トピック・特集
欧米で摘発されたテロ関連事件における容疑者の特徴点
− 2009年から2012年前半に摘発されたイスラム過激派関連事案から−
〈要旨〉
欧米諸国では,「アルカイダ」の過激思想の影響を受けた者によるテロの脅威が継続してきた。我が国においても,こうした国際テロの脅威は現実のものとして引き続き警戒が求められている。このため,欧米における最近のテロ関連事件(2009年から2012年前半に摘発されたイスラム過激派関連の122件・236人)に関して,容疑者にいかなる特徴点が見られるかについて検討するものとした。
その結果,
- @ 20歳〜24歳の年齢層(摘発時)が最多で,35歳未満が81%を占めること
- A 欧米以外の出身者が欧米出身者の約1.6倍に上り,欧米渡航時の年齢は10歳〜19歳が最も多いこと
- B 少なくとも8割弱の者が,過激主義者の友人や知人(共犯者を含む)とつながりを有していたことなどが示された。
他方,こうした傾向が今後も続くか否か,さらに,欧米とは異なる移民政策を有する我が国において,こうした欧米の状況がどの程度該当し得るのかなどの点について,更なる検討課題も残っている。
1背景
2001年9月11日の米国同時多発テロ事件の発生以降,欧米諸国では,「テロとの闘い」が推進される中,「アルカイダ」の過激思想の影響を受けた者によるテロの脅威が継続してきた。一般に,これらのテロ容疑者の経歴は多種多様で,顕著な共通点を見出すことが困難であることに加えて,各容疑者の過激化の過程や要因を特定・一般化することも困難であると認識されている。
他方,近年の摘発事例からは,こうした容疑者の多くが移民の子孫を中心とした若年層であることが示唆されているほか,過激なプロパガンダ等の影響を受けて「自己過激化」(注1)しているとの指摘もある。こうした特徴を備える容疑者の典型例は容易に挙げることができるものの,多数の事例を集めた上で,これら容疑者の特徴や傾向を探ることもまた必要である。
以下では,欧米におけるテロ関連事件(2009年〜2012年前半)における容疑者(注2)について,国籍,出身国,摘発時の年齢,共犯者の有無を始めとした外形的特徴を探るとともに,インターネットの利用動向など,過激化の背景にあるとみられる要素についても検討した。
2検討対象
2009年から2012年7月までに欧米で摘発された,欧米居住者によるテロ関連事件のうち,公然情報において一定の情報が入手できた者(122件・236人)(注3)を検討対象とした。不起訴処分となり釈放された者及び裁判で無罪判決が言い渡された者については,対象者から除外した。他方,容疑者が「テロ」の罪で摘発されていない場合(殺人や殺人未遂など)についても,犯行の態様や背景からテロ関連事件と判断されるものについては検討対象に含めた。
検討対象とした122件・236人を,摘発された地域・国別に分類した内訳は次のとおりである。
〈検討対象の内訳(注4)〉
3主な結果
(1) 摘発時の年齢
20歳〜24歳の年齢層が最多で,以後,年齢の上昇にほぼ沿って減少した。年齢不明の10人を除いた全体の226人中,35歳未満が182人(80.5%)を占めた。
平均年齢は,北米が29.0歳(中央値(注5)26歳),欧州が28.7歳(中央値27歳)。年齢幅は北米が18歳〜76歳,欧州が18歳〜52歳であった。
次に,容疑をテロ行為等と後方支援等に分類した
(注6)(注7)。テロ行為等の容疑者(151人〈年齢不明1人〉)は,20歳〜24歳が最多(51人)で,25歳〜29歳(45人)が続き,年齢の上昇につれて下降した。平均年齢は,北米が26.9歳(中央値25.5歳),欧州が28.1歳(中央値26歳)と,若年である傾向が見られた。
一方,後方支援等の容疑者(80人〈年齢不明9人〉)については,北米で20歳〜24歳,欧州で25歳〜29歳が最多(それぞれ9人,11人)であったが,幅広い年齢層に広がった。平均年齢は,北米が33.4歳(中央値30歳),欧州が30.1歳(中央値28歳)で,テロ行為等の容疑者に比べて高齢であった。
(2) 出生国・地域及び国籍
236人中,欧米諸国以外の出身者は106人(44.9%)で,欧米諸国の出身者(66人〈28.0%〉) の約1.6倍に上った。
また,236人中,欧米国籍を有する者は,二重国籍者8人を含め133人(56.4%)で,欧米国籍を有さない者(73人〈30.9%〉)の約1.8倍に上った。
欧米以外の出身者(106人)のうち,欧米国籍を有する者は44人(41.5%)に上ったが,両親とも欧米出身者で出生時から欧米国籍者である事例はほとんど見られず,欧米諸国への帰化者が大半である。
(3) 欧米への渡航時の年齢及び渡航時期
