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パキスタン・タリバン運動(TTP)
Tehrik-e Taliban Pakistan(注1)

パキスタン北西部を拠点に活動するスンニ派過激組織。「タリバン」支持勢力の連合体。

別称:
①Tehrik-i Taliban Pakistan,②Tehrik-e-Taliban,③Pakistani Taliban,④Tehreek-e-Taliban,⑤Tahrik-e Taleban-e Pakestan,⑥「タリバン学生運動」

(1) 設立時期

2007年12月

(2) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

支配領域でのイスラム法の施行及びその実現のためパキスタン政府の打倒を目指す。

イ 攻撃対象

パキスタン政府及び軍関連施設に対する攻撃のほか,政党関係者の殺害等を実行している。また,米国も攻撃対象とし,過去,パキスタン国内の米国関係者や関連施設等に対するテロを実行している。

(3) 活動地域

パキスタン北西部・カイバル・パクトゥンクワ(KP)州を中心とする同国全域並びにアフガニスタン東部及び南東部の国境沿い。

(4) 勢力

3,000~5,000人規模(注2)

(5) 組織・機構

ア 指導者,幹部等

(ア) ムフティ・ヌール・ワリ・メスード(Mufti Noor Wali Mehsud)
別名:
ムフティー・ヌール・ワーリー・メフスード(Mufti Nur Wali Mehsud),ガル・スタルガ(Ghar Starga),ムフティ・アブ・マンスール・アッシム(Mufti Abu Mansour Assim)等

最高指導者(四代目。2018年6月就任)。1978年生まれ。パキスタン北西部・連邦直轄部族地域(FATA,現KP州)南ワジリスタン地区出身。

TTPで中心的なメスード族系部族の出身であり,2001年の米国等によるアフガニスタン進攻の際には,「タリバン」と共闘するなどして北部同盟や米軍との戦闘に従事したほか,パキスタン南部・シンド州カラチにおけるTTPの司令官を務めたとされる。また,ベトゥラ・メスード(初代最高指導者)に仕えるとともに,TTP内のイスラム法廷で判事を務めた(注3)とされる。2018年2月,副指導者ハリド・メスード(別名サジナ,カーン・サイード)が死亡したことを受け,副指導者に就任した(注4)。さらに,2018年6月,最高指導者マウラナ・ファズルッラー(三代目)の死亡を受け,最高指導者に就任した。同年10月には,「不信心者」に対抗するため,「ジハード」を行う全ての組織や運動体が,内部不和を乗り越えて一つに結束するよう呼び掛ける音声メッセージを発出した。

同人は,カラチ等で宗教学を学んだイスラム宗教学者であるほか,パキスタンのベナジール・ブット元首相殺害事件(2007年12月)についてTTPの犯行を自認しており,同事件の内幕を記述した書籍『メスード革命と南ワジリスタン:英国支配から米国帝国主義へ』(2017年刊行)の著者とされる。「ハッカーニ・ネットワーク」(HQN)と関係が深いともされる。

2019年9月,米国国務省は,同人を特別指定国際テロリスト(SDGT)に指定した。2020年7月,国連安保理ISIL及び「アルカイダ」制裁委員会は,同人を制裁対象に指定した。

(イ) ムフティ・マザヒム(Mufti Mazahim)
別名:
ムフティー・マザーヒム(Mufti Mazahim),ムフティ・ハザラト(Mufti Hazarat),ムフティ・ヒフズッラ(Mufti Hifzullah)等

副指導者(注5)。2018年6月,副指導者であったムフティ・ヌール・ワリ・メスードが最高指導者に就任したことを受け,副指導者に選出された。

(ウ) ベトゥラ・メスード(Baitullah Mehsud)(死亡)
別名:
バイトゥッラー・メフスード(Baitullah Mehsud),バイトゥッラー・マフスード(Baitullah Mahsud),バイトラ・メスード等

