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アル・シャバーブ
Al-Shabaab

ソマリアを拠点に活動するスンニ派過激組織。「アルカイダ」に忠誠を誓い,ソマリア政府や同国内の外国軍部隊を標的としたテロを実行しているほか,ケニアでも散発的にテロを実行。

別称(正式名称):
「ハラカト・アル・シャバーブ・アル・ムジャヒディン」〈Harakat al-Shabaab al-Mujahideen〉)(注1)
その他の別称:
①Shabaab,②Al-Shabab,③the Youth,④Shabaab al-Mujahideen Movement,⑤Mujahidin al-Shabaab Movement,⑥Mujahideen Youth Movement,⑦Mujahidin Youth Movement,⑧MYM,⑨Harakat Shabab al-Mujahidin,⑩Hizbul Shabaab,⑪Hisb'ul Shabaab,⑫Al-Shabaab al-Islamiya,⑬Youth Wing,⑭Al-Shabaab al-Islaam,⑮Al-Shabaab al-Jihaad,⑯Unity of Islamic Youth,⑰Al-Hijra(注2)

(1) 設立時期

2007年(反政府連合組織「イスラム法廷連合」〈UIC〉から離脱)

(2) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

①イスラム国家の樹立,②ソマリア政府の打倒,③アフリカ連合ソマリア・ミッション(AMISOM)(注3)部隊等外国軍部隊の排除

イ 攻撃対象

米国の支援を受けるソマリア政府を「背教政府」と非難し,同政府及び軍を主な攻撃対象と位置付けているほか,同国に駐留するAMISOM部隊等外国軍部隊に対するテロを継続している。

(3) 勢力

約7,000~9,000人(注4)。その多くはハウィエ氏族(注5)出身とされる。このほか,アフリカ,欧米,中東出身の外国人戦闘員も存在するとされる(注6)

(4) 活動地域

ア ソマリア国内

「アル・シャバーブ」は,設立当初,ソマリア首都モガディシュ(注7)等中部・南部地域を支配した。その後,ソマリア(暫定)政府部隊,AMISOM等の攻撃を受け,モガディシュを含む主要都市及び町の支配を失った。近年も,ソマリア軍,AMISOM及び米軍による攻撃を受けながら,中部及び南部の村落部においては広範な地域を支配している。2019年11月には,同国北部・サナーグ州の村落を制圧した旨公表するなど,同国北部への進出も指摘されている。

イ ソマリア国外

「アル・シャバーブ」は,近年,同組織が活動するソマリア南部と広く国境を接するケニアで,活発にテロ活動を行っており,2013年9月の首都ナイロビでのショッピングモール襲撃テロ事件(60人以上が死亡)や2015年4月の東部・ガリッサでの大学襲撃テロ事件(148人が死亡)を引き起こしたほか,2019年1月には,ナイロビで,ホテル等の複合施設を襲撃し,米国人1人及び英国人1人を含む21人が死亡するテロを実行した。こうした中,ナイロビにおいては,組織的,作戦的な面で同組織と強いつながりがあるとして,下部組織「アル・ヒジュラ」(Al-Hijra)の存在が指摘されている(注8)

また,ケニア南東部のボニ森林地帯(タナ・リバー県の沿岸部三角州地帯からラム県北部を経てソマリア国境のボニ自然保護区まで広がる森林地帯)では,主にケニア人で構成する傘下組織である「ジャイシュ・アイマン旅団」(注9)が活発に活動している。また,多くのソマリア難民が収容されているケニア北東部のダダーブ難民キャンプをケニアでの活動拠点にしているとされる。

このほか,過去にはウガンダ及びジブチで自爆テロを実行したほか,2020年にはエチオピアでテロを計画したとして,同組織構成員が同国当局に拘束されている。

(5) 組織・機構

ア 指導者,幹部

(ア) アフメド・ディリエ(Ahmed Diriye)
別名:
シェイク・アフメド・ウマル・アブ・ウバイダ(Sheikh Ahmed Umar Abu Ubaidah),シェイク・オマル・アブ・ウバイダ(Sheikh Omar Abu Ubaidaha),シェイク・アフメド・ウマル(Sheikh Ahmed Umar),シェイク・マハド・オマル・アブディカリム(Sheikh Mahad Omar Abdikarim),アブ・ウバイダ(Abu Ubaidah),アブ・ディリエ(Abu Diriye)

