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各人権課題における必要な救済措置

 各人権課題における必要な救済措置
 第3で述べた人権救済制度の果たすべき役割を念頭に置きつつ,第2,1でみた人権課題に関し,我が国において顕著な差別,虐待の問題から,順次,積極的救済を中心とした必要な救済措置について検討する。
 差別
 人種,信条,性別,社会的身分,門地,障害,疾病,性的指向(注8)等を理由とする,社会生活における差別的取扱い等については,調停,仲裁,勧告・公表,訴訟援助等の手法により,積極的救済を図るべきである。差別表現については,その内容,程度,態様等に応じた適切な救済を図るべきである。
(1)  人権侵害の現状と救済の実情
<1>  先に指摘したとおり,女性・高齢者・障害者・同和関係者・アイヌの人々・外国人・HIV感染者・同性愛者等に対する雇用における差別的取扱い,ハンセン病患者・外国人等に対する商品・サービス・施設の提供等における差別的取扱い,同和関係者・アイヌの人々等に対する結婚・交際における差別,セクシュアルハラスメント,アイヌの人々・外国人・同性愛者等に対する嫌がらせ,同和関係者・外国人・同性愛者等に関する差別表現等の問題がある。
<2>  これらのうち差別的取扱いに関しては,雇用や公共的な各種事業等の分野ごとに禁止規定が設けられているが,社会的身分に基づく募集・採用差別や,一般業種に関する商品・サービス・施設の提供等における差別的取扱いなど,私人間における差別に関しては明示的に禁止されていない領域もあり,違法な差別の範囲が必ずしも明確ではない。
<3>  そのほか,これらの差別に関する司法的救済については,一般に,異なる取扱いの差別性,不合理性を立証するための証拠収集が被害者にとって重い負担となっており,また,特に雇用等の継続的関係における相手方との力関係や人間関係悪化等への懸念もあり,被害者が訴えにくい状況がある。
<4>  雇用における差別に関しては,厚生労働省都道府県労働局長による紛争解決援助や機会均等調停委員会による調停,募集等における個人情報の収集制限に関する厚生労働大臣(公共職業安定所長)の指導,助言,改善命令等の行政上の取組がなされている。
(2)  必要な救済措置等
 差別的取扱い等
(ア)  救済対象
 これらのうち差別的取扱いに関しては,一般に積極的救済が必要であるが,まず,その対象とすべき差別的取扱いの範囲を明確にする必要がある。
<1>  積極的救済を行うべき差別的取扱いの範囲は,上記の問題状況や,差別を禁止する憲法14条1項,人種差別撤廃条約(特に1条,5条)の趣旨等に照らし,人種・皮膚の色・民族的又は種族的出身,信条,性別,社会的身分,門地,障害,疾病,性的指向等を理由とする,社会生活(公権力との関係に係るもののほか,雇用,商品・サービス・施設の提供,教育の領域における私人間の関係に係るものを含む。)における差別的取扱いを基本とすべきである。
<2>  一定の年齢以上であることを理由とする差別の問題については,雇用の場面では定年制等の年齢を基準とする雇用慣行が存在し,許されない差別の範囲が必ずしも明確でないことから,これを積極的救済の対象とすることは困難である。一方,住宅の賃貸等の場面において人権擁護上看過し得ない事案があれば,個別に事案に応じた救済を図っていくことが相当である。
<3>  結婚・交際における差別事案に対しては,この問題の重要性にもかんがみ,まず,一般的な啓発活動を一層充実させる必要があり,さらに,具体的事案については,あっせん,指導等の任意的手法により,関係者間の調整を行い,あるいは関係者を粘り強く啓発していくなどの取組が必要である。また,結婚・交際を妨害するため当人らに加えられる嫌がらせや侮辱については,積極的救済が図られることになる(後記<4>及びイ<1>)。なお,これらの差別につながる身元調査に対しても,関係者に対する指導等,適切な取組が必要である。
<4>  セクシュアルハラスメントや人種,民族,社会的身分等にかかわる嫌がらせも,差別的取扱いと同様,積極的救済の対象とすべきである。
(イ)  救済手法
<1>  積極的救済の対象とすべき上記差別的取扱い等に関しては,当事者間の合意を基本とする調停や仲裁のほか,勧告・公表,さらには,これらが奏功しない場合の訴訟援助の手法が有効と考えられる。
<2>  差別の事後的救済には限界があることから,差別的取扱いを内容とする営業方針が公表されるなど,将来,不特定又は多数の者に対して差別的取扱いが行われる明白な危険がある場合に,勧告・公表までの手法で解決をみないときは,具体的な被害発生後の被害者による訴訟提起を待つことなく,人権救済機関の積極的な関与により当該差別的取扱いを実効的に防止する仕組みを導入すべきであり,そのための手法を検討する必要がある(第5,2(5)参照)。