元最高指導者(初代。2007~2009年)。1970年代前半の生まれ。パキスタン北西部・FATA(現KP州)南ワジリスタン地区出身。

マドラサの学生であった1990年代,「タリバン」の活動に共感し,アフガニスタンで同組織の活動に参加したとされる。その後,2004年6月,南ワジリスタン地区で「タリバン」支持勢力を率いていた有力指導者ネク・ムハンマドが空爆で死亡したことを機に台頭し,2005年2月,パキスタン政府との間で和平協定を結んだ(注6)ことで,地域での影響力を高めたとされる。2007年12月,新たに結成されたTTPの最高指導者に選出された。また,同月に発生したベナジール・ブット元首相殺害事件をめぐっては,パキスタン政府から首謀者と指摘された。2009年8月,FATA(現KP州)南ワジリスタン地区で,空爆によって死亡した。

(エ) ハキムラ・メスード(Hakimullah Mehsud)(死亡)
別名:
ハキームッラー・メフスード(Hakimullah Mehsud),ハキームッラー・マフスード(Hakimullah Mahsud),ズルフィカール・メフスード(Zulfiqar Mehsud)等

元最高指導者(二代目。2009~2013年)。1979年頃の生まれ。2009年8月,初代最高指導者で従兄弟(いとこ)に当たるベトゥラ・メスードの死後,最高指導者に選出された。

TTP結成以前からベトゥラ・メスードに仕え,同人の運転手を務めたほか,2007年10月には同人の広報担当に就いた。ベトゥラ・メスードがTTP最高指導者となってからは,FATA(現KP州)オラクザイ地区,カイバル地区及びクッラム地区におけるTTP司令官を務めた。

アフガニスタン南東部・ホースト州米軍基地自爆テロ事件(2009年12月)や米国ニューヨーク・タイムズスクエア自動車爆弾テロ未遂事件(2010年5月)等に関与したとされる。2013年11月,FATA(現KP州)北ワジリスタン地区で,空爆によって死亡した。

(オ) マウラナ・ファズルッラー(Maulana Fazlullah)(死亡)
別名:
ムッラー・ファズルッラー(Mullah Fazlullah),ファドゥルッラー(Fadlullah)等

前最高指導者(三代目。2013~2018年)。1974年生まれ。パキスタン北西部・KP州スワト地区出身。

「預言者ムハンマドのイスラム法施行運動」(TNSM)(注7)最高指導者(当時)マウラナ・スフィ・ムハンマドがKP州ロウワー・ディル地区マイダンで運営していたマドラサに入学した後,同人の娘と結婚した。2001年の米国等によるアフガニスタン進攻の際は,「タリバン」政権支援のため,多くのTNSMメンバーと共にアフガニスタンに越境したとされる。2002年,パキスタンに帰国した際,テロの罪で収監された。2003年に釈放された後,私設FMラジオ局を開設して説教活動を開始したことから,「ムッラー・ラジオ」の異名を得た。

2007年,TTPの結成に参加し,事務局長に就いたとされる(注8)。その後,マラカンド地域(注9)におけるTTPの指導者として同地域でテロを実行し,2009年には,同地域でイスラム法による統治を試みたが,同年,パキスタン軍による掃討作戦を受け,アフガニスタンに逃れた(注10)。それ以降,アフガニスタン東部を拠点に,パキスタン軍等を標的としたテロを行っていたが,2013年11月,TTP最高指導者ハキムラ・メスード(二代目)が死亡したことを受け,最高指導者に選出された。2014年12月に発生した軍設立の学校に対する襲撃事件(生徒ら141人死亡)等に関与したとされる。2018年6月,アフガニスタン東部・クナール州で,空爆によって死亡した。

(カ) ムハンマド・ホラサニ(Muhammad Khorasani)
別名:
ムハンマド・フラサニ(Muhammad Khurasani)モハンマド・ホラーサーニー(Mohammad Khorasani),ムフティ・ハリド(Mufti Khalid),マウラナ・ムハンマド・アリ・バルチ(Maulana Muhammad Ali Balti)

広報担当。副指導者に次ぐ最高幹部との指摘がある。2014年11月,TTPが発出した声明の中で,シャヒドゥッラー・シャヒードに代わって新たな広報担当に任命されたことが発表された。前最高指導者ファズルッラーに近い人物とされる。

(キ) シャヒドゥッラー・シャヒード(Shahidullah Shahid)(死亡)
別名:
シャヒードッラー・シャヒード(Shahidollah Shahid)

