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イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)
Al-Qaida in the Islamic Maghreb

アルジェリア等を拠点に活動するスンニ派過激組織。「アルカイダ」に忠誠を誓い,近隣のマリ,ブルキナファソ等でも,治安当局や欧米権益を標的にテロを実行。

別称:
①The Organization of Al-Qaida in the Islamic Maghreb,②AQIM,③Al Qaïda au Maghreb Islamique,④AQMI
旧名:
①Le Groupe Salafiste pour la Prédication et le Combat,②GSPC,③Salafist Group for Call and Combat

(1) 設立時期

2007年1月(「宣教と戦闘のためのサラフィスト・グループ」〈GSPC〉から改称)

(2) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

アルジェリア政府の打倒及びイスラム国家の樹立を目指す。

イ 攻撃対象

アルジェリア政府及び軍を主な攻撃対象としているほか,同国及びその周辺諸国に滞在する欧米人を誘拐するなどしている。特に,フランス権益を標的とした攻撃を呼び掛ける声明を累次発出している(注1)

(3) 勢力

推定1,000人とされる(注2)。「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディの「カリフ」就任宣言(2014年6月)以降,AQIM内部からも,ISILへの忠誠を表明する勢力が複数出現・離脱したが,AQIMの勢力に大きな変化はない。

(4) 活動地域

アルジェリアの北部山岳地域を拠点とするほか,同国南部,マリ,ニジェール等のサハラ・サヘル地域,リビア南部,チュニジアにも進出しているとされる。2016年には,傘下組織等がブルキナファソやコートジボワールでテロを実行したとされるなど,活動範囲を南方に拡大させた。

(5) 組織・機構

ア 指導者,幹部

(ア) アブ・オベイダ・ユスフ・アル・アンナビ(Abu Obeida Yusuf al-Annabi)
本名:
アブ・ウダイダ・ユスフ・アル・アナビ(Abu Udaydah Yusuf al-Anabi)
別名:
マバレク・ヤジド(Mabarek Yazid)

最高指導者(2020年11月就任)。1969年2月7日生まれ。アルジェリア北東部・アンナバ県出身。広報担当幹部として次期最高指導者候補の1人とされてきた人物で,2020年11月,最高指導者ドルークデルの死亡を受け,最高指導者に就任した。

米国国務長官は,2015年9月,同人を特別指定国際テロリスト(SDGT)に指定した。国連安保理ISIL及び「アルカイダ」制裁委員会は,2016年2月,同人を制裁対象に指定した。

(イ) アブデルマレク・ドルークデル(Abdelmalek Droukdel)(死亡)
別名:
アブ・ムサブ・アブデルワドゥード(Abou Mossaab Abdelouadoud)

前最高指導者。1970年4月20日生まれ。アルジェリア北部・ブリダ県出身。1993年,イスラム過激組織「武装イスラム集団」(GIA)(注3)に参加した後,1998年,GIAの一部勢力が分離して結成した「宣教と戦闘のためのサラフィスト・グループ」(GSPC)に合流した。

ドルークデルは,同組織最高指導者(当時)ナビル・サフラウィがアルジェリア軍による攻撃で死亡(2004年6月)したことを受け,同人の後任として最高指導者に就任した。同組織が2007年1月にAQIMに改称した後も最高指導者を務めていた。

アルジェリア首都アルジェに所在する裁判所は,2012年3月,大量虐殺,爆発物を使用した攻撃に関与したテロ組織構成員であるとして,同人に対し,欠席裁判で死刑を言い渡した。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2007年8月,AQIMの活動のために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加したとして,同人を制裁対象に指定した。

AQIMは,2020年6月,同人がマリ北部でフランス軍の攻撃により死亡した旨発表した。

(ウ) ヤヒヤ・ジョアディ(Yahia Djouadi)
別名:
ヤヒヤ・アブ・アマル(Yahia Abou Ammar),アブ・アラ(Abou Ala)

元「サハラ地区」(後述)司令官(注4)。1967年1月1日生まれ。アルジェリア北部・シディベルアベス県出身。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2008年7月,AQIMの活動のために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加したとして,同人を制裁対象に指定した。

(エ) サラフ・エッディン・ガスミ(Salah Eddine Gasmi)(収監中)
別名:
アブ・モハメド・サラフ(Abou Mohamed Salah)

1971年4月13日生まれ。アルジェリア北部・ビスクラ県出身。AQIMの情報部門指導者として,テロの際の声明発出,動画制作等に携わったとされる。同人は,2012年12月,アルジェリア治安当局に逮捕された。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2008年7月,AQIMの活動のために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加したとして,同人を制裁対象に指定した。

(オ) モハメド・ベルカレム(Mohamed Belkalem)
別名:
アブデルアリ・アブ・デル(Abdelali Abou Dher),エル・ハッラシ(El Harrachi)

1969年12月19日生まれ。アルジェ出身。1993年,GIAに参加し,アルジェリア北部で,民間人や治安当局を標的とした複数の爆弾テロを実行したとされる。2004年,モフタル・ベルモフタル(後述)が率いるGSPC傘下組織に加入した。2005年,モーリタニア軍基地に対する襲撃事案に関与したほか,チュニジアで発生したオーストラリア人観光客誘拐事件(2008年)に関与したとされる。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2010年4月,AQIM及びGIAの活動のために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加し,又は武器及び関係物資を供給,売却,移動させたとして,同人を制裁対象に指定した。

(カ) アフメド・デグデグ(Ahmed Deghdegh)
別名:
アブド・エル・イッラー(Abd El Illah)

AQIMの財務部門指導者。1967年1月17日生まれ。アルジェリア北部・ジジェル県出身。チュニジアで発生したオーストラリア人観光客誘拐事件(2008年)に関与したとされる。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2008年7月,AQIMの活動のために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加したとして,同人を制裁対象に指定した。

(キ) ハマダ・ウルド・モハメド・エル・ハイリー(Hamada Ould Mohamed el Khairy)
別名:
ハマダ・ウルド・モハメド・レミン・ウルド・モハメド・エル・ハイリー(Hamada Ould Mohamed Lemine Ould Mohamed el Khairy),ウルド・ヘイル(Ould Kheirou),ハマド・エル・ハイリー(Hamad el Khairy)

