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第2 平成19年の国際情勢

第2 平成19年の国際情勢

1 北朝鮮・朝鮮総聯

(1) 進展と不透明さが併存する北朝鮮核問題

―北朝鮮は,米国が対北政策転換と認識,「核放棄」に向け始動。ただし,ウラン濃縮問題などは棚上げの構え―
―中国は,「2.13合意」などの成果を高く評価するも,米朝接近による6者協議の枠組み形骸化を警戒―


〈北朝鮮はBDA資金の返還を受け,寧辺核施設の稼働停止などを実施〉

 北朝鮮は,米国との間で6者協議首席代表の非公式会談をベルリンで行い(1月16~18日),「一定の合意が達成された。我々は,米国が直接対話を行ったことに注意を払った」などと表明し,米国の対北政策が転換したとの認識の下,これに前向きに対応する姿勢を見せた。その上で,第5回6者協議第3セッション(2月8~13日,北京)においては,重油供給などを見返りとして,寧辺核施設の稼働停止・封印などの「初期段階措置」を始めとする核放棄プロセスを進めることに合意した(「2.13合意」)。
 その後,北朝鮮は,米国の「金融制裁」によって凍結されたマカオのバンコ・デルタ・アジア銀行(BDA)の北朝鮮資金を直接の引き出しではなく,金融機関を通じた送金による返還を求めるなど態度を硬化させ,60日以内とされた「初期段階措置」の履行に応じなかった。
 しかし,米国が自国の中央銀行を通じた送金を受け入れ,同資金がロシアを経由して北朝鮮側口座へ移管された(6月)ことを受けて,「初期段階措置」の履行に向けた動きを始め,7月中旬までに寧辺の5メガワット原子炉の稼働停止,国際原子力機関(IAEA)による核施設の監視受入れなどを実施した。


〈寧辺核施設の年内無能力化などに合意するも,ウラン濃縮問題は棚上げ〉
 北朝鮮は,第6回6者協議第2セッション(9月27~30日,北京)において,「2.13合意」に盛り込まれた「次の段階の措置」の具体策として,米国がテロ支援国家リストから北朝鮮を除外する作業を開始することなどを「並行的に実施」するとの条件の下,寧辺の5メガワット原子炉,使用済み核燃料再処理施設(プルトニウム抽出),核燃料棒製造施設の3施設の「無能力化」と「すべての核計画の完全かつ正確な申告」を12月31日までに実施することに応じる共同文書の採択に合意した。同合意に基づき,北朝鮮は,11月,米国の専門家グループを受け入れ,同施設の無能力化に向けた作業が開始された。
 この間,北朝鮮は,ベルリン会談以降も,米朝国交正常化作業部会をニューヨーク(3月)及びジュネーブ(9月)で開催したほか,作業部会出席を兼ねた金桂官外務次官の訪米(3月),ヒル米国務次官補の訪朝(6月)などを通じて,対米関係の進展を印象付けた。


6者協議で合意された核放棄プロセス

〈中国は,「2.13合意」を自賛するも,米朝,南北の接近を警戒し,北朝鮮核問題における自国の役割をアピール〉

 中国は,6者協議議長国として,第5回6者協議第3セッションにおいて「2.13合意」の採択にこぎ着けたことを「6者協議が半島の核問題を解決する上で現実的かつ効果的な道であることが証明された」(2月13日,唐家●(王へんに旋)国務委員)などと評価した。しかし,その後の6者協議は,BDA資金移管問題が解決するまでの間,実質的成果がないまま長期休会に追い込まれた上,再開された6者協議においても,米朝が事前に直接協議を行い一定の合意に達した後に6者全体で協議する形式が通例化した。
 また,中国は,ヒル米国務次官補の訪朝(6月)や盧武鉉韓国大統領の訪朝(10月)などに象徴される米朝,南北の接近傾向に対しては,6者協議枠組みの形骸化や自国の役割低下を招きかねないとして強く警戒する姿勢を示しているとの指摘もなされた。こうした中,中国は,楊潔●(竹かんむりに虎)外交部長を訪朝させ(7月),金正日総書記自身から「初期段階措置履行」の言質を引き出し,これを内外にアピールすることによって中国の北朝鮮に対する影響力を誇示した。その後も中国は,朝鮮半島の平和体制の協議参加国に関し,南北共同宣言(10月)に盛り込まれた「3者又は4者で協議」について,「“3者”とは中国を除く米・朝・韓を指すのではないか」との観測が流れる中,「中国の役割を軽視してはならない」と題した論評を発表する(10月10日付け「人民日報」海外版)などした。


〈北朝鮮はブッシュ政権任期内における対米関係の最大限の進展を模索か〉

 北朝鮮は,米国の対北政策の転換を好機ととらえており,今後,ブッシュ政権の任期切れ(2009年〈平成21年〉1月)を視野に入れつつ,核施設の無能力化を履行し,「核問題進展」をアピールすることによって,最大限の実利獲得を目指すものとみられる。
 しかしながら,北朝鮮の核の完全放棄実現までには,核施設や核物質及び核兵器の解体・撤去など依然として多くの問題が残されているが,北朝鮮は「核保有国」としての体制存続を目指しているとも指摘されており,なお多くの曲折が予想される。
 中国は,引き続き6者協議議長国として,同協議を通じた北朝鮮核問題の解決を目指し,協議枠組みの維持に腐心するとみられる。


(2) 「経済重視」を打ち出しつつ,国内統制強化に腐心する北朝鮮

―年初から「経済重視」を標榜するも,低迷から脱せず,水害が更に追い打ち―
―「統制強化」による体制不安定化要因の抑制に腐心―


〈計画経済の機能回復を企図するも,電力難などに起因の悪循環解消できず〉

 北朝鮮は,年初の「新年共同社説」において,2006年(平成18年)の核実験を踏まえて「核抑止力保持は民族史的慶事」と自賛しつつ,今後は,「経済問題に国家的力を集中させる」旨の方針を打ち出した。その実現策として,食糧・エネルギーの増産や老朽化した生産設備の更新に力を入れたほか,工場・企業所に対して,生産計画や予算執行の順守を求める一方,かねて活発化しつつあった個人による商業活動への規制を強めるなど,計画経済制度の機能回復に努めた。また,金正日総書記の経済部門に対する現地指導報道を増加させ(2006年14回,2007年1~11月22回),経済振興への注力を印象付けた。さらに,金英逸総理の東南アジア歴訪(10~11月)を始め,各国への代表団派遣や招請を活発化させ,経済協力拡大を働き掛けた。
 このような取組の結果,興南肥料連合企業所の新生産工程操業(8月)を始め,かねて停滞が伝えられていた重化学工業部門の主力工場における一部生産設備の更新などの成果が見られた。しかし,経済全般としては,電力・原料・外貨などの不足に起因する悪循環を依然として解消できず,低迷状態から脱するには至らなかった。
 さらに,8月と9月の2回にわたり,穀倉地帯などが集中豪雨に見舞われ,全耕地面積の少なくとも約1割に当たる20万ヘクタール以上の農地が水没・流失などしたといわれ,道路・鉄道が寸断されたり,工場や発電所が浸水するなど,深刻な被害を受けた。


〈住民への統制強化に加え,幹部の不正・腐敗摘発にも腐心〉

 北朝鮮は,経済部門での統制強化と併せ,13年振りに全国党細胞書記大会を開催して(10月),党の組織を通じた住民統制や思想教育の強化を訴えたほか,住民の脱北や私的会合,外国製CD・ビデオ所持などに対する取締りを徹底するなど,社会統制に力を注ぎ,さらに,党・政府・軍幹部の不正・腐敗の摘発を強化するなど,幹部層の規律引締めにも腐心した。また,「外国情報機関」によるスパイ活動の摘発を発表する(9月)など,情報流出に対する厳しい姿勢を国内外に示し,体制の引締めに努めた。
 これら一連の措置の背景には,近年の貧富格差の拡大,拝金主義的風潮のまん延,外部情報の流入及び機密の流出など,体制不安定化要因の増大に対する北朝鮮指導部の強い危機感が存在すると考えられる。


〈ミサイル部隊閲兵で軍事力誇示,国防委員会の機能強化との指摘も〉

軍創建75周年閲兵式で登場したミサイル部隊(ロイター=共同)
軍創建75周年閲兵式で登場したミサイル部隊(ロイター=共同)

 北朝鮮は,「経済重視」方針を打ち出す一方,「先軍政治」路線を引き続き堅持し,朝鮮人民軍創建75周年(4月)に際し,弾道ミサイルを含む閲兵行進を行って,内外に軍事力強化を誇示するなどした。また,短距離ミサイルの実験も繰り返し実施した。
 同時に,金永春軍総参謀長を国防委員会副委員長に専任させたほか,李明秀大将ら金正日側近と目される軍高官を相次いで国防委員会に異動する人事を行うなどして組織を拡充・強化し,従前,象徴的とされてきた同委員会の機能強化を図ったともみられる。

〈国外からの支援・投資導入と各種統制強化による体制維持に尽力〉

 前述の北朝鮮の一連の動向は,かつて体制安定の基盤となっていた社会的統制システムの回復を目指したものといえよう。
 北朝鮮は,今後とも,体制維持のために核問題や対外関係の進展を利用しつつ,中国・韓国を始めとする各国の政府・民間企業による支援・投資の拡大に努めるものとみられる。
 しかし,そのような対外関係の改善・活発化による対外的緊張感の弛緩や国外との人的交流の増大は,半面,国内統制を一層困難にする要素としても作用しかねない。また,国家による食糧などの供給力が十分に回復しない中での対症療法的な引締め策の効果は,極めて限定的であるばかりか,経済の実情を無視した過度な統制・取締りは住民の反発を招くおそれもあり,同国の体制安定度については,引き続き注視が必要と考えられる。


