フロントページ > 国際テロリズム要覧2021 > 注目される国際テロ組織、世界のテロ・ゲリラ組織等の概要及び動向 > ボコ・ハラム

ボコ・ハラム
Boko Haram(注1)

ナイジェリア北東部及び北部を拠点に活動するスンニ派過激組織。近年,治安当局のほか,一般市民へも攻撃対象を拡大。

別称(正式名称):
「宣教及び『ジハード』を手にしたスンニ派イスラム教徒としてふさわしき者たち」(Jama'atu Ahlu-Sunna Lidda'awati Wal-Jihad)

(1) 設立時期

2002年頃

(2) 活動目的・攻撃対象

ア 活動目的

ナイジェリアにおけるイスラム法の施行及びイスラム教育の実施を標ぼうする。

イ 攻撃対象

軍,警察等の治安当局並びに政府関係者及び施設を主な攻撃対象としているほか,酒場,キリスト教徒,キリスト教会,イスラム教シーア派(注2),「ボコ・ハラム」に批判的なイスラム教徒,イスラム指導者等に対する爆弾テロや襲撃テロを行っている。そのほか,市場,バスターミナル等人が多く集まる場所での自爆テロや村落への襲撃も頻繁に行っている。同組織の結成以降,これまでに,約2万人が殺害され,女性や子供数千人が誘拐されたとされる(注3)

また,「ボコ・ハラム」広報担当は,2010年3月,「米国は,第一の攻撃目標である」,「米国は,イラク,アフガニスタン等を迫害しているほか,パレスチナの同胞を殺害するイスラエルを盲目的に支援している」として,米国も攻撃対象であることを強調した。

(3) 勢力

約500~2,000人(注4)

(4) 活動地域

ナイジェリア北東部のサンビサ森林及びマンダラ山地(注5)を中心に,イスラム教徒が多数を占める同国北東部のボルノ州やヨベ州,北部のカノ州,東部のアダマワ州等で活動しているとされる。

一方,ナイジェリア国外においては,カメルーン北部・極北州やチャド南部,ニジェール南部においてもテロを続発させている。

(5) 組織・機構

ア 指導者,幹部

(ア) アブバカル・シェカウ(Abubakar Shekau)
別名:
アブバカル・モハンメド・シェカウ(Abukakar Mohammed Shekau),アブ・ムハンメド・アブバカル・ビ・ムハンメド(Abu Muhammed Abubakar Bi Muhammed),アブ・モハンメド・アブバカル・ビン・モハンメド(Abu Mohammed Abubakar Bin Mohammed),シャイク(Shayku),シェフ(Shehu),シェカウ(Shekau)

最高指導者。1969年生まれ。ナイジェリア北東部・ヨベ州シェカウ村出身。同人の最高指導者就任(2010年7月)後,「ボコ・ハラム」は,より過激な手法を採るようになり,一般市民へも攻撃対象を拡大させたとされる。

2015年3月に同組織が「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)に忠誠を表明し,ISILの「西アフリカ州」を自称したことから,「西アフリカ州」の指導者である「知事」に就任したとされていたが(注6),2016年8月,ISILが「西アフリカ州」の「知事」として,シェカウではなく,アブ・ムスアブ・アル・バルナウィを紹介した(注7)。これを受け,シェカウは,バルナウィを「不信仰者」であるとして非難するとともに,バルナウィの「知事」就任を認めない旨表明した(注8)

2012年11月,ナイジェリア政府は,シェカウ逮捕につながる情報に最大で5,000万ナイラ(1ナイラ0.3円換算〈当時〉で約1,500万円)の懸賞金を掛けたほか,米国国務省は,最大で700万米ドルの懸賞金を設定している(注9)

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2014年6月,「ボコ・ハラム」の指導者であり,同組織のテロ活動を指示したとして,同人を制裁対象に指定した。

(イ) アブ・ムスアブ・アル・バルナウィ(Abu Musab Al-Barnawi)
別名:
ハビブ・ユスフ(Habib Yusuf)(注10)