元広報担当。2013年7月,それまで広報担当を務めていたアフサヌッラー・アフサンの後任として広報担当に任命された。2014年10月,ビデオ声明を発出し,他のTTP幹部5人(注11)と共に「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディに忠誠を誓うことを表明した。これを受け,TTPは,シャヒードを更迭し,後任にムハンマド・ホラサニを任命したことを発表した。2015年1月,ISILは,シャヒードらによる忠誠表明を受け入れ,ISIL「ホラサン州」樹立を宣言した。それ以降,ホラサニは,同組織広報担当とされていたが,同年7月,アフガニスタン東部・ナンガルハール州で,米国による空爆によって死亡したとされる。

(ク) アドナン・ラシード(Adnan Rasheed)
別名:
アドナーン・ラシード

特別部隊「アンサール・アル・アシール」(注12)作戦司令官及びムシャラフ元パキスタン大統領等を標的とする特別暗殺団の責任者。KP州スワビ地区出身とされる。

パキスタン空軍に在籍していたが,ムシャラフ大統領(当時)暗殺未遂事件(2003年12月)に関与した容疑で逮捕され,2005年10月,死刑判決を受けた。2012年4月,武装集団の襲撃に乗じ,KP州バンヌ地区に所在する刑務所から脱獄した(注13)。2013年2月,「アンサール・アル・アシール」の作戦司令官に任命されたとされる。さらに,同年3月,総選挙への参加のためにパキスタンへの帰国を予定していたムシャラフ元大統領を攻撃するためにTTPが設立した特別暗殺団の責任者に任命された。同年7月にKP州デラ・イスマイル・カーン地区で発生した刑務所襲撃事件の首謀者とも指摘される。2018年10月には,「アルカイダ」支持者が発行するプロパガンダ雑誌「アル・ハキーカ」(Al-Haqiqa)のインタビューに応じたとされる。

(ケ) マウルヴィ・ファキル・ムハンマド(Maulvi Faqir Muhammad)(拘束中)
別名:
マウラウィ・ファキール・モハンマド(Mawlawi Faqir Mohammad)

元副指導者。元FATA(現KP州)バジョール地区司令官。2012年3月,TTP指導部の同意なしにパキスタン政府と和平交渉を行ったとして副指導者の職を解かれ,“一般の戦闘員”に降格した。TTPによる同決定に対し,TTPからの離脱の可能性も指摘されたが,同年6月,同人の広報担当はこれを否定し,同人がTTPに引き続き忠誠を誓っている旨述べた。

2013年2月,アフガニスタン東部・ナンガルハール州で逮捕され,パキスタン政府は,アフガニスタン政府に対して同人の引渡しを求めたが,同政府は拒否したとされる。

(コ) カーリー・アムジャド(Qari Amjad)

現副指導者とされる。詳細は不明。

イ 組織形態・意思決定機構

TTPは,KP州を中心に活動するパシュトゥン人による「タリバン」支持勢力の連合体である(注14)。TTPは,評議会(注15)と称する合議制機関の下で,指導者や司令官の選出,組織の運営等を決定しているとされる。

(6) 沿革

TTPの初代最高指導者ベトゥラ・メスードは,2002年以降にアフガニスタンから避難してきた「タリバン」と共に国境沿いで戦い,2004年,FATA(現KP州)南ワジリスタン地区の有力指導者ネク・ムハンマドが死亡したことを機に台頭するようになった。その後,ベトゥラ・メスードは,首都イスラマバードでの過激派神学生らによるモスク「ラル・マスジド」(赤のモスク)占拠事件(2007年7月)に際し,パキスタン政府が同モスクを武力制圧したこと等を理由に,同年8月,パキスタン政府との間で合意していた和平協定の破棄を宣言し,治安部隊への攻撃を実行した。

さらに同年12月,ベトゥラ・メスードの広報担当マウルヴィ・オマルは,アフガニスタンに駐留する北太平洋条約機構(NATO)軍との戦いのため,パキスタンにおける「タリバン」支持勢力を統一し,また,パキスタン軍に対する「防衛ジハード」を立ち上げるため,TTPを設立した旨を発表するとともに,ベトゥラ・メスードが同組織の最高指導者として選出されたことを公表した。こうして設立されたTTPに対し,パキスタン政府は,ベナジール・ブット元首相殺害事件(同年12月)の首謀者としてベトゥラ・メスードを名指しし,2008年8月,TTPを非合法化した。

