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諮問第48号に関する審議結果報告

平成17年9月6日
法制審議会総会決定

 条約採択に至る経緯
(1 )ヘーグ国際私法会議における経緯
 ヘーグ国際私法会議においては,1994年に,民事及び商事に関する国際裁判管轄の一般的かつ広範なルールと外国判決の承認・執行のルールを定める新条約の作成の可能性について検討が開始され,1996年には,正式議題として同条約の作成作業を行うことが決定された。その後,1997年から1999年までの間,5回にわたり特別委員会での審議が行われ,いったんは,1999年10月の特別委員会において,「民事及び商事に関する裁判管轄及び外国判決に関する条約準備草案」が作成された。この条約草案については,2回に分けて外交会議を開催し,条約として採択することとされていたが,2001年6月に開催された第1回の外交会議において,いくつかの重要な論点につき各国の意見が大きく対立したため,第2回の外交会議の開催のめどが立たなくなり,2002年4月に開催された一般問題特別委員会において方針の変更が合意され,多くの国の賛成が得られる事項に範囲を限定した小規模な条約を作成することとされた。その後,3回にわたる非公式作業部会を経て,2003年12月と2004年4月に特別委員会が開催され,その審議・検討の結果,「専属的管轄合意に関する条約草案」が作成された。同草案を基に,本年6月14日から30日まで開催された第20会期において審議が行われ,その最終日に,「管轄合意に関する条約」(以下「本条約」という。)が採択されるに至った。
(2 )我が国における経緯
 ヘーグ国際私法会議において新条約の作成の可能性についての検討が開始された当初から,この案件については,法制審議会国際私法部会小委員会が調査・審議を行っていたが,法制審議会の組織・運営の見直しに伴い,平成13年1月12日開催の法制審議会第132回会議において,同日発せられた諮問第48号を受けて国際裁判管轄制度部会が設置され,この部会が上記小委員会を引き継いで審議を行うこととなった。同部会は,平成13年2月13日に第1回会議を開催し,その後,ヘーグ国際私法会議において特別委員会や外交会議が開催されるのに合わせて,その前後に,合計18回の会議を開催した。本条約についての日本政府の意見や対処方針は,全て同部会における審議の結果を踏まえて作成されたものである。

 本条約の内容
 本条約は,専属的管轄合意がされた場合における国際裁判管轄についてのルールと管轄合意に基づく判決の承認・執行についてのルールを定めたものである。
 すなわち,本条約は,専属的管轄合意に関しては,これにより選択された裁判所が,合意が無効である場合を除き,国際裁判管轄権を有すること(第5条),他方,選択されなかった裁判所は,合意が無効である場合等を除き,国際裁判管轄権を有しないこと(第6条),選択された裁判所が下した判決については,合意が無効であった場合等を除き,他の締約国において承認・執行がされること(第8条,第9条)などを定めている。また,非専属的管轄合意に関しては,これに基づく判決を承認・執行する旨の宣言を締約国がした場合に,当該締約国の裁判所が非専属的管轄合意により選択された裁判所として下した判決は,判決の国際的な抵触を来すおそれのない限り,同様の宣言をした他の締約国において承認・執行されること(第22条)などを定めている。
 本条約の英仏正文及びその仮訳は,別紙(省略)のとおりである。

 意見
 諮問第48号は,「ヘーグ国際私法会議において,民事及び商事に関する管轄,外国判決の承認及び執行に関し,条約の作成のための審議が行われているところ,同条約の内容は我が国の国際民事訴訟法制に大きな影響を与えるものであると思われるので,同条約の内容,その批准の要否,批准を必要とする場合の国内法整備の要否,国内法整備が必要とすれば整備すべき事項の骨子に関して,御意見を承りたい。」というものである。
 しかしながら,この諮問は,その発出の当時,一般的かつ広範な内容を有する条約の作成作業が進行中であったことを前提として,「同条約の内容は我が国の国際民事訴訟法制に大きな影響を与えるものであると思われる」として発せられたものであるところ,その後,上記1に記載した経緯によって,条約の内容が縮小変更されたため,仮に本条約を批准して所要の国内法整備を行ったとしても,それのみで我が国の国際民事訴訟法制を必要十分に整備することにはならず,諮問の本来の趣旨に応えることができない事態となった。
 他方では以下に述べるとおり,本条約の批准の要否等の検討を開始することができるまでには,なお相当の期間を要すると考えられる。
 すなわち,本条約は,国際裁判管轄及び判決の承認・執行の全世界的な統一ルールを定めようとするものであるため,ヨーロッパ諸国及び米国を含む主要国が本条約を批准しなければ,その意義に乏しいものとなる。しかしながら,ヨーロッパ諸国は,既にこの点に関する域内統一ルールを有しているため,その一部の国には新条約の作成自体に消極的な意見も見られたにもかかわらず,ヨーロッパ諸国がその作成作業の開始に賛同したのは,一般的かつ広範なルールを定めることにより,米国による裁判管轄権の行使が適正な範囲に制限され,かつ,米国におけるような極めて高額な賠償を命じる判決の承認・執行が制限される可能性があることにメリットを見いだしたという事情があったように思われる。ところが,本条約は,管轄合意に範囲を限定してルールを定めるものとなったため,ヨーロッパ諸国が本条約を最終的にどのように評価するかの予想は困難である。また,本条約のような国際私法分野の条約の批准については,ヨーロッパ諸国は,ヨーロッパ連合(EU)として,まとまって行動することになっていることから,本条約の批准に関してEU内部で意見が対立し,その域内で合意が形成されるまでに長期間を要する事態が生ずることも想定される。
 このような状況の下では,我が国における本条約の批准の要否等の検討作業は,主要国が批准に動き,本条約が管轄合意に関する全世界的な統一条約としての役割を担うことが確実となった時点で着手するのが相当であると思われる。そうすると,本条約の批准の要否等の検討を引き続き行うとした場合には,具体的な検討作業に着手することができる状況になるまで,今後数年間にわたり調査・審議を中断せざるを得ないものと予想される。ところが,本案件に関する審議は,国際私法部会小委員会において審議がされていた期間を除いても,既に約4年半の間にわたっており,数年間の中断期間をあらかじめ想定し更に長期間の調査・審議期間をとることは,法制審議会の運営方針を改革しようとした趣旨に必ずしも沿うものではないと思われる。
 そこで,諮問第48号に対する調査・審議は,本条約が採択されたこの時点で終え,本報告をもって答申に代えることとし,本条約の批准等の検討は,後日,これを行うための前提条件が調った時点において,新たな諮問をまって行うこととするのが相当であると考える。
 なお,我が国は,平成8年の現行民事訴訟法典の制定に当たり,ヘーグ国際私法会議において,国際裁判管轄に関する包括的な条約の作成作業が行われていることを理由として,この点に関する規定を設けなかったという経緯がある。しかしながら,本条約は,管轄合意に対象を限定した小規模な条約となり,管轄原因に関する全世界的なルールが近い将来に作成される見込みは失われてしまったのであるから,我が国としては,社会,経済等の国際化がますます進展している現状にかんがみ,今後,可能な限り早期に包括的な国際裁判管轄規定の整備に着手する必要があると考えるものである。