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第1節 特性に応じた効果的な指導の実施等

9 犯罪被害者等の視点を取り入れた指導等【施策番号86】

 法務省は、刑事施設において、特別改善指導(【施策番号12】参照)として被害者の視点を取り入れた教育(資5-86-1参照)を実施し、罪の大きさや犯罪被害者等の心情等を認識させるとともに、犯罪被害者等に誠意を持って対応するための方法を考えさせるなどしており、2020年度(令和2年度)の受講開始人員は538人であった。

 少年院において、全在院者に対し、犯罪被害者等の心情等を理解し、罪障感及び慰謝の気持ちをかん養するための被害者心情理解指導を実施している。また、特に被害者を死亡させ、又は被害者の心身に重大な影響を与えた事件を起こし、犯罪被害者や遺族に対する謝罪等について考える必要がある者に対しては、特定生活指導として、被害者の視点を取り入れた教育を実施しており、2020年は、43名が修了した。これらの指導の結果は、継続的な指導の実施に向け、更生保護官署に引き継いでいる。

 なお、矯正施設においては、家庭裁判所や検察庁等から送付される処遇上の参考事項調査票等に記載されている犯罪被害者等の心情等の情報について、被収容者に対する指導に活用している。

 保護観察所において、2007年(平成19年)12月から、犯罪被害者等の申出に応じ、犯罪被害者等から被害に関する心情、犯罪被害者等の置かれている状況等を聴取し、保護観察対象者に伝達する制度(心情等伝達制度)を実施しており、当該対象者に対して、被害の実情を直視させ、反省や悔悟の情を深めさせるような指導監督を徹底している。2020年中に、心情等を伝達した件数は155件であった。また、被害者を死亡させ、又は重大な傷害を負わせた保護観察対象者に対し、しょく罪指導プログラム(資5-86-2参照)による処遇を行うとともに、犯罪被害者等の意向にも配慮して、誠実に慰謝等の措置に努めるよう指導している。2020年において、しょく罪指導プログラムの実施が終了した人員は390人であった。

 さらに、2021年(令和3年)3月に閣議決定された「第4次犯罪被害者等基本計画」に基づき、「更生保護の犯罪被害者等施策の在り方を考える検討会」※21報告書、法制審議会からの諮問第103号に対する答申を踏まえ、犯罪被害者等の視点に立った保護観察処遇の充実等に向けて必要となる施策を検討し、実施することとしている。

 加えて、2013年(平成25年)4月から、一定の条件に該当する保護観察対象者を日本司法支援センター(法テラス)※22に紹介し、法テラスにおいて被害弁償等を行うための法律相談を受けさせ、又は弁護士、司法書士等を利用して犯罪被害者等との示談交渉を行うなどの法的支援を受けさせており、保護観察対象者が、犯罪被害者等の意向に配慮しながら、被害弁償等を実行するよう指導・助言を行っている。

資5-86-1 刑事施設における被害者の視点を取り入れた教育の概要
資5-86-1 刑事施設における被害者の視点を取り入れた教育の概要
資5-86-2 保護観察所におけるしょく罪指導プログラムの概要
資5-86-2 保護観察所におけるしょく罪指導プログラムの概要

COLUMN7 「被害者の視点を取り入れた教育」の一環としての「生命のメッセージ展」

特定非営利活動法人「いのちのミュージアム」 代表 鈴木 共子

 特定非営利活動法人「いのちのミュージアム」の主な活動が、「生命のメッセージ展」である。交通事故・犯罪等で命を奪われた被害者の等身大人型パネル(私たちは「メッセンジャー」と呼んでいる。)や遺品の靴等の展示を通じて、被害者の無念さ、遺族の慟哭(どうこく)を知ってもらい、「命の大切さ」を伝える企画である。