2009年8月,空爆によってベトゥラ・メスードが死亡した後,ハキムラ・メスードが最高指導者に就任した。同人はTTPのテロを激化させ,同年10月,パキスタン東部・パンジャブ州ラワルピンディの陸軍司令部襲撃テロ等を実行した。これに対し,パキスタン軍及び治安部隊は,TTP主要拠点のFATA(現KP州)南ワジリスタン地区での掃討作戦を開始したが,TTPは同掃討作戦を逃れてFATA(現KP州)北ワジリスタン地区等に拠点を移してテロを継続した。その後,同組織は,①同年12月のアフガニスタン南東部・ホースト州の米軍基地での自爆テロ,②2010年4月のKP州・在ペシャワール米国総領事館バリケード及び検問所付近での自爆テロ,③同年5月の米国ニューヨーク・タイムズスクエア自動車爆弾テロ未遂事件等を実行し,又はこれらの実行に関与し,米国権益に対する攻撃を活発化させた(注16)。こうしたテロの発生を受け,同年9月,米国国務長官は,TTPを外国テロ組織(FTO)に指定した。その後,TTPは,2011年5月,オサマ・ビン・ラディンの死亡を受け,「我々は米国と同様,パキスタンに断固として報復する」などとする報復宣言を発出し,パキスタン治安部隊訓練学校,在ペシャワール米国総領事館関係者,パキスタン海軍基地等を標的としたテロを短期間に連続して実行した。2012年10月には,KP州スワト地区で,女子教育の権利を訴えていたマララ・ユスフザイ氏を銃撃して重傷を負わせ,国内外の注目を集めた。

TTPは,ナワズ・シャリフ新政権による和平交渉の呼び掛け(2013年9月)に対し,2014年2月に政府との和平交渉を開始したが,同和平交渉への対応をめぐってTTPの内部で意見が対立するなどしたため,進捗しなかった。さらに,同年6月,TTPが同国南部・シンド州カラチのジンナー国際空港を襲撃したことで同和平交渉は頓挫し,パキスタン軍は,同月,TTP等の主要拠点とされるFATA(現KP州)北ワジリスタン地区における掃討作戦「預言者の剣による斬撃」(Zarb-e-Azb)を開始した。これを受け,TTPは,同年12月,掃討作戦への報復であるなどとして,KP州ペシャワールに所在する軍設立の学校を襲撃し,生徒ら141人を殺害するなどした。その後,掃討作戦の進展に伴い,アフガニスタンへの逃避を余儀なくされた。

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2011年7月,「アルカイダ」の活動に関与したとして,TTPを制裁対象に指定した。

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

TTPは,部族単位等の武装組織を基礎とした約40の勢力から成る連合体であるため,内部対立が起きやすいとされ,ハキムラ・メスード最高指導者の死亡(2013年11月)に伴う後継者の選定及びパキスタン政府との一連の和平交渉をめぐり,内部対立が顕在化した。2014年5月には,FATA(現KP州)南ワジリスタン地区の有力司令官ハリド・メスード一派が離脱を宣言して「南ワジリスタン・タリバン運動」を結成し,同年8月には,強硬派として知られるFATA(現KP州)モフマンド地区司令官オマル・ハリド・ホラサニらの一派が分派組織「パキスタン・タリバン運動ジャマートゥル・アフラル」(TTP-JA)を結成(注17)したほか,2015年1月には,TTPから離脱した広報担当を含む幹部5人らが,ISILの「ホラサン州」を結成した。その後,2017年2月,ハリド・メスード派が,TTPに復帰したものの,同派と長年にわたり不仲であったTTPの有力司令官ハジ・ダウド・メスードの一派がこれに反発して離脱し,ISILの「ホラサン州」に参加した(注18)。ISILの「ホラサン州」に参加したメスード族(TTPの中心的部族)の有力司令官は,同人が初めてとされる。また,TTPを離脱し,分派組織のTTP-JAに参加したアフサヌッラー・アフサン(元TTP広報担当。2017年4月,治安当局に投降)は,テレビインタビュー(2017年5月)の中で,「(二代目最高指導者ハキムラ・メスードの死後,)三代目最高指導者を選出する評議会の最中に,不満を持った幹部らが,口論の末に銃を取り出すなど,激しい後継者争いが発生した」などと述べ,TTPが組織として結束していない旨発言(注19)した。

