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内外情勢の回顧と展望(平成19年1月)

第2 平成18年の国際情勢

 1 北朝鮮・朝鮮総聯


(1)  ミサイル発射・核実験で緊迫した北朝鮮情勢
  ― 北朝鮮は,自国防衛と体制維持の基本戦略である「核保有国」化に向けミサイル発射・核実験を強行―
  ― 中国は,対北朝鮮制裁決議に賛成し,圧力行使の構えを示すも,6者協議での解決を追求―
  ― ロシアは,「重大な懸念」を表明しながらも,制裁には慎重姿勢―
  ― 韓国は,対北朝鮮宥和政策への非難増大に苦慮するも,対北配慮は継続―


〈北朝鮮がミサイル発射・核実験を強行〉
 北朝鮮は,第4回6者協議の共同声明(2005年〈平成17年〉9月)で,すべての核兵器と既存の核計画の放棄に合意したが,その後,米国の「金融制裁」などを理由に6者協議再開を拒否し,7月5日,「テポドン2」などミサイル7発を発射したのに加え,10月9日には核実験を強行するに至った。
 北朝鮮のこのような行動は,軍部の強い意向を反映して自国防衛と体制維持のためのかねてからの基本戦略である「核保有国」化を追求したものであるとともに,「金融制裁」解除に向けた米朝協議を引き出す狙いがあったとみられる。

〈核問題に対する懸念が国際的に高まる中,北朝鮮が6者協議再開に合意〉
国連安保理での制裁決議採択(共同)  国連安保理は,北朝鮮のミサイル発射に対しては非難決議(7月15日)を,また,核実験に対しては制裁決議(10月14日,次表参照)を,それぞれ中国,ロシアを含む全会一致で採択した。北朝鮮は,これら決議にその都度強く反発し,特に制裁決議に対しては,これを自国に対する「宣戦布告」と決め付け,「同決議を持ち出して,我が方(北朝鮮)の自主権と生存権を侵害しようとするなら,誰であれ容赦なく打撃を加える」などと強調した(10月17日,外務省報道官)。




北朝鮮への制裁に関する国連安保理決議第1718号(要旨)
 北朝鮮の核実験を国際平和と安全に対する明白な脅威と認定
 国連憲章第7章の下に行動し,同章第41条(経済制裁)に基づく措置をとる
 北朝鮮に以下を要求
 ・  更なる核実験や弾道ミサイル発射の中止
 ・  NPT及びIAEA保障措置への復帰
 ・  6者協議の即時無条件復帰と共同声明の迅速な実施
 ・  すべての核兵器と既存の核計画及び大量破壊兵器,弾道ミサイル計画の完全・検証可能・不可逆的な放棄
 ・  上記に関連する全品目の輸出停止
 加盟国に以下を義務付け
 ・  北朝鮮に対する通常兵器とその関連資材,核・ミサイル
 ・  その他大量破壊兵器計画に資する特定品目・技術的な助言・援助の阻止,奢侈品の供給中止
 ・  北朝鮮の核・ミサイル・大量破壊兵器計画に関与・支援している個人や団体の資産凍結
 ・  上記計画に関与・支援している個人やその家族の入国・通過阻止
 加盟国に本決議履行のための必要に応じ,貨物検査を含む協力行動を要請
 北朝鮮の行動を絶えず検討し,必要に応じ強化,調整,停止,解除を見直し
 追加的な措置が必要な場合は,更なる決定を要求


 こうした中,中国は,北朝鮮に厳しい姿勢を示しながらも,関係各国に「冷静な対応」を呼び掛け,6者協議再開を模索しつつ唐家●(王ヘンに旋)国務委員を米国,ロシアに続いて北朝鮮に派遣して,金正日総書記と会談させた(10月19日)。同会談では,6者協議復帰のほか,再度の核実験の自制を要求したとみられる。
 その後,北朝鮮は,北京での米中朝6者協議首席代表の非公式協議(同31日)に応じ,「6者協議の枠内で朝米間で金融制裁解除問題を論議,解決するとの前提で協議に出ることにした」と表明した(11月1日)。
 核実験後のこの時期に北朝鮮が同協議復帰に応じた背景には,「金融制裁解除」という当面の狙いに加え,同協議の中で「核保有国」としての国際的認知を取り付けようとの思惑のほか,ミサイル発射や核実験により関係国からの食糧支援などが減少する中,安保理制裁決議に示された各国の強い非難をかわし,中国,ロシア,韓国などからの支援獲得などを期待した可能性もある。

〈中国,ロシア,韓国は,情勢不安定化阻止を優先の姿勢〉
 中国は,1993~94年(平成5~6年)にかけての北朝鮮核問題発生時も含め,北朝鮮の不安定化,ひいては北東アジアの不安定化を招くとして,これまで一貫して対北朝鮮制裁に反対し,基本的に北朝鮮擁護の立場に立ってきたが,今般,北朝鮮が自制勧告を聞き入れず,ミサイル発射にとどまらず核実験まで強行したことに強く憤り,厳しい姿勢を示した。特に,核実験実施後は,外交部が即日非難声明を発表したのに続き,胡錦濤国家主席自らも「国際社会の強烈な反応を知らしめる必要がある」と非難し(10月17日),さらに,安保理に提出された対北朝鮮制裁決議案に対しても賛成した上,北朝鮮に対する圧力ともとれる各種の措置を講じるなど,従前の中朝関係では考えられなかった厳しい対応を行った。その背景には,中国の北朝鮮擁護姿勢の変化の可能性を北朝鮮に知らしめ,北朝鮮の更なる危険行動を抑止すると同時に,6者協議の枠組維持と議長国としての影響力保持の意図があったものとみられる。
 ロシアは,北朝鮮のミサイル発射・核実験に対し,重大な懸念を表明して,北朝鮮を非難しながらも,武力行使につながるような制裁決議には慎重な姿勢を示した。
 韓国は,北朝鮮のミサイル発射・核実験を非難するとともに,ミサイル発射後に北朝鮮へのコメ・肥料の支援を凍結したが,対北朝鮮宥和政策の象徴ともいえる金剛山観光事業や開城工業団地事業については,国内外の批判が高まる中でもそれを継続し,米国が求めていた拡散に対する安全保障構想(PSI)への正式参加も見送るなど,北朝鮮の反発回避に努めた。

〈北朝鮮は核を保有した「強盛大国」を目指し様々な駆け引きを展開か〉
 北朝鮮は,米国の中間選挙(11月)後の対北朝鮮政策を注視しつつ,6者協議の枠組みを最大限に活用しながら,引き続き「金融制裁」解除に向けた米国の譲歩引き出しに努めるとともに,「核保有国」としての国際的認知と関係国からの経済支援を獲得し,核を保有した「強盛大国」となることを目指していくものとみられる。また,今後,6者協議や「金融制裁」問題が自国の意図どおり進展しないなどの場合には,再び強硬な対応に出る可能性も否定できない。
 中国は,米中朝の6者協議再開合意を受け,米朝双方の譲歩による解決を志向し,北朝鮮に対し支援と圧力を織り交ぜた働き掛けや調整を行うであろう。しかし,北東アジアの不安定化及びその自国への悪影響回避の思惑から,北朝鮮の体制崩壊を招くような厳しい圧力行使には,当面,慎重な姿勢を崩さないものとみられる。
 ロシアは,北朝鮮に対して更なる核実験の自制と核兵器不拡散条約(NPT)への復帰を働き掛けるとともに,米国を牽制しつつ同地域における存在感を維持するため,6者協議をベースとした外交交渉による解決を求めていくとみられる。
 韓国は,日米との協調維持に一定の配慮を払いつつも,北朝鮮への強硬な圧力には反対し,核実験後,中断状態にある南北対話の再開を模索していくものとみられる。

(2)    「不安定化」要因の増大が続く北朝鮮の国内事情
  ― 経済の低迷を背景に,貧富格差,外部情報流入などが深刻化―
  ― 当局は規律引締めに腐心するも,奏功せず―


 北朝鮮では,かねて,①金正日総書記の権威,②住民間の「経済的平等」,③軍・治安機関の強権支配,④厳格な情報統制,などが体制の支柱となってきたところ,「経済改革」導入を背景に,近年,拝金主義のまん延,貧富格差拡大や規律弛緩の深刻化,外部情報の流入増大など体制の安定に影響を及ぼす要因が更に増大しつつある。

〈制裁・外部支援減少などで更なる経済困難,経済格差が拡大〉
 北朝鮮経済は,「改革」開始から4年を迎えたものの,エネルギー・電力や原材料の不足,産業設備の老朽化などにより,国内の基本的な生産活動は依然として低調なままとなっている。
 また,対外経済面でも,米国の「金融制裁」以降,諸外国の金融機関に北朝鮮関連の取引を控える傾向が広がったことによって,様々な障害が生じているほか,北朝鮮にとって重要な外貨獲得源と指摘される紙幣偽造や違法薬物の製造・密売などの不法経済活動も,国際社会の関心の高まりとともに困難さを増しているとみられる。
 さらに,食糧供給面でも,2005年(平成17年)秋に修復の試みがなされた食糧配給は,平壌の一部を除き再び中断していると伝えられる上,7月の豪雨被害や中国からの穀物輸入の減少及びミサイル発射を理由とする韓国のコメ支援凍結など国際社会からの支援削減によって,基本的な需要を満たすのも困難な状況に陥ったとみられる。
 このような経済困難を背景に,一般労働者の給与水準は低迷を続ける一方,穀物などの市場価格の上昇が続いており,党・政府・軍の幹部などの一部富裕層と一般住民との間の貧富格差は一層拡大し,かつての住民間の「経済的な平等」は,ほとんど有名無実化したといえる。
 また,一般の党・政府機関のみならず,軍・治安機関などにおいても,拝金主義的風潮がまん延し,その結果,軍・治安機関の強権支配も,かつてほどには有効に働かなくなっていると考えられる。

〈外部情報の流入阻止に努めるも,取締当局の腐敗などで奏功せず〉
軍高官らに指示を出す金正日総書記(朝鮮通信=共同)  北朝鮮では,近年,中朝・南北間などの交流が活発化する中,中国や韓国の映画や音楽のビデオ,CDなどが流入し,住民への浸透が拡大している。これに対し,当局は,それら現象を北朝鮮体制崩壊を目指した「帝国主義反動らの思想文化的浸透策動」とみなし,年頭から専門機関を設置して重点的な取締りを実施し,住民の服装や髪型などに至るまで統制を強化した。
 しかし,このような取組にもかかわらず,取締りに当たる軍・治安当局者自身が賄賂によって違反を見逃すなどの規律弛緩もあって,情報統制の実効性は上がっていないとみられる。