1970年生まれ。モーリタニア首都ヌアクショット出身。同人は,2009年にAQIMに参加した。2011年9月,関連組織「西アフリカ統一聖戦運動」(MUJAO,後述)の設立時に同組織に参加し,幹部となった。

同人は,2011年10月にアルジェリア南部・ティンドフ県の難民キャンプで発生した誘拐事件に関与したとされる(注5)

2017年7月,モーリタニアの通信社は,同人がリビア南部で死亡したと報じたが,詳細は不明である。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2013年2月,AQIM及びMUJAOの活動のために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加した上,リクルートを行ったとして,同人を制裁対象に指定した。

(ク) アブデルハミド・アブ・ゼイド(Abdelhamid Abou Zeid)(死亡)
本名:
アムル・モハメド・ガディール(Amor Mohamed Ghedeir)
別名:
ユースフ・アデル(Youcef Adel),アブ・アブデッラー(Abou Abdellah),アビド・ハマドゥ(Abid Hammadou)

1958年頃の生まれ。アルジェリア南東部・イリジ県出身。サハラ・サヘル地域を拠点とする傘下組織「ターレク・イブン・ジヤド旅団」(後述)の司令官を務めていた。アルジェに所在する裁判所は,2012年1月,多くの外国人誘拐事件を実行したとして,同人に対し,欠席裁判で終身刑を言い渡した。

AQIMは,2013年6月,同人が,フランス軍等によるマリ北部侵攻における戦闘で死亡したと発表した。

イ 意思決定機構

AQIMの意思決定機構として,最高指導者ドルークデルが設立した「賢人評議会」及び「諮問評議会」がある。「賢人評議会」は,AQIMの各活動地域の上級幹部らで構成され,「諮問評議会」は,軍事,イスラム法,政治,薬物,エンジニアリング等の専門知識を有する者らで構成されているとされる。他方,AQIMの傘下組織は,一定程度自律的に活動しており,同組織指導部に対する忠誠の度合いも様々である(注6)

(6) 沿革

GIAの地区司令官であったハッサン・ハッタブが,1998年,自身の部隊を率いてGSPCを結成した。ハッタブの後に最高指導者に就いたサフラウィ(2004年死亡)は,2003年10月,「アルカイダ」に忠誠を誓い,アルジェリア国内における欧米権益を攻撃対象にする旨の声明を発出した。

2006年9月,「アルカイダ」副指導者(当時)アイマン・アル・ザワヒリは,「GSPCが『アルカイダ』に合流した」などと宣言するビデオ声明を発出した。これを受けて,サフラウィの後を継いだ最高指導者ドルークデルは,改めて「アルカイダ」に対する忠誠を誓うとともに,2007年1月には,GSPCからAQIMに改称した。

2011年7月,AQIMは,オサマ・ビン・ラディン死亡(同年5月)後に「アルカイダ」最高指導者に就任したザワヒリに対して忠誠を誓う声明を発出した。また,ザワヒリは,2012年9月発出の声明において,AQIMを「アルカイダ」の「支部」組織として名指しした。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2001年10月,AQIMの前身組織であるGSPCを制裁対象に指定し,2007年4月,組織名称の変更を反映してAQIMを制裁対象とした。また,米国国務長官は,2002年3月,GSPCを外国テロ組織(FTO)に指定した後,2008年2月,AQIMをFTOに指定した。

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

アルジェリアでは,当局による取締強化等のため,AQIMによるテロの回数・規模は縮小傾向にあるが,2019年11月,同国北部・ティパザ県で発生した同国軍襲撃テロでの犯行を主張した。2020年6月,最高指導者ドルークデルの死亡により打撃を受けたものの,同国西部・メデア県で発生した同国軍爆破テロの犯行を自認するなどテロを継続した。また,音声声明等のプロパガンダ活動については継続的に行っている。チュニジアでは,傘下組織「ウクバ・ビン・ナフィ旅団」(注7)が活動しており,同国西部の山間部で発生した2件の同国軍部隊襲撃テロ(2018年10月,2019年4月)を自認している。

マリでは,2012年1月中旬から,トゥアレグ部族(注8)の武装勢力「アザワド解放国民運動」(MNLA)(注9)が,同国北部地域で政府に対する攻撃を開始した際,AQIMも他の武装組織と共にこれに加勢し(注10),MNLAは同年4月に同地域の独立を宣言した(注11)。2013年1月,AQIMの支援を受けた関連組織「アンサール・ディーン」(AD,後述)及びMUJAOが同国南部に侵攻を開始した後,同国暫定大統領の要請を受けたフランスの軍事介入が始まり,AQIM,AD及びMUJAOの構成員らの多くは,マリ北部のイフォガス山地に撤退したとされる(注12)。しかし,これらの組織は,同地域で活動する国連治安維持部隊等を標的としたテロを継続する一方で,2015年以降は,同国中南部やブルキナファソ,コートジボワールでもテロを実行するなど,活動範囲を拡大させた。2017年3月には,サハラ及びサヘル地域を拠点とする傘下組織等が,新組織「ジャマーア・ヌスラ・アル・イスラーム・ワル・ムスリミーン」(JNIM,後述)を結成し,2020年6月にAQIM最高指導者ドルークデルが死亡した後も,マリで活発にテロを繰り返している。

イ 資金獲得活動

AQIMは,欧州に潜伏するメンバーによる資金獲得が当局の取締りを受けて困難になったとされ,強奪,誘拐,麻薬や武器の密輸等によって資金を集めているとの指摘もある(注13)

(8) 関連組織:「ジャマーア・ヌスラ・アル・イスラーム・ワル・ムスリミーン」(JNIM)

ア 沿革

2017年3月,AQIM傘下組織であった「アル・ムラービトゥーン」や「サハラ地区」のほか,「アンサール・ディーン」(AD)及び同組織の傘下組織「マシナ旅団」が,新組織JNIMの設立を発表した。同月,「アルカイダ」及びAQIMは,同組織の設立を祝福する声明を発出した(注14)。また,翌4月,JNIM最高指導者となったイヤド・アグ・ガリ(後述)は,「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)のアラビア語機関誌「アル・マスラー」が掲載したインタビュー記事で,フランスを始めとする欧米諸国のほか,それらの国を支援する西アフリカ諸国も攻撃対象とする旨表明した(注15)