こうした状況の中,TTPが,2018年6月に,メスード族系部族出身のムフティ・ヌール・ワリ・メスードを最高指導者として選出した背景には,組織内の中心的部族であるメスード族系部族の出身者を選出することで,組織内部の動揺や分派の形成を抑えたいとの思わくがあるとみられる。

パキスタン軍及び同国法執行機関は,2017年2月,パキスタン全土において,TTP等の武装組織を対象とした摘発作戦「腐敗に対する抵抗」(Radd-ul-Fasaad)を開始したものの,TTPは,「『タリバン』特別グループ」と称する自爆テロに特化した部隊を結成するなど,テロを継続した。また,2018年には,パンジャブ州都ラホール近郊の「タブリーグ・ジャマート」世界本部付近の検問所で発生した自爆テロ(3月),KP州都ペシャワールで発生した政党関係者に対する自爆テロ(7月)等について犯行を自認した。2019年には,KP州の病院におけるブルカを着用した女性戦闘員による自爆テロ(7月)やバルチスタン州での自爆テロについて犯行を自認した(1月,9月)。2020年には,KP州での爆弾テロについて犯行を自認した(9月)。

2020年8月,TTPは,TTP-JA及び「ヒズブル・アフラル」(HA)がTTPに忠誠を誓い合流すると発表した。

イ 資金獲得活動

TTPは,身の代金目的の誘拐,恐喝等の犯罪により活動資金の多くを得ているとみられる(注20)

ウ リクルート活動

パキスタン北西部に所在するマドラサ等で,若者をリクルートしているとされる。

TTPは過去,女性による自爆テロを実行しており,TTP広報担当(当時)アザム・タリクは,2011年8月,多くの女性自爆テロ要員を擁していると発言している。また,TTPの広報部門「ウマル・メディア」は,2017年7月,テレグラム上に,「ジハードにおける女性の役割」等と題した呼び掛けを投稿し,後方支援要員としての女性の役割について説明するとともに,母親に対し,子供に玩具の銃を与えることや子供が寝るときに“殉教者”の物語を語って聞かせること等を推奨した。

さらに,TTPは,同年8月,「(預言者ムハンマドに従った女戦士)ハウラの道」(Sunnat-e-Khaula)と題した女性向けの英文雑誌を創刊し,「女性もムジャヒディンの隊列に加わるべきだ」などと呼び掛けた上で,武器の使い方を訓練するよう求めるなど,女性へのリクルート強化を主張した。

エ プロパガンダ活動

TTPは,広報部門「ウマル・メディア」(Umar Media)を通じ,インターネット上で自組織の活動に関する声明文,画像及び動画を発信している。主にウルドゥー語によるプロパガンダであるが,パシュトゥン語やアラビア語の翻訳版を発出する場合がある。

(8) 他勢力との連携

ア 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)

2014年10月,TTPは,「我々はイラク及びシリアで活動する戦闘員を兄弟と思っており,彼らの勝利を誇りに思っている。我々は,あなた方(同戦闘員)が試練に立ち向かうとき,あなた方と共におり,可能な限りの手段であなた方を支える」などとISILを支持する声明を発出した一方,「忠誠を誓った」との報道を否定し,ISILと距離を置く姿勢を示した。しかし,その直後,TTP広報担当(当時)シャヒドゥッラー・シャヒードが,他の幹部5人と共にISIL最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディに忠誠を表明した。同年11月,シャヒードはTTP広報担当から更迭されたものの,2015年1月には,ISILがシャヒードらの忠誠を受け入れ,ISILの「ホラサン州」樹立を宣言したことで,TTPからシャヒードら複数の幹部が離脱した。それ以降,TTPとISILとの関係を示す声明等は確認されていなかったが,2015年5月,TTPは,メディア部門を通じ,ISILが主張する「カリフ国家」を拒否し,「タリバン」最高指導者モハンマド・オマル,「アルカイダ」前最高指導者オサマ・ビン・ラディン及び同組織現最高指導者アイマン・アル・ザワヒリを称賛する内容のエッセイを発出したほか,同年9月,「最高指導者マウラナ・ファズルッラーが,バグダディに忠誠を誓う」とのうわさは誤りである旨,表明したとされる(注21)。国連安保理「タリバン」制裁委員会のモニタリング・チームは,ISILの幹部及び構成員が,歴史的にTTPと関係を維持していると指摘している(注22)