最高指導者。1972年生まれ。2014年9月,「アル・シャバーブ」指導部が開催した会議で最高指導者に選出された。前最高指導者ズベイルの存命中,同人の副官を務め,幹部であったハンマミ(後述)の殺害に関与したほか,情報部門に所属していたとされる(注10)。 健康状態が悪化しているとの指摘がなされているが(注11),詳細は不明である。

国連安保理制裁委員会(決議第751号及び第1907号制裁委員会)は,2014年9月,「アル・シャバーブ」の高位幹部であるなどとして,同人を制裁対象に指定した。

(イ) ムクタル・アブディラハマン・アブ・ズベイル(Muktar Abdirahman Abu Zubeyr)(死亡)
本名:
アフメド・アブディ・アウ・モハメド(Ahmed Abdi aw-Mohamed)
別名:
アフメド・アブディ・ゴダネ(Ahmad Abdi Godane)

前最高指導者。「アル・シャバーブ」の設立者の一人。1977年7月10日生まれ。ソマリア北西部・北ガルベード州ハルゲイサ(1991年にソマリアからの独立を一方的に宣言したソマリランドの一部)出身。2008年5月,空爆で死亡した最高指導者(当時)アデン・ハシ・アイロの地位を継承した。同組織設立(2007年)以前に,アフガニスタンの訓練キャンプで訓練を受けた。オサマ・ビン・ラディンと直接のつながりを有していたとされ,2012年2月,「アルカイダ」への合流を宣言する声明を発表した。

幹部間の不和等から,設立者の一人であるイブラヒーム・ハッジ・ジャマ及びオマル・シャフィーク・ハンマミ(後述)を殺害し,また,ムクタル・ロボウ(後述)を追放したとされる(注12)

2014年9月,米軍の空爆を受けて死亡した。

(ウ) マハド・モハメド・アリ(Mahad Mohamed Ali)
別名:
マハト・カラテ(Mahat Karate)

副指導者。情報収集や防諜(ちょう),秘密作戦等を任務とする同組織の秘密部局「アムニヤト」(Amniyat)において,主要な役割を担っているとされる。ズベイルの後継者として有力視されていたが,後任には選出されず,新たに最高指導者となったアハマド・ディリエと繰り返し衝突しているとされる(注13)。AMISOMに参加するケニア軍は,2016年2月,空爆によって同人を殺害したと発表したが,「アル・シャバーブ」は同発表を否定した。

(エ) アリ・モハムード・ラゲ(Ali Mohamoud Rage)
別名:
アリ・デーレ(Ali Dheere)

広報担当。執行評議会のメンバーでもあるとされる。2010年,ウガンダ兵及びブルンジ兵計約6,000人がAMISOM部隊に増員されたことに対し,「新たに派遣された兵士らは,我々の強い抵抗に遭い,現在(ソマリアに)駐留中の部隊と共に全滅することになるであろう。我が国への新たな派兵を許さない」と非難した。2017年には,東アフリカ出身の戦闘員らに対する訓練の修了式で,同戦闘員らに対し,「ケニアを征服する戦士」となるよう呼び掛けたほか,米国が在イスラエル米国大使館をエルサレムに移転する方針を明らかにしたことに関し,米国への敵意を表明するなどした。なお,ズベイルの死後,副指導者に昇格したとも指摘された(注14)

(オ) ムクタル・ロボウ(Mukhtar Robow)
別名:
アブ・マンスール(Abu Mansour)

元上級軍事司令官,元広報担当。1969年生まれ。ソマリア国籍。2013年6月,ソマリア南部・下シャベレ州バラウェイ町で,ズベイルと衝突して追放され,ロボウ自身の拠点である南西部・バコール州に逃れたとされる(注15)。2017年8月,同人は,ソマリア当局に投降したが,その後も,同人の勢力と「アル・シャバーブ」との対立は継続しているとみられ,同年12月には,同人の息子が「アル・シャバーブ」との戦闘で死亡した(注16)

同人は,南西ソマリア自治政府の大統領選(2018年12月)に立候補したものの,投票日前に拘束された(注17)(注18)