JNIMは,2017年6月には,マリ首都バマコで,高級ホテルを襲撃(外国人を含む5人死亡)したほか,サハラ及びサヘル地域で,マリ治安当局,フランス軍,国連マリ多面的統合安定化ミッション(MINUSMA)部隊を標的としたテロを頻発させている。

マリ治安当局のほか,フランスが主導する軍事作戦「バルハン作戦」の部隊等が,JNIM等に対する掃討作戦を強化しており(注16),2018年2月には,ガリの側近を殺害するなどした。一方,JNIMは,2019年にはマリ東部・ガオ州のフランス軍基地襲撃テロ(7月),ブルキナファソ北部・スム県の同国軍基地襲撃テロ(8月)等を自認した。2020年6月に「アルカイダ」中枢とJNIMの連絡役とみられたAQIM最高指導者ドルークデルが死亡したものの,7月にマリ北部・キダル州でMINUSMAに対する爆破テロ,マリ北部・トンブトゥク州でフランス軍等に対する自爆テロ等を実行したほか,10月にはマリ暫定政府との人質交換により,同組織戦闘員ら約200人を解放するなど(注17),活発な活動を継続している。

米国国務長官は,2018年9月,JNIMをFTOに指定した。なお,同国国務省によると,JNIMは,自組織をマリにおける「アルカイダ」の公式支部に位置付けているとされる。

国連安保理ISIL及び「アルカイダ」制裁委員会は,2018年10月,JNIMを制裁対象に指定した。

イ サハラ及びサヘル地域での「地元密着路線」

サハラ及びサヘル地域を拠点とするAQIM傘下組織は,地元部族からの支持獲得の重要性を理解しており(注18),2000年頃に同組織のアルジェリア人戦闘員らがマリ北部地域に活動を拡大した当時から,地元のトゥアレグ部族と婚姻等を通じて関係を構築することで,同地域の拠点化の推進や麻薬等の密輸による資金獲得活動にも成功したとされる。

さらに,AQIMは,2012年にマリ北部で国家の建設を企図した際,地元住民を多く含んだ政府とすることで外国からの干渉を避けられると考え,同国北部で活動するトゥアレグ部族主体のADを率いるイヤド・アグ・ガリを利用したとされる(注19)

JNIMの結成に当たっても,ガリを指導者とし,他部族出身者のアマドゥ・クッファも加えており,JNIMは,AQIMの「地元密着路線」を背景に結成されたとする見方もある(注20)

また,JNIMは,フルベ部族(注21)との関係構築を進めているとされる。2018年,JNIMと敵対するドゴン部族等が,フルベ部族に対して,JNIMとの関係を強化していると主張して攻撃を激化させたことから,JNIMはフルベ部族と協力し,ドゴン部族等に対する報復攻撃を行ったと指摘された(注22)

ウ 指導者,幹部

(ア) イヤド・アグ・ガリ(Iyad Ag Ghali)
別名:
シディ・モハメド・アルハリ(Sidi Mohamed Arhali),イヤド・アブ・アル・ファディル(Iyad Abu al-Fadhil)

最高指導者。1958年1月1日生まれ。マリ北部・キダル州出身。トゥアレグ部族出身。ADの設立者かつ最高指導者でもあった同人は,JNIM最高指導者として,同組織設立を発表する動画(2017年3月)に登場した。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2013年2月,AQIM及びMUJAOの活動のために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加した上,リクルートを行ったとして,同人を制裁対象に指定した。

(イ) モフタル・ベルモフタル(Mokhtar Belmokhtar)
別名:
アブ・アベス・ハーリド(Abou Abbes Khaled),アブ・エル・アバス・ハーリド(Abou El Abass Khaled),ベラウアール・ハーリド・アブ・エル・アバス(Belaouar Khaled Abou El Abass)

「アル・ムラービトゥーン」指導者。1972年6月1日生まれ。アルジェリア中部・ガルダイア県出身。1991年頃にアフガニスタンで「アルカイダ」の軍事訓練キャンプに参加したとされる。1992年後半,アルジェリアに帰国し,武装集団を組織して反政府活動を行った。GIAと合流後,同国南部地区の司令官に就任した。同人は,同国南部に自らの権力基盤を築き,「覆面旅団」を組織して外国人観光客を誘拐するなどした。また,同人は,サヘル地域の部族と強いつながりを有しており,同地域における武器等の密輸ルートを掌握しているとされる。

同人は,2015年8月,「アル・ムラービトゥーン」の新指導者に指名されたが,2016年11月,フランス軍がリビア南部で実行した空爆での死亡が報じられたほか,同組織がJNIMに参加した際の設立発表動画(2017年3月)にも登場しておらず,消息は不明である。国連安保理は,「アル・ムラービトゥーン」の現指導者をハムザ・アル・ジャザイリ(Hamza al-Jazairi)と指摘している。

国連安保理「アルカイダ」及び「タリバン」制裁委員会は,2003年11月,AQIMの活動のために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加した上,リクルートを行ったとして,同人を制裁対象に指定した。

(ウ) ヤヒヤ・アブ・エル・ハンマーム(Yahia Abou El Hammam)(死亡)
本名:
ジェメル・アカチャ(Djamel Akkacha)

「サハラ地区」司令官。1978年5月9日生まれ。アルジェ出身。AQIM最高指導者ドルークデルに近いとされる。1997年にGIAに加入し,1998年に拘束されるも,2000年に釈放され,GSPCに参加した。2003~2007年,ベルモフタルが指揮する「覆面旅団」で活動したが,2008年に,ベルモフタルとの対立から,アブデルハミド・アブ・ゼイド(2013年6月死亡)が指揮する「ターレク・イブン・ジヤド旅団」に参加した。しかし,人質の扱い等をめぐってアブ・ゼイドとも対立し,同旅団から距離を置くようになった。2009年には,AQIMの武器取扱責任者になった。2012年,AQIM傘下組織「アル・フルカーン旅団」指導者を経て,「サハラ地区」司令官に任命された。同任命を受け,「アル・フルカーン旅団」指導者の地位は,モハメド・レミン・ウルド・ハサンに譲った。その後,JNIMの設立発表動画(2017年3月)に,「サハラ地区」司令官として登場した。

