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新人民軍(NPA)
New People's Army

「フィリピン共産党」の軍事部門。フィリピン農村部及び山間部において、治安部隊や自派に敵対するとみなす市民への攻撃のほか、資金獲得を目的とした恐喝、襲撃等を実行。

別称:
Bagong Hukbong Bayan

(1) 設立時期

1969年3月29日

(2) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

「毛沢東主義」を思想的基盤とし、「米帝国主義とその反動的同盟者に対する農民戦争」を標ぼうし、武力によるフィリピン国家権力の奪取及び段階的な社会主義の実現を目的とする。

イ 攻撃対象

国軍、警察、政府系民兵部隊(CAFGU)のほか、自派に敵対するとみなす市民等を襲撃、殺害している。また、「革命税」の徴収と称して企業や市民らを恐喝し、支払を拒否された場合には、当該企業が経営、運営する農園、鉱山、伐採場及び路線バス並びに市民等を襲撃している。このほか、治安当局者の誘拐、学校への放火・人質立て籠もり等も実行している。

(3) 活動地域

ミンダナオ地方北部及び東部の一部、ルソン地方、ビサヤ地方等(注1)。勢力の半数程度は、ミンダナオ地方で活動しているとみられている。

(4) 勢力

約3,500~4,000人(注2)

(5) 組織・機構

ア 指導者・幹部等

(ア) ホセ・マリア・シソン(Jose Maria Sison)

設立者。1939年生まれ。フィリピン北部・南イロコス州出身。フィリピン大学卒業後、インドネシア留学を経て文学の大学教員を務めていた際、マルコス政権に抵抗する共産主義運動に関与する中で、「フィリピン共産党」(CPP:Communist Party of the Philippines)の前身である旧「フィリピン共産党」(PKP:Partido Komunista ng Pilipinas)に加入。親中国派の指導者として、1968年に衰退していたPKPを再興する形でCPPを、翌1969年3月に「新人民軍」(NPA)を、それぞれ設立した。マルコス政権下の1977年、戒厳令に基づき逮捕され、長期にわたり拘束されていたが、1987年、コラソン・アキノ政権に釈放された。以降、オランダでの亡命生活を維持しつつ(注3)、CPP政治部門とされる「民族民主戦線」(NDF)(注4)の政治顧問として活動している。2021年4月、「反テロリズム評議会」(ATC)によりテロリスト指定された(注5)

(イ) ジュリエ・デ・リマ・シソン(Julie de Lima Sison)

NDFの和平交渉パネル暫定団長(2020年8月就任)。NPA設立者ホセ・マリア・シソンの妻。2021年4月、ATCによりテロリスト指定された。

(ウ) フィデル・アグカオイリ(Fidel Agcaoili)(死亡)

前NDF和平交渉パネル団長(2016~2020年)。2020年7月、居住先のオランダで病死した(注6)

イ 組織形態・意思決定機構

NPAはCPP軍事委員会の指揮下にあるとされる。

(6) 沿革

1930年、アジア各国で共産党が誕生した同じ時期に、フィリピンにおいてCPPの前身組織PKPが発足した。PKPは、1960年代、中国とソ連の関係悪化やメンバーである学生のイデオロギー的対立等から内部分裂し、親ソ連派が弱体化したため、1968年12月、親中国派が、PKPを再興する形でCPPを、また、翌1969年3月にCPPの軍事部門としてNPAを、それぞれ設立した。

NPAは、農民や労働組合、カトリック教会関係者、摘発を逃れた反体制活動家の一部も取り込むなどして、勢力を拡大させた(注7)。1970年代後半には、設立者シソンを含む重要幹部らが逮捕されたものの、シソンの方針で、武装活動を行う部隊が分散化、自律化していたため、組織に対する大きな打撃とはならなかったとされる。NPAの活動が最も活発化したとされる1985年には、衝突等で国軍・警察1,282人、民間人1,362人、NPA2,134人が死亡したとされるほか、1986年当時のNPA戦闘員は2万5,000人程度にまで増大していたとされる。ただし、その大部分は思想的な理由ではなく、貧困や「迫害」を逃れるために加入した者であったと指摘されている。

