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内外情勢の回顧と展望(平成17年1月)

第2  平成16年の国際情勢


 1  北朝鮮・朝鮮総聯

(1)  膠着状態が続いた北朝鮮の核問題
  ― 北朝鮮は,6者協議の枠組み維持が有利と認識しつつ,実質協議は引き延ばし―
  ― 中国は,北朝鮮に対して,核問題の解決と同時に,経済の自立を目指した改革推進を説得―
  ― ロシアは,中国と協調しつつ,米朝間の妥協取付けに努力―

〈第2回,第3回6者協議を実施。北朝鮮は高濃縮ウラン計画を否定しつつ,限定的な核廃棄・凍結に固執〉

 北朝鮮の核問題の解決に向けた取組は,2003年(平成15年)に引き続き,日米朝中韓ロによる6者協議の枠組みで進められ,厳しく対立する主張の妥協点が模索された。
 第2回6者協議(2月25~28日,中国・北京)においては,北朝鮮が高濃縮ウラン(HEU)計画の存在を否定した上,「米国が対朝鮮敵視政策を放棄すれば,核兵器計画を放棄する」とし,当面の第一段階措置として「核兵器計画の凍結」を提案,見返りとして米国に,周辺国とのエネルギー共同支援,「テロ支援国リスト」からの解除,制裁の撤回を求めた。これに対し,米国は,プルトニウム型及びHEU型の両方の核開発について,核兵器計画だけでなく平和利用も含めた「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄(CVID)」を求め,その見返りとして「安全の保証」を供与する用意があることを強調した。しかし,米朝間の意見相違は埋まらず,「次回協議の6月までの開催」,「作業部会の設置」などが「議長声明」で発表されるにとどまった。
 第3回6者協議(6月23~26日,中国・北京)は,前回協議で設置が合意された作業部会(第1回:5月12~15日,第2回:6月21~22日,中国・北京)の後に開催された。北朝鮮は,HEU計画の存在を改めて否定し,核の平和利用の権利を主張しつつも,「米国が敵視政策とCVIDを撤回すればすべての核兵器関連計画を廃棄する」とし,その第一段階措置としての「凍結対補償」に関する具体案を初めて次のとおり提示した。
北朝鮮の「凍結対補償」案
範囲対象: すべての核兵器関連施設(5,000キロワット黒鉛減速炉を含む。)と使用済み核燃料棒の再処理を通じて得られたプルトニウム
 凍結には,核兵器を更に作らず,移転せず,実験もしないことを含む
開始時期: 凍結開始は補償が行われたとき
検証方法: 6者協議の枠組みで協議
補償措置: ア 200万キロワット相当のエネルギー支援(米国も参加すべき),イ 米国によるテロ支援国家指定と経済制裁の解除
 一方,米国は,核廃棄までに3か月の準備期間を設定し,その間に北朝鮮がHEU計画を含む核計画を全面申告し,IAEA(国際原子力機関)などによる検証を伴う査察を受け入れれば,米国以外の周辺国がエネルギー支援を行うとともに,米国が暫定的な「安全の保証」を供与する,などの提案を行った。
 同協議においては,米国が条件付きながら核凍結の段階での第三国による北朝鮮への補償供与を容認する方針に転換したことで,「凍結対補償」案を第一段階措置として問題解決に向かうとの方向で協議参加国が概ね合意したが,北朝鮮がHEU計画の存在を改めて否定したことから,米朝間の隔たりは結局埋まらず,前回同様「共同声明」作成は見送られ,「議長声明」が発表されるにとどまった。
第2回6者協議の議長声明(骨子)
 相違は残るが,互いの立場に理解を深めて有益かつ積極的な協議実施
 朝鮮半島の非核化と平和的な問題解決に向けた関与
 核問題解決に対処する調整された措置で懸案に対処
 協議プロセスを継続し,第3回協議を6月末までに北京で開催し,これに向けた作業部会を設置

第3回6者協議の議長声明(骨子)
 朝鮮半島非核化目標に対する関与を再確認し,それに向けた第一段階措置を可能な限り早期に取る必要性を強調
 「言葉対言葉」「行動対行動」の段階的プロセスの必要性を強調
 相違は残るが,共通要素があることに留意
 第4回協議を9月末までに北京で開催することに原則合意

〈北朝鮮は米国提案の受入れを拒否。強硬姿勢をアピールして第4回6者協議開催を先送り〉

 北朝鮮は,第3回協議終了当初は,米国が同協議でCVIDの表現を使用しなかったことや,「核凍結」に対応する周辺国の「補償」を容認したことなどに好感を示すとともに,米国提案に対しても「留意すべきもの」(6月28日,外務省報道官)とするなど一定の評価姿勢を示していた。
 しかし,その後,「補償」への米国の直接参加を通じた米朝間の「信頼関係」構築を要求したにもかかわらず,米国側がそれを受け入れなかったとして,米国提案を「これ以上論議すべき一顧の価値もない」(7月24日,外務省報道官)と非難するとともに,「戦争抑止力」,「物理的抑止力」の強化を繰り返し主張するなど強硬姿勢に転じた。また,ブッシュ米国大統領の「金正日『暴君』発言」(8月18日)や米韓合同軍事演習(8月23日~9月3日)などを契機に,9月末までの開催で合意されていた第4回6者協議の開催へ難色を示し始めた。
 さらに,9月に韓国が過去にIAEAに未申告で核関連実験を行っていた問題が表面化するや,北朝鮮は,同問題が解決されるまでは協議に参加できない旨主張するとともに,自らの核廃棄・凍結を棚上げする意向をも示唆した。このため,第4回6者協議は予定どおりの開催ができなかった。

〈中国は,北朝鮮に対して,非核化の説得を継続すると同時に,経済の自立を目指した改革促進を働き掛け〉

 中国は,自国の経済建設に有利な国際環境の整備という戦略的観点から,核問題の平和解決に向けた調整外交を継続し,その中で,北朝鮮に対しては,6者協議の枠組みの中での問題解決に向け説得を継続すると同時に,北朝鮮が従来のように短期的に急場をしのぐ経済支援に依存するのではなく,経済の自立を目指した改革を推進するよう促した。
 核問題をめぐっては,中国は,「朝鮮半島非核化」を基本方針に,問題解決に向け,米朝及び関係各国との調整外交を活発に展開し,第2回6者協議(2月)及び第3回6者協議(6月)において,「作業部会を設置し,協議のメカニズム化推進で合意」(第2回),「非核化の目標に向けて新たな一歩」(第3回)などとそれぞれの協議を評価し,6者協議の枠組み維持の重要性を強調した。しかし,この後,北朝鮮が米国の「対朝鮮敵視政策」や韓国の核関連実験などを理由に開催に応じず,当初9月末までの開催を目指した第4回協議をめぐる中国の働き掛けは暗礁に乗り上げた。
 経済支援をめぐっては,中国は,北朝鮮の安定を図るため穀物やエネルギー支援を継続する方針を取りつつ,同時に,北朝鮮の経済的自立に向け働き掛けを強化する方針とみられる。温家宝総理が,訪中した金正日総書記(4月)に対し,「中国の企業がさまざまな形式の互恵協力を行うことを積極的に奨励する」と表明した上で,中国の経済発展状況を説明したことについては,北朝鮮が中国の経済体制をモデルに経済の自立を目指した改革を進めるよう促すためのものと伝えられた。
 胡錦濤指導部は,今後とも,北朝鮮に対し,核問題の平和解決に向けた働き掛けを継続・強化するものとみられるが,中国国内には,中国の政治的・経済的支援にもかかわらず,北朝鮮がしばしば北東アジアの安定を目指す中国の努力に反する行動をとり,危険な瀬戸際政策を続け,中国への感謝の気持ちを示さないことに対する不満もあるともいわれることから,北朝鮮に対しては,支援とコントロールの硬軟両様の姿勢で臨むことも予想される。