(3) 強硬姿勢を維持しつつ,我が国の対北朝鮮政策の転換を企図

―「拉致問題は解決済み」の主張を堅持するなど,強硬姿勢を維持―
―「日朝協議の進展には制裁解除が先決」などと主張して,我が国の対北朝鮮政策転換を企図―


〈「米朝関係改善」をアピールして,「日本孤立化」と揺さぶり〉

 北朝鮮は,かねて拉致問題については,「拉致問題の政治利用」と決め付けて,対日姿勢を硬化させてきたところ,2007年(平成19年)に入って以降も,6者協議や米朝関係の進展などの情勢を背景に,「6者協議と縁のない拉致問題を持ち出して協議進展を妨害するなら,日本は孤立し,自滅する」旨主張するなど,我が国に対する揺さぶりを強めた。
こうした中で開かれた日朝国交正常化のための第1回作業部会(3月,ハノイ)では,「拉致問題は解決済み」との主張を崩さず,「朝日間の立場の違いは大きく,これ以上議論する必要はない」として初日の協議を一方的に中断させるなど,強硬姿勢に終始した。


〈我が国の対北朝鮮措置などに反発の一方,「過去清算」を強調〉

 北朝鮮は,我が国の対北朝鮮措置延長(4月)や朝鮮総聯施設への一連の家宅捜索,朝鮮中央会館競売問題などに対して「共和国に対する主権侵害」,「当該部門で必要な措置を採る」(7月1日,外務省報道官声明)などと反発した。また,平壌などで,労働者や学生らを動員した対日抗議集会を相次いで開催した(7月)ほか,朴宜春外相が,ASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会議(8月,マニラ)の席上,我が国の朝鮮総聯への対応を「弾圧」と断じた上,「日本は非人道的な状況にある」と主張するなど,内外で対日非難を繰り返した。
 同時に,北朝鮮は,国連人権理事会(3月,ジュネーブ)で,我が国が拉致問題解決に向けて国際社会の協力を求めたことに対し,「拉致問題は完全に解決済みであり,唯一の未解決問題は過去清算問題である」などと反論したほか,「第8回日本軍『慰安婦』問題解決のためのアジア連帯会議」(5月,ソウル)で,我が国の「過去清算」早期履行を求める国際的反日連帯を強化するよう呼び掛けるなど,「過去清算」問題の国際的アピールにも努めた。


〈「制裁解除が先決」などと主張し,我が国からの行動を促す姿勢〉

 北朝鮮は,日朝国交正常化のための第2回作業部会(9月,ウランバートル)においては,協議を中断することなく議論を行うなど,前回部会とは異なる対応を見せた。しかし,拉致問題に関しては,「被害者や家族を帰国させるなど,できるだけの努力をしてきた」などと主張するにとどめたほか,国交正常化問題でも,日朝平壌宣言に明記された経済協力とは別途に,「植民地時代の人的,物的,精神的被害に対する補償」を要求するなど,従前同様の主張を繰り返した。さらに,同部会後には,「朝日関係改善において雰囲気作りの最初の段階は制裁の解除」などと強調した。
 その後,福田政権発足(9月)を受け,「日本が誠意を見せれば,現在の朝日関係からの脱却が可能」などとする一方,我が国の対北朝鮮措置再延長(10月)に対しては,「政権交代しても,対朝鮮敵視政策に変化なし。現当局は反共和国制裁を中止すべき」と主張した。また,その後も,「日本は対朝鮮敵視政策を転換する政治的決断を下すべき」,「過去清算はこれ以上先延ばしできない差し迫った時代の要求である」旨主張し,我が国側からの行動を促す姿勢を示した。


〈我が国の対北朝鮮世論軟化を企図,対日働き掛けを活発化〉

 北朝鮮は,当面,我が国の対北朝鮮措置を「対話の障害」と決め付け,その緩和・中止を様々な形で迫ってくるものと思われる。
 そのため,我が国内の対北朝鮮世論の軟化・好転,とりわけ,拉致問題の事実上の棚上げに向けた世論の沈静化を目指し,朝鮮総聯などを介した我が国各界への働き掛けを活発化させるであろう。
 このほか,日朝間の往来・交易をめぐっては,外貨の獲得や先端・汎用物資の入手などを目指す北朝鮮関係者らによる各種の輸出入規制違反を始めとする対日有害活動についても,引き続き警戒が必要である。


(4) 核実験後の相互不信を抱えつつ,修復へ向かう中朝関係

―6者協議進展を背景に,人的交流が活発化,中朝友好を強調―
―各種経済交流も拡大,中朝貿易額は引き続き増加―


〈金正日総書記の中国大使館訪問を機に,高官らの往来・交流が活発化〉

 北朝鮮と中国は,6者協議プロセスが進展を見せる中,双方の人的往来を活発化させ,北朝鮮の核実験(2006年〈平成18年〉10月)を契機に生じた亀裂の修復を図った。
 北朝鮮側からは,金正日総書記が3月4日,中国大使館を訪問して駐朝中国大使と懇談したほか,朝鮮人民軍対外事業活動家代表団(3月),朝鮮労働党親善代表団(8月),外務省代表団(9月)を始めとする各種代表団が訪中した。また,中国側からは,中国共産党中央対外連絡部代表団(4月),中国共産党友好代表団(6月),楊潔●(竹かんむりに虎)外交部長(7月),中国人民解放軍友好代表団(8月),政府文化代表団(9月),劉雲山党中央政治局委員(10月)などの訪朝が相次いだ。
とりわけ,楊潔●(竹かんむりに虎)外交部長の訪朝に際しては,金正日総書記が,「引き続き,中国との意思疎通と協調の強化を望んでいる」と述べ,中朝の関係修復ぶりを内外に印象付けた。また,劉雲山党中央政治局委員の訪朝時にも,同総書記が「中朝友好重視」を改めて強調した。
 このように,中朝双方が関係修復に動いた背景には,北朝鮮側としては,対米交渉を進める上で中国との政治的・経済的関係を安定化させる必要があり,また,中国側としても,北朝鮮と米国・韓国との接近傾向が続く中,中国の対北朝鮮影響力が相対的に低下することを回避する思惑があったとみられる。


〈中朝貿易は拡大するも,中国の対北投資は伸び悩み〉

 経済分野では,中朝間の貿易額は,1~10月期で前年比16.6%増を記録し,過去最高額の2006年(平成18年)を更に上回る勢いを示すなど,近年の増加すう勢を維持した。特に,中国の高い需要を背景に,北朝鮮の対中輸出が無煙炭などの鉱物類を中心に大幅に増加した(前年同期比29.7%増)。また,中国の対北原油輸出も例年並み(年間50万トン程度)の水準が続いた(中国海関統計)。
 一方,中国企業による直接投資については,北朝鮮が,平壌で開催した国際商品展覧会(5月,10月)に多数の中国企業を招請したほか,中国で開催された「第3回中国吉林・北東アジア投資貿易博覧会」(9月)に政府経済貿易代表団を始め,多くの企業を出席させて中国企業への働き掛けに努めた。このような中で,鉱山や製鉄所への投資に向けた一部の動きが伝えられたが,中国側は全般的に大規模投資に慎重な態度を示している。その背景には,近年の中朝貿易の急激な拡大に並行して,取引に伴うトラブルが頻発し,中国側に北朝鮮の投資環境などに懐疑的な見方が,依然,根強いことなどの事情があろう。
 また,中朝間では,かねて北朝鮮が中朝国境に新たな経済特区を設置するなどの報道もなされているが,具体的な動きを見せるには至っておらず,2005年(平成17年)に合意が伝えられた「琿春(中国)-羅津(北朝鮮)間道路及び羅津港再開発事業」も,未着工のままとなっている。


〈中朝共に,引き続き相互不信を抱えつつ,関係維持に腐心か〉

 北朝鮮は,対米交渉推進に資する対外環境を整備するとともに,経済運営に不可欠な中国との経済関係を持続する観点から,中国の新指導部発足を契機とした高位級幹部の往来を行うなどして,中国との良好かつ安定した関係の構築・維持に努めるものとみられる。ただし,北朝鮮への中国の影響力増大や情報流入に対する根強い警戒心から,中国との交流・交易については,引き続き様々な監視・統制を加えていくものとみられる。
 中国は,核実験を強行した北朝鮮に対する不信を抱えつつも,米朝関係や南北関係の推移を注視しながら,食糧・エネルギーの支援などを通じ,対北朝鮮影響力の維持・拡大に努めるであろう。


(5) 韓国の対北宥和政策定着を狙う北朝鮮

―6者協議の進展などを背景に協力関係を強化。7年振りに南北首脳会談に応じ,多分野で成果を獲得―


〈南北対話・交流に積極対応,各種支援物資を獲得〉

 北朝鮮は,6者協議が進展を見せる中,2006年(平成18年)7月の北朝鮮のミサイル発射を契機に中断されていた南北の当局間対話の再開に応じる姿勢に転じ,第20回南北閣僚級会談(2月,平壌)や第13回南北経済協力推進委員会(4月,平壌),第5回南北将官級軍事会談(5月,板門店)などを相次いで開催した。一連の会談で,北朝鮮側は,離散家族面会事業の再開や南北連結鉄道(京義線,東海線)の試験運転(5月17日実施)に同意する一方,韓国側に対し,コメ・肥料などの支援再開や約8,000万ドル相当の軽工業原材料支援の履行などを要求した。これに対し,韓国側は,まず肥料30万トンの支援を行い(3~6月),北朝鮮側の核施設稼働停止の動きを見た上で,6月からコメ40万トンの支援を,また,7月から軽工業支援を順次実施した。