(カ) バシール・モハメド・マハムード(Bashir Mohamed Mahamoud)
別名:
バシール・モハメド・マフムード(Bashir Mohamed Mahmoud),バシール・ヤレ(Bashir Yare),バシール・クルガブ(Bashir Qorgab)

軍事司令官。主要指導者の一人。1982年生まれ。

国連安保理制裁委員会(決議第751号及び第1907号制裁委員会)は,2010年4月,2008年の後半時点で「アル・シャバーブ」の執行評議会メンバー約10人のうちの一人であったなどとして,同人を制裁対象に指定した。

(キ) アブ・ムサ・モンバサ(Abu Musa Mombasa)

治安・訓練担当責任者。パキスタン出身。

(ク) フアド・モハンメド・カラフ(Fuad Mohammed Khalaf)
別名:
フアド・ションガレ(Fuad Shongale)

資金調達担当幹部兼軍事司令官。ソマリアとスウェーデンの二重国籍者。ソマリア北東部・プントランドのダロッド氏族出身。「アル・シャバーブ」内の強硬派イデオローグであり,2004年にソマリアに帰国してUICに参加するまでの間,スウェーデン首都ストックホルムのモスクでイマームを務めていた。2008年4月,モガディシュに駐留するAMISOM基地に対する自動車爆弾テロを指揮し,翌5月,モガディシュでの警察本部占拠事件に参加した。

国連安保理制裁委員会(決議第751号及び第1907号制裁委員会)は,2010年4月,同人を制裁対象に指定した。

2012年6月,米国国務省が同人を含む「アル・シャバーブ」幹部7人(注19)を「司法のための報奨」リストに追加した際には,同人は,オバマ米国大統領(当時)の居所に関する情報にラクダ10頭,クリントン米国国務長官(当時)の居所に関する情報に鶏20羽を報奨として用意している旨の声明を発出した。

同人は,追放されたムクタル・ロボウらと共に,ズベイルと衝突していたとされ,ズベイルの死後,「アル・シャバーブ」の組織改革を訴える声明(注20)を発出したほか,2015年3月中旬には,ソマリア北東部・プントランドに新たな拠点を構築するためにプントランドのガルガラ地域にいたとされる(注21)

(ケ) マアリム・サルマン(Maalim Salman)

ソマリア人を除くアフリカ系外国人戦闘員の指導者。1979年頃の生まれ。ケニア首都ナイロビ出身。ソマリア国内において,ソマリア人を除くアフリカ系外国人戦闘員に訓練を実施し,テロの実行のため,ソマリア国外に送り込んでいるとされる。また,主にソマリア国外での観光客や娯楽施設,教会を標的としたテロに関与しているとされる。

国連安保理制裁委員会(決議第751号及び第1907号制裁委員会)は,2014年9月,同人を制裁対象に指定した。

(コ) オマル・シャフィーク・ハンマミ(Omar Shafik Hammami)(死亡)
別名:
アブ・マンスル・アル・アムリキ(Abu Mansour al-Amriki),ファルーク(Farouk,Farouq)

元司令官。1984年5月6日,米国南部・アラバマ州でシリア系の父と米国人の母の間に生まれた。2006年にソマリアへ入国し,「アル・シャバーブ」から戦闘訓練を受けた後,同組織に参加した。2012年3月,声明を発出し,「シャリーア及び戦略に関する事項について,我々の間に相違が生じたことから,私の命が『アル・シャバーブ』に脅かされる可能性がある」などと述べた。同組織は同年12月,同人を事実上除名する声明を発表した。2013年9月,ソマリア南西部・ベイ州で,英国人メンバーのオサマ・アル・ブリタニと共に,同組織の秘密部局「アムニヤト」に殺害された旨報じられた。同人は,殺害される以前,メディアのインタビューに対し,ズベイルが独裁的な体制を敷いている旨批判していた。

(サ) モハメド・モハムド・クノ(Mohamed Mohamud Kuno)(死亡)
別名:
ドゥルヤディン(Dulyadeyn),ガマデレ(Gamadhere)