〈ロシアは,中国と協調しつつ,米朝間の妥協取付けに努力〉

 朝鮮半島における核問題に関するロシアの基本的な姿勢は,同半島の非核地帯化の達成にある。北朝鮮の核開発問題については,核兵器の開発・保有は認めないものの,核の平和利用に関しては理解を示すに至っている。
 ロシアは,過去3回の6者協議の開催をめぐり米朝間の立場の相違をできる限り縮小させるため,関係国,とりわけ,議長国である中国と協調しながら,米朝両国に働き掛けてきた。ロシアは,6者協議の枠組みを維持することが,当面,北東アジアの安全保障にとって極めて重要であると認識し,早期に第4回6者協議が開催されるよう,引き続き,中国と連携しながら,米朝両国が相互に妥協を行うよう働き掛けていくものとみられる。

〈北朝鮮は今後も6者協議を利用して米国からの譲歩引き出しを企図。核兵器保有の既成事実化を図る懸念も〉

 核問題をめぐる北朝鮮の対応の背景には,6者協議の枠組みが維持されている限り,イラク問題を抱える米国が軍事攻撃などの強硬策に出る可能性が低く,同時に,中国・ロシア・韓国から理解・同調を得て,経済援助を獲得することも可能であるなど,現状は有利との判断の下,あらゆる手だてを使って協議を引き延ばし,その間に核・ミサイル開発を進める狙いがあるものとみられる。
 一方,米国は,大統領選挙(11月2日)でのブッシュ大統領再選を受け,今後,PSI(拡散に対する安全保障構想)の枠組みなどを活用して,ミサイル輸出や麻薬・覚せい剤取引などによる資金調達への締め付けを強めるとともに,「北朝鮮人権法」(10月18日,大統領署名・発効)に基づく様々な働き掛けを活発化させるものとみられる。
 こうした中,北朝鮮は,引き続き6者協議の枠組みを巧妙に利用することを基本に,自らの平和姿勢アピールによって日米韓の協調関係を切り崩して米国の孤立化や動揺を図り,最大限の譲歩引き出しを目指していくものとみられる。また,核・ミサイル開発を続行しつつ核兵器保有を繰り返し示唆するなどして,その既成事実化を図ることが懸念される。


(2)    北朝鮮は,拉致問題の早期幕引きを狙いつつ,日朝国交正常化の早期実現,大規模経済支援の獲得を企図
  ― 我が国内の北朝鮮批判世論の沈静化,日朝国交正常化に向けた環境整備に腐心―

〈二度目の首脳会談の結果,拉致被害者家族8人が帰国・来日〉

 北朝鮮は,2004年(平成16年)初頭から,我が国の特定船舶入港禁止特別措置法などの対北朝鮮経済制裁関連法整備等の動きに対する非難を繰り返す一方,日朝関係改善の必要性をアピールしつつ,我が国外務省関係者の訪朝を相次いで受け入れ(1月,2月),5月には,小泉首相を再度平壌に迎え,金正日総書記が首脳会談を行った。
 同会談で,金正日総書記は,日朝平壌宣言遵守の意向を改めて表明した上で,拉致被害者家族8人の出国を認めるとともに,安否不明者10人について「改めて白紙に戻り,早期に,本格的かつ徹底的な調査を行う」旨,約束した。この結果,拉致被害者家族8人のうち,5人は小泉首相とともに帰国し,残る3人は7月にインドネシア経由で帰国・来日した。

〈金正日総書記が約束した「再調査」は進展をみせず〉

 しかし,安否不明者の「再調査」結果について北朝鮮側は,11月,平壌で開催された第3回実務者協議において,「8人は死亡,2人の入国は確認できなかった」とした上で,横田めぐみさんのものとされる「遺骨」などの「証拠」・資料等を提供するとともに,北朝鮮から持ち出されたとする写真との一致が指摘された「特定失踪者」2人に関する照会に対しても「入国は把握されず」と否定的対応を示し,「再調査」の結果によっても拉致被害者に関する基本的事実関係は覆らなかったとの姿勢を打ち出した。
 北朝鮮のこのような対応振りは,我が国内で厳しい批判・反発を呼び起こし,北朝鮮の不誠実な姿勢を改めて内外に印象付けた。

〈報道機関,国際集会,人事往来等を通じて「過去清算」を繰り返し要求〉

 北朝鮮報道機関は,「日本は,既に解決した拉致問題のような非本質的で副次的なことを過去清算問題と無理やりに対峙させ,自分らの公約(過去清算)履行については全く考えていない」(「労働新聞」2月20日付)などと非難しつつ,我が国に「過去清算」を求める主張を繰り返した。また,北朝鮮は,韓国,中国,フィリピンなどに設置を呼びかけて結成(2003年

〈平成15年〉

9月)した「日本の過去の清算を求める国際連帯協議会」の集会(5月,ソウル)に代表団を派遣し,各国の連携の下で同様の集会を平壌,東京で連続して開催することや,「過去清算」を求める国際的な署名活動を展開することなどを参加各国関係者と合意した。さらに,我が国から政界,財界,マスコミ関係者や親朝団体関係者らを北朝鮮に招請し,「過去清算」及び早期国交正常化の重要性をアピールするなどした。このほか,朝鮮総聯が第20回全体大会(5月)において設置した「在日朝鮮人歴史研究所」においても,「在日朝鮮人に関する解放前の資料」の収集等に力を注ぐ動きを示している。

〈我が国内の北朝鮮批判世論の沈静化に向け,働き掛け強化の構え〉

 前述のような北朝鮮の対日動向の背景には,日朝国交正常化交渉再開に向けて拉致問題の幕引きを図るとともに,拉致問題に対抗しての「過去清算」アピールや人事往来を通じた親朝勢力扶植などの方策をもって,我が国内の北朝鮮批判世論の沈静化を図り,国際的な日本批判世論を形成するとともに,今後の日朝交渉で「過去清算」を理由に多額の経済支援獲得を狙うなどの意図があるとみられる。
 北朝鮮は,今後,そのような狙いの下,朝鮮総聯を介するなどして,我が国各界に対する働き掛けを一段と強めるものとみられ,とりわけ,政界・経済界やマスコミ関係者らを北朝鮮に招請して,親朝勢力の拡大に努めるなどの動きが更に活発化するものと予想される。


(3)    体制不安定化の兆しを見せ始めた北朝鮮
  ― 「経済改革」措置の効果は限定的。その一方で,インフレが進み,社会統制の弛緩が拡大―
  ― 党・政府高官の更迭が相次ぐ中,「後継」問題に関連するとみられる動きも―

〈「経済改革」による経済再建の成果は限定的〉

 北朝鮮は,深刻な危機にある経済の打開を目指して2002年(平成14年)7月に開始した,いわゆる「経済改革」を進め,これを受けて,様々な物資を取り扱う「市場」の開設や個人・企業等による独自の営利活動などが展開され,この結果,消費物資の流通面などでは,一定の活性化がみられた。
 しかし,エネルギー・原材料の不足や産業設備の老朽化等の構造的問題には抜本的改善がみられず,生産の拡大は限定的なものにとどまっている。
 また,外資の導入についても,金正日総書記(4月),金永南最高人民会議常任委員会委員長(10月)の訪中に際し,中朝両国企業間の交流活発化を要請したり,中国企業に進出を働き掛けるなどしたものの,投資の大半は,中小の小売り,サービス業等の部門に限定されており,期待する大規模投資の導入には至っていない。さらに,韓国からの投資の導入も,開城地域を除いては,インフラの未整備などにより目立った進展がなく,外資導入による経済再建は,その実を上げるに至っていない。

〈インフレが進み,社会統制の弛緩が拡大〉

 「経済改革」措置は,一方で,開始直後から物価上昇を引き起こし,特に,米価については,2004年(平成16年)春以降加速的に上昇して,夏には,「改革」開始直後の約20倍にまで跳ね上がった。さらに,生活物資の配給が停止される一方,個人の営利活動が許容されたことから,社会全般に貧富の差の拡大や拝金主義的風潮のまん延などの副作用が生じた。これらの結果,労働者の無断欠勤の拡大,窃盗・強盗の増加など,社会統制の弛緩が顕著化したほか,現在の体制に反対する活動が活発化する徴候もうかがわれた。また,「先軍政治」のスローガンで表わされるように,体制の最重要な柱とされる軍の内部においても,機密文書の外部流出や幹部の賄賂要求,一部軍人の脱北等,軍紀びん乱・士気の低下がうかがわれた。
 北朝鮮当局はこれに対して,各種取締りの強化等,綱紀粛正・統制の回復に努めているが,取締り側の綱紀の弛緩により,取締りの効果が低下しつつあることを示す事象も見られるに至っている。しかし,統制弛緩の原因となった「経済改革」措置は,経済難が続く中で窮余の策として採られたものとみられるだけに,その廃止等は事実上不可能であり,それに伴って生じる統制の弛緩も不可逆的・構造的なものとして今後拡大していくと考えられる。

