第2節 新たなステークホルダーの取組
一般社団法人Arc & Beyond(アークアンドビヨンド)は、ソニーグループ株式会社(以下「ソニー」という。)の社員たちによって設立された団体で、多様なパートナーと共同して社会課題の解決を目指す事業活動に取り組んでいる。特に、再犯防止分野においては、ソニーのプログラミングツール「MESHTM※3」を活用した教育プログラムを全国の少年院で展開している。
語り:一般社団法人Arc & Beyond 石川 洋人さん
萩原 丈博さん
原 援又さん
1.再犯防止分野に御関心を持ったきっかけについて教えてください。
(石川さん)
アメリカで、「ディスコネクテッド・ユース」という、学校に通えず、仕事にも就けない、社会的に孤立しているこどもたちと出会い、そういうこどもたちに対して何かできることがないかと考えたことが最初のきっかけです。
平成27年、私はアメリカで「Takeoff Point」というソニーの100%出資子会社を立ち上げました。当時の私は、萩原さんが開発したMESHをアメリカで販売することが仕事で、そのような中、ディスコネクテッド・ユースのこどもたちの存在を知り、どうしたらそのようなこどもたちが学び続けられる環境を作れるかということを、萩原さんと一緒に考えるようになりました。
最初の頃は、日本でいうところの区民センターのような地域の施設で、学校に通えなくなったこどもたちを対象に、ボランティアとしてMESHを使った授業を実施していました。そこで、学校の先生や他のボランティアと一緒に、ディスコネクテッド・ユースのこどもたちに対するMESHを活用した教育プログラムを考案しました。
ディスコネクテッド・ユースのこどもたちは、基本的に、「学び」において三つの困難を抱えていると言えます。一つ目は、楽しい学び経験をしたことがないということ。二つ目は、「自分にはできない」と思っていること。そして、三つ目は、「学ぶことは無駄だ」と思っていることです。そこで、そうしたこどもたちを対象とした教育プログラムでは、単にプログラミングを教えるのではなく、「MESHを使って何かを作ってみないか」、「身の回りの課題を解決してみないか」というアプローチをとったところ、こどもたちに、主体的に学んだり、取り組んだりする姿勢が見えるようになりました。そのような教育プログラムの普及を進めていたところ、アメリカの少年院の関係者の方から、少年院の更生プログラムの一環として活用できないかというお声掛けをいただき、少年院での活動を開始しました。
アメリカでの活動を行う中で、日本にもディスコネクテッド・ユースのこどもたちが多いことを知り、この教育プログラムを日本の少年院でも展開したいと考えるようになりました。そこで、令和3年に萩原さんと二人で法務省矯正局を訪問し、日本でもこの教育プログラムを実施できないか相談したことが、日本の少年院での活動のスタートとなりました。
2.全国の少年院で、模擬授業※4を行った際の在院生や、少年院の教官(法務教官)の反応や変化について教えてください。
(原さん)
私たちの授業はワークショップ形式になっており、最初に、「MESHを使って、日用品をより便利なものにする」等、その授業のテーマを設定します。在院生からは「そんなことできるのだろうか」という懐疑的な反応や、「どうしてこんなことをやるのか」という授業自体に対するネガティブな反応を示されることもあります。しかし、授業を進めていくと、「MESHが直感的に使えて楽しい」、「ツールを組み合わせていくことで、発想がどんどん広がった」、「最初はできないと思っていたものを作ることができて嬉しい」などの前向きな反応が増えていき、最終的には、授業終了の時間になっても、「まだ授業を続けてほしい」という声が上がるくらい、前のめりになって取り組んでくれることが多いです。
授業の前後では、在院生からアンケートを取るのですが、その中のコメントでも「身の回りにも問題解決をすべきことはいっぱいあると思うので、どんどん挑戦していきたい」等の前向きなコメントをいただくことがあります。
社会の中で自立していくためには、他者からやらされるのではなく、自分の中にあるエネルギーを原動力に、主体的かつ前向きに、自ら学んでいくというマインドが必要だと考えていますが、この授業を通じて、そうした姿勢を身に付けてもらうことができるのではないかという感触を得ています。
(萩原さん)
