法制審議会 民法(成年後見等関係)部会 第31回会議 議事録 第1 日 時  令和7年12月23日(火)自 午後1時15分                      至 午後5時37分 第2 場 所  法務省大会議室 第3 議 題  1 要綱案のたたき台(2)         2 要綱案のたたき台作成に向けた補充的検討(2) 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○山野目部会長 法制審議会民法(成年後見等関係)部会の第31回会議を始めます。   御多用の中、御出席を賜りまして誠にありがとうございます。   会議の出欠について案内を差し上げます。本日は櫻田委員及び佐久間委員並びに海老名幹事及び野村晋幹事が欠席と伺っております。そのほか、遅参、早退、途中退室等の委員、幹事がいらっしゃるという御報告を受けております。   本日の審議に入ります前に、配布資料の説明を事務当局から差し上げます。 ○波多野幹事 配布資料について御説明いたします。   本日は新たな部会資料として部会資料31及び部会資料32を配布しております。部会資料の内容につきましては、後ほどの御審議の中で事務当局から御説明を差し上げます。   参考資料といたしまして、参考資料19及び20として、本部会の調査審議の直接の対象ではございませんけれども、本部会の調査審議と関連するものとして、本年12月18日に公表されました厚生労働省社会保障審議会福祉部会における検討内容を取りまとめた報告書及びその概要を配布しております。   また、以前、参考資料16としてパブリック・コメントで寄せられた御意見の概要をまとめたものを配布しておりました。しかし、パブリック・コメントで寄せられた意見の中で、神奈川県弁護士会から寄せられた御意見について、参考資料16への反映が漏れておりました。大変申し訳ございませんでした。   その関係で、参考資料16を修正した参考資料16の修正版を作成し、事前に配布しております。この関係では、併せてポンチ絵の資料も修正をし、ホームページに差し替えて掲載する予定でございます。なお、参考資料16の修正版を作成するに当たりまして、改めてパブリック・コメントで寄せられた御意見を確認し、参考資料16に反映漏れがないことを確認しております。   本日の配布資料の説明は以上でございます。 ○山野目部会長 本日の審議に進みます。   本日は、部会資料31及び部会資料32をお届けしてございます。部会資料31の方を二つに分けて議論をお願いした後で、部会資料32についての議論をお願いすることにいたします。   初めに、部会資料31の第1の1の部分について御審議をお願いいたします。この部分につきまして事務当局から説明を差し上げます。 ○小松原関係官 部会資料31につきまして御説明いたします。   部会資料31第1の1では、法定後見制度に関し、補助の開始の要件及び効果等について、1ページから3ページまでにかけてゴシック体のとおりの御提案をしています。   部会資料30からの変更箇所には下線を引いており、部会資料30からの内容面での修正はほぼございません。   4ページ以降の説明部分では、法定後見制度を現行の補助の制度に一元化しつつ、本人のニーズに応じた制度利用を可能にする観点から検討するに当たっては、本人のニーズの中には現行の後見制度における取消しの仕組みによって保護されている者のニーズもあり、そのような者を保護するために、自己において意思決定をすることが困難であることに着眼した区別が必要であること、その区別の基準としては、事理を弁識する能力を欠く常況にある者であるかどうかとの概念を用いることが相当であることなどを記載しています。   なお、事理を弁識する能力を欠く常況にある者と認定し、行為能力を制限することについて、部会において示されている不安や御懸念に対しては、制度の利用開始時に必要性が要件となることや、認定時に鑑定を要するとの原則について、医師二人以上の意見がなければ例外を認めないこと、毎年1回本人の状況を家庭裁判所に報告し、家庭裁判所が必要性がなくなったと認められる場合には、特定補助人を付する旨の処分を取り消すこと等によって対応することが考えられる旨、記載しています。   その他、同意の意思を表示することができない者との概念の整理、保護の必要性の考え方の整理の補足、補助人の同意を要する旨の審判における要同意事項について、部会資料30で記載していた重要な役務の提供に関する契約の解除については設けないこととしたことなど、特定補助人の権限の性質の整理について記載しています。 ○山野目部会長 ただいま説明を差し上げた部分につきまして、御意見を伺います。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。部会資料31の第1の1については、基本的に御提案に賛成をいたします。   また、事理を弁識する能力を欠く常況にある者の概念について、社会生活上、人が通常経験する事務のうち主要なものについて、その内容を理解し、考えられる解決の利害得失を検討して、態度を決定することができる可能性がないことがほとんど普通のありさまである者という、この理解についても賛同いたします。   その上で、取引場面における事理弁識能力を欠く常況にある者の具体的なイメージについて、私たちの中で議論をしたところ、本人に記憶障害や見当識障害があることによって、仮に手厚い支援があったとしても、どのような法律行為にも誤認があることが普通のありさまであるものとも理解できるのではないかという意見がありました。   例えば、部会資料の21ページに例示されているウォーターサーバーの訪問販売の事例で言いますと、既に1台購入していることを忘れている場合、既に1台購入していることは分かっているが、新たなウォーターサーバーが購入でなく贈与でもらえるものだとか、著しく安価なものだと思っている場合、本人の総財産額や収支の状態などの基本的な状況を認識できない、若しくは誤認していることによってウォーターサーバーの購入契約をしてしまうような場合には、本人に誤認があって、それが普通のありさまであれば事理弁識能力を欠いていると評価できるのではないかと考えています。   一方、ウォーターサーバーを既に契約していることは把握しながら、自身の満足感や営業マンが喜んでくれるからといった動機によって購入しているような場合や、自身の財産や支払能力を理解した上で、それでも購入する場合には、事理弁識能力を欠いているとは言えないと評価できるのではないかと考えています。 ○野村(真)幹事 ありがとうございます。御提案の内容に基本的には賛成なのですが、2点意見を申し上げます。   まず1点目は、同意の意思表示の可否によって、同意を要する旨の審判か取り消すことができる旨の審判かを分けるのではなくて、一律に同意を要する旨の審判とした方が望ましいという点です。   本人が同意の意思を表示できるかどうかは、制度の選択の際の意思確認時点の認定になりますので、その時点で同意の意思を表示できなかったとしても、その後に本人が補助人の同意を得て法律行為をできる場合もあり得ます。   一方で、最初の段階では同意の意思を表示することができた場合であっても、必要に応じて同意を要する行為の審判を追加していく際に、同意の意思を表示することができないということもあり得ます。その場合、部会資料の28ページでは、同意を要する旨の審判と取り消すことができる旨の審判とが排他的な関係にはならないと整理されていますが、同一人について両審判が併存する可能性もあって、第三者から見て分かりにくい制度となる懸念があります。   2点目は、同意の意思確認についてです。   同意の意思を表示できるかどうかは、制度の選択の際の意思確認の時点での認定となるために、事理弁識能力を欠く常況にある者であっても、同意の意思確認の時点では同意・不同意の意思表示ができることもあり得ますし、反対に事理弁識能力を欠く常況に至らない、事理弁識能力が不十分な者であっても、同意の意思確認の時点で同意・不同意の意思表示ができないこともあり得ると思います。   後者の場合は、現行の保佐、補助相当でも本人の同意なしで代理権を付与する可能性もあって、本人の意思尊重が現在の規律より後退する懸念がありますので、新しい規律においては、本人の同意の意思確認においては、慎重な運用が必要と考えます。 ○河村委員 ありがとうございます。小澤委員の発言に関連して、まずは質問なのですけれども、21ページのウォーターサーバーは、1台あれば十分なのにもう1台、既に持っていることを忘れていて購入してしまうもの。それが、そのような事例として事理弁識能力を欠く常況にある者といえるのではないかということで、ここに御提示されているということで間違いないですよね。まずはそれを質問させてください。 ○山野目部会長 資料を作成した事務当局から御案内を差し上げます。 ○波多野幹事 一つの例として、利害得失を適切に判断することができない場面として提示をしております。このケースに該当するかが、事理弁識能力を欠くかどうかの決定的なメルクマールになるかどうかとは別の問題かもしれませんが、利害得失を判断できていないケースの一つの例として挙げたものでございまして、これに限るというもので御提示したものではないというところで、いろいろな御意見を伺う必要があると考えているところでございます。 ○山野目部会長 河村委員、お続けください。 ○河村委員 私の、事理弁識能力を欠く常況にある者という、類型と言うと違うと言われるのですけれども、そういうカテゴリーを設けない方がいいのではないかという意見は、依然変わりません。ただ、多くの委員の方が賛成するとおっしゃっていることからしても、だったらそういうものを設ける場合において、その定義などどうしていくのかというのが非常に深い関心事なのですけれども、この部会の議論にこれまで参加してきた中で、私の中にあった理弁識能力を欠く常況にある者というイメージは、重度の認知症、私は母が最終的に要介護5で重度の認知症になりましたから、そのプロセスもよく見ておりますし分かっているのですけれども、そのような重度の認知症の方とか、それに相当するような精神障害の方とかをイメージしておりました。今回、事理弁識能力を欠く常況にある者というカテゴリーも維持するというか設けるというふうに傾いている中で、それの例示としてウォーターサーバーを、これは1台あるのに買ってしまう人がそれに入るとしますと、私の印象では、相当数の認知症の方は、こういうことをする可能性があると思います。   ということは、これに従うと多くの認知症の方が、この人は事理弁識能力を欠く常況となってしまいます。つまり、営業マンと対応することができて、ウォーターサーバーを、はい、買いますと言ってしまって契約もできると。でも、常識ある目から見たら、もう既に1台あるでしょうということになるわけなのですけれども、本当にこのような、要するに資料の中に書かれたような状況の人を事理弁識能力を欠く常況にある者だから、こういうふうに保護しなければいけない、守ってあげなければいけないとするというのは、何かそういうふうに議論されてきたのかどうかについて疑問を感じております。私だけが誤解していたのかもしれませんけれども、本当にこれをそこに属する人と規定するのであれば、かなり多くの認知症の方は事理弁識能力を欠く常況にあると位置付けられてしまうことになると思いますがいかがでしょうか。私が申し上げたいのは、事理弁識能力を欠く常況にある者の定義が、私が他の方と違うのかもしれませんけれども、こういうふうなウォーターサーバーの例に典型的に現れているような人というのは、事理弁識能力を欠く常況にある者というカテゴリーかどうかというよりも、事理弁識能力が不十分な方の中で、そのような傾向を持つ人、と言うことができるのではないかと思っているのですね。欠く常況にあるかないかという線引きをして、保護者の権限といいますか、できることを強めるということの例示として、ここにこういうのが出てくると、私は大変不安に思うところでございます。   申し上げたいことはほかにも実はあるのですけれども、取りあえず、本当にこのウォーターサーバーを契約してしまう人は事理弁識能力を欠く常況にある人とするということに皆さんが同意されているのかどうかというのが、私は大変知りたいところでございます。 ○山野目部会長 議論の整理を差し上げます。   波多野幹事から案内がありましたとおり、委員、幹事の間において議論いただいてよろしいものでありますけれども、部会資料の21ページの20行目のこの記述に関する限りは、1台既に買っている人がそのことを忘れて、もう1台買うという出来事が1回あったら事理弁識能力を欠く常況にある者とされるという記述になっているのでしょうか。   ここの文章は、前のページ、20ページの下の方の(2)から項目を起こされているところにある文章でありまして、事理弁識能力の概念を議論する際の利害得失の検討が進められている部分であり、考えられる解決の利害得失というものを適切に処することができるかということの例として、既に1台買っているところを忘れてもう1台買うという例が登場してきております。   そういう事象も見ながら、更にほかの要素を加えていって、もうこれは事理弁識能力を欠く常況にある者に当たる人であると話が進んでいく段階は、次の(3)の段落からでありまして、その手前のところは、考えられる解決の利害得失というものは、具体的にはどのような取引の場面でしょうかということを話題にしているものでありますから、既に1台買っていること忘れてもう1台買うということが1回あったとすると、そのことから事理弁識能力が不十分な、欠く常況ではなくて不十分な状況にあるかもしれないという検討が始まるということがあるでありましょうけれども、まだそこまででは事理弁識能力が不十分であるとすらも断定ができないし、まして、いわんや欠く常況にある者と、もう1台買っただけで欠く常況にある者となるという推論は、それは委員、幹事に御議論いただいてもよろしいとお誘いしていますけれども、誰がどう考えたってそうなるはずはなく、私たちも何か買物をしたとき自宅に戻ってきたら、ああ、これは先週買っていたね、ということは、今までの人生経験でありますでしょう。そのような経験が全くない人は多分いないと想像しますが、それが1回あると、あなたは事理弁識能力に問題あります、家庭裁判所に行って手続しましょうかと始まってしまうなら、恐ろしい世の中ではないでしょうか。   ですから、この種類の事例が度々繰り返されるようになってきて、更にそれがほぼ常時そのような状況があり、又はその蓋然性がある情況が時間的に継続することになりますとなると、だんだんに事理弁識能力が不十分であるとされ、更に状況の深刻さに応じて事理弁識能力を欠く常況にある者という範疇に入るかもしれないというふうに議論が進んでいくというなりゆきは、何か常識で考えて当たり前のような気がしますけれども、一応、委員、幹事に御議論いただくと波多野幹事から促されておりますから、委員、幹事がお感じになっていることは引き続きお話しいただくことにしましょう。   少しお話を伺ってから、また河村委員にお声掛けをすることにしましょうか。いかがでしょうか。 ○根本幹事 今、河村委員の方から事理弁識能力についてのお話がありましたので、まずその点に意見を申し上げたいと思います。河村委員と座長のやり取りのところについても、私なりの整理を申し上げたいと思います。   部会資料31の4ページないしは20ページ以降のところで、事理弁識能力について御検討いただいており、部会資料の中では、社会生活上、人が通常経験する事務のうち主要なものについて、その内容を理解し、考えられる解決の利害得失を検討して、態度を決定することができる可能性ということで、それがほとんど期待できないということを欠くとするという整理をしていただいていると思います。   しかしながら、部会資料の中でも少し触れていただいていますが、私としては、やはりこのような整理は少し適当ではないと思っております。まず人が通常経験する事務のうち主要なものとは何であるのか、部会資料の中でも書いていただいていますが、日常生活上の行為との相違は何であるのか、社会通念上何が主要であるのかということを果たして確定できるのだろうかということをまず疑問に感じます。   もちろん、13条リストの行為が主要なものであると考えるとしても、今回、部会資料の中でも13条のリスト外として掲げられている携帯電話の契約というのは、これは主要なものではないということでよいのか。13条との関係ではこの整理でいいと思いますけれども、事理弁識能力を欠くという整理において、携帯電話は主要なものではないと言えるのだろうかということを思います。   例えば人が家に住むということは、これは誰しも経験されることだと思いますけれども、その対応が売買であるとか賃貸であるのか、はたまた使用貸借か、若しくは自己所有であるのかといったようなことは、それぞれの人的な関係や相続関係、若しくは社会的な環境によっても異なるのだと思います。その対応が切り替わる、つまり売買から賃貸に切り替わるとか自己所有から賃貸に切り替わるというようなことは、それは人生において主要なものであると思いますけれども、その対応ごとに求められる能力は異なるのだと思いますし、売買なのか使用貸借なのかで、その能力というのは変わるのだということだと思います。同じ対応においても、例えば開始、契約時とその更新をするという場面でも能力は異なってくるのだろうと思います。部会資料の中では、23ページの冒頭の部分は、そのことを指摘されているのではないかと私は理解はしています。   これらのことを考慮すると、今の部会資料の考え方というのは、主要なものをくくり出そうとする試みであるように見え、平成11年の立法解説のところで取っておられるスタンスというのは、一旦、あらゆる法律行為について意思無能力であるという整理を行った上で、その上でただし書で日常生活取引を除くという形で、一度大きくくくった上で一定のものを除こうとするという試みであるように見受けられます。   このどちらの試みが適切であるのかというのは、今回は事理弁識能力という概念が特定補助との関係で規律が設けられることになりますので、そのこととの関係で見ていくということになろうかと思い、それが23ページの最終段落以降の展開だと思うわけです。そのときに、21ページの15行目からの指摘が非常に私は重要だと思っていて、特定補助というのは、外形上、行為ができているように見える方で、でも実は利害得失を検討することができていない方というのを人物像としては想定しているように思います。21ページの15行目以降の指摘の中で、不合理かではなくて検討できているかどうかに着目しているということが、この概念のポイントなのだろうと思います。   その意味で、先ほど河村委員がおっしゃったウォーターサーバーのことを言えば、ウォーターサーバーが1台なら合理的で2台以上買うのは不合理だということではなくて、つまり、例えばリビングと脱衣所に両方ウォーターサーバーが欲しいという方もいるのかもしれませんので、お独り暮らしでも、それは合理性を見ていることになりますから、そこを見るということではなくて、ウォーターサーバーを1台持っている状態で、もう1台買うということは、もう1台設置されるのですということを理解されているかどうかで、その合理性自体は問わないというのが、まずここの整理なのだろうと思います。   先ほどの河村委員からの御質問に私なりにお答えするのだとすれば、別に2台買うから事理弁識能力を欠きますということには、それは必ずしもならないということだと思ってはいます。   戻りますが、そうなると、特定補助の対象者を考える上で、この事理弁概念を用いるということになりますので、主要なものをくくり出そうという今の部会資料の試みよりも、平成11年当時の一定の取引を除こうとするという試みの方が、結局のところ、本人の取引能力を肯定するという観点からも、若しくは適切に保護の範囲を画していくという観点からも適切なのではないかなと思います。事理弁識能力について、前回も申し上げましたが、医学的知見だけによっているという例は適切だとは思いませんけれども、それ以外の遷延性意識障害、若しくは日常生活の取引にも支障があるという立法当時の整理というのは、今回の特定補助との関係でも妥当するのではないかなと考えています。 ○山野目部会長 今の点について、引き続き伺います。 ○青木委員 事理弁識能力に関しては、これを欠く常況にある者の定義につきましては、「主要なもの」ということと「普通のあらましである」ということが、重要なメルクマールにとして提案されていますけれども、これまでの御発言にもありましたが、「主要なもの」としていることの意味を再度考えますと、やはりどうしても13条1項との関係、そして特定補助人との関係で、定義を位置付けるという発想に引っ張られすぎていると思われます。   引っ張られすぎているという意味は、今回の特定補助人というのは、事理弁識能力を欠く常況にある者の中で、13条1項の事項全てについて一括して取り消し得るべき行為を定める必要性がある場合ということのはずですから、一括して取り消しえる行為を定める必要がある者かどうかは、特定補助人を付する処分の必要性の中で考えられるべきことであって、「事理弁識能力を欠く常況にある者」の定義においては、その必要性とは離れて、区別して認定がされる必要があると思います。   ですから、例えば、重度の認知症で日常的な買物もすることもないような人や、遷延性意識障害の人も含めて、事理弁識能力を欠く常況にある者の定義をしっかりと整理した上で、13条1項を一括して取消権を付ける必要があるかどうかは、必要性において判断をする、そういう検討がなされるべきだと思います。そうしなければ、結局のところ、一括して取消権の付与が必要な場合という、その保護の必要性に関する想定、評価によって、事理弁識能力を欠く常況にある者の定義が変容するおそれを感じます。   したがって、「主要なもの」ということについて、13条1項に該当する行為を「主要なもの」とするのではなく、しかも13条1項というのは、基本的財産の維持を目的として1項から10項まで整理したものですから、基本的な財産に関する法律行為だけが、事理弁識能力を欠く常況にあるかどうかの対象になる法律行為ということでは具合が悪いと思いますので、「主要なもの」とする必要はなく、本人が通常経験する法律行為ということだけで十分ではないかと思います。   本人が通常経験する法律行為について、そのほとんどについて事理弁識能力がないことが普通のあらましであるということが、事理弁識能力を欠く常況にある者の定義とすべきで、そういう意味でいうと、平成11年改正時と変わらないのかもしれませんが、改めて確認をする必要があると思います。   なお、9条但書で日常生活上の行為が除かれているのは、普通のあらましである中でも、日常生活上の行為についてはできることがあることもありますし、最近の意思決定支援の考え方によれば、意思決定支援を十分にすることによって、普通のあらましであると一旦は認定がされた方でも、日常生活上の行為については買物ができることもあるということから、日常生活上の行為が除外されているのだと整理することができるのではないかと考えます。今回の議論で、事理弁識能力を欠く常況にある者の概念を限定的なものにしていこうということで始まった議論ですので、限定的にする方向で定義をしていただくことと、特定補助人の処分の必要性が概念の中に入りこまない形で定義を考える必要があると考えます。 ○山野目部会長 今の点について、引き続き御発言を頂きます。 ○上山委員 私も、基本的な考え方としては、今の青木委員の整理に賛成です。仮に特定補助という仕組みを残すという前提でという議論になりますが、青木委員が指摘されたように、今回、特定補助という類型を仮に残すとしても、その対象者は現在の成年後見類型の対象者よりも更に限定的なものとするという理解がこの審議会の意見の大勢だったのではないかと思います。   そして、その限定性を基礎付けるものは、これも青木委員御指摘のとおり、特定補助の必要性というところで評価すればよいと感じます。そうであるとすれば、事理弁識能力を欠く常況の判断については、基本的に平成11年改正時のものをベースに考えていくということで差し支えないのではないかと思います。   他方、この限定性の理解が個人的には非常に重要になると思います。例えば事理弁識能力を欠く常況にあったとしても、遷延性意識障害の状態にある方などは、御本人が自ら能動的に契約行為をすることは考えにくいわけですから、この場合は特定補助の必要性がないとして、特定補助の類型から排除していくということが考えられるのではないかと思います。もし、そうした理解が可能だとすると、現在の成年後見類型の対象の方よりも、より限定的かつ例外的な運用ということが説明可能になるのではないかと感じます。 ○山野目部会長 頂きました。引き続き伺います。 ○星野委員 ありがとうございます。今の特定補助を残すとしたらというところは、私どもの社会福祉士会の中でも議論をしました。今のやり取りで、特に青木委員、上山委員の言われたことは本当にそのとおりだと思います。事理弁識能力を欠く常況であることを設定するということではなくて、制度利用の必要がある方が、補助の開始を受け、必要に応じて特定補助人を付する審判ができる場合があるということをしっかり周知することで、現行の後見類型の考え方とは異なること、本当に限定的であるということをこれからしっかりと理解していかなければならないと考えます。特定補助という概念や考え方が残ることについては、社会福祉士会としても現時点においてはそれでいいのではないかとなりました。   ただ、それが今の事理弁識能力を欠く常況と連携、連動するような形というのは、今の議論を聞いていて、そこは違うということも改めて確認しましたし、そのように思いました。 ○山野目部会長 今お諮りしていることについて、ほかに御発言がなければ、河村委員にもう一度お尋ねをしますけれども、よろしいですか。 ○河村委員 ありがとうございます。これまでの議論を伺っていますと、特定補助の仕組みは残す、あるいは残すのならばというふうにお話がされると思います。更に残すとした場合でも、事理弁識能力を欠いているなら特定補助というわけではないというのは、皆さんおっしゃっているような気がします。つまりそのカテゴリーを「狭く」取っていくということが言われているのかなと受け止めております。事理弁識能力を欠く常況にあるとなった方の中から、必要のある人が特定補助を使っていくということかと理解したわけです、皆様の大方の御意見を聞くと。で、そこで欠く常況にある者というのは、平成11年のときの考え方でいいのではないか、後見を使うときの要件と同じでいいのではないかということが、今おおむねのご意見のようにお聞きしました。質問形に変わってしまって申し訳ないのですけれども、法定後見の時の捉え方を残すということと、この21ページとは、事理弁識能力を欠く常況の方の定義という点で違うのではないか、何か私の中できれいに合致していかないのですけれども、その辺は、今のところの整理はどういう感じなのでしょうか。 ○山野目部会長 河村委員が今、二度目の御発言でおっしゃったことの前に、最初の御発言ですと、ウォーターサーバーをもう1台買った例が事理弁識能力を欠く常況にある者とされるということには直ちにはならないという点は、直ちになるとおっしゃった委員、幹事は多分1人もいないのだと私は理解していますけれども、直ちにはならないと話が進んでいるところ自体については、河村委員におかれてはいかがでしょうか。 ○河村委員 直ちになったら大変なので直ちにはならないと思いますが、直ちではなくて、何回かそういうことがあると事理弁識能力を欠く常況にある者とカテゴライズされて、特定補助になるということ自体も、私自身は、私の思っていた事理弁識能力を欠く常況にある者とは違うところがあります。何等かの形で守らなければいけない対象の方であるということは私は全く同意するので、それと事理弁識能力を欠く者かどうかというのが、私の中で依然一致しないのです。ただ、皆さん、それはそれでいいと部会長を含めおっしゃるのであれば一生懸命私自身の理解の中身を修正していきますが、現時点で私の中では、欠く常況にあるとされる人と、不充分とされる人の中に、その方のキャラクターや傾向によって、例えば悪質商法から守らなければいけない人が存在すると思っていまして、それは必要に応じてと私は考えて、多分、青木委員のご意見と割と似ていると認識はしているのですけれども、もちろんウォーターサーバーを1回、1台あることを忘れて契約してしまう人がすぐに欠く常況にあるとならないということはもちろん理解しましたけれども、特定補助を受ける人といいますか、事理弁識能力を欠く常況にある者という考え方は、結局どういうところに落ち着いたのでしょうか。すみません。定義です。 ○山野目部会長 ウォーターサーバーのお話について、再び河村委員に御案内を差し上げます。   私が述べたのは、直ちには、という言葉が、もしかしたら河村委員に十分に到達する言葉の選び方ではなかったのかもしれません。直ちには、というのは、距離はそんなに短くありません。ウォーターサーバーを2台買ったという事例が、2回か3回あったら事理弁識能力を欠く常況にある者とされるかというと、直ちには、ではなくて、2回、3回あったらなってしまうでしょうと響いたかもしれませんけれども、そうではありません。   ウォーターサーバーをもう1台買うというような話があって、それについての分析がされて、根本幹事がおっしゃったように、普通に2台買う人もいるわけですから、2台買っておかしくない人もあり、その事例そのものも分析をするし、そのようなことが繰り返されていくなら繰り返されていく状況も分析するし、そうなっていったときに、ある段階で、事理弁識能力が不十分な状況であるとされる事例というものがあるかもしれません。まだ欠く常況ではなくて不十分な状況ということも考えられます。不十分なものというところにいく可能性があって、それについて更にもっと検討していった結果、事理弁識能力を欠く常況に当たるものとされる事例が出てこないとは言えないから、直ちにはならないと申し上げました。直ちにはならないというのは、ちょっと検討したらすぐになってしまうでしょうということを御案内しているわけではなくて、今お話ししたように、ステップを踏んで話がだんだん異なる概念を用いるという仕方で進んでいくということをお伝えしようとしたつもりですけれども、ここまで河村委員、いかがですか。 ○河村委員 おっしゃっていることは本当によく分かります。だとしたら、なぜウォーターサーバーが事例として出てくるのかなというか、何度も申し上げますけれども、このような事例は、ままあることだと思って、それは欠く常況にある者となるかならないかに関係なく、例えばこういうことを繰り返してしまう人は不十分な人の中に、私は多くいらっしゃると想像できますので、そういう人に訪問販売とか、何か限定を設けるのか分かりませんけれども、取り消すことができるとやればいいのではないかと考えていますが、議論は特定補助を設けるという方向に進んでいます。部会長おっしゃるように、この事例から直ちにではないし、2、3回だからというわけでもないけれども、その先に欠く常況にある者というカテゴリーの中に入る人がいるかもしれない、それはいるかもしれないと、私もそのカテゴリーを存在をさせる場合にはあるかもしれないと思いますが、私はそうなる、そのカテゴリーに到達するときにどんな感じなのかが知りたいです。入口にウォーターサーバーを契約してしまう、でもそれは1回ではならないということであるならば、欠く常況にある者とされるというのは、結局のところ、こういう事例を挙げて言うのであればどういうことなのかということです。重度の認知症の方というイメージが私の中にありまして、実はそういう方は、なかなか契約書類に住所を書いたりすることができないのです。   ですから、ずっともやもやしているのですが、今のウォーターサーバーの例でいうと、では結局のところ、その行き着く先に欠く常況にある者と言われる人たちはどういう状況なのかがうまく把握できないということを申し上げています。   すみません、お答えになっていないかもしれませんけれども。 ○山野目部会長 今の河村委員の御発言のところで、河村委員が1番目に御発言になったところについては、私から御案内したことと河村委員の理解と、お話のなさりぶりは異なるかもしれませんけれども、論理的には一致を見たと今聞きました。   その上で、河村委員の2度目の御発言で、何人かの委員、幹事に御発言いただいたところを一つ一つ聞いていて、何となく分かるような気がするし賛成するような気持ちもするけれども、議論の全体の状況がよく分からないとおっしゃっていただいたところについてお話を続けようとすると、何人かの委員、幹事に御発言いただいたところは、議論が非常に蛇行しています。ですから、河村委員におかれては分かりにくいとお感じになったことは、それは全然おかしくありません。分かりにくい議論になっていると感じます。   分かりにくい議論になっている要因というか、その局地は幾つかあますけれども、一つ申し上げれば、事理弁識能力を欠く常況にあるから特定補助人を付する処分をする、処分を行う場面があるという局面について、そこを想定しながら委員、幹事がお話になっていますけれども、どの委員、幹事も、これはこの部会に共通の、そうでない感覚の人はいないと思われますが、特定補助人を付する処分というものが軽々しく発動されてはならないという、これに対して強い警戒感を持っているというところは、皆さんに共通しています。ただし、その警戒感をどこに力こぶを置いて述べるかというところについて、人それぞれ論理の組立て、それから意見のおっしゃり方が異なってくる部分があります。   部会資料自体も、事理弁識能力を欠く常況にあると認定されたら、ほとんどノーテストで特定補助人を付する処分をすると、新しい規律の構想を考えていますという内容は一つも述べていないというか、むしろその逆のことを示していて、必要性の要件がその次に控えていますというふうな全体の構成で示していますけれども、委員、幹事が先ほど御発言なさった、皆さんの間を主に支配していた雰囲気は、必要性が飛んでしまうのではないか、無視されてしまうのではないか、事理弁識能力を欠く常況という概念を、平成11年当時に比べて絞ると言ってよろしいでしょうか、絞るということを考えると、絞った上で、ほとんど必要性はノーチェックで特定補助人を付する処分が発動されるのではないかという強い警戒感、警戒感の観点から事理弁識能力を欠く常況を絞るとしても、もう一つ、必要性の要件がある、必要性の要件のチェックが非常に重要であって、事理弁識能力を欠く常況というものが認定されたら、あとはフリーパスだということには絶対になりませんということを強調してお話をなさりながら、事理弁識能力を欠く常況の概念は必ずしも修正する必要はないと述べられたりして、これはこれでかちっと決めておくことでいいのではないですか、と述べられたりし、またそこの議論があちらに行き、こちらに行きするところから、一つ一つおっしゃっていること自体はそんなに変なことではありませんけれども、全体をつかもうとすると大変ジグザグ運転になっていますから、河村委員がよく理解をすることができないとおっしゃったことはもっともで、私もよく理解することができない部分がありますけれども、そこはしかし共通している点は、総じて要件のチェックを厳格にしていって特定補助人を付する処分という仕組みは設けるとしても、それは軽々に用いられてはならないということについて、幾重にもその歯止めをする議論をここで納得がいくまでしておきましょうという観点から、委員、幹事が幾つか発言を重ねてこられたものでありましょう。   河村委員におかれて、引き続きお考えいただければと思います。今の点も含めて、そのほかの今お諮りしているところについての御発言を伺っていきます。いかがでしょうか。 ○根本幹事 違うテーマですけれども、すみません。   戻りまして、先ほど野村幹事からありました同意の意思を意思表示することができない場合に取消権のみであるという規律について反対との御意見に私も賛成で、私もそのような規律には反対です。   理由としましては二つあるかと思っておりまして、一つは理念的にはということになりますが、前回の部会の中でも山城幹事から御指摘がありました、どのような方でも法律行為ができるという概念を残していくべきだという考え方に私も賛成するところですので、まずそれが一つです。   もう一つの理由としましては、これは法制上の理論的にこの規律が成り立つのかということを少し疑問に思っております。例えば部会資料30になりますけれども、部会資料30の37ページの20行目などで、保護の必要性はバスケットの考慮要素であるということをおっしゃっていて、本人の請求又は同意は正当化根拠とするのではなくて、必要性の中にそれを取り込んでいくという考え方が一方では示されているところだと思います。   そうだとすると、そのような形で一旦、必要性の中に取り込むとされていたはずの本人同意が、ここで本人同意を欠いたら取消権だけの付与である、同意権を付与しませんとそこだけふっと湧いてくるといいますか、くくり出されるということが果たして適当なのかということにも疑問を感じます。同意の意思を表示することができないということであったとしても、それは要同意事項の定めと取消しの定めの審判と両方はできるとした上で、必要性の中で、それぞれの吟味をしていくということが適当ではないかと思っています。 ○山野目部会長 根本幹事が話題にした2ページ、一番下の(4)については、ほかの委員、幹事からも御意見があるかもしれませんから、今日そこは念入りに御意見を伺っていきたいと考えます。   山下幹事、お待たせしました。 ○山下幹事 ありがとうございます。私からは、先ほどの事理弁識能力を欠く常況について、私も十分理解できていない部分があるのかもしれないと思いまして御発言させていただきますが、青木委員などの御発言にありましたように、事理弁識能力を欠く常況について必要性の要件を重視するべきであるというのは、これはもう全くそのとおりだと私も思っているわけなのですが、その場合に、事理弁識能力を欠く常況という概念の理解の方を平成11年のものと同じでいいのかというところに直ちに結び付くかというのが、私はやはり若干気にはなっております。   というのは、平成11年のときの事理弁識能力を欠く常況にある者の理解というのは、大変曖昧というか例示などで作られていて、日常の生活でできないことと、代わりに人にやってもらう必要があるものと、ここで必要という言葉が入ってしまっているというようなことも含めて、事理弁識能力という概念そのものに対する理解というのが、必ずしも平成11年に明快に説明されていたとは私には思えない部分がございます。   そのことが、やはり今般の改正の一つの原因になっている後見相当の人について、事理弁識能力を欠く常況という概念を広く今まで理解して運用しすぎていたのではないかという反省にもつながっているのではないかと考えますと、ここでやはり事理弁識能力を欠くという概念について、もう一度改めて定義し直す必要性というのはあるのではないかという気も私はいたします。   そうしますと、やはり取引の利害得失を判断することが難しいというのは、一つの、何というか抽象的な概念としての基準としてはあり得るのではないかと思いまして、利害得失の判断がそのときだけできないというのではなくて、それが常時やはり利害得失の判断が難しいような状態にある方ということで、しかも、にもかかわらず外見上は取引行為のようなことができるような、社会的状況に置かれているような方について、必要性を判断して、更に絞ると。   そうすると、事理弁識能力について、今回定義規定を置いて、そこに該当するかどうかを厳密に判断するという絞りと必要性の絞りというものの両方が必要なのだということを明確にしさえすれば、むしろ事理弁識能力について、平成11年の考え方を見直すというのも一つの方向ではないかと私は思っていたので、絞るという方向性は全く賛同しつつ、平成11年のままでいいというところについて、少し私自身は疑問を持っているのですが、いかがでしょうかという意見でございます。 ○山野目部会長 質疑、御発言を承ります。 ○上山委員 今の山下幹事の御発言を受けまして、多少先ほどの私の発言が舌足らずだったところがあったかなと感じましたので、少しその趣旨を補足したいと思います。   一つは、事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、私は特定補助発動の消極的な要件として考えておりまして、つまり、これに該当しない者は特定補助の対象としないという趣旨で、ある種のスクリーニング機能として、この条件を置くことを想定していました。その上で別途、積極的な要件として必要性を評価するという、その二段構えで要件を設定することが望ましいのではないかということでした。   さらに、平成11年改正における事理弁識能力を欠く常況にある者の定義が不明確ではないかという点については、確かに山下幹事の御指摘のとおりかなと感じます。   その上でということになりますが、今回、対象者を現行成年後見類型対象者よりも更に厳格に評価するという趣旨を前提に考えますと、私としては、日常生活に関する行為を除いて、法律行為一般について、意思無能力と評価される蓋然性の高いものといったような形がおよそ想定されるイメージではないかと捉えています。   他方において、この定義を取った場合に、果たして、外形上とはいえ有効な法律行為をしたように見えるという場面がどれほどあるかという点については、私自身ちゅうちょするところではありますけれども、先ほどの山下幹事の御発言に答える形で私なりに整理をいたしますと、そのような考え方もあり得るのではないかと思った次第です。 ○青木委員 私が先ほどの発言で、最後に平成11年改正時と変わらないのではないかと申し上げたところは、誤解を招いたかもしれませんが、事務局が部会資料で前々回ぐらいから書いていただいている定義のうち、人が通常経験する事務のうち主要なもの、とされている「主要なもの」ということ削除して、人が通常経験する事務について、その内容を理解し、考えられる解決の利害得失を検討して、態度を決定することができる可能性がないことがほとんど普通のありさまである者という定義に基づいて考えるのがいいのではないかと申し上げたところです。   ですから、この中には、日常生活上の行為も入る可能性もありますが、それも含めて、そういう定義でいいのではないか、というつもりで申し上げています。平成11年改正時の説明が曖昧だったとすれば、そこは今回の議論を踏まえた定義をしっかり確認をして、これを踏まえて、その対象が限定的になるように解釈をしていくべきではないかという趣旨で発言しました。   しかし、「主要なもの」が入ることによって、そしてそれが13条1項の重要な財産上の行為と結び付くことによって、人がふだん通常経験する事務というよりは、一生のうち何回かしか経験することのないような重要な財産に関する行為についての判断能力、事理弁識能力が評価されることになり、これに該当する範囲が非常に広がってしまうことになると、場合によっては、これまで運用されている後見相当の認定よりも広がってしまうのではないか、ということを危惧をしています。そういう意味で、限定的に解釈をしていくためには、今回の事務局提案の定義を少し修正をしていただいてはどうかという趣旨で発言をいたしました。 ○根本幹事 山下幹事がおっしゃられているところが、結局、平成11年の立法担当が元々考えていた概念が問題なのか、それとも、この間の運用でその概念自体の広がりを見せてきたということが問題なのかというところは、区別して考えることができるのではないかと私自身は思っております。立法担当も具体例のところはともかく、その手前のところでは、結局その意思無能力の状態にあることを指すのだということは、これはおっしゃっておられ、平成11年の改正前からの概念を引き続き使っているということになりますので、概念としては、あらゆる法律行為についての意思無能力という状況ということで、はっきりしているのではないかと思います。   その上で、上山委員、青木委員もおっしゃっておられるところと重なりますけれども、運用で広がってしまった一番の原因は、以前、遠藤課長からの御発言の中にもありましたけれども、いわゆる保護の必要をこの概念の中で取り込みながら、御本人の権利擁護を図ってくるというのが、今までの平成11年以降の歩みであったと思います。   今回の改正においては、先ほどの河村委員からの二つ目の御質問にも関係するのかもしれませんが、特定補助は事理弁識能力を欠くという要件だけではなくて、特定補助の必要性という、保護の必要性の要件が新たに明確に加わることになっていますので、そうなりますと、平成11年と事理弁識能力を欠くという概念は同じだとしても、明らかに法制上、保護の必要性という別の要件がそこで明記されるので、その概念が広がっていくという懸念ではなくて、保護の必要性という、特定補助の保護の必要性という要件でその広がりを抑えていくという形で整理ができるのではないかなと思っております。   その限りで事理弁識能力を欠く常況であるという平成11年の具体例はともかく、定義自体は維持されるということでよいのではないかと思います。 ○山下幹事 ありがとうございました。先生方からの御教示いただきましたところから、法律行為一般についての意思能力が、それが法律行為のうち主要な部分についての利害得失の判断を問題としているのだという理解があり、さらに必要性というところを切り出したことによって、事理弁識能力を欠く常況という概念の広がる懸念がなくなるのだとすれば、むしろ平成11年の元々の原義に戻るべきだという御意見ということと理解しました。   重ねて一つだけ申しますと、意思無能力という概念自体が民法上、必ずしもきちんと定義されていないという部分がございます。意思無能力という概念自体が、やはり何というか、複数の理解というのがあり得るので、その意味でいうと、法律行為一般についての意思無能力というのはどういう状態かというのについて、かなり曖昧さというのが残るのではないかというのが一つです。   もう一つは、意思無能力について、ここはかなり異論がないところだと思いますが、法律行為ごとに意思能力の有無の判断はするべきだということになっているとすると、行為ごとに意思能力があるかないかということを判断していくことになります。法律行為一般についてと広く捉えるとして、それはどこまでなのかということについては、よく分からない。13条などの行為に列挙されているような行為について、一つ一つ、今の事理弁識能力の状態では、これは意思無能力になってしまうねというような判断をするというのであれば、判断の仕方としては明確になるのですが、法律行為一般についての意思無能力と定義した場合に、どういう判断プロセスでそれを判断するのかというのが若干気になったということでございます。 ○山野目部会長 今、御議論いただいたところをもって、ほぼ正常化したように見えますから、引き続き御発言があっても構いませんけれども、ほかの論点も御議論ください。   