〈高官更迭や金正日総書記周辺人物の「死亡」「失脚」説等が相次ぐ中,後継問題に関連するとみられる動きも〉

 北朝鮮の指導部をめぐっては,金正日総書記側近とされる張成沢朝鮮労働党組織指導部第一副部長の失脚・更迭情報が伝えられた(2月)のに続き,一部の党幹部や内閣閣僚の更迭が相次いだほか,金正日総書記の家族に関しては,高英姫夫人の「死亡」説(5,6,8月など)や妹・金敬姫党軽工業部長(張成沢の妻)の「重病」説などが取りざたされた。
 このような中,党機関紙が「後継者の領導体系」を繰り返し強調したり,「新たな星」を称える歌を大々的に掲載するなどの動きがみられ,後継問題と関連するとみられる動きとして注目された。

〈体制の各レベルで不安定要因が拡大していく可能性〉

 金正日体制は,壊滅的経済難による人民生活の困窮にもかかわらず,金正日総書記のカリスマ性,配給制等による「社会主義的平等」,軍・治安機関の強権支配及び情報統制等に依拠して一応の安定を維持してきたが,今後,「経済改革」措置が継続されれば,国外からの各種情報流入の増大の影響もあって,一般住民の間で,貧富の差による不満や体制批判が増大し,さらに,党,軍,政府幹部ら支配層の中でも,商機を得て富を得た「勝ち組」とその他の「負け組」の二分化と対立が進むなどして,これまで金正日体制を支えてきた権力基盤に亀裂が生じることもあり得よう。
 また,後継問題をめぐっては,2005年(平成17年)10月が党創建60周年という節目であることなどを受けて,後継者の擁立・選定等に向けた指導部内の動きが具体化することも考えられ,その過程で,内外政策の選択等とも絡んで,何らかの確執・対立が生じる可能性も否定できない。
 さらに,北朝鮮の危機の深化等に伴い,麻薬密輸,通貨偽造,大量破壊兵器拡散等の不法・有害活動が一層活発化することも考えられる。


(4)    韓国に対する働き掛けを強める北朝鮮
  ― 韓国では,南北交流を積極的に推進―
  ― 北朝鮮は,韓国情勢を「好機」ととらえて働き掛けを強める―

〈韓国では,南北交流を推進〉

 韓国は,国内に拡がる北朝鮮への「同族」意識を背景として,「平和繁栄政策」の下,南北交流を積極的に推進し,4月総選挙での与党ウリ党の躍進や5月の大統領に対する弾劾裁判での棄却決定などを受けて,南北首脳会談以来4年ぶりとなる外相会談・軍高官級会談を実施し,「南北共同宣言」(2000年

〈平成12年〉

)に基づく交流の推進に合意するなどした。また,経済面では,南北経済協力推進委員会などを開催して,京義線・東海線鉄道の南北連結工事,開城工業団地整備などを進めるとともに,食糧40万トン・肥料10万トンなどの支援を継続した。さらに,10月には,ウリ党が,南北交流を厳しく制限してきた国家保安法の廃止法案を国会に提出した。
 一方,こうした政府・与党の姿勢に対して,保守勢力は,盧政権内部及び支持層に親北朝鮮傾向を顕著に持つ学生運動出身者らが多数存在するなどと指摘して,同政権の対北朝鮮宥和姿勢を強く批判し,歴代首相など保守派要人らによる「自由と民主主義守護のための時局宣言」発表,保守派市民団体など10万人以上が結集した「国家保安法死守国民大会」など,巻き返しの動きを強めた。さらに,6月及び10月に行われた地方選挙では,いずれもウリ党が大敗を喫し,この結果に力を得た野党ハンナラ党が国会で政府・与党と激しく対立した。

〈北朝鮮は,韓国情勢を「好機」ととらえて働き掛けを強める〉

 北朝鮮は,盧政権の前述の動きなどから韓国情勢を「自主統一に向かう好機」ととらえ,南北交流を積極的に拡大する姿勢をみせた。特に,6月の「首脳会談4周年」に際しては,朝鮮労働党統一戦線部副部長の李種革を団長とする代表団を韓国に派遣し,金正日総書記のメッセージを盧大統領に伝達させるなどして,「民族協調」機運の盛り上げに努めた。
 しかし,その後,北朝鮮は,韓国政府が,金日成主席追悼行事に際し,韓国側出席者の渡航を不許可としたことや,大量の脱北者をベトナムから受け入れたことへの反発などを契機に,予定されていた閣僚級会談や南北統一大会を始めとする各種政府・民間交流のほとんどを一方的に中断した(一部の経済実務交流などは継続実施)。北朝鮮のこのような変化の背景には,これらの問題が北朝鮮にとって極めて重要であり,看過し難いものであった事情に加え,韓国側の現状が「南北の朝鮮民族が一体となって統一へ向かう道」と「引き続き米国支配下の民族分断を甘受する道」の岐路にあるとの認識の下,韓国のすう勢を更に自国に有利に展開させようとの意図もあったとみられる。北朝鮮は,今後とも,自国に有利な南北関係の構築に向け,対話・交流再開の時期を模索しつつ,韓国への硬軟織り交ぜた働き掛けを進めていくものと思われる。


(5)    既存体制・路線に固執する朝鮮総聯
  ― 第20回全体大会で,「改革」要求を封じ込め,北朝鮮への忠誠を確認,徐萬述・許宗萬体制を維持―
  ― 秋から,「民族教育」「同胞奉仕」「対日働き掛け」を柱とする「8か月運動」を展開するも,組織力低下に歯止め掛からず―

〈「拉致」自認以来の組織内の動揺に硬軟の対応〉

 朝鮮総聯は,1月,中央委員会第19期第4回会議を開催し,第20回全体大会を5月28,29の両日に開催する旨決定し,同大会に向けて取り組んでいた「7か月運動」(2003年

〈平成15年〉

11月~)を軸に活動の盛り上げに努めた。
 また,金正日総書記による日本人拉致自認(2002年

〈14年〉

9月)以来の組織内の不満を背景に生じた「改革」要求の動きに対しては,これを「反朝鮮総聯,反同胞的行為」と決め付けて抑え込みを図る一方,中央幹部を各地方組織に派遣して活動家・会員との懇談・協議の場を設けたり,大会報告案の要綱を事前配付し,活動家らの意見集約を行うなど硬軟織り交ぜた対応で収拾に努めた。

〈第20回全体大会では,「改革」要求を封じ込め,既存路線・指導体制を堅持〉

 こうした取組を経て,朝鮮総聯は,5月28,29の両日,東京都北区所在の東京朝鮮文化会館において全体大会を開催した。
 同大会では,路線面で,1995年(平成7年)以来となる綱領改正を行うとともに,「民族教育の発展」,「民族性固守事業の拡大」,「同胞生活奉仕の展開」などの課題に積極的に取り組む方針を打ち出しつつも,北朝鮮を在日朝鮮人結集の「祖国」とみなし,金正日総書記に対して絶対忠誠を尽くすとの組織の基本的在り方については,これを維持し,「金正日将軍に捧げる手紙」を採択するなどした。また,人事面でも,老齢幹部の退任や40歳代活動家の抜てきで「世代交代」をアピールしつつ,徐萬述議長・許宗萬責任副議長の最高指導体制は維持した。
 しかし,同大会の役員人事の採決に際しては,代議員である若手活動家が反対の意思表示を行う異例の事態も発生したほか,同大会を受けて,朝鮮総聯各地方本部や支部,各傘下団体等が,6月以降,それぞれ開催した定期大会に際しても,様々な異議申立て事案が発生し,組織の統制力弛緩を印象付けた。