〈南北首脳会談を再び平壌で開催,大型経済協力事業を具体化〉

 金正日総書記は2000年(平成12年)6月,金大中大統領(当時)の訪朝時,「適切な時期にソウルを訪問する」ことを約束し,以来,その実現時期が注目されていたが,韓国・北朝鮮両政府は,8月,盧武鉉大統領が同月末に訪朝し,2回目の南北首脳会談を平壌で実施する旨発表した。その後,北朝鮮の水害を理由とする延期を経て,盧武鉉大統領は,10月2~4日の間,北朝鮮を訪問した。
 盧武鉉大統領と金正日総書記は,7年振りとなる南北首脳会談において,「南北関係発展と平和繁栄のための宣言」に合意・署名した。同宣言には,南北の「民族利益重視」,「相互尊重」,「内部問題不干渉」,「民族経済の均衡的発展」などがうたわれたことに加え,「西海平和協力特別地帯」など各種の大規模経済協力事業が盛り込まれ,朝鮮戦争終戦宣言のための「3者又は4者」の首脳会合開催や「海外同胞の権益擁護」に関する協力なども明記された。他方,核問題については,「6者協議の合意事項の履行」など簡略な言及にとどまった。
 その後,南北は,首相会談(11月14~16日,ソウル),国防相会談(同27~29日,平壌),金養建朝鮮労働党統一戦線部長の訪韓(同29日~12月1日)などを通じ,同宣言の具体化に向けた協議を活発化させた。


最近5年間の中朝貿易額の推移(中国海関統計)
最近5年間の中朝貿易額の推移(中国海関統計)

〈韓国大統領選挙に向け,ハンナラ党批判を強化〉

 北朝鮮は,12月の韓国大統領選挙に向け,対北宥和政策継承を訴える与党系候補への有利な情勢創出を目指して,年初から,韓国側に対し,野党ハンナラ党の政権獲得阻止に向けた「反保守大連合」結成を呼び掛けたり,同党大統領候補を「悪らつな親米事大売国奴」と決め付けて激しい非難を繰り返すなど,活発な宣伝活動を行った。その一方で,与党系のウリ党に対しては,李海●(王へんに贊)元首相を始め,同党国会議員らを北朝鮮の統一関連団体との交流に相次いで招請する(3月,4月,5月)など同党との良好な関係を示すなどした。


〈韓国新政権の対北政策に対応して硬軟の政策を使い分け〉

 これら一連の動向には,盧武鉉大統領の在任中にその対北宥和政策による実利を最大限獲得するにとどまらず,同政策が次期政権においても継承されるよう,その定着化を図る狙いがあるとみられる。
 今後,北朝鮮は,韓国の新政権の対北政策に対応して硬軟の政策を使い分け,今次首脳会談での合意に基づく経済協力事業の具体化及び履行を強く求めていくものとみられる。


「南北関係発展と平和繁栄のための宣言」で示せされた経済協力事業

(6) 難局の中,組織力回復に腐心する朝鮮総聯

―第21回全体大会を開催,組織衰退に歯止めを掛けるべく「同胞再発掘運動」を提起。「弾圧・制裁」非難などの抗議活動を活発化―
―朝鮮中央会館問題を契機に中央執行部批判が公然化,中央執行部は批判封じ込めに腐心―


〈全体大会で組織基盤拡充に向けた活動課題を提起,指導体制を強化〉

東京で開催された第21回全体大会(共同)
東京で開催された第21回全体大会(共同)

 朝鮮総聯は,2006年(平成18年)中,北朝鮮の核実験や朝鮮総聯関連施設・関係者への家宅捜索などにより,組織・活動面で深刻な影響を受けたが,1月以降も朝鮮総聯関連施設への家宅捜索が相次ぐなど,「結成以来,最悪の試練」(4月,徐萬述議長)を迎えた。
 朝鮮総聯は,こうした厳しい情勢の中,2006年(平成18年)11月から2007年(平成19年)5月の第21回全体大会までの間,「6か月運動」と称する大衆運動を実施し,活動全般の盛り上げに努めた。また,第21回全体大会では,向こう3年間の最重要活動課題として,組織離脱者・未組織者らの取込みを主目的とする「同胞再発掘運動」を提起したほか,我が国政府による対北朝鮮措置の撤回や朝鮮総聯関連施設への家宅捜索の中止などを求める対日抗議活動の強化を打ち出した。同時に,これら活動の推進に向け,中央本部に「民族圏委員会」,「権利福祉委員会」,「宣伝広報局」を新設するとともに,副議長以上の最高指導部を全員留任させた上で副議長を2人増員し,指導体制の強化を図った。


〈中央会館問題による組織の動揺・執行部批判に対応,地方指導を強化〉

 全体大会直後の6月,朝鮮中央会館の「売却」問題が表面化した。このため,活動家・会員に動揺が生じ,一部の古参活動家が「売却」を主導した許宗萬責任副議長の辞任を求める文書を流布させる事態も発生した。朝鮮総聯中央は,このような動きに対し,地方組織に「売却は適法・正当」と主張した上,「不純敵対分子による中央指導部への攻撃には打撃を与え,徹底的に排撃せよ」との指導を繰り返すなど,組織の引締めを図った。
 また,朝鮮総聯は,整理回収機構(RCC)が朝鮮中央会館の競売に向けた手続を進めていることに対して,「朝鮮総聯に対する不当な政治弾圧」などと強く反発し,RCCが提起した「朝鮮中央会館管理会」(中央会館の所有名義人)を相手取った執行文付与を求める訴訟においては,「管理会と朝鮮総聯は別個の存在」などと主張して全面的に争う姿勢を明らかにした。


〈対北朝鮮措置延長などに抗議,集会・デモなど宣伝・要請活動を活発化〉

対北朝鮮措置の再延長に抗議するデモ行進(10月,東京)
対北朝鮮措置の再延長に抗議するデモ行進(10月,東京)

 朝鮮総聯は,税理士法違反容疑による地方商工会(1月,2月)や渡辺秀子さん2児拉致容疑による在日本朝鮮留学生同盟及び朝鮮問題研究所(4月)への家宅捜索,対北朝鮮措置の延長(4月,10月)などに対し,「横暴極まりない政治弾圧」,「反人倫的行為」などと強く反発,3月3日に東京,兵庫など4か所で大規模抗議集会やデモ行進を一斉に実施したほか,各地でビラ配布などの街頭宣伝や親朝団体への支援要請に取り組んだ。また,9月には,内閣府に対し,北朝鮮に対する水害救援物資の運搬を名目に北朝鮮船舶の我が国入港を求めたが,受け入れられなかったことから,これを「非人道的対応」などと非難する声明を発表した。さらに,10月,東京都内において,対北朝鮮措置の再延長に抗議する集会及びデモ行進を実施したほか,改めて内閣府を訪れ,同措置の撤回や日朝国交正常化の早期実現,朝鮮中央会館の競売中止などを求める福田総理あての要請書を提出した。
 このほか,国連人権理事会に代表団を派遣する(3月,9月)などして,「日本当局が朝鮮総聯と在日同胞を弾圧し,人権を侵害している」などとする主張を国際社会に訴える動きも見せた。


〈対北朝鮮措置撤回を目指す対日活動を強化。会館競売への対応に注目〉

 朝鮮総聯は,北朝鮮の指示の下,対北朝鮮措置の解除など我が国政府の対北朝鮮政策の転換を促すべく,我が国政局の推移も見極めつつ,各界への働き掛けを一層活発化するとみられる。また,朝鮮中央会館の競売申立てがなされた場合にも,「和解」を引き続き求めるなど,同会館の使用継続に向け力を尽くすものとみられる。



2 中国

(1) 第二期胡錦濤政権が発足,政権基盤の強化に尽力

―第17回党大会を開催し,調和と安定重視の胡錦濤指導理念を確立―
―経済の安定と成長を志向するも,社会の不安定化要因は拡大―


〈第17回党大会を開催,第二期胡錦濤政権が発足〉

周永康,李克強,李長春,温家宝,胡錦濤,呉邦国,賈慶林,習近平,賀国強(共同)
周永康,李克強,李長春,温家宝,胡錦濤,呉邦国,賈慶林,習近平,賀国強(共同)

 中国では,共産党第17回全国代表大会(第17回党大会,10月15~21日)が開催され,その後の第17期中央委員会第1回全体会議(22日)で第二期胡錦濤政権が発足した。胡錦濤総書記は,党中央政治局や中央委員会の委員約半数を入れ替え,自身の出身母体である「共産主義青年団」出身幹部を多数起用するなど,政権基盤強化の動きが見られた。また,党最高指導部の政治局常務委員会は,曽慶紅委員ら4人の委員が退き,「第五世代」と呼ばれる50歳代の指導者を加え,世代交代への道筋をつけたものの,賈慶林委員が留任するなど,江沢民前総書記に近いとされる勢力へのバランスも考慮したことをうかがわせる陣容となった。


〈「科学的発展観」を党規約に盛り込み,胡錦濤指導理念を確立〉

 第17回党大会では,党規約を改正し,胡錦濤総書記が提唱する「科学的発展観」を新たに書き加えた。「科学的発展観」は,都市と農村,社会と経済などすべての分野においてバランスの取れた成長・発展を図るべきであるとする理念であり,その到達目標は「調和のとれた社会」の構築にあるとされる。これまでは,指導者の退任後又は退任時にその指導理念が党規約に盛り込まれてきたが,今回,胡錦濤総書記の任期半ばで盛り込まれたことは,「科学的発展観」が,経済成長の過程で発生した所得格差や汚職・腐敗問題,環境問題など各種難題に取り組む政権の指導理念として党内で幅広い承認を得たことの現れであり,胡錦濤政権の基盤強化をうかがわせた。


〈軍事力強化の一方で,国際社会の中国脅威論払拭に腐心〉

 中国は,第17回党大会の政治報告で,「科学的発展観」を「国防と軍隊建設の重要な指導方針」と位置付け,引き続き装備・編成のハイテク化を主軸とした軍事力の強化・拡充を図る方針を示した。また,国防予算額は,約5兆3,340億円と発表され,前年比17.8%増と19年連続2桁の伸びとなったほか,1月には弾道ミサイルによる衛星破壊実験の実施,3月には「2010年(平成22年)までに国産空母を建造,導入する」可能性を指摘した人民解放軍中将の発言報道などが見られたことから,米国などから懸念の声が上がった。
 これに対して,中国は,軍備における透明性を高めるとして,国連の「軍事費支出報告制度」などへの参加を表明した(8月)ほか,党大会で,「いかなる国にとっても軍事脅威にはならない」と改めて述べるなど,中国脅威論の打ち消しに努めたが,国際社会の警戒感は依然として払拭されていない。