一旦、平成11年当時の事理弁識能力の概念の理解を無留保に肯定するような御発言が続いて、不正常であったと感じます。それは河村委員を困惑させただけではなくて、後の時代に、ここの議事録の議論を見て、平成11年当時の事理弁識能力概念が無留保に是認されてよいと受け取られかねない発言が続いて、そのまま何も議論がされないで終わっているということでは困りますけれども、今、複数回お一人で御発言いただいた委員、幹事も含めて御議論があったところによって、ほぼ正常なところになってきていると感じます。   細部については、その文言の局所、局所が一致するということはありません。当たり前のことですけれども、民法の法文に事理弁識能力とは、という定義規定を書こうということを考えているものではありません。   全く人によって理解が異なっているということでは議論の前提が壊れますからいけないものでありますけれども、今、皆さんにおっしゃっていただいたところは、この後、事理弁識能力の概念の解釈、理解として、民法学において研究が深められていくであろうと予想します。   現時点であっても、意思能力とは何か、事理弁識能力とは何かということについて、民法の本ごとに完全に同じ文言で説明されているかというと、そうではありません。それと同時に全く異なることを民法の本で書いている、諸先生が書いているわけではなくて、考え方の核になるところは同じですけれども、人によって強調の力点が異なっていたり、ある文言を加えたり加えなかったりするというところは異なり、委員、幹事の御議論は、ここまでのところでおおむね、そういうふうな教科書の民法の概説書の記述の違いの範囲に収まるようなところまで収れんしてきていると見ますから、引き続きお気付きのことがあったら御発言いただいてよろしいと考えますけれども、そのほかの点も含めて議論を続けていただきたいと望みます。いかがでしょうか。 ○山城幹事 事理弁識能力に関して議論を伺って考えたことがございますので、御発言申し上げます。   先ほど来の議論では、特定補助人を付する処分の審判を抑制の効いた形で利用できるようにするという実践的な意図があって、そのためには事理弁識能力を欠く常況にあるという要件と必要性という要件がそれぞれ十全に機能する必要がある、これらの点についてコンセンサスがあったのではないかと感じました。その点は、根本幹事からも御指摘があったところかと思います。   その上で、これまでの議論では、事理弁識能力を判断する際にどのような行為を対象とするかという問題と、それを欠くと言えるのはどういう場面かという問題が検討されていたように思われます。直接には前者が議論されていたのかと思うのですが、後者についても考え方を見直していこうということではないかと思いました。   例えば青木委員が指摘された点は、事理弁識能力の判断の対象となる行為に関わり、重要な財産に関する行為については事理弁識能力を欠く常況にあると判断されるとしても、日常のことであれば自分自身でできるという場合には、なお事理弁識能力を欠く常況にあるとはいえないということであったかと思います。これに対して、上山委員がおっしゃったような、あらゆる行為について定型的に意思能力を欠くと認められる蓋然性に着目するとういお考えは、事理弁識能力の定義に関わるだけでなく、それを欠くとまでいえるためには高い水準の判断を要するとの御指摘でもあったのではないかと受け止めました。   当面の課題は事理弁識能力の定義であったかと思いますが、私からは前回、重要な財産に関する行為を対象として判断するのではないかという趣のことを申し上げたかと記憶しています。そのときに考えましたのは、これまでの議論では、現行法でいうと13条に列挙されるような重要な財産上の行為を基本的に想定して利用の可否を判断することが検討されてきたのだろうと思いますから、そうであれば、それらの行為を基準として事理弁識能力も判断するのではないかということでした。必要性はそれらの行為との関係で判断しますから、事理弁識能力についてもそれと横並びに考えてはどうかという考え方だといえるかもしれません。ただ、山下幹事が御指摘くださったことに関わるのですが、意思能力が一定の法律行為との関係での判断されるのに対して、事理弁識能力は、法律行為との結び付きで判断されてきたわけではないというのが、従前の一般的な理解であったかと思います。そうすると、事理弁識能力の判断にあたっては、基準とする行為が何かを問題とする必要はないことになりそうです。その一方で、基準となる行為をまったく想定しないで能力の定義ができるのかという感じもしており、その点がまだわかっておりません。いずれにいたしましても、そうして考えますと事務局の御説明にも十分に理由があるのではないかとも感じておりまして、事理弁識能力の定義については引き続き検討が必要かと思っております。 ○竹内委員 私は2点です。   まず先ほど根本幹事が御指摘なさられました取り消しできる審判について、これを問題提起なさったわけですけれども、私としては、部会資料の26ページにまとめられていますように、制度選択時点における意思能力のみに着眼してやる場合、理屈としてというか論理的に言うと、御自分の対象の事項についても分からない方について、同意を要するというのはどうなのかと理解しておりまして、取り消し得る審判に問題があるとは、なかなか理解できませんので、部会資料にある審判を設けることについては、賛成と考えております。   事理弁識能力について、まだ議論が結論には至っていないと思うのですけれども、素朴に思うところといたしましては、抑制をしなければいけないというのは分かるのです。この部会の出発点だったかと思うのですけれども、抑制の方にだけ、今寄ってしまっているような印象は受けておりまして、そもそも保護をすべき方は保護しなければならないという観点が、何やら議論が進んでいくうちに少し抜け落ちてしまっているような気がいたします。私自身としては、この部会資料の定義について何か異議があるということではないと思っています。   元々、平成11年の定義というのは、平成11年の民法改正の包括代理権を付ける、広い取消権、代理権を付けるという制度の下で、ではどういう方に適用するのかということで定義された結果といいますか、そういう文脈での定義であったと思いますが、今回はそうではなくて、特定補助というのは、取消権についてもリストアップ、場合によっては広げるということはありますが、何より包括的代理権がないということで大きな違いがあると思います。   ですので、それを何か昔に、平成11年に立ち返ればよしということには、本来ならないのではないのかなと思いまして、その点において、先ほど山下幹事がおっしゃった考え方に、私は共感をした次第です。 ○上山委員 すみません。別の論点になります。   要同意事項について、意見を申し上げたいと思います。   今回、2ページのゴシックで提言されている新第4号についてですけれども、前回審議会の議論を踏まえる形で、今回、4号の中から解除の文言を外したことについて、私は、むしろ解除ないし解除という表現が単独行為の解除を強く想起させるということであれば、「解消」という表現でもよろしいかもしれませんが、そうした表記を残す方が好ましいのではないかと現在も考えているということをまず申し上げたいと思います。   部会資料31の29ページ34行目から30ページ12行目あたりにかけて丁寧な御説明があるわけですけれども、この理解について、私の方に誤解があるといけませんので、まず1点、先に確認をさせてください。平成11年改正の立案担当者の見解を前提にすると、ここで説明されているように、現3号の中で、賃貸借契約などの解除についても対象になると。その上で、さらに、この資料には引用されておりませんけれども、同じく介護保険契約や施設入所契約についても、現行3号の中で読み込んでいくという理解がなされていたかと思います。   この理解自体を今回の改正提案の中で、必ずしも変更する趣旨ではないということでよろしいかという点をまず1点確認させていただければと思います。 ○山野目部会長 事務当局からお答えを差し上げます。 ○波多野幹事 特段変更するつもりで資料を作ったわけではないところでございます。 ○上山委員 ありがとうございます。現在、社会福祉法改正の中で、新しい第二種社会福祉事業として、高齢者等終身サポート事業の一部として提供されてきたサービスの一部を含めて拡充するかたちで社会福祉法上の第二種社会事業の中に位置付けるという議論が進んでいるかと思います。そうした事業については、恐らく新しい成年後見制度の下でも、成年後見制度の利用者層にとって非常に重要な仕組みとなるだろうと思いますが、これは内容的には、役務提供契約に相当するものと考えます。   以前も申し上げましたように、判断能力不十分な方については、気持ちや判断に大きく揺らぎがあることがございまして、こうした新しい第二種社会福祉事業や、より一般的にホームヘルパーサービスの利用等といった各種の福祉サービスの受領や施設入所契約などに関して、症状や気分が落ち着いていらっしゃるときには冷静に考えて同意をされるのだけれども、その後、症状が増悪したようなケースでサービス利用を打ち切りたいとか、あるいは施設から退去したいとおっしゃることは、よくある話かと思います。   そうすると、御本人の生活状態が落ち着くまでの間は、特に施設入所契約や先ほどの高齢者等終身サポートサービスの利用などについては、その出口の場面についても支援者が一定関与するということが私は好ましいのではないかと思います。つまり、役務提供契約について、当該契約の解除や解消後の場面にも、補助人が一定の範囲で関与することが望ましいのではないかと考えます。   その意味で、現行解釈を変えないということが前提であるとすれば、解除ないし解消という言葉を提案の4号の中に入れたとしても、現行の解釈以上に、少なくとも重要な役務提供契約の解除や解消の可能性が広がるということはないのではないかというのが一つの理論的な疑問です。   あともう一つ、実務的な問題として、特定補助の場合には、新13条1項の要保護事項が全て一括して取消しの対象になるわけですけれども、通常の補助の場合では、各号ごとに個別具体的な必要性を判断して、要同意事項とするかどうかを決める形になるかと思います。そのときに、施設入所契約の締結については、4号で読む一方で、施設入所契約の解約、あるいは解除まで要同意事項としておく必要性がそのケースにあるという場合には、合わせて5号についても、要同意事項として審判を下さなければいけないということになろうかと思います。   しかし、これは今回のできるだけ具体的な必要性を踏まえた上で、補助人が関与する範囲というのを狭くとどめようという考え方と、やや矛盾するのではないかと感じますので、今申し上げた運用的なことを考えても、むしろ御提案の4号の中に重要な役務提供契約の解消が含まれることを明文上明らかにし、契約を締結又は解除すること、あるいは契約を締結又は解消することという文言にした方が望ましいのではないかと考えます。 ○山野目部会長 上山委員の御意見の趣をよく理解することができますから、引き続き検討することにいたします。ありがとうございます。   引き続き、御発言を承ります。 ○青木委員 事理弁識能力を欠く常況にある者の定義の関係で、もう一つ考慮すべきだと思いますのは、私は賛成をしているわけではありませんが、今回、特定補助人を付する処分を設ける一つの理由として、民法の諸規定、遺言、委任、その他に関して、成年後見人から特定補助人に置き換えるということをするということがありますが、それぞれの規定において、事理弁識能力を欠く常況にある者が、委任であれば当然終了になるとか、遺言については2名の医師の診断がいるとか、それらの規定に援用できることにすることを前提としますと、特定補助人の13条1項を一括して取消権を与えることだけに着眼して、事理弁識能力を欠く常況にある者の定義するということでいいのかという疑問が生じるということも申し上げておきたいと思います。   それから、補助の場合に、本人が同意の意思を表明できないときは、要同意事項の定めになるか、取り消し得るべき事項の定めになるかの点ですけれども、部会資料で整理いただいているように、同意の意思を表明できないこととは、その時点における補助開始や要同意事項の定めという手続に関する意思能力がないという方ではありますが、補助開始審判後に、本人が、ある行為については補助人さんに同意をしてもらえれば法律行為ができるということが理解できるようになり、その理解に基づいて、携帯電話を買うとか、もうちょっと大きなものを買うということについて、補助人の同意を得た上で行為をするということは十分にあり得ると思います。そのことから、要同意事項の定めということで、同意できる場合も同意の意思を表明できない場合も統一していただくということにすべきではないかと思っています。   そうすることは、制度全体の構造のシンプルな見え方からも大切です。今回、特定補助人を付する処分が付いてしまいますと、特定補助人という一つの例外がありますよという説明がなされ、そのほかに、補助を使う場合でも、同意能力がない人は取消すべき事項の定めとなり、そうではない人は要同意事項の定めになりますということになっていきますと、制度利用をする方からは制度が必ずしもシンプルな理解がしがたくなるということもありまして、法制上可能であれば、要同意事項の定めとして統一していただくことが望ましいと思っているところです。   他にもありますが、一旦ここまでとします。 ○竹内委員 今の青木委員の御発言に関連して、部会資料の28で補助人の同意を要する旨の審判と、取り消すことができるものとする審判の関係で、両者は排他的ではないのだということで、ここの部会資料には、当初は要同意だったけれども、その後、少し状況が進んで、取消しの方が必要になったということであれば審判を取り直せばいいということが書いてあります。   確かに複雑にはなるのかもしれませんが、今、青木委員がおっしゃいました、当初は取り消し得る審判であった方であっても、その後、理解をして同意を得て行為をすることができるようになられたという逆の場合も審判の変更といいますか、取り直しといいますか、そういうことで対処をすればいいのではないのかと思われましたので、発言をさせていただきます。 ○加毛幹事 ありがとうございます。1の(4)「取り消すことができるものとする旨の審判」について発言させていただきます。   部会資料31では、本人が「補助人の同意を要する旨の審判」をすることについて「同意の意思表示をすることができない」ことが要件とされる一方で、その効果として、本人が補助人の同意があったとしても単独で有効に法律行為をすることができないものとされます。しかし、そのような規律を設けることに対しては、野村幹事や青木委員が指摘されたように、本人が「補助人の同意を要する旨の審判」について同意の意思表示ができないとしても、補助人の同意の下で有効に法律行為をすることができる場合があるのではないかという批判が向けられることになり、その批判は正当なものであるように思われます。むしろ、本人が補助人の同意があっても単独で有効に法律行為をすることができないという効果を導くうえでは、「精神上の理由により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であることを要件とすべきであると考えられます。   そもそも、1の(4)「取り消すことができるものとする旨の審判」が提案されたのは、部会資料28において、1の(2)の①に「ただし書」が付されていたことに由来します。それによれば、「精神上の理由により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」については、補助人の同意を要する旨の審判をすることができないものとされていました。   これは、「精神上の理由により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」については、「特定補助人を付する処分の審判」を行うことを想定した規律であると考えられるのですが、他方、「特定補助人を付する処分の審判」については、本人の保護の必要性が要件とされ、補助人の同意の対象となる行為について、本人がいずれかを行う可能性はあるものの、その予測を的確に行うことが困難であることが要件として必要になります。その結果、補助人の同意を対象とすべき行為をあらかじめ的確に予測することが容易である場合には、「特定補助人を付する処分の審判」を利用できないことになり、この場合には、およそ補助制度を利用できなくなってしまうという不都合が生じるという問題があったわけです。   そこで、この問題を解決するために、部会資料30以降、「取り消すことができるものとする旨の審判」が提案されたのですが、それに至る経緯に照らせば、1の(4)の要件としては、本人が「補助人の同意を要する旨の審判」をすることについて同意の意思表示ができないことではなく、「精神上の理由により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であることとすることが考えられるのではないかと思います。「精神上の理由により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であることの判断を厳格に行うことを前提として、補助人の同意があっても本人が単独で有効な法律行為をすることができないという効果を導くことがあり得るのではないかと思います。この点は、竹内委員がおっしゃられたところとも共通するのではないかと思われます。   他方、根本幹事、青木委員、野村幹事がお考えのように、補助人の同意があっても本人が単独で有効な法律行為をすることができない場合を認めるのは、本来的には望ましくないので、可能な限りそのような場合お限定すべきであるという理解に立つのであれば、「取り消すことができるものとする旨の審判」を設けるべきではないということになるのだろうと考えられます。これもあり得る考え方だろうと思います。ただ、そのような制度設計にする場合には、「精神上の理由により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であるという事情が、「特定補助人を付する処分の審判」との関係でのみ、本人が特定補助人の同意を得ても単独で有効に法律行為をすることができないという「補助人の同意を要する旨の審判」には見られない特別の法的効果を導くことになるのであり、それをいかに正当化するのかが問題になるように思われます。   他方、部会資料31の1の(4)が採用する、本人が「補助人の同意を要する旨の審判」をすることについて、同意の意思表示をすることができないという要件に関しては、先ほど言及した部会資料の28では、部会資料31の1の(3)③に対応するところですが、1の(2)②において「本人以外の者の請求により補助人の同意を要する旨の審判をするには、本人の同意がなければならない」という本文に続けて、「ただし、本人がその意思を表示することができない場合は、この限りでない」というただし書が設けられていました。これに対して、部会資料30及び31では、部会資料28に存在していた「ただし書」が削除された結果として、本人が「補助人の同意を要する旨の審判」をすることについて、同意の意思表示をすることができない場合には、「補助人の同意を要する旨の審判」を利用できないという帰結が導かれることになりました。この点をどのように考えるのかが問題になります。   一つの考え方としては、本人の同意の意思表示は、本人の保護の必要性を判断するための一要素に過ぎないという理解に基づいて、部会資料28の「ただし書」を復活させることが考えられるのではないかと思います。もっとも、その場合には、本人が同意の意思表示ができないので、家庭裁判所が、その他の事情を慎重に評価をして、本人の保護の必要性を判断することが求められることになるのではないかと思います。   1の(4)について、以上の点を申し上げたいと思います。 ○山野目部会長 御意見を頂きました。   1の(4)のところについての御意見の開陳が続いていますから、そこについて引き続き御意見を差し当たり伺おうと考えますけれども、今の点について、ほかにいかがですか。   この1の(4)のところについて御発言を望む方は、大体、御発言を頂いたと受け止めてよろしいですか。   なかなか難しい論点ではありますけれども、余り難しくしないでシンプルにお声掛けをするとすると、事理弁識能力を欠く常況にある者が意思能力を回復した時に、補助人の同意を得て法律行為をするということはあり得ると肯定するということでよいと考えれば、(4)の規律の存置を見直すということになっていくだろうと考えますけれども、ポリシーとして、そこについてどういうふうにお考えになるか、委員、幹事の受け止めをもう一度お尋ねしておこうと考えますか、再度、念押ししておきたいとお感じになるような委員、幹事からは御発言を頂きたいと考えます。 ○加毛幹事 ポリシーの問題としては、一方で、先ほど竹内委員が指摘された本人の保護の重要性があります。その点では、「精神上の理由により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」が意思能力を回復している場合に、補助人の同意を得て法律行為を行うことを認める規律を採用すると、それが悪用されるおそれが懸念されます。意思能力の有無に疑義がある者についても、補助人の同意を得ていた以上は、当該法律行為が有効になされたと主張された場合に、本人が意思能力の欠如を証明するのが困難であるという事態を想定すれば、本人に不利益を被ることになることが考えられます。   他方、山城幹事がかねてから主張されていたように、補助人という保護者の同意があるにもかかわらず、本人が単独で有効に法律行為をできないという強力な能力制限を課すことを問題視するのであれば、「取り消すことができるものとする旨の審判」を設けない方が望ましいということになるのだろうと思います。   いずれもあり得る考え方だろうと思うのですが、私自身は、どちらかといえば、竹内委員の御意見に親近感を覚えるところであるということを申し上げておきたいと思います。 ○山野目部会長 ポリシーの問題ですから、委員、幹事の意見の分布を把握して、今後の部会資料の調製に向かっていきたいと考えますので、御遠慮なくどうぞ。 ○上山委員 私は、少し違った角度からの意見になるかもしれませんが、仮に(4)のような仕組みを設けたとした場合に、これを公示するのが非常に複雑になるのではないかという気がしております。   補助人の同意を得れば行為ができ、ご自身で有効に法律行為ができる人と、特定補助でなくて単なる普通の補助なのだけれども、補助人の同意を受けても取り消し得る行為になってしまうという二つのパターンが混在すると、それが明確に登記事項証明書から確認できる状況になっていないと、むしろ取引相手にとっても混乱の基になるのではないかという気もいたします。   私は、判断能力が不十分な方が利用される成年後見制度の性質からいって、余り仕組みを複雑化しすぎるのは望ましくないという考え方を元々持っておりまして、その観点から、(4)の規律を設けることについては、基本的には消極的という意見でございます。 ○根本幹事 この(4)の規律を維持するということになりますと、恐らく実務的には、家庭裁判所の調査官調査の手続の重みというのが非常に重くなると思いますし、例えば竹内委員がおっしゃられたように、途中でいろいろ変更を掛けるというときにも、その都度、家庭裁判所としての判断の中で、同意の意思表示を表示することができるのかできないのかということをきちんと認定をしなければいけないということになるのだろうと思いますので、その負担というのを考えますと、この規律を残すのは望ましくないのではないかと思います。   それは結局、先ほども申し上げましたが、本人の請求又は同意を正当化根拠とは考えず、必要性の中の一つの要素であると、この部会の中で少なくとも整理をしているわけですので、本人の請求又は同意というのは、結局のところ、家庭裁判所の必要性の判断の中でできるということになるわけですが、この規律を残しますと、結局そこの部分だけを取り出して明確に判断を求められていくということになるという実務的な負担も考えて(4)は削除するということで、ポリシーの問題はもちろんありますけれども、と考えるべきではないかと思います。 ○山野目部会長 今の点について、ほかにいかがでしょうか。 ○山下幹事 私、十分まだ理解できていない、(4)を削除した場合に同意を得られない方については、やはり③にただし書を復活させるという、そういう趣旨で御発言されているという理解でよろしいのだろうと理解しているのですが、その理解でよいということで、そうしますと、結局のところ同意を表示することができるかできないかというところの事務負担という、先ほどのお話に関していうと、余り変わらないかもしれないと若干思ったのですが、ただ、その一方で、やはり制度のシンプルさという意味では、ただし書があった方がいいというお話と、あと私としては、やはり先ほどから御議論があったように、同意を要する審判のときには、その制度の意義がよく分からないし、その行為について何で人の同意が要るのだというような反発を持っていたかもしれないけれども、その後で、やはり同意を得て取引をするということに希望を出される方というのはいるだろうと思いますので、そうしますと、取り消すことのできる審判にしないで、やはり③にただし書を作って要同意事項という形で、同意を得ていないから取消しという手続を踏むという方が、御本人の行動の範囲も広がるし、いいのではないかというのが私の個人的な意見です。 ○山野目部会長 承りました。 ○山城幹事 念押しの発言でよいとのお話が部会長からございましたので、念を押す形での御発言になることをお許しください。私は、加毛幹事から言及していただきました考え方に沿って発言して参りました。先ほど部会長から想定として示されました、本人に意思能力があるといえる状態にまで事理弁識能力が回復した状況において、同意を得て法律行為をすることができるかという問題に関しましては、本来、できてよいものと思っています。   その場合に、本人の保護が欠けることにならないかという懸念につきましては、その保護のために要求されるのが補助人の同意であって、補助人から同意を得た以上、不利益の懸念は解消されると考えざるを得ないのではないかと思います。補助人が不適切な同意を与えてしまうことによる本人の不利益には、補助人の義務違反の問題として対応するほかなく、本人自身の能力制限によってこれを埋め合わせるべきではないだろうということです。その上、本人に意思能力があるのであれば、本人が不利益を被ることを通常の場合以上に懸念すべき理由はないのではないかと考えます。 ○山野目部会長 承りました。ほかにいかがですか。 ○青木委員 私のポリシーは既に申し上げていますけれども、本人が不利益を被ることになるのではないかということとの関係で申し上げます。補助人が与える同意の内実についてなのですけれども、これまでの部会でも具体的な場面として出てきましたが、補助人が同席をして、その場で横で本人と相手方とのやりとりを聞いていて、それならいいのではないかと同意をするという方策や、あるいは、事前に、補助人が取引の具体的な金額や契約内容も確認した上で本人に同意を与えるという方策であれば、補助人として、きちんと本人さんの判断能力が不十分な点を補って有効にさせるだけの確認・補完をしていると評価できると言えますところ、こうした補助人の行為こそが本来の同意の内実であるべきだと思います。   こうした内実については、これまで議論されてこなかったかもしれませんが、補助人が単に、車を買ってもいいよとか、どんなものでもいいから自分で選んできて、金額も幾らでも構わないよという程度の同意というものも、補助人に要求されている同意なのかというと、それでは判断能力の不十分な点を補完していると評価はできないものであると思います。この同意の内実ということは、法制上の問題として申し上げているのではないのですけれども、補助人がなすべき同意の内実というのは、本人さんの判断能力を補完するに値する具体的な法律行為の内容を確認をした上で同意をするというものであるべきであり、今後、補助人の職務の運用として、しっかりと位置付けていく必要があるのではないかと思いました。 ○山野目部会長 委員、幹事の御意見の分布は、よく理解しました。   皆さんおっしゃったような、理論的に水準の高い難しい話ではなくて、私からシンプルな見立てを御案内しますけれども、(4)の規律をこのまま、部会資料に置いておくとおりに残すとする場合においても残さないとする場合においても、大事なことは、一方では本人に対する意思決定支援がどういうふうに現場で適切に行われるべきかという本人の視点ですし、それからもう一つは、上山委員から御注意いただいたように、取引の相手から見たときに、取引の相手方が戸惑わずに対応ができるかという、この両面でいろいろなドラマが現場で展開されていくと想像されます。   事理弁識能力を欠く常況というものは、法律家が考える概念であって、それに当てはまる、当てはまらないという点は、かちっと決まるということになりますけれども、現場では、だんだん認知機能が失われてきて、初めに出会った頃はまだ軽度であったけれども、最近はかなり重くなってきたねという、何かそういう程度の認識を本人を見ていて感ずるにとどまります。取引の相手方から見ても事理弁識能力を欠くとか不十分だとかという概念で考えるのではなく、目の前に現れたおじいちゃん、おばあちゃんが随分弱っていて、言うことはちょっと変だけれども、まあまあ、まだ大体大丈夫かもしれないという状況が一方にあるけれども、他方で、同じお年寄りがしばらくたってから来たときには、もうほとんど、こちらからの呼び掛けには理解してくれないような状況になっているというふうな、進行が見られるというような状況で進むと思われます。   重くなっていけば重くなっていくほど、補助人は恐らく最初の頃は、比較的抽象度の高い同意を与えるとしても、同意を与えて何々のことをしてもいいという形で同意を与えると思われますけれども、状況が進行していけば、青木委員が今おっしゃったように、最終的には本人に付いていって、取引の現場で一緒に契約書を見ながらチェックをし、本人が全く意思能力がないという状況のときには、元々取引の現場に行かないかもしれませんし、行っても自分では署名できないかもしれないですけれども、まだそこはぎりぎりできるというときにも、大丈夫だね、この契約書ではね、ということを臨場で確認し同意を与え、仮に同意を与えてもらってやれるという制度にしたときには、そこで具体的な同意を与えて法律行為をすると思われますし、相手方から見てもそうしてくれなければ私は同意をもらってきていますとか、紙1通を示されて同意がありますとかと述べられても、いや、補助人の方はここに来て一緒に点検した上で、そこで同意するとおっしゃっていただかないと、本当には安心できませんということになるでしょうから、状況が進行したときの仮に同意というものを観念として考えるとしたときにも、その同意は相当の具体性、詳細性ないしは臨場性を持ったものでなければ、実務的には立ち行かないということになります。   遺言書は、意思能力を回復したときに遺言をすることができますけれども、あれは医師2人がそこで臨場しているからですね。その場で大丈夫ですと述べられたからであって、ただし、遺言は身分行為ですから、そこに来たお医者さんは医学的な判断はするけれども、中味には介入せず、お子さんにもう少し多くしたらどうですかとかというような助言はせず、ただひたすら、きちんと判断ができるような状況になっていますという認識を伝えるわけですが、補助人はもう少し、恐らくその内容にわたる相談も受けた上で、その場でそういうことだったら同意しますというふうな所作をするという姿が、安定した実務としては期待されるところでしょう。   (4)の規律を存置するとしてもしないとしても、恐らく現場ではそういうふうなドラマが展開されていくというふうなイメージを抱きながら、本日、委員、幹事におっしゃっていただいたところは一つ一つごもっともな問題提起、ないし御心配であると受け止めますから、これはまた、次回の部会は年をまたぎますけれども、次回の部会に向けて今日の御意見をもう一度整理して、部会資料をまとめ上げていきたいと考えております。ほかにいかがでしょうか。加毛幹事、次に山下幹事に行きます。 ○加毛幹事 ありがとうございます。山野目部会長の御発言に関しまして、本人の保護の必要性について申し上げた際に、私が念頭に置いていたのは、山野目部会長が示されたような、合理的な事業者、高齢者等に配慮してくれる事業者というより、本人の脆弱性に付け込んで取引をしようするタイプの事業者でした。   消費者契約法を含む消費者法制度については、近時、消費者の脆弱性を正面から認めたうえで、法制度としてどのように対応するのかが重要な課題として認識されています。そのような観点からすれば、特定補助という制度も、人の脆弱性に対処する法的手段の一つとして位置付けられるのではないかと考えています。   その際、青木委員がおっしゃったように、保護者としての補助人の同意の質が重要なポイントになると思います。保護者が本人のためにどれほどの時間や労力を割くことが期待できるのかも問題になるように思います。   仮に、保護者による同意に大きな期待をすることができないような事例を考えますと、事後的な契約の取消しという法的手段を本人に残しておくことが、やはり必要なのではないかと思います。そのような理解が、私の発言の前提にあるポリシーないし価値判断であることを付言しておきます。 ○山野目部会長 承りました。 ○山下幹事 ありがとうございます。全く別の観点という感じもありますが、最初に議論した事理を弁識する能力を欠く常況にある者と、今議論のあった同意の意思を表示することができないというものについて、今後、制度が運用されている中で、これが具体的な事例としてどのような場合に認定されるのかについての情報を、きちんと社会で共有する必要があるかなと思いまして、具体的には、司法統計を取るときに審判の理由などを類型化した形で、幾つかのどういう場合に使われたかということが分かるようにするということ、あるいは典型的な事例について、もちろんプライバシーは配慮しないといけないですが、できるだけ具体的な典型的事例というものを幾つか挙げていただくというような形で、やはり本人の同意にかかわらず制度運用がされる場合というのが、こういう場合があって、こういう場合に必要だと判断しましたということを常に検証していくということが非常に重要ではないかと思いますので、その点について、できれば最終的な答申等にも御意見を入れていただければと考えております。 ○山野目部会長 ありがとうございます。   加毛幹事がおっしゃったことを踏まえて言えば、同意の質みたいなものを理論的にも検証していかなければいけないですし、そのための実態把握も必要だということは、今、山下幹事からお話しいただいたところも踏まえて、更に考えていかなければいけません。   種々の観点から御意見を頂きまして、ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。 ○青木委員 これまでとは別の論点について申し上げておきたいことが幾つかありまして、発言したいと思います。   今回の部会資料を整理していただくに当たって、部会資料31ですけれども、10ページ以降に、保護をする必要がある方の方策について、民法における位置付けと消費者保護法や虐待防止法その他の法制があるが、その他の法制があったとしても、民法は民法で一貫した保護の仕組みが必要なのだという記載があります。これが、もし、その他の法制において様々な保護に関する整備が整っていったとしても、なお民法は民法として保護の仕組みを残す必要があるのだということを記載しているのかどうかによって、随分違う位置付けになるのではないかと思います。   このことは、部会の前半のころの議論では、障害者権利委員会の総括所見では、制限行為能力制度をそもそも廃止する方向の勧告が出ていると思われますので、それについて今回の改正ではどういう方向性になるのかという論点を議論したと思いますけれども、そこでの部会の議論が反映されていないのではないかということが懸念される記載になっています。   やはり障害のある人を理由にした保護の制度というのは差別的な制度であるので、意思が脆弱な人についての保護については、市民全般を対象とする一般的な法制でできるだけやっていくということが要請されており、それを日本においても検討を進めるのだけれども、一方で、それは現状では、障害者虐待防止法や高齢者虐待防止法、そして消費者保護法制だけでは十分に保護ができないということもあり、今回の見直しでは制限行為能力制度を残していきましょうという議論をしてきたと認識しています。   そうなりますと、民法における保護の制度の在り方というのは、絶えず、そうした他の保護法制度との総合的な評価の中で、どのように位置付けるべきかが決まるものだと思います。今後も、そうした相互関連性の中で議論していくもののはずです。次回の見直しの機会が来れば、その他の保護法制との関係の中で、民法における保護の在り方を修正をしていくということは十分にあり得ることだと思います。   それに加えまして、民法の中でも、前回の債権法改正では見送られましたが、民法90条の暴利行為の規定を、親族による搾取も含めて具体的に活用できるようにしていこうという提案もされているところでありまして、そういったことも含めて、今後のわが国の保護法制の在り方というのを民法以外を含めて全体に考えていくのだという基本的な考え方が、今回の部会資料からは見えて来ないという点が、これまでの部会の審議との関係でもいかがなものかと思います。ここについては、今述べましたような方向性について、共通の認識を確認できればいいなと考えているところでございます。   それからもう一つ、今回部会資料に出てきましたウォーターサーバーの事例なのですけれども、いろいろなところでこの事例が使われているので気を付けて部会資料を読まないといけないと思いますけれども、事理弁識能力を欠く常況の者には一括した取消権の付与が必要ではないかという議論との関係で記載されている「世の中には悪い人がいて」というところなのですけれども、そのような悪い人がいることが、事理弁識能力を欠く常況にあるから、一括した取消権が必要という議論に直結するものなのかという疑問があります。外形的にはウォーターサーバーの購入契約ができる人について、世の中には悪い人がいて、保証債務の契約をされたり、贈与をしてしまうこともあるのかというと、それはそれぞれの置かれている生活環境や親族関係もありますから、事理弁識能力を欠く常況の方に必要とは限らないことです。そして、何より思いますのは、保護が必要となって補助制度を使うとなった場合に、要同意事項だけを付けようという事案はありませんで、必ず、代理権についてはどうしようか、やはりだまされる被害は大きなお金が出ていくことですから、代理権でお金の管理をしっかりすることによって保護ができるのではないかとか、当然、見守りの体制を作ることによってクーリングオフも使えるようにしていこうとか、いろいろな方策を本人さんにつけていくというのが実務の実践なのです。それを、こうした事例について、取消権という手段だけの観点から、世の中には悪い人がいて、そういう人には一括して保護が必要になるのだという議論の立て方は、現実の本人の支援をしている現場の感覚からはかなりずれた議論であることも指摘をしておきたいと思います。   そういう意味で言いますと、今回の見直し後の制度をどうするかは、適切に代理権も取消権も活用するが、その他の消費者保護法や福祉の見守りも含めて、総合的に権利擁護の地域連携ネットワークの中で、こういったウォーターサーバーを何台も買ってしまって、そのことを認識していない人を、どのように支援し保護をしていくかということの中の一つの手段、役割であることを意識して議論すべきではないかと思っています。   ですので、13条1項を一括で取消しをすることができるようにする必要性ということは、本人さんの事理弁識能力を欠く常況にあるかどうかで決まるものではないと思っておりまして、それぞれのおかれた状況に応じて具体的な必要性をしっかり見ていく中で、場合によっては、13条1項各号について一つずつ必要かどうか評価していった結果として、全部の項目が必要という人もいるかもしれませんが、そういう検討を重ねることで付与するべきであって、特定補助人というものを設けて一括で取消権を付与するべきと評価することにする必要があるのだろうかという疑問があることと、仮にそういう必要があるとしても、それは事理弁識能力を欠く常況にある者であるからそうなるわけではない、ということを改めて申し上げておきます。 ○山野目部会長 前段におっしゃったことは、この種類の事項を政府として今後、対外的に説明していくときには、記述をもう少し気を付けてほしいという御希望をお述べいただいたと受け止めてよろしいでしょうか。   部会で残された時間が少のうございます。ゴシックのところを中心に議論しておかなくてはいけませんから、補足説明の口ぶりへの御注意への対応が容易ではありません。   部会資料にウォーターサーバーという言葉は片仮名で何度も出てきますから、目立ちます。何かこの議論をすると、幾ら部会資料を読んでもウォーターサーバーを2台買ったら特定補助人を付する処分がされるとは書いていませんし、ですから、そうでないということは青木委員自身も御理解いただいていると思われますが、なお心配だからおっしゃるということであると理解します。引き続き、今のところについて御意見を伺います。 ○山城幹事 少し話がそれるかもしれませんが、部会資料の31につきまして全般的に御発言申し上げたいと思います。   ゴシック部分につきましては、今回の資料では、前回部会での議論から大きな変更は加えられておらず、規定の解釈の手掛かりを説明の部分でお示しいただいたものだと理解いたしました。その意味で、この説明の部分は、今後の議論にとって非常に重要であると考えておりまして、特に全ての場面に新しく導入される必要性の判断について発言させていただきたいと考えました。部会長から御注意がありましたように、説明にかみ付くという趣旨ではもちろんございません。   大きく分けて二つのことがございます。   第1点は、私が過去に発言いたしましたことが、御検討に混乱を招いたかもしれないと感じた点につきまして、2点ほど、前回までに申し上げたことをごく簡単に繰り返して申し述べることをお許しいただければと思います。   まず16ページから17ページにかけて、特に16ページ、31行以下ですけれども、民法第13条第1項各号の全部の行為を取り消す必要があるかどうかによって保護の規律を区別するという意見が参照されている点につきまして、私自身は、民法第13条第1項各号の行為を個別に取り消し得ることとする必要性を全ての行為について検討して、それが全て肯定されるかどうかという基準で考えてはどうかという発言をしたものでございます。16ページから17ページにかけての段落に示される想定は、少なくとも私の考えではないということを、一応明らかにさせていただければと思いました。   もう一つは19ページの21行以下ですが、民法第13条第1項各号の行為のいずれかについて取り消し得ることとすることの必要性が肯定されるケースであれば、同条第1項各号の他の行為や、さらには同条第1項各号の全部の行為について一括して取り消し得ることとしておく必要性を肯定してもよい、との意見があったという記述でございますけれども、この点につきまして、私は、本人の同意があるか、あるいは過去に同種の被害に遭ったことがあるかといったことにかかわらず、同意権を付与する必要性が肯定される場合があるだろうという趣旨を申し述べたのであって、ある号に定める行為について取消しの必要性が肯定されることをもって、他の号に定める行為について自動的に取消しの必要性が認められるといったことを考えていたわけではございません。この点につきましては、発言の趣旨を十分にお伝えできていなかったかもしれないと思いまして、もしそうでしたら、おわび申し上げたいと考えています。   以上が大きな第1点です。   大きな第2点といたしまして、いずれも今後の課題とされるべき事項ではないかと思うのですけれども、この部会資料の説明がその際に基礎とされるであろうと思いますので、資料作成の段階でお見込みの点があれば御教示をお願いしたいということで、3点ほどお伺いいたします。   第1点ですけれども、規定上「必要があると認めるときは」と表現される部分が必要性の要件を指示することとなると理解しているのですけれども、その上で、この要件については、補助人に代理権を付与する旨の審判、補助人の同意を要する旨の審判、そして取り消すことができるものとする旨の審判においては、民法第13条第1項各号の行為を個別に取り消し得ることとする必要性が、また、特定補助人を付する処分の審判においては、同条第1項各号全部の行為を一括して取り消し得ることとする必要性が、それぞれ想定されていると理解しております。まず前提として、そのように考えてよいのかという御確認です。   その上で、第2点ですが、特定補助人を付する処分の審判について、19ページ、3行目以下、特に5行目以下に、必要性を充足する事実は、結局のところ、特定補助人を付する処分の審判による保護の必要性と重複し、事理を弁識する能力を欠く常況にあるとの本人の状態像に着眼することを避け難いという説明がございます。以下の段落の説明と合わせてみますと、この御説明は、事理弁識能力を欠くという状態像に着目して必要性を肯定することを想定したものかと理解しております。   このことを前提としまして、例えば本人が事理弁識能力を欠く常況にあるけれども、部会資料、第1、1、(3)の7号に掲げる行為のうち、贈与、和解又は仲裁合意をする必要はないことは明白だというような場合には、特定補助人を付する処分の審判をする必要はないということになるのか、それとも、それだけでは一括して取消権を与える必要性があるという判断は左右されないということになるのかが気になっています。なお必要性が認められるという判断もあり得るということではないかと推測するのですけれども、そうだといたしますと、結局、一括して取消権を与える必要性なるものを判断する際には、事理弁識能力を欠く常況にあるということだけが考慮されることになりはしないか、それ以外の要素がどのように考慮されるのかという点が一つの課題になるのではないかと感じております。事理弁識能力が回復していなくても必要性が消滅することはあり得るのであって、その場合には保護が終了することがあるという考えは、一般論としては理解しているのですけれども、どういう場合がそれに当たるかをもう少し具体的に検討する必要がありそうだと思いますので、この段階でお考えの点がありましたら、もう少し御教示を頂けるとありがたいというのが2点目です。   