レバノン
(1) 背景
レバノンでは、イスラム教やキリスト教の勢力が混在しており、宗教間や宗派間の衝突が度々発生してきた。また、1948年のイスラエルの建国以降、ヨルダンから大量に流入してきたパレスチナ人による難民キャンプが設立され、ヨルダンから追放された「パレスチナ解放機構」(PLO)等のパレスチナ武装組織が同キャンプを活動拠点として利用していたとされる。レバノン南部でパレスチナ武装組織が勢力を拡大させる中、1975年には、15年以上にわたる内戦が始まり、1976年には、シリア軍が越境してPLOを攻撃した。1978年には、イスラエル軍がPLO掃討に向けてレバノンへ進攻した。
イスラエル軍のレバノン進攻を受け、国連は、イスラエル軍の南レバノンからの撤退の監視等を活動目的とする国連レバノン暫定軍(UNIFIL)をレバノンに派遣したが、1982年頃に設立されたシーア派組織「ヒズボラ」は、UNIFILへの攻撃を続発させるとともに、南部に駐留を続けるイスラエル軍に対する武力攻撃を活発化させた。
2005年2月のラフィーク・ハリーリ元首相暗殺事件以降、レバノン国会内では、シーア派の「ヒズボラ」等親シリア派及び同元首相の二男サアド・ハリーリ氏を中心とするスンニ派グループ等反シリア派の間で対立が激化したものの、2009年11月に、サアド・ハリーリ氏が首相に就任し、親シリア派を含めた挙国一致内閣が誕生した。しかし、2010年中頃から、ハリーリ元首相暗殺事件の真相究明を目的とするレバノン特別法廷(STL)の検察局が、「ヒズボラ」メンバーを起訴するとの臆測が広まったため、「ヒズボラ」は、ハリーリ首相(当時)に対してSTLへの協力を拒否するよう要求し、2011年1月には、同首相の訪米中に「ヒズボラ」系等の閣僚11人が一斉辞任したため、挙国一致内閣は崩壊した。
2011年6月には、ミーカーティー首相(当時)の下、「ヒズボラ」系の閣僚を含む内閣が発足したが、選挙法改正等をめぐる対立から、2013年3月に総辞職したほか、親シリア派と反シリア派の対立もあり、混乱状態が続いた。その後、2016年10月、「ヒズボラ」等が推す「自由愛国運動」のミシェル・アウン前党首(キリスト教マロン派)が第13代大統領に就任するとともに、首相にはサアド・ハリーリ元首相が就任し、同年12月、サアド・ハリーリ内閣が発足した。
2018年5月には、約9年ぶりとなる国民議会選挙が実施され、「ヒズボラ」は、他政党と連立政権を組み、議会内で多数派となったほか、サアド・ハリーリ首相の続投が決定した。その後、2019年10月、政府が新たな課税方針を打ち出したことを契機に、政治の刷新を求める大規模な反政府デモが続いたことを受け、同月、ハリーリ首相が辞任を表明し、2020年1月、ハッサン・ディアブ元教育相を首班とする新政権が発足した。しかし、同年8月、ベイルート港の倉庫において多数の死傷者を出す大規模爆発が発生し、その原因として政府の怠慢等を非難する大規模反政府デモが行われる中、ディアブ首相は内閣総辞職を表明した。同年9月、ミカーティー元首相を首班とする新政権が発足した。
(2) テロ関連動向
レバノンでは、「ファタハ・アル・イスラム」(FAI)(注49)、「アブドラ・アッザム旅団」(AAB)(注50)等が活動しており、同国治安部隊は、2009年6月、爆弾テロを計画していたとしてFAIメンバーを拘束したほか、2010年8月には、同国中部・シュトゥーラで、FAI指導者アブドルラフマン・アワド及びその側近1人を殺害した。AABについては、2009年2月に発生したレバノン南部からイスラエルに対する5件のロケット弾攻撃について、同組織の一部である「ジヤード・アル・ジャッラーハ大隊」が犯行を自認するなど、イスラエルに対する強硬姿勢を示した。
また、2011年には、レバノン南部で活動している国連レバノン暫定軍(UNIFIL)を標的としたテロ(注51)が複数回発生(5、7、12月)した。
2013年以降は、隣国シリア情勢の混乱に影響を受けたとみられる衝突事案やテロが発生している。2014年8月、レバノンに潜伏していたシリア反体制派勢力の幹部がレバノン当局に拘束されたことを受け(注52)、「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)、「ヌスラ戦線」等は、同幹部の釈放を要求し、レバノン領内に侵入して北東部・ベッカー県アルサルで治安部隊との戦闘の末、同所を占拠した。両組織等は、レバノンのスンニ派聖職者等による調停を受け入れ、同月、アルサルからシリアに撤退したが、その際、ISIL及び「ヌスラ戦線」は、それぞれ拘束していたレバノン兵や警察官らを連れ去り、その一部を殺害したとされる。このほか、2015年11月には、ベイルート南郊の繁華街でISILによる連続自爆テロ(少なくとも43人が死亡、240人が負傷)が発生した。2016年には、ISILによるとされるテロが発生し、6月には、住民の多くがキリスト教徒とされる北部・アル・カーアで発生した連続自爆テロで市民5人が死亡した。同年9月には、ISIL関係者が金融機関、飲食店、カジノ等を標的としたテロを計画していたことが明らかになった。これに対し、レバノン軍は、同月、アルサル郊外の山岳地帯でISIL掃討作戦を開始し、同組織の拠点を次々と奪還した。2019年6月には、北部・北レバノン県トリポリで、過去にISIL戦闘員としてシリアでの戦闘に参加していたレバノン人が、銀行、警察署及び軍車両を襲撃するテロ(警察官2人及び軍関係者2人の計4人が死亡)が発生した。レバノンにおけるシリア及びイラクから帰還した戦闘員によるテロの発生は初めてとみられる。2020年8月及び9月には、北部・北レバノン県で、ISILと関係を有するとされるグループが、治安部隊の検問所等を襲撃するテロを実行し、また、治安部隊と衝突するなどした。
他方、「ヒズボラ」がシリア政府への軍事支援を本格化させた2013年中頃以降、「ヒズボラ」等を標的としたとみられる、ISIL等スンニ派イスラム過激組織による攻撃事案等が相次いだ。AABは、2013年から2014年にかけて、イラン大使館や同国が運営する文化施設を標的とした自爆テロを実行し、「イランがアサド政権に対する支援をやめなければ、一層の攻撃を行う」などと警告した。