 「生命のメッセージ展」は、教育現場・企業等様々な領域で、命の授業、交通安全教育、人権教育等の啓発企画として、成果をあげていると思われる。

 そして、「被害者の視点を取り入れた教育」※23の一環として、2013年(平成25年)から2017年(平成29年)までの5年間、全国の矯正施設で巡回展示を実施させていただき、2020年度(令和2年度)より再度、同様の巡回展示をさせていただいている。矯正施設での開催に当たっては、「命の大切さ」のみならず、「誰も被害者にも加害者にもしない」という決意を新たに掲げて取り組んできた。

 私たちの活動は、命を奪われた被害者に語らせるものである。等身大の人型パネルに貼られた被害者の情報や遺族の思いを知り、足元に置かれた靴に触れ、秒針だけの時計が刻む鼓動(こどう)を聴き、そして会場の「赤い毛糸玉」に赤い毛糸を結んでもらう。つまり五感をとおして生きたくても生きることのできなかった被害者の存在を感じてもらうのだ。「生命のメッセージ展」にスタッフ又は遺族が立ち会えば、メッセンジャーからのメッセージとして「罪を犯した人たちへ」という詩を朗読している。犯した罪がどのようなものであれ、他人事ではなく、自分事として向き合ってくれたなら、「贖罪(しょくざい)」の気持ちが育まれるのではと、私たちは信じているからだ。メッセンジャーとの出会いが「再犯防止」につながるのであれば、被害者の無念な死は無駄ではなかったと思われ、遺族にとってささやかな慰めにつながるかもしれない。

 5年間の開催の成果は分からないが、「生命のメッセージ展」を見学した一部の受刑者から直接手紙や寄付を受け取ることがある。当初、矯正施設での開催に関して、かなりの抵抗感を示す遺族が少なくなかった。掲げた理念と抵抗感のアンビバレンスな感情を抱え、悩みながらの開催を続けてきたというのが正直なところである。直接の事件事故の加害者ではない受刑者からの手紙であっても、「生き直そう」という必死の気持ちが読み取れ、抵抗感が薄らいだ遺族もおり、再度の巡回展示に取り組むことができているのかもしれない。コロナ禍で2020年度は、スタッフ及び遺族の立会いができず、メッセンジャーとなった命を奪われた被害者と直接向き合ってもらった。文字どおり「死者との対話」という訳だ。限られた見学時間なので、メッセンジャー全員と向き合っていただけないかもしれないが、たとえ一人のメッセンジャーであったとしても、何らかの気付きがあってほしいと私たちは願うのである。たかが人型パネル、されど人型パネルで、「死者は無力ではない」と伝えたい。

 東京都日野市にある「いのちのミュージアム」には、「生命のメッセージ展」の常設展示室がある。矯正施設で「生命のメッセージ展」を見学し、その後出所してから、「いのちのミュージアム」に定期的に訪れてくれる元受刑者がいる。「贖罪(しょくざい)」と「更生」の決意を新たにするためだということだが、こうした事例を通して、「いのちのミュージアム」が、ささやかながらも社会復帰支援につながれば幸いである。

 被害者、加害者という立場の違いはあったとしても、「被害者も加害者も生まない社会」を目指して共に歩んでいける社会であってほしいと、心から願うものである。

「メッセンジャー」と「赤い毛糸玉」
加古川刑務所における生命のメッセージ展の様子
  1. ※21 「更生保護の犯罪被害者等施策の在り方を考える検討会」
    犯罪被害者等の心情等を踏まえた保護観察処遇を実現させるための方策等を検討することを目的に、2019年(平成31年)に法務省保護局長が設置した検討会であり、2020年(令和2年)に提言内容を含む報告書を取りまとめた。
  2. ※22 日本司法支援センタ―(法テラス)
    日本司法支援センター(通称:「法テラス」)は、国により設立された、法による紛争解決に必要な情報やサービスを提供する公的な法人。
  3. ※23 被害者の視点を取り入れた教育
    施策番号86】参照。