ソマリア南部・中ジュバ州及び下ジュバ州における元軍事司令官。ケニア東部・ガリッサ県出身のケニア系ソマリア人。2007年までの間,同県のイスラム神学校の指導者であったが,ソマリアに渡った後,ガリッサ大学襲撃テロ事件(2015年4月)を首謀したとされる。2015年12月,「アル・シャバーブ」メンバー約200人と共に,同組織から離脱し,ISILに参加したとの指摘がなされた。

2016年5月,治安当局の急襲を受けて死亡した。

イ 組織形態・意思決定機構

ほぼ全ての幹部で構成される執行評議会(代表は最高指導者)が,組織の意思決定機関として,個別の作戦行動には関与せず,組織の戦略立案のほか,地域指導者や軍事司令官の指名等を行っているとされる。

各地域では,地域指導者,財政担当者,説法担当者及びその他統治に関する事項の担当者が統治評議会を組織し,同評議会が地域の統治に当たっている。各地域の統治評議会は,独自に治安部隊を有し,個別の作戦行動において大幅な裁量権を有しており,独自に作戦を実行するとされる(注22)

秘密部局「アムニヤト」は,中央司令部,地方司令官のほか,財政・物資支援部隊,情報収集部隊,爆弾攻撃・暗殺部隊,自爆実行部隊等で構成され,モガディシュには,司令官等の幹部に加え,多数の工作要員が配置されているとされる(注23)

(6) 沿革

ソマリアでは,イスラム国家の樹立を目指すUICが暫定政府に対する攻勢を強め,2006年6月にモガディシュを占拠したこと等から,同年12月,隣国のエチオピア政府が軍を派遣し,同組織やそれを支持する武装勢力と激しく衝突した。そのため,同組織は,モガディシュからエリトリアへ拠点を移し,世俗主義勢力と共闘を開始したが,同組織と連携する軍事組織で活動していたアデン・ハシ・アイロ(初代「アル・シャバーブ」最高指導者)やムクタル・アブディラハマン・アブ・ズベイルらは,同組織が世俗主義勢力に接近したことに異を唱え,2007年前半に同組織から離脱し,「アル・シャバーブ」を設立した(注24)

同組織は,アイロを始めとする幹部の多くがアフガニスタンで「アルカイダ」の軍事訓練を受けたとされること等から,設立当初から同組織に近いとみられていた。「アル・シャバーブ」は,2009年1月には,暫定政府を支援していたエチオピア軍の撤退で攻勢を更に強め,ソマリア中部及び南部地域の広範囲を統治下に置いた(注25)が,暫定政府部隊,AMISOM,エチオピア軍等が攻撃を強化したこと等を受けて,2011年8月,首都モガディシュから撤退した。その後,ケニアが同年10月,同国内でのテロ活動を阻止するためソマリアに派兵したこと等から,同組織は更に劣勢に追い込まれ,南部・バイドア,同キスマヨ等の主要都市を相次いで失った。

米国国務長官は,2008年3月,同組織を外国テロ組織(FTO)に指定した。また,国連安保理制裁委員会(決議第751号及び第1907号制裁委員会)は,2010年4月,政治プロセス及び国際平和維持活動を脅かす行動のみならず,直接的又は間接的にソマリアの平和や安全,安定を脅かす行動に関与してきたなどとして,同組織を制裁対象に指定した。

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

「アル・シャバーブ」は,最高指導者ズベイル(2014年9月死亡)を始めとする幹部を相次いで失っているほか,2015年に,ソマリア南部・下シャベレ州バルデレ,同ベイ州ディンソール等,同組織が長く占拠してきた町から撤退し,2017年にも,米軍による空爆の強化を受け,軍事的に劣勢にあったが,首都モガディシュ等において,政府関係機関,AMISOM,国連機関,政府要人が利用するホテル等に対するテロを継続してきた。2019年9月には,米国による在イスラエル大使館のエルサレムへの移転発表(2018年5月)を受けた「エルサレムはユダヤ化されない」キャンペーンの一環として,下シャベレ州で米軍等に対する自爆テロを実行した(注26)。2020年も,AMISOMや米軍による掃討作戦を受けながら,中部及び南部の村落部を中心に広範な支配地域を維持しつつ,モガディシュでソマリア大統領の車列を標的とした爆弾テロ(6月),政府高官が宿泊していた高級ホテルに対する襲撃テロ(8月)等を相次いで実行した。同年12月,米司法省は,2019年7月にフィリピンで逮捕された「アル・シャバーブ」の工作員を,米国国内で民間の航空機をハイジャックし,建物に衝突させる計画に参加したとして起訴した(注27)

