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第1節 就労の確保等

7 一般就労と福祉的支援の狭間にある者の就労の確保

(1)受刑者等の特性に応じた刑務作業等の充実【施策番号21】

 法務省は、受刑者の就労意欲の養成、規則正しい勤労生活の維持等のため、受刑者を刑務作業に従事させており、個々の受刑者が実施する作業は、各刑事施設が、民間企業から受注等した作業の中から、個々の受刑者の資質、能力、就労歴等を考慮した上で指定している。そのため、受刑者の多様な特性に応じた刑務作業を指定できるよう、各刑事施設において、様々な業種の民間企業に対する受注活動を行っている。2020年度(令和2年度)から、高齢により日常生活に支障が生じている者や心身の疾患等を有する者に対して、作業療法士等の専門的評価やアドバイスを得ながら、身体機能や認知機能の維持・向上を図り、段階的に一般的な生産作業に移行させるとともに、社会復帰に向けて身体機能及び認知機能を維持又は向上させる機能向上作業を府中刑務所において実施しているが、2021年度(令和3年度)からは、宮城刑務所、東日本成人矯正医療センター、岡崎医療刑務所及び北九州医療刑務所の4庁を試行庁として追加した。

 さらに、法務省は、福祉的支援の対象外であるものの、知的能力に制約がある、あるいは集中力が続かないなどの特性を有しているため、一般就労が困難あるいは継続できない、一般就労と福祉的支援の狭間にある者について、矯正施設在所中に、社会生活に必要な認知機能等の強化を図るとともに、就労先等を確保するため、2019年度(令和元年度)から、広島大学と連携し、作業療法を活用したプログラムの実施等を広島刑務所及び広島少年院において試行している(【コラム2参照】)。

COLUMN2 広島大学と連携したコグトレによる就労移行準備指導の取組

広島刑務所

 広島刑務所では、2019年度(令和元年度)から、広島大学と連携し、作業療法を活用したプログラムの試行庁として、コグトレによる就労移行準備指導を実施しています。

 このプログラムの目的は、再犯防止の一環として、一般就労と福祉的支援の狭間にある受刑者に対して作業療法を活用した指導を行うことで、出所後の継続的な就労と円滑な社会復帰に必要な社会適応能力を向上させることにあります。

 プログラムの指導者は、作業療法士、教育専門官、刑務官であり、全15単元から成るプログラムを、年間2グループ、1グループおおむね8名で実施しています。

 プログラムの受講者は、就労意欲を有し、出所時におおむね65歳以下の者の中から、知能指数や残りの刑期を考慮して選定します。そして、常に受刑者を身近で指導している処遇担当部署の工場担当職員が記入した受刑者の行動特徴に係るチェックリストを参考に、教育担当部署の職員が候補者本人と面接を行い、本人の意思確認を行った上で、最終的な受講者を決定しています。受講者の多くは、日常生活において、医療的な対応や福祉的な支援が特に必要というわけではなく、通常の刑務作業に従事していますが、作業や課題をこなすことに時間が掛かり、素早く正確に行うことが苦手であることが多いほか、人の話や口頭での指示などを聞き取ることが苦手であるといった困難を抱えています。

 プログラムの内容は、認知機能強化トレーニング、認知作業トレーニング及び認知社会スキルトレーニングを組み合わせたものであり、コグトレと呼ばれる手法で構成しています。受刑者に不足していると思われる社会適応能力のうち、認知機能の弱さ、感情統制の弱さ、融通の利かなさ、不適切な自己評価、対人スキルの乏しさや身体的不器用さを改善させることを主眼として取り組んでいます。

 例えば、プログラムにおいては、「コグトレ棒」という道具を使用して身体イメージ力を高める訓練を行います(写真1)。この訓練は、身体の使い方が不器用な者には、身体を正確に動かすために必要な脳と身体各部との間の神経伝達機能が上手く働いていないケースが多く見られることに着目し、認知機能と並行して神経伝達機能の向上を図ろうとするものです。