〈一党支配体制の堅持を改めて強調〉

 胡錦濤総書記は,第17回党大会の政治報告で,「民主」の文言を多用するなど「社会主義民主政治を発展させる」方針を示す一方で,改めて「四つの基本原則」((1)社会主義の道,(2)人民民主独裁,(3)共産党の指導,(4)マルクス・レーニン主義と毛沢東思想)堅持の姿勢を示し,共産党一党支配体制維持の方針を確認するなど,一党支配体制の堅持を改めて強調した。


〈高い経済成長が続く一方,貧富の格差は拡大〉

 中国の1~9月期のGDP成長率は,11.5%に達し,3月の全国人民代表大会(全人代)で掲げた経済成長率目標の8%を大きく上回った。おう盛な不動産投資やインフラ建設などにより,固定資産投資が1~9月期で対前年同期比25.7%増加,加えて株式市場へも大量の資金が流入し株価が年初来3倍増となるなど経済は過熱状態にあるとみられている。この状況に対し,中国人民銀行は5度の金利引上げの決定や9度の公定歩合引上げなどの金融引締策を実施し,経済の安定に努めた。
 こうした中,9月末現在で都市と農村の所得格差は約3倍,都市内格差は高所得者層と低所得者層で10倍以上といわれているなど,貧富の格差は引き続き問題視されている。また,貧富の格差拡大を助長しているとされる汚職・腐敗問題も深刻なままであり,依然,経済関連事件が多発している。


〈物価上昇など低所得者層の生活を直撃する問題も発生〉

 経済拡大と同時に,これまで抑制されていた物価が上昇し始め,9月の消費者物価は,対前年同月比6.2%上昇,なかでも肉類,食用油,卵などの食品価格が大幅に上昇し,低所得者層の生活に大きく影響した。
 また,中国産小麦を原料としたペットフードで多数のペットが死亡する事例が米国,カナダで発生した3月以降,諸外国おいて相次いで中国製品の安全性が問題視され始め,国内でも不安が広がり,中国当局は対応に迫られた。
 環境問題もクローズアップされ,政府が設定した省エネ,汚染物質の排出削減目標も2006年(平成18年)中には達成できなかったことが全人代で明らかとなり(3月),胡錦濤指導部は全人代や第17回党大会において,同問題に対する危機感を示し対策の強化を訴えた。
 さらに,工場からの排水により健康を害したとして周辺住民数千人が企業を襲撃する事案が各地で発生するなど,環境問題に起因した集団抗議事件が頻発し,同事件の大規模化や暴徒化の事例も見られた。


〈社会の安定を重視するも,民衆の不満の強い諸問題に直面〉

 第二期胡錦濤政権は,2008年(平成20年)の北京オリンピック開催を控え,社会の安定を最優先課題としており,第17回党大会の政治報告でも,「経済成長の代償」として指摘した環境問題,格差問題,汚職・腐敗問題などの解決に全力で取り組む方針を示した。しかし,経済成長が減速することを避けつつ,これら諸問題の解決に向けて効果的な対策を打ち出すことができるか疑問視する声もある。さらに,胡錦濤政権は,「民生問題」への不満の高まりに伴って頻発する集団抗議事件及び同事件の過激化や組織化への対処を迫られており,今後,国際社会が注視する情報公開や人権問題にいかに対応していくか注目される。

コラム


〈噴出する経済・社会問題と多発する集団抗議事件〉


〈噴出する経済・社会問題と多発する集団抗議事件〉

香港紙などの数値に基づく(2000年については,1~9月の数値。2001年については,関連報道がない)


民衆の不満の原因

(1)都市と農村の発展格差の拡大

(2)資源消費,環境汚染の深刻化

(3)食品の安全性,重い医療・教育費負担

(4)役人などの汚職・腐敗

近年の集団抗議事件の特徴点

(1)退役軍人,教職員など知識層の参加による組織化

(2)弁護士などの介入による運動の理論武装化,長期化

(3)火炎びんや爆発物などの使用による過激化

(4)発生要因と関係のない者が大勢参加する事案の増加


(2) 全方位の協調外交を積極的に展開,国際社会での地位向上を企図

―対米牽制のトーンは従来に比べ低下,「中国脅威論」払拭に傾注―
―中国製品の安全性をめぐる問題の発生などに対し,北京オリンピックを控え,信頼回復に腐心―


〈対米関係では,協調を維持しつつ,両国の共通利益を見い出す姿勢〉

 中国は,今世紀初めの20年間を,「戦略的チャンス期」と位置付けており,2008年(平成20年)の北京オリンピックを契機とした総合国力の向上を目指し,エネルギー資源の供給確保など自国の経済建設に有利な安定した国際環境の整備に向けて,対米関係を軸とした全方位の協調外交を展開した。
 中国は,対米関係では,米国一極化への動きを警戒しつつも,従来に比べ牽制のトーンを抑え,ブッシュ政権が求める「責任あるステークホルダー」として,基本的に協調関係を維持し,対米関係の安定性を重視する姿勢を示している。「米中間で最高レベルの協議機構」と位置付ける戦略経済対話(第2回,5月,ワシントン)では,中国の金融市場開放で譲歩する一方,人民元制度改革の問題では「自主性」を重視する主張を貫いた。軍事面では,衛星破壊実験(1月)で,米国などに安全保障上の懸念を与えたものの,その後,海軍合同演習の実施(5月,青島沖)など,軍事交流を推進するとともに,ゲイツ国防長官訪中(11月)の際には,両国の軍事当局間にホットラインを設置することで合意し,米国との信頼関係の醸成に努めた。


〈国際社会における自国の立場を使い分け,国際問題に関与〉

 中国は,「責任ある大国」であるとともに,「最大の発展途上国」でもあると称し,国際問題に関与する際,その立場を使い分け,国際社会での影響力を強める動きを見せた。
 スーダンのダルフール問題では,欧米諸国の間で「北京オリンピックボイコット」を唱える抗議運動が発生する中で,胡錦濤国家主席がアフリカ歴訪の一環としてスーダンを訪問し,バシル大統領に紛争の早期停戦を促す(2月)など,影響力を行使することで,国際社会の声に配慮する姿勢を見せた。
 ミャンマーで発生した軍事政権による民衆デモの弾圧(9月)に対しても,国際社会の軍事政権に対する非難が強まる中,国連安保理において米欧が主張する同国への制裁に反対する姿勢を維持する一方で,事態の沈静化に向け,代表団を急きょ派遣し,軍事政権とのパイプをいかした独自の外交を展開するなど,批判の矛先が自国に向かう状況を回避したい思惑もうかがわせた。
 地球温暖化問題では,アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議(9月)において,温室効果ガス排出に関する数値目標の設定をめぐり,各国の発展段階に応じて責任を区別すべきとの立場から,発展途上国に,数値化設定への反対を呼び掛ける一方,自国の経済成長鈍化への警戒感を共有する米国とは,拘束力のない「努力目標」にとどめることで足並みをそろえた。


〈経済発展に有利な環境の構築を目指し,周辺諸国との連携を強化〉

 中国は,経済発展に必要な資源供給ルートや物流網を拡充することなどを目的に,周辺諸国との連携強化を図った。
 ロシア・中央アジア諸国との間では,ユーラシア大陸を横断する陸路及び空路の整備・国際化を目指す大規模プロジェクトを推進した。上海協力機構(中国,ロシア及び中央アジア4か国で構成。SCO)の枠組みにおいても,全加盟国による初の合同軍事演習に参加し(8月),テロ対策での連携を強化するとともに,SCO首脳会議(8月)では,胡錦濤主席が,運輸・通信・エネルギーなど,二国間あるいは多国間重点プロジェクトへの融資継続を表明した。
 東南アジア諸国との関係では,中国とASEAN諸国とを結ぶ縦断鉄道網の建設推進で合意した(11月)ほか,中国とASEAN間で海運協定に調印する(11月)など,地域の交通網整備を通じ,貿易の促進を目指す動きを見せた。


〈第17回党大会で,内政と外交を連携して行う必要性を強調〉

 胡錦濤指導部は,第17回党大会(10月)において,経済のグローバル化の進展に伴い,内政と外交を連携して行う必要性が高まっているとの認識を示し,党の外交目標として,「恒久平和」と「共同繁栄」を目指す「調和のとれた世界」構築を掲げ,その方策として,「国際協調路線の堅持」,「互恵・共同勝利の開放戦略の推進」などを挙げた。
 中国は,北京オリンピック開催が迫る中で,国内の環境汚染や自国製品の安全性をめぐる問題などが,中国の国際的なイメージを損ないかねないことから,多国間での協力枠組みへ積極的に参加し,対策強化の姿勢を打ち出すことで,信頼回復に努めつつ,国際的な影響力の拡大に傾注するものとみられる。