最後に3点目ですけれども、民法第13条第1項各号に掲げる行為を個別に取り消すことができるものとする必要性というものが、実はなお曖昧ではないかと感じております。と申しますのは、部会資料、第1、1、(3)のリストが列挙するのは、特定の行為ではなく、行為の類型ではないかと思われるからです。例えば7号、現行法の13条5号に即して申しますと、贈与をするおそれがあるから取消権を付与したいというときにも、和解や仲裁合意をするおそれはないことは十分にあり得るだろうと思います。そういう場合に、贈与だけを取り出して同意権を付与することができるのか、あるいは、贈与について同意権付与の必要性が認められる以上、和解や仲裁合意についても同意権を付与することも許されるのか。もし許されるとして、それは取り消すべき贈与をするおそれがあるから、和解や仲裁合意についても同意権を付与する必要があると判断されるということなのか、それとも贈与するおそれがあるから、和解や仲裁合意についてもパッケージ的に同意権が与えられるということなのか、その点をどう整理していくかは、一つの問題かと思います。   贈与をするおそれがある以上は、和解や仲裁合意についてもパッケージ的に同意権が与えられるのだと仮に考えますと、部会資料31の17ページ(2)で御整理いただいている、これまでの部会での議論における保護の必要性の要件の考え方とは方向性を大きく異にし、必要性の要件が形骸化するのではないかと思われますので、特定の行為を想定しつつ、行為の類型を定めたリストを手掛かりにしていることの意味については、もう少し厳密に詰めて考える必要があるのではないかと感じました。この点は、解除との関係で先ほど上山委員が発言された点とも関わるかもしれません。   いずれにいたしましても、これらは今後検討していけばよい点かと思いますので、もし現段階でお考えのところがありましたらという限りで御教示をお願いしたいと考えております。 ○山野目部会長 前段の御意見は承りました。   後段の3点について、資料作成の意図のお尋ねがありました。事務当局からお答えを差し上げます。 ○波多野幹事 全てを網羅的にお答えできるかどうか自信がないところですが、恐らく最初のところでは、特定の行為、代理権付与の審判、要同意事項の審判をする場合の必要性を判断するに当たっての特定の行為をどう捉えるのかというお尋ねだったのかなと思っております。   代理権の付与と要同意事項の定めでは、もしかすると特定の行為の捉え方が少し違うのかもしれないと思っておりますが、少なくとも代理権の場合は、今の代理行為目録で使われているようなものをベースに考えていても、そんなに皆さんに認識の相違はないのかなと思っていたところでございます。   要同意の方は、事務当局は、当初は従前の資料にお書きしましたが、消火器の売買とか、かなり物を特定して特定の行為と特定していった方が、これまでの必要性とおっしゃっていた概念、要件との関係では適切なのではないかという捉え方をしておりましたけれども、部会における委員幹事の御意見や実務的な感覚からすると、それではかなり狭すぎるというような意見が開陳されたという認識をしておりまして、御本人が審判をすることについて同意をする能力があるかないかにかかわらず、少なくとも現在の保佐ないし補助で使われているような、同意行為目録で使っている目録の行為ぐらいの程度の特定で足りると考えるべきではないかという御指摘があったものと認識しておりまして、今回の部会資料では、その方向で少し整理を進めたと認識しているところです。   次に特定補助の仕組みを使うときの必要性、ないしは特定補助人を付する処分をするかどうかとの関係で、例えば贈与だけをすることはまずあり得ないというふうなことが確定的に分かっているという場面にどうするかという御質問だったと思いますが、我々の認識としては、特定補助を使う場合というのは、御本人は事理弁識能力を欠いておりますので、おそらく御本人とお話をしても、どのような行為をするか、なかなか予測がつかないという場面があるのではないかということを前提に、そのようなときに個別の行為ごとに取り消し得る、ないしは要同意という設定をしても、保護が後手に回ってしまうのではないかということを想定して提示をしているという認識でございます。   一つの行為について行うことが全くあり得ないということが確実であるということが分かるのかどうかということも気になるところですが、仮に分かるのだとしますと、恐らくほかの行為をすることがあり得て、この行為はすることはあり得ないと分類できるということだと思いますので、仮にそのように認定ができますと、どういう行為をする危険性があるか分かっている行為だけについて、要同意事項の審判又は取り消し得る審判をしていくということになっていくのではないかなという気はしているところです。   最後は、恐らく特定補助の必要性との関係で、13条1項各号の行為のうち、どれかについて危険があるというときに、パッケージで取消権を付与するということについてどう考えるかということの御質問だと思っておりますが、そこは、やはり我々としては、何かの行為について危険性がありますと、ほかの行為についてもどういう行為をするか分からないということで、パッケージで必要性があると、具体的な必要性と考えるか抽象的な必要性と捉えるかという意味では、パッケージで取消権を与えるというときは、恐らく抽象的に捉えていくということになるのではないかと考えていたところでございまして、他方で、その上で、継続的に本人を見守っていきますと、本人との関係で事情が分かってくることもあると思われ、行為を全くするおそれがないということ、例えば、御本人が施設に入られてしまわれて外部との接触はほぼないことや悪い人からそういう取引を持ち掛けられることもあり得ませんというケースもあるのではないかというときに、なお特定補助ないしは取消し、要同意というものが必要なのかと言われますと、それは必要がないというのがこれまで部会での御議論だったのかなと認識をしているところです。 ○山野目部会長 山城幹事、お続けください。 ○山城幹事 どうもありがとうございます。2点目と3点目は、ある意味では連動するお尋ねでしたけれども、3点目として私が例示しましたのは、贈与と和解と仲裁合意が一つの号に並んでいる規定ですが、贈与と和解と仲裁合意は、取引上、類型的な結び付きがあるものではなく、贈与について取消しの必要性が生じたからといって、仲裁合意についても同様に考えることができるわけではないだろうと思います。また、発言の2点目、つまりパッケージ化された保護の必要性を考える場面でも、全般的に見れば保護が必要だけれども、本人が訴訟行為をすることがある程度の蓋然性をもって予想されるとまでは言えないことはあり得るだろうと感じます。より紛れのない例として、本人が誰の推定相続人でもないときは、相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をするおそれはないわけですが、このように、ある特定の号に掲げる事項について取消権付与の必要性が明確に否定されるときにはパッケージ化された保護の必要性もないのだと考えると、本質的ではない事情によって保護の可否が左右されることとならないかと感じます。御説明では、一括して取消権を与える必要性と個別の行為について取消権を与える必要性とがどういう関係に立っているのかを考えていくことが課題だという点を御確認いただいたのではないかと受け止めています。なお誤解している点がもしありましたら、正していただければと考えています。 ○山野目部会長 山城幹事からのお尋ねは、事務当局に対する資料作成の意図のお尋ねでしたから、今、質疑応答で済ませましたけれども、本来は必要性とは何かということは、事務当局に対して質問して答えてもらうことではなく、委員、幹事の間で議論を深めていく事項です。   私から今後の議論を委員、幹事に促していく手掛かりとして提供する意味においてお話を申し上げれば、議論を重ねていくうちに、抽象論としては必要性というものをむやみに広げて考えてはいけないというか、安易に考えてはいけないということについてはコンセンサスがあるはずですけれども、局所局所は議論していくと、必要性のインフレーションというか膨張というか、比較的、割と簡単に必要性ありと考える傾向は、ちらりほらりと見えてきているように感じます。   その必要性の、困った四つの推定というお話をすると、1番目に本人の同意があります。本人の同意があるから、普通は必要性があるでしょうと、同意から必要性を安易に推定してもらっては困ります。   それから、ある取引類型について必要性が認められましたというときに、だったら別の取引類型についても多分、必要性がありますねという、この安易な推断も状況によりますけれども、簡単にしてもらっては困る。   それから、これは波多野幹事も今お話になりましたけれども、要同意事項のときの必要性と代理権付与のときの必要性は考え方が同じではありませんから、要同意事項を定める必要性がありますねと認定が可能な場合にも、だから、そのことについて代理権も与えましょうということにはならないはずであって、例えば家を売りませんかと言われたおばあちゃんが、私は一生ここで住んでいくの、と言っているときに、では万が一売るときには要同意事項にしますよという、その必要性はあると思われますけれども、だからといって、家を売ることの代理権付与の必要性というものは出てこないはずであって、そこは安易な推断はしないということでなければならないでしょう。   それから、最後の四つ目ですけれども、事理弁識能力を欠く常況にあるということが、直ちに必要性があるということの推断はしてはならない。これが四つ目のしてはならない悪い推定です。   最後のものというのは、特定補助人を付する処分のときの必要性は、ほかの三つの場面の必要性と質が異なると思われます。これは委員、幹事も何となくそういう感覚を持っておられるだろうと拝察します。ただし問題は、質は同じではないであろうけれども、そのときの必要性は何ですかということを考えたときに、割と抽象的に考えられますねとだけ言ってしまうと、それはほぼ事理弁識能力を欠く常況とは異なる要件だと言いながら、イコールではないと言いながらニアリーイコールになってしまいます。   だから、やはり特定補助人を付する処分のときの必要性は、ほかの場面の必要性とは異なりますけれども、それはそれできちんと、どのようなテストに掛けるかということを考えておかなければいけなくて、今までの議論から拾うことができる範囲では、一つが活動性の有無ですね。   社会福祉の施策のこれまでの積み重ねを見ると、重い認知症になったからといって、もうそれは入所、入居することが当たり前ですという発想では考えません、とされてきました。これからの高齢化社会は、認知症がかなり進んでいるけれども、独居の高齢者と呼んだらいいでしょうか、それがあり得ますということを前提として、その方面の政策の支援もしますということで進めてきているわけですから、そうだとすると、活動性を保っている独居の、自宅生活、自立系の重度認知症高齢者のことというものを考えるということが一つポイントであろうと思われます。   それから、では施設に入っているともう安心ですかというと、おおむね安心な場合が多い。だから、必要性がないと認められる場合が多いでしょうけれども、ただし、施設には親族は面会に来ますし、それから常時、施設にいるということは施設の事業者と本人との接触がありますから、施設がそういうトラブルを起こさない、良い施設に入っていますねというなら必要性がないでしょうけれども、施設事業者との関係や親族との関係等を事案ごとに考慮し、やはりその必要性があると認められる事例はあるでしょう、というふうな見当はあり得る。あり得るけれども、そこは抽象的に判断しないで事例に即して判断するというような注意が要ります、という議論は、繰り返し自覚的に必要性の概念がインフレを起こさないように議論を積み重ねていく必要があります。   今、四つの推定というお話で差し上げましたけれども、委員、幹事におかれてはいろいろな御意見があるであろうと推察しますから、今日をきっかけに、またもう少し議論を深めていただきたいと望みます。   河村委員にお声掛けをします。 ○河村委員 ありがとうございます。残された議論の機会とかが、意見とかを言う機会がだんだん少なくなってきていると思うので、思い残すことがないように申し上げていきたいのですけれども、今日、最初に私が提起したものについては、今までのいろいろな方の御意見や、山野目部会長のお話を伺って、私として理解したのは、欠く常況というのを、まだ揺れているところはありますけれども、定義すると、その人はそうであると決めるとして、そこからまた先に特定補助を付けるかどうかの必要性で絞っていって、特定補助を付けるのだということです。それで特定補助という規定を作ることによって、欠く常況の人という定義をされた人というカテゴリーを作ることができて、そうすると、ほかの民法の規定でも混乱することなく、やっていくことができると。欠く常況というレッテルを、レッテルといいますか、その方はそうだとカテゴライズすることで、つまり、ある種きれいに制度が流れるのだなと、そういう規定を作ることによって、いろいろな他の規定との整合性がとれると。シニカルな言い方で大変申し訳ありません。   もう一方なのですけれども、保護、つまり悪質な事業者はたくさんいますから、うちも消費者団体ですので、その辺はもう本当に事例もよく知っています。脆弱性を利用するような、付け込み型とか言いますけれども、今、消費者契約法にそういう類型はないですけれども、ただ、消費者委員会ですとか消費者庁では、今、消費者保護制度のパラダイムシフトということで、消費者は誰しもが脆弱性を有するのだから、それを利用するような事業者の行為は、何らかの形で規制していくというような方向性を出しているところなのです。脆弱性を利用する、例えば事例で出ているウォーターサーバーのところも、悪質なのか悪質ではないのかというところは余り触れられていないのですけれども、悪質な事業者の行為を防ぐのは、専ら私は消費者法のような制度でやるべきだと考えています。そうしないと、一般消費者は救われません。補助の仕組みに月に何万円も報酬を払えるような人だけが脆弱性を利用した事業者の行為から被害回復できるということでは困るので、やはりこちらの後見の制度というのは、法律行為、家を売るとか契約するとかということに手助けをして差し上げたり、できなくなってしまったら、やるべきことを御本人の不利益にならないようにサポートしたり代理したりということになるのかなとは理解しているところでございます。   つまり、何が言いたいかといいますと、保護するということを考えなければいけないという御意見が、竹内委員ですとか、他の委員もおっしゃったところ、私は保護しなければいけないというのに全く反対意見はないのですけれども、この制度の結局見直しに至った経緯とかも含めても、保護しようとするときのもろ刃といいますか、つまり現行の後見制度みたいであれば、事実上といいますか、その人の利益にならないようなことには、法律行為上ならないということになるのですけれども、要するに、人権といいますか、その人の法律行為をする自由な権利というのはなくなってしまうというところで、それは問題ではないかということで今回の見直しに入っているわけで、私は悪質な事業者がいることから保護しなければいけないという視点の危うさを実は考えておりまして、事業者の悪質性を見るのであれば、それは消費者法の方でやってくれと、そこでもう規定を作れと、私も消費者団体として頑張るつもりですけれども、思っています。後見制度の方で保護しなければとやればやるほど、例えば高齢者であれば、その人の人生があと10年あるか20年あるか分からないけれども、その人の個性というか、その人それぞれの考えとか美意識とか何を人生の中で重要とするか、人からは考えられないような芸術品にお金を払う人とかもいらっしゃいますし、そういう人間的な権利を奪う線引きをしかねないと思っているのですね。   だからこそ、すごく抑制的であるべきで、では保護しなくていいのかというと、悪質性については消費者法がやるべきですし、そうではないところは、できるだけ必要性を見た中でのこの制度でやるべきだと思っています。   うまくお伝えできているか分からないのですけれども、救済して差し上げなければいけないというところに重きを置きすぎると、その人はもう何も判断しなくていい、絶対あなたが損しないようにしてあげるからというのは、私はそここそが障害者権利委員会から言われていることの本質ではないかと思っていますので、そこを気を付けていかなければいけないなと思っています。   結局、結論は、意見は余り変わらないのですけれども、最初に戻りますけれども、特定補助の仕組みを作るのは、欠く常況についてもすごく抑制的に、すごく厳格にやるし、あと必要性も見ていくのだから、そうやって特定補助というのがあって、民法とほかの規定との整合性があってということで、きれいにいきますねと。そうすると、結局は非常に抑制的になっているから、ほかのいわゆる特定ではないところも含めて、いろいろな御本人のことをサポートしていく仕組みを作らなければいけないとなるのだったら、そうなのかなという理解でございます。   すみません、今日質問したかったことがありまして、長くなって申し訳ないのですけれども、特定補助という仕組み、事理弁識能力を欠く常況というカテゴリーを作るということを前提に質問したいのですけれども、その場合での、いわゆる本人の意思を酌む努力といいますか、意向を把握するようにしなければならないということと、事理弁識能力を欠くとされ、特定補助を受ける方との関係といいますか、この規定とどのような関係がありますかということ、事理弁識能力を欠いている方から意向を把握するように努めるのですか、しないのですかということをお聞きしたいことと、先ほど来、抽象的な必要性とか具体的な必要性とありますけれども、抽象的と取って、パッケージでと言いますと、可能性ということになってくると、つまり、端的に言うと、終われなくならないかと懸念します。山野目部会長も、施設に入ってしまうとか、本当に重度の認知症になってしまうとかということで、やらなくなることもあるのではないかという例とかを示していただきましたけれども、それは分かるのですけれども、抽象的な必要性ということでいくと、終わりにくくなることは確かではないかと思うのですけれども、その辺りはいかがでしょうかという二つの質問をさせてください。   すみません、長くなって恐縮です。 ○山野目部会長 三つ申し上げます。   まず御意見を頂きました。河村委員がたくさんおっしゃっていただいた中で、前半、大事なことをおっしゃっていただきましたが、保護しようとすることの両刃、的確な言葉であると感じます。何か私はお許しが頂ければ、どこか講演か論考で用いさせていただこうと望みます。正に、そのことが永遠の悩みであって、そのためにこの部会は設けられて調査審議を重ねてきたし、ここが終わっても、そのことで悩み続けると予想します。どうもありがとうございました。   お尋ねが二つありました。1点目、2点目それぞれあったというところが、この後ろの二つでありまして、どちらも部会資料作成の意図についてのお尋ねであると、差し当たってはそのように受け止めますから、事務当局から説明を差し上げます。 ○波多野幹事 1点目の特定補助という仕組みを使った場合と、保護者の職務である意思尊重、意向の把握との関係についての御質問でございますけれども、特定補助を使ったとしても、当然、そのときにも意思尊重の規定は及びますので、今回見直しについて御議論いただいている結果を部会資料の方に整理をしておりますけれども、意向を把握するようにしなければならないという規律が及ぶというもので考えて資料を作っているものでございます。   恐らくもう一つの、終わりにくくなるのではないか、ないし必要性をどう考えるのかということの御質問は、先ほどの山城幹事からの御質問と結構重複するのかなという気もいたしますけれども、恐らくここも御議論いただきたいところではありますが、先ほどの山城幹事からおっしゃると、例えば親族に贈与することはおよそあり得ないということが分かるというケースについて、どうやって終わっていくかという御質問とも関連するような気もいたしまして、そのときには、例えば贈与することは親族等から、親族とか施設の人に贈与することはおよそもう、危険性は全くありませんと。ただ、危険性があるのは、そういう消費者被害的なものだけが残っておりますということが分かったときに、一旦特定補助というものを使った後、そのような状況が分かったときに、特定補助の必要性がないとした上で、個別の要同意事項の必要性だけがあるとして、要同意事項の定めの方に移行していくということは、あり得るのかどうかというところは、先生方において御議論いただければと考えているというところでございます。 ○山野目部会長 差し当たり、河村委員、いかがでしょうか。 ○河村委員 取りあえず付け足すことはありません。 ○山野目部会長 858条の本人の意思をきちんと、情報を提供し意思を把握した上で、意思を尊重していかなければならないと改めようとしている規定と、特定補助人を付する処分との関係を河村委員に御心配いただいたことは、根拠のあるお話です。   それと同時に、事理弁識能力を欠く常況という法律家が用いる概念と、福祉の現場で意思決定支援をしていこうと言っているときの意思決定支援は、論理的に直結する話ではありませんから、事理弁識能力を欠く常況にあると認定された人に対しては、もう意思決定支援の可能性は絶望的であるというふうになると言ったら、それはすごく暴言であって、だから事理弁識能力というものは、社会生活上の主要な事務、法律行為が問題のある局面について、それをターゲットにして考える概念ですけれども、高齢者、障害者の日々の暮らしの中には、法律行為にならないけれども、その人の人生にとっては大事なことで社会生活と関連を持つ事柄というものが、日々たくさんあります。   今後の新しい制度においても、補助人は身上保護の事務を担いますから、身上保護の事務を担うときに、858条の新しい装いを得た規定にのっとって、本人の意向を把握するようにしなければいけないと、これは河村委員の御提案を受け止めて、努力義務と誤解されないような規定に今、装いを改めようとしていますけれども、あの規定を根拠として補助人を付するときの成年後見制度の側で言うと、身上保護という概念ですし、福祉の現場で言えば意思決定支援という概念ですけれども、それはきちんとされなければならないという観点は、特定補助人だろうが特定補助人でない場合であろうが、異なりません。   私たちのことを私たちを抜きにして決めないで、という警句は、意思決定支援の現場の基本中の基本の哲学として語られていることであって、それは特定補助人を付する処分がされた場合であっても、場合によっては、その場合こそと言ってもいいかもしれませんが、全く異ならないと考えます。そこを河村委員に御注意いただいてよかったと感じます。ありがとうございます。 ○星野委員 ありがとうございます。私も発言しておきたいと思いますので、すみません。短くと思います。   冒頭で、特定補助を付与する審判については、社会福祉士会としても賛同といいますか、それに対して、もう大きな反対はしないということを申し上げました。しかし、いろいろな意見があったので、やはり意見は伝えたいです。   それは、これまで出てきた、河村委員や青木委員がおっしゃったことと重なるのですが、やはり成年後見だけで保護するという考え方から脱却することが必要という意識でこの審査会に参加をしてきました。