欧米以外の出身者106人中,渡航年齢又は渡航時期について判明している65人を見ると,10歳〜19歳が28人(43.1%)で,10歳未満及び20歳以上を上回った。渡航時年齢が15歳〜19歳であった者は北米で最多(10人),欧州でも25歳〜29歳(7人)に次ぐ5人を数えた。
また,欧米に渡航した時期については,1990年代以降が大半を占めた。
(4) 友人・知人等における過激主義者等の有無
友人や知人等(現実世界での友人や知人のほか,インターネット上で関係を持っていた相手を含む)に過激主義者等(共犯者等(注8)のほか,共犯者ではないが過激思想の宣伝等への関与が指摘される人物等)がいたとの情報がある者は,236人中,少なくとも188人(79.7%)に上った(注9)。
(5) 家族・親族における過激主義者等の有無
家族・親族(3親等以内)に過激主義者等がいたとの情報がある者は,236人中,少なくとも38人(16.1%)で,その内訳(重複を含む)は,兄弟が最多(24人)で,次に配偶者(10人)が続いた。
(6) テロ組織・過激組織等(注10)とのつながりの有無
テロ組織・過激組織等とのつながりを有していたとの情報がある者は,236人中,少なくとも96人(40.7%)に上った。
(7) インターネットの利用動向
テロ関連目的でインターネットを利用していたとの情報がある者は,236人中,少なくとも116人(49.2%)に上った
(注11)。
これら116人のインターネットの利用目的について,テロ実行と直接関係のない非オペレーションの利用(注12)を目的としたものと,爆弾製造法の習得や標的の偵察,他の共犯者とのテロ関連目的での通信など,テロ実行に直接的に関わるオペレーション目的の利用(注13)を目的としたものに分類したところ,非オペレーション目的の利用を行っていた者は,72人(オペレーション目的の利用との重複を含む)で,うち24人はソーシャルメディア(注14)を利用していた。
(8) 海外紛争地域への渡航
海外紛争地域(注15)への渡航を企図した者は,236人中,少なくとも88人(37.3%)に上った。同88人のうち,一国でも海外渡航に成功した者は68人(77.3%)に上った(注16)ほか,出身国以外の国・地域を目指した者(失敗した者を含む)は,少なくとも61人(69.3%)に上った(注17)。
渡航の目的地としては,パキスタン(部族地域等)のほか,アフガニスタン,ソマリア,イエメンなどが選好されている。なお,今次データには含んでいないが,新たな傾向として,2012年末頃から,テロ活動を目的としてシリア,マリなどの紛争地域への渡航を企図したとして容疑者が摘発される事案が目立っている。
4考察
上記の結果より,摘発時の年齢から,20代前半をピークとする,主として35歳未満の若年層の危険性が確認された。また,直接テロに関与せず後方支援等に関わる者は,高年齢層にも広く見られることが明らかとなった。
また,出身地を見ると,移民1世などの非欧米出身者が,移民2世以降など欧米で生まれ育った者の約1.6倍に上った(注18)。これら非欧米出身者が欧米諸国へ渡航した年齢については,10歳〜19歳が全体の約43%を占め,思春期前後の多感な時期における欧米渡航が,過激化に影響を及ぼした可能性も推測される。
さらに,容疑者の交友関係を見ると,過激主義者の友人や知人とつながりを有していた者が少なくとも8割弱,過激主義者の家族・親族(3親等以内)を有していた者が1割〜2割,テロ組織・過激組織等とのつながりを有していた者が約4割に上った(いずれも重複含む)。他方,他者との大きな接点がないままインターネット上のプロパガンダ等を通じて過激化(いわゆる「自己過激化」,注1参照)した事例や,約半数の者がインターネットをテロ関連目的で利用していたことには注意が必要である。
加えて,容疑者の4割弱が海外紛争地域への渡航を企図し,その多くが実際に成功していることのほか,地縁や血縁がない,出身国以外の国や地域を目指す者が7割弱に及んでいることから,これら容疑者が出身国や民族の枠にとらわれずにテロを志向していることがうかがわれた。
欧米とは異なる移民政策を有する我が国については,移民人口の数が欧米よりもはるかに少ないため,一概に欧米の状況と比較することはできない。ただし,欧米における容疑者らがインターネットをテロ関連目的で利用している事例が多く見られることから,我が国の在住者がインターネットを介し,国境を越えて他の過激主義者とつながり得ることには注意が必要である。また,2011年末時点において,「高度人材」や「グローバル人材」について受入れ拡大の方針が示されたこともあり(注19)(注20),上記のような欧米の状況がどの程度我が国に該当し得るのかなどについて,更なる検討が必要である。