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第1節 主な罪名別に見た再犯防止施策の課題と今後の展望

第1節 主な罪名別に見た再犯防止施策の課題と今後の展望
1 薬物事犯

(1)序論

 薬物事犯者は、犯罪・非行をした者であると同時に、薬物依存症の患者である場合が多い。2020年(令和2年)出所者(覚醒剤取締法違反)の2年以内再入者は776人であり、そのうち8割以上に当たる654人が同罪名による再犯であることから(特1-1-1参照)、覚醒剤への依存の強さがうかがえる。

 そのため、薬物事犯者の再犯・再非行を防止するためには、「改善更生に向けた指導」のみならず、「依存からの『回復』に向けた治療や支援」を継続することも必要である。矯正施設や保護観察所では、効果検証を実施しながら専門プログラムの改善等を図っているほか、薬物事犯者を地域の保健医療機関等に適切につなげるための支援にも注力している(特1-1-2参照)。

 また、薬物事犯の中でも大麻事犯の検挙人員は8年連続で増加するなど過去最多を更新しており、「大麻乱用期」とも言える状況になっている。大麻事犯は、検挙人員の約7割が30歳未満であるなど(特1-1-3参照)、若年層における乱用拡大が顕著でもあり、その対応が急務となっている。

(2)指標

特1-1-1 覚醒剤取締法違反の同罪名による2年以内再入率※1の推移
特1-1-1 覚醒剤取締法違反の同罪名による2年以内再入率※1の推移
特1-1-2 薬物事犯保護観察対象者のうち、保健医療機関等による治療・支援を受けた者の数及びその割合【指標番号11】
特1-1-2 薬物事犯保護観察対象者のうち、保健医療機関等による治療・支援を受けた者の数及びその割合【指標番号11】
特1-1-3 大麻事犯の検挙人員
特1-1-3 大麻事犯の検挙人員

(3)主な取組と課題

ア プログラムの効果検証について

(ア)刑事施設における薬物依存離脱指導の効果検証結果

 刑事施設における特別改善指導「薬物依存離脱指導」(【施策番号44】参照)については、刑の一部執行猶予制度の開始により、当該対象者の実刑部分が比較的短期間となる可能性があることから、刑期の短い者等にも柔軟に指導できるよう、標準プログラムを改訂※2し、2017年度(平成29年度)から本格的に新体制で指導を実施(以下「新実施体制」という。)している。この新実施体制における標準プログラムの指導効果を検証するため、専門プログラムの受講による薬物に対する態度等の変化について、心理尺度(特1-1-4参照)を用いた質問紙調査を実施した(調査1)。また、新実施体制における標準プログラムの受講率及び薬物依存離脱指導対象者の再犯※3率を標準プログラム改訂前の指導体制(以下「旧実施体制」という。)と比較し、改訂に伴う効果を中心に確認した(調査2)。

 調査1では、受講群と比較対照(受講待機)群※4に対し、受講前後(比較対照群については同時期)に自記式質問紙調査を実施し、専門プログラムによる心理尺度得点の変化を確認したところ、薬物を再使用しないためのスキル、継続的に治療や援助を求める態度、薬物依存の問題を変えたいという変化への動機付け及び薬物の対処行動に関する全般的な自信について得点の上昇が認められた(特1-1-5参照)。調査2では、新実施体制における調査対象者※5の95.1%が標準プログラムを受講しており、旧実施体制の調査対象者※6と比べて受講率が27.0ポイント向上したほか、新実施体制の調査対象者の再犯率は20.9%であり、旧実施体制下での結果(26.6%)より5.7ポイント低く、統計的に有意な差が認められた(特1-1-6参照)。これらの検証結果から、標準プログラムの改訂は、受講率の向上に寄与し、薬物犯罪の再犯率の減少にも寄与した可能性が示唆された。

特1-1-4 質問紙調査に用いた尺度(一部抜粋)
特1-1-4 質問紙調査に用いた尺度(一部抜粋)
特1-1-5 動機付けの変化(SOCRATES病識尺度)
特1-1-5 動機付けの変化(SOCRATES病識尺度)
特1-1-6 新旧実施体制の出所後2年以内再犯率の比較
特1-1-6 新旧実施体制の出所後2年以内再犯率の比較