〈大会後は「民族教育」活動等を柱とする「8か月運動」を展開〉

 朝鮮総聯は,地方組織・傘下団体等の新体制を受けて,10月から2005年(平成17年)5月の組織結成50周年に向けた「8か月運動」を開始し,第20回全体大会で採択された活動方針に基づき,各地方組織等がア「民族教育」・「民族性固守」活動,イ「同胞生活奉仕」・福祉活動,ウ地域に密着した対日働き掛け活動,に重点的に取り組むよう督励した。
 しかし,小泉首相の再訪朝(5月)や,第20回全体大会への祝辞(自民党総裁名)の送付当時,一時的に盛り上がった活動気運が日朝関係の再膠着の中で沈滞化したことに加え,前述の活動課題に新味が乏しいこと,さらには活動家に支給される手当の遅配・欠配が解消されないなど財政難が続いていることなどもあって,同「運動」に対する活動家・会員の反応は鈍く,これまでのところみるべき成果を上げるには至っておらず,組織力の低下に歯止めの掛からない状態が続いている。

〈便宜供与活動の活発化と同時に,組織中核層の思想教育により組織強化を企図〉

 朝鮮総聯は,今後とも「外柔内剛」を基本に,在日朝鮮人に対する便宜供与活動を組織的に展開して,在日朝鮮人の組織結集や組織イメージの改善を図ると同時に,かつては非公然組織「学習組」が果たしていた組織の中核としての役割を担わせるべく活動家らの思想教育を強めていくものとみられる。
 また,訪朝した人間は親朝化するとの認識の下,マスコミ,国及び地方の議員ら我が国各界有力者への訪朝働き掛けを始めとした「日朝親善」活動にも努めるであろう。
 このほか,北朝鮮が2005年(平成17年)を「祖国統一元年」と位置付けていることなどを受けて,韓国の統一運動勢力や韓国民団などへの働き掛けを強めたり,「朝鮮労働党創建60周年」等の記念日に向けて,このところ低調な北朝鮮への経済支援活動に積極的に取り組むことが予想される。
 一方,朝鮮総聯の「改革」を求める勢力については,指導部の硬直的姿勢に対する諦観も生じており,当面,不満のはけ口を得られないまま,面従腹背的な行動を続けたり,組織との溝を深めていくものとみられる。


 2  中国

(1)    膠着状態が続いた北朝鮮の核問題
  ― 北朝鮮は,6者協議の枠組み維持が有利と認識しつつ,実質協議は引き延ばし―
  ― 中国は,北朝鮮に対して,核問題の解決と同時に,経済の自立を目指した改革推進を説得―
  ― ロシアは,中国と協調しつつ,米朝間の妥協取付けに努力―

〈胡錦濤総書記(国家主席)が党中央軍事委員会主席に就任〉

 中国共産党は,9月16日から19日まで,第16期中央委員会第4回全体会議(4中全会)を開催した。同会議では,かねてから去就が注目されていた江沢民前総書記が党中央軍事委員会主席を辞任し,後任に胡錦濤総書記が就任した。これにより,胡錦濤総書記が,党(総書記),政府(国家主席),軍(党中央軍事委員会主席)の長を兼任する体制が整った。
 党指導部内には,曾慶紅国家副主席ら江沢民前総書記と近かったとみられる人物が残っているが,胡錦濤総書記はこれらと協調しながら政権運営に当たっており,その権力基盤は固まりつつあるとみられる。

〈共産党の「執政能力強化」を目的とする党の改革に着手〉

 胡錦濤指導部は,2002年(平成14年)秋の発足以降,民衆生活への配慮を重視する「親民路線」を推進し,民衆の支持獲得による政権基盤の強化を図ってきた。しかし,党・政府幹部の汚職・腐敗が一層増大し,地方の党組織・政府機関が十分な補償をせずに土地を強制収用するなど,民衆の反発を招く行為が跡を絶たないことから,胡錦濤指導部においては,こうした事態を放置すれば,いずれ党は民衆の支持を失い,体制が崩壊しかねないとして,現在の共産党一党支配体制の維持を図るために一連の改革に着手した。同指導部は,1月,党の指導幹部及び地方党組織に対する監督を強化し,指導幹部の汚職・腐敗に対し厳罰で臨み,重大事故や政策決定上の誤りに対しては指導責任を厳しく追及する方針を示した。
 さらに,同指導部は,4中全会で「党の執政能力建設強化に関する党中央の決定」を採択し,政権担当能力の強化を目的とする党の改革を推進する決意を示した。同改革では,権力が一部の幹部に集中していることが汚職・腐敗を生み,党の地方組織も十分に機能していないとして,党の重要な政策・方針の決定に際しては,党委員会での十分な検討や一般党員の意見の積極的な吸い上げを行うよう求めている。また,政治,経済などの各分野における党の指導についても,人民代表大会や労働組合などへの指導方法を改革し,人民と党のつながりを強化し,党の方針に基づき法律を制定するほか,従来,党幹部個人の判断に委ねられていた指導から法による指導へと改善することを目標としている。
 同指導部は,一連の改革を通じて党組織の活性化を図るとともに,地元や個人の利益を優先し中央の方針に従わない地方幹部らの権力を削ぐことで,党の下部組織が中央の手足として働く体制づくりを目指しているとみられるが,権力を失う幹部らの反発や改革不徹底などを理由とした民衆の不満の増大も予想され,今後の推移が注目される。

〈社会・経済問題の解決に取り組むも課題が山積〉

 胡錦濤指導部は,中国全体の,持続可能で,都市と農村,経済と社会などの調和のとれた「発展」を目指しており,これを受けて,温家宝総理は第10期全国人民代表大会(全人代)第2回会議(3月)の政府活動報告の中で,経済と社会における矛盾の解決に力を入れる方針を打ち出した。
 経済問題では,温家宝総理が同政府活動報告の中で,2004年(平成16年)度の優先課題として,マクロ経済のコントロールを強化し,大きな経済変動を防ぐことを掲げた。また,社会問題では,胡錦濤指導部は,その年の最重要問題を年初に通知することになっている「中央一号文献」で,農業・農民問題を18年ぶりに取り上げ,農業を保護し,農民の収入増加に努める姿勢を示した。
 同指導部がこのような方針を打ち出した背景には,特に鉄鋼やセメントなど一部業種を中心とする過剰投資によって引き起こされた「経済過熱」が,安定的成長の阻害要因になる可能性があることや,「経済過熱」の中で進められる土地開発に伴い,農地が強制的に収用されるなどの事態が多数発生し,農民の不満が高まることが懸念されることなどがあるとみられる。
 こうした胡錦濤指導部の取組にもかかわらず,引き続き「経済過熱」がみられ,農地等の強制収用の問題を中心に,農業問題や失業問題,党・政府幹部の腐敗問題などを中央に直訴する陳情者が増加し,各地で暴動が発生するなど,社会・経済問題の根本的解決には依然として課題が山積している。

〈経済建設に有利な環境を整備するため全方位外交を継続展開〉

 外交面では,自国の経済建設に有利な内外環境の整備という戦略的観点に基づき,活発な大国外交,周辺外交,発展途上国外交を継続展開した。
 大国外交のうち,対米関係では,マイヤーズ統合参謀本部議長(1月)と梁光烈人民解放軍総参謀長(10月)の相互訪問が行われたほか,胡錦濤国家主席・ブッシュ大統領の会談がチリで行われ(11月),「中米両国の建設的な協力関係は積極的な進展を収めている」と表明するなど,両国関係の発展を確認した。しかし,中国はその一方で,「一国単独主義の傾向に新たな発展がみられる」(3月,全人代政府活動報告)と暗に米国を批判し,10月には,米国の対イラク政策等を直接批判した銭其前副総理の論文を発表するなど,ブッシュ政権の対外政策を牽制した。
 ロシアとの関係では,胡錦濤国家主席とプーチン大統領の2度の首脳会談(6月,10月)が行われ,両国間の「戦略的パートナーシップ」を確認したほか,10月の首脳会談では,長年の懸案であった中ロ東部国境の画定で合意するなど,両国関係の緊密化を内外にアピールした。
 また,中国は,世界の多極化と,経済関係の強化を念頭に欧州重視の姿勢を鮮明にし,その中で特に,欧州連合の対中武器禁輸解除を促すため,同禁輸解除に前向きなフランスとの関係強化に力を入れた。