(3) 我が国との「戦略的互恵関係」構築を目指しつつ,懸案事項では,自国の立場を強く主張

―温家宝総理が来日し,“日中関係改善”の姿勢を強調,国内では対日批判も抑制―
―東シナ海資源開発問題や台湾問題では,自国の立場を強く主張―


〈温家宝総理の訪日などで我が国との関係改善姿勢をアピール〉

 中国は,「砕氷の訪問」とした安倍総理の訪中(2006年〈平成18年〉10月)受入れに続き,中国の総理としては6年6か月振りに,「氷を溶かす旅」として,温家宝総理を訪日させた(4月11~13日)。温総理は,安倍総理と会談し,日中両国は「戦略的互恵関係の構築に努力する」ことなどを確認した「日中共同プレス発表」を公表,環境保護・エネルギー分野における協力でそれぞれ共同声明に署名したほか,「日中ハイレベル経済対話」の立ち上げでも合意した。また,温総理は,国会で中国の総理として初めて演説を行ったが,同演説は,中国国内でも生中継され,中国国民にも“日中関係改善”がアピールされた。温総理は,帰国に当たり,訪日について「成功を収めた」と評価した。
 さらに,中国は,国防部長としては,9年6か月振りに曹剛川国防部長を訪日させ(8月29日~9月2日),防衛担当者のハイレベル交流や中国海軍艦艇の我が国寄港(11月28日~12月1日,東京・晴海)などで合意し,防衛交流を再開させたほか,中国共産党序列第4位の賈慶林全国政治協商会議主席も訪日させた(9月12~17日)。
 中国は,福田総理就任後も,温総理がシンガポールで福田総理と会談した(11月20日)際に,「中日友好政策を堅持する」と表明し,引き続き我が国との「戦略的互恵関係」構築を目指す姿勢を示すとともに,福田総理の早期訪中及び胡錦濤国家主席の2008年(平成20年)の訪日に向けた準備が「当面の両国の重点任務」との認識を示した。


〈国内では反日報道・動向を抑制〉

 こうした中,中国は,我が国マスコミが「安倍総理が4月,靖国神社に真榊料を奉納した」と報じた(5月)ことや台湾の李登輝前総統の来日(5月30日~6月9日)に対し,外交部報道官が「中日は両国関係に影響を与える政治的障害を克服し,友好協力関係の健全な発展を促進するとの共通認識に達しており,誠実に順守しなければならない」,「我々は,日本政府が李登輝の訪日活動を許可したことに強い不満を表明する」などと批判したものの,要人往来の中断などの“対抗措置”は採らず,総じて抑制的に対応した。
 また,7月7日の「盧溝橋事件」70周年の際には,中国国内で式典を行ったものの,その内容は“未来志向”が強調されたものであった。また,国内報道も「多くの日本人は歴史を正しく認識している」などと反日色を抑えたものであったが,その背景には,党中央からの指示があったともいわれている。


〈「戦略的互恵関係」構築を目指すも,東シナ海資源開発問題,台湾問題では自国の立場を強く主張〉

 胡錦濤指導部は,2008年(平成20年)8月の北京オリンピックを控え,日中間の政治的環境の安定を図るとともに,最優先課題とする自国経済の発展のためには,我が国の経済・技術力を必要としており,「戦略的互恵関係」の構築を基軸とする対日政策を推進していくものと予想される。
 また,胡錦濤指導部には,2005年(平成17年)春に発生した大規模な「反日デモ」のような事態が,中国のイメージ悪化にとどまらず,「反政府デモ」への導火線になりかねないとの危惧があるといわれ,今後も引き続き,国内の反日的な報道や動向を抑制していくものとみられる。
 一方,東シナ海資源開発問題では,ガス田の共同開発に合意しているものの,その開発地域をめぐっては,領土・領海問題などが絡み,我が国の主張との隔たりが大きく,両国間の協議は進展が見られなかった。中国は,東シナ海においても,エネルギー資源の確保,安全保障などの観点から「海洋権益擁護」の姿勢を強めていくものとみられる。
 また,台湾問題について,中国は,「中国の核心的利益にかかわる」と位置付け,我が国側に対し,「『台湾独立』の言動に反対するよう希望する」と度々要請するなど,靖国問題などの歴史認識問題への言及を減少させる一方,台湾問題に関する言及を増加させている。中国は,今後も,2008年(平成20年)3月の総統選挙などを控え,我が国に対する働き掛けを強化していくものと思われる。


(4) 台湾総統選挙と北京オリンピックを控え,不安定要因を抱える中台関係

―陳水扁政権は,任期満了を控え,「台湾人意識」を鼓舞する諸政策を推進―
―中国は,2007年を「台湾独立」阻止の鍵となる年と位置付け,対米働き掛けと台湾各界の取込みを強化―


〈陳水扁政権は「国連加盟」など「台湾人意識」を鼓舞する政策を推進〉

 2008年(平成20年)5月の任期満了を控えた台湾の陳水扁総統は,「台湾人意識」を鼓舞する諸政策を推進した。「中国」や「中華」を冠した公営企業の名称を「台湾」へ改める「正名化」を行った(2月)ほか,初めて「台湾」名義で国連加盟申請する方針(5月)や同加盟の賛否を問う住民投票を,2008年(平成20年)3月の総統選挙と同時実施する方針(6月)を相次いで発表した。結果として,加盟申請は,国連一般委員会で否決された(9月)ものの,これに先立ち,住民投票の実施と国連加盟を目指した30万人規模(主催者発表)のデモを実施した(9月)。また,辛亥革命(1911年)を記念した双十節の記念式典(10月)では,16年振りとなる軍事パレードを実施し,台湾「自主防衛」に向けた能力の向上をアピールした。
 陳水扁総統の一連の政策の背景には,執政8年の総仕上げとの意気込みに加え,民進党政権維持には「台湾人意識」を鼓舞する選挙戦術が有効との判断や,中国が国際社会での影響力を強め,台湾の外交空間が狭まる中で,「台湾は主権独立国家」との従来の主張を内外に強調しておきたい思惑があるとみられる。


〈中国は「台湾独立」抑止に向けた対米働き掛けを強化〉

 中国は,年初から,「2007年は『台湾独立』に反対する鍵となる時期」と位置付け,米国に対する働き掛けなどを強化した。その背景には,「陳水扁は,中国が北京オリンピックを控え,強硬な阻止行動に出るのは困難と認識」(9月20日付け「人民日報」海外版)などの判断や,陳水扁政権が,かねて主張していた「憲政改造」のほか,「台湾」名義での国連加盟申請や同加盟の賛否を問う住民投票を通じて,「法理上の台湾独立」を企図しているとの警戒感があるとみられる。
 9月の米中首脳会談では,胡錦濤国家主席が,「2007年及び2008年の2年間は,台湾海峡情勢の危険が高まる時期」,「我々は,『台湾独立』活動は達成不可能だと,台湾当局に更に厳重な警告を示す必要がある」などと言及したのに対し,ブッシュ大統領は,「ネグロポンテ国務副長官が米政府を代表し,台湾当局による『国連加盟に向けた住民投票』推進に反対する立場を迅速かつ明白に表明している」(9月7日付け「人民日報」)などと応じたとされる。


〈中国は中台関係の「平和的発展」を強調し,台湾各界の取込みを強化〉

 こうした中で,中国は,台湾各界の取込みを企図した動きを一層強めた。胡錦濤主席は,元旦の全国政治協商会議新年茶話会で,「両岸関係の平和的発展という主題をしっかり把握し,両岸の人的往来,経済・貿易・文化交流を拡大しなければならない」と強調した。4月には,中国に進出した台湾企業の全国組織の発足に際し,中国政府の対台湾関係機関幹部が名誉会長に就任するなど,台湾企業のための「支援体制」を整えたほか,国民党と経済フォーラムを共催し,台湾経済界に向けた優遇政策を発表した。
 さらに,胡錦濤主席は,第17回党大会(10月)の報告で,「武力行使の放棄を決して承諾できない」との従来からの表現を削除した上,台湾各界に対し,「和平合意」に向けた対話の促進と,中台関係の「平和的発展」を呼び掛けた。


〈中国の今後の対応次第では,東アジア情勢の不安定化も〉

 台湾では,2008年(平成20年)3月の総統選挙に向け,与党・民進党が5月に謝長廷元行政院長を,最大野党・国民党が6月に馬英九前主席をそれぞれ党公認総統候補に正式指名し,選挙戦を展開した。
 中国は,世論懐柔のため,台湾側に「善意」を示す一方,党大会報告で,改めて「いかなる者がいかなる名義・方式で台湾を祖国から切り離すことも絶対に許さない」との決意を示すなど,「台湾独立」活動を強く牽制した。
 特に,中国は,「『台湾』名義での国連加盟の賛否を問う住民投票」を「『法理上の台湾独立』に向けた重大なステップ」と位置付けているほか,対抗手段として「非平和的方式及びその他必要な措置」を定めている「反国家分裂法」の「台湾を中国から分裂させることを招く重大事変の発生」との要件に該当する可能性を指摘する見方もある。中国は,台湾独立に直結しかねない住民投票を含む台湾の動向に注視しつつ,今後も,「台湾独立」抑止に向け,硬軟両様の手法を用いるとみられる。



3 ロシア

(1) プーチン後継体制に移行するロシア

―大統領自らの影響力を温存させる後継体制構築の動きが本格化―
―多方面で欧米諸国と対峙し,「大国ロシア」を誇示―


〈大統領の強固な権力基盤を維持したままでの後継体制の構築を推進〉

 ロシアは,国際原油価格の高騰などを背景に好調な経済状態を維持した。こうした中,ロシア政府は,原子力などの主要産業で国営統一企業体を創設するなどして国家管理強化を推進した。一方,プーチン大統領は,ズプコフ新首相を任命して内閣改造し(9月),12月の下院選挙の与党「統一ロシア」連邦候補者名簿第1位に自身を登載する(10月)など,政治力を誇示した。
 今後,プーチン大統領は,議会に盤石な基盤を構築して大統領退任(2008年〈平成20年〉5月)後の後継指導部に対する影響力を保持し続けることが予想される。
 このような強固な権力基盤が構築される中,野党勢力の連合体による反政府デモに対しては強硬な取締りが行われる(3月,4月)など,言論統制の強化による民主化後退を指摘する声もある。また,テロの疑いが指摘される列車爆破(8月)やバス爆破(10月)などの事件が発生したほか,チェチェン共和国情勢についても,依然として不安定要素は払拭されていない。今後も,強硬姿勢を強める政府と,これに反発する勢力とのあつれきが予想される。