また、変化という点では、職員の皆さんの意識の変化も大きいと思っています。いろいろな感想や御意見をいただきましたが、「普段は主体性が余り感じられない在院生であっても、自分たちで主体的にアイデアを考えて、生き生きと発表している姿を見て、驚いた」、「在院生が良い方向に成長していく能力があるということを、改めて痛感した」、「MESHのプログラムを通じた成長が、彼らの普段の生活態度や今後の生き方に良い影響を与えてくれる可能性を感じた」といったものが特に印象に残っています。
3.初めて少年院で授業をした際に、不安はありましたか。また、在院生の第一印象を教えてください。
(原さん)
初めて少年院に伺ったときには、やはり、少年院がどういう状況なのか完全には分からなかったので、正直に言って、手に汗を握るようなところはありました。在院生は、結構大きな声で挨拶をされるので、最初に教室に入ったときには圧倒されましたが、授業が始まってみると、彼らのコミュニケーションを見て、「普通の少年だな」という印象を受けました。
(萩原さん)
私も、原さんとほぼ同じような印象でした。令和3年に初めて新潟少年学院を訪れた際に、在院生の方々の最初の挨拶には少し驚きましたが、いざ授業を始めてみると、「普通の子たち」という印象で、こども向けに行っている一般のワークショップと全く変わらない感触でした。逆に、「なぜ彼らが少年院に入ってしまうことになったのだろうか?」「その背景や彼らの環境にはどのような課題があったのだろうか?」という疑問が湧いてくるくらいでした。
4.今後の展望について教えてください。
(原さん)
今までやってきたことに引き続きしっかり取り組んでいくことと、新たなことにチャレンジするという二つになるかと思います。
一つ目は、全国の少年院にMESHを使った授業を導入することです。令和7年度から、少年院で実施する職業生活設計指導の選択制のプログラムにMESHを活用した我々のプログラムを取り入れていただいているので、各施設の法務教官の方に選択いただけるように取り組みたいと思っています。少年院によっては、MESHの実施について不安に思われている方もいらっしゃると思いますので、授業がしっかりできているという事例の提示等を含めて、展開を図っていきたいと思います。
二つ目は、社会の側でも、少年たちが学び続ける場や、働き続けられるなどの活躍できる場を創っていきたいということです。少年院ですごく前向きな思考になって、問題解決に取り組む意欲が出てきたとしても、結局、社会の側でその受け皿がないと、意欲を失ってしまいます。そういう場所を創っていくために、我々にできることは何かというのを考えたときに、当法人は民間企業によって立ち上げられたという背景もありますので、いろんな企業とのネットワークを生かしながら、一緒にそういった場を創っていけるような取組をしていければと思っています。現在行っている具体的な活動として、法務省矯正局とともに「Sync to HOPE」というイベントをシリーズで行うこととしています。「Sync to HOPE」は、法務省と我々だけではなく、民間企業やNPO等の様々なセクターの方や行政の方をお呼びして、どのようにしたらみんなで社会側の場を創ることができるのかを考えたり、そもそもこういった問題に関心がないような企業や個人の方に関心をもっていただくきっかけを作ったりと、様々な人たちと一緒に課題意識を共有するイベントです。このイベントの延長線上で、各団体の具体的なアクションにつなげていくということを考えています。
5.これから再犯防止分野に参画しようとする企業や個人の方にメッセージをお願いします。
(原さん)
非行には、環境要因の問題もあると思っています。例えば、虐待や不遇な家庭環境といった社会課題が挙げられます。そのような環境に育った人たちは、非行をして少年院に入る人もいれば、そこまで至らないまでも、社会的に孤立してしまうことなどもあると思います。再犯防止や少年矯正と聞くと、自分には無関係と感じる人も多いと思いますが、そうした社会課題の解決に関心を持っていただけるのであれば、その背景に共通する再犯防止や少年矯正といった分野の重要性についても理解していただけるのではないかと考えています。多種多様な方々とこの分野での活動を展開していければと思います。

- ※3 MESHTM
MESHは、専門知識がなくてもセンサーやプログラミングによって仕組みをつくることができるツールであり、全国の学校教育や人材育成に活用されている。 - ※4 全国の少年院での模擬授業
令和6年にソニーマーケティング株式会社が受託した法務省委託事業「少年院在院者に対するプログラミングを活用した効果的な課題解決型授業に係る調査研究業務の請負」における模擬授業。同社が一般社団法人Arc & Beyondと連携して取り組んでいる。