〈安全保障分野の協力を通じて周辺地域における主導権確立を図る〉

 周辺外交では,胡錦濤国家主席が6月,上海協力機構(SCO)首脳会議の席上,安全保障分野における協力の継続的強化を提案し,11月には,ASEAN地域フォーラム(ARF)第1回安全保障政策会議を北京で開催して,「各国は対話と協力を強化し,アジア太平洋地域の平和と安定を維持しなければならない」と強調するなど,多国間における安全保障対話の推進に意欲を示した。
 中国は,4中全会で新たに「国際問題処理の主導権を握る」との目標を掲げており,当面,SCO,ARFや北朝鮮の核問題をめぐる6者協議などでの主導権確立に努め,周辺地域における影響力を増大させていくものとみられる。
 このほか,発展途上国外交では,エネルギー資源確保や,台湾の外交関係拡大阻止などを目的に,党・政府要人が訪問外交を継続し,アフリカ,中東,中南米地域との間で,自由貿易協定(FTA)を締結するための交渉を活発に行った。


(2)    対日関係を重視しつつも,小泉首相の「靖国参拝」に反発し,首脳相互訪問には応じない姿勢を継続
  ― 反日世論のコントロールを図りつつ,対日関係改善を模索―
  ― 各政党や国会議員との交流を活発化,靖国,台湾問題の重要性を強調―

〈「靖国参拝」に反発し,閣僚レベルなど要人の訪日を抑制〉

 中国は,1月に小泉首相が靖国神社を参拝したことに対し,「戦争被害国の人民の感情を傷つける行為を強く非難する」(王毅外交部副部長)と,2002,2003年(平成14,15年)の参拝時と同様,強い反発を示した。我が国との政府間交流では,これまでどおり実務者レベルの交流を実施しているものの,4月,訪中した川口外相が温家宝総理の訪日を招請したことに対し,「良い雰囲気の中で訪日できることを願っている」(温家宝総理)などと,「靖国参拝」が継続される状況では首脳の相互訪問再開には応じない姿勢を示した。さらに,中国は,唐家国務委員の訪日招請についてもこれを見送るなど,閣僚レベルなど要人の訪日を事実上抑制した。
 こうした中,11月,チリ・サンティアゴで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会談に際して行われた小泉首相と胡錦濤国家主席との会談に際し,同主席は,「靖国参拝」について「両国の政治関係を困難にしている障害は,日本の指導者の靖国神社参拝である」(人民日報)と述べ,また,同月,ラオス・ビエンチャンで開催された東南アジア諸国連合と日中韓(ASEAN+3)首脳会議に際して行われた小泉首相と温家宝総理との会談において,同総理は,「中国の古いたとえには,鈴を解くのは鈴を結んだ人しかできない,とある。日本の指導者がこの問題を正しく処理することを希望する」(人民日報)と述べるなど,改めて中国側の靖国神社参拝問題に対する厳しい姿勢を示した。

〈対日関係改善の姿勢を示し,国民の反日感情を抑止する動きも〉

 このように中国は,小泉首相の「靖国参拝」に反発しながらも,5月,胡錦濤国家主席が訪中した高村正彦日中友好議員連盟会長に対して,「平和,友好,互恵,双方勝利といった新しい形の中日関係を構築するために努力すべきである」と述べるなど,対日関係の改善に努める姿勢を示した。また,唐家国務委員も9月,訪中した川口外相に対し,「現在,中日関係は困難に直面しているが,これを好転させ,発展させていきたい」と言明するなど,対日関係の改善に意欲を示した。
 中国が我が国との関係改善を目指す背景の一つには,自国の安定した経済成長を維持する上で,今後,両国間の経済交流を更に発展させることが必要であり,さらに,最近,台湾の陳水扁政権が,住民投票を実施したり,憲法改正に向けた動きを示すなど,独立志向を強めているとされる中にあって,対日関係を改善しておく必要があるとの認識があるものとみられる。なお,台湾の総統選挙前の3月には,戴秉国外交部副部長を政府特使として訪日させ,小泉首相との会談で,「日本が引き続き一つの中国政策を堅持するよう希望する」と述べるなど,台湾独立を支持しないよう働き掛ける動きがみられた。
 一方,中国国内のインターネット上では,「靖国参拝」や尖閣諸島の領有権問題などに関して,反日的な意見があふれた。また,7月から8月にかけて,中国各地で行われたサッカー・アジア杯の対日本戦では,一部観衆がブーイングを行ったり,暴徒化するなど,国民の反日感情が表面化した。中国当局は,こうした国民の反日感情が更に高まり,対日政策に影響を与えることを危惧し,「人民日報」で「中日関係の改善」に関する評論を掲載するなど,国内世論の誘導に努めた。また,夏以降には,インターネット上の反日的なウェブサイトを閉鎖したり,各報道機関に反日報道を抑制する指導を行うなど,メディアの規制を通じて,反日感情の高まりの抑止に努めた。

〈我が国政党・議員との関係を強化,靖国,台湾問題の重要性を強調〉

 中国は,「靖国参拝」に反発し,首脳の相互訪問や要人の来日を抑制する一方で,我が国与野党との政党間交流や各国会議員との関係強化に努めた。3月,中国共産党は,自民・公明両党との間で,歴史,経済問題などを議論する機関として,「日中与党交流協議会」を設置することで合意したほか,6月から9月にかけて,幹部から若い世代までの100人を超える与野党国会議員の訪中を受け入れた。中国は,これら国会議員との各種交流の機会をとらえて,靖国,台湾問題での自国の主張を強調するなどした。さらに,中国は,9月,アジア政党国際会議を主催したが,8月に台湾を訪問した自民党議員の同会議への出席を拒否するなど,台湾問題では厳しい対応を示した。

〈「靖国参拝」には厳しい姿勢を継続する一方で,対日関係改善を推進〉

 中国は,胡錦濤国家主席が8月に開催された海外駐在大使会議でも,外交工作の根本任務の一つとして,「善隣友好の周辺環境の獲得」を挙げており,対日関係の改善に引き続き取り組むとみられる。「靖国参拝」に対しては,依然として厳しい姿勢を示す一方で,対日関係の改善を目指し,国民の反日感情の動向を慎重にコントロールしつつ,各種交流を一層活発化させていくものと思われる。


(3)    海洋権益の拡大を目指す中国
  ― 海洋権益の拡大を今後の重要な国家戦略として重視―
  ― 我が国周辺海域における中国の海洋調査が一層活発化―
  ― 海洋権益の拡大に向け資源開発を推進―

〈海洋権益の拡大を今後の重要な国家戦略として重視〉

 胡錦濤国家主席は,7月,「海洋開発は社会経済発展を推し進める重要な戦略任務である」として,海洋調査や海洋開発の強化を指示した。また,これに先立つ2月に中国国家海洋局が公表した「全国海洋経済発展計画要綱」(2003年

〈平成15年〉

5月,国務院策定)は,「海洋強国」を目指し,「海洋権益の拡大と保護」を掲げ,海洋資源開発の強化を国家発展戦略の重点としており,今後,中国は,海洋権益の拡大に向けた取組を一層強化していくものとみられる。

〈我が国周辺海域における中国の海洋調査が一層活発化〉

 中国の海洋調査船による我が国の排他的経済水域(EEZ)における海洋調査活動は,尖閣諸島周辺などの東シナ海から太平洋へとその範囲を拡大させており,確認された件数も,2003年(平成15年)の8件に対し,2004年(16年)は30件を超えている。これら調査活動は,東シナ海などでの石油・天然ガス開発に加え,太平洋におけるマンガンやニッケル,コバルトなどのレアメタルや,次世代のエネルギーとして注目されるメタン・ハイドレードの開発などの海洋資源調査,さらには,軍事目的の海洋データ等の収集などを目的として行われているものとみられ,11月には,中国海軍の「漢級」原子力潜水艦が,石垣島沖の我が国領海を侵犯する事案も発生した。
 中国艦船による我が国周辺海域での海洋調査活動は,中国が「海洋資源開発の強化」を重要な国家戦略としていることや,軍事面からも,今後一層活発化することが予想される。特に,領有権やEEZ境界画定をめぐり日中間で見解の相違がある東シナ海や,中国が,国連海洋法条約上の「岩」であり,周辺海域での我が国のEEZ設定は認められないと主張する沖の鳥島周辺海域においては,事前通報なしの海洋調査も増加するとみられる。