〈「不安定化」要因が引き続き増大する中,更に軍への依存を強化か〉
 金正日総書記の権威についても,かねてから,経済困難の深刻化や外部情報流入などにより,その低下が伝えられており,前述のような様々な「不安定化」要因の増大により,その傾向が拡大する可能性があろう。
 北朝鮮指導部は,そのような状況下で,引き続き,軍などの力を背景とした強権的な支配によって体制の存続に努めるとみられるが,近時,内外重要施策に対する軍部の影響力が増大しているとも伝えられており,金正日体制の今後の動向には,特段の注目が必要である。

コラム
北朝鮮による不法経済活動

 北朝鮮については,かねて紙幣偽造や違法薬物,偽タバコなどの製造・密売への関与が指摘されている。これら不法経済活動がもたらす収益は年間5億ドルに上るとされ,同国指導部の秘密資金や核開発の原資としても利用されているといわれる。北朝鮮のこれら活動については,以下のような指摘がある。

<紙幣偽造>
 1980年代以降,「スーパーノート」と呼ばれる極めて精巧な偽ドル札を製造しており,年間収益は1,500万ドルから2,000万ドル。これまでに,世界各国で約5,000万ドル分を回収。

<違法薬物>
 国家を挙げてヘロインや覚せい剤などを製造しており,年間収益は1億ドル以上。これら違法薬物の密売には,外交官らも動員されており,1976年以降,20か国で50人以上の北朝鮮外交官らが麻薬所持・密売容疑で逮捕。

<偽タバコ>
 「マイルドセブン」や「マールボロ」など,海外の有名ブランドタバコを大量に偽造,年間収益は数億ドル。偽タバコ取引は,市場及び利幅が大きいことから,北朝鮮の軍・治安機関が海外の犯罪組織と協力するなどして広く密売。

主な出典: 米財務省レポート「海外における米国通貨の使用と偽造」(2006年9月)
米議会調査局レポート「有害薬物の流通と北朝鮮」(2005年3月)など


(3)    北朝鮮の核実験などにより,日朝関係が更に悪化
  ― 日朝包括並行協議を実施するも,強硬姿勢を崩さず―
  ― 拉致問題非難の国際的拡大を強く警戒,世論の沈静化を企図―
  ― 我が国の対北朝鮮措置に強く反発,安倍政権を非難―


〈「拉致問題は解決済み」の姿勢を固持,日朝包括並行協議も物別れ〉
 北朝鮮は,2005年(平成17年)12月,我が国政府提案の○拉致問題,○国交正常化問題,○核・ミサイルなど安全保障問題,の3分野並行協議方式を受け入れ,日朝包括並行協議(2月,北京)が開催された。
 しかし,北朝鮮は,拉致問題に関して「解決済み」との立場に固執し,我が国側が求めた①生存者の帰国,②真相究明,③拉致実行犯の引き渡し,には前向きに回答せず,協議は平行線をたどった。また,国交正常化問題でも,日朝平壌宣言で言及された経済協力に加え,「強制連行」問題などへの「補償」を別途要求した。さらに,安全保障問題でも,日朝平壌宣言に明記されたミサイル発射モラトリアムの「無効」を示唆するなど,強硬な姿勢を崩さず,いずれの分野でも実質的な進展なく終了した。

〈金英男氏の対マスコミ会見で拉致問題の幕引きを狙う〉
ブッシュ大統領と面会する横田めぐみさんの家族(代表撮影・共同)  北朝鮮は,韓国人拉致被害者・金英男氏が横田めぐみさんの夫である可能性が高いとする我が国のDNA鑑定結果発表(4月)後,日韓の拉致被害者家族らによる連携強化に向けた動きが活発化したり,ブッシュ大統領がめぐみさんの母・横田早紀江さんと面会する(4月)など,拉致問題に関する北朝鮮非難の声が国際的な広がりを見せたことに強い警戒心を示し,「拉致問題を国際化し,共和国を孤立化させようとしている」などとの非難を繰り返した。
 こうした中,北朝鮮は,金英男氏に,日韓のマスコミと会見させた上,自らが拉致された事実を否定させ,めぐみさんが「死亡」した旨を発言させた。このような動きは,めぐみさんの「死亡」を印象付けることで,日韓両国における拉致問題非難世論の沈静化と同問題の幕引きを狙ったものとみられる。
 また,北朝鮮は,国連人権理事会(6月)で,「朝日間で未解決なのは拉致問題ではなく,強制連行などの問題」と主張したほか,北朝鮮が主導する「日本の過去の清算を要求する国際連帯協議会」第4回大会(8月,マニラ)で,我が国の「過去清算」早期履行を求める国際的反日包囲網の形成を呼び掛けるなど,拉致問題のわい小化と多額の「補償」獲得を狙った動きをみせた。

〈安倍政権への強硬姿勢を堅持しつつ,各界への働き掛けを強化〉
 北朝鮮は,ミサイル発射(7月)や核実験(10月)後も,「朝日平壌宣言は有効」との認識を示す一方,我が国の一連の対北朝鮮措置(次表参照)を「朝日平壌宣言違反」と決め付け,「必ず対抗措置を講じる」などと強硬姿勢を示している。
 また,安倍政権に対しては,当初は,同政権の出方を見極める姿勢をみせ,激しい非難は控えていたものの,同政権の拉致問題への取組強化や北朝鮮の核実験などへの対応に強く反発し,我が国の6者協議への参加に反対するなど,同政権への非難を強めている。
 北朝鮮は,今後も,朝鮮総聯などを介し,我が国政財界,マスコミ,親朝団体関係者らに対し,我が国世論の転換に向けた働き掛けを強め,さらに,内外情勢の展開によっては,対日姿勢をより硬化させることも考えられ,各種の不法有害活動の可能性も含め,その動向には警戒を要しよう。

我が国政府の主な対北朝鮮措置
ミサイル発射に対する措置
(7月5日発表・実施)
「万景峰92」の入港禁止
北朝鮮当局職員の入国の原則禁止
北朝鮮を渡航先とする在日北朝鮮当局職員の再入国の原則禁止
我が国国家公務員の北朝鮮向け渡航の原則見合わせ
国連安保理決議第1695号に基づく措置
(9月19日発表・実施)
北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器開発と関係する疑いの強い15団体・1個人への資金移転阻止(支払い・資本取引規制)
核実験実施表明に対する措置
(10月11日発表)
北朝鮮籍を有する者の入国の原則禁止(即日実施)
すべての北朝鮮籍船の入港禁止(10月14日実施)
北朝鮮からのすべての品目の輸入禁止(〃)
国連安保理決議第1718号に基づく措置
(11月14日発表)
北朝鮮への「奢侈品」(乗用車,酒類,たばこ等24品目)の輸出禁止(11月15日実施)


(4)    「友好」から一転,相互不信と対立を深めた中朝関係
  ― 金正日訪中では「友好関係」をアピールするも,中国は,北朝鮮のミサイル発射・核実験を強く非難,立場の相違が顕在化―
  ― 両国は,相互不信の中,関係維持を模索か―


〈年初の金正日訪中で,互いに友好姿勢をアピール〉
 中国は,第4回6者協議共同声明の採択が,北東アジアの安定と朝鮮半島の非核化をもたらし得る大きな成果と捉え,採択後時を経ずして,胡錦濤国家主席が同職就任後初めて北朝鮮を訪問した(2005年〈平成17年〉10月)。北朝鮮側もこれに答礼する形で,1月に金正日総書記が訪中,中国の「改革・開放」政策を称賛し,北朝鮮の経済発展に向けた中国との経済交流推進の意欲を表明するなど国際社会に両国の「友好・協力」ムードを印象付けた。
 中朝間では,このような友好ムードを背景に,各種の経済活動が引き続き活発に展開され,貿易規模も過去最高に達した2005年(平成17年)の水準を維持した。ただ,北朝鮮側には,重要な港や鉱山資源などに対する中国の関与が強まることをめぐって,中国の経済圏に組み込まれるとの懸念もうかがわれた。

〈北朝鮮の核実験で中朝関係に亀裂〉
 北朝鮮は,米国が科した「金融制裁(2005年〈平成17年〉9月)」に強く反発し,これを理由に6者協議への復帰を拒み続けた上,中国の自制勧告を無視して7月にミサイルを発射し,さらに,10月には核実験の挙に出た。
 これに対し中国は,強い憤りをあえて表明するとともに,更なる核実験の実施など危険な行動の抑止を目指して,安保理での制裁決議に賛成し,中朝国境地帯における警戒を強化した。その一方,北朝鮮の制御不能化や危険な「核保有国」化を危惧し,その回避のため,「人道的支援」などと称して食糧・エネルギーなどの経済支援継続の姿勢を示すとともに,唐家●(王ヘンに旋)国務委員を訪朝させるなど事態の沈静化に努め,北朝鮮に6者協議復帰を強く働き掛けた。中国のこの働き掛けの後,北朝鮮は,北京での米中朝6者協議首席代表の非公式協議に応じ(10月),6者協議復帰の意向を表明した。さらに,中国は,北朝鮮の6者協議早期復帰に向け,安保理の制裁決議を「真剣に履行する」(11月19日,胡錦濤主席)ことを表明するなど,支援と圧力を織り交ぜた対応姿勢をとった。
 両国がこのような駆け引きを続ける背景には,北朝鮮にとって,経済・外交など各分野における中国の支援が体制存続のため不可欠であり,また,中国にとっても,過度な対北朝鮮圧力によって北朝鮮の体制崩壊や騒乱が生じた場合,自国の経済建設や安定維持に深刻な影響を及ぼしかねないとの事情が存在する。

