戦後の民事手続法学及び司法制度論を牽引し、
現代の民事司法制度を設計した学者
みかづきあきらは、大正10年(1921)に島根県の浜田町で生まれました。東京帝国大学在学中に学徒出陣により2年間軍隊生活を送り、昭和20年(1945)に復員しました。復員後、東京大学大学院の特別研究生となり、助教授、教授を経て、昭和57年(1982)に60歳で停年退官するまで、民事訴訟法を研究し、代表的著作である『民事訴訟法研究第一巻~第十巻』などを著しました。その後、平成5年(1993)に細川内閣で民間人として法務大臣を務めるなど、亡くなる平成22年(2010)まで、学者としての枠を越え、立法、司法制度・法曹界の改革、国際交流を主導しました。
民事訴訟手続によって確定された権利を実現するための手続については、明治中期に制定された法律が昭和中期まで約70年間、第2次世界大戦後も通用していましたが、昭和54年(1979)、三ケ月主導の下、従来の民事訴訟法中の強制執行篇と競売法に基づく担保権実行を統合した民事執行法が成立し、市民や事業体の権利実現について新たな扉が開かれました。そして、これが起爆剤となったのでしょう、平成元年(1989)、実現されるべき権利を保全するための仮差押えや仮処分を内容とする民事保全法が制定され、平成8年(1996)、民事裁判手続の根幹である民事訴訟法の改正が実現し、これらの全てを通じて三ケ月の指導力が発揮されました。
また、三ケ月は、立法のみならず、司法制度改革や法学教育に力を注ぎました。三ケ月は、時折、「法学教師」と自称することがありました。伝統的な法学者像は、研究に専心し、授業は、その成果を伝えれば足りるというものでしたが、それを根底から覆したのが三ケ月でした。三ケ月の講義を聴講し、「法学入門」を愛読した若者が、昭和、平成期の司法を担う役割を果たしたことは、それを示して余りあるものということができます。そして、三ケ月は、1970、80年代、アジア各国における公正な社会運営の実現にとっては、法制度の整備とその運用を担う法曹の養成が不可欠で、これを支援しなければならないと呼び掛け、法務省をはじめとする官庁や各種団体に協力を得て、法整備支援の組織を整えました。それが現在に至るまで継続していることは、三ケ月の指導力をもって初めて可能になったといえるでしょう。
略歴
- 大正10年(1921年)6月島根県那賀郡浜田町生まれ
- 昭和17年(1942年)3月第一高等学校文科乙類卒業
- 昭和18年(1943年)12月東京帝国大学仮卒業、学徒動員により応召
- 昭和19年(1944年)9月東京帝国大学法学部法律学科卒業
- 昭和20年(1945年)10月復員、東京帝国大学大学院特別研究生
- 昭和24年(1949年)8月法制審議会破産法部会幹事
- 昭和25年(1950年)3月東京大学法学部助教授
- 昭和27年(1952年)2月最高裁判所民事規則制定諮問特別委員会幹事
- 7月法廷等の秩序維持に関する最高裁判所規則制定諮問特別委員会幹事
- 昭和28年(1953年)2月法制審議会民事訴訟法部会幹事
- 昭和34年(1959年)4月東京大学法学部教授
- 昭和37年(1962年)3月法学博士の学位を受ける
- 昭和38年(1963年)12月法制審議会民事訴訟法部会委員
- 同月法制審議会強制執行制度部会委員
- 昭和41年(1966年)1月法制審議会会社更生法部会委員
- 2月司法修習運営諮問委員会委員
- 7月最高裁判所一般規則制定諮問委員会臨時委員
- 昭和46年(1971年)8月法制審議会商法部会委員
- 昭和47年(1972年)5月日本民事訴訟法学会理事長
- 昭和48年(1973年)10月最高裁判所民事規則制定諮問委員会委員
- 昭和51年(1976年)4月東京大学法学部長
- 昭和54年(1979年)9月法制審議会総会委員
- 昭和55年(1980年)2月法制審議会強制執行制度部会部会長
- 6月最高裁判所家庭規則制定諮問委員会委員
- 昭和56年(1981年)12月法制審議会民事訴訟法部会部会長
- 昭和57年(1982年)4月東京大学停年退官
- 5月東京大学名誉教授
- 6月弁護士登録(第一東京弁護士会)
- 昭和61年(1986年)3月法制審議会司法制度部会部会長
- 平成元年(1989年)8月最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員
- 平成2年(1990年)10月法制審議会司法試験制度部会部会長
- 平成3年(1991年)12月日本学士院会員
- 平成4年(1992年)6月法務省特別顧問
- 平成5年(1993年)8月法務大臣
- 平成6年(1994年)5月法制審議会民事訴訟法部会委員
- 同月法制審議会司法制度部会委員
- 同月法制審議会強制執行制度部会委員
- 平成7年(1995年)11月勲一等瑞宝章受章
- 平成17年(2005年)11月文化功労者
- 平成19年(2007年)11月文化勲章受章
- 平成22年(2010年)11月死去