ISILの「西アフリカ州」前指導者。「ボコ・ハラム」設立者モハメド・ユスフ(2009年7月死亡)の息子。2016年8月,ISILのアラビア語週刊誌「アル・ナバア」は,同人を「西アフリカ州」の「知事」として紹介し,その後,同人は,「西アフリカ州」指導者として活動した。しかし,同人と共に「西アフリカ州」を指導していたママン・ヌール (注11)が活動姿勢への反発から内部勢力に殺害された後,求心力が低下し,2019年3月に失脚した。新指導者は,アブ・アブドゥラ・イブン・ウマル・アル・バルナウィと指摘されている。

(ウ) モハメド・ユスフ(Mohamed Yusuf)(死亡)

設立者。1970年生まれ。ナイジェリア北東部・ヨベ州出身。同人は,ナイジェリア北東部・ボルノ州都マイドゥグリのモスクのカリスマ的なイスラム聖職者で,2002年頃に「ボコ・ハラム」を結成した。同人は,当局に対して敵対姿勢を取らず,ナイジェリア北部で,合法的にイスラム法の普及活動等を行っていた。しかし,2003年頃から,当局による締付けが強化されたこと等から,政府を敵視する過激な説法が増加したとされる。2009年7月,ナイジェリア治安当局との戦闘で拘束され,死亡した。

(エ) アブバカル・アダム・カンバル(Abubakar Adam Kambar)(死亡したとの情報)
別名:
アブ・ヤシル・カンバル(Abu Yasir Kambar),アブバカル・カンバル(AbubakarKambar),アブ・ヤシル(Abu Yasir)

1977年生まれ。ナイジェリア北東部・ボルノ州都マイドゥグリ出身。アルジェリアで「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)の軍事訓練を受けるなど同組織と密接な関係を有していたほか,設立者モハメド・ユスフ(2009年7月死亡)の同志であったとされる。ユスフの死亡後,行方不明となった。2012年頃死亡したとの指摘もある(注12)

(オ) ハリド・アル・バルナウィ(Khalid Al-Barnawi)(収監中)
別名:
ハレド・アル・バルナウィ(Khaled Al-Barnawi),ハレド・エル・バルナウィ(Khaled El-Barnaoui),アブ・ハフサト(Abu Hafsat),モハメド・ウスマン(Mohammed Usman)

1976年生まれ。ナイジェリア北東部・ボルノ州都マイドゥグリ出身。諮問評議会の一員であり,シェカウが有する上級司令官4人の一人であったとされる(注13)。アブバカル・アダム・カンバルと共にアルジェリアでAQIMの軍事訓練を受けたほか,外国人の誘拐等AQIMの戦術を採り入れるよう提案するなど,両組織間の仲介役を担っていたとされる。2016年4月,ナイジェリア軍は同人を拘束した旨発表した。

(カ) ママン・ヌール(Mamman Nur)(死亡)
別名:
モハンメド・ヌール(Mohammed Nur)

ナイジェリア北東部・ボルノ州都マイドゥグリ出身。2009年7月の治安部隊との戦闘後,ソマリアに渡り,「アル・シャバーブ」の軍事訓練を受けたとされる。その後,2011年にナイジェリアへ戻り,同年8月,首都アブジャの国連施設に対する自爆テロを首謀したとされる。

ISILはシェカウではなくバルナウィを「西アフリカ州」の「知事」として紹介したが,「西アフリカ州」の実質的な指導者はヌールであったとも言われる。2018年3月,誘拐,拘束中の女子学生約100人を解放するなどしたことから,「西アフリカ州」内でシェカウに同調する強硬派とみられる内部勢力の不興を買い,求心力を失う中で,殺害された。

(キ) ムスタファ・チャド(Mustapha Chad)

チャド出身。諮問評議会の一員であり,「ボコ・ハラム」に対する資金,物資,技術等多方面にわたる支援を行ったとされる。また,2013年にはナイジェリア北東部・ヨベ州での活動を指揮していたとされる。

イ 組織形態,意思決定機構等

「ボコ・ハラム」は,諮問評議会によって運営されているとされる。しかし,同組織は単一組織ではなく,組織内の統制が十分ではないとの指摘もある。また,最高指導者シェカウは,ボルノ州では影響力を有するとみられるが,他地域では,他の幹部が一定の権限を有しているとみられる。

