
第2節 薬物依存を有する者への支援等
(1)薬物依存症に関する知見を有する医療関係者の育成【施策番号54】
薬物依存症は、治療と回復に時間を要することから、医師や看護師を始めとする医療関係者には、薬物依存症に関する適切な治療に加え、周囲へ正しい理解と協力を促す役割が期待されている。また、医療関係者が薬物依存症に対する正しい理解を深められるよう、適切な育成を行っていく必要がある。
厚生労働省は、一定の精神科実務経験を有し、法律等に関する研修を修了した医師のうちから、「精神保健指定医」を指定し、薬物依存症を含む精神疾患に関する治療等を行わせている。また、一般的な医療関係者の育成においても、診察に従事しようとする医師に必修化されている医師臨床研修制度において、2020年度(令和2年度)から、新たな臨床研修の到達目標を適用しており、経験すべき疾病・病態として薬物等依存症を含む依存症を位置付けている。さらに、看護師については、保健師助産師看護師国家試験出題基準において、薬物を含む依存症対策に関する項目が含まれており、依存症に関する知見を、看護師として具有すべき基本的な知識及び技能として位置付けている。
(2)薬物依存症に関する知見を有する福祉専門職の育成【施策番号55】
精神保健福祉士及び社会福祉士は、薬物依存症に関する知識を身に付けることで、薬物依存症者が地域で生活するために必要な支援ニーズを把握し、関係機関へつなげるなどの相談援助を実施している。
厚生労働省は、薬物依存を始めとする各依存症について教育内容を充実させるため、精神保健福祉士及び社会福祉士の養成カリキュラムの見直しを行い、2021年(令和3年)4月入学者から、複数の科目において、心理面や社会問題、地域生活課題といった視点で依存症を学ぶこととしている。
(3)薬物依存症に関する知見を有する心理専門職の育成【施策番号56】
公認心理師※17は、薬物依存症の回復支援において、アセスメントや依存症集団療法等の専門的支援等、心理的側面から助言、指導その他の援助等を行っている。
公認心理師試験の出題基準には、「依存症(薬物、アルコール、ギャンブル)」の項目等が組み込まれている。また、厚生労働省は公認心理師の養成カリキュラムにおいて、公認心理師となるために必要な科目として、「健康・医療心理学」、「精神疾患とその治療」、「保健医療分野に関する理論と支援の展開」等の科目を規定している。大学等によっては、それらの科目の中で薬物依存症を取り上げている。
(4)薬物依存症に関する知見を有する支援者の育成【施策番号57】
法務省における取組は、【施策番号45】を参照。
厚生労働省における取組は、【施策番号48】を参照。
Column4 薬物再乱用対策推進事業
福岡県保健医療介護部薬務課
覚醒剤事犯の再犯者率は、他の犯罪に比べて高いといわれています。その中でも、福岡県における覚醒剤事犯の再犯者率は70%以上と、全国と比べて高い水準で推移しています。薬物事犯者の多くは、犯罪者であると同時に薬物依存の問題を抱える者でもあり、薬物乱用者の再乱用防止には、薬物依存症の治療と社会復帰への支援が必要です。実刑判決を受けた薬物事犯者は、刑事施設における薬物依存離脱指導(【施策番号44ア】参照)や保護観察所による薬物再乱用防止プログラム(【施策番号44イ】参照)等の支援を受けることが可能である一方で、薬物事犯初犯者は全部執行猶予付判決となる場合があり、薬物依存症からの回復のための公的な支援を受ける機会に乏しいことが課題となっていました。
2016年(平成28年)に「再犯の防止等の推進に関する法律」が施行されるなど、全国的に再犯防止対策が喫緊の課題となる中で、2017年(平成29年)4月に福岡地方検察庁内に再犯防止等の業務を専門的に行う刑事政策推進室が設置されました。このような状況を踏まえ、福岡県では、保健医療介護部薬務課と福岡地方検察庁刑事政策推進室とが連携し、2018年度(平成30年度)から「薬物再乱用対策推進事業」を開始しました。
この事業は、全部執行猶予付判決が見込まれる薬物事犯初犯者について、福岡地方検察庁から情報提供を受け、福岡県薬務課が対象者との面談を重ねながら信頼関係を構築し、回復プログラム実施機関や医療機関、福祉関連支援機関など、対象者の薬物依存症からの回復に必要となる機関へコーディネートするものです。
初回の面談は、対象者の勾留中に、留置場や拘置所等の勾留場所へ福岡県薬務課の職員である相談支援コーディネーターが赴いて行います。以降も対象者との面談を重ね、薬物依存症から回復するための支援計画を策定し、釈放後に、支援計画に基づいて支援を実施しています。
相談支援コーディネーターは、精神保健福祉士、保健師、看護師、社会福祉士等の資格を有する者及び警察官OBで構成しており、面談を通じて得られた対象者の情報に応じて相談支援コーディネーターが連携して支援に当たっています。
具体的な支援内容としては、精神保健福祉センターや医療機関、民間団体等が実施している薬物依存症回復プログラムの紹介や初回参加時の同行、薬物依存症専門医療機関等の医療機関の紹介や受診同行、民間団体の依存症回復支援施設や自助グループの紹介や同行、就労や住居の確保や福祉サービスを受けるための福祉関連支援機関の紹介や同行等のほか、定期的に面談や電話、メールでの連絡を通じて対象者とコミュニケーションを取り、薬物に頼らない生活をする上で直面している課題や悩みを傾聴し、肯定的に受け止めつつアドバイスをする、回復プログラムの受講や医療機関の受診の意欲低下に対して動機付けを行うなど、薬物依存症からの回復に向けた行動のサポートも行っています。
支援期間は執行猶予期間満了までとしており、2022年度(令和4年度)からは、無事、執行猶予期間を満了し、支援を終了した対象者も出始めました。一方で、執行猶予期間満了後も引き続き支援を希望する対象者には、支援終了後のアフターフォローとして、定期的に面談や連絡を行い、薬物に頼らない生き方が継続できるようにサポートしています。
対象者の中には、本来は支援が必要でありながら、支援機関やその機関で受けられるサービスを知らなかったり、誤解していたりする者がいます。人に頼ることができず、薬物に頼らざるを得なかった対象者に寄り添い、関係機関と連携、協力しながら、今後も薬物再乱用防止対策を推進していきます。

- ※17 公認心理師
心理学に関する専門的知識及び技術をもって、心理に関する相談、援助等の業務に従事する者。平成27年に成立した公認心理師法(平成27年法律第68号)に基づく国家資格であり、保健医療、福祉、教育、司法・犯罪、産業・労働等の様々な分野で活躍している。