アルジェリア北部・ビスクラ県に所在する裁判所は,2006年,テロに関与したとして,同人に対し,欠席裁判で死刑を言い渡した。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2013年2月,AQIMの活動のために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加したとして,同人を制裁対象に指定した。

2019年2月,フランス国防省は,同国がマリで実施している軍事作戦「バルハン作戦」において,同人を殺害したと発表した (注23)ほか,国連安保理は,同人の後継者はメッサウド・ベナイレシェ(Messaoud Benaireche)(別名:アブ・ウサマ・アル・ジャザイリ〈Abou Oussama al-Jazairi〉)と指摘している(注24)

(エ) アマドゥ・クッファ(Amadou Kouffa)

「マシナ旅団」指導者。マリ中部・モプティ州出身。フルベ部族出身。同人は,JNIMの設立発表動画(2017年3月)に登場した。2018年11月,マリ中部・モプティで行われたフランス軍部隊による急襲作戦で死亡したとされるが,JNIMは,同人の死亡を否定する声明を発表した。

2019年11月,米国国務長官は,同人をSDGTに指定した。

2020年2月,国連安保理ISIL及び「アルカイダ」制裁委員会は,同人を制裁対象に指定した。

(オ) アブ・ハサン・アル・アンサリ(Abou Hassan al-Ansari)
別名:
モハメド・ウルド・ヌイニ(Mohamed Ould Nouini)

マリ北部・ガオ州ティレムジ村出身。「アル・ムラービトゥーン」幹部であり,ベルモフタルの右腕とも指摘され,JNIMの設立発表動画(2017年3月)に登場した。

(カ) アブ・アブデルラフマン・アル・サンハジ(Abou Abderrahmane al-Sanhaji)
別名:
アリ・マイチョウ(Ali Maychou)

JNIMの設立発表動画(2017年3月)に登場した。同人は,JNIM結成前にも,AQIMが発出する多数の動画に登場した。

2019年10月,フランス国防大臣は,同人を殺害した旨発表したが,JNIMは同人の死亡に関する声明等を発出していない。

2019年8月,国連安保理ISIL及び「アルカイダ」制裁委員会は,同人を制裁対象に指定した。

(キ) バ・アグ・モウサ(Bah Ag Moussa)(死亡との情報)
別名:
バモウサ・ディアラ(Bamoussa Diarra)

JNIM幹部。1952~58年生まれ。元マリ軍大佐。同人は,2019年3月には,同組織戦闘員を率いて同国軍基地襲撃テロを実行したとされる。

2019年7月,米国財務長官は,同人をSDGTに指定した。

2019年8月,国連安保理ISIL及び「アルカイダ」制裁委員会は,同人を制裁対象に指定した。

2020年11月,フランス国防大臣は,マリ東部での軍事作戦において,同人を殺害した旨発表した。

エ JNIMに参加した組織

(ア) 「アル・ムラービトゥーン」(Al-Murabitoun,Al-Mourabitoun)

「アル・ムラービトゥーン」は,2013年8月に,「覆面旅団」及びMUJAOが合併して結成された組織である。

「覆面旅団」は,AQIMの傘下組織であったが,2012年後半,指導者のベルモフタルと共にAQIMから離脱した(注25)(注26)。2012年10月,AQIMの「諮問評議会」が「覆面旅団」に宛てたとされる書簡(注27)には,ベルモフタルがかねてからAQIM最高指導者ドルークデルと不仲であり,「覆面旅団」は,AQIMの傘下でありながら独自に行動していたとの記載がある。また,同書簡によると,「覆面旅団」は,「アルカイダ」に忠誠を表明した(注28)

MUJAOは,2011年10月に,アルジェリア南西部・ティンドゥフ県の西サハラ難民キャンプで,人道支援団体の外国人メンバー3人を誘拐したことから,その存在が知られるようになった(注29)。同組織は,AQIM及びADと共に,マリ北部地域の占拠及び支配を進め,マリ北部・ガオに拠点を構えるなどしたが,2013年1月のフランスによる軍事介入後は,マリ北部のイフォガス山地等に撤退した。

2015年5月,MUJAOの広報担当として知られるアドナン・アブ・アル・ワリド・アル・サハラウィが,「アル・ムラービトゥーン」指導者を名のり,ISIL最高指導者バグダディに忠誠を表明する旨の音声声明を発出した(注30)。しかし,翌日には,ベルモフタルが,同声明は「アル・ムラービトゥーン」を代表するものではなく,同組織は従前どおり,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリに忠誠を誓うと表明し,サハラウィが,MUJAO(あるいは同組織の一部勢力)を率いているにすぎず,「アル・ムラービトゥーン」全体を指揮しているわけではない可能性も指摘された(注31)

そうした中,同年11月には,「アル・ムラービトゥーン」が,AQIMのサハラ地域の支部組織と共同で,バマコにある高級ホテルを襲撃(20人以上死亡)した旨主張するなど(注32),AQIMとの接近が示唆されたところ,翌12月,AQIMは,「アル・ムラービトゥーン」がAQIMに加入する旨発表し,「アル・ムラービトゥーン」も,AQIMへの再加入を発表した。「アル・ムラービトゥーン」がAQIMに再加入した背景には,ISILによる「カリフ国家」設立後,AQIMからもISILに忠誠を表明する離反勢力が現れたこと,「アル・ムラービトゥーン」からも,サハラウィの勢力がISILに忠誠を表明したこと等に対抗するためであったとの指摘もある(注33)

「アル・ムラービトゥーン」は,2015年には,マリ北部でのテロ活動に加え,南部に位置するバマコで発生した外国人が多く利用するレストランに対する襲撃(3月)のほか,ブルキナファソでルーマニア人を誘拐(4月)した旨犯行を自認するなど,活動範囲をマリ北部から同国中南部及びブルキナファソまで拡大させた。また,2016年には,ワガドゥグーで,多くの外国人が利用するホテル等を襲撃(1月)したほか,コートジボワール南部・南コモエ州グランバッサムの観光地で発生したホテル襲撃(3月)にも関与したとされるなど,活動範囲を更に南下させたとみられている。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2012年12月,AQIMと関連を有し,資金調達,計画,支援,準備及び実行に関与したとして,MUJAOを制裁対象に指定したほか,2014年6月には,同様の理由から,「アル・ムラービトゥーン」,「覆面旅団」及び「血判部隊」を制裁対象に指定した。また,米国国務長官は,2013年12月,「覆面旅団」を外国テロ組織(FTO)に指定した(注34)