(イ)保護観察所における薬物再乱用防止プログラムの効果検証結果

 保護観察所における薬物再乱用防止プログラム(【施策番号44】参照)については、運用を開始した2016年(平成28年)6月から一定期間が経過したことを踏まえ、その対象者の再犯追跡調査及び質問紙調査を行った。再犯追跡調査については、2018年(平成30年)に薬物事犯により保護観察に付された成人保護観察対象者の保護観察開始後4年以内の薬物事犯の再犯率を、同プログラム受講群と非受講群別に調査したところ、同プログラム受講群の再犯率は30.3%であり、非受講群のそれ(34.6%)より統計的に有意に低く、同プログラムの受講による一定の再犯防止効果が示唆された。

 質問紙調査については、刑事施設において薬物依存離脱指導の専門プログラムを受講した者等が仮釈放等により釈放された後の薬物再乱用防止プログラム受講前後の心理尺度得点の推移を調査したところ、薬物依存からの離脱につながる態度等が比較的高い水準に保たれていることが認められた。

(ウ)効果検証を踏まえたプログラム改訂等

 今回の効果検証結果を踏まえ、刑事施設及び保護観察所において、より効果的かつ一貫性のある指導を実施するため、薬物依存を有する者への支援に関する知見を有する専門家から助言を仰ぎつつ、プログラムの更なる充実化に向けた検討を進めている。

イ 保健医療機関等につなげる指導・支援の現状と課題

 刑事施設や保護観察所では、薬物依存からの回復に向けた指導・支援を実施しているが、刑事司法機関が関わることのできる期間は限られたものであることから、保護観察所においては、保護観察等の処遇終了時期を見据えて地域の保健医療機関等の支援につなげるよう取り組んでいる。

 基本的な取組としては、保護観察所で実施している薬物再乱用防止プログラム(【施策番号44】参照)に、ダルク等の支援機関・団体のスタッフの参加を得て、ダルク等の活動に触れる機会を作ったり、薬物依存を改善するための医療やプログラム等の援助を提供している機関等と連携し、これら機関等の医療や援助を受けるよう保護観察対象者に必要な指示を行ったりしている。また、2019年度(令和元年度)から、薬物依存のある対象者が、地域における支援を自発的に受け続ける習慣を身に付けられるよう、仮釈放後の一定期間、更生保護施設等に居住させた上で、ダルク等の支援機関・団体と連携した保護観察処遇を実施するなどの試行的な取組(【施策番号47】参照)を開始している。

 また、法務省及び厚生労働省は、「薬物依存のある刑務所出所者等の支援に関する地域連携ガイドライン」(【施策番号52】参照)を策定し、2016年度(平成28年度)から運用を開始している。保護観察所は、同ガイドラインに基づき、地域において薬物依存症者への治療や支援を実施している機関・団体による連絡会議を定期的に開催するなどして、地域支援体制の構築を図っているほか、個別のケースについてケア会議を開催するなどして、保護観察期間中のできるだけ早い段階から地域社会での治療・支援につなげるように努めており、こうした取組を通じて、治療・支援に当たる機関・団体の相互理解を深めている。

 薬物事犯保護観察対象者のうち、保護観察期間中に地域の保健医療機関等による治療・支援を受けた者の割合は2017年度(平成29年度)は5.2%、2020年度(令和2年度)は7.2%と上昇傾向にあったが、2021年度(令和3年度)においては、6.3%と減少に転じた(特1-1-2参照)。保護観察期間中に地域の保健医療機関等の治療・支援につながる割合は小さく、今後も引き続き、地域社会での治療・支援へのつなぎに力を入れていく必要がある。

 第208回国会において成立した刑法等の一部を改正する法律(令和4年法律第67号)による改正後の更生保護法には、保護観察における特別遵守事項として、更生保護事業を営む者その他の適当な者が行う特定の犯罪的傾向を改善するための専門的な援助であって法務大臣が定める基準に適合するものについては、これを受けることを指示し、又は保護観察対象者にこれを受けることを義務付けることを可能とする規定が設けられた。これにより、保護観察対象者に対して、保護観察期間中から支援機関・団体によるプログラム等の受講を義務付けることが可能となった。このような取組を通じて、保護観察対象者と地域社会との間で、保護観察対象者が、保護観察終了後も自らの意思でそうしたプログラム等の受講を続けられる関係性が築かれ、地域社会において“息の長い”支援が可能となっていくものと考えられる。