 差別表現
<1>  差別表現のうち,特定の個人に対する侮辱や名誉毀損に当たるものについては,差別的取扱いに関する救済手法と同様の手法により,積極的救済を図るべきである。
<2>  いわゆる部落地名総鑑の出版やインターネット上の同種情報の掲示のように,人種,民族,社会的身分等に係る不特定又は多数の者の属性に関する情報を公然と摘示するなどの表現行為であって,差別を助長・誘発するおそれが高いにもかかわらず,法律上又は事実上,個人では有効に対処することが著しく困難な一定の表現行為が行われた場合において,勧告・公表までの手法で解決をみないときは,訴訟援助の手法が機能しないことから,上記ア(イ)<2>と同様,人権救済機関の積極的な関与により当該表現行為を排除していく仕組みを導入すべきであり,そのための手法を検討する必要がある(第5,2(5)参照)。
<3>  集団誹謗的表現(人種,民族,社会的身分等により識別された一定の集団を誹謗・中傷する表現)の中には,関係者の人間としての尊厳を傷つけ,あるいは一定の集団に対する差別意識を増幅させるなど,人権擁護の観点から看過し得ないものがあり,適切に対応することが必要である。集団誹謗的表現は,その内容,程度,態様等において様々なものがあることから,その対応に当たっては,これらを踏まえることが必要である。
 集団誹謗的表現のうち,個別的人権侵害であるととらえることのできるもの(例えば,特定の職場や地域の中で当該集団に属する多数人を侮辱し,その名誉を毀損するもの)については,特定の個人に対する侮辱や名誉毀損に当たる差別表現と同様に取り扱うべきである。
 上記以外の集団誹謗的表現については,憲法の保障する表現の自由に配慮し,当該表現の内容,程度,態様等に留意しながら,人権救済機関による意見表明や行為者に対する個別指導等の手法によって適切に対応すべきである。


 虐待
 加害者・被害者間に法律上又は事実上の力の優劣を伴う関係がある中で起きる虐待についても,調停,仲裁,勧告・公表,訴訟援助の手法や早期発見のための工夫等により,積極的救済を図るべきである。
(1)  人権侵害の現状と救済の実情
<1>  先に指摘したとおり,夫・パートナーやストーカー等による女性に対する暴力,家庭内・施設内における児童・高齢者・障害者に対する虐待,学校における体罰,学校・職場等におけるいじめ等の問題があり,深刻化しているものが少なくない。
<2>  虐待は,通常そのほとんどが犯罪を構成するが,「法は家庭に入らず」の原則により警察等が家庭内の問題に慎重な姿勢をとってきたこと,被害者が処罰意思を明確に示すことのできない状況に置かれている場合も少なくないことなどから,刑事的規制が必ずしも有効に機能してこなかった。女性に対する暴力,保護者等が加害者となることが多い児童,高齢者,障害者に対する虐待は,いずれもその密室性や加害者との力関係,被害者自身の立場の弱さ等から潜在化し,問題を一層深刻化させている。
<3>  近時,女性に対する暴力の関係では,ストーカー規制法(注9)が成立し,ストーカー行為が犯罪とされるとともに,行政的対応が整備され,また,配偶者暴力防止法(注10)が成立し,保護命令制度の導入や,婦人相談所を中心とした配偶者暴力相談支援センターの整備等,被害者保護のための手当てがなされた。児童虐待の関係では,児童虐待防止法(注11)が成立し,児童福祉法の下での児童相談所の対応が強化された。行政面では,警察が,女性,子どもを守るための積極的対応を打ち出している。各種施設における虐待に関しては,都道府県知事等による監督の仕組みがあるほか,近時,地方公共団体によるオンブズマン組織設置の動きがある。
(2)  必要な救済措置等
<1>  虐待に関しては,上記のとおり,一定の立法的・行政的な手当てがなされているが,いまだ十分な取組が行われていない分野もあり,人権救済制度においても積極的救済が必要である。その前提として,積極的救済の対象とすべき虐待の範囲を明確にする必要がある。
 その範囲は,上記の問題状況や児童虐待防止法上の定義等に照らすと,加害者・被害者間に法律上又は事実上の力の優劣を伴う関係がある中で起きる虐待,すなわち,家庭,施設,職場その他の場所で,女性,子ども,高齢者,障害者等の相対的に弱い立場にある者に対して行われる身体的虐待,性的虐待,心理的虐待,ネグレクト(保護義務者の場合)を含むものとすべきである。学校における体罰,学校や職場等におけるいじめも,これに含まれる場合がある。
<2>  虐待に関しては,差別と同様に,調停,仲裁,勧告・公表,訴訟援助の手法を整備するとともに,人権救済機関は,関係機関等との連携協力により,早期発見や被害者の保護・支援に努めるべきである。