(イ) 「サハラ地区」

「サハラ地区」は,司令官ヤヒヤ・アブ・エル・ハンマームが統率し,サハラ・サヘル地域で活動するAQIM傘下組織であった。「サハラ地区」には,次の4つの下部組織があったとされる。

a 「ターレク・イブン・ジヤド旅団」(Katiba Tarek Ibn Ziad)

指導者アブデルハミド・アブ・ゼイドの死亡(2013年6月)後,新指導者の詳細は不明である(注35)。拠点とするマリ北部地域やアルジェリアのサハラ及びサヘル地域のほか,リビアでも活動しているとされる(注36)。2017年6月,JNIMは,バマコの高級ホテルにおけるテロに関し,同旅団による犯行であったとする声明を発出した。

b 「アル・フルカーン旅団」(Sariiyat al-Fulqan)

指導者は,アブデルラハマンとされる。前任者は,モハメド・レミン・ウルド・ハサンとされる。同旅団構成員の大多数は,モーリタニア人及びマリ人であり,マリ北部・トンブクトゥの北部からモーリタニア国境付近のアザワド地域の北西部を拠点としているとされる(注37)。2015年3月,ISIL支持を表明したとされるが,その後,目立った活動はなく,詳細は不明である。

c 「アル・アンサール旅団」(Katiba al-Ansar)

指導者アブデルカリーム・アル・タルギ(注38)の死亡(2015年5月)後,指導者は不明である。同人は,2013年11月に発生したフランス人記者らの殺害事件への関与を認める声明を発出した。同旅団は,トゥアレグ部族出身のマリ人やニジェール人が多数を占めるとされる(注39)

2015年9月,同旅団内の一部勢力がISILに忠誠を表明したが,AQIMは,ISILに忠誠を表明した勢力が「10人以下」とした上で,同旅団の大半が,AQIM最高指導者ドルークデルに従っていると主張する声明を発出した。

d 「ユーセフ・ベン・タシュフィン旅団」(Katiba Youssef Ben Tachfine)

指導者は,トゥアレグ部族出身のアブ・アブデルハキム・アル・カイルアニなる人物とされる。同旅団は2012年11月に設立されたとされる(注40)

「アンサール・ディーン」(AD)は,2011年12月,イヤド・アグ・ガリによって設立された。イスラム法に基づいたイスラム国家建設を目的とするトゥアレグ部族による武装組織である。AQIMとつながりを有し,軍事・経済支援を受けているとされる(注41)(注42)

2012年1月,同部族の「アザワド解放国民運動」(MNLA)等が,マリ北部地域で政府軍に対する攻撃を開始した際,ADも同攻撃に参加したが,同地域の占拠後,イスラム法の極端な解釈による施行に否定的なMNLAとの対立が深まり(注43),同組織を要衝トンブクトゥから追放した(同年4月)。ADは,AQIM及びMUJAOと共に,同地域を支配下に置き,「セーフ・ヘイブン」化を図っていたが,2013年1月,フランスによる軍事介入後,マリ北部のイフォガス山地等に撤退した。

しかし,ADは,その後もテロ活動を継続し,2015年には,マリ北部・キダル州で発生したMINUSMA基地に対する襲撃(11月)や同国南部・クリコロ州で発生した襲撃(6月)(注44)の犯行を自認するなど,その活動範囲を中南部に拡大しているとみられる。さらに,同国中部や南部では,ADの傘下組織とされる「マシナ旅団」(注45)が活動を活発化させた。

2016年にも,ADは,マリ北部で同国軍やMINUSMA部隊等を標的としたテロを頻発させたほか,中部・ナンパラで発生した軍基地に対する襲撃(7月)では,「マシナ旅団」の犯行であった旨自認するなど,同国中部でも活発に活動した。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2013年3月,ADがAQIM及びMUJAOと関連を有し,その資金調達,計画,支援,準備及び実行に関与したとして制裁対象に指定した。

(9) 他勢力との関係

ア 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)

AQIM最高指導者であったドルークデルは,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)の前身組織である「イラクのアルカイダ」(AQI)の設立者アブ・ムサブ・アル・ザルカウィ(2006年死亡)との人脈を利用して,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリと関係を構築したとの指摘もある(注46)

AQIMは,シリアやイラクでのイスラム過激組織間の抗争激化を受け,各組織に和解を呼び掛ける声明を発出した(2014年7月)(注47)。しかし,AQIMは,ISIL最高指導者バグダディの「カリフ」就任について,事前に「何の相談もなかった」としてこれを非難し,ザワヒリへの忠誠を再確認した(同年7月)ほか,同年12月には,ISILによる「カリフ国家」設立については,イスラム法における条件を満たしていないなどと批判した。他方,傘下組織の元幹部がISIL支持を表明し,AQIMからの離脱及び新組織「アルジェリアのカリフ国家の戦士」設立を発表した(同年9月)ほか,AQIM内の複数勢力がISILに忠誠を表明した(注48)。さらには,ISILによるAQIMへの接近・取込みは書簡でも行われており,ISIL最高指導者バグダディを補佐する「シューラ評議会」のメンバーがAQIM最高指導者ドルークデルに宛てた書簡(2014年12月)によると,バグダディはドルークデルに対し,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリへの忠誠を破棄してISILに加わるよう求めたとされる(注49)

また,2014年10月以降,リビアで,ISILの関連組織(「州」)の設立を宣言する勢力が出現し,同国の拠点化を進めた際には(注50),AQIMは,ISIL関連組織と敵対する同国のイスラム過激組織を擁護した(注51)

イ 「アルジェリアのカリフ国家の戦士」(Jund al-Khilafa in Algeria,「アルジェリア州」)

2014年9月,AQIM幹部ゴーリ・アブデルマレク(注52)は,AQIMから離脱してISILへの忠誠を表明し,同人を指導者とする新組織「アルジェリアのカリフ国家の戦士」の設立を発表した。同組織は,同月,アルジェリア北部・ティジウズ県で誘拐したフランス人登山家の殺害を自認する声明を発出し,ISILに対する空爆に参加するフランスを非難するとともに,同国権益に対する新たな攻撃を警告したが,アルジェリア当局の掃討作戦によって,幹部が相次いで死亡したこと等から,弱体化したとされる(注53)

