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第2節 社会復帰を果たした当事者及び社会復帰を支えた支援者の語り

事例2

80代女性

1 私にとっての犯罪とは

 私は、年を取るまで犯罪をせずに夫と二人三脚の生活を送ってきました。60代前半で長年連れ添った夫が亡くなってから、心に大きな穴が空いたような気持ちになりました。寂しい気持ちを誰にも打ち明けることができず、寂しさから万引き(窃盗)をしていました。お金には困っていませんでしたが、万引きをしているときは寂しさを忘れることができ、すっきりした気分になったことを覚えています。万引きで盗んだ物は、ほとんどがスーパーの食料品でした。罪悪感があって盗んだ食料品を食べることができず、冷蔵庫に保管して後日捨てたり、家に来た知人に振る舞ったりしていました。今から考えれば、盗んだ物は本当に自分が欲しかったものではなく、お金を使わずに食料品等が手に入ることに価値を見いだしていました。万引きが見付からないで家に帰ることができたときの安心感が癖になり、やめられなくなる一方で、いつかは捕まるのではないかと思って過ごしていました。

2 処分を受けて

 最初に捕まったのは、初めて万引きをしてから1年くらい経ってからでした。スーパーのいわゆる「万引きGメン」から、レジを通していない商品があると声を掛けられ、スーパーの事務所に連れて行かれました。そして、駐在所まで行って警察官から注意を受け、万引きしたことを謝りました。万引きを身内に知られたくなかったので、このときは友達に迎えに来てもらい家に帰りました。その後、しばらくは万引きをやめていたのですが、見付かっても謝ったら大丈夫だろうと考え、再び繰り返すようになりました。その後、スーパーでの万引きが見付かり、逮捕されて裁判を受けることになりました。

3 犯罪を繰り返した要因について

 最初の裁判では罰金20万円、その次の裁判では罰金50万円の刑罰を受けました。当時の私は、万引きが犯罪だと分かっていましたが、罰金さえ払えば許されると考えていました。万引きを繰り返していると刑務所に行くことになるとは考えもしませんでした。20万円のときも50万円のときも、罰金を支払った後、しばらくは万引きをやめていたのですが、「どうせ盗んでもばれないだろう、ばれてもまた罰金を払えば済むんだろう。」と考え、また万引きをするようになりました。

 自分では万引きをやめられなくなっていました。そして、再び逮捕され、裁判で実刑判決を受けて刑務所に行くこととなりました。仮釈放となり、更生保護施設(【施策番号19】参照)である栃木明徳会に入所しましたが、その後も万引きを繰り返し、二度目の刑務所に行きました。

4 離脱の過程における転換点

 二度目の刑務所を出所した70歳の頃、再び万引きで逮捕されて裁判を受けることになりました。保釈された際、弁護士さんから窃盗の依存症を治療する病院を紹介され、入院することとなりました。入院中は、朝夕2回のミーティングで自分と同じように万引きを繰り返している人の話を聞いたり、自分の万引きの経験について発表したりしました。また、主治医との面接を重ねました。こうした中で、私は万引きをやめるためには治療が必要であることを理解するとともに、万引きの根本の原因が寂しさにあることに気付きました。退院するときには、「もう二度と万引きをしない。」という決意を固めていました。その後の裁判では実刑判決となり、三度目の刑務所に行くこととなりました。

 三度目の刑務所出所時も、二度目までと同じ栃木明徳会に入所しました。再犯を繰り返した自分を受け入れてくれないと思っていたのですが、温かく迎えてくれ、社会復帰のために支援してくれました。

5 離脱を果たして考えること

 「もう二度と万引きをしない。」という決意のとおり、三度目の刑務所出所後は、万引きをしていません。保釈中の入院治療のときから自分を心配して定期的に連絡をくれる姉や姪、退所後も様々な相談に乗ってくれる栃木明徳会の職員の方々、万引きで刑務所に行った過去を受け入れてくれる友人がいるおかげです。これらの自分を支えてくれる人たちを、私は裏切ることができないと決意したのです。

 以前は、夫が亡くなった寂しさを埋められずに万引きを繰り返していましたが、現在は先に述べた友人との旅行を楽しんでいます。また、高齢であることから、栃木明徳会の職員の方々に最後の看取りについて相談に乗ってもらい、一人暮らしで一番気になっていた葬儀等の将来の準備をすることができて安心しています。こうした人たちが心のよりどころとなって、今は落ち着いた生活を送っています。

立ち直りを支援する人の視点から

更生保護施設 栃木明徳会

 私たちの施設は、初回の刑事施設入所時から3回目の入所時まで、三度にわたり出所後の帰住先として、事例2の女性を受け入れ、社会復帰のための支援を行ってきました。

 彼女が初めて入所したときは、コミュニケーションが取りづらく、信頼関係を築くことが難しかったことを覚えています。その当時の彼女は、自分で変わろうと思うことができていなかった様子で、余り自己開示をすることがなく、二度目に施設に入所したときも同様でした。三度目に施設に入所したときから心を開き始め、徐々に変わってきたように思います。