(6) 沿革

「ボコ・ハラム」の前身組織は,1990年代中頃に設立されたイスラム教学習グループとされる。設立者モハメド・ユスフは,2002年頃,同グループの分派組織として「ボコ・ハラム」を設立したとされる。同組織は,設立後,「ナイジェリアの『タリバン』」を自称した。

「ボコ・ハラム」は,組織設立当初の2002年頃には,ナイジェリア北東部・ボルノ州で警察との小規模な衝突を繰り返していたが,2009年7月,同国北東部・バウチ州の警察署を襲撃し,その後,北部・カノ州,北東部・ヨベ州及び同ボルノ州においてナイジェリア治安部隊との間で戦闘を激化させた。その際に,ユスフを含む多数の同組織戦闘員が死亡した(注14)。同組織は,2010年7月にアブバカル・シェカウが新指導者に就任した後,同年8月,警察,政府関係施設等に対するテロを再開し,2011年6月には,アブジャで警察本部に対する自動車自爆テロを行ったほか,同年8月には,国連施設に対する自爆テロを実行した。同組織の即席爆発装置(IED)及び自爆によるテロは増加したとされるが,その背景として,同組織が,爆弾製造の能力を有する者や自爆テロを希望する者を数多く取り込んでいる可能性が指摘されている(注15)

米国国務長官は,2013年11月,「ボコ・ハラム」及びその分派組織とされる「アンサール」(後述)を外国テロ組織(FTO)に指定した(注16)。また,国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2014年5月,「ボコ・ハラム」を制裁対象に指定した。

(7) 最近の主な活動状況

ア 概況

2010年7月にシェカウが「ボコ・ハラム」最高指導者に就任して以降,自爆テロ等の爆弾を用いた攻撃が多用されるようになり,活動地域もナイジェリア北部地域から首都圏にまで及んだが,2012年には当局による取締りが強化されたことから,首都圏におけるテロは一時的に収束した。2013年5月,ジョナサン大統領(当時)は,同組織が北東部のボルノ州及びヨベ州,東部のアダマワ州の一部を占拠しているとして非常事態宣言を発令した上で,これらの諸州に空軍を投入するなどの掃討作戦を開始した。一方,同組織は,政府及び軍に協力的な地元の自警団や民間人に対する報復のみならず,学校に対する攻撃を活発化させ,2014年2月にヨベ州で寄宿学校を襲撃したほか,同年4月には,ボルノ州で200人を超える女子学生を誘拐した。さらに,アブジャにおいても,複数の爆弾テロ(同年4月及び6月)を実行したほか,同年8月には,北東部地域の一部を占領するなど,同地域を支配する姿勢を示した。

ナイジェリア政府は,2015年2月以降,近隣国のカメルーン,チャド及びニジェールと共同で掃討作戦を実施したが,「ボコ・ハラム」は同作戦参加国を非難し,テロを実行した。こうした中,同組織は,同年3月,シェカウのものとする録音声明で,ISIL最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディに忠誠を誓う旨表明し,以降,ISILの「西アフリカ州」を自称した。

「ボコ・ハラム」は,上記掃討作戦を受けて占拠地の多くを失い,2017年11月以降,恒常的に支配する領域を有していないとされるが(注17),引き続き,一般市民を標的とした自爆テロ等を継続しており,2020年12月,ナイジェリア北東部・ボルノ州で教会襲撃テロを実行するなど,ボルノ州を始めとしたチャド湖周辺地域でテロを続発させた。

イ 資金獲得活動

「ボコ・ハラム」は,メンバー,同組織支持者等からの寄附のほか,略奪や誘拐による身の代金で資金調達を行っているとの指摘もある(注18)

ウ テロ手法の傾向

(ア) 女性や子供の利用

ナイジェリアでは,2015年,女性や子供による自爆テロが急増し(注19),カメルーン,チャド等近隣国にも同じ手法によるテロが拡大した。2016年8月に公表された国連児童基金(UNICEF)の報告書によると,2014年~2016年6月にナイジェリア,カメルーン,チャド及びニジェールの4か国で発生した自爆テロの約39%が女性(15%)及び子供(24%)を利用したものであったとされる(注20)。さらに,UNICEFが2017年8月に発出した報告書によると,同年1月以降,83人の子供が自爆テロに利用されている(注21)。なお,2,000~7,000人の女性や少女が「ボコ・ハラム」によって拘束されているとの指摘もある(注22)