これら表明の混乱及びISILへの幹部流出の背景には,連合体であるTTPが,内部対立の生じやすい体質を有していることに加え,軍事作戦「預言者の剣による斬撃」(2014年6月開始)等によるパキスタン政府の圧力によって,従来の活動地域であったFATA(現KP州の一部)等からアフガニスタンへの逃避を強いられていることに対するTTP内部の動揺や不満等があるとされる(注23)

イ 「タリバン」

「タリバン」支持勢力の連合体であるTTPは,「タリバン」と密接な関係にあるとされている(注24)。TTP広報担当(当時)シャヒドゥッラー・シャヒードは,2013年10月,同組織が「タリバン」から資金面で支援を受けていること及びTTP幹部であったマウラナ・ファズルッラー(最高指導者)がアフガニスタン東部・クナール州で「タリバン」にかくまわれていることを明らかにした。他方,TTPが実行した2014年12月のペシャワールでの学校襲撃テロをめぐっては,「タリバン」から「罪のない市民や女性,子供を意図的に殺害するのはイスラム教の教えに反している」などと非難された。なお,2015年7月,「タリバン」が最高指導者オマルの死亡を認めた際,TTP広報担当ムハンマド・ホラサニは,「これまでの方針を変更するつもりはない」などと「タリバン」への支持を継続する旨を発言したとされるほか,「タリバン」の「ハッカーニ・ネットワーク」(HQN)はTTPから支援を受けているとも指摘される(注25)

ウ 「アルカイダ」

TTPは,「アルカイダ」との関係について,「彼ら(『アルカイダ』)は,移住してきた兄弟である。我々は彼らのために家と家族を犠牲にしてきた。(中略)我々の心は彼らに対し,開かれている」(2013年1月発出声明での最高指導者〈当時〉ハキムラ・メスードの発言)と述べるなど,「アルカイダ」メンバーをかくまう立場にあることを示唆した。また,TTPは,オサマ・ビン・ラディンが死亡(2011年5月)したことを受け,報復テロを連続して実行したほか,「(我々は)ビン・ラディン師の国際的な活動方針に従っていく。我々は彼の思想を支持していく」(同月発出声明)などと,ビン・ラディンの影響を受けていることを改めて表明した。このほか,三代目最高指導者マウラナ・ファズルッラーが死亡した際には,「アルカイダ」最高指導者ザワヒリが弔意を表した。一方で,ビン・ラディンが死亡したアボタバードの隠れ家で押収された資料の中からは,「アルカイダ」幹部がハキムラ・メスードに対し,無差別テロをやめるよう戒める書簡が発見されたほか,TTP幹部アドナン・ラシードは,「アルカイダ」支持者が発行するプロパガンダ雑誌「アル・ハキーカ」のインタビューにおいて,TTPは,「アルカイダ」と理念を共有し,イスラム同胞として尊敬しているなどとした上で,「『アルカイダ』とは戦略や戦術面での連携はしていない」などと発言(注26)したとされる。

エ 「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)

米国等によるアフガニスタン進攻を受け,国境を越えてパキスタンの部族地域に逃れてきた「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)とは,過去に密接な関係を有していたとみられている。2012年4月のKP州バンヌ地区での刑務所襲撃テロや2014年6月のカラチでのジンナー国際空港襲撃テロは,両組織の共同作戦であったとされている。また,2013年2月には,収監されている戦闘員の脱獄支援を目的とする特別部隊「アンサール・アル・アシール」が,両組織共同で結成された。一方,2015年8月にIMUがISILへの忠誠を正式に宣言した際には,多くのIMUメンバーがアフガニスタンへ移動したとされ,その後の同組織との連携状況は不明である。

オ 「ラシュカレ・イスラム」(LI)

パキスタンの「タリバン」支持勢力の一つである「ラシュカレ・イスラム」(LI)が,パキスタン軍の掃討作戦(2014年10月)によって,主要司令官や広報担当らが投降するなどの打撃を受けた後,TTPは声明を発出(同年11月)し,LIを支援するため,メンバーをLIの拠点であるFATA(現KP州)カイバル地区に派遣した旨表明した。また,2015年3月には,パキスタン軍に対抗するため,TTPの名の下に連合することで合意したともされている(注27)

