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中学生人権作文コンテスト

幸せな結婚とは

私が考える幸せな結婚とは、愛情がいっぱいで、お互いのことを何でもわかりあえているものであると考えていました。

三年生になり、人権学習の中でいろいろな差別について学習しました。私が学校の人権学習を通して深く考えさせられたのは、「結婚差別」についての内容でした。

その中で、愛し合っている二人が結婚しようとしてもどちらかが被差別部落の人であれば、両親に反対されたり、兄弟姉妹、親戚にも影響していくと言われたりするという悲しい現実が実際にあることを知りました。どうして被差別部落の人だからといって、周囲の人たちの顔色が変わり、本人たちの幸せを考えるのではなく、世間体を気にして結婚を反対するのかが私には分かりません。娘や息子の幸せを願い、祝福するのが両親の役目だと思うのに、被差別部落の人と結婚するということになると、どうして自分たちの家のことしか考えられないのでしょう。

私の家には、今年で二十四歳になる姉がいます。先日、その姉と母が結婚について話をしているのを聞きました。二人の会話の中で、「その人の家はどこにあるの。」などという言葉が聞こえてきました。なぜ結婚する相手の出身地を確かめる必要があるのでしょうか。私は今、学校の人権学習で部落差別やさまざまな人権問題について勉強しています。その中で、身元調査は部落差別につながることを知りました。この学習を通して親がそのような考えでいいのかなと悩んでいます。私は、「峠」という資料を学んで、「美しさを求めて生きる」とはどういうことかを考えました。それは、外見の美しさではなくて、心の中の美しさを求め、差別をしない、心がきれいな人になることだと思います。私は親に差別をする人間になってほしくはありません。親だったら普通は子どもに、「部落差別はしたらあかんのよ。」、「今は、部落差別をする時代じゃないよ。」と差別に対して否定する言葉を言うのが本当ではないのだろうかと思います。

私はある日、自分の将来の結婚についてどう考えているのか母に聞いてみました。すると母は、「一番好きな人と結婚をして幸せになってくれたらそれだけでいい。でも部落の人とはよく考えてほしい。」と言われました。

私は、「何で部落の人だったら、じっくり考えないかんの。」と聞いてみると、「部落の人との結婚は、絶対にだめというわけではないけれど、やっぱり部落の人と結婚したらのんちゃんの子どもにまで影響するから。」と言われました。私は自分の親が差別意識をもっていることを目の当たりにしました。きっと「自分には関係ない。」、「みんなが差別をしているから別にしても大丈夫。」という考えをもっているのだと思います。差別されている人はかわいそうなのでしょうか。助けてあげなければいけない存在なのでしょうか。本当にかわいそうな人間は誰なのでしょうか。それは差別を許し、差別をする人間だと思います。幸せな結婚ができないと自分も相手もつらいし、自分がつらければ親もつらいはずです。そうなると周りの人たち全員がつらくなります。私は親との会話を通し、自分自身のこれからの生き方について見つめ直すことができたような気がします。

私はこれからの生活の中で、親が部落の人だからというふるいわけをするのではなく、「心から幸せといえる結婚をしてほしい。」と言ってくれるように親や周囲の人たちに自分が学んだことを語り、説得していきたいと思います。そしてそれが叶ったとき、私自身も私の家族や周囲の人々も成長でき、本当の幸せをつかみとることができるのだと思います。

私は他人に惑わされることのない真実をつらぬいた生き方や、すべての人を信頼し、尊敬する生き方、そして何より自分のことだけではなく、周りのことも考えて生きていけるような人間になりたいと心から強く思います。 結婚はゴールではなく、パートナーと協力しながら二人三脚で歩み出すスタートです。私がいつそのスタートラインに立つかは分かりませんが、私が考える幸せな結婚とは、お互いの気持ちを尊重しあい、みんなに祝福され、ありのままの自分を表現し、受け入れあうことです。それでこそ、将来みんなに誇れる家庭をつくることができるのだと思います。

私は幸せな結婚、幸せな家庭を築くために一日一日を大切に生きていきます。

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