また,ソマリア国外では,特に,隣国ケニアでの活動を活発化させており,2013年9月の首都ナイロビでのショッピングモール襲撃テロのほか,2015年4月の東部・ガリッサ郡での大学襲撃テロ,「エルサレムはユダヤ化されない」キャンペーンの一環として,2019年1月のナイロビでのホテル等複合施設に対する襲撃テロ及び2020年1月の東部・ラム郡での米軍及びケニア軍基地襲撃テロを実行した。

同組織は,「アルカイダ」の「支部」組織として活動しており,2015年以降,元「アル・シャバーブ」幹部が設立した「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)の「ソマリア州」との対立が継続している。

イ 資金獲得活動

「アル・シャバーブ」は,支配領域における検問所での「課税」,企業への恐喝,主要港での輸入品に対する「課税」,強制的な「喜捨」等の様々な方法で資金を確保しており,ソマリア南部・下ジュバ州のある検問所では,年間180万~240万米ドルを徴収したほか,同州キスマヨ市では,複数の企業から年間580万米ドルを集約したとされる(注28)

また,ソマリア以外でも,ケニアの関連団体,欧米諸国の支援者等からの寄附があるとされる(注29)

ウ リクルート活動

「アル・シャバーブ」は,リクルートの一環として,マドラサでの教育を通じて子供を取り込んでいるとされ,ソマリアでは,2016年に発生した飢饉(きん)によって,同組織にリクルートされる子供が増加したとも指摘される。さらに,子供をリクルートする際に,暴力や脅迫,拘束等の手段を用いているほか,子供のリクルートに消極的な者に対し,罰として暴力を加えることもあるとされる(注30)

このほか,多数のソマリア人が流入しているケニアでは,「アル・シャバーブ」支援ネットワークが形成されており,モスク等を通じてリクルートが行われているとされる。また,北東部ガリッサ県において,ソマリアからの20万人以上の避難民が居住するダダーブ難民キャンプでも「アル・シャバーブ」によるリクルートが行われてきたと指摘されており,ケニア政府も治安上の理由から同キャンプの廃止を検討しているとされる(注31)

(8) 他勢力との関係

ア 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)

2015年3月頃,ISIL支持者で同組織の「使者」とも指摘されるハミル・アル・ブシュラが,文書声明(2月24日付け)を発出し,「アル・シャバーブ」最高指導者アフメド・ディリエに対し,ISILへの忠誠を表明するよう呼び掛けた。それ以降,「フラート州」等ISILの各「州」が,「ソマリアのムスリム」に向けて,ISILへの参加を呼び掛けるビデオ声明を発出した。

ISILから「転向」の働き掛けを受ける中,「アル・シャバーブ」幹部でプントランドを拠点とする精神的指導者とされるアブディカディル・ムミン(注32)(注33)が,ISILへの忠誠を表明し,同組織から離脱(同年10月)した。こうした動きに対し,「アル・シャバーブ」は,広報担当アリ・モハムード・ラゲが,ISIL支持の動きを牽(けん)制する声明(同年11月)を発出したほか,ISILを支持したメンバーを殺害したとされる。

2016年には,「ISILソマリア」名の声明が発出されるなどした(4月)ほか,ムミン率いる一派が,10月にプントランドの港湾都市カンダラを占拠したが,12月,プントランド治安部隊に奪還された。その後,ムミンの一派は,治安当局等を標的とした攻撃を散発的に実行している。

ムミンの勢力は,同年には数十人であったとされるが,2017年には,約200人に増大したとされる。同勢力は,イエメンを介してシリア及びイラクのISIL中枢と連絡を取り,指示や資金援助を受けていたとの指摘もある(注34)。2018年,ISILと関連を有する「アーマク通信」は,モガディシュ等プントランド以外の地域におけるムミンの勢力によるテロも報じてきたところ,7月にISILのアラビア語週刊誌「アル・ナバア」で初めて「ソマリア州」の表記が確認され,さらに,10月には,プントランドで発生したエチオピア人キリスト教徒襲撃テロにおいて,「ソマリア州」名の犯行声明が初めて発出されるなど,ムミンの勢力が「州」として認められたとみられる。