〈海洋権益の拡大に向け資源開発を推進〉

 中国は,尖閣諸島周辺の大陸棚に石油や天然ガスの埋蔵の可能性が指摘されたのを受け,1970年代に初めて尖閣諸島の領有権を主張し始め,現在もなお,「日本が不法に占拠しており,領有権の争いがあることは明らかである」などと主張しており,3月には,中国の尖閣諸島領有を主張する中国人活動家7人が,尖閣諸島の魚釣島に不法上陸する事件が発生した。
 また,東シナ海の海洋資源開発に関して,日中間には東シナ海のEEZ境界画定をめぐる対立があり,我が国が中間線を主張しているのに対し,中国は沖縄トラフまでを自国の海域と主張している。
 こうした中,5月,中国が東シナ海の中間線付近で,天然ガス採掘施設建設に着手していることが明らかになった。我が国は,自国の資源に影響が及ぶおそれがあるとして,開発の停止や開発に関するデータ提供などを求めたが,中国はこれに応じず,「話し合いによる解決」や「問題を棚上げした上での共同開発」を提唱し,また,7月に中間線付近海域で独自の資源調査を開始した我が国の行動に対し,強い反発を示した。
 前記「全国海洋経済発展計画要綱」は,「東シナ海の石油・天然ガス探査を強化する」,「係争海域において共同開発による協力を模索し,中国の海洋権益を守る」などの方針を示しており,中国は,今後も話し合いや共同開発による解決を提唱しながら,東シナ海における資源開発を推し進めていくものとみられる。


(4)    陳水扁総統の再選で「台湾独立」路線への傾斜に警戒感を強める中国
  ― 台湾では,住民投票による「新憲法制定」を主張する与党・民主進歩党の陳水扁総統が再選─
  ― 中国は,軍事演習や,「国家統一法」制定を示唆して台湾を牽制─
  ― より緊迫した台湾海峡情勢の出現も─

〈台湾では,住民投票による「新憲法制定」を主張する与党・民主進歩党の陳水扁総統が再選〉

 台湾では,3月20日,第11代総統の直接選挙が実施された。今次選挙は,住民投票による「新憲法制定」を主張する民主進歩党の陳水扁候補と,中国との関係改善を主張する国民党の連戦候補の一騎打ちとなり,投票の結果,僅差(0.22ポイント,2万9,518票差)で現職の陳水扁総統が再選された。
 また,同選挙は,投票日前日の19日に,陳水扁総統銃撃事件が発生するという非常事態の中で実施され,選挙後,連戦候補が,「銃撃事件に対する当局の説明が不十分なまま選挙が実施された」として,当選の無効を求める訴訟を起こし,これに同調した野党勢力が,台北市で数週間に及ぶ大規模抗議デモを行うなど,総統選挙直後の台湾情勢は,一時期混乱状態に陥った。

〈独立志向勢力が住民投票の実施と「新憲法制定」に向けた運動を推進〉

 総統選挙では,台湾全土で初となる住民投票が同時に実施され,野党陣営は,中国との関係を悪化させるとして住民投票に反対した。これに対して,李登輝元総統を中心とする独立志向勢力は,2月28日,台湾の南北約500kmの区間を200万人(主催者発表)の人の手でつなぐ「人間の鎖」と称した大衆運動を実施し,住民投票の実施と中国のミサイル配備反対を訴えた。こうした状況下で,ア 中国のミサイル配備に対する防衛力強化,イ 中国との平和と安定の関係構築,の賛否を問う住民投票が実施された。
 二つの設問とも投票率が有権者総数の半数に達しなかったが,独立志向勢力は7月,「新憲法制定」を促進する「台湾制憲運動」の開始を宣言した。

〈中国は,軍事演習や,「国家統一法」制定を示唆して台湾を牽制〉

 中国は,陳水扁総統就任式を3日後に控えた5月17日,党中央と国務院当局連名の声明を発表し,その中で,「陳水扁は憲法制定を通じて台湾独立に向かうタイムスケジュールを公然と持ち出して,両岸関係を危険な崖っぷちに押しやった」,「台湾当局が選ぶ道は,台湾独立の分裂活動をやめるか,火遊びをして自らを焼く結果に終わるか,の二つに一つしかない。台湾独立を阻止するため,中国人民はあらゆる代価を惜しまない」などと警告した。
 さらに,中国は,6月から8月にかけて,「台湾独立に対する予防でなく,攻撃的要素を含んだ」(中国紙「中国青年報」,7月)本格的な軍事演習を行った。また,温家宝総理が,訪問先の英国で,「国家統一法を制定し,台湾独立勢力を震撼させるべきだ」との現地華僑団体の提案を受ける形で,「我々は真剣にそれを考慮する」と表明するなど,「台湾独立」阻止に向けた法律の具体的整備を進める意向も示唆した。

〈「台湾独立」路線への傾斜で,台湾海峡情勢の緊迫も〉

 陳水扁総統は,2000年(平成12年)5月に総統に就任して以降,台湾と中国は「一辺一国」(それぞれ一つの国)と発言(2002年

〈14年〉

8月)したり,「TAIWAN」の文字を付記した新パスポートの発行を実現(2003年

〈15年〉

9月)した。中国は,これを「あらゆる手段を講じて台湾独立を進めた」と批判したが,陳水扁総統は,2期目の4年間において,現状不変更を望む米国の意向や,野党の抵抗などの影響を受けながらも,公約として掲げている「新憲法制定」や,世界保健機関(WHO)参加などに向けて取り組むものとみられる。
 これに対し,中国は,武力行使の準備体制を強化していることがうかがわれるが,2008年(20年)には北京五輪,2010年(22年)には上海万博を控えており,胡錦濤国家主席が,「第一は発展で,第二は統一である」と発言(11月)しているように,経済建設を最優先の課題として取り組むものとみられ,当面は,台湾に強い影響力を有する米国を通じて,陳水扁政権の「台湾独立」に向けた動きに圧力を掛ける姿勢を強めるものとみられる。


 3  ロシア

     国家統制色を強める第二期プーチン政権
  ― 権力の集中を推進し,統制強化の動き─
  ― 対日関係を重視する考えを明らかにしつつも,北方領土問題では依然として慎重姿勢─

〈政権二期目に当たり権力の集中を推進〉

 2003年(平成15年)12月の下院議員選挙での与党「統一ロシア」の圧勝で権力基盤を一層強化したプーチン大統領は,2000年(12年)以来首相を務めエリツィン前大統領の側近としても知られたカシヤノフ首相を突然解任し(2月),後任には政治色のない実務官僚と評されるフラトコフEU特使を指名した後,「権力構造を垂直化する」として内閣を改造し(3月),首相を含む閣僚数を30から17に削減するとともに,国家機構を省,庁,局から成る三層構造に再編した。さらに,大統領選挙(3月)で71%の高得票で圧勝した後,部局数削減などによって大統領府機構を再編するなど,権力の集中を進めた。

〈石油産業やマスメディアに対しても統制強化〉

 プーチン政権は,ロシア最大の民間石油会社「ユコス」に対して莫大な追徴課税支払いを命令し(6月),その結果,「ユコス」は破綻寸前に追い込まれ,主力子会社の売却が決定した(11月)。他方,セチン大統領府副長官が国営石油会社「ロスネフチ」の取締役会長に就任した(7月)ほか,プーチン大統領が国営ガス会社「ガスプロム」による新たな国営石油会社「ガスプロムネフチ」設立を承認する(9月)など,政権の石油産業に対する統制強化の動きがみられた。また,大統領選挙戦での露骨なプーチン支持報道の展開や,政権に批判的なテレビキャスターの解雇,政治討論番組の打ち切りなど,政権によるマスメディア統制の進行をうかがわせる事象もみられた。