だから、今の消費者保護法もそうですし、虐待防止法、社会福祉の関連法、そういったものがこの制度を使っていなかったとしても、いないからこそ、逆に保護されなければならない方たちがいたのだというところがあります。   成年後見制度につなげたことで保護がかなうということがもちろんあったと思います。ただ、そのやり方を変えようとしてきた議論の中で、やはり意見として御紹介したいのは、今回の法改正については認めざるを得ないというと、申し訳ないのですが、特定補助というものを必要とする状態像の方がいるだろうということは分かるのですが、ただ、これで最後の議論では当然ないと思っており、今後、改めて座長も先ほどおっしゃいましたけれども、ほかの法律との関係も含めて、改めてまた見直されるということになりますかという意見を、私はこの審議会に出ていない複数の社会福祉士から聴いており、それを受けて今この場に座っています。ですから、そこをお伝えしておきたい、そういう意見が出ていますということはお伝えしたいと思います。 ○山野目部会長 承りました。   ほかにいかがでしょうか。   部会資料31の前半の御議論をここまでとしてよろしいでしょうか。   部会資料31を全部終わってから休憩しようと思っていました。少し休みますか。休みましょう。           (休     憩) ○山野目部会長 再開いたします。   部会資料31の後半について、まず事務当局から説明を差し上げます。 ○小松原関係官 部会資料31の第1の2以降について御説明申し上げます。   32ページからの「2 補助開始の審判等の取消し」では、形式的な修正を行っています。また、説明部分の2において、補助開始の審判等の取消しと取引の相手方の保護について整理をしており、保護開始の審判等の取消しの審判の際に、その申立人が取引の状況について確認し、それを申立書に記載するなどの運用が一般的なものとなることにより、取引の保護を図ることができることなどを記載しております。   また、34ページからの「3 補助人の選任等」、「4 補助人の解任等」、「5 本人の意思の尊重」--「意向の尊重」と修正させていただいていた点です--「及び身上の配慮」、「6 補助人の報酬」、「7 補助人の家庭裁判所への報告」、「8 特定補助人の事務」、「9 本人の死亡後の補助人等の権限」については、形式的な修正を除き、部会資料29、30で記載した内容と同じです。   38ページからの「第2 法定後見制度の本人等に関する民法の規定」では、「1 時効の完成猶予」、「2 代理権の消滅事由等」、「3 遺言」について取り上げていますが、こちらも部会資料30で記載した内容と同じです。   40ページからの第3、また41ページからの「第4 任意後見制度」、これらもいずれも部会資料29、30で記載した内容と基本的に同じでございます。   45ページからの「第5 成年後見制度に関する家事審判の手続」につきましても、基本的には、部会資料29、30で記載した内容と同じでございますが、修正を行っておりますのは、本人からの陳述聴取の例外要件につきまして、48ページ7行目から11行目に記載しましたとおり、「身体上又は精神上の理由」としておりましたが、身体上の理由のみをもって本人から陳述を聞くことができない場面は想定し難く、「精神上の理由」とする修正を御提案しております。   51ページからの「第6 補助開始の審判を受けた者等に関する手続法の規定」では、「1 補助開始の審判を受けた者等の民事訴訟における訴訟能力等」、「2 人事訴訟における訴訟能力等」、「3 手続法上の特別代理人」について取り上げておりますが、こちらも部会資料29で記載した内容と同じでございます。   「3 手続法上の特別代理人」につきましては、前回部会の御議論を踏まえまして、53ページ12行目のとおり、特別代理人の選任の裁判は、疎明によるということを明示しております。 ○山野目部会長 資料説明を差し上げた部分について、御意見を頂きます。 ○小澤委員 ありがとうございます。部会資料31の第1の2以下につきましても、基本的に御提案に賛成をいたします。   1点、部会資料31の第1の4の(1)の解任等についてですが、御提案されている事由の中のその任務に著しく反したことには、見直し前の著しい不行跡と同じように、事務に直接関わらなくとも、保護者としての職責を全うせず品位を欠く行為を行った場合を含むのかどうかを明確にしておく必要があるのではないかという意見を持っています。 ○竹内委員 まず1点なのですけれども、部会資料の38ページの9の補助人等の権限で、補助人にこうした①、②の権限を設けるというのは、それはいいのですけれども、少し私の中で分かりにくかったような気がしたのが、②のところで括弧で「当該死亡した時における権限内の行為に限る。」とあることとの関係です。   各号一、二、三とあるのですけれども、従前この②の3号は、相続財産の保存に必要な行為ということで、今までは後見人のみが該当していたことと関係するのかもしれませんが、全財産を対象としたものが第3号であったと思います。しかし、今回補助人もできるようになると、括弧書きで「当該死亡した時における権限内の行為に限る。」とした部分と3号とが両立するのか、少しずれるところがあるのではないか、というところが少し気になりまして、この点、民法の先生に御意見などお伺いできたらと思いました。まず1点です。 ○山野目部会長 今、竹内委員からお声掛けのあった事項について、御意見がおありの方はお話しください。   波多野幹事や小松原関係官からも、御遠慮なくお話をどうぞ。 ○波多野幹事 今、竹内委員から御質問いただいたところは、現行法ですと、成年後見人に対してある規律でして、先ほど御指摘いただいたように、包括的な代理権を持っている成年後見人との関係で用意されているものでございます。   この間の経緯で、補助人であったとしても持っている権限内の行為で成年後見人と同じように死後事務ができるという規律を設けるべきではないかという御指摘を踏まえて修正をしてきたというところでございますが、現行法のこの2号、3号の関係について、ここは議員立法でございますので、そのときの解説等を拝見しておりますと、誤解を恐れずに単純に言いますと、手持ちで持っている現金で弁済する場合は2号で可能であるけれども、手持ちで現金を持っていないときに、金融機関から引き出しをしなければいけないようなときには3号に該当し、裁判所の許可を得てするというようなことが解説では書かれていたところかと認識しておりまして、それとの関係でいきますと、この補助人がどのような権限を持っているかは今後はケース・バイ・ケースだと思っておりますけれども、その権限が持っている範囲内において、例えば預貯金についての管理をできる権限と施設との契約や利用料の支払等の処理をできる権限を補助人が持っていたときに、補助人が手元の現金で本人がお亡くなりになった後に施設利用料の未払分の弁済期が来ているものを払うということもあるでしょうし、手持ちには現金がなく預金を引き出した上で支払をしなければいけないとなると3号に基づいて事務を行うという、そういう関係にあるものなのかなと理解をして、原案を作成していたというところでございます。 ○山野目部会長 竹内委員、お続けください。 ○竹内委員 従来の書籍には、そのような例も書いてあるので、そうだと理解はしております。ただ、何かそこが、仕組みが違うところで少しずれが生じないかどうかというところがやや気になったというところでした。文言の関係なのかもしれないです。 ○山野目部会長 ありがとうございます。引き続き伺います。 ○星野委員 ありがとうございます。私から1点、申し上げたいと思います。   45ページの「第5 成年後見制度に関する家事審判の手続」のところでございますが、②のところ、家庭裁判所は、特定補助人を付する処分の審判を受ける者となるべきというところの鑑定のことであるとか、医師二人以上のというところでございますが、こちらについて会の中でも少し議論をしました。   現状、鑑定がほとんど使われていない実情もありますが、今回この特定補助という審判を受けるというのは、厳格な判断が必要ということでは、鑑定を必須とするというところは当然必要と思います。このただし書のところについてどう考えるかということで意見を交換しました。   実際、なかなか鑑定が難しい状況、あるいは緊急性が高い場合の保護が、先ほど申し上げました法定後見だけで保護すべきではないという意見はありながらも、法定後見における保護が必要となっているような場合において、医師2名ということについて、よいという意見、賛同するという意見が複数ありました。   そのときの医師なのですが、日常的に御本人を見ている、いわゆるホームドクター、専門医ではないけれども、内科医のようなホームドクター、この方は1名、もう1人というところでは、やはり専門的立場で診断できる精神科医とするべきではないかという意見です。   このような医師2名の意見を聞くというところで、本人の能力といいますか、先ほど事理弁識能力を欠く常況か、すなわち特定補助に直結するわけではないですけれども、この2名の医師の意見を聞いて明らかに、更にその上で必要性があるかというところを判断すべきという意見です。   そのときに少し話題になったのが、精神科医というところが、いわゆる鑑定医のようになかなか見つけることが難しい、家庭裁判所の方で鑑定医に依頼するということも実際行われているのですが、今後このような形になるにおいては、医療機関に関する情報が都道府県の中でリスト化されるなど情報をしっかり共有していただいて、中核機関等がそういった相談を受けたときに、医師会と個別に連携することが難しい市町村もあると思いますので、都道府県の中でそういった体制を作っていく、そういう仕組みづくりもすることも含めて、この医師2名というところについて賛同するという意見を持ちました。 ○山野目部会長 御意見を頂きました。引き続きいかがでしょうか。   根本幹事、次に青木佳史委員、どうぞ。根本幹事からお願いします。 ○根本幹事 私の方からは、任意後見に関しまして31の43ページから44ページの点についてです。前回のところでも少し申し上げているところになりますが、権限調整において、一部停止という規律は設けないということで前回了解を申し上げているところではあり、ただ他方で、やはりなぜ一部停止という議論を今までずっとさせていただいているかといえば、それは監督人の指示に従わないということが任務に適さない事由に該当するのだということが明確になれば、一部解除の方でも対応できるであろうということが今までの議論の経過と承知をしておりますので、家庭裁判所の手続において、監督人の指示に任意後見人が従わないということが、当該代理権についての職務を継続させることが相当でないということなのであれば、それはすなわち任務に適さない事由に該当するのだということをきちんと説明の中でお書きを頂くことをお願いしたいと思います。ここは今後の実務においては非常に重要な点だと思いますので、一部解除ができるという方策をきちんと示しておいていただくということがないと、併存するとなった場面で、併存で後から入ってくる補助人の職務に支障がないようにするという観点には是非御配慮いただければと思います。そのような説明を引き続き御記載いただけないかどうか、御検討いただければと思います。 ○青木委員 星野委員と同じ鑑定に関する点ですけれども、前回も申し上げましたけれども、今日の部会でも、事理弁識能力を欠く常況にある者の定義について議論がなされ、新たな定義、解釈が定まることになると思いますけれども、それが実務運用において、今回の改正の趣旨に基づいて判断されるためには、ここは鑑定を必須とするということとし、例外としての代替措置を設けない、ということにできないかということを私としては思います。   地方においても、各家庭裁判所が施行までの体制整備の中で、鑑定を依頼できる医師を医師会や精神科医との協力を得ながら準備をいただく努力などをお願いし、家庭裁判所から委嘱のできる鑑定医とをしっかり確保していただくことによって、鑑定を必須としても運用できるように整備をするべきではないかと思っています。   なお、特定補助人を付する場合の緊急な必要性ということは何かということがあるわけですけれども、本人がどのような行為をするか分からないので全体に一括した取消権を付ける必要性があるというときに、それを急ぐという事情もあるかもしれませんけれども、そのような場合でも、通常は、まずは代理権を付したり、補助として、当面問題となっている通信販売など特定の事項について同意権を付与した上で、それでは足りないので特定補助人の処分を申し立てるということもできるわけですから、鑑定により若干審理に時間がかかるとしても、当面の緊急の必要性については、そうした対応や見守りを強化する等によって、手当をすることができるのではないかと考えてられます。そういう点からも、鑑定を必須とするという運用はできるのではないかと考えているところです。 ○竹内委員 今、鑑定のことで議論になっていますが、私の意見としては、45ページの鑑定と医師二人以上の意見というところですが、私たち弁護士も全国津々浦々におりまして、そうしますと地域の差というのはかなり大きいです。地域の実情を考慮すると、鑑定必須というのはなかなか厳しい、医師二人以上であっても、私はこの部会資料の提案に賛成するものでありますが、二人以上でも不安だということをおっしゃる弁護士もいます。   ですので、鑑定必須と更にステップアップするのは難しいと考えていますのと、あと星野委員がおっしゃったことに関連して、私もこれは何とか利用しやすくできないものかなと思ったときに、家庭裁判所には医師である技官という方もいらっしゃいまして、その方について、何か資料をと探っておりましたところ、医師である家庭裁判所の技官であった方が成年後見のことを引き合いに出して、医師のネットワークというのですか、そういうのを技官を中心に作るようなことがあってもいいのではないかのようなことを述べられている資料などもありました。ですので、そうしたネットワーク体制というのを構築することなどが今後の運用においては大事になってくるのではないかと思います。 ○佐野委員 ありがとうございます。33ページの22行目以降に記載のある補助開始の審判等の取消しと取引の相手方の保護に関して発言させていただきます。   補助人の代理権が取り消されたことを取引の相手方が認識する方法として、部会資料では、申立人からの取消しの申立てに用いる取引の状況に関する連絡を受けることが挙げられておりまして、この連絡以降は、取引の相手方が補助人との取引において注意を払うことが可能になると記載いただいております。   ここについて、これまでの部会でも発言してまいりましたが、継続的な取引である銀行取引の例で考えますと、取引の状況に関する連絡を受けて以降、補助人による出金等の日常的な手続の都度、最新の登記情報を提示いただく必要がありまして、補助人の方にとっても金融機関にとっても大きな負担となります。   また、取引の状況に関する連絡を受けても、補助開始の審判が取り消しされないということもあり、そのような場合においては、結局、長期間にわたって取引の都度、確認のために最新の登記情報の提示を求め続けることになり得ます。よって、この部会資料に記載された方法に代わる方法というのも、裁判所等の関係者間で検討を進めていく必要があると受け止めております。   例えば取引の相手方が補助人の代理権の取消しを認識するタイミングとしては、今回資料に御記載いただいたような、事前の取引情報に関する調査の連絡よりも、家庭裁判所や補助人などから取引の相手方に対して、法定後見が終了した旨の通知を必ず出し、その通知をもって取引の相手方が補助人の代理権の取消しを認識するといった方法の運用の方が望ましいのではないかと考えております。   今後の検討事項として、関係者間で調整を進められればよいなと考えております。 ○山野目部会長 佐野委員におかれては、併せて周りにおられる全国銀行協会の皆様方などとともに、今お話しいただいたような構想を含め、新しい制度の実施後の金融取引の在り方について、様々な御示唆を頂きありがとうございます。   おっしゃっていただいたような構想に代表されるものが実現するよう、これもお話にあったような関係者間の調整が今後大いに発展して、成果が見える段階に進んでいっていただくことを期待しておりますし、また、必要な御要望等を部会においても仰せいただきたいと望みます。どうもありがとうございます。   引き続き御意見を伺います。いかがでしょうか。 ○竹内委員 ゴシックのところではありませんが、部会資料の38に時効の完成猶予とありまして、時効についてはここで手当てされているのですが、今後、説明をする際に、時効ではなくて熟慮期間のところ、917条に成年被後見人という言葉がありまして、ここがどのように置き換わるのかであるとか、民法の身分関係のところで、婚姻とか認知とか被後見人を養子とする許可のあたりも被後見人という用語が使われていますので、これがどのような用語に置き換わるのかということは、説明で今後加えていただけるとよいのではないかと思いました。 ○山野目部会長 御要望を承りました、でよろしいですかね。事務当局から何かありますか。 ○波多野幹事 ゴシックに書くかどうかは別としまして、必要な御説明をさせていただくような努力はしたいと思います。ありがとうございます。 ○山野目部会長 ありがとうございました。   引き続き御意見を伺います。いかがでしょうか。   青木委員にお声掛けですけれども、鑑定を必ずしなければならないという御意見の趣を理解いたしました。特定補助人を付する処分がみだりに用いられてはならないという休憩前からのお話の続きだと理解し、御意見の背景もよく理解することができるところです。   これは、そういうわけで特定補助人を付する処分は、度々頻繁によく見かけるねということでされる運用になっていってはならないですが、そうであるとしても、される場面でみんなお医者さんに宣誓を求める、そのほか民事訴訟法の規定で家事事件手続法で準用されているようなものを全部対応してくださいという事務を、全件そうなるという御提案をおっしゃっていると受け止めてよろしいですか。 ○青木委員 はい。 ○山野目部会長 なかなか重いですね。それは竹内委員がおっしゃるように、家事事件ではないですけれども、私はインタビューで、刑事事件の鑑定を求められるお医者さんのどういう気持ちでその仕事を一所懸命しているかの話を聞いた経験がありますけれども、あれは何か、宣誓から始まって、ずっと重い手続が続いて、これをしようという若いお医者さんは現れませんし、きつい仕事ですねという話がされていました。   刑事と民事ないし家事で必ずしも同じではないでしょうけれども、青木委員のおっしゃっている提案は、こうあるべきだということでいくと全くごもっともですけれども、なかなか辛いかもしれません。   それとともに、そこもしかし考えてまいりますけれども、それとともに竹内委員から、家庭裁判所の技官をお勤めで、技官そのものではなく、技官の勤めを終えた方のネットワークというようなお話を頂きました。一般的にも拝見していると、裁判所に勤められた皆さんは、裁判官は退官後に弁護士や公証人になっての活躍が制度上も保証されていますけれども、あそこで調査官とか書記官とか、そして今お話があった技官とかを務められた方が、退官後に何か大変な知識、経験を持っていますけれども、余り活かす場面が設けられていないような気もいたしまして、これは社会的な損失です。ですから、竹内委員のおっしゃったようなヒントと、こちらでの医師2名という規律運用の要請とがうまく合うとよろしいですね。 ○林委員 どこで申し上げようかなと思っていたのですが、前回、部会長から共同親権の関係で家庭裁判所の業務が増えていくというお話がありました。新聞報道では16名か18名だったか、増員するみたいなことを仄聞しましたが、全国規模で見れば、それは少ないだろうと思っています。今日もですけれども、随分、家庭裁判所に期待する、こういうことをやってもらう、こういうこともやっているといった話が多く出されており、ますます業務は増していくのだろうと懸念をするところです。先ほどあったように、OBの皆さんということになるのかもしれませんが、そこも含めて体制強化が必要不可欠だと思っております。どなたにお願いしたらいいのか分かりませんが、必要な人員配置とか予算確保というのがされなければ、幾らここで議論をしていても、それは完全に目詰まりというかデッドロックというか、実効性を持たないということになって、この間議論してきたことが全く実現されないのだろうと思っていますので、最後のまとめの際に発言した方がよいのかとも悩みましたけれども、是非ここでは家庭裁判所の体制強化についてもお願いしたいということでございます。途中でカットインして申し訳ございませんでした。 ○山野目部会長 医師2名と、恐らく今の進め方でいくと、家事事件手続法にそういう規律文言で書き込むでありましょうけれども、ただし、その運用が何かかかりつけのお医者さん、地元でよく診てもらっている2人の先生が親しいから、簡単に診断書はもらえますというような運用ですと、割と安直に特定補助人を付する処分がされてしまいかねません。   ですから、いろいろなアイデアを考えていきましょうということになりますけれども、いろいろなアイデアを運用で考えるということになると、放っておくと家庭裁判所が全部汗をかいてしなければいけなくなります。そこのところについて、今、林委員が御心配を頂きましたから、ごもっともなお話で、そのお話を伺ってよかったです。   そこに向き合っていくのには、やはり星野委員がおっしゃったような、司法に任せ切りにしてこの医師2人の問題を考えるのではなく、地域の福祉のネットワーク、これも広い意味での地域連携ネットワークの中で考えていかなければいけない事柄が、今まではなかったけれども、今度生じてくると予想します。そこで考えていってもらうべきことでしょう。   突拍子もないお話をしますけれども、内科医という言葉を用いてある機会に私は外国語の論文を書かなくてはいけなくて、自分の単語力では、内科医をヨーロッパの言葉で何と言ったらいいだろうというところがうまく出てきませんでした。知り合いの医学部の教授に欧米語では何と言いますかと相談したら、ヨーロッパの言葉に内科医にぴったり合う言葉が実はありません、そもそもそのような概念に当たる存在がないからです、という回答でした。内科医という意味不明の言葉を安直に用いるところに日本の医療の課題が見え隠れする、とも附言してくれました。   そして、かかりつけのお医者さんに相当する、先ほどホームドクターというお話がありましたけれども、それはありますという話です。ただし、それは内科でなく外科とかという看板を掲げていても耳鼻科という看板を掲げていても、何でも広く診てくれるというお医者さんが、法制上も何でも診ることができるし、看板とは関係なく、いろいろな悩みを聞く。その先生方は、向こうの概念でいえばジェネラリストですという謎解きが最後にされます。ジェネラリスト(généraliste, généralist)という概念は非常に身近な、用いておかしくない言葉としてありますという話らしいです。そこで診てもらい、ある程度の診断を受けたときに、事案によってはそれを専門医、スペシャリスト(spécialiste, specialist)に診てもらうところに医療情報提供をして、更に診てもらっていくのですというふうな教示をされて、そうかと得心し、その機会にあっては、では自分が初めは内科医と訳そうと思ったところの文脈を工夫し、ジェネラリストと訳して通そうと考え直し、それでしのいだ経験があります。   