年 月 日 主要テロ事件,主要動向等
07.12.14  パキスタン北西部・連邦直轄部族地域(FATA,現KP州)ワジリスタン地区で開催された同地区部族民による評議会において,「パキスタン・タリバン運動」(TTP)を設立し,最高指導者としてベトゥラ・メスードを選出したことを発表
07.12.27  パキスタン東部・パンジャブ州ラワルピンディで,自爆テロ等が発生し,「パキスタン人民党」(PPP)党首のベナジール・ブット元首相を含む少なくとも22人が死亡
08.8.21  パンジャブ州軍需工場の複合施設内で,自爆テロを実行し,約60人が死亡,約70人が負傷
09.5.27  パンジャブ州ラホールの三軍統合情報部(ISI)州本部付近で,自動車自爆テロを実行し,ISI職員を含む24人が死亡,300人以上が負傷
09.8.5  ベトゥラ・メスードが空爆で死亡。その後,ハキムラ・メスードが最高指導者に就任
09.10.5  パキスタン首都イスラマバードの国連世界食糧計画(WFP)事務所で爆弾が爆発し,国連職員5人が死亡
09.11.13  パキスタン北西部・北西辺境州(現KP州)ペシャワールのISI地方本部検問所で,自爆テロを実行し,ISI職員10人を含む少なくとも13人が死亡,60人が負傷
09.12.30  アフガニスタン南東部・ホースト州にある米軍基地で自爆テロを実行し,米国中央情報局(CIA)職員を含む米国人7人及びヨルダン情報機関員1人の計8人が死亡
10.3.8  パンジャブ州ラホールにある連邦調査局(FIA)施設に対する自爆テロを実行し,少なくとも13人が死亡,60人以上が負傷
10.4.5  北西辺境州(現KP州)の在ペシャワール米国総領事館付近で,自爆テロを実行し,パキスタン治安部隊兵士2人が死亡,同館現地警備職員3人を含む数人が負傷
10.5.1 米国ニューヨーク・タイムズスクエア自動車爆弾テロ未遂事件
 米国当局は,ニューヨーク・タイムズスクエアにおいて,爆発物等を積載した車両を発見。同月3日,同地でのテロ未遂容疑等でパキスタン系米国人ファイサル・シャザドを逮捕。同人は,TTP関係者と接触し,訓練及び資金の提供を受けていたとの指摘
10.7.9  FATA(現KP州)モフマンド地区の行政事務所に対する自爆テロを実行し,100人以上が死亡,160人以上が負傷
10.9.3  パキスタン南西部・バルチスタン州クエッタで,シーア派教徒を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも60人以上が死亡,200人以上が負傷
11.4.3  パンジャブ州デラ・カジ・カーン地区の聖廟(びょう)付近で,2件の自爆テロを実行し,礼拝者等42人が死亡,100人以上が負傷
11.5.13  KP州チャルサダ地区で,治安部隊の訓練学校を標的とした2件の自爆テロを実行し,新兵等少なくとも80人が死亡,140人以上が負傷
11.5.22  パキスタン南部・シンド州カラチで,武装集団がメヘラン海軍基地に侵入し,対潜哨戒機P3Cを2機爆破した後,海軍兵士と銃撃戦を展開。海軍兵士等少なくとも10人が死亡,15人以上が負傷
11.9.15  KP州ロウワー・ディル地区で,政府寄りの部族長の葬儀会場を標的とした自爆テロを実行し,31人が死亡,63人が負傷
12.4.15  KP州バンヌ地区で,約150人から成る集団が刑務所を襲撃し,刑務官3人が負傷,囚人384人が脱走。「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)との共同作戦とも指摘
12.8.16  パンジャブ州アトック地区カムラで,ミンハス空軍基地を襲撃し,銃撃戦で軍兵士1人が死亡,軍用機1機が損傷
12.10.9  KP州スワト地区で,女子教育の権利を訴えていたマララ・ユスフザイ氏を銃撃し,同氏が重傷
12.12.15  KP州ペシャワールで,バチャ・カーン国際空港(空軍基地併設)を襲撃し,4人が死亡,30人以上が負傷