〈「多極化」世界の構築を積極的に推進〉

 ロシアは,欧米諸国に対してテロ対策などで協調関係を維持しつつも,エネルギー政策や安全保障の問題で対峙する姿勢を強めた。特に,米国ミサイル防衛(MD)システム東欧配備構想については,プーチン大統領が,国際安全保障に関するミュンヘン会議で米国を中心とする「一極支配」を批判したり(2月),北大西洋条約機構(NATO)に欧州通常戦力(CFE)条約の履行停止を通告する(7月)など,「大国ロシア」を誇示した。
 一方,ロシアは,CIS諸国や中国,インドなどとの関係強化に努めるとともに,ミャンマーなどとの間で原子力発電所建設,カザフスタンなどとの間で「国際ウラン濃縮センター」設立に関し,それぞれ合意した。また,ベネズエラやシリアなどへの武器輸出を行っていることから,今後も「多極化」世界の構築に努めるものとみられる。


(2) 北方四島などの発展プログラムに着手したロシア

―領土問題でこう着状態が続く中,北方四島のインフラ整備に着手―
―水産資源に対する国家管理強化が日ロ間の新たな懸念材料に―


〈四島開発の発展プログラムに着手し,ロシア領としての既成事実化を推進〉

 プーチン大統領は,平和条約締結問題に関し,「交渉のプロセスを停滞させず促進させるよう改めて指示を出したい」と述べ(6月),同問題に前向きとも受け取れる姿勢を示した。一方で,プーチン大統領は,北方領土については,「第二次世界大戦の結果であり,国際法と国際的文書によって確立されたもの」と発言し,また,1956年(昭和31年)の日ソ共同宣言については,「両国議会が批准した法的文書」と強調する(いずれも6月)など,四島返還を拒む基本姿勢に変化がないことをうかがわせた。
 他方,ロシアは,2007年(平成19年)を初年度とする「クリル社会経済発展特別連邦プログラム」に基づき,国後島メンデレーエフ空港の改修,各島の港湾施設や電力施設の新設・改修,道路建設などを実施したほか,択捉島の新空港建設に向けたインフラ整備に着手した。また,イワノフ第1副首相ら閣僚を派遣して進展状況を視察させて開発に本格的に取り組む姿勢を示すなど,ロシア領としての既成事実化を進めた。この結果,島民の生活環境向上に対する期待が高まり,我が国への返還に肯定的であった一部島民の対日意識に変化が生じているとの報道(9月)も見られた。

〈経済面で新たな対話・交渉が始まる一方,水産分野で新たな懸念材料も〉

 日ロ間では,喫緊の国際問題などを議論する場である「戦略対話」(1月,6月)やフラトコフ首相訪日時(2月)の合意に基づく原子力協力協定締結交渉など,新たな対話・交渉の枠組みが形成された。経済面では,貿易総額が4年連続で過去最高額を記録する勢いを見せているほか,プーチン大統領がハイリゲンダム・サミット(6月)の際に安倍総理が提案した「極東・東シベリア地域における日露間協力強化に関するイニシアティブ」に期待感を示し,具体化に向けた協議の必要性に言及するなど,一層の関係拡大を求める動きを見せた。
 一方,ロシアは,水産資源の国家管理の強化を目的に,国境警備当局による密漁取締りを強化しているほか,政府直轄の国家漁業委員会を復活させた(9月)。今後,こうした動向が我が国への漁獲割当てや北方領土周辺での海上警備活動などへ影響を与えることが懸念される。



4 中東

(1) 混迷の続く中東情勢

―イラクでは,治安情勢は一部で改善の兆しがあるも,重要な政治課題の取組は進展せず―
―パレスチナは事実上,分割統治体制に。和平プロセスは依然停滞―


〈イラクでは,政権基盤の弱体化が進み,政治的和解が実現せず〉

 イラクでは,治安回復策を柱とする米国の新政策が発表され(1月),2月以降,武装勢力に対する大規模掃討作戦が展開された。また,米国と関係国による「イラク安定化国際会議」が繰り返し開催される(3,5,9,11月)など,国際社会が治安回復を後押しする動きも見られ,マリキ首相は,「バグダッドにおける宗派間対立がほぼ終結した」と発言する(11月)など,一部で治安改善の兆しが見られた。
 一方,同国北部では,シーア派,スンニ派,クルド人勢力などが,キルクークの帰属をめぐる対立を強めたほか,南部では,シーア派内の主導権をめぐる抗争が続発した(8月)が,シーア派内の抗争については,同派反米指導者サドル師が自派武装勢力の活動停止命令を出したり(8月),サドル師及び「イラク・イスラム最高評議会」(SIIC)指導者ハキーム師が,衝突停止をうたった合意文書に署名する(10月)など,和解に向けた動きも見られた。
 こうした中,マリキ政権内では,米軍に撤退期限を通告しないマリキ首相への反発から,サドル派が閣僚を辞任させ(4月),連立与党からも離脱した(9月)ほか,マリキ首相の政権運営に不満を持つスンニ派,世俗派会派が閣僚の辞任・職務放棄を表明する(8月)など,約半数の閣僚ポストが空席状態となった。このため,石油権益の公正配分や憲法修正問題などの重要政治課題への取組は宙に浮いたままとなっており,イラクや米国内では,マリキ首相の政権担当能力への批判が噴出している。
 今後も,マリキ政権下で各政治勢力が協力し,重要政治課題を解決に導くことは困難とみられるほか,多国籍軍やイラク治安部隊などに対するテロの発生やキルクーク帰属問題をめぐる諸勢力間の対立などから,イラク情勢の混迷がなお続いていくものと予想される。


〈改正イラク特措法が成立,航空自衛隊は輸送活動を継続〉

 我が国政府は,イラク復興支援特別措置法を2年間延長する法案を成立させ(6月),同法に基づく航空自衛隊イラク派遣の1年間延長を閣議決定した(7月)。これに伴い,航空自衛隊は,クウェートを拠点としたイラクへの人員・物資輸送活動を2008年(平成20年)7月末まで継続する。


〈パレスチナでは,挙国一致内閣が崩壊。事実上の分割統治体制へ〉

 パレスチナでは,3月にハマスとファタハによる挙国一致内閣が成立した。しかし,ハマスを外国テロ組織に指定している欧米諸国などは,援助凍結を継続し,パレスチナ自治政府の財政難は更に深刻化した。こうした中,5月中旬以降,ガザ地区において,ハマス,ファタハ両派による武力衝突が激化し,6月中旬,ハマスがガザ地区を制圧したため,アッバス大統領は,ハニヤ首相を解任し,西岸地区に非常事態内閣を発足させた。これにより,挙国一致内閣は崩壊し,パレスチナは事実上の分割統治体制となった。
 イスラエル,欧米諸国は,アッバス大統領への支持を打ち出し,非常事態内閣への支援を行った。これに対し,孤立化を深めるハマスは,挙国一致内閣の存続を主張し,ファタハとの和解協議を呼び掛けているものの,アッバス大統領はこれを拒絶している。


〈和平交渉が再開するも,和平プロセスの進展は困難な見通し〉

 イスラエルのオルメルト首相とアッバス大統領は,“ファタハとハマスの分離”を和平交渉再開の好機ととらえ,和平プロセスに関する共同声明の策定作業を進めた。しかし,アッバス大統領が,共同声明の中に,エルサレムの地位,パレスチナ難民帰還問題,国境の画定など,イスラエルとパレスチナの最終地位に関する問題解決に向けた行程表を盛り込むよう求めたのに対し,オルメルト首相は,連立政権を組む右派政党への配慮などから,今後の和平指針を示す程度にとどめたいとしたため,米国主導で約50の国や機関が参加し開催された中東和平会議(11月)では,2008年末までの和平協定の締結を目指す方針で合意したものの,最終地位に関する問題は今後の交渉に委ねられることとなった。
 オルメルト首相とアッバス大統領による和平交渉は,米国などの仲介もあって,今後も継続されるとみられるが,両者の方針に大きな相違があることに加え,アラブ周辺諸国の多くがガザ地区を放置したままでの和平交渉に難色を示しており,和平プロセスの進展には難航が予想される。


(2) イランの核開発と国際社会の圧力

―米国及び国連安全保障理事会などは,イラン制裁を強化―
―遠心分離機の増設などにより,ウラン濃縮活動を拡大―


〈国連安保理決議を無視しつつ,「行動計画」の合意で駆け引き〉

イラン核開発問題の流れ

 国連安保理は,2006年(平成18年)12月,イランへの制裁措置を定めた決議1737号を採択したが,イランは受入れを拒否した。これを受けて国連安保理は,3月,決議1737号に制裁項目を追加した決議1747号を採択した。国連加盟各国は,同決議履行に向けて国内制度の整備を進めるなど,イランへの圧力を強めたものの,イランは決議受入れを頑なに拒み,遠心分離機の増設など,ウラン濃縮活動を拡大した。
 決議1747号の履行期限が切れた5月末以降,イランと国際原子力機関(IAEA)は,協議を重ね,その結果,8月には,遠心分離機開発の全容解明などの問題について,イラン側が段階的に資料を提供する旨を定めた「行動計画」に合意した。国連安保理常任理事5か国とドイツは,同合意を受け,新たな国連安保理決議の採択を延期した。