〈中朝は相互不信の中,今後も関係維持にも腐心か〉
 中国は,今後とも,北東アジアの安定を最優先する立場から,性急・過度な圧力に反対しつつ,北朝鮮とのパイプの維持及び北朝鮮への支援と圧力の使い分けや対米説得などにより,6者協議の枠組み維持に努めるであろう。また,その上で,北朝鮮の「核保有国」化の企図や同国の体制の将来あるいは国外からの圧力が北朝鮮国内に与える影響などについて,様々な対応策や可能性を慎重に検討しながら,その制御不能化を抑止しつつ安定の確保を図っていくものとみられる。
 一方,北朝鮮は,このような中国の思惑を承知し,また,その対応に不満を抱きつつも,体制の存続に不可欠な支援獲得の必要性から,中国との関係維持に一定の配慮を払わざるを得ないであろう。しかし,中国からの各種働き掛けや情報流入,安保理決議などにみられた対北朝鮮政策をめぐる米中の「協調」など新たな事態に対しては,金正日体制の安定や「外交の自主性」を危うくするものとみて,厳しく警戒・対応していくものとみられる。

(5)    北朝鮮のミサイル・核問題で迷走する南北関係
  ― 北朝鮮は,「拉北者」問題などで当局間対話に前向きな姿勢を示すも,ミサイル発射以降の韓国の対応に反発,対話を中断―
  ― 盧武鉉政権は,批判が強まる対北朝鮮宥和政策の基調維持に苦心―


〈北朝鮮は,「拉北者」問題などで柔軟姿勢を示し,韓国から実利獲得を企図〉
 北朝鮮は,韓国に対し,6.15南北共同宣言5周年(2005年〈平成17年〉)などで醸成された友好ムードの継続・深化を目指して,「我が民族同士」,「民族共助」など民族感情に訴えるスローガンの下,韓国内に「反保守大連合」の結成を呼び掛けるなどの働き掛けを続けた。
 また,韓国国民間に関心の高い「拉北者」(韓国人拉致被害者)問題に関しては,第7回南北赤十字会談(2月,金剛山)で,それまでの「存在せず」との立場を改め,「朝鮮戦争時期以降の行方不明者」との表現で,その生死確認問題などの協議に応じる姿勢をみせたのに続き,第18回南北閣僚級会談(4月,平壌)の共同報道文では,同問題の実質的解決に向けた協力に言及した。また,我が国のDNA鑑定により拉致被害者・横田めぐみさんの夫の可能性の高い「拉北者」金英男氏については,南北離散家族再会事業で,同人を韓国在住の母親らと対面させた(6月,金剛山)。「拉北者」問題をめぐる北朝鮮のこのような対応は,韓国側から同問題と引き換えに大規模経済支援を獲得する狙いがあったものとみられる。

〈ミサイル発射後,南北関係は冷却化。盧武鉉政権は宥和政策の維持に苦心〉
 北朝鮮は,第19回南北閣僚級会談(7月,釜山)において,韓国側がその直前に行われた北朝鮮のミサイル発射に遺憾の意を表明し,コメ・肥料の支援を凍結したことに強く反発し,協議を中断,帰国した。加えて,韓国側に対し,「北南間に人道問題は事実上存在しなくなった」(7月,朝鮮赤十字会委員長)と主張,南北離散家族再会事業の中止を一方的に通告し,南北間の政府間対話及び人道的事業の門を閉ざすに至った。
 また,核実験を受けた安保理での対北朝鮮制裁決議採択後は,韓国の拡散に対する安全保障構想(PSI)参加の動きや金剛山観光事業の見直しを牽制する各種声明・談話を繰り返し発表するとともに,北朝鮮との交流に積極的な民主労働党や複数の民間団体代表団の訪朝を受け入れるなどして,韓国の対北朝鮮宥和政策の維持を働き掛けた。
 一方,韓国内では,北朝鮮のミサイル発射・核実験を受けて宥和政策に対する非難世論が高まり,大統領の支持率も就任以来初めて10%台に低下した。これに対し,盧武鉉政権は,核実験直後に大統領自ら宥和政策見直しの可能性に言及したものの,その後は,金剛山観光事業と開城工業団地事業について,「朝鮮半島の平和と安全の象徴であり,北朝鮮に市場経済の経験を伝え,開放に導く重要な役割を負っている」(11月6日,施政方針演説)との理由付けの下,基本的に継続する方針を決定したほか,米国が求めていたPSIへの正式参加も見送るなど,宥和政策の基調維持に努めた。
 このような中,韓国では,北朝鮮の指令を受け同国政界に対する働き掛けなどを実行してきたとされる工作員グループが摘発され(10月),社会に大きな波紋を及ぼした。

〈韓国大統領選挙を視野に,今後,北朝鮮が対韓働き掛けを強める可能性も〉
 2007年(平成19年)12月に予定されている韓国大統領選挙では,盧武鉉政権の対北朝鮮宥和路線の継続の是非が争点となり,その結果は,北東アジア情勢に大きな影響を与えるものとして注目されるところ,現政権側は,同選挙での勝利を目指し,南北首脳会談開催を模索しているとも伝えられており,その動向が注目される。
 北朝鮮は,韓国のこのような状況を注視しながら,野党ハンナラ党を始めとする保守勢力に対する非難を強めるとともに,反保守勢力の団結を呼び掛けるなどして,宥和路線支持勢力の基盤拡大,同勢力による政権維持に向け,公然・非公然両面からの働き掛けを強めていくものとみられる。
(6)    逆風の中で組織の結束・統制強化に努める朝鮮総聯
  ― 北朝鮮のミサイル発射・核実験を正当化,「日本当局による弾圧との闘争」を強調して「組織死守のための総決起」を呼び掛け―


〈活動家・会員の北朝鮮への反発・動揺が増大,組織力が一層減退〉
 朝鮮総聯は,2002年(平成14年)の金正日総書記による日本人拉致自認以降顕著になった組織力(勢力,資金調達力)の減退傾向に歯止めを掛けるべく,近年,在日朝鮮人の組織への結集や思想教育の強化に取り組んできた。こうした中で行われた北朝鮮のミサイル発射(7月)や核実験(10月)は,朝鮮総聯の組織と活動に更なる打撃を与えた。
 この結果,一般会員から幹部活動家に至るまで北朝鮮に対する反発が増大し,組織離脱者の増加傾向が顕著になり,会員が朝鮮人学校への子女の入学勧誘を拒否する事例や商工人からの賛助金減少により財政が悪化した組織も見られた。また,北朝鮮の水害救援のための募金活動で,会員の募金拠出の拒否や活動家の募金取組忌避の事例がみられるなど,活動面での低調傾向もうかがわれた。さらに,ミサイル発射に伴う我が国政府の対北朝鮮措置によって,「祖国と同胞を結ぶ象徴的存在」としてきた貨客船「万景峰92」の入港が禁止されたことは,北朝鮮への活動家派遣や物資送付などへの支障にとどまらず,多くの活動家・会員に動揺をもたらした。

〈ミサイル発射・核実験の「正当性」を強調,組織引締めを図る〉
 朝鮮総聯中央は,こうした状況に強い危機感を抱き,8月以降,中央幹部の地方指導を繰り返したほか,緊急学習会を全国で開催するなど,組織の動揺防止と引締めを図った。
 これら活動では,「ミサイル発射は当然の権利としての自衛的軍事訓練」,「核実験は米国の対朝鮮圧殺策動への対抗措置」などと主張してミサイル発射・核実験を正当化し,理解を訴えた。
 また,朝鮮総聯を取り巻く情勢について,これまでになく厳しいとした上で,組織防衛のためには,金正日総書記への忠誠心の堅持と,「万景峰92」入港禁止反対活動など対朝鮮総聯「圧力」との闘争が必要である旨を強調した。とりわけ,我が国政府による一連の対北朝鮮措置に対しては,朝鮮総聯施設に対する固定資産税減免見直しなどの動きとあわせて,「日本当局によるかつてない悪らつな朝鮮総聯破壊策動・政治的弾圧」と決め付け,「糾弾し,撤回させるための敵との闘争」と称して措置撤回活動への決起を促し,組織内の士気高揚・団結強化を図った。

〈対北朝鮮措置撤回を求める宣伝活動を活発化〉
 朝鮮総聯は,ミサイル発射後,対北朝鮮措置に反発を示しつつも,厳しい対北朝鮮世論に配慮し,我が国政府を非難する活動を自制していた。しかし,北朝鮮が6者協議への復帰の意向を表明した(11月1日)のを機に,「6者協議再開発表などで情勢は好転」との認識の下,「祖国と足並みを揃え,組織死守のため総決起する」との方針に基づき,抗議・要請活動を活発化させた。これら活動では,対北朝鮮措置や固定資産税減免見直しなどを「在日朝鮮人の権益と人権を侵害する暴挙」と主張して,異例の国会前での座込みや全国主要都市での街頭宣伝を実施したほか,地方活動家に地元選出国会議員への支援要請を行わせた。また,在日外国人記者や国際機関へのアピールなども実施した。

〈第21回全体大会に向け結束強化を企図〉
 朝鮮総聯は,活動家・会員の北朝鮮への不満が根強い中,2007年(平成19年)5月に開催する第21回全体大会までの間,「6か月運動」と称して,「万景峰92」入港禁止反対活動など諸般の活動を集中的に展開し,同運動を軸に組織の結束強化を図るものとみられる。特に,対北朝鮮措置を「人権侵害」と殊更アピールすることで,我が国の厳しい対北朝鮮世論の転換にもつなげるよう努めるであろう。

コラム
朝鮮総聯・韓国民団の「和合」とその破綻

 朝鮮総聯と韓国民団は,初のトップ会談を行い,両団体の「和合」をうたった「共同声明」を発表したが,北朝鮮のミサイル発射を契機に「和合」は破綻。
 その背景には,日本社会との共生を志向する民団と,金正日総書記への忠誠を貫き,ミサイル発射も正当化する総聯との体質の違いが存在。

4.11 河丙鈺民団団長の訪韓時,盧武鉉大統領が在日同胞の和合に賛同
5.17 徐萬述総聯議長と河丙鈺民団団長が会談。6項目の「共同声明」発表
  (以後,民団内部で「和合」反対,声明撤回要求が拡大,組織が混乱)
7. 6 民団中央が北朝鮮のミサイル発射を理由に同声明の白紙撤回を表明
8.22 河丙鈺団長が辞任
9.21 民団第50回臨時中央大会で「和合」に消極的な鄭進が団長に就任