【当事者の声】~出会いと正直になれる環境~ 特定非営利活動法人八王子ダルク施設長 加藤 隆

 28歳のとき、覚醒剤の使用・所持で保護観察を受けることになりました。当時は、日々薬を使うことだけを考えていたので、保護観察初日も、保護観察所での手続を終えた後、その足で仲間のところに行き、その日のうちに覚醒剤を当然のように使いました。その後も逮捕前と変わらず薬を使うために生きるような生活を送っていたら、また逮捕されました。尿検査が陰性だったので留置場から出られましたが、そのとき、保護観察官から、このままの生活を続けるのか、病院で治療を受けるのかどちらか選びなさいと言われました。

 同じことの繰り返しに私自身が疲れ果てていましたし、刑務所には行きたくないという思いが強くあったので、病院に入院することにしました。病院では担当医からこう言われました。

 「あなたは薬物依存症です。薬を止め続けるために一度ダルクに行ってみないか。あなたの仲間がダルクにはいるよ。」

 そんな強制的ではない対応がダルクに行く気持ちにさせてくれました。

 ただ、ダルクに行ってからも何回か薬を使ってしまうことがありました。でもダルクでは再使用を責められることが決してありませんでした。だから、生まれて初めて、薬を使ったことを正直に話すことができました。使ったことを言ってもいい、再使用しても排除されない環境が正直にさせてくれたんだと思います。ダルクで生活を続けることで、次第に止め続けたいという気持ちが湧いてきました。

 色んなご縁があり、気づいたらダルクの施設長になっていました。保護観察所のプログラムのスーパーバイズをすることもありますが、どちらかというと保護観察官は抱え込みすぎなのかなと思います。もっと地域につなげる働き掛けを強めてもらいたいです。私は保護観察官や医師に背中を押され、ダルクと出会いました。大事なのは人との出会いと正直になれる環境かなと自分の人生を振り返ってみて思います。

ウ 大麻等の薬物対策のあり方に関する見直しについて

 我が国における薬物行政については、戦後制定された薬物4法※7を基本として、取締りをはじめとした各種施策が実施されてきたところ、違法薬物の生涯経験率は諸外国と比較して、著しく低くなっているなど、高い成果を挙げてきている。

 しかし、大麻事犯の検挙者数は急増(特1-1-3参照)しており、若年層における大麻乱用や、再犯者率の上昇、大麻リキッドなど人体への影響が高い多様な製品の流通拡大が問題となっている。

 大麻に関する国際的な動向に目を向けると、諸外国においては、大麻から製造された医薬品が市場に流通し、2020年(令和2年)12月に開催された国連麻薬委員会(CND)の会合において、麻薬単一条約上の分類に、大麻の医療上の有用性を認める変更がなされたところである。

 このような大麻に関する我が国社会状況の変化や国際的な動向等を踏まえ、厚生労働省は、今後の薬物対策のあり方を検討するため、2021年(令和3年)に「大麻等の薬物対策のあり方検討会」※8を開催し、同検討会では、「使用」に対する罰則を設けていないことが「大麻を使用してもよい」という誤ったメッセージと受け止められかねない状況となっているとの指摘や、再乱用防止と社会復帰支援の推進については、刑事司法機関、医療・保健・福祉機関、民間支援団体等がより一層連携し、“息の長い”支援を目指すことの重要性が確認された。

 厚生労働省ではこのとりまとめを受けて、大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の改正に向けた議論や、その論点整理等を行うため、2022年(令和4年)3月に厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会の下に大麻規制検討小委員会※9を設置し、大麻規制の見直しについての議論をとりまとめた。

 具体的には、

・若年層を中心に大麻事犯が増加している状況の下、薬物の生涯経験率が低い我が国の特徴を維持・改善していく上でも、大麻の使用禁止を法律上明確にする必要がある

・大麻について使用罪の対象とした場合でも、薬物乱用者に対する回復支援のための対応を推進し、薬物依存症の治療等を含めた再乱用防止や社会復帰支援策も併せて充実させるべきである

といった方向性が示された。

 今後、大麻取締法等の改正に向けて、引き続き必要な検討を進めていく予定である。

(4)今後の展望

刑事司法機関、医療・保健・福祉機関といった各関係機関が、それぞれが行う指導や支援を更に充実させることはもちろんのこと、各関係機関の指導や支援が連続性・一貫性をもって実施される必要がある。そのためには、各関係機関の連携体制を深め、対象者に関する情報の共有が密に行われることが望ましい。また、それぞれの関係機関のみで効果検証を行うのではなく、刑事司法手続やその後の地域社会での指導・支援を合わせて検証を行うことなどを通じ、各関係機関の縦割りを打破し、政府一丸となって薬物事犯者に対する効果的な方策を検討していきたいと考えている。