1986年、「ピープル・パワー」と呼ばれる政権交代劇を経て新たに就任したコラソン・アキノ大統領は、シソンらを釈放し、同年12月にNPAとの停戦を成立させたものの、翌1987年1月、政府の交渉相手となっているNDFは、土地改革を求めた同月のデモ開催時に治安部隊の発砲で死者が出たことを理由に、停戦の終了を宣言した。NPAは1988年6月時点で2万5,800人程度の勢力を維持していたが、穏健派の離反や海外からの支援縮小を受け、1991年8月には1万6,350人程度に減少した。

1992年に就任したラモス大統領は、NDFと公式の和平交渉を開始し、収監中の幹部を釈放するなど宥(ゆう)和策を採りつつも、NPAの拠点奪還を進めたほか、CPPにおける内部対立を利用した情報工作も展開した(注8)。CPP、NPA及びNDF内では、農村部での「武装闘争」を唱えるシソン支持派と政治参加等を唱える反シソン派の対立が激化し、反シソン派が多数離脱するなどした結果、1994年時点におけるNPAのメンバー数は6,000人程度にまで減少した(注9)。ラモス政権末期の1998年3月、政府はNDFとの間で、「人権及び国際人道法の尊重に関する包括的合意」(CARHRIHL)に達し(注10)、同年6月に成立したエストラーダ政権も和平交渉を継続した。

しかし、1999年5月、フィリピン政府が「訪問米軍に関する地位協定」(VFA)を締結したことを受け、NDFは、これを政府による交渉打切りとみなす旨宣言し、和平交渉は中止された。また、経済状況の悪化や反政府運動の活発化を背景に、NPAの勢力は、2000年頃には再び1万人以上に増加したとされる。

2001年に成立したアロヨ政権は、NPAの取締りを進める一方、2004年2月にはNDFとの和平交渉を再開したが、NDFは同年8月、米国国務長官がCPP及びNPAを外国テロ組織(FTO)として継続指定したことを理由に、交渉を無期延期すると発表した。その後も、NPAは、治安部隊、重要インフラ等に対する攻撃を展開したが、国軍の掃討作戦で勢力を減少させ、2010年10月時点のメンバー数は4,665人程度に減少した。

2010年に成立したベニグノ・アキノ政権は、2011年2月、NDFとの和平交渉を約7年ぶりに再開したが、両者の隔たりは大きく、2013年4月、政府は和平交渉の断念を発表した。

(7) 制裁状況

米国国務長官は、2002年8月、NPAをFTO及び特別指定国際テロリスト(SDGT)に指定した。

(8) 最近の主な活動状況

ア 概況

2016年6月に発足したドゥテルテ政権は、CPP、NPA等との対話方針を掲げ、同年7月、NPAに対する一方的停戦を宣言した。翌8月には、CPP及びNPAも政府に対する停戦を宣言し、ノルウェー首都オスロで政府とNDFとの間で和平交渉が再開された。

しかし、NPAは、停戦宣言後も、恐喝による資金調達活動、企業の重機や車両への放火を継続した。また、CPPは2016年10~11月に「人民議会」、同年12月に「中央委員会」の会議をそれぞれ開催し、ドゥテルテ大統領が自派との連合政府の設立を認めない場合には、ドゥテルテ政権を打倒することを決定したとされる(注11)。2017年1月には、フィリピン南部・コタバト州で、恐喝の捜査に当たっていた治安部隊に対する襲撃を皮切りに、国軍兵士に対する襲撃、殺害、誘拐事案を相次いで実行し、同年2月には、NPA広報担当カ・オリス(本名はホルゲ・マドロス)名で、CPP及びNPAによる一方的停戦の終了が宣言された。これに対し、ドゥテルテ大統領が同月、NPAに対する一方的停戦の終了と和平交渉の打切りを発表した(注12)ほか、ロレンザーナ国防相もNPAに対する全面戦争を宣言した。

その後、政府とNDFは、2017年3月にオランダで非公式協議を実施するなど、一時、和平交渉再開の機運が見られたものの、NPAによるテロは継続した。同年5月にミンダナオ地方に戒厳令が発出されたこと(ISIL支持勢力によるマラウィ占拠を受けたもの)について、CPPやNPAは強く反発した。また、NPAは、同年中には、コタバト州で、大統領警護隊車両襲撃事件(7月)、南部・ブキドノン州で、警察官を襲撃し、巻き込まれた4歳児が死亡する事件(11月)等を引き起こした。これらの事件を受け、ドゥテルテ大統領は11月、和平交渉を正式に打ち切る旨の大統領宣言を発出した。