12.12.22  KP州ペシャワールで,自爆テロを実行し,同州副首相を含む9人が死亡,少なくとも18人が負傷
13.4.16  KP州ペシャワールで,「アワミ民族党」(ANP)の選挙集会に対する自爆テロを実行し,16人が死亡,35人以上が負傷
13.5.6  FATA(現KP州)クッラム地区で、「イスラム・ウラマー協会ファズルル・ラフマン派」(JUI-F)選挙集会に対する爆弾テロを実行し,23人が死亡,70人以上が負傷
13.7.29  KP州デラ・イスマイル・カーン地区で,刑務所を襲撃し,警察官ら14人が死亡,15人が負傷,囚人253人が脱走
13.8.8  バルチスタン州クエッタで,警察官の葬儀会場を標的とした自爆テロを実行し,警察官21人を含む38人が死亡,40人が負傷
13.11.1  FATA(現KP州)北ワジリスタン地区で,ハキムラ・メスードが空爆で死亡。その後,マウラナ・ファズルッラーが最高指導者に就任
14.1.9  シンド州カラチで,同州警察犯罪捜査局トップの車列を標的とした爆弾テロを実行し,同人を含む警察官3人が死亡
14.6.8  シンド州カラチで,ジンナー国際空港を襲撃し,少なくとも26人が死亡,29人が負傷。IMUとの共同作戦とも指摘
14.12.16  KP州ペシャワールで,軍設立の学校を襲撃し,生徒ら少なくとも141人が死亡,120人以上が負傷
15.3.18  KP州ペシャワールで,「パキスタン・ムスリム連盟ナワズ・シャリフ派」の地区指導者を殺害
15.9.18  KP州ペシャワールで,空軍基地を襲撃し,少なくとも29人が死亡
16.2.6  バルチスタン州クエッタで,国境警備隊を標的とした自爆テロを実行し,12人が死亡,38人が負傷
17.1.21  FATA(現KP州)クッラム地区パラチラルの市場で爆弾が爆発し,25人が死亡,約50人が負傷。パンジャブ州で「ラシュカレ・ジャンヴィ」(LJ)の指導者が治安部隊に殺害されたことに対する報復として,「ラシュカレ・ジャンヴィ・アルアラミ」と共同で攻撃を実行したとの声明を発出
17.7.24  パンジャブ州ラホールの市場で,自爆テロを実行し,警察官ら26人が死亡,50人が負傷。警察当局は,TTPの「『タリバン』特別グループ」(Taliban Special Group)と称される自爆攻撃専門部隊の関与を指摘
18.2.4  KP州スワートで,国軍基地に対する自爆テロを実行し,国軍兵士11人が死亡,13人が負傷
18.3.14  パンジャブ州ラホールの「タブリーグ・ジャマート」世界本部付近の検問所で,自爆テロを実行し,警察官5人を含む9人が死亡,35人が負傷
18.6.23  アフガニスタン東部・クナール州で,マウラナ・ファズルッラーが空爆で死亡。その後,ムフティ・ヌール・ワリ・メスードが最高指導者に就任
18.7.10  KP州ペシャワールで,ANPの候補者を標的とした自爆テロを実行し,同候補者を含む21人が死亡
19.1.29  バルチスタン州ロラライの警察施設付近で,自爆テロを実行し,警察官12人及び民間人9人の計21人が死亡
19.3.20  バルチスタン州ジヤラトで,治安当局の拠点を襲撃し,治安部隊6人が死亡
19.5.13  バルチスタン州クエッタの市場で,警察車両付近に取り付けた爆弾が爆発し,警察官3人が死亡,11人が負傷
19.7.21  KP州デラ・イスマイルカーン地区の救命センター出入口付近で,ブルカを着用した女性戦闘員が自爆テロを実行し,少なくとも8人が死亡,数十人が負傷
19.9.30  バルチスタン州ロラライで,バイクに乗車した何者かが走行中の警察車両に対する自爆テロを実行し,警察官1人が死亡,3人が負傷
20.9.3  カイバル・パクトゥンクワ州北ワジリスタン地区で,路肩爆弾が爆発し,国軍兵士3人が死亡,4人が負傷

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