(イ) 占領地域の統治

「ボコ・ハラム」は,2014年8月,ナイジェリア北東部の一部を占領し,イスラム法による統治を宣言した。同組織は,同月以降,ボルノ州,ヨベ州等の町や村を襲撃して占領するようになり,同年12月時点で,アダマワ州,ボルノ州及びヨベ州の少なくとも17の村で,イスラム法の極端な解釈に基づく統治を行うとともに,違反したとされる者に対して厳罰を科していたとされる。しかし,同組織は,ナイジェリア軍及び近隣国の軍による掃討作戦を受け,2017年11月以降,恒常的に支配する領域を有していないとされる。

(ウ) 大量の誘拐

2014年4月,ナイジェリア北東部・ボルノ州チボクで,「ボコ・ハラム」は,寄宿学校を襲撃し,女子生徒200人以上を誘拐したが,その目的は,身代金のほか,ナイジェリア,ニジェール及びカメルーンで収監された同組織戦闘員の解放のための交渉,同組織戦闘員への報酬の供与だとみられている(注23)

2020年12月にも,ナイジェリア北西部・カツィナ州で,寄宿学校が襲撃され,男子生徒300人以上が誘拐され,「ボコ・ハラム」が犯行を自認する動画を発出したが,同州の知事は,「ボコ・ハラム」の支援を受けた地元武装集団による犯行との見方を示している(注24)

(8) 他勢力との連携

ア 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)

2015年3月,最高指導者シェカウは,録音声明において,ISIL最高指導者バグダディへの忠誠を表明し(7日),ISILもこれを受け入れる声明を発出した(12日)。同表明以降,「ボコ・ハラム」は,ISILの「西アフリカ州」を自称してきたが,2016年8月,ISILは,バルナウィを「西アフリカ州」の「知事」として紹介しており,同人の率いる「ボコ・ハラム」分派組織がISILの「西アフリカ州」であると指摘されている(注25)。ISILが,シェカウではなくバルナウィを指導者とした背景には,子供を自爆テロ要員にするなどのシェカウの方針にISILが賛同していなかったことがあるとの指摘もある(注26)

イ 「アルカイダ」

オサマ・ビン・ラディンは,スーダンに滞在した際(1992~1996年),同国首都ハルツームのイスラム大学に留学していたナイジェリア人のモハメド・アリ(ボルノ州都マイドゥグリ出身)に対し,同国内で「アルカイダ」の細胞を組織するよう依頼して約300万米ドルを手交したとされる。モハメド・アリは,2002年に帰国した後,「ボコ・ハラム」設立者のモハメド・ユスフにその資金を提供したとされる。

また,「ボコ・ハラム」メンバーの一部は,2009年7月にナイジェリア治安当局が実施した取締りを受け,アフガニスタンに逃亡し,「アルカイダ」から爆発物製造訓練を受けたとの指摘もある(注27)

同年8月,「ボコ・ハラム」は,「我々は,オサマ・ビン・ラディンを支持し,ナイジェリアが完全にイスラム化されるまで,彼の命令を実行しよう」などと主張する声明を発出したが,2015年3月にISIL最高指導者バグダディへの忠誠を表明した。なお,その後,「ボコ・ハラム」及び「アルカイダ」が互いに直接非難する状況は見られない。

ウ 「アンサール」(Ansaru)

2012年1月,「ボコ・ハラム」から分派して設立された組織である。指導者はアブ・ウスマトゥル・アル・アンサリとされる(注28)。「アンサール」は,「ボコ・ハラム」によるムスリム殺害を非難し,2012年6月に発出した動画では,「無(む)辜(こ)のムスリムを殺さないこと」や「ナイジェリアのみならずアフリカ全土でムスリムを守ること」を目的とする旨主張した(注29)。しかし,2013年11月にカメルーンで発生したフランス人宗教者の誘拐に関し,「アンサール」及び「ボコ・ハラム」が共同で犯行を自認するなど,両組織は協力関係を保っていたとされる。