2018年4月、ドゥテルテ政権は、NPAによる停戦のほか、恐喝の停止、極左との連合政府の否定等の条件が満たされた場合、2か月以内に和平交渉を再開することが可能であると表明したが、CPP及びNPAは、こうした条件提示に反発し、期限内に和平交渉は再開されなかった。

2020年3月、政府は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の対応に集中するとしてCPP及びNPAに対して約1か月間の停戦を宣言し、CPPも人道的見地に立って停戦することを発表し、NPAに対して戦闘行為の中止を命令した。しかし、停戦期間終了後の5月には、CPPは治安部隊への攻撃再開の命令を発出し、攻撃が再開された。同年12月、ドゥテルテ大統領は、任期中にCPP及びNPAと停戦することはなく、NDFとの和平交渉を再開する予定はないと主張した(注13)ほか、ATCがCPP及びNPAをテロ組織に指定した。

2021年、ドゥテルテ政権は、NPA制圧を掲げて掃討作戦を進め、同年10月には、広報担当カ・オリスを殺害するなどした(注14)。一方、NPAは、メンバー、支持者らの投降が相次いだ(注15)ものの、各地で国軍部隊等を標的にしたテロを継続している。

イ 日系企業や邦人に対する攻撃

NPAは、1980年代以降、フィリピン国内の日系企業や邦人を標的とした誘拐や襲撃を行ってきており、2003年1月には、日系の総合商社マニラ支店長誘拐事件(1986年)への関与を認めた。

そのほか、NPAは、ミンダナオ地方において、日系企業への攻撃を相次いで実行した。2011年10月、北スリガオ州において、日系企業出資のニッケル鉱山を含む3か所の鉱山を同時に襲撃したほか、コンポステラ・バレー州(現ダバオ・デ・オロ州)において、日系企業のバナナ農園を襲撃し、トラックを全焼させるなどした。

2014年1月には、ブキドノン州で、日系企業の青果倉庫を襲撃し、警備員から武器、無線機等を奪った上、施設に放火したほか、同年12月にも、北ダバオ州で、日系企業のバナナ農園を襲撃し、警備員の武器等を奪った上で、農園の警備強化のために配置されていた国軍兵士2人を宿泊小屋から誘拐した。

また、2018年1月には、NPAとみられる武装集団が、ダバオ市において、日系企業の所有する重機2台等を強奪したほか、同年3月にも、南スリガオ州に所在する日系企業のバナナ農園で、農薬散布中の小型飛行機を銃撃し、操縦士を殺害した。