 また、コグトレは「覚える」「数える」「写す」「見つける」「想像する」の合計5つの分野をターゲットにしていますが、「想像する」という分野をターゲットとした課題に苦慮する受講者が多く見られました(写真2)。

 様々なトレーニングを実施していく中で、未知の指導に対する警戒心からか、指導者や自分に否定的な言葉を向ける受講者もいましたが、徐々に肯定的な言葉が増えていきました。指導を通して、良好な生活環境や人間関係の大切さに気付いた受講者が多かったことがうかがえます。当初、プログラムに抵抗を示していた者の多くが、修了時には、「参加してよかった」、「自分の問題点に気付くことが出来た」などの感想を述べていました。

 本取組は、広島大学と連携をしていることから、科学的な根拠に基づいたアセスメントを指導の前後に実施して、効果の検証ができるという特徴があります。プログラム受講前に個々の受講者の能力を数値化し、プログラム受講後の数値と比較することで、プログラムの効果検証を実施しており、その結果、認知機能等の向上が認められているところです。また、その結果については受講者本人にも示すことで、自分の能力の向上した部分を視覚的に理解できるようにしており、このことが、本取組をはじめ各種指導に対する意欲の向上につながっています。加えて、本指導を修了した者を就労支援指導(R6)※14に編入することで、就労の意欲を更に高めさせる取組も進めたいと考えています。

 最後に、本取組は、一般就労と福祉的支援の狭間にある者を対象とするという難しさがありますが、作業療法という新たな視点を取り入れ、これまで十分にアプローチできなかった受刑者に対する処遇の充実を図ることは、再犯防止に大きく貢献し、意義深いことであると考えています。今後も広島大学の御協力をいただきながら、プログラムの更なる改良を行うなど、より良い指導を実施していきたいと思います。

 注 コグトレ
 認知○○トレーニング(Cognitive ○○ Training)の略称で、認知機能強化トレーニング(Cognitive Enhancement Training)、認知作業トレーニング(Cognitive Occupatinal Training)、認知社会スキルトレーニング(Cognitive Social Training)の3つのトレーニングで構成されています。
写真1 コグトレ棒を使用した受講風景
写真2 折り紙を使用して穴の位置を想像するトレーニング

(2)障害者・生活困窮者等に対する就労支援の活用【施策番号22】

 法務省及び厚生労働省は、2006年度(平成18年度)から、保護観察官、ハローワーク職員から構成される就労支援チームを設置して、保護観察対象者等に対する就労支援を実施している(【施策番号5ア】参照)。保護観察対象者等のうち、障害者、生活困窮者等についても個々の障害や困窮の程度に応じて必要かつ適切な支援を検討・実施している。

 法務省は、矯正施設在所者のうち障害等により就労が困難な者に対し、2014年度(平成26年度)から社会内で利用できる就労支援制度を紹介するためのリーフレット(資2-22-1参照)を配布しており、2020年度(令和2年度)は、少年院在院者を含め、延べ3,885部を配布した。

 厚生労働省は、障害を有している犯罪をした者等が、就労意欲や障害の程度等に応じた希望する就労が実現できるよう、引き続き、就労移行支援事業、就労継続支援A型事業、就労継続支援B型事業、就労定着支援事業(以下「就労系サービス」という。資2-22-2参照。)に取り組んでいる。

 そうした中で、障害福祉サービス事業所が矯正施設出所者や医療観察法※15に基づく通院医療の利用者等である障害者(以下「矯正施設出所者等である障害者」という。)を受け入れるに当たっては、①きめ細やかな病状管理、②他者との交流場面における配慮、③医療機関等との連携など手厚い専門的な対応が必要であるため、2018年度(平成30年度)障害福祉サービス等報酬改定において、「社会生活支援特別加算」を創設した。同加算では、訓練系、就労系サービス事業所(就労定着支援事業を除く。)において、精神保健福祉士等の配置により矯正施設出所者等である障害者を支援していること、又は病院等との連携により精神保健福祉士等が事業所を訪問して矯正施設出所者等である障害者を支援していることを報酬上評価して、受入れの促進を図ることとしている。

