川田哲嗣医師インタビュー(外科)

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川田 哲嗣 大阪医療刑務所長(当時)
     (現 京都刑務所 医務部長)

勤続年数  6年3月(令和3年3月31日現在)

略歴
昭和58年 3月 奈良県立医科大学医学部卒業
昭和58年 5月 奈良県立医科大学附属病院研修医
昭和63年 4月 奈良県立医科大学集中治療部助手
平成 元年12月 奈良県立医科大学第三外科学助手
平成 5年 3月 医学博士取得
平成 9年 8月 米国 Duke University Medical Center, Department of Surgery, Division of Thoracic and Cardiovascular Surgery 勤務
平成11年 1月 奈良県立医科大学胸部心臓血管外科学講師
平成16年10月 社会医療法人高清会高井病院心臓血管外科部長
平成27年 1月 京都刑務所医務部長(奈良少年院医務課併任)
令和 元年10月 大阪医療刑務所医療部長
令和 2年 4月 大阪医療刑務所長

矯正医官となった経緯

 昭和58年に奈良県立医科大学を卒業し、学生講義で見聞きした、単に切除するのではなく機能を改善する手術ということに興味を持ち、心臓外科医を目指して母校の第三外科に入局した。消化器外科、脳神経外科の研修を市中病院で受け、大学に戻り手術助手、術後管理、循環器内科的治療に従事した。平成元年には臨床研究で学位を取得した。学位取得後徐々に第一助手の機会が増え、卒後10年目には上司の立ち会い無しで冠状動脈バイパス術を行い、以降術者として手術を行うようになった。世界的に心拍動下冠状動脈バイパス術が再認識され始めたのを機に、施設に導入すべく米国Duke University Medical Centerに留学し研鑽を積んだ。
 帰国後、精力的に臨床で心拍動下冠状動脈バイパス術の術式確立に取り組んだ。母校の医局で講師となり、大学・関連病院において手術に明け暮れ、学会発表、手術手技供覧、後進の育成に努めた。平成16年、関連病院の心臓血管外科に異動し、施設のトップとしてさらに関連病院等科手術に取り組んだ。
 以降10年間、心臓外科手術という限られた領域だけに専念していたが、以前からおおよそ10年を区切りに勤務環境を変えており、もっと幅広く臨床を経験したいという考えを抱き、息子が医学部の学生実習で見学して教えてくれた矯正医官という仕事を偶然思い出し、矯正医療の世界に飛び込んでみた。
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上川元法務大臣による大阪医療刑務所視察時の様子(右が川田医師)

矯正医官に求める人物像

 一般社会の病院では医療従事者が職員の大半を占めるが、矯正施設では保安を維持し改善更生のために、刑務官あるいは法務教官といった職員が圧倒的多数を占めている。医療とは違った観点から被収容者に接しており、医官だけの価値観がすべてでは無く、それらをも十分に尊重して医療を行う必要がある。コミュニケーション力があり、柔軟性が高く、新たな知識を得ることに努力を惜しまない姿勢が必要と考える。

矯正医官のやりがい

 医師が矯正医官を拝命した後、ほとんどの矯正医官は勤務先が変わることなく、同じ施設で勤務し、その施設内で課長職や部長職に昇任してゆくことが多い。私の職歴は大きく異なり、矯正医官を拝命後、この約5年の間に一般大規模刑事施設である京都刑務所、少年施設である奈良少年院、医療専門施設である大阪医療刑務所で勤務する経験を持たせて頂いた。その経験から矯正医療には少なくとも三つの異なる医療が求められていると感じている。
 一つは、一般刑事施設などが求めている総合診療科的な医療、二つ目は少年施設が求めている教育的な視点を踏まえ成長という要素を含んだ医療、最後に大阪医療刑務所のような医療専門施設が求める一般社会の総合病院のような専門的医療である。
 例えば京都刑務所であれば女性と子ども以外は何でも診ることになる。外来診療ではありふれた高血圧・糖尿病・心不全・不整脈から、社会ではあまり経験しない覚醒剤後遺精神病やHIV感染症、結核などの感染症、さらに外傷・骨折などの外来外科治療、もちろん日本人の死因第一位の悪性新生物までカバーするので本当に総合診療科的な医療が求められている。もちろん全領域を一人でカバーすることは現実には困難なので外部医療機関あるいは大阪医療刑務所に依頼することもあるが、基本的には最初はまず自分で診て方針を立てる必要があるので臨床の幅は広くなる。
 一方、重篤な身体科的疾患は少ないが、神経発達症や成育環境による影響などに関心があり、養育者としての視点からの医療を法務教官と一緒に体験できるのは少年施設の醍醐味である。また、社会で体得した専門領域の知識をそのまま生かしたいならば医療専門施設での勤務がやりがいに繋がると考える。自分のやりたいことと求められていることがマッチさえすれば十分な達成感は得られるのではないかと考えている。

