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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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優秀賞 「私の考え」

いわき市立内郷第二中学校三年 猪狩 良子

今まで、人権に関することはよく分かりませんでした。よく考えたこともありません。中学三年生になって、初めて社会の授業で人権について勉強をしました。一番問題になっているのは「差別」だと思います。

職業で差別についての文章を読んで感想を書いていました。四つの文章があり、私はその中で「民族衣装‐チマ・チョゴリ」という文章を選びました。それは次の様な内容です。

いつもチマ・チョゴリを着て朝鮮学校に通う中学生。チマチョゴリは朝鮮の民族衣装で、とても美しいものです。ところがそれを着て街を歩くと周囲の人が彼をじろじろ見たり、「殺すぞ」とまで言われます。

とんでもないことだと思います。実は、私自身も同じ様な目にあったことがあるのです。それは三年前、中国から日本に来たばかりの頃でした。家族といっしょに買い物をしているとき、周りの人がこちらをじろじろ見ながらコソコソと何かしゃべったり、笑ったりしていました。とても気になりました。日本に来たばかりで言葉が分からず、互いに中国語で話しながら店の中を見て回っていたのです。それが周りの人にはおかしく見えたのでしょうか。

こんなこともありました。病気になって入院したことがあり、病院で看護婦さんにお世話になった時のことです。看護婦さんはみんな優しく面倒を見てくれました。しかしある日、ある看護婦さんと別の患者さんとの対話が耳に入りました。

「あのさ、疲れない?その中国人と話すと。だって何も分からないでしょ。」

「うん、もう疲れますよ。何も分からなくて、面倒くさい。」

このような会話が続きました。私はそれを聞き、とても悲しくて、泣いていました。

私は小学生の頃からずっと看護婦になりたいと思っています。でも「面倒くさい」と言ったあの看護婦のようには「絶対」ならない、なりたくないと感じます。

たとえ相手にとって何でもない言葉や行動でも、私にとってはつらいのです。

同じ団地のおばさんが何かの書類を書くために家に来ました。

「いがりというですかい」と聞かれました。

「あ、はい。」と私が答えました。

「どんな字、書いてみな」

そう言われたので「猪狩」と書きました。おばさんはそれを見て「猪」という字は「」と、こう書くのだと言いました。それは変な字だと私は思いましたが何も言えませんでした。そのおばさんの態度が何か怖かったからです。

とても小さなことです。気にしすぎじゃないの、と言われるかも知れません。でも私は嫌な思いをしているので、気にしすぎとは思えません。

人の考えることはそれぞれです。でも自分のことしか考えない人は、誰かを傷つけます。

誰もが自分の気付かないうちに、人を傷つけたりするのはよくあるのでは、と思います。みなさんはどうでしょう。人から嫌な思いをさせられたり、逆に人を傷つけたことはないでしょうか。その中には、まだ気付いてさえいないこともあるかも知れません。謝っても、補うことができないかも知れません。だから、これからの自分の行動や言葉づかいに気を付けてほしいのです。

自分より相手のことをもっと先に、大切に考え、もし自分が相手の立場だったら、自分がしていることに対して納得できるだろうか、と考えて行動をしてみてはどうでしょう。

人間には色々な違いがあります。国の違い、民族の違い、肌の違い、言葉の違い。でも、何の違いがあっても「心」は同じだと思います。みんなからやさしく接してほしいなら、まず自分から相手に優しくしてあげてほしいです。

授業で習ったことや、私が経験したことから「差別」とは、相手の気持ちを考えないことから生まれるのだと思いました。人は、一人では生きることはできません。人は人の中でしか生きていけないのです。だから、自分のことだけでなく、相手を思いやることが大切なのです。

私は、世界中の人に、もっと相手の立場にたった行動をしてほしいと思います。この、「相手を思いやる」という心が、お互いの「人権」を守る第一歩だと、私は思います。

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