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2015年9月,ISILのために資金調達,計画,支援,準備及び実行に参加したとして,「アルジェリアのカリフ国家の戦士」を制裁対象に指定した。また,米国国務長官も,同月,同組織をSDGTに指定した。

ウ 「アンサールル・イスラム」

フルベ部族出身のマラム・イブラヒム・ディコが設立したとされ,ディコの死後(2017年5月),弟のジャファル・ディコが後を継いだとされる。

勢力は,200人と指摘され(注54),フルベ部族やリマイベ部族出身者で構成されているとされる(注55)。また,「マシナ旅団」とつながりがあるとみられる(注56)

ブルキナファソ北部のマリとの国境付近で活動し,ブルキナファソ治安当局に対する襲撃(2016年12月)や警察署襲撃(2017年2月)のほか,教育関係者殺害(2017年3月)等を実行したとされる。

2018年2月,米国国務長官は,同組織をSDGTに指定した。

エ 「ボコ・ハラム」及び「アル・シャバーブ」

AQIMは,「ボコ・ハラム」との関係では,AQIMの拠点の一つであるマリ北部のイフォガス山地で,「ボコ・ハラム」構成員に対し,訓練を実施したとの指摘(注57)があるほか,MUJAOがマリ北部地域でアルジェリアの外交官7人を誘拐(2012年4月)した事案に,「ボコ・ハラム」構成員も関与したとされる(注58)

AQIMは,「アル・シャバーブ」との関係では,「アル・シャバーブ」指導者ムクタル・アブディラハマン・アブ・ズベイルが死亡(2014年9月)した際,追悼声明を発出している。

オ 「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)

AQAP最高指導者(当時)ナーセル・アル・ウハイシが,AQIM最高指導者(当時)ドルークデルに宛てた書簡とみられる2012年5月及び8月付け文書が,マリ北部・トンブクトゥで発見された(注59)。その中で,ウハイシは,むち打ち刑等の厳格なイスラム的刑罰執行の回避やイスラム法の段階的な施行を勧めているほか,資金集めの方法として誘拐の奨励,スパイ活動防止のための組織防衛の徹底,メディアの活用等を助言している。

2015年6月,ドルークデルは,同月に死亡したウハイシを追悼する音声声明を発出した。また,8月には,AQIMは,AQAP及び「ヌスラ戦線」と共同で,「タリバン」最高指導者オマルを追悼する声明を発出したほか,同年11月には,AQIMとAQAPが共同で,ISILを非難する声明を発出した。2017年8月には,AQAPの英語機関誌「インスパイア」に,ドルークデルのインタビュー記事が掲載された。

カ 「ISIL大サハラ」

「ISIL大サハラ」は,MUJAOの広報担当であったアドナン・アブ・アル・ワリド・アル・サハラウィ (注60)が,2015年5月,同組織指導者を名乗ってISILに忠誠を表明し,翌年10月,ISILと関連を有する「アーマク通信」が,同人による忠誠表明を撮影したとみられる動画を配信した。ISILへの忠誠表明後も,同人はAQIM及びJNIMと比較的良好な関係を維持していると指摘されていた (注61)。しかし,2020年5月,ISILのアラビア語週刊誌「アル・ナバア」が「ISIL大サハラ」によるJNIMへの自爆攻撃に言及するなど,対立が表面化した。

同組織は,主にマリ北部のニジェールとの国境付近で活動しており,2017年10月には,ニジェール西部・トンゴ・トンゴで発生した米軍特殊部隊及びニジェール軍部隊の合同部隊に対する襲撃事案(米軍特殊部隊員4人及びニジェール軍兵士5人の計9人死亡)を,また,2018年1月には,マリ及びニジェールの国境付近で発生したフランス軍部隊を標的とした自爆テロ(フランス軍兵士3人負傷)をそれぞれ自認した。なお,近年,同組織は,ISIL関連組織間の連帯感を誇示するため,ISILの「西アフリカ州」名で犯行声明を発出していると指摘されている。

