平成7(1995)年3月20日,朝の通勤時間帯,東京・霞ケ関駅を通過する3つの地下鉄路線を走る5つの車両に,猛毒の化学兵器・サリンを散布しました。
その結果,死者13人・負傷者5,800人以上(※)という甚大な被害をもたらしました。なお,令和2年3月には更に1人が亡くなられました。
※ オウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律に基づく給付金支給に当たり,平成22年3月までに認定された数
地下鉄サリン事件から24年
2019年3月6日 更新



地下鉄車両を洗浄する自衛隊員(AFP=時事)

サリンにより倒れ,路上で手当を受ける乗客ら(共同)

平成6(1994)年6月27日,長野県松本市内の住宅街でサリンを散布し,死者8人・負傷者約140人(※)の甚大な被害をもたらしました。
※ オウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律に基づく給付金支給に当たり,平成22年3月までに認定された数

魚などが死んでいた池の周辺を調べる捜査員(共同)


幼児を遺棄したと思われる現場を捜索する捜査員(時事)

上記の凶悪事件を引き起こした教団は,名称等を変えて現在も活動しています。
中でも,「Aleph(アレフ)」という名称を用いる集団には,若い世代を中心に,年間概ね100人以上が新たに入会しています。

新保木間(しんほきま)施設(東京)に対する立入検査で確認した麻原彰晃の写真(枠線内)が飾られた祭壇(平成30年7月)


高橋シズヱさん
その一方で,地下鉄サリン事件から24年となる今もなお,心を揺さぶられる日々を過ごしておられる御遺族,重篤な後遺症を負った被害者を長きにわたり支え続けていらっしゃる御家族,今も,地下鉄に乗る際には駅の出口に近い車両の位置を確認するという被害者の方がいらっしゃいます。