの考え方というのが明記されると、開始のところでの説明もそうなのですが、取消しにおいても、必要なくなれば早急に取消しをするのだということが伝わるような、何かそういったものがあると非常に説明もしやすいなと感じました。 ○佐久間委員 すみません、67ページの6の任意後見契約の解除のところなのですが、私は今日参加が遅れまして発言できなかったので、そこを発言したいのですけれども、よろしいでしょうか。 ○山野目部会長 お願いします。 ○佐久間委員 ありがとうございます。任意後見契約の解除に関しまして、現行の規定を変えないという御提案であるわけですけれども、特に「正当な事由」という文言を変更しないということについては、この段階では異論を申し上げません。ただ、私はずっと、法定後見の終了について相当柔軟化しようということにしてきているのであるから、任意後見についても同じような考え方をとるべきではないか、あるいはそのような考え方をとるのだということが分かるようにできないかということを申し上げてきたところです。   その観点から、現在の任意後見契約法の9条2項は、「正当な事由がある場合に限り」となっているのです。これは今回の御提案でもそのまま維持するということなのですけれども、この「限り」というのはかなり強い表現に私は感じます。強い表現というのは、基本的には解除できないということを原則としているように受け取れるということです。しかし、委任の場合には解除自由の原則があるわけですから、そこまで強く否定することが適当かということは、なお今日の段階でも疑問に感じております。そこで、例えばですけれども、「正当な事由があるときは」と、言わば中立的な表現に変えることはできないかを御検討いただければと思います。   辞任、解任のところで同様の例がないわけではありませんで、例えば業務執行組合員につきましては辞任、解任については「正当な事由がある場合に限り」となっており、あるいは組合員の除名についても「正当な事由がある場合に限り」できるということになっていますけれども、他方で所有者不明土地管理人の辞任、管理不全土地管理人の辞任、後見人の辞任、そして遺言執行者の辞任と解任につきましては、「正当な事由があるとき」は、裁判所の許可を得ることなどの要件も含んでですけれども、辞任することができるとか、裁判所にその解任を請求することができるということになっています。これらは、立法の時期にもよるのかもしれませんけれども、辞任することの容易さというか、辞任を認めることの程度を考慮して使い分けているという解釈も可能だと思いますので、この任意後見人の方についても、「限り」となっているのを、「ときは」に変えることを、もう限られた時間ですけれども、是非もう一度御検討いただければと思います。 ○山野目部会長 よく分かりました。   引き続き承ります。いかがでしょうか。   特になければ、私の方から根本幹事にお声掛けが一つありまして、家庭裁判所が任意後見人を直接に監督するという仕組みの提案を持続的に頂いておりまして、仮に容れるとする場合において、その局面で任意後見人の監督をする家庭裁判所が、監督の事務というものもこれから新しく構想していかなければいけないと思われますが、監督の事務の全部又は一部を家庭裁判所のスタッフ自身が担うとともに、局面によっては適当と認める者に補助させるというような行き方はあり得るものかどうかということについて、現時点でのお考えがあったら伺っておきたいと思います。 ○根本幹事 それはあり得ると思いますし、法定後見の場面においても、余り具体的に申し上げると家庭裁判所に御迷惑が掛かるかもしれないので申し上げませんが、いろいろな方策で試みられているケースもあるように承知をしています。任意後見の場面においても家庭裁判所ないしは調査官等で対応がし切れないという場合に、現行の規定の中ででき得る形での御対応というのはもちろんあり得るところだと思います。 ○山野目部会長 私の今のお尋ねは、家庭裁判所がそのようなことも積極的に考えた方がよいのではないかというお勧めをしているものではなくて、仮に直接の監督という制度を局面をかなり限定的なものであるということが法制上分かるような仕方で入れたとしても、状況によっては家庭裁判所にとっては大きな負担になってくる可能性があります。ここで成年後見の主題のみ考えていますけれども、組織としての家庭裁判所が今置かれた状況は、こちらで扱っている主題も大事ですけれども、何といっても令和6年法律第33号が施行を迎える段階に来ています。離婚後の子の扶養と親権行使の在り方というかなり険しい問題が事件数としても出てくる情勢に対して、家庭裁判所のそれこそそういうことに向き合う専門的なスキルをトレーニングされた家庭裁判所調査官をかなり重点的に充てて対処していかなければ、この国の将来社会を支える子の情操に関わる問題などを惹き起こしてくることになりかねません。ですから、こちらから求める課題も大事ですけれども、もし直接の監督を採るならば家庭裁判所がする様々な工夫が、どれか特定のものを推奨するということではないですけれども、かなり幅広にいろいろなことを考えていただくという想定で、できれば御工夫くださいということを申し向けていかないと、なかなか全体として成り立たない、無理が生ずる部分がありますから、念押しでお尋ねをしました。お考えはよく分かりました。   引き続き伺います。いかがでしょうか。   よろしゅうございますか。   それでは、部会資料30の後半についてお話を頂きました。ここまで御議論いただいたところについて事務当局から、木田関係官、どうぞ。 ○木田関係官 先ほど根本幹事から予備的受任者のところで任後見開始の審判という文言を使われていたところでございますが、従前、根本幹事が監督の在り方の部分で乙説を採られる前提で、いわゆる任意後見人の事務を開始する裁判手続という趣旨で使われたということでよろしいでしょうか。念のための確認です。 ○根本幹事 そうです。 ○山野目部会長 私の方から若干のガイドを差し上げた上で、今度は五十音順、久保委員、花俣委員の順番でお声掛けをしようと考えます。   簡単に私の方から申し上げます。