 2 中国


(1)    胡錦濤国家主席,政権基盤の強化を図りつつ,「和諧社会」実現を指向
  ― 「和諧社会」構築を目指すも社会・経済問題は深刻化―
  ― 腐敗対策強化を盾に上海市党委書記らを処分し,権力基盤を強化―


〈胡錦濤政権の重要指針として「和諧社会」の構築を提示〉
天安門広場に掲げられた「和諧社会」スローガン(共同)  胡錦濤政権は,社会を不安定化させる国内の貧富格差や汚職・腐敗などが深刻化する中,3月開催の第10期全国人民代表大会(全人代)第4回会議では,高度経済成長に伴う貧富の格差拡大や環境汚染及び幹部の腐敗などの諸問題を解決し,「都市と農村の発展の調和」,「人と自然の調和」など「和諧社会(調和のとれた社会)」構築に取り組む姿勢を示した。
 10月開催の中国共産党第16期中央委員会第6回全体会議(6中全会)では,2020年(平成32年)までの中・長期的な国家運営の重要指針として,「和諧社会」の構築を前面に掲げた(コラム参照)。

〈社会の不安定化要因となる汚職・腐敗の取締りを本格化〉
 胡錦濤政権は,一部の企業家や官僚らによる汚職・腐敗問題が「和諧社会」構築の阻害要因であり,これに対する民衆の不満が社会の不安定化要因となりかねないことから,汚職・腐敗対策の強化に取り組んだ。
 3月には,拝金主義や極端な個人主義で低下した党員らの道徳観の立て直しを図るキャンペーンを実施,6月には,汚職対策の一環として刑法を改正するなど,反腐敗姿勢を明確化した上で,劉志華北京市副市長(6月),李宝金天津市検察長(8月)など腐敗幹部の摘発に着手し,9月には,上海市の陳良宇党委書記を「重大な規律違反問題」を理由に解任するなど,汚職・腐敗取締りを本格化した。

コラム

6中全会で示された胡錦濤国家主席の提唱する「和諧社会」構築の目標
当面の主な目標 「和諧社会」構築のための2020年までの主な目標
○積極的な雇用政策
○医療衛生サービスの強化
○治安対策と国防建設の強化
○収入分配制度の整備 など
○社会主義民主法制の整備,法に基づく国家統治
○地域間の経済格差是正
○社会管理体系の整備,良好な社会秩序構築
○社会保障体系の確立    など


〈胡錦濤国家主席による政権掌握が進展〉
 胡錦濤国家主席は,自らの出身母体である共産主義青年団出身者の地方党・政府幹部への登用など,人事を通じた政権基盤強化に努めた。また,前記の上海市トップである陳良宇書記の解任は,党中央の経済政策に異を唱え,中央と対立した江沢民派の弱体化による胡錦濤政権の基盤強化を目指す動きとして注目された。さらに,胡錦濤主席は,3月開催の全人代で自ら唱道する「科学的発展観」を国防と軍事力を強化する上での重要な指導指針と位置付け,学習活動を通じて軍内部での胡錦濤色の浸透に努めるとともに,軍の人事を通じてその掌握を図った。

〈中国の軍事力強化に対する警戒感は払拭されず〉
 中国の国防予算は10年で約3.5倍に増加し,世界一の通常兵器輸入国となる一方,新型ミサイルなどの開発,新鋭の潜水艦や戦闘機の導入などによる装備の拡充・ハイテク化を図っている。このような軍事力の強化や公表されている国防予算が実際とはかい離しているとの指摘もあって,その不透明さなどに対する国際社会の警戒感は依然として払拭されていない。

〈経済規模拡大の一方,出稼ぎ農民問題が新たな社会の不安定化要因に〉
 経済面では,中国は,活発な輸出による貿易黒字と外国からの直接投資により外貨準備高世界一となったが,外国企業の買収や資源獲得のための活発な動きなどが外国との摩擦を引き起こした。なかでも,国際的批判を浴びた知的財産権問題では,法整備などを進めたものの,外国製品のコピー商品のはん濫は依然続いており,取締りは十分な効果を上げていない。
 胡錦濤政権は,おう盛な不動産投資による乱開発や過剰投資による不動産バブル崩壊などへの懸念が指摘される中,経済の持続的安定成長のためにマクロコントロール強化の方針を打ち出し,3月開催の全人代で採択した「第11次5か年計画」(2006~2010年〈平成18~22年〉)の中でも,年間のGDP成長率を7.5%に抑える目標値を設定したが,1~9月期の成長率は10.7%で,同目標値は早くも黄色信号が灯る状況となった。失業率についても,依然として高い水準で推移している。
 また,都市部と農村部の所得格差拡大を背景に,都市部への出稼ぎ農民は2億人を超え,これら出稼ぎ農民は,所得格差に加え医療・年金・教育など公共サービスを享受できないことへの不満を強め,これが新たな社会の不安定化要因として浮上した。

〈集団抗議事件は過激化,爆発物・銃器は拡散〉
 胡錦濤政権は,体制の不安定化要因である農民や労働者による集団抗議事件の解決に取り組んでいるが,2005年(平成17年)の発生件数は約8万7,000件となり,依然増加傾向にある。集団抗議事件では,退役軍人や教職員などが参加しての組織化や爆発物を使用した過激化がみられたほか,河川流域の環境汚染被害や貧困者への診療拒否などをめぐる暴動が発生するなど,その発生原因の広がりもみられた。
 また,年々増大する社会不満を背景に,大量の爆発物・銃器が社会に拡散する傾向がみられ,乗合バスやインターネットカフェ爆破事件などが発生した。胡錦濤政権は,爆発物・銃器のまん延が国内治安を乱すだけでなく,2008年(平成20年)北京オリンピックなどを控え,国際社会からの信頼を損ないかねないとして,集中的な摘発活動を展開した。特に,爆発物については,無差別テロを可能にするとして,その原料の生産・流通を厳格に監督管理する法令の施行など,その対策に乗り出した。

〈政権安定維持のため国内外メディアに対する情報統制を強化〉
 胡錦濤政権は,民衆の不満緩和に取り組む一方,不満を背景とした反政府運動の拡大や組織化などについては,報道やインターネットにおける情報統制を一層強化した。
 具体的には,1月に自国の歴史教科書批判の論文を掲載した「氷点週刊」を停刊処分としたのを皮切りに,外国通信社の配信記事への国営新華通信社による許可,審査を義務付けた(9月)ほか,インターネット関連企業に対し政府批判につながる言葉での検索を制限するよう求めたと指摘されるなど,情報を統制する動きを強めた。

〈「和諧社会」構築に取り組むも,格差問題など難問が山積〉
 胡錦濤政権は,2007年(平成19年)開催予定の第17回党大会において,体制固めのため党指導部人事の刷新を図るとともに,党大会の「政治報告」の中に「和諧社会」の構築を重要指針として盛り込むものとみられる。
 このうち,「和諧社会」の構築に向けては,当面,所得格差,失業,環境汚染など目前に山積する各種難題の解決に取り組むものとみられるが,これらはいずれも構造的な問題であり,即効性のある対策を打ち出すことは容易でなく,なお相当の紆余曲折が予想される。
 また,国際社会が関心を示している中国の民主化や人権問題については,経済・社会問題への取組が優先され,早急な進展は困難とみられる。

コラム

6中全会で示された胡錦濤国家主席の提唱する「和諧社会」構築の目標
当面の主な目標 「和諧社会」構築のための2020年までの主な目標
○積極的な雇用政策
○医療衛生サービスの強化
○治安対策と国防建設の強化
○収入分配制度の整備 など
○社会主義民主法制の整備,法に基づく国家統治
○地域間の経済格差是正
○社会管理体系の整備,良好な社会秩序構築
○社会保障体系の確立    など


〈胡錦濤国家主席の米国公式訪問などを通じ,安定した国際環境整備を企図〉
 胡錦濤政権は,「第11次5か年計画」(2006~2010年〈平成18~22年〉)期を「改革・発展の正念場」(1月)と位置付け,資源確保など自国の経済建設に必要な安定した国際環境の整備を目指して外交を展開した。
 対米関係では,胡錦濤国家主席が,4月,米国を公式訪問し,ブッシュ大統領との会談で,「中米両国の戦略的協力関係の全面的推進」を強調した。7月には,中国軍制服組トップの郭伯雄中央軍事委員会副主席も,就任後初めて訪米し,これを契機に両国海軍は,9月,初の海上通信・機動合同演習を実施した。経済面では,9月,「米中戦略経済対話」の創設で合意し,米国内に根強く存在する対中貿易赤字に対する不満の払拭にも努めた。
 同時に,中国は,周辺地域における安定的な安全保障環境の整備を進めた。曹剛川国防部長は,4月,北朝鮮,ベトナム,マレーシア,シンガポール,韓国の5か国を歴訪し,インドとの関係では,5月に,ムカジー国防相の訪中を招請して防衛協力に関する覚書を締結したほか,11月には,胡錦濤主席が訪印し,経済,防衛交流の強化などをうたった共同宣言を発表した。
 さらに,東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係でも,10月,ASEAN全10か国首脳を初めて一度に招請し,首脳会議を開催するなど,結束を図った。

〈資源と輸出市場の確保を追求,アフリカなどとの経済・軍事協力を強化〉
 一方,中国は,米国が「ならず者国家」に指定する国を含む発展途上国に対し,内政不干渉を強調して米国との違いを際立たせつつ,資金や技術などを積極的に供与し,その見返りとして,自国の経済建設を支えるエネルギー資源や,中国製品の輸出市場を確保する実利重視の動きを強めた。
 特に,アフリカ諸国との関係では,1月,「対アフリカ政策文書」を発表し,投資,インフラ整備のほか,軍事要員の育成など,広範な分野で協力を強化する方針を示した。この方針の下,胡錦濤主席(4月),温家宝総理(6月)が,アフリカの計10か国を歴訪し,滞在中,油田の優先開発権取得(ナイジェリア)などの各種政府間取決めに調印した。さらに,中国は,11月,北京にアフリカ48か国の首脳らを招請して「第1回中国・アフリカ協力フォーラム首脳会議」を主催し,アフリカ諸国に対する影響力の拡大を図った。