 虐待は潜在化しやすく,その間に深刻化する傾向があることから,人権救済機関は,訪問相談の実施や民生委員等の各種民間ボランティアとの連携等により,早期発見に努めるべきである。また,障害者や高齢者に関しては,周囲とのコミュニケーションに関する困難性から,虐待被害の発見が遅れることがあるため,これらの人々とのコミュニケーションを確保する工夫も必要である。
 なお,自己の意思を表示できない乳幼児などが,その保護者等から虐待を受けているときは,被害者からの救済の申立ては全く期待できないことから,早期発見がより重要である。乳幼児虐待の根本的解決については,政府において別途考慮されるべき課題であると考えるが,人権救済機関としては,具体的な虐待の事案を把握したときは,関係諸機関と適切な連携を図りつつ,主体的に適切な対応を図る必要がある。
 虐待については,被害者に対する事後的なカウンセリングが重要であるほか,加害者へのカウンセリングにより再発防止を図る必要がある場合も少なくないが,カウンセリングには心理学等の専門的知識を要することなどに照らすと,人権救済機関は,公私の関係機関・団体における取組を踏まえつつ,これらと連携協力していく必要がある。また,被害者の生活支援の面でも,公私の関係機関・団体と連携協力すべきである。
<3>  家族や訪問販売業者等による高齢者,障害者の財産権侵害についても,その密室性や被害者のコミュニケーション障害,被害認識の欠如等から問題が潜在化しやすいなど,虐待と共通の問題がある。人権救済機関としては,虐待の早期発見のための取組の中で,これらの問題についても注意を払い,あっせん,指導等の任意の手法により被害の拡大を防止し,被害者の保護を図ると同時に,適宜告発等により刑事手続を促すなど必要な措置を講ずべきである。


 公権力による人権侵害
 公権力による人権侵害のうち,前記差別,虐待に該当するものについて,調停,仲裁,勧告・公表,訴訟援助の手法により,積極的救済を図るべきである。
(1)  人権侵害の現状と救済の実情
<1>  先に指摘したとおり,公権力による人権侵害には,まず,差別,虐待の問題として,各種の国営・公営の事業等における差別的取扱いや虐待等,私人間におけるものと基本的に同様の態様の問題に加え,捜査手続や拘禁・収容施設内における暴行その他の虐待等,固有の問題がある。このほか,公権力による人権侵害としては,違法な各種行政処分による人権侵害や,いわゆる冤罪や国等がかかわる公害や薬害等の問題に至るまで様々な問題がある。
<2>  行政処分に対しては一般的な行政不服審査や個別の不服申立ての手続が整備されている。また,捜査手続や拘禁・収容施設内での虐待等については,付審判請求を含む刑事訴訟手続のほか,内部的監査・監察や苦情処理のシステムが設けられている。
(2)  必要な救済措置等
 公権力による人権侵害の問題が,歴史的にも,また,現在においても極めて重要であることは言うまでもない。
 まず,一般に被害者が自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある差別や虐待については,私人間における差別や虐待にもまして救済を図る必要があり,規約人権委員会の最終見解においても特にこのような人権侵害に関して独立した救済機関の設置が勧告されていることなどから,公権力による差別,虐待については,他の手続との関係にも留意しつつ,調停,仲裁,勧告・公表,訴訟援助の手法により,積極的救済を図るべきである。
 次に,公権力によるその他の人権侵害については,各種行政処分に対しては一般又は個別の不服申立制度が整備されており,また,人権救済機関が冤罪や公害・薬害等の問題にまで幅広く対応することは,関係諸制度との適正な役割分担の観点からも,救済機関の果たすべき役割の観点からも適当でない。そこで,そのすべてを一律に積極的救済の対象とするのでなく,人権擁護上看過し得ないものについて,個別に事案に応じた救済を図っていくという方法をとるべきである(第3,2(2)<4>参照)。


 メディアによる人権侵害
(1)  マスメディアによる人権侵害
 マスメディアによる人権侵害に関しては,まずメディア側の自主規制による対応が図られるべきであり,その充実・強化を要望する。犯罪被害者等に対する報道によるプライバシー侵害等については,調停,仲裁,勧告・公表,訴訟援助の手法により,積極的救済を図るべきである。
 人権侵害の現状と救済の実情
<1>  報道によるプライバシー侵害,名誉毀損,過剰な取材による私生活の平穏の侵害等の問題がある。