「アンサール」は,AQIMと共通のイデオロギーを有し,作戦面でも協力していたとされる(注30)。2014年以降,目立った活動は見られなかったが,(注31)2020年1月,ナイジェリア北部・カドゥナ州で,軍部隊襲撃テロで犯行声明を発出するなど活動を再開している。

米国国務長官は,2013年11月,「アンサール」を「ボコ・ハラム」の分派組織として,「ボコ・ハラム」と共にFTOに指定した。その際,「アンサール」が,2012年11月にアブジャの警察署を襲撃したほか,ナイジェリア国内に滞在する外国人誘拐に関与している旨指摘した。

また,国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2014年6月,「アンサール」が「ボコ・ハラム」の分派組織であり,AQIMとも関係を有しているとした上で,制裁対象に指定した。

エ 「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)

AQIM最高指導者(当時)アブデルマレク・ドルークデルは,2010年2月,「我々は,あなた方の息子たち(『ボコ・ハラム』戦闘員)に武器の取扱いに関する訓練を施すほか,人員,武器,銃弾その他装備等のあらゆる支援を行う用意がある」などと述べた(注32)

AQIM及びその関連組織がマリ北部を支配下に置いていた間,「ボコ・ハラム」は,同地域にメンバーを派遣しており,2012年4月に同地域の主要都市ガオで発生したアルジェリア外交官誘拐事件では,同組織メンバーが関与したと指摘されている(注33)。2011年以降,同組織によるテロの手法は,従来の銃や刃物,IEDを用いた攻撃から自動車自爆テロへと強力化したほか,その攻撃対象は国連機関にまで拡大した。こうした背景として,AQIMによる影響や支援の可能性が指摘されている(注34)

国連安保理「アルカイダ」制裁委員会は,2014年5月,「ボコ・ハラム」を制裁対象に指定するとともに,同組織が,軍事訓練や物資援助を目的としてAQIMと関係を有しており,また,AQIMから爆発物製造の知識を得たほか,戦闘員がマリでのテロに参加したと指摘した。

オ 「アル・シャバーブ」

カーター・ハム米アフリカ軍司令官(当時)は,2012年6月,「『ボコ・ハラム』,『アル・シャバーブ』及びAQIMが合同で軍事訓練を行う中,活動資金及び爆発物を共有している兆候がある」と述べた。「ボコ・ハラム」幹部ママン・ヌールは,2009年7月,ナイジェリア治安当局との戦闘後,ソマリアへ渡り,「アル・シャバーブ」の訓練を受けたとされる。また,2015年10月,「ボコ・ハラム」は,「アル・シャバーブ」に対し,ISIL最高指導者バグダディ(当時)に忠誠を誓うよう呼び掛ける声明を発出した(注35)