こうした中で,ISILの「ソマリア州」は,同年12月,プントランドで「アル・シャバーブ」に対する攻撃を実行したとする犯行声明を発出し,「アーマク通信」も同攻撃時の動画を配信するなどした。

こうしたISILの「ソマリア州」の動きに対し,「アル・シャバーブ」は声明を発出し,同「州」の存在を「ソマリアにおける『がん』」と非難した上で,「がん」を取り除くよう自組織戦闘員に命令を下した。

イ 「アルカイダ」

「アルカイダ」最高指導者アイマン・アル・ザワヒリ及び「アル・シャバーブ」最高指導者(当時)ズベイルは,2012年2月,「アルカイダ」のメディア部門「アル・サハブ」が発出した録音及びビデオ声明で,「アル・シャバーブ」の「アルカイダ」への合流を発表した。同声明において,ザワヒリは,ソマリアを支援する「エチオピア十字軍」及び「ケニア十字軍」に対する「アル・シャバーブ」の戦いを称賛し,ソマリアから両軍を一掃するよう呼び掛けた。なお,「アル・シャバーブ」は,ズベイル死亡後の2014年9月,新指導者ディリエの就任を発表する声明で,「アルカイダ」及びザワヒリへの忠誠を改めて表明した。

ウ 「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)

「アル・シャバーブ」は,2010年1月,アデン湾を隔てて近接するイエメンの「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)に向けて,「全てのイスラム教徒に,イエメンの兄弟(AQAP)を支援することを求める。我々『アル・シャバーブ』は,既に応援を送る準備を整えている。我々は米国に勝利するであろう」との声明を発出した(注35)。AQAPは,翌2月,同声明に対し,「その気持ちに感謝する。世界規模の不信仰者の長である米国との来るべき戦闘に際し,協力しようではないか」との声明を発出し,これ以降,両組織の連携が表面化した。イエメン内務省によると,「アル・シャバーブ」は,2012年3月,戦闘員約300人をAQAPに派遣したとされる。

エ ソマリア海賊

「アル・シャバーブ」は,ソマリア海賊の拠点都市の一つである中部・ムドゥグ州の町ハラルディーレを占拠した(2010年5月)後,2011年2月,同町の海賊との間で,身の代金の分配に関する協定を結んだと指摘されている(注36)