 特に,犯罪被害者やその家族のプライバシーを侵害する報道や行き過ぎた取材活動は,二次被害とまで言われる深刻な被害をもたらしている。被疑者・被告人の家族についても同様の問題があるほか,少年被疑者の実名報道等の問題もある。これらの人々は,その置かれた状況から,自ら被害を訴えることが困難であり,また裁判に訴えようとしても訴訟提起・追行に伴う負担が重く,泣き寝入りせざるを得ない場合も少なくない。
<2>  新聞,雑誌等の活字メディアについては,各社の自主規制にゆだねられており,一部の新聞においては,苦情処理のための第三者機関設置の取組もみられる。放送については,法律上の訂正放送制度に加え,放送局が共通の自主的苦情処理機関として設置した「放送と人権等権利に関する委員会機構(BRO)」による取組がある。
 必要な救済措置等
(ア)  自主規制
 活字メディアについては第三者性や透明性の確保を含む自主規制の強化・徹底を,放送についてはBROの更なる充実を要望する。
<1>  マスメディアは,民主主義社会の基盤をなし,憲法上手厚い保障を受ける表現の自由,報道の自由を享受しており,さらに,その影響力も大きいことから,その活動に対して重い責任を有している。マスメディアが,これまで様々な人権侵害の問題に光を当てることにより,人権擁護に貢献してきたのも,その一環である。
 以上のようなマスメディアの地位に照らせば,マスメディアによる人権侵害の問題については,まずマスメディア自身が報道や取材の過程において人権侵害を未然に防ぐ取組を強化するとともに,実効的な苦情処理体制を整備するなどの自主的な対応が図られるべきである。
<2>  新聞,雑誌等の活字メディアにおいては,一部新聞による第三者を活用した苦情処理制度の新設等の取組も含め,一定の努力がなされているが,なお十分な信頼を得るためには,苦情処理の過程に第三者を活用する取組を更に進めるとともに,結果の公表も含めて苦情処理制度全般の透明度を高める取組が期待される。第三者性を高める観点からは,外国における各社共通の第三者機関の設置による取組が評価されているところであり,我が国においてもこのような制度の導入が検討されるべきである。
<3>  放送に関するBROについては,審査基準の明確化や取材活動への対応を含め,その活動が一層充実・強化されることが期待される。
(イ)  人権救済機関による救済
 犯罪被害者とその家族,被疑者・被告人の家族,少年の被疑者・被告人等に対する報道によるプライバシー侵害や過剰な取材等については,これらの人々が自らの人権を自ら守っていくことが困難な状況にあることに照らし,自主規制の取組にも配意しつつ,調停,仲裁,勧告・公表,訴訟援助の手法により,積極的救済を図るべきである。
<1>  マスメディアにおける自主規制の現状等に照らすと,マスメディアによる人権侵害の問題をすべてその自主規制にゆだねることは相当でないが,他方で,マスメディアによる人権侵害を広く積極的救済の対象とすることは,表現の自由,報道の自由の保障等の観点から相当でなく,特に救済の必要性の高い上記の分野に限って積極的救済を図るべきである。
<2>  誤った犯人報道を含め,誤報による名誉毀損の被害も深刻であるが,行政に属する人権救済機関が報道内容の真偽や取材内容等についての調査を行うことは,表現の自由,報道の自由との関係で相当でなく,また,実効的な調査も期待できないことから,これらの人権侵害は,原則として人権救済機関による積極的救済にはなじまないものと考える。
(2)  その他のメディアによる人権侵害
 インターネットは,個人が不特定多数の人に向けて大量の情報を発信することを可能とし,これを悪用した差別表現の流布や少年被疑者等のプライバシー侵害の問題が顕在化している。これらについては,まず一般の差別表現等としての救済の在り方を検討すべきであるが,インターネットに固有のものとして,プロバイダーの責任や通信の秘密で守られた発信者情報の開示等の問題があることから,これらの点を含むインターネットに関する法整備の状況も踏まえながら,人権救済機関として有効な救済活動を行い得る対策を講ずべきである。


(注8) 性的指向
 異性愛,同性愛,両性愛の別を指すsexual orientationの訳語。このほか,同じく性的少数者に位置付けられる性同一性障害,インターセックス(先天的に身体上の性別が不明瞭であること)を理由とする差別的取扱い等についても,同様に積極的救済を図るべきである。
(注9) ストーカー規制法
 ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年5月成立,同年11月施行)
(注10) 配偶者暴力防止法
 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(平成13年4月成立,同年10月(一部平成14年4月)施行予定)
(注11) 児童虐待防止法
 児童虐待の防止等に関する法律(平成12年5月成立,同年11月施行)