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ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)
Islamic Movement of Uzbekistan O'zbekiston Islomi Harakati

別称:
トルキスタン・イスラム運動(IMT) Islamic Movement of Turkistan
中央アジア・イスラム運動(IMCA) Islamic Movement of Central Asia

国連制裁対象(2001年10月6日)

米国FTO(2000年9月25日)

主な活動地域

ウズベキスタン,パキスタン,アフガニスタン,タジキスタン,キルギス

組織の概要

「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)は,1998年頃,カスピ海から中国・新疆ウイグル自治区にまたがる歴史的地名の「トルキスタン」(「トルコ系の国」の意)にイスラム法に基づく国家を樹立することを目的として,ウズベキスタン人イスラム原理主義者のタヒル・ユルダシュ(2009年死亡)及び旧ソ連軍出身のウズベキスタン人ジュマ・ナマンガニ(2001年死亡)によって設立されたイスラム過激組織である。勢力は,ウズベキスタン人のほか,キルギス人,アフガニスタン人及びパキスタン人を中心に200~300人程度とされる。

IMUは,タジキスタン内戦(1992~1997年)への参加やアフガニスタン及びパキスタンでの活動を通じて「タリバン」や「アルカイダ」との関係を構築したとされる。IMUは,1998年,ウズベキスタンのカリモフ政権に対して「ジハード」を宣言し,1999年2月に同国首都タシケントでカリモフ大統領暗殺未遂事件,同年8月にキルギスで邦人技師誘拐事件を引き起こした。アフガニスタンで「タリバン」政権が崩壊した2002年以降には,「トルキスタン・イスラム運動」(IMT),「中央アジア・イスラム運動」(IMCA)等と名乗ることもあった。

IMUは,ナマンガニが米軍の攻撃を受けて死亡したのを始め,後継指導者となったユルダシュが2009年に,ウスマン・アディールが2012年4月に,いずれもパキスタン国内で死亡し,2014年4月,ウスマン・ガージィが最高指導者に就任した。

また,IMUは,「パキスタン・タリバン運動」(TTP)と連携し,パキスタン南部・シンド州でカラチ国際空港襲撃(2014年6月)等に関与してきたが,パキスタン軍による掃討作戦が本格化し,アフガニスタン国内への逃亡を余儀なくされた。最高指導者ガージィは,2014年9月,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)への支持を表明し(2015年8月,正式にISILへの忠誠を宣言),シリアに戦闘員を派遣する一方で,アフガニスタンでは「タリバン」の反主流派を支援した。「タリバン」主流派との戦闘では,戦闘員の多くが死亡又は投降し,アフガニスタン及びパキスタンで活動するIMUは,ほぼ壊滅的な状況になったとされる。2016年6月,ISILへの忠誠に反対していたIMUメンバーが,ガージィのISIL忠誠表明後,IMUが分裂したことを明らかにし,同組織としては,引き続き「タリバン」及び「アルカイダ」に忠誠を誓っているとした上で,IMUによる活動継続を表明した。2018年7月のタジキスタン南部・ハトロン州で発生した欧米人観光客を標的としたテロ事件では,ISILが犯行声明を発出したが,IMUの関与も指摘された。同事件を除けば,近年,アフガニスタン以外での目立った活動は見られない。2020年11月,同国治安部隊は,IMU幹部で創設者タヒルの息子のアジズ・ユルダシュを殺害したと公表した。

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