星野委員の御提案は、医師2人と法文には記されているけれども、本人のことを暮らしぶりとか家族まで含めてよく知っている、いつも近所で見てもらっているジェネラリストが1人、だけれども、ジェネラリストの診断書のみ2通でそろえましたという安直な運用ではなく、スペシャリストが1人関わってもらって、その2人の医師の診断書ということにしたらどうですかという含意であろうと理解します。   従来の法制例で見ると、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の中に、医師なら誰でもいいというわけではなく、絞りますよということを概念で示している規定がありまして、ここに当てはめるとこういうことになりますね。老年精神医学など精神医学に係る診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する少なくとも1人以上の医師による、一般に認められている医学的知見に基づく、事理弁識能力を欠く常況にあるという診断がされるということを要するというような運用をおっしゃったと理解します。   ただし、これを今ここで法文を改めようという改正の作業に、性急に入れ込もうとすると、つまり家事事件手続法を今般改正するときにその文言を入れたらどうかというお話になってくると、法文に入れること自体は機械的な作業として可能ですけれども、果たして実現可能かというと、それはこれからどれくらい、こういう事案が出てくるかということは、予測が困難な部分がありますし、慎重に運用しなくてはいけませんけれども、地域の状況やその他の状況によっては、そういうふうに法文に書いてあっても、それはなかなか困難ですというふうな、実態が追い付いてこないという問題があるかもしれません。   実態が追い付くようにしろ、裁判所がとにかくやれと、君らの責任だろうという話もかなり乱暴な話であります。そうすると、裁判所にも考え込んでもらうことは当然であるとしても、星野委員からヒントを頂いたような地域連携ネットワーク、それから竹内委員からヒントを頂いたような活用できる人材の様々な活躍の場を用意するといったようなことをしていって、それらの運用を機能的に積み重ねる中で、乱暴に初めから法文に書き込むのではなくて、やがてそういう運用が相当程度実現してくるようになりますということにしていくほかありませんし、しかし、その目標をはっきりと掲げて、イメージとしてはジェネラリストの診断書1通とスペシャリストの診断書1通ですね、そこに向けて励んでいきましょうというようなことは、大いなる有意な、有益なヒントになるかもしれません。   そのような観点を強調していくことにし、それからもちろん、青木委員がおっしゃった鑑定必須という提案は、その先の更に究極の理想としては棄てては駄目ですというお話もごもっともでありまして、今日頂いたようないくつかのヒントをゴシックに取り込む扱いは御案内したように難しいですけれども、部会で議論があったことで、かなりの合意形成、共通のイメージ形成がされたこととして、どのように部会資料において説明ぶりを調えていくかということを、また今日の議論を聴いている事務当局が整理して進めてくれるものと期待しますから、次の機会において、そこのところについてひきつづき御意見を頂いてまいりたいと考えます。   今の論点点でもよろしいですし、ほかの点についてでもよろしいですが、引き続き御発言を頂きます。いかがでしょうか。 ○加毛幹事 ありがとうございます。竹内委員の御指摘に関して、2点発言したいと思います。   まず38ページの「9 本人の死亡後の補助人等の権限」②の3号の具定例として、波多野幹事から、債務の弁済に当たって手元に現金がないために預金の払戻しを受けるという事例が示されました。その他にどのような事例があるのかについて考えてみたのですが、補助人が本人のために継続的な契約を締結する代理権を有していた場合において、当該契約は、本人の生存中は意味があるものの、本人が死亡した場合には、契約を終了させる必要があるときに、3号の相続財産の保存に必要な行為として、補助人に契約の終了を申し入れる権限が認められないでしょうか。契約の解約の申入れは、一般には保存行為とは言い難いように思うのですが、契約を解約しないことで、相続財産から金銭の支出が続いてしまうような場面を考えると、相続財産の減少を回避するという意味で保存行為として、補助人に権限が認められても良いように思いました。2号に関しても、補助人が相続財産に属する債務を弁済する権限を有するというのは、債務を弁済しないと損害賠償や違約金の支払いを求められる可能性があり、それによる相続財産の減少を避けるという意義があるように思われます。3号の解釈として、以上に申し上げたような考え方があり得るのかについて、波多野幹事の御感触を教えていただければと思います。   第2に、民法917条の熟慮期間についても竹内委員から御指摘がありましたが、これも重要な点であると思います。部会資料38ページにおいて、時効の完成猶予に関する民法158条に対応する規定を存置するものとされていますが、時効の完成猶予については、時効の更新を行うことが保存行為に該当すると考えられるので、一定期間、時効の完成を猶予すれば、特定補助人が時効の更新をすることによって、本人の不利益を回避できるように思います。他方、民法917条については、3か月の期間内に、相続の承認、限定承認、放棄のいずれかを選択しなければならないのですが、特定補助人は、一般的には、相続の承認・限定承認・放棄を行う権限を有しないように思われ、そうすると、3か月の期間内に相続の承認・限定承認・放棄に関する代理権付与の審判を行う必要があることになり、3か月という期間の長さが適切なのかが問題になるようにも思われます。   現行規定では、未成年者と成年後見人が並んで規定されており、いずれも保護者が包括的な代理権を有することを前提とするものと考えられますが、特定補助について包括的な代理権を認めないことにした場合には、未成年者の場合と特定補助の場合とで利益状況が異なる可能性があることに注意が必要ではないかと考えた次第です。 ○山野目部会長 事務当局から何か所見はありますでしょうか。 ○波多野幹事 今、加毛幹事から頂いた件を、38ページの9の②の3号に当たるかどうか、必ずしも検討したことがあるわけではないところではございますけれども、多分ニーズとしてはある場面だと思いますし、実務的にも恐らく御本人が何かサブスクリプションみたいな契約をされていて、そのままほったらかして何も使っていないけれども、どんどん引き落とされてしまっているということの状況で、それに対応しなければいけないのではないかということだとしますと、恐らく相続人が出てくるまでの間においても、誰かが何かそれを対応する必要があるということはあり得るような気がいたします。   一般的には、この9で提示しておりますのは、応急処分を意識したような規律をある程度具体化するようなことを念頭に置いて立法されたということを認識しておりますので、解釈としては、そういうものが入ってきてもおかしくないのではないかというようなことを感じた次第でございます。 ○山野目部会長 加毛幹事、お続けなることがあれば。 ○加毛幹事 結構です。 ○山野目部会長 相続の単純又は放棄に係る熟慮期間の法定の3か月の期間を伸長するという特例というのは、働く実例というのは、私は寡聞にして実情を知らないですけれども、実務家の先生方は経験したことがありますか。 ○青木委員 3か月の延伸は、実務では頻繁に使っておりまして…… ○山野目部会長 頻繁ですか。 ○青木委員 はい。被相続人の相続財産の内容が分からないので、相続債務も含めて調査して確認するのに3か月では確認できないので、特に、疎遠になっていた兄弟やおい・めいが法定相続人になってしまいますと、わからないことが多く、期間の延伸をした上で、相続財産調査をするというのは通常の実務になっています。 ○山野目部会長 それはものを知りませんでした。今教えていただいてよく分かりました。   引き続き、御意見を承っていきます。いかがでしょうか。 ○花俣委員 ありがとうございます。先生方の大変熱心な御議論を私なりに一所懸命、聞かせていただきました。   私は法律の知見もないし、ある意味、この制度利用の現場の実情にも明るいわけではありません。私の立場から申し上げられることは限定的ですが、これまでの制度というのは重くて使い勝手が悪い。これからは本人の意思を尊んで、より柔軟な制度になるように改正しようという、そういう議論の流れだと思っています。   私たちが求めてきたのは、終わることができる制度、本人がメリットを感じる制度というものでしたが、ようやく落としどころが具体的になってきて、類型の一元化というものを目指しつつ、今の類型よりも更に限定的なもの、特定補助人についても必要性で判断するといったような議論の流れと理解しております。   私たちが最も気になるのは、特定補助、あるいは事理弁識能力を欠く常況という概念が残るか残らないのかというところでしたが、事理弁識能力を欠く常況イコール特定補助人の審判ということにはならないということが、よく分かりました。ただ、それでも拡大解釈が生じないように、そこは十分留意がなされるべきだと思っています。平成11年の概念が広がりすぎたという経緯もあろうかと思いますので、新たに加わる特定補助については、保護の重要性がより明確に伝わるようになることに期待したいと思っています。   法律が生活と深く関わっていて社会の基盤になっているものだということを、私はこの議論の場に臨んで学びました。実に様々な場面で、私たち一人一人が法律に守られていることを併せて学びました。先ほど河村委員の明言にもありましたように、他方で、法律というのは、やはりもろ刃の剣にもなり得るということも考えさせられたところでもあります。   日本の民法には、たくさん古い時代の条文が残っていると受け止めました。社会環境あるいは社会情勢の変化、それから人々のありよう、そういったものに法が追い付いているのかという懸念もあるところです。もうしばしの時間しか残っていませんけれども、今回の改正が歴史的な転換点になるような、そういったものであってほしいなと強く願っています。   私の方からは以上となります。 ○山野目部会長 部会資料31についての議論を、勘どころをまとめて御発言を頂いたと受け止めました。ありがとうございます。 ○久保委員 今ずっと最初からお話を伺ってはいたのですけれども、河村委員が心配されるのと同様に、私たちもこれで大丈夫と言えるのかなというのは、確かにそういう気持ちもなくはないわけですけれども、私も何人かの方がお布団を幾つも買わされたり鍋のセットを幾つも買わされたりという、そういう方は何人か知っていまして、3、4回クーリングオフでぎりぎりセーフという方もありましたし、上手に言われて町の金融でお金をたくさん借りて好きなものを買っていたという人もいまして、その方はもう仕方がなかったので自己破産をしてもらったというような、そんな経験もございます。   ただ、法律でどこまで守れるかというと、やはり一つの法律では守り切れないのだろうなと思いますし、いろいろな法律、成年後見だけではなくて、その他の法律も使いながら本人さんを守っていくというのもあります。そういうことをやってしまう人が、イコール事理弁識能力を欠くというわけではなくて、独り暮らしをされている方でも、企業にお勤めになって独り暮らしされている方でも、相手方が故意にそういうことの話を持ってくるわけですから、ついつい引っ掛かってしまうというのは、私たちの周りでもおられるわけです。   ですから、それを事理弁識能力を欠くかというと、まず質疑照会はほとんどの方が事理弁識能力がないと言ってしまいそうに、そういう範疇に入ってしまいそうになるのですけれども、そうではないと私は思っていまして、事理弁識能力はうまく、私たちでも故意にいろいろ上手に言われたら引っ掛かってしまいそうな、オレオレ詐欺もそうですけれども、そういうことが周りでたくさんあるわけですので、そのことを思うと、やはり私は地域の権利擁護支援といいますか、その辺のところで周りの人がどれだけ御本人をいつも見守っているかというところが大事になるのかなと思っています。一つの法律でどこまでできるかというのが、私は難しい部分があるのだろうなと思います。   今の成年後見制度は、私たちが当初からお願いして、こんなふうにしてほしい、こんなふうにしてほしいと思っていることを、ほぼほぼかなえていただいているような感覚を私は持っていますので、とてもうれしく参加させていただいているわけですけれども、それでもなお、やはり不安なところがあるというのは確かでございますので、私たちがこの後、どれだけ御本人を、私たち自身もそうですけれども、気を付けて見守っていくかということも大事なのだろうなと思いながら、皆さんの御意見を伺っておりました。ありがとうございます。 ○山野目部会長 一つの法律で万能に達することはできない、誠に仰せのとおりです。引き続き御意見を頂いてまいります。どうもありがとうございます。   部会資料31に関する審議を了します。   部会資料32に進みます。   部会資料32は、一括してお諮りをいたします。事務当局から説明を差し上げます。 ○柿部関係官 部会資料32について、部会資料31を引用していない事項について御説明いたします。   まず2ページの19行目から、任意後見制度における予備的な受任者について、任意後見受任者ごとの複数の契約という整理を試みた上で、任意後見契約の効力の発生に係る当事者間の合意等について規律を設けることや、この合意に関しては、登記事項としないことを提案しております。   次に、6ページの15行目から「任意後見人の事務の監督の在り方」について整理しております。任意後見監督人の選任を原則としつつ、例外的に家庭裁判所が明らかに任意後見監督人の監督の必要性がないと認めるときは、任意後見監督人を選任しないことができるとの規律を設けるかについて検討することを提示しております。   なお、そのような規律を設けることとした場合の具体的な規律の在り方について、9ページ29行目から10ページ12行目までのように、任意後見人の代理権を発効させる任意後見開始の審判を設けることなどが考えられると整理しております。   そして、このような任意後見制度に関する検討を踏まえ、10ページからの「成年後見制度に関する家事審判の手続」におきましても、11ページ13行目以降では、任意後見制度において任意後見開始の審判の規律を設ける場合などについての家事審判手続を整理しております。   予備的な受任者に関する規律につきましては、11ページ20行目から22行目、12ページ12行目から22行目のとおり、任意後見契約法において、本人と任意後見受任者との間の任意後見契約は、任意後見受任者ごとに別個独立した契約であり、予備的な受任者がいる場合には、複数の契約が存在すると整理をする場合には、当該任意後見契約の効力を生じさせる要件が満たされているかどうかについて判断すれば足りると考えられることから、予備的な受任者に関する特別な規律を設けないということを提案しております。 ○山野目部会長 部会資料32について、委員、幹事の御意見を承ります。いかがでしょうか。 ○小澤委員 ありがとうございます。部会資料32の第4の1、「(2)予備的な任意後見受任者」について、御提案に賛成をいたします。   ゴシック体の他の任意後見契約が本人と別の任意後見受任者との全ての任意後見契約を意味するのではなく、ある特定の任意後見契約を意味するもので、それを任意後見契約の中で指定することを念頭に規定をするのがよいのではないかという意見を持っています。   また、部会資料、第4の2、「(2)任意後見人の事務の監督の在り方」についても御提案に賛成いたします。   9ページで家庭裁判所が任意後見監督人を選任しないケースとして、弁護士等の専門職である場合などが限定的に挙げられているところでございますが、法改正後の運用に当たっては、部会資料31の4、1ページのゴシック体にある任意後見監督人の選任に当たって考慮すべき本人の意見などを踏まえて、どのようなケースで任意後見監督人を選任しないこととするのかの検討を続けていく必要があると考えています。 ○根本幹事 まず部会資料29、30からこの32に昇華をしていただきましたことについて、木田関係官及び関係の各機関には厚く御礼を申し上げたいと思います。   その上で2点、それぞれ予備的なところと監督について申し上げます。まず予備的な任意後見につきましては、部会資料32の6ページの小括の結論に、私としても賛成をいたします。   登記事項とはしないという点につきましては、予備的な存在ということについて、取引の相手方は、今、誰が権限者であるかということに専ら関心があるのでありまして、予備的な存在ということについては、予備的なものが権限者にならない限りは、取引の相手方には影響はないと思われますので、飽くまでも本人と複数受任者相互間の問題と整理をするのであれば、審判開始の障害事由に足りると考えるということで、私もよいのではないかと思います。その上で、登記事項とはしないものの、実際にその存在を確認できる方法というのを実務上示していくという試みは、引き続き検討するということでよいのではないかと思います。   そこは前回申し上げましたが、法制事項とはしないものの、モデル条項等においても、この予備的な制度を設けるということとの関係で、補強的な措置をきちんと講じていくということが期待をされますので、そのことは確認的に申し上げます。   聴取の点ですけれども、これについても除かれる場面が多いということで法制事項とはせず家庭裁判所の審理に委ねるということで部会資料をおまとめいただいているかと思います。この点については、運用上の今後、家庭裁判所の課題において、死亡等で先順位のものが欠けているということが明らかであるという場合はよいと思いますけれども、先順位のものの事情によっては、先順位のものに聴取をするという形で審理を尽くすということはなお必要だと思いますので、その点も指摘は改めてしておきたいと思います。   なお、先ほど小澤委員の方から、2ページの(2)アの①のところについての他の任意後見契約の受任者というところについて、特定が必要ではないかという御意見がありましたけれども、恐らくその念頭に置かれているのは、予備的なもの以外にもほかにもあるのではないかという複数を念頭に置かれた御指摘ではないかと思いますが、そうなりますと、かなり想定が複雑になるのかなと思うところですので、私としては、今の部会資料の他のというところで、特に特定や限定をしない形の規律のままでよいのではなかろうかと思います。   次に、監督についてです。9ページ(2)の部分がゴシックになるという理解を私としてはしておりますので、是非、次の資料ないし要綱案の段階では、ここの部分をきちんとゴシックにしていただくということを強く御要望を申し上げます。   任意後見監督人がいない場合に、これまでの任意後見法の中で監督人が担っていた機能というのは、家庭裁判所が担うということになろうかと思いますので、その限りにおいては法定後見が準用されるという対象になろうかと思いますが、これは法制事項ではないということを前提に申し上げますけれども、現行の実務において、いわゆる監督人による同意事項というものが任意後見契約の中で定められているということになりますので、そういった契約を結んでいる場合に、監督人がいなくなった場合に債権的な、契約上の規律をどのように解釈をしていくのかということは、今後、法制事項ではないと思いますが、運用の問題としてモデル条項の在り方も含めて議論される必要があると思いますので、その点は今日は指摘するにとどめておきたいと思います。 ○竹内委員 私も2点です。   まず監督の方なのですけれども、9ページの(3)の部分について、こうした任意後見監督人を選任しないということ自体について、私は従来から反対意見を述べていました。ですが、これが必要だということであれば、やむを得ないと思うのですけれども、ただ、申し述べておきたいことは、9ページの(3)の「そこで」以降の成年後見制度に精通した弁護士等の専門職である場合など明らかにうんぬんとあるのですが、果たしてこれを裁判所が認定できるのかと、要件を明確かつ公平に本当にできるのかというところについては、非常に懸念をしておるところでございます。   また、この理由として、8ページ、部会資料のところに、6行目であるとか19行目であるとか、任意後見監督人に報酬が支払われるということに負担を感じているという御意見が多いと触れられているのですけれども、このアンケートをどういう方が答えているかによると思いまして、任意後見人は御家族、だけれども、専門職が監督人としてやってきて、それで報酬を支払うのが負担なのだということであれば、この9ページの(3)にあるように、精通した専門職が付くということだったら報酬を払うことは同じことであって、果たしてこれがイコール利用制度を広げるということに直結するのだろうかというところも少し疑問に思ったところですので、意見としては述べさせていただきます。   あと、次の予備的任意後見については、これはニーズがあるということで、この部会資料に異論はございませんが、弁護士の中から考慮してほしいという意見を聞いたものがあります。私自身は経験がないのですけれども、既にこのような予備的任意後見のようなものが作られている公証役場があるのだというような話がありまして、その場合、今回、部会資料6ページの「(3)小括」のところで、任意後見契約の発効に係る裁判について障害事由の規律を設けるなど、新しい規律が設けられるのであれば、既に作られているものについて、それが無駄にならないというか、無効にならないような経過措置には配慮いただけるといいのではないかという意見がありました。一つ述べさせていただきます。 ○上山委員 6ページの任意後見人の事務の監督の在り方について、少し意見を申し上げたいと思います。   既に複数の委員の方が御発言されていますけれども、仮に裁判所直接監督型とも呼ぶべき任意後見監督人を選任しないというタイプのものを導入した場合、これは理論的に現行制度の本質をかなり大きく変容させる可能性のあるものだということは確認しておくことが必要かなと思います。導入に反対するつもりはないのですが、現行制度というのは、飽くまでも家庭裁判所の関与の仕方が間接的監督にとどまるというところに力点がありますので、裁判所による直接監督という仕組みを導入するということは、現行制度の本質に大きく関わるものであると感じます。更に言えば、法定後見と任意後見監督人を選任するタイプの従来型の任意後見契約と、それから裁判所直接監督型の任意後見契約、さらには、そもそも公的な関与のない任意代理契約と、かなり大きなグラデーションが出てくると思うのですけれども、その中で直接監督型については、かなり法定後見に近い性質に近付く要素もあると思いますので、その辺の理論的な整理ということも考える必要があるのだろうと思います。   その上で、まず1点、これは事務局に確認なのですけれども、裁判所が直接監督をするという場合に、例えば現在の民法863条が、後見の事務の監督に関する規定を置いているわけですけれども、基本的には、裁判所の直接監督型については、現行の民法863条が想定しているような規定を任意後見契約の中に置く、あるいはこうした規定を準用するというようなことを想定されているのかどうかということを、まずお伺いしたいと思います。 ○波多野幹事 仮に、この任意後見監督人を選任しないという規律を導入する場合には、今、上山委員から御指摘がありましたような法定後見の863条のような規律を設けるか、準用するということは多分一般かと思いますが、準用するようなことを検討しなければいけないと考えております。 ○上山委員 承知いたしました。   今の回答を前提に、もう少し細かい点を意見として申し上げておきたいと思います。   先ほど根本幹事の方からは、法制事項に関わらない点についての御発言がありましたけれども、厳密に申し上げますと、現在の任意後見契約法7条に任意後見監督人の職務に関する規定が存在しています。そして、現在の7条というのは、飽くまでも全ての任意後見契約について監督人を必置とするという前提で作られているという規定になります。   その場合に、たとえば現7条の第1項の第3号と第4号について、任意後見監督人が現に担っている機能を何らか別の形で代替することを検討する必要があるのだろうと感じます。第3号については、先ほどご回答のあった863条2項の準用的なものを想定するということであれば、たしかに一応の対処はできそうです。しかし、さらに細かく言えば、現在の第3号は、急迫の事情がある場合と当該任意後見契約の代理権の範囲内という2つの条件の下で、任意後見監督人が任意後見人に代わって直接必要な処分をするという規律になっています。これに対して、863条2項は、家庭裁判所が成年後見人等に対して必要な処分を命じるという立て付けになっており、厳密にいえば規律の仕方が異なります。このあたりについては、家庭裁判所による直接監督の在り方等を整理した上でさらに検討が必要であるように思います。   また、第4号の任意後見人と本人との利益相反行為について、現行では必置機関である任意後見監督人が本人の利益代表者として対応できるということで、法定後見におけるような特別代理人の選任規定は置かれていないわけですけれども、しかし、仮に裁判所直接監督型を導入した場合には、任意後見監督人がいない場合が生じるわけですから、特別代理人の選任のような仕組みの導入を検討する必要があるのではないかということを申し上げておきます。   と同時に、このことは、そもそもある事案を裁判所直接監督型の運用にしてよいかどうかという判断の基準、明らかに任意後見監督人の監督の必要性がないという要件のところにも影響し得るのではないかと感じています。つまり、当該本人と任意後見人との間で、ある程度、直接取引があり得るような場合については、やはりそもそも任意後見監督人を事前に選任しておくということが好ましいだろうと思いますので、その辺りにも、これは解釈論のレベルの話かもしれませんが、影響し得るかもしれないと感じました。 ○根本幹事 今の竹内委員と上山委員の御意見を受けて、補足でお伝えをしたいと思うことがございまして、まず一つは、最後の上山委員からの御意見にも関係しますし、竹内委員の御指摘にも関係しますが、専門職が任意後見人だからという理由だけで監督人を付さないということではないというのが、この部会資料の前提だと理解はしています。   前回も、例えば職務内容や実績、経歴等の任意後見人側の事情だけではなくて、今、上山委員から御指摘があった御本人の関係性ですとか御本人の取引状況など本人側の事情ということもありますし、更にそこに加えて、従前からこの点について家庭裁判所の監督体制ということや、人的、物的整備状況については、たくさん御懸念の御意見を頂いているところですので、そういった監督体制も考慮するということだと思います。さらには地域における支援状況など地域の諸般の事情なども考慮した上で、裁判所において、これはというものだけを選び出していただくということになろうかと思います。それを選ぶことができないということなのであれば、それは監督人が付くということだろうと思いますので、そのような形で理解をすればよいと思っております。   それから、経過措置についてです。これは飽くまでも今回は予備的な規律について審判開始の障害事由とするということになりますので、この改正が行われた後においても現行行われているような覚書で対応するという対応は、引き続き制度としては併存的に残っていくということになるのだろうと思います。   審判却下の効果は、これは改正法の規律に基づいた場合のみという形になりますので、改正後においても覚書対応でなさるということであれば、それは開始審判は却下されないということになるのだろうと思いますので、もし改正法の規律に基づいた契約を締結されないのであれば、別にこの規律は及ばないだけということになりその点についての経過措置ということにはならないのではないかなと思います。 ○野村(真)幹事 ありがとうございます。監督の在り方についてですが、6ページ記載の規律を設けることは、利用者にとって利用しやすい制度となる方向の改正ですので、基本的に賛成です。   本人の財産や生活の状況によっては、従来の監督の仕組みは本人にとって負担となることがあります。実務的には、近い親族がいない本人が、財産は少ないものの日常的な支援のために専門職と任意後見契約を締結したいというニーズがありますが、監督人の報酬の負担感が制度利用のハードルを上げています。   事務の内容や任意後見人となる者の経験、知識又は本人の財産や置かれた状況によっては、監督人の監督が不要な場合もあると思います。ただし、開始時に直接監督とするとした場合においても、本人の保護の観点から、家庭裁判所が必要があると認めるときは、職権で監督人を選任することができるとの規律を設けることは必要ではないかと思います。 ○上山委員 まず、私は裁判所直接監督型の導入を否定しているわけではなくて、その導入を前提にこういうことを検討すべきではないかということを先ほどは申し上げたつもりです。   その上で、立法事実の1つとして想定されているように見受けられる、今、野村幹事からも御発言がありました任意後見監督人の報酬の負担というのは、私は必ずしも決定的な事由にはならないのではないかと思っていますというのも、任意後見監督人の報酬についての課題は、単純に公的な助成の仕組みを拡充するかたちでも対応できると考えられるからです。現に成年後見制度利用支援事業においても、全体の9%程度と非常に割合は低いですけれども、実際に任意後見監督人の報酬を助成対象としている自治体も存在しているわけです。そうだとすると、この課題については別の解決の道もあるわけですから、この点だけを余り強調しすぎるのは、いかがなものかと感じています。 ○山野目部会長 御意見を頂きました。   今の上山委員の御発言も含め、6ページのところで任意後見監督人の選任に加え、任意後見人の事務の監督の在り方について問題提起をしているところについては、9ページから10ページにまたがって、規律の在り方がこうなっていくかもしれませんとお見せしている姿に対して、特段の反対の御意見がないようにお見受けしますから、根本幹事の希望は実現するかもしれません。ここをゴシックに昇格させるということについて、反対であるという御意見が出ていないようにみられます。   本日の部会資料で、いきなりゴシックにしてもよろしかったですけれども、いささかそれは部会資料ないし部会運営として乱暴のような気もして、前回話が盛り上がったから、もうゴシックにしましょうという進め方では、何かよく考える時間がないままに進んでしまうし、ここは裁判所の方の事務にも大きな影響を与えますから、裁判所の方でもお考えを整理していただく時間を差し上げなければならず、少し緩慢にも映るかもしれないリズムで進めましたけれども、本日、委員、幹事の御意見の分布は把握したつもりでおりますから、また次回に向け、これを踏まえて整理を進めていくことにいたします。   部会資料32について、ほかにいかがでしょうか。 ○山城幹事 少し遅れたタイミングでの発言になりますが、こういった制度を作ることには非常に大きなインパクトがあるという点は、ご指摘の内容も含めて上山委員がおっしゃったことに私も共感いたします。   加えて御発言申し上げたかったことは、こちらも既に野村幹事が御指摘くださった点ですけれども、9ページから10ページにかけての規律のイメージですが、任意後見を開始した後に監督人を付ける方がよいと判断される場合について、法定後見に関する民法849条のような形で、必要があるときに監督人を選任することができることとする規律はあった方が望ましいのかなと思いますので、その点は御検討いただければと私も考えます。 ○山野目部会長 山城幹事がおっしゃった点を検討することにいたします。ありがとうございます。   ほかにいかがでしょうか。 ○上山委員 度々の発言で恐縮ですが、この論点をゴシックに昇格させるという方向ですので、もう1点気になっていることを申し上げます。   職権解任の規定の作り方について、やはり丁寧にやる必要があるだろうと思います。現行は、任意後見契約法8条で当事者の申立てに基づいて任意後見人を解任できるという規定ぶりになっていますけれども、職権介入ができる範囲について、飽くまでも裁判所直接監督型に限定するのか、それとも、そこでのりを越える以上は、一般的な任意後見監督人がいる場合についても、当事者の申立てを待たずに任意後見人の職権解任ができるところまで認めるのかというのは、一応整理をする必要があるかなと思います。 ○山野目部会長 上山委員の御注意を受け止めて整理をする必要がありますけれども、上山委員御自身に、現時点で何か、それは多分行くべきはこちらの道であろうというような御意見はおありでしょうか。 ○上山委員 これは迷っておりまして、これまでの部会資料を拝読した限りでは、飽くまでも解任というのは、裁判所の解任権の問題については、裁判所が自分で選任した者なのか、そうでないのかということを基準に整理がされてきたように受け止めています。そうだとすると、やはり例外となる裁判所の直接介入の範囲は最小限にとどめるべきと思われ、裁判所直接監督型に限定するのが、理論的には一番落ち着きがよいのかなと思うわけです。   ただし、先ほど申し上げましたように、裁判所直接介入型を導入するということは、実際には任意後見の性質を、一部とはいえ法定後見にかなり近付ける可能性が出てくるわけで、そうであるとすれば、裁判所の介入の余地というのを一般に広げるという考え方もあり得るかもしれないとも思います。ということで、部会長のお尋ねに対する直接のお答えになっておらず恐縮ですが、私はまだ少し迷うところがありますので、次回までもう少し考えてみたいと思います。 ○山野目部会長 ありがとうございます。 ○根本幹事 今の上山委員の御意見のところについてなのですが、今回、直接監督の余地が出てくるということではありますが、私自身は、これまでの任意後見契約の性質を大きく変えるものではないと整理することもできると思っておりまして、それはつまり、オーソドックスな状態は飽くまでも監督人がいる状態であるという形で、基本的な規律の構成をしていくということなのだろうと思います。   例えば上山委員から御指摘があったようなケースのときに、解任の判断が必要なのであれば、それは監督人を付した上で、通常のオーソドックスな任意後見の規律の中で判断をしていけばよいということになるのだろうと思いますので、直接監督がここで導入されるということになるからといって、任意後見契約全体に対して家庭裁判所の介入の度合いをより強めていくような規律を同時に設けていくということは、ある種、のりを越えるということではなかろうかと思っています。性質について、もちろん解釈をどう考えていくかということは今後の議論に委ねられるところも大きいとはもちろん思っていますけれども、基本的には、任意後見の基本的な性質変更はないという中で直接監督を設けていくというのが、今回の私自身の部会資料の読み方ということで考えております。 ○山野目部会長 裁判所直接監督型というニックネームで皆さんに読んでいただいているところの、任意後見監督人を設けないで任意後見人の職務の開始を是認し、任意後見人に対して家庭裁判所が言わば直接に監督を行うという仕組みの導入に伴って、注意をしなければならない規律の要否という論点が幾つかあるということが分かりました。   特別代理人を選任しなければならないのではないかと見える状況であるとか、職権解任の範囲をどういうふうなものとして調えることがよろしいかといったような、委員、幹事から御指摘いただいたような点については、後々にそれは検討しないまま任意後見監督人を置かないという局面を設けましたという言い訳が許されませんから、そういったところについては、この部会の審議の中で必ず検討をお出しする必要があって、次回の部会資料において、それをどうするかということをお示しして相談をしていくということになるであろうと考えます。   その上で、上山委員や山城幹事のお話の背景にあったところの、このような規律の、ある意味においては本質的な変更を受けて、これからの任意後見契約というものの体系的な位置をどう考えるかという問題は、これは一個の大きな問題として今後に託されるであろうと感じます。   一方においては、根本幹事の言葉を頂いて言えば、お話ししているような変更、修正、改定はするけれども、任意後見契約の制度の本質は変わらず、一言でざっくり図式的に言えば、法定後見と対峙するものとして今後も任意後見契約の制度が置かれ続けるという見方、これが一方にありましょうし、半面においては、すごく思い切って申せば、これからの任意後見契約というものは、実は法定後見の一類型であるかもしれないという見立てが現われてまいります。あらかじめ後見人になる人、あらかじめ保護者になる人が、本人の指定によって第一次的には定まるという、特殊な類型の法定後見の制度を今般改革で導入したという整理になるかもしれません。しかし、それは恐らく体系的、思想的な整理の問題であって、今般の規律の整備を踏まえた上で、それについての学術研究、学問の研究がされる中で位置付けをどう考えますかということを改めて研究してもらう、そういう課題が生まれるのでありましょう。   この部会において、今後の任意後見制度は、今、二つの大きな方向で御提示したうちのどちらになるのですかということ自体も議論していただいてよろしいですが、恐らくそれを演繹的に決めるというよりは、お話に出していただいたような幾つかの局面における規律の要否ないし内容が、検討しないまま終わりましたということにはできませんから、そこは必ず次回までに検討し、また委員、幹事にお諮りをしていくという作業が最小限求められると考えます。   立案の準備をなさっておられる事務当局の方から何かおありですか。 ○波多野幹事 最後に幾つか頂いたところにつきまして、一つ目の野村幹事ないしは山城幹事から頂いた、必要があると認めるときは任意後見監督人は選任することができるようにすべきであるというところの関係ですが、なお引き続き検討いたしますけれども、事務局としては、10ページのイの②で、欠けた場合には、家庭裁判所は選任するという規律があり、④ではそれが明らかに監督の必要がないと認めるときだけ選任しないことができるとなっていることから、裁判所が明らかに監督人の選任を必要がないと認めるときではなくなったときには、この②の規律から欠けた場合であることは変わりませんので、選任すると読めるのかなとも思っていたのですが、今日頂いた御宿題というか御指摘を踏まえて、この記述で読めるのかどうかというところを引き続き検討したいと思っております。   もう1点が解任の関係でございますけれども、今日、二つのお立場を頂きましたので、なおこちらも検討いたしますけれども、仮に設けたときに、任意後見監督人がいない場合だけというような、くくり出して規律ができるかというところが法制的にはなかなか難しい部分もあるのかなということも直感的には思うところがございまして、その辺りは法文上どうするかという問題と意味としての解釈をどう考えていくかというところは、また引き続きこちらは検討して、次回御提示させていただくということもあるのかなと思っているところでございます。 ○山野目部会長 部会資料32について、ほかにいかがでしょうか。よろしいですか。   そうしましたならば、花俣委員、久保委員にこの順番でお声掛けをしますけれども、よろしいですか、ほかの委員、幹事はよろしいですか。 ○花俣委員 難しい法律上のことは全く分からないのですけれども、任意後見監督人を選任しないことを選択できるというのは、ものすごく魅力的な提案だと受け止めました、   なぜかというと、社会福祉法の改正でも問題になっている身寄り問題というのが非常にクローズアップされております。頼れる身寄りのおられない方が、任意後見制度を使うときには、どうしても専門職の方にお願いするというパターンになろうかと思うのです。特に子供のいらっしゃらない御夫婦で連れ合いのみとりが終わって独居高齢者になられた方、そして生活困窮や、複雑な問題を抱えておられない場合は、福祉とのつながりもすごく希薄なわけです。   自分がこれから老いていく中で心配だと思ったときに、多少の資産もある。なので、リスクの高い終身サポート事業者に流れるぐらいであれば任意後見制度を有効に使いたいと、専門職にお願いし、いざとなったら更にそこに監督人が付いてしまってダブルで報酬を支払うというのは、やはりイメージとして、同じような職種の2人にお払いしなくてはならないというのはやはり抵抗があると思います。そういう意味で、監督人の選任を選択できるようになれば、任意後見制度について、皆さんの関心が高くなるのではないのかと、何となくイメージしています。   ただ、細かいことが全く理解できていないので、今、先生方のお話を聞いて、検討すべきことや考慮すべきことがたくさんあるのだなということも少し分かってきたというところです。 ○山野目部会長 花俣委員に的確に見抜いていただいたとおり、任意後見監督人を置かない場合という局面を認めるという方向に踏み出そうとしていますけれども、その局面は決して任意後見人がやりたい放題の空間を作るということを全く意味しないものでありまして、裁判所は、必要なときには今日幾つか話題にしていただいたような、局面によっては強い権限を発動して任意後見人を牽制することになる、ただし、常時そういうことをヘビーな仕方ではしないという仕組みを想定しているものでありますから、おっしゃっていただいたように、身寄りのない人の立場などを考えたときに、もしかすると、ここら辺りにおいて今後の市民後見人が活躍する場面の一つのヒントになるかもしれません。   もちろん、明らかに任意後見監督人を置く必要がない場合という局面が、イコール市民後見人が活躍する場合であると乱暴に等置するわけにもいきませんから、今後そこは考え方を整理して、適切な運用の姿を見据えていく中で、そういうことも、しかし視野に入ってくるかもしれないということでありましょう。どうも審議の様子をじっくり御覧いただいて、ありがとうございます。 ○久保委員 私ども育成会の中では、後見人に専門職の方に付いてもらって、そしてなお監督人が付くと、私たちは本人の収入から考えると、今現在の後見制度でも専門職にお支払いする部分がとてもきついので、だから、使わないという方がとても多い中で、ダブルで払うのかみたいなことをよく聞かれておりました。そういう意味では、選べるということはとても有り難いなと思っておりますし、みんなが安心して、任意後見から使えるようになるかなと思っております。   ただ、どういうときに任意後見を付けてくださいとか、要りませんとかいうような選択ができるのかというのが、多分、我々の会員さん、私も含めてですけれども、悩まれるところだろうなと思いますので、また分かりやすく教えていただけたら有り難いなと。制度そのものも分かりやすく広めていきたいなと思いますので、そこも含めて、今回の今御議論いただいております任意後見監督人の部分も、決してお金がないから、本人の収入が少ないから親や兄弟が後見人になりますと、そこに必ず後見人が付きますよとか、専門職が付かれても後見人、監督人が付きますよとかというようなことが起こって、理想だということを早々と、何となく知っておられる方は、やはり今回の成年後見制度も使いにくいよねみたいな話がちらほらあったりしていたので、いろいろなものが選べるということがとても有り難いなと思っております。   ただ、選ぶときの悩みに、どこかで寄り添って一緒に考えていただけるところがあると有り難いなと思っております。 ○山野目部会長 ありがとうございます。選ぶときの悩みを適切に受け止めるということができるような仕組みに育っていくとよろしいだろうと考えます。   委員、幹事から御異論がないところでありましたから、本日お話しした規律のイメージとして御提示しているものをゴシックに昇格させるという方向も、次回に向けて考えないではありませんけれども、ここまでまいりますと、本当にこうなるのかというところが少し心配になってくる部分があって、任意後見契約に関する法律の法文としては、こういうふうに改めていくということしか考えられませんけれども、これ以外、何も工夫しないということでは、どう申せばよいでしょうか、裁判所は薄着のまま、寒い風が吹いているところに引っ張り出されてきて、さあ必要な職権はありますからやってくださいという状態にするのに近いわけで、裁判所は風邪を引いてしまうかもしれません。   ですから、ここの明らかに任意後見監督人を置く必要がない場面というものが、本当に身寄りのない人や知的障害者の皆さんなどの暮らし、人生にとって、良い制度にしてくださいましたねと言っていただけるためには、裁判所にもじっくり運用の見通しを立ててほしいと望むと同時に、裁判所だけに検討をお願いしますとしないで、専門職の団体との連携体制や地域連携ネットワークの中に、この課題をきちんと組み込んで、任意後見人に対する監督ではないですけれども、コントロールといいますか制御といいますか、あるいは支援をどうしていくかという、運用上あるいは実質上の態勢をしっかり作り込まないと、これは単に法文を改めただけで、状況によっては危うい制度を作ってしまいましたということになりかねませんから、やはりそこのところは、じっくり今後も、ここの部会の要綱案を作るまでも考えていきますし、作った後の法律になった、なるかもしれない段階での、その後の運用においても、相当これは一つの大きな課題として考えていかなければなりません。   そういったところを見据えて、委員、幹事におかれては、今日は充実した御論議をなさっていただいたと受け止めました。   部会資料32についての審議は、ここまでといたします。   本日は、部会資料31及び32についての審議をお願いし、これらの二つの取扱いを了したということにいたします。   次回の部会会議等につきまして、事務当局から案内を差し上げます。 ○波多野幹事 本日も長時間にわたりまして御審議を賜り、ありがとうございました。今後の予定について御説明いたします。   次回の日程は、令和8年1月13日火曜日、午後1時15分から午後6時まででございます。場所は法務省大会議室です。   次回は、本日を含めまして、これまでの部会での御議論を踏まえまして、要綱案の案を作成してお送りする予定でございまして、その資料に基づいて御議論をお願いしたいと存じます。 ○山野目部会長 良いお年を迎えくださいと一言のみ申し上げて済むと平安でありますけれども、実は新年を迎えていただいた後、いわゆる御用始め、官庁執務の開始日を迎えると、余り日を置かず、今、波多野幹事が御案内した要綱案の案の文書が委員、幹事のお手元に参りますから、また皆様におかれて予習なさっていただいた上で1月の部会に備えていただきますよう、併せてお願いいたします。   これをもちまして、法制審議会民法(成年後見等関係)部会の第31回会議を散会といたします。どうもありがとうございました。 -了- -43-