 彼女はご主人に先立たれてから、寂しさを埋める手段として万引きを始めました。再犯防止と円滑な社会復帰のためには、「居場所」と「出番」を作ることが重要だと言われますが、既に高齢である彼女にとっては、社会における「出番」よりも「居場所」が特に大事だと考えました。もちろん、物理的な「居場所」は大切ですが、加えて、精神的な「居場所」を作ってあげることもとても重要です。私たちは、彼女が自分の置かれた状況や生活上の悩み、刑務所に服役した経歴等を誰にでも分かってもらいたい訳ではないことを念頭に置きつつ、粘り強くコミュニケーションを重ねてきました。

 彼女が最後に施設を退所してしばらくの間は、保護観察所からの委託による訪問支援事業(【施策番号87】参照)として彼女の自宅を定期的に訪問していましたが、退所から2年2か月がたった現在でも、施設独自のフォローアップとして自宅訪問を続けるなど、支援を継続しています。先日は、本人からの終活の相談をきっかけに、看取りに向けた準備として葬儀会社やお寺への相談に付き添うこともしました。

 私たちは、事例2の女性を含め、施設で受け入れた人の支援を行う際に、表面的な対応に終わらせず、可能な限り本音で話してもらい、「あなたは一人じゃない」という気持ちを実感してもらうことを大切にしています。更生保護施設で勤務していると、彼女たちとは、「支援する側」と「支援される側」の関係性となってしまいがちですが、そのような関係性では、必ずお互いの間に壁ができます。たとえおせっかいと思われたとしても、彼女たちに積極的に向き合い、寄り添い続け、同じ人間として壁のない関係を維持することが大切だと感じています。壁を取り払うことにより施設入所中はもとより、施設退所後も私たちが彼女たちにとっての心の「居場所」となり、地域で安心した生活が送れるようになると考えています。

立ち直りを支援する人の視点から

栃木明徳会 施設長 永山 正明

 当施設は、成人・少年の女性を受け入れる女性専門の更生保護施設であり、近年は高齢者の入所が増えています。就労が可能な心身の状態であれば、施設入所中の就職支援や生活指導等を通じて、施設退所後の円滑な自立も期待できますが、高齢者の場合は自立が困難であるだけに、施設退所後の自宅訪問や電話連絡による見守り支援や金銭管理指導等の継続的な支援の必要性が高まってきます。その中で、支援を地域に移行させていくことができればと考えていますが、それは同時に、本人の犯罪歴等を地域の支援者が知るということにもつながり、そこには「本人の了承を得る」という大きな壁があると感じています。

 地域で孤独や孤立を解消してくれる支援者を増やすことは理想ですが、必ずしも受け手がそれを望んでいるとは限りません。だからこそ、私たちは更生保護施設にいる間から、対象者に可能な限り本音で話してもらうよう努め、支援ニーズの聞き取りを重ねることで、一人一人に応じた支援の在り方を模索しています。特に、高齢の対象者に対しては、施設入所時から、次の生活の場をどこにするのか、そして場合によっては、その後の終活までを含めた支援を意識しています。

 また、当施設では、「とちぎREリ・STARTスタート支援プロジェクト」に取り組んでいます。このプロジェクトは、刑務所出所者等が栃木市で安定した生活を送れるよう、当施設を始め、刑務所、市役所、社会福祉協議会、保護観察所、保護司会や更生保護女性会(【施策番号70】参照)等の地域の多機関・多団体が連携し、相談場所や相談者の確保等の継続的な支援体制を構築することを目的に発足したものです。特に栃木市は県内でいち早く再犯防止推進計画を策定した自治体であり、栃木市からは、当施設の入所者が退所後に地域で安定した生活が続けられるよう、御理解と御支援をいただいています。事例2の女性とは別の高齢女性の事例となりますが、施設退所後の居住地である栃木市でどのような支援を継続するかが課題となりました。プロジェクトに参加している市役所と連携して、住居の確保や生活保護に係る調整を行っていたところ、当施設職員の機転により本人に年金の受給資格があることが明らかになりました。その後、当施設職員と本人が何度も年金事務所に足を運び、受け取った年金で当面一人暮らしができるようになりました。彼女に対しては、既に訪問支援事業の委託期間を終了していますが、引き続き当施設におけるフォローアップとして訪問による支援等を継続しており、今後は、本人の意思を確認しながら民生委員による訪問や地域包括支援センターの職員による見守り、更生保護女性会との交流といった地域ぐるみの支援を行うことも検討しているところです。

 とちぎRE:START支援プロジェクトは、現在3年目となりました。今後も、行政や関係機関の御理解の下、地域等との良好な関係を維持しつつ、プロジェクトの輪を一層広げることにより、地域における息の長い支援を実現していきたいと考えています。

農作業中の様子
作業療法士によるコミュニケーションワークの様子
  1. ※ 地域包括支援センター
    市町村が設置主体となり、地域住民の心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うことにより、地域住民の保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的とする施設。