2006年1月
JICA長期専門家としての日々 〜途上国で裁判官にできること
JICAベトナム法整備支援プロジェクト長期派遣専門家
國 分 隆 文

 はじめに
 私は,裁判官として8年間勤務しましたが,独立行政法人国際協力機構(JICA)の法整備支援長期派遣専門家としてベトナムに派遣されることが決まったことから,2005年4月1日をもって東京地方検察庁検事に転官し,法務省法務総合研究所(法総研)に所属することになりました。そして,現在は,ベトナムの首都ハノイに在住し,民商事関係法令の起草,裁判官,検察官及び弁護士といった法曹三者の養成,判決書等の裁判実務の向上や判例の公開,ベトナム国家大学における日本法教育などに関する法整備支援プロジェクトに取り組んでいます。なお,ベトナム法整備支援プロジェクトの内容については,法総研国際協力部教官関根澄子氏のページをご覧になってください。

 ハノイという街
ハノイの街並み  JICAの国際協力総合研修所において国際協力の意義やその手法などについて1か月半ほどの研修を受けた後,5月下旬ころ,ベトナムへと渡航しました。そこで私を待っていたのは,息苦しいほど蒸し暑い空気と咲き乱れる火炎樹の赤い花でした。ハノイは,フランスの影響を受けたコロニアル様式の建物が建ち並ぶ雰囲気の良い街です。そこで生活する人たちは,活気にあふれ,しかも,皆大変親切でした。生活も仕事も全く新しい世界に飛び込むということで幾分か不安を抱いていた私も,すぐに馴染むことができたのでした。

 プロジェクトオフィス
プロジェクトオフィスにて  私が勤務する法整備支援プロジェクトオフィスは,最高人民裁判所や最高人民検察院のすぐ近くにあるビルに入っています。オフィスには,私の他に,チーフアドバイザーである検察官で法総研教官の森永太郎氏,弁護士の佐々木(佐藤)直史氏,業務調整員の山下哲雄氏が,JICAの長期派遣専門家として配属されています。また,有能なベトナム人スタッフ5名も働いています。日本の法整備支援プロジェクトとして,法曹三者が常時勢揃いしている国は他になく,また,諸外国の法整備支援活動と比較しても,これほど人的な体制が整っているところはないと思われます。皆それぞれの経験や能力を生かして活動しており,しかも,自分の担当分野に関してあれこれ相談することもできるので,非常に恵まれた環境にあるといえます。

 日々の活動
最高人民裁判所  私が主として担当しているのは,判決書の内容を向上するため,ベトナムの裁判官と共にマニュアルやサンプル判決書を作成し,それをベトナム国内に広く普及していく活動や,日本の司法研修所に近いベトナム国家司法学院の講師等と共に,そこで使用されるカリキュラムや教科書を作成する活動などです。したがって,相手方は外国人である上に,私などよりもずっと長く経験を積まれた目上の方も多いわけです。そのような方たちと共同して知的な作業を行い,一定の成果物を作り上げねばならないということになります。その活動の手段としては,ベトナム側のワーキングループのメンバーと一緒にセッションで定期的に議論を行い,また,日本から法律実務家や学者の方々に来越していただいて大規模なセミナーを開くといったものが中心です。ところが,これまで日本の現場で裁判に携わった経験しかない私は,いったい何をどのようにすればよいのか,なかなか具体的なイメージが湧かず,戸惑うことも多々ありました。現地セミナーの様子しかし,そのような中で私を支えてくれたのは,ベトナムの方々の勤勉で真摯な姿勢でした。彼らは,自国の伝統に誇りを持ちつつも,自分たちが欲している日本の経験や知識を採り入れようと,私のような「若造」にも熱心に問いかけてこられ,率直に意見を述べられるのです。こちらも,これまでの自分の経験をもう一度吟味して掘り下げ,それを上手く伝えられるよう,努力するようになりました。また,司法学院の授業を参観した際,電力事情があまり良くないために停電してしまったのですが,学院生達は薄暗い教室で模擬裁判を行い,積極的に発言して,充実した討論を繰り広げていました。その向学意欲は,日本の司法修習生に決してひけをとるところはなく,将来,法曹として活躍する際に,まさに蛍雪の功となるのであろうと深い感慨を覚え,彼らの意欲に応えられるよう充実したカリキュラムや教科書を作成することの意義を強く感じました。

 裁判官にとっての法整備支援
 法整備支援の活動は,これまで私がいた世界とは大きく異なる世界です。しかも,その中にいきなり放り込まれたので,正直,戸惑いも悩みも尽きません。しかし,全く違う世界だからこそ,その中で得られるものは非常に大きいのではないかと思っています。特に,法を作り,人を育てるという過程,すなわち,国を創っていく過程に,裁判官としての経験を生かしながら関わることができるのですから,そのやり甲斐は非常に大きいものです。そして,そのような異世界で法曹としての自分を鍛えることができるのは,幸せなことであり,ありがたいことだと考えています。

 
 戻る