2018年5月,米国国務長官は,同組織をFTOに指定するとともに,サハラウィをSDGTに指定した。

年月日 主要テロ事件,主要動向
98年  「武装イスラム集団」(GIA)の地区司令官ハッサン・ハッタブが,「宣教と戦闘のためのサラフィスト・グループ」(GSPC)を結成
03.10  GSPC最高指導者ナビル・サフラウィが「アルカイダ」に忠誠を誓う声明を発出
04.8  アブデルマレク・ドルークデルがサフラウィの後継としてGSPC最高指導者に就任
07.1.26  GSPCから「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)に改称
07.4.11  アルジェリア首都アルジェの官庁街で自爆テロを実行し,12人が死亡
07.9.6  アルジェリア北部・バトナ県で,ブーテフリカ大統領を狙ったとみられる自爆テロを実行し,市民ら22人が死亡
07.12.11  アルジェで,最高裁判所及び国連難民高等弁務官事務所に自動車で突入する自爆テロを実行し,国連職員17人を含む42人が死亡
08.2.1  モーリタニア首都ヌアクショットで,イスラエル大使館に向けて発砲し,5人が負傷
08.2.22  チュニジアで,オーストリア人観光客2人を誘拐。同年10月30日,マリで解放
08.8.19  アルジェリア北部・ブーメルデス県で,警察関連施設を標的とした自爆テロを実行し,警察官1人を含む43人が死亡
08.12.14  ニジェールで,カナダ人外交官2人を誘拐。2009年4月22日,解放
09.1.22  マリ北部のニジェール国境付近で,欧州人観光客の乗った車両2台を襲撃し,英国人男性1人,ドイツ人女性1人,スイス人夫婦の計4人を誘拐。4月22日までにスイス人及びドイツ人の女性2人が解放され,7月12日にスイス人男性が解放。英国人男性は,5月31日に殺害
09.6.17  アルジェリア北部・マンスーラ等数か所で,警察の車列を銃撃し,警察官19人を含む21人が死亡
09.8.8  ヌアクショットで,在モーリタニア・フランス大使館を標的とした自爆テロを実行し,同大使館に勤務するフランス人職員2人が負傷
09.11.25  マリ東部・メナカで,フランス人人道支援団体関係者が宿泊するホテルを襲撃し,同関係者1人を誘拐。2010年2月24日,マリ当局が収監中のテロリスト4人を釈放したため,同関係者を解放
09.11.29  モーリタニア西部・ヌアディブで,物資を搬送していた人道支援団体の車列を襲撃し,スペイン人職員3人を誘拐。2010年3月に1人が,同年8月23日に残りの2人が解放
09.12.18  モーリタニア南部・コベンニで,イタリア人男性とブルキナファソ人女性の夫婦が乗った車両を襲撃し,同夫婦を誘拐。2010年4月16日,同夫婦が解放
10.4.19  ニジェールのマリ国境付近で,フランス人人道支援活動家1人を誘拐。7月24日,殺害
10.9.16  ニジェール北部で,フランス系原子力企業関係者らを襲撃し,同国人5人を含む技師等7人を誘拐。2011年2月に3人が,2013年10月に残る4人が解放
10.10.2  アルジェリア北部・ティジウズ県で,同国軍の車列を襲撃し,同軍兵士5人が死亡,10人以上が負傷
11.1.7  ニジェール首都ニアメで,フランス人2人を誘拐。事件直後に行われた人質救出作戦の際に死亡
11.7.5  モーリタニア南部・ネマで,同国軍基地を襲撃したが,死傷者なし
11.7.7  新たに就任した「アルカイダ」最高指導者アイマン・アル・ザワヒリへの忠誠を誓う声明を発出
11.10.22  アルジェリア南西部・ティンドゥフ県の西サハラ難民キャンプで,外国人支援団体メンバー3人(スペイン人男女,イタリア人女性)を誘拐。2012年7月18日,いずれも解放。「西アフリカ統一聖戦運動」(MUJAO)が犯行を自認
11.11.24  マリ北部・ガオから西へ200キロメートルに位置するホンボリで,フランス人2人を誘拐。1人は2013年7月に遺体で発見され,1人が2014年12月に解放
12.4.3  AQIM関連組織「アンサール・ディーン」(AD)が占拠したマリ北部・トンブクトゥにAQIM最高幹部らが現れ,マリ軍基地をAQIMの「基地」とすることを決定
12.4.5  ガオで,アルジェリア領事ら外交官4人を含む7人を誘拐。このうち3人は同年7月15日に解放されたが,外交官1人は9月1日に殺害。残る3人のうち2人が2014年8月30日に解放され,1人は病死。MUJAOが犯行を自認
12.4.15  マリ北部・トンブクトゥで,キリスト教の布教活動に携わっていたスイス人女性を誘拐。24日,ADが解放
12.4.23  ドルークデルとみられる者がウェブサイトに声明を投稿し,アルジェリアの国民らに対して総選挙(5月10日)のボイコットを呼び掛け
12.5.4  ADが,トンブクトゥで,世界遺産に登録されている「シディ・マフムード・アマル廟」を破壊
12.6.28  MUJAOが,イスラム過激派3組織を代表して,マリ北部の完全占拠を宣言
12.9.1  MUJAOが,マリ北部から南方へ侵撃し,モプティ州ドゥエンツァを制圧
12.11.20  マリ南西部で,フランス人1人を誘拐。2014年4月,同国政府は,同人が死亡したとの見解を発表。MUJAOが犯行を自認
12.12.5  ベルモフタルが,「覆面旅団」の部隊の一つとして「血判部隊」を設立したこと等を明らかにする声明を発表
13.1.5  AQIM及びその関連組織が,マリ北部・モプティ州モプティに南侵を開始
13.1.11  マリ暫定大統領の要請に基づき,フランスがマリ北部に軍事介入を開始
13.1.16 在アルジェリア邦人に対するテロ事件
アルジェリア南東部・イナメナス近郊の天然ガス関連施設に対する襲撃事件が発生。日本人10人を含む多数が死亡
13.1.18~30  フランス軍及びマリ軍が,マリ中部から北部の主要都市(コンナ,ディアブリー,ドゥエンツァ,ガオ,トンブクトゥ,キダル)を奪還
13.5.23  ニジェール北部・アーリットのフランス系原子力企業関連施設及び中部・アガデスのニジェール軍兵舎で,自爆テロが発生し,20人が死亡。MUJAO及び「血判部隊」が犯行を自認
13.8.22  「覆面旅団」及びMUJAOが,新組織「アル・ムラービトゥーン」を結成
13.11.2  マリ北部・キダル州で,フランス人記者2人を誘拐し,殺害。AQIM傘下組織「アル・アンサール旅団」が犯行を自認
14.2.8  キダル州で,赤十字関係者5人を誘拐。同年4月17日,フランス軍の軍事作戦で解放。MUJAOが犯行を自認
14.7.16  チュニジア西部・シャンビ山で,パトロール中の同国軍部隊を襲撃し,14人が死亡。AQIMが,関連組織「ウクバ・ビン・ナフィ旅団」による犯行であるとする声明を発出