〈多国間首脳外交を通じて対米牽制にも注力〉
 中国は,上海協力機構(中国,ロシア及び中央アジア4か国で構成。SCO)などの多国間首脳外交を通じて,対米牽制にも力を注いだ。6月,上海で調印されたSCO5周年宣言は,「政治・社会体制,価値観の違いを内政干渉の口実にすべきでない」,「加盟国は,自国の領土を利用してその他の加盟国の主権,安全を損なうことを許さない」などと,名指しを避けながらも,中央アジア地域に対する米国の政治・軍事的介入を牽制した。胡錦濤主席は,こうしたSCOの姿勢を永続的に確保するため,「SCO長期善隣友好協力条約」の締結を提案した。
 胡錦濤主席は,7月,サンクトペテルブルクで,ロシアのプーチン大統領,インドのシン首相との初の中ロ印3か国首脳会談に臨み,「3国の戦略的協力を深化させるべきである」と提案した。「人民日報」(7月19日付)は,同会談について,「世界の多極化の発展で大きな意義を持つ」などと自賛した。

〈「中央外事工作会議」を開催し,「和諧世界」の構築を確認〉
 中国は,8月,党中央政治局常務委員9人全員と,地方政府及び軍の幹部や外交責任者らを招集した異例の「中央外事(外交)工作会議」を開催し,外交面でも「和諧世界(調和のとれた世界)」の構築を目指すことを確認した。「和諧世界」は,国家及び世界の多様性と社会制度の自主的な選択などを強調するものであり,米国の影響力抑制への意思もうかがえる。
 この会議では,同時に,「対外関係の主導権掌握に努める」方針も確認した。この方針の下,中国は,米国が中国に求める「国際社会の責任あるステークホルダー(利害共有者)」として,北朝鮮の核問題をめぐる6者協議の再開に向けた調停外交を積極的に展開したほか,対日関係でも,安倍政権発足を契機に日中首脳会談を実施し(10月),関係改善に動き出した。
 今後,中国は,自国の「平和的発展」を標榜しつつ,重大な国際問題の処理で米国との協調と牽制を使い分けながら,発展途上国及び周辺諸国と連携する姿勢をより強く打ち出して,国際社会における影響力の拡大を図るものとみられる。

(3)    日中首脳会談再開で,「戦略的互恵関係」の構築を打ち出し,“関係改善”をアピール
  ― 「和諧社会」構築のために我が国との安定した関係が必須との判断に立ち“関係改善”を図り,自国の「戦略的利益」を追求―
  ― 胡錦濤政権の対日姿勢は,今後の中国の国内事情などに影響されることも―


〈我が国新政権発足を契機に首脳会談を再開〉
 日中首脳相互往来が約5年間途絶えている状況下で,胡錦濤政権は,我が国新政権発足を契機に,首脳会談再開に意欲を示し,10月8日,党中央委員会全体会議初日にもかかわらず,安倍総理を北京に迎え首脳会談を実施した。中国は,安倍総理訪中を「砕氷の訪問」(10月5日付,「人民日報」)と表現し,「中日関係改善と発展に希望の窓が開かれた」(10月10日,外交部報道官)と高く評価した。
 双方は,首脳会談後に,「共同プレス発表」を行い,その中で,「歴史を直視し,未来に向かい,両国関係の発展に影響を与える問題を適切に処理」,「共通の戦略的利益に立脚した互恵関係の構築に努力」することなどで一致したことを明らかにした。また,中国側は,「日本の戦後の平和国家としての歩み」を初めて文書の形で評価した。さらに,中国は,首脳会談直後に訪中した扇千景参議院議長に対しても,胡錦濤国家主席以下4人の党中央政治局常務委員が会談するなど,「対日重視」の姿勢をアピールした。
 また,胡錦濤主席は,11月,ハノイで開催されたAPEC首脳会議の際の日中首脳会談で,「両国関係の発展方向の明確化」,「両国国民の友好的な感情の増進」などの「5項目の提案」を行い,日中関係の更なる発展に向けた意欲を示し,訪日に向けた協議を行うことを確認した。

〈対日関係改善の背景には,我が国の経済協力などへの強い期待感〉
 中国は,これまで,江沢民前国家主席の「日本に対しては歴史問題を終始強調し,永遠に語れ」(江沢民文選)との言葉にみられるように,「靖国問題」に固執する姿勢を示していた。胡錦濤主席も,3月,「日本の指導者の靖国不参拝の決断が首脳会談実施の前提」と発言していた。
 こうした中で,胡錦濤政権が,安倍政権発足直後に日中首脳会談の実施に踏み切った背景には,「日本の政権交代を中日関係改善の一つのきっかけにしたい」(9月6日,武大偉外交部副部長)との発言にみられるように,関係改善を進める上では,新政権発足直後こそ絶好の機会との判断があったものとみられる。
 また,胡錦濤政権が標榜する「和諧社会」の構築には経済の安定成長が不可欠であり,そのためには我が国との安定した経済関係が必須との判断もあったとみられる。中国は,首脳会談直後に我が国財界関係者を招いて「中日経済討論会」を開催し,改めて省エネ・環境保護協力の強化,対中投資の拡大を要請するなど,我が国の経済協力に強い期待感を示している。
 このほかに,「歴史問題」に固執していた江沢民前主席の牙城とされる上海市のトップ解任(9月)により,胡錦濤主席が対日関係改善の主導権を握ったことも関係しているものとみられ,温家宝総理は,10月下旬,「中日友好はいかなる勢力も遮ることはできない」と述べている。

〈胡錦濤政権の対日政策は,今後の中国国内情勢などに左右される可能性も〉
 中国は,過去,我が国の「国連安保理常任理事国入り問題」などで,「歴史問題」を対日戦略カードとして利用する動きをうかがわせていたが,胡錦濤政権は,今後,我が国に対して,「戦略的互恵関係」構築の名の下で,国内の経済建設が直面する課題である資源・エネルギーの効率的利用や環境汚染の改善への協力を強く求めるなど,自国の実利に則した関係改善を推進するものとみられる。
 しかし,中国国内には,反日感情も依然として根強く,胡錦濤政権が,「靖国問題」の処理を事実上棚上げにしたまま,安倍総理訪中を迎え入れたことについて,「胡錦濤主席の一種の賭け」と指摘する向きもある。今後,胡錦濤政権の対日方針は,これらの事情や日中間の重要な相違点(歴史認識,資源開発,体制など)によって左右される可能性もある。

(4)    陳水扁政権の危機的状況を背景に中国の対台湾平和統一攻勢が一段と浸透
  ― 台湾では,陳水扁総統の辞任要求が高まり,総統罷免案も審議―
  ― 中国は,国民党の親中政権誕生を視野に経済・人的交流を強化―


〈陳水扁総統は独立志向色を鮮明化するも,指導力は後退〉
 台湾の陳水扁総統は,元旦祝辞で,2004年(平成16年)総統選挙時の公約である「新憲法制定」に意欲を示したほか,対中経済政策を「積極開放」から,投資案件の審査を強化するなどの「積極管理」に転換する考えを表明した。さらに,2月,中台統一への道筋を示した「国家統一綱領」を事実上廃止するなど,独立志向色を鮮明に打ち出した。
 この背景には,2005年(平成17年)12月の統一地方選挙で与党・民進党が大敗したことから,対中交流に積極的な最大野党・国民党の馬英九主席との対立軸を明確化することで,低迷した支持率を回復したいとの狙いもあった。
 しかし,5月,陳水扁総統の娘婿が株のインサイダー取引容疑で,11月には,夫人が公費の横領容疑でそれぞれ起訴され,更に陳水扁総統自身も,夫人の横領に関与したと認定されたことなどにより,総統の辞任要求が台湾で高まり,その指導力に大きな陰りが生じた。
 台湾の立法院(国会に相当)では,国民党など野党の提議で,6月,10月,11月の3回にわたり,台湾の憲政史上初となる総統の罷免案が審議された。いずれも否決されたが,陳水扁政権の危機的状況をうかがわせる動きとして注目された。8月からは,施明徳元民進党主席が「100万人の陳水扁打倒運動」を主導し,総統府前で陳水扁総統辞任要求デモを実施した。
 民進党は,陳水扁体制を支える姿勢を一応保持したものの,一部の民進党立法委員がこれに反発して委員を辞職した(11月)ほか,党内では,陳水扁総統の後継争いが本格化し,「新憲法」草案の策定作業も停滞した。

〈中国は,中台関係の「平和的発展」を強調し,交流を積極的に推進〉
 中国は,民進党政権による「新憲法制定」の動きを強く警戒しつつ,中台関係の「平和的発展」を強調するとともに,経済界を始め各界各層との交流拡大に努めた。
 胡錦濤国家主席は,4月,訪中した国民党の連戦栄誉主席とおよそ1年振りに会談した際,「平和的発展は,当然,両岸関係発展の主題となり,両岸同胞の共通の奮闘目標となるべきだ」と強調した。
 経済交流面では,民進党の支持基盤といわれる台湾南部の農業関係者に焦点を当て,国民党と共催した「両岸経済貿易フォーラム」(4月,北京市)で,台湾産野菜11品目の中国での販売許可・関税免除を発表するなどした。

〈台湾独立の抑止で米国と協調の一方,対台湾軍事配備を増強〉
 中国は,外交面でも,平和統一に有利な環境の創出に努めた。胡錦濤主席は,4月,ワシントンでブッシュ大統領と会談した際,台湾独立に反対することを「中米共通の戦略的利益」と強調し,ブッシュ大統領から,「台湾独立を支持しない」との言質を改めて引き出すなど,台湾独立抑止面での米中協調関係を国際社会に印象付けた。
 また,中国は,台湾と外交関係を有するアフリカの6か国に対し,台湾との断交,中国との国交樹立を積極的に働き掛け,8月,このうちのチャドが中国と国交を樹立した。
 一方,中国は,台湾に対する軍事的圧力を着々と強化していることがうかがえた。人民解放軍は,2005年(平成17年)末までに,台湾に照準を向けた短距離弾道ミサイルを700基以上配備,今後,年間およそ100基のペースで増やす計画とされている(5月,米国防総省報告書)。

〈台湾情勢は中国の平和統一攻勢にとって更に有利に推移〉
 今後,陳水扁総統が政局を挽回するため,再び独立志向色の強い政策方針を表明することも予想されるが,民進党内の不協和音が表面化する中,政局の立て直しを図ることは容易ではないとみられる。
 一方,中国は,台湾の2008年(平成20年)総統選挙で国民党が政権に復帰する可能性を視野に入れつつ,陳水扁政権の危機的状況に乗じ,中台関係の「平和的発展」を促進するため経済交流拡大措置などを新たに打ち出すものとみられる。


