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タイ

(1) 背景

タイ深南部(ナラティワート県,ヤラ県及びパッタニ県の全部並びにソンクラー県の一部)は,20世紀初頭までパッタニ王国のイスラム指導者の統治下にあったことから,住民の7割以上がマレー系のイスラム教徒で占められており,分離主義運動が続いている。1940年代にマレーシアへの併合を要求する政治運動が拡大し,1959年,分離主義武装組織「パッタニ国民解放戦線」(BNPP)が設立された。その後,1960年代に入り,BNPPに加え,独立国家「パッタニ王国」の建設を標ぼうする「パッタニ統一解放機構」(PULO),「パッタニ・マレー民族革命戦線」(BRN)等の分離主義武装組織が設立され,深南部各地で武装闘争が展開された。1990年代には,アフガニスタンからの帰還者らが「パッタニ・イスラム・ムジャヒディン運動」(GMIP)を設立した(1995年)ほか,PULO等の既存組織が連合組織「ベルサトゥ」を形成し,タイ当局に対する襲撃を繰り返した。その後は,同地域での暴力事件が減少したことから,タイにおける分離主義運動は収束したとみられていたが,2001年12月以降,同国深南部において,警察施設に対する襲撃,武器強奪事件等が続発し,2004年初頭からは,警察及び国軍関連施設に対する襲撃のほか,地元住民に対する襲撃,飲食店における爆弾テロ等も発生した(注32)。2013年2月,タイ政府は,分離主義武装組織の主力となっていたBRNと和平交渉を開始し,2014年5月の政変で発足した軍事政権も,交渉する組織を増やして和平交渉を継続させる方針を掲げた。2015年8月には,分離主義武装組織の連合体「マラ・パタニ」の設立発表が行われ,マレーシアによる調停の下,政府と同連合体との和平交渉が開始された。同連合体にはBRNメンバーも参加したが,同年10月,BRNの広報担当は,国際社会による和平交渉への関与がないことに対する不満等を表明した上で,同連合体を通じた和平プロセスを「信頼に値しない」と主張し,和平交渉から距離を置く姿勢を示していた。しかし,2019年11月,BRNはドイツ首都ベルリンで,国際団体の仲介によるタイ政府との非公式協議を行い,引き続き2020年1月にはマレーシア首都クアラルンプールで,2015年の和平交渉離脱以来初となるタイ政府との公式な二者協議を行った(注33)ほか,同年3月にも同協議を開催した。また,2021年2月には,新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けつつもオンラインで協議を開催し,今後の継続開催等を取り決めた(注34)

(2) テロ関連動向

タイ深南部の分離主義武装組織は,イスラム教徒が多数を占める同地域において,治安部隊や当局者に加え,国家権力の象徴とみなす公立学校及び教師を主要な標的としてきた。また,同国中部・北部においても,空港,ホテル,複合商業施設等の商業及び観光施設を標的としてきたとされる。2020年中,深南部においては銃撃(132件),爆弾(34件),放火(16件)等の暴力関連事件(335件)が発生し,全事件の約45%(152件)が分離独立運動に関係していたとみられている(注35)。分離主義武装組織の活動や組織実態には不明な点が多いが,深南部では,近年も治安部隊や民兵組織に対する襲撃や爆弾攻撃が発生しており,2019年11月には分離主義武装組織がヤラ県にある2か所の検問所を襲撃して自警団員や民間人ら15人が死亡しているほか,2020年5月にはパッタニ県の検問所で襲撃テロが発生し,治安当局員2人が死亡している。また,過去には送電設備やソフトターゲットへの攻撃も発生している(注36)(注37)。こうした勢力のうち,最も活発な活動を行っている組織は,BRNコーディネート派(BRN-C)であるとされる。一方,分離主義武装組織との関係は明確ではないが,深南部以外の各地でも爆弾事件が発生している。2015年4月には,南部・スラターニー県サムイ島のショッピングセンターで自動車爆弾事件(負傷者7人)が発生し,パッタニ県出身者らが指名手配された。2016年8月には,ホアヒン,プーケットを含む中部及び南部の各地で爆弾及び放火事件が発生し,タイ人4人が死亡,欧州人観光客ら35人が負傷した。事件後,前述のサムイ島の事件で指名手配中の者に加え,分離主義運動に関係してきたとされる深南部出身者らが逮捕又は指名手配された。また,2018年12月には,ソンクラー県の観光地サミラ・ビーチで爆弾事件(人魚像等が破損)が発生し,分離主義武装組織の関与が指摘されている。さらに,2019年8月,東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議が開催されていたバンコクで,5か所に仕掛けられた小型爆弾計9個が爆発し,4人が負傷する事件が発生した(注38)。このほか,2015年8月にはバンコク中心部のエラワン廟(びよう)付近の交差点で爆弾が爆発し,外国人観光客を含む20人が死亡,邦人1人を含む120人以上が負傷した。当局は,中国新疆(きよう)ウイグル自治区出身者2人を逮捕,起訴し,人身取引犯罪の摘発に対する報復が犯行動機との見方を示しているが,発生の前月に多数のウイグル族が中国に送還されたことが犯行と関係しているとの見方も指摘されている(注39)

(3) 今後の展望

タイ政府と「マラ・パタニ」との間の和平交渉については,これまで大きな進展が見られなかったが,2020年1月には,和平交渉から距離を置いていたBRN側との協議が実施された。今後は,BRNを主軸に「マラ・パタニ」に加盟する他の組織を巻き込んだ交渉の有無等が注目される一方,当面,深南部では,分離主義武装組織による社会的関心の喚起やテロ実行能力の誇示を目的としたテロ関連事件が継続するものとみられる。また,深南部以外の地域で数年来発生している爆弾テロの発生状況から,分離主義武装組織が活動範囲を広げている可能性は排除できず,深南部以外でも,観光地や都市部のショッピングセンター等,ソフトターゲットを狙ったテロの発生が懸念される。

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