今、全般に御意見いただいたところについて12月23日の会議に向けて、また部会資料を作成してお諮りしてまいります。二つの点に論及いたします。   予備的後見受任者につきましては、この制度を設けるか設けないか、どちらかです。そのことについて、もうここまでまいりますと、制度そのものを設けるか設けないかの見通しを得なければなりません。今日、小澤委員と根本幹事から頂いたところの両方にらみながら、そのどちらか、若しくはその中間ぐらいで方向が示されていくことになるであろうと予想します。ここは悩んだ上で、またお諮りしていきますから、次の論議の機会に一緒に考えていただきたいと望みます。   任意後見人に対する監督体制の整備の問題については、先ほど少し根本幹事にお声掛けを致しましたけれども、ここも家庭裁判所による限定された状況における監督を入れるということを考えるか考えないか、どちらかです。そこについても、もう最終的なぎりぎりの検討をした上で、次回の部会資料において、こうではないかということをお諮りしますが、またこれについても活発な論議をお願いします。   それでは、久保委員、お声掛けします。任意後見やその他のことが話題になりました部会資料30の後半はいかがでしょうか。 ○久保委員 ありがとうございます。任意後見制度というのは今、知的障害の分野ではなじみが余りないというのが現実問題としてありますので、会員さんにとって、大分きちんと説明をしないと、そこから入ろうと思われにくいかなと思います。ただ、私がここでずっと皆さんの御議論を伺っている中では、できるだけ多くの方が任意後見制度から入っていかれることがいいのかなとは思っていますけれども、今日の御議論で、予備的後見人とかそういうものを入れるか入れないかとかいうところになると、少し法的なことで、具体的にどのようになっていくのかというのは、まだもう一つ自分の中ですとんと落ちていない部分がありますので、よく分からないのですけれども、できるだけ緩やかに後見制度に入っていって、そして本人が守られるというような、地域での権利擁護もそうですけれども、制度としてきちんと地域の中で暮らしていくのに守られるというのが一番、本人が使いやすい、そして安心できるというところは、これは前から申し上げていますように、私たちの言っていることを皆さんができるだけ取り入れようとしていただいて、更にそれが取り入れていただくばかりに複雑で難しくなっているというのは私自身、すごくお勉強しないと難しいなと思うような状態かなと思っていますので、その辺のところは少し、入れるか入れないかというのを、任意後見も含めてですけれども、具体的には自分の中で整理ができていないので何とも言い難いところはありますけれども、総じて利用者にとって、障害のある人や高齢者の方、認知症の高齢者の方にとって何が一番いいのかというのを御議論いただいていることについては本当に有り難く思っております。具体的にこうなるのですよということが分かってくると、いや、それはというような話がひょっとすると出てくるかも分かりませんけれども、具体の部分が一体どうなるのかなと考えながらお聞かせいただいて、自分の中でよく分かっていない部分もありますので、今お問合せいただいたようなことにお返事はし難い部分がありますけれども、もう少し皆さんに御議論いただいて、お聞かせいただきながら、また山野目部会長に翻訳をしていただきながら、参加していきたいと思っております。申し訳ありません。よろしくお願いします。 ○山野目部会長 確かにおっしゃるとおり、つなぐ会の皆さんの前でスピーチをさせていただく際にも、法定後見のところは熱心に耳を傾けていただいている印象がある半面、任意後見の話になると、よく分からないというお顔の方を多くお見受けします。これは是非、知的障害のある皆さんの関係でも関心を持っていただきたい制度ですから、どのようにしたら皆さんに関心を持っていただけるようにしていったらいいか、また久保委員とも御相談してたいと考えます。よろしくお願いします。ありがとうございます。 ○花俣委員 任意後見制度については、独居の高齢者が今後、認知症に罹患した場合の備えとして、私は大変大事な制度だと思っています。予備的後見人というのをもし複数人を前もって届出ができるのであれば、よりそれが好ましいと思っていますし、それから監督人の体制についても、現行の成年後見制度、法定後見の併存が可能になれば、行ったり来たりできるようになるのであれば、専門職の監督人が付いていてくだされば、その方が法定後見、形が変わるので何というのか分からないですけれども、寄り添い型の支援をしていただける位置に行っていただいて、またこちらに戻ってきたときは監督人となると非常に風通しがいいなというような、そんな素人考えを持っております。その程度の意見になります。今日はありがとうございました。 ○山野目部会長 引き続き花俣委員におかれても、任意後見の制度に関心を寄せていただきたいと望みます。ありがとうございます。   部会資料30の後半について何か言い漏らされた方がおられたら、別な機会に事務局にお寄せいただくのでもよろしいですけれども、今この時点でおありですか。   よろしいですか。   それでは、その留保の上で部会資料30についての審議を了したという扱いにいたします。   本日、実質の審議はここまでといたします。次回会議に向けての案内を波多野幹事から差し上げます。 ○波多野幹事 本日も長時間にわたって御審議いただきましてありがとうございました。今後の予定について御説明いたします。次回日程は令和7年12月23日火曜日、午後1時15分から午後6時まで、場所はこの地下1階大会議室でございます。   次回は、本日を含めたこれまでの部会での御議論を踏まえまして、要綱案のたたき台を作成してお送りする予定でございます。その資料に基づいて御議論をお願いしたいと存じます。 ○山野目部会長 お問合せは皆さんから何かおありでしょうか。大丈夫ですか。   それでは、本日の会議は、委員、幹事、関係官におかれましては、いつにもまして本当にお疲れ様でございました。どうもありがとうございます。   これをもちまして法制審議会民法(成年後見等部関係)部会の第30回会議を散会といたします。どうもありがとうございました。 -了-