年月日 主要テロ事件,主要動向
02年頃  「ボコ・ハラム」設立
03.12.31~04.1.1  ナイジェリア北東部・ヨベ州の警察署3か所を襲撃
09.7.26~7.30  ナイジェリア北東部・バウチ州バウチの警察署を襲撃後,北部・カノ州,北東部・ボルノ州及びヨベ州の各地で同国治安部隊と衝突。設立者モハメド・ユスフは拘束され,その後死亡
10.7.1  アブバカル・シェカウが,ユスフの後継として「ボコ・ハラム」最高指導者への就任を表明
10.9.7  バウチ州で,拘置所を襲撃し,収容者759人が脱走。兵士や警察官ら4人が死亡
10.12.24  ナイジェリア中部・プラトー州ジョスのキリスト教会に対し,即席爆発装置(IED)による攻撃を実行
11.4.23  ナイジェリア東部・アダマワ州ヨラで,メンバーを奪還するため,刑務所を襲撃し,囚人14人が脱走
11.6.16  ナイジェリア首都アブジャで,警察本部に対する自動車自爆テロを実行し,2人が死亡
11.8.26  アブジャの国連施設に対する自動車自爆テロを実行し,23人が死亡
11.11.4~5  ボルノ州都マイドゥグリで,イスラム神学校等に対する爆弾テロ4件を実行し,約150人が死亡
11.12.22~23  ヨベ州ダマトゥル及びポティスクム,ボルノ州マイドゥグリで,キリスト教会,民家等に対する連続テロを実行し,約100人が死亡
11.12.25  アブジャ近郊のマダラ及びジョス,カノ州,ヨベ州のダマトゥル及びガダカで,キリスト教会,警察署及び治安機関に対する爆弾テロを実行し,少なくとも40人が死亡
12.1.20  カノ州都カノで,警察署,治安当局,入国管理事務所等の政府関連施設8か所に対する爆弾及び襲撃テロを実行し,約200人が死亡
12.4.8  ナイジェリア北部で,キリスト教会に対する自爆テロを実行し,38人が死亡
12.6.18  ヨベ州ダマトゥルで,警察や軍関連施設に対する爆弾テロを実行し,少なくとも25人が死亡
12.7.7~8  プラトー州で,キリスト教徒の村12か所を襲撃し,国会議員1人及び州議会議員1人を含む65人が死亡
12.11.25  ナイジェリア北部・カドゥナ州ジャジで,軍施設内のキリスト教会前で自動車爆弾テロを実行し,少なくとも30人が死亡
13.2.16  バウチ州で,レバノン系建設会社を襲撃し,レバノン人4人,英国人,イタリア人及びギリシャ人各1人の計7人を誘拐。「アンサール」が犯行を自認
13.2.19  カメルーン北部で,フランス人家族7人を誘拐
13.5.7  ボルノ州で,刑務所を襲撃し,囚人100人以上が脱走。その後,政府及び軍関連施設を攻撃し,少なくとも40人が死亡
13.7.6  ヨベ州で,寄宿学校に対する襲撃テロを実行し,教師及び生徒少なくとも20人が死亡
13.9.17  ボルノ州で,住民を襲撃し,少なくとも140人が死亡
13.9.29  ヨベ州で,大学学生寮に対する襲撃テロを実行し,少なくとも学生40人が死亡
13.11.13  米国国務長官は,「ボコ・ハラム」及び「アンサール」を外国テロ組織(FTO)に指定
14.2.25  ヨベ州で,寄宿学校の生徒を銃撃し,59人が死亡
14.4.14  ボルノ州で,女子学生200人以上を誘拐
14.5.16  カメルーン北部で,中国系企業を襲撃し,中国人10人を誘拐
14.5.20  プラトー州で,爆弾テロを実行し,118人以上が死亡
14.6.25  アブジャで,ショッピングセンターに対する爆弾テロを実行し,少なくとも21人が死亡
14.7.16  アダマワ州で,ドイツ人技術講師を誘拐
14.7.27  カメルーン北部で,同国副首相宅等を襲撃し,同副首相夫人等を誘拐
14.8.24  ナイジェリア北東部の一部を占領し,イスラム法による統治を行っている旨宣言するビデオ声明を発出
14.10.17  ナイジェリア政府は,「ボコ・ハラム」との停戦を発表
14.10.31  政府との停戦を否定するとともに,今後の交渉も拒否するビデオ声明を発出
14.11.28  カノ州で,モスクに対する爆弾及び襲撃テロを実行し,少なくとも120人が死亡
15.1.3~7  ボルノ州で,多国籍軍司令部を襲撃し,少なくとも兵士ら11人が死亡。その後,周辺の集落等を襲撃し,約150人が死亡
15.2.7  カメルーン北部・極北州フォトコルで,モスク等を襲撃し,少なくとも100人が死亡
15.3.7  「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディに対する忠誠を誓う旨の録音声明を発出