年月日 主要テロ事件,主要動向
07年  「イスラム法廷連合」(UIC)と連携する軍事組織で活動していたアデン・ハシ・アイロらが,武装闘争路線を主張してUICを離脱
08.4.8  ソマリア首都モガディシュで,アフリカ連合ソマリア・ミッション(AMISOM)部隊基地を標的とした自動車自爆テロを実行し,1人が死亡
08.5.8  モガディシュで,警察本部を一時占拠。警察官8人が死亡
08.10.6  モガディシュで,市場に迫撃砲を発射した後に襲撃し,17人が死亡
08.10.29  ソマリア北西部・ソマリランド(1991年に独立宣言)及び北東部・プントランドで,「アル・シャバーブ」が4件の自爆テロを実行し,28人が死亡
09.6.18  モガディシュで,結婚式を標的とした自爆テロを実行し,ソマリア暫定政府閣僚を含む参列者50人以上が死亡,100人以上が負傷
09.12.3  モガディシュで,大学の学位授与式を標的とした自爆テロを実行し,暫定政府閣僚3人を含む15人が死亡
10.2.2  「アルカイダ」に忠誠を誓うとともに,オサマ・ビン・ラディンが標ぼうする「グローバル・ジハード」に同調し,東アフリカにおける「ジハード」を宣言する声明を発出
10.7.11  ウガンダ首都カンパラで,FIFAワールドカップ決勝戦を放送中の飲食店及び運動施設を標的とした自爆テロを実行し,米国人及びアイルランド人を含む76人が死亡
10.8.24  モガディシュで,ホテルを襲撃し,宿泊中の暫定議会議員6人を含む32人が死亡
11.3.16  モガディシュで,大統領府,AMISOMの拠点等に迫撃弾を発射した後に襲撃し,市民ら35人が死亡
11.5.30  モガディシュで,武装した3人組が,AMISOM駐屯地への侵入を企図して銃撃戦を展開し,1人が自爆。兵士3人及び犯人3人が死亡
11.8.6  モガディシュからの撤退を発表
11.10.4  モガディシュの中心部で,自動車自爆テロを実行し,民間人ら100人以上が死亡
12.2.9  「アルカイダ」のメディア部門「アル・サハブ」が作成・発出した録音及びビデオ声明で,「アルカイダ」最高指導者アイマン・アル・ザワヒリが,「アル・シャバーブ」の「アルカイダ」への合流を発表
12.3.10  ソマリア南部・ゲド州ユルクト村で,暫定政府部隊及びエチオピア軍の軍事拠点を襲撃し,約100人が死亡
12.4.4  モガディシュの国立劇場で爆発が発生し,同国スポーツ界幹部等10人が死亡
12.5.9  ソマリア中部で,新憲法作成会議に出席予定であった長老約100人を拘束
12.9.12  モガディシュで,ハッサン・シェイク・モハムッド新大統領を標的とした自爆テロを実行し,兵士1人が死亡
13.4.14  モガディシュで,最高裁判所が入る合同庁舎に対する自爆及び襲撃テロを実行し,少なくとも30人が死亡
13.5.25  ケニア北東部・ダマジャレ町で,警察署を襲撃し,警察官2人が死亡
13.6.19  モガディシュで,国連開発計画(UNDP)の施設を標的とした爆弾及び銃撃テロを実行し,国連治安部隊関係者を含む少なくとも15人が死亡
13.7.27  モガディシュで,トルコ大使館関係施設を標的とした爆弾及び襲撃テロを実行し,トルコ治安機関高官1人を含む2人が死亡
13.9.21 ナイロビ・ショッピングモール襲撃テロ事件
 ケニア首都ナイロビで,ショッピングモールを襲撃し,外国人を含む60人以上が死亡
14.3.23  ケニア南部・モンバサ郡で,キリスト教教会を襲撃し,6人が死亡
14.5.24  ジブチ首都ジブチで,自爆テロを実行し,1人が死亡
14.6.15  ケニア東部・ラム郡で,警察署,ホテル等を襲撃し,少なくとも48人が死亡
14.8.31  モガディシュで,情報機関施設を襲撃し,兵士ら5人が死亡
14.9.1  ソマリア南部・下シャベレ州で,米国の空爆を受けて,最高指導者ムクタル・アブディラハマン・アブ・ズベイルが死亡
14.11.22  ケニア北東部・マンデラ郡で,バスを襲撃し,28人が死亡
15.3.27  モガディシュで,ホテルを標的とした自爆テロ等を実行し,同ホテルを一時占拠。ソマリアの駐ジュネーブ国連大使を含む少なくとも24人が死亡
15.4.2 ケニア・ガリッサ大学襲撃テロ事件
 ケニア東部・ガリッサ郡で,ガリッサ大学を襲撃し,学生ら148人が死亡
15.4.20  ソマリア北東部・ヌガール州ガロウェで,国連児童基金(UNICEF)の車両を標的とした爆弾が爆発し,UNICEF職員4人を含む少なくとも7人が死亡
15.6.24  モガディシュで,アラブ首長国連邦の外交官が乗った車両を標的とした自爆テロを実行し,ソマリア軍兵士4人を含む少なくとも12人が死亡
15.7.7  マンデラ郡で,採石場施設を襲撃し,作業員14人が死亡