〈「テロとの闘い」を旗印に統制を更に拡大強化の動き〉

 プーチン大統領が対チェチェン強硬姿勢を堅持する中,チェチェン共和国大統領暗殺事件(5月),イングーシ内務省襲撃事件(6月),旅客機連続爆破事件(8月),北オセチア学校占拠事件(9月)など,チェチェン独立派武装勢力によるとみられる大規模テロが続発し,多数の子供を含む数百人の市民が命を落とした。こうした状況の下,プーチン大統領は,ロシアがテロの脅威に直面しているとの認識を示した上で,各治安機関の連携強化などを指示し,さらに,「テロと闘うには全権力機関の活動を統一する必要がある」として,現在直接選挙で実施されている地方首長の選出方式を大統領の指名した者を地方議会が承認する方式に変更することや,小選挙区制と比例代表制が併用されている下院議員の選挙をすべて比例代表制とする方式に変更することを提案した(9月)。そのための法律は,2005年(平成17年)春にも成立する見込みであるが,プーチン政権は,今後も,強い国家権力によってテロ撲滅や安定的経済成長を実現し国家を安定させることを唱導しつつ,引き続き統制の強化や中央集権的改革を積極的に推進していくものとみられる。

〈対日関係を重視する考えを明らかにしつつも,北方領土問題では依然として強硬姿勢〉

 プーチン大統領は,対日関係を重視する考えを明らかにし,シーアイランドサミット(6月)及びアジア太平洋経済協力会議(APEC,11月)の際行われた小泉首相との会談に際し,2005年(平成17年)のプーチン大統領訪日実現に向け準備を進めること,及び平和条約締結交渉を加速化させることが確認され,さらに,プーチン大統領自らがパイプラインの建設を含む日ロ間の長期エネルギー計画案を小泉首相に提示して(6月),エネルギー分野での協力を求めるなど,同分野での関係強化に意欲をみせた。
 一方,懸案の北方領土問題では,プーチン大統領は,「討議を避けるつもりはない」と述べて交渉継続の意志を明らかにした(6月)ほか,APECの直前にラブロフ外相が1956年(昭和31年)の「日ソ共同宣言」に基づく色丹島,歯舞群島の二島返還による領土問題解決の考えを表明したのを受け,これを追認する形で同宣言に基づく北方領土問題の解決を示唆する発言をみせた(11月)が,APECの際の日ロ首脳会談では言及せず,慎重な姿勢を崩さなかった。
 今後,ロシアは,2005年(平成17年)のプーチン大統領訪日を視野に入れ,「日ソ共同宣言」を軸に北方領土問題を話し合う姿勢を示しながら,我が国の動きを見極めようとする一方,政治対話等を通じ,資源開発を始めとする経済関係の強化やテロ対策についての協力など,日ロ関係全般の発展に向けた働き掛けを強めることが予想される。


 4  イラク

     主権委譲後もテロが頻発し,治安に不安を残すイラク
  ― 暫定政府が発足するも,本格政権への移行は難航も─
  ― 武装勢力や外国人テロ組織等によるテロが頻発─

〈連合国暫定当局からイラク暫定政府へ主権を委譲〉

 イラクでは,3月8日に,暫定憲法に当たるイラク基本法が成立し,その後,6月28日,連合国暫定当局からイラク暫定政府へ主権が委譲され,8月15日から19日までの間,国民大会議がイラクの各界各層の代表を集めて開催され,予算案の承認権限や法案の拒否権を持つ諮問評議会の評議会員100人が選出された。
 さらに,11月1日からは,2005年(平成17年)1月の国民議会選挙実施に向けた有権者登録が行われているが,治安情勢の悪化などから,今後の本格政権への移行が難航することが懸念される。

〈武装勢力や外国人テロ組織等によるテロが頻発〉

 4月には,バグダッドやファルージャなどで主に地元武装勢力によるとみられる外国人人質事件が多発した。
 一方,ヨルダン人テロリスト,アブムサブ・アル・ザルカウィを始めとする外国人テロ組織によるとみられるテロが発生し,特に9月以降,これら組織によるとみられるテロが著しく増加した。これら組織は,暫定政府の高官や警察などのイラク人治安部隊及び同部隊への採用希望者等を標的とした自動車爆弾等によるテロ攻撃を行ったほか,外国人人質事件を多数引き起こし,駐留部隊や復興事業を行っている外国企業の撤退を要求した。
 また,外国人テロ組織は,米軍等の占領が石油権益の確保を狙ったものであるとして,石油関連施設への攻撃を繰り返した。こうした組織は,特に,イラクの石油輸出の中心地となっている南部バスラや北部モスルにあるイラク最大級のキルクーク油田の施設を主要な標的としてテロ攻撃を行っている。
 このような状況に対し,米軍とイラク人治安部隊は,11月8日にファルージャ総攻撃に着手したのを皮切りに,いわゆる「スンニ派三角地帯」(首都バグダッド,北部モスル,西部ラマディを結ぶスンニ派の居住者が多い地域)における武装勢力掃討作戦を強化した。ファルージャ総攻撃に対し,ザルカウィ率いる「イラクのアルカイダ聖戦機構」,「イスラム軍」,「1920年革命旅団」など11の武装組織は,11月13日,共同のビデオ声明で「イラク全土に攻撃を拡大させる」と言明した。
 ファルージャ総攻撃終了後,外国人テロ組織等の武装勢力は,北部のモスルや西部ラマディなどに拡散し,テロ攻撃を激化させている。
 また,サマワでは,サドル派と米軍との衝突がイラク全土に広がった4月以降,自衛隊宿営地付近や宿営地内に迫撃砲弾などが8回打ち込まれたほか,11月には,サドル派幹部が「自衛隊は占領軍」と言明するなどの動きもあった。


 5  アフガニスタン

     民主化プロセスが進行するも不透明な情勢が続くアフガニスタン
  ― 新憲法制定や大統領選挙実施などの政治日程が進行―
  ― カルザイ政権は不安定要因を内包―
  ― 旧タリバン政権残党はテロを継続―

〈新憲法制定や大統領選挙実施などの政治日程が進行〉

 アフガニスタンでは,タリバン政権崩壊(2001年

〈平成13年〉

11月)後に各民族の代表者が集まり採択した「ボン合意」(同年12月)に基づき,2003年(15年)12月から2004年(16年)1月にかけて,同国の国家体制を定めるためのロヤ・ジルガ(国民大会議)が開催された。同会議では,今後の政治体制をめぐり,カルザイ暫定大統領を擁する最大民族・パシュトゥン人勢力が大統領制を提案したのに対し,少数民族であるタジク人やウズベク人勢力などが議院内閣制を主張するなど,各民族間の思惑の違いが表面化したが,国連の仲介で大統領の権限に一定の制約を加える条件付きで合意,大統領制を基本とする新憲法が採択された。
 10月には,新憲法に基づき,同国初の直接選挙による大統領選挙が実施され,カルザイ暫定大統領が勝利を収めた。同選挙は,当初,6月に実施される予定だったが,選挙妨害を狙った襲撃事件が多発したことから有権者登録が遅れ,10月までずれ込んだものである。また,当初,大統領選挙と同時に実施されることになっていた総選挙については,2005年(17年)春に延期された。

〈カルザイ政権は不安定要因を内包〉

 多民族国家であるアフガニスタンは,元来,民族・派閥等の国内各勢力が勢力争いを繰り広げており,このことがタリバンの急速な勃興を許した一因ともいわれている。10月の大統領選挙では,各民族の代表的指導者など18人が自らが属する民族・派閥の支持を背景に立候補したため,民族・派閥間の対立の激化が懸念されたが,結局,同選挙では,カルザイ暫定大統領が民族等の枠を超えた支持を集めて圧勝し,当面,民族・派閥間の対立の激化はないものとみられている。しかし,各民族・派閥の指導者の中には,有力軍閥・ファヒム副大統領兼国防相(暫定政権当時)など,中央政府が推進する武装解除に応じない勢力が少なからず残存しており,民族・派閥等の国内各勢力の動向は,今後もカルザイ政権の潜在的不安定要因として残り続けるものと考えられる。

〈旧タリバン政権残党はテロを継続〉

 アフガニスタンの政治プロセスは,おおむね順調に推移しているものの,治安面では,旧タリバン政権残党などの武装勢力が,現政権を「米国のかいらい」と位置付け,パキスタンとの国境である南東部を中心に米軍及びアフガニスタン国軍に対する攻撃を繰り返す状況が続いている。また,旧タリバン政権残党やその分派組織によるとみられるカルザイ大統領搭乗ヘリを狙った攻撃(9月16日),首都カブールでの自爆テロ(10月23日),国連職員誘拐事件(10月28日)などのテロ事件も発生しており,今後も,旧タリバン関係者によるテロ発生が懸念される。