15.3.12  ISILが「ボコ・ハラム」による忠誠を受け入れる旨の録音声明を発出
15.4.25  ニジェール南東部・カラムガ島で,同国軍キャンプを襲撃し,少なくとも軍兵士46人及び民間人28人が死亡
15.6.15  チャド首都ンジャメナで,警察本部及び警察学校に対する連続爆弾テロを実行し,少なくとも38人が死亡
15.9.3  極北州で,市場及び軍関連施設に対する連続自爆テロを実行し,少なくとも42人が死亡
15.10.2  アブジャ近郊で,自爆テロを実行し,少なくとも18人が死亡
15.11.27  カノ近郊で,イスラム教シーア派行事アーシュラーの行進を標的とした自爆テロを実行し,少なくとも22人が死亡
16.2.9  ボルノ州の避難民収容施設付近で,女2人が自爆し,少なくとも58人が死亡
16.6.3  ニジェール南東部・ディファ州ボソで,治安当局の拠点を襲撃し,兵士32人が死亡
16.8.21  極北州モラの市場で,自爆テロが発生し,3人が死亡,24人が負傷
16.10.13  ナイジェリア政府は,「ボコ・ハラム」が,2014年4月に誘拐した女子学生のうち21人を解放したことを発表
16.12.9  ボルノ州マダガリの市場で,女2人が自爆し,57人が死亡,177人が負傷
17.1.16  マイドゥグリにある大学の入口付近で,2人が自爆し,2人が死亡。同日,最高指導者シェカウの勢力が犯行を自認
17.6.7  マイドゥグリの4か所で,武装集団が,ほぼ同時に自爆及び襲撃テロを実行し,17人が死亡
17.11.21  アダマワ州ムビのモスク付近で,自爆テロを実行し,約50人が死亡
18.2.21  チャド西部のチャド湖周辺地域で,「ボコ・ハラム」とみられる武装集団が,パトロール中の同国治安当局を襲撃し,治安関係者2人が死亡
18.3.1  ボルノ州で,武装集団が,軍の拠点を襲撃し,援助関係者3人を含む11人が死亡。「ボコ・ハラム」が,その際拘束した者の殺害時の画像を発出
18.6.16  ボルノ州で,「イード・ル・フィトル」の祝祭帰りの人々に対し,少女6人が自爆した後,武装集団が,集まってきた群衆に向けてロケット砲弾を発射し,31人が死亡
18.6.16  極北州リマニにある学校付近で,自爆テロが発生し,少女1人が死亡
18.10.20  ボルノ州で,「ボコ・ハラム」とみられる武装集団が,農園で作業中の農民を襲撃し,少なくとも12人が死亡
19.3.22  チャド西部・チャド湖周縁地域ダングダラで,「ボコ・ハラム」とみられる武装集団が, チャド軍部隊を襲撃し,同軍兵士23人が死亡
19.6.9  カメルーン北部・チャド湖の島で,「ボコ・ハラム」とみられる武装集団が,同国軍を襲撃し,兵士16人及び住民8人の計24人が死亡
19.6.16  ボルノ州カンドゥガの集会所で,「ボコ・ハラム」構成員とみられる複数人が自爆し,サッカー観戦に集まっていた住民少なくとも30人が死亡,40人以上が負傷
19.7.27  ボルノ州マリドゥグリ近郊で,「ボコ・ハラム」とみられる武装集団が,葬儀に参列中の住民を襲撃し,住民21人が死亡。その後,反撃した住民ら44人が死亡し,少なくとも計65人が死亡,10人が負傷
19.8.14  チャド西部・ラク州で,「ボコ・ハラム」構成員とみられる女性が,地元有力者宅で自爆テロを実行し,同国軍兵士1人を含む6人が死亡
19.8.27  ボルノ州で,「ボコ・ハラム」とみられる武装集団が,村落を襲撃し,住民4人が死亡,12人が行方不明
19.12.6  カメルーン北部・チャド湖の島で,「ボコ・ハラム」とみられる武装集団が,同国軍を襲撃し,兵士16人及び住民8人の計24人が死亡
19.12.17  チャド西部・チャド湖周辺で,「ボコ・ハラム」とみられる武装集団が,漁師らを襲撃し,漁師ら14人が死亡,5人が負傷
20.3.23  ラク州ボマで,武装集団が,同国軍を襲撃し,7時間の銃撃戦の末,兵士92人が死亡,47人が負傷したほか,武装集団10人が死亡。同国治安当局は,「ボコ・ハラム」による犯行と指摘
20.5.18  ボルノ州ガジガナ村で,武装集団が,ラマダン中の住人を襲撃し,少なくとも住人20人が死亡,25人が負傷。同国当局は,「ボコ・ハラム」の関与を指摘
20.11.28  ボルノ州コショベ村で,武装集団が,農業労働者らを襲撃し,少なくとも110人が死亡,多数が負傷。12月1日,「ボコ・ハラム」が動画を発出し,78人を殺害したとして犯行を自認

このページの先頭へ