14.9.13  AQIM傘下組織「中央地域のAQIM」幹部が,ISIL支持を表明し,AQIMからの離脱及び新組織「アルジェリアのカリフ国家の戦士」設立を発表
14.9.23  ティジウズ県で,フランス人登山家を誘拐し,殺害。「アルジェリアのカリフ国家の戦士」が犯行を自認
15.2.17  チュニジア西部・カスリーヌ県で,警察車両を襲撃し,警察官4人が死亡。「ウクバ・ビン・ナフィ旅団」が犯行を自認
15.3.7  マリ首都バマコで,外国人が多く利用するレストランを襲撃し,外国人2人を含む5人が死亡,スイス人3人を含む9人が負傷。「アル・ムラービトゥーン」が犯行を自認
15.4.4  ブルキナファソ北部の鉱山で,ルーマニア人治安関係者を誘拐。「アル・ムラービトゥーン」が犯行を自認
15.6.27  マリ南部・クリコロ州で,集落を襲撃し,兵士2人及び民間人1人の計3人が死亡。ADが,「マシナの部隊」による犯行であった旨主張
15.7.2  マリ北部・トンブクトゥ州で,「国連マリ多面的統合安定化ミッション」(MINUSMA)部隊を襲撃し,ブルキナファソ人兵士6人が死亡
15.11.20  バマコで,高級ホテルを襲撃し,20人以上が死亡。AQIMが,「アル・ムラービトゥーン」との合同作戦であった旨主張
16.1.7  トンブクトゥ州で,スイス人女性を誘拐。26日,AQIMは同女性を登場させた動画を発出
16.1.15  ブルキナファソ首都ワガドゥグーで,外国人が多く利用するホテル等を襲撃し,外国人を含む29人が死亡。AQIMが,「アル・ムラービトゥーン」の犯行であった旨主張
16.3.13  コートジボワール南部・南コモエ州グランバッサムの観光地で,ホテルを襲撃し,外国人を含む18人が死亡。16日,AQIMが,「サハラ地区」及び「アル・ムラービトゥーン」の犯行であった旨主張
16.3.18  アルジェリア南部・タマンラセット県で,石油関連施設にロケット砲弾を発射。同日,AQIMが犯行を自認
16.5.31  ガオ州で,MINUSMA部隊を襲撃し,中国人隊員1人が死亡。6月4日,AQIMが,「アル・ムラービトゥーン」の犯行であった旨主張
16.8.29  カスリーヌ県で,治安当局を標的としたとみられる地雷が爆発し,治安関係者3人が死亡。同日,「ウクバ・ビン・ナフィ旅団」が犯行を自認
16.11.4  キダル州で,フランス軍の車両を標的としたとみられる地雷が爆発し,同国軍兵士1人が死亡。同日,ADが犯行を自認
17.1.18  ガオ州のマリ軍基地で,爆弾テロが発生し,77人が死亡。同日,AQIMが犯行を自認
17.3.2  「ジャマーア・ヌスラ・アル・イスラーム・ワル・ムスリミーン」(JNIM)の結成を発表
17.6.2  アルジェリア北東部・テベサ県で,爆弾が爆発し,治安関係者2人が死亡。6日,AQIMが犯行を自認
17.6.18  バマコで,武装集団が高級ホテルを襲撃し,外国人を含む5人が死亡。19日,JNIMが犯行を自認
17.7.5  ニジェール中部・タウワ州で,武装集団が治安当局の拠点を襲撃し,治安関係者6人が死亡,2人が負傷。9日,JNIMが犯行を自認
18.2.14  アルジェリア北東部のチュニジア国境付近で,地雷が爆発し,アルジェリア軍兵士5人が死亡,2人が負傷。17日,AQIMが犯行声明を発出
18.3.2  ワガドゥグーで,武装集団が,フランス大使館及びブルキナファソ軍本部を相次いで襲撃し,少なくとも8人が死亡,80人以上が負傷。3日,JNIMが,犯行声明を発出
18.4.14  トンブクトゥ州にあるMINUSMA及びフランス軍部隊の基地で,自爆テロが発生するなどし,MINUSMAの隊員1人が死亡,フランス軍兵士7人を含む多数が負傷。20日,JNIMが犯行声明を発出
18.6.29  マリ中部・モプティ州にあるG5サヘル本部で,自動車爆弾による自爆及び襲撃テロが発生し,6人が死亡。30日,JNIMが犯行声明を発出
18.10.5  チュニジア西部のアルジェリア国境付近の山間部で,武装集団がチュニジア軍部隊を襲撃し,兵士複数人が死傷。「ウクバ・ビン・ナフィ旅団」が犯行声明を発出
19.1.20  キダル州で,武装集団がMINUSMA基地を襲撃し,チャド軍兵士10人が死亡,25人が負傷。同日,JNIMが犯行声明を発出
19.3.17  マリ中部・ディウラで,武装集団が同国軍基地を襲撃し,兵士23人が死亡。22日,JNIMが犯行声明を発出
19.4.26  チュニジア西部のアルジェリア国境付近の山間部で,チュニジア軍部隊を標的とする爆弾が爆発し,兵士複数が死傷。「ウクバ・ビン・ナフィ旅団」が犯行声明を発出
19.8.19  ブルキナファソ北部・スム県で,武装集団が同国軍を襲撃し,少なくとも兵士24人が死亡,7人が負傷。22日,JNIMが犯行声明を発出
19.9.30  マリ中部・モプティ州のブルキナファソとの国境付近等で,武装集団が,マリ国軍基地及びG5サヘル合同軍基地を襲撃し,少なくとも兵士25人が死亡,60人が行方不明。10月7日,JNIMが犯行声明を発出
19.11.5  アルジェリア北部・ティパザ県ダムーで,武装集団が同国軍部隊を襲撃。20日,AQIMが犯行を自認
20.4.7  モプティ州バンバで,オートバイに分乗した武装集団が,マリ国軍基地を襲撃し,兵士30人が死亡。11日,JNIMが犯行声明を発出
20.5.3  ブルキナファソ北西部・ジーボで,武装集団が同国軍を襲撃し,兵士2人が死亡。JNIMが犯行声明を発出
20.6.3  マリ北部・テサリット付近で,AQIMの最高指導者アブデルマレク・ドルークデルが,フランス軍の攻撃を受けて死亡
20.6.27  アルジェリア西部・メデア県で,アルジェリア軍部隊を標的としたIEDが爆発し,兵士2人が死亡。AQIMが犯行を自認
20.7.6  キダル州で,MINUSUMAの車列を標的としたIEDが爆発し,チャド軍の車両が破壊され,兵士3人が死亡,1人が負傷。JNIMが犯行声明を発出
20.7.23  トンブクトゥ州で,武装集団が,フランス軍及びマリ軍の拠点に対し,自動車に搭載したIEDで自爆攻撃を実行したほか,迫撃砲を発射。フランス軍兵士及び民間人の計2人が死亡したほか,2人が負傷。JNIMが犯行声明を発出
20.10.5  マリ治安当局は,JNIM戦闘員ら180人の釈放と引き換えに,JNIMに人質となっていたマリ野党指導者ら4人が解放されたと発表(JINM側は戦闘員ら206人が解放されたと主張)
20.11.21  AQIMは,死亡したドルークデルの後継者としてアブ・オベイダ・ユスフ・アル・アンナビが最高指導者に就任したと発表

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