 6  国際テロ

     脅威を増すイスラム過激派
  ― 「アルカイダ」の関与が疑われるテロが続発―
  ― 東南アジアでは,「ジェマー・イスラミア」等の脅威が継続―
  ― イスラム過激派関係者の我が国潜入事件が発覚―

〈ソフトターゲットへのテロを強める「アルカイダ」〉

 世界各国がテロ撲滅に向けた取組を強化する中,パキスタンやサウジアラビアなどでは,国際テロ組織「アルカイダ」に対する掃討作戦が展開され,そのメンバーが殺害・捕捉されるとともに,押収したコンパクトディスクのデータ等を基に,新たなテロが未然に防止されるなど,世界各国の治安当局は,「アルカイダ」の活動に一定の打撃を加えることに成功した。しかし,その一方で「アルカイダ」と関連が認められるテロ組織は,いわゆるソフトターゲット等を標的にした大規模テロを続発させ,依然として,終息する兆しはみられず,引き続き国際社会は,テロへの警戒とその脅威にさらされる状況に置かれた。
 スペイン・マドリードでは,3月11日に国政選挙へ直接影響を与えるという政治的目的を持ったとみられる列車同時爆破テロが,サウジアラビア・リヤドでは,4月21日に同国内務省関連施設前で自爆テロが,10月7日には,エジプトのシナイ半島タバのリゾートホテル等を狙った連続爆弾テロが発生するなど,「アルカイダ」と関係があるとみられるテロ組織によるテロは,ソフトターゲットを標的にした無差別大量殺りく型の傾向を強めた。今後とも,鉄道,ビル,ホテル等の警備がぜい弱な施設などを標的にしたテロを継続しつつ,多様な戦術を展開していくものと考えられることから,その動向には十分な警戒を要する。

〈イラクやサウジで石油権益や外国民間人等を標的とするテロが続発〉

 イラクでは,6月に暫定政権が発足し,連合国暫定当局から同政権への主権委譲が実現したが,国内の治安情勢は安定せず,旧フセイン政権残存勢力や「アルカイダ」とのつながりが指摘されるヨルダン人テロリスト,アブムサブ・アル・ザルカウィが率いる武装組織などイスラム過激派武装勢力等によるとみられる爆弾テロや外国人拉致・殺害等のテロ事件が多発した。
 また,サウジアラビアでは,同国治安当局が2003年(平成15年)以降イスラム過激派掃討作戦を続ける中,これに反発する「アラビア半島のアルカイダ」を名乗るグループなどイスラム過激派武装勢力は,同国治安機関や,外国企業関係者等ソフトターゲットを標的にしたテロを敢行し,4月21日に首都リヤドで内務省関連施設自爆テロ,5月1日に西部ヤンブーで米国・サウジ合弁石油会社関連施設襲撃,5月29日に東部アルホバルで外国人居住区襲撃といった大規模テロを繰り返して,テロ実行能力の高さを改めて内外に誇示した。
 一方,イラクにおいて,4月7日に邦人3人が,同月14日に邦人フリー・ジャーナリストら2人が相次いでスンニ派に属するとみられる武装勢力により拉致(その後解放)されたほか,5月27日には邦人フリー・ジャーナリスト2人が車で移動中バグダッド南方のマハムディヤで武装勢力から銃撃を受けて殺害された。さらに,10月末には,ザルカウィが率いる武装組織とみられるグループが,邦人男性旅行者1人を拉致して,日本政府に「自衛隊のイラクからの48時間以内の撤退」を要求した上,人質を殺害する事件が発生した。
 イラクでは,2005年(17年)1月に国民議会選挙が予定されているが,同選挙をめぐり武装勢力が今後もテロ攻撃を継続することが予想される。また,サウジアラビアでは,依然勢力を温存しているとみられるイスラム過激派が,同国政府機関や石油権益,欧米権益等を標的とするテロ攻勢を強めることが懸念される。

〈「ジェマー・イスラミア」はインドネシアを中心にテロを継続〉

 東南アジアでは,イスラム分離運動などに再燃・激化の兆候がみられたほか,「アルカイダ」と密接な関係を持つ「ジェマー・イスラミア」のメンバーによるとみられる大規模テロがじゃっ起された。
 インドネシアでは,9月9日にジャカルタの豪州大使館を狙った無差別大量殺りく型テロが発生し,インドネシア当局は,「ジェマー・イスラミア」のメンバーによる犯行と断定した。同当局は,“同テロは,実行の中心人物とされるヌルディン・トプとアザハリ両容疑者が逃亡を続ける中で,新たな作戦要員を徴募し実行した”とみている。同要員の中には,既存のイスラム主義運動のメンバーも含まれており,両容疑者のために,作戦要員及び物資の獲得に活発に動いていたとみられる。
 また,フィリピンでも,外国人誘拐事件などを行ってきた「アブ・サヤフ」が,2月にマニラで旅客フェリーを狙った爆弾テロを引き起こし,160人余の死者を出すなど,無差別大量殺りく型テロが発生した。
 一方,タイ南部のパッタニ,ヤラ,ナラティワート各県を中心に,2004年(平成16年)に入りイスラム武装集団が,政府関係者や警察官を標的に襲撃や爆弾テロを続発させた。さらに,10月には,イスラム教徒ら数千人と当局が衝突し,教徒らに多数の死傷者が出たが,これに対し,タイからの分離独立を主張する「パッタニ統一解放機構」が,バンコクでの報復テロを警告したことから,タイ国内ではテロに対する警戒が強まった。
 東南アジアにおいては,今後も,「ジェマー・イスラミア」の脅威が継続するとみられる。また,イスラム分離運動や,宗教間紛争の要素を含む住民間の紛争が未解決のままであることから,国際テロ組織の介入による紛争激化などが懸念される。さらに,国際テロ組織による海上テロを危惧する向きもあり注意を要する。

〈我が国へも「アルカイダ」関係者が偽造旅券で入国〉

 「アルカイダ」指導者オサマ・ビン・ラディンや,その腹心であるアイマン・アル・ザワヒリは,カタールの衛星放送アル・ジャジーラなどを通じて,我が国権益や邦人へのテロを呼び掛ける声明を発出した。5月には,ラディンが報酬を提示して邦人らの殺害を呼び掛け,10月にはザワヒリが,我が国を含む8か国がイラクやチェチェンの占領に関与し,イスラエルの存在を助けているとしてテロを呼び掛けた。
 このような中,2003年(平成15年)12月にドイツで「アルカイダ」関係者として逮捕(1996年〈8年〉リヨン・サミットに絡む爆弾テロ未遂容疑など)された,アルジェリア系フランス人リオネル・デュモンが,その後の調べで,1999年(11年)9月以降2003年(15年)9月までの間に,他人名義の偽造旅券で我が国への入出国を繰り返していたことが明らかとなった。さらに,別のアルジェリア系イスラム過激派メンバーが我が国に入国し,デュモンと一時期,群馬県内で同居していたことも判明した。


コラム
近年の欧米主要国におけるテロ対策強化
―テロ対策法制及び治安・情報機関の強化等を模索―

   テロ対策法制の強化
   予算・人員増等による治安・情報機関の強化
   情報集約・情報コミュニティの連携等の強化
   外国機関との協力関係の強化。海外拠点(事務所)増設

   法整備(治安・情報機関の権限強化)
  ア  大統領,閣僚によるテロ組織・関係者の「指定」に基づき,入国拒否・国外退去,資産凍結を可能とする法整備(米国では大統領,国務長官,財務長官,英国では首相・大臣,フランスでは大統領が「指定」)
  イ  銀行口座等,民間企業から情報を入手する手続きを迅速化
   各治安・情報機関の強化
  ア  多様な情報機関の分立を維持しつつ,予算・人員増による各機関のマンパワー等の強化
  イ  テロ情報収集の拠点として,地方出先機関(国内),海外事務所(大使館内ほか)を増設
  ウ  ヒューミント情報(「人」を介した情報収集)も重視へシフト
   国際協力・テロ包囲網の強化(各国治安・情報機関との交流促進)

  ア  G8等でテロ対策を目的とした会議開催(情報機関も出席,情勢認識を共有)
  イ  テロ専門家による協議会を開催し,テロ情報を交換
  ウ  海外事務所(大使館内ほか)を設置し,相手国情報機関等と関係強化

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