 3 ロシア


     サミット開催などにより存在感の誇示に努めたロシア
  ― サンクトペテルブルク・サミットなどで国際的プレゼンスを誇示,内政面ではプーチン後継体制に向けて始動―
  ― 北方領土問題では,硬軟両様の発言で我が国に譲歩を要求―


〈外交では初の議長国としてG8サミットを無難に取り仕切る〉
 ロシアは,初の議長国となったサンクトペテルブルク・サミット(7月)の成功を重要な外交課題と位置付け,「大国ロシア」を誇示すべく取り組んだ。ロシアは,サミット直前まで欧米諸国から民主化後退や隣国へのエネルギー供給停止をめぐり相次いで批判を受けたが,サミットでは,ロシアが提起したエネルギー問題など,関係国の利害が対立する問題を無難に取りまとめた。しかし,ロシアは,欧米諸国との間でイラン核開発問題など様々な外交上の対立要因を抱えていることに加え,プーチン政権が重視する外資導入分野でも,環境破壊を理由に事業認可取消し問題に発展した「サハリン2」にみられたように,国益偏重とも指摘される動きがみられ,これらの点で欧米諸国との利害の衝突が予想される。
 中国との関係では,対米牽制も意図して,イラン核開発問題などの外交問題での協調を進めており,プーチン大統領の訪中(3月,6月),胡錦濤国家主席の訪ロ(7月),フラトコフ首相の訪中(11月)など,両国要人の相互訪問などを通じて関係強化が図られた。

〈北方領土問題では,日ソ共同宣言に固執し,こう着状態が継続〉
 プーチン大統領は,「ロシアはいかなる島についても返還義務があると考えたことはない。日本は一方的に1956年の宣言(日ソ共同宣言)の履行を拒否した」と発言する(6月)一方,二島返還による最終決着を念頭に「我々は,領土問題をお蔵入りさせるつもりはない。解決の糸口を一緒に見いだすべきだ」などと発言して(9月)我が国に譲歩を求める姿勢を示した。その一方で,ロシアは,主に北方四島のインフラ整備のため,2007年(平成19年)から9年間にわたり,約180億ルーブル(約720億円)を投入することを決定し(8月),北方領土のロシア領としての既成事実化を進めた。
 こうした中,ロシア国境警備当局が北方領土・貝殻島周辺水域で「第31吉進丸」を銃撃・だ捕,日本人乗組員1人が死亡する事件が発生した(9月)。ロシア側は,船長を起訴,罰金及び船舶没収の判決を下したが,本事件は,北方領土をロシア側が不法占拠下に置く現実を改めて浮き彫りにするものとなった。
 プーチン大統領は,APEC首脳会議の際に初めて行われた安倍総理との会談(11月)で,北方領土問題に関し,これまで達成された諸合意,諸文書に基づき双方受入れ可能な解決策を目指して交渉を継続することに同意したが,ロシア側の今後の交渉姿勢が注目される。

〈プーチン後継体制を視野に入れつつ下院選に向け始動〉
 ロシア国内情勢の安定を見る上で重要な要素であったチェチェン情勢は,ロシア治安当局によるバサエフ野戦司令官の殺害(7月)を契機に沈静化傾向にあり,国内経済も石油価格の高騰に支えられ安定した状況にある。
 このような国内情勢を背景に,ロシア政界では,任期延長を否定するプーチン大統領の強固な権力基盤を維持したまま後継体制への移行を模索する動きが大勢となっている。プーチン大統領自身は後継問題で態度を明らかにしておらず,2007年(平成19年)の下院選と2008年(平成20年)の大統領選を見据え,政権内の派閥争いや政治的駆け引きが続くことが予想される。
 また,プーチン体制の腐敗や人権問題を追及してきた著名な女性記者やプーチン政権を強く批判して英国に亡命したロシア連邦保安庁元中佐らの殺害・死亡事件は,その進展によってはプーチン政権に影響を与えかねず,今後の展開が注目される。


 4 中東・アジア


(1)    イラクでは新政権発足するも治安は悪化,相当深刻な状況
  ― 宗派間抗争などが激化,武装勢力によるテロも依然多発,政治課題の協議進展なし―
  ― 陸上自衛隊は無事に撤収を完了,航空自衛隊は輸送活動を継続―


〈政治プロセスが完了するも,宗派対立が深まり,治安も悪化〉
 イラクでは,2005年(平成17年)12月15日に実施された国民議会選挙以降,シーア派,スンニ派,クルド人政党など各派が挙国一致型の新政権樹立を模索する中,閣僚ポストの配分などで協議が難航したものの,5月20日,マリキ政権が発足したことで,フセイン政権崩壊後の政治プロセスは完了し,フセイン元大統領もイラク高等法廷の一審で死刑判決を受けた(11月)。
 しかし,宗派間抗争や反米武装勢力によるテロなどが頻発し,治安改善の兆しはみられなかった。特に,中部サマラのシーア派聖廟爆破テロ事件(2月)を機に宗派間抗争が激化し,バグダッドなどイラク国内各地で住民に多数の犠牲者や避難民が発生した。また,「イラクのアルカイダ聖戦機構」を中心とする「イラク・ムジャヒディン評議会」などは,宗派間抗争を更に扇動するテロに加え,イラク政府機関及び米軍主導の多国籍軍部隊などに対する攻撃も多発させた。こうした動きは,同聖戦機構の指導者ザルカウィが殺害された(6月)以降も,後継指導者とされるアブー・ハムザ・アル・ムハージルらの下で継続されている。旧バース党支持勢力なども,多国籍軍部隊などへのテロ攻撃やシーア派民兵組織との衝突を繰り返し,宗派間対立への関与を強めているとみられる。
 米軍及びイラク治安部隊は,バグダッドやイラク西部地域などにおいて,武装勢力掃討作戦を展開しているが,奏功していない。加えて,イラク治安機関内部にもシーア派民兵組織が浸透しているとされ,治安機関の活動の中立性に疑問も指摘されている。
 このように,宗派間抗争や反米武装勢力のテロなどの増大により,イラクの治安情勢は相当深刻な状況となっている。

〈新政権が,治安回復,政治課題の解決に向け努力するも,進展せず〉
 新政権のマリキ首相は,激化した宗派間抗争の沈静化を最優先課題に掲げ,民兵組織の解体や旧バース党員排除政策の見直しなど24項目からなる「国民和解計画」を発表した(6月)が,同計画の具体化に向けた協議は,シーア・スンニ両宗派政党間の対立のために進展しなかった。
 イラク国民議会(9月)は,シーア派政党が提示した独立性の高い自治政府設立を容認する連邦法案をめぐり,法案賛成のシーア派,クルド人政党と反対のスンニ派政党が激しく対立した。シーア派,クルド人政党は,連邦制の導入時期を少なくとも1年半凍結することでスンニ派政党と合意したものの,同法案の審議をしないまま,採決を強行した(10月)。また,クルド人政党は,イラク国旗に代わってクルド民族の旗をすべての自治政府施設に掲げる方針を打ち出した(8月)ほか,自治政府憲法草案を取りまとめるなど,独立志向の動きを強めている。
 他方,10月には,シーア・スンニ両宗派の宗教者代表が,サウジアラビアで会合を開催し,宗派間の和解に向けた文書に署名したり,マリキ首相が,治安回復のための「行程表」を作成すると発表するなどの動きもみられたが,これらが奏功するかは不透明である。
 今後のイラク情勢は,シーア派,スンニ派,クルド人政党間での政治的対立の一層の深刻化が懸念されるほか,これら政党間の調整が付かず先送りされている重要政治課題(北部の油田都市キルクークの帰属問題,憲法修正問題など)の難航が予想される。また,11月の米国中間選挙での共和党の敗北を受け,ブッシュ大統領は,ラムズフェルド国防長官を更迭するとともに,これまでのイラク政策の修正を示唆しており,米国の政策変化に留意を要する。このほか,シリアとの国交正常化合意(11月)の影響も注目される。

〈陸上自衛隊は無事に撤収を完了,航空自衛隊は輸送活動を継続〉
 我が国政府は,イラク南部ムサンナ県サマワでの人道復興支援活動に従事してきた陸上自衛隊について,その活動目的を達成したと判断して,同地からの撤収を決定した(6月)。同決定を受けて,サマワ駐留陸上自衛隊は,約2年半の活動を終えて全員無事に撤収を完了した(7月)。
 今後は,クウェートを拠点に国連などの人員・物資輸送活動に引き続き従事している航空自衛隊及び我が国政府が推進する復興事業などの安全確保に向け,イラク情勢を引き続き注視する必要がある。

(2)    不透明なイラン核開発問題の行方
  ― イランは国連安保理制裁警告決議を無視しウラン濃縮活動を継続―
  ― 対イラン制裁をめぐる駆け引きが複雑化の様相―


〈イランが低濃縮ウラン製造に成功,濃縮関連活動停止要求を事実上拒否〉
イラン核開発問題の流れ  イランは,1月,ウラン濃縮実験再開を「国際原子力機関」(IAEA)へ通告した。これに対し,IAEAが,緊急理事会を開催し(2月),イラン核開発問題の国連安保理への付託を決議したため,これに反発したイランは,核兵器不拡散条約(NPT)追加議定書の暫定適用を中止し,ウラン濃縮実験の準備作業に着手した。
 国連安保理が,3月,安保理協議でウラン濃縮関連活動の停止を求める議長声明を採択したことに対しても,イランは,4月にウラン濃縮実験を本格化させ,
 5月には,低濃縮ウランの製造に成功するなど,核開発活動を加速させた。
 このため,国連安保理常任理事5か国とドイツは,6月初頭,ウラン濃縮関連活動の全面停止と引き換えに安全保障対話や経済協力などを推進する「包括的見返り案」をイランに提示した。さらに,国連安保理は,7月31日,制裁警告決議を可決し,8月31日までのウラン濃縮停止を要求した。
 しかし,イランは,重水製造施設の試験運転を開始する(8月)など,安保理決議を無視する姿勢で対抗したほか,「包括的見返り案」への回答として,8月22日,交渉継続の姿勢を示しつつも,ウラン濃縮関連活動の全面停止は認められないとして,同案の受入れを事実上拒否した。