〈米国は独自制裁を強化,中国・ロシアは慎重姿勢を維持〉

 イランは,強硬姿勢を強める欧米に対する非難を継続しつつ,米国とイラク治安情勢をめぐり直接対話を実施し,EUとは定期的に協議する機会を確保した。また,中国・ロシアとの友好関係の維持に努めるなど,硬軟併せた外交活動を推進した。
 国連安保理決議による制裁と並行して,米国は,1月に財務省がイランの「セパ」銀行に対して米国との取引を禁止,7月に商務省がイラン原子力庁など5団体に対して輸出規制を強化,9月に国務省がイラン航空宇宙産業機構など2団体の対米輸出を禁止,10月に財務省と国務省が革命防衛隊やイラン最大銀行の「メッリー」銀行などに対して米国との取引を禁止するなど,国内法の枠組みで,イランへの圧力を強化した。なお,12月3日発表の「米国国家情報評価」(NIE)は,イランが2003年(平成15年)秋から核兵器開発を中止していたとする一方で,イランが核兵器開発の選択肢を捨てていないとの見方を示した。
 ロシアは,ブシェール原発の建設,核燃料提供の合意,兵器輸出などでイランと密接な関係にあることなどから,更なる制裁には慎重な姿勢を崩していない。こうした中,10月には,プーチン大統領がカスピ海沿岸諸国首脳会議出席のためイランを訪問するなど,両国の高官レベルの交流が頻繁に行われた。
 中国は,中東地域への戦略的観点から,近年,イランとの経済関係の強化に努めている。核開発問題に関しては,かねて対話による問題解決を主張しており,3月の決議1747号については,採択に賛成したものの,「懲罰でなく,イランを交渉に復帰させる外交努力を推進」と強調するなど,イランとの関係維持に配慮した姿勢を示した。


〈イランは核開発に固執も,国内の政局に変化,交渉姿勢に影響の可能性〉

 アフマディネジャド大統領は,核開発への国民からの支持を得ようとしているものの,国内では,ガソリン割当制や物価高騰など,経済政策が混乱し,政権に対する国民の支持が低下しつつあるとみられる。また,指導部内においても,ラリジャニ国家安全保障最高評議会事務局長が辞任したのを始め,閣僚や次官の辞任が相次いだ。
 今後,イランに対する国際社会の圧力が強まる一方,イランは核開発を継続しようとする姿勢を崩さないとみられる。しかしながら,内政の成り行きいかんでは,交渉戦術に若干の軌道修正が生じる可能性も否定できないことから,イランの核開発問題の推移には,引き続き注目する必要がある。



5 我が国に対する有害活動など

軍事転用可能な先端技術などの国外流出が懸念

―中国,ロシア,北朝鮮への不正輸出・流出事案が相次いで発覚―
―40か国の参加を得て,PSI海上阻止訓練を実施―


 中国は,10月の第17回党大会「政治報告」において「武器・装備の研究・開発面での自主革新能力と品質・効率の向上」を訴え,ロシアも,4月の年次教書演説において「世界的レベルの技術開発に挑戦できる科学技術ポテンシャルの形成」を指摘するなど,科学技術分野における自国産業の近代化の必要性を強調した。また,「先軍政治」を掲げる北朝鮮や核開発を進める一部の中東諸国も,軍事転用可能な先端技術を不正に入手しようとする動きを見せた。
 特に,大量破壊兵器(WMD)関連の分野では,WMDの開発・製造に転用可能な機材などが,我が国から流出する事件が過去に度々発生しており,我が国が,WMD開発・製造に転用可能な物資の有力な調達先の一つとなっていることをうかがわせている。


〈中国,ロシア,北朝鮮への先端技術流出事案〉

 近年,我が国の先端技術が,中国,ロシア,北朝鮮へ不正輸出・流出する事案が相次いでいる。中国関連では,軍系情報機関が,日本人貿易会社元社長を介して「日米相互防衛援助協定などに伴う秘密保護法」の「特別防衛秘密」に抵触するおそれのある防衛情報の入手を画策していたとみられる事案が発覚したほか,大手製造メーカーの軍事転用可能な無人ヘリの技術が,軍系企業に流出したとされる事案や軍系企業出身の中国人技術者が,企業機密データが入力されたパソコンを無断で社外に持ち出した事案も発生した。
 また,ロシア関連では,軍参謀本部情報総局(GRU)所属の通商代表部員が,精密機器メーカー社員にミサイル関連技術に転用可能な「可変減衰器(VOA)」の提供を求めるという事案が判明した。
 加えて,北朝鮮関連では,台湾の商社が,コンピューター数値制御(CNC)工作機械の部品を中国に輸出すると偽り,北朝鮮企業2社に不正輸出する事案が発生した。不正輸出された製品の中には,我が国の企業が製造したコンピューター部品などが含まれていたとされる。


〈PSI訓練の主催など,WMDの拡散阻止に向けた取組を強化〉

 WMD拡散に関して,我が国では,無許可での輸出入や虚偽申告に基づく輸出入,税関検査の忌避などに係る罰則の水準引上げなどを内容とする関税法の改正(3月)を実施するなど,我が国からのWMD関連物資の流出防止に向けた対応を強化した。また,イランに対しては,国連安保理決議1747号などに基づき,核・ミサイル開発に関与する団体・個人に対する資産凍結措置などを実施した(5月)。さらに,北朝鮮に対しては,WMD関連物資の北朝鮮への供給阻止を目的とする輸出管理措置を2006年(平成18年)に引き続き,継続実施した。
 こうした取組に加え,我が国は,WMD及び関連物資の拡散阻止を目指す国際的な取組である「拡散に対する安全保障構想(PSI)」の参加国として,海上阻止訓練を主催した(10月)。訓練には,米国,英国など6か国が艦船などを派遣して参加したほか,アジア,欧州などから34か国がオブザーバーとして参加した。訓練では,伊豆大島東方の海域などに設定された訓練場で,航行中の船に対する乗船訓練,立入検査訓練,貨物検査に関する訓練などを実施した。


〈先端技術の獲得・移転を主眼に有害活動を活発化する可能性〉

 諸外国は,引き続き我が国の国家機関・企業などが有する各種先端技術,とりわけ,WMD関連物資に強い関心を示しており,企業の人材・技術交流,さらには,留学生らを利用して,これらの技術・物資の獲得を図ることが考えられる上,防衛関連情報など,我が国の安全保障にかかわる機密情報の収集にも傾注するものとみられる。



6 国際テロ

(1) イスラム過激派などによるテロの脅威が拡大

―活動基盤を再構築しつつある「アルカイダ」―
―欧米諸国で「ホームグロウン・テロリスト」の脅威が一層鮮明に―


〈「アルカイダ」は欧米諸国への攻撃能力を回復か〉

 オサマ・ビン・ラディンら「アルカイダ」中枢は,パキスタン政府の統制が及びにくい同国北西部の連邦直轄部族地域(FATA)を「安全な逃避地」とし,失った活動基盤を再構築しつつ,ジハーディスト(聖戦主義者)の教育・訓練にも関与しているとされる。
 こうした状況から,米国は,「アルカイダは米国本土を攻撃する能力を回復しつつある」(7月,「米国国家情報評価(NIE)」)とするなど,欧米諸国は警戒を強めている。


〈世界各地のイスラム過激派に「グローバル・ジハード」を呼び掛け〉

2007年(平成19年)の「アルカイダ」による主な声明

 「アルカイダ」は,ビン・ラディンとされる者の2年10か月振りの映像を含む声明の発出(9月8日)などを通じ,世界各地で米国及びその主要同盟国などへの攻撃を行う「グローバル・ジハード」の強化を呼び掛けた。これら声明では,米国同時多発テロ事件実行犯を改めて賞賛しつつ,「主戦場」と位置付けるイラクやアフガニスタンで駐留外国軍の撤退に向け攻撃を強化するよう繰り返し求めたほか,パキスタン,ソマリア,アルジェリア,リビアなどのイスラム諸国における欧米諸国の権益や欧米寄りとされる政権などに対する攻撃を呼び掛けた。
 また,アルジェリアで1月,「アルカイダ」を名乗り,欧米権益への攻撃や自爆テロなどの戦術を採用する組織(「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」)が出現するなど,「アルカイダ」の影響力拡大を示す動きが見られた。


〈欧米諸国では「ホームグロウン・テロリスト」による脅威が鮮明に〉

グラスゴー国際空港ターミナルに突入・炎上した車両(ロイター=共同)
グラスゴー国際空港ターミナルに突入・炎上した車両(ロイター=共同)

 英国では,6月29日,ロンドン中心部で爆発物を搭載した車両2台が発見され,翌日には,グラスゴー国際空港ターミナルに車両が突入・炎上する事件が発生した。これら事件の犯行主体は医師などの資格で英国に滞在していた外国人ムスリムで,職場・血縁関係に基づくグループ内で過激化したとみられている。高度技能の資格で入国した外国人労働者が過激化した新たな事例として注目される。
 また,ドイツでは,9月4日,同国内の米軍基地などを標的とした爆弾テロ計画が摘発され,大量の爆発物原料が発見された。イスラム教に改宗したドイツ人を首謀者とする本件で摘発されたメンバーは,「アルカイダ」との関係が指摘されるイスラム過激派組織「イスラミック・ジハード・ユニオン」に所属し(同組織が関与を認める声明を発表),パキスタン連邦直轄部族地域の同組織系キャンプで訓練を受けていたとされる。同日,デンマークでもイスラム諸国からの移民による爆弾テロ計画が発覚した。
 2件は,いずれも過酸化水素を用いた爆発物を使うテロ計画であり,メンバーがパキスタンで訓練を受けていたとされる点で共通しており,パキスタンで活動するイスラム過激派組織が欧州諸国における「ホームグロウン・テロリスト」による攻撃計画に関与している実態が明らかになりつつある。
 また,米国でも,5月にヨルダン出身の米国人らによるニュージャージー州の陸軍基地への襲撃計画が摘発されるなど,「ホームグロウン・テロリスト」の脅威は,欧米各国で増しつつある。
 今後とも,イスラム過激派組織が欧米諸国のムスリム移民や改宗者をリクルートしたり,訓練やマニュアルを通じて爆弾製造などのテロ技術を付与するなど関与を強めていくことも予想され,一層の警戒が求められている。


コラム

〈過激化におけるインターネットの影響など〉


 「ホームグロウン・テロリスト」は,「アルカイダ」などの過激思想を伝播するメディアとの接触を通じて過激化する傾向が見られる。特に,インターネットは,その利便性と匿名性などから,過激思想の伝播及び爆弾製造や標的に関する情報収集,組織間連絡などの手段にも積極的に活用されているほか,「アルカイダ」の広報宣伝部門「アル・サハブ」などは,映像を多用した宣伝を行っている。このため,欧州では,テロ活動のためのインターネット利用への規制が検討されている。