【再犯防止推進計画等検討会 有識者委員からの講評】 和田清委員(昭和大学薬学部客員教授)

 薬物乱用問題は、一次予防(使わない+使えない環境作り)、二次予防(早期発見、早期介入)、三次予防(社会復帰)という観点から対応することが重要である。わが国の一次予防策の成果は、国際的には、使うこと自体が違法とされる薬物の生涯経験率(これまでに1回でも使ったことのある者の割合)の群を抜く低さに現れている。その一方で、二次予防策の貧困さは認めざるを得ない状況にあった。「刑の一部の執行猶予」制度の導入とそのための施策は、司法領域主導の大改革ではあるが、結果的に、二次予防体制が劇的に改善したと考えている。三次予防については、就労を急ぐあまり再使用に及んでしまう例もあり、そのバランスが難しい。

 ところが、「大麻等の薬物対策のあり方検討会」では、わが国の一次予防策を揺るがしかねない意見が出され、教育・保健・医療・司法領域での混乱が危惧される状況にある。依存性薬物に手を出さなければ薬物依存症には決してならない。逆に、薬物依存症になってしまうと、誰にとっても良いことは一つもない。再犯防止対策の主眼は、二次予防策、三次予防策の検討にあるが、それ以前に再犯予備群が増えては本末転倒である。そうならないためにも、再犯予備軍を生み出さないための一次予防策の再確認・再検討が必要である。

  1. ※1 2年以内再入率:各年の出所受刑者に占める「2年以内再入者数」の割合である。「2年以内再入者数」は、各年の出所受刑者(出所事由が満期釈放又は仮釈放の者)のうち、出所年を1年目として、2年目(翌年)の年末までに、前刑出所後の犯罪により再入所した者の人員である。
  2. ※2 従来1種類だった標準プログラムを①必修プログラム(麻薬、覚醒剤その他の薬物に依存があると認められる者全員に対して実施するもの)、②専門プログラム(より専門的・体系的な指導を受講させる必要性が高いと認められる者に対して実施するもの)、③選択プログラム(必修プログラム又は専門プログラムに加えて補完的な指導を受講させる必要性が高いと認められる者に対して実施するもの)の3種類に複線化したほか、施設内処遇から社会内処遇への一貫性を保つことができるものに指導内容を改訂したもの。
  3. ※3 本調査における再犯とは、前回刑事施設出所後から2年以内にじゃっ起され、実刑判決を受けて再び受刑する結果となった事件のうち、最も犯行日が早い薬物事件を指す。
  4. ※4 調査1の調査対象者:2018年(平成30年)10月から2020年(令和2年)11月までの間に調査対象施設に在所し、専門プログラムの受講の必要性が認められた対象者(439名)を受講群(225名)と比較対照(受講待機)群(214名)に無作為に割り付けたもの。
  5. ※5 新実施体制における調査対象者:2018年(平成30年)11月から2019年(令和元年)5月までの間に調査対象施設から出所した薬物依存離脱指導対象者742名(受講者706名、未受講者36名)
  6. ※6 旧実施体制における調査対象者:2013年(平成25年)に出所した薬物依存離脱指導対象者593名(受講者404名、未受講者189名)
  7. ※7 薬物4法:「覚醒剤取締法」、「大麻取締法」、「あへん法」及び「麻薬及び向精神薬取締法」
  8. ※8 「大麻等の薬物対策のあり方検討会」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syokuhin_436610_00005.html大麻等の薬物対策のあり方検討会のqr

    大麻の「使用」に対する罰則は賛否があり、賛成として、不正な使用の取締りの観点や他の薬物法規との整合性の観点からは、大麻の使用に対し罰則を科さない合理的な理由は見出し難いといった意見、反対として、大麻を使用した者を刑罰により罰することは、大麻を使用した者が一層周囲の者に相談しづらくなり、孤立を深め、スティグマ(偏見)を助長するおそれがあるといった意見などがあった。
  9. ※9 大麻規制検討小委員会
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_25666.html大麻規制検討小委員会のqr