〈制裁をめぐり関係国の思惑が交錯する中,イランは核開発継続の姿勢〉
 イランの核開発をめぐる動きに対して,米国は,国連安保理による制裁決議採択を目指しつつ,9月に米国内で活動する全企業に対して,イラン大手の「サーデラート」銀行との直接・間接取引を禁止した。また,9月末には,イラン・リビア制裁法(ILSA)の対象からリビアを外し,制裁対象の拡大や民主化支援などを定めた「イラン自由支援法」を成立させるなど,従来の対イラン制裁を強化している。
 EU加盟国の英仏独は,核拡散への懸念からイランとの交渉役となり,ウラン濃縮関連活動の停止を一貫して要求してきたものの,イランが受け入れないため,制裁実施へ傾きつつある。
 ロシアは,ブシェール原発の建設や核燃料提供などでイランと密接な関係にあることに加え,中東での影響力確保,ロシア南部国境地域への安全保障面での影響などを考慮し,制裁には慎重な姿勢を崩しておらず,イランにも門戸を開いた「国際ウラン濃縮センター」をロシア国内に建設する構想を提唱するなど,独自の視点から制裁回避に努めている。
 中国は,イランにおける自国の油田権益確保や中東地域国家との関係維持・強化の戦略的観点から,引き続き対話による問題解決を主張し,制裁には慎重な姿勢を維持している。
 このように関係各国の思惑が交錯する中,イランは,「制裁は油価の高騰を招き,結局窮地に追い込まれるのは,我々ではなくむしろ原油輸入国である」として,制裁実施を恐れない強硬姿勢を示しており,こうしたイランの頑なな姿勢及びイランを取り巻く諸外国の動向とも相まってイラン核開発問題の行方は,ますます不透明になるとみられる。

(3)    混迷深まる中東和平プロセス
  ― パレスチナ挙国一致政権樹立に向けた交渉が難航―
  ― イスラエル・オルメルト政権の求心力が低下―


〈ハマス・ファタハ間で不信感が拡大〉
給料の支払を求める公務員のデモ(9月・ガザ)  パレスチナでは,イスラム原理主義組織ハマスが,1月のパレスチナ評議会(PLC)議員選挙で圧勝し,3月にはハニヤ首相率いるハマス政権が発足したものの,ハマスを外国テロ組織に指定している欧米諸国などからの援助が凍結されたため,同政権は財政難に陥った。
 このため,ハマスとアッバス議長率いるファタハは,“ハマス色”を抑えるために挙国一致内閣の樹立を目指したが,ハマスがイスラエルの生存権を認めないとの立場に固執したため相互に不信感が拡大し,9月,交渉は暗礁に乗り上げた。さらに,ファタハ系が大半を占める公務員の給料が7か月以上も払われていないことで,同月,公務員がゼネストに突入し,10月には,ハマス・ファタハ間での銃撃戦に発展するなど,ハマス政権は急速に弱体化した。このような中,挙国一致内閣樹立に向けた交渉が再開されたものの,難航している。

〈イスラエルでは,ガザ・レバノン侵攻後,政権批判が噴出〉
 イスラエルは,国軍兵士がハマスなどパレスチナ武装組織(6月)とレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ(7月)に拉致されたことを契機に,ガザ地区とレバノンにそれぞれ軍事侵攻した。これに対し,ガザ地区からは,パレスチナ武装組織がイスラエル領へのロケット弾攻撃などを行い,また,ヒズボラは,イスラエル北部の都市などへロケット弾攻撃を繰り返した。イスラエルは,国連安保理決議第1701号(8月)に基づいてレバノン領内から軍を撤収したが,イスラエル国内では,オルメルト政権の安全保障政策に対する批判が噴出した。そのため,同政権は,対パレスチナ強硬論を唱える極右政党を取り込むなどして政権基盤の安定化を図っている。
 このように,パレスチナ・ハマス政権が事実上機能していないことに加え,イスラエル・オルメルト政権も政権基盤の安定のため,強硬論への配慮が必要となるなど,両者共に和平プロセスに向けて動き出す状況になく,中東和平プロセスの行方は依然として混とんとしている。

(4)    治安情勢が深刻化するアフガニスタン
  ― 立ち遅れる国家基盤づくり,「タリバン」が再び勢力を拡大―


〈カルザイ政権は様々な問題に直面〉
 アフガニスタンでは,2004年(平成16年)に大統領選挙,2005年(平成17年)に議会選挙が実施され,国際社会の復興プロセス支援なども進み,民主化の定着が期待されていた。
 しかし,カルザイ政権は,治安の悪化,失業者の増加,貧富の差の拡大,麻薬生産量の急増など様々な問題を解決できず,その行政組織も賄賂の横行などから十分に機能していない。同政権の地方軍閥に対する影響力も依然低い状況にある。

〈「タリバン」の活動が活発化,首都の治安も悪化〉
 「タリバン」は,3月,最高指導者オマル師とされる者が「春以降の攻勢」を宣言して武装闘争を強化し,支持基盤とするパシュトゥン人が多数居住するアフガニスタン南部及び東部地域を中心に,駐留外国軍に対する攻撃を頻発させた。さらに,「タリバン」によるとされる自爆テロが,9月,厳重な警戒体制下の駐カブール米国大使館付近で発生するなど,比較的安定していた首都の治安も悪化してきている。
 このような「タリバン」の攻勢激化の背景には,駐留外国軍などの掃討作戦による非戦闘員犠牲者数の増加などもあって,民衆レベルでの対米批判やカルザイ政権への不満が高まり,勢力を拡大してきていることなどがあるとみられる。
 「タリバン」は,これまでの掃討作戦で損害を受けているとされるものの,アフガニスタンとパキスタン国境地帯のパシュトゥン人住民らから根強い人的・物的支援を受けているとみられるほか,麻薬生産・取引への関与などにより資金力を増強させているとの指摘もあり,今後も,駐留外国軍や政府・治安当局に対する武装闘争を強めていくとみられる。
 このように,アフガニスタンでは,治安の安定化,統治機能の強化,社会・経済問題の解決など様々な課題に直面しており,安定した国家基盤の構築には,相当な困難があると思われる。


 5 国際テロ


(1)    国際社会に拡散するイスラム過激派などの脅威
  ― 「アルカイダ」の影響を受けたイスラム過激派などは,世界各地でテロをじゃっ起―
  ― 欧米諸国では,「ホームグロウン・テロリスト」の脅威に直面―


〈「アルカイダ」は引き続き世界各地での攻撃強化を企図し,その影響を受けたイスラム過激派が欧米権益などへのテロを多発〉
 国際テロ情勢については,「アルカイダ」の主要幹部とされる者が米国及びその主要同盟国などへの攻撃を頻繁に呼び掛ける中,同組織との関係を有するイスラム過激派がイラクやアフガニスタンでテロを多発させた。さらに,エジプト,インド,シリアなどでも爆弾テロが発生し,欧米諸国では旅客機などを標的にした無差別・大量殺りくテロ計画が発覚するなど,「アルカイダ」を始めとするイスラム過激派の脅威は,引き続き拡散傾向にある。
 「アルカイダ」は,オサマ・ビン・ラディンら主要幹部名義の声明を従来にも増して多数回発出するなどして,「ジハード」参加の呼び掛けを更に強めた。特に,それら声明では,「主戦場」と位置付けるイラク及びアフガニスタンに限らず,パレスチナ,スーダン,ソマリアでの攻撃を呼び掛けるとともに,「米国本土を攻撃準備中」などと主張し,イラク,エジプト及びアルジェリアのイスラム過激派組織などとの連携強化を表明した。このように,「アルカイダ」は,米国及びその主要同盟国などに対して,引き続き世界各地での攻撃強化を企図し,「グローバル・ジハード」を牽引しようとの姿勢を堅持している。
 こうした中,8月に英国で摘発された旅客機爆破計画では,「アルカイダ」メンバーが主犯格の人物と関係を有していたとみられるなど,先進諸国においても同組織の影響力浸透が改めて浮かび上がった。
 「アルカイダ」は,各国のテロ取締り強化によって相当な打撃を受けているとみられるものの,今後とも,一定のテロ実行力を保持するとともに,幹部の声明発出などにより,過激なムスリムを扇動し,組織化を図り,米国及びその主要同盟国などに対する攻撃への取組を強めていくと予想される。

〈イラク及び周辺諸国では,イスラム過激派などによるテロが多発〉
 イラクでは,外国人テロリストを含む「イラクのアルカイダ聖戦機構」などのスンニ派イスラム過激派武装勢力が,イラク政府機関,米軍主導の多国籍軍部隊などに加え,宗派間抗争をあおるため,シーア派住民に対する爆弾テロや襲撃などを多発させた(29ページ参照)。同聖戦機構は,10月,「イラク・ムジャヒディン評議会」を母体とした「イラク・イスラム国」の樹立を宣言するなど,イラクでの連邦制実施に不満を持つスンニ派一部を糾合してこれに権威付けを与える動きを示しており,今後ますますテロ攻勢を強めていくことも考えられる。
 イラク周辺諸国でも,サウジアラビア,エジプト及びシリアなどでイスラエル人や米大使館などの欧米権益を標的にテロが発生し,脅威が高まった。
 サウジアラビアでは,2月,東部アブカイクにある世界最大規模の原油処理施設へのテロが発生した。同テロに関しては,イスラム過激派「アラビア半島のアルカイダ」が犯行声明を発出し,当局の厳しい取締りを受けながらも,依然として一定のテロ実行能力を保持していることを誇示した。
 エジプトでは,4月には,イスラエル人が多数訪れるシナイ半島ダハブで,イスラム過激派「タウヒード・ワル・ジハード」によるとされる爆弾テロが発生し,カイロでは,イスラム過激派「ターイファ・マンスーラ」によるとされる外国人観光客らを標的としたテロ計画が発覚するなど,引き続きイスラム過激派の活動基盤構築が懸念される。
 従来,比較的治安が良いとされていたシリアでも,9月,ダマスカスの米大使館を標的とする爆弾テロが発生し,シリア人イスラム過激派の犯行とされた。また,同国には,外国人ジハーディストのイラクへの侵入拠点が存在するともいわれ,国内の治安悪化が懸念されている。
 このように,イラク及びその周辺諸国では,反米・反イスラエルを標榜するイスラム過激派が,今後も,欧米権益などを標的としたテロを継続するとみられ,これら諸国への更なるテロの拡散が懸念される。