(2) イラク反米武装勢力のテロ脅威とその拡散

―米軍増派は一定の成果を見せるも,「アルカイダ」系武装組織などによるテロは依然収束せず―


〈テロは首都バグダッドなどでは減少するも,北部地域を中心に拡散〉

駐留米軍を攻撃する「イラク・イスラム国」メンバー(共同)
駐留米軍を攻撃する「イラク・イスラム国」メンバー(共同)

 イラクでは,治安回復策を柱とする米国の新政策(1月)に基づく米軍の増派が開始され,2月以降,イスラム過激派などのスンニ派反米武装勢力の活動拠点である中・西部地域を中心に,米・イラク軍合同による大規模掃討作戦が繰り返し実施された。その結果,首都バグダッドや西部アンバール州においては一定の治安改善が見られたものの,その後も反米武装勢力による駐留米軍やイラク治安部隊などへのテロが収束せず,比較的安定していたクルド自治区内でも自爆テロが発生する(5月)など,テロの脅威は北部地域を中心に拡散傾向を見せた。
 こうした中,スンニ派勢力内では,「イラク・イスラム国」を名乗る「アルカイダ」系武装組織と,同組織の無差別テロに反発する武装勢力との対立が深化したほか,反「アルカイダ」を標榜する部族勢力が米軍による掃討作戦への協力姿勢を強めたことなどにより,「イラク・イスラム国」は孤立化し,組織勢力が減退した。
 一方で,同組織は,支持拡大や“ジハード”強化を呼び掛ける声明を度々発出し,勢力回復に努めたほか,北部モスル近郊においてイラク戦争開戦後最大の死者400人以上を出す大規模テロをじゃっ起したり(8月),反「アルカイダ」部族勢力の指導者を暗殺する(9月)など,多国籍軍,イラク軍,シーア派勢力及び対立するスンニ派勢力などに対するテロ攻撃を強める姿勢を見せている。


〈イスラム過激派によるテロの脅威はイラク周辺諸国へも拡散〉

 イラクには,シリアなどの周辺諸国から多数の外国人テロリストが侵入し,実戦経験を積んだ後,母国に帰還,あるいは周辺国へ移動しているとされており,今後もこのような傾向が継続することで,イスラム過激派によるテロの脅威は,周辺諸国へ更に拡散していく懸念がある。

(3) アジア各地でテロが続発。一部では攻撃手法多様化の傾向

―アフガニスタンでは,駐留外国軍が掃討作戦を行う中,「タリバン」の攻撃範囲が拡大し,自爆テロや外国人拉致が多発―
―「ジェマー・イスラミア」(JI)は,インドネシアで勢力維持に努め,周辺諸国などにテロ首謀者が依然潜伏―


〈アフガニスタンでは自爆テロや外国人拉致が多発〉

 アフガニスタンでは,北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)などによる「タリバン」掃討作戦が強化された。しかし,「タリバン」による攻撃が,パキスタン国境沿いの南部から東部一帯で多発したほか,これまで比較的治安が安定していた首都カブールや西部諸州で自爆テロが相次いで発生するなど,攻撃が全土に拡大する様相を呈した。
 掃討作戦で多くの主要幹部や戦闘員を失った「タリバン」は,従来の襲撃中心の攻撃に加え,イラクで頻発している自爆テロ及び簡易爆弾(IED)を使った攻撃,韓国人(7月)など外国人拉致を多発させるなど,攻撃手法を多様化させた。また,「タリバン」は,カルザイ政権が呼び掛けた和平協議に対し,駐留外国軍の撤退など,同政権が受諾不可能な要求を示して,同協議を事実上拒否しており,当面,同国における大幅な治安改善は厳しい情勢になっている。


〈パキスタンでは都市部や部族地域でテロが続発し,治安悪化〉

 パキスタンでは,政府がテロ対策を強化する中,過激化した神学生らが首都イスラマバードのモスクを占拠した事件(7月)を受け,特に,「タリバン」支持勢力の影響力が拡大している連邦直轄部族地域(FATA)で同勢力への取締りを強めた。これに反発した同勢力は,2006年(平成18年)秋に結んだ政府との和平協定を破棄し,FATAで軍・治安当局へのテロを頻発させた。
 また,都市部でも7月以降,首都イスラマバードやラワルピンディで軍などを狙った自爆テロが相次ぐ中,10月にはカラチで国内最大規模の自爆テロ事件(死者140人以上)が発生した。
 ムシャラフ大統領は,11月3日,自爆テロなど過激派による攻撃が続発しているなどとして非常事態宣言を発令した。政府は,今後,過激派対策を更に強めるとみられるが,「タリバン」支持勢力の掃討は困難視されており,今後もテロの激化が懸念される。


〈スリランカ及びインドではテロが続発,バングラデシュではイスラム過激派が拠点構築の動き〉

 スリランカでは,2002年(平成14年)の同国政府と「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)との停戦合意後,我が国や国際社会が支援した和平交渉が暗礁に乗り上げ,2005年(平成17年)に戦闘が再開した。LTTEは軽飛行機を使用した初の空軍基地空爆を実行(3月),10月の攻撃では,基地内の航空機8機を破壊して政府軍に多大な損害を与えたほか,民間バスを狙った爆弾テロも続発した。一方,政府軍は,LTTEが支配する東北部地域について,7月には,東部におけるLTTE支配地域を制圧,LTTEナンバー2のタミルチェルバン政治部門責任者を空爆により殺害(11月),残る北部への攻撃を強化している。今後の戦況次第では,LTTEが反攻を強め,都市部における無差別テロをじゃっ起する可能性もある。
 インドでは,5月に南部ハイデラバードで爆弾テロが発生,8月にも連続爆弾テロにより43人が死亡するなど,ヒンズー教徒とイスラム教徒の対立をあおることを狙ったイスラム過激派の犯行とみられるテロが続いた。同国では,近年,大規模テロが相次いでおり,イスラム過激派の浸透が懸念される。また,マオイスト系武装組織によるテロも,北東部及び中部を中心に頻発した。
 バングラデシュでは,パキスタンから流入したイスラム過激派が拠点を構築しているとの指摘もあり,今後も南アジア地域におけるテロ発生の危険性は高いものとみられる。


〈インドネシア及びフィリピンでは大規模テロ首謀者,JI有力メンバーらが依然潜伏,タイ南部ではテロが頻発し,犠牲者数が増加の傾向〉

 インドネシアでは,キリスト教徒を狙ったテロが継続するスラウェシ島ポソにおける摘発を端緒に,JIの最高幹部らが拘束されたり(6月),政府や異教徒を敵視するポソの住民らをJIが取り込み,同地でテロを敢行していたことが明らかになった。摘発後のJIは,有力な指導者が不在とされるほか,2005年(平成17年)10月以降,欧米権益を狙ったテロを敢行しておらず,大規模テロ実行能力の低下が指摘されている。しかし,JIは,非公然のテロ実行部門だけでなく,徴募,資金集め,奉仕活動などの公然活動を通じて組織の立て直しを図っていること,大規模テロの首謀者ヌルディン・トプが逃亡中であることなど,依然として,欧米権益などを狙ったテロじゃっ起の脅威が存続している。
 フィリピン南西部では,JIとの連携が指摘されるイスラム過激派「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)の最高幹部の死亡が確認された(1月)ほか,ASG幹部数人が殺害,ASG及びJIメンバーも多数拘束されるなど,政府軍による掃討作戦が一定の進展を見せた。しかし,ASGと行動を共にしているとみられるドゥルマティンらJI有力メンバーらは依然潜伏中とされるなど,今後も両者が連携関係を維持した上,報復テロを敢行することが懸念される。また,同国では,左派系過激派による外国企業襲撃なども依然として発生しており,今後もこれら組織によるテロじゃっ起には警戒を要する。
 タイ南部では,月間犠牲者数が初めて100人を超す(5月)など,引き続きイスラム分離主義武装勢力による政府関係者らに対する襲撃・爆弾テロが頻発している。加えて,ここ1~2年,同勢力が標的とする対象が無差別化し,斬首,遺体への放火など手口も一層残虐化しており,今後,より過激化していくことが懸念される。


コラム

〈我が国を含む先進諸国のテロ対策〉


1.我が国は,「テロの未然防止に関する行動計画」を着実に実施
 我が国は,テロリストの入国を阻止するため,上陸審査時に外国人に対する指紋採取と顔写真の提供の義務付けを開始した(11月20日)ほか,テロ資金を封じるための「犯罪収益移転防止法」の立法化,生物テロを防ぐための「感染症法」改正法の施行など,「テロの未然防止に関する行動計画」を着実に実行している。
 公安調査庁でも同計画に基づき,外国機関との緊密な連携を図るとともに,テロに関する情報の収集・分析をより拡充・強化し,適時に関係機関へ情報を提供している。また,「出入国管理及び難民認定法」に基づく退去強制事由に該当するテロリストの認定に必要な意見陳述などを適正に行うため,国際破壊活動対策室を設置した(4月)。
2.欧米諸国は,各種テロ対策を強化
 米国では8月,予算の重点配分や旅客機及び船舶貨物の検査体制の整備などを定めたテロ対策法及び国外にいるテロリストが絡む通信の無令状傍受を可能とする「外国情報活動監視法」の改正法が成立した。同改正法は,時限法のため,恒久化に向けた動きが課題となっている。
 英国では,「安全保障・テロ対策局」を新設する内務省機構改革などの体制強化を図った。また,査証を申請するすべての外国人からの指紋採取に向けて体制を整備したほか,テロ容疑者の起訴前拘束期間の延長などを討議している。
 ドイツでは,3月から警察・情報機関共有のテロリスト関係データベースの運用を開始した。また,9月に爆弾テロ計画を摘発して以降は,テロ訓練への参加など準備行為の犯罪化が提案されるなど,対策強化を求める声が強まっている。

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