医師である施設長としての心構え

 施設長の仕事は外からは分かりにくい部分も多く、昇任してみてはじめて経験することも多くある。一般社会の病院のように利潤を追求するすなわち経営的な側面を考える必要は少ない。決められた予算(原資は税金)の中でどのように医療展開をするかということを国民の視点を考えながら行ってゆくことになる。
 目標とすべき医療水準は一般社会の医療水準に準じてと定義されているだけで、具体的には治療に当たる矯正医官が個別判断しながら行うことになる。施設の運営においては、改善更生の目的のもと医療を行うという枠組みのもとに、多くの医師が一緒に仕事をしたことがない刑務官という職種の職員と、母校や目標が異なる医官と、一般社会の病院での勤務経験を経て大阪医療刑務所で勤務する看護師が一つ屋根の下で一緒に働いているわけで、考え方や行動原理を共有することは難しいことも多い。お互いにリスペクトできるような関係構築を作ることが大切である。すなわち自分の職種の物差しに他職種を当てはめてはうまくいかない。
 刑務官から施設長になった場合はその研修課程に位置する高等科研修などにおいて親しい同僚職員が生まれ、施設長昇任後にもそのネットワークで問題の解決が見いだせる可能性があるが、矯正医官にはそもそも昇任研修がないため、施設長昇任後にはそれまでに知りえた限られた刑務官のネットワークしか頼りにできない。矯正施設で求められている医療情報を多くの施設や上級官庁に発信し続け、一般刑事施設と医療共助とは関係ない領域においても信頼関係を構築する必要がある。
 施設長になると矯正全体の中での発言力や影響力も増す。自分が行いたい医療的な施策があるならば、是非とも施設長を目指すべきと考える。矯正施設の中は社会の縮図という表現があり、高齢化、有病率の上昇は避けては通れない。刑罰を科されてはいるが、社会復帰時には更生したと評価されるように医療面から支援してゆくことが求められていると感じている。



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その他

 2020年は社会がそうであったように矯正医療においても新型コロナウイルス感染症対策に多大な尽力と費用がつぎこまれた。矯正施設内に新型コロナウイルス感染症を持ち込まないために施設への新入時には新型コロナウイルスの潜伏期平均5.6(2~11)日をカバーする14日間の単独処遇を2020年3月から導入し、職員への徹底した感染予防対策(サージカルマスクの常時着用、手指消毒、3密回避)を求め、同年8月からは一般社会と同様、感染の可能性のある被収容者には鼻咽頭検体を用いたCOVID-19に対するPCR検査および簡易型迅速定性抗原検査、そしてインフルエンザ流行期にはインフルエンザウイルス簡易型迅速抗原検査を同時施行してきた。
 未だ完全終息の未来は見えないが、当所においてはクラスター感染はなく、従来は脆弱性のみが指摘される傾向にあったが、新規パンデミック感染症に対する感染予防対策としての矯正施設の優れた面も改めて浮き彫りにされた。単なる収容施設としての機能以外に、大きく変化する社会情勢に遅れることのない医療展開が求められている。

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