 また、複合的な課題を抱える生活困窮者に対し、包括的な支援を行う生活困窮者自立支援法(平成25年法律第105号)においても、一般の企業等への就労が困難な犯罪をした者等に対する就労支援が可能であり、同法に基づく就労準備支援事業(資2-22-3参照)や就労訓練事業(資2-22-4参照)により、個々の状態像に合わせた個別の支援を展開している。

 さらに、生活困窮者の一層の自立を促進するため、生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律(平成30年法律第44号)による改正後の生活困窮者自立支援法において、福祉事務所設置地方公共団体の任意事業である就労準備支援事業について、その実施を努力義務としたほか、対象者の年齢要件を撤廃し65歳以上も利用可能とすること等により、多様化する就労支援ニーズをとらえた事業の実施を図っている。

資2-22-1 就労支援制度の紹介のリーフレット
資2-22-1 就労支援制度の紹介のリーフレット
資2-22-2 就労系障害福祉サービスの概要
資2-22-2 就労系障害福祉サービスの概要
資2-22-3 就労準備支援事業の概要
資2-22-3 就労準備支援事業の概要
資2-22-4 就労訓練事業の概要
資2-22-4 就労訓練事業の概要

(3)ソーシャルビジネスとの連携【施策番号23】

 法務省は、全国の保護観察所において、労働市場で不利な立場にある人々のための雇用機会の創出・提供に主眼を置いてビジネス展開を図る、いわゆる「ソーシャル・ファーム」との連携を進め、2021年(令和3年)5月末現在、全国164団体との間で、雇用や受入れ等の連携を実施している。また、2013年度(平成25年度)から、いわゆる「ソーシャル・ファーム」と保護観察所との間で「ソーシャル・ファーム雇用推進連絡協議会」を開催し、相互理解を深めるとともに、一般就労と福祉的支援との狭間にある者への就労支援について協議を行っており、2020年度(令和2年度)は2回開催した。こうした中で、協力雇用主への登録に理解を示すソーシャル・ファームについて、協力雇用主としての登録も促している。

 なお、2018年度(平成30年度)から、ソーシャルビジネスを運営する企業の視察等を通じ、矯正施設とソーシャルビジネスとの連携の在り方等についての検討も進めており、ソーシャル・ファームと連携し、少年院在院者が同ファームに帰住し、生活の安定を図るための支援の枠組みを構築するための検討を行っているところ、2019年度(令和元年度)は、この取組の中で、1名の在院者がソーシャルファームに帰住した。

 さらに、2019年6月に決定された「農福連携※16等推進ビジョン」において、犯罪をした者等の立ち直りに向けた取組への広がりが示されたことから、法務省及び農林水産省が連携し、一般就労と福祉的支援との狭間にある刑務所出所者等の就農に向けた取組を推進している。

 また、2020年3月に経済団体、農林水産業団体、福祉団体その他の関係団体、地方公共団体、関係省庁等の様々な関係者が参加し、国民的運動として農福連携等を展開していくため、農福連携等応援コンソーシアムを設置するとともに、農福連携に取り組んでいる優れた事例を表彰し、全国への発信を通じて横展開を図る「ノウフク・アワード2020」を2021年3月に実施した。

  1. ※14 就労支援指導(R6)
    就労に必要な基本的スキルやマナーを習得させるとともに、出所後の就労に向けた取組を具体化させるための指導であり、特別改善指導に位置付けられている。【施策番号2】参照。
  2. ※15 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(平成15年法律第110号)
  3. ※16 農福連携
    農業と福祉が連携し、障害者等の農業分野での活躍を通じて、農業経営の発展とともに、障害者等の自信や生きがいを創出し、社会参画を実現する取組。