〈アフガニスタン,インド,スリランカでは,大規模テロ事件が続発〉
 アフガニスタンでは,「アルカイダ」が同国での「ジハード」を呼び掛ける中,「タリバン」などによるとみられる自爆テロ事件が続発した(34ページ参照)。自爆テロの増加は,「タリバン」の武装闘争強化と呼応しており,今後,同テロ増加による駐留外国軍などの被害増大も懸念される。
 インド西部のムンバイでは,7月,通勤電車や鉄道駅の8か所で,ほぼ同時に爆弾テロが発生し,180人以上が死亡,800人以上が負傷した。同事件では,パキスタンのカシミール地方を拠点に活動するイスラム過激派「ラシュカレ・タイバ」(LET)や,インドのイスラム原理主義組織の関与が取りざたされており,今後ともカシミール問題などに絡むテロの発生には警戒を要する。
 スリランカでは,少数派タミル人の分離主義武装組織「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)が,7月下旬から,主に北部や東部で政府軍と戦闘を展開し,約2か月間で1,000人以上が死亡するなど,2002年(平成14年)2月の停戦合意の崩壊の危機が高まった。我が国やノルウェーなどが,LTTEと政府の直接対話の仲介を試みているが,10月上旬,LTTEは,海軍兵士ら約100人が死亡する自爆テロ事件をじゃっ起するなどした。1983年(昭和58年)以来,この紛争においては,6万7,000人以上が死亡したといわれており,今後の和平交渉の進展いかんによっては,更にテロ事件も増加する可能性があると指摘されている。

〈インドネシアでは,テロ実行組織の摘発が進むも,依然としてテロ発生の脅威。タイ,フィリピンでは,テロ事件が継続〉
 インドネシアでは,国際テロ組織「ジェマー・イスラミア」(JI)メンバーのヌルディン・トプとそのグループが,テロ実行役として一連の爆弾テロを首謀してきたが,同グループは,2005年(平成17年)の爆弾専門家のアザハリ・フシンの死亡に続き,4月にも側近らを警察当局に射殺されるなど,その中枢要員を失った。このため,同グループは一定の打撃を被ったとみられ,実際,1年以上にわたり,同グループによる新たなテロは発生していない。しかし,トプは,引き続き声明などにおいて,米国の対イラク政策などを理由に,米国や豪州などに対するテロを警告していることから,逃亡しながらもテロ実行グループの再構築に努めているとみられ,依然としてテロ発生の脅威が継続しているといえる。
 フィリピンでは,JIメンバーのドゥルマティン(2002年〈平成14年〉10月のバリ島爆弾テロ事件の主犯格)らが潜伏しているとみられる南西部ホロ島内において,8月以降,同国国軍が,JIとイスラム過激派「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)に対する掃討作戦を実施した。同作戦において,ASGによる爆弾テロ計画が明らかになったが,イスラム教への改宗者組織「ラジャ・ソレイマン運動」(RSM)も,ASGと連携しつつ,マニラ首都圏で爆弾テロを実行する可能性が強いとの警戒感が高まっている。なお,6月には,マニラ首都圏で,左派系過激派とみられる組織が,5件の連続爆弾テロを実行しており,今後,様々な組織によるテロの発生が懸念される。
 このほか,タイ南部地域では,イスラム分離主義武装勢力による政府機関や治安機関関係者,教師,一般住民らに対する爆弾・襲撃事件が頻発した。同地域では,2004年(平成16年)以降,イスラム過激派によって1,700人以上が犠牲になったといわれるなど,現在,東南アジア地域における最大のテロ多発地域となっており,今後の無差別テロの増加が懸念される。

〈欧米諸国では,「ホームグロウン・テロリスト」の脅威に直面〉
 欧米諸国では,カナダにおける政府施設などへの爆弾攻撃計画及び同国首相らの暗殺計画の発覚(6月),英国における旅客機爆破計画の発覚など(8月),各国当局による無差別・大量殺りくテロ計画の摘発が相次いだ。両計画の容疑者の中には,いわゆる「ホームグロウン・テロリスト」(欧米諸国で育ったムスリム移民の2世・3世や,イスラム教に改宗した欧米系人のテロリスト)らが含まれていたことから,各国はこれら自国籍を有し,出入国が容易なホームグロウン・テロリストの脅威への対応も迫られることになった。
 ホームグロウン・テロリストが生まれる背景には,欧米諸国の寛容な移民政策に伴い,旧植民地国などから相当数のムスリムが移住し,都市郊外などにコミュニティを形成する中で,社会での疎外感から,一部の若者らが,自らのアイデンティティをイスラムに見いだしているとの情況があり,その過程で扇動的なイマーム(導師)の説法や「ジハード・ビデオ」などに感化されて過激化していくという事例がみられる。
 また,イスラム教に改宗した欧米系人のホームグロウン・テロリストについては,ムスリム移民の2世・3世らよりも,更に当局による発見,摘発が困難とされ,なかには,イラクで自爆テロを行った者もいる。
 これらホームグロウン・テロリストについては,「アルカイダ」との関係が指摘されているほか,ボスニアに関連するテログループも,欧米での攻撃実行のため,ヨーロッパ系ムスリムのリクルートに努めているともされており,今後,欧米など先進諸国におけるムスリムの過激化にも,より注目していく必要がある。
 また,欧米諸国では,1月以降,預言者ムハンマドの風刺画掲載に対するムスリムの反発が世界的規模で広がるなど,イスラム的価値観が西欧的価値観と鋭く対立する場面もみられ,7月には,同掲載に強く反発する者らがドイツで列車爆弾テロ未遂事件を引き起こすなどしており,こうした価値観の対立がテロをじゃっ起することも懸念される。

(2)    我が国を含む先進諸国はテロ対策を一層強化
  ― 先進諸国は,2005年のロンドン・テロ事件などを受けて,テロ関連法制の整備,予算・人員の増強などテロ対策を一層強化―
  ― 我が国は,入管法改正など「テロの未然防止に関する行動計画」を着実に実施―


〈米・英・仏・独の先進諸国は,2005年(平成17年)のロンドン・テロ事件 などを受けて,テロ対策を一層強化〉
 米国では,2001年(平成13年)9月の米国同時多発テロ事件以降,テロ対策関連予算・人員の継続増加を図るとともに,情報機関を統轄する国家情報長官(DNI)を設置して,情報コミュニティの一体的運用によるテロ関連情報の早期把握と効果的対処に努めてきた。この過程で,2月には,司法省麻薬取締局(DEA)情報部国家保安情報室が,情報コミュニティの16番目の構成機関として加わり,テロと麻薬密輸などが関係する事案についても,一層の情報共有が図られることとなった。また,3月,米国同時多発テロ事件を受けて成立した「2001年愛国者法」を改正し,①テロ捜査における通信傍受,②捜査機関と情報機関との情報共有,などの事項に関する同法の16条項中14条項を恒久化するとともに,テロ資金対策の強化などを内容とする立法を行った。
 英国では,ロンドンで2005年(平成17年)7月に発生した同時多発テロ事件を受けて,テロ対策を一層強化する必要性が高まり,3月には,①テロの助長,テロ関連印刷物の頒布,テロの準備・訓練の犯罪化,②起訴や法廷での審理を経ないテロ容疑者の拘束期間の延長(時限措置),などを盛りこんだ「2006年テロ法」が成立した。また,テロ組織に対する情報収集及び分析力強化のために,治安・情報機関の予算・人員の増強を図ることとし,保安庁(MI5)は,地方事務所の開設と併せて2008年(平成20年)までに職員の大幅増員を行う予定となった。
 フランスでも,テロ対策強化の必要性が高まり,1月には,①起訴や法廷での審理を経ないテロ容疑者の拘束期間の延長,②テロ防止を目的とした当局による公道でのビデオ監視権限の付与,③テロの準備行為を目的とした団体・謀議への参加の厳罰化,などを盛りこんだ新たなテロ対策法が成立した。さらに,テロへの効果的対応を確保すべく,テロ対策関連予算・人員の継続増加を図っている。
 ドイツでは,テロ対策関連予算・人員の継続増加のほか,情報機関と捜査機関との橋渡しを行う共同テロ防止センター(GTAZ)の設立などを通じた,より効果的なテロ対策を推進していたが,7月に同国西部で列車同時爆破テロ未遂事件が摘発されたのを契機に,同国政府は9月,①警察と情報機関が個別に収集したテロ関連容疑者などの個人情報を一体化・共有するテロ対策データベースの構築,②監視カメラの使用拡大,を決定した。このうち,同データベースの構築については,根拠となる法律を成立させた上で,2007年(平成19年)の実施を目指すこととした。

〈我が国は,入管法改正など「テロの未然防止に関する行動計画」を着実に実施〉
 我が国は,2004年(平成16年)12月に策定された「テロの未然防止に関する行動計画」に盛りこまれた「テロリストを入国させないための対策の強化」として,①上陸審査時に特別永住者等を除く外国人に指紋などの個人識別情報の提供の義務付け,②関係省庁の協議で認定されたテロリストらに対する入国規制実施のための退去強制事由の整備,③航空機及び船舶の長による乗員・乗客名簿の事前提出の義務化,を内容とした「出入国管理及び難民認定法」の改正を行うなど,同計画を着実に実施している。そして,このうち②に関しては,公安調査庁長官が法務大臣に対して,同認定に必要な意見を述べるものとされた。
 公安調査庁では,我が国としても国際テロが現実の脅威であるとの認識の下,その未然防止のため,外国機関との連携を緊密化するなどして国際テロ組織の動向を把握するとともに,①我が国国内におけるテロ組織との関係が疑われる人物や組織の有無とその動向,②我が国国内におけるテロ組織との関係が疑われる資金・物資の流れ,などの把握を中心とした情報収集・調査活動を行い,収集された情報を適時に関係機関へ提供している。また,今回の入管法改正を踏まえて,テロリスト認定のため,必要な情報の収集を更に強化するとともに,関係省庁との意見交換・協議を行っている。

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