15.7.26  モガディシュで,中国等の大使館が入る高級ホテルを標的とした自爆テロを実行し,中国大使館関係者1人を含む17人が死亡,10人が負傷
15.8.22  ソマリア南部・下ジュバ州キスマヨで,ソマリア軍兵士訓練所を襲撃し,少なくとも兵士25人が死亡,30人が負傷
15.9.1  モガディシュ郊外で,AMISOMに参加するウガンダ部隊駐屯地を襲撃し,同基地を一時占拠。同国軍兵士12人が死亡
16.1.15  ゲド州エル・アッデで,AMISOMに参加するケニア軍部隊駐屯地を襲撃し,少なくとも兵士180人が死亡(死者数は,ソマリアのモハムッド大統領発言)
16.2.2  モガディシュのアデン・アッデ国際空港から離陸したジブチ行きダーロ航空159便の機内で,爆弾が爆発し,2人が負傷
16.2.28  ソマリア南部・バイ州バイドアで,レストランを標的とした自爆テロ及び現場から逃げる人々を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも30人が死亡,61人が負傷
16.6.25  モガディシュで,ホテルを襲撃し,環境相を含む少なくとも15人が死亡
16.7.26  モガディシュで,AMISOMの基地を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも14人が死亡,12人が負傷
16.8.21  ソマリア北東部・プントランドのガルカヨで,地元政府庁舎を標的とした連続自爆テロを実行し,20人以上が死亡,30人が負傷
16.8.30  モガディシュの大統領宮殿や政府庁舎付近のホテル前で,自動車自爆テロを実行し,少なくとも15人が死亡,45人が負傷
16.10.25  マンデラ郡で,宿泊施設を襲撃し,少なくとも12人が死亡
17.6.8  プントランドで,同国軍基地を襲撃し,59人が死亡
17.6.14  モガディシュのナイトクラブ付近で,自動車爆弾テロを実行した後,レストランに人質20人を取って立て籠もり,31人が死亡
17.7.13  ラム郡で,同国政府幹部の車列を襲撃し,6人を誘拐
17.10.14  モガディシュの繁華街で,自動車爆弾が爆発し,500人以上が死亡。犯行声明は未発出であるが,同国大統領は,「アル・シャバーブ」の関与を指摘
17.10.28  モガディシュにある政治家や政府高官が頻繁に利用するホテル付近で,自動車爆弾を爆発させた後,同ホテルを襲撃し,少なくとも29人が死亡
18.1.2  マンデラ郡で,武装集団が,警察官らが乗った車両を襲撃し,警察官5人が死亡
18.2.23  モガディシュの大統領宮殿及びその周辺ホテルで,自動車爆弾が相次いで爆発し,45人が死亡
18.4.1  下シャベレ州ブラマレルにあるAMISOM部隊の基地付近で,自動車爆弾が爆発するなどし,ウガンダ人兵士8人が死亡
18.6.8  下ジュバ州で,武装集団が,米軍特殊部隊を襲撃し,同部隊員1人が死亡,同部隊員4人及びソマリア軍兵士1人の計5人が負傷
18.11.9  モガディシュのホテルで,自爆テロが相次いで発生し,50人以上が死亡,100人以上が負傷
19.1.15  ナイロビの複合施設で,自動車爆弾が爆発した後,5人組の武装集団が自爆及び襲撃を実行し,米国人1人及び英国人1人を含む21人が死亡,28人が負傷
19.2.28  モガディシュのホテル付近で,自動車自爆テロが発生し,少なくとも29人が死亡,80人が負傷
19.3.23  モガディシュで,武装集団が,政府庁舎に対する自動車自爆テロ及び襲撃を実行し,労働副大臣を含む少なくとも15人が死亡
19.7.24  モガディシュの市長事務所で,女性による自爆テロが発生し,同市長を含む8人が死亡,多数が負傷
19.9.11  モガディシュで,武装集団が,大統領官邸に対して砲撃を実行し,少なくとも1人が死亡,3人が負傷
19.9.30  下シェベレ州で,武装集団が,同国軍及び米軍の共同空軍基地に対する自動車自爆テロ及び襲撃を実行
19.10.12  ガリッサ郡のソマリアとの国境付近で,治安当局車両を標的とする路肩爆弾が爆発し,警察官10人が死亡
20.1.5  ケニア東部・ラム郡マンダで,武装集団が,米軍及びケニア軍が共同で使用する基地を襲撃し,米国人3人が死亡,ケニア人2人が負傷したほか,航空機や車両を破壊
20.5.17  ムドゥグ州で,同州知事が乗車する車両にタクシーを衝突させた後に自爆し,同知事及び護衛3人の計4人が死亡
20.8.16  モガディシュで,武装集団が,自動車爆弾及び銃を用いてホテルを襲撃し,11人が死亡,少なくとも28人が負傷
20.11.17  モガディシュの警察学校付近のレストランで,自爆テロが発生し,6人が死亡,8人が負傷

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