年月日 主要テロ事件、主要動向
68.12.26  ホセ・マリア・シソンが「フィリピン共産党」(CPP)を設立
69. 3.29  シソンがCPPの軍事部門として「新人民軍」(NPA)を設立
86.11.15 総合商社マニラ支店長誘拐事件
 マニラ首都圏郊外で、日系の総合商社マニラ支店の邦人支店長を誘拐(翌年3月31日に解放)
90. 5.29  中部・西ネグロス州で、我が国の民間援助団体派遣員を誘拐。同年8月2日に解放
02. 8. 9  米国国務長官は、CPP及びNPAを外国テロ組織(FTO)として制裁対象に指定。これに対し、シソンはアロヨ政権への新たな攻撃を呼び掛け
02.10  欧州連合(EU)は、CPP及びNPAを制裁対象に指定
02.12  定例のクリスマス停戦を4日で破棄し、政府への攻撃強化を宣言
04. 9.29  NPAの暗殺部隊が、マニラ首都圏ケソンで、「革命的労働者党」(RWP)議長アルトゥロ・タベラ(元CPP中央委員)を殺害
05. 2  南部・ミンダナオ地方各地で、国軍兵士46人及び警察官14人の計60人を殺害
06. 2.24  アロヨ大統領は、NPA及び国軍の反乱者がクーデターを企てたとして非常事態を宣言
06. 6.17  アロヨ大統領は、新たなNPA掃討作戦の実施を宣言
07. 4 ~ 5  議会選挙に向け、NPA及び国軍の衝突が各地で激化
07.8.18  オランダ当局は、フィリピン政府の要請を受けてシソンを殺人容疑で逮捕。翌月13日に証拠不十分で釈放
07.10. 3  北部・北カマリネス州で、オーストラリア系企業の鉱山を襲撃
08. 1. 1  南部・南コタバト州で、オーストラリア系及びスイス系企業の鉱山を襲撃
08. 3. 6  南部・コンポステラ・バレー州(現ダバオ・デ・オロ州)で、ノルウェー企業及びフィリピン企業が共同操業する鉱山を襲撃
10.9.4  CPPは、ミンダナオ地方での治安当局に対する攻撃強化を宣言
11. 2.15  ノルウェー首都オスロでフィリピン政府との和平交渉を再開
11.10. 3  南部・北スリガオ州で、日系企業出資の鉱山を含む3か所のニッケル鉱山を同時襲撃し、重機に放火するなどして、操業が一時停止
12. 3.28  NPAのミンダナオ地方広報担当カ・オリスは、日系企業の出資する鉱山等を名指しし、北スリガオ州クレバーで操業するニッケル鉱山が「環境破壊」をやめない限り、新たな攻撃を実行する旨の声明を発出
13. 3.29  カ・オリスは、日系企業を含む外資系青果企業を名指しで非難した上で、フィリピン政府に対する武装闘争を継続する旨の声明を発出
13. 4.26  フィリピン政府は、NPAによる市民への暴力増大等を理由に、和平交渉の打切りを発表
14. 1.17  南部・ブキドノン州で、日系企業の青果倉庫を襲撃し、警備員から武器や無線機を奪った上、施設に放火して逃走。同月23日、犯行を自認
14.12. 2  南部・北ダバオ州で、日系企業のバナナ農園を襲撃し、警備員から武器等を奪った上、国軍兵士2人を誘拐(12月21日解放)し、農園のトラックを奪って逃走。翌3日、犯行を自認
16. 7.25  ドゥテルテ大統領がNPAに対する一方的停戦を宣言
16. 8.22  オスロで、フィリピン政府との和平交渉を再開
16. 8.28  CPP及びNPAが暫定的な一方的停戦を開始
17. 2. 1  CPP及びNPAが一方的停戦を2月10日に終了する旨宣言
17. 2. 3  ドゥテルテ大統領が一方的停戦の終了を発表。翌4日、和平交渉の打切りも発表
17. 7.19  南部・コタバト州で、大統領警護隊の車両2台を襲撃し、隊員7人が負傷
18. 1.13  ダバオ市で、日系企業所有の重機2台等を強奪
18. 3.19  南部・南スリガオ州に所在する日系企業のバナナ農園で、農薬散布中の小型飛行機を銃撃し、操縦士を殺害
18. 8. 3  中部・マスバテ州で、国軍部隊を襲撃し、兵士3人が死亡
19. 4.22  中部・サマル州で国軍と衝突し、兵士6人が死亡、同6人が負傷
19. 5.30  ブキドノン州で、森林視察及び文化保護プロジェクトのために現地を訪問していた外国人、地元ボランティア及び護衛の兵士らを標的としたとみられる地雷が爆発し、民間人及び兵士少なくとも11人が負傷
19.11.11  中部・東サマル州で、国軍部隊を標的としたとみられる地雷が爆発し、兵士6人が死亡
20. 4.19  西ネグロス州ヒママイランで、国軍部隊を標的とした即席簡易爆発装置(IED)を爆発させた後、襲撃し、兵士3人が死亡、同4人が負傷
20. 4.21  北部・アウロラ州マリア・アウロラで、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた市民に対する支援金を支給していた治安部隊を襲撃し、兵士2人が死亡、同3人が負傷
20. 9.15  ダバオ・デ・オロ州ラークで、先住民族集落を襲撃し、同民族指導者1人を殺害
21. 1.17  北部・アルバイ州レガスピで、オートバイで移動中の国軍部隊を襲撃し、兵士3人が死亡、1人が負傷
21. 3.19  北カマリネス州ラボで、パトロール中の警察官を襲撃し、警察官5人が死亡、2人が負傷
21. 7. 7  東サマル州ジパパドの軍事施設付近で、地雷を爆発させた上で銃撃するなどし、国軍兵士1人、政府系民兵部隊(CAFGU)兵士2人の計3人が死亡、CAFGU兵士6人が負傷
21.11.20  中部・北サマル州ガマイで、警察官を標的としたとみられる地雷が爆発し、警察官2人が死亡、4人が負傷

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