フロントページ > 国際テロリズム要覧2021 > 地域別テロ情勢等 > マレーシア

マレーシア

(1) 背景

マレーシアのうち首都クアラルンプール等の主要都市が存在するマレー半島部は,かねてからイスラム過激組織等によるリクルート,資金調達,経由地等に利用されてきた(注22)。1985年には,インドネシア・スハルト政権による取締りを避け,イスラム過激組織「ダルル・イスラム」(DI)で活動していたアブ・バカル・バシールらがマレーシアに逃れ,1993年,「ジェマー・イスラミア」(JI)を設立した。JIは,マレー半島部・ジョホール州に本拠地として寄宿学校「ルクマヌル・ハキム」を設立し,1990年代半ばにかけて,インドネシア人及びマレーシア人の志願者をアフガニスタンやパキスタンの訓練キャンプに派遣していたとされる。また,2000年1月には,JIメンバーのヤジド・スファアト(注23)の自宅(クアラルンプール)において,米国同時多発テロ事件(2001年9月)実行犯2人を含む「アルカイダ」メンバーによる同テロ事件の謀議が行われた。このほか,1995年,マレーシア政府を主要な敵とみなすイスラム過激組織「クンプラン・ムジャヒディン・マレーシア」(KMM)が設立され,マレー半島部・クランタン州のイスラム学校を拠点に,テロ計画立案やリクルートを行ったとされる。JIは,その後,当局に活動を禁止され,2002年までに多くの活動家が国内保安法(ISA,2012年廃止)によって拘束されたほか,KMMも,2001~2002年に摘発を受けて壊滅状態となったとされる。ただし,その後も,2009年7月にジョホール州でマレーシア人JIメンバーが拘束されたほか,2010年7月にも,大学生に対するリクルートを行っていたとされるJIメンバーがクアラルンプールで拘束されるなど,JIメンバーの摘発が散発した。また,2014年以降は,「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)等の過激組織に関与したとされる容疑者の摘発が急増した。東マレーシア(ボルネオ島北部)については,インドネシアやフィリピン南部からの移住者が東部・サバ州に多く住んでいるとされるところ,インドネシアのDI活動家らが同州に定住し,隣接するフィリピン南部から火器を密輸するなどしてきたとも指摘されている。また,フィリピン南部を拠点とする「アブ・サヤフ・グループ」(ASG)も,サバ州シパダン島における外国人観光客誘拐事件(2000年4月)を始め,同州や同州沖からフィリピン南部に広がるスールー海で身の代金目的の誘拐事件を多発させてきた。このほか,同州については,20世紀初頭に滅亡した「スールー王国」の指導者(スルタン)の末裔(えい)を称する者が領有権を主張し,2013年2月には,武装集団(「スールー王国軍」)がフィリピン側から同州に侵入する事案も発生している。

(2) テロ関連動向

マレーシアでは,2016年6月,マレー半島部・セランゴール州プチョンの飲食店に手投げ弾が投げ込まれる爆弾テロ(8人負傷)が発生した。同事件については,シリアに渡航したマレーシア人ISIL戦闘員ムハンマド・ワンディが犯行を自認し,政府は同国で初めてのISIL関連テロと指摘した。その後,当局は各種テロ対策関連法(注24)を適用して積極的な摘発を推進し,現在までのところ,テロは未然に摘発・阻止されている(注25)。しかし,ISIL支持者は依然存在しており,2019年12月及び2020年1月には,マレーシアの政治指導者や同国内の異教徒を脅迫する内容の「マレーシアのISILからのメッセージ」と題する動画がSNS上に投稿された。一方,サバ州沖では,2018年9月以降,フィリピン南部・スールー州を拠点とするASG(「ASGスールー」)が関与したとされる船員の誘拐事件や船舶襲撃事件が発生しており,2020年1月にも同地域においてインドネシア人漁民らの誘拐事件が発生している。また,同州内では,2018年2月,フィリピン南部・バシラン州を拠点とするASG(「ASGバシラン」)の上級メンバーとされる者が,また,同年3月及び11月には,いずれも「ASGバシラン」指導者フルジ・インダマの側近とされるフィリピン人各1人が,それぞれ逮捕されている。このほか,マレーシアにはミャンマーからの難民として滞在しているロヒンギャ族(注26)から成る恐喝グループのシンジケートが存在し,同胞を脅迫するなどして得た金銭を,「ハワラ」と呼ばれる送金システムを用いてミャンマーの反政府武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)に送金しているとされ,当局は「2019年7月時点で約80,000リンギット(約19,450米ドル)が送金された」と指摘している(注27)。さらに,当局は,2019年10月,スリランカのタミル人過激組織「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)の復活支援活動を行ったとして,連立与党の一端を担う「民主行動党」(DAP)所属の州議会議員2人を含む計12人を逮捕した。この中には,在クアラルンプール・スリランカ高等弁務官事務所に対するテロを企てていた者もいたとされる(注28)。当局は,2021年1月,国内におけるテロ容疑者の検挙数が2018年は119人,2019年は72人であったものの,2020年には7人に減少しているが,減少した主な理由として新型コロナウイルスの感染拡大防止のための移動制限等が影響したと指摘している。また,専門家も,同国における物理的なテロ活動に停滞がみられるものの,オンライン上のリクルート,プロパガンダ等の活動は増加しており,テロの脅威が減少しているわけではないなどと指摘している(注29)

〈マレーシアで発生した主なテロ関連事案(2018年1月以降)〉

年月日 場所 概要
18. 9. 1 サバ州沖 武装集団が,マレーシア漁船に乗船していたインドネシア人船員2人を誘拐,スールー州でASGによって拘束(2018年12月~2019年1月に救出)
18.12. 5 サバ州沖 ASGとみられる武装集団が,トロール漁船に乗船していたインドネシア人船員3人を誘拐(2019年4月,フィリピン国軍が誘拐犯の乗船していた船舶を攻撃した際,3人は泳いで自力脱出し,2人は生還するも1人は溺死)
18.12. 7 サバ州沖 武装集団が,タグボートを襲撃し,インドネシア人船員1人が負傷
19. 6.18 サバ州沖 ASGとみられる武装集団が,サバ州領海域で漁をしていたフィリピン人漁師10人を誘拐(21日,武装集団は身の代金を得ることが困難として10人を解放。10人はマレーシア当局に発見・保護)
19. 9.24 サバ州沖 武装集団が,マレーシア漁船に乗船していたインドネシア人漁師3人を身の代金目的で誘拐。その後,金銭目的でASGに売り渡したとの指摘(うち2人は同年12月に,残る1人は2020年1月にフィリピン軍によって救出)
20. 1.16 サバ州沖 武装集団が,サバ州領海域で漁をしていたインドネシア人漁師8人を誘拐。その後,3人は解放されたものの,5人はフィリピン南部・スールー州に連行(うち1人は,同年9月に発生したフィリピン軍とASGとの衝突時に死亡)

〈マレーシアで発生した主な摘発事案(2019年1月以降)〉

年月日 場所 概要
19. 5. 5 ~ 5. 7 トレンガヌ州及びクランバレー(クアラルンプール首都圏) ISIL支持者とみられるマレーシア人1人,インドネシア人1人及びロヒンギャ族2人の計4人が逮捕され,即席爆発装置(IED)6個や拳銃等が押収。同人らは,2018年11月に首都近郊セランゴール州で発生した仏教寺院の移転をめぐる混乱騒動で事態に対応したムスリムの消防士が重傷を負った後に死亡した事案をめぐり,同寺院に対する報復テロを計画していたほか,ラマダン期間中にマレーシアの重要人物に対するテロを計画。また,ロヒンギャ族2人については,在マレーシア・ミャンマー大使館へのテロも計画
19. 5.14 ケダ州及びセランゴール州 ISIL支持者とみられるマレーシア人2人及びインドネシア人1人の計3人が逮捕され,IED,拳銃等が押収。同3人は,マレーシアにある非イスラム教の礼拝施設に対する自爆テロや同国内の重要人物に対するテロを企図
19. 5.17 クアラルンプール国際空港 テロを実行するためエジプトへの渡航を企図したマレーシア人(飲食店従業員)がクアラルンプール国際空港で逮捕。同人宅の捜索において,ISIL関連の出版物4冊が押収
19. 6.14 セランゴール州 マレーシア在住のフィリピン人(54歳)が,ASGメンバーとして,サバ州沿岸でのASGによる誘拐を手助けしたほか,偽造書類を提出してマレーシアに入国,滞在していた容疑で逮捕
19. 7.10 ~ 9.25 サバ州,セランゴール州,セラワック州,ペナン州,パハン州及びクアラルンプール ISIL支持者とみられるインドネシア人12人及びマレーシア人3人の計15人が逮捕。マレーシア人3人のうち2人は,同年1月のフィリピン南部・スールー州のキリスト教会で自爆テロを実行したインドネシア人夫婦の支援をしていたとされ,もう1人はマレーシア国内で政治家や非イスラム団体に対するテロを計画していたと指摘
19. 9. 3 サバ州沖 当局がサバ州沖をパトロール中に2隻の不審船を発見し,拿(だ)捕しようとしたところ,銃撃戦となり,不審船の乗組員2人が死亡。当局は,現場の遺留物等の検証結果から,死亡した2人はASGのメンバーと発表
19.10.10 ~ 10.12 マレーシア国内 マレーシア連立与党を構成するDAP所属の州議会議員2人を含む計12人が,LTTEの復活に向けた支援活動を行ったとして逮捕
20.1.31 マレーシア国内 オーバーステイ容疑で既に逮捕されていたインドネシア人男性が,テロ関連物資を保持していたとしてテロ容疑で起訴

(3) 今後の展望

マレーシア本土におけるISIL関連テロは,2016年6月にセランゴール州プチョンで発生した事件のみであるものの,ISIL等に参加するためシリア及びイラクに渡航したマレーシア人は約120人に上り,2020年1月時点で,56人がシリアに滞留しているとされる(注30)。これらのマレーシア人ISIL戦闘員(注31)の中には,SNSを利用して引き続き同国人のリクルートを図っている者も複数存在し,その影響を受けた者によるテロの発生が懸念される。また,シリアやイラクのほか,フィリピン南部に渡航して戦闘経験を積んだ者らがマレーシアに帰国又は移転することによって